■ プレシャス ブログ

今日は愛媛最終日、午前中は桜井海岸で海水浴
午後から刈藪の畑へ移動してモトクロスの予定です。

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各地で台風接近のため高波による海難事故が伝えられても
瀬戸内海はこの通り穏やかな波です。
海水浴場にも関わらず、監視員がいないのは安全なので必要ないということ。

肉眼では遠くに大島に掛かる、しまなみ海道の橋が見える場所です。

渚から200mほど沖のブイまで泳いで
海側からの景色を楽しんだりします。
水に浮かぶって気持ちいいことです。

昼頃海から上がったら、ケータイに着信があり、先輩のバイクが峠で焼き付いたから
引き取りに行ってくれ、と頼まれました。

こうしてはいられません、今夜急いで埼玉へ戻ります。

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畑は山の斜面にあるので、午後から日陰になって涼しくなるのです。
だから海と山をハシゴします。

竹藪のあたりはエアコンが効いたような快適さです。


では、一昨日短すぎたショートコースを少し延長したいと思います。





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試走しながら路肩に落ちました。

刈り倒した草で路肩がわからなかったので
落とし穴のように沈んでしまいました。
誰も見てないとはいえ、見っともない姿です。

引き上げるのは無理だったので、雑草をどかしながら前に進んで出られました。

ほんとにアホです。




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最初のストレートから下りの1コーナー

2段のドロップ・オフを降りて
一番下の左コーナーへ突っ込みます。

次も右ターンしてドロップオフを逆に上がって左コーナーに入ります。








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下から上がってきて左ターンの最終コーナー。

実は一回目はこのコーナー手前を右に降りていき、一番奥のコーナーを逆走して右ターンして再び上がってきて
2回目に最終コーナーへ入るという
変則的な8の字を描いてコース延長しました。

今回は連休の関係で重機の回送ができませんでしたので、今度重機いれて造る予定でいます。


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一昨日は左回りのオーバルコースだったのでラップタイム22秒台でしたが

変則8の字コースで38秒台に延長できました。

冬になったらヒルクライムのラインを開拓しますので1分30秒くらいの長さを目指したいと思います。



さあ、もう少し刈り払いをやって
夜になったら埼玉へ帰り支度です。
忙しい、忙しい。

今日は四国人として行っておきたい場所にツーリングです。
相棒はキャラバンやけど、今度2輪で走るためのシュミレーションが目的です。

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目的地が四国カルストなので
小松町から最短ルートは
R11の東温町からR494
これが素晴らしい舗装で2車線のいい道

楽しいワインディングで1000mくらい上り続けます。
絶対2輪で走りたいと思うルートです。
途中から狭くなって土砂崩れの工事が多く
走り辛くなってきますが
面河ダム過ぎたあたりから県道12号線になります。
この道路沿いが面河川ですが、
これが面河ブルーなんですね。


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久万高原からR33⇒R404をとおり、
四国カルスト着きました。
この開けた山の稜線を突き抜ける道路を
天空の道と呼びます。
この一帯を天狗高原と名付けられています。

連休の二日目とあって大勢の観光客で駐車場は一杯、レストランは満員で
食事にありつけそうにない。
ゆっくり過ごしたいなら平日か、お弁当持参がいいと思います。

しばし絶景を楽しみながらはしります。

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四国カルストの奇岩群の草原に沢山の牛が羽部っています。

ここは姫鶴牧場という酪農も営まれていて
多くの観光客を和ませているようです。

俺も性懲りもなく牛撮影に勤しみます。








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天狗荘という宿泊施設から近道のルートで
峠を下っていくと久万高原町のR33に出ます。

往路の県道12号と分岐するあたりに見えるのが御三戸嶽(みみどだけ)という
高さ40mもある巨岩です。

面河川と久万川が合流する地点で
大きなカーブを描いた流れが特徴的で
やはり面河ブルーの水辺で川遊びする人々がみえました。
これが近くにあれば暑い夏が楽しみになってきますね。

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四国出身のモトクロスライダーにとって
忘れられないのがオートテック松山(五明)

これが現在の姿です。

メインストレートから、かつてはパチ台とよばれたマウンテンコースも、この通り樹木が生い茂って、面影はありません。

30年も経つと変わってしまうんですね。
全国のモトクロスコースの将来像がこのようにならなければいいのですが・・・



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五明から北条経由で帰ろうと思って
夕暮れのR196を走っています。

何度来ても最高ですね、瀬戸内海は。
空と海と国道と予讃線と山が織りなすコントラスト。
これが全部、生活に密着しているということがうらやましい。

「世界にこれ以上の場所はないであろう」
フェルディナント・フォン・リヒトホーフェン
シルクロードも命名したドイツの地理学者が明治維新に日本全国を旅して書き残した言葉。

下道だけで350kmの行程でした。
2輪ならもっと早いと思います。
次回は東京からフェリーでオートバイ運んで(高速道路は勘弁です)実家を拠点に日帰り四国ツーリングしたいと考えております。
今日は草刈り助っ人が来られてお手伝いいただきました。
CRMチャンバー購入いただいたお客さんで化学メーカーのエンジニアをされていると聞きました。
おかげで刈り払いが大幅に進んで、ミニコースできちゃいました。

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一人では今日中に道がつながっていなかったでしょう。
午前中から昼過ぎまで作業して
8割くらい刈り倒せたので
お客さんには申し訳なかったですが
志願されてきたとはいえ、重労働なので
お礼を言ってお帰りいただきました。

さて、今回試走に使うCRF150R

なにやらハンドル付近に装着されているものがあります。



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GPSラップタイマーです。

周回するコースのスタートとゴール地点
(この場合は同じ位置)を入力すれば
最高速と平均ラップタイム、ファステストとスローエストと全ラップタイムを表示します。

走行距離を測ろうと思ったのですが
平均スピードは表示されないので
1周の距離は換算はできません。

因みにショートコースの最速ラップタイムが22秒30(短っ!)

当初上り坂を使ったヒルクライムとダウンヒルを織り交ぜるつもりだったのですが
雑草の多さに断念して、敷地の半分くらいしかコースを取れなかったのです。

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分かりにくいですが、ドロップ・オフのあと
フラットな左コーナーがみえます。

コース取りのため、イン側の草をわざと残してあるのです。

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ミニバイクで走るには十分なコース幅

固めの路面ですが刈り倒した草が適当なクッションになったグラストラックのようです。

レイアウトは如何様にも作れるのですが
まだ定まってない感じです。






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冬になったら斜面の草が枯れるはずなので、年明けにヒルクライムルートを開拓したいと思いますので

今回はここまでです。

草刈りの目的は土地の管理のためです。
放っておいて藪にしておくと
植物は際限なく伸び続けます。
隣の所有者にも迷惑になるだけでなく
自分が入れなくなっては管理しているとは言えないでしょう。

オートバイを走らせるのはタイヤで踏みつぶしておいた場所だけは生えてこないのではないかという試みです。
今年はお盆まで実家にいられないので、早めの帰省でしたが
予想だにしない事態を目の当たりにしたのでした。

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実家に到着したら、4月に更地にしたはずの庭が全面背丈ほどの雑草が茂っていて
クルマがはいれませんでした。

僅か4か月の間にこれほど成長するとは夢にも思ってなかったので
これから起こる、炎天下の重労働を考えると、帰ってこなければよかったと思わざるをえません。


画像は3日かけて雑草を取り除いた様子です。
連日3Lくらい汗をかいて熱中症になりながらの労働の結果です。

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家の前の駐車場は殆ど手間が掛からない予定だったので
4日くらい畑の刈り取りをすれば
CRFで試走もできるだろうと安易に思っていたので
完全に砕かれた格好です。


実は初日に畑の惨状を見てあったので
これからさらに炎天下の重労働が待っていると考えると、諦めて埼玉へ戻った方が
懸命だと思います。



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4日目の午後から畑の刈り払いをはじめました。

まずは駐車スペースもない状態
4月に更地にしたはずの地面が
背丈以上の高さの雑草に覆われ
歩いて入ることも困難でした。

夕方までやって一段目の駐車スペースができただけです。





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刈り払い機と道幅を比べてください。

これくらいの道を10m作るのに30分くらい掛かってしまいます。

今回、周回できるコースを作ることは絶望的です。


夏の雑草をなめてました。
秋になって草が枯れはじめるころに
出直そうかなと考えています。





数年前のことです。いつも利用している鋼材屋へ行く途中に昔お世話になったバイク屋があったのですが、ある日閉店されたようで気になっていました。
社長が体調でも崩されて継続できなくなったのだろうか、詳しいことは聞いてないですが
一時代が終わってしまったんだと思っていました。
すると、まもなくして僕にとって衝撃のオートバイが空き店舗のショールームに入っているのを見て興奮しました。
中学時代に初めて買った「月刊オートバイ」の特集でイタリアン・ビッグの記事が掲載されていたんですが、その中の一台モトグッティ850ル・マンが置いてあるではないか!

他にもドゥカティ900SSやBMWR90とか名車ばかり勢ぞろいしています。
なんだこの店は、お金持ちのコレクションか旧車の販売店か、只ならぬ雰囲気を醸し出しているのですが、自分なんか冷やかしでお邪魔しては商売の邪魔になると思い、立ち寄りたい衝動を抑えながら
何度も鋼材屋に通っていたのでした。

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ところが運命は巡ってくるものです。

お店に入る口実ができたので
モトクロスの練習帰りに立ち寄らせていただきました。

850ル・マンは売れてしまったと、お知り合いから聞いていたのですが

これはモトグッティV350イモラです。
十分めずらしい、これの方が僕に合っているかもしれません。
値段もリッターSSの半分以下でしょう。
迷っちゃいますね。


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旧車だから部品に困るとか
整備が分からないとか心配ご無用です。

店長Tさんは、あの村山モータースの整備士だったのですから。

村山モータースの凄さは所蔵しているオートバイをみただけで察しがつくというものです。

バブル景気のころ、
ドゥカティの社長が資金繰りに困って
村山さんにお金借りたそうです。3億円
もちろんお返しいただけなかったそうですが
全く問題にしなかったらしいです。

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このオブジェはなんですか?

これは売り物ではなく
販売店のメカニックのための講習用だったそうです。

完成車は維持費が掛かるからこういう盆栽にして持っておくのもいいですね。
どうせ年寄は乗れなくなりますからね。

916のエンジンカットモデルを誰か買わんか、と言っておられました。
機関が動く状態でヘッドやケースが切り開かれて中が見えるモデルです。スゲー高そう。


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マッキナ・セッテはイタリア語でM7の意味だそうです。
メカニカルとゼッケン7みたいな感じです。

これはヘスケスという英国のオートバイだそうで300台しか生産されなかった貴重品です。

お値段が高くて売りにくいそうですが
新車なのかな、もちろん走っている姿を見た人は少ないでしょう。





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村山モータース出身ですから
DUCATIやBMWが得意そうですが

国産の現行車も拒まない
この日は新型KATANAのCR1コーティングを施工しておられる最中でした。




今度850ル・マンが来たら
僕の初恋を思い出すように連れ出したいと思います。



僕にとっての川越の癒しスポットは、スカラ座と川越城本丸御殿と時の鐘、そしてMacchina・Sette

貧乏性の私なので、使わない物でも捨てないで取っておくクセがあります。

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左から
10CRF150R
XR250アルミフレーム車
02CRF450R
XLR80改アルミフレーム者
CR85R

車体は解体や売却で残ってないですが
マフラーだけ取り外して置いてあったのです。
車体ほど保管スペースを食わないし、
過去に作った記録として残しておくのもいいかなと思います。



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かなりレアな改造車でした。

4ストモトクロッサー発売以前に
XR250のスクラップからエンジン外して
250モトクロッサーのディメンションでアルミフレーム車作って、付けてました。
ウエットカーボンのパイプは熱的に耐久性が無く焼けてきたら交換が必要という代物でした。

もう一台は借り物エンジンでXLR80ベースでボアアップとクランクピン打ち替えでストロークアップ、そしてビッグバルブ化したシリンダーヘッドでホンダの縦型エンジンのミニバイクとしては最もパワフルな部類だったと思います。
自分としてはジョイントパイプに初めてチタン使ったマフラーでした。


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下が02(初期型)CRF450Rのマフラー

グラスウール等のノウハウが無く、
結構爆音だったので販売には至らなかったです。

そして上が14CRF450Rのツインマフラー

干支が一回りする年月で消音に対するノウハウも蓄積され2mMAXは余裕でクリアできるようになりました。





まだまだ作りたい物がたくさんあるので、過去は振り返らないで突き進むだけです。

先日、某週刊誌記者がヤフー・Newsに投稿していた、「今のH社は大企業病で末期癌に陥っている」と。
2輪、4輪部門の対立であったりポストの保身といった社員間の問題を指摘した内容でした。
中で働いた経験はないはずなので、取材した一部の内容で会社全体を切り捨てようとする記事
元社員としては、大変可笑しかったですが、大企業病は今に始まったことではなく30年前在籍していたときから、出来る人は忙しいし、能力ややる気のない社員は暇であり、それを救おうとする上司や同僚もない、ということを感じていました。
働かない社員にもしっかりと給料は払われているので、会社にとっては大きな損失ですね。
過剰な設備投資というのは、使われない遊休設備に対して言うことであって、競争力アップのため
最新鋭の設備を導入することが、余剰投資ということで旧式設備で生産を続けていては成長はあり得ないことでしょう。


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当面はバックオーダー優先で

注文後2週間くらいの納期にすることが目標なのですが

まだ2月分製作中(4か月待ち)
なので改善したいです。


これはRMX250Sチャンバー







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練習用ヘルメットをペイントしてもらいました。

旧型のショーエイVFXですが
デザイン画を送って
要件は黒ベースに迷彩柄とピンクラインで、
ユージ君テイストに仕上げてもらいました。








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必要なことは自分でやることじゃなく
優秀な人材に頼むことだ、と誰かが言っておりました。
そして出来た時間で自分しかできないことを
やるということ。

何か作りたい物があったとき、設備投資や
実務経験を十分積んだ上でないと
気の利いたもの作りはできないですから
頼むことで解決するなら
その方が早くて品質もよく、失敗がないから
結果的に安価だと思います。

1543年以前、日本はネジという概念を知らない民族でした。
人類に初めて螺旋という記述が現れたのはBC300年ころ、アルキメデスの揚水ポンプとされています。

それはミレニアム中頃のこと、ポルトガルの商船が種子島に漂着したことで始まります。
島の当主種子島時尭(ときたか)が2000両の金貨を払って2挺の火縄銃を購入しました。
1挺は実用のため、もう一つは解体調査のため。
任命された刀鍛冶八坂鉄兵衛は一年後に火縄銃を完成させるも、数回発射すると火薬が不発になる不良品でした。
オリジナルは銃身の後ろに尾栓というネジでフタがされていて火薬爆発のススが溜るのを、時々外して掃除するためのものでした。
八坂は、このネジの作り方が分からず鉄棒を焼き嵌めしてフタにしたので、ススの掃除ができなかったのです。
困りはてた八坂は碇泊中のポルトガル人に貢ものを差し出す決意をしました。「いやじゃいやじゃ、助けてけろ」と懇願したかは定かでないが、娘を嫁にやるかわりにネジの作り方を教えてもらうように頼みました。喜んだポルトガル人は大陸へ戻り、鉄砲職人を連れて戻ってきたのでした。
律儀な外国人です。娘をもらったお礼に約束を果たしたのですから、野蛮人なら娘を手籠めにして約束など反故にしたかもしれないでしょう。
それなのに娘を不憫に思った八坂は「病死した」とウソをついてポルトガル人から娘を取り返してしまった。ネジも分からん日本人より西洋の青年の方が案配がよかったかもしれないのに身勝手な行動のおかげでネジの作り方を頂戴したわけであります。

その後、この殺傷力高い武器製造は急速に広がり、およそ40年後の関ケ原合戦のころは8万挺拵え、世界の銃器の50%を占める銃保有国になっていたそうです。

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猟友会に所属する先輩が趣味の火縄銃を持っており、消耗部品の加工を頼まれました。

わしゃ火縄銃なんか知らんわい。
お断りするも熱意に押し切られ渋々
加工しました。

雨覆いという部品
火蓋を閉じたときに擦れる部分が摩耗しています。
おそらく火蓋が固定されずプラプラ開閉してしまうのでしょう。

下は真鍮のフラットバーからフライス加工した部品。
当時の製法は出来ないので持っている限りの知識で模造しました。
真鍮の製品は中世の日本でも刀の装飾に使われていたようなので、精巧な加工技術があったようですが、私は工作機械使ってこの程度です。

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火蓋を切るという言葉はこれに由来します。

画像は発射直後でしょう。火縄が爆風で外れています。

火蓋は切った(開いた)状態になっています。
その内側、銃身に沿ってとりつけられた板状の部品が雨覆いです。

構造上、火皿に雨などが当たり濡らしてしまうと火薬に着火しない=敵に殺されるというわけで重要な役割であったでしょう。



もう一つ修理依頼された部品は尾栓です。
日本人が初めて目にしたネジです。
当時の製法は文献によると、鍛造で拵えた鉄棒に適当な斜度で糸を巻き付けて印しとして、
やすりでネジ山を削って作ったようです。
銃身側の雌ネジは穴の部分を赤熱してネジを差し込み、ハンマーで鍛錬することでネジ山が転写されて出来たものだそうで、当然加工精度が悪く、他のネジとは互換性がありません。
即ち、銃一挺に対して専用部品だったのであります。
西洋では既にハンドタップを持っていたらしいので同じネジの製造が可能だったようですが、日本の工業技術は鍛冶屋が最先端だったのであります。

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これが尾栓です。

現代のネジ規格ではないネジ山が施されていて、
先輩の持ってきたものはネジ山が摩耗して
爆発の圧力で抜けてしまうというものでした。

ネジ山を肉盛りして削ってはどうかと
恐ろしい提案をしてこられるものですから
銃身にヘリサート加工して現代の規格ネジに変更した方が楽ですよと言っておきました。

大体、雄ネジ肉盛りしたいい加減なネジ山を作ったとしても雌ネジも摩耗していることを考えると完全修復するためには両側のネジ山が形成されるべきと考えるのです。
因みに尾栓や銃身の金属成分を文献にて調べますと0.01%程度の低炭素鋼で、軟鋼の部類ですね。
金物屋的にいうと生材です。
明治維新以前の製鉄は100%たたら製鉄しかないですから、木炭火力で精錬中に含有した炭素が、加熱鍛錬中に脱炭した結果の炭素量なので調整された成分ではありません。
現在の炭素鋼やクロモリ鋼の調質に比べると圧倒的に耐摩耗性に劣ると考えますので
使い勝手も考慮すると現代の規格に置き換えた方がいいじゃないかと思います。

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尾栓のネジ実測でφ14くらいなので

M14のピッチ1.5か1.75の標準ボルトが
安価に入手できますので

ヘリサートタップとリコイル購入すれば
割りと簡単にいけるんじゃないかと思いますね。

オリジナル品は記念にとっておけばよろしいかと思います。
(誰も見ないところだからね、実用性重視で)

1911(明治44)年、奈良原三次が自身で製作した日本最初の国産機による飛行に成功。
その前年に代々木練兵所で徳川好敏がアンリ・ファルマン機(仏製)で日野熊蔵がハンス・グラーデ機(独製)による日本最初の飛行が成功しました。
それから100余年、2回の世界大戦中や戦後も発展を遂げ続けた航空史をダイジェストで見ることができる日本屈指のミュージアム、所沢航空発祥記念館。
GW中に行くのが恒例になってきました。
自動車用エンジンとは方向性が違うため、比較する意味はないですが、レシプロの基本原理は同じで
大きさや機構の複雑さでは圧倒的に航空機用がスゴイ。
他にもターボ・シャフトエンジンやジェット・エンジンも展示されていて、これらに関わることはあり得ないですが鑑賞用としては自動車エンジンより興味深いではないかと思いました。

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ホンダ・エアクラフトのジェット機も新色がそろいました。


先輩が出展している模型クラブの展示会は毎年この時期に開催されているので鑑賞しに来ました。


いつも超絶技巧に驚きますが
主催者メンバーは、元航空自衛隊や
高校の校長先生など博識の高そうな方々で、造形や塗装テクニックはもちろんですが
実機の詳細にいたる知識がなくては、このような精巧なモデル制作はできないでしょう。
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ミグ29戦闘機

世界最速の戦闘機ですね。
本物はまず見る機会ないです。


だけど模型なら見れる、ここへ来れば。









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F14戦闘機

今回のテーマは世界の戦闘機
年代別に主要国の機体が100機以上展示されています。









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展示室の最初にでてくるのが
ノース・アメリカンT・6G

1952(昭和27)年、アメリカ陸軍、空軍から契約して航空自衛隊の練習機として導入された機体。









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ライカミングT53 軸流式5段+遠心式1段
タービンシャフト・ターボプロップエンジン

軸出力1100shp

タービンシャフトはヘリコプター用
ターボプロップはプロペラ軸を回す用途だそうです。

川崎重工がライセンス生産したエンジン。





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アリソン・ターボシャフトCT63 M5A

1958(昭和33)年、三菱重工業がライセンス生産開始したタービンエンジン

軸出力317shp(シャフト・ホースパワー)
軽ヘリコプター用

燃焼室カバーの造形が美しくて、萌えます。
岸燃え美




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ライトR・1820 カーチス・ライト社製
星形9気筒 
排気量29874cc

ヨーロッパ戦線で対ドイツ戦略爆撃に活躍したボーイングB17フライング・フォートレスに装備されたエンジン。

1956年(昭和31)航空自衛隊中級練習機、ノース・アメリカンT28Bに
86型(1425馬力)を装備。





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三菱重工製 星形14気筒エンジン

墜落機から取り出されたのか損傷していますが
主軸の周りに遊星ギヤが露出していて
オーバーヘッド・バルブのプッシュロッドを
駆動する方式が想像できるカットです。








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同エンジンですが
ヘッドカバーが損傷しているおかげで
バルブスプリングやロッカーアームらしきものが露出していて
現代の4サイクルエンジンとあまり変わらない構造だったことが分かります。

しかし、冷却フィンの造形など
2輪車では見たことも無い細密な鋳造だと思います。





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今回の催しの一つ
フランス航空教育団100周年パネル展示であります。

第一次大戦中、同盟国だったフランスに要請し、日本の脆弱な航空技術に対し
操縦や機体製造の分野で技術指導をいただいた記録を写真と解説で展示されています。

国産エンジン黎明期
岐阜県各務原でのエンジン製作
ル・ローン空冷式回転星形9気筒を製造中。

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所沢では機体の製造も開始していました。

フランス航空教育団はフランスクレモンソー首相の任命でフォール陸軍中佐と62名を派遣。
1918(大正7)年11月マルセーユ港発
1919(大正8)年1月長崎へ入港
神戸から東京は陸路で到着。
黎明期の日本の航空に多大な影響を与え日本の航空や工業技術の基礎を植え付けることに貢献しました。


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富士山を上空から初めて観察したとされる機体
ブレゲー14B2

大正時代にジュラルミン製の骨格を採用していたなど、当時の日本の工業技術では当分できなかったことでしょう。








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当記念館の敷地も当時は滑走路もあったようですが写真のとおり、草ぼうぼうの状態ですね。

一機18000円はどれくらいの価値でしょう。
昭和5年にマン島TTレースに出場した
多田健蔵さんのベロセット350は2千円で東京に一戸建てが買える値段ということでしたが、家10件以上?
大正期ですからもっと価値があったでしょう。




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石川島播磨重工 J3・IHI・7B

日本が戦後初めて独自開発、量産した純国産ジェットエンジン。
離昇推力1400kg/12700rpm

防衛庁が指示して航空自衛隊、中級ジェット練習機
富士T・1に装備されました。

後方の長い円筒から燃焼ガスが噴射されて推力を生みだします。
マフラーとは違いますが円筒が長い方が
四方八方に拡散することなく後方に噴射する圧力が生まれるという考えに基づいていると思います。

空を飛ぶものですから陸を走るもの以上に重量やスペースに厳しい制限がある中、他社(他国)に負けてはならない使命を負って進化を果たしてきた航空の歴史や技術にリスペクトする休日でした。

今日から二つのことをやめてみました。
一つは油圧クラッチ、もう一つはアンコ抜きシート。

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今日はしどき、私以外の4台はCRF450ばっかり。
元全日本A級,B級ライダーのグループとご一緒なので私が一番ペーペーの元田舎B級でございます。

油圧クラッチは遊びの調整が分かりずらくて前回のレースでエンストさせてしまって
同じミスを無くすためにワイヤーに戻しました。

シートの方はアンコ抜きの方が足つきはいいのですがそれ以外がダメで
まず尻が痛くなる、シートの前が上がっていてコーナリング中に前へ乗れない。
ノーマルシートはフラットなのでタンクの上まで座れるのでステアリングが近く、体重移動の幅が増えます。
当然足は届かなくなりますので、乗り方のテクニックが必要になります。
スタート時は踏み台を使えば問題ないですが、踏み台無いところは、片足ついてシートを跨げません。
そこで、必ず乗るときは車体左から乗ります。跨がないでシフトペダルを踏めるからですね。
そして左足をステップに乗せた状態でクラッチミートと同時にシートを跨いで乗ることです。
こうすることで足がつかなくても走り出せます。止まる時は足をつく方に腰をずらしてから足を出す、というセオリーを守れば立ゴケすることはありません。

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そしてハンドルは19年からレンサルのファットバーが標準になったのでハンドルポストごと19年モデルに交換です。
18年の標準バーとの違いは高さが10mm低いだけで絞り形状は同じです。

ハイ・シートと10mm低いハンドルで
ライディングポジションが腰高な感じになりましたが、今までのが低かっただけですから
直ぐに乗りなれました。

ここ、しどきはレンタルバイクを中心に営業しているのでスピードアップを目的とした現役ライダーはお断りしているそうです。

初心者の体験走行やレンタルのお客さんや我々シニア層のライダーに向けてのサービスを目的としていますので、施設が充実していて快適にモトクロス・ライフを味わえるのです。
しかもコースは全開で5速まで入るストレートが何か所もあって、コース整備も完璧なので全日本コースよりも安全にスピード出せます。
なにより競争しないで自分のペースで走れるのが一番いいと思います。


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朝から大型バイクの集団がやってきて
私のクルマの隣に並んで停めていました。

BMW1250RT
これはピンクのシートレザーが示すように女性ライダーが乗ってきました。


横浜や多摩ナンバーが確認できましたので
朝集合して福島ツーリングの最初の目的地はレンタルバイクでオフロード走行という
メニューなのでしょう。



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BMW K1600GT 並列6気筒
これも女性ライダーが乗ってきました。
全車大きなサイドボックス付きで、お泊りツーリングは明らかです。
オフロード走行は午前中で終了して、
次の目的地へ出発していきました。
彼らにとってオフロードとはアドベンチャーの一環で、ツーリング先のコースへ手ブラで行って体験するものという認識なんですね。


では私にとってのオフロードは
人間の細胞の再生回数に限りがあるため
無駄に再生修復させないために
(無限に再生することは不老不死ということ)
使わない神経細胞は不必要と判断して稼働を抑制させようとする人体の機能があります。(不要な部分を退化させる遺伝情報)
そのため、オートバイに乗らなかったら反射神経や運動能力が低下して運転が下手になっていきます。
その下手になっていく現象が老化そのものですから、そうなることを食い止める運動をすることが
オフロード走行する理由です。
2輪は生活していく上で4輪より効率のよい移動手段であると信じているので
老後も無理なく2輪に乗り続けていたいと思うから安全なオフロードで練習するわけですね。
これからも時間が許す限り続けていきたいと思っています。





60近いおっさんが寄ると昔話しかしません。35年前のことを昨日の出来事のように
私も同様に新入社員だったころの社報が実家の本棚に置いてあったのを読み返し、
21歳のころと56歳になった今では当然違う見方の自分がいることに気がつきます。

昭和58年(1983)は本田技研創立35年で、21歳の青年にとっては長い年月ですが、56歳から見ると僅か35年であのような大企業に成長していたことが信じられません。
そして勤めている会社が第2期のF1復帰を表明するのです。
そればかりか2輪の各カテゴリーでトップ争いを展開しているなかで、自分の配属先も決まってないという
実習期間でのことです。 何が何やら


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83年ホンダ社報
本社総務部ホンダ社報編集局発行

社長は2代目、河島喜好さん

本社は神宮前の貸しビルから
青山一丁目に新築したころでした。
自動車メーカーはクルマ作っているだけでなく、海外に工場建設したり
原価計算したり、OAシステムを構築したり
生産設備の管理をしたりと数えきれない職種を総合した集団です。

目的はエンジン製品を作って顧客に買っていただくということに集約されます。


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営業実習していたころの新型車
バラードスポーツCRX 1.5iです。
地元の友達に1台買ってもらいました。

2輪はVF750が発売されたのですね。
しかし、レーシングシーンは2スト全盛
売るエンジンと戦うエンジンは
全く違う方向性であることがわかります。

「レースは走る実験室」とは言ったけれど
市販車にフィードバックするというのは
絶対嘘です。
工場勤務の従業員はあまりレースに無関心な人が多いなと思いました。
世界から注目されて会社の印象を決定付ける重要な役割りがレースの世界と思っていました。

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ほら、全従業員に向けてレース活動の報告をしている記事です。

取締役会でF1参戦を決定して
当時は和光研究所主導でエンジン開発
英国のコンストラクターと共同でマシンの開発、レース運営を行いました。
携わっているのは量産に関係ない選ばれた一部の人間ですが、雲の上の存在でしたね。

ここから1.5リッターツインターボの快進撃が始まるのです。
スピリット・ホンダから常勝マクラーレン・ホンダ
今の方が圧倒的に技術力が高いですが、当時の社内の活気は比べ物にならないくらい当時が上でしょう。やはり結果が全てだということを勝てなくなってから思い知ることとなりました。

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協力メーカーの紹介もあります。

現(株)ショーワ
昭和13年、昭和航空精機株式会社設立
ホンダより早い創業だったのですね。

昭和21年(株)昭和製作所として自動車部品の製造を開始
ショックアブソーバー製造は昭和28年から

別会社なのに本社がホンダ八重洲ビル内というのも興味深いですね。
ホンダが大株主になって取り込んだのでしょう。



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見つけました。井本さんノービス時代
狭山レーシングと品管室の先輩社員でしたが朝霞研究所に栄転されて、今では日本も世界も総括するオフロードグループのトップになられました。

当時は本気でスーパークロステクニック修得に励んだ時期でした。
桶川に練習にいってもAコースは走らず、
池の底と土手を使ってジャンプの練習ばっかりクラブ員一同やらされてました。

「どうだ、寝ていたか!」パンケーキジャンプできたかな。



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世界GPレース速報
ロードレースはNS500V型3気筒が4ストNR500に代わる勝つためのマシン。
フレディー・スペンサー
片山敬済
マルコ・ルッキネリもホンダだったですね。
そしてロン・ハスラム

モトクロス500は
アンドレ・マラーベ
グラハム・ノイス
デビッド・ソープ

トライアル
エディー・ルジャーン、エアターン開発した人
服部聖輝も懐かしいね。全日本モトクロスはHRC契約ライダーが一番多かった年、125ccと250ccクラス3人づつ契約していて最強の布陣だったでしょう。

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男たちのロマンを語る

1965年、F1メキシコGPで初優勝したマシンと視察に来た本田宗一郎最高顧問。
右がリッチー・ギンサー選手と
乗車しているのがバックナム選手

まだ4輪メーカーでもなかったころに
F1優勝を成し遂げてしまった快挙に
世界が注目しないわけがないでしょう。
その裏側でどのようなことが行われていたかを想像しただけで興奮してきます。



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このころまだ知り合っていなかった
高橋技師
私が最後に在籍したプロジェクトの上司です。
イギリス、スウィンドン工場(最近EU離脱に伴い閉鎖が発表された)
立ち上げメンバーに選ばれ駐在されました。
私が辞表出した後、現地人PQセクションリーダーのイワン・ロビーを連れて帰国され、別れの言葉をいただいたことを思い出しました。
ここに書かれた記事がホンダ車の品質作りの考え方であったことは事実です。
多くのことを学ばせていただきました。
「まいったなー」あてにしていた部下に辞められて、後任は私より優秀な社員が当てられたなら、会社にとってはOKではないでしょうか。

どうです?昔話っていうのは今だから面白く語れる、当時は大事なことに気付いていない、
そんな魅力に溢れているものだと思います。


西条市小松町大郷(おおご)刈藪
国道11号線「大頭」(おおと)の交差点から1キロほど山の方に向かったところに工藤家の地所があります。山林なので使用目的は私に委ねられているわけです。
実家滞在日数は限られているので、畑やるわけにはいきません。
造っても猪や猿がやってきて作物は食べられてしまうので、使い道といえばアレしかないでしょう。

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麓の方に瀬戸内海が見えます。

伐採した木を5日かけて全部引き抜きました。

車両が通れるように道を造り、斜面も均して
自由なコースレイアウトが取れるように整備できました。

これは坂の途中から見下ろしたところ。
急こう配なので重機が上がって作業するのは転落の危険があるので、このままです。
木は生えてないので刈り払いだけしておけば
2輪なら行けるでしょう。

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道は斜面を削って、造りました。











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ステップアップです。

道幅広いので上り下りの2レーンできそう。


最初は大坂使わないレイアウトで









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いつかこの坂上ってみたいです。

直線で50mくらいあります。

杉の木までがうちの敷地ですね。

役所に行って地籍調べてきました。
いよいよ自分でなんとかしたくなってきました。

放っておくと藪になってしまうだけなんで
勿体ないです。
ナンバー付きトレールバイクなら、場所探し当てて勝手に乗り回していいですよ。



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家の前のみかんや柿の木も引き抜きました。

整地して砕石を敷き均しします。
3年前は藪になっていた畑ですが
全部駐車場にしようかと思います。

人の手がはいっていないと廃墟のようになってしまうので、このようにしておけばこの家が衰退しているとは思われないでしょう。






大正時代、祖父助太郎が東之川から小松へ移住してきて購入した山林。
祖父から叔父へ叔父から父親へと引き継ぎ、今年から私が管理することになった土地です。

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去年秋に見に来たときは雑草が生い茂り
向こうが全く見通せない状態でしたが
冬になって雑草が枯れ、整備するなら
今が絶好の機会と考え、実行します。


愛媛県内に血縁親族がいなくなった今、
ここを管理できるものは自分しかいないという重責を負ってやってきました。
私が持っている一番高いと思われる車両を2トンダンプカーに積んで運んできました。

高速道路を走行中、エンジン警告灯が点灯し、販売店に寄って点検修理を受けながら
一日ロスがありましたが無事回送できました。

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沢山の木が植わっているので、枝打ちしてから幹を根っこから引き抜く作業です。

今回土建屋さんのY中さんに回送とオペレーターを依頼してあるので、驚異的に仕事がはかどっています。

工事代はもちろんですが
謝礼として道後温泉へご招待したいと思います。





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二日目にして、一段目の広場はほぼ整地完了しています。

奥に見える斜面は菅生の大坂より大きいです。

これからバックホーで道を造っていきます。
どのようなレイアウトになるか楽しみです。







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入口の道を広げました。
軽トラックでギリギリくらいでしたから
2トン車通れるくらいになりました。

途中の道は石垣と柿畑に挟まれた狭いところがありますので
普通車は問題ないですが
ハイエースのワイドボディは石垣に擦ったり脱輪すると思います。
ハイルーフも柿の枝がぶつかりますので
標準ルーフまで通行可能です。




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2段目に降りる道を造ったところで二日目終了

明日から2段目取り掛かりますが
あと二日工事くらいで全容が見えてくると思います。

早く終わらせて道後温泉行くか!










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3日目ついにキャタピラー外れました。
しかも2回

一応、納車の時に説明は聞いていたのですが実際にハメるのは初めて。

土の走行は鉄キャタの方がいいらしいのですが、舗装道路移動する部分があるので
ゴムクローラを注文していたので
旋回のときの抵抗に耐えられずプーリーから外れてしまったようです。




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しかも2回外れましたので
作業中断して工具買いにいったりして
1時間くらいロスしましたが
問題なく修復できました。


グリースでテンションかけているとは
泥の中での作業で中断時間を短縮するためのアイディアでしょうか。
確かに部品外す必要がなく、手順さえ分かれば、そんなに苦でない気がします。




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三日目終了。

沢山の木を根っこから抜きました。
地面の全体が見えるようになったのは7年ぶりくらいです。

こうなれば自由なコースレイアウトが考えられます。
タイヤで走り回っておけば雑草が伸び放題になることはないであろう、というのが
伐採の目的でした。




今日は所沢でCJ360Tの車検でした。
CJがうちに来て3回目なんですが、毎回ちょっとしたトラブルでストレートに合格しません。
車検ノウハウ全然ないユーザーなんで、事前に直すところがわかってないんですね。

一回目はライトスイッチでヘッドライト消せるのはNGという指摘。
現地でスイッチ外して対応したが、ヘッドライト検査で不合格。
テスター屋で調節したがヘッドライトステーの曲がりのため、検査はステアリングに腕力を加えて通した。

2回目は事前にヘッドライト点灯せず、ライトケース内でギボシが抜けていたのを修復したが
ウインカーが点滅しなくなって、リレーを交換したら直って、検査は一発合格。
このころから始動不良やアイドリング不安定の原因がバッテリー電圧低下によるものと突き止め
4年以上経過しているバッテリーは充電しても復活しないので、新品交換。
バッテリー・レスのモトクロッサーしか乗ってこなかったので、電装素人なのです。

そして3回目、特に機能的不具合は無いので一発合格するつもりでしたが


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自走で無駄に走行距離伸ばしたくないので
いつも軽トラで運びます。

前回の車検から300kmも乗ってしまいました。

遠乗りは全くやらないので
田舎に運んで乗るか、
仕事に飽きてきたときに気分転換のため
ちょい乗りするだけで

2年間で走行300kmです。
このペースなら晩年まで乗れると思います。



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昨日はずっと冷たい雨だったので、積み込みしないで、朝8時に積み込んで
第1ラウンド間に合うんです。

2輪レーン空いていて順調順調、午前中に戻れるな、と思ったらいきなりアクシデントで
再車検するはめに。

操縦装置の検査項目に施錠装置というのがあり
なんとステアリングロックがメインキーで
かからないことが判明。
過去2回合格していたのは、施錠確認してなかったためか全く意識してなかったです。

ステアリングロック、現地で修復できるはずもなく、そういえばスペアキーがあったような記憶が蘇ってきました。
別のキーなら施錠できるかもしれない、いやそれしか方法は無い。
再び軽トラに積み込んで家に戻りスペアキーを探しました。


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あー良かった、スペアキーで施錠はできました。
しかし、スペアキーでメインスイッチは回りません。

ということは、前オーナーがメインスイッチかステアリングロックのどちらかだけ交換したので二つのキーが存在することになったと
考えるのが自然ですが

スペアキーの存在も忘れているくらいですから、ステアリングロックもかけたことがないわけです。




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家と車検場2往復しましたが、第3ラウンドで
再検査合格したので2時間くらいのロスで済みました。











76年型CJ360Tは私が中学時代の生産車ですが実車は見たことがなく
高専の1年の時にこれの旧型CB250Tに乗っていたので、スタイルこそ違いますが同系列のエンジンを搭載した360に乗れることになるとは夢にも思っていませんでした。
スポーツ用のバイクは最新型にのるべきだと思っていますが、残したいバイクは全く違う価値観で接しています。
人手に渡らぬよう、工藤家のコレクションに加えたいと思います。



朝寝坊していたのか遅く工場に降りて行ったら、既に誰か訪問されたのか、作業台の上に
額縁付きの絵画が置いてありました。
どなたが置いていかれたのか、そのときはわかりませんでしたが
それよりも絵画の題材があまりにも、私向きな内容なので驚きました。

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まるで私の心の中を見透かされたような

正に如何なる時も心はこの場所にいるくらい、恋しい景色です。

JR予讃線、海に一番近い駅「下灘」から一駅
八幡浜よりにある実在の駅「串」です。

おそらく作者は駅舎のない山側の坂道から見下ろしたアングルでスケッチされたのだと思います。
写真というのは自動的に景色を捉えるので
撮った人はその詳細は分かってないはずですが
手に筆を取って描き写すことによって誰よりもこの景色を理解して捉えていたであろうと思います。
景色の記憶を画像データでなくアナログの線や絵の具の色で残した作品ということです。
もちろん実在の駅なので、今度自分のオートバイで「下灘」と「串」はしごしたいと思います。


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今日はRMX250Sチャンバー出荷です。
沖縄方面でした。
大変長らくお待たせしました。

残り2月分まで23品バックオーダーになっております。

RMX、KDX、KDX、CRM、CRM、DT

DT、KDX、RMX、DT、DT、CRM・・・

こんな注文順です。
全くランダムに来ますので作り置きということはできない状態です。

全部終わったら別の計画があるので、今は新規受注より、早く仕事を終わらせることに重点を置いてやっています。


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WSB第1戦、フィリップ・アイランド終了しましたね。
結果は驚愕のアルバロ・バウティスタ WITH DUCATI・パニガーレでした。

予想はもちろんWSB4連覇のジョナサン・レイ WITH カワサキZX10RRでしたが

今年はこのカテゴリーが一番見逃せません。
人気の理由はmotoGPやF1と違って、市販車ベースのマシンで戦うところ
当然レースの成績が市販車の売れ行きに直結してくるわけです。

解説の八代さん曰く「これでパニガーレ、バカスカ売れるでしょう。」
ZX10Rより100万円高い350万円の車両価格ですがDUCATI乗る人には問題ないでしょう。
4連覇したカワサキが19年モデルでエンジン内部に改良を加えて5馬力アップしてきたので、5連覇も濃厚かと思っていたのに、イタリヤのバイクとスペイン人ライダーの最強タッグが現れたことで、
今年のワールド・スーパーバイクから目が離せなくなりました。

因みにWSBルーキーが開幕戦優勝したのはJ・コシンスキー以来23年ぶりということですから
いかに衝撃的であったかお判りでしょう。

さて注目されているかどうか、ホンダCBR1000RRは清成選手の16位、15位が最上位で、チームメイトのデルビアンコにいたっては17位とDNFという結果。
ホンダさんはmotoGPがあるからSBは片手間でよいと思っているわけではないですよね?
バイクユーザーが何を望んでおられるか、明白です。
会社員時代、最初に配属された部署名。85から87年の3年間でしたが
埼玉製作所での2輪生産の歴史も同時に終わりました。
当時担当していた市販モトクロッサーシリーズ、KA3、KA4、ML3という機種で、車名が
CR125、CR250、CR500を同時期に量産立ち上げるための確認テストをすることが仕事でした。
実走耐久は別のグループが担当して、私は主にフレームやリヤフォークの単体耐久。
フレーム単体耐久とはヘッドパイプやリヤショックアッパーブラケットを剛性のある治具で固定し
シーケンス制御したソレノイドバルブを使ってエアシリンダーを作動させ、ステップを下方に引っ張り、加重を繰り返す耐久テストです。
入力の数値は実走応測で決めます。事務局が国際A級ライダーに連絡して雇い、桶川のモトクロスコースを走ってもらいました。フレームには応力の高そうな場所に歪みゲージを貼り、一回の計測で50か所くらい応力を測定します。
ライダーには当時は磁気テープでデータを収録するアンプ内蔵の特注レコーダーを背負って走っていただき
大ジャンプの着地など最大応力が発生する数値を再現した加重を台上でシュミレートして耐久条件としました。
社内の基準では100万回繰り返し荷重して亀裂が発生しないことを合格としました。
耐久終了後カラーチェックで亀裂の有無を調べ、もし亀裂が発生したならば、対策要求票を設計部門に送って設計変更の検討をするという流れです。
これを量産する前に確認して不具合を洗い出さないと、販売してから問題発覚することになるので重要な業務内容であったと思います。
86年からAMAモトクロスは市販車ベースのレギュレーションに(ワークスマシン禁止)改変されたので
私の勤務した工場からDベイリーやRジョンソンが乗ってAMAモトクロスを戦ったCRを送り出したことが、人生で最も充実した仕事の一幕ではなかったでしょうか。


その後、職場は4輪の部品品質係に移動となり、新機種プロジェクトや新工場建設プロジェクトを経て退職し、物作りの世界へ入ってきましたが、退職して28年、完成車技術課時代から34年経っても
モトクロッサーからは離れられませんでした。

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2019年MCFAJモトクロスシリーズも
今日開幕しました。

MCFAJは96年から走っているので23年も続けていますが、止めれない理由は全然納得いってないからですね。

最近は高齢化のため体力の衰えも著しいことは自覚していますが、なんとか衰えに歯止めを掛けたいという強い熱望からです。






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オフロード仲間のサノさんやハセガワさんがスタートグリッドまで手伝いにきてくれました。
足届かないので助かりますね。

なんとスーパーベルレーシングのヤマグチさんまで
コース脇で確認できました。
大した走りはできませんが
強風のコンディションでこれが精一杯の走りです。
SEクラス16台中ヒート1、10位ヒート2、12位の総合11位という結果でしたが
老化防止が主目的なので、また次回頑張って走りましょう。






これは仕事の時間外でやっている自己啓発です。
寝る時間が遅くなるだけですね。

日曜日に練習行ってローンチ使ってみました。
手助け無しにセットすることには成功しましたが、不具合もわかりました。

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不具合とは走行中にフォークガードに加締めたリベットがアルミのリングを擦ってガリガリと音をたてます。

もう少し薄型のリングが必要です。

そこでステンレスバンドにストッパーを溶接して薄型リング作りました。
アルミ製より2mmクリアランスを確保することができました。






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こっちの方が見た目もスッキリですね。

ステンレスバンドなのでフロントフォーク外さないで取り付けできるようになりました。










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これで走行中も擦らないでしょう。

静的な測定ではクリアランスあったのですが、振動でフォークガードがしなって当たっていたようです。
やはり稼働部分は動的な検証をしないと
わからないものです。

本番まであと一回練習に行くので再度確認です。
どうやってローンチ一人でセットするか、全然アイディアが湧いてこなくて
一日経ったら突然ひらめき、思いついたら直ぐ試さないと気がすまないので

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こんなもの作って試してみました。

ひらめきから1分後には試作取り掛かっていました。
加工時間1時間くらいで、頭の中に描いたものは実物となって目の前にあります。

あとは装着して実施するだけです。

要件は一人でフロントフォークを沈めて
ローンチをセットすること。
作業時間は器具の装着、取り外し含めて1分以内でないと役にたたないでしょう。


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フォークガードにタイヤチューブを切って作った輪ゴムを引っかけて、ストッパーを押した状態にして
アウターチューブにステンレス板で作った
スライダーを装着します。

ストッパーのピンがスライダーを滑って上がってくれば手を使わないでセットできるはずです。


そして、フロントブレーキ掛けたまま
フロントフォークを勢いよく沈めます。



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思ったとおり、一発で成功でした。

3回ほど試してみましたが
確実にセットできます。











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スライダーは下側に抜き、輪ゴムを外せば
スタートグリッドに向かえるというわけです。

小さいライダーは手足が届かないのはどうしようもないので、道具で補えばよいという
シークレット・ソールみたいなものです。


今度練習に行くのが楽しみで仕方ない。


日曜は仕事があるから行けないけどね。

電子制御のローンチコントロールはF1では禁止になりましたが、2輪では合法的に存在しています。
電子制御で燃料や点火時期を発進専用にコントロールして後輪のトラクションを稼ぐ技術です。
電子制御が無い車両の静止状態からの全力発進はアクセルワークとクラッチミートの繊細な操作と、
後輪に荷重するように体重移動や左右に蛇行することを抑えるバランス感覚など多彩な運転技術を瞬時に発揮しないと前には出られないものです。

そしてオフロードにも電子制御はありますが4輪やリッターSSのような複数のセンサーや大容量のECUが積むのが難しく、完全なシステムは開発できてないように思います。
そこで簡単なデバイスでライダーのスタートテクニックを補うようなことが一般的な方法です。

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今ではほとんどの選手が使っているであろう通称ホールショット・デバイス。
実は大勢が使っているので必ずしもホールショットは取れないデバイスです。

なんで今更この話かというと
17年前に作ったのが出てきて、当時はCR85に付けていたのですが
これつけていてもウイリーになってスタート失敗しているのに、外してみたらホールショットだったり、付けなくても結果は関係ないということで、02年以降使っていなかったのですね。

結局スタートの良し悪しは、グリッドの状態や集中力が左右するもので毎回路面コンディションに対応するしかなかったわけです。
そう思い続けて今年になって使ってみようと思ったのはフルサイズでは試していなかったこと、昔作ったのをちょっと加工すれば使えるということです。
作らなくても1万円くらいで売っているものですが、自分で加工することをしないで安易に済ますことも許し難いことです。

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もうちょっとうまく出来んかなと考えて改良は続けていくと思いますが
とりあえず使ってみることにします。
2月から早速レース始まるのでそのとき結果が分かります。

これはノーマルのフロントフォークですが
私の体重では固いので、沈めてセットするのに一苦労です。
K・ロクスンみたいにジャックナイフしてブーツのヒールでセットするような技術があればいいですが
スタート前に手助けなしにセットする方法を考えましたので練習してから本番に臨みたいと思います。

このデバイス、どんな役目なのか分からない人もおられるかもしれませんが、
オートバイがウイリーするときに沈んだフロントフォークが伸びあがる動きをするので、その動きを止める働きがあるんです。
従ってウイリーしにくい=アクセル全開でスタート出来るという図式です。
逆にリヤサスが入らなくするアンチスクワット方式もあるようですが、電子制御サスペンションの話ですから、フロントもデバイスつけないでストローク止められるかもしれませんね。




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やはり17年前に作ったデバイスは気に入らなくて
やり直しました。

SUS304丸棒からストッパーピンを削り出し
圧縮バネなど変更して、ひと廻り小振りな寸法にしました。








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フロントフォークの圧縮には難儀しますが

サイティングラップ後スタートグリッドにつく僅かな時間でセットできないと使えません。

やはりジャックナイフしてヒールでセットする練習するか
近くの人に頼んで手伝ってもらうか、どちらかにするでしょう。




今年初めの製作物はKDX125のサイレンサーでした。
年末に完成していたチャンバーとのセットで発送です。

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絶販の車種ですが去年治具合わせにてラインナップに加えたのですが
隙間関係が他機種に比べて厳しいもので
毎回苦心して作っています。
ありがたいことに
ご購入いただいたお客さんから
取り付け完了のメールが複数寄せられ
画像添付されたものや
「問題なく取り付き、ノーマルに比較して高回転が伸びるようになりました」などとインプレッションが書かれたものまで

徐々に実績を積んでいくことで、実車取り付けしなくても安心して発送できます。
CRMやRMXは何百台も作ってクレーム打ち上げが無かったですが、最初のころは毎回ナーバスになって作っていたのを思いだします。
まだ大量にバックオーダーありますので、ご注文即対応できる日はいつのことか、今年中の目標としておきます。

仕事ではない目標は去年以上にあります。
去年はWワークしようと思って派遣会社登録して会社勤めしていたんですが
派遣の担当者が私のことを日系外国人と勘違いしていたのか少数の日本人社員が大勢の外国人を使って大量生産する工場へ送り込まれ、苦労を経験しました。
守秘義務があって詳しく言えないのですが製品がコンベアーで津波のように押し寄せてきて
決められた作業を全力でこなさないと製品がコンベアーからあふれ出してしまうので、10時間休みなく走り続けるような仕事量です。
外国人でも仕事のキツさで逃げ出してしまうような職場なので日本人が来ないのは当然かもしれません。
結局、低賃金長時間労働でWワークは無理なことがわかり、同じ低賃金なら自分の仕事をすればよいということに落ち着きました。
幸い「できるまでお待ちします」と言ってくださるお客さんが多いので、ご期待に沿えるように製作業務進めてバックオーダー無くすことが先決です。

父親の遺言で「先祖から引き継いだ土地を人手に渡ることなく守ってください」というのがあり
実家と畑を引き継いでいるので、時々愛媛まで帰って管理する作業があります。
短い滞在期間では、なかなか広い藪になってしまった山林を綺麗にするのは困難です。
自分ひとりで人力でやるには限界がありますから、重機の導入を計画していますので今年中かどうかわかりませんが山の畑はミニコース作る計画を企てています。
田舎には農業委員会などという組織がありますが年に数日しか現れないゲリラ戦法でいきますので
文句言いにきても家には誰もいないということです。

モトクロスの方は乗り始めて37年くらい経ちますが、MCFAJは96年から走っているので23年も続けていることになります。90年代は400台オーバーだった同連盟のレースも近年は100台ちょっとくらいまで減少し、予選がないどころか、スタートグリッドも各クラス半分くらいしか埋まらない低迷ぶりです。
新人が来ないうえ年輩は止めていくので自然の流れではありますが、去年ダメダメな成績ながら全戦真面目に出走したおかげで、今年のSEクラス5番が連盟からの指定ゼッケンということで
年寄の私が止めないようにランキングというご褒美を与えて、ライセンス料とエントリー代を集金しようという手筈です。
レース止めないことに何のメリットもないように思われるかもしれませんが、「年の割には元気ですね」と言われる秘訣はモトクロスにあると思っているので、これも走り続けることが目標です。
多分止めたらズルズルと怠惰な生活を送って衰えていくことでしょう。

長年家とモトクロス場の往復しかしていなくて関東近郊、四国などにも走りたい道路がたくさんあります。
残された健康年齢は長くないと実感してきたこのごろ、新たなオンロードの相棒も来たので、多忙な合間を縫って可能な限り走りだしたいと思っています。暖かくなったら箱根か伊豆か房総のどちらかに行っていると思います。

ざっとですがこんな予定でおりますので、今年もよろしくお願いします。



HUM(honda of UK motor)に出張していたころ鈴鹿SSからの日本人駐在員から聞いた話ですが、英国のバイカーたちは正月にドーバー海峡を渡って(巨大なホーバークラフトのフェリーに乘って)
フランスへ行き、パリ・ダカールラリーのスタートを見に行くのが恒例だったそうです。
緯度が日本の北海道より高いので極寒の時期だと思うのですが、人気の車種はヤマハ・テネレやカワサキZZRが多く、凍結しているかもしれないモーターウェイを走って大型バイクがわんさか集まるという熱狂ぶりだそうです。
モータースポーツの国は一般バイカーも筋金入りなのですね。
私も初日の出暴走ではないですが太平洋側まで走って日の出見ようか一瞬思いましたが
この寒波であえなくやめとけモードに入っております。
寒いときは工場に籠ってもの作りがよかろうと思います。

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車体無しのワンオフ製作をお断り続けたKDX125SRチャンバーですが
せっかく需要があるのにラインナップしないのは心苦しいので、治具製作して作りはじめ
やっと3台めですが、隙間2mmの部分が3か所あって雁字搦め、毎回苦心しながら作っておりますので効率も悪いです。
安易に引き受けるもんじゃないですね。





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4台めのチャンバーは年末までかかりますが、サイレンサーとセットのご注文なので
来年の初荷がKDX125チャンバーとサイレンサーのセットになる予定です。











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ZX10Rのフェンダーレス化に着手しました。
私物なので売り物ではありません。

下がノーマルのリヤフェンダーとライセンスマウント。
欧州規格のためか、リヤタイヤの後ろまで伸びていてスッキリしてません。

そのためアルミ板金で小型化しました。

今時フェンダーレス・キットなんか幾らでも売っているだろうと思いますが
買って来て済ませていたのでは、何の楽しみもありません。
部品製作は自分で作って楽しむ遊びだからです。他人が作ったものを買って来てつけていては何も分からないままになってしまうでしょう。
買い物することを反対するわけではないです。少なくとも物が売れることによって経済に貢献するわけですから必要なことでもあるのですが、全部そうだとするとオートバイ乗りはカネ払って乗るだけみたいになってしまいます。


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フェンダーの後ろですから目立たないようにブラック塗装にしました。

リヤフレームにボルトオンするライセンスマウント
ウインカーハーネスを下からカバーするプレートと反射板取り付け用のステーの3点がフェンダーレス化に必要な構成部品です。






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ライセンスプレートがタイヤ後端より引っ込んだ位置になっています。

ライセンス・ランプとウインカーは純正品を移植してあります。

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秀逸なデザインのテールランプの下に野暮ったいパーツが見えない方がいいではありませんか。
法規制に合わせて最もシンプルなデザインを目指したつもりですが
社外品がどうなっているかは
一度も検索したことがありませんので
似ているものがあるとすれば偶然だと思います。






このZX10まだ高速道路で少し乗っただけで一般道での操縦性はよくわかってないこともあり、近所でUターンの練習でもしておこうと思い乗り回してみました。
35年以上モトクロッサーメインに乗ってきましたが、ハンドリングに対して全く不安が無いというか
熟成されたステアリング・ジオメトリーのため誰が乗っても違和感がないように作られているわけですが、一昨年に450のコーナリング立ち上がり時チャタリングが出てハンドルを抑えるのに力が入って疲れていたところ
ステムのオフセット2mm違いを試す機会があって、乗ってみたら完全にチャタが解消されていて腕に力を入れる必要がなくなったのでした。
翌年モデルからオフセット2mm変更とステアリングダンパーはオプションにモデルチェンジされていました。
僅か2mmで、と疑問に思うかもしれませんが操縦性はカタログ数値で表せない部分で、むしろ最高出力などのデータより実際に乗った時に感じる重要な走行性能だと思います。
これが長年の開発、車体設計の積み重ねで培ってきた数値ですから、ただ機械設計に詳しい技術者でも分からない2輪車のバランスに関わる設計はテストライダーと車体設計屋の連携がなかったら成し得ないクルマ作りでしょう。

話を戻します。ZX10の高速道路でのレーンチェンジは、初めてのリッターバイクということもあり比較するものがない、しかし100キロ以上で直進性が強いという感覚とイン側のハンドルを押してやるとあっさり傾いてレーンチェンジしていきますが、直ぐに直進に戻るという感覚です。
これは走っている限り重さは感じないが直進性の強い、またはタイヤがスリップしない限り転びにくい特性なんだろうなと思いました。
そして近所の道路です。真っすぐ走りながら軽くスラロームしてみます。
やはり予想は的中です。定常走行で勝手に起き上がってきます。
寝かせるのに意図的にバランスをくずして傾けてやらないと真直ぐ走っていこうとするんですね。
このことを理解して操縦することでかなり安心感がでてきます。
それはタイトカーブで狙ったラインより外側に膨らんでしまうのを補正してやればよいということです。
セパレートハンドルの上、タンク幅が広くリーンアウトでは内側の腕がタンクに当たるのでフル転舵はやりにくいのです。
そこで肘を外側に這って腕の短さを補うように上体をイン側に移動するライディングポジションをとることでフル転舵をキープできます。

さてステアリング・ジオメトリーはというとキャスター角25° トレール107mm
現行のCRFと比較するとキャスター角は2°29"立っている。トレールは9mm短い
この数値だけみるとCRFよりキャスターが立っていてトレールが短いので直進安定性よりハンドリングの軽さを重視していると考えられます。
では実走で直進が強いと感じたことに矛盾が出てきますね。

ここで誰も語らなかったキャスター/トレールの関係です。
フレーム単体を計測してもキャスター角は不明です。キャスター角の定義は、タイヤ接地面を基準とし、これに直行するフロントホイールセンター上の垂線とステアリング中心を通るラインが交差した挟角のことを表します。
トレールの定義は、同じくタイヤ接地面上でフロントホイールセンターを通る垂線とステアリング中心線の延長線がタイヤ接地面と交差する点との距離を表します。
このことからキャスター角というのは代用特性であり、物理的作用はトレールが影響していることが分かります。
2輪車の運動性能を勉強した人は周知のことと思いますが、走行中にフロントタイヤはステアリング延長線に引っ張られて回っていることになります。
ここでキャスター角で傾いたステアリングを切ったらタイヤの接地面は中心からトレッドのイン側に移動します。
するとタイヤの横から押される力が発生します。
これはワイドタイヤまたは深いバンク角の方が力が強くなります。(オフ車とリッターバイクの違い)
この力が元に戻ろうとしてステアリングが直進状態に向かいます。これがトレールの示す直進安定性の作用です。
ただトレールはキャスターだけで決まりません。ステムのオフセットでも変わりますし、オンロードはフロントフォークのセンターアクスルが主流ですがオフ車はリーディングアクスル(フォークの前にアクスルが設定)が主流なのでセンターアクスルよりトレールが短くなります。

ではなぜCRFのキャスター・トレールでハンドリングが重くならないか?一つは車重と重心位置が影響しているはずですが、ここでは置いといて一番の理由はサスストロークにあります。
カタログ上のキャスター・トレール値は空車接地においての寸法です。
乗員の体重や乗車位置の前後でキャスター角が変動することは当たり前ですが、ロングストロークで前向きに走っている限り、ギャップやブレーキで前下がり即ちキャスターが立つ方向に動いています。
またどういう場合にオートバイが不安定になるかというと、減速時または下りのギャップに於いてです。これは空車時よりキャスターが極端に立ってくる姿勢だからです。
そこでライダーは車体を安定させるために乗車位置を後ろにしたりアクセルを開けたりしてバランスを調節します。それこそが運転技術の違いが出る部分であるのですが
何もしないと不安定になってしまうジオメトリーを安定させる方向で空車時の寸法を決めているということです。
ですからカタログ上のキャスター・トレールの比較では矛盾が生じていた直進性の部分は動的な数値を考慮したら車体設計者の意図が垣間見れるのではないでしょうか。

因みに私はリッターバイクでは足が付かないのでアクセルターンは確実に転倒するのでトライしませんが、ZX10のステアリング切れ角でUターンできる道路幅は6メートル(普通の2車線)、アップハンドルなら4メートルでもいけると思いますが、これ以下の道幅では90°ターンまで、または降りて切り返すことにします。何より周囲の状況を視覚でとらえて確認できなかったらむやみに方向転換しないことが安全運転の秘訣かなと思います。



























冬期はオンロードお休みですが(寒さに弱い体質なので)今後どのようにアプローチしていこうか検討するためにサイドカウル外して車体を眺めています。

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クルマの製造原価は売値の2割とすると
2百万チョットの10Rは40万くらいで1000点以上の部品を手配して組立てしていることになります。
残りの160万チョットは工場の利益や倉庫と物流コスト、販売店のマージンとして分配されているわけです。
40万くらいのコストで私なら何が出来るだろう?と考えると、これだけの完成品を一日に何百台も作れるメーカーの生産力というものに
唯、ひれ伏すしかないのであります。


この車両の特徴としてIMU(イナーシャル・メジャメント・ユニット)という車体の慣性モーメントをXYZ軸(ピッチ・ロー・ヨー方向の回転)で計測して演算し、EFIの調整を自動的におこなって出力コントロールするシステムが搭載されていることです。
運転に関わる5種類の電子制御システムが働き、運転手の技量を補って過度なフロントアップや後輪スリップをコントロールしてくれるハイテクマシンなのです。
トラクション
ローンチ(発進)
アンチロック
エンジンブレーキ
クイックシフター  これらのモードを左ハンドルのスイッチで任意に設定でき、マルチファンクションパネルで表示されるという手軽なセッティングモードを装備しています。
これだけで、従来のマシンには無かった電子制御システムを安全に楽しむことができる仕様となっています。

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大きなダイキャストで造形されたブラックアルマイト仕上げのフレームのおかげで
エンジン部分はシリンダーから上方が全く見えません。
スパークプラグにアクセスするにはガソリンタンク前方のエアクリーナーBOXを外す必要があります。
チタンのエキパイは4イン1の集合管ですが溶接固定なので一体で外れます。
縁石などで下側潰すと高くつきそうです。

クラッチカバーの位置が高いですが
メインシャフトとカウンターシャフトが縦に配置されていてエンジン全長を短縮することに貢献しているようです。
エンジン全長を短くするメリットはマシンの旋回性に影響する重心の位置を決めるのに
自由度が取れることにあります。
例えば重心を後ろにするとフロントの軽快性が上がるが直進安定性が落ちる
逆に重心前にするとハンドリングは重くなるが直進安定性が増す、など。
もちろん、重心の高さやステアリング・ジオメトリーも関わって総合的に決まる操縦安定性です。
では試乗した感じでは寝かすのに若干重さを感じるが直進性は良い(オーリンズ製ステアリングダンパーの効果)安定感のある軽さという表現でしょうか。
210kgもある装備重量でこの運動性は、いいバランスではないかと思います。

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サイレンサーはスリップオンですが
チタン製で重量2.2kgしかありません。
グラスウールは軽量化できないので金属部分は妥協してないです。
社外のスリップ・オンマフラー多数販売されていますがどれも10万円超えです。
そのうちオリジナルマフラー作ろうと思います。

中間のチャンバーは排ガス浄化用の触媒と
出口付近に排気バルブが装着されていて
パワーモードに応じてコントロールされる仕組みです。
公道仕様なので規制をクリアさせるために必要だと思いますので、このまま手をつけな
いでおきます。


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ショーワのバランスフリー・フロントフォーク
リヤショック同様に窒素ガス封入のサブタンク下に減衰力調整アジャスターを装備しています。
標準値では圧側、伸び側共固く両側1回転戻して今度試乗してみます。

ブレンボのフロントブレーキが標準装備されていてローター径はφ330
強力な制動力ですがABSのおかげでスリップしないで止まります。

ホイールはRRやSEに装備されているマルケジーニのフォージドではなくキャスティングです。十分十分


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フォークトップのアジャスターでイニシャル調整できます。
全6回転ですが標準位置で固く私の体重では全く沈まないので
最弱から1回転戻しで今度乗ってみます。
押した感じではよく動くようになりました。

オーリンズと共同開発のステアリングダンパー。SEの電子制御とは違いますが
おそらく、ゆっくりなら全ストロークで同じ減衰力、急な動きに対して固くなる設定だと思います。
デカイタンクは肘で挟むようにして乗ります。スクリーンに伏せると顎が乗っかる凹みがデザインされています。
オフロードと比較して走行中に感じる一番ちがうところは強烈な風圧だと思います。4輪運転しているときは全く感じない風の力がオンロードでは体力を奪っていくので
スクリーンに伏せたライディングポジションが最適です。

どおでしょう、200PSの最高出力を発揮させなくても常用スピードで高品質な走りを体感できそうだとは思いませんか。
もうお年寄りなんで、サーキット走行とかラップタイム更新などには興味がありませんので
日本のすばらしい道路が無限に広がっていますから、よきツーリングアイテムとして考えておきましょう。



WSBタイトル3連覇、ジョナサン・レイが乗ったマシンのベースモデルです。
SBホモロゲーション用のRR、電子制御サスペンションのSEもありますが、これでも十分な運動性能ではないでしょうか。
スタンダードのショーワ・バランスフリーフォーク。フロントにブレンボ製ブレーキ。
ホイールはRRのマルケジーニ・フォージドではないけれど、ヒラヒラの軽快なレーンチェンジはリッターバイクの重さは感じないハンドリング。

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最高出力200ps/13000rpm
装備重量210kg
私が跨ると片足つま先立ちのシート高ですが、緊張して乗るという欲求を満足させるのに十分なスペックだと思います。

「200馬力なんか必要ないでしょう。どこで使うの?」
求めているのはそれ以外の部分であって、
中間の動力性能も高次元に追及した結果の最高出力は、この際問題ではありません。



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中型排気量ではコストダウンされそうな部分も大型車はいいパーツを付けられるようで
ノーマルでチタンエキゾーストですね。
ボトムリンクの位置を上方に配置して、代わりにリヤサス下方に大容量のコンバーターASSYが見えますが、この部分だけSUS304ステンレス製です。

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ショーワ・バランスフリーフロントフォーク。
モトクロスでも採用されてない高性能フロントフォークが奢られています。

ショーワはホンダの子会社と思っていたのにCBR1000RRはオーリンズと提携しているあたりが面白いですね。
ブレンボキャリパー専用のアクスルホルダーになっています。
ラジエターも巨大なのですが排熱がすごくて
アルミフレーム全体が熱くなって、この時期でも全然寒くないです。(夏はどうなのかな)



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なんといっても、このスタイリングです。
他に類をみないWSBチャンピオンマシンと同様のKRTカラー

なんかTVで見るだけでは何もわからないので試乗して体感してみるのがいいかなと思った次第です。


ウチは圏央鶴ヶ島ICまで3分の立地なので
一般道殆ど走らないで目的地まで行ける便利さを利用しないのは勿体ないでしょう!












今年4回目の四国です。自走ですから走行距離は合計6800kmになります。
先週月曜日に到着して、木曜の法事を除いて5日間家の周りの草刈りや畑のみかん、柿の木伐採などに費やしてきました。

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到着したときは雑草で全く見通せなかった畑が、このとおり視界良好になりました。

こうなれば、やることは決まっています。
自宅敷地内でモトクロスです。











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お座敷前の縁側にCRFを置けるようになりました。
昨日まで無理な状態でしたが
今日念願適いました。


大量の伐採に疲労困憊なので
コース作りはまた来年、今度帰ったときに
重機いれて造成したいと思います。

果樹園はやる人いなくなったので自分で有効利用させていただこうかなと。




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あらよっと!
路面が柔らかく凸凹なのでかなり走り辛い
所々切り株も残っているので
攻めるにはテクニックが必要な感じです。

今度来るときは切り株の除去をやりたいです。そうすればストレスなく全開できるでしょう。






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これ150なんだけど、子供が乗ってるみたいなオレ。

普段は250乗ってるんで、低速トルクの無さとバランスが難しいと感じました。
やはり継続して乗ってないと下手になるんだな。









四国電力西条火力発電所

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土曜日朝、帰り道寄り道しながらです。

親父が勤務した四国電力
営業所は違いますが、電力の要は発電所です。
石炭火力と木材の混合燃料で
焼却灰はコンクリートの原料として再利用されるそうです。

子供のころTVニュースでみた煙突は四国最高の建造物だそうで200mあります。
この会社のおかげで私たち一家は生活して来れて今日があります。
四国電力4000株引き受けました。


今治造船西条工場
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商船三井から2019年までに大型コンテナ船13隻受注していると報道されている今治造船は90年代に英国を抜いて造船シェア世界一だそうです。

8月に見に来たときは船の形は出来てなかったですが、2か月ちょっとで、こんな大きな船体ができるんですね。

800tクレーンの下、緑のネットから透けて見えるのが船体後部の断面です。
クレーンの高さ50mほどありますから
5階建てビルほどの断面が300mくらいの長さで連なっている大きさです。


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これは別の船建造中だと思いますが
船底の部分の部品を広大な敷地に据え置いた状態です。
隔壁の様子が見えますが、穴から作業員が出入りして中から溶接して組立てるのだろうなと想像します。

こういう大きな部品ですが、複雑な形状をしていて船舶の設計は難解でやり直しの効かない精密さも持ち合わせてなければ出来ないことでしょう。

愛媛県が誇る巨大産業です。
みかんだけじゃないんじゃよ愛媛は。


国指定名勝旧広瀬邸
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元禄四年創業の別子銅山を明治維新期に近代化し、我が国の近代化産業を育成し住友グループの基礎を構築した
広瀬宰平の旧邸と庭園が新居浜市を一望できる山腹に保存され、一般公開されているので観覧してきました。

雨樋をご覧あれ、銅板拵えです。
塩ビの樋はこの形状を真似たものだと分かります。
当然材料の銅板は住友金属製でしょう。

母屋玄関から入ります。






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新座敷から美しい庭園を臨みます。
明治22年当時から変わらない景色です。

日本庭園に英国風の芝生がミックスされた広瀬氏の貿易経験から要望できたデザインとなっております。

庭園には清涼な小川が流れ池には錦鯉が泳いで和ませてくれます。






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広瀬氏お気に入りの居間から階段を上ると望煙楼と名付けられた部屋が現れます。
瀬戸内海に面した住友の工場や蒸気船を眺め、新居浜の発展を見守ったと言われています。

宰平翁の気分になって、しばし見つめる故郷新居浜。








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どこにあるかと興味津々だった日本最古の洋式便所。
望煙楼の隅っこにありました。
英国製の陶器ですが、水洗ではないようです。
尻は何で拭いたのだろう。和紙か

換気扇は見当たらないのでオイニーは上がってきたかもしれません。

写真はないですが浴室は楠製の浴槽で
タイルは使用されていない全面木造ですが外部にボイラーを設けていてパイプでお湯を引き込む構造は江戸時代と近代を結ぶ間の時代様式を表しています。


ホンダドリーム新居浜
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高専時代、私をモトクロスの世界に引き込んだ、中川エンジニアリング⇒
バイクショップ中川⇒ホンダドリーム新居浜へ寄ってみました。
愛媛東予地区のバイク店としては大出世だと思います。
玄関に展示されているCB1300Fは最近降ろした社長の自家用車。
世間話で国内最高級RC213VSの話題になり
「松山で3台売れたらしい」
「そのうちの2台はケン・マツウラさんとこじゃ。」
ここでも愛媛県発の世界一企業の名前が出ました。
世界耐久選手権のハイブリッドエンジン部門でトヨタにエンジン部品供給し、
優勝してしまった「世界のケン・マツウラ」さん所有の213Vの一台は乗車用、もう一台は改造用ではないかと推察するのであります。

今回は時間切れ、まだまだ愛媛の実家でやらないかんことがようけあるんよ。
次回は来年GWころかな
今4月中旬のご注文分を作っています。4か月お待ちいただいての製作ですから
今注文されると年末ころ出来るという状況ですね。
よく納期の問合せを受けますので、ラインナップ品なら大体それくらい
ワンオフ製作はもっと先になるでしょう。
要するに受注生産なので直ぐ欲しい注文は無理ということなのでご注意ください。

今回はラインナップ品KDX125SRサイレンサーの特注で
丸断面とエンド曲げパイプ付きになります。

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治具に取り付けて作っています。

サイレンサー断面はφ70です。

90年代からオフロード車のオーバル断面が流行りだしたのですが
依然は丸断面が当たり前でもっと小さいものでした。

ところがオフロードレースでも騒音規制されるようになり、消音器の容積をアップするデザインに変わってきて、
横幅の狭いオフロード車のスペースに収まるように幅を詰めた楕円断面に移り変わるのでした。

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本来、排気ガスの膨張はパイプに対してラジアル(放射状)方向になりますので
膨張室の丸断面が理に適っているはずで
同じ表面積の板材からパイプを作った場合
新円が最も容積が大きく
3角形が最小になることから
消音性能的に新円が一番有利であると言えます。
パイプの展開面積=金属材料の重量ですから軽量化にも寄与します。

付け加えると排気ガスが音速で消音器内部の壁に衝突を繰り返して減衰していくことを考えると
パンチングパイプから消音器内壁までの距離が遠い方が音の減衰が働き(即ち大きいマフラー)
同時に膨張速度を抑え、熱を吸収するグラスウールが介在することで消音が機能します。
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ではサイレンサーが大きいとどうなるか。

消音器内部の圧力は下がりますから
排気出口の勢い(流速)は衰えます。
よって排気速度が落ちるということです。

だから騒音規制のないフォーミュラ1やドラッグレースなどは高回転回すためにサイレンサー無しです。(モトGPは小さいのが付いている)
ところが一般車両やオフロード車は低中速の扱い易さが重要なのでサイレンサー無しではそもそもうるさくてあり得ないですが
充填効率が落ちてパワーダウンしてしまうのも適切な排気抵抗が運転性に関係してくることを表しています。
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サイレンサーエンドの曲げパイプは
ウインカーやライセンスプレート回りのオイル汚れを防止するためと
後続車にも優しいと思います。

エンドパイプのテーパーカバーは、衝突突起物を無くすように考案した私オリジナルのデザインですが
KDXのようにサイドカバー内側に引っ込んだ位置のサイレンサーには必要のない形状ですから、これでいいのだと思います。










連日の猛暑、屋外での運動には適さないコンディション。特に散水が十分でないモトクロスでは前走者の土埃で路面が全く見えない状態でのレースは苦行としか言いようがありません。
わざわざ苦行と知りつつ出かけていくには、苦しみから解放された直後の快感を味わうためのように感じます。

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夜勤明けで全く寝てないので土曜日は移動だけです。

軽井沢へ行く途中高崎の倉渕にある
小栗上野介忠順
斬首の碑に寄ってきました。

日本の近代化の先駆け
江戸時代に横須賀造船所の建設を提唱したり、日本ではじめてのオランダ製スチームハンマーを輸入したり
工業化日本の貢献度は計り知れないものがありますが、
慶応四年(1868年)免職されて領地権田に隠居中に多額の軍用金を持ち去り叛逆の企図ありというデマにより新政府側の暴徒に捕らえられ、家来3人と共に水沼川原の露となる。
国家のため正しい行いをした人物を間違った評価のもと処刑したという史実でした。

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今回はMCFAJ60周年記念大会ということで別段、いつもどおりのモトクロスでしたが

私自身は記念大会らしくいつもと違うことしようと思ってVMXクラスもエントリーしました。

初めて走るツインショックでの軽井沢。深いギャップやトリッキーなジャンプもある同コースにいささか緊張気味に走りましたが

思った以上に快適に走れました。
ダンパーの効いてないサスはギャップで3回ぐらい跳ねてから収束するし
現行の4ストロークエンジンに比べてパワーバンドが狭く、タイトターンでのアクセルワークは神経質ですが、その乗りずらさが逆にスポーツ性が高いと感じました。

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SE150スタート
ホールショットは誰かいな。

トップ争いはいつもの
山梨オートバッファローズVS武蔵重量です。

今回は山梨に軍配でした。
猛暑に加え、歳の差30歳だから仕方ないです。





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トップ快走中、武蔵重量
もうすぐ山梨オートバッファローズが背後に迫る。












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去年のSEチャンピオン、大磯ムスタングの西選手。YZ85乗ってますが
今年からウチの新型チャンバー使っておられます。

先日3人のチャンピオンライダー
田淵選手、小池田選手
ジュニアの高師選手に試乗してもらったら
高評価だったという報告をうけて安心しました。YZ85をCR85のパワー特性に換えるパーツなのです。



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私のSEクラスは19台中12位
なかなか一桁入れないというか
埃で路面見えない状況では無難に乗るしかありません。

暑さの方は普段暑い職場で10時間も肉体労働しているせいか、去年より耐えられるようになったと感じました。


高原の日陰が快適なパドック。
埼玉へ帰りたくない気分でした。








日本ではマイナースポーツのモトクロスの、ジュニア(年齢制限とか詳しくないですが)クラスの選手を
世界から集めて速さを競うレースが今年も8月25日に開催されるようです。
開催地はオーストラリア、参加する日本人少年たちは不慣れなコースや普段対戦しない各国のライダーたちとどのように戦うか、
興味津々ではありますが観にいけないので唯手をこまねいているだけか、
どうやらそうもいかない状況になってきました。

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車両の運搬はすでに終わっているそうで
大会直前に選手とメカニックが
手荷物で現地入りする予定です。



私が頼まれているのは85SXのチャンバーですが
まだ何も着手出来てない状況で
はたして渡豪日程に間に合うでしょうか。






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オーナーのSさんは
車両も外車
マフラーもアメリカ製
何か一つメイド・インジャパンの製品を持っていきたいとおっしゃるのですが

仕事に差し支えるからと拒否し続けてきましたが、熱意に押し切られた格好で
日程を検討すると不可能ではない
ギリギリの時間が残されています。

努力はしてみますが間に合わなかったら
スマン、BILL,S一本だけ持っていってください。

愛媛県新居浜、私にとって高専時代の5年間を過ごした街。
母方の実家があったので子供のころは夏休みだけ泊まりにいった思い出の場所。
しかしその新居浜が歴史的、産業的にも類をみない稀有な場所であったことは、当時知らないで過ごしていました。

住友金属鉱山発祥の地、別名住友別子銅山は江戸時代にはじまり
当時は泉屋という屋号だったそうですが新居郡の山中に鉱脈を発見してから
銅の精錬を行い、延べ板を大阪を経由して長崎の出島に送り、ポルトガルやオランダ、イギリスと貿易を営んで富を築いたことを、住友別子記念館の展示資料で読みました。
当時世界一の銅の生産量を誇り、群馬の富岡製糸場が世界遺産に認定されましたが
それより圧倒的に古く大規模で大量生産であったにも関わらず、世界遺産に認定されないのは
精錬の過程で発生する亜硫酸ガスの影響で甚大な健康被害をだしたことによるでしょう。

別子銅山近くの山林は全てハゲ山になってしまったので
被害を影響の少ないところに持っていこうとして瀬戸内海の四阪島に精錬所を移したのが大正時代。
市内に電力が無かった時代にドイツ製の交流発電機を輸入して海底ケーブルを引いて島の電力を供給しました。変圧器は国内初ですが住友自社製で製造しました。
鉱山から鉱石の運搬も国鉄の路線が整備されてない時代に鉄道を敷いてドイツ製の機関車も運行していました。
住友金属鉱山の上層部の人が観光でイギリスに行ったときに大英博物館を視察したら
なんと江戸時代に貿易した銅の延べ板が展示されていたのに驚いて
貴重なものだから買い戻して別子記念館に展示していることを説明文で読みました。

いわゆる日本で最先端の工業都市を築いていたわけです。
その後重機や化学の工場も沿岸に建設して工業団地になっていったわけですが
太平洋戦争がはじまったら当然軍需工場に変貌していきました。

愛媛県は戦略的にも重要な場所で呉の戦艦などを建造する造船所を空襲するため米軍の爆撃機が上空を通過するので迎撃部隊が松山基地にあったのは有名ですが
迎撃部隊とは別に大戦末期には神風(しんぷう)特別攻撃隊が出撃するようになりましたが
マバラカット島の海軍航空隊から出撃した最初に特攻作戦を成功させた「敷島隊」の五軍神の一人
大黒繁男上飛曹(享年20歳)は新居浜出身で
学業優秀だったので工業高校(たぶん新居浜工業高校)で学んで、住友機械へ就職したころに召集されて海軍航空兵を志願したという話です。
敷島隊の隊長は実家に近い西条市出身の関行男大尉(享年22歳)であったことも子供のころは聞かされていなかったので、近年になって愛媛県の歴史的価値観というものが変わってきたのであります。

そんな新居浜のお客さんからご注文で作りました、ラインナップ品ですがCRM250RR(3型)のチャンバーとサイレンサーです。

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実は連絡確認不足で
パイプエンドに曲げパイプを取り付けて
排気ガスを斜め下方にすることを
忘れて出荷しました。

深夜業務のあと昼間の僅かな時間で
忙しかったので、特注の内容に意識を向ける余裕がありませんでした。
言い訳にすぎませんが







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商品を発送して見ていただいたら
「これでいい」ということになったので
安心しました。


チャンバー作りは25年くらいやってきて
述べ2000本以上は作っているはずですから、もう作らんでいいかな、と思っていますが、四国方面はあまり送った記憶がないので新居浜で一台限りのマフラーになるでしょう。

先週末はMCFAJ第4戦、金曜日残業で午前3時まで会社、帰宅して4時過ぎですから
土曜日昼過ぎに出発です。

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何回見ても癒される景色、浅間山

しかし5月後半だというのに寒い。
気温8°

防寒着忘れた、というか来るときは暑かったので思いもよらなかったです。

当然車中泊は冷蔵庫になりますから
ヒーターつけっぱなしで
一睡もできませんでした。
レース大丈夫か



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今日撮影クルーは奥多摩湖へR25乗りにいってますので走行写真なしです。

「マフラー、ヨシムラですか?」

「違う、自分で作った」

こんな会話が最近ありますが
マフラー作りは25年やってきたので
もう別のことがしたい、というか面倒くさい仕事なんで他で頼んでもらいたいと思います。

レースの方はSEクラス出走16台中
ヒート1は10位、ヒート2が9位で総合10位
前の方走るにはテクニックも体力も足りませんが
老化防止の運動なんでこれくらいをキープしていきたいと思います。

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帰りは温泉入りたいので
吾妻渓谷沿いのR145を通るのですが

途中気になっていた八ツ場ダム建設現場をみてきました。

これはコンクリート製造設備で
よそで作って運んでいたのではコンクリートが固まってしまうので現場の横で作って
コンベアで流し込むんですね。






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これがダム本体建設現場です。

谷両側の斜面は固められていて

下の方からコンクリート積層されているようすがみえます。

しかし、車両も人も小さく見えてジオラマのような景色です。






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水源である吾妻川上流の景色です。

湖底になるはずの集落はすでに
山の上に移動されていて
高架橋は先に作ったんですかね
新築の住宅がならんで建っていました。

この渓谷が何キロも先まで湖になるんですから永久に見ることのできなくなると思うと感慨深いですが
水資源は大事ですから関東平野に暮らす
多くの人の生活を支えるためには仕方のないことです。




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こんなダム概要です。
規模や貯水量は大きすぎてよくわかりませんが
出来上がったダム湖は沢山みてきましたが
建設中のは初めてなので興味深かったです。


今度は完成後の八ツ場ダムを見てみたいとおもいます。

帰る途中は小栗の里(小栗上野之介の領地)手前の倉渕温泉で風呂に入ってサッパリしました。

今年、軽井沢のレースはあと2回あるのでまた温泉入るのが楽しみです。(レースは結果が全てと思いますけど、移動時間の方が圧倒的に長いので道中が人生の一部という考えです。)




2018年モデルCRFを見て重大なことに気付きました。
ホンダが81年にシングルショックになったときから、吸気系を避けるためにリヤショックが右側にオフセットされていました。
私ら強度グループはフレームの応力測定をおこなっていました。
量産前のテスト車に歪みゲージを貼り、国際A級ライダーを雇って桶川のコースで実走計測した経験から、フレームの右側センターパイプ、ピボットの上付近の応力が左より高いことがわかっていました。
即ち、リヤクッションの荷重がフレームの右側に偏ってかかっていることを表しています。
だからギャップで跳ねられてオートバイは左向きに傾いて転倒する確率が高いはずです。
転倒はしなくてもリヤショックからの入力でフレームが捻じれる動きになります。
そこで捻じれ剛性を確保するためにフレームの強度をあげないとギャップ走行で真直ぐ走れない乗り物になるのです。

そこでリヤショックがセンターに持って来れることがどれだけのメリットがあることか、
捻じれ剛性を落とせるので同じ剛性なら軽いフレームが作れるということです。
最低重量が決められていますから、車体の軽量化できた分を補器類に回せるというメリットがでてきます。
これはFIの導入でスロットルボディをリヤショックの横に持ってくる必要がなくなったことに起因しますが
ヤマハは後方排気モデルからセンターショックになっていたので、優位性は証明されていますね。
こういうことがシングルショックになって36年の年月を経て変革されたことで、モトクロッサーは面白いなと思うのです。


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2018モデルCRF250Rマフラー

作っただけです。
これからいろいろなことが分かるでしょう。


軽量化のため、チタンとアルミの複合です。

金型、プレス機、ベンダーなど一切ありません。
全部手巻きのハンドメイドになります。





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チタン製エンドパイプ

チタンはバネ鋼のような性質なので
曲げるのが難しいです。
成形できる形状には限界がありますが
紙の図面を描いて形状をデザインしています。
コンピューターは使いません。
(CAD持ってないからね)







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アルミの筒にエンドパイプをはめ込む
キツさを調整するのに神経をくばっています。
キツ過ぎると組立てが困難になるし
緩いと排気漏れになってしまうので
絶妙の公差で板を曲げていくのですが

機械的な製造は一切ないので手加減だけが頼りになります。

やった人じゃないと分からないですね。





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マウントできました。

左右対称だから作りやすいでしょうと言った人がおられましたが

ゼロから作るものにやりやすいと感じることはありません。

シングルエンジンなのに2本も作るのかという気分です。







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18モデルのマフラーは左右の張り出しが大きく、その部分だけは直したいと思っていました。

このレイアウトで満足だと思います。
サイレンサー内部にバッフルは入れていません。
ストレート構造のパンチングですが
騒音計測してみました。

2mMAX法で

モードセレクト標準で107.2dB/A

アグレッシブで109.3dB/A
測定器誤差を鑑みても余裕の消音性ですね。

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サイドカバーとの隙間

ノーマルはストッパーラバーに当たる位置まで広がっているので、15mmほど内側に追い込んだ取り付けレイアウトになっています。


ついでに重量比較ですが

ノーマル左右共 2.0kg

SPLマフラー左右共 1.6kg

なかなかの軽量化です。

とりあえず今週末のMCFAJ開幕戦から使って耐久性など確認したいと思います。
(テストライダー雇うカネがないんで自分で乗ります)


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モードセレクト、アグレッシブで走行しました。

中速までは普通の加速で過激な感じではないのでスムーズに乗れますが
高速域に入るとパンチが効いてくるので
ジャンプなどで狙った着地位置より飛びすぎてしまって戸惑う場面がありましたので
体を慣らしていく必要があります。

全体的なフィーリングはコントロールしやすい、回せばパワーも十分という感じでした。


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一番の目的、マフラー後部の張り出しを内側に追い込んだ形状

ノーマルマフラーはサイドカバーにフィットした位置なので、かなり横幅狭くできました。
タイヤが擦らない程度でスリムな方が
転倒も多いモトクロッサーに適していると考えています。
ポケベル廃止のあと携帯電話、ワードプロセッサ廃止されPCとプリンターによる文書作成。
大量の紙ファイルとキャビネットは光ディスクを経て極小メディア内に保管、
配電盤はプリント基板から集積回路に取って代わり、TVはブラウン管から液晶画面に
クルマはカーナビやドライブレコーダー装備は当たり前、自動運転の時代に突入しようとしています。
いまや10年後の未来を想像するのがむつかしいくらい技術の進歩が急速になってきましたが
モトクロッサーが10年前、このようになっているとは想像できませんでした。

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車体もエンジンも新設計されたフルモデルチェンジですが、去年の今頃は全く想像してませんでした。

最大の変更点はキックスターター廃止し
エレクトリックスターターになったこと。
そしてホンダがあれほどモトクロッサーの使用回転域にツインカムは必要ないと力説してきたのに、やっぱりDOHCを作ってきた
そりゃそうですよね
タイホンダのトレールモデルでさえDOHCなんですから世界選手権にエントリーする機種かシングルカムで継続していく方が不自然だったかもしれません。


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他メーカーと比較して性能が向上しているかわかりませんが
国産3メーカーと違うところは4バルブの開閉にロッカーアームを使っているところ
他メーカーは全てリフターにカム山が直押しする構造ですが
ホンダはリフターを廃止してロッカーアームでタペットを押す構造です。
メリットはリフターの摺動抵抗がなくなる。
シリンダーヘッドにリフターのスリーブ加工が必要なくなるので加工コストや管理部品が減らせるなど
ロッカーアームの摺動面もDLC処理で耐摩耗性がステンレス製のリフターより上だろうと思います。
さすがホンダのエンジン設計です。
スペックも1mmボアアップとショートストローク化で高回転域の性能向上を狙い
圧縮比13.9:1という異例の高圧縮比で加速力も旧型より強力になっているでしょう。
ようやくスロットルボディが下向きになって直線的な吸入ポートを実現できたのはいいのですが
エアクリーナーがシートの下にせり出してきてシート高が過去のホンダモデル中最高なんではないかと、
股下70センチの私では全く足付かないですが、キック廃止なんで大丈夫です。

右エキパイだけ管長が長くレゾネーター装着されている理由は、音量計測を右マフラーで行うため
右マフラーの騒音を下げたい目的があると考えられます。
他メーカーが全て右マフラーですから車検場の体制も左から測ることは考えにくいし、レギュレーション上も2本マフラーの場合どちらでもよいと規定されているからです。

このレゾネーター(共鳴室)という方式、どんな効果かと思う人のために
分かりやすくいうと、戦車の砲身の中央が一部太くなっているのをご存じだと思います。
アキュームレータという部屋が砲身の途中にとりつけられていることで
音速で発射される砲弾の後ろに強力な負圧がうまれます。
するとどうなるでしょう、戦車の中は空気が一気に吸引されて砲手はたまったもんじゃないですよね。
また発射直後に砲身から勢いよく負圧がでてきて粉塵を巻き上げるので視界不良になることもあるそうです。
それらを軽減する方法として砲身内の負圧を吸収して空気の変動を抑えるということが効果なので
戦車のアキュームレータとエキパイのレゾネーターは同じ考え方に基づいていると考えられます。

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一回目で泥だらけですが、ポテンシャルは十分に感じ取れました。
去年まで450に乗っていたので
当たり前ですが車体の取り回しが軽いです。
ぬかるんだ轍の路面でも軽々とフロントを上げてクリアできます。
重心の位置とエンジンレスポンスがいいのでしょう。
これに慣れると旧型には乗りたくないでしょう。
スタートダッシュもやってみましたが
高回転のパンチが効いていて、中速域も車体が暴れないくらいの丁度よいパワーです。

左ハンドルスイッチで3段階のモード切替が可能なのですが、今日は標準モードでのトライです。
デジタル技術はこういうところで進化を感じられます。

さて最大のセールスポイント、エレクトリック・スターターはどうか。
実は出荷状態ではセルモーター回りません。バッテリー電圧が10.7Vしかないので電圧不足なのです。新品バッテリーでも時間とともに劣化します。
そのため出荷状態はフル充電を控えているのでしょう。
私は外部電源からバッテリーのプラス端子とマイナス(ボディアース)にケーブル繋いでエンジン始動しました。
その後は30分程度の運転でオルタネーターから充電されるので自力で始動できました。
20分5回乗って帰りに電圧測ったら14.7Vありましたのでこれで十分でしょう。
一応放電を抑えるためマイナス端子を外しておくのがいいでしょう。

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これでエンストして足が届かずキックでエンジン始動でタイムロスなどという苦労から解放されるわけです。
いままでのは何だったのか。ズルイヨ

フロント金属スプリングとリヤショックも新設計のショーワサスペンションですが
標準の状態で私の体重では固いです。
ゴツゴツとギャップでの接地感がなく車体が暴れてしまうので、全クリック3段戻しで乗ってみたら接地感でてきました。
あまりダンピング弱くすると姿勢変動が大きくなるのでこれくらいが安定していて乗り易いのではないかと思います。


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左右マフラー対象になりました。
マフラー単体ではスリムでいいのですが
サイドカバー張り出しを抑えるため前側を内側に寄せ、代わりにマフラーエンドが外側に張り出しています。
ヤマハのマフラーも右側に張り出したレイアウトで最近のトレンドなんですかね。
転倒時に路面にぶつけることは確実なんで
マフラーエンドをチョット内側に追い込んだものを作ってみたいと思います。



・・・続く

瀬戸内育ちでしたから海の見える景色が好きなんですが、いつまでも生きているわけじゃないんで
83年から関東に住んでいて35年間で房総半島の南側には行ったことは一度も無かったので
この機会に房総半島海岸線を走破してきました。

関越⇒首都高⇒京葉⇒千葉東金⇒R128⇒九十九里一宮海岸から外房を走り

夷隅⇒御宿⇒勝浦⇒鴨川シーワールドへ

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水族館はどこのも美しいですが

ここはウミガメがいるのがよそと違うかな













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イルカのパフォーマンス

驚異的な身体能力
しかも飼育員の指示に従って
正確に演技する姿は圧巻です。

いったいどうやってトレーニングしたか
全くもって不思議です。








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シャチのパフォーマンスはさらに圧巻です。

体長4mくらいの大きな体の鯱を自在に操るトレーナーさんの身体能力も超人的

猛スピードで泳いでプールサイドに飛び移ったり、空中に5mくらい投げられたり
一歩間違ったら大怪我しそうな演技を簡単そうにこなしています。






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こんな巨体が5mくらいの高さに飛ぶだけでなく
伸身宙返りや4回転捻りも見せてくれるんですから、日本ではここしか見れない演技ですね。

しかも完全にトレーナーの指示通りに動くという知能の高さもイルカ同様、ヒトに近いんじゃないかと思います。





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これは有名なアシカショー

まるでヒトが入っているのではないかと思いたくなる言葉の理解度で演技します。

ボールを鼻に乗せたまま泳いで動き回るバランス感覚は他の動物(人間も含めて)を凌駕しているでしょう。

どうすればあのような高度な調教が可能なのか、唯々信じられません。





初日は日が暮れてきたので、次の場所へ移動します。

鴨川⇒千倉 ここからR410で南房総を走ります。
そして宿泊地、野島埼灯台へ

車中泊ですが氷点下の気温でもFFヒーターのおかげで車内はホカホカで安眠できました。

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早起きして6:53太平洋の海面から
太陽が昇りました。

実は太平洋からの日の出は54年の人生で初めて見る景色でした。

うーん清々しい









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野島埼灯台

房総半島最南端の場所
横須賀造船所建設した仏人技師フランソワ・ヴェルニーの設計で
1869年(明2)点灯した日本で2番目に古い灯台でしたが
最初の煉瓦作りは関東大震災で倒壊し
大正14年に再建されたのが現在の姿。







内房方面R410を館山へ進みます。
南房総から館山あたりの海岸沿いの道路を「房総フラワーロード」と呼び、美しい景観に満足しました。
正月明けなので交通量も少ないので絶好のドライブ日和です。

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もう一つの灯台は洲崎灯台

横須賀の観音崎が日本最初の洋式灯台(明2)らしいですが
ここ洲崎と浦賀の劔埼灯台を結ぶ線が東京湾と太平洋の境界ということで

対岸の三浦半島や富士山がはっきりと見えます。





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道はR127で館山の海岸に降りてみます。

風が強いので波は荒々しいです。
向こうの方に京浜工業地帯が見えています。

ずーとオーシャンビューの道が続き、
スケールの大きさは瀬戸内以上ですね。

是非、温かい季節にオートバイで走りたい場所です。
(寒いのにオートバイツーリングの人、意外にいますね)


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佐貫町からR465で、旅の最終目的地
富津岬へ来ました。

砂が集まってできた松林の岬で東京湾に突き出した不思議な地形です。










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富津岬から見た富士山

大きいので意外と近くに感じられます。
2隻の大型船が確認できます。
あれが坂出の川崎重工で作ったLPG
(液化天然ガス)タンクを積んだ船なんですね。
川崎か市原のコンビナートへ向かい
皆さんの家庭へ運ばれていくわけですね。

今日は初めて見る景色が多くて、来なければ分からないことが見えてよかったです。(せっかく関東きたんじゃけん)


富津からR16⇒東京湾岸⇒レインボーブリッジ⇒首都高池袋⇒戸田IC⇒富士見有料⇒川越⇒鶴ヶ島  
こんな帰路でした。
あしたから2018年仕事開始です。


この5年以内で走破した海岸は
宮城松島ー女川ー気仙沼
上越ー柏崎
三浦半島
西湘ー真鶴ー小田原ー熱海
伊豆半島の上半分
佐田岬半島
宇和島ー八幡浜
そして南房総
気まぐれなんで日本全国行く気はありません。
しかし伊能忠敬という人、北海道、本州、四国、九州、瀬戸内海の島、奄美大島を含む
日本全土の海岸を徒歩で測量し日本地図を完成させたなど信じられない偉業を、55歳過ぎてから成し遂げたということで、この勤勉さを想像すると、我々が直面する困難は大したことないように思えます。
2018は伊能没年からちょうど200年になります。(享年72)
クルマで走った海岸線は200余年前には伊能が歩いていたことを思うと、謹慎です。

作り始めて20年は超えているCRM250サイレンサーに関することですが
当初はトレール車のエンデューロレースが盛んにおこなわれていたので、
競技用として売っていたんです。
それを公道走行に使用しても全く構わないわけですけど、
リヤフェンダー後部にウインカー、テールランプ、ライセンスプレートなどが取り付いていて
調度サイレンサーの出口の真後ろ(20cmくらいは離れていますが)にあるため
排気ガスで汚れてしまうという難点があります。
KDXなどはサイレンサーエンドがウインカーから離れているため、それほど問題ではないようですが
CRMはちょっと対策した方がいいかもしれません。

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レース用は後ろから衝突する場面が多いので突起物を無くし、サイレンサーエンドは丸めることが定石ですが

公道で後ろから衝突したり、後ろ向きにひっくり返るということは
通常ではありえないですね。

だからエンドパイプを曲げて排気を斜め下方向に逃がすということも
ウインカー廻りの汚れを気にするなら
必要なのかなと思いました。

これは以前に納品した先輩のCRM250R2型のサイレンサーですが、リクエストにお応えしました。
(昼ご飯と現金2千円で)

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斜め横向きにしてあります。

パイプエンド下向きにするメリットはもう一つあります。
屋内保管の車両は関係ないですが
水平方向のパイプエンドは雨水が侵入します。
特に放置車両は水が溜り続けてチャンバーが満水になり排気ポートからクランクケースに達します。
こうなるとクランクシャフト全損になります。

マシン大事にしている人からすると信じられないことですが、何台も見てきました。
必ず決まり文句があります。
「キックが下りない」
あたりまえですね。
シルクロードを発見、命名したドイツの地理学者、フェルディナント・フォン・リヒトフォーヘンの言葉
「世界にこれほど美しい場所はない」
幕末期に日本に滞在し各地の調査をしたリヒトフォーヘンが旅の途中に見た瀬戸内海の景色に
感動したときのことを日記に記したものです。

地元に住んでいる人は、そこにあるのが当たり前の日常の景色。
遠い場所に住んでいる私からすると、改めてこの景観のすばらしさを認識できます。

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伊予市双海の海岸までキャラバンで運搬したCJ360Tを走らせて
JR予讃線「下灘駅」まで海岸を走る道路
R378から行ってみました。

去年はR25で走りましたが、あいにくの雨で今年こそリベンジするため必勝体制で臨みました。








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この景色を現地で見たかったので
目的一つ達成です。


海岸を埋め立てて建設されたR378ができるまで「日本で一番海に近い駅」だったそうで、今は2番だそうです。

これを見るために片道900km、移動してこないと見れない貴重な場所になってしまいました。





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これは去年の写真

これはこれで悪くない。
わざわざ雨の日に行く人いないですからね。











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汽車が来ました。

宇和島行き一両編成
予讃線(讃岐ー伊予)は単線しかありません。

松山駅からこちらの区間は電化されてないから汽車といいます。








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今回メインの目的は紫電改を見に行くことでした。

宇和海の海底40mに沈んでいる太平洋戦争末期の新鋭戦闘機が偶然発見されて
引き上げられ
腐食損傷した部分を修理して復元された
世界で現存する一機が、ここ愛媛県の愛南町に展示されていることを知り
絶対見に行く決意をもって過ごしてきましたが
やっと念願叶うときがきました。





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現在松山空港の場所だと思いますが
呉の海軍工場を防衛するため編成された

海軍第三四三航空隊所属
戦闘第301飛行隊剣部隊の精鋭

昭和19年7月24日
豊後水道上でアメリカの戦闘機グラマンやヘルキャットの編隊と空戦を交え
未帰還だった6機のうち、いずれかの機体であることがわかっています。
ご遺体や遺品が発見されなかったことから
特定できず、パイロット6名の遺影とともに
祀られています。

4枚のプロペラが後方に曲がっているのは海面に突入する圧力によるもので
着水の瞬間まで操縦していたことを表しています。
たいていは斜めに着水してプロペラの向きはバラバラになるそうで主翼も大破するのが普通らしく
パイロットの操縦技術の高さが機体を保存することに貢献した結果になりました。
松山基地の航空隊搭乗員120名は
全員20代のベテランパイロットで
敵機撃墜して国土や人民を防護することが任務のため、特攻作戦に徴用されることはなかったので
帰還できた搭乗員の皆さまが戦後を生き抜くことができたことがなによりで
この紫電改とともに戦争の体験を伝えてくださったことに感謝いたします。

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尾翼のフラップ部分のジュラルミン製骨格が
見えるように復元を中途にしてあります。

零戦から継承する軽量高剛性の機体は
エンジン出力2000馬力で
グラマンとの空戦は楽勝であったと元搭乗員は振り返っています。

三四三航空隊は迎撃専門の部隊で
偵察機で敵機確認してから出撃するという
他の部隊
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と違った作戦も勝機をつかむ要因であったと分析されます。


酸化して穴だらけの機体
腐食してない部分は新たにアルミ板で補修したと思われます。

床に置いてある茶色いタンクがゴムで被覆された胴体と主翼内にあった燃料タンク

炭酸ガス消火装置など備えていて被弾しても帰還できるよう
乗員の人命を守る設計も取り入れられたようです。






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これはもう動かさないつもりで
観音寺市の讃岐白馬会メンバー
M鍋さんとこに預かってもらっていたのを
持ってきました。

初期型CRM250の2WD車です。
また埼玉へ持って帰るのですが
始動確認だけしておきます。







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家の前の畑は草ぼうぼうで人が入れる状態ではなかったですが
丸二日掛かりで草刈りして
このように入れるようになったので
2WDで乗り回してみました。


自宅敷地内でバックヤードMXできるようにするのが当面の目標です。







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2WDはハンドリングが重くて
みかんの木を避けながら走るのには
テクニックが必要です。
次回はミニバイク持ってこようと思います。

グルグル走って轍もできてきたので
やや満足できたので
来年に課題を残しつつ終了しました。

月曜昼過ぎに小松町出発して
夜中の1時半に鶴ヶ島帰宅できました。
片道12時間走行ですね。

本日最大のニュースは米国大統領ドナルド・トランプの訪日です。
なんと、安倍晋三首相とゴルフ会談を行う場所が
2020東京五輪の会場でもある川越市の霞が関カンツリークラブだということです。
マスターズ・チャンピオンの松山秀樹も同伴するということで
川越史上希に見るVIP・VISITということになりそうです。

ゴルフ当日は関越道川越ICから霞が関までの道路は厳戒体制がしかれ
大勢の警備員と白バイ、パトカーで騒然となるでしょう。
横田基地に空輸された大統領専用車「ビースト」が国道16号線から圏央道入間ICに入って
成田空港へ大統領を迎えにいくことでしょう。
圏央道も成田まで開通したから横田基地から成田空港は1時間ちょっとで行けるんですが
大統領専用機が横田へ着陸すればいいんですね。ソーカ・ソーカ!

そうすると、R16で川越まで走るので信号機全部青にしてノンストップでやってくるか、
一旦入間ICから圏央道通って狭山IC降りて、R407というルートかもしれません。

そんなアホな、ニホン着いて直ぐゴルフ行くわけないじゃろ
首脳会談か、天皇表敬訪問が先ではないか、身分の低い者にはわかりませぬ。


安倍さん衆院選勝ってよかったですね。



先月は天皇陛下が隣町の日高市にある高麗神社に参拝に来られました。
そのときの警備が半端でなかったこと。
圏央道の狭山ICから高麗神社への一般道が全て通行止め、信号機全部青にして
沿道は数十メートルおきに警備員を配置し、安全にご通行いただいた。

米国大統領の訪問となれば、天皇陛下以上の警備体制をとるでしょう。
なにせ北の最高権力者が敵だと名指しする2名が同時に
日付と場所まで予告して会うのですから、2名の敵を倒すには絶好の機会です。
おそらく特殊工作員が川越周辺に集結して指令を待っているところでしょう。

ここからはシナリオですが
警備が厳重な沿道からの攻撃は阻止される可能性が高いので、やらないでしょう。
おそらく警備が手薄な空からやってくると思います。
川越周辺は雑木林も多く、空き家などを借り上げて、容易に潜伏できます。
元々、よそ者の多い地域ですから怪しまれることもなく、遠隔操作で
360°カメラ付きのドローンを飛ばすでしょう。
最近はドローン捕獲用のドローンもあるため、最も高性能な機種で高速で一気に飛ばすでしょう。
そして標的は目立つ格好でSPに警護されながら、プレイに勤しんでいることでしょう。
武器は先日も暗殺に使用されたVXを使うと思います。
袋かカプセルに入れたやつを上空から落とすだけです。
地面で炸裂したカプセルからVXが飛散します。
あとはドローン回収するか、証拠隠滅のため時限発火させて終了です。

こんなことは警察も想定しているはずなので、史上最大規模の警備体制が川越市内で見られることになるでしょう。
これは私がホンダ在職中に取り決めを交わした材料メーカーですから
退職した今は関わりのない立場でありますが、一言いいたいと思います。

トヨタでもホンダでも大量リコールの報道は目につきますが、これらは製造者が本当にわからなくて
出荷後に問題が発覚したものが殆どだといえます。
使い続けるとユーザーに迷惑をかける可能性が高いため、対照号機の無償交換を実施するものですが
今回の検査データ改ざんは即リコールという結論に至らないでしょう。

あくまで推測ですが、材料メーカーは輸送機器メーカーと製品の開発段階から材料の仕様について
協議し、試作テストを繰り返した後に量産化決定するのが普通です。
その材料仕様は図面同様の効力で製品はこれに適合してないと不良と判定して出荷しないのが原則です。
そこで一部不合格のスペックテストがあったのだろうと考えられますが、不合格データを合格に書き換えて出荷したという不正内容のようです。
両者で交わした契約どおりに製造と検査が行われなかったので契約不履行ですから、出荷停止して
正規品と取り替えるといった手段がとれそうにない大規模の問題です。

そもそも金属材料を製造する現場で重大な手抜きがあったとは考えにくい、おそらくJISの規格は満足した材料はできているはずです。それはミルシート(成分分析書)確認でわかります。
おそらく輸送機器メーカーが開発した特殊材料に規定された機械的物性の確認テストで数値が下回ったのを書き換えたのだろうと思います。
ニュースでも言ってましたが「データより納期優先」ということでスペックテスト不合格で材料ロット全て破棄して作り直す時間的余裕がなかったのが不正の原因だということです。
やり直していると合格するのにいつまでかかるかわからないし、契約したすべての顧客(メーカー)の生産計画を見直しさせる事態になるはずです。

さて、すでに出荷納品済みの自動車や電車、航空機はどうなるでしょうか。
軽合金だとボディーの大部分に使われているかもしれませんね。組み換えとなると稼働しているものを止めて、ということですが組み換える場所や人員も容易には確保できないでしょう。
現実的には不具合の影響度と組み換えの損失を考慮して、何もしないということになるでしょうが
製造メーカーはスペックを下回ったデーターを収集して実機でどれくらいの影響があるか保証する作業が発生することになるでしょう。
そのための人件費が掛かってくるので神戸製鋼側に請求するという形になるのではないでしょうか。

実際、不合格であった機械的物性がなんであったかは不明ですが、運転中に短時間で破損するという危険性ではなく、寿命が正規品より短くなるといった結果になると思います。
例えば100万キロ走行できるはずの自動車が50万キロで破損部品がでてオーバーホールが必要になるとか。
航空機は非常に問題ですね。最近飛行機のパネルが空から落ちてくるニュースがありましたが
同様のことが増えてくるのではないかと。
日常の点検頻度を増やさないとこれからはいけないでしょう。

契約通りに材料の製造が出来なかったメーカーを責めるべきか、より高品質、高性能を目指して
過大な要求を突き付けている輸送機器メーカーを鎮めるべきか
いずれにしても便利さを追求し続ける文明全体で考え直す必要があるのではないかと思います。
「本当に必要なんですか」


j自動車の場合は国土交通省の型式認定を受けていなければ販売できません。
国交省は定期的に製造メーカーに立ち入り監査を実施しますが、必要なのは
検査成績書が保管されていることなので、データの信憑性までは問いません。
品質保証部門が信用されているからですね。
ところが、取引先とはいえ改ざんされた検査結果の材料で製造されれば、
車両は認定時の規格を満たしていないと取られますので、国交省としても
騙されたという形で、取引先の監督不行き届きを問うでしょう。

神戸製鋼の管理担当者もルール違反承知の上で苦渋の決断だったでしょう。
軽合金メーカーは他にもあります。住友金属や昭和電工など技術力で肩を並べるメーカー揃いです。

同じ性能なら価格の安いものを選ぶ、企業なら当然のことだし複数のメーカーと競合するのも
当たり前のメーカー選定方法です。
おそらく発注を獲得するために、他社との競争に勝つため、販売価格を下げて
輸送機器メーカーと契約したのでしょう。
品質保証は製造コストに反映されます。そこを安く見積もられた。

品質保証なしで製品作るとどうなるか、某国製品をみれば明らかですね。
実用強度は満たさないばかりか、取り付かないものまであります。
製造者は販売価格を下げなければ商品が売れない。
または宇宙ロケットやジェット機のようなビッグプロジェクトといえども予算には限りがあります。

だから、素材メーカーには価格を下げるように圧力があったかもしれません。
材料のロットアウトなどやっていては、納期に間に合わず顧客(メーカー)に迷惑がかかり
発注量を減らされるなどのペナルティーが課せられることになります。
そうなると管理者責任重大で、そのプレッシャーに耐えかねてデータ改ざんに至った。

以上のような推察ですね。
ホンダの場合は品質部門は製造コストには関わっていません。
本社購買や原価企画室が決定することなので、検査費用などについては考慮していません。
設計から提示されたスペックを遵守するだけの役割ですから。

やはり高性能、高品質なものは限られた顧客だけのものなので、製造コストはかかっても、
販売価格が上がってもしっかりと保証して作られるべきだと思いますね。
日本の2輪が全盛期のころ、日本で一番RMを売った店だった上福岡のベル・オートが主宰した
スーパーベルレーシングのS田さんが懐かしのアルバムを見せてくれました。

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79年桶川
この年からセニアは国際A級に変更。

左から
#3 杉尾良文
#1 光安鉄美
#12 野宮修一
#10 竹沢正治
#16 的場 平
#38 月岡尚人
#17 小田桐昭蔵
#8 大関昌典
 
       敬称略

私はまだモトクロスしてませんでしたが
このころ、やらんといかんかなー、と思い始めました。(やめときゃよかった)
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ゼッケン9は鈴木秀明選手のマシン

ツインショックの水冷エンジンは希少ですが
両側のショックアンダーマウントに
リンクが見えます。
プロリンクの創世期だったかもしれません。









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渡辺明選手 凱旋し全日本を走る

ゼッケン40は78年セニアクラスなので

世界戦の合間にスポット参戦していたのでしょうか。

私は高専の寮に入っていたので
新聞配達したカネでCB250Tに乗っていました。(ファースト・マイバイク)
全然モトクロス関係なかった。





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アルバム見せてくれたS田さんが先輩の山口さんに稽古をつけてもらっているシーン。
(勝手に想像)
山口さんの指導のおかげでS田さんめきめき上達し、関東選ノービスクラス、シリーズランキング2位に!


場所は「鉄騎兵飛んだ」のロケ地でもある
高坂モトクロス場、
狭山レーシングもよく練習にいきました。





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これがS田さんがアルバム持ってきてくれた
理由の一枚で
場所はSL長野、月岡さんの地元です。
狭山レーシングがMFJランキング表彰式の
表彰を受けるようになった最初の人
平林さんがホンダのジャージ姿の人です。
私はまだ入部してないころ83年の関東選ノービスチャンピオンで、その後退職して
故郷の札幌でモトクロス用品店「サドルバック」をオープンしました。

その平林さんが狭山工場に送り込んできた
新人が小野道郎でした。
部室からの帰り、狭山工場の出口門から
南大塚の寮までのストレートを
BMXでウイリーしたまま一度もフロントを下ろさずに走り切るテクニックに驚きました。

そして関東選デビューし、連戦連勝400ポイント以上獲得したのは小野選手だけだったでしょう。
最後はアサノレーシングチームから国際A級昇格して125クラスだけ走りました。
そして96年型CR125のチャンバーを1本サポートしてあげました。

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S田さんのコーナリングフォーム

アウトから仕掛けるのは
うず潮RCの秋山裕之












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ゼッケン7は鈴木秀明選手

77年桶川のホームストレート

この白い無限のマシンは雑誌でしか見たことなかったですが
ジャパンVETの初めのころオフビレで鈴木秀明さん展示ブースに実車が置いてあったのでびっくりしました。
数えきれないくらいモトクロッサーを乗ってきたと思いますが、この一台を保存しているあたり思い入れの強いマシンなのだなと、思いました。



私も10代のころのオートバイ関係の写真沢山持っていましたが、実家に置いといたら親に捨てられてしまったので殆ど残っていません。S田さんのようにアルバムにして保存しておけばよかったと悔やんでいます。

















物作りは習ったことがありません。理論的なことは学生さんや企業の開発部門の人のほうが詳しいはずですから、ここでは数式もでません。
理論を証明するためのテスト・ラボもありませんから、頭の中でだけ考えた作り方を実行しているだけです。

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約束していたミッション・カートのチャンバーが入ってきました。

同じ系統のエンジンらしいですが
チャンバーの諸元が全然ちがうものが二つあります。

これを装着したエンジンがどんな特性であるかも乗ったことがないのでわかりませんが

モトクロッサーのエンジンなので2輪としては乗ったことがあるし、チャンバーも作ったことがあるので、ノーマルのスペックは分かっています。
これと同じ物を作ってはお客さんの要望は満足できないので、モディフィケーションしなければなりません。
要求はストレートエンドの回転がタコメータ読みで足らないのであと少し伸びればいいということですが
果たして要求どおりにできるでしょうか・・・

チャンバーを設計するためには、その役割や原理を理解しておかないと無理ですね。
よく誤解されているのは、「チャンバーはパワーの元」といわれますが違いますね。
エンジンは内燃機関ですから、空気とガソリンの混合ガス(理論空燃比14.8対1)を燃焼させた圧力で
ピストンを押してクランクの回転運動を生み出す機械なので
ここにはチャンバーやマフラーがエンジンの構成部品ではないことがわかります。
キャブレターやスロットルボディーから吸入ポートまでが吸気系と呼ばれるように
チャンバーやマフラーは排気系というエンジンを動かすのに必要な補器類というのが正しいでしょう。

キャブレターが無いと燃料が入らないからエンジン動きませんが、チャンバー外したらどうなるかというと
エンジンは動きますが馬力が半分くらいしかでないでしょう。
そうするとチャンバーが付いて本来の動力性能を発揮できるということになります。

これは吸入⇒圧縮⇒燃焼⇒排気という工程の排気の工程に必要なパーツなんです。
排気工程には4ストなら排気バルブ、カムシャフト、排気ポートとエキパイという構成ですが
2ストではバルブの役目のピストン、排気ポート、排気デバイス、チャンバーという構成になります。

今回は2ストですから、排気工程の途中で排気ポートが開いているときに掃気ポートが開き始めます。
そして新気が燃焼ガスを追い出しながら入って来て、少し新気が排気されながら排気ポートが閉じるというタイミングになります。
もし排気ポートが完全に閉じてから掃気ポートが入るとすると掃気の流れが早いタイミングで止まってしまうので吸入される新気が減るでしょう。
すると燃焼エネルギーも減りますから馬力がでないということになるので
掃気と排気の両方が開いている時間(オーバーラップ)が重要になります。
オーバーラップが広いと燃料を排気する量が増えるので、これも馬力低下の原因になります。

ここでチャンバーの最初の役割が燃焼ガスを引張り出すことです。
その方法は前回の排気で勢いよく流れた排気ガスが移動した後の負圧を利用します。
エキパイ中のガスの流れは水道にホースをつないで水を出すようすを想像すればわかりやすいです。
同じ水圧ならホースが長い方が水が出てくるのに時間がかかりますが、短いと短時間で出てきます。
また、ホースが太いと出てくる水の勢いが弱いですが、ホースの先を絞ると水の勢い(流速)が上がります。
排気ガスの流れも同様な現象になると考えられます。
エキパイの長さは排気ガスが出口に到達する時間に影響します。
また内径は排気ガスの流速に影響しますから、
傾向としてはエキパイの長くて細いのが低速型、逆が高速型という解釈になります。

そして前側のテーパーは排気ガスを膨張させるためと、後で書きます反射波が戻ってくるためにあります。
排気ガスを膨張させる目的はガスの流れは高圧側から低圧側へ向かっていくので、排気の流れを促進させる目的の形状です。
中間に最も太くなったストレート部があり、排気管内の圧力と全長を司どります。
太くて長いのが圧力が下がり出口到達時間が長くなるので低速型
太くて短いと逆なので高速型、細くて長いのはフラットで低速型
細くて短いのはあまり見かけません。膨張が少なく全長が短いので全体的に馬力が下がるでしょう。

そして後ろ側のテーパーですが、膨張した排気ガスが壁に当たって収束するので、半分くらいはテールパイプへ抜けていきますが衝突した排気ガスが反射してエキパイまで逆戻りします。
この逆戻りした反射波が排気ポートを閉じる直前に到達して新気を燃焼室へ押し返すことで
燃料の吹き抜けを抑え、充填効率を上げるという働きをします。

当然テーパーの角度がきつい方が反射波が強く、短時間で戻るので高速型
角度の緩いのが反射時間が伸びるので低速型となりますが
角度がキツイと排気の抵抗にもなるので高速伸びが損なわれることになります。

大体上記のようなセオリーでチャンバーの寸法がエンジンの性能に影響していますが
どれくらいのスピードで行われているかというと
例えばストロークが50mmの場合
10000rpm時のピストンスピードが16.66m/s 時速60kmになります。
1秒間に166往復ピストンが動いて、2ストは166回燃焼して排気しています。

吸気ガスのスピードは125ccでキャブレター全開時ベンチュリー径φ40の場合60m/s
吸気流速はピストンスピードの3倍以上あります。
では、点火して火炎伝播速度は90m/sなので時速90kmで燃焼圧力は最大60kg/cm2
だということで、排気ポートが開いた直後にこれくらいのスピードで排出されて膨張しながら
新気を吸い込み、反射波が戻ってくるときに排気ポートが閉じるという動きです。

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そういうわけでチャンバーの役割を頭に置いておいて、諸元をどのように変更していくか考察するわけです。

そして現行品の寸法計測した数値に対して
モディファイ品を板金加工で形にするための形状を検討中です。

複数の円盤はパイプの内径を表し、
中央の棒がパイプの長さを表しています。
パイプのカーブはこの模型で検討して
板金の展開図に反映していく作業です。




ここまで読んで疑問に思うこともあるかもしれません。
チャンバーの鉄板から聞こえる響き音です。
アイドリング時でも1秒間に30回くらいの燃焼が行われているので
結構な周波数だと思いますが、聞こえてくる響きは、パン、パン、パン・・・という
小刻みな感じがするでしょう。
アクセル開けていくとブワアアアアーーという連続音になって音量も上がってきます。

実は、あの響きの正体は排気管内で未燃焼ガスが燃焼している音です。
排気するときは燃焼中で、完全に終了したものが排気されているのではありません。
火炎の状態で出て行き、しかも燃え残りの燃料も含んでいます。
それがチャンバーの後ろの方で溜っていき、着火する濃度になったときに燃焼して圧力を生んで
鉄板を内側から叩いて音を出しているので
エンジンの回転数より低い周波数で響きが聞こえてくるわけです。

それでも完全に燃えきらなくてCOやHCという炭化水素(ガソリンの成分)として排気ガスになって
大気中に放出されます。
NOXは燃え残った空気の成分(窒素酸化物)ということですね。
だから燃調が適切でないと排ガスは悪くなりますが、キャブレターでは適切にする限界があります。

この現象は4ストロークでも同様でエキパイの中を火炎が流れていて
マフラー内で燃焼するのをアフターファイヤー、エアクリーナー側で燃えるのをバックファイヤー
とよびます。
このことから燃焼室の圧力は排気側だけでなく吸気側にも圧力差のある方向に流れ出ていくことを
表しています。
このため2ストでは掃気の流れを後ろから排気側に押し出すようにポートに角度が付いていますし
4ストなら必ず排気ポートに向かい合うように吸気ポートが設けられるわけです。
そして、エキパイ管中の負圧が作用して燃焼ガスの流れる方向ができています。
上手いネーミングですね。コンプリート・デストロイ!国連総会で話されました。
相手は普通の国家じゃないんですから、生温い対応をしていたらなめられるだけです。
ところが我が国の総理は大儀なき衆議院解散をほのめかしています。
森友、加計問題の説明責任逃れもあるでしょうが、総理在任中に国土へミサイル撃ち込まれるようになったら、国民の安全保障をできなかった政権として名を残すことになるから、この段階で交代してもらいたいと考えているとしか思えません。
そして自己都合の総選挙費用600億円を無駄使いできる経済感覚も恐ろしいです。
この問題については口で脅かしをかけるくらいに留めておけば、北としては核保有とICBMの開発完了できれば、後にやることはないわけですから放っておくのが一番だと思います。

さて全日本MXもあと2戦残すのみです。
2017モデルKX250Fで弊社オリジナルのマフラーで戦っていただいているIA2#52平山選手から
マフラー修理の依頼がありました。
今年3回目の修理ですが、転倒で曲がったジョイントパイプの修正、マウントステーのベース板亀裂、
今回はジョイントパイプ接合部の亀裂。
どれも事前に簡単に修復できる状態だったので、順調に走れているようです。

今季、藤沢で自己最高位のヒート5位に入り、ランキングも7戦時点で18位、カワサキ勢で5番目の成績ですから、プライベート体制としては上々の結果だと思います。

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あれだけの激しい走りで練習、レースと使い続け、たった1本のマフラーでもたせていることを考えれば悪くない耐久性です。

そしてCRF時代から、ウチのマフラーは車検落ちしたことがないのが気持ちいいです。

ノーマルなみの騒音とそれ以上の排気効率を考えていますので、まずまず目標を達成できていると思っています。






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グラスウールも交換します。
マフラーの分解整備性も考慮した作りなので、面倒なリベット外し作業は不要です。
M5ネジ8か所外して、後ろに引き抜くだけです。

グラスウールの量は殆ど減ってないですが
ガラス繊維が熱硬化したら消音性能が落ちるので、数値が上がってきたら交換時期です。
全日本なら年2回くらい交換で良いと思います。




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ジョイントパイプ修理部分

亀裂を溶接して補強パッチを追加しました。
ここの亀裂は想定していました。
パッチ無しでどれくらいもつか知りたかったのです。
半年以上大丈夫だったわけですから
パッチあてておけば2倍以上寿命が延びると思います。
国際A級は2年目は使わないですから
これで十分だと思います。





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KX85エキゾースト

2スト85用チャンバーもラインナップしています。

来月も作ります。

それからヤマハYZ85は
15年ぶりに戦闘力アップのため、スペック更新しようかと思っています。
そちらの方は後日発表させていただきます。

最近報道番組やワイドショーで出てくる市議会議員、国会議員の不祥事。
政治資金収支の虚偽報告など法的に定められた不正行為から不を取った、
性行為の事実確認をとりあげて記者から質問をされる場面が繰り返し放送されます。

ワイドショーですから他人の不幸をあざ笑うことで大衆を楽しませ、視聴率を得るという仕事に他ならないですが、他人の寝床までのぞいたら犯罪になりますから、ホテルやマンションに入って朝出てきたという事実確認だけで、「不倫しているんですか!」「男女の関係ですか!」って
当事者からすると「あなたたちに関係ないでしょ!」「暇なことしてないで放っといてください!」といいたいでしょうね。
まあこの議員さんたちは不貞行為の一点だけでなく、他の容疑も掛けられているんですから身から出た錆ということですけど、私こう思います。
議員さんだけじゃないですが一般的に恋愛は自由です。性行為も然りです。
たとえお互いが別の人と婚姻関係にあっても、これを罰する法律はないんです。
このことで婚姻関係に破綻が生じて離婚の裁判になったときに破綻原因を作った方に責任が課せられるといったことになるだけで
婚姻関係を邪魔しようとしてるのはワイドショー側にあるんじゃないかと思うのです。
折角魅力的な男女が出会って家族に知られないように幸せなひと時を過ごしているところを、嗅ぎつけて大衆の面前で晒し者にしてしまう。
すっかり冷めちゃうでしょうね。
渡辺淳一の「失楽園」が面白かったですが、妻子のある中年男性が家庭を捨てて独身女性のもとに行って最期は永遠の愛を誓って死ぬというストーリー。
たぶん、この議員さんたちは失楽園ほどの深い愛情も覚悟ももってなくて、単なる遊びだと思いますから
離党したり議員辞職する必要もないし「一線は超えましたー!」と発表してしまえば記者としても返す言葉は「ご家族に対してどう思っているんですかー」と新たな戦いを仕掛けてくるはずですが
そんなことは他人の家庭の事情なんで、どうでもよくて
肝心なのは、恋愛ごっこは自由だけど庶民の血税からもらっているはずの議員報酬に見合った仕事を
していただきたいということです。



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Ninja150RR チャンバー

今新車で買える最期の2スト・オンロードモデル。

ラインナップしてます。

車体持ってないので細かい注文は聞けませんが、冶具で組み立てています。







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サイレンサーは付属のものしか取り付きません。

車体合わせならマウントステーで固定するところですが

冶具では2部品組み合わせの取り付け位置が保証し難いので
バンドで穴位置を調整して取り付けしていただきます。



80年代、沼津といえば伊豆冨士見ランドでモトクロスしか思い浮かばなかったです。
静岡県ですからヤマハやスズキがテスト走行に来るメジャーなコースでしたが閉鎖されて25年くらい経つでしょうか。
今はマリンしかありません。親戚が共同オーナーのヨットを掃除しに行ってきました。
年に300日以上狭い工場に詰めているんですから、たまには違うことしないと腐ってしまいます。

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去年まで陸に揚げていたのですが
今年から海に停泊しているので
船底に喪や藤壺がつくので、掃除しないといけないです。
船底は滑らかでないと船の走りが悪くなりますからね。

内浦湾という入江なので波は静かなヨットハーバーです。

およそ100艇くらい置いてあるでしょうか。
ここから1隻、見つけ出して桟橋まで持ってこないといけません。


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自由に使える小型ボートでヨットまで行って
ロープで曳航してきます。

このヨットはエンジンで自走できるので
小型ボートを曳いてきて戻しておきます。

桟橋で荷物を積み込んで、桟橋は占領しないように沖へ出て海に入って掃除します。

私はこの作業初めてなので大変勉強になりました。
もやいロープは前後のフックに結んで船を安定させないと風で動いてしまいます。
いろんなことが分かりません


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隣の船はこれから船上パーティーのようです。
ワンコが嬉しがっていますね。

道路と違って飲酒運転は構わないそうで
みんな走りながらビール飲んでます。










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沖に向けて出港です。

正面は淡島です。
いかがわしいホテルがあって、有名人の密会で有名な場所らしいです。
(見たのか?)

雲がかかっているのは富士山です。







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操船中の嫁
大学時代ヨットの国体でホンダのヨット部には勝ったそうです。(証拠あんのか)

俺と違って酒飲みです。
特技、魚の解剖
仕事、機器分析
遺伝子のゲノム解析もこなすリケジョ

船尾中央のバーが舵で
足元にアクセルと変速レバーがあります。

床下エンジンなので極めて静かです。






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エンジンは床下にマウントされたヤンマーディーゼル。
船体はヤマハ

ディーゼルエンジン詳しくないですが
冷却水のバルブを開けてからエンジン始動してくれというので
床板を開けて探しました。

エンジンの冷却に海水を使っているようで
ラジエターはありません。
冷水で冷やして海に排水する方式です。

水中メガネつけて船の下に潜って船底を拭き掃除しました。
海中碇泊1年目なので、汚れは大したことなかったです。
しばらくクルージングして操舵させてもらいました。港では危ないからね。
波穏やかなようですが1mくらいのフープスのような波で船が揺れて恐ろしいです。
大しけで転覆するのもわかるような気がします。
漁船とちがってバラスト付いているので、真横になっても復元するかわりに
砂浜に乗り上げることはできない構造になっています。

港の前の道路はやたら大型バイクのツーリングが見られるなと思ったら
ここは伊豆半島、西伊豆方面へずっと海岸のワインディングと絶景が続く、ロードバイクにとっても
パラダイスのようですね。

また船を出すときに乗せてもらおうと思います。

















日本は温室効果ガス削減の対策として原子力発電でオール電化方策を打ち出していたのに
東日本大震災による原発事故で計画が崩れてしまいました。
これからも化石燃料に頼らざるをえなくなった現状に追い打ちをかけるようなニュースが飛び込んできました。

ドイツはガソリン・ディーゼル車を2030年に販売禁止を決定


フランスに続き英国もガソリン・ディーゼル車の新車販売を2040年に廃止


ついに100年続いた内燃機関の終焉を告げる動きが発表されたことになりますが
オートバイ愛好家の観点から、私の猿並みの頭脳で考察してみたいと思います。

資源の無い日本ですから、アメリカの同盟国といえどもパリ協定(CO2排出削減1990年比マイナス40%)に従い、EU諸国に倣って電気自動車に移行せざるをえなくなるでしょう。
これによって自動車用ガソリンエンジンの開発や生産は中止(永久に)されることになるわけですが
2輪用エンジンも例外でないはずです。

しびれるようなサウンドやオイルの焼ける匂いを体感することなく、モーター音とタイヤの騒音だけを奏でる電動バイクに取って代わられる日がすぐそこにせまっているのでしょうか。

エンジン整備やチューニング技術などというものも無用のことになり、必要なくなった知識や経験は廃れてしまうでしょうか。

工業高校の原動機の教科書は廃止になり、代わりに電気技術の授業が必修になるかもしれません。
最近の異常気象、大気汚染による健康被害、既に後戻りできない状況に来ていることは分かります。
しかし、代替えの交通手段がないかぎり、内燃機関をやめることはできません。自動車メーカー同様、
2輪メーカーも電動車の開発に着手しないと代替えの乗り物がなくなってしまうことになります。

とはいうものの、早くて13年後にエンジン車の新車販売が停止するだけですから
しばらくは中古のエンジン車が走り続けることはできるわけです。
ただ、終了が決定した車種の部品の製造までは継続できないでしょうから、在庫の部品が尽きたら
今度こそエンジン車の終了が訪れるわけです。
まあ、私らの年代が問題なくクルマの運転ができるのは、長くて30年くらいだと思いますので、それほど不便は感じることなくお迎えがくると思いますが
その後の世代の人たちは確実にエンジンで動くクルマに乗れなくなるわけであります。

モータースポーツの世界はどうでしょうか。
エンジンが廃止になるのに新型マシンを開発するメーカーなんかあるはずないですよね。
問題はいつまで、現在のレギュレーションでレースがおこなわれるか、ということです。
私の予想ではこのままいくと4輪の新車販売廃止と同時期に2輪もエンジン付きは終了するのではないかと
そして完全に電動バイクに置き換わるまでの数年はエンジン車としてのレースは存続しますが
あくまで猶予期間であって2040年代、すなわち20年ちょっとでガソリンエンジンのモータースポーツが
世界から無くなるのではないかと思います。
そもそも一般ユーザー向けでないレース車をメーカーが開発するメリットは無いわけです。

20世紀の後半から21世紀前半にかけて急速に技術革新が起こり進化を遂げた時代に生まれ育った私たちは、人類史上最も幸運な期間を過ごしてきた民族と言えるでしょう。

そして、新しい世代がゼロ・エミッションのモータースポーツを展開する時代がくるでしょう。
人間は競争が好きな生物ですから、(スポーツも然り)これは無くならないと思います。

化石燃料の枯渇が問題視され始めたころに、クルマやバイクは電動に変えることはできても
航空機や大型船舶はどうするのだろうと思っていました。
今や世界のどこにあっても注文すれば数日で商品が届くことができるのは航空機なくしては不可能。
しかし、欧州便が飛ぶのに必要な軽油の量は乗用車1000台が1年走れるガソリンの量と同等らしく
国際貨物の殆どは大型のコンテナ船で運搬されますが、これはアジア航路で乗用車1万台以上が1年間走れる燃料に匹敵するといわれていますが、こういうのが同時に1万機、何千隻と稼働しているわけですから、これがなくなったら世界の物流、経済が成り立たないわけです。

むしろガソリンエンジンより大量の温室効果ガスを出しているに違いありません。

クルマの免許を待たない人も多いわけですが、その大半は公共の交通手段で間に合っているので問題ないわけですね。
しかし、クルマを運転しないからといって化石燃料の消費や大気汚染に無関係とはいえないのです。
毎日食べている食材は全て産地から商店に届けられるので、クルマには乗らないでも、手に入るわけです。
トラックの輸送ということも、大型や長距離になるほど電動に置き代わることが難しい乗り物です。

しかし、電気自動車、電動バイク、どちらも大量の電池を使います。
しかもクルマの寿命よりはるかに電池の寿命は短い。
世界中のクルマに現在の何十倍も電池の需要が増えるわけです。大丈夫なんでしょうか
電気自動車の充電に必要な電力は結局火力発電で温室効果ガスを出すのではないでしょうか。
発電所には自動車の排ガス浄化装置ほど高性能な浄化装置はないはずなので、大気中に放出される未処理の排気ガスは自動車より多いのではないか。
懸念は払拭されません。
本当に乗用車電化でパリ協定達成できるのでしょうか。真相はいかに

必要な物のエンジン車は残す、(船や飛行機も)だからEUの「乗用車のガソリン・ディーゼルエンジンを廃止」ということは限定的な措置だという意味になります。

冒頭にも書きましたオートバイ愛好家としての近未来はどのように変わっていくでしょうか、注意して見ていきたいと思います。

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長年痛め続けた手首がついに、限界を迎えました。

転倒したときに右手を突いてしまうクセがあって、大怪我は免れていますが
骨と骨を繋ぐ靭帯が伸びてしまって
手首の痛みが直らなくなりました。

そして痛む手首をかばうためか、腕の筋も同様に痛んで半分くらいしか力が出ません。
モトクロスはいつ止めてもいいと思っていますが手が痛くて仕事できないようでは困りますので控えめにしておきます。


朝起きたときが最悪で、背中全体と両手首が痛くて、直ぐに動けないので血流が上がると少し楽になるため軽いストレッチしてから起きるようにしています。
この調子では10年後には運動できない体になっているかもしれません。


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今日は嫁のオートバイを取り上げて乗りました。
狭いコースで450は持て余すので
250なら少しは楽だろうと思いました。

それが3年ぶりに乗るマシンなので新鮮な印象でした。

とにかく軽快な取り回し、
エンジンは450より加速は悪いですが
よく回るし、高回転キープしないと走らない感じがミニバイクのようでもあります。
しかしフルサイズのサスペンションですから
安定性はミニバイクとは比較になりません。

要するに速さはともかく、乗り易いということです。
この車体にフロントエアサスは最も軽量です。乗る度に速度が上がっていくので面白くなってきましたが
手首が悪化しない程度で終了です。
右手首の動きは複雑で、特に右コーナーでは突っ込みのギャップをコラえながらブレーキとアクセルを操作してマシンを寝かして起こすという同時にいくつも動作がありますので、柔らかく動かない手首では難しいです。

CRF250は04年から発売されましたが、2年間はシングルマフラーでした。
05年に芹沢直樹選手が全日本参戦したときに試作のツインマフラーだったのを見て
シングルでも5万円以上するマフラーですからツインではコストが高くて量産はしないだろうと思っていました。
すると今のHRCでは量産を前提としないマシンの開発はしない。という言葉どおり06モデルからツインマフラーとして販売されたのでした。
そしてマフラーの仕様は毎年マイナーチェンジを受けて違う物に変更されていて、この09がキャブレター車の最終モデルなのです。
2010からFIが採用されているので09がCRF250キャブ車史上最も高性能ということになります。
ツインマフラーは二又のパイプのところがネックで排気抵抗になります。
出口が二つあると合計の開口面積が同等のシングルマフラーに比べて騒音が上がってしまう傾向があります。
だから騒音規制と排気効率の相反する性能のため毎年変わっていたと思います。
なので面倒なツインでなく、このマシンは旧型の450シングルマフラーを改造して付けています。

しかしながら、新めて乗ってみるとFIの優位さがよくわかりました。
特に低中速のツキの良さが全然違います。
キャブレターはパイロットスクリューで調整するだけの範囲がFIのマッピングでもっと詳細にセッティングできるのですから適うはずがありません。
いまさらキャブレターの時代は終わったと実感しましたが、この乗りにくいところをテクニックでカバーする面白さは残っていると思います。
具体的にいうと全開域はキャブレターでも遜色ないと思うのですが、低速が弱いので高回転キープしたクラッチワークができれば、FI車に付いていくことはできるかもしれません。

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そのクラッチなんですが
マグラの油圧に取り替えているので
メリットだけではないです。

ワイヤーと違ってクラッチの繋がるタイミングが分からないのです。
タイヤがトラクションしていくことでクラッチミートを認識できるのですが、手に伝わる抵抗が一定で分かりずらいようです。

昔、カツミ君が全ろうでオートバイ乗るのに
エンジン音が聞こえないから振動で回転数を感じ取ってギヤチェンジしていたという感覚に近いかもしれません。

人間の感覚は最初わからなくても繰り返し練習していくことで新しい感覚が身についてくるものでしょう。何をやるにも一緒だと思います。
私は本当に乗り物不器用で、クラッチミートできずに今日は2回、立ちゴケしてしまったことを白状します。(足届かないだけです)

ホンダのリンク付きサスペンションの始まりは70年代の終盤でした。
ヤマハのモノクロスやカワサキのユニトラックは先に投入されていて
リンクサスとしては後発のホンダは天才開発者、上原研究員(当時)が考案した
ボトムリンク方式を選択しました。
キャッチフレーズは「ビギニングはソフト、ボトムはハードに」
リヤクッションのリニアな減衰特性をリンクを介することでピストンスピードが
2次曲線的に立ち上がる、プログレッシブ特性を実現しました。

PROーLINKとデルタリンクはホンダの商標ですが、最近この名称は使われておらず
クッションリンケージとしか表記されていません。
ちょうど私はプロリンク世代で、最初に乗ったホンダのモトクロッサーが最初の水冷エンジンでもあった81年型CR125でした。
そして83年にホンダ入社で秋に配属された品質管理室で車体関係の強度テストを担当していましたから
プロリンクを含むフレームやリヤフォークの単体耐久を行う業務に携わりました。
実は商標にあるデルタリンクはプロリンクの問題点を対策したデザインで
現在のCRFシリーズにも引き継がれています。
その問題点とは87年型まで続くブーメラン型のリンクの内Rが荷重によって伸びる方向に
リヤフォークの支点とテンションロッドの連結点の軸距離が変動するというものでした。
これは、リヤフォークの単体耐久で、リジッドのダミークッションに固定されたリヤアクスルに2トンの荷重をかけることで、目視でも確認できる弾性歪み(元に戻る歪み)がありました。
内側Rにひずみゲージを貼って最大応力を測りましたが降伏点に達する数値ではなかったので
問題とはされませんでしたが、市場から打ち上げられたクレームは1件だけだったと記憶しています。
そのクレームとは砂浜で走行中のCRがリンク破損したという内容でしたから
典型的な応力腐食割れの現象を表していました。
特に7075材は航空機などでも応力腐食割れ(高応力に沿って材料が腐食して割れる)の感受性が高いと言われているので、砂浜で海水に曝されたことが腐食を促進させた結果だと言えます。
そんな経緯でブーメラン型のリンクはデルタリンクにとして改良されていきました。

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先日、13年のリヤショックに取り替えようとした09型CRF250のクッションリンケージ

13とはリンクの距離が変わっていることに気付き、ノーマルのクッション性能を確認したくなり09のショックに戻しました。
車高は元通り高くなるのですが
初期のソフト感が出ると思い、こちらのメリットがいいかと思いました。







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こちらは13型CRF450のリンケージです。
寸法測定すると
リヤフォークが20mm、09より長いのに伴って、デルタリンクのピボット位置と
テンションロッド長が20mm伸びています。

ショックの取り付け長が15mm短くなっているのはアンダーブラケット部分だけ変更されており、
その目的は画像で分かるとおり
デルタリンクの角度が最初から立ち上がっています。
このことによってリヤホイールのストロークの初期から09より立ち上がるということで
減衰力が出る方向に設定されていることになります。
逆に09の方が初期がソフトということです。

ショックのバネ定数は標準で比較すると、09が5.3kg/mm、13が5.4kg/mmなので
13が固く設定されているのはリヤフォークが20mm延長されたことに対するリヤサス固さの調整だと考えられます。
リヤフォークの長さとクッションの取り付け長、そしてリンケージの寸法の3要素で構成される
プロリンク特性は上原研究員の設計の正当性を表すように
いつの間にか他のメーカーも類似した機構に落ち着いています。
違うメーカー間で特許関係の技術を使用するために、開発者どうしで取引きを行うことがあると聞きました。
当然、他の3メーカーはホンダに対して何らかの技術を使用することを許諾してクッションリンケージを生産しているものと思います。

軽井沢で痛めた右手首が、まだ腫れていて痛いです。
ペンで文字書くのも難儀なくらいなので、ハンマー振るとき激痛に耐えかねて床に落としたりします。
こんな状態なのに今週末はレースがあります。
冷静に考えると止めておけばいいのですが、来年どうなっているか分からない状況では今年しかありません。
冷静さを優先していたら何もできないでしょう。

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4ストモトクロッサーが初めて発売されたのが04年。
そのときからスロットルホルダーの構造は変わっていませんでした。
強制開閉なので、整備性と操作性そしてコストを両立した見事な作りだと思っていました。
しかし、操作性は新品の状態ならまあまあ動きがいいのですが
グリップパイプやケーブルに給油した潤滑剤の溶剤が揮発して粘度があがって固くなってくるとアクセル開閉が重たいフィーリングになってしまいます。

特にモトクロスはスピードの競技ですから操作の重いアクセルでは手が疲れるだけでなく開閉タイミングが遅れるので、入りたいラインから外れてしまったりするので
常に清浄化してスロットルやケーブルの摺動を滑らかに保つ必要がありました。

そこで2017年CRF450のスロットルとケーブルのセットに交換です。
実に13年ぶりの設計変更ですが、これは良いですよ。
まるで1本ケーブルの2ストモデルなみに軽い操作性です。
スロットルボディーの位置変更で若干ケーブルが短いのでワイヤリングを見直せば問題なく旧型に取り付きます。
これで痛めた右手首の負担を軽減できるでしょう。


ホンダは26年前に辞めた会社ですが、今思い返しても恐るべき企業でした。
4輪の足回り部品でドライブシャフトを真岡ssで内製している以外は全部品外注メーカーです。
ホイール、ハブ&ディスク、ブレーキ、ショックアブソーバ、アッパー&ロアアーム、スタビライザー、
主要な部品で社内製は一つもありません。
何故でしょう?
技術力が無い?
資金力?
いえいえ、社内で作るより既に実績のあるメーカーに頼んだ方が安いからです。
結果的に量産部品の単価を下げた結果、完成車の販売価格を抑えられたということです。
自社で開発している物は、もっと難しいことに挑戦しているのです。
例えば新材料の研究。
内製部品としてはボディーの主要パーツ。
鉄板の強度や耐食性を一般の鋼材より高めた特殊成分の材料を開発しているので
鋼板は新日鉄にホンダ専用の製造ラインを設けてコイル状に巻いて搬入していますので
ホンダと同じ鋼材は一般の材料商では買えません。

軽合金も同様に足回り部品、エンジン部品ともにホンダで開発した、JIS規格に特殊成分を添加した本田専用合金を鋳造や鍛造の分野で使用しています。
これら軽合金材料も、昭和電工、神戸製鋼、住友軽金属などのアルミ精錬工場から作ってもらっているので、やはり一般の材料商では買えません。

このようにメーカーと協力して開発して出来た部品を扱うメーカーを1次メーカーと呼び、
(本社購買が決めた発注先という意味が正式)
1次メーカーが信頼して後工程の一部を発注するメーカーを2次メーカー。
さらに2次メーカーが一部の加工や処理を依頼するのが3次メーカーというふうに
下請け、孫請けという関係が構成されています。
そんな孫請けメーカーでも大手さんから量産の発注が来たということで、
大喜びする企業がありますが無理もありません。
3次メーカーといっても不具合を出してしまっては親会社が被害を被るわけですから
そりゃどんなに小さい会社でも業績や保有設備など調べてから1次メーカーをとおして発注かけるので
なかなかホンダの量産なんか請け負える企業は少ないと思います。

内製部品で最もすごいなと思った部品はエンジンコンプリートです。
過去はFC(鋳鉄)シリンダーブロックでしたが、私が在籍中にアルミシリンダーに置き換わっていました。
アルミダイキャストのシリンダーブロック専用工場を敷地内に建設して製造しています。
鋳造技術は他のトップメーカーの工程を全て検証して練りに練った生産ラインなので
世界に誇れる鋳造技術でしょう。
そこに前出の開発した新材料を投入して作っているんです。
主流は3000ccクラスのV6や2800の直4でしたが
一体成形のシリンダーブロックに6発同時加工のホーニング、電鋳マスクによるニカジルめっき工程
全て一環した製造ラインで処理され、3D計測して合格品のみ組立て工程へ流れるというしくみで
一日に驚くべきことに2000基のエンジンを組み立てて生産ラインに乗せるという
スーパーファクトリーですから、ホンダの正社員は誇りに思ってよいと思います。

私ら下々の者にはとてもとても頭があがりませぬ。



補足ですが、何故新材料の開発を続けなければならないか、
省エネと高効率は同じ意味であることは分かりますね。
では、高効率化に貢献するのは部品の軽量化です。
軽量化のためには材料の強度を上げなければ成り立ちません。
だから現行の、これからのクルマに課せられる要求を満足するために
新材料の開発は不可欠、
こういうことです。


あの会社が作ったオートバイにずっと乗っていたいよ。(これが本音)
ホンダ車の部品において、開発に長期間を要するものは2社手配していることが多いですね。
その訳は、一つは生産コストを競合するためです。
他メーカーより多くの発注を得るためには技術力と同様に重要な競争力です。
もう一つは生産工場が災害に遭った場合、別のメーカーで代用して量産を止めないためです。

そのため2社には同じ技術レベルを確保するように、最初から発注先をきめないで
開発段階から入り込んでもらう作業が必要になります。

そして国内生産車の大半は北米へ輸出して利益を得ていますから
貿易上の取り決めで米国企業にも一定の割合で発注することになっています。
発注先が違っても同じ図面で生産するわけですから、試作段階から2社の製品の検査や
耐久テストを行って見極めることは言うまでもありません。

そういうわけで、市販モトクロッサーにはショーワSSとカヤバ工業というサスペンションメーカーに2社手配していますが、私の保存用CRF250Rのキャブレター最終車には
フロントフォークがショーワ、リヤショックがカヤバという複合的なメーカーレイアウトを採用していました。

4輪サスペンション(ダブルウイッシュボーン)ではフロントに神戸製鋼、リヤに住友軽金属などという組み合わせもありましたから
前後サス別メーカーは珍しいことではありません。
あくまで完成車開発しているのはホンダであってサスペンションメーカー主導で開発しているわけでないので、分担した方が多くのデータが得られていいかもしれませんが
最終的に量産発注を獲得できなかったら辛いでしょうね。

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09のフロントフォークをメンテナンスするため車両を移動できるように
カヤバのエアサスを取り付けしました。

しかし、09のショーワはインナーチューブ径
φ47に対して
13Mカヤバのインナーチューブ径はφ48でした。

これによってアウターチューブ径も1mm大きいので三又ごとセット交換です。
ステムは同じなのでボルトオンです。




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フロントフェンダーの取り付け面が違うのでフェンダーも13に交換です。

最近のフェンダーは昔と違って
深いM字断面になっていますが、単なる意匠デザインではないようです。

昔のフェンダーはアーチ型断面といえますが、同じ断面積で剛性を上げるため
断面係数が高くなっているのです。

断面係数とは荷重に対する変形し難さを表す数値で
断面形状が3角形が最も変形し難く
平面が最も弱いと考えられます。

折り紙を例にとると、紙自体は自立することなく重力に負けて平らになってしまいますが、折鶴のように紙を折り重ねることで翼や首が自立するのと同じ理屈で
特にレーサーのステアリングに付く部品は軽い方がよい、しかし薄肉では剛性がなくては重い泥の付着で垂れ下がってしまう。
そこで肉厚を上げないで断面係数を上げた結果のデザインがM字断面だったということです。

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上が09カヤバショック
下が13カヤバショック

2者を比較すると
09は車高を下げる目的で
15mmストロークを詰めてあるのですが
取り付け長が軸芯で5mm長く
485mmに対して
13は480mmです。

ところがダンパーストロークは
ボディー端面からスプリングシート間で
09が115mm(ストローク詰めのため)
13が130mmということで
取り付け長が短く、ストロークは長いということが分かりました。
13はCRF450用のノーマルですが250に450用のショックを付けると車高が下がるということになります。

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クラッチは、今使っていないマグラの油圧に交換しました。
加工無しでボルトオンで付きました。

450にはリクルス付けているのですが
オートクラッチの場合、クラッチをレバーで切ったあと、ワイヤーのように戻らず
ピストンが引きっぱなしになってしまい
マスターが動かないという現象になるため
ワイヤーに戻していたのでした。

250に油圧クラッチは操作性最高に軽いです。
1本指でも握れそうです。


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こうやって13モデルの前後サスペンションに交換完了しました。

これは嫁のヒマン防止エクササイズ用です。
お互い熟年モトクロスなので怪我しないように、なるべく良好な状態にしたいです。
嫁は背骨と両腕と片足の骨にボルトが入っていますので、安全重視です。
「2ストは背骨が折れる」とか訳のわからんこと言ってますので、モトクロスは4ストしか乗らんようです。

5月連休最終日恒例のジャパン・ヴェテランズ・モトクロス参加してきました。

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天気もまあまあ、初夏のような快適さ
今がモトクロスには最適な季節です。

しかし天気がいいと埃がたつので
散水はお約束です。
濡れた路面に悩みながら
緊張感は高まります。

先週から風邪ひきっぱなしで
病み上がりの体力にも少々不安でしたが
年齢別のクラス分けなんで、レースの方は
無理する必要もないでしょう。

今日も13年モデルのCRF450で、3年乗って大分乗りなれてきた感じです。

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公式練習中に国際A級125チャンピオンの松田強選手との2ショットです。
なかなかこんな機会ないですね。
至福の時間です。

練習時間20分タップリと
エンストでキック踏みすぎて体力消耗しました。
レースに向けて暗雲が立ち込めましたが
そこは50オーバークラスなんで
気楽にいきましょう。





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取材はほどほどにVETクラススタートだけ撮りました。

これはヒート1です。

みなさん真剣ですね。
ホールショット男の伊田さんはスタート出すぎて1コーナーふくらみすぎて後方からの追い上げだったそうです。

この日は週2回練習して乗れている田淵武選手と久々エントリーの国立賢治選手のA級バトルが見れました。



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日本一ハスクバーナのレーサーを売っている北海道の源治篤選手

先日作りましたTC250エキゾースト使っていただき
VETは2番手スタート、スーパー2クラスではブッチギリ優勝でした。

今年はIA1でスポット参戦も予定しているそうなので応援しましょう。






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VETクラスヒート2スタート

伊田選手スタート決まって序盤トップ走行したのですがエンストで順位を落としてしまいましたが新型CRF450のセルスターターのおかげで再始動の体力消耗もなく追い上げできたとコメントされていました。

優勝は田淵選手でヒート1で遅かったところを国立選手に聞いて走ったという、勝に対するこだわりを見ました。





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一応レースは結果なので
エキスパート50オーバークラス
総合1位でした。

ヒート1ホールショットながら転倒で順位を下げてしまったので
ヒート2の1位が絶対条件だと思い集中して走りました。

2位の津田選手は勝つつもりでおられたのか
片足が1位の台に乗ってますね。

また懲りずに走りましょう!







ではサービス動画で先日、モトパーク森に練習に行ったときのやつ載せておきます。

47歳でも楽しそうにランプ飛ぶ男は日本ではケンヤさんだけではないかと思います。
僕は誘われてもやりません。

横に寝かす技はフリースタイルの人はあまりやらないそうです。
こういうのは河原の自然の地形でやっていたので得意なんですね。

ライトトラック(バン)用の標準ホイールはスチールホイル(鉄チン)なんですが
わざわざアルミホイールに交換して、車検時に標準に戻してを繰り返す人がいますね。

私も昔、ワゴンのキャラバンに乗ったことがあって、あれは乗用なんで標準がアルミホイールだったんです。
問題はアルミが悪いのではなく、ホイールに装着するタイヤにあると思いました。
普通は1トン積みの貨物は8PR(プライ)ですが、8人乗りの乗用だと6PRです。
タイヤの耐荷重の違いです。最近はロードインデックスLI(ラジアルのRと混同しないためL表示)
107とか105とか刻印に変わってきていますね。

これは守らないと非常に危険なことなんです。タイヤがバーストして操縦困難になると自分の命だけでなく、他人も巻き込むことになります。
しかもタイヤは時間で劣化するものですから、製造年から年月が経過するほど危険です。

実は前述のキャラバンで重大事故寸前に陥った経験があります。
常磐道のトンネル内で左後輪がバースト、時速110kmくらいでしたが急激に蛇行して「これは側壁に衝突して横転する」と覚悟しましたが、冷静にハザードランプで後続車に注意を促しながらハンドルで直進を保つようにして振られが収束するのを待ちました。
こんな時ブレーキなど踏んだら車が斜めになって車線からはみ出ると直感したので、アクセルを放しただけです。
運のいいことに左後輪だったので、トンネルを出たところで路肩に駐車し、スペアホイルに交換して一般道でゆっくり帰りました。右側だったら大型車なんかに引っかけられて死ぬでしょう。

その後、ミニバン専用タイヤに4本新品交換しました。 フー

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もう雪の心配ないんでスタッドレスから夏用タイヤに変えるのですが
中古ホイール取り寄せてみました。

キャラバンのノーマルスチールですが
すばらしい作りに息を呑みました。

ロールしたハイテン材のリムをフラッシュバット溶接したものですが
矢記のあたりが溶接部です。
見た目ではほとんどわからないくらい研磨仕上げされています。

ホイールに使う材料は60kg級ハイテン(高張力鋼板)を使用します。
高力ボルトは80kg級からなので普通のボルト並みの硬さのスチールでリム部の板厚3.5mmの圧延でリム断面に絞った平板から真円に曲げる技術を想像してみてください。
しかも固い材料ほどスプリングバック(元に戻ろうとする力)が起こりますので、製品と同寸に巻いたのでは製品にならないことが分かりますね。
製品より小さいRで巻いて、重なる部分を突合せに直して溶接する技術が必要になります。

そしてホイールに要求される直径と真円度が完成するわけですから、NC旋盤で加工されるアルミホイールよりスチールホイールの方が職人芸があると思うのです。
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スポーク部分は板厚4.5mmのハイテン材で、プレス成形品ですが
2ピース構造の生産性が安価に生産できる理由だと思いますが

このフランジ部分の寸法精度が出てないと
真円のリムと組み合わせたときに振れてしまうことになるので、
実は精密なプレス成形品だと言えるでしょう
(穴開けは後加工と思います)





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スチールホイールの国内トップシェアは
トピー工業です。

ホンダの標準装着ホイールも作っていましたが、残念ながら同社の製造工程を見せていただく機会がありませんでした。

品質部門からみて、全く不良を出す心配のない優良企業だったからに他なりません。

だから私はこれからもスチールホイール愛用でいきます。





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先日行けなかったチキチキVMXで乗る予定だったRMですが、なにやらエンジン降ろされています。

一週間、クルマに積み置きしていたら
荷室の床がガソリンまみれになっていました。

キャブレターのオーバーフローなんですが
多分、エアベントより吸入ポートの位置が低いので
クランクケース内にガソリンが流入し、
満杯になって排気ポートからあふれ出して
床にこぼれたと考えられます。



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そもそもコックはOFFになっているのに
コックの役目を果たしていなかったようです。

この車両がきた3年前にもオーバーフローしていたので調べたら
コックOFFでガソリンが止まりませんでした。
原因はパッキンが硬化してシールできなかったことですが
プレートのリベットを外したので、M4ネジで再組立てしたのでした。
自作のゴムパッキンを入れて復活していたのですが
ゴムですからへたってシール性が落ちたのです。
対応策はM4ネジを増し締めするだけでガソリン止まりました。 何をやっておるんかいねー

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エンジン降ろして逆さまにしてクランキングすると吸気、排気、プラグ穴からドバドバ、
ガソリンが噴き出しました。

ガソリンコックを点検項目に忘れないようにします。


しかし、空冷エンジンの造形が美しくて
ときどき眺めて癒されていますので
ずっと保存しておきたいと思います。





2輪車はエンジンだけでなく回転部分の多い乗り物です。
特に前後の車輪は最も大きな回転部分なので、車輪のメンテナンスを怠っているとマシンの性能も落ちるはずです。
高速道路でバランスの狂ったホイールで走らせると乗れたもんじゃないですよね。
オフロードだから、地面が凸凹なんでわかりゃしねえよ。という考えは浅はかです。
エンジンのクランクシャフトとホイールは駆動系で連結されているので、振れていることが
直接、加速や伸びに影響しているはずです。

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ノーマルのリムで1年も乗っていれば
リムが変形して真円でなくなります。
当然バランスが狂ってきますので
高回転回すほど振動になって回りが悪くなりますので
走りをよくするためには、狂ってないリムに交換してバランスをとる必要があります。

そこで、このDID強リム。
HRCのワークスマシンにも採用されている
ノーマルより高強度のリムです。

新品時にバランスがとれていても、走行中に変形してしまっては性能を維持できません。

なるべく良好な状態を保つために定期的に点検し、振れ取りが出来なくなったらリム交換が望ましいです。

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ハブは柳河精機
スポークは月星製作所(ムーンスター)

本田の純正部品は信頼性の高い超一流の部品メーカーが担当しています。
本田が要求する品質(数量)に応えられる
メーカーの存在がオートバイの生産に不可欠なものです。

1年以上も使ったホイールは泥水がニップルのネジに浸透してネジ山の摩擦抵抗を上げると同時に
アルミニップルとスポークの材質はSWP(ピアノ線)なので電位差からネジ山が腐食してニップルのトルクが上がってしまうか
悪化すると緩まなくなるので、切断するしか分解の方法がなくなります。
これはネジが腐食し始めていたので浸透潤滑剤をつけながら慎重にニップルを回す必要がありました。
ネジが生きていれば再使用するので、全部洗浄して汚れを落としておきます。

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リヤホイールはインナーとアウターでスポーク長が異なります。
フロントより幅広のハブなのでスポークの交差する部分をクリアするためにインナーを内側にオフセットさせた分、距離が遠くなるので長い方がインナースポークとなります。

あとはスポークの曲げ角度とハブとリムのタコ穴の向きが合うように加工されているので
間違った組み付けは不可能な設計になっています。





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専用の触れ取り台は持っていませんが
アクスルシャフトをバイスに固定して
ダイヤルゲージをリムの外周に当てて
振れ取りをしています。

最初はニップルの締め付けトルクを
緩めで均一になるように組立て
縦振れを無くすように締め込んで調整します。
縦振れが取れたら横触れを調節して
最後に全部のスポークの張力を確認して組立て完了となります。




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前後ホイール組み上がりました。

DID強リムの赤は一番人気なので
いつも品薄(というか受注生産)らしいです。

ウーム、また速くなっちゃうなー










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先週末は近所のCB専門店ジェイズさんと居酒屋で会合しました。

ツクバサーキットでZ勢に勝つことが目標だそうで、2バルブのZに4バルブのCBが勝てないことに納得がいかず、日々改良をする状況を伺い面白かったです。

4バルブなんで馬力は出しやすいそうなんです。但し加速は悪くなるので
ストレートの短いツクバでは加速のいいZの方が有利だということです。
私にも解決方法はわからないですが、成功した暁にはツクバサーキットに応援に行きたいと思いました。

実はお話しの大半はM繁さんが普段から取り入れているモトクロストレーニングについての内容で
ロードレースのライダーの多くはオフロード走行の経験が少なく、環境変化に伴うマシンコントロールができていないことが弱点で、頻繁に挙動変化するオフロード走行に対応できれば、オンロードにおける限界が上がると話されていました。
チューンアップとライディングテクニックという壮大なテーマに取り組んでおられる、お侍さんがおられました。



我が家から最も近いモトクロスコースですが、苦手なコースレイアウトのため、ありがたくないんですが
経験を積むために出場します。(54歳なのにか)
レース前に、今年のエムシーは初出場の伊田さんに「同じレースで走ります」と挨拶しましたら
「お、張り合うつもりですか?いつでも受けて立ちますよ」とお返しになられ
いやいや、そういうつもりじゃなくて、「邪魔にならないように気をつけます」という意味でした。
前日には東希和レーシングOBの人達がコースに集まっておられ、市川哲也さん(元本田CE)のお姿も見えましたので、先輩のN口さんに「市川さん来てました」と伝えましたら
「カワサキの市川か?」と仰るので、どれだけ昔からモトクロス見てきた人なのかと思いました。
私の知る限りでは81年のレッドホンダミーティングの桶川で世界GPライダーのR・デコスタやA・マラーベに勝った二人の日本人ライダーの一人が市川哲也さんです。
ホンダに入社する前に東希和レーシングでカワサキに乗っておられたのは後で聞きました。

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電池切れで画像これだけです。

MXV苦手の理由はコーナーが狭く、
コースアウトすると復帰が困難なレイアウトのためアクセル開けていけないところです。
開けていかないと低速のターンになってしまうので重たい450の上に足が届かないので
完全に不利な状況なのです。

レース結果は、ヒート1下位グループで競り合いながらフープスの終わりでコース外に飛び出してしまい最下位からの追い上げで13位
ヒート2はスタート集中して中盤あたりを走行しながら段々タレてきて、終盤に上位グループにラップされるときに
伊田さんにオカマを掘って転倒してしまい、先日の挨拶したにも関わらず実行できなかった自分を責めながら12位でフィニッシュして、総合で16台中12位という順当な結果で終えることができました。
苦手コースが終われば、好きなところが続きますので、楽しみであります。

やはり月曜は体が痛い。

私の前職は製造屋ではありませんでした。品質管理屋だったのですが
専門は新製法、新材料の鉄鋼と非鉄金属における部品品質です。
本田はエンジンやボディのような主要な部分を除いて、部品メーカーに製造を手配していますから
取引先メーカーの製造する部品品質を本田スペックに合わせることが仕事でした。
したがって会社に居ては何もわかりません。
メーカーの製造現場へ出張して製造工程を調べて重要管理項目を洗い出すことが品質管理の手法の一つでした。
そのため、単独ではなく設計や資材の担当者も交えてメーカーの会議室で打ち合わせして量産につなげていく作業を全ての重点管理部品に対して行っていたので、自分で製造はできないですが製造工程に関しては他の社員よりも熟知していたと思います。
それも25年前のことですから、技術は日々進歩しているので今は当時より高度な製造工程を展開されていることが予想されます。

そんな私は資金ない、技術ないという四面楚歌な状況から考え付いた方法でマフラー製作に取り組んできましたが、今回も人には説明できない内容を盛り込んだ新型のエキパイを公開します。

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マシンベンダーも金型もありません。
量産メーカーが持っている設備は皆無です。
お金を払ってメーカーに生産して貰えば考えることはないですが
仮に1千万円投資して1千万円売ったとしても収支はゼロですから
そんなことはしないで、一台分の材料費だけで形を作ろうとしているのが本プロジェクトの目的です。

手間げはパイプ径が太いほど、曲げRがちいさいほど難しくなります。
内側50Rで曲げていますが、90°以上は私の技術ではパイプが潰れてしまうので無理ですね。
チタンパイプφ35なら2mで一万円くらいしますから無駄にはできないので慎重に扱います。

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エキパイの仕様はライダーの意見を聞いて
ノーマルからどのように変えていくかを
自分の経験値で決めています。

細かいインプレッションはベンチテストではつかめないと思いますので実走確認しかないと思います。

今回は口元の成形方法を新製法にてトライしました。
形状を見て製法を想像してみてください。
あなたならどうするでしょうか?




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2017モデルKX250Fは16モデルから設計変更されているので
先日お預かりした車両を元に治具製作しました。
そのため、車体合わせは一度もしておりません。
これで問題なく取り付くと信じております。
(信じられるのは自分だけ)


オートバイのサイレンサー、キャブトンやメガホンなど用途別のデザイン違いはあるにせよ
主流は丸断面の消音機が当たり前でした。
ところが80年代終わりころから楕円か長円断面のサイレンサーが出始めたら、楕円断面の方が主流になり、2010年代は異形断面へと移り変わりました。

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弊社も90年代からオーバル断面で作るようになったら、お客さんのリクエストは100%
オーバル断面とテーパーのリヤエンドということになっていました。

しかし、2スト全盛時代を知る人は
オーバルが似合わない
または不必要なデザインととらえていると思います。

なにせ排気ガスの拡散するイメージは
インナーパイプに対して放射状なのですから、真円パイプ中に拡散させるのが理に適っていると考えられます。


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では何故、オーバルが主流かというと
特にオフロード車は車体幅が狭い方がライディングポジションに影響を与えないですから、サイレンサーの容量アップに伴い
上下方向に容積を増やすデザインを考案したものでした。

幾何学的観点から
断面形状の周長(板取り寸法)が同じで、多角形の場合、角数が多いほど断面積が多く
真円で最大となる。
また三角形が最小である。

このことから材料あたりの容積が大きいのは丸断面ということになります。


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これはDT200WR用ですが、
弊社オリジナルはオーバル断面ですが

お客さんの要望で丸断面にしました。
本来はこちらの方が理想的な形状だということをお伝えしたいです。


シンプル・イズ・ベスト

日本の近代史が最も変革を遂げた時期は幕末から明治維新のころだと思いますが
特に鉄鋼の製造という分野において横須賀製鉄所なくしては語れないでしょう。

徳川幕府末期の勘定奉行、遣米使節団目付役を務めた小栗上野介忠順が中心となって
フランス人造船技師、フランソワ・レオンス・ヴェルニーを代表とする技術者たちに依頼して
日本で初めての近代的造船所を横須賀に建設したのは慶応元年(1865年)ということです。

名称が「横須賀製鉄所」と呼びますが鉄鋼の精錬ができたのではなく、軍艦や外国船舶の修理を行う
ドライドックという設備が主な事業であったようです。
当時は鉄鋼材料も工作機械も輸入に頼っていましたので西洋並みの機械技術に追いつくことが命題であったと考えられます。
そのなかでも日本の製造業として最も歴史的価値があるのはオランダ、ロッテルダムから輸入したスチームハンマーだといえるでしょう。

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3トンスチームハンマー

江戸時代に初めて導入された鍛造マシン

ヴェルニー記念館に展示されている、この機械は130年間現役で働き続け
90年代末期に発注を受けた仕事は
空母インディペンデンスの部品であったということから難易度の高い特注部品の成形が可能だったということが驚きです。

その後解体されショットブラストで錆落としや全部品の点検、再生を経て、当時の風合いに近い塗装を施して
この記念館の建設中に据え付けられたそうです。
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0.5トンスチームハンマー

同年式1865年製を示す鋳出し文字が巨大アームの側面に刻まれています。

江戸時代の役人や鍛造職人たちが、この刻印を読んだに違いないことから
自分も同じ物を見ることができるロマンがここには存在します。



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横須賀製鉄所にて3トンスチームハンマー稼働中の写真は70年代のもの

大きなヤットコで1200°Cに加熱した鋼材を二人掛かりで抑えます。
後方の台に乗った作業員がレバーを操作してハンマーの上下運動をコントロールします。

動力は蒸気機関でハンマーの上部にあるシリンダーに蒸気圧を送り込むバルブを手動で操作してピストンを昇降させる構造です。

江戸時代にこれを動かして造船所で使う設備の部品を製造することから始めたマザーマシンなのです。
そのころの動力は牛、馬、水車と人力しかなかった日本にとって圧倒的かつ革新的な機械だったのです。

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製品の例ですが

フックの鍛造工程を表しています。
金型に素材を置いてハンマーで打った状態は上下の金型の隙間にフラッシュ(バリ)が
はみ出します。

これを上にある型でプレスして、バリ切り一発成形します。







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これはフックの素材が丸棒であることを表します。

φ50くらいの丸棒の先端を叩いて尖らせてあり
金型に合わせたカーブに曲げるところまで
ハンマーで成形します。
その後、金型に置いて一発成形します。

そして上のバリ切りの型に付け替えて次の工程へ移行するわけです。






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日本政府は、このように歴史的に意義の高い重要文化財を保存する活動に動き出しています。

やはり実物が保存されていることが、人々の意識に残すことができる唯一の方法であろうと思います。

古さと性能の高さ、
これを作った人の知恵と労力

そして日本の近代化の先駆けとなった革命の動きに
ただ感動を覚えるのです。



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ヴェルニー公園の対岸に横須賀製鉄所の敷地があり、当時から現役のドライドックが並んでいます。

海上自衛隊の潜水艦が碇泊されていますが
噂によると世界最高の潜航能力を持っているらしく(軍事機密)
中国や北朝鮮の潜水艦は、これに狙われることを恐れて攻撃できないと言われています。





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東京湾岸から三浦半島を横断して
相模湾岸へ足を延ばし

油壷マリンパークへ行きました。


イワトビペンギン

癒されます。
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カリフォルニアアシカ


何も演技なし










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スケルトン標本

見事な染色技術に息を呑みます。













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チョウザメの群れ


原始のサメだそうです。










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ミノカサゴ

この世のものとは思えない美しさ













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生き物は
どんな人工物よりアーティスティック







下はニホンウナギ
絶滅危惧種






もうすぐ年末ですが、最後にいい物見れました。












 ホウこれは、ホンダの新型モトクロッサーじゃねー。

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エンジンも吸排気系も、

外装も前後サスも、

フレームも全部違う。

こんなことしよったら

モトクロッサーの値段は上がる一方じゃ。

肝心の性能はどうなんじゃろう。

とりあえずシートが高こうて足が付かんけん

乗れませんわい。


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ヨンゴーはクラッチが重いけん

よくエンストするんよ。

ほんでマグラの油圧クラッチに取り替えたら

手が疲れんようになるっちゅうわけよ。

2017年型マグラを世界で最初に付けました。

それだけです。

日本で買える最後の2ストオンロードモデル、ニンジャ150。
タイ・カワサキ生産なので正式には外車を輸入したそうですが、既に100台以上のオーナーがいらっしゃるらしいです。
エンジン外観から推定して、KDX125SRを基本に新規金型でダイキャストしたシリンダーとケースです。
フレームは高張力鋼管製のメインパイプがツインスパーのダブルクレードルで剛性が高そうです。
前後サスペンションも減衰調整なしのシンプルなもので、ノーブランドの油圧ディスクブレーキなど
車両価格を抑えるアイディア満載の廉価盤モデルですが
その走りはと言いますと、一般道では十分に危険な領域のスピードが出る動力性能です。
日本の道路事情では、この排気量が最も真価を発揮できるサイズではないでしょうか。
4スト250モデルは完全に凌駕する加速性能と軽快な操縦性です。

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今回お客さん持ち込みの車両でワンオフ製作するエキゾーストのため

エンジンキャラクターを確認するために
近所のテストコースで試乗してみました。

ノーマルエンジン特性を頭に叩き込んで
新設計するわけですが
見本はありませんので世界に一つのエキゾーストになると思います。(安いけどね)

調子よかったらラインナップに加えると思います。
外国製のアフターパーツは出回っているらしいですが、サーキット向けで
日本の道路を走らせるには問題があるようです。

エンジンキャラクターを決める数値として排気量とボア/ストローク比がありますが、実はこれだけでは不十分で同じ排気量、ボアスト比でもポートタイミングや圧縮比が違うとまるで違う性格のエンジンになるのです。
ボアとストロークの寸法が同じエンジンをスクエアと呼び、それよりストロークの長い、短いで
それぞれロングストローク、ショートストローク(オーバースクエア)と呼んでいますが
一般的にロングストロークはトルク型と思われがちです。
トルクはクランク中心からクランクピン中心までの距離(ストロークの半分)×ピストンヘッドに受ける燃焼圧力で決まります。
ここにはピストン重量とコンロッド重量とフライホイール重量による慣性力とシリンダーとピストンの間で起こる摩擦抵抗が加算されますので
コンロッド長(ピストン側圧に影響)やピストン重量、ピストンクリアランス、潤滑オイルの種類など
部品毎の仕様がすべて影響してくることになります。

しかし、販売店や一般ユーザーはエンジン部品を寸法差まで指定して購入することができません。
規格の範囲内で違う寸法の組み合わせが届けられるわけです。
だからエンジンの当たり外れが生じてしまうのです。

ところがメーカーの試作部門やワークスマシンでは精密測定された複数の部品の中から、最も有利な寸法の部品を選択して組み合わせることができるのです。
たとえばラジアルボールベアリングなどは、回転時の偏りを無くすために転がり抵抗が増大しない範ちゅうで隙間を詰めて作ります。
リテーナーを加締める前にインナーレース、アウターレースの摺動面とボールの寸法を精測して選別してから組み立てるので指定の隙間のベアリングが作れるわけです。

ピストンクリアランスも近年主流になっているメッキシリンダーでは焼き付かない程度のきつめにホーニングします。水冷でアルミシリンダーであれば温間時のクリアランスが安定しているので、
ピストンの首振りで側圧が増大したり、機密が漏れるのを防ぐための寸法管理ですね。

量産車ではそこまで手間が掛けられませんので、オーナーに納車される物には若干の違いがあるものだと言えます。
ただ別の個体で乗り比べしないから分からないだけですね。

某モトクロス全日本チャンピオンが量産のチャンバー10本取り寄せて全部乗ってみたら、全て違うフィーリングだったというから、一番気に入ったものだけ選んで使っていたという実話があります。

さて、このニンジャ150ですが
オーナーが訴えていた「水温が全然上がらない」という意味がわかりました。
コストダウンか熱帯地方向けかわかりませんがサーモスタット無しなので
冷却水がお湯になるまで時間がかかるのですね。
適性温度は60℃と言われていますから
その温度になるまで暖気運転が必要です。
冷えたエンジンでは適性クリアランスが出てないためにエンジン回転が重くパワーもありません。
そして、アイドリングでは水温が上がりません。(サーモスタットないので)
暖気運転からガンガンエンジン回しましょう。そうすると結構短時間で暖気できます。

水温計はラジエター下部に設置されているようです。だからメーターの針はあまりうごきません。
ラジエター上部やシリンダーヲータージャケットを直接触れて温度を測るとわかりやすいです。
オンロード仕様の味付けのためか低速トルクは期待できないものです。
ノロノロ運転は全くつまらないパワーですが
7000rpmあたりからパワーが出てきます。
10500rpmからレッドゾーンなので7000から10000rpmが美味しいパワーバンドでした。

10500rpmまで引っ張ってシフトアップするより8000rpmあたりでシフトアップした方が加速がよいでしょう。
引っ張ってしまうと、それ以上伸びないので、最大トルク付近の8000から8500rpmを狙ってシフトアップすることが、このエンジンを最大限速く加速させるコツでしょう。

注文は伊豆の峠を走るときにレッドゾーンまで回さないでいいように中速トルクを増やしてほしいということでしたが、研究開発できる予算や設備はありませんので、そういう細かい注文にはお答えできませんが
同系列エンジンと思われるKDXのノウハウでいくと、申し訳ありませんが、新作するエキゾーストでは
全域パワーアップになってしまうと思いますのでご了承ください。
3大トレール車中最も取り回しが難解なRMX250Sは2000年に治具製作してラインナップに加えていました。
16年間で100本以上売れたと思いますが、2000年の治具はそのままにチャンバー形状の見直しを再三行っていました。最後に実車確認してから10年くらい経過していて治具では詳細なクリアランスが
分からなくなってしまいました。
そこで旧式車ということもあり1年以上受注が無ければ廃番にする予定でした。
しかし、最近になって複数の注文がはいり、不明確なまま取り付け不良になっては困ると思ってお断りするつもりでしたが、幸運なことに車体合わせで作ってほしいという申し出がありました。

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先ずは従来とおり治具に合わせてチャンバー製作し、
車体に取り付けて確認するという手順にします。

微調整が効くように、溶接仮止めの状態で
車体に合わせてから本溶接します。


接合部が1mmずれてもテール部は1cmくらい違ってきますので、仮止めの状態が重要な工程になります。




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本溶接してマウントブラケットも取り付けてから実車に装着確認です。

フレームやウォーターホース、オイルポンプカバーなど隙間5mm?10mmくらいで完璧な取り回しになっていました。
これ以上内側には追い込めませんので
ベストな形状だと思います。







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フレーム下側のマウントが無くなっていましたので、アルミのカラーにゴム板を巻いて
オリジナルマウンティングブラケット作りました。

チャンバーマウントは2点止めでは振られてしまうので3点止めが理想です。









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現在めっき処理は受け付けていません。

錆止めに耐熱クリア塗布して発送するようにしています。

ついでにエンジンかけてブリッピングしてみました。
2スト250ccの甲高いサウンドです。
高回転もよく回るのでメインジェット上げられるかもしれません。
この車両、林道よりオフロードコースで乗る機会(エンデューロ)が多いそうなので調度いいパワーでしょう。






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これは80年の世界GPかな。
アキラ・ワタナベ
ハリー・エバーツ
マーク・バルケニアス

125ccモトクロッサーのワークスマシンが水冷化された年で、翌年市販車が一斉に水冷エンジンで発売になりました。

日本人として誇らしい表彰式ですが
渡辺さん以降世界GPで優勝できるライダーが一人も出てこないとは、当時予想できませんでした。




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今度の日曜日がクラブマンMX最終戦ですが私にとっては、この20年で最も重要なレースとなります。

それなのに天気予報は雨、
おとといの雪でコースは酷い状態なのに追い打ちをかけるような仕打ちです。

タイヤはソフトパターンの新品がいいでしょう。
しかし、MXタイヤの定価を見て驚きます。
この値段で買っている人はいないと思いますが、ネットの影響でタイヤ価格は値崩れしていて定価の半額くらいが相場のようです。
私は業務用なんで部品同様に注文しておけば翌日届けられるので簡単です。
ネットより運送代が掛からない分、安価だと思います。

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雨と決まっていれば迷う必要がないので

あとは当日走るだけです。

泣いても笑ってもあと2ヒートでランキング決定です。
最終戦までもつれ込んでしまったのは私の力不足ですが
50過ぎてからのMXをどのようにやっていくかが課題なので苦戦することも楽しみのうちと思えば気が楽になります。

産業革命を最初に起こした国イングランドはオートバイ製造、モータースポーツ文化においても先端を走ってきました。
日本は戦後になって英国車の真似をすることでオートバイ産業を立ち上げて、やがて本家を上回る技術力を身に着けるようになりましたが、オートバイに乗る方の技術は真似しきれなかったようです。

もう25年も前になりますが私が英国出張していたころのTV番組でやっていました。
毎週同じ時間帯にモータースポーツを取り上げた番組を夜の早い時間帯で放送していたので
レース好きでなくても多くの英国人は認識しているはずです。
日本でこれを企画しようとしても、視聴率が取れないなどと言われて却下されて、テニスやスケートの特番が組まれるだけでしょう。
これは世界に通用している日本人にスポットを当てて、感動を共有したいという思想とスポンサー企業の意向が一致した動きだと思われますが
英国のモータースポーツ番組は違います。国民が自分たちの国のスポーツとして当たり前に受け入れている証拠ではないでしょうか。




オープンモトクロスは500ccと250ccで好きなマシンに乗って混走で競うレースです。
レース結果は実力通りですが

ヒート1 1位 ロブ・ハーリング
    2位 カート・ニコル
    3位 デビッド・ソープ
  
トップ独走のニコルにバックマーカーが近づきスピードが緩んだところで、ハーリングが一気にパス

ヒート2  1位 ポール・マリン
     2位 ロブ・ハーリング
     3位 カート・ニコル

ロンラシーンに似たフォームで乗るポール・マリンの快勝。デビッド・ソープとチームカワサキの看板です。
ニコルは善戦しましたが転倒でした。

ヒート3  1位 カート・ニコル
     2位 ロブ・ハーリング
     3位 ポール・マリン

ニコルの強さを証明するレースでした。ランキングトップのジェレミー・ワトレーの不調が残念でした。
若手ロブ・ハーリングのジャンプテクニックは一番上手かったですね。
記憶に焼き付けて、今度練習したいと思います。



乗る人も一流ならプロデューサーも一流な感じがしますね。
何と言ってもレーストラックが美しい。MXイベントはこうでなくては!
路面がいいからライン取りの自由度が生まれ、サイドバイサイドのバトルが目を離せません。


結局言いたいことは
鈴鹿サーキットや富士スピードウェイ、ツインリンクもてぎ、
我が国にサーキットを建設する経済力も技術も備わっていることは明白です。
英国なみに企業やお金を落としてくれるお客さんの意識がMXに向いていないから
会場も建設できないし、TV放送もありません。
選手は練習場所にも事欠くので不法に河原や山林で走り回る。
MX発祥の国に近づくことは到底無理のように思えてしかたありません。
刀剣の所持は警察への届出や許可は不要です。
真剣を誰でも何本でも所有できます。
これは銃砲刀剣等所持取締法によりますと、教育委員会で審査を受けて登録証と共に保管するだけで合法的に持てるということです。
殺傷力ということではナイフでも包丁でも同じですが、正しい使用目的で所持する分には刀であっても
問題ないという考え方です。
だから明らかにおかしな風貌の人間がクルマなどに隠し持っていたとすると、ナイフでも包丁でも逮捕されることがあります。それは使用目的に疑いが掛かっているわけで刃物自体が悪いわけではないのです。

そこで登録証付きの刀剣であれば自宅に置いておくことに何の疑いも掛からないのですが、
使用目的はなんであるかというと
美術品としての鑑賞用と居合という武術用の武具として使うということです。
終戦時期に遡るのですが、敗戦国日本から武器になるものを没収するという決定が下され、日本中で「刀狩」が行われ、軍刀や国宝級の名刀まですべて進駐軍に取られた時期がありました。
日本刀は我が国の伝統工芸でありますから、刀剣作りを絶やしてはならないという熱烈な嘆願により
日本刀は武器ではなく美術品であるという概念に変更し、教育委員会の管轄で、歴史的な刀、新しく製造された刀の日本刀としてふさわしいかどうかの審査を経て登録証を作成することにより、民間人の保管を許可することとなったのでした。

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我が家の敷地が狭く、駐輪場も限られているため、乗る予定のないオートバイを預かってもらっている場所の大家さんに
田舎の畑で取ってきた柿をお土産に持っていきましたら、逆にいただいたものです。
「クドウちゃんだからあげるよ」とおっしゃるので
「いいんですか?では遠慮なく」
「刃物はいっぱい持っているから大丈夫だ」ということで、大家さんの素振り用に使っている大刀一振りいただきました。

寝るときは枕元に脇差を置いて寝るそうです。


日本刀の定義とは「伝統的な製作方法によって鍛錬し、焼き入れを施したもの」ということで
軍刀のように工業的に量産されたものは定義にあてはまりませんから、刀の形態であっても日本刀として認められず、登録証が発行されないから持っていると不法所持になります。
形だけでなく伝統製法から得られる、鋼の内部組織がなくては日本刀と認めないということです。

そのことで、近代的なハイテク機器を駆使して偽物を作ったとしても審査は通らないですから市場では無価値の存在ということで工業的に製造する者はいないわけです。

伝統的な製法とは3つのパートに分類できます。
まずは原材料である玉鋼の精錬です。
原料の砂鉄も輸入の洋鉄は認められず、地元原産の砂鉄を用い、たたら製鉄で行ったものだけを原料とします。
砂鉄を溶かすのに使うコークスから炭素を吸収し、焼き入れに必要な炭素鋼が出来上がるのです。

次に熱間鍛造ですが、この段階で刀匠は刀の寸法やデザインを頭の中に描いて行うそうです。
驚くべきことは型にはめて打つ現代の型打ち鍛造と違って
金槌だけで叩く自由鍛造で何千回も折りたたんで伸ばしていく技法は現代の鍛造設備をもってしても不可能でしょう。
そして自由鍛造ですから刀身の歪みは当然残りますから微妙な修正も目検討で行っていること、
焼き入れも鋼の焼け色だけで加熱温度を判断し(マルテンサイト変態温度)水中に急冷します。
このままでは固いだけで脆い材質ですから、140°cの焼き戻しをして粘りのある材質に調整します。
焼き入れ焼き戻しの方法を冶金的知識のなかった時代にどうやって知り得たか。
世界一の刃物を東洋の小国が作り上げた秘密でもありましょう。

そして研ぎの分野になりますが、刀を切れ味のよい刃物だけでなく、美術的にも優れた工芸品として完成させる砥ぎ師の技は現代でも伝承されている専門職となっています。


前置きが長かったですが、居合の話ですね。
居合というのは敵と戦うとき、刀を鞘に納めた状態から、抜いて斬る戦術のことを指します。

現代のスポーツ化された武道は、相手と対面で向かい合い構えた状態でスタートしますが
実際の戦闘は刀を抜いて待つ状態ではなく、殆ど不意打ちで襲ってくることから発達した武術です。
様々な体制、敵は後ろから、すれ違い様、極端な場合は寝込みを襲ってくることもあります。

目的はこちらが如何なる体制であっても不意に襲ってくる敵を殺すことにあります。
そこで自分が油断した状態だと勝てる確率は低いでしょう。
なので普段から神経を尖らせて、自分の周囲にいる敵の存在を察知しなければなりません。
自分の後ろにいる奴はどんなヤツだ、大きいか小さいか、男か女か、てに持っているものは、自分との間合いは、これくらいの情報を瞬時に読み取る必要があります。
私は街中を歩くとき、電車に乗っているとき、ずっと神経を集中しています。
雑踏の中でスマホに集中している奴はあっさり殺されるタイプです。

クルマの運転中も同様ですね。前方はこちらから進んでいくとこですから、分かりやすいですが
後方や側面にいるクルマはどんな車種で、できれば運転手の目線や肩の動きまでチェックした状態で走行します。夜間はライトしか見えませんが、後続車との距離やスピード差を読みながらの走行です。
運転中にスマホやカーナビ見てる奴は私からすると危険分子としか見なしません。

一見、居合とは無関係のように思われるかもしれませんが、相手との位置情報が遠いほど安全なので
攻撃を受けないためには重要な措置なのです。

刀を抜くときは速度が速いほど有利に戦えます。敵の攻撃を受ける前に斬ることができれば勝利します。
ところが相手が先に斬りつけてくることがあります。
実は攻撃してくる相手は両手を前方に伸ばしてくるものですから防御は完全に疎かになっています。
頭部も胴体も下半身もがら空きの状態です。攻撃に集中しているあまり、自分が打たれることに気がまわらないでしょう。
そのときの間合いによって攻撃部位が変わります。
こちらの刀はまだ抜きません。
抜くときに両手がふさがってしまうので、こちらが危険になります。
至近距離なら一歩踏み込みます。相手は想定した太刀筋が急に変えられずに勢い余って前傾してきます。
半身になって太刀筋を避けながら、相手の顔面に鍔を叩き込みます。
鋼鉄の鍔が当たれば骨折は免れないでしょう。歯は折れ、頬骨を砕き、眼球をつぶす威力は充分にあります。
体勢の崩れた相手にゆっくりと次の一手を下せるでしょう。
または少し距離がある場合は、真っすぐ鞘の先端を敵の恥骨のあたりに突き立てるでしょう。
敵は自分の突っ込む勢いで恥骨に固い鞘が突きたちますから、悶絶して動きがとまるでしょう。
または攻撃をかわしながら低い体勢をとったときは鞘で脛を打ち付けます。
弁慶の泣き所ですから、ちょっと立っていられないくらいの痛みを与えることができるでしょう。
その間に刀を抜いて反撃する余裕が生まれるでしょう。

以上は正面から襲われる場合ですが、最初から決めて動作できるわけではないので、日ごろから想定した攻撃方法を練習しておくことです。

後ろから襲われる場合は敵が視界に入っていないですから、まずはその位置から一気に離れるのが生死を分けるでしょう。敵が確認できてから次の動作を起こすのですが、相手が使い手か否かも同時に見抜く眼力も必要です。
勝てない相手とやり合うより逃げることによって、勝つことはできませんが、殺されるよりはいいでしょう。

私の故郷、伊予小松藩の新屋敷村というところに居合の達人「小団兵衛」の伝説というのがあります。
中学時代に小団兵衛の墓も見たことがありましたが、墓の横に首なし地蔵が立っているのです。
何度地蔵を立てても首が落とされてしまうので首が無いままになっているので
いまでも小団兵衛が化けて出て地蔵の首を切り落としているのだという言い伝えです。

僅か一万石の小藩、小松藩に召し抱えられた武士であったらしいですが
こんな逸話があります。
腰に差した大刀の鞘が地面に引きずられながら歩くという小兵だった小団兵衛は
ある晩、芝居小屋で芝居を鑑賞していました。
後ろでガヤガヤと騒々しい客がいて芝居の話が聞きずらいので
腹を立てた小団兵衛は刀を一瞬抜いたような動きをしました。
騒々しい客は静かになって、無事に芝居も幕を下ろし、帰るときになりました。
先程の騒々しかった客は頭が真横に斬られた状態で絶命していたのに
誰も気付いていなかったということです。
太刀筋が正確で素早かったために出血もさせずに脳を切断していたそうです。

明治維新の官軍と旧幕府軍が戦った戊辰戦争では小松藩お抱えの武士と足軽42人と9人の雑役夫が徴発され戦死者1名を出しています。
伊予から会津の鶴ヶ城まで幕府の命令で戦争に赴いた時代がありましたが、武士の時代の終焉を迎えて日本刀は廃刀令により取り上げられる運命となってしまいました。

そして現代、伝承されるべき伝統工芸、世界から羨望の美術品として、最強の武具として後世に伝えられるでしょう。


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四国行ったことない人のために

小松藩、大体こんな位置にありました。

幕府直轄の別子銅山
(のちの住友金属鉱山)のそばで常に監視下におかれながら江戸時代全体の250年間、取り潰しされることなく存続できた小藩

禄高が小さすぎたため、現代の小松町と
西条市、新居浜市に飛び地になって与えられていた領土

人は死ぬ場所を自分で選ぶことはできません。(自殺を除く)
最期は自宅の布団で、というのが理想ですがそうならないことが殆どでしょう。
入浴中に寝込んで水死なんてのも多いそうです。
病気なら病院のベッド、入院してなければ家か職場で倒れる。
次に路上、自動車事故や電車などです。この場合は体の損傷が大きいですね。
または自然災害、土砂崩れ、火災、洪水、津波、うむを言わさず来ます。
そして事件、他人の手によって道具を使って室内、屋外、連日他人事のようにニュースで流れます。
最後にスポーツ中の事故というのもあります。
比較的安全とされるゴルフでも死亡事故あるらしいです。
打球が頭部に当たることによりますが、野球でもありますね。
この場合、加害者に責任はあるんでしょうか。または競技の運営者に責任は問われるのでしょうか。
「仕方ない、仕方ない、運が悪かったんだよ」と遺族が慰められて終わるのでしょうか。

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MCFAJの出場申し込み書には、誓約書に署名する欄があります。
誓約内容を読むと、死亡や損傷があったときに大会関係者に賠償請求しない、と誓うことで出場を受理されるものです。

これはオートバイ乗りなら暗黙の了解ということで文句を言わないのが当たり前だったはずですが、最近は被害者本人だけでなく親族が申し立てる場合があるようです。

選手が負傷したのはまだしも、コース脇の客(関係者)に突っ込んで負傷する事態も起こっていて、怒り心頭した被害者が警察呼んだり、コース管理人に訴訟を起こしたりするので、レース主催者が大会運営を辞めてしまう事態も見てきました。
警察からすると負傷者が出ている以上障害事件として捜査し、責任の所在を明確にしようとします。
不思議と怪我の原因となったコースアウトした選手はおとがめ無し、謝罪もなくその場を立ち去ったらしいですが、大会主催者が一転容疑者扱いにされました。
車両がコース脇の観戦者に衝突し、意識不明の重体。
レースがラスト一周の終盤で事故現場がコース外であったのですが、「事故後もレースを続行した」
「適切な救護をしなかった」「救護や救急車の要請は主催者側でなく身内でおこなった」
このような対応に怒り心頭し、主催者を告訴する方向に向かいました。
主催者はその後、遠方の警察署まで事情聴取に何度も呼ばれ、僅かな大会の収益は泡となり、交通費だけでも大赤字になってしまいましたが、社会的な立場を気にしてか怪我が回復方向に向かったかは定かでありませんが告訴は取り下げられたという事故がありました。
いずれにしても、大会運営側では防ぎようのないことだと思いますが、責任は降りかかってくるようです。

コース状態の安全性を確認したとか、言いますが私の知っているだけでも2件はフラットなストレートでの死亡事故でした。原因はスタート直後に首を引っかけられたのと、頭のうちどころが悪くそのまま、ということでした。 可哀そうですよね。数秒前はいい走りをしたいと意気揚々だったに違いありません。

死亡しなくてもフラットな路面で足をついて、大腿骨骨折したのや脛を骨折した人も見ましたから
路面が平らでも負傷するのはコースの問題でないこともあります。いったいどうしたらいいんでしょう。
賢い人は危ないことはやらない、ということになるんでしょうか。

競技者目線で言いますと、モトクロス場は一般道よりは安全だと思います。
一般道はブラインドから自転車やクルマが飛び出してきますし、路肩には縁石や電柱があって僅かなコースアウトもできません。得体のしれないドライバーがあふれていて自分勝手なスピードで走っています。ひどいのはスマホ見ながら運転しているのが多いこと、交通事故がなくならないのは当然です。

それに比べてモトクロス場は全員が同じ方向へ向かって走っていて障害物もない路面ですから(たまに人が入ってきますが)自分の運転ミス以外で事故の起こりようがないです。
だから大会主催者に責任を問う事態になりようがないので誓約書にサインしているわけです。

では自分の運転ミスはどうやって防ぐか、
モトクロス以外のスポーツでも共通の当たり前のことをやるだけです。
自分の演技を100回中100回成功させるように練習するだけです。
練習でできないことを本番でうまくできると期待することが間違いと思います。
そしてモトクロスはフルコンタクトの格闘技に近い要素があります。
単独で演技するのではなく相手の動きを読んで対応する技術が必要です。
もはや練習無しでレースにエントリーするなどということは、結果が出せないばかりか
一緒に走る人にとっても迷惑な存在になり得るでしょう。

経験豊富な実力者であっても人間ですからミスは起こります。そんなとき近くを走る人が危険を回避できる技量があれば、もらい事故も防げることになります。
まずは事故の原因を作らない、他人を危険にさらさない、寸止めの精神で走りたいものです。

不慮の事故で保障される保険ですが、私はスポーツ安全保険、モーターレク特別見舞金、第一生命障害特約、県民共済。
骨折したときに4つの保険を適用して保険金支払いを受けましたが、治療費くらいは賄えましたが
休業保障まではありませんので、大した重症でなくても保険で全てチャラにはならないでしょう。
まして後遺症が残ったり、死亡したんじゃ全く不足することに違いありません。
要は事故後の人生が一変するのにお金では解決できませんよ、と言いたい。
大会主催者は被害者に一定の見舞金を払うために保険に加入しているだけです。
遊園地などでは遊具に不備があって怪我をすることがあるため施設側が障害保険を掛けるようですが
モトクロス場では収入の関係で無保険が殆どだと思いますので、コース管理者から賠償していただくことはできないようです。

冒頭にも書きましたが世の中危険がいっぱいですが、モトクロス場は比較的安全だと思って利用しております。しかし、転倒はつきものなので自分の身は自分で守る、そのことを強力に肯定するスポーツなんだと実感します。















MFJでのモトクロスは10年くらいで一区切りつけるのが普通ではないでしょうか。
最初のころは段々上達してくるのが面白くて夢中になってやっているのが
上のクラスに昇格していくと、ムチャクチャ速いやつらにヤラレまくって嫌になってくるのが10年目だと思うのです。
ところが通用しなくなって35年もやっていると面白くなることだってあります。

今年は公式戦(MCFAJ)で初めてランキング上位をキープしてきましたが、あと1戦を残して
EJ250、450共ランキング2位は当確。
450はライバルの転倒に助けられ13.5ポイント差で首位に
250は2ポイント差の2位に付けることができました。
SE昇格ラインは当確ですが、残るはシリーズチャンピオンということなので
あと1戦自分次第という最後の試練を与えられたと思っております。


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今回はマシンに変更を加えて臨みました。

前後サスペンションがショーワのスペシャル
これの性能には大いに助けられたと思います。
ギャップの走破性がノーマルと大違いです。

そしてスピードを出したら減速するパワーも必要になるのでφ260のローターにこだわったわけです。

タイヤはブリジストンX30(ミディアム)
申し分ないです。






出遅れ気味のスタートから混戦を抜け出しホールショット&トップ走行できたのはサスペンションとブレーキの性能が大きく貢献していると思います。
結果はEJ250が3位でEJ450が2位でした。
次戦は今月27日オフロードヴィレッジ。
人生最後のランキング争いを楽しみたいと思います。(来年は無理だから)

今日は良くないニュースですが、原発の廃炉費用が当初の800億円から数千億円に膨らむということです。
最初の試算の根拠がなかったのか、それとも瓦礫の撤去に800億で本格的廃炉作業はこれから始まるので増額されるという見方もあります。
これには事故の賠償は入っていませんし、全国に54基もある原発の廃炉はこれからのことで
発電もしなくなった原子炉に40年かけて何10兆円もお金を払い続けるなど、最初からわかっていたはずなのに、なぜ原子力発電に着手してしまったのか。
それだけでなく核の廃棄物処理も全く決まってないまま、川内、伊方と再稼働してしまった。
有権者は全く無力です。
戦後CIAと中曽根康弘さんが組んで原発を推進したらしいですが、推進した本人が「原発計画は間違っていた」とコメントしておられるのですから、他の国民のうち誰が正解だったと言えるのでしょうか。

私の推察ですが、原子力開発に一歩リードして最初に核を持ってしまった米国が、被爆国日本に対して
憎悪しかない原子力に対して未来のある幸福のエネルギー政策であるかのように意識改革をさせたかった。
これは見事に成功して一時は資源の無い国日本にとって起死回生の政策として多くの国民が賛同したでしょう。
それから安倍総理も言っておられるとおり、原子炉の運転によって生成されるプルトニウムは核に必要な原料であり、日本にはロケットを飛ばす技術もあり、核保有国と同等の技術力を持っていることで抑止力になる。
(国内で核兵器をもたなくても原料や技術は輸出しています。使用済み核燃料を仏に送っている等)
そして原発を建設された僻地の住民に対して、産業に乏しいことをいいことに交付金という飴を見せて
悪魔の契約を結ばせる。
問題さえ起こらなければ原発周辺では夢のような甘い条件ですから、屈服させられる気持ちはわかりますが、有事の際の避難計画は「絵に描いた餅」、伊方の現地見ましたけど、絶対無理です。震災で炉心が壊れたときは、おそらく被害者を見捨てる気であることは明白です。


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営業色のないホームページですが
たまにはコマーシャルしましょう。


僕はあまり興味ないんですが
(実車持ってないですからね)

よく頼まれるのがKDX125サイレンサーです。
チャンバーとセットの場合もありますが
チャンバーはややこしいのでラインナップじゃないと申しておりますので
サイレンサーのみ受け付けております。

治具に合わせて取り付け位置を決めています。
原付2種ですから、2スト廃止後も保有台数が減らないのだと思います。
量産はしないですが毎月少量作っているので主力商品になってきました。

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バフがけして完成です。

自家製のバフですが
研磨だけの依頼は引き受けておりません。

研磨専門店の方が仕上がりがいいですからね。



出口の形状





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サイドビュー


価格は¥12300 と

送料¥1000(本州) で

合計¥13300(税込み)

たまに面識のないお客さんから
「もっと安くできんか」と言われるので
あなただけ割り引かなければならない理由がありません。
どちら様も平等でお願いします。
MCFAJ全戦、出走者全員を撮影なされる超人フォトグラファーがおられます。
「一瞬に掛ける男、シシダイサオ」さんであります。
某2輪メーカーを退社後、趣味でレース写真を撮り続けておられますが
プロのカメラマンとは目的の違う活動をされていて、どのレース場でも姿を見かけないことはない
その意思の強さに頭が下がる思いがします。
プロのカメラマンとは雑誌に掲載されたり、カタログや広報誌などの制作に提供してギャラを貰うのが仕事の人ですが
フォトハンターさんは買ってもらうために写真とっていないので、独特のポリシーで撮られていると思います。
アマチュアのレースを全戦、全員取っても買ってくれる人はいません。
それなのに交通費か機材まで全部自費で馳せ参じる姿は並大抵の努力ではできないでしょう。
ビッグイベントや目立ったライダーだけ狙っていくのではなく、全員平等に写すために、
けしてフォトジェニックな場所だけでなく周回してくる全員を一コマ一コマ捕らえていくのですから
ちょっと真似できない技術でしょう。

そして画像はゼッケンとライダー名を併記して一週間以内にウェブサイトにアップされてくる迅速さ。
関係者以外が見るとありふれた画像に興味を持つ人はいないかもしれませんが
被写体の当事者からすると、あのレースのあのときの状況を振り返るのに欠かせないものとなってくる場合があります。

16川西1.JPG

前回の川西のシーン

第一レースEJ250

スタートは出遅れ全身に泥を浴びています。
これを見ると、あのときの状況を思いだします。
3位走行中、集中力が切れてマシンを倒してしまった、あの心境が蘇ってきます。




16川西2.JPG

午後のEJ450

ホールショットからトップ走行のため上半身が全く汚れていません。

今から思えば余裕の展開だったのですが
やはりワンミスで転倒してエンジンが直ぐに始動できず順位を落としてしまった
一日に2回も悔しい思いをしたので
この画像を見ながら反省することができました。

フォトハンターさん、これからもMCFAJで撮影を続けてください。
お礼は走りで返したいと思います。

モトクロス活動35年を振り返って、最も走りが好調だった時期はノービスからジュニアに昇格した86年だったと思います。関東戦予選十組時代に優勝は無理でしたが125で3位、250で2位がベストリザルトで翌年全日本第一戦の予選一組で1位通過が記憶に残っていますが、
それ以上の成績を残すことはなく92年まで何となく走っていました。
一旦レースはやめて96年ころからMCFAJで走るようになり、今年で20年めになりますが
今年は今までと違う展開でEJ250、450共ポイントランキングが2位、両方合わせると最多ポイント獲得として残り2戦を迎えるわけです。

35年やってきて公式戦でポイントスタンディング上位ということは一度もなかったことであり
同クラスにエントリーする選手は僕を倒すために出てきていると思っているので、順位を譲るということはライバルに失礼に当たると考え気を抜かないようにしていくつもりであります。

CIMG5836.JPG

ショーワの金属スプリング入り両側ダンパーのフロントフォークに取り替えるのですが
14年式のためφ260ブレーキローターが使えません。

キャリパーは共通なので、アクスルホルダーのキャリパーブラケットの寸法が違うのです。
そこでφ260ローターを使うためには3つの方法が考えられます。
1.14モデルのブレーキング社ビッグローターキットに取り替える

2.L側フォークのアクスルホルダーを取り替える。(インナーパイプCOMPでもよい)

3.キャリパーサポートを加工する。

1.2.はコストが掛かり、余分な部品が残ってしまう。
3.は材料代300円くらいのアルミでできてしまうので、手間はかかりますが、この方法を選択します。

最初スチールプレートで位置決めしてから現品を計測してアルミの削り出しで作りましたが
1個目はやや寸法に問題があり、やりなおしたのが下側のワークになります。

CIMG5837.JPG

本来ブレーキパッドはローターと同心円上に合わせなければなりません。

ところがキャリパーにセットした状態では
パッドがよく見えないために現合で合わせたときにズレが生じていたのです。

この位置決めに苦労して6時間ほどフライスと格闘していました。







CIMG5838.JPG

ノーマルのキャリパーサポートと組み合わせてキャリパー位置を外側に変更するための部品が完成しました。

置き換えたボルトの穴位置が近いために
加工された締め付け面がオーバーラップして材料が貫通しているために
サポートの剛性を保つために外側の寸法を大きくして対応しました。

サポートがたわんだら、制動力が発揮できませんからね。




CIMG5839.JPG
これで使えると思います。

14のφ240ローターと15のφ260では全然制動力が違うのです。

今のMXコースはスピードが出ないレイアウトですからパワーがあっても使いきれません。
オートバイのスピードはエンジン回転数と減速比で決まりますから
排気量が大きくてもエンジンが回っている小排気量車の方が速く走れる場合もあります。
なのでエンジンパワーよりコーナリング性能やブレーキの制動力の方が重要ということになるでしょう。

愛媛県人として20年間生活しましたが、行ったことない場所の方が多い自分ですが
今更のように故郷の景色を見ておこうと思い立ち、今年中に入っておこうと決心したことが実現しました。
それは、伊方原発3号機の再稼働が決定し、先日の熊本、大分大地震を受けて同じ中央構造線断層帯に近い伊方原発がM8.0クラスの地震に見舞われたとき、あの故郷に近い絶景を見ておけば良かったと後悔しなくて済むようにしておきたかったのです。
愛媛県知事が「福島第一原発事故のようにはなりません」と言って四国電力に原発の再稼働を許可した理由を述べておられましたが、全然理解できてない説明であったと言わざるをえません。
そもそも福島第一が炉心溶融に至った過程は解明できていないはずです。
冷却水を回すポンプの非常用電源が津波により浸水し、電源喪失したことは間違いないですが
それ以前に高濃度汚染水が循環する配管が無傷であった確認はできていません。
一部でも配管に破損があれば電源喪失していなくても冷却水は漏れた(即ち冷却不能)可能性があります。
それに東電管内は原子炉設備の事業者はGE(ゼネラルエレクトリック)の沸騰水型軽水炉。
四国電力は三菱重工、3号機にいたってはWHウエスティングハウスエレクトリック)の共同事業の加圧水型軽水炉ということで冷却水配管の構造も別だというのに、耐震対策をした、津波は8m以下の想定だから大丈夫、強固な岩盤の上に建設したので地震から受ける揺れは緩やか等々、自然の脅威を楽観視した説明しかされていません。これで安全が証明できたわけではありません。
しかも伊方町住民の避難ルートは地震や悪天候を受けてない平常時の道路事情や三崎港からの海上交通手段で想定されていまして、一本しかない国道は急斜面に造成されておりがけ崩れや崩落が無いとは言い難い。
津波を被った港湾にまともに船舶が使えるとは考えられない。
住民の大半は高齢者で自力での移動が困難。
こんな状況で原発が被災したことを考えると、この場所で原発を再稼働できる心理が理解できません。

そうは言っても今の私は埼玉県人、伊方町に行ったことも見たこともありません。
なるべく早いうちにと思っていましたら、先週ちょうど実家で法事がありましたので、この機会を逃したら
今度いつになるかわからないので強行スケジュールで行ってきました。

CIMG5810.JPG

高速道路を走ったのでは田舎を見たことになりませんので全部国道を走っていきます。

小松町の実家からR11を松山方面へ
桜三里のワインディングは学生時代と変わらぬ景色。
愛媛県庁前で止まって撮影です。
松山城の城山と路面電車と県庁が同時に写るスポットは日本でも稀でしょう。

実はこの時から雨が強くなってきて、合羽無しでは無理な感じになってきました。
ここまできたから引き返すつもりは毛頭なかったですが、過酷なツーリングの始まりです。

CIMG5812.JPG

最短ルートは松山市から伊予市に向かい海沿いのR378を大洲市まで走ります。
伊予灘を右手に見ながら中速のワインディングが続きますが雨は本降りとなりアスファルト路面は川のように水が流れ、フルフェイスのシールドも水滴で視界不良という悪条件ですが
自分の腕を信じてスリップやオーバーランで対向車と正面衝突だけはならないように慎重に走行してきました。
全然余裕ない感じで道中の記事はありません。

佐田岬半島付け根からR197問題のルートへ入っていきます。

まもなく伊方原子力発電所の看板が見えたので右折して半島の北側斜面へ降りていきますと原発建屋が見えました。
ここは一般者立ち入り禁止の斜面を降りて山側から撮影したのでパンフレットにはない角度です。
不気味な静けさと山側から人が侵入することは困難な場所です。
今は立派な道路が建設されていますが建設資材は海からの搬入だったでしょう。
これだけ大規模な施設ですから柑橘類の栽培や漁業しかできない過疎の集落でも雇用が生み出せたことが想像できます。

CIMG5814.JPG途中、半島の尾根には風車が連なって設置されているのが見えてきて
霧に見え隠れする巨大風車が幻想的でもあります。

原発誘致する代わりに自然エネルギーも積極的に推進する姿勢も見せているようですが
この日は風車全然回っていませんでした。
おそらく発電量ゼロでしょう。
見かけは大がかりですが効果の方はいかがなんでしょうか。




CIMG5815.JPG

公園に設置された支柱が確認できます。
根元の直径は3mくらいでしょうか。
そして高さ3mくらいの鋼鉄のパイプを25個溶接で積み上げてある支柱です。
なので推定高さ75m
羽一枚の長さも支柱の半分弱ですから25mくらいと推察できます。

地下の構造は見えませんが、これだけ大きな物が安全に立っているためには地上と同じくらいの重量物が埋設されていると思いますが地表部分の連結はM30くらいのボルトナットが200本くらいでフランジを締め付けてありました。
発電機のメーカーは原発と同じ三菱重工です。

CIMG5818.JPG

R197通称「佐田岬メロディー道路」の途中で半島の横幅が1kmくらいになる場所があって北側に瀬戸内海(伊予灘)
南側に宇和海が同時に見えます。

晴天なら青い空に青い海が見えるわけですが、この日は霧にけむる半島です。
両側が急勾配の斜面で建物は全く見当たりません。






CIMG5817.JPG

崖下の海面をみると、綺麗な海水で
岩礁や白い砂が確認できます。
潮の流れは急ですがよい漁場らしく
漁船が大勢で操業していました。












CIMG5825.JPG
さて、国立公園となっている佐田岬灯台の駐車場に辿りつきました。
ここからは徒歩で完璧に整備された遊歩道を1.8km徒歩で岬の先端へ向かいます。

遊歩道の途中で海岸に降りられるようになっていて、この絶景が現れます。
しばし見惚れてしまいました。

左の岬の向こう側に灯台が見えるはずです。




CIMG5828.JPG

やっと白亜の灯台が見えました。
神々しい眺めです。

大正7年(1918年)から投光開始されているそうです。

昔の人はこんな足場の悪いところでも立派な建造物を作る馬力があったのだと思うと感動しますね。
CIMG5831.JPG







こんな雨の日にわざわざ佐田岬を目指す2輪ライダーは私だけでしょう。
だから晴天の青い海が写り込んだ画像しか見たことないので、雨の灯台の景色が逆にめずらしいでしょう。

晴れていれば豊予海峡の対岸に臼杵市や大分市が見えるらしいですが(14km)この日は霧で真っ白です。

ここは岬の山頂部で椿山という展望台から見た景色です。




CIMG5833.JPG
今日の相棒はヤマハR25です。
小松町の実家を出発して
ここまで4時間走りっぱなしです。
合羽を着ているとはいえ水が浸みてきて全身びしょ濡れになり
スリッピーな路面で体重移動を繰り返しながら、メシも食わずに走ってきたので疲れてきましたが、また同じ距離を走って帰らねばなりません。







CIMG5834.JPG
再び雨のツーリングで全く余裕なく道中の記事はありませんが

一つだけ見ておきたい場所がありました。
「元日本で最も海に近い駅」として知られる予讃線「下灘駅」です。

1990年代に海岸を埋め立ててR378を整備するまで日本で一番海に近い駅だったそうです。
晴れなら青い海の絶景だったはずですが、
やはりネズミ色の海でした。
この景色も逆にめずらしいですね。


伊予市から伊予大洲駅まで海側を走る予讃線の支線で伊予市から4駅目にあります。

このあと松山市からR11を弾丸で走って家に着いたら、850km埼玉へのナイトランが待っていますので体が休まらない週末でした。
訳があってCRF450のKYBエアサスからショーワの金属バネ入りフロントフォークに取り替えます。
しかし、このショーワは14年型で問題は15年型とブレーキディスク径が違います。
14年までは125と同じフロントブレーキだったので制動力が良くないのです。
15年からディスク径が20mm大きいので断然有利ですが、キャリパー位置も変更しないと
14年ショーワとφ260ディスクの両方は使えません。

CIMG5804.JPG

このとおりノーマルのキャリパーサポートではボトムブラケットの穴位置が違うので
取り付け不可能です。













CIMG5805.JPG

こういう場合最善の方法は
15年のボトムブラケットに取り替えることですが
カネが掛かるので安価に済ませることにしました。

適当なキャリパー位置を割り出し
現合でキャリパーサポートを追加しました。

いずれはアルミで加工すると思いますが
まずはスチールプレートで代用します。





CIMG5806.JPG

これでφ260ディスクが使えます。

この位置決めが難解で図面化が難しいので
このまま使ってみることにします。


こういうことやるのは商売を考えたことではありません。
今の世の中カネ次第でなんでも手に入りますが、カネを物に変えるだけの行為に
何の満足がありましょう。

会社をリタイヤすると老後が待っていますが
ある人は農業やったり、陶芸やったりで
思い思いの時間を過ごすわけです。
老後というものは65歳になったら急に始まるものではなく、50代から徐々に進行するものです。
私も既に老後を自覚し始めています。若いころのように体がいごきません。
それなんで、私の場合は鉄やアルミを加工して物作りして老後を過ごしたいなと思う準備の段階が今だととらえているわけです。

自分で作ったキャリパーサポートでブレーキが効いてくれたときの喜びを味わうために、今日も働くのです。

賛否両論あると思いますが、物欲で得た物を自分の一部とは思わないですから。
例えば、身長が低いから背の高い人をうらやましいとは思わない、
自分が持っている物でどうやっていくかしか興味がなくて、
人が持っている物を手に入れて同じようになりたいと思わないし、できない。
惑わされず我が道を行くだけです。
そうすれば行きつくところへ行くということだと思います。











前回のクラブマンMXで大内家長男のエンジンから異音がでていたので、異音の元を指摘したら
リキヤのエンジンOHを頼まれてしまいました。
リキヤはEJ150でポイントリーダーなんですが国際A斎藤ヒロシさんの長男が6点差で追ってきていますからレース中にエンジン壊れたらあっさり逆転されてしまう状況でした。
しかし、私が修理したからといって確実だとはいえません。
シリーズチャンピオンというのは1年間レースしないと結果が出ないわけですから、これを整備ミスで落としてしまうと責任重大なんであります。
だからレースメカニックなどという人の人生を左右する仕事は、私のような物忘れの激しい人間には務まらないと思います。

CIMG5789.JPG

分解してすぐにわかったことは3軸とバランサーのベアリングが全部ガタガタで
シャフトが暴れてケースを叩いている音でした。
破壊寸前のエンジンで走っていたわけです。
全てのベアリング交換を決定し、分解にかかったのですが
ベアリング抑えのボルトが緩みません
トルクスヘッドのM6サラビスですから
大した締め付けトルクではないはずです。

ちょっと緩んだ直後にトルクスの工具の方が割れてしまいました。


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下が割れてしまった工具。
同様のビスを何回も緩めてきたのですが今回は無理でした。

そして某カインズで買ってきたソケットが真ん中で、店員が自動車整備用だと勧めたのでした。

真に受けた私がバカでした。
一発で先端がグニャリと捻じれてしまい
これは焼きが入っておらんぞ、ということで速攻で返品して
上のTONE工具に買い替えました。

捻じれたやつは知らない商社名の製品でしたが、おそらく中国メーカーの粗悪品を値段が安いだけの理由で、使えるかどうか確認もせず仕入れたのでしょう。
安もの買いの銭失い

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緩まない原因はネジロックで固着していました。
分解することは考えていないのでしょう。
組立てラインでは作業標準に従って組み立てるので作業標準決めたやつが5年後にメンテナンスすることを考慮してないだけのことです。
レーサーですから1年間トラブルが出ないことが最重要項目なんで、後のことは知らんというわけですね。

某ショップではレーサーを新車から全バラして組直すと聞いたことがあります。
人が組んだエンジンはメンテナンスに個性が出ていて好きでない場合があります。

CIMG5793.JPG

シリンダーヘッドもメンテナンスしておきましたが、部品の交換はなくクリーンアップが主な作業内容です。

バルブシートにカーボンを噛んでしまって気密が悪くなっていたはずです。










CIMG5792.JPG

同じ時間運転したクランクですから、この機会に新品交換です。
これが壊れるとケース全損する可能性が高いからです。

左が旧品、右新品、クランクウエブの肌が違うことがおわかりでしょうか。

旧品は外周黒皮なのに新品は全周切削されています。
当然コストや精度が違ってくるわけですが
量産でも途中で改良されていることが分かります。



今夜中にエンジンはフレームに載せて、先程エンジン試運転してきましたので、今週末のレースに間に合わせることができます。 一安心


444サイレンサーの続きです。

CIMG5769.JPG

サイレンサー本体は組みあがりました。

まだまだ完成ではありません。













CIMG5767.JPG

マウントステーをこしらえます。

純正同様のラバーブッシュは支給品ですが
純正パーツリストに品番はありません。

マフラーCOMPに組み込まれた部品なので
ブッシュ単品の設定がないのです。

これはゴムメーカーに発注して製造していただいた部品だと思います。

ラバーブッシュはカラーに圧入しますが
圧入荷重のデータが無いために
カラーの内径を精密に加工しなければなりません。
内径が小さいと圧入できません。
内径が大きいと緩くて抜けてしまいます。
圧入荷重を適切にする加工寸法は私独自の理論がありますので、今回はそれを活用して行います。

CIMG5768.JPG


ブッシュの圧入は最後に行います。
圧入後溶接だとラバーが燃えて無くなってしまうためです。

そのためダミーのブッシュを作ってカラーの位置決めと仮溶接を行います。









CIMG5770.JPG

シートレール下のマウントステー

こちらは純正のラバーマウントステーを用いて位置決め(仮止め)します。

仮止めの熱でもゴムが焼けてきますので
本溶接は車体から取り外して行います。









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ラバーブッシュ圧入

完璧な圧入荷重でした。
けして外れることはないでしょう。












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マウントステー溶接完了。

これにて444サイレンサー全行程終了します。

ホーリーさんとこで塗装して商品化される予定となります。





誠に勝手ながら今週末からしばらく連絡とれないとこへ行くため、ご用の方は29日以降にお願いします。

日曜日のMXVは予想に反して雨も散水もないドライコンディションで本来走りやすいはずなんですが
自分の問題でダメなレースでした。
全然荒れてない路面なのに2回も転倒した250クラスと熱中症気味でペースダウンした450クラス
どちらも5位でしたが参加台数が少ないので30台出走なら10位とか20位くらいの結果でしょう。
このまま沈んで行きたくはないですが、老化だと受け入れておきます。

さて今週はこれです。

CIMG5755.JPG

444サイレンサー純正もどきです。

鉄板を巻いて作ります。

前後キャップは金型作って型押しする予定です。










CIMG5756.JPG

別件ですが、これは金曜までにやるんです。

長いエキパイを切り詰める作業ですが
エンジンも含めて完成形は無いみたいです。
できたものに対して常に新な要求が生まれてきて終わりがありません。
急な依頼は普通はお断りするんですが、
半年待っておられるお客さんもありますからね。
ちょっとこれはお断りしにくいといいますか
命令に近いものがありますので
なにがなんでも金曜までです。
(大したことしないんで大丈夫かな)


CIMG5757.JPG

サイレンサーエンドです。

丸棒から削った金型オス、メスを使って型押ししました。

板取寸法も成形を左右する要素なので
若干のトライが必要です。

与えられた見本の形状に沿った作り方を考えていますが、経験や知識はゼロに等しいので悪戦苦闘の連続です。(大袈裟な表現)




CIMG5758.JPG

サイレンサー・フロントキャップです。

プレス成形ではありませんが
サイジング用の型に押し込んで叩いて作りました。

パーツ毎に作っていますので
構成部品が揃ってから一気に組立てます。








CIMG5759.JPG

ちょっと残業してエキパイの切り詰めやっておきました。

CRF250は、やってないですからどんな仕様かわかりませんが、これで走りがよくなればお安いものです。










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ジョイントパイプ

砂詰めない手曲げです。

パイプエキスパンドは型押しで











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セパレーター

当然必要な構成部品です。

わかりやすく先に入れた図になっていますが
サイレンサー側に入れて溶接してから差し込まれる順番になります。








CIMG5762.JPG

パンチング

中身は防錆のしようがないので
0.8mmステンレスで巻いています。
もちろん鉄より固いです。




シンプルなサイレンサーですが
構成部品はまだまだあります。


80年代CR125の無限キットに使われていたピストンは444流用でした。
狭山レーシングで83の無限シリンダーを貰ったので、朝霞の無限本社までピストン買いに行った記憶があります。
444は市販車でもポーラスめっきシリンダーだったのですね。
それから世紀の失敗作フロント23インチもこの年(79年)だけの仕様。

CIMG5733.JPG

これはホーリーさんからの預かり物で
無限のファクトリーマシンらしく
前後サスペンションやチャンバーが量産とは違っています。
フロントも21インチに換わっています。

これが発売されたころ私は高専の2年生で
学生寮の勉強部屋にこれのカタログを貼っていましたが、高嶺の花で実車を見たのは
五明(松山オートテック)でしかありません。

まだどこの会社に入るかもわからない時代でしたから、これも何かの縁でしょう。



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今回はこの無限パイプの複製を頼まれましたが、プレス成型でなくハンドワークの手巻きと膨らましで似せて作ろうとしています。

量産型とは全然違う形なのでこのマシン所有しているレストアラー向けの補養パーツになるはずです。









CIMG5735.JPG

このパイプも激しく腐っています。
なんとか補修して使い続けようとした痕が見えますが、ここまで腐ったら諦めたほうがよいでしょう。

その代わりに寸法図って新品複製します。










CIMG5736.JPG

こんな感じで型を決めている最中です。

オリジナルもそうですが、ハンドル切ったときにフロントフェンダーが擦ってしまうので
なんとかギリギリ交わせたらいいのですが
難しいところです。



サイレンサーも横から突っ込まれて曲がっているので復刻する予定です。
これは位置決めの治具代わりです。




CIMG5737.JPG

なかなか似ているでしょう?

この型で行こうと思いますので明日から生産に掛かります。

完成までお待ちください。

廃番になった国産トレールモデルの代表格。
2スト生産終了になってからチャンバー作り始めて18年くらい経っています。
年間50台くらい生産とすると生産台数900台を超えていると思いますが
まだ初めて付けてくださるお客さんがおられるのですね。

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作ったらすぐ出荷してしまうので
CRMとRMXという2機種が揃っている図は珍しいので画像撮っておきました。

用途はナンバー付トレール車のエンデューロから林道ツーリング、公道専用と様々なシーンが想像されます。

レーサーモデルのマフラーではこのような長期間売れ続けるものは無いだろうと思いますので、ウチの主力機種ということになるでしょう。


                  
スチールチャンバーを初めて装着する人も少なくないようで
錆などについての質問を受けることがあります。
普通の商品なら買ってきたままで装着するわけですから、塗装もしてない鉄板は大気中で錆びてしまいます。雨や泥水を被ると即日赤錆になるでしょう。
レース用チャンバーなら未塗装というのが私のポリシーです。全開走行して焼いておけば錆の発生を防げるからです。
頻繁に整備もしますからチャンバー外して磨くことも手入れのうちと考えているのですが
一般の人はなかなか面倒でそんなことはしないと推察されますので
買っていただいたチャンバーがどこかで錆び錆びになっているのは忍びなく思うようになり
出荷時は耐熱クリア塗装してありますので大気中で錆びることはありませんが
排気熱やタイヤからのチッピングで段々剥がれてくるとは思いますが、そのときは剥離して再塗装すればよいでしょう。

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先日サスペンションのブリッツ・Sさんとこへ納品にいったとき
オーナーの中村ホールディングスさんが所有のハーレーダビッドソンFLH1800からインジェクターが外され、インジェクターの洗浄に出す話をしていたので
「私のもやってもらえませんか」と頼みましたら快諾してもらえたので、早速インジェクター外しました。

CIMG5714 (2).JPG
4輪ではポピュラーなチューニング方法らしいですが
2輪も吸気系の構造は同様になっているので当然やるべきことだと前々から思っていましたが、なかなか機会がなく放置しておりました。

キャブレターでいうとメインジェットとニードルジェットのような役割のインジェクターですが
精密な部品なので僅かな消耗や汚れで性能が変わってしまうでしょう。

症状としてはインジェクター内のフィルターやノズルが詰まってパワーダウンします。
エアクリーナーに設置されたエアフローメーターで吸入空気量を計測しECUで瞬時に計算された燃料を適切な空燃比で噴射するという離れ技を行っているわけですが、電気的な信号を信頼するならインジェクターは動的な機械部品なので信頼性を保つことがエンジンの性能を発揮するために必要だと考えます。


CIMG5713 (2).JPG

これがCRF450のインジェクターです。

フューエルポンプで一定の燃圧がかけられた状態で
インジェクター内のコイルに通電されると
ソレノイドが動いてプランジャーを開いて
燃料を噴射するというしくみです。

したがってプランジャーの開放時間が燃料の噴射量を決定するということなので
今回はその通路を洗浄して
設計通りの流量がえられるようにするという目的です。

施工業者さんから実施前後のデーターもメール送信されますので効果が可視化できます。データーは燃圧2.5ber時の噴射中画像と1分間の消費量で比較したものになるそうです。
燃料消費量が増えることで、元の状態よりスムーズな流れが得られたと考えられるわけですが
パワーアップと同時に燃費が悪くなるとお考えの方は誤りです。
例えば常用回転域でエンジンパワーが低いと余計にアクセル開けて回転数を増そうとしますから
これが燃費の悪化につながります。低速から十分にトルクが出せれば加速もよくなるので
結果的にアクセル開けなくてもよく走るということになるでしょう。

CIMG5717.JPG

インジェクター内部は壊さないと見れませんのでノズルの部分だけ観察しますと
このような穴が開いています。

ステンレスの板におそらくレーザー加工された精密な穴は
この機種ではφ5のノズル径に対して、推定φ0・2mmの穴が12個開いています。

この穴径と数が燃料の微細化と流量を決定していることから
吸入空気と吸気ポート内で混ざり合い燃焼室へ取り込まれる工程の要の部分であると言えます。

日本には自動車も2輪もレースという競技が無かった時代、昭和30年代
戦前は大正時代から輸入車の2輪レースが存在したのを除けば
戦後の復興から「これからはスピードの時代、自転車なんか乗ってないでオートバイを作ろう!」というスローガンの下、メーカー主導の2輪レースが始まりました。
しかしアマチュアの一般参加が出来るレースが望まれ、八重洲出版(モーターサクリスト誌)がMCFAJを立ち上げたのは2輪レース愛好家なら周知のことです。
では、なぜ第100回かという疑問がわきますが
先代の西山委員長(トシ・ニシヤマの父)が主催した時期は春と夏2回開催した時期があったので
創立58年のMCFAJ全日本大会が100回目ということも納得しました。
また、関東しか開催しないMCFAJなのに何故、全日本かというと設立当時は福岡県の雁ノ巣でロードレース開催された(あのPOPヨシムラも参加していたし、小説「汚れた英雄」にもでてきます。)
全国からエントラント募集するつもりだったころの名残と思われます。

CIMG5712.JPG

梅雨明けした関東は暑い、浅間高原でも同じこと。
前回オフビレ大会は猛暑で熱中症気味になってしまったので、今回は入念に暑さ対策しました。

ところが30年以上モトクロスやってきて
スタート前にフロントタイヤがパンクしているなどというトラブルは初めてのことです。
気付いたのはグリッドについてからなので
修理する時間がありませんから
リタイヤしようと思ってパドックへ引き上げたのでした。

そしたら隣にいた伊田さんがホイールを貸してアゲルとおっしゃるので
スペアホイールではなく伊田さんのマシンからフロントホイールをはずして私のマシンに組み換えました。ブレーキローターも大径のものだったので、ローターも交換などしているうちに
無情にもスタートのエンジン音が聞こえてきました。
なんとかホイール交換終えてコースへ走らせましたが、すでにトップグループはコントロールラインを通過中、中盤手に割り込んで1周遅れでスタートしました。
鬼人の追い上げで前走者を抜いていきますが、抜いても同一周回のビリですから、やるせない気分で走っていましたら、ようやく3位の人の後ろに追いついてレース終了でした。
一応15位完走で3ポイント得ましたのでリタイヤよりはマシでした。
これも一重に伊田さんがいてくれたおかげで、自力ではリタイヤだったと思います。
おまけにヘビーチューブもくれたので午後のレースは自分のホイールで走れます。
パンクしたチューブ見たらリム打ちして破けていました。
エアチェックは公式練習前にしていて第一レースだったので点検がおろそかになっていました。
次回から対策したいと思います。(今更か!)
午後のEJ450のレースではアクシデントもなく4位走行で18ポイント得られましたのでホット(HOT)しました。
今年の目標はSE昇格しかありませんので残り4戦、気を引き締めてやっていきたいと思います。
チビでも450、50過ぎでもSE昇格を証明したいです。


雑草が伸びて視界が悪い観戦ポイントですがEJ450のレース風景です。
トップは元IB、モトロマン所属だった福田選手44歳
2位は大内家長男の19歳リキヤ選手
3位はいつも追いつけない高橋選手40歳
そして4位、PRECIOUS.FRTクドウ選手53歳

8月はレースないので(僕はね)次回は9月11日MXヴィレッジです。
本田技研工業という会社の身分制度、江戸時代に例えるなら
現役の正社員や定年退職した人は武士、社長は将軍、所長クラスは大名とでもいいましょうか。
主任以下は下級武士、昇進したければ上司の気に入るように振る舞わなければなりません。
限られた特権階級の武士は豪商と癒着して私腹を肥やす。
そんな、ごますりや不正行為を見ながら、腐りきった会社組織から脱却したいと考え
武士を辞めると表明したらどうなるか、禄は取りあげられ屋敷も没収、無一文で世の中に放り出されることになります。
身分は都会なら町人、田舎なら百姓(農業従事者を指す言葉でなく、職人やその他の事業も含む)になります。
私は下級武士から足を洗って町人(手工業)に変わったので武士である本田技研工業の社員さんとは身分が違うので、対等にお話しすることはできないことをご了承ください。

最初の配属先の品質管理室に他の事業所から配属になった社員は初日の朝礼で挨拶するのですが
朝霞研究所から転勤してきた人の自己紹介でこんなのがありました、
「NR500のレースメカニックでR・ハスラム車を担当していました」
一見花形職業のように思えて、新人だった私は、すごい職場だなと思っていましたが、
朝礼の空気は冷ややかなもので「それがどうした、会社のカネで遊んでいたんだな」
「ここは量産車を製造する工場だからいままでのようにはいかないぞ」
そんな無言のプレッシャーを職場内に感じていました。
レースメカニックや開発業務というのは自分の意志でなく、たまたま配属先がそこだったというだけで
そこで才能を発揮するか落ちこぼれていくかは個人の技量の問題。
プロジェクトが解散すれば余剰の人員はよその部署へ移動になる。
与えられた仕事は全て経営側の企画に基ずく命令であるから、幸運にもレーシングマシンの担当になったとしても、いつまでも任されるわけではなく、いつかは辞令がきて移動になるのが会社員の宿命です。
私も新工場のプロジェクト(栃木、イングランド)で何年も移動になっていましたから、この先も上司の思惑で移動させられて適性にあってもいないことをやらされるかと思うと、会社に嫌気がさしてしまったのが退職の理由です。
定年まで勤め上げた人は相当我慢強いか、独立してやりたいことがなかったのでしょう。
いずれにしましても身分が違いますので、一定の距離は置いておかねばなりません。

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会社辞めてから始めた仕事なんで

会社員時代はこんなもの作れませんでした。

必要に迫られて考えてきた結果です。

曲ったパイプを自分の設計図に従って作っていきます。

これは2000年ころから作っているRMX250S(ストリート)
CRMと肩を並べる需要でしたが
近年は年間に数えるほどしか作らなくなりましたので廃番の時期が近いでしょう。

大体3年くらい注文のない機種は型や治具を廃却するようにしています。
治具置き場に限りがあるので、全く売上げない機種のために倉庫代をかけられないためです。

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パイプつなぎ終わりました。

15年も前に作った古い治具なので作り難いです。

現行車なら迷わず新型起こすところですが
RMXは絶版車なので
型の見直しをすることはないでしょう。







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2月ころ注文された商品ですが
完成のメールを送ったところ
支払いを待ってほしいという返事。

事情はわかりませんが、
通信販売ですから代金お振込みが無い場合は発送できないだけです。

大体1週間くらいが目途で対応なき場合はキャンセル扱いとさせていただき、以後請求はいたしません。

順番に作っているのですが次のお客さんに振り替えさせていただきます。
オートバイとは人が移動する乗りもの。当たり前ですが玄関から乗って好きな所へ行けるのがオートバイと思っているので、レーサーはオートバイとしての要件に欠如した乗り物です。(何処にも行けませんからね)
そのくせ私は一般道をオートバイで走るのが好きでありません。
特に信号機が多い道や自動車が連なって走っている状態が苦痛で仕方ありません。
それは自由がないからです。自分の好き勝手に走っていては、たちまち事故になってしまうでしょうし
見通しの悪い脇道や無法な自転車や動きの読めない歩行者などに注意しながら走るのでは、楽しみでも何でもないと考える人も多いのではないでしょうか。
だから、トランポなどで運搬する煩わしい思いをしてモトクロスに出かけるわけです。
一般道に比べれば相当な発散ができるからです。

そんな私でも場所と乗り物によっては楽しめる道路もあります。
愛媛の実家周辺などは、信号も交差点もない、歩行者も自転車も対向車も滅多に見ない
数えきれないカーブに勾配のきついアップダウンまである、ジャンプ以外の2輪テクニックを駆使して走るコースが多数存在します。
スピードなんか80キロも出れば十分なので大排気量車は持て余すだけです。
中型車でもちょっと重たい、原付一種ではパワーが足りない。
そんなロードには原付二種が最高だと思います。     

先日お客さんのKDX125SRのチャンバーを作って試乗したとき思ったのですが、一般道を走るに於いてこのエンジンは最高ではないか。
低速から充分なトルクを持って一気に高回転まで吹け上がるし、3速くらいで法定速度を軽くオーバーしてしまうので、全開しなくても余裕でスピードに乗れる扱い易さ。
そこで、こんな妄想をしてしまいました。
このエンジンを125クラスのロードレーサーのシャーシに載せて、田舎のワインディングを攻めたら、さぞかし楽しかろう。
トレールバイクでダートを走るのもつまらんだろうと思います。普段モトクロッサーで走っているので
性能の低いサス性能と走りずらい路面を想像すると、とてもやる気がしないのです。
絶景の景色を観るためにはダートバイクでも行けない場所が殆どですから、そんな場所は徒歩が一番です。

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最後の生産から15年以上経過していると思われるKDX125SRですが

原付二種なんで持ってても邪魔にならんのが人気の秘密でしょうか。
ステイタスにはならないですが
乗る喜びが他のカテゴリーのオートバイより広がる感じがするのですね。

お陰さまで、サイレンサーをラインナップに加えてからインターネットで探し当てて注文して下さるお客さんがおられるので、時々作らせていただいております。



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2ストトレール車は同じデザインで統一していますが

量産型ではありませんので
毎回ハンドワークで1個づつ作りますので
時間がかかっております。

このサイレンサーは2月にご注文で今頃完成しているのですから
長期間お待ちいただいているお客さんには申し訳なく思っています。





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2スト全盛期はマフラーのメーカーもたくさんあって、注文すれば直ぐ手に入る時代もあったようですが
絶版車のマフラーを新規に作っても
販売台数は期待できませんから
1個だけ注文に対応できる
超零細の我が社に辿り着いてしまうということなんです。

宗一郎さんじゃないですが、私の体が動く内は最後のお客さんまで対応していくでしょう。

人類にとって貢献度の高い発明を3つ挙げるなら自動車、コンピュータ、原子力発電と考えます。
その影響度を示す事例として3つの発明品は大量に人間を殺害していることが挙げられます。
自動車は交通事故、毎日どこかで死亡事故が起きています。
コンピュータはインターネットを通じて多くの犯罪手段に利用されます。
ISの兵士の勧誘もこれがあることで実現され戦闘やテロ攻撃で大勢の人が死んでいます。
そして原子力発電はその前に広島、長崎原爆投下、大国の度重なる原爆実験による被爆。これと同じベースの技術を発電事業に転用し
チェルノブイリ、JOC臨界事故、福島第一原発、次はどこか・・・
高効率、便利性と引き換えに現在も起こり続けている現実です。

中学生のころオートバイに興味を持ち、得られる情報は雑誌のみという環境の中
タコメーターとかセリアーニなどという初めて見る単語が出てきて意味も分からず記事を読みあさりました。
やがて文章の前後関係や用語辞典を読んだりして単語の意味は自分なりに解釈するようになりました。
バイク好きの同級生がカワサキZ750のTWINとFOURが発売されたときに
「TWINは2スト、FOURは4ストに違いない」と言っていたので心の中で笑いました。
こういうことは中学や高校では教えないので自動車やオートバイに乗らない人は大人になっても知らない人もいるようです。

それと同じように原発に関する知識も大学で勉強した人や発電事業に関わる人でなければ知らないことばかりではないでしょうか。
私もそんな原発無知の一人なんで2輪雑誌読みあさる中学生レベルに調べてみました。

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佐田岬半島の根元、瀬戸内海側から見た伊方原発

先日熊本大地震が起きた中央構造線の真上に設置された原子炉です。

ここが同様な地震に見舞われたとき、どのような被害を想定するでしょう。

再稼働が決定した今、避難ルートだけは真面目に検討した方がいいと思います。


オートバイを知るとき、どんなメーカーがあるか調べましたね。
国内は4メーカーが常識ですが、日本の原発メーカーは3社です。
東芝WH(ウエスティングハウスエレクトリック) 加圧水型軽水炉(PWR)
日立GE(ゼネラルエレクトリック) 沸騰水型軽水炉(BWR)
三菱重工 沸騰水型軽水炉

炉の形態としては高速増殖炉(FBR)、これは2050年ころを商業ベースに開発中ですから実用化は未定の段階です。

福島第一原発事故以来、全国で43基もの原子炉が停止中で5年も経過しているのに、原発関連の社員は保守点検だけの役割で原発による売り上げは一円も無いにも関わらず給料を貰っているはずです。
もちろん一般家庭や企業からの電気料金から給与捻出されているわけで、関係ないと思う人もこれを維持するための資金を払っているのです。
知らなくても大勢に影響ないと考えるか、自分たちが払っている電気料金の使い道に対して注目するかは自由ですが、少なくとも国策でやっているエネルギー政策が我々の生活や未来を支えていることに興味を注いだ方が有意義ではないでしょうか。

福島は日立GEの沸騰水型軽水炉
伊方は東芝WHの加圧水型軽水炉 軽水は普通の水です。それに対して重水は中性子を減衰させる効果があるため量子線治療などに使われる特殊な水です。

加圧水型と沸騰水型の違うところは原子炉内を満たしている冷却水が沸騰して配管を循環している沸騰水型に比べ、加圧して1次冷却水の沸点を上昇させ高温になった冷却水で2次冷却水を蒸気にしてタービンを回す圧力としている点です。

前者は放射能化した水がタービンや腹水ポンプなどシステム全体を回るため、保守点検時の被爆に対する配慮をしなければならない。
後者は1次冷却水のみ放射能化するので蒸気タービン以降のシステムは低線量であること。

大地震の場合は強固な原子炉や格納容器が破壊することは考えにくいが、この冷却水やポンプを固定している部分が外れたり亀裂が入って、冷却水が噴出し建屋内が高濃度放射能で汚染された上、原子炉が空焚きになってメルトダウンすることが懸念さます。
新規制基準に適合したとしても予測不可能な大地震の揺れに一点の亀裂、破損が起こらない配管ができているとは到底信じられません。

現状では大震災に見舞われたときはアウトの可能性が高いので放射能が漏れた地域は双葉町、大熊町と同様な結果になると思います。
あの美しい故郷の景観も永遠に見納めとなることでしょう。
唯一つ出来ることは生きている間に原発を大震災に見舞われないように祈るだけです。

原子炉といえば核燃料が必要ですね。
どうやって核燃料は製造されているか。
やはり国内のメーカーは3つでした。
三菱原子燃料
グローバルニュークリアフューエルジャパン
原子燃料工業

原料となるウラン鉱石は外国から買い付けています。
おそらく三井金属のような商社がオーストラリアや南米の鉱山と契約して採掘してもらっているでしょう。
なぜ日本にウラン鉱山が無いかというと、日本の国土は地殻変動でできた比較的新しい土地だからです。
それに比べて太古から大陸だった土地は古い地層が浸食されて地中深かった層が地表近くに露出しているためと考えられます。レアアース、レアメタルの類も同様ですが
地球がドロドロと熱く柔らかかったころ宇宙から飛んできた隕石に含まれた元素で、比重の大きいものが地中深くに沈んで固まったものが鉱石です。
鉱石ウラン自体は放射能も低レベルで人体に被害を及ぼすこともないので、民間の工業地帯でウランの精製(化学的処理や遠心分離などにより不純物を取り除く)しても周囲の環境に問題ないとされています。
そうやって濃縮されたウラン235(同位体)は粉末にされて圧粉成形したペレットに加工されて鋼鉄の筒に詰め込まれたのが燃料棒になります。
鋼鉄の筒の内部には高温になると分解して中性子を吸収して加熱制御できるジルコニウムで被覆されています。
核爆弾と原子炉の違いは核分裂反応を制御しているか否かということにあるのです。

ですから日本は核兵器を持たない変わりにいつでも核転用できる材料を保有すると宣言しているのです。
すなわち核を作れる技術を持っていることで抑止力を発揮しようとしているわけです。
プルトニウム239(同位体)はウランの核分裂反応で人工的に作られる元素で核分裂時の発熱がウランより大きいので原子炉の燃料として効率が良いといえます。
同時に核爆発のエネルギーが大きいということになります。

さあ我が国の抜け出すことが不可能なエネルギー政策のスパイラルに、いやでも巻き込まれていくことにお気付きになっていただければ幸いです。

核の惨禍を完全に消し去る方法は全国民が江戸時代の生活に戻ればよいだけですが、それができないから回避不能だと考えられるのです。


私は愛媛県出身でありながら日本で最も細長い半島、佐田岬へ行ったことがありません。
中央構造線に沿って40kmもある半島は瀬戸内海と宇和海を分けた形で両側が海という絶景だと聞いております。
是非今年中にオートバイに乗って走ってみたいと思う場所です。

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半島の根元にあたる伊方市にある伊方原発は愛媛県唯一の原子力発電所ですが
2011福島第一原発事故の翌月から停止したままです。

それが原発規制安全基準に適合し、3号炉への燃料棒157本の注入が完了しました。
そのうち16本が再使用燃料MOXということです。(プルトニウム&ウラン)

再稼働される原発としては川内、高浜に継ぐ三番目になります。

私は愛媛県人として育てられ、電力会社社員の父親の家庭で21歳まで生活してきました。
福島原発事故の後、電力社員だった父親に福島第一原発の事故について問いかけたことがあります。
安定した収入、手厚い退職金や厚生年金、企業年金をもらい不自由なく老後を過ごす立場の父親に対しては辛辣な質問だったと思います。
そして父親の答えは、
何の一言もありませんでした。数分間の無言の状態、一人の人間としてどのようなことでもよかった、率直な意見を聞いてみたかったのです。
しばらく私は落胆して、この人は何も考えていなかったのか、または都合のわるいことは話したくなかったのか、真相はわかりませんがその翌年に体調を崩し85歳で亡くなりました。

もちろん発電所勤務でなく配電の仕事が担当でしたから直接責任はないですが、この国のエネルギー政策に対してそれを享受する国民としての考え方に活き詰まっていたから、生粋の電力マンに聞いてみたかっただけです。

放射能の人体に対する影響は世間で思われているほど深刻でないという意見があります。
年間100ミリシーベルトの基準などより自然界の被爆の方が高レベルという見方もあります。
航空機で移動したり、医療用X線撮影、中国などの原爆実験による核物質飛散のように原発以外の被爆が圧倒的に多いのに関わらず発がん率の増加は認められないなど
事故がなければ原発は全く無害のように思えます。

そして地球温暖化対策は急務、頻繁に起こる自然災害の脅威は原発事故の被害を凌ぐかもしれません。
しかし世界3番目の経済大国である日本は京都議定書による温室効果ガス削減率1995年比96%を目標としているため、最も効果的な原発推進を止めるわけにはいきません。
原子炉冷却電源喪失という重大事故を起こし、事故から5年経った現在も20万人以上の避難者、帰宅困難者がいて、廃炉の道筋も明確にされていない現状でもインドやアジアの諸外国に原発を輸出しようとする矛盾。

原発はもともとは大量殺戮兵器の開発を応用したものは周知の事実。
実質アメリカの言いなりに核の平和利用という刷り込みで始められた発電事業。

技術も設備建設もGE社お任せの素人創業で、使用済み核燃料の処分方法は当時の政府が「将来の人に考えてもらおう」ということで先送りのスタートだったそうで、当時の日本としてはそれを受け入れる以外に知恵が無いという状態だったでしょう。
安定供給が難しいとされている自然エネルギー、風力や太陽光はいいとして世界一の火山帯である日本で地熱発電をやらない疑問。どうやら国土庁や林野庁が国有地の開発を規制して進まないのだとか。
その代わりに稼働実績のある原発再稼働を進めるなどという愚かな判断しかできないのなら、せめて核の廃棄物をどのように処理するのか決めてからにしていただきたい。
放射能の人体への影響は少ないと論じている方々の敷地に格納庫を建設して保管していただければ問題解決なのではないですか。
そのかわり土地の資産価値が下がるなどと言うでしょうからそれに対する補償を国からしてあげればどうでしょうかね。
今のままではどこの自治体も「電気は欲しいけど廃棄物はいらないよ。」ということで永遠に解決しない問題で、そのうち当事者は寿命がきていなくなりますから再び「将来の人に考えていただきましょう」ということを繰り返すことでしょう。

もう一つおおきなパラドックス、核廃絶を訴えて大量の核を保有する国日本。
原発は国内43基、米軍の核持ち込みは禁止しているけど、43箇所の地元に核を大量保管したままなのです。
米軍だって爆発させようとして持っているわけじゃないです。護身(=平和)のためという理由です。
核持っているという現実を言葉を変えて肯定していることになりませんか。





こういうことを書いていると、「オマエは何をいいたいのだ」と言われそうなので
全く無能力で影響力もないことを踏まえた上で
気持ちは核のゴミが増えるだけで持って行き場のないことは止めるべきだと思っていますが(偽善)
人間は目先の問題の方が重要で後世にツケが回ろうが知らぬことです。
但し自分たちが生きている間に災害が起こらないように
活断層上の原子炉は稼働しない、殆ど海岸に設置された原子炉の非常用電源は津波を被らない
高台に設置するなど、既知の安全対策は徹底して再稼働する。
これしか、今考えられる方策はないですね。


こんなこともあります。
巷では燃料電池車というものが動きはじめて、水素燃料で発電して電気モーターを動かすというクルマがありますね。
水素だけではないですがガス会社が家庭用発電機も販売していて、自家発電すれば電力会社関係なく
環境性能もよいということで理想的なんですが、初期投資が問題なんで家を新築される場合の付帯設備として導入されるといいでしょう。(オレの収入では無理だけど)
当然ですが電気料金払った方が安上がりなんで、上流階級の話ですがね。

遅れに遅れ、KX250Fのスペアマフラーができました。
当初の予定は全日本MX関東大会まででしたが、動向を見極めながら2作目着手しました。
それは新型マフラーなので性能や耐久性の評価ができないまま、同じ物を作ることに懸念が残るためです。
2戦ほど現地で確認した上で、車検の騒音計測も若干の余裕があるということなので
性能向上のためのモディファイを施したスペアマフラーとなります。

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車体は返却したので治具に合わせてエキパイ作っています。

ノーマルのようなサブチャンバーを無くしました。
加速性能重視の変更です。
騒音に対しては不利ですが、測定値のマージンを使わせていただきます。
エキパイ管長は少し長くしています。






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サイレンサーは前回より50mmカットしています。
排気抵抗を減らす目的です。
ストレートのエキパイとショートサイレンサーの組み合わせはレスポンス型に変わっているはずです。

次戦は神戸SXということなので
助走の短いジャンプコースで細かくタイムを短縮していただきたいです。

アフターバーン対策のステンメッシュは早い段階で燃え尽きたそうなので
今回は線径の太いものに変更しましたので
車検対応には秘密のアレを入れてみると効果あるでしょう。(教えられません)

先週、軽井沢でクラブマンMXが開催されて、そのとき追突されて凹んでしまったマフラーを預かってきました。
カワサキのマフラーはエンドカバーだけ部品で取り替えられないそうで、サイレンサーボディ・COMPしか購入できないらしいです。
なんとかエンドカバーの部分だけ直したいと思うのは当然ですが、袋構造になっていて板金修理は困難です。

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中のパイプも溶接されて2重になっているため解体するのも厄介です。

こういう場合の直し方の1例を示しましょう。











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まずは凹んだ部分を切り取ります。

中身が露わになっていますね。

エンドキャップもサブチャンバーの役目をしているようです。










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新に鉄板を成形して溶接します。


なるべく元の板と段差が無いように付けるのがコツです。











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溶接痕を消すように研磨します。

パテ盛りではない証拠を表しています。












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マスキングしてエンドカバーだけ塗装すれば出来上がりです。

ほとんど修理痕は分からなくできましたね。

作業時間1時間くらいです。

板金修理って出来て当たり前のように思われていて、少しでも粗が見えるとマイナス評価されてしまう割りに合わない仕事だと思うのですが、どうでしょう?

ツインマフラーをフルエキゾーストで作るには相当な材料費、工数が掛かりますので
社外マフラーと互換性を待たせることで、スペアマフラーとして使えるという方法です。

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サイレンサー部分だけといっても
ツインマフラーですから、これだけの部品点数になります。

社外のジョイントパイプは左右同じサイズでφ40のパイプを差し込める寸法にしてあります。

パンチングパイプにはスパークアレスター付きがお約束になっています。(アフターファイヤー対策)




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社外のジョイントパイプ専用のスリップオン・サイレンサー完成です。

1.5mmアルミと0.8mmステンレスを使用していますが片側1.2kgと社外マフラーより400g軽量に仕上がっています。

もちろんMFJ対応、112dB/Aクリアします。





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実は全日本関東大会までと思っておりましたが時間の都合で今頃になってしまいました。これで菅生大会には間に合うでしょう。

凹んだエキパイほどカッコ悪いものはない。

先週末、軽井沢MPへ練習にいきましたが石の多いコースなので
跳ね石をエキパイにヒットさせてしまいました。

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尖った石が食い込んだ跡があります。

この手の凹みは直りにくいですが
このまま放置していては次々に石が当たって原型を留めなくなってしまう恐れがあるので早速直したいです。









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何年か前に作っておいた450用エキパイ治具がありましたので

作業時間は数分で終了です。











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窒素で加圧しながらアセチレンバーナーで炙ります。

食い込んだ跡は消えませんが凹みは大体直ったと思います。










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同じ過ちを繰り返すのはアホのやることです。対策を講じなければなりません。

石が当たって困る場所にはプロテクターを付けることにします。

φ45 2mm厚のアルミ6063パイプを
エキパイのカーブに併せて曲げます。

これを半分に切開してエキパイガードを作ります。



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これで跳ね石対策エキパイガードの完成です。

高額なチタンパイプですから安々と捨てるわけにはいきませんからね。

凹み修理も無駄な時間なので、やらんでいいに越したことはないです。

以上。

既に3年落ちとなってしまったCRF450Rですが、最初に作っておくつもりが時間的余裕がなく
今頃エキパイ製作してみました。

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16モデルよりこちらの長いエキパイの方が低速トルクがあるそうなので、自分向きかなと思います。

エキパイ部分だけでチタンパイプが4種類
φ38.1 φ41.2 φ45 φ48.6
が必要なので材料代だけで10万円ほど必要になりますから製作費など加えると非常に高額になりますから
注文には応じられません。

マフラー屋ですから社外品買ってきて使うわけにはいきませんので、コストが掛かっても自分でこしらえて乗るのが宿命です。



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製作時間は125クラスのチャンバー作るのと同じくらいです。(15時間)

R曲げは手曲げ、不可能な部分は輪切り接合にて製作。
スペックはノーマル同等ですが、乗ってからのお楽しみ。

シェイクダウンは5日のジャパンVETからですが、前日雨の予報なので
滑る路面に対応できるか心配です。





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ようやくフルエキゾースト揃いました。

かかったなー、時間も金も。


早よ乗りたい。
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シリンダーヘッド周り、ピストンもカーボン除去しておきました。

2年以上乗っているのに、噂通り丈夫なエンジンです。全く消耗してないのでこのまま組んでしまいます。
部品代が掛からなくて助かります。
もう小さい排気量は乗れませんね。
無限ME125ですが、チャンバーとサイレンサーを繋ぐジョイントパイプはKA3同様だと思いますが
レストレーション中に紛失してしまったとのこと。
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85モデルですから純正廃番でしょう。

これではエンジンOH済みでも試運転できません。

部品探すより作った方が早いので
新造させていただきます。








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パイプカーブは目検討です。
ベンダーも必要ありません。
手でグイっと曲げます。

差し込みもパイプエキスパンダーなど使いませんが
φ25.4芯金作ってプレス圧入して拡管します。

これくらいなら全部ハンドワークでいけます。




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ジャストサイズにできました。

スプリングフックも取り付けて任務完了です。





このマシン、有名ですが細部を見るのはこれが初めてです。




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市販車に似ているだけで無限が各部に手を加えているようです。

例えば右ラジエターが大きいです。

多分KA5(CR500)のラジエター流用だと思います。
冷却効率はラジエターコアの表面積で決まるのです。







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リヤフォークエンドもこのとおり

量産はチェンテンショナーのボルトが後ろに突き出したタイプですが
これは突起のないエンドピースです。
転倒してボルトが腿に刺さる事故が起こるので安全のため対策されたものです。

アクスルのサイドカラーやナットがチタン合金の削り出しによるものです。

ワークスマシンは虚飾ではない実用的な機能美に溢れていて目を楽しませてくれます。

さてエンジン組み立て担当、COSMICのI岡さんとこへ急いで届けてきます。

先日作ったエキパイがワンレースで凹んでしまいました。
いくら手間がかかっていようが、高額であろうが、潰すときは一発です。
程度によりますが、凹んだまま使っていては、本来の性能が出ないんじゃないか
またぶつけたらもっと酷いことになるんじゃないか心配しますね。

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転倒はしてないですが
他車と接触したんでしょう。

これくらいの凹みは簡単に直ると思います。











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やり方は示しますが、社外のエキパイ修理を頼むことはご遠慮ください。


エキパイの前後を治具で密閉します。

片側には窒素ガスを封入するバルブを付けてあります。

酸素でも出来ると思いますが、火炎で赤熱するときに酸化して材料が脆くなることを防ぐ目的です。




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スリ傷は残りますが、凹みは完全に修復できました。

炙りすぎると外側が酸化してしまうので
必要以上に加熱しないことがコツです。

難しい技術は特にありません。
高校の機械科以上の経験があれば誰でもできると思いますので、どうぞやってみてください。

映像ニュースしか見ていないですが、東日本と違い内陸の断層がずれた地震は土地の損傷が激しいですね。熊本方面に身内はいないですが、被害に遭われた人のことを思うと心が痛みます。
私たちは平穏に月曜日から通常業務ができるのですから恵まれています。
全日本にエントリーされて自宅を出発した後に揺れたのですから、人や家が大丈夫であっても道路が通れるか分からないし、レース終わっても散乱した物の片付けが待っているいるわけで、集中してレース出来なかったのではないでしょうか。

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今回はIA1、IA2共、ホンダのマシンが優勢な印象でした。

天気はよくて路面コンディションは良かったと思いますが、一日中強風が吹き荒れて
ライダーも観戦も相当我慢が必要でした。
ゴーグル付けてないと目が開いていられません。

2ヒート共スタートトゥフィニッシュは成田亮選手。またお金が儲かりましたね。




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第2の地元埼玉出身ライダー島崎優選手。
沼田誠司、鈴木正明を従え、快調な走り、

大転倒したヒート2は勿体なかったですが
しっかりポイントゲットできたので次回に期待出来る結果だったでしょう。

君はまだ若い。








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先日マフラー納品した平山力選手。
土曜の予選は見事な走りで驚きました。
前半はカワサキ勢でトップの4位走行も見せてくれましたが6位通過は立派です。

まだ体力的に上位のライダーに後半離されてしまうようですが、マシンはよく走っているので、体力面やライン取りなど改善していけばもっと伸びる要素があります。

同じく若い、18歳なんでこれからです。




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竹藪が大きくシナっているのがお分かりでしょうか。
とにかく風さえなければよかったのですが
パドックも出店もテント早仕舞いしておりました。

強風でパイプいすがコース内に入る場面も見受けられ、幸いマシンが通過してなかったのでよかったのですが、観戦組も競技に支障ないように気をつけなければなりません。

何より国際Bの選手、一名お亡くなりになられたそうで、こんな場所で終了するのは無念だったと思うのですが、気を付けて走るしかないということしか考えられない危険なスポーツです。
死亡事故無くすにはブラインドジャンプを作らないようにするしかないです。
意図的にショーアップするために起きたとするなら人災といわれても仕方ないです。

僕はモトクロス好きだけど100%の走りはしません。勝てなくても生活や命の方が大事ですからね。












今度はエキパイ製作です。
要件はノーマルのエキパイ、サイレンサー相互に取り替えられることなので
ノーマルとスペシャル両方で取り付け確認します。

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ノーマルに準じたパイプサイズですが
ノーマルのステンレスに対して
チタンパイプを使用します。

サブチャンバーがパイプセンターからオフセットされている理由はこれです。

パイプに排出と戻りの穴が二つ開けられていますが、穴側のチャンバーが広くなっている構造です。






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エキパイ完成です。

手曲げパイプと巻きチャンバーの組み合わせ構造になっています。

フランジはアルミ2017削り出しです。










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フルエキゾースト試作1号

2号機の予定は・・・
あります。

マスター車あるうちに治具製作しなければなりません。









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無事金曜日にオフビレのパドックへ納品できました。
青森出身、高木嵩雅レーシングの若手
国際A級平山力(リキ)選手です。

ぶつけ本番で明日の公式練習から走ってもらえるそうですが、
その前に車検通過できるか、軽く心配です。

全日本モトクロスは人生をかけた戦いだと思います。
いつでもできるわけじゃなく、体力的に最高の時期でないと通用しないので、
僕のマフラーを選んでくれた以上はマシンが快調に走ってくれることが最大の望みなのであります。

サイレンサー出来たのでテールパイプの形状を決めます。
スイングアーム外側ギリギリに追い込みたいのですが、旧車はアクスルシャフトとナットが飛び出していて、サスが沈むときに干渉しそうなので、あまり寄せられません。

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フレーム下とリヤリンクとの隙間も紙一重です。
これ以上は追い込めません。












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何が何でも今日中に終わらせます。

明日からの予定はさらにハードスケジュールなのです。












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フランジとチャンバー、サイレンサー
6点セットになります。

クロスチャンバーのメリットは
性能絡みではありません。

左右振り分けよりエキパイのカーブが長くなります。
そのためチャンバーの胴体部分が前に移動します。
TZR250のリヤリンクに胴体部分が干渉するため、内側に寄せるのに限界があり
フルバンク時に路面を擦ってしまうことになります。
そこで、胴体部分がリンクより前に位置することによってバンク角が稼げるというメリットです。
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カウル装着希望でしたので
装着しました。

実はボルトオンでは装着不可能でした。
エキパイが重なっている部分の厚みがあってカウルに当たってしまうのです。
当たるところをカットする方法もありますが

マウントステーを加工してカウル位置を下げることで問題なく装着できました。

見本で渡されたチャンバーも仮組みしましたがカウル装着は不可能でしたので、取り回し改善できたといえるでしょう。


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左側はサイドスタンドの収納とチェーンに干渉しないように留意しないといけません。

左右共カウルのクリアランスは取れました。

これにて絶版チャンバー製作完了ですが
同じ物はご注文いただいても作れませんので今回限定になります。









このお仕事はオファーいただいたのが去年の8月でした。
ちょうど骨折してリハビリ中だったので、直ぐできるわけはなかったですが
実に8か月掛かって完成したことになります。

新規受注をお断りしながらバックオーダー中心に作業しておりますので
ご注文のお客様は、もうしばらくお待ちください。

先日、元無限ファクトリーライダーの伊田さんから、本物の無限チャンバーの研磨を頼まれました。

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サイクルサウンズ誌に載ったこのときのマシンです。
85年全日本選手権、国際A級125ccクラス
開幕から4ヒート連続優勝。
鮮明に覚えています。
その後無限からプレゼントされたME125は伊田さんの下に、そして東希和レーシングの先輩、岸さんの店(ラフ&ロード)で展示されて20余年の月日が流れ、持ち主のところへ帰ってきました。

その歴史に残るマシンから外されたチャンバーなので丁重に扱わせていただきます。

私のモトクロス人生において当時の国際A級ライダー(全日本ランキング上位5名昇格時代の)は神様と同じ、しかもチャンピオンからの依頼ですから「俺は研磨屋じゃないよ」なんて言える立場ではありません。
「へへー、承りまして仕りまする」という具合に研磨屋に持ち運ぶ役を仰せつかりました。

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まずさび落としに高品質なウエットブラストしてもらおうとしましたら
大きすぎて機械にはいらないと言われ、やむを得ずサンドブラスト頼みました。











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仕上がってきた状態です。

完全に錆が落ちていますが、光沢はありませんので、手仕上げすることにします。












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おっとー、腐食により穴が開いています。

これは溶接で塞いでから研磨します。












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全体をサンドペーパーで擦って艶出ししました。

今回はバフはかけません。
レーサーなのでこれくらいの仕上げが本物らしいと思います。

放っておくと錆びてしまうので、耐熱クリアーを吹かせていただきます。







サンドブラストなら知り合いでいくつか出来るところあるんですが、わざわざ八潮まで持っていってやってもらったのは、もう一つの目的がありました。

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これを見せてもらう用事でした。
去年の旧車天国に展示されたのは知っておりましたが実車は見ておりませんでしたので。

80年にジョニー・OがUSGP125ccクラスにスポット参戦して優勝したマシンのレプリカです。

本物は関東某所で見たことありますが、これは本物より綺麗です。
もっとも本物はジョニー・Oが乗って痛んでいるわけですから、当たり前ですが。

じつはこの車両のレストア前の姿も見ていましたから、変貌ぶりは精巧なフィギュアと言いましょうか、もちろん動くわけですから限りなく本物に近いでしょう。

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一般公開されているわけでなく、ここへ来ないと見ることはできないですが
「走る予定は?」と聞きましたら、
「土を付けたくない」ということです。

乗りもしないものにお金を掛けられる、最高の贅沢じゃないですか。
しかも、限られた人しか見れない監禁状態ですから、うらやましい限りです。

オートバイの楽しみは乗るだけじゃないことも理解できます。
コレクションホールのように歴史に残る車両がいつでも動く状態で保管されていることに目的があるのだと思います。

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古いだけの車両はたくさんあると思いますが、ほとんどがスクラップ状態で、いつかゴミになっていく運命です。

何十台も所有している人もおられますが、家族や親戚はその価値も分からないので、持ち主が死んでしまったら
同様にゴミになっていくでしょう。

そこで、このようにキチンと仕上げた車両であれば、誰かの下に渡って生き続けることができる。
歴史を継承する役割であると、私は思っています。




オートバイ歴が長い人ほど、廃番、絶販になってしまった部品で困った経験があると思います。
メーカーや品名によって違いがありますが、製造から20年も経過したら在庫が無くなり次第、再生産されないのが普通ではないでしょうか。
理由は完全にメーカーの都合だと思います。常に新製品を開発して生産している企業にとって、圧倒的に販売数が減少した製品については、いつ売れるかわからない部品を管理しストックし続けるコストが損失になってしまうわけです。

アフターパーツの分野では違う理由で廃番になることがあります。
それは製造メーカーの事情で製造を中止したり、廃業したりすることによります。
アフターパーツの多くは少人数の経営で、体調不良や資金繰りなど事業継続し難い事由が発生することはあります。
私自身も度々業務中断しておりますから、安定とは程遠い危うい立場にあると認識しています。

そんな背景のなか、メーカーが廃業したという理由で購入不可能になった中古チャンバーの復刻を依頼されました。
通常なら、他人が作った製品の真似をして物作りをするということは製造者としてはやってはならないことなのでお断りするようにしています。
それをお引き受けするには一定の条件が必要だろうと思っています。その条件とは

復刻すべき製品の製造者が廃業していること
生産中止されてから少なくとも10年以上経過していること
復刻した製品は注文者以外には販売しない
複数作って自分のラインナップとしては扱わない

以上が法律ではありませんが、自分が決めている最低条件なので
旧品の復刻を検討されている人はご注意ください。

それにしましても、提示された見本のチャンバーそのままに写し取るようなことは
製造者としてできませんので、外観は変えて作らせていただきます。

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当該部品と同機種のチャンバーの型を持っていますよ、とお伝えしましたが
それでは駄目で、こちらの見本と同等のスペックで作ることが依頼内容です。

ようやくパイプの型(展開図)ができましたが
フランジが無いことには、車体に仮止めすることもできません。

エンジン側のフランジも提供されていないので、フランジ製作しなければなりませんが
このサイズのフランジに使っていたOリングが廃番になっていたことが分かり
急遽、別機種のOリングを見繕って注文しました。

当然Oリング寸法が違うのでフランジ設計も新規に行う必要があります。
あと1週間くらいはこれに掛かりきりでしょう。

突然思い立ったヘルメット改装作業です。
マスキングテープ剥がしたところが汚過ぎて、水研ぎした後に縁ゴム外して塗り直しました。

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板金でこしらえた丸バイザーはファイブスナップにして、当時のイメージを再現しました。

何をモチーフにしているかは、往年のMXファンには説明の必要はないですね。










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貼ってあるロゴはステッカーサイズ確認のためカラーコピーを使っていますが

20年来の盟友マッドフィッシュにステッカー制作頼みましたので、明日完成する予定です。

全日本前なので夜寝ないで印刷機動かしているので、打ち合わせは夜2時に三郷まで行ってきました。

ホント無駄なことに掛ける執念は半端じゃないです。



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衣装はこれだけ揃いました。

ヴィンテージMXはマシンだけ古いんじゃなく、装備も当時の雰囲気で統一しないと
ただのカッコ悪い遊びになってしまうと思うので

人がどう思おうと、自分がいいと思うスタイルで決めていきたいっちゅうもんです。

いかん、いらんことばっかりしよって
RMエンジンかけておらんかった。
仕事あるから、あれは明日にしとこう。

この話はテレビのチャンネルを手で回し、黒い電話のダイヤルを回してかけたことのある世代の人でないと分からないでしょう。
今やCAD設計したデータで3D積層で制作したモデルを石膏で型取りしてZAS型鋳型することが少量生産のプレス成型品の手法。
しかし、そのためには何千万円も設備投資しなくてはなりませんから、私のように1個だけ直ぐに欲しいといった要求には応えられません。
そこでハンドワークによる製法を身に着けることによってある程度は実現できるはずです。

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本当はAGVのジェットヘルにファイブスナップの丸バイザーを付けて
顔面はSCOTTのフェイスガードに憧れたのですが
今では売っていないので、最近のヘルメットをヴィンテージ風にデザインチェンジして我慢することにします。

先ずはSHOEI・VFXの使い古しの塗装を剥がします。

サンドペーパー70円×3枚
作業時間3時間


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マスキングして塗装します。

缶スプレー
プライマー780円
黄色780円




結構失敗します。
垂れた塗料は乾いてから水研ぎして滑らかにします。




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最近のバイザーはデザインが凝りすぎてカッコ悪いです。

目指すは丸バイザーですが、やはり売ってないのでアルミ板金でこしらえます。










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裏側はこんな感じ

ハンマー痕がハンドメイドらしいです。

2度と作らんから、これくらいで十分です。

材料端材
作業時間2時間。

デザインも成形方法も頭の中、
コンピューターも加工機も必要なし。




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何がしたいかというと、
こういうことです。

ファイブスナップは帽体に加工が必要なのでやめておいて

両面テープとガムテープで固定しようと思います。

ガムテープで目張りしたバイザーにそそられるのがワシらの年代。




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こうやって売ってない丸バイザーも頭の中で
構想を描いて、手を動かせば形になります。

商売にはなりませんが、自分で使うものは自分で作るということが基本です。

竹ひご曲げて作った骨組みに障子紙張って凧上げやったり
ベニヤ板切って作ったブーメラン投げて遊んだり、
子供のころから遊び道具を作った世代なんで、同じ感覚ですね。

排気系作りだしたらサイレンサーを避けて通るわけにいかないですよ。

なのでオリジナルサイレンサー作りました。

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φ60 前後削りだしキャップに
ステンレスパンチング入り

軽さと強度にこだわり、内径は
テールパイプφ25.4の内径に合わせて段差を極力なくして排気抵抗を抑えました。

ビンテージモデルなので光ものは似合いません
のでバフ掛けはしません。
素材のままがレーサーなのです。





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取り付けはノーマルに準じて、テンションスプリング止めです。

早く音が聞きたい衝動を抑えて
さらに作業を進めます。











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この車両はアルミハンドルが付いておりましたが

運転手からするとハンドル形状はこだわります。

ゴミ箱から何用だかわからないクロモリハンドルを見つけましたので
こいつを曲げて好みの形状にします。

ハンドル高さが調度よいので、当時のRM純正風にしてみたいと思います。





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このようにテーブルに平らに置いて、パイプエンド高さで絞り具合を調節します。

これはパイプエンド高さ50mm

ハンドル長さは両側15mmカットして
770mmが私のベストサイズです。









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見事に一文字ハンドル完成

アキラ・ワタナベタイプです。

色はシルバーで塗装します。

段々自分好みのオンナ
マシンになってきました。

「タンクはオートバイの顔だ」などと言っている奴が凹んだままのタンクを使っていたのでは信念に反する。
というわけで、チェッカーズのシマダさんからPV50チャンバー代金の代わりに頂いた3型RM125のアルミタンクを直すことにします。

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マジックで囲んだ部分が凹みです。















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目立つ凹みは3か所確認できます。

これらを、塗装する前に修理します。













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今回はこんな道具を作ってやってみます。

アルミ板にM8のネジ付きカラーを溶接し
鉄の棒をネジ込み引っ張るつもりです。












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凹み箇所にアルミ板を溶接して
バーナーで炙りながら引っ張ります。

かなり板厚が薄いらしく、
あっさり板が割れてしまいました。

こりゃあ余計な修復作業になったぞい。
やめときゃよかったな。
と後悔先に立たず。







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溶接しては削って均すを何度か繰り返し
メチャメチャな肌になってしまいました。

自分のだからいいけど、こんなに下手な修理では人のやつはできませんね。











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これ以上やっても綺麗になる気がしませんので
これくらいで止めておきます。

仕上がりは塗装屋さんに委ねたいと思います。

塗装はフラワーオートさんに頼みます。


四国にいたころは桶川という河原にモトクロスコースがあるものと思っていました。
埼玉へ来てから、あれは荒川で、場所は川島町だとわかりました。
しかもコース名はセーフティーパーク埼玉という、どこにも桶川に絡んでいないというのに
正式に桶川と呼ばれた理由がいまだに不明のコースで開催された全日本MX。

これはTV放映されたもののようですが、私の記憶にはありません。
あの頃はホンダ栃木工場に長期滞在で会社で借り上げた宇都宮駅前のホテル住まいでしたから
TVも観ていないし、MXしにくい環境に置かれていましたから、このレースは今回初めて観ました。

日本のモトクロスが最高に盛り上がった時代であることを観客の多さから想像できます。
MFJレギュレーションも変革の時期で、125と250両方乗るのが当たり前だったのに
国際A級は前期と後期にわかれて、250と125を乗り換える規則だったと思います。
だからこのレースは全員250ccで予選も3組あります。
国際A級が半分以上予選落ちになるのですから必死になりますよね。

ホンダはオートマチックRC250Mで宮内隆行と大塚忠和が走っている貴重な映像です。
無限の安井崇、ヤマハの田淵武、SUZUKIの松田強、馬場義人。川崎はチャンピオン岡部篤史。
誰が勝ってもおかしくない強豪ぞろい、面白かったねー。





しかし、OPのレポーターは他の人に頼めんかったかいね。
アイボンかヒカルンバみたいなのでええんよ。
日本で最初に開催する公式戦ということです。例年なら極寒の中、凍えながら走ったのですが
今年は暑かったです。ついでに超マディーのレースでした。

昨日の夜中から明け方にかけて雨の音を聞きながら布団で寝ていましたから、半分行くのを止めようかと怠惰な考えと走りもしないで諦めているのは情けない敗者ではないか、と悪魔の囁きが・・
結局マディーが分かり切っているのにオフビへ行ってしまいました。

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一台止まると次々に止まる。

そして上がれなくなったマシンが逆走し、人がコース内に入って助太刀する。

午前中のレースは大体こんな感じです。
上級SEもスタック続出ですから、失敗しても恥ずかしいことじゃないです。

挑戦する気持ちが大事だと思います。
たぶん普段の生活でこんな辛いことしてないじゃないかと思えます。
苦難を乗り越えたときに違う自分になっているでしょう。


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スタックしているマシンを出してあげるコースオーナーの福本さん。
「オイ!チャンピオンに何やらせんだよ」

私も午前中のレースは路面が難しくてコースアウトしてしまい完走者中最下位の9位になってしまいました。
やはり156cmで450操るのは無理かなと心が折れるレースでした。






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メインイベントGP&SEのスタート前
今年MFJ3階級特進のペイントマンユージの息子と91年MXデナシオン代表選手の田淵武選手。
KTMに乗り換えた星野優位など、役者は揃っています。
が、しかし路面がねェ。







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午後のレースも大失敗を犯してしまい
スタート直後にギヤ抜けして最後尾からの追い上げで3位表彰をいただきました。

大勢のライダーが転倒している脇を無転倒で走り続けただけですが
ちょっとスピードが速くても転倒したタイムロスは挽回できませんから、転ばないという作戦の結果なのです。

朝、雨音を聞いて止めていたらこのような経験が積めなかったわけですから良しとしましょう。


しかし午前中450のキック踏みすぎて腰痛がぶり返してきました。明日のの仕事が辛いだろうなー。
2014年に一年落ちのCRF450を新古状態で購入し、2015年は骨折などで半年くらいしか乗っておりませんが、3年落ちの実質1年使用くらいです。
全然不具合ないのでエンジンのメンテナンスもやっていませんが、レース前なので何もやらないで走るのもマズイなと思い、バルブクリアランスを測りました。

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2年ほどノーメンテだったので、バルブ周り摩耗しているだろうと思ったら
4本ともクリアランス規定値内で
本来バルブフェースが摩耗したらクリアランス減る方向なのに、規定値の上限に近いというのはどういうことか。

バルブシートにカーボンが堆積してくると逆にバルブステムが下がる現象が起きることがあるので、
今度燃焼室周りのカーボン除去することにします。




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スロットルボディー

2輪はキャブレターで十分と思っていたのは5年前。
これを手に入れてしまうとキャブ車はもう必要ないと思えます。
実際、一部のミニバイクを除いて生産されていませんが
何が違うかというとセッティングの可能性が無限大に広がるのです。

スロットル開度毎、エンジン回転毎の点火時期と燃料噴射量が任意に設定できるのですから

サスペンションに例えると減衰調整なしのショックと圧側伸び側減衰力調整付きショックのどちらを選ぶかといえば、断然後者でしょう。
たまに「オレは調整はしないから安い方がいいよ」という人もいますが、先端の技術は受け入れた方が賢明です。
なにしろ性能が違うのですから、
乗り手にとってはキャブ車だろうがFIだろうが、どうでもいいことで要は性能がいい方に乗りたいと思うはずです。
それにメーカーが応えてくれているのです。

もちろん性能本位でなく、排ガスのコントロールを可能にするための技術でもあります。
空燃比の調整は理論空燃比14.7:1を基準にリッチ(濃厚)やリーン(希薄)に設定するわけですが
冷感時に燃料の霧化が悪くリーンになるため不完全燃焼が起こる。
すると吸入空気中の窒素が反応してNOxを生成する。
逆に高負荷時に燃調をリッチにするとCOとHCが生成する。
これらの有害な排出ガスを完全燃焼できるように運転条件にあわせたマッピングで(3次元データ)解決できるわけです。
そこで排ガスのコントロールは同時にパワーフィーリングも変更できることになります。
キャブレター時代は点火時期の変更はステータベースを動かすことで行っていましたが、これでは全体がずれてしまうのでFIのようなアクセル開度別、エンジン回転別の変更などは不可能でした。

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フューエルインジェクター

φ5くらいのノズルに12個の微小な穴が開いており、燃料を霧状にして飛ばします。
スロットルボディーのバルブ直後、最大流速になる場所に噴射しますので空気と混合されて燃焼室に届きます。

燃圧はフューエルポンプで加圧されており
インジェクター内のソレノイドバルブ(電磁弁)が開閉し
エンジンのサイクルに同調して噴射する機構です。
高性能だけど意外と安くて、インジェクター単品で8700円です。
最近はチューニングカーの技術で、これを交換する方法もあるらしいです。(オレにはノーマルで十分だ)

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レギュレータ、レクチファイヤーとコンデンサー

ECU(コントロールユニット)
点火や燃料噴射を作動される頭脳のようなもの、これ一個で全ての電装部品をコントロールしています。37700円

キャブ仕様のレーサーには見慣れないレギュレータですが、コンピューターや各部センサーなど一定電圧の電源を作り出すために必要な装備です。

コンデンサーは強力な点火を生み出すためIGコイルへ接続されています。
バッテリーレスなので点火で電力を消耗してコンピュータの誤作動を防ぐための蓄電の役目だと思います。

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今回電装部品を取り外したわけは
ワイヤーハーネスの清掃のためです。

これには13個のカプラーが付いていますが
(2スト時代はカプラー1個くらいだったような)
カプラーには泥水が侵入します。
泥水が乾くと泥になります。
これを繰り返していくうちにカプラーがきつくなって外しにくくなったり、接点の腐食の原因になります。
なので時々外してカプラーを清掃しておくとよいのです。
高回転回すヒトやジャンプをたくさん飛ぶヒトにたまに起こるハーネスの断線がありますが
エンジンが止まってかからなくなります。
修理不能な部分なので、ワイヤーハーネスASSY交換するしかないですが
普段から脱着しておくと交換時の手順がスムーズに行えるでしょう。
ワイヤーハーネス12800円。いざという時にスペアを持っておきたい部分です。



日本最強のVMXワークスショップのホーリーさんから情報をいただき動画をUPさせていただきます。

桶川や後楽園スーパークロスも走ったことのあるAMAモトクロスのレジェンド、マーティー・スミスさんと
アメリカホンダの有名チューナー、デーブ・アーノルドさんがスーパークロス会場の展示品CR250Rに装着された
弊社製チャンバーと一緒に写っています。



一昨年、ホーリーさんに50台分納品しまして世界中に渡っていったうちの1本だと思います。
ビンテージチャンバーの企画はホーリーさんの提案なので、このような機会に恵まれましたことを感謝いたします。
先週日曜に埼玉県某所でテスト品のインプレッションをしてもらってきました。
テストライダーはO氏のご子息、だいぶ上達してきたので、性能比較の経験もいいかもしれない。

ただし2輪の乗車経験は65や85のモトクロッサーしかないので、他社との比較や感じ取ったことを
言語で表現するには、技術用語も必要でしょう。
たとえば性能曲線を理解しているか、馬力とトルクの物理的概念とかを定性的に判別できる能力があるかと
言われれば年齢的に不可能な部分があるので、私とO氏でインプレッションを解釈しながらの確認です。

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左端は普段使っているBUDレーシング。
高速の伸びが気に入っているようですが
低速トルクがなくて、コーナー立ち上がりで
半クラッチが必要らしい。

右から2本目は低速からトルクが出ていて
半クラッチの必要がなく、中間加速もBADと同等だが伸びはBADの方が良い。

3本目は2本目より高回転を狙ったが、中間までは同等だが、高回転はあまり伸びてない、または早く吹けきってしまう表現かもしれない。

そこで右端はBADの諸元を測って、オリジナル品と比較して同等の伸びを目指す目的で試作したので、今度乗ってもらう予定です。
日本のモトクロスシーンでは高回転型よりも低中速のトルクやパワーの立ち上がりがスムーズな方が、万人に扱いやすいと考えていますが、高回転キープできる体力やスキルのある人向けに高回転型もありかな、と思っていますが最終的に一つのスペックに絞らないとラインナップになりませんので、もう少しかかるでしょう。

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自社ノウハウを入れて作っておりますが

スペックが似ていれば形状も似てきました。

純正チャンバーも含めて5種類もスペックを計測して実走確認するので、ちょっとした知的財産になりますね。



天気予報で知っておりましたけど、油断したなー。
夜12時ころ降っていたのは雨でしたから、平野部は積雪ないだろうと余裕コイてました。

朝起きたらこうですよ。

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横着して駐輪場はクイックテントでしのいでいたのですが、見事に潰れました。

全部雪下ししないと、かたずけもできません。
しかし、雪重いです。
推定200kgくらいテントにのしかかっていました。

このあと雨が降り続くので、さらに重くなる前に雪下し完了しとかないと仕事できません。

2014年も大雪2回降って、学習したはずなのに・・・・
真剣にカーポート作る気になってきました。
時間ないのになー

また悩み事が増えて具合悪くなりそうです。
しかも、まだ1月ですからね。備えておかないと、再び災害はやってくるでしょう。

家の前の国道は車が列になって止まったまま、運転手さんも仕事にならないですね。


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積雪は二日後が危険なのです。

屋根の雪下しは不可能なので
溶けかかった雪が一気に滑り降りてきます。

一発でこれだけの量落ちてくるので
人に当たったら死ぬでしょう。

嫌な予感がしたので軒下から離して停めておいたスクーターは前に押されて倒れかかっています。

軽トラの雪はこのまま捨てに行くのに都合よかっただけです。
庭狭いのは辛いのー。


この歳になると年に3回くらい葬式に行くようになってしまいましたが
今日の葬式は一生忘れられない特別なものになるでしょう。

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故人の思い出の品、アルバムなど貴重なものが展示されていて懐かしく思いました。

無限の430改はたぶん、プロストックの貴島さんが大阪から運んで来られたのだと思います。
喪服姿の私の反対側にいらっしゃるのは
故人の元上司でHRC監督やホンダコレクションホール館長など歴任された小林さん。

帰りの車中で世界チャンピオンの渡辺さんも参列されていた話をしますと、
「彼とはベルギーにある、ロジャー・デコスタの自宅で会ったよ」とおっしゃいました。
「俺がブラッド・ラッキーのメカニックでWGP参戦したころ、ラッキーの奥さんとデコスタの奥さんがカリフォルニアに住んでいて仲良しだったから
ロジャーの家にラッキーと一緒に招かれたら
渡辺明さんとメカニックも来ていたんだ」とのこと
それを聞いた私はサテハと思いました、ロジャー・デコスタをホンダに誘ったのは小林さんに違いないと。

そこら中に私が30年間見てきたモトクロス界の著名人が集まっておられるので、秋の園遊会かアカデミショーのような賑わいでしたね。
久しぶりに会う知人や先輩方と話すこともできて、同窓会のような気分になりましたが
セレモニーが始まって、出棺のころになると鬼の目にも涙、ほとんど全員が泣いておられました。

どんなに縁もゆかりも無いひとでも最期の時は悲しみしかありません。
いろいろありましたが、全て水に流して新しい一歩を踏み出したいと思います。

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たぶん、このとき人生最高の瞬間だったと思います。
レースチームなんかやっていなかったら
こんなことになってなかったでしょう。
大勢の人が彼に頼りすぎた結果だと思います。

花ばなしさを維持し続けなければならない重圧と戦って来たんだと思います。
こんなことでしか楽になる手段はなかったのでしょうか。
済んでしまったことを悔やんでも仕方ありませんが、残された人たちは故人が伝えたかったことが何であるか、考えてみる機会を与えられたと思って前向きに精進するしかありません。

仕事場のラジオ、周波数はエイティーポイントラヴ(東京FM)
なんと首都圏のリスナーに向けて新居浜太鼓祭りの告知をされていました。
四国三大祭りは 阿波踊り、よさこい、新居浜太鼓祭りです。
中でも太鼓祭りは日本三大喧嘩祭りの一つとも呼ばれているほど迫力満点なのです。
太鼓台といわれる巨大な山車が鉢合わせするとき衝突させて重軽傷者や死亡事故もおこることで
それを見物するために観客が集まるのですが、その動員数はモトGPの比じゃないです。
一台2.5トンの山車を150人の男たちが担ぐため、警察が警備にあたるが喧嘩を止めることは不可能で
危険承知の迫力が観客を魅了する材料でしょう。

太鼓祭新居浜.jpg
新居浜の男は盆や正月に帰らなくても
祭りのときは太鼓台担ぎに帰る。

祭りの起源は平安とも鎌倉時代ともいわれ現在の山車の規模になったのは明治時代という伝統のある祭り。

各自治会で管理される太鼓台は一台数千万円で地元企業や自治会員の寄付で賄われていて、一流の宮大工さんが製作した、まるでファクトリーマシンなのです。

残念ながら今年は見にいけません。来週父親の一周忌で帰省するので今週は無理です。
私の実家は伊予小松藩にあります。
関ケ原の合戦で東軍にありながら外様大名同然の処遇をうけた一柳直盛の三男直頼の領地、禄高わずか一万石でありながら、230年江戸時代全期間を領地没収されることなく存続できた珍しい小藩が地元です。

新居浜は出身校の所在地であり、母方の実家があった場所でしたから、子供のころは新居浜の親戚へ泊まり込んで祭りを見に行った記憶があります。
学生時代は単車代を稼ぐために放課後はキャバレーでバーテンやっていましたので祭りに行く暇はなかったですね。 


西条りだんじり.jpg

となりの西条祭りは美しさと、だんじりの数で新居浜を凌いでいると思います。

だんじりの数が150台にも及ぶそうで
水の都西条の主流、加茂川に入るシーンがクライマックスです。

ここは小松町の隣町ですが、学生時代は興味がなくて全然見てないんです。

なーんだ、と言われそうですがこの観客の数です。全日本MXなんか秋祭りに比べたらしょぼいもんですよ。

これも一流の宮大工が作った美術品群です。
西条祭り彫刻.jpg

だんじりを近くで見ると超絶技巧に驚きます。

地元なんで、こういうのが普通だと思っていましたが、埼玉県あたりに住んでいると
あれはどこにでもあるもんじゃないと気がつきました。

今年は無理でも来年こそは地元の秋祭りの時期に家へ帰ろうと思います。








モトクロッサーはオフロードを速く走るために作られた戦闘機ですから、ノーマル状態でも十分な性能です。
しかし、走らせるコース状況やライダーの技量の幅は雲泥の差があるもので
どうしても一種類のノーマルセッティングではカバーしきれるものではありません。
キャブレターの時代なら、標準のMJやSJ、エアスクリューの戻し回転などと具体的数値が示されていましたが
FIになってからはデフォルトデータとして燃料噴射量や点火時期が設定されているのみで、その数値はマニュアルには示されていません。
CRF450などはデフォルトのままでも十分乗りやすいしパワフルなので、特に変更する必要がないように思われますが、スペシャルマフラーに交換したときなどはそのままでよいのか?
それを検証するためにFIセッティングの変更を実施することにしました。

CIMG4773.JPG
予めHRCのサンプルMAPをダウンロードして
ノートPCに移しておきました。

サンプルマップは
マディコンディション
レスポンス重視
トルク重視
の3種類ですが、今日は快晴の完全ドライですからマディは雨の日に試すことにして
レスポンスとトルクの2種類のMAPとデフォルトの比較、サイレンサーのノーマルとスペシャルを付け替えて走ってみました。
一つの条件で、しどきのコースを5周ずつ走ってインプレッション確認しました。


最初にデフォルトMAPのスペシャルマフラーで
慣熟走行し、ノーマルマフラーにジョイントパイプごと交換しました。
低中速でノーマルのトルク感がよく、スペシャルはトルクが薄い感じがしました。
排気と吸気は連動するものです。マフラーの役割は消音することと、排気を促進することなので
排気の抜けがよくなったマフラーでは吸気量も連動して増えます。
同じ噴射量のMAPでは混合気が薄くなってトルク感が損なわれたという現象でしょう。
このことからマフラーに合ったセッティングが必要であることがわかります。

CIMG4774.JPG
ノーマルマフラーでレスポンス重視とトルク重視の比較をしました。
しどきのコースはサンド質な部分や登り勾配が多いコースで、パワーが食われるコースということを念頭において
レスポンス重視ではトルク感が落ちて軽い吹けあがりではあるが、このコース向きではない感じがしました。
トルク重視はデフォルトよりトルク感があり高回転は同じなので、こちらの方が好みです。

画像はトルク重視の噴射量MAPです。
デフォルトは平面で表されるのにスロットルの開け始めから中開度、中速回転までの噴射量が上乗せされていることがイメージできます。


CIMG4775.JPG
これはトルク重視の点火時期MAPです。
中速付近の点火時期がプラスされています。

点火時期は上死点前に設定するものですが
燃焼速度はエンジン回転に関係なく一定ですからピストンが最も圧力を受けるタイミングで点火するのが効率が最大になるはずです。
そのため回転数によっては燃焼圧力がピストンの運動に対してマイナスになったりプラスになったり変動するものですから、エンジン回転別に点火時期を変えることによってピストンが受ける圧力のタイミングを変えようという操作です。
これは中速域の点火時期を2、3度遅らせて
ピストンの下降に合わせた燃焼圧力を得ようとしたと考えられます。

ピストンスピードに合わせて進角させるのは過去のセオリーですが、高回転では燃焼とピストンの運動が追従しなくなってくるので、遅角させることでピストンの運動を助けるという手法がデジタル点火では行われているようです。

この時点でしどき30周くらい走ってしまい体力が尽きてしまいましたのでスペシャルマフラーのMAP補正は持ち帰ってやることにしますが、スペシャルマフラーに戻してトルク重視のMAPにしただけで午前中のインプレッションとはかなり違いパワーアップした感じがありました。
これに対して高回転側まで噴射量の上乗せをすることで、さらにパワーアップできると思います。

憎しみも妬みもない、純粋な気持ちになるにはこんなミュージックが必要だと思います。
70年代にはこんなすばらしいエネルギーが育まれていたのです。
時はバブル景気前、みんなカネは持ってなかったけど、それぞれが楽しいことやっていたと思います。
オートバイとミュージックがあれば、他は何もいらないと感じていましたね。



早稲田大学モダンジャズ研究会の同期に森田一義(タモリ)がいたという増尾好秋(敬称略)
大学3年で渡辺貞夫グループにギタリストとして参加したり
チック・コリアのリターントゥフォーエヴァーに誘われたり当時から世界の一線で活躍した同氏の
伝説のライブ1979厚生年金会館




マスオライブはLP盤の音源を持っていてカセットに録音していつも聴いていました。
最近聴いても全然色褪せない魅力に溢れています。 TM・スティーブンス、オン・ベース!

30年埼玉県に住んでいますが、峠ツーリングは行った記憶がありません。
愛媛育ちなんで、山や海が好きですが関東は地元感覚でないので興味がなかったのです。

ところがモトクロスつながりで、若い頃全然違うチームだった人同士が集まるようになって
昔話に花を咲かせるようになって、「それでは今度ツーリングへ行きましょう」ということになって実現しました。

定峰峠は奥武蔵グリーンラインという舗装された複数の峠道の一つで、うちから鳩山経由で東秩父村を基点に秩父市方面に山を越えるルートですが、今回は往復100キロくらいのショートコースにしました。
76年製のCJ360は峠の登り坂では明らかなパワー不足でエンジンを酷使している感じと廉価版5速ミッションのレシオがワイドで強力な加速は望めないので、これくらいの距離で充分です。

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堂平山天文台で休憩しました。

ツーリングメンバーは
埼玉の名門クラブの3人
チェッカーズの嶋Dさん
狭山RTのオレ(真ん中の小さいの)
スーパーベルRのS田さん。
全員80年代モトクロス国際B級です。
今は大人しいもんです。

堂平山はもちろん知りませんでしたが
関東平野全域が見える眺望です。
最初は東京大学の天体観測用だったものを
都幾川村が買い取って観光名所に整備しましたので一般公開されています。

埼玉県に疎い埼玉県人の私ですが、お二人の先輩のおかげで、いいもの見れました。

社外マフラーの修理はいたしません。その理由は
それは他社の企画による商品だからです。
10万円を越す高額な商品にも関わらず、交換部品の販売や修理サービスの対応をしないということは
その会社の企画の一部ですから、社外品の顧客が希望するサービスを、関わりのない
弊社で受け持つということが必要のないことなのです。
ジャペックスのようにガエルネブーツの損傷においては顧客の注文に応じて修理サービスを行って、同社の製品を長く愛用していただくようにしている例もあります。
競技用車両ですから、耐久的に消耗するだけでなく一発の衝撃によって使用不能になることもあるわけですからメーカーの方で対応してもらうべきです。

しかしながら、今回の修理はお断りできない人物からの依頼ですから半強制的に実施することにしました。

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イゴール・アクラポビッチさんのCRF250マフラーです。

左マフラーが大きく凹んでいますが
ジョイントパイプが潰れ、マフラー内側がタイヤに擦ってしまうくらい変形していました。

その場合はサブフレームも歪んでいるはずなのでマフラーだけ直しても曲がって取り付いてしまうことをお伝えしたら、新品のサブフレームに仮組みして持ってきていただきました。