■ プレシャス ブログ

1978年ホンダ2輪車の新機種発表は忘れられません。
オートバイ誌の巻頭カラーページでCBX1000、GL500、XL250Sという
3機種同時ラインナップは、全く性質の異なる機種の開発製造を同時に行えるという
企業力の絶大さを表すものでした。
当時2輪部門の最高責任者、入交昭一郎氏の指揮により低迷していた2輪販売の世界戦略を打ち出した形でした。
新入社員のころ、鈴鹿サーキットの体育館に新卒400名を集めて取締役の式辞を述べられるために
ヘリコプターに乗って来場された当時副社長の入交氏でしたが、
配属されてから聞かされたのは、技師や研究員たちから「あれほど頭のいい人を見たことが無い」と言わしめる天才技術者だったということ。
その人が中心となって企画した、あの78年に発表された新車ラインナップなのだとしみじみ思います。

そのうちの一台GL500は当初純粋なロードスポーツモデルでしたが、同系統のエンジンで、後に
アメリカンとユーロという嗜好の違ったラインナップを発表したのでした。

そしてこれが2代目、アメリカンスタイルのGL500カスタムです。

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エンジン形式がホンダにとってもユニークで
モトグッチのようなV型2気筒、縦置きクランクのシャフトドライブ

ホンダとして初の水冷エンジン
OHVながら4バルブ/シリンダー
ボア・ストローク78×52というショートストロークエンジンはF1のV12気筒の2気筒分と同寸法ということで
500×6=3000ccですね。

画像のマシンはドリームE型を彷彿させる
漆黒に塗られた美車ですが
フルエキゾースト製作のためお預かりしたものです。
後日製作記を掲載予定です。

邦題「悪魔の呪文」
なんとかのナニナニという、当時流行りの、楽曲とは無関係なネーミングですが
先日FMで流れていて懐かしく思いました。
中学時代、カセットテープで聞いていたもんでした。

オランダのロックバンド、フォーカスは78年に解散していたんですね。
どおりで80年代以降見かけなかったわけです。

テイス・ヴァン・レールのKeyとフルート、ヨーデリングが異彩を放つ楽曲なのでよく覚えています。
Gerのヤン・アッカーマンはロックの本場、全英で3大ギタリストを人気投票で超えたことがあるアーティストでした。
これはカッチョいいわけです。


右手首から肘にかけて、物を掴む動作と右肘を曲げる動作のときに痛みがあり
通常の半分程度の力しか出せません。
右手首の捻挫をかばうことで筋に炎症が出た症状です。
外科的に直す方法は「安静にすること」なので
使っていると中々直らない怪我だそうです。
仕事で右手を使わないわけにはいきませんが
7月、8月はモトクロスはお休みです。
小柄なライダーは体重移動によるライディングには期待できません。
移動量が少ない代わりに腕力を使うことになりますので、怪我を直すためには
腕に負荷のかかることはやらない方がいいでしょう。

仕事の予定はバックオーダー関係で2か月程度かかりますが、
持ち込み予定の車両も幾つかありますので、お盆くらいまでは空きがないですね。

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今年の目標というほどのものではないですが

去年、ここへ行ったのが雨降りだったので
晴れの日にもう一度リベンジしたいです。

「元日本で一番海に近い駅」









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雨でもこのように澄んだ海なので
青い空の下ならどれほど美しいでしょうか。

もう一つの目的は、ここから100kmくらい南下したところにある
愛南町です。

そこには「紫電改展示館」があります。

太平洋戦争末期、松山基地の第三四三海軍航空隊から出撃した紫電改と米軍機が空中戦を戦いました。
南宇和海に墜落した同機を昭和56年に
水深40mの海底から引き上げ、修復した
日本でただ一機がそこに展示されているそうなので、愛媛県人として是非見ておきたいと思うのです。

出撃記録と搭乗員名簿も残っているそうです。
ご遺体は発見されていません。
その機体にどれだけの人が関わったか、最期の姿は永久に保存されていくと思うので
どうしても、体がいごくうちに行きたいところナンバー1です。
時期はお米と柿などを収穫するころに行く予定でおります。

先日、レッドブル・エアレースで、デモ飛行した「零戦」は飛行可能な唯一機の零として有名ですが
日本の保存委員会の人が自費で3000万円かけて運搬したそうです。
模擬飛行にかかる費用も整備代や操縦士の謝礼、保険などで一回1500万円だそうで
有料のイベント収入がなければ困難な状況だそうです。
貴重な戦争遺産ですが現物が保存できなくなったら、戦争の惨禍を語り継ぐことも難しくなるでしょう。
そういう意味で、飛べない機体でも実際に使用され墜落し、奇跡的に引き上げられ復元されたものを
見に行かない理由がありません。



実家の畑は、高速脇の平らなところは農家さんにお貸ししているので大丈夫ですが
イノシシとお猿が出る山の方は耕作放棄して雑草伸び放題です。
みかん、柿、栗の木などが植わっていますが、採り切れないので伐採しようかと思っています。
そうすれば人が入れるようになるのですが
年に一回くらいの帰省では時間が無くてどうしようもない状態です。
実家帰って重労働だけでは気が滅入ってしまうので息抜きに観光してくるのがいいかと思い
南予方面、旅行計画中です。
マツダのレーシングドライバーで2輪時代は世界GP50ccランキング2位だった故片山義美選手のことを
「刀が抜き身で立っているようだ」と形容したジャーナリストがおられたそうですが
抜き身の刀という表現が一般的に広まったのは1963年上映の東映時代劇「椿三十郎」だったのではないでしょうか。
山本周五郎の小説「日々平安」が原作で主演三船敏郎、敵役仲代達矢でした。
私が生まれた年に公開された映画ですが、ラストの決闘シーンが実に興味深いものでした。

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あまりにも速い殺陣で、どのように斬ったか見えなかったので静止画で検証しました。

左が椿三十郎、右が室戸半兵衛

これから決闘で睨み合っているのですが
普通の立ち合いより距離が近いのが気になります。








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半兵衛は普通に抜いて上段に構えようとしているところですが

三十郎は左手で逆手に持ったまま抜いていることがわかります。

どう見ても胴体を斬った太刀筋ではありません。









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医療関係者から、あんなに血が噴き出るはずがないと批評されたシーン。

血糊をポンプで噴射させる仕掛けですが
速すぎて見えないわけです。
斬ってないんですからね。

右手を峰に押し当てて斬る技は
天然理心流かと思いましたが
殺陣師、久世竜の演技指導だということでした。

リアリティーを求める黒沢明監督の映画では、この作品以降派手な流血シーンを演出することは無くなったそうです。
天然理心流は新選組の近藤勇や沖田総司らの池田屋事件で長州や土佐の尊王攘夷派の藩士を斬った剣術ですが
狭い日本家屋で刀を振り回すことなく至近距離で敵を倒す技術でした。
戦国時代の戦では槍や弓矢が主流だったという、遺骨の傷や鎧の損傷などから日本刀が戦闘の主流でなかった説がありますが、吉良邸討ち入りや池田屋事件の史実にある通り、槍や弓矢こそ屋内では使いにくい武器だったでしょう。襲撃は大概、夜で暗闇の室内ですから、柄を両手で握って広くて明るい時間の道場でやるような剣術は実戦的でなかったかもしれません。
劇中の台詞で「良い刀は鞘に入っているものだ。」というのがありましたが抜き身の刀では危なくて近寄り難いですからね。


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長年痛め続けた手首がついに、限界を迎えました。

転倒したときに右手を突いてしまうクセがあって、大怪我は免れていますが
骨と骨を繋ぐ靭帯が伸びてしまって
手首の痛みが直らなくなりました。

そして痛む手首をかばうためか、腕の筋も同様に痛んで半分くらいしか力が出ません。
モトクロスはいつ止めてもいいと思っていますが手が痛くて仕事できないようでは困りますので控えめにしておきます。


朝起きたときが最悪で、背中全体と両手首が痛くて、直ぐに動けないので血流が上がると少し楽になるため軽いストレッチしてから起きるようにしています。
この調子では10年後には運動できない体になっているかもしれません。


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今日は嫁のオートバイを取り上げて乗りました。
狭いコースで450は持て余すので
250なら少しは楽だろうと思いました。

それが3年ぶりに乗るマシンなので新鮮な印象でした。

とにかく軽快な取り回し、
エンジンは450より加速は悪いですが
よく回るし、高回転キープしないと走らない感じがミニバイクのようでもあります。
しかしフルサイズのサスペンションですから
安定性はミニバイクとは比較になりません。

要するに速さはともかく、乗り易いということです。
この車体にフロントエアサスは最も軽量です。乗る度に速度が上がっていくので面白くなってきましたが
手首が悪化しない程度で終了です。
右手首の動きは複雑で、特に右コーナーでは突っ込みのギャップをコラえながらブレーキとアクセルを操作してマシンを寝かして起こすという同時にいくつも動作がありますので、柔らかく動かない手首では難しいです。

CRF250は04年から発売されましたが、2年間はシングルマフラーでした。
05年に芹沢直樹選手が全日本参戦したときに試作のツインマフラーだったのを見て
シングルでも5万円以上するマフラーですからツインではコストが高くて量産はしないだろうと思っていました。
すると今のHRCでは量産を前提としないマシンの開発はしない。という言葉どおり06モデルからツインマフラーとして販売されたのでした。
そしてマフラーの仕様は毎年マイナーチェンジを受けて違う物に変更されていて、この09がキャブレター車の最終モデルなのです。
2010からFIが採用されているので09がCRF250キャブ車史上最も高性能ということになります。
ツインマフラーは二又のパイプのところがネックで排気抵抗になります。
出口が二つあると合計の開口面積が同等のシングルマフラーに比べて騒音が上がってしまう傾向があります。
だから騒音規制と排気効率の相反する性能のため毎年変わっていたと思います。
なので面倒なツインでなく、このマシンは旧型の450シングルマフラーを改造して付けています。

しかしながら、新めて乗ってみるとFIの優位さがよくわかりました。
特に低中速のツキの良さが全然違います。
キャブレターはパイロットスクリューで調整するだけの範囲がFIのマッピングでもっと詳細にセッティングできるのですから適うはずがありません。
いまさらキャブレターの時代は終わったと実感しましたが、この乗りにくいところをテクニックでカバーする面白さは残っていると思います。
具体的にいうと全開域はキャブレターでも遜色ないと思うのですが、低速が弱いので高回転キープしたクラッチワークができれば、FI車に付いていくことはできるかもしれません。

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そのクラッチなんですが
マグラの油圧に取り替えているので
メリットだけではないです。

ワイヤーと違ってクラッチの繋がるタイミングが分からないのです。
タイヤがトラクションしていくことでクラッチミートを認識できるのですが、手に伝わる抵抗が一定で分かりずらいようです。

昔、カツミ君が全ろうでオートバイ乗るのに
エンジン音が聞こえないから振動で回転数を感じ取ってギヤチェンジしていたという感覚に近いかもしれません。

人間の感覚は最初わからなくても繰り返し練習していくことで新しい感覚が身についてくるものでしょう。何をやるにも一緒だと思います。
私は本当に乗り物不器用で、クラッチミートできずに今日は2回、立ちゴケしてしまったことを白状します。(足届かないだけです)

ホンダのお膝元なのに低レベルな改造でメシ食べてる私ですが
工作する道具を持たないお客さんからすると、藁をも掴む思いで来るようです。
カネ次第で何でもできる世の中ですが、
普通は人並みな生活してオートバイなんぞに使える余裕はないもんです。
そんなことは承知の上での商売ですから、ウチでできることなら高いことは言わないんで遠慮なくご相談ください。

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どこやらのパイプ
内容秘密ですが
一部問題ありで、改造中です。
結構高額な商品ですが、
メーカーでは対応しないそうです。

エンジンも25時間でオーバーホールしないと壊れても知らないとわれます。
世界中で走り回って好成績は挙げていますが、モトクロスもロードレースやカーレース並みにお金かけないとまともに走れない世界になってきました。

すごく評判のECUメーカーがありますが
本体価格25万にセッティングサービス料
5万/1日では頼める人限られてくるでしょうね。年間契約は250万ですから普通の会社員では無理だと思います。
こないだも某H社の新車が走行4時間でクランクケース突き破ってバランサーでてきましたが
レーサーだから補償はうけられないんでしょうね。
恐ろしいことです。純正部品とはいえ不良品は混入することがあります。
仕様の問題で駄目な部品があるのですが、リコールにはせず内緒で設変される部品もあります。
怖いのは、お客さんが選べないので当たるか否かは運次第ということです。(滅多にないですけど
長いことやっていると何回か見ました)
07のリヤフォーク曲がる問題は私も当たりました。

こういうことをやっていては普通は疲弊してしまうので、日本では縮小モードですが
アメリカはやっぱりレースの本場です。
メーカーのサポート無しで販売店がスポンサーになって契約金(アマチュアのトップで2千万、プロなら億があたりまえ)レースの賞金も別枠で貰えるそうで、そこで活動するハードルは高いですが夢のある職業だと感じました。

フューエルインジェクテッド・CRF150も作ってしまうくらいエンジンパーツメーカーが揃っているんでしょう。(設計は2輪R&Dだと思います)
ホンダが全車4スト化した理由は排ガス規制をクリアする目的だったはず、
そのためにはFIと触媒コンバーターがなくては達成できないはずで
150のキャブレター仕様はいずれFIに置き換わると思っていました。
それの最終段階に入ってきたわけです。(フルモデルチェンジは近いですぞ)

私らは必死でやってもメシ食えなかったレベルなんで別の世界のことですが、裏の事情を聞いていると
下手な加工技術でも役にたてればいいかなと思いました。


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出来た。

何やったかは分かる人には分かると思います。
たまたま道具と材料があっただけなので誰でもできると思うんですが
メーカーさんは勿体ぶって対応しないんですよね。

口元の鉄の塊は内径のゲージです。
入ればOKってことです。

レースの話、日本で環境が整っていないから出来る子は世界へ出ていくんですね。
待っているだけでは何も来ませんから、
そして誰かが拾ってくださることになっているんです。
御目に適わなかったら実力がなかっただけということですね。
冷酷な現実です。

最近、TVなどで加計学園獣医学部の件が取り沙汰されていますが
建設中の学園所在地は愛媛県今治市、あのような田舎の景色が毎日放送されようとは
思ってもみませんでしたが
誰でも知ってる、しまなみ海道から松山道小松ICを繋ぐ今治小松自動車道の山側道路脇がその場所です。
私の小松の実家からクルマで30分という近いところですが
いきなり田園風景の真ん中に高架橋の高速道路が出来ているのですからびっくりしましたが
その高架橋から僅か100mのところに工藤家の畑があります。
実は先祖の土地ではなく、電力会社に勤めていた父が市街地開発の情報を得て、購入しておいたのでしょう。
高速道路の用地買収で道路脇の住宅はすべて新築豪邸に建て替えられていますが
わずか100メートル外れて補償金いただけなかった父親の目論見は外れ
地元の農家さんへ米30kgでお貸ししている状況です。
土地成金などというのは運だけだと思うのですが、道路計画を立てる特権階級の人が自分や親族、友人に有利なように働きかけるということは世の常であります。
「総理のご意向」なる文書は特権階級の間で大金を動かす手段の片鱗を見るような気がします。

特権というほどではないですが、会社の業務上でしか知り得ない情報をペラペラと外部の人にしゃべる自動車会社の社員。
それはそれは饒舌に新機種や技術関連の話を素人さん相手に講釈するわけですが、
自動車会社には機密保持委員会があって機密漏洩の事実が確認されれば、該当する社員は配置換えされます。
正社員は、なにも新機種に関わる仕事だけではないですからね。
車体組み立てやプレス課、溶接課、鋳造や資材調達も立派な正社員の仕事なんですから、従業員規約を守れない社員はドシドシ移動されるべきです。

06年ころでしたが、今度4バルブの150が発売されるらしいという噂がでていました。
開発者だけでなく、部品メーカーや車体組み立ての現場には、それを裏付ける現物が存在したでしょう。
それを見た者は、お友達や知り合いに言いたくて仕方がない。
私は、その150を業務でみていると推察される人物に聞きました。「4バルブ、もうできているんでしょう?」
すると「私の口からは言えません」
はは?ん職務遂行して守秘義務を貫く気だなと感じ、質問を変えました。「いつ出すんですか?」
すると「今年末、07モデルですね」
150とも、4バルブとも言ってません。暗に発売時期だけを教えてくれました。
見事守秘義務を守りながら、来年モデルの購入計画を立てろという営業トークにしてしまったのです。
そして、まんまと引っかかって07CRF150Rの第一ロットを予約していたのでした。


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06年に150待ちきれずに作ったマシーン

CRF125F(仮称)
CR85デイメンションで
アルミフレーム製作し、前後サスペンション移植。
エンジンは川越のエンジン技師
シンゾーファクトリーさんから貸与
お家芸のフルエキゾースト

XR系空冷2バルブエンジンなら負けないはずです。
モトクロスに重要な車体とサスがレーサー同等ですからね。
実際のところは2ストレーサーの方が圧倒的に速いですが
MX408主催の空冷2バルブ限定のレースに出て楽しみました。
150が納車されたら、これは必要ないんで解体してスクラップ行きになりましたので、遺影ですこれは。

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これはもっと昔、01ころですから4ストの250も発売されてなかったです。

きっかけは上腕骨折れたので、レースはもういいかなって時に
4ストモトクロッサー作って遊ぼうと思いました。
MCFAJのレギュレーションでミニモトは
2スト85まで、4スト170までと書いてあったので170近くになるビストンサイズを探したんです。
4気筒の600か2気筒の400とか取り寄せて寸法測定して、ピストンリングは流用でしたが、TTRのピストンハイトに合わせたオーバーサイズピストンとスリーブを特注しました。
ボアの限界はシリンダースタッドではなく、タイミングチエーンの穴だったので、これを2mmほど残したボアでノーマルクランクの160になりました。
燃焼室とヘッドガスケット、クランクケース拡大、ピストンスカートがバランサーに当たるのでスカート加工などしてエンジン始動できるようになりましたが
問題があって2時間くらいの運転でエンジンが破壊されるので毎週エンジン全バラ、10回くらい組直したと思いますが、3回目のピストン破損で止める決心がつきました。
私費でエンジン開発など止めた方がいいことに気つきました。
圧倒的に資金力があって優秀な技術者が開発してくれるエンジンを安価に買うことができるんですから
ただ、それを待っていればいいだけなんです。
結局、4ストレーサーでMCFAJ挑戦は叶いませんでしたが、6年後に誰でも150で走れる時代になったんです。改造していた当時からすると夢のようなことです。

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当時の残骸は残してあります。

特注のピストンと
自作の強化コンロッド

明らかにコンロッドの剛性不足と感じ
SCM435素材を削り出し
ロックウェル硬さ55度に調質してもらった
力作でしたが
2度と使われることのないメモリアルになってしまいました。


今度なんしよかなー

ホンダのリンク付きサスペンションの始まりは70年代の終盤でした。
ヤマハのモノクロスやカワサキのユニトラックは先に投入されていて
リンクサスとしては後発のホンダは天才開発者、上原研究員(当時)が考案した
ボトムリンク方式を選択しました。
キャッチフレーズは「ビギニングはソフト、ボトムはハードに」
リヤクッションのリニアな減衰特性をリンクを介することでピストンスピードが
2次曲線的に立ち上がる、プログレッシブ特性を実現しました。

PROーLINKとデルタリンクはホンダの商標ですが、最近この名称は使われておらず
クッションリンケージとしか表記されていません。
ちょうど私はプロリンク世代で、最初に乗ったホンダのモトクロッサーが最初の水冷エンジンでもあった81年型CR125でした。
そして83年にホンダ入社で秋に配属された品質管理室で車体関係の強度テストを担当していましたから
プロリンクを含むフレームやリヤフォークの単体耐久を行う業務に携わりました。
実は商標にあるデルタリンクはプロリンクの問題点を対策したデザインで
現在のCRFシリーズにも引き継がれています。
その問題点とは87年型まで続くブーメラン型のリンクの内Rが荷重によって伸びる方向に
リヤフォークの支点とテンションロッドの連結点の軸距離が変動するというものでした。
これは、リヤフォークの単体耐久で、リジッドのダミークッションに固定されたリヤアクスルに2トンの荷重をかけることで、目視でも確認できる弾性歪み(元に戻る歪み)がありました。
内側Rにひずみゲージを貼って最大応力を測りましたが降伏点に達する数値ではなかったので
問題とはされませんでしたが、市場から打ち上げられたクレームは1件だけだったと記憶しています。
そのクレームとは砂浜で走行中のCRがリンク破損したという内容でしたから
典型的な応力腐食割れの現象を表していました。
特に7075材は航空機などでも応力腐食割れ(高応力に沿って材料が腐食して割れる)の感受性が高いと言われているので、砂浜で海水に曝されたことが腐食を促進させた結果だと言えます。
そんな経緯でブーメラン型のリンクはデルタリンクにとして改良されていきました。

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先日、13年のリヤショックに取り替えようとした09型CRF250のクッションリンケージ

13とはリンクの距離が変わっていることに気付き、ノーマルのクッション性能を確認したくなり09のショックに戻しました。
車高は元通り高くなるのですが
初期のソフト感が出ると思い、こちらのメリットがいいかと思いました。







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こちらは13型CRF450のリンケージです。
寸法測定すると
リヤフォークが20mm、09より長いのに伴って、デルタリンクのピボット位置と
テンションロッド長が20mm伸びています。

ショックの取り付け長が15mm短くなっているのはアンダーブラケット部分だけ変更されており、
その目的は画像で分かるとおり
デルタリンクの角度が最初から立ち上がっています。
このことによってリヤホイールのストロークの初期から09より立ち上がるということで
減衰力が出る方向に設定されていることになります。
逆に09の方が初期がソフトということです。

ショックのバネ定数は標準で比較すると、09が5.3kg/mm、13が5.4kg/mmなので
13が固く設定されているのはリヤフォークが20mm延長されたことに対するリヤサス固さの調整だと考えられます。
リヤフォークの長さとクッションの取り付け長、そしてリンケージの寸法の3要素で構成される
プロリンク特性は上原研究員の設計の正当性を表すように
いつの間にか他のメーカーも類似した機構に落ち着いています。
違うメーカー間で特許関係の技術を使用するために、開発者どうしで取引きを行うことがあると聞きました。
当然、他の3メーカーはホンダに対して何らかの技術を使用することを許諾してクッションリンケージを生産しているものと思います。

軽井沢で痛めた右手首が、まだ腫れていて痛いです。
ペンで文字書くのも難儀なくらいなので、ハンマー振るとき激痛に耐えかねて床に落としたりします。
こんな状態なのに今週末はレースがあります。
冷静に考えると止めておけばいいのですが、来年どうなっているか分からない状況では今年しかありません。
冷静さを優先していたら何もできないでしょう。

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4ストモトクロッサーが初めて発売されたのが04年。
そのときからスロットルホルダーの構造は変わっていませんでした。
強制開閉なので、整備性と操作性そしてコストを両立した見事な作りだと思っていました。
しかし、操作性は新品の状態ならまあまあ動きがいいのですが
グリップパイプやケーブルに給油した潤滑剤の溶剤が揮発して粘度があがって固くなってくるとアクセル開閉が重たいフィーリングになってしまいます。

特にモトクロスはスピードの競技ですから操作の重いアクセルでは手が疲れるだけでなく開閉タイミングが遅れるので、入りたいラインから外れてしまったりするので
常に清浄化してスロットルやケーブルの摺動を滑らかに保つ必要がありました。

そこで2017年CRF450のスロットルとケーブルのセットに交換です。
実に13年ぶりの設計変更ですが、これは良いですよ。
まるで1本ケーブルの2ストモデルなみに軽い操作性です。
スロットルボディーの位置変更で若干ケーブルが短いのでワイヤリングを見直せば問題なく旧型に取り付きます。
これで痛めた右手首の負担を軽減できるでしょう。


ホンダは26年前に辞めた会社ですが、今思い返しても恐るべき企業でした。
4輪の足回り部品でドライブシャフトを真岡ssで内製している以外は全部品外注メーカーです。
ホイール、ハブ&ディスク、ブレーキ、ショックアブソーバ、アッパー&ロアアーム、スタビライザー、
主要な部品で社内製は一つもありません。
何故でしょう?
技術力が無い?
資金力?
いえいえ、社内で作るより既に実績のあるメーカーに頼んだ方が安いからです。
結果的に量産部品の単価を下げた結果、完成車の販売価格を抑えられたということです。
自社で開発している物は、もっと難しいことに挑戦しているのです。
例えば新材料の研究。
内製部品としてはボディーの主要パーツ。
鉄板の強度や耐食性を一般の鋼材より高めた特殊成分の材料を開発しているので
鋼板は新日鉄にホンダ専用の製造ラインを設けてコイル状に巻いて搬入していますので
ホンダと同じ鋼材は一般の材料商では買えません。

軽合金も同様に足回り部品、エンジン部品ともにホンダで開発した、JIS規格に特殊成分を添加した本田専用合金を鋳造や鍛造の分野で使用しています。
これら軽合金材料も、昭和電工、神戸製鋼、住友軽金属などのアルミ精錬工場から作ってもらっているので、やはり一般の材料商では買えません。

このようにメーカーと協力して開発して出来た部品を扱うメーカーを1次メーカーと呼び、
(本社購買が決めた発注先という意味が正式)
1次メーカーが信頼して後工程の一部を発注するメーカーを2次メーカー。
さらに2次メーカーが一部の加工や処理を依頼するのが3次メーカーというふうに
下請け、孫請けという関係が構成されています。
そんな孫請けメーカーでも大手さんから量産の発注が来たということで、
大喜びする企業がありますが無理もありません。
3次メーカーといっても不具合を出してしまっては親会社が被害を被るわけですから
そりゃどんなに小さい会社でも業績や保有設備など調べてから1次メーカーをとおして発注かけるので
なかなかホンダの量産なんか請け負える企業は少ないと思います。

内製部品で最もすごいなと思った部品はエンジンコンプリートです。
過去はFC(鋳鉄)シリンダーブロックでしたが、私が在籍中にアルミシリンダーに置き換わっていました。
アルミダイキャストのシリンダーブロック専用工場を敷地内に建設して製造しています。
鋳造技術は他のトップメーカーの工程を全て検証して練りに練った生産ラインなので
世界に誇れる鋳造技術でしょう。
そこに前出の開発した新材料を投入して作っているんです。
主流は3000ccクラスのV6や2800の直4でしたが
一体成形のシリンダーブロックに6発同時加工のホーニング、電鋳マスクによるニカジルめっき工程
全て一環した製造ラインで処理され、3D計測して合格品のみ組立て工程へ流れるというしくみで
一日に驚くべきことに2000基のエンジンを組み立てて生産ラインに乗せるという
スーパーファクトリーですから、ホンダの正社員は誇りに思ってよいと思います。

私ら下々の者にはとてもとても頭があがりませぬ。



補足ですが、何故新材料の開発を続けなければならないか、
省エネと高効率は同じ意味であることは分かりますね。
では、高効率化に貢献するのは部品の軽量化です。
軽量化のためには材料の強度を上げなければ成り立ちません。
だから現行の、これからのクルマに課せられる要求を満足するために
新材料の開発は不可欠、
こういうことです。


あの会社が作ったオートバイにずっと乗っていたいよ。(これが本音)
ホンダ車の部品において、開発に長期間を要するものは2社手配していることが多いですね。
その訳は、一つは生産コストを競合するためです。
他メーカーより多くの発注を得るためには技術力と同様に重要な競争力です。
もう一つは生産工場が災害に遭った場合、別のメーカーで代用して量産を止めないためです。

そのため2社には同じ技術レベルを確保するように、最初から発注先をきめないで
開発段階から入り込んでもらう作業が必要になります。

そして国内生産車の大半は北米へ輸出して利益を得ていますから
貿易上の取り決めで米国企業にも一定の割合で発注することになっています。
発注先が違っても同じ図面で生産するわけですから、試作段階から2社の製品の検査や
耐久テストを行って見極めることは言うまでもありません。

そういうわけで、市販モトクロッサーにはショーワSSとカヤバ工業というサスペンションメーカーに2社手配していますが、私の保存用CRF250Rのキャブレター最終車には
フロントフォークがショーワ、リヤショックがカヤバという複合的なメーカーレイアウトを採用していました。

4輪サスペンション(ダブルウイッシュボーン)ではフロントに神戸製鋼、リヤに住友軽金属などという組み合わせもありましたから
前後サス別メーカーは珍しいことではありません。
あくまで完成車開発しているのはホンダであってサスペンションメーカー主導で開発しているわけでないので、分担した方が多くのデータが得られていいかもしれませんが
最終的に量産発注を獲得できなかったら辛いでしょうね。

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09のフロントフォークをメンテナンスするため車両を移動できるように
カヤバのエアサスを取り付けしました。

しかし、09のショーワはインナーチューブ径
φ47に対して
13Mカヤバのインナーチューブ径はφ48でした。

これによってアウターチューブ径も1mm大きいので三又ごとセット交換です。
ステムは同じなのでボルトオンです。




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フロントフェンダーの取り付け面が違うのでフェンダーも13に交換です。

最近のフェンダーは昔と違って
深いM字断面になっていますが、単なる意匠デザインではないようです。

昔のフェンダーはアーチ型断面といえますが、同じ断面積で剛性を上げるため
断面係数が高くなっているのです。

断面係数とは荷重に対する変形し難さを表す数値で
断面形状が3角形が最も変形し難く
平面が最も弱いと考えられます。

折り紙を例にとると、紙自体は自立することなく重力に負けて平らになってしまいますが、折鶴のように紙を折り重ねることで翼や首が自立するのと同じ理屈で
特にレーサーのステアリングに付く部品は軽い方がよい、しかし薄肉では剛性がなくては重い泥の付着で垂れ下がってしまう。
そこで肉厚を上げないで断面係数を上げた結果のデザインがM字断面だったということです。

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上が09カヤバショック
下が13カヤバショック

2者を比較すると
09は車高を下げる目的で
15mmストロークを詰めてあるのですが
取り付け長が軸芯で5mm長く
485mmに対して
13は480mmです。

ところがダンパーストロークは
ボディー端面からスプリングシート間で
09が115mm(ストローク詰めのため)
13が130mmということで
取り付け長が短く、ストロークは長いということが分かりました。
13はCRF450用のノーマルですが250に450用のショックを付けると車高が下がるということになります。

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クラッチは、今使っていないマグラの油圧に交換しました。
加工無しでボルトオンで付きました。

450にはリクルス付けているのですが
オートクラッチの場合、クラッチをレバーで切ったあと、ワイヤーのように戻らず
ピストンが引きっぱなしになってしまい
マスターが動かないという現象になるため
ワイヤーに戻していたのでした。

250に油圧クラッチは操作性最高に軽いです。
1本指でも握れそうです。


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こうやって13モデルの前後サスペンションに交換完了しました。

これは嫁のヒマン防止エクササイズ用です。
お互い熟年モトクロスなので怪我しないように、なるべく良好な状態にしたいです。
嫁は背骨と両腕と片足の骨にボルトが入っていますので、安全重視です。
「2ストは背骨が折れる」とか訳のわからんこと言ってますので、モトクロスは4ストしか乗らんようです。

5月連休最終日恒例のジャパン・ヴェテランズ・モトクロス参加してきました。

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天気もまあまあ、初夏のような快適さ
今がモトクロスには最適な季節です。

しかし天気がいいと埃がたつので
散水はお約束です。
濡れた路面に悩みながら
緊張感は高まります。

先週から風邪ひきっぱなしで
病み上がりの体力にも少々不安でしたが
年齢別のクラス分けなんで、レースの方は
無理する必要もないでしょう。

今日も13年モデルのCRF450で、3年乗って大分乗りなれてきた感じです。

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公式練習中に国際A級125チャンピオンの松田強選手との2ショットです。
なかなかこんな機会ないですね。
至福の時間です。

練習時間20分タップリと
エンストでキック踏みすぎて体力消耗しました。
レースに向けて暗雲が立ち込めましたが
そこは50オーバークラスなんで
気楽にいきましょう。





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取材はほどほどにVETクラススタートだけ撮りました。

これはヒート1です。

みなさん真剣ですね。
ホールショット男の伊田さんはスタート出すぎて1コーナーふくらみすぎて後方からの追い上げだったそうです。

この日は週2回練習して乗れている田淵武選手と久々エントリーの国立賢治選手のA級バトルが見れました。



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日本一ハスクバーナのレーサーを売っている北海道の源治篤選手

先日作りましたTC250エキゾースト使っていただき
VETは2番手スタート、スーパー2クラスではブッチギリ優勝でした。

今年はIA1でスポット参戦も予定しているそうなので応援しましょう。






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VETクラスヒート2スタート

伊田選手スタート決まって序盤トップ走行したのですがエンストで順位を落としてしまいましたが新型CRF450のセルスターターのおかげで再始動の体力消耗もなく追い上げできたとコメントされていました。

優勝は田淵選手でヒート1で遅かったところを国立選手に聞いて走ったという、勝に対するこだわりを見ました。





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一応レースは結果なので
エキスパート50オーバークラス
総合1位でした。

ヒート1ホールショットながら転倒で順位を下げてしまったので
ヒート2の1位が絶対条件だと思い集中して走りました。

2位の津田選手は勝つつもりでおられたのか
片足が1位の台に乗ってますね。

また懲りずに走りましょう!







ではサービス動画で先日、モトパーク森に練習に行ったときのやつ載せておきます。

47歳でも楽しそうにランプ飛ぶ男は日本ではケンヤさんだけではないかと思います。
僕は誘われてもやりません。

横に寝かす技はフリースタイルの人はあまりやらないそうです。
こういうのは河原の自然の地形でやっていたので得意なんですね。

今日が命日だそうです

スズキ、カワサキ、ホンダのファクトリーライダーを務められた
阿部さん、高校卒業後本田技研入社

実は狭山レーシングのOBにあたります。
狭山工場の敷地内(パーツセンターあたり)のモトクロス場でCL72に乗っておられたそうです。




雨のレース、速いっすねー!
開発ライダーの仕事してましたから、ウエット路面に慣れているんでしょうね。

83年は僕は新入社員でした。
和光でエンジン組み立てラインで実習期間のころですね。

懐かしい・・・
ライトトラック(バン)用の標準ホイールはスチールホイル(鉄チン)なんですが
わざわざアルミホイールに交換して、車検時に標準に戻してを繰り返す人がいますね。

私も昔、ワゴンのキャラバンに乗ったことがあって、あれは乗用なんで標準がアルミホイールだったんです。
問題はアルミが悪いのではなく、ホイールに装着するタイヤにあると思いました。
普通は1トン積みの貨物は8PR(プライ)ですが、8人乗りの乗用だと6PRです。
タイヤの耐荷重の違いです。最近はロードインデックスLI(ラジアルのRと混同しないためL表示)
107とか105とか刻印に変わってきていますね。

これは守らないと非常に危険なことなんです。タイヤがバーストして操縦困難になると自分の命だけでなく、他人も巻き込むことになります。
しかもタイヤは時間で劣化するものですから、製造年から年月が経過するほど危険です。

実は前述のキャラバンで重大事故寸前に陥った経験があります。
常磐道のトンネル内で左後輪がバースト、時速110kmくらいでしたが急激に蛇行して「これは側壁に衝突して横転する」と覚悟しましたが、冷静にハザードランプで後続車に注意を促しながらハンドルで直進を保つようにして振られが収束するのを待ちました。
こんな時ブレーキなど踏んだら車が斜めになって車線からはみ出ると直感したので、アクセルを放しただけです。
運のいいことに左後輪だったので、トンネルを出たところで路肩に駐車し、スペアホイルに交換して一般道でゆっくり帰りました。右側だったら大型車なんかに引っかけられて死ぬでしょう。

その後、ミニバン専用タイヤに4本新品交換しました。 フー

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もう雪の心配ないんでスタッドレスから夏用タイヤに変えるのですが
中古ホイール取り寄せてみました。

キャラバンのノーマルスチールですが
すばらしい作りに息を呑みました。

ロールしたハイテン材のリムをフラッシュバット溶接したものですが
矢記のあたりが溶接部です。
見た目ではほとんどわからないくらい研磨仕上げされています。

ホイールに使う材料は60kg級ハイテン(高張力鋼板)を使用します。
高力ボルトは80kg級からなので普通のボルト並みの硬さのスチールでリム部の板厚3.5mmの圧延でリム断面に絞った平板から真円に曲げる技術を想像してみてください。
しかも固い材料ほどスプリングバック(元に戻ろうとする力)が起こりますので、製品と同寸に巻いたのでは製品にならないことが分かりますね。
製品より小さいRで巻いて、重なる部分を突合せに直して溶接する技術が必要になります。

そしてホイールに要求される直径と真円度が完成するわけですから、NC旋盤で加工されるアルミホイールよりスチールホイールの方が職人芸があると思うのです。
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スポーク部分は板厚4.5mmのハイテン材で、プレス成形品ですが
2ピース構造の生産性が安価に生産できる理由だと思いますが

このフランジ部分の寸法精度が出てないと
真円のリムと組み合わせたときに振れてしまうことになるので、
実は精密なプレス成形品だと言えるでしょう
(穴開けは後加工と思います)





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スチールホイールの国内トップシェアは
トピー工業です。

ホンダの標準装着ホイールも作っていましたが、残念ながら同社の製造工程を見せていただく機会がありませんでした。

品質部門からみて、全く不良を出す心配のない優良企業だったからに他なりません。

だから私はこれからもスチールホイール愛用でいきます。





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先日行けなかったチキチキVMXで乗る予定だったRMですが、なにやらエンジン降ろされています。

一週間、クルマに積み置きしていたら
荷室の床がガソリンまみれになっていました。

キャブレターのオーバーフローなんですが
多分、エアベントより吸入ポートの位置が低いので
クランクケース内にガソリンが流入し、
満杯になって排気ポートからあふれ出して
床にこぼれたと考えられます。



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そもそもコックはOFFになっているのに
コックの役目を果たしていなかったようです。

この車両がきた3年前にもオーバーフローしていたので調べたら
コックOFFでガソリンが止まりませんでした。
原因はパッキンが硬化してシールできなかったことですが
プレートのリベットを外したので、M4ネジで再組立てしたのでした。
自作のゴムパッキンを入れて復活していたのですが
ゴムですからへたってシール性が落ちたのです。
対応策はM4ネジを増し締めするだけでガソリン止まりました。 何をやっておるんかいねー

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エンジン降ろして逆さまにしてクランキングすると吸気、排気、プラグ穴からドバドバ、
ガソリンが噴き出しました。

ガソリンコックを点検項目に忘れないようにします。


しかし、空冷エンジンの造形が美しくて
ときどき眺めて癒されていますので
ずっと保存しておきたいと思います。





2輪車はエンジンだけでなく回転部分の多い乗り物です。
特に前後の車輪は最も大きな回転部分なので、車輪のメンテナンスを怠っているとマシンの性能も落ちるはずです。
高速道路でバランスの狂ったホイールで走らせると乗れたもんじゃないですよね。
オフロードだから、地面が凸凹なんでわかりゃしねえよ。という考えは浅はかです。
エンジンのクランクシャフトとホイールは駆動系で連結されているので、振れていることが
直接、加速や伸びに影響しているはずです。

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ノーマルのリムで1年も乗っていれば
リムが変形して真円でなくなります。
当然バランスが狂ってきますので
高回転回すほど振動になって回りが悪くなりますので
走りをよくするためには、狂ってないリムに交換してバランスをとる必要があります。

そこで、このDID強リム。
HRCのワークスマシンにも採用されている
ノーマルより高強度のリムです。

新品時にバランスがとれていても、走行中に変形してしまっては性能を維持できません。

なるべく良好な状態を保つために定期的に点検し、振れ取りが出来なくなったらリム交換が望ましいです。

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ハブは柳河精機
スポークは月星製作所(ムーンスター)

本田の純正部品は信頼性の高い超一流の部品メーカーが担当しています。
本田が要求する品質(数量)に応えられる
メーカーの存在がオートバイの生産に不可欠なものです。

1年以上も使ったホイールは泥水がニップルのネジに浸透してネジ山の摩擦抵抗を上げると同時に
アルミニップルとスポークの材質はSWP(ピアノ線)なので電位差からネジ山が腐食してニップルのトルクが上がってしまうか
悪化すると緩まなくなるので、切断するしか分解の方法がなくなります。
これはネジが腐食し始めていたので浸透潤滑剤をつけながら慎重にニップルを回す必要がありました。
ネジが生きていれば再使用するので、全部洗浄して汚れを落としておきます。

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リヤホイールはインナーとアウターでスポーク長が異なります。
フロントより幅広のハブなのでスポークの交差する部分をクリアするためにインナーを内側にオフセットさせた分、距離が遠くなるので長い方がインナースポークとなります。

あとはスポークの曲げ角度とハブとリムのタコ穴の向きが合うように加工されているので
間違った組み付けは不可能な設計になっています。





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専用の触れ取り台は持っていませんが
アクスルシャフトをバイスに固定して
ダイヤルゲージをリムの外周に当てて
振れ取りをしています。

最初はニップルの締め付けトルクを
緩めで均一になるように組立て
縦振れを無くすように締め込んで調整します。
縦振れが取れたら横触れを調節して
最後に全部のスポークの張力を確認して組立て完了となります。




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前後ホイール組み上がりました。

DID強リムの赤は一番人気なので
いつも品薄(というか受注生産)らしいです。

ウーム、また速くなっちゃうなー










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先週末は近所のCB専門店ジェイズさんと居酒屋で会合しました。

ツクバサーキットでZ勢に勝つことが目標だそうで、2バルブのZに4バルブのCBが勝てないことに納得がいかず、日々改良をする状況を伺い面白かったです。

4バルブなんで馬力は出しやすいそうなんです。但し加速は悪くなるので
ストレートの短いツクバでは加速のいいZの方が有利だということです。
私にも解決方法はわからないですが、成功した暁にはツクバサーキットに応援に行きたいと思いました。

実はお話しの大半はM繁さんが普段から取り入れているモトクロストレーニングについての内容で
ロードレースのライダーの多くはオフロード走行の経験が少なく、環境変化に伴うマシンコントロールができていないことが弱点で、頻繁に挙動変化するオフロード走行に対応できれば、オンロードにおける限界が上がると話されていました。
チューンアップとライディングテクニックという壮大なテーマに取り組んでおられる、お侍さんがおられました。



我が家から最も近いモトクロスコースですが、苦手なコースレイアウトのため、ありがたくないんですが
経験を積むために出場します。(54歳なのにか)
レース前に、今年のエムシーは初出場の伊田さんに「同じレースで走ります」と挨拶しましたら
「お、張り合うつもりですか?いつでも受けて立ちますよ」とお返しになられ
いやいや、そういうつもりじゃなくて、「邪魔にならないように気をつけます」という意味でした。
前日には東希和レーシングOBの人達がコースに集まっておられ、市川哲也さん(元本田CE)のお姿も見えましたので、先輩のN口さんに「市川さん来てました」と伝えましたら
「カワサキの市川か?」と仰るので、どれだけ昔からモトクロス見てきた人なのかと思いました。
私の知る限りでは81年のレッドホンダミーティングの桶川で世界GPライダーのR・デコスタやA・マラーベに勝った二人の日本人ライダーの一人が市川哲也さんです。
ホンダに入社する前に東希和レーシングでカワサキに乗っておられたのは後で聞きました。

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電池切れで画像これだけです。

MXV苦手の理由はコーナーが狭く、
コースアウトすると復帰が困難なレイアウトのためアクセル開けていけないところです。
開けていかないと低速のターンになってしまうので重たい450の上に足が届かないので
完全に不利な状況なのです。

レース結果は、ヒート1下位グループで競り合いながらフープスの終わりでコース外に飛び出してしまい最下位からの追い上げで13位
ヒート2はスタート集中して中盤あたりを走行しながら段々タレてきて、終盤に上位グループにラップされるときに
伊田さんにオカマを掘って転倒してしまい、先日の挨拶したにも関わらず実行できなかった自分を責めながら12位でフィニッシュして、総合で16台中12位という順当な結果で終えることができました。
苦手コースが終われば、好きなところが続きますので、楽しみであります。

やはり月曜は体が痛い。

太田裕美の「木綿のハンカチーフ」がオリコン1位獲得し、モントリオール・オリンピック開催、
ロッキード事件が起こった年といえば1976年です。
その年に製造されたオートバイが我が家に来てから4年、2度目の車検を迎えてしまいました。
76年といえば、私は中学2年。初めて単車の無免許運転で警察に捕まったので忘れもしませんが
乗りたい願望がピークに達していたのでしょう。
法律を犯してまでやったことは父親の通勤用CL90を夜中に乗り回し、西条駅で休憩しているところにパトカーがやってきて補導されました。
親が学校に呼び出され、「本校創立以来の不祥事です!」と怒られたそうな。
そんな時代に製造されたオートバイですから思い入れは他の年度より強烈だったと思います。

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先月車検満了日に合わせて、ユーザー車検の予約をしてあったのですが
その当日事件が起こりました。

エンジン掛けて灯火類の確認をしていたところ、ヘッドライトが点灯しません。

ライトケース開けて、原因を調べようとしますが、わかりません。

バルブ切れかなと思い、テスターで端子を測りますが導通あり、
バッテリーにハーネス繋いで直接電源繋ぐと点灯しましたので球切れではない。


このCJ360はCBの廉価版なので、通常右ハンドルにライトスイッチが存在するのが、ありません。その代わりメインスイッチを右に回すとライト点灯する構造だったのですが
この車両は北米からの輸入車なので新規車検を通すために、現行法規に合わせた改造をしてあったのでした。
それはヘッドライトを常時点灯にするためメインスイッチでライトが切れる構造を廃止して、別のライトスイッチを増設したのでした。

その増設したハーネス部分を取り出して、純正のメインハーネスのソケットをライトに繋いでみると問題なく点灯しましたが、別のスイッチを増設する理由があったに違いありません。

そこで増設したハーネスに不具合がないか調べることにしたのでした。

高専時代に電気工学概論の単位は修得していましたが、30年間金属畑で電気回路とは全く無縁な生活をしてきましたから電装の知識が全く喪失していて何もわかりません。

インピーダンスはリアクタンス(虚数部)、レジスタンス(実数部)、アドミタンス(逆数)に分別され
インダクタ(コイル)は誘導リアクタンス
キャパシタ(コンデンサ)は容量リアクタンス
コンダクタンスのDCは抵抗の逆数を意味し、ACはインピーダンスの逆数などと意味不明な用語を羅列して丸暗記した記憶が全部抜け落ちてしまったのですから、勉強してないに等しいことになります。

要は電気を効率よく流すための回路設計をする人にとって必要な知識で出来上がった回路にはテスターで導通を確認したり、色のあった被覆のハーネスが結線されているかを見ればよいということになります。

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これは増設されたハーネス部分で
ヘッドライトソケットとバッテリーの間に
スイッチを追加した構造になっています。

二つのリレーがありますが、ロービームとハイビームの別々にリレーが必要になります。
通常のスイッチは使用電力が小さいので
主電源のスイッチはリレーに任せるのが安全だということです。

手元スイッチは防水でありませんから大電流を直接断続させることが危険なのでしょう。

結局このハーネス部分に異常は認められず
ヘッドライト点灯しなかった原因は
ボディーアースが外れていたということに結論付けました。
もちろん元通り組んで動作確認OKでした。

ところがよくないことは続くものです。
今度はウインカーが点滅しません。ウインカースイッチいれても点灯したままです。
これまた電装素人の私には難題ですが、ウインカーリレーの故障だろうと思い
良品と交換して動作すれば完了と考えました。

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中央が故障したミツバ製ウインカーリレー
2線式です。

当日確認したかったので
最も早いのが川越2輪館へ買いに行くこと
左のデイトナ製です。

そして念のため、アマゾンで安いやつも注文し右の中国製です。

実は中国製は失敗でした。
知識が無いばかりに「ハイフラ対策品」を注文していました。
電球をLEDに交換したウインカーでは消費電力が少ないためリレーが球切れと判断してハイフラに点滅して知らせるため
その対策として抵抗を入れたのがハイフラ対策というらしいので
通常の電球にこのリレーを使うと動作できませんでした。

無知さ加減が分かったところで、デイトナ製は汎用ではありますが正常に作動できましたので
ウインカーも修理完了です。

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ヤッター!

これで灯火類直りました。

自分で直したことで、このオートバイに対する愛が深まった気がします。

俺が死んでも、オマエは生き続けてくれ。




早速、車検日の予約をしたいと思います。












私の前職は製造屋ではありませんでした。品質管理屋だったのですが
専門は新製法、新材料の鉄鋼と非鉄金属における部品品質です。
本田はエンジンやボディのような主要な部分を除いて、部品メーカーに製造を手配していますから
取引先メーカーの製造する部品品質を本田スペックに合わせることが仕事でした。
したがって会社に居ては何もわかりません。
メーカーの製造現場へ出張して製造工程を調べて重要管理項目を洗い出すことが品質管理の手法の一つでした。
そのため、単独ではなく設計や資材の担当者も交えてメーカーの会議室で打ち合わせして量産につなげていく作業を全ての重点管理部品に対して行っていたので、自分で製造はできないですが製造工程に関しては他の社員よりも熟知していたと思います。
それも25年前のことですから、技術は日々進歩しているので今は当時より高度な製造工程を展開されていることが予想されます。

そんな私は資金ない、技術ないという四面楚歌な状況から考え付いた方法でマフラー製作に取り組んできましたが、今回も人には説明できない内容を盛り込んだ新型のエキパイを公開します。

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マシンベンダーも金型もありません。
量産メーカーが持っている設備は皆無です。
お金を払ってメーカーに生産して貰えば考えることはないですが
仮に1千万円投資して1千万円売ったとしても収支はゼロですから
そんなことはしないで、一台分の材料費だけで形を作ろうとしているのが本プロジェクトの目的です。

手間げはパイプ径が太いほど、曲げRがちいさいほど難しくなります。
内側50Rで曲げていますが、90°以上は私の技術ではパイプが潰れてしまうので無理ですね。
チタンパイプφ35なら2mで一万円くらいしますから無駄にはできないので慎重に扱います。

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エキパイの仕様はライダーの意見を聞いて
ノーマルからどのように変えていくかを
自分の経験値で決めています。

細かいインプレッションはベンチテストではつかめないと思いますので実走確認しかないと思います。

今回は口元の成形方法を新製法にてトライしました。
形状を見て製法を想像してみてください。
あなたならどうするでしょうか?




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2017モデルKX250Fは16モデルから設計変更されているので
先日お預かりした車両を元に治具製作しました。
そのため、車体合わせは一度もしておりません。
これで問題なく取り付くと信じております。
(信じられるのは自分だけ)


人生で2回目、ランキング表彰パーティーに行ってきました。
前は08年ころかな、150でエキスパートで3位表彰でしたが、その時
ある人から「2度とないことだね」と言われました。
その時は私もそのとおりだと思っていました。
あれから8年経ってフルサイズのEJで表彰されたわけですが
前回のお言葉はありませんでした。
人を黙らせることに成功したわけであります。

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ロードレース部門とモトクロス部門合同で
表彰者集合写真

私はEJ250は1位、EJ450で2位
今年SE昇格なので上位入賞は期待できないですが、可能な限り出走する予定です。

モトクロス部門はSE表彰者誰も来ていません。
ロードレース部門が華やかにみえます。
イベントを軽視するところから縮小の要因が垣間見えるのです。
伝統と格式を作っていくのはライダー自身ではないかと思う。


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大先輩、安良岡健さんのスピーチ

元トーハツ、カワサキ、スズキのワークスライダー。
60年代はモトクロスライダーで
伝説のチーム「カワサキ・コンバット」時代には星野一義氏の師匠で
カワサキ系ロードレースの「アラオカレーシング」時代には元ライダーズクラブ編集長の根本健氏も迎え入れた、レジェンド。

72年世界GP500ccクラスにプライベート参戦ながら東ドイツGPで6位入賞
74年にTR750でデイトナ7位入賞
後にRG500の開発ライダーとなる。

同じ会場に居合わせるだけで光栄です。
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恒例の谷口尚己さんスピーチ。

ご存じホンダ社員ライダーで
1958年マン島TTレース初参戦で
ワークスマシンRC142を駆って
6位入賞、世界選手権1ポイント獲得は
日本人と日本製マシンでの世界GPで獲得した初ポイントである、本当のレジェンド。








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谷口さんが乗ったRC142は復元されて
本田50周年のイベントで実走したそうです。

最初に持ち込んだRC141はパワー不足でヨーロッパ勢に勝てないことが発覚し
河島喜好監督(当時)が持ち込んだ4バルブヘッドに組み換えた車両が142だそうです。


ホンダコレクションホールのエントランスに展示されました。


オートバイのサイレンサー、キャブトンやメガホンなど用途別のデザイン違いはあるにせよ
主流は丸断面の消音機が当たり前でした。
ところが80年代終わりころから楕円か長円断面のサイレンサーが出始めたら、楕円断面の方が主流になり、2010年代は異形断面へと移り変わりました。

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弊社も90年代からオーバル断面で作るようになったら、お客さんのリクエストは100%
オーバル断面とテーパーのリヤエンドということになっていました。

しかし、2スト全盛時代を知る人は
オーバルが似合わない
または不必要なデザインととらえていると思います。

なにせ排気ガスの拡散するイメージは
インナーパイプに対して放射状なのですから、真円パイプ中に拡散させるのが理に適っていると考えられます。


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では何故、オーバルが主流かというと
特にオフロード車は車体幅が狭い方がライディングポジションに影響を与えないですから、サイレンサーの容量アップに伴い
上下方向に容積を増やすデザインを考案したものでした。

幾何学的観点から
断面形状の周長(板取り寸法)が同じで、多角形の場合、角数が多いほど断面積が多く
真円で最大となる。
また三角形が最小である。

このことから材料あたりの容積が大きいのは丸断面ということになります。


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これはDT200WR用ですが、
弊社オリジナルはオーバル断面ですが

お客さんの要望で丸断面にしました。
本来はこちらの方が理想的な形状だということをお伝えしたいです。


シンプル・イズ・ベスト

先日ウインズ・アサノでリクルス装着後、初試走してみたのですが
コースアトして大転倒したり、タイトコーナーで2回もエンストして、「これではメリットないじゃん!」
という思いと「俺の腕が悪いだけだ」という考えから
もう一度、リクルス性能確認を兼ねてしどきへ練習に行ってきました。



0:34あたりから左手の操作に注目してください。
クラッチ切らないでコーナリングが可能になっています。
動画ではわかりにくいですが、路面は固いところに砂が乗っかっていて
コーナーの中は固いレールで走りずらいコンディションです。

コーナー中もリヤブレーキでスピード調節していますが、全くエンストしないで
立ち上がり加速も程よく半クラッチが効いていて
運転技術をアシストしてくれていることがわかりました。


どういうシチュエーションでエンストするかというと
アクセル戻して進入するタイトコーナーで、スピード調節のために
リヤブレーキを踏んでいたり、エンジン回転が極低速になったときラフなアクセルワークをしてしまったり
したときに偶発的に起こります。
リクルスを正常に調整してあれば、アイドリングでギヤが入っているときでもリヤブレーキを踏んで
エンジンストップしないのです。
転倒して起こすときもクラッチ操作を気にしないで再スタートができるというメリットで
私のように股下が70cmしかなくてもキック始動する必要が無くなりますから
よりタイトコーナーの運転に神経を使わないで済むことになるはずです。


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今日のリクルス装着車

2013年型CRF450R
新車乗り換えないで
パーツ交換で改良していく予定です。











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3年ぶりにキャブレター仕様の
CRF250Rも動かしてみました。


サスのストローク詰めとシート加工で
5cm低く改造しています。
シリンダーヘッドはTフクジレーシングさんとこで貰った新品に交換したばかり(3年前に)なので
快調に走ります。
FCRのホットスターターは欠陥で
2次エアー吸ってしまうので塞いであります。
おかげでキック1発始動です。
日本の近代史が最も変革を遂げた時期は幕末から明治維新のころだと思いますが
特に鉄鋼の製造という分野において横須賀製鉄所なくしては語れないでしょう。

徳川幕府末期の勘定奉行、遣米使節団目付役を務めた小栗上野介忠順が中心となって
フランス人造船技師、フランソワ・レオンス・ヴェルニーを代表とする技術者たちに依頼して
日本で初めての近代的造船所を横須賀に建設したのは慶応元年(1865年)ということです。

名称が「横須賀製鉄所」と呼びますが鉄鋼の精錬ができたのではなく、軍艦や外国船舶の修理を行う
ドライドックという設備が主な事業であったようです。
当時は鉄鋼材料も工作機械も輸入に頼っていましたので西洋並みの機械技術に追いつくことが命題であったと考えられます。
そのなかでも日本の製造業として最も歴史的価値があるのはオランダ、ロッテルダムから輸入したスチームハンマーだといえるでしょう。

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3トンスチームハンマー

江戸時代に初めて導入された鍛造マシン

ヴェルニー記念館に展示されている、この機械は130年間現役で働き続け
90年代末期に発注を受けた仕事は
空母インディペンデンスの部品であったということから難易度の高い特注部品の成形が可能だったということが驚きです。

その後解体されショットブラストで錆落としや全部品の点検、再生を経て、当時の風合いに近い塗装を施して
この記念館の建設中に据え付けられたそうです。
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0.5トンスチームハンマー

同年式1865年製を示す鋳出し文字が巨大アームの側面に刻まれています。

江戸時代の役人や鍛造職人たちが、この刻印を読んだに違いないことから
自分も同じ物を見ることができるロマンがここには存在します。



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横須賀製鉄所にて3トンスチームハンマー稼働中の写真は70年代のもの

大きなヤットコで1200°Cに加熱した鋼材を二人掛かりで抑えます。
後方の台に乗った作業員がレバーを操作してハンマーの上下運動をコントロールします。

動力は蒸気機関でハンマーの上部にあるシリンダーに蒸気圧を送り込むバルブを手動で操作してピストンを昇降させる構造です。

江戸時代にこれを動かして造船所で使う設備の部品を製造することから始めたマザーマシンなのです。
そのころの動力は牛、馬、水車と人力しかなかった日本にとって圧倒的かつ革新的な機械だったのです。

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製品の例ですが

フックの鍛造工程を表しています。
金型に素材を置いてハンマーで打った状態は上下の金型の隙間にフラッシュ(バリ)が
はみ出します。

これを上にある型でプレスして、バリ切り一発成形します。







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これはフックの素材が丸棒であることを表します。

φ50くらいの丸棒の先端を叩いて尖らせてあり
金型に合わせたカーブに曲げるところまで
ハンマーで成形します。
その後、金型に置いて一発成形します。

そして上のバリ切りの型に付け替えて次の工程へ移行するわけです。






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日本政府は、このように歴史的に意義の高い重要文化財を保存する活動に動き出しています。

やはり実物が保存されていることが、人々の意識に残すことができる唯一の方法であろうと思います。

古さと性能の高さ、
これを作った人の知恵と労力

そして日本の近代化の先駆けとなった革命の動きに
ただ感動を覚えるのです。



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ヴェルニー公園の対岸に横須賀製鉄所の敷地があり、当時から現役のドライドックが並んでいます。

海上自衛隊の潜水艦が碇泊されていますが
噂によると世界最高の潜航能力を持っているらしく(軍事機密)
中国や北朝鮮の潜水艦は、これに狙われることを恐れて攻撃できないと言われています。





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東京湾岸から三浦半島を横断して
相模湾岸へ足を延ばし

油壷マリンパークへ行きました。


イワトビペンギン

癒されます。
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カリフォルニアアシカ


何も演技なし










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スケルトン標本

見事な染色技術に息を呑みます。













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チョウザメの群れ


原始のサメだそうです。










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ミノカサゴ

この世のものとは思えない美しさ













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生き物は
どんな人工物よりアーティスティック







下はニホンウナギ
絶滅危惧種






もうすぐ年末ですが、最後にいい物見れました。











身長低いライダーが経験すること、転倒してマシン起こすときにエンジンを止めてしまいます。
クラッチレバー握って起こせばよいではないかと思われますが、足場の悪いマディーなどの場合
倒れたマシンを起こすことが先決で、どうしても両手グリップを握ったまま起こすことができないのです。

今年のレースではエンストで多くのポイントを失いました。簡単にエンジンが掛けられればタイムロスは少ないですが、私の場合足が付かないのでキックの踏み下ろしが不十分でなかなかエンジン掛かりません。キック3回なら早い方一周遅れでようやく掛かることも、
なのでエンスト厳禁のライディングスタイルでタイトコーナーは特にクラッチを使ってアクセルを戻しすぎないように慎重になってしまいます。
ゆっくり回るタイムロスよりエンストのロスの方が時間も体力も大幅に失いますからね。
これを機械の性能で解消できればどんなに快適なモトクロスになるでしょう。

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今更ですが、これにご厄介になろうと思います。
高精度なビレットパーツの組み合わせです。
通常の湿式多板クラッチに独自の自動クラッチが合わさった構造で
2種類のレートの違うスプリングを選択して自動クラッチの設定を変更できます。
センターのプレッシャープレートアジャスターの調整で自動クラッチ(EXP)の接続タイミングを変更します。

この調整によってエンジン低回転時はギヤが入っていても動力は伝わりません。
アクセルをチョイ開けするだけでカブのように発進します。
エンジン回転が一定以上になれば通常のクラッチ操作になりますので、上述のエンストする状態での問題が解消できるはずです。

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早速装着して動作確認です。

マニュアルに従ってPPアジャスターを調整したら
エンジン掛けてギヤを入れるとクラッチが引きずった状態で停車しているとエンストしてしまいました。

マニュアル無視してアジャスターの締め込みを半回転くらい多く調整しましたら
アイドリングで完全にクラッチが切れた状態になりました。
チョイ開けでスムーズに発信していきますので、これならエンスト知らずのマシンになりそうです。

新型のセルスターターも魅力ですが、走行中には必要のない重量増ですから
スタートするときは踏み台使うので始動に問題ありません。
こっちのメリットに賭けたいと思います。



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XTRIGのクランプも導入してみます。

ステダンのステーが折れてしまったのを
自作ステーで対策したやつです。

これはオフセットを22mmに変更する目的のパーツですが、その性能は確認済みなので今度ライドするのが楽しみです。

手前のカラーは標準ハンドル(φ22)を装着するためのスペーサーです。
ファットバーは好きでないのでね。


 ホウこれは、ホンダの新型モトクロッサーじゃねー。

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エンジンも吸排気系も、

外装も前後サスも、

フレームも全部違う。

こんなことしよったら

モトクロッサーの値段は上がる一方じゃ。

肝心の性能はどうなんじゃろう。

とりあえずシートが高こうて足が付かんけん

乗れませんわい。


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ヨンゴーはクラッチが重いけん

よくエンストするんよ。

ほんでマグラの油圧クラッチに取り替えたら

手が疲れんようになるっちゅうわけよ。

2017年型マグラを世界で最初に付けました。

それだけです。

日本で買える最後の2ストオンロードモデル、ニンジャ150。
タイ・カワサキ生産なので正式には外車を輸入したそうですが、既に100台以上のオーナーがいらっしゃるらしいです。
エンジン外観から推定して、KDX125SRを基本に新規金型でダイキャストしたシリンダーとケースです。
フレームは高張力鋼管製のメインパイプがツインスパーのダブルクレードルで剛性が高そうです。
前後サスペンションも減衰調整なしのシンプルなもので、ノーブランドの油圧ディスクブレーキなど
車両価格を抑えるアイディア満載の廉価盤モデルですが
その走りはと言いますと、一般道では十分に危険な領域のスピードが出る動力性能です。
日本の道路事情では、この排気量が最も真価を発揮できるサイズではないでしょうか。
4スト250モデルは完全に凌駕する加速性能と軽快な操縦性です。

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今回お客さん持ち込みの車両でワンオフ製作するエキゾーストのため

エンジンキャラクターを確認するために
近所のテストコースで試乗してみました。

ノーマルエンジン特性を頭に叩き込んで
新設計するわけですが
見本はありませんので世界に一つのエキゾーストになると思います。(安いけどね)

調子よかったらラインナップに加えると思います。
外国製のアフターパーツは出回っているらしいですが、サーキット向けで
日本の道路を走らせるには問題があるようです。

エンジンキャラクターを決める数値として排気量とボア/ストローク比がありますが、実はこれだけでは不十分で同じ排気量、ボアスト比でもポートタイミングや圧縮比が違うとまるで違う性格のエンジンになるのです。
ボアとストロークの寸法が同じエンジンをスクエアと呼び、それよりストロークの長い、短いで
それぞれロングストローク、ショートストローク(オーバースクエア)と呼んでいますが
一般的にロングストロークはトルク型と思われがちです。
トルクはクランク中心からクランクピン中心までの距離(ストロークの半分)×ピストンヘッドに受ける燃焼圧力で決まります。
ここにはピストン重量とコンロッド重量とフライホイール重量による慣性力とシリンダーとピストンの間で起こる摩擦抵抗が加算されますので
コンロッド長(ピストン側圧に影響)やピストン重量、ピストンクリアランス、潤滑オイルの種類など
部品毎の仕様がすべて影響してくることになります。

しかし、販売店や一般ユーザーはエンジン部品を寸法差まで指定して購入することができません。
規格の範囲内で違う寸法の組み合わせが届けられるわけです。
だからエンジンの当たり外れが生じてしまうのです。

ところがメーカーの試作部門やワークスマシンでは精密測定された複数の部品の中から、最も有利な寸法の部品を選択して組み合わせることができるのです。
たとえばラジアルボールベアリングなどは、回転時の偏りを無くすために転がり抵抗が増大しない範ちゅうで隙間を詰めて作ります。
リテーナーを加締める前にインナーレース、アウターレースの摺動面とボールの寸法を精測して選別してから組み立てるので指定の隙間のベアリングが作れるわけです。

ピストンクリアランスも近年主流になっているメッキシリンダーでは焼き付かない程度のきつめにホーニングします。水冷でアルミシリンダーであれば温間時のクリアランスが安定しているので、
ピストンの首振りで側圧が増大したり、機密が漏れるのを防ぐための寸法管理ですね。

量産車ではそこまで手間が掛けられませんので、オーナーに納車される物には若干の違いがあるものだと言えます。
ただ別の個体で乗り比べしないから分からないだけですね。

某モトクロス全日本チャンピオンが量産のチャンバー10本取り寄せて全部乗ってみたら、全て違うフィーリングだったというから、一番気に入ったものだけ選んで使っていたという実話があります。

さて、このニンジャ150ですが
オーナーが訴えていた「水温が全然上がらない」という意味がわかりました。
コストダウンか熱帯地方向けかわかりませんがサーモスタット無しなので
冷却水がお湯になるまで時間がかかるのですね。
適性温度は60℃と言われていますから
その温度になるまで暖気運転が必要です。
冷えたエンジンでは適性クリアランスが出てないためにエンジン回転が重くパワーもありません。
そして、アイドリングでは水温が上がりません。(サーモスタットないので)
暖気運転からガンガンエンジン回しましょう。そうすると結構短時間で暖気できます。

水温計はラジエター下部に設置されているようです。だからメーターの針はあまりうごきません。
ラジエター上部やシリンダーヲータージャケットを直接触れて温度を測るとわかりやすいです。
オンロード仕様の味付けのためか低速トルクは期待できないものです。
ノロノロ運転は全くつまらないパワーですが
7000rpmあたりからパワーが出てきます。
10500rpmからレッドゾーンなので7000から10000rpmが美味しいパワーバンドでした。

10500rpmまで引っ張ってシフトアップするより8000rpmあたりでシフトアップした方が加速がよいでしょう。
引っ張ってしまうと、それ以上伸びないので、最大トルク付近の8000から8500rpmを狙ってシフトアップすることが、このエンジンを最大限速く加速させるコツでしょう。

注文は伊豆の峠を走るときにレッドゾーンまで回さないでいいように中速トルクを増やしてほしいということでしたが、研究開発できる予算や設備はありませんので、そういう細かい注文にはお答えできませんが
同系列エンジンと思われるKDXのノウハウでいくと、申し訳ありませんが、新作するエキゾーストでは
全域パワーアップになってしまうと思いますのでご了承ください。
3大トレール車中最も取り回しが難解なRMX250Sは2000年に治具製作してラインナップに加えていました。
16年間で100本以上売れたと思いますが、2000年の治具はそのままにチャンバー形状の見直しを再三行っていました。最後に実車確認してから10年くらい経過していて治具では詳細なクリアランスが
分からなくなってしまいました。
そこで旧式車ということもあり1年以上受注が無ければ廃番にする予定でした。
しかし、最近になって複数の注文がはいり、不明確なまま取り付け不良になっては困ると思ってお断りするつもりでしたが、幸運なことに車体合わせで作ってほしいという申し出がありました。

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先ずは従来とおり治具に合わせてチャンバー製作し、
車体に取り付けて確認するという手順にします。

微調整が効くように、溶接仮止めの状態で
車体に合わせてから本溶接します。


接合部が1mmずれてもテール部は1cmくらい違ってきますので、仮止めの状態が重要な工程になります。




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本溶接してマウントブラケットも取り付けてから実車に装着確認です。

フレームやウォーターホース、オイルポンプカバーなど隙間5mm?10mmくらいで完璧な取り回しになっていました。
これ以上内側には追い込めませんので
ベストな形状だと思います。







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フレーム下側のマウントが無くなっていましたので、アルミのカラーにゴム板を巻いて
オリジナルマウンティングブラケット作りました。

チャンバーマウントは2点止めでは振られてしまうので3点止めが理想です。









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現在めっき処理は受け付けていません。

錆止めに耐熱クリア塗布して発送するようにしています。

ついでにエンジンかけてブリッピングしてみました。
2スト250ccの甲高いサウンドです。
高回転もよく回るのでメインジェット上げられるかもしれません。
この車両、林道よりオフロードコースで乗る機会(エンデューロ)が多いそうなので調度いいパワーでしょう。






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これは80年の世界GPかな。
アキラ・ワタナベ
ハリー・エバーツ
マーク・バルケニアス

125ccモトクロッサーのワークスマシンが水冷化された年で、翌年市販車が一斉に水冷エンジンで発売になりました。

日本人として誇らしい表彰式ですが
渡辺さん以降世界GPで優勝できるライダーが一人も出てこないとは、当時予想できませんでした。




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今度の日曜日がクラブマンMX最終戦ですが私にとっては、この20年で最も重要なレースとなります。

それなのに天気予報は雨、
おとといの雪でコースは酷い状態なのに追い打ちをかけるような仕打ちです。

タイヤはソフトパターンの新品がいいでしょう。
しかし、MXタイヤの定価を見て驚きます。
この値段で買っている人はいないと思いますが、ネットの影響でタイヤ価格は値崩れしていて定価の半額くらいが相場のようです。
私は業務用なんで部品同様に注文しておけば翌日届けられるので簡単です。
ネットより運送代が掛からない分、安価だと思います。

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雨と決まっていれば迷う必要がないので

あとは当日走るだけです。

泣いても笑ってもあと2ヒートでランキング決定です。
最終戦までもつれ込んでしまったのは私の力不足ですが
50過ぎてからのMXをどのようにやっていくかが課題なので苦戦することも楽しみのうちと思えば気が楽になります。

産業革命を最初に起こした国イングランドはオートバイ製造、モータースポーツ文化においても先端を走ってきました。
日本は戦後になって英国車の真似をすることでオートバイ産業を立ち上げて、やがて本家を上回る技術力を身に着けるようになりましたが、オートバイに乗る方の技術は真似しきれなかったようです。

もう25年も前になりますが私が英国出張していたころのTV番組でやっていました。
毎週同じ時間帯にモータースポーツを取り上げた番組を夜の早い時間帯で放送していたので
レース好きでなくても多くの英国人は認識しているはずです。
日本でこれを企画しようとしても、視聴率が取れないなどと言われて却下されて、テニスやスケートの特番が組まれるだけでしょう。
これは世界に通用している日本人にスポットを当てて、感動を共有したいという思想とスポンサー企業の意向が一致した動きだと思われますが
英国のモータースポーツ番組は違います。国民が自分たちの国のスポーツとして当たり前に受け入れている証拠ではないでしょうか。




オープンモトクロスは500ccと250ccで好きなマシンに乗って混走で競うレースです。
レース結果は実力通りですが

ヒート1 1位 ロブ・ハーリング
    2位 カート・ニコル
    3位 デビッド・ソープ
  
トップ独走のニコルにバックマーカーが近づきスピードが緩んだところで、ハーリングが一気にパス

ヒート2  1位 ポール・マリン
     2位 ロブ・ハーリング
     3位 カート・ニコル

ロンラシーンに似たフォームで乗るポール・マリンの快勝。デビッド・ソープとチームカワサキの看板です。
ニコルは善戦しましたが転倒でした。

ヒート3  1位 カート・ニコル
     2位 ロブ・ハーリング
     3位 ポール・マリン

ニコルの強さを証明するレースでした。ランキングトップのジェレミー・ワトレーの不調が残念でした。
若手ロブ・ハーリングのジャンプテクニックは一番上手かったですね。
記憶に焼き付けて、今度練習したいと思います。



乗る人も一流ならプロデューサーも一流な感じがしますね。
何と言ってもレーストラックが美しい。MXイベントはこうでなくては!
路面がいいからライン取りの自由度が生まれ、サイドバイサイドのバトルが目を離せません。


結局言いたいことは
鈴鹿サーキットや富士スピードウェイ、ツインリンクもてぎ、
我が国にサーキットを建設する経済力も技術も備わっていることは明白です。
英国なみに企業やお金を落としてくれるお客さんの意識がMXに向いていないから
会場も建設できないし、TV放送もありません。
選手は練習場所にも事欠くので不法に河原や山林で走り回る。
MX発祥の国に近づくことは到底無理のように思えてしかたありません。
月曜日の朝はいつも体が痛いです。
日曜日のMX練習で痛めつけているからですね。
そんな日曜のパドックに雑誌編集者と思われる人がイベントのちらしを配っていて
元全日本チャンピオンがいても、特に挨拶なし。
96年に四国出身の全日本チャンピオン福本さんに広島の全日本に積んで行っていただいたときも
福本さんとただ一人の日本人世界チャンピオン渡辺さんが立ち話しているところへ
ヤマハの制服を着た女性がちらしを渡しにきたので、渡辺さんは困惑した顔で
「俺にか?」といって受け取らないので女性も不思議そうな顔で諦めていました。

この国のレジェンドってどれくらいの価値なんだろう。
そのスポーツカテゴリーに関わっていなくても一般的に認知されていることだろうと思います。
少なくともこの国では、メーカーに雇われた人、宣伝する仕事の雑誌社の人であってもチャンピオンクラスのレジェンドを
認知していないということですから残念なことです。





私もロードレースとかフットボールなど他のカテゴリーについては全く疎いですが
モトクロスのレジェンドは大体知っています。

グラント・ラングストン(南アフリカ
マルニク・ベルブーツ(ベルギー)
カート・ニコル(イギリス)
ジャッキー・ビモンド(フランス)
ジェームズ・ダブ(イギリス)
顔と選手名が一致する数少ない競技であります。

今年のエヴォリューション(水冷モノショック)のトップチェッカーはジョン・ダウドのKX500でしたね。
ダウドのヘルメットカメラの動画もありましたので
ファーリーキャッスルのコース全周が確認できて楽しいです。
80年代の世界GP500ccクラスでビデオ鑑賞していたコースですから感激しました。

殆ど日本メーカーのマシンが走っているのに、ヴェテランズMXデナシオンに日本チームの参加はありません。モトクロス競技軽視のこの国では永遠に蚊帳の外なのかもしれません。



刀剣の所持は警察への届出や許可は不要です。
真剣を誰でも何本でも所有できます。
これは銃砲刀剣等所持取締法によりますと、教育委員会で審査を受けて登録証と共に保管するだけで合法的に持てるということです。
殺傷力ということではナイフでも包丁でも同じですが、正しい使用目的で所持する分には刀であっても
問題ないという考え方です。
だから明らかにおかしな風貌の人間がクルマなどに隠し持っていたとすると、ナイフでも包丁でも逮捕されることがあります。それは使用目的に疑いが掛かっているわけで刃物自体が悪いわけではないのです。

そこで登録証付きの刀剣であれば自宅に置いておくことに何の疑いも掛からないのですが、
使用目的はなんであるかというと
美術品としての鑑賞用と居合という武術用の武具として使うということです。
終戦時期に遡るのですが、敗戦国日本から武器になるものを没収するという決定が下され、日本中で「刀狩」が行われ、軍刀や国宝級の名刀まですべて進駐軍に取られた時期がありました。
日本刀は我が国の伝統工芸でありますから、刀剣作りを絶やしてはならないという熱烈な嘆願により
日本刀は武器ではなく美術品であるという概念に変更し、教育委員会の管轄で、歴史的な刀、新しく製造された刀の日本刀としてふさわしいかどうかの審査を経て登録証を作成することにより、民間人の保管を許可することとなったのでした。

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我が家の敷地が狭く、駐輪場も限られているため、乗る予定のないオートバイを預かってもらっている場所の大家さんに
田舎の畑で取ってきた柿をお土産に持っていきましたら、逆にいただいたものです。
「クドウちゃんだからあげるよ」とおっしゃるので
「いいんですか?では遠慮なく」
「刃物はいっぱい持っているから大丈夫だ」ということで、大家さんの素振り用に使っている大刀一振りいただきました。

寝るときは枕元に脇差を置いて寝るそうです。


日本刀の定義とは「伝統的な製作方法によって鍛錬し、焼き入れを施したもの」ということで
軍刀のように工業的に量産されたものは定義にあてはまりませんから、刀の形態であっても日本刀として認められず、登録証が発行されないから持っていると不法所持になります。
形だけでなく伝統製法から得られる、鋼の内部組織がなくては日本刀と認めないということです。

そのことで、近代的なハイテク機器を駆使して偽物を作ったとしても審査は通らないですから市場では無価値の存在ということで工業的に製造する者はいないわけです。

伝統的な製法とは3つのパートに分類できます。
まずは原材料である玉鋼の精錬です。
原料の砂鉄も輸入の洋鉄は認められず、地元原産の砂鉄を用い、たたら製鉄で行ったものだけを原料とします。
砂鉄を溶かすのに使うコークスから炭素を吸収し、焼き入れに必要な炭素鋼が出来上がるのです。

次に熱間鍛造ですが、この段階で刀匠は刀の寸法やデザインを頭の中に描いて行うそうです。
驚くべきことは型にはめて打つ現代の型打ち鍛造と違って
金槌だけで叩く自由鍛造で何千回も折りたたんで伸ばしていく技法は現代の鍛造設備をもってしても不可能でしょう。
そして自由鍛造ですから刀身の歪みは当然残りますから微妙な修正も目検討で行っていること、
焼き入れも鋼の焼け色だけで加熱温度を判断し(マルテンサイト変態温度)水中に急冷します。
このままでは固いだけで脆い材質ですから、140°cの焼き戻しをして粘りのある材質に調整します。
焼き入れ焼き戻しの方法を冶金的知識のなかった時代にどうやって知り得たか。
世界一の刃物を東洋の小国が作り上げた秘密でもありましょう。

そして研ぎの分野になりますが、刀を切れ味のよい刃物だけでなく、美術的にも優れた工芸品として完成させる砥ぎ師の技は現代でも伝承されている専門職となっています。


前置きが長かったですが、居合の話ですね。
居合というのは敵と戦うとき、刀を鞘に納めた状態から、抜いて斬る戦術のことを指します。

現代のスポーツ化された武道は、相手と対面で向かい合い構えた状態でスタートしますが
実際の戦闘は刀を抜いて待つ状態ではなく、殆ど不意打ちで襲ってくることから発達した武術です。
様々な体制、敵は後ろから、すれ違い様、極端な場合は寝込みを襲ってくることもあります。

目的はこちらが如何なる体制であっても不意に襲ってくる敵を殺すことにあります。
そこで自分が油断した状態だと勝てる確率は低いでしょう。
なので普段から神経を尖らせて、自分の周囲にいる敵の存在を察知しなければなりません。
自分の後ろにいる奴はどんなヤツだ、大きいか小さいか、男か女か、てに持っているものは、自分との間合いは、これくらいの情報を瞬時に読み取る必要があります。
私は街中を歩くとき、電車に乗っているとき、ずっと神経を集中しています。
雑踏の中でスマホに集中している奴はあっさり殺されるタイプです。

クルマの運転中も同様ですね。前方はこちらから進んでいくとこですから、分かりやすいですが
後方や側面にいるクルマはどんな車種で、できれば運転手の目線や肩の動きまでチェックした状態で走行します。夜間はライトしか見えませんが、後続車との距離やスピード差を読みながらの走行です。
運転中にスマホやカーナビ見てる奴は私からすると危険分子としか見なしません。

一見、居合とは無関係のように思われるかもしれませんが、相手との位置情報が遠いほど安全なので
攻撃を受けないためには重要な措置なのです。

刀を抜くときは速度が速いほど有利に戦えます。敵の攻撃を受ける前に斬ることができれば勝利します。
ところが相手が先に斬りつけてくることがあります。
実は攻撃してくる相手は両手を前方に伸ばしてくるものですから防御は完全に疎かになっています。
頭部も胴体も下半身もがら空きの状態です。攻撃に集中しているあまり、自分が打たれることに気がまわらないでしょう。
そのときの間合いによって攻撃部位が変わります。
こちらの刀はまだ抜きません。
抜くときに両手がふさがってしまうので、こちらが危険になります。
至近距離なら一歩踏み込みます。相手は想定した太刀筋が急に変えられずに勢い余って前傾してきます。
半身になって太刀筋を避けながら、相手の顔面に鍔を叩き込みます。
鋼鉄の鍔が当たれば骨折は免れないでしょう。歯は折れ、頬骨を砕き、眼球をつぶす威力は充分にあります。
体勢の崩れた相手にゆっくりと次の一手を下せるでしょう。
または少し距離がある場合は、真っすぐ鞘の先端を敵の恥骨のあたりに突き立てるでしょう。
敵は自分の突っ込む勢いで恥骨に固い鞘が突きたちますから、悶絶して動きがとまるでしょう。
または攻撃をかわしながら低い体勢をとったときは鞘で脛を打ち付けます。
弁慶の泣き所ですから、ちょっと立っていられないくらいの痛みを与えることができるでしょう。
その間に刀を抜いて反撃する余裕が生まれるでしょう。

以上は正面から襲われる場合ですが、最初から決めて動作できるわけではないので、日ごろから想定した攻撃方法を練習しておくことです。

後ろから襲われる場合は敵が視界に入っていないですから、まずはその位置から一気に離れるのが生死を分けるでしょう。敵が確認できてから次の動作を起こすのですが、相手が使い手か否かも同時に見抜く眼力も必要です。
勝てない相手とやり合うより逃げることによって、勝つことはできませんが、殺されるよりはいいでしょう。

私の故郷、伊予小松藩の新屋敷村というところに居合の達人「小団兵衛」の伝説というのがあります。
中学時代に小団兵衛の墓も見たことがありましたが、墓の横に首なし地蔵が立っているのです。
何度地蔵を立てても首が落とされてしまうので首が無いままになっているので
いまでも小団兵衛が化けて出て地蔵の首を切り落としているのだという言い伝えです。

僅か一万石の小藩、小松藩に召し抱えられた武士であったらしいですが
こんな逸話があります。
腰に差した大刀の鞘が地面に引きずられながら歩くという小兵だった小団兵衛は
ある晩、芝居小屋で芝居を鑑賞していました。
後ろでガヤガヤと騒々しい客がいて芝居の話が聞きずらいので
腹を立てた小団兵衛は刀を一瞬抜いたような動きをしました。
騒々しい客は静かになって、無事に芝居も幕を下ろし、帰るときになりました。
先程の騒々しかった客は頭が真横に斬られた状態で絶命していたのに
誰も気付いていなかったということです。
太刀筋が正確で素早かったために出血もさせずに脳を切断していたそうです。

明治維新の官軍と旧幕府軍が戦った戊辰戦争では小松藩お抱えの武士と足軽42人と9人の雑役夫が徴発され戦死者1名を出しています。
伊予から会津の鶴ヶ城まで幕府の命令で戦争に赴いた時代がありましたが、武士の時代の終焉を迎えて日本刀は廃刀令により取り上げられる運命となってしまいました。

そして現代、伝承されるべき伝統工芸、世界から羨望の美術品として、最強の武具として後世に伝えられるでしょう。


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四国行ったことない人のために

小松藩、大体こんな位置にありました。

幕府直轄の別子銅山
(のちの住友金属鉱山)のそばで常に監視下におかれながら江戸時代全体の250年間、取り潰しされることなく存続できた小藩

禄高が小さすぎたため、現代の小松町と
西条市、新居浜市に飛び地になって与えられていた領土

人は死ぬ場所を自分で選ぶことはできません。(自殺を除く)
最期は自宅の布団で、というのが理想ですがそうならないことが殆どでしょう。
入浴中に寝込んで水死なんてのも多いそうです。
病気なら病院のベッド、入院してなければ家か職場で倒れる。
次に路上、自動車事故や電車などです。この場合は体の損傷が大きいですね。
または自然災害、土砂崩れ、火災、洪水、津波、うむを言わさず来ます。
そして事件、他人の手によって道具を使って室内、屋外、連日他人事のようにニュースで流れます。
最後にスポーツ中の事故というのもあります。
比較的安全とされるゴルフでも死亡事故あるらしいです。
打球が頭部に当たることによりますが、野球でもありますね。
この場合、加害者に責任はあるんでしょうか。または競技の運営者に責任は問われるのでしょうか。
「仕方ない、仕方ない、運が悪かったんだよ」と遺族が慰められて終わるのでしょうか。

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MCFAJの出場申し込み書には、誓約書に署名する欄があります。
誓約内容を読むと、死亡や損傷があったときに大会関係者に賠償請求しない、と誓うことで出場を受理されるものです。

これはオートバイ乗りなら暗黙の了解ということで文句を言わないのが当たり前だったはずですが、最近は被害者本人だけでなく親族が申し立てる場合があるようです。

選手が負傷したのはまだしも、コース脇の客(関係者)に突っ込んで負傷する事態も起こっていて、怒り心頭した被害者が警察呼んだり、コース管理人に訴訟を起こしたりするので、レース主催者が大会運営を辞めてしまう事態も見てきました。
警察からすると負傷者が出ている以上障害事件として捜査し、責任の所在を明確にしようとします。
不思議と怪我の原因となったコースアウトした選手はおとがめ無し、謝罪もなくその場を立ち去ったらしいですが、大会主催者が一転容疑者扱いにされました。
車両がコース脇の観戦者に衝突し、意識不明の重体。
レースがラスト一周の終盤で事故現場がコース外であったのですが、「事故後もレースを続行した」
「適切な救護をしなかった」「救護や救急車の要請は主催者側でなく身内でおこなった」
このような対応に怒り心頭し、主催者を告訴する方向に向かいました。
主催者はその後、遠方の警察署まで事情聴取に何度も呼ばれ、僅かな大会の収益は泡となり、交通費だけでも大赤字になってしまいましたが、社会的な立場を気にしてか怪我が回復方向に向かったかは定かでありませんが告訴は取り下げられたという事故がありました。
いずれにしても、大会運営側では防ぎようのないことだと思いますが、責任は降りかかってくるようです。

コース状態の安全性を確認したとか、言いますが私の知っているだけでも2件はフラットなストレートでの死亡事故でした。原因はスタート直後に首を引っかけられたのと、頭のうちどころが悪くそのまま、ということでした。 可哀そうですよね。数秒前はいい走りをしたいと意気揚々だったに違いありません。

死亡しなくてもフラットな路面で足をついて、大腿骨骨折したのや脛を骨折した人も見ましたから
路面が平らでも負傷するのはコースの問題でないこともあります。いったいどうしたらいいんでしょう。
賢い人は危ないことはやらない、ということになるんでしょうか。

競技者目線で言いますと、モトクロス場は一般道よりは安全だと思います。
一般道はブラインドから自転車やクルマが飛び出してきますし、路肩には縁石や電柱があって僅かなコースアウトもできません。得体のしれないドライバーがあふれていて自分勝手なスピードで走っています。ひどいのはスマホ見ながら運転しているのが多いこと、交通事故がなくならないのは当然です。

それに比べてモトクロス場は全員が同じ方向へ向かって走っていて障害物もない路面ですから(たまに人が入ってきますが)自分の運転ミス以外で事故の起こりようがないです。
だから大会主催者に責任を問う事態になりようがないので誓約書にサインしているわけです。

では自分の運転ミスはどうやって防ぐか、
モトクロス以外のスポーツでも共通の当たり前のことをやるだけです。
自分の演技を100回中100回成功させるように練習するだけです。
練習でできないことを本番でうまくできると期待することが間違いと思います。
そしてモトクロスはフルコンタクトの格闘技に近い要素があります。
単独で演技するのではなく相手の動きを読んで対応する技術が必要です。
もはや練習無しでレースにエントリーするなどということは、結果が出せないばかりか
一緒に走る人にとっても迷惑な存在になり得るでしょう。

経験豊富な実力者であっても人間ですからミスは起こります。そんなとき近くを走る人が危険を回避できる技量があれば、もらい事故も防げることになります。
まずは事故の原因を作らない、他人を危険にさらさない、寸止めの精神で走りたいものです。

不慮の事故で保障される保険ですが、私はスポーツ安全保険、モーターレク特別見舞金、第一生命障害特約、県民共済。
骨折したときに4つの保険を適用して保険金支払いを受けましたが、治療費くらいは賄えましたが
休業保障まではありませんので、大した重症でなくても保険で全てチャラにはならないでしょう。
まして後遺症が残ったり、死亡したんじゃ全く不足することに違いありません。
要は事故後の人生が一変するのにお金では解決できませんよ、と言いたい。
大会主催者は被害者に一定の見舞金を払うために保険に加入しているだけです。
遊園地などでは遊具に不備があって怪我をすることがあるため施設側が障害保険を掛けるようですが
モトクロス場では収入の関係で無保険が殆どだと思いますので、コース管理者から賠償していただくことはできないようです。

冒頭にも書きましたが世の中危険がいっぱいですが、モトクロス場は比較的安全だと思って利用しております。しかし、転倒はつきものなので自分の身は自分で守る、そのことを強力に肯定するスポーツなんだと実感します。















MFJでのモトクロスは10年くらいで一区切りつけるのが普通ではないでしょうか。
最初のころは段々上達してくるのが面白くて夢中になってやっているのが
上のクラスに昇格していくと、ムチャクチャ速いやつらにヤラレまくって嫌になってくるのが10年目だと思うのです。
ところが通用しなくなって35年もやっていると面白くなることだってあります。

今年は公式戦(MCFAJ)で初めてランキング上位をキープしてきましたが、あと1戦を残して
EJ250、450共ランキング2位は当確。
450はライバルの転倒に助けられ13.5ポイント差で首位に
250は2ポイント差の2位に付けることができました。
SE昇格ラインは当確ですが、残るはシリーズチャンピオンということなので
あと1戦自分次第という最後の試練を与えられたと思っております。


CIMG5857.JPG

今回はマシンに変更を加えて臨みました。

前後サスペンションがショーワのスペシャル
これの性能には大いに助けられたと思います。
ギャップの走破性がノーマルと大違いです。

そしてスピードを出したら減速するパワーも必要になるのでφ260のローターにこだわったわけです。

タイヤはブリジストンX30(ミディアム)
申し分ないです。






出遅れ気味のスタートから混戦を抜け出しホールショット&トップ走行できたのはサスペンションとブレーキの性能が大きく貢献していると思います。
結果はEJ250が3位でEJ450が2位でした。
次戦は今月27日オフロードヴィレッジ。
人生最後のランキング争いを楽しみたいと思います。(来年は無理だから)

今日は良くないニュースですが、原発の廃炉費用が当初の800億円から数千億円に膨らむということです。
最初の試算の根拠がなかったのか、それとも瓦礫の撤去に800億で本格的廃炉作業はこれから始まるので増額されるという見方もあります。
これには事故の賠償は入っていませんし、全国に54基もある原発の廃炉はこれからのことで
発電もしなくなった原子炉に40年かけて何10兆円もお金を払い続けるなど、最初からわかっていたはずなのに、なぜ原子力発電に着手してしまったのか。
それだけでなく核の廃棄物処理も全く決まってないまま、川内、伊方と再稼働してしまった。
有権者は全く無力です。
戦後CIAと中曽根康弘さんが組んで原発を推進したらしいですが、推進した本人が「原発計画は間違っていた」とコメントしておられるのですから、他の国民のうち誰が正解だったと言えるのでしょうか。

私の推察ですが、原子力開発に一歩リードして最初に核を持ってしまった米国が、被爆国日本に対して
憎悪しかない原子力に対して未来のある幸福のエネルギー政策であるかのように意識改革をさせたかった。
これは見事に成功して一時は資源の無い国日本にとって起死回生の政策として多くの国民が賛同したでしょう。
それから安倍総理も言っておられるとおり、原子炉の運転によって生成されるプルトニウムは核に必要な原料であり、日本にはロケットを飛ばす技術もあり、核保有国と同等の技術力を持っていることで抑止力になる。
(国内で核兵器をもたなくても原料や技術は輸出しています。使用済み核燃料を仏に送っている等)
そして原発を建設された僻地の住民に対して、産業に乏しいことをいいことに交付金という飴を見せて
悪魔の契約を結ばせる。
問題さえ起こらなければ原発周辺では夢のような甘い条件ですから、屈服させられる気持ちはわかりますが、有事の際の避難計画は「絵に描いた餅」、伊方の現地見ましたけど、絶対無理です。震災で炉心が壊れたときは、おそらく被害者を見捨てる気であることは明白です。


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営業色のないホームページですが
たまにはコマーシャルしましょう。


僕はあまり興味ないんですが
(実車持ってないですからね)

よく頼まれるのがKDX125サイレンサーです。
チャンバーとセットの場合もありますが
チャンバーはややこしいのでラインナップじゃないと申しておりますので
サイレンサーのみ受け付けております。

治具に合わせて取り付け位置を決めています。
原付2種ですから、2スト廃止後も保有台数が減らないのだと思います。
量産はしないですが毎月少量作っているので主力商品になってきました。

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バフがけして完成です。

自家製のバフですが
研磨だけの依頼は引き受けておりません。

研磨専門店の方が仕上がりがいいですからね。



出口の形状





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サイドビュー


価格は¥12300 と

送料¥1000(本州) で

合計¥13300(税込み)

たまに面識のないお客さんから
「もっと安くできんか」と言われるので
あなただけ割り引かなければならない理由がありません。
どちら様も平等でお願いします。
MCFAJ全戦、出走者全員を撮影なされる超人フォトグラファーがおられます。
「一瞬に掛ける男、シシダイサオ」さんであります。
某2輪メーカーを退社後、趣味でレース写真を撮り続けておられますが
プロのカメラマンとは目的の違う活動をされていて、どのレース場でも姿を見かけないことはない
その意思の強さに頭が下がる思いがします。
プロのカメラマンとは雑誌に掲載されたり、カタログや広報誌などの制作に提供してギャラを貰うのが仕事の人ですが
フォトハンターさんは買ってもらうために写真とっていないので、独特のポリシーで撮られていると思います。
アマチュアのレースを全戦、全員取っても買ってくれる人はいません。
それなのに交通費か機材まで全部自費で馳せ参じる姿は並大抵の努力ではできないでしょう。
ビッグイベントや目立ったライダーだけ狙っていくのではなく、全員平等に写すために、
けしてフォトジェニックな場所だけでなく周回してくる全員を一コマ一コマ捕らえていくのですから
ちょっと真似できない技術でしょう。

そして画像はゼッケンとライダー名を併記して一週間以内にウェブサイトにアップされてくる迅速さ。
関係者以外が見るとありふれた画像に興味を持つ人はいないかもしれませんが
被写体の当事者からすると、あのレースのあのときの状況を振り返るのに欠かせないものとなってくる場合があります。

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前回の川西のシーン

第一レースEJ250

スタートは出遅れ全身に泥を浴びています。
これを見ると、あのときの状況を思いだします。
3位走行中、集中力が切れてマシンを倒してしまった、あの心境が蘇ってきます。




16川西2.JPG

午後のEJ450

ホールショットからトップ走行のため上半身が全く汚れていません。

今から思えば余裕の展開だったのですが
やはりワンミスで転倒してエンジンが直ぐに始動できず順位を落としてしまった
一日に2回も悔しい思いをしたので
この画像を見ながら反省することができました。

フォトハンターさん、これからもMCFAJで撮影を続けてください。
お礼は走りで返したいと思います。

モトクロス活動35年を振り返って、最も走りが好調だった時期はノービスからジュニアに昇格した86年だったと思います。関東戦予選十組時代に優勝は無理でしたが125で3位、250で2位がベストリザルトで翌年全日本第一戦の予選一組で1位通過が記憶に残っていますが、
それ以上の成績を残すことはなく92年まで何となく走っていました。
一旦レースはやめて96年ころからMCFAJで走るようになり、今年で20年めになりますが
今年は今までと違う展開でEJ250、450共ポイントランキングが2位、両方合わせると最多ポイント獲得として残り2戦を迎えるわけです。

35年やってきて公式戦でポイントスタンディング上位ということは一度もなかったことであり
同クラスにエントリーする選手は僕を倒すために出てきていると思っているので、順位を譲るということはライバルに失礼に当たると考え気を抜かないようにしていくつもりであります。

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ショーワの金属スプリング入り両側ダンパーのフロントフォークに取り替えるのですが
14年式のためφ260ブレーキローターが使えません。

キャリパーは共通なので、アクスルホルダーのキャリパーブラケットの寸法が違うのです。
そこでφ260ローターを使うためには3つの方法が考えられます。
1.14モデルのブレーキング社ビッグローターキットに取り替える

2.L側フォークのアクスルホルダーを取り替える。(インナーパイプCOMPでもよい)

3.キャリパーサポートを加工する。

1.2.はコストが掛かり、余分な部品が残ってしまう。
3.は材料代300円くらいのアルミでできてしまうので、手間はかかりますが、この方法を選択します。

最初スチールプレートで位置決めしてから現品を計測してアルミの削り出しで作りましたが
1個目はやや寸法に問題があり、やりなおしたのが下側のワークになります。

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本来ブレーキパッドはローターと同心円上に合わせなければなりません。

ところがキャリパーにセットした状態では
パッドがよく見えないために現合で合わせたときにズレが生じていたのです。

この位置決めに苦労して6時間ほどフライスと格闘していました。







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ノーマルのキャリパーサポートと組み合わせてキャリパー位置を外側に変更するための部品が完成しました。

置き換えたボルトの穴位置が近いために
加工された締め付け面がオーバーラップして材料が貫通しているために
サポートの剛性を保つために外側の寸法を大きくして対応しました。

サポートがたわんだら、制動力が発揮できませんからね。




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これで使えると思います。

14のφ240ローターと15のφ260では全然制動力が違うのです。

今のMXコースはスピードが出ないレイアウトですからパワーがあっても使いきれません。
オートバイのスピードはエンジン回転数と減速比で決まりますから
排気量が大きくてもエンジンが回っている小排気量車の方が速く走れる場合もあります。
なのでエンジンパワーよりコーナリング性能やブレーキの制動力の方が重要ということになるでしょう。

愛媛県人として20年間生活しましたが、行ったことない場所の方が多い自分ですが
今更のように故郷の景色を見ておこうと思い立ち、今年中に入っておこうと決心したことが実現しました。
それは、伊方原発3号機の再稼働が決定し、先日の熊本、大分大地震を受けて同じ中央構造線断層帯に近い伊方原発がM8.0クラスの地震に見舞われたとき、あの故郷に近い絶景を見ておけば良かったと後悔しなくて済むようにしておきたかったのです。
愛媛県知事が「福島第一原発事故のようにはなりません」と言って四国電力に原発の再稼働を許可した理由を述べておられましたが、全然理解できてない説明であったと言わざるをえません。
そもそも福島第一が炉心溶融に至った過程は解明できていないはずです。
冷却水を回すポンプの非常用電源が津波により浸水し、電源喪失したことは間違いないですが
それ以前に高濃度汚染水が循環する配管が無傷であった確認はできていません。
一部でも配管に破損があれば電源喪失していなくても冷却水は漏れた(即ち冷却不能)可能性があります。
それに東電管内は原子炉設備の事業者はGE(ゼネラルエレクトリック)の沸騰水型軽水炉。
四国電力は三菱重工、3号機にいたってはWHウエスティングハウスエレクトリック)の共同事業の加圧水型軽水炉ということで冷却水配管の構造も別だというのに、耐震対策をした、津波は8m以下の想定だから大丈夫、強固な岩盤の上に建設したので地震から受ける揺れは緩やか等々、自然の脅威を楽観視した説明しかされていません。これで安全が証明できたわけではありません。
しかも伊方町住民の避難ルートは地震や悪天候を受けてない平常時の道路事情や三崎港からの海上交通手段で想定されていまして、一本しかない国道は急斜面に造成されておりがけ崩れや崩落が無いとは言い難い。
津波を被った港湾にまともに船舶が使えるとは考えられない。
住民の大半は高齢者で自力での移動が困難。
こんな状況で原発が被災したことを考えると、この場所で原発を再稼働できる心理が理解できません。

そうは言っても今の私は埼玉県人、伊方町に行ったことも見たこともありません。
なるべく早いうちにと思っていましたら、先週ちょうど実家で法事がありましたので、この機会を逃したら
今度いつになるかわからないので強行スケジュールで行ってきました。

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高速道路を走ったのでは田舎を見たことになりませんので全部国道を走っていきます。

小松町の実家からR11を松山方面へ
桜三里のワインディングは学生時代と変わらぬ景色。
愛媛県庁前で止まって撮影です。
松山城の城山と路面電車と県庁が同時に写るスポットは日本でも稀でしょう。

実はこの時から雨が強くなってきて、合羽無しでは無理な感じになってきました。
ここまできたから引き返すつもりは毛頭なかったですが、過酷なツーリングの始まりです。

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最短ルートは松山市から伊予市に向かい海沿いのR378を大洲市まで走ります。
伊予灘を右手に見ながら中速のワインディングが続きますが雨は本降りとなりアスファルト路面は川のように水が流れ、フルフェイスのシールドも水滴で視界不良という悪条件ですが
自分の腕を信じてスリップやオーバーランで対向車と正面衝突だけはならないように慎重に走行してきました。
全然余裕ない感じで道中の記事はありません。

佐田岬半島付け根からR197問題のルートへ入っていきます。

まもなく伊方原子力発電所の看板が見えたので右折して半島の北側斜面へ降りていきますと原発建屋が見えました。
ここは一般者立ち入り禁止の斜面を降りて山側から撮影したのでパンフレットにはない角度です。
不気味な静けさと山側から人が侵入することは困難な場所です。
今は立派な道路が建設されていますが建設資材は海からの搬入だったでしょう。
これだけ大規模な施設ですから柑橘類の栽培や漁業しかできない過疎の集落でも雇用が生み出せたことが想像できます。

CIMG5814.JPG途中、半島の尾根には風車が連なって設置されているのが見えてきて
霧に見え隠れする巨大風車が幻想的でもあります。

原発誘致する代わりに自然エネルギーも積極的に推進する姿勢も見せているようですが
この日は風車全然回っていませんでした。
おそらく発電量ゼロでしょう。
見かけは大がかりですが効果の方はいかがなんでしょうか。




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公園に設置された支柱が確認できます。
根元の直径は3mくらいでしょうか。
そして高さ3mくらいの鋼鉄のパイプを25個溶接で積み上げてある支柱です。
なので推定高さ75m
羽一枚の長さも支柱の半分弱ですから25mくらいと推察できます。

地下の構造は見えませんが、これだけ大きな物が安全に立っているためには地上と同じくらいの重量物が埋設されていると思いますが地表部分の連結はM30くらいのボルトナットが200本くらいでフランジを締め付けてありました。
発電機のメーカーは原発と同じ三菱重工です。

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R197通称「佐田岬メロディー道路」の途中で半島の横幅が1kmくらいになる場所があって北側に瀬戸内海(伊予灘)
南側に宇和海が同時に見えます。

晴天なら青い空に青い海が見えるわけですが、この日は霧にけむる半島です。
両側が急勾配の斜面で建物は全く見当たりません。






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崖下の海面をみると、綺麗な海水で
岩礁や白い砂が確認できます。
潮の流れは急ですがよい漁場らしく
漁船が大勢で操業していました。












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さて、国立公園となっている佐田岬灯台の駐車場に辿りつきました。
ここからは徒歩で完璧に整備された遊歩道を1.8km徒歩で岬の先端へ向かいます。

遊歩道の途中で海岸に降りられるようになっていて、この絶景が現れます。
しばし見惚れてしまいました。

左の岬の向こう側に灯台が見えるはずです。




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やっと白亜の灯台が見えました。
神々しい眺めです。

大正7年(1918年)から投光開始されているそうです。

昔の人はこんな足場の悪いところでも立派な建造物を作る馬力があったのだと思うと感動しますね。
CIMG5831.JPG







こんな雨の日にわざわざ佐田岬を目指す2輪ライダーは私だけでしょう。
だから晴天の青い海が写り込んだ画像しか見たことないので、雨の灯台の景色が逆にめずらしいでしょう。

晴れていれば豊予海峡の対岸に臼杵市や大分市が見えるらしいですが(14km)この日は霧で真っ白です。

ここは岬の山頂部で椿山という展望台から見た景色です。




CIMG5833.JPG
今日の相棒はヤマハR25です。
小松町の実家を出発して
ここまで4時間走りっぱなしです。
合羽を着ているとはいえ水が浸みてきて全身びしょ濡れになり
スリッピーな路面で体重移動を繰り返しながら、メシも食わずに走ってきたので疲れてきましたが、また同じ距離を走って帰らねばなりません。







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再び雨のツーリングで全く余裕なく道中の記事はありませんが

一つだけ見ておきたい場所がありました。
「元日本で最も海に近い駅」として知られる予讃線「下灘駅」です。

1990年代に海岸を埋め立ててR378を整備するまで日本で一番海に近い駅だったそうです。
晴れなら青い海の絶景だったはずですが、
やはりネズミ色の海でした。
この景色も逆にめずらしいですね。


伊予市から伊予大洲駅まで海側を走る予讃線の支線で伊予市から4駅目にあります。

このあと松山市からR11を弾丸で走って家に着いたら、850km埼玉へのナイトランが待っていますので体が休まらない週末でした。
訳があってCRF450のKYBエアサスからショーワの金属バネ入りフロントフォークに取り替えます。
しかし、このショーワは14年型で問題は15年型とブレーキディスク径が違います。
14年までは125と同じフロントブレーキだったので制動力が良くないのです。
15年からディスク径が20mm大きいので断然有利ですが、キャリパー位置も変更しないと
14年ショーワとφ260ディスクの両方は使えません。

CIMG5804.JPG

このとおりノーマルのキャリパーサポートではボトムブラケットの穴位置が違うので
取り付け不可能です。













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こういう場合最善の方法は
15年のボトムブラケットに取り替えることですが
カネが掛かるので安価に済ませることにしました。

適当なキャリパー位置を割り出し
現合でキャリパーサポートを追加しました。

いずれはアルミで加工すると思いますが
まずはスチールプレートで代用します。





CIMG5806.JPG

これでφ260ディスクが使えます。

この位置決めが難解で図面化が難しいので
このまま使ってみることにします。


こういうことやるのは商売を考えたことではありません。
今の世の中カネ次第でなんでも手に入りますが、カネを物に変えるだけの行為に
何の満足がありましょう。

会社をリタイヤすると老後が待っていますが
ある人は農業やったり、陶芸やったりで
思い思いの時間を過ごすわけです。
老後というものは65歳になったら急に始まるものではなく、50代から徐々に進行するものです。
私も既に老後を自覚し始めています。若いころのように体がいごきません。
それなんで、私の場合は鉄やアルミを加工して物作りして老後を過ごしたいなと思う準備の段階が今だととらえているわけです。

自分で作ったキャリパーサポートでブレーキが効いてくれたときの喜びを味わうために、今日も働くのです。

賛否両論あると思いますが、物欲で得た物を自分の一部とは思わないですから。
例えば、身長が低いから背の高い人をうらやましいとは思わない、
自分が持っている物でどうやっていくかしか興味がなくて、
人が持っている物を手に入れて同じようになりたいと思わないし、できない。
惑わされず我が道を行くだけです。
そうすれば行きつくところへ行くということだと思います。











無限444のファクトリーマシンを治具代わりという贅沢な方法でフルエキゾースト製作中です。
本物は買えませんからね。似せて作ることが命題の仕事です。
来週前半くらいで終わらせる予定なんですが
先週末の泥レースで腰痛が悪化して作業ペースが遅いです。(休みたい)

来週末はSUGOで日本GP、川越ではVMXが開催されますが、法事のためどちらも行けません。
三回忌なんで供養もひと段落です。

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444無限タイプフルエキゾースト。

シリンダーヘッドのフィンとフロントフェンダーの間をφ105のパイプが曲がって通るという、一見単純な形状ですが
一発でこの位置に決めるためには
20年くらいやってきた経験があっても難しいことです。

モデル作ってレイアウト検討すれば確実だと思いますが工数は莫大に増えますからね。
もし無限に同じ物を発注したとすると、
うちの10倍は請求されるはずなんで
大量生産でないと成り立たないことを
ローコストで実現させる目的です。
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おっさん一人でハサミとハンマーが主な道具ですから、代金は鉄板代2千円くらいと
15時間×時間工賃が一台分製作に必要な費用なんで、個人で注文可能な価格ですね。

この商品はOEM(相手先ブランドの生産)なので他のお客さんから注文されてもお引き受けできません。

簡単にメール注文できるのはラインナップ品に限りますのでご了承願います。
80年代から現存する関東甲信地方のMXコースはここだけである。
80年開催の全日本MXでは東福寺選手が全員ラップの偉業を成し遂げた場所です。
私は84年のノービス時代から走ってきた川西MX場ですが
土日共雨が降り続き、路面はヌルヌルの超マディーになってしまいました。

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アップダウンの多いコースレイアウトは走り応えがあるのですが
今日のコンディションはプレッシャー以外の何物でもありません。

気を抜くとどこでも転びそうな感じなんで
ドライ路面とは比較にならない集中力が必要でしょう。

案の定、私も両ヒート痛恨のミスで入賞を逃してしまいました。





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今日はこの登りが難所だったようで多くの選手がスリップして立ち往生していました。

勾配はきつくないですが粘土が滑る上にギャップで失速してリヤが横に流れていくので
渾身の開けで登っていくしかありません。
戻したら終わりです。









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スタートグリッドにつくGP、SEクラス

路面コンディション悪くても速いですね。

来年このクラス行けるのかオレ。











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結果ですが
EJ250クラス3位走行中
例の登りの手前の右コーナーで
うっかりリヤを滑らせて反対向きになって倒してしまい、再スタートに手間取っている間に3台パスされて6位。
EJ450は久々のホールショットで3周くらいトップで走れましたが、轍にフロントを取られて転倒、エンジンも止めてしまって再スタートできずにいると3台抜かれて4位。

情けない集中力の無さとチビ助が450駆るには最も過酷な条件だといえるので
リタイヤしなかったのが救いだと思います。

つくずく何も持ってない人だねオレ。ちょっとだけ持っているのは島国根性、四国人じゃけんね。
関東の人から見て愛媛ってどこにあるかわからない人が多い本当の話。
だから愛媛県人ではなく四国人と呼ばれたことがあります。

今年も残るは2戦ですが懲りずに戦いたいと思います。



前回のクラブマンMXで大内家長男のエンジンから異音がでていたので、異音の元を指摘したら
リキヤのエンジンOHを頼まれてしまいました。
リキヤはEJ150でポイントリーダーなんですが国際A斎藤ヒロシさんの長男が6点差で追ってきていますからレース中にエンジン壊れたらあっさり逆転されてしまう状況でした。
しかし、私が修理したからといって確実だとはいえません。
シリーズチャンピオンというのは1年間レースしないと結果が出ないわけですから、これを整備ミスで落としてしまうと責任重大なんであります。
だからレースメカニックなどという人の人生を左右する仕事は、私のような物忘れの激しい人間には務まらないと思います。

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分解してすぐにわかったことは3軸とバランサーのベアリングが全部ガタガタで
シャフトが暴れてケースを叩いている音でした。
破壊寸前のエンジンで走っていたわけです。
全てのベアリング交換を決定し、分解にかかったのですが
ベアリング抑えのボルトが緩みません
トルクスヘッドのM6サラビスですから
大した締め付けトルクではないはずです。

ちょっと緩んだ直後にトルクスの工具の方が割れてしまいました。


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下が割れてしまった工具。
同様のビスを何回も緩めてきたのですが今回は無理でした。

そして某カインズで買ってきたソケットが真ん中で、店員が自動車整備用だと勧めたのでした。

真に受けた私がバカでした。
一発で先端がグニャリと捻じれてしまい
これは焼きが入っておらんぞ、ということで速攻で返品して
上のTONE工具に買い替えました。

捻じれたやつは知らない商社名の製品でしたが、おそらく中国メーカーの粗悪品を値段が安いだけの理由で、使えるかどうか確認もせず仕入れたのでしょう。
安もの買いの銭失い

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緩まない原因はネジロックで固着していました。
分解することは考えていないのでしょう。
組立てラインでは作業標準に従って組み立てるので作業標準決めたやつが5年後にメンテナンスすることを考慮してないだけのことです。
レーサーですから1年間トラブルが出ないことが最重要項目なんで、後のことは知らんというわけですね。

某ショップではレーサーを新車から全バラして組直すと聞いたことがあります。
人が組んだエンジンはメンテナンスに個性が出ていて好きでない場合があります。

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シリンダーヘッドもメンテナンスしておきましたが、部品の交換はなくクリーンアップが主な作業内容です。

バルブシートにカーボンを噛んでしまって気密が悪くなっていたはずです。










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同じ時間運転したクランクですから、この機会に新品交換です。
これが壊れるとケース全損する可能性が高いからです。

左が旧品、右新品、クランクウエブの肌が違うことがおわかりでしょうか。

旧品は外周黒皮なのに新品は全周切削されています。
当然コストや精度が違ってくるわけですが
量産でも途中で改良されていることが分かります。



今夜中にエンジンはフレームに載せて、先程エンジン試運転してきましたので、今週末のレースに間に合わせることができます。 一安心


人間は誰でも衰えて死んでしまうものですが、家とかクルマとか生前に処分してないものは遺族が処分しなければなりません。
地元なら問題ないですが埼玉に住んでる遺族が愛媛の家を管理するなどということは物理的に困難なのであります。売却しようにも僻地なので値段が安い上に買い手もつかないのですから、仕方なく仕事を休んで交通費を掛けて無益なことをすることになっています。

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人が住んでいない家は一年も放っておくと藪になってしまいます。
都会と違って建物以外はの土から雑草が伸びて、樹木は枝を伸ばし巨大に育っていくので、家が見えなくなるように被さってきます。
なので邪魔な木を伐採するためにチェーンソー導入しました。
エンジン付きは重くて疲れるだろうと
騒音で近所迷惑になっても困るということで
マキタの電動にしました。
軽いのでいろんな角度でも扱いやすく
太い幹もサクサウ切れるので、これにして正解でした。
プロの林業で使わないかぎり、十分な性能だと思います。
残念ながら愛媛に滞在中、毎日雨で無駄に過ごすわけにはいかずズブ濡れになりながら作業してしまいました。



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家の前の河原、平成16年の台風で洪水になって実家も床下浸水しました。

普段は平穏な清流です。
この透明度わかりますかね。
この土地の特徴である青石がゴロゴロしています。

鮎やモクズガニが取れる川です。
埼玉の川はこのような綺麗な水は流れてないですね。
上流にたくさん民家はあるのですが、汚いものを川に流さない当たり前の営みのおかげだと思います。



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砂防ダムは設けられていますが
魚が遡上出来る階段状の滝になっていますから生態系も壊さないで治水されているんですね。

自然と人間の共存という大事なテーマを表した建造物です。









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滞在中は秋雨前線もあいまって、山には常に雲がかかっていました。

この水蒸気が山に染み込んで、あの清流を生み出しているのでしょう。

天気が悪いのも悪くない。









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家には金魚を池で飼っていますが
水は用水路から水中ポンプで汲んでいます。
その水中ポンプに乗っかっている体長20センチくらいの蒲を発見。
縄張りに珍しいものを見つけたか、モーターの熱が温かかったのかどちらかですね。

昔だったら食べられているね。







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草刈りに飽きて、少し晴れ間が見えてきたので、お気に入りの場所へオートバイを走らせました。

四国88か所霊場のうち最も山奥に位置すると思われる横峰寺はうちの部落を通って上がっていきます。

クルマで来れるのはここまで、このあと2
kmほど酷道を徒歩で上がっていきます。

湿度が高く、バックミラーやヘルメットのシールドが結露して見えなくなります。
そのせいかエンジンが不調です。湿気のせいで全然吹けませんので走りにくかったです。これでツーリングはしたくないですね。
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山奥なんで、誰にも合いません。

圧倒的な自然の中に好きなときにオートバイに乗っていける
これがなかったら田舎に行く目的もなかったでしょう。










結局二日目に草刈り中に持病の腰痛が出て歩けなくなってきたので、やむを得ず作業を中断して
埼玉への帰路につきました。
CIMG5773.JPG




自分の畑にも行ってみましたが
去年より雑草が伸びてしまい
踏み入ることが困難になっていました。

当面はこちらの伐採が課題になりますが今回は手付かずでした。
444サイレンサーの続きです。

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サイレンサー本体は組みあがりました。

まだまだ完成ではありません。













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マウントステーをこしらえます。

純正同様のラバーブッシュは支給品ですが
純正パーツリストに品番はありません。

マフラーCOMPに組み込まれた部品なので
ブッシュ単品の設定がないのです。

これはゴムメーカーに発注して製造していただいた部品だと思います。

ラバーブッシュはカラーに圧入しますが
圧入荷重のデータが無いために
カラーの内径を精密に加工しなければなりません。
内径が小さいと圧入できません。
内径が大きいと緩くて抜けてしまいます。
圧入荷重を適切にする加工寸法は私独自の理論がありますので、今回はそれを活用して行います。

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ブッシュの圧入は最後に行います。
圧入後溶接だとラバーが燃えて無くなってしまうためです。

そのためダミーのブッシュを作ってカラーの位置決めと仮溶接を行います。









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シートレール下のマウントステー

こちらは純正のラバーマウントステーを用いて位置決め(仮止め)します。

仮止めの熱でもゴムが焼けてきますので
本溶接は車体から取り外して行います。









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ラバーブッシュ圧入

完璧な圧入荷重でした。
けして外れることはないでしょう。












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マウントステー溶接完了。

これにて444サイレンサー全行程終了します。

ホーリーさんとこで塗装して商品化される予定となります。





誠に勝手ながら今週末からしばらく連絡とれないとこへ行くため、ご用の方は29日以降にお願いします。

降水確率80%を楽観的にみて、大した降り方はしないだろうと思って十日町を目指しました。
予報通り川西モトクロス場は雨が降り続き、管理人さえ来ない状態でした。

せっかくなんで本州横断して日本海へ出てみました。
日本海は普段用事がないのでめずらしいのです。

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波は穏やかですが
太平洋や瀬戸内海とは明らかな違いがあります。
工場や漁港が少ないというか何も見当たらない海岸が続いています。

しかも民家が近くになく、北からの侵入者が上陸してきても容易にはわからないでしょう。

対岸はロシアなんでしょうね。





ちょっと足を伸ばして柏崎まで行きました。
柏崎といえば「リケン」が思い出されます。
リケンはピストンリングが有名な鋳造工場ですが、4輪のサスペンションの素材も鋳造しています。
高専の4年くらい先輩がリケンの営業部に入られて狭山工場まで「初物事前報告書」を持って説明に来られたのに応対した記憶があります。
冬期にホンダから出張して会議の途中でもリケンの社員は5時に帰ってしまうと聞きました。
「雪下ししないと家が潰れるので失礼します」ということです。
仕事だけでなく大変なご苦労がある場所です。

夜は十日町で温泉に入り車中泊しまして
昔のようにR17で三国峠を通って帰りました。
苗場プリンスホテルで用を足して
朝食はカセットコンロ使って駐車場でとり
峠にはお猿の背中に子猿が乗ったやつがでてきて自然を感じながらの移動です。
80年代は関越道は前橋まででみんな三国峠超えていたので川西は片道7時間かかっていましたが
今日は沼田から高速使ったので午前中に帰宅できました。
これから仕事の続きです。


日曜日のMXVは予想に反して雨も散水もないドライコンディションで本来走りやすいはずなんですが
自分の問題でダメなレースでした。
全然荒れてない路面なのに2回も転倒した250クラスと熱中症気味でペースダウンした450クラス
どちらも5位でしたが参加台数が少ないので30台出走なら10位とか20位くらいの結果でしょう。
このまま沈んで行きたくはないですが、老化だと受け入れておきます。

さて今週はこれです。

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444サイレンサー純正もどきです。

鉄板を巻いて作ります。

前後キャップは金型作って型押しする予定です。










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別件ですが、これは金曜までにやるんです。

長いエキパイを切り詰める作業ですが
エンジンも含めて完成形は無いみたいです。
できたものに対して常に新な要求が生まれてきて終わりがありません。
急な依頼は普通はお断りするんですが、
半年待っておられるお客さんもありますからね。
ちょっとこれはお断りしにくいといいますか
命令に近いものがありますので
なにがなんでも金曜までです。
(大したことしないんで大丈夫かな)


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サイレンサーエンドです。

丸棒から削った金型オス、メスを使って型押ししました。

板取寸法も成形を左右する要素なので
若干のトライが必要です。

与えられた見本の形状に沿った作り方を考えていますが、経験や知識はゼロに等しいので悪戦苦闘の連続です。(大袈裟な表現)




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サイレンサー・フロントキャップです。

プレス成形ではありませんが
サイジング用の型に押し込んで叩いて作りました。

パーツ毎に作っていますので
構成部品が揃ってから一気に組立てます。








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ちょっと残業してエキパイの切り詰めやっておきました。

CRF250は、やってないですからどんな仕様かわかりませんが、これで走りがよくなればお安いものです。










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ジョイントパイプ

砂詰めない手曲げです。

パイプエキスパンドは型押しで











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セパレーター

当然必要な構成部品です。

わかりやすく先に入れた図になっていますが
サイレンサー側に入れて溶接してから差し込まれる順番になります。








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パンチング

中身は防錆のしようがないので
0.8mmステンレスで巻いています。
もちろん鉄より固いです。




シンプルなサイレンサーですが
構成部品はまだまだあります。


今年こそMCフル参戦と決めて、14年は親の葬式、15年は骨折とアクシデント続きでしたから。
公式戦も今年が最後のつもりで、はや7戦になりました。
5戦は熱中症、6戦はパンクという不本意なレースを強いられてきましたのでランキングも首位から陥落してしまいましたが、最終目標はまだ先なので消化していきたいと思います。

9月に入ってから仕事の問い合わせが多いです。
くそ暑い夏ではオートバイに触るのも嫌気がするのでしょう。涼しさが見えてくるとやる気が出るのかもしれません。
相変わらずバックオーダーで納期未定なので、およそ3か月納期と答えています。
予定がある方はご注意ください。
それから後半には愛媛に帰ります。今年から空き家になった実家周辺の草刈りと、自分の畑が藪になっていると思いますので樹木の伐採が目的なので1週間くらい仕事止まるでしょう。

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MC第7戦の会場はMXVですが
当然好きなコースではありません。
滑るタイトターンで開けられる部分が少ないですから450では優位性ないですからね。

しかも一発目の公式練習と第一レースですから、晴れでも散水でマディーに決まっています。
最初からソフト用タイヤ組んでおきました。
3レース走ったIRCですけど、まあいいでしょう!
本当は滑るコースほど新品タイヤでいきたいけど、贅沢はほどほどに。

今回は借りてきたショーワの前後サスがついていますが、モトビの路面では全然関係ない感じです。車高が上がっているのでエンスト厳禁ですね。(足が届かん)

そんなわけで連続台風も過ぎ去り、今日明日はいい天気ですが日曜は再び雨模様という、天気ばっかり気にしているこのごろです。(モトビまともに走れるんかー)

70年代スーパーカーブームに中学生だった私ら世代は訳もなくスーパーカーに魅かれていました。
その中の何人が将来スーパーカーのオーナーになり得ただろうか。
スーパーカーは皆の憧れであって必ずしも購入したり実際にドライブすべきものではないようです。

そのスタイル、そのスペックを眺めているだけで十分に楽しめる憧れの存在でいいのだと思います。
この動画を観て、社長の八郷(ハチゴー)さんは私と同期入社だとわかりました。
ものすごい格差ですが、その社長でさえ自家用車はS660ということで
会社のトップとしてもNSXは夢のクルマであることがわかりました。

そしてそのチームメイトと呼ばれた開発者と製造責任者も夢のクルマだと語っていました。
そんな自動車メーカーのトップが夢を現実のものへと具現化した物語をこの動画に集約していると思います。

私が担当した初代NSXを作った高根沢工場の映像もでてきます。
初代NSXでは軽合金の鋳造、鍛造部品を重点に品質保証を担当しました。
当時のLPLは40代だった伊藤さん(先代の社長)でした。
オールアルミモノコックフレームは複合素材の高剛性スペースフレームに進化し
3.5Lツインターボエンジンとダイレクトドライブモーターの組み合わせで581PSの高出力。
フロントのツインモーターはトルクベクタリングでステアリング操作と別のコーナリング性能を実現。
ギヤチェンジのタイムロスを無くしたデュアルクラッチの9速ATミッション。
他に類を見ないハイスペックに、心を躍らせる自分がいました。





車両価格2800万円、国内販売台数100台を予定している新型NSXを購入できる幸運の人は誰でしょうか。
2000万円のRC213Vより、こちらの方が圧倒的にお買い得だと思いますが
収益性の悪いスーパースポーツを作る意味
継続的に作っていく計画はあるのか
環境性能は適合できているのか
様々な疑問にも答えていただいているので長い動画ですが新型NSXに理解を深めるために視聴の価値ありと思いました。




ホンダモーターレク契約ライダー(80年代)浅野正幸さんのMXコースへ初めて乗りにいきました。
評判通り完璧なコース整備された路面でした。
土質は平らな菅生という感じでアクセル開けられるのが人気の秘密だと思います。
設備も関東のコースではトップクラスで水は井戸を掘って地下水を使っていますが
飲めるほどきれいな水で縞鋼板を敷いた洗車場は申し分ありません。(500円洗い放題)

埼玉は土日雨が降り続いていたのに、あそこはベストコンディションでした。

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ピンぼけでスミマセン

あれ?いつもと違うゼッケンです。

伊田さんのマシン試乗中ですが
スペシャルサスと24mmオフセットのステアリングを試さしていただきました。

私のはノーマルのエアサスと22mmオフセットですが、全然違う性能に驚きました。

ノーマルエアサスはギャップの通過時が固くて立ち上がり加速でチャタリングが激しくて力で抑え込む必要がありましたが
スペシャルサスと24mmはチャタが全くでません。真っすぐ走っていくので体力の消耗が少ないのです。
ああーこれならレース後半までタレずに走り続けることができますね。
サスは幾らで作ってもらえるか相談します。
ステアリングはハンドワークで作れそうだから、お金を節約してフライス加工します。(買うと上下クランプ7万円くらいだそうです。)

フロントフォークはショーワのSFF(片側ダンパーとエア)なんですが
普段やってないので空気圧の調整を教わりました。
適性値はブリッツ・シュネルさんに合わせてもらったものですが
正確に調整するために自転車用FOXのデジタル・ポンプを仕入れて行いました。
そこで圧力の単位は何だ?ということになりkg/cm2かpsiかはたまたbarかという議論になり
このデジタル・ポンプは単位の換算を手元で瞬時に切り替え表示されるので
エアサスにはpsi(ポンドF・パー・スクエアインチ)で統一すると意思統一しました。

psiはポンド・ヤード法で非SI単位で1kg/cm2=14.2psi

barも非SI単位でギリシャ語の重さという意味のbarosが語源で1kg/cm2=0.98barですから
大体同じグラム・メートル法で使えます。

因みに気象における気圧の単位は1mbar=100paすなわち1hpa(ヘクトパスカル)
1bar=10の5乗pa ヘクトは100倍の意味

普段使わないので慣れた単位で換算しておくと分かりやすいです。
私の場合はトルクも圧力もメートル法でないと分かりません。


正直な話少し迷っています。
マフラー作りやエンジン整備なら職業柄、当然やるべきことと思っていますし、
モータースポーツは人力だけでなくマシン性能も競うものだと思っています。

そこでノーマル以外のいい物を付けて得た結果は自分の能力によるものではない
という考えと(自分で施したチューンアップは能力のうち)
一度いい物を味わってしまうと、それに劣るものは使いたくなくなるという考え

今のレースする目的は何か、ということを考えたらどうみても不利な条件、
体格や年齢からくる体力面を克服して結果を出すことですね。
順位が目標なのではなくで、「オレがやったらこれくらい」という実績がほしいのです。
だからレースやらなかったら何もわからないですからね。

もう少しマシンと向き合い、先輩のアドバイスもいただきながら精進したいと思います。
80年代CR125の無限キットに使われていたピストンは444流用でした。
狭山レーシングで83の無限シリンダーを貰ったので、朝霞の無限本社までピストン買いに行った記憶があります。
444は市販車でもポーラスめっきシリンダーだったのですね。
それから世紀の失敗作フロント23インチもこの年(79年)だけの仕様。

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これはホーリーさんからの預かり物で
無限のファクトリーマシンらしく
前後サスペンションやチャンバーが量産とは違っています。
フロントも21インチに換わっています。

これが発売されたころ私は高専の2年生で
学生寮の勉強部屋にこれのカタログを貼っていましたが、高嶺の花で実車を見たのは
五明(松山オートテック)でしかありません。

まだどこの会社に入るかもわからない時代でしたから、これも何かの縁でしょう。



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今回はこの無限パイプの複製を頼まれましたが、プレス成型でなくハンドワークの手巻きと膨らましで似せて作ろうとしています。

量産型とは全然違う形なのでこのマシン所有しているレストアラー向けの補養パーツになるはずです。









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このパイプも激しく腐っています。
なんとか補修して使い続けようとした痕が見えますが、ここまで腐ったら諦めたほうがよいでしょう。

その代わりに寸法図って新品複製します。










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こんな感じで型を決めている最中です。

オリジナルもそうですが、ハンドル切ったときにフロントフェンダーが擦ってしまうので
なんとかギリギリ交わせたらいいのですが
難しいところです。



サイレンサーも横から突っ込まれて曲がっているので復刻する予定です。
これは位置決めの治具代わりです。




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なかなか似ているでしょう?

この型で行こうと思いますので明日から生産に掛かります。

完成までお待ちください。

廃番になった国産トレールモデルの代表格。
2スト生産終了になってからチャンバー作り始めて18年くらい経っています。
年間50台くらい生産とすると生産台数900台を超えていると思いますが
まだ初めて付けてくださるお客さんがおられるのですね。

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作ったらすぐ出荷してしまうので
CRMとRMXという2機種が揃っている図は珍しいので画像撮っておきました。

用途はナンバー付トレール車のエンデューロから林道ツーリング、公道専用と様々なシーンが想像されます。

レーサーモデルのマフラーではこのような長期間売れ続けるものは無いだろうと思いますので、ウチの主力機種ということになるでしょう。


                  
スチールチャンバーを初めて装着する人も少なくないようで
錆などについての質問を受けることがあります。
普通の商品なら買ってきたままで装着するわけですから、塗装もしてない鉄板は大気中で錆びてしまいます。雨や泥水を被ると即日赤錆になるでしょう。
レース用チャンバーなら未塗装というのが私のポリシーです。全開走行して焼いておけば錆の発生を防げるからです。
頻繁に整備もしますからチャンバー外して磨くことも手入れのうちと考えているのですが
一般の人はなかなか面倒でそんなことはしないと推察されますので
買っていただいたチャンバーがどこかで錆び錆びになっているのは忍びなく思うようになり
出荷時は耐熱クリア塗装してありますので大気中で錆びることはありませんが
排気熱やタイヤからのチッピングで段々剥がれてくるとは思いますが、そのときは剥離して再塗装すればよいでしょう。

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これは気になるなー。
見に行きたいが大事なレース前の貴重な時間だし、ちょっと無理かな。

バックオーダーにレースに田舎と9月は一日たりともスケジュールは空いてないです。










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ル・マン富士1000kmレースとな

ル・マンなのか富士なのか
1967から1992まで開催された富士1000km耐久が99年に復活してル・マン24時間レース規定で行われたというもの
優勝チームはル・マン24時間の予備予選出走免除の特権が与えられた。

展示予定のR391が優勝車でドライバーはエリック・コマス、本山哲、景山正美。

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日本人レーサーと言えばこの人!
高橋国光さん。
1958年MCFAJレースデビュー
BSAで350ccクラス優勝を皮切りに
61年からホンダと契約しドイツGP250ccクラスで日本人として初優勝。
62年は初戦、2戦と連勝し3戦マン島TTレースで転倒して瀕死の重傷を負った、世界の高橋国光さんがゲストというのも貴重です。

富士1000kmでは70年にダットサン240Zで黒沢元治とペアで優勝してます。

1977年にはマーチ75S(マツダ)で片山義美、従野孝司ペアが優勝。
片山義美さんは61年MCFAJで2輪レースデビュー、その後スズキと契約し67年には世界GP50ccクラスランキング2位という、同じく世界の片山(初代)です。2代目片山は同氏が設立した「神戸木の実レーシング」出身の片山敬済さん。
従野孝司さんも同クラブ出身でモトクロスから4輪転向しました。片山氏とは異父兄弟(六甲伝説より)


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日本では自動車は作っていなくても、航空機は世界最高水準に達していたころの
実機が見れる貴重なチャンス。

所沢なら行けるかな。

三菱重工と並ぶ航空機メーカー、中島飛行機。
あのPOP吉村も中島飛行機の整備士だったことから2輪エンジンチューンアップの元祖ともいえます。

軍事マニアでも航空機マニアでもありませんが、エンジン愛好家なら必見のイベントではないでしょうか。

思い出したことがあります。
会社辞めた理由、癒着体質とゴマスリ昇級に嫌気が指しただけではありませんでした。
小心者の私が最も恐れたことがありました。

会社側には課長や主任研究員と同等の資格を持つ技師という格付けがあります。
専門分野のリーダー格をカテゴリー技師と呼ぶのですが
例えばOAシステムや鋳造、鍛造など専門分野に特化した技師がおられました。
4輪の新機種を担当した時期に鍛造のカテゴリー技師と仕事させていただいたことがありました。
そのころ技師の体験談を聞きました。
常務からの命令で「ブラジルへ行って工場を立ち上げてこい」ということだったそうですが
行ってみると電気も来てないような原始林だったといいます。
正に土木工事やインフラ整備からの建設で非常に苦労した話をされていました。
おまけに「品物が出来るまで帰ってくるな」と言われたそうで、もの作りの前に工場や設備を整えるところからやらされたそうです。

2輪も4輪も国内生産だけでは会社は成長できないことが分かっていて、生産コストや為替レートの変動で年間の利益が数百億円も違ってしまうので、有利な場所で生産拠点を変える必要が出てきます。
また先進国の人口も限りがあるので需要も頭打ちになるでしょうが、人口の多い新興国に市場を開拓しないと成長はできないということでしょう。

私も専門分野だけでなく、栃木工場、HUM(ホンダ・オブ・UK・マニュファクチャー)と連続で新工場立ち上げスタッフに任命されていましたので、その後はタイやインド、または中国などへ駐在させられる気がしていたので、日本でやりたいことは何もできないまま年をとっていくことが許し難い処遇だと思っていたことが最大の理由であったことを思いだしたのであります。

会社っていうとこは給料は保障するけど仕事は保障しないとこだと思っていました。
組合員は簡単にクビにはならないことを盾にして仕事しないで給料もらっている人をどれだけ見てきたか。
魑魅魍魎だらけのあそこには居られないという感じでした。

先日サスペンションのブリッツ・Sさんとこへ納品にいったとき
オーナーの中村ホールディングスさんが所有のハーレーダビッドソンFLH1800からインジェクターが外され、インジェクターの洗浄に出す話をしていたので
「私のもやってもらえませんか」と頼みましたら快諾してもらえたので、早速インジェクター外しました。

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4輪ではポピュラーなチューニング方法らしいですが
2輪も吸気系の構造は同様になっているので当然やるべきことだと前々から思っていましたが、なかなか機会がなく放置しておりました。

キャブレターでいうとメインジェットとニードルジェットのような役割のインジェクターですが
精密な部品なので僅かな消耗や汚れで性能が変わってしまうでしょう。

症状としてはインジェクター内のフィルターやノズルが詰まってパワーダウンします。
エアクリーナーに設置されたエアフローメーターで吸入空気量を計測しECUで瞬時に計算された燃料を適切な空燃比で噴射するという離れ技を行っているわけですが、電気的な信号を信頼するならインジェクターは動的な機械部品なので信頼性を保つことがエンジンの性能を発揮するために必要だと考えます。


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これがCRF450のインジェクターです。

フューエルポンプで一定の燃圧がかけられた状態で
インジェクター内のコイルに通電されると
ソレノイドが動いてプランジャーを開いて
燃料を噴射するというしくみです。

したがってプランジャーの開放時間が燃料の噴射量を決定するということなので
今回はその通路を洗浄して
設計通りの流量がえられるようにするという目的です。

施工業者さんから実施前後のデーターもメール送信されますので効果が可視化できます。データーは燃圧2.5ber時の噴射中画像と1分間の消費量で比較したものになるそうです。
燃料消費量が増えることで、元の状態よりスムーズな流れが得られたと考えられるわけですが
パワーアップと同時に燃費が悪くなるとお考えの方は誤りです。
例えば常用回転域でエンジンパワーが低いと余計にアクセル開けて回転数を増そうとしますから
これが燃費の悪化につながります。低速から十分にトルクが出せれば加速もよくなるので
結果的にアクセル開けなくてもよく走るということになるでしょう。

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インジェクター内部は壊さないと見れませんのでノズルの部分だけ観察しますと
このような穴が開いています。

ステンレスの板におそらくレーザー加工された精密な穴は
この機種ではφ5のノズル径に対して、推定φ0・2mmの穴が12個開いています。

この穴径と数が燃料の微細化と流量を決定していることから
吸入空気と吸気ポート内で混ざり合い燃焼室へ取り込まれる工程の要の部分であると言えます。

日本には自動車も2輪もレースという競技が無かった時代、昭和30年代
戦前は大正時代から輸入車の2輪レースが存在したのを除けば
戦後の復興から「これからはスピードの時代、自転車なんか乗ってないでオートバイを作ろう!」というスローガンの下、メーカー主導の2輪レースが始まりました。
しかしアマチュアの一般参加が出来るレースが望まれ、八重洲出版(モーターサクリスト誌)がMCFAJを立ち上げたのは2輪レース愛好家なら周知のことです。
では、なぜ第100回かという疑問がわきますが
先代の西山委員長(トシ・ニシヤマの父)が主催した時期は春と夏2回開催した時期があったので
創立58年のMCFAJ全日本大会が100回目ということも納得しました。
また、関東しか開催しないMCFAJなのに何故、全日本かというと設立当時は福岡県の雁ノ巣でロードレース開催された(あのPOPヨシムラも参加していたし、小説「汚れた英雄」にもでてきます。)
全国からエントラント募集するつもりだったころの名残と思われます。

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梅雨明けした関東は暑い、浅間高原でも同じこと。
前回オフビレ大会は猛暑で熱中症気味になってしまったので、今回は入念に暑さ対策しました。

ところが30年以上モトクロスやってきて
スタート前にフロントタイヤがパンクしているなどというトラブルは初めてのことです。
気付いたのはグリッドについてからなので
修理する時間がありませんから
リタイヤしようと思ってパドックへ引き上げたのでした。

そしたら隣にいた伊田さんがホイールを貸してアゲルとおっしゃるので
スペアホイールではなく伊田さんのマシンからフロントホイールをはずして私のマシンに組み換えました。ブレーキローターも大径のものだったので、ローターも交換などしているうちに
無情にもスタートのエンジン音が聞こえてきました。
なんとかホイール交換終えてコースへ走らせましたが、すでにトップグループはコントロールラインを通過中、中盤手に割り込んで1周遅れでスタートしました。
鬼人の追い上げで前走者を抜いていきますが、抜いても同一周回のビリですから、やるせない気分で走っていましたら、ようやく3位の人の後ろに追いついてレース終了でした。
一応15位完走で3ポイント得ましたのでリタイヤよりはマシでした。
これも一重に伊田さんがいてくれたおかげで、自力ではリタイヤだったと思います。
おまけにヘビーチューブもくれたので午後のレースは自分のホイールで走れます。
パンクしたチューブ見たらリム打ちして破けていました。
エアチェックは公式練習前にしていて第一レースだったので点検がおろそかになっていました。
次回から対策したいと思います。(今更か!)
午後のEJ450のレースではアクシデントもなく4位走行で18ポイント得られましたのでホット(HOT)しました。
今年の目標はSE昇格しかありませんので残り4戦、気を引き締めてやっていきたいと思います。
チビでも450、50過ぎでもSE昇格を証明したいです。


雑草が伸びて視界が悪い観戦ポイントですがEJ450のレース風景です。
トップは元IB、モトロマン所属だった福田選手44歳
2位は大内家長男の19歳リキヤ選手
3位はいつも追いつけない高橋選手40歳
そして4位、PRECIOUS.FRTクドウ選手53歳

8月はレースないので(僕はね)次回は9月11日MXヴィレッジです。
辞めた会社の悪口を書いているように思われるでしょうが、実は強烈な後悔の念に苛まれることがあり
あのまま勤めていたらどうなっただろうか、辞めて別の仕事をしたらどうなるだろうか、
両方を知ることはできません。
おそらく辞めないで続けていれば思ったとおりの人生になったであろう。
しかし、辞めた後の人生は全く予想がつかず分からない世界でしたので、分からない方を選んだということでした。(あの時の心境を思い出すと)
本田技研工業のすごいところを挙げたらキリがないのですが、私の所属した狭山工場について語るなら
FCM(鋳造機械課)という部署があり、鋳鉄のシリンダーブロックを内製していました。
2000ccクラスの4気筒エンジンです。
砂型鋳造したシリンダーブロックの上下面研とスリーブ加工まで一貫生産です。
ちょうど在籍中にアルミシリンダーに変わりFCMはDCM(ダイキャストマシナリー)として新に工場建設したのでした。
自社製のエンジン製作を外注に出さない、まさに技術の本田です。
外注に出すということは機密事項である図面が外部に漏れるわけですから絶対に出さないでしょう。
クルマのデザインの要であるボディーパーツ、ボンネットやルーフ、ドアなど主要な外板も全て内作です。
定格荷重3000トンのプレス機で一発成形される鉄板は新日鉄と共同開発した本田特製のSPCCです。GA材(ガルバナイズドスチール)の溶融亜鉛めっき鋼板は本田専用ラインを新日鉄に作ってあります。
クルマの部品は1台分1万点以上あるのに、その全てに部品番号と図面が存在し、部品メーカーとの取り決めも詳細に行っており、一日2000台生産能力があるラインのタクトはおよそ1分。
1分間に1台ずつ完成車が生まれてくるスーパー工場なのです。

部品メーカーも凄いですよ。4輪ですから足回り部品は一日で8000個生産しないと間に合いません。
ホイールやハブ、ブレーキにサスペンション。毎日8000個ラインサイドに届けなければラインがストップします。本田の取引メーカー=超一流ということです。

私が最も不満に思ったことは、部品メーカーへ行くと品質課の課長は製造を経験したプロ、
すなわち自社製品の製造に従事したベテランなのに対し
本田の品質管理は製造の経験に乏しいか、全くの素人も多いです。
取り決めした品質基準書や工程表のような書類を管理して、取引先に遵守させるのが仕事なので
製造の経験が無い人でもできるということです。

もっともトラブルが発生した場合は原因を究明して対策しないと市場で問題発生しては遅いので
部品のバイヤーの立場からすると主導権をもって解決しなければなりません。

そんな品質管理屋しかやらせてもらえない職場では、人の失敗の後始末的仕事ですから、他の人に任せて私は辞めさせていただいたということです。(フー、お分かりいただけたかな)


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今回はサスペンション屋のブリッツ・シュネルさんからの依頼です。

うちはマフラー専門ではないですからね。
注文がマフラー中心になっているだけで
作れるものなら何でもいいんです。

エー、上がノーマルスプリング

下はブリッツさんで取り寄せたハードスプリング。
このショックに適合しているわけじゃないので、このまま取り付けは不可能です。

コイルの内径が大きくて座金ガガタガタで取り付きません。
プリロードはネジ式でなくカムを回す方式なのでスプリングの自由長が違うとプリロードが掛けられません。

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そこで、ハードスプリングに合わせた座金を作りました。

スプリングシート上下と長さ合わせのスペーサーです。










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スペーサーはアルミの無垢なので、軽量化のため穴加工で肉抜きしました。

全て私のオリジナルデザインです。

なに、カッコ悪い?
それじゃ、もっといいアイディアを出してくれんかの。







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部品3点加工でハードスプリング取り付け可能になりました。

スプリングコンプレッサーで縮じめて、アンダーブラケットをねじ込めば組立て完了。

世の中に無いものを自分のデザインで作れれば
他人の後始末業務をやっているより
精神的に幸福なのだと思いたい。
(給料が全然違うからね、後悔先にたたず)

本田技研工業という会社の身分制度、江戸時代に例えるなら
現役の正社員や定年退職した人は武士、社長は将軍、所長クラスは大名とでもいいましょうか。
主任以下は下級武士、昇進したければ上司の気に入るように振る舞わなければなりません。
限られた特権階級の武士は豪商と癒着して私腹を肥やす。
そんな、ごますりや不正行為を見ながら、腐りきった会社組織から脱却したいと考え
武士を辞めると表明したらどうなるか、禄は取りあげられ屋敷も没収、無一文で世の中に放り出されることになります。
身分は都会なら町人、田舎なら百姓(農業従事者を指す言葉でなく、職人やその他の事業も含む)になります。
私は下級武士から足を洗って町人(手工業)に変わったので武士である本田技研工業の社員さんとは身分が違うので、対等にお話しすることはできないことをご了承ください。

最初の配属先の品質管理室に他の事業所から配属になった社員は初日の朝礼で挨拶するのですが
朝霞研究所から転勤してきた人の自己紹介でこんなのがありました、
「NR500のレースメカニックでR・ハスラム車を担当していました」
一見花形職業のように思えて、新人だった私は、すごい職場だなと思っていましたが、
朝礼の空気は冷ややかなもので「それがどうした、会社のカネで遊んでいたんだな」
「ここは量産車を製造する工場だからいままでのようにはいかないぞ」
そんな無言のプレッシャーを職場内に感じていました。
レースメカニックや開発業務というのは自分の意志でなく、たまたま配属先がそこだったというだけで
そこで才能を発揮するか落ちこぼれていくかは個人の技量の問題。
プロジェクトが解散すれば余剰の人員はよその部署へ移動になる。
与えられた仕事は全て経営側の企画に基ずく命令であるから、幸運にもレーシングマシンの担当になったとしても、いつまでも任されるわけではなく、いつかは辞令がきて移動になるのが会社員の宿命です。
私も新工場のプロジェクト(栃木、イングランド)で何年も移動になっていましたから、この先も上司の思惑で移動させられて適性にあってもいないことをやらされるかと思うと、会社に嫌気がさしてしまったのが退職の理由です。
定年まで勤め上げた人は相当我慢強いか、独立してやりたいことがなかったのでしょう。
いずれにしましても身分が違いますので、一定の距離は置いておかねばなりません。

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会社辞めてから始めた仕事なんで

会社員時代はこんなもの作れませんでした。

必要に迫られて考えてきた結果です。

曲ったパイプを自分の設計図に従って作っていきます。

これは2000年ころから作っているRMX250S(ストリート)
CRMと肩を並べる需要でしたが
近年は年間に数えるほどしか作らなくなりましたので廃番の時期が近いでしょう。

大体3年くらい注文のない機種は型や治具を廃却するようにしています。
治具置き場に限りがあるので、全く売上げない機種のために倉庫代をかけられないためです。

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パイプつなぎ終わりました。

15年も前に作った古い治具なので作り難いです。

現行車なら迷わず新型起こすところですが
RMXは絶版車なので
型の見直しをすることはないでしょう。







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2月ころ注文された商品ですが
完成のメールを送ったところ
支払いを待ってほしいという返事。

事情はわかりませんが、
通信販売ですから代金お振込みが無い場合は発送できないだけです。

大体1週間くらいが目途で対応なき場合はキャンセル扱いとさせていただき、以後請求はいたしません。

順番に作っているのですが次のお客さんに振り替えさせていただきます。
オートバイとは人が移動する乗りもの。当たり前ですが玄関から乗って好きな所へ行けるのがオートバイと思っているので、レーサーはオートバイとしての要件に欠如した乗り物です。(何処にも行けませんからね)
そのくせ私は一般道をオートバイで走るのが好きでありません。
特に信号機が多い道や自動車が連なって走っている状態が苦痛で仕方ありません。
それは自由がないからです。自分の好き勝手に走っていては、たちまち事故になってしまうでしょうし
見通しの悪い脇道や無法な自転車や動きの読めない歩行者などに注意しながら走るのでは、楽しみでも何でもないと考える人も多いのではないでしょうか。
だから、トランポなどで運搬する煩わしい思いをしてモトクロスに出かけるわけです。
一般道に比べれば相当な発散ができるからです。

そんな私でも場所と乗り物によっては楽しめる道路もあります。
愛媛の実家周辺などは、信号も交差点もない、歩行者も自転車も対向車も滅多に見ない
数えきれないカーブに勾配のきついアップダウンまである、ジャンプ以外の2輪テクニックを駆使して走るコースが多数存在します。
スピードなんか80キロも出れば十分なので大排気量車は持て余すだけです。
中型車でもちょっと重たい、原付一種ではパワーが足りない。
そんなロードには原付二種が最高だと思います。     

先日お客さんのKDX125SRのチャンバーを作って試乗したとき思ったのですが、一般道を走るに於いてこのエンジンは最高ではないか。
低速から充分なトルクを持って一気に高回転まで吹け上がるし、3速くらいで法定速度を軽くオーバーしてしまうので、全開しなくても余裕でスピードに乗れる扱い易さ。
そこで、こんな妄想をしてしまいました。
このエンジンを125クラスのロードレーサーのシャーシに載せて、田舎のワインディングを攻めたら、さぞかし楽しかろう。
トレールバイクでダートを走るのもつまらんだろうと思います。普段モトクロッサーで走っているので
性能の低いサス性能と走りずらい路面を想像すると、とてもやる気がしないのです。
絶景の景色を観るためにはダートバイクでも行けない場所が殆どですから、そんな場所は徒歩が一番です。

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最後の生産から15年以上経過していると思われるKDX125SRですが

原付二種なんで持ってても邪魔にならんのが人気の秘密でしょうか。
ステイタスにはならないですが
乗る喜びが他のカテゴリーのオートバイより広がる感じがするのですね。

お陰さまで、サイレンサーをラインナップに加えてからインターネットで探し当てて注文して下さるお客さんがおられるので、時々作らせていただいております。



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2ストトレール車は同じデザインで統一していますが

量産型ではありませんので
毎回ハンドワークで1個づつ作りますので
時間がかかっております。

このサイレンサーは2月にご注文で今頃完成しているのですから
長期間お待ちいただいているお客さんには申し訳なく思っています。





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2スト全盛期はマフラーのメーカーもたくさんあって、注文すれば直ぐ手に入る時代もあったようですが
絶版車のマフラーを新規に作っても
販売台数は期待できませんから
1個だけ注文に対応できる
超零細の我が社に辿り着いてしまうということなんです。

宗一郎さんじゃないですが、私の体が動く内は最後のお客さんまで対応していくでしょう。

夏場の問題、オーバーヒートです。
夏場でもドライ路面なら大した問題ではありません。
毎回冷却水の残量を確認して減っていれば補充しておけばいいだけです。
しかし、ヘヴィマディとなるとエンジンの負荷が格段に増加し、エンジンを壊してしまうことになりかねません。

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CR85に乗っていたころ冷却水の水温を計測したことがあります。

しどきのマディでオーバーヒートになり
たった2週で冷却水が吹き始め
熱ダレで全くパワーが無くなった経験があり
オーバーヒート対策が急務だと思ったのです。

計測場所は桶川(セーフティパーク埼玉)で
ドライ路面とマディと両方実施しました。
計測方法はデイトナのデジタル水温計を装着し、3分間の暖気運転後、コースイン。
3周目の水温を走行中に読み取るという内容。

センサーはラジエターの上面の給水付近にテーパーネジを加工して取り付けました。
ウォーターラインは、ラジエターで冷却された水がウォーターポンプへ降りてきて
シリンダー、シリンダーヘッドのウォータージャケットを回り、ラジエターに上がってくるので
ラジエター上部の水温がヘッドの次に高温であると考えました。

結果はエンジン始動後1分程で水温は80°Cになります。
走行風が当たらないと水温の上昇は早いです。
ドライ路面へ走り出すと1周目で60°Cまで下がります。
真剣に全開走行3周目で80°Cまで上がりましたが、そのまま温度は安定したまま走りました。
ドライ路面ではタイヤの転がり抵抗が少なく、走行風もよく当たるので水温は安定するようです。

別の日にマディ路面で走らせ、泥が重いので全開にしてもスピードが遅い状態でした。
スタックはしていませんが1周目で110°Cを超え、3周目には130°Cまで上昇してラジエターキャップの弁が開いて冷却水が吹き始めました。
そのまま走り続けると水が無くなりオーバーヒートということになったでしょう。

以上はノーマルラジエターにクーラントを入れた状態での計測です。

ドライは問題ないとして、マディーの熱ダレを防止できればパワーアップしたのと同じことですから
何としても対策したいと考えました。

最初はラジエターにアルミタンクを追加して計測しましたが、全く効果ないどころか
ノーマルより水温が高いことがわかりました。
冷却水はシリンダーを冷やしているだけではなく熱を運ぶ役割をしているので、温まったお湯の量が増えた結果、ラジエターの冷却性能は変わらないので水温も冷えないということでした。

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冷却性能を上げるためにはラジエターのコアを増やす⇒空気との接触面積を増やす。
これが最も確実な方法と考えました。

CR85はシングルラジエターですが、ノーマルより縦に50mm長いコアを用いてラジエター製作しました。

実走計測の結果ノーマルより同条件で5℃下がることがわかりました。
それでも130°Cの状態が125°Cに下がるだけでは熱ダレは免れないですが
航続距離(時間)は稼げるはずです。

また110°Cで水が沸騰して吹いてしまうコンディションでは水が吹かないで済むかもしれません。
オーバーヒートの弊害は最悪はピストンの焼き付きで走行不能ということですが
ダメージはピストンやシリンダーだけではありません。
クランクケースのサイドベアリングのスリップする限界は冷却水の温度で80°C以上と言われています。
シリンダーからクランクケースに熱が伝わって膨張するのでベアリングの圧入が緩むことになります。
すると圧入面でベアリングがスリップしたりクランクの振動で叩かれて傷がついたりスラッジが隙間に入ったりします。
すると芯が狂った状態になり、高回転が回らないエンジンになってしまいます。
これはエンジンが冷えてもダメージは直りませんから、使い込んだエンジン同様にパワーが落ちるということになり、ケース交換しないと新車のパワーは出ないということです。

ロードレースではベアリングの交換は1回だけだそうです。2回目の圧入では圧入荷重が出ないので使えないエンジンになるのでロックタイトで圧入面を接着して動かないようにして、ベアリングの寿命がケースの寿命ということになります。

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ラジエターの大型化と同時に
冷却水を冷却効果の高いものに取り替えて計測しました。

こちらも同条件でノーマルクーラントより5℃下がる効果がありました。

特製ラジエターとヒートブロックでマイナス10℃達成です。

一般的には特製ラジエターは入手できないので現行車で冷却水が減るという人は
これを入れてみるのも効果的だと思います。
(ヘッドが歪んでいるとかガスケットの不良などの根本原因は要修理ですが)
熱を吸収する違いは比熱の違いにあると思うのです。
水より熱しにくい液体が熱を奪う現象は、鋼の焼き入れを例にすると水焼き入れより油焼き入れがよいということで説明できます。
800°C以上も加熱した鉄ですから水では瞬時に沸騰して焼き入れ効果が損なわれますが、油の方が多くの熱を奪う能力があるから焼き入れに適しているという理由です。

水温下げてオーバーヒート対策に効果はありますが、レース毎に効果が落ちるということなので
コストが掛かりますが、対策しないでエンジン壊すのと天秤にかけると夏場だけ入れておくのが無難だと思います。


会社員を辞めると大きく変わることがあります。
その一つに毎月貰っていた給与明細を貰うことはなくなります。
他には在職中支払っていた厚生年金は国民年金に切り替わります。
国民年金は職種や収入に関係なく一律の保険料を納めます。
年を追うごとに支払い額が増えてきましたが、現在月額16900円です。
そして年金給付は開始年齢が65歳、保険料納付期間40年(480月)で給付額786500円/年
65542円/月です。
将来は開始年齢が遅く、給付額は減額されることが予想されます。
誰でも分かることは、この金額だけでは老後の生活は成り立たないということですね。

では会社員が貰う厚生年金はどうでしょう。こちらは在職中の収入に応じて変動します。
こちらも支払う年金保険料の率が増加してきましたが現在は総支給額の17.828%です。
但し会社が半分負担することになっていますので社員の給与明細には8.914%分の金額が記載されているはずです。
そこで、この負担するべき半分の厚生年金料が惜しくて厚生年金に加入しない会社もあるようで
その場合の社員は自分で国民年金に加入する立場になります。

若いころは年金なんか当てにして生活するなんぞ見っともないことはしない、自分の収入と貯蓄で十分やっていくワイ。などと根拠のない自信で会社を飛び出してしまいましたが、あと十年くらいで年金給付年齢に達してしまう今になると、やっぱり貰えるなら貰いたいと小さい考え方に変わってきました。

親の年代はこれからの年代に比べるとほんとうに潤沢な年金制度だったことがわかります。
1935年生まれ(昭和10年)の人は生涯年金料230万円で給付額1300万円(平均寿命で)
1965年生まれ(昭和40年)の人は年金料830万円払って1800万円受け取る試算になるそうです。
これは我々世代が払った金額に対して貰う年金額の割合が1.9倍なのに対し
私らの親世代は5.8倍も貰えたという恐るべき格差になっています。
年金制度を考えた高官が将来、老人が増えて労働人口が減少することを予測できたか分かりませんが
自分たちが楽に暮らせるように考えたに違いありません。
老人と現役の人口比率が変わった現在は国民年金制度が崩れたと考えるのが正しいでしょう。

収入に応じて給付額も増える厚生年金、それに上乗せされる企業年金などに加入している会社員は潤沢だと思いますが、国民年金加入の自営業者や無職の人間にとっては国から満足な保障は受けられないと考えられます。

それから我々のような危険なモータースポーツ愛好家にとって無視できないのは
障害年金です。
これは年齢に関係なく障害の程度によって審査が複雑ですが
基礎年金額は1級975100円 (月額81258円) 2級78100円 (月額65008円)ということになっていて直近の一年間で未納が一月でもあると受給資格はないということです。
誰でも可能性があることですから知っておきましょう。

先週ニュースで年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)の積立金運用のうち15年度は5兆円の損失が確定したと報じられました。

厚生年金と国民年金の保険料は現在135兆円ほど残っていて、過去に保養施設グリーンピアなどに投資して破綻させたり無駄使いを指摘された資金です。
現行の年金はこの中から支出されていますが、将来保険料収入が減る分を補うために
債権や株式の売買で運用して増やそうとしているのです。
その中で年間5兆円の損失ですから、国民のお金を預かって膨大な損失をだしても、誰も責任を負わなくてよい(または国民にツケが回ってくる)制度はいかがなものか。

しかし年金積立金で株式購入して14年度は15兆2922億円プラス、15年度も4ー6月期は2兆6489億円プラスということでトータルではプラスなので成功だという意見もあります。
報道では損失を出したと書いた方が興味を持たれるので、新聞や雑誌を売るために損失の報道を書く傾向があるようです。
そうやって経済不安を掻き立てることで金融商品にお金が流れるということで、その結果、報道機関のスポンサーである金融機関から資金を出してもらえるという循環です。

スポンサーの都合の悪いことを書かないのがジャーナリズムなのですね。

国の借金1000兆円というのも国民の不安を煽って銀行にお金を預けさせようとする操作かもしれません。
借金というのは国債のことで銀行、郵便局、一般投資家が国にお金を預けて僅か0.9ー1.0%の金利を得るという行為です。
このお金を財源に公共投資をして景気対策をするという循環なので、国の借金というのは溜めこんで使われないお金を国が預かってからばら撒くということです。
国民一人当たり800万円の借金といわれても、国民に返す義務は全くなく
国の資産合計が5590兆6000億もあるので1000兆円は返済ではなく運用するべき資金ということになります。
これに対して負債合計は5322兆5000億円、全て換金可能な金融資産でこれだけということで
総資産268兆1000億円、黒字のうちはいくら使っても国が破たんすることは無いという理屈です。
国が存続できる要は金融資産ではなく生産すること(商品を海外に売ること)に掛かっているので
株式運用などより人材育成や企業への投資を増やすことが国力増強に繋がると思えるのですが、どうでしょう。
お知り合いのS野さん所有のクランクシャフト

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ミニ耐久を長年走られていますので
スペアパーツは沢山お持ちのようですが
ノーマルをそのまま使うことはしないらしいです。

エンジンには何らかのチューンアップを施してないと競争する意味もないということ。
体力年齢や運転技術は衰えるだろうけど
経験値は蓄積されていきます。

これはXR80のクランクだけど
このまま使えない理由は100のシリンダーを使っているため。

100といっても腰上だけ交換というわけにはいきません。

ピストンピン径が80はφ13に対して100はφ15なのです。(←シンゾーさんから訂正の指摘が入り、φ15は改造ピストンのことで、ノーマルの100はφ14が正しい)
XR80エンジンに100の腰上を換装できない理由はわかりますよね。
そこでピストンピン径φ13のピストンを探すわけです。

みなさんがカネと手間をかけて探し当てたパーツ群をここで公開することはしませんが
部品の主要寸法を把握して別機種で流用できるものを探してきました。
ところが大方の純正部品が廃番となっていますので、新品部品の入手が困難です。
そこで集めておいた中古パーツを分解して使える部分を取り出す作業もしました。

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このクランクはタイミングギヤを取り替えるために
ベアリングプーラーでギヤとベアリングを抜き取ります。

専用工具使うと簡単ですね。









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これがタイミングギヤです。

左は80用14T
右は100用15T

今回は100用の15Tに交換するのが目的です。
何故ギヤの丁数が違うかというと
100のシリンダーは高いために80のカムチェーンでは短いので
チェーンのコマを足しますが今度はテンショナーで張りきれない長さですから
タイミングギヤの丁数をクランク側で1丁
カムシャフト側で2丁大きくしてチェーンの張りを調節してあります。

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問題はタイミングギヤを圧入するシャフト径が80はφ19.0に対して
100はφ21.0なのです。

基本設計がCB50と同様のXR80のままで
クランクシャフトの強度が保てなかったためのサイズアップでしょう。

クランクピン径も80がφ23に対して
100はφ26にサイズアップされています。

画像はφ19のシャフトに内径21のギヤを圧入するためのカラーを作りました。
肉厚1.5mmです。

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圧入時はクランクピンの反対側に治具を挟んでクランクが傾かないように固定します。

そしてベアリングとギヤを順番に圧入します。
ギヤの位置は100の場合、山がクランクピンのセンターに向くようにする。
(80は谷がセンターに向く)








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薄いギヤの内側に1.5mm厚のカラーですから必要な圧入荷重は期待できませんので
シャフトとギヤを溶接で止めます。

これでバルブタイミングが狂うことは避けられるでしょう。


こんなとこに熱を加えて大丈夫なのかと質問される方は
鉄鋼の熱処理を勉強してからにしてください。



S野さんの寿命を考えると、このベアリングを交換する時期まで乗っていないだろうという判断で、このまま嵌め殺しでよいということです。

ここで最初から100に乗ればいいのでは?と疑問に思う人は旧車センスありませんのでスルーしていただきたい。
これは100が発売されてない時代のエンジンなので、速さを追及するなら新型に乗るのが最善と思います。
あくまで旧車の耐久レースというカテゴリーの話です。
完全に体調を悪くしました。先週は腰痛で練習してなかったので土曜日午前中だけ乗っておこうとしたのが失敗の始まりです。
体質の問題だと思うのですが、暑い日に運動すると脱水症状になりやすい、というか必ず体調が悪くなっていました。
特に体温があがると脳も熱くなって頭痛がおきるのですが、熱で血管が拡張しますから常に頭痛状態になります。全身の機能がおちるのですが消化器も同様で食べ物は全部吐いてしまいます。

そういうわけで土曜一晩中、頭が痛くて寝てないし、吐きけで食べ物受け付けないので
睡眠不足と空腹のまま日曜のレースを走る事態になりました。

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そして気温35度の猛暑です。
立ちくらみと背中や脚がつりながら、なんとか乗っただけというレース内容でした。
両クラス16台中8位、今日はこれが限界
途中リタイヤも考えましたので我慢のレースでした。

他の人たちは何ともないのかな?

デカールのDUNLOPですが今回はBRIDGESTON履いています。
フロントは中古M203 リヤは新品X30
DLタイヤは販売店で購入していましたが面倒なので部品屋に注文しておけば翌日もってきてくれるので入手が楽です。値段も販売店と変わりません。
第一レースの450でまたスタート失敗しました。今年3回目なので真剣に原因を究明したいです。
オートバイは標準体型の人に合わせて設計されています。
私の場合は脚も短いのでステップとチェンジペダルの位置関係が普通の人に比べて一致してないと考察しました。
脚が長ければシートに着座して膝が曲がります。するとブーツも前傾してつま先がペダルの下に自然に入る形になります。
ところが私の場合は着座して膝の曲がりが緩く、ブーツが起きた状態になるのです。
そこでペダルが邪魔な位置になってつま先を外に向けてステップを踏むのですが
2速スタートでペダル下につま先を入れる動作でペダルを下げてしまってニュートラルになってしまうという現象です。
体型の問題で自然に操作できないのでやり方を変えてスタートに臨みたいと思います。
そして250クラスのスタートはつま先位置を意識してやりましたので失敗しなかったです。

猛暑に体調管理ができなかったことが悔やまれる先週末でした。(てゆうか体質だから無理だと思う)

人類にとって貢献度の高い発明を3つ挙げるなら自動車、コンピュータ、原子力発電と考えます。
その影響度を示す事例として3つの発明品は大量に人間を殺害していることが挙げられます。
自動車は交通事故、毎日どこかで死亡事故が起きています。
コンピュータはインターネットを通じて多くの犯罪手段に利用されます。
ISの兵士の勧誘もこれがあることで実現され戦闘やテロ攻撃で大勢の人が死んでいます。
そして原子力発電はその前に広島、長崎原爆投下、大国の度重なる原爆実験による被爆。これと同じベースの技術を発電事業に転用し
チェルノブイリ、JOC臨界事故、福島第一原発、次はどこか・・・
高効率、便利性と引き換えに現在も起こり続けている現実です。

中学生のころオートバイに興味を持ち、得られる情報は雑誌のみという環境の中
タコメーターとかセリアーニなどという初めて見る単語が出てきて意味も分からず記事を読みあさりました。
やがて文章の前後関係や用語辞典を読んだりして単語の意味は自分なりに解釈するようになりました。
バイク好きの同級生がカワサキZ750のTWINとFOURが発売されたときに
「TWINは2スト、FOURは4ストに違いない」と言っていたので心の中で笑いました。
こういうことは中学や高校では教えないので自動車やオートバイに乗らない人は大人になっても知らない人もいるようです。

それと同じように原発に関する知識も大学で勉強した人や発電事業に関わる人でなければ知らないことばかりではないでしょうか。
私もそんな原発無知の一人なんで2輪雑誌読みあさる中学生レベルに調べてみました。

伊方原発.jpg

佐田岬半島の根元、瀬戸内海側から見た伊方原発

先日熊本大地震が起きた中央構造線の真上に設置された原子炉です。

ここが同様な地震に見舞われたとき、どのような被害を想定するでしょう。

再稼働が決定した今、避難ルートだけは真面目に検討した方がいいと思います。


オートバイを知るとき、どんなメーカーがあるか調べましたね。
国内は4メーカーが常識ですが、日本の原発メーカーは3社です。
東芝WH(ウエスティングハウスエレクトリック) 加圧水型軽水炉(PWR)
日立GE(ゼネラルエレクトリック) 沸騰水型軽水炉(BWR)
三菱重工 沸騰水型軽水炉

炉の形態としては高速増殖炉(FBR)、これは2050年ころを商業ベースに開発中ですから実用化は未定の段階です。

福島第一原発事故以来、全国で43基もの原子炉が停止中で5年も経過しているのに、原発関連の社員は保守点検だけの役割で原発による売り上げは一円も無いにも関わらず給料を貰っているはずです。
もちろん一般家庭や企業からの電気料金から給与捻出されているわけで、関係ないと思う人もこれを維持するための資金を払っているのです。
知らなくても大勢に影響ないと考えるか、自分たちが払っている電気料金の使い道に対して注目するかは自由ですが、少なくとも国策でやっているエネルギー政策が我々の生活や未来を支えていることに興味を注いだ方が有意義ではないでしょうか。

福島は日立GEの沸騰水型軽水炉
伊方は東芝WHの加圧水型軽水炉 軽水は普通の水です。それに対して重水は中性子を減衰させる効果があるため量子線治療などに使われる特殊な水です。

加圧水型と沸騰水型の違うところは原子炉内を満たしている冷却水が沸騰して配管を循環している沸騰水型に比べ、加圧して1次冷却水の沸点を上昇させ高温になった冷却水で2次冷却水を蒸気にしてタービンを回す圧力としている点です。

前者は放射能化した水がタービンや腹水ポンプなどシステム全体を回るため、保守点検時の被爆に対する配慮をしなければならない。
後者は1次冷却水のみ放射能化するので蒸気タービン以降のシステムは低線量であること。

大地震の場合は強固な原子炉や格納容器が破壊することは考えにくいが、この冷却水やポンプを固定している部分が外れたり亀裂が入って、冷却水が噴出し建屋内が高濃度放射能で汚染された上、原子炉が空焚きになってメルトダウンすることが懸念さます。
新規制基準に適合したとしても予測不可能な大地震の揺れに一点の亀裂、破損が起こらない配管ができているとは到底信じられません。

現状では大震災に見舞われたときはアウトの可能性が高いので放射能が漏れた地域は双葉町、大熊町と同様な結果になると思います。
あの美しい故郷の景観も永遠に見納めとなることでしょう。
唯一つ出来ることは生きている間に原発を大震災に見舞われないように祈るだけです。

原子炉といえば核燃料が必要ですね。
どうやって核燃料は製造されているか。
やはり国内のメーカーは3つでした。
三菱原子燃料
グローバルニュークリアフューエルジャパン
原子燃料工業

原料となるウラン鉱石は外国から買い付けています。
おそらく三井金属のような商社がオーストラリアや南米の鉱山と契約して採掘してもらっているでしょう。
なぜ日本にウラン鉱山が無いかというと、日本の国土は地殻変動でできた比較的新しい土地だからです。
それに比べて太古から大陸だった土地は古い地層が浸食されて地中深かった層が地表近くに露出しているためと考えられます。レアアース、レアメタルの類も同様ですが
地球がドロドロと熱く柔らかかったころ宇宙から飛んできた隕石に含まれた元素で、比重の大きいものが地中深くに沈んで固まったものが鉱石です。
鉱石ウラン自体は放射能も低レベルで人体に被害を及ぼすこともないので、民間の工業地帯でウランの精製(化学的処理や遠心分離などにより不純物を取り除く)しても周囲の環境に問題ないとされています。
そうやって濃縮されたウラン235(同位体)は粉末にされて圧粉成形したペレットに加工されて鋼鉄の筒に詰め込まれたのが燃料棒になります。
鋼鉄の筒の内部には高温になると分解して中性子を吸収して加熱制御できるジルコニウムで被覆されています。
核爆弾と原子炉の違いは核分裂反応を制御しているか否かということにあるのです。

ですから日本は核兵器を持たない変わりにいつでも核転用できる材料を保有すると宣言しているのです。
すなわち核を作れる技術を持っていることで抑止力を発揮しようとしているわけです。
プルトニウム239(同位体)はウランの核分裂反応で人工的に作られる元素で核分裂時の発熱がウランより大きいので原子炉の燃料として効率が良いといえます。
同時に核爆発のエネルギーが大きいということになります。

さあ我が国の抜け出すことが不可能なエネルギー政策のスパイラルに、いやでも巻き込まれていくことにお気付きになっていただければ幸いです。

核の惨禍を完全に消し去る方法は全国民が江戸時代の生活に戻ればよいだけですが、それができないから回避不能だと考えられるのです。


私は愛媛県出身でありながら日本で最も細長い半島、佐田岬へ行ったことがありません。
中央構造線に沿って40kmもある半島は瀬戸内海と宇和海を分けた形で両側が海という絶景だと聞いております。
是非今年中にオートバイに乗って走ってみたいと思う場所です。

佐田岬.jpg


半島の根元にあたる伊方市にある伊方原発は愛媛県唯一の原子力発電所ですが
2011福島第一原発事故の翌月から停止したままです。

それが原発規制安全基準に適合し、3号炉への燃料棒157本の注入が完了しました。
そのうち16本が再使用燃料MOXということです。(プルトニウム&ウラン)

再稼働される原発としては川内、高浜に継ぐ三番目になります。

私は愛媛県人として育てられ、電力会社社員の父親の家庭で21歳まで生活してきました。
福島原発事故の後、電力社員だった父親に福島第一原発の事故について問いかけたことがあります。
安定した収入、手厚い退職金や厚生年金、企業年金をもらい不自由なく老後を過ごす立場の父親に対しては辛辣な質問だったと思います。
そして父親の答えは、
何の一言もありませんでした。数分間の無言の状態、一人の人間としてどのようなことでもよかった、率直な意見を聞いてみたかったのです。
しばらく私は落胆して、この人は何も考えていなかったのか、または都合のわるいことは話したくなかったのか、真相はわかりませんがその翌年に体調を崩し85歳で亡くなりました。

もちろん発電所勤務でなく配電の仕事が担当でしたから直接責任はないですが、この国のエネルギー政策に対してそれを享受する国民としての考え方に活き詰まっていたから、生粋の電力マンに聞いてみたかっただけです。

放射能の人体に対する影響は世間で思われているほど深刻でないという意見があります。
年間100ミリシーベルトの基準などより自然界の被爆の方が高レベルという見方もあります。
航空機で移動したり、医療用X線撮影、中国などの原爆実験による核物質飛散のように原発以外の被爆が圧倒的に多いのに関わらず発がん率の増加は認められないなど
事故がなければ原発は全く無害のように思えます。

そして地球温暖化対策は急務、頻繁に起こる自然災害の脅威は原発事故の被害を凌ぐかもしれません。
しかし世界3番目の経済大国である日本は京都議定書による温室効果ガス削減率1995年比96%を目標としているため、最も効果的な原発推進を止めるわけにはいきません。
原子炉冷却電源喪失という重大事故を起こし、事故から5年経った現在も20万人以上の避難者、帰宅困難者がいて、廃炉の道筋も明確にされていない現状でもインドやアジアの諸外国に原発を輸出しようとする矛盾。

原発はもともとは大量殺戮兵器の開発を応用したものは周知の事実。
実質アメリカの言いなりに核の平和利用という刷り込みで始められた発電事業。

技術も設備建設もGE社お任せの素人創業で、使用済み核燃料の処分方法は当時の政府が「将来の人に考えてもらおう」ということで先送りのスタートだったそうで、当時の日本としてはそれを受け入れる以外に知恵が無いという状態だったでしょう。
安定供給が難しいとされている自然エネルギー、風力や太陽光はいいとして世界一の火山帯である日本で地熱発電をやらない疑問。どうやら国土庁や林野庁が国有地の開発を規制して進まないのだとか。
その代わりに稼働実績のある原発再稼働を進めるなどという愚かな判断しかできないのなら、せめて核の廃棄物をどのように処理するのか決めてからにしていただきたい。
放射能の人体への影響は少ないと論じている方々の敷地に格納庫を建設して保管していただければ問題解決なのではないですか。
そのかわり土地の資産価値が下がるなどと言うでしょうからそれに対する補償を国からしてあげればどうでしょうかね。
今のままではどこの自治体も「電気は欲しいけど廃棄物はいらないよ。」ということで永遠に解決しない問題で、そのうち当事者は寿命がきていなくなりますから再び「将来の人に考えていただきましょう」ということを繰り返すことでしょう。

もう一つおおきなパラドックス、核廃絶を訴えて大量の核を保有する国日本。
原発は国内43基、米軍の核持ち込みは禁止しているけど、43箇所の地元に核を大量保管したままなのです。
米軍だって爆発させようとして持っているわけじゃないです。護身(=平和)のためという理由です。
核持っているという現実を言葉を変えて肯定していることになりませんか。





こういうことを書いていると、「オマエは何をいいたいのだ」と言われそうなので
全く無能力で影響力もないことを踏まえた上で
気持ちは核のゴミが増えるだけで持って行き場のないことは止めるべきだと思っていますが(偽善)
人間は目先の問題の方が重要で後世にツケが回ろうが知らぬことです。
但し自分たちが生きている間に災害が起こらないように
活断層上の原子炉は稼働しない、殆ど海岸に設置された原子炉の非常用電源は津波を被らない
高台に設置するなど、既知の安全対策は徹底して再稼働する。
これしか、今考えられる方策はないですね。


こんなこともあります。
巷では燃料電池車というものが動きはじめて、水素燃料で発電して電気モーターを動かすというクルマがありますね。
水素だけではないですがガス会社が家庭用発電機も販売していて、自家発電すれば電力会社関係なく
環境性能もよいということで理想的なんですが、初期投資が問題なんで家を新築される場合の付帯設備として導入されるといいでしょう。(オレの収入では無理だけど)
当然ですが電気料金払った方が安上がりなんで、上流階級の話ですがね。

遅れに遅れ、KX250Fのスペアマフラーができました。
当初の予定は全日本MX関東大会まででしたが、動向を見極めながら2作目着手しました。
それは新型マフラーなので性能や耐久性の評価ができないまま、同じ物を作ることに懸念が残るためです。
2戦ほど現地で確認した上で、車検の騒音計測も若干の余裕があるということなので
性能向上のためのモディファイを施したスペアマフラーとなります。

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車体は返却したので治具に合わせてエキパイ作っています。

ノーマルのようなサブチャンバーを無くしました。
加速性能重視の変更です。
騒音に対しては不利ですが、測定値のマージンを使わせていただきます。
エキパイ管長は少し長くしています。






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サイレンサーは前回より50mmカットしています。
排気抵抗を減らす目的です。
ストレートのエキパイとショートサイレンサーの組み合わせはレスポンス型に変わっているはずです。

次戦は神戸SXということなので
助走の短いジャンプコースで細かくタイムを短縮していただきたいです。

アフターバーン対策のステンメッシュは早い段階で燃え尽きたそうなので
今回は線径の太いものに変更しましたので
車検対応には秘密のアレを入れてみると効果あるでしょう。(教えられません)

今回紹介しますのは、廃却すべき品物ですが、どうしても直したいと考える人の参考になるように実施した修理です。
くれぐれも私に同様な修理を頼まないようにしていただきたいと思います。
その理由の一つは修理作業する時間的余裕がありません。
もう一つは時間ができたとしても新しい物を作ることに専念したいということです。
まして社外品の修理などはお断りの対応をする時間が無駄になりますのでご容赦願います。

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ここに80年式CR250のチャンバーがあります。

何の問題もないようにみえますが

かなり大きな凹みが見えます。









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錆の状態が年式の割には軽度のものだったので
水圧に耐えられるか五分五分という感じだったので
一発膨らましてみて水が漏れるようだったらやめておくつもりでした。


旧式チャンバーの多くは腐食のため鉄板が凹み修理に必要な圧力に耐えられないことがありましたので
見た目で判断して無駄な作業を避けたいという意図があります。



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案の定、接合部が割れて、あっさりと水が漏れてしまいましたので
接合部を全部削り取り、全周溶接やり直しました。

このタイプのチャンバーはプレスのバリをシーム溶接(ローラーで加圧しながら抵抗溶接)するのが量産型ですが
これはTIGでナメ付けしただけなので
シーム溶接よりは圧力に弱いです。





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使い古したチャンバーなので
腐食した鉄板と内部に堆積したオイル分が燃えて均一な溶接はできません。

それから堆積したオイルが燃えて、すごい煙がでて工場に充満してしまうので迷惑度が高いですね。

不完全な溶接のため圧力でビードが割れて水が洩り、補修するということを20回くらい繰り返し、凹みはこの程度修復できました。

切開板金すれば難しくないかもしれませんが、切断して修復するよりは水圧修理の方がダメージが少ないと思います。
先週月曜は愛媛、土曜には仙台という全行程2500kmの旅でした。

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伊達政宗ゆかりの地、秋保温泉郷にいって風呂入りました。

菅生から近いのでまた来たいと思います。
温泉施設の内容は最高ランクです。

甲冑っていうものは武具でありながら装飾が見事で惹かれます。
オートバイも走る機能には関係ないデザインが施されていて視覚的に楽しいものですが
甲冑と同様に所有する者の自己主張の道具として拵えられたものだと思います。



今回菅生へ行った目的は預かり車両の返却と作ったマフラーが実際に使われている場面の視察を兼ねています。
単独で実走テストと違って複数のマシンと同時に競争させることで快調に走れているか分かりますし
トラブルが出た場合は情報の収集も早いというわけで、移動のコストをかけても有意義なことです。

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うちの新機種、KX250Fマフラー装着して走行中の#64平山力選手

スタートもなかな上手で序盤いいポジションにつけます。

写真は土曜予選のものです。
日曜決勝はヒート1中段グループの混戦に飲まれて抜け出せませんでしたが
ヒート2は追い上げに成功して11位フィニッシュですがカワサキ車としては2番手というまずまずの成績でした。

高木監督も見ておられましたので気が抜けませんね。

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山建ジャンプ空中戦、高いのー















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もう一台、CRF450マフラー装着の1A1
#17島崎優選手

埼玉の地元飯能在住のライダーなので頑張っていただきたい。

後で聞いたのですが、スタート直後から記憶が無いという具合の悪さで、熱中症だったらしいです。
普通に乗れていたので気がつきませんでした。
過去に瀕死の重傷で内臓斬られていますから無理の無いようにヒート2は出走しませんでしたが、次に繋がりますから賢明な判断でしょう。

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ノーマルマフラーで充分な性能だと思いますが、少しでも有利な性能を求めて社外品に取り替えますが、コスト増が気になります。
これはヨシムラエキパイにスリップオン可能なマフラーで、予選と決勝で取り替えて走られていました。
性能は同等ということなので
片方が壊れてもスペアになるというメリットがあります。
性能とルックスと低価格を兼ね備えたマフラーを実践したいと思います。







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ちょっと少ない20台スタートの1A1ヒート1はこの人、成田亮選手の勝利

1A2能塚は撃沈しましたので、一人で常勝HRCの大役を担った形です。

久々にGPライダー山本選手のお父さんと話しました。
成田選手がトップで走っているうちに日本で走って戦いたいと思っているらしく、早くその対決をみてみたいとワクワクするのであります。




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これは1A2ヒート1

HRC能塚が不調で#31岡野聖選手の完勝でした。

台数が多いのでレース内容はこのクラスが一番面白いです。








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IA1ヒート2は#99平田優選手のスタートトゥフィニッシュ。
今年好調なヤマハファクトリーですがホンダの牙城を崩せるか、今後のレースから目が離せません。



実家の用事のため3日ほど愛媛県西条市小松町へ帰っておりました。

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途中で香川県観音寺市の真鍋さん宅訪問しました。
所蔵する大量のコレクションの一部を見せていただき感激です。
いつも歴史的ビンテージマシンをテーマに車両製作されているようで、現在も次のマシンに取り掛かっておられました。
完成が楽しみです。

それと思い掛けず、本業の整体で腰痛の施術をしていただきました。

私の腰痛は老化現象だと思って諦めておりましたが、近年次々と新な見解が分かってきました。

腰痛や頭痛の原因となる筋肉の緊張は
脳幹からの指令によるもので、その命令系に誤作動が生じはじめて起こっているとされる。
東洋医学の自己治癒能力を高めるという観点から、鍼灸治療を毎週受けるようになって、深刻な状態からは改善されてきました。
そして、もう一つの見解は真鍋さんの診断で背骨の骨格模型で分かりやすく説明されたのですが
胸椎や腰椎の関節は本来柔らかく動くものであるが、一部固まった部分があって動いてないので
筋肉が緊張した状態にあるそうです。
筋肉が緊張した部分は血流が悪く痛みとして脳に伝達されるようです。
その動いていない背骨の関節を整体の技で緩めて動くようにしてみれば、腿や背中の筋肉が柔らかくなったように稼働範囲が広がりました。
これで一つ体の不思議が解けた気がしました。

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今回の主目的は高齢の養母が退院するのでケアハウスまで連れて帰ることでした。

高台に建設された施設からの眺めは、なかなかの絶景で、西条市の平野部が一望できます。陸地の向こうは瀬戸内海です。
この海域を燧灘(火打ち石がよく取れた場所が由来)と呼びます。

海岸中央に見える高い煙突は、四国電力火力発電所。
地元の電力は地元の発電で賄うという理想的なエネルギーモデルです。

首都圏も新潟や福島から送電してないで、東京に発電所を持って自立するべきだと考えます。他人任せにしてない企業は自家発電持ってますので、いいことです。

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東予港の岸壁へ行きますと人生初、めずらしいもの見えました。

2匹のエイが寄ってきました。

ナルトビエイという種類だと思います。
ひれの横幅が1,5mくらいになるそうで
大きい優雅な姿です。

岩についた貝類を食べているようすです。





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ここはオレンジフェリーの船着き場。

向こう側の煙突は住友共電の発電所。
工業団地の電力は自家発電で賄います。

若いころ本四架橋も高速道路もありませんでしたので、大阪方面にクルマで移動するのはオレンジフェリーしかありませんでした。
22:30東予港発 6:10大阪南港着
大型のコンテナが主な積荷になっているようです。
夜の船旅が懐かしく思います。


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とても大きな船体です。

これに近いのは横浜大桟橋に停泊する客船くらいです。

人間って大きなものつくれるんですね。








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ここは今治市の海岸。
造船とタオルの町で有名ですが

「お台場」という石碑に注目。

アメリカ東インド艦隊司令長官ペリーが4隻の黒船で浦賀来航したのが1853年。
海岸防衛の目的で砲台を築造したのは江戸だけではなかったのです。

松山藩は安政2年(1855)この場所に台場を築造したと記されています。
今治藩も文久3年(1863)4か所に台場築造して、藩士、領土の町人、農民1500人を出役させ土俵12000俵を土台にあてたそうです。
大砲鋳造には領内の銅、錫類の提出と寺院の梵鐘を徴発したそうですが、韮山反射炉のような製造所が四国にあったのでしょうか。
原材料を集めて伊豆半島まで運んだのでしょうか、私にはわかりません。

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お台場のある桜井海岸

幼いころは部落でチャーターしたマイクロバスで海水浴にきた場所です。

海の家はすっかり廃墟になって面影しかありませんが、自然の景観は今も変わらず美しいです。

湘南や九十九里とは全然違う海の景色でしょう。





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海水浴場に隣接しているのは国指定の名勝、志島ケ原

学問の神様、菅原道真公が祀られた綱敷天満宮。

藤原時平の政略で醍醐天皇から左遷を申し付けられた菅公が大宰府に流される途中、悪天候で難破して漂着した場所がこの海岸でした。

「東風吹かば 匂ひをこせよ 主なしとて春な忘れそ」

復活を誓った菅公が大宰府に左遷されて2年後、延喜三年(903)に没。




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そして出発前の夕食は、いよ小松駅前
「まるぶん食堂」
旅番組でも紹介された地元の名店で創業93年だそうです。

実は小松中学校剣道部の一つ上の先輩、真鍋さんが経営するお店。
絶対来たいと思っていました。

中学卒業後、東予工業高校剣道部主将になられたのは噂で聞いていましたが、
中学時代は一度も一本を奪った記憶がないほど強い人でした。


今は次の若い世代の人で運営していますが過疎地にありながら商売繁盛できるのは、センスのよい経営理念の賜物とおもわれます。
小松町にお立ちよりの際は、まるぶん食堂で腹拵えなさいませ。

これで12時間弾丸ツアーに耐えられると思います。



先週、軽井沢でクラブマンMXが開催されて、そのとき追突されて凹んでしまったマフラーを預かってきました。
カワサキのマフラーはエンドカバーだけ部品で取り替えられないそうで、サイレンサーボディ・COMPしか購入できないらしいです。
なんとかエンドカバーの部分だけ直したいと思うのは当然ですが、袋構造になっていて板金修理は困難です。

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中のパイプも溶接されて2重になっているため解体するのも厄介です。

こういう場合の直し方の1例を示しましょう。











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まずは凹んだ部分を切り取ります。

中身が露わになっていますね。

エンドキャップもサブチャンバーの役目をしているようです。










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新に鉄板を成形して溶接します。


なるべく元の板と段差が無いように付けるのがコツです。











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溶接痕を消すように研磨します。

パテ盛りではない証拠を表しています。












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マスキングしてエンドカバーだけ塗装すれば出来上がりです。

ほとんど修理痕は分からなくできましたね。

作業時間1時間くらいです。

板金修理って出来て当たり前のように思われていて、少しでも粗が見えるとマイナス評価されてしまう割りに合わない仕事だと思うのですが、どうでしょう?

ツインマフラーをフルエキゾーストで作るには相当な材料費、工数が掛かりますので
社外マフラーと互換性を待たせることで、スペアマフラーとして使えるという方法です。

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サイレンサー部分だけといっても
ツインマフラーですから、これだけの部品点数になります。

社外のジョイントパイプは左右同じサイズでφ40のパイプを差し込める寸法にしてあります。

パンチングパイプにはスパークアレスター付きがお約束になっています。(アフターファイヤー対策)




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社外のジョイントパイプ専用のスリップオン・サイレンサー完成です。

1.5mmアルミと0.8mmステンレスを使用していますが片側1.2kgと社外マフラーより400g軽量に仕上がっています。

もちろんMFJ対応、112dB/Aクリアします。





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実は全日本関東大会までと思っておりましたが時間の都合で今頃になってしまいました。これで菅生大会には間に合うでしょう。

凹んだエキパイほどカッコ悪いものはない。

先週末、軽井沢MPへ練習にいきましたが石の多いコースなので
跳ね石をエキパイにヒットさせてしまいました。

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尖った石が食い込んだ跡があります。

この手の凹みは直りにくいですが
このまま放置していては次々に石が当たって原型を留めなくなってしまう恐れがあるので早速直したいです。









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何年か前に作っておいた450用エキパイ治具がありましたので

作業時間は数分で終了です。











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窒素で加圧しながらアセチレンバーナーで炙ります。

食い込んだ跡は消えませんが凹みは大体直ったと思います。










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同じ過ちを繰り返すのはアホのやることです。対策を講じなければなりません。

石が当たって困る場所にはプロテクターを付けることにします。

φ45 2mm厚のアルミ6063パイプを
エキパイのカーブに併せて曲げます。

これを半分に切開してエキパイガードを作ります。



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これで跳ね石対策エキパイガードの完成です。

高額なチタンパイプですから安々と捨てるわけにはいきませんからね。

凹み修理も無駄な時間なので、やらんでいいに越したことはないです。

以上。

既に3年落ちとなってしまったCRF450Rですが、最初に作っておくつもりが時間的余裕がなく
今頃エキパイ製作してみました。

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16モデルよりこちらの長いエキパイの方が低速トルクがあるそうなので、自分向きかなと思います。

エキパイ部分だけでチタンパイプが4種類
φ38.1 φ41.2 φ45 φ48.6
が必要なので材料代だけで10万円ほど必要になりますから製作費など加えると非常に高額になりますから
注文には応じられません。

マフラー屋ですから社外品買ってきて使うわけにはいきませんので、コストが掛かっても自分でこしらえて乗るのが宿命です。



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製作時間は125クラスのチャンバー作るのと同じくらいです。(15時間)

R曲げは手曲げ、不可能な部分は輪切り接合にて製作。
スペックはノーマル同等ですが、乗ってからのお楽しみ。

シェイクダウンは5日のジャパンVETからですが、前日雨の予報なので
滑る路面に対応できるか心配です。





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ようやくフルエキゾースト揃いました。

かかったなー、時間も金も。


早よ乗りたい。
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シリンダーヘッド周り、ピストンもカーボン除去しておきました。

2年以上乗っているのに、噂通り丈夫なエンジンです。全く消耗してないのでこのまま組んでしまいます。
部品代が掛からなくて助かります。
もう小さい排気量は乗れませんね。
無限ME125ですが、チャンバーとサイレンサーを繋ぐジョイントパイプはKA3同様だと思いますが
レストレーション中に紛失してしまったとのこと。
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85モデルですから純正廃番でしょう。

これではエンジンOH済みでも試運転できません。

部品探すより作った方が早いので
新造させていただきます。








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パイプカーブは目検討です。
ベンダーも必要ありません。
手でグイっと曲げます。

差し込みもパイプエキスパンダーなど使いませんが
φ25.4芯金作ってプレス圧入して拡管します。

これくらいなら全部ハンドワークでいけます。




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ジャストサイズにできました。

スプリングフックも取り付けて任務完了です。





このマシン、有名ですが細部を見るのはこれが初めてです。




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市販車に似ているだけで無限が各部に手を加えているようです。

例えば右ラジエターが大きいです。

多分KA5(CR500)のラジエター流用だと思います。
冷却効率はラジエターコアの表面積で決まるのです。







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リヤフォークエンドもこのとおり

量産はチェンテンショナーのボルトが後ろに突き出したタイプですが
これは突起のないエンドピースです。
転倒してボルトが腿に刺さる事故が起こるので安全のため対策されたものです。

アクスルのサイドカラーやナットがチタン合金の削り出しによるものです。

ワークスマシンは虚飾ではない実用的な機能美に溢れていて目を楽しませてくれます。

さてエンジン組み立て担当、COSMICのI岡さんとこへ急いで届けてきます。

先日作ったエキパイがワンレースで凹んでしまいました。
いくら手間がかかっていようが、高額であろうが、潰すときは一発です。
程度によりますが、凹んだまま使っていては、本来の性能が出ないんじゃないか
またぶつけたらもっと酷いことになるんじゃないか心配しますね。

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転倒はしてないですが
他車と接触したんでしょう。

これくらいの凹みは簡単に直ると思います。











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やり方は示しますが、社外のエキパイ修理を頼むことはご遠慮ください。


エキパイの前後を治具で密閉します。

片側には窒素ガスを封入するバルブを付けてあります。

酸素でも出来ると思いますが、火炎で赤熱するときに酸化して材料が脆くなることを防ぐ目的です。




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スリ傷は残りますが、凹みは完全に修復できました。

炙りすぎると外側が酸化してしまうので
必要以上に加熱しないことがコツです。

難しい技術は特にありません。
高校の機械科以上の経験があれば誰でもできると思いますので、どうぞやってみてください。

映像ニュースしか見ていないですが、東日本と違い内陸の断層がずれた地震は土地の損傷が激しいですね。熊本方面に身内はいないですが、被害に遭われた人のことを思うと心が痛みます。
私たちは平穏に月曜日から通常業務ができるのですから恵まれています。
全日本にエントリーされて自宅を出発した後に揺れたのですから、人や家が大丈夫であっても道路が通れるか分からないし、レース終わっても散乱した物の片付けが待っているいるわけで、集中してレース出来なかったのではないでしょうか。

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今回はIA1、IA2共、ホンダのマシンが優勢な印象でした。

天気はよくて路面コンディションは良かったと思いますが、一日中強風が吹き荒れて
ライダーも観戦も相当我慢が必要でした。
ゴーグル付けてないと目が開いていられません。

2ヒート共スタートトゥフィニッシュは成田亮選手。またお金が儲かりましたね。




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第2の地元埼玉出身ライダー島崎優選手。
沼田誠司、鈴木正明を従え、快調な走り、

大転倒したヒート2は勿体なかったですが
しっかりポイントゲットできたので次回に期待出来る結果だったでしょう。

君はまだ若い。








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先日マフラー納品した平山力選手。
土曜の予選は見事な走りで驚きました。
前半はカワサキ勢でトップの4位走行も見せてくれましたが6位通過は立派です。

まだ体力的に上位のライダーに後半離されてしまうようですが、マシンはよく走っているので、体力面やライン取りなど改善していけばもっと伸びる要素があります。

同じく若い、18歳なんでこれからです。




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竹藪が大きくシナっているのがお分かりでしょうか。
とにかく風さえなければよかったのですが
パドックも出店もテント早仕舞いしておりました。

強風でパイプいすがコース内に入る場面も見受けられ、幸いマシンが通過してなかったのでよかったのですが、観戦組も競技に支障ないように気をつけなければなりません。

何より国際Bの選手、一名お亡くなりになられたそうで、こんな場所で終了するのは無念だったと思うのですが、気を付けて走るしかないということしか考えられない危険なスポーツです。
死亡事故無くすにはブラインドジャンプを作らないようにするしかないです。
意図的にショーアップするために起きたとするなら人災といわれても仕方ないです。

僕はモトクロス好きだけど100%の走りはしません。勝てなくても生活や命の方が大事ですからね。












今度はエキパイ製作です。
要件はノーマルのエキパイ、サイレンサー相互に取り替えられることなので
ノーマルとスペシャル両方で取り付け確認します。

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ノーマルに準じたパイプサイズですが
ノーマルのステンレスに対して
チタンパイプを使用します。

サブチャンバーがパイプセンターからオフセットされている理由はこれです。

パイプに排出と戻りの穴が二つ開けられていますが、穴側のチャンバーが広くなっている構造です。






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エキパイ完成です。

手曲げパイプと巻きチャンバーの組み合わせ構造になっています。

フランジはアルミ2017削り出しです。










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フルエキゾースト試作1号

2号機の予定は・・・
あります。

マスター車あるうちに治具製作しなければなりません。









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無事金曜日にオフビレのパドックへ納品できました。
青森出身、高木嵩雅レーシングの若手
国際A級平山力(リキ)選手です。

ぶつけ本番で明日の公式練習から走ってもらえるそうですが、
その前に車検通過できるか、軽く心配です。

全日本モトクロスは人生をかけた戦いだと思います。
いつでもできるわけじゃなく、体力的に最高の時期でないと通用しないので、
僕のマフラーを選んでくれた以上はマシンが快調に走ってくれることが最大の望みなのであります。

ありがたいことに地元コース、MXヴィレッジで初開催でした。
安全なコースレイアウトですが、速く走るのは難しく苦手な場所です。

MCモトビホビット.JPG
昔、キオッディとカーマイケルが背比べした画像を見たことがあります。
たぶんキオッディ(スリータイムス・ワールドチャンピオン)の方が小さいと思います。

国際A級手島竜佑くんとオレ。
変わらんですね
速さは全然ちがうけど。




MCモトビ猿.JPG

まるで猿みたいですが
レースの日はバナナが欠かせません。
食べて直ぐにエネルギーに変わる感じがいいです。
メシ食ってしまうと胃が重くて走れなくなるんで、軽くてエネルギー効率の良いものがいいです。




MCモトビ練習後.JPG

今日はいい天気でしたが、散水の影響で
練習走行だけマディーでした。

チョット走り辛くなりますが、埃が立たない
グッドコンディションを保つためには必要な処置なんですね。

洗車場狭いので、しゃもじで泥を掻き落とせば重量増は全くありません。








オフビレのシフトミス以外は6ヒート中5回ホールショット更新中です。
立ち上がりで交わされてますがギリギリOKでしょう。

次戦は来月、軽井沢です。あとジャパンVETもあるか、ココで。

サイレンサー出来たのでテールパイプの形状を決めます。
スイングアーム外側ギリギリに追い込みたいのですが、旧車はアクスルシャフトとナットが飛び出していて、サスが沈むときに干渉しそうなので、あまり寄せられません。

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フレーム下とリヤリンクとの隙間も紙一重です。
これ以上は追い込めません。












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何が何でも今日中に終わらせます。

明日からの予定はさらにハードスケジュールなのです。












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フランジとチャンバー、サイレンサー
6点セットになります。

クロスチャンバーのメリットは
性能絡みではありません。

左右振り分けよりエキパイのカーブが長くなります。
そのためチャンバーの胴体部分が前に移動します。
TZR250のリヤリンクに胴体部分が干渉するため、内側に寄せるのに限界があり
フルバンク時に路面を擦ってしまうことになります。
そこで、胴体部分がリンクより前に位置することによってバンク角が稼げるというメリットです。
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カウル装着希望でしたので
装着しました。

実はボルトオンでは装着不可能でした。
エキパイが重なっている部分の厚みがあってカウルに当たってしまうのです。
当たるところをカットする方法もありますが

マウントステーを加工してカウル位置を下げることで問題なく装着できました。

見本で渡されたチャンバーも仮組みしましたがカウル装着は不可能でしたので、取り回し改善できたといえるでしょう。


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左側はサイドスタンドの収納とチェーンに干渉しないように留意しないといけません。

左右共カウルのクリアランスは取れました。

これにて絶版チャンバー製作完了ですが
同じ物はご注文いただいても作れませんので今回限定になります。









このお仕事はオファーいただいたのが去年の8月でした。
ちょうど骨折してリハビリ中だったので、直ぐできるわけはなかったですが
実に8か月掛かって完成したことになります。

新規受注をお断りしながらバックオーダー中心に作業しておりますので
ご注文のお客様は、もうしばらくお待ちください。

先日、元無限ファクトリーライダーの伊田さんから、本物の無限チャンバーの研磨を頼まれました。

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サイクルサウンズ誌に載ったこのときのマシンです。
85年全日本選手権、国際A級125ccクラス
開幕から4ヒート連続優勝。
鮮明に覚えています。
その後無限からプレゼントされたME125は伊田さんの下に、そして東希和レーシングの先輩、岸さんの店(ラフ&ロード)で展示されて20余年の月日が流れ、持ち主のところへ帰ってきました。

その歴史に残るマシンから外されたチャンバーなので丁重に扱わせていただきます。

私のモトクロス人生において当時の国際A級ライダー(全日本ランキング上位5名昇格時代の)は神様と同じ、しかもチャンピオンからの依頼ですから「俺は研磨屋じゃないよ」なんて言える立場ではありません。
「へへー、承りまして仕りまする」という具合に研磨屋に持ち運ぶ役を仰せつかりました。

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まずさび落としに高品質なウエットブラストしてもらおうとしましたら
大きすぎて機械にはいらないと言われ、やむを得ずサンドブラスト頼みました。











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仕上がってきた状態です。

完全に錆が落ちていますが、光沢はありませんので、手仕上げすることにします。












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おっとー、腐食により穴が開いています。

これは溶接で塞いでから研磨します。












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全体をサンドペーパーで擦って艶出ししました。

今回はバフはかけません。
レーサーなのでこれくらいの仕上げが本物らしいと思います。

放っておくと錆びてしまうので、耐熱クリアーを吹かせていただきます。







サンドブラストなら知り合いでいくつか出来るところあるんですが、わざわざ八潮まで持っていってやってもらったのは、もう一つの目的がありました。

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これを見せてもらう用事でした。
去年の旧車天国に展示されたのは知っておりましたが実車は見ておりませんでしたので。

80年にジョニー・OがUSGP125ccクラスにスポット参戦して優勝したマシンのレプリカです。

本物は関東某所で見たことありますが、これは本物より綺麗です。
もっとも本物はジョニー・Oが乗って痛んでいるわけですから、当たり前ですが。

じつはこの車両のレストア前の姿も見ていましたから、変貌ぶりは精巧なフィギュアと言いましょうか、もちろん動くわけですから限りなく本物に近いでしょう。

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一般公開されているわけでなく、ここへ来ないと見ることはできないですが
「走る予定は?」と聞きましたら、
「土を付けたくない」ということです。

乗りもしないものにお金を掛けられる、最高の贅沢じゃないですか。
しかも、限られた人しか見れない監禁状態ですから、うらやましい限りです。

オートバイの楽しみは乗るだけじゃないことも理解できます。
コレクションホールのように歴史に残る車両がいつでも動く状態で保管されていることに目的があるのだと思います。

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古いだけの車両はたくさんあると思いますが、ほとんどがスクラップ状態で、いつかゴミになっていく運命です。

何十台も所有している人もおられますが、家族や親戚はその価値も分からないので、持ち主が死んでしまったら
同様にゴミになっていくでしょう。

そこで、このようにキチンと仕上げた車両であれば、誰かの下に渡って生き続けることができる。
歴史を継承する役割であると、私は思っています。




オートバイ歴が長い人ほど、廃番、絶販になってしまった部品で困った経験があると思います。
メーカーや品名によって違いがありますが、製造から20年も経過したら在庫が無くなり次第、再生産されないのが普通ではないでしょうか。
理由は完全にメーカーの都合だと思います。常に新製品を開発して生産している企業にとって、圧倒的に販売数が減少した製品については、いつ売れるかわからない部品を管理しストックし続けるコストが損失になってしまうわけです。

アフターパーツの分野では違う理由で廃番になることがあります。
それは製造メーカーの事情で製造を中止したり、廃業したりすることによります。
アフターパーツの多くは少人数の経営で、体調不良や資金繰りなど事業継続し難い事由が発生することはあります。
私自身も度々業務中断しておりますから、安定とは程遠い危うい立場にあると認識しています。

そんな背景のなか、メーカーが廃業したという理由で購入不可能になった中古チャンバーの復刻を依頼されました。
通常なら、他人が作った製品の真似をして物作りをするということは製造者としてはやってはならないことなのでお断りするようにしています。
それをお引き受けするには一定の条件が必要だろうと思っています。その条件とは

復刻すべき製品の製造者が廃業していること
生産中止されてから少なくとも10年以上経過していること
復刻した製品は注文者以外には販売しない
複数作って自分のラインナップとしては扱わない

以上が法律ではありませんが、自分が決めている最低条件なので
旧品の復刻を検討されている人はご注意ください。

それにしましても、提示された見本のチャンバーそのままに写し取るようなことは
製造者としてできませんので、外観は変えて作らせていただきます。

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当該部品と同機種のチャンバーの型を持っていますよ、とお伝えしましたが
それでは駄目で、こちらの見本と同等のスペックで作ることが依頼内容です。

ようやくパイプの型(展開図)ができましたが
フランジが無いことには、車体に仮止めすることもできません。

エンジン側のフランジも提供されていないので、フランジ製作しなければなりませんが
このサイズのフランジに使っていたOリングが廃番になっていたことが分かり
急遽、別機種のOリングを見繕って注文しました。

当然Oリング寸法が違うのでフランジ設計も新規に行う必要があります。
あと1週間くらいはこれに掛かりきりでしょう。

突然思い立ったヘルメット改装作業です。
マスキングテープ剥がしたところが汚過ぎて、水研ぎした後に縁ゴム外して塗り直しました。

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板金でこしらえた丸バイザーはファイブスナップにして、当時のイメージを再現しました。

何をモチーフにしているかは、往年のMXファンには説明の必要はないですね。










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貼ってあるロゴはステッカーサイズ確認のためカラーコピーを使っていますが

20年来の盟友マッドフィッシュにステッカー制作頼みましたので、明日完成する予定です。

全日本前なので夜寝ないで印刷機動かしているので、打ち合わせは夜2時に三郷まで行ってきました。

ホント無駄なことに掛ける執念は半端じゃないです。



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衣装はこれだけ揃いました。

ヴィンテージMXはマシンだけ古いんじゃなく、装備も当時の雰囲気で統一しないと
ただのカッコ悪い遊びになってしまうと思うので

人がどう思おうと、自分がいいと思うスタイルで決めていきたいっちゅうもんです。

いかん、いらんことばっかりしよって
RMエンジンかけておらんかった。
仕事あるから、あれは明日にしとこう。

この話はテレビのチャンネルを手で回し、黒い電話のダイヤルを回してかけたことのある世代の人でないと分からないでしょう。
今やCAD設計したデータで3D積層で制作したモデルを石膏で型取りしてZAS型鋳型することが少量生産のプレス成型品の手法。
しかし、そのためには何千万円も設備投資しなくてはなりませんから、私のように1個だけ直ぐに欲しいといった要求には応えられません。
そこでハンドワークによる製法を身に着けることによってある程度は実現できるはずです。

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本当はAGVのジェットヘルにファイブスナップの丸バイザーを付けて
顔面はSCOTTのフェイスガードに憧れたのですが
今では売っていないので、最近のヘルメットをヴィンテージ風にデザインチェンジして我慢することにします。

先ずはSHOEI・VFXの使い古しの塗装を剥がします。

サンドペーパー70円×3枚
作業時間3時間


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マスキングして塗装します。

缶スプレー
プライマー780円
黄色780円




結構失敗します。
垂れた塗料は乾いてから水研ぎして滑らかにします。




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最近のバイザーはデザインが凝りすぎてカッコ悪いです。

目指すは丸バイザーですが、やはり売ってないのでアルミ板金でこしらえます。










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裏側はこんな感じ

ハンマー痕がハンドメイドらしいです。

2度と作らんから、これくらいで十分です。

材料端材
作業時間2時間。

デザインも成形方法も頭の中、
コンピューターも加工機も必要なし。




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何がしたいかというと、
こういうことです。

ファイブスナップは帽体に加工が必要なのでやめておいて

両面テープとガムテープで固定しようと思います。

ガムテープで目張りしたバイザーにそそられるのがワシらの年代。




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こうやって売ってない丸バイザーも頭の中で
構想を描いて、手を動かせば形になります。

商売にはなりませんが、自分で使うものは自分で作るということが基本です。

竹ひご曲げて作った骨組みに障子紙張って凧上げやったり
ベニヤ板切って作ったブーメラン投げて遊んだり、
子供のころから遊び道具を作った世代なんで、同じ感覚ですね。

排気系作りだしたらサイレンサーを避けて通るわけにいかないですよ。

なのでオリジナルサイレンサー作りました。

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φ60 前後削りだしキャップに
ステンレスパンチング入り

軽さと強度にこだわり、内径は
テールパイプφ25.4の内径に合わせて段差を極力なくして排気抵抗を抑えました。

ビンテージモデルなので光ものは似合いません
のでバフ掛けはしません。
素材のままがレーサーなのです。





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取り付けはノーマルに準じて、テンションスプリング止めです。

早く音が聞きたい衝動を抑えて
さらに作業を進めます。











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この車両はアルミハンドルが付いておりましたが

運転手からするとハンドル形状はこだわります。

ゴミ箱から何用だかわからないクロモリハンドルを見つけましたので
こいつを曲げて好みの形状にします。

ハンドル高さが調度よいので、当時のRM純正風にしてみたいと思います。





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このようにテーブルに平らに置いて、パイプエンド高さで絞り具合を調節します。

これはパイプエンド高さ50mm

ハンドル長さは両側15mmカットして
770mmが私のベストサイズです。









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見事に一文字ハンドル完成

アキラ・ワタナベタイプです。

色はシルバーで塗装します。

段々自分好みのオンナ
マシンになってきました。

「タンクはオートバイの顔だ」などと言っている奴が凹んだままのタンクを使っていたのでは信念に反する。
というわけで、チェッカーズのシマダさんからPV50チャンバー代金の代わりに頂いた3型RM125のアルミタンクを直すことにします。

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マジックで囲んだ部分が凹みです。















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目立つ凹みは3か所確認できます。

これらを、塗装する前に修理します。













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今回はこんな道具を作ってやってみます。

アルミ板にM8のネジ付きカラーを溶接し
鉄の棒をネジ込み引っ張るつもりです。












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凹み箇所にアルミ板を溶接して
バーナーで炙りながら引っ張ります。

かなり板厚が薄いらしく、
あっさり板が割れてしまいました。

こりゃあ余計な修復作業になったぞい。
やめときゃよかったな。
と後悔先に立たず。







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溶接しては削って均すを何度か繰り返し
メチャメチャな肌になってしまいました。

自分のだからいいけど、こんなに下手な修理では人のやつはできませんね。











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これ以上やっても綺麗になる気がしませんので
これくらいで止めておきます。

仕上がりは塗装屋さんに委ねたいと思います。

塗装はフラワーオートさんに頼みます。


四国にいたころは桶川という河原にモトクロスコースがあるものと思っていました。
埼玉へ来てから、あれは荒川で、場所は川島町だとわかりました。
しかもコース名はセーフティーパーク埼玉という、どこにも桶川に絡んでいないというのに
正式に桶川と呼ばれた理由がいまだに不明のコースで開催された全日本MX。

これはTV放映されたもののようですが、私の記憶にはありません。
あの頃はホンダ栃木工場に長期滞在で会社で借り上げた宇都宮駅前のホテル住まいでしたから
TVも観ていないし、MXしにくい環境に置かれていましたから、このレースは今回初めて観ました。

日本のモトクロスが最高に盛り上がった時代であることを観客の多さから想像できます。
MFJレギュレーションも変革の時期で、125と250両方乗るのが当たり前だったのに
国際A級は前期と後期にわかれて、250と125を乗り換える規則だったと思います。
だからこのレースは全員250ccで予選も3組あります。
国際A級が半分以上予選落ちになるのですから必死になりますよね。

ホンダはオートマチックRC250Mで宮内隆行と大塚忠和が走っている貴重な映像です。
無限の安井崇、ヤマハの田淵武、SUZUKIの松田強、馬場義人。川崎はチャンピオン岡部篤史。
誰が勝ってもおかしくない強豪ぞろい、面白かったねー。





しかし、OPのレポーターは他の人に頼めんかったかいね。
アイボンかヒカルンバみたいなのでええんよ。
日本で最初に開催する公式戦ということです。例年なら極寒の中、凍えながら走ったのですが
今年は暑かったです。ついでに超マディーのレースでした。

昨日の夜中から明け方にかけて雨の音を聞きながら布団で寝ていましたから、半分行くのを止めようかと怠惰な考えと走りもしないで諦めているのは情けない敗者ではないか、と悪魔の囁きが・・
結局マディーが分かり切っているのにオフビへ行ってしまいました。

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一台止まると次々に止まる。

そして上がれなくなったマシンが逆走し、人がコース内に入って助太刀する。

午前中のレースは大体こんな感じです。
上級SEもスタック続出ですから、失敗しても恥ずかしいことじゃないです。

挑戦する気持ちが大事だと思います。
たぶん普段の生活でこんな辛いことしてないじゃないかと思えます。
苦難を乗り越えたときに違う自分になっているでしょう。


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スタックしているマシンを出してあげるコースオーナーの福本さん。
「オイ!チャンピオンに何やらせんだよ」

私も午前中のレースは路面が難しくてコースアウトしてしまい完走者中最下位の9位になってしまいました。
やはり156cmで450操るのは無理かなと心が折れるレースでした。






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メインイベントGP&SEのスタート前
今年MFJ3階級特進のペイントマンユージの息子と91年MXデナシオン代表選手の田淵武選手。
KTMに乗り換えた星野優位など、役者は揃っています。
が、しかし路面がねェ。







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午後のレースも大失敗を犯してしまい
スタート直後にギヤ抜けして最後尾からの追い上げで3位表彰をいただきました。

大勢のライダーが転倒している脇を無転倒で走り続けただけですが
ちょっとスピードが速くても転倒したタイムロスは挽回できませんから、転ばないという作戦の結果なのです。

朝、雨音を聞いて止めていたらこのような経験が積めなかったわけですから良しとしましょう。


しかし午前中450のキック踏みすぎて腰痛がぶり返してきました。明日のの仕事が辛いだろうなー。
2014年に一年落ちのCRF450を新古状態で購入し、2015年は骨折などで半年くらいしか乗っておりませんが、3年落ちの実質1年使用くらいです。
全然不具合ないのでエンジンのメンテナンスもやっていませんが、レース前なので何もやらないで走るのもマズイなと思い、バルブクリアランスを測りました。

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2年ほどノーメンテだったので、バルブ周り摩耗しているだろうと思ったら
4本ともクリアランス規定値内で
本来バルブフェースが摩耗したらクリアランス減る方向なのに、規定値の上限に近いというのはどういうことか。

バルブシートにカーボンが堆積してくると逆にバルブステムが下がる現象が起きることがあるので、
今度燃焼室周りのカーボン除去することにします。




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スロットルボディー

2輪はキャブレターで十分と思っていたのは5年前。
これを手に入れてしまうとキャブ車はもう必要ないと思えます。
実際、一部のミニバイクを除いて生産されていませんが
何が違うかというとセッティングの可能性が無限大に広がるのです。

スロットル開度毎、エンジン回転毎の点火時期と燃料噴射量が任意に設定できるのですから

サスペンションに例えると減衰調整なしのショックと圧側伸び側減衰力調整付きショックのどちらを選ぶかといえば、断然後者でしょう。
たまに「オレは調整はしないから安い方がいいよ」という人もいますが、先端の技術は受け入れた方が賢明です。
なにしろ性能が違うのですから、
乗り手にとってはキャブ車だろうがFIだろうが、どうでもいいことで要は性能がいい方に乗りたいと思うはずです。
それにメーカーが応えてくれているのです。

もちろん性能本位でなく、排ガスのコントロールを可能にするための技術でもあります。
空燃比の調整は理論空燃比14.7:1を基準にリッチ(濃厚)やリーン(希薄)に設定するわけですが
冷感時に燃料の霧化が悪くリーンになるため不完全燃焼が起こる。
すると吸入空気中の窒素が反応してNOxを生成する。
逆に高負荷時に燃調をリッチにするとCOとHCが生成する。
これらの有害な排出ガスを完全燃焼できるように運転条件にあわせたマッピングで(3次元データ)解決できるわけです。
そこで排ガスのコントロールは同時にパワーフィーリングも変更できることになります。
キャブレター時代は点火時期の変更はステータベースを動かすことで行っていましたが、これでは全体がずれてしまうのでFIのようなアクセル開度別、エンジン回転別の変更などは不可能でした。

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フューエルインジェクター

φ5くらいのノズルに12個の微小な穴が開いており、燃料を霧状にして飛ばします。
スロットルボディーのバルブ直後、最大流速になる場所に噴射しますので空気と混合されて燃焼室に届きます。

燃圧はフューエルポンプで加圧されており
インジェクター内のソレノイドバルブ(電磁弁)が開閉し
エンジンのサイクルに同調して噴射する機構です。
高性能だけど意外と安くて、インジェクター単品で8700円です。
最近はチューニングカーの技術で、これを交換する方法もあるらしいです。(オレにはノーマルで十分だ)

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レギュレータ、レクチファイヤーとコンデンサー

ECU(コントロールユニット)
点火や燃料噴射を作動される頭脳のようなもの、これ一個で全ての電装部品をコントロールしています。37700円

キャブ仕様のレーサーには見慣れないレギュレータですが、コンピューターや各部センサーなど一定電圧の電源を作り出すために必要な装備です。

コンデンサーは強力な点火を生み出すためIGコイルへ接続されています。
バッテリーレスなので点火で電力を消耗してコンピュータの誤作動を防ぐための蓄電の役目だと思います。

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今回電装部品を取り外したわけは
ワイヤーハーネスの清掃のためです。

これには13個のカプラーが付いていますが
(2スト時代はカプラー1個くらいだったような)
カプラーには泥水が侵入します。
泥水が乾くと泥になります。
これを繰り返していくうちにカプラーがきつくなって外しにくくなったり、接点の腐食の原因になります。
なので時々外してカプラーを清掃しておくとよいのです。
高回転回すヒトやジャンプをたくさん飛ぶヒトにたまに起こるハーネスの断線がありますが
エンジンが止まってかからなくなります。
修理不能な部分なので、ワイヤーハーネスASSY交換するしかないですが
普段から脱着しておくと交換時の手順がスムーズに行えるでしょう。
ワイヤーハーネス12800円。いざという時にスペアを持っておきたい部分です。



2014年の大雪と先月の大雪で懲りましたので駐輪場の雪避けのため、カーポート建設です。
乗らない保存用バイクは、よそのガレージで預かってもらっていて時々出動するマシンのみ駐輪するスペースです。

従来はバイクカバーにキャノピーの2重被せでしのいでおりましたが、雪が積もったときは除雪の邪魔になるので
思い切って屋根を付けることにしました。

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長持ちさせるため鉄骨の端は鉄板溶接して補強しておきます。

柱はセメントで埋めない方法で設置しますので
こちら側が地面に着きます。

風で飛ばないように、隣の工場と金具で連結と
アンカーで地面から引っ張るように固定します。







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屋根材はこれから付けます。

鉄骨の骨組みまで組み立て完了しました。

解体や移設が容易にできるように基礎工事無しのボルト組み立てになっています。

今週末は天気悪い予報ですから、明日中に完成させたいです。






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何が大変かというと、仕事止めないで工事していますので
午前中カーポート作り
午後からチャンバー製作などと
いつも以上に働いていて寝不足状態です。

これはYZ125チャンバーですが、土曜日夜に取りに来るというので
金曜夜中の12時に完成しました。
翌日はオフビでマフラーテストの予定なので
製作業務はお休みです。






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土曜日の夜に雪が降ってしまって、
作業中断を心配しましましたが

日曜日は快晴で絶好の工事日和。

強化プラスチックの波板を屋根に葺いて
カーポート完成です。(クルマは入らんけど)

材料費2万円
工作時間1.5日

何も生み出さないものに余計なカネは使いませんけど雪避けには十分だと思います。



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こちらも雪対策スタッドレスタイヤです。

雪で行動が制限されるのもつまらんことですが、
何より安全のためにお金を惜しんではいけません。
高性能BSブリザック、4本で8.8万円。
つでに軽トラもブリザック4本
こちらはホイール付き中古4本で1.2万円。

これで雪でも安心ドライブのつもりが
全然積もらん、早く雪降れ走行性能確認じゃー!




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勢いに任せて、雨樋も付けてしまいました。
養生シートで囲って横殴りの雨もシャットアウト。

これにて快適駐輪スペースの完成と相成りまする。








「早う仕事せんと、なんしよるんじゃー!」

日本最強のVMXワークスショップのホーリーさんから情報をいただき動画をUPさせていただきます。

桶川や後楽園スーパークロスも走ったことのあるAMAモトクロスのレジェンド、マーティー・スミスさんと
アメリカホンダの有名チューナー、デーブ・アーノルドさんがスーパークロス会場の展示品CR250Rに装着された
弊社製チャンバーと一緒に写っています。



一昨年、ホーリーさんに50台分納品しまして世界中に渡っていったうちの1本だと思います。
ビンテージチャンバーの企画はホーリーさんの提案なので、このような機会に恵まれましたことを感謝いたします。
数10年に一度の大寒波の日、幸い関東地方は雪の影響がなかったので、チャンバーテスト敢行しました。
キッズライダーによるインプレッションだけでなく自らKX85試乗させてもらい、BUDチャンバー、弊社オリジナルと
乗り比べて大体の性能が把握できました。

先週作ったオリジナル品は懸案であった高回転域のパワーも改善されており、低速から中間加速のトルク感も満足できるレベルだと感じました。
ノーマルチャンバーからのリプレイス品としては充分インパクトのある性能だと思いますので市販に向けて準備しますが、キッズライダーにとっては技量やエンジンの使い方によって要求はさまざまで、思ったことを遠慮なく言ってきますので、弱小な技術レベルですが可能な限り対応していきたいと思います。

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やはりチャンバーは塗装しないで焼け色がついてくるのが一番いいですね。

全体が焼けてきたら磨いて、また焼き色つけるのを楽しむという繰り返しです。

この日は大寒波で超寒かったため、鉄板も冷却されますから熱があまり伝わってないのが色から判断できます。





しかしモトクロスコースへ/行くと周りのご父兄はA級ライダーばっかりで、元田舎B級はオレだけか。しかも老体でまともにオートバイを操れないときたもんでイジケまくりますね。
なので現実を直視して前進するだけです。





先週日曜に埼玉県某所でテスト品のインプレッションをしてもらってきました。
テストライダーはO氏のご子息、だいぶ上達してきたので、性能比較の経験もいいかもしれない。

ただし2輪の乗車経験は65や85のモトクロッサーしかないので、他社との比較や感じ取ったことを
言語で表現するには、技術用語も必要でしょう。
たとえば性能曲線を理解しているか、馬力とトルクの物理的概念とかを定性的に判別できる能力があるかと
言われれば年齢的に不可能な部分があるので、私とO氏でインプレッションを解釈しながらの確認です。

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左端は普段使っているBUDレーシング。
高速の伸びが気に入っているようですが
低速トルクがなくて、コーナー立ち上がりで
半クラッチが必要らしい。

右から2本目は低速からトルクが出ていて
半クラッチの必要がなく、中間加速もBADと同等だが伸びはBADの方が良い。

3本目は2本目より高回転を狙ったが、中間までは同等だが、高回転はあまり伸びてない、または早く吹けきってしまう表現かもしれない。

そこで右端はBADの諸元を測って、オリジナル品と比較して同等の伸びを目指す目的で試作したので、今度乗ってもらう予定です。
日本のモトクロスシーンでは高回転型よりも低中速のトルクやパワーの立ち上がりがスムーズな方が、万人に扱いやすいと考えていますが、高回転キープできる体力やスキルのある人向けに高回転型もありかな、と思っていますが最終的に一つのスペックに絞らないとラインナップになりませんので、もう少しかかるでしょう。

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自社ノウハウを入れて作っておりますが

スペックが似ていれば形状も似てきました。

純正チャンバーも含めて5種類もスペックを計測して実走確認するので、ちょっとした知的財産になりますね。



天気予報で知っておりましたけど、油断したなー。
夜12時ころ降っていたのは雨でしたから、平野部は積雪ないだろうと余裕コイてました。

朝起きたらこうですよ。

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横着して駐輪場はクイックテントでしのいでいたのですが、見事に潰れました。

全部雪下ししないと、かたずけもできません。
しかし、雪重いです。
推定200kgくらいテントにのしかかっていました。

このあと雨が降り続くので、さらに重くなる前に雪下し完了しとかないと仕事できません。

2014年も大雪2回降って、学習したはずなのに・・・・
真剣にカーポート作る気になってきました。
時間ないのになー

また悩み事が増えて具合悪くなりそうです。
しかも、まだ1月ですからね。備えておかないと、再び災害はやってくるでしょう。

家の前の国道は車が列になって止まったまま、運転手さんも仕事にならないですね。


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積雪は二日後が危険なのです。

屋根の雪下しは不可能なので
溶けかかった雪が一気に滑り降りてきます。

一発でこれだけの量落ちてくるので
人に当たったら死ぬでしょう。

嫌な予感がしたので軒下から離して停めておいたスクーターは前に押されて倒れかかっています。

軽トラの雪はこのまま捨てに行くのに都合よかっただけです。
庭狭いのは辛いのー。


昨年中は怪我や体調不良の影響などで、やりたいことは半分もできていない年でした。
今年はもう少し良い年だったと思えるように、なるべく多くの時間をやりたいことに費やす所存でおります。

コンセプトは、今でないと出来ないこと、いずれ出来なくなることが分かっていることを後回しにしない。ということですかね。もうすぐ老後の今何をやるか、常に考えていかなくてはなりません。

二十歳やそこらでピチピチしているのは当たり前のこと、50過ぎてからが本当の姿という思いで、なんとか体力の維持を計っていきたい。
筋トレやストレッチ、ランニングなどで基礎体力は維持できると思いますが、オートバイに乗るための体力、
動態視力や反射神経といったものは乗ることによってしか身につかないと考えていますので、
可能な限り乗ることに重点をおいて活動していきます。

450でジャンプ頂点.jpg

MX408の新コース、初乗りはここにしました。
相変わらず環境抜群のコースですね。

音量規制の厳しい場所ですが、私のオリジナルマフラーで問題なく乗れます。
規制クリアさせて作っていますので当然のことです。

コースレイアウトはワイドオープンな部分とタイトな部分が織り交ぜてあって、グリップの良い路面も相まって、走りやすいですがつい乗りすぎて背筋が痛いです。



ミニでジャンプ.jpg

4年ぶりに150も乗ってみました。
フルサイズに乗りなれてしまって
チビ太の私でもポジションが窮屈で乗りこなしが難しいです。
低速トルクも全然ないパワーフィールなので
非力なエンジンでスピードを殺さないトレーニングには非常に良いな、と思いました。








ミニで頑張るコーナー.jpg


エエーイ!
ミニバイクはタイトターンがやりやすいです。
どんどん旋回スピード上げていきたいですね。











450でコーナー.jpg

450は小さい体で言うこと効かすのは無理なんでマシンに逆らわないスムーズな乗り方に気を使っています。










ではモトクロスコースでお会いした方はお手柔らかに揉んでやってください。今年も与路死句です。

本日天気晴朗ナレドモ波高シ。明治38年、連合艦隊海軍中将の秋山真之(松山藩出身)が日本海海戦直前に大本営に送った電文の一節である。
「勝って兜の緒を締める」の名言を残した東郷平八郎連合艦隊司令長官の資料も初めて拝見しました。

鉄に関わる仕事で生活してきた30余年でしたが、日本の鉄にまつわる歴史に強く惹かれるこの頃なので
これを見ないで死ぬわけにはいかぬ、ということで横須賀の戦艦「三笠」を見学してきました。

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東郷平八郎元帥は秋山中将らと共に立案した「T字戦法」(東郷ターン)で
当時最強だったロシア海軍のバルチック艦隊を日本海海戦で撃破したのでありました。

そのとき乗船していた連合艦隊旗艦の三笠は
ワシントン軍縮条約により1923年(大正12年)に廃艦が決定し、この横須賀へ曳航され、皇居に船首を向けた位置で着床させられています。
船上の装備は全て盗まれ、奇跡的に残ったのは碇とアンカーチェーン、それを昇降するクレーンのみで、大砲や煙突、マストなどの構造物は後世に作られたレプリカ品ではありますが、現存する図面を基に作成された精巧な作りで見ごたえがあります。

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そもそも明治時代に大量の鉄を使った戦艦など日本に作れたのか?ということが疑問で調べ始めたのですが
官営製鉄所の八幡製鉄所で高炉の操業開始したのが1901年(明治34)に対し
英国ヴィッカース社で製造しサウザンプトンで日本海軍に引き渡されたのが1902年(明治35)ですから、他の5隻の戦艦と6隻の装甲巡洋艦は英国製ということで
日本独自の技術力では当時は出来なかったという結論に至りました。

船首の「菊紋」はレプリカで本物は船内の展示室に保存されています。
木製の彫刻に金箔で装飾されたものでした。

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江戸時代が終わって僅か35年後にこのような鋼鉄の塊で作られた船で戦争を行っていたことに驚きを隠せません。

戦艦らしく大砲や機関砲が何十機も突き出しています。









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砲撃手はこのようなむき出しの窓から敵艦の攻撃に曝されながら、砲撃を行っていたのでしょう。
実際に手を触れて操作可能な状態で展示されています。











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操舵室から船首を臨む眺めです。

東郷元帥はここからT字作戦の指示を出していたのでしょうか。

左右にアンカークレーンが突き出しているのが見えますね。これだけが盗まれることなく当時のまま保存されている艦上装備だそうです。







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機関の解説はヴィッカース社から譲り受けた図面と共に展示室で閲覧できます。

石炭火力の蒸気機関だったようですね。
横浜の「氷川丸」はディーゼル機関だったので
明治期を感じさせる技術でありますが
日本ではそれさえも自国での生産は程遠い時代だったと思われます。

そんな外国頼りの技術力でありながら、日清、日露戦争と勝ち進んでいったことが奢りや迷走の軍国主義を推し進めていたのだと思います。

欧米列強は商業的に鉄鋼や機械の生産技術を売り込んでしまったことが、職人気質の民族に勢い付けてしまった結果になったかもしれません。



今年もあと4日で終わりです。
怪我や父親の一周忌、義理の母親の入院などで予定の仕事の半分もできなかった1年でした。
なので大晦日まで全部仕事です。
久々の格闘技イベント、魔裟斗VS山本KID戦が非常に楽しみ。

日本のモータースポーツ創世記のヒーロー「浮谷東次郎」
本田博俊さんと同い年、1964第2回日本グランプリにトヨタS800でレースデビュー。
1965鈴鹿サーキットで日本グランプリ初優勝
1965鈴鹿サーキットで練習中、コース内にいた人を避けてコース脇の水銀灯(130R地点)に激突
翌日に脳内出血で死亡。
乗っていた車両は「童夢」創設者所有のS800だった。
最もF1ドライバーに近い日本人と期待されたが、目立った戦績は最後の2戦くらいだった未知数の才能の持ち主として伝説になった、享年23歳。

「大場政夫」WBAフライ級世界チャンピオン5度防衛、帝拳ジム初の世界チャンピオン。
1973にシボレーコルベットを運転中、首都高池袋線でカーブを曲がり切れず中央分離帯を乗り越え
大型トラックと正面衝突、即死だった。浮谷と同じ23歳没。

キックの鬼「沢村忠」大山空手の直弟子の中村忠から一字だけ変えてリングネームとした。
1973年三冠王を取った読売巨人軍の王貞治を抑え、日本プロスポーツ大賞となった。
力道山、馬場に続くお茶の間のヒーローだったと思う。
当時日本に2台しか無かったシボレーコルベットのオーナーだったそうで、もう一台のオーナーは大場政夫である。

浮谷東次郎に戻りますが、東次郎の母親の教えがあったそうです。
「自分と誰かが命の危機に瀕しているとき、自分の命を差し出すことで相手が助かるなら迷わず自分の命を差し出しなさい」
究極の2択を迫られたときの心構えだと思いますが、東次郎の事故死はそうした精神から人命を救ったための結果だったかもしれません。

自分の仕事と親の介護のどちらをとるかとしたら、どう考えるでしょう。
うちに出入りしている業者さんは、このように言いました。
「親より仕事だろう、親はどっち道死ぬもんだが、自分が潰れてしまったら両方が死ぬことになる」
うん、両立が不可能ならそうすると思う。他に出来る人に頼んで自分は行かないことを選択するだろう。
しかも肝心なことは私は実子ではない。相続権も扶養義務もない、法廷上は他人の関係。
それなのに親族が介護しないために人道的配慮で介護しようとしているのだ
法廷闘争などに持ち込む気はさらさら無い。
養子縁組や遺言を迫るような浅ましいこともしたくない。
こんな葛藤と戦いながら年末まで仕事をしているのです。


今週は4日間も仕事していません。
これは、もう倒産確実です。私にお金を貸している人は回収不可能ですから諦めていただきたい。

仕事してない証拠に、このような場所に来ております。

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外堀に囲まれた陣屋跡に建てられた
荘厳な建物は愛媛県立西条高等学校

私の地元小松町の隣町の中心部にあり
この正門前には、法務局、検察庁が建ち並ぶ由緒正しい場所なのであります。

その検察庁ですが、高専卒業を控えた時期に交通違反で捕まり、保護観察処分になったときに事情聴取に来た覚えがあります。
大変お世話になりました。

この近所の西条市役所に介護保険納付証明書を申請にきたのですが、
その窓口で対応されたのが、中学時代のマドンナ的存在だったM美さんで、実に30年ぶりの再会に動揺を隠せず、その場を立ち去る私でありました。

そうです、今回帰省の目的は介護施設訪問でした。
まだ契約には至っていないので、これからも仕事できない日々が続くでしょう。
誰か代わってくれエーーーー!

外装部品の色は重点管理項目です。
板金塗装工場でボディーパーツを交換しますが、塗装はボディー色に調色しなければなりません。
修理した部分の色が合っていなければ、車両の価値を損ねることになりますので技術のみせどころだといえます。

では量産車の場合でも塗装ロット毎に調色しますので、その都度「初物事前報告書」で色の合否を判定しないと生産ラインに搬入を許可されない規則になっています。

ここで初物というのは、設計変更、金型更新、材料変更、製造条件変更、メーカー変更、etc
すなわち段取りが変わるときに最初のロットから製品の検査を行い、製品サンプルに検査成績書を添えて
受け入れ品質課から判定を受けて、生産ラインに搬入する一連の動きを差します。
もちろん不合格品は量産に流れることはできないしくみになっています。

その初物の中に「色」が含まれていて、塗装ロットからサンプルを抜き取り、受入品質課の判定を受けます。
本田狭山工場にも色のスペシャリストがいて、色差計による数値的な判定と同時に標準光の下で色見本とサンプルの比較を行って合否判定を行っていました。


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ここにタンクが二つ、右側は中が腐食によりガスが噴き出して塗膜が剥がれたもの。

左は未塗装の新品タンクを純正色で塗装してもらったもの。

両者の色が違っていることは明らかですが
私が色合わせのため支給したのは
フューエルリッドだけだったのです。
当然右タンク同様に日焼けした赤身の強い黄色でした。

ところが仕上がってきたニュータンクは青み掛かった黄色で我が目を疑いましたが
まもなく色違いの理由がわかりました。

塗装施工者さんが色褪せした見本を採用せず、オリジナルの色に修正していただいた結果だったのです。
お蔭さまで1976年製CJ360Tは新車当時の色に蘇っていたわけです。

依頼者の注文を鵜呑みにせず、黙って気の利いた作業をしていただいたことに心から感謝いたします。
骨折受傷後、初レースとなります今回のレース。
激戦の50代クラスは現役時代からかなうはずのない先輩ライダーたち。
時代劇で言う斬られ役となってしまうのは確実なのですが、復活の標としては申し分ないと思います。

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50代クラスの大先輩チャンドラーさんの背中。

この人は85年くらいから知っていて、チームは浜松スクランブル、固定ゼッケンの6番でした。
一緒に走れるだけで光栄です。


82年型CR250Rに私は高年式の450で負けてしまいました。






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今日のゼッケンは46番
スージーディジットの特製ゼッケンは参加者全員に無料配布という熱の入れよう。

これで私も晴れてマスターズデビューということですか。










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これは雨がシトシト降り続くヒート2のスタートですが、左にホールショット男伊田さん。
右にツータイム125チャンピオンの川島雄一郎選手に挟まれていますが
実はスタート直後に泥を浴びるのはご勘弁を、ということで2秒くらい遅れてでました。

まともにやりあったら酷い目にあっていたでしょう。









まずは小雨降り始めたヒート1の動画をどうぞ
レジェンドライダーは伊田さん、唐沢栄三郎さん、川島雄一郎くんです。

原口さんとチャンドラーさんのバトルも熱いですぞ。

お次は小雨降りしきるヒート2ですが、私は午前中に腰痛が再発して止めたい気分でしたが、なんとか無転倒で走り切れましたので、良しとしましょう。
こちらも原口さんとチャンドラーさんのデッドヒートですぞ。

今日の路面は固めで轍こそ少ないですがヌルヌルのスリーッピー路面で気が抜けませんでした。
最期まで集中力を切らさないトレーニングになったと思います。

これにて今年のモトクロスは終了いたします。

この歳になると年に3回くらい葬式に行くようになってしまいましたが
今日の葬式は一生忘れられない特別なものになるでしょう。

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故人の思い出の品、アルバムなど貴重なものが展示されていて懐かしく思いました。

無限の430改はたぶん、プロストックの貴島さんが大阪から運んで来られたのだと思います。
喪服姿の私の反対側にいらっしゃるのは
故人の元上司でHRC監督やホンダコレクションホール館長など歴任された小林さん。

帰りの車中で世界チャンピオンの渡辺さんも参列されていた話をしますと、
「彼とはベルギーにある、ロジャー・デコスタの自宅で会ったよ」とおっしゃいました。
「俺がブラッド・ラッキーのメカニックでWGP参戦したころ、ラッキーの奥さんとデコスタの奥さんがカリフォルニアに住んでいて仲良しだったから
ロジャーの家にラッキーと一緒に招かれたら
渡辺明さんとメカニックも来ていたんだ」とのこと
それを聞いた私はサテハと思いました、ロジャー・デコスタをホンダに誘ったのは小林さんに違いないと。

そこら中に私が30年間見てきたモトクロス界の著名人が集まっておられるので、秋の園遊会かアカデミショーのような賑わいでしたね。
久しぶりに会う知人や先輩方と話すこともできて、同窓会のような気分になりましたが
セレモニーが始まって、出棺のころになると鬼の目にも涙、ほとんど全員が泣いておられました。

どんなに縁もゆかりも無いひとでも最期の時は悲しみしかありません。
いろいろありましたが、全て水に流して新しい一歩を踏み出したいと思います。

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たぶん、このとき人生最高の瞬間だったと思います。
レースチームなんかやっていなかったら
こんなことになってなかったでしょう。
大勢の人が彼に頼りすぎた結果だと思います。

花ばなしさを維持し続けなければならない重圧と戦って来たんだと思います。
こんなことでしか楽になる手段はなかったのでしょうか。
済んでしまったことを悔やんでも仕方ありませんが、残された人たちは故人が伝えたかったことが何であるか、考えてみる機会を与えられたと思って前向きに精進するしかありません。

小松町(実家)滞在2日目、午後にケアマネージャーとの打ち合わせを約束していたため
午前中に近所のみかん山のワインディングを散策して、自分の畑も視察してきました。

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この畑、平坦な部分が殆どなく
菅生の大坂くらいの斜面が広がっています。

ここの草刈りと、栽培されていない柿の木などを撤去してオフロードコースにしてやろうと企んでいます。

近所迷惑になるといけないので、一般公開はしないですが、退屈な田舎暮らしを一変させる
バックヤードモトクロスを目指したいと思います。







ケアマネとの会合を済ませてから新居浜市へ走りました。
目的は今回の足を提供していただいた、バイクショップ中川さんとこへ世間話することです。

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集合していただいた中川家ご一行
社長夫妻と店長家族。

中川さんの好きなバイクはカワサキF21M
山本隆さんが全日本チャンピオン取ったころのやつだそうです。
BSの90ccでモトクロス始めたという中川さん10代のころの憧れだったのでしょう。

ここのお店は2回移転して3店舗目
95年新装オープンされたので今年で21年め
弊社創業の年に新築されたのですね。
お世辞にも活気があるとは言えない新居浜市でこの規模の店舗を構えるのは
一重に中川さんの営業センスとご家族一丸となった協力体制の賜物でしょう。

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私が高専時代につかっていた鉛筆削り

レーシングサービスショップ、中川エンジニアリングが最初の店舗

最初にお会いしたのは高専2年生のころ
朝6時に学生寮を友達と抜け出して
国領川の河原で先輩のKM90改を借りてモトクロスしていたら、
河川敷をランニングしてきた男性が立ち止まって話しかけてこられました。
「乗るんじゃったらヘルメット被らんかいよ」
それが中川さんでした。
その後、機械工学科の先輩に連れられて中川レーシングチームへ入門させていただき
私のモトクロス人生のスタートとなりました。
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お店の展示車両をお見せしましょう。

どれも新車同様に美しいですが、中川さんは新車発売されると大体乗ってみるそうで、
いろんな車種の特徴がわかっていますから
お客さんに説明する場合に説得力がある話ができるでしょう。







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ヤマハR1、お客さん所有らしいですが、
シルバーのアルマイト部品をブラックアルマイトに変更したり、カスタム車の見本として
展示してあると思います。

「こんな風にできますよ、一台いかかですか」

今年はMVアグスタF4やカワサキH2Rも販売したそうで、メーカーは問わないオールマイティーなサービスが売りのようです。

日本のモトクロス黎明期からメカニズムを探求してきた経験から質の高い整備技術を提供していただけるはずです。

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NSR250
プロアームの最終型でしょうか。
絶版のマシンですから保存用だと思いますが
手入れされた外観がホンダコレクションホールを彷彿させます。
もちろん動態保存で時々走らせていると思います。









そんなわけで、おそらく中川さんからモトクロス教わっていなかったら全然違うことをしていただろうということを考えると、この場所へ戻ってくることで初心に帰ることができるのであります。


先週の土曜日、MCFAJのレース前日に愛媛県立新居浜病院から呼び出しがあり、親族が緊急入院のため
最短で来るように指示をうけて新居浜へ行き、一旦埼玉へ戻って仕事して再び県立新居浜病院へ向かう旅の道中です。

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奈良のホーリーさんとこへ納品と
預かり車両の返却
ワシのCJ360タンク受け取り
3つの用事をいっぺんに済ませるために
キャラバンで自走してきました。

クルマは帰る日まで駐車させていただいて
近鉄線「西大寺駅」から京都へ行き
新幹線⇒しおかぜ12号に乗り継ぎ
新居浜駅へ行くルートです。

11:04西大寺出発14;09新居浜着です。
早いですね。



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瀬戸大橋渡るとき、いつも思うことがあるのですが、100年前はろくに鉄骨も作れなかった国が
海の上に、よくこれだけの巨大建造物を作れるようになったものだと。

自動車の生産なんか本四架橋の大事業にくらべたら小さい工場のプロジェクトのように感じます。
レースの世界ではメーカーがコースを作らないからレーサーが売れないんだと誤解している人がおられますが
2輪4輪メーカーは道路があるから乗り物を作って提供するのであって、メーカーは道路を作る必要も義務も無いはずですね。
走る場所があるから乗り物の需要がある。
メーカーはそれに答えるのが役割なのです。
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予讃本線、単線のローカル線ですが
海沿いを走るこの景色が好きで
いつも見惚れてしまいます。

この辺の海域を「ひうち灘」と呼ぶのですが
(高輪半島から荘内半島の間)
香川県のどこかの浜が、浦島太郎伝説の場所なんです。

海の上に浮かぶ小島に神社が建っているめずらしい光景です。




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病院の用事は短時間で済ませて、残った時間は命の洗濯、バイク乗りに勤しみます。

今治市の国民休暇村へ向かう道は快適な舗装のタイトターンが連続する
行きはダウンヒル、帰りはヒルクライムのテクニカルコース。
海のシーズンを外せば道はガラガラに空いていますが、公道なので余裕を持ったライディングで
限界走行はいたしません。

家が近所なら絶対毎日走りに来ますね。




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今日のマシンはCRM80

新居浜市のバイクショップ中川さんで
お借りしてきました。
学生時代にワシをモトクロスの世界に引っ張り込んだ張本人でした。

うちのサイレンサーが取り付いています。
10年以上前の製造ですが、ワシの記憶には残っていません。
販売した製品の行く末を見届けることができた数少ない体験でした。
トレールバイクですが前後タイヤにミシュランのパイロットスポーツをチョイスされていて
舗装路は非常にマッチングがいいと思います。
ワシ、モトクロスライダーでありますがダートが嫌いという矛盾した一面を持っております。(誰でもそうか)

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休暇村の端っこに亀が噛みついたような奇岩があります。
波の力で浸食されたようですが
そのうち首が細くなって落ちるかもしれないので
今のうちに記憶に焼き付けておきたいと思います。









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向こうに見える浜は天然記念物「カブトガニ」の繁殖地。

このへんは漁港が多くて魚介類が安くて新鮮。

埼玉では絶対に味わえない食文化なので魅力的な場所ですね。

お気付きかと思いますが、瀬戸内海って波が穏やかで湖のようでしょう。
湘南や房総の海岸しか知らない人は是非行ってみるべきです。



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休暇村の向こうの海岸はサッカーの岡田監督が就任した今治FCのグランドがあります。
最高のロケーションです。

釣り人はみんな日焼けしていて
福本さんが大勢いるように見えました。






後編に続く・・・








月曜日から1週間ほど無職になります。
その前に、かなり以前から頼まれていたチャンバー製作の車両の搬入だけしてもらいました。

オーナーは埼玉の名門モトクロスチーム、チェッカーズ出身のシマダさん。

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1979年製 スズキEPO 型番PV50ですね。

エンジンはRG50、TS50系です。

ホンダモンキーに対抗してスズキが発売しましたが、モンキーの牙城は崩せず
数年で廃番になったと聞きます。

当時のRM80エンジンに換装可能ということで
改造プロジェクトが始まっています。

先日前後フェンダーとキャリア、フロントスプリングをクロームめっきしましたので、年式の割りにはきれいでしょう。

非常にバックオーダー溜めていて申しわけないですが、こちらは家の一大事なので仕事は止めさせていただいております。
先日の467チャンバーやこのPV50は全額前金でいただいておりますので、優先してやりますが期限も決まっていて12月19日が最終日なので、失業の合間に実行するつもりでおります。
進行状況は当ブログで後日アップするでしょう。


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自賠責保険の期限が昭和58年ですね。

昭和58年(1983)は私が本田技研入社の年です。
うーむ、あの頃の車両かあ。

入社と同年に関東モトクロスにデビューしましたので今年で32年。
学生時代も含めるとモトクロス歴35年になりました。
人間歴52年

プレシャスファクトリーは1995年(平成7年)創業なので21年目になります。
思い返すといろんなことがありましたが、段々経験が積み重なってきた感じです。
今だに初めてのことが多いので四苦八苦します。




467チャンバーの第1ロットはあと一本を残すのみなので、土日もやれば完了するはずです。
しかし、その前にやっておくことがあります。
これまで車体合わせで作ってきましたので、車両返却後も同等の物が作れるように
治具を作っておくことにしました。
それなので今日は治具製作を終えてから自分のマシン整備をすることになります。

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車体合わせで作ったチャンバーを雛型にして
治具を製作しました。

この雛型のみ車体と治具と両方に取り付くというわけです。










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車体との隙間が最も厳しい部分にゲージを取り付けましたので、組み付け不良になることは無いはずです。

大体3mmくらいの隙間目標の部分です。










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マウントステーの穴位置はこのように決めます。

タンク下のボディー位置はこのようなゲージで確認するようにします。

残りの1本は治具に合わせて製作して、車体に取り付けOKであるか確認をすれば
第1ロット終了になります。

それでは明日からレースに専念するため一旦中断させていただきます。




鎖骨骨折して6か月経ちました。相変わらず骨の隙間が開いた状態で
治癒しているとはいえませんが、私生活には何の問題もない痛みです。
これはもう、復活したのと同じではないか
復活したという証拠にレースを走ってみることにしました。
結果はどうでもいいですが、以前と同様の走りができるかどうかが判断の目安としておきます。

骨折より深刻だった腰痛は、朝起きるとき何かに掴りながらでないと立てなかったし、ちょっと前かがみになっただけで背中が硬直して固まっていたりで完全に不自由な状態でした。
とてもスポーツするなんてことは無理だと思っていましたから、モトクロスができるということによって腰痛も改善されたという判断でよいのではないでしょうか。

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今週は予定の仕事以外に残業して
CRF450のアンダーガードを作りました。

自分のやつは新車のときにすぐ作ってあったので
それと同じデータで製作するだけです。

オフロードでは泥や跳ね石でロアフレームやエンジンケースが傷だらけになってしまいます。
性能には関係ない部分ですが大事な愛車が汚くなっていくのは許し難いことです。
このために最初からアンダーガードを装着しておくのです。
フレーム下面が一枚板なので泥が付着しても落ちてしまいますので泥の付着が軽減されるというメリットがあります。

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450の場合、フレームとエンジンの隙間が少なく特殊な形状のクランプにて固定します。

スキッドプレートではありませんので板厚2mmのアルミですから軽量に仕上がっています。
泥除けがメインの目的なので、十分な機能だと思います。

いつも製作物を公開しているのは、考え方の一例を示しているだけで、同じ物を注文されても作りません。
ノウハウにもなりませんので、お好きにどうぞという意味です。


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下面フラットになっていますので
グランドヒットしても滑りはよいでしょう。

最近はフレーム着地するジャンプも無くなってきましたから、あっさりと軽量なアンダーガードがいいでしょう。










今週末は久々に雨の降らない週末のようなので半年ぶりのレースで英気を養いたいと思います。

場所はOFVです。今年はあと2回走ります。
クラブマンMXとマスターズ・オブMX(12/13)になります。

日曜午前中は仕事してから12時過ぎに出発してOFVへ視察(観戦)に行って来ました。
前日まで雨が降っていたので、コース状況は確実に悪いだろうと期待しつつ
ところが昼前から絶好の快晴で、路面はシャバシャバの泥からヘビーマディーに変わっていたようです。

午後のレースだけ観ましたが、内容は他のイベントにはない感動的な場面もありました。

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これはMC150のスタート。

現役の小島庸平、岡野聖も乱入
それぞれRM85とYZ85で大人げなくアマチュアライダーを退治していたかと思えば

キッズ85の方はA級ライダーが子供に負けてしまったりと、本来と違う展開が面白かったです。

路面悪いなりに意外といいレースできていたようです。




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マイラップスBクラスのスタート。
イン側のゼッケン1はコースオーナーの福本敏夫選手。(YZ450)
ホールショットから1位独走は見事でした。

店長の義久選手もエントリーしていたので
コース整備がいつも以上に入念に昼休み返上でやられていました。
社長に乗っていただければコース状態が良くなるということなので今後も走り続けていただきたいです。




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カズマサレジェンドは10年くらい前に現役だったA級ライダーのクラス

トップは中山裕選手(スズキ)
2位はHRC監督の芹沢直樹選手
元東福寺レーシングがワンツー。(オヤブンは来てないのかな)
3位村野秀哉選手(カワサキ)

淡々と速い人たちなので、レース展開は波乱はありませんでした。





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カミカゼ130マスターズのトップは元125チャンピオン松田強選手。

沖縄から遠征なのかやる気満々ですね。

後ろに見える45番は渡邊親弘選手(中部SSC)








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大内ケンヤ選手が2位に上がってきました。
渡邊選手と橋口典弘選手(マウンテンライダース)というA級ライダーを抜いてきた日本最速の鳶職。

午前のレースでは渡邊選手を最終コーナーで押し出しての1位だったそうなので、総合1位でしょう。スゴイネー



ウーン、俺も走りたくなってきたー!








また仕事が止まる話でスミマセン。
今年自家用車のユーザー車検は3回目になります。
中古で買ったキャラバンがキャンピング仕様の8ナンバーなのですが
キャンピングカーの構造要件を少し満たしていないのを承知で、走行距離の少ないディーゼル車に惹かれて購入したのです。
車検前に自分で作ればよいと思っていたのが、今週そのときがきてしまいました。

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キャンピングの構造要件は

乗車定員の1/3分の就寝ベッド
(この車は6名定員なので2人)
1800mm×1mの平面が必要。

最低10Lの水が給排水できる流し台。

ガスコンロを設置した調理台。

調理スペースの空間は高さ1600mm必要。

このことから昔のように標準ルーフのバンでは要件を満たさないのでハイルーフが必須になります。

ハイフーフのキャラバンは1ナンバーですから中型車扱いとなりますから、税金や高速料金が普通貨物車より高くなり、車検も毎年です。
それが8ナンバーでは乗用車より税金が安く、高速料金(ETC割引も)は普通車と同じで車検は2年になりますからメリットが大きいのです。

前オーナーが流し台と調理台を床の鉄板に直接タッピングで取り付けていたので、普段は外して車検時に戻すためには、取り付けを容易にするためコンパネを敷いてから取り付けしました。
流し台の水も出なかったので、バッテリー電源にインバーターをつないで給水ポンプも稼働させました。
ガスコンロは運転中に動かないようにテーブルにネジ止めと火避けのパネルも作ってネジ止めにしました。
ベッドの面積も要件を満たしていませんでしたので850mm×500mmくらいベッドを追加しました。

これらの作業で一日半くらい仕事止まりました。

点検整備は近所の日産プリンス圏央鶴ヶ島店に頼んでおいたので安心です。

インターネットで車検の予約をしておいたので本日朝9時に所沢陸運局へ出発です。

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第3ラウンド予約だったのですが

受け付けしたら直ぐ行っていいと言われたので
第1ラウンドで検査場へ入れました。

今日は調子がいいぞ。

税金逃れのナンチャッテ・キャンピングカー(オレの車か)が多いのでキャンピング要件が厳しくなっていると聞いていたので、装備の確認が難関だと思っていましたが、手間をかけた甲斐あって見事合格でした。

午前中に車検終わって、お昼過ぎには帰宅できたので午後から通常通り仕事に戻れました。

今回の車検費用

手数料 ¥0
検査登録印紙代 ¥400
審査証紙    ¥1400
重量税印紙代  ¥24600
自賠責保険料  ¥34900
 
合計¥61300 でした。

次回の車検は2年後になります。 
折角取り付けたキャンピング装備は明日には全部取り外して貨物仕様に戻ります。











結論から言いますと、十数年苦しんできた、頭痛と腰痛が治りました。
鍼灸治療を始めてから少なくとも一か月は良好な状態が持続しています。

体調が良くなったと話した人の全てが鍼治療に否定的で
「鍼を打ったけど効かないんだよなー」と言いました。
どんな診断を受けて、どの経穴(ツボ)にどれくらいの鍼を打ったかは定かでありません。

西洋医学は患部を切開して外科的手術を施すことを目的とするのに対し
東洋医学は気と血の流れの悪くなっているところを刺激して自然治癒力を高めることを目的とします。
歴史的にみても西洋医学が僅か2百年くらいに対し、東洋医学は紀元前8千年とまで言われる
人類の医学としては主流の療法なわけです。

もちろん両者には長所短所があって万能とはいえません。
私の場合は、骨折などの怪我は外科手術で治してきましたが
これについても骨の固定は観血手術が必要ですが、骨の癒着、再生は自然治癒したものです。
この自然治癒能力を引き出す刺激を与える方法が鍼灸治療というものです。

人体には14本の経路が繋がっていて、経路に沿って640か所の経穴(ツボ)があるといわれています。
その経穴にはそれぞれ決まった部位に作用する気の流れや血の流れが通っており
それらの流れが悪くなった部分が痛みという信号を脳に送って患部を知らせるしくみになっています。
ですから、患部を的確に診断し、ピンポイントで経路に届くように鍼を打つことが必要なのです。
その上で自然治癒ですから、自ら治そうとする気を送ってやらないと
鍼なんか効かないんだという疑念を持っていたり、速攻性を期待して、直ちに効果が表れなかったら
効いていないという思い込みが自然治癒能力を妨げている結果だと思います。

鍼治療は体全体のバランスも考えて経脈バランスの崩れていそうな場所全てに鍼を刺して
バランスを整える施術をします。痛いところ一点だけが問題ではないらしいです。
そうすることによって全体のバランスが取れた状態(健康体)になれるということです。


西洋医学では検査技術、手術器具などの発達が驚異的な進歩を見せていますが
それでも病気を治すことはできず、がん細胞を切除したり壊死した部分を切断したことにより
生命を維持しているに過ぎません。
もちろん、それでも多くの人の人生を助けていることは確かなことですが、残念ながら
人体のことについてわからないことが多く手の施しようがない場合もあります。
そんなときに医師は患者に対して本当のことは告げず「もう少し様子みましょうか」とか
「頑張りましょう」などと患者を絶望させないための話術は研究しているようです。

最近経験したことで、父親が原因不明の難病にかかり、パーキンソン病とか筋側索硬化症とか似ている病気の疑いで脳や脊椎のMRI検査、脳波、血液の成分分析などあらゆる手を尽くして、何も有害な結果を見出せず症状だけ進行して亡くなってしまいました。
私は毎月頭痛に襲われ3日くらいは吐き気でなにもできない症状がでていましたので、脳神経外科でMRI検査を受けましたが、腫瘍や脳梗塞などの兆候は見られず、肩凝りを原因とする緊張型偏頭痛と診断され
リハビリと称するマッサージ椅子で肩を揉んで、フェルビナクの塗り薬を処方されて終わりでした。
当然頭痛は治らずそのあとも症状がでましたが、
藁にもすがる思いで東洋医学の力を借りることにしました。
結果は冒頭に書いたとおり、大変満足しております。
週一回、1時間ほどの施術で3000円。
腰痛や頭痛で3日休む損失に比べたら安いもんです。
何より苦痛から解放されることが、快適な生活を送るための重要な要素だと思っています。


去年の今ごろは父親は生きていました。
昭和5年生まれ激動の昭和を生き抜いた勤続42年の電力マン。
安らかにお休みください。そして、俺を作ってくれてありがとう。
あまり昔のことは教えてもらえなかったですが、国民学校の生徒だったころ、米軍の機銃掃射に襲われて
建物の影に隠れてやりすごしたことなど、昨日はじめて従妹から聞きました。

片道850kmの道程も故人の供養のためなら仕方がありません。
金曜日夜移動で東名阪亀山Pで仮眠をとり、奈良のホーリーさんとこに半年待っていただいたチャンバーの納品をしましたが、5時間語らってしまい(邪魔しました)4時に奈良発。
阪神高速神戸線はいつもの渋滞で明石海峡大橋を渡り、淡路P到着は6時。
ここで晩御飯にしました。

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夜の明石海峡大橋も幻想的ですが、写真は難しかったので、ついでに淡路Pの大観覧車を撮ってみました。

鳴門大橋経由で四国上陸し
高松道⇒松山道のルートで
対面通行が多い高速道路ですが通行量少な目なので110kmアベレージスピードで走行し
9時に小松町の実家へ到着しました。

奈良からは350km、5時間ですから
埼玉からSUGOくらいの距離感ですね。

残念ながらモトクロス日本GPの日は愛媛で一周忌法要なのでした。


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土曜日は雑草の刈り取りや
早稲みかん、柿の収穫と墓掃除に費やしました。
今年はみかんも柿も不作です。
父親がやっていたころは、消毒や草刈りなど
畑の手入れは入念に行っていましたが
今年から放置されていますので、果物の生育も悪いというわけです。

ここは実家前の畑。






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こちらは隣にある工藤家本家。
父親の兄弟はみんなここで生まれ育ちました。

大正時代に西条の山奥に建っていた家を解体して20kmくらいの山道を大八車で運んでこの土地で組み立てたという、築100年を超える家です。
昔の人は本当に働き者だったのです。
今では考えられない行動力があったのですね。

ここも既に空き家ですから、維持管理がこれからの課題、生活の拠点にはならないので頭を悩ましている遺産です。


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ここは僕の名義で登記された畑ですが
こんな斜面です。
栗や柿の畑でしたが、今は誰もやっていないので、帰省した時だけ草刈りをしています。

ここへ入ってくる道が狭いので重機で整地することはできません。
トライアル車でヒルクライムして遊ぶバックヤードにしようかと妄想しているところです。







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休憩していたら畑の近くで何やら話声が聞こえてきました。

下の柿畑に収穫にきたお百姓さんかなと思っていたら、「ごふ、ごふ」と声を鳴らしながらいのししがでてきました。
こちらには気付いていましたが、警戒もせず
5mくらいの距離に近づいてきたので、写真撮ってやりました。






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4匹出てきました。兄弟なんでしょう。

芋を植えていたころは全部掘り起こして、食べてしまったそうで、今は土を掘ってみみずを食べているようです。

農家からすると害獣ですが、野生動物の居住区に侵入しているのは人間の方かもしれません。

いのししは僕が敵じゃないと思ったようで自由に動きまわっていました。

この辺は猿も多く見られるそうですが
法要に来た坊さんが話しておられましたが
猟師さんが鉄砲を向けると
両手を合わせて懇願するポーズをするそうです。猟師さんも仏の心がありますから「猿に手を合わせられたら打てんわい」と言って見逃してやるそうです。
ちょっといい話でした。

日曜は午後に法要が終わって、夕方5時に実家を出発、もう2日も仕事止めてますので、ゆっくりしているわけにはいきません。
帰路は瀬戸大橋渡って、山陽道経由で休憩なしでキャノンボール移動です。
埼玉の家に到着は午前4時、11時間で着きました。
もー眠い、月曜午前中は寝るぞー!





仕事場のラジオ、周波数はエイティーポイントラヴ(東京FM)
なんと首都圏のリスナーに向けて新居浜太鼓祭りの告知をされていました。
四国三大祭りは 阿波踊り、よさこい、新居浜太鼓祭りです。
中でも太鼓祭りは日本三大喧嘩祭りの一つとも呼ばれているほど迫力満点なのです。
太鼓台といわれる巨大な山車が鉢合わせするとき衝突させて重軽傷者や死亡事故もおこることで
それを見物するために観客が集まるのですが、その動員数はモトGPの比じゃないです。
一台2.5トンの山車を150人の男たちが担ぐため、警察が警備にあたるが喧嘩を止めることは不可能で
危険承知の迫力が観客を魅了する材料でしょう。

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新居浜の男は盆や正月に帰らなくても
祭りのときは太鼓台担ぎに帰る。

祭りの起源は平安とも鎌倉時代ともいわれ現在の山車の規模になったのは明治時代という伝統のある祭り。

各自治会で管理される太鼓台は一台数千万円で地元企業や自治会員の寄付で賄われていて、一流の宮大工さんが製作した、まるでファクトリーマシンなのです。

残念ながら今年は見にいけません。来週父親の一周忌で帰省するので今週は無理です。
私の実家は伊予小松藩にあります。
関ケ原の合戦で東軍にありながら外様大名同然の処遇をうけた一柳直盛の三男直頼の領地、禄高わずか一万石でありながら、230年江戸時代全期間を領地没収されることなく存続できた珍しい小藩が地元です。

新居浜は出身校の所在地であり、母方の実家があった場所でしたから、子供のころは新居浜の親戚へ泊まり込んで祭りを見に行った記憶があります。
学生時代は単車代を稼ぐために放課後はキャバレーでバーテンやっていましたので祭りに行く暇はなかったですね。 


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となりの西条祭りは美しさと、だんじりの数で新居浜を凌いでいると思います。

だんじりの数が150台にも及ぶそうで
水の都西条の主流、加茂川に入るシーンがクライマックスです。

ここは小松町の隣町ですが、学生時代は興味がなくて全然見てないんです。

なーんだ、と言われそうですがこの観客の数です。全日本MXなんか秋祭りに比べたらしょぼいもんですよ。

これも一流の宮大工が作った美術品群です。
西条祭り彫刻.jpg

だんじりを近くで見ると超絶技巧に驚きます。

地元なんで、こういうのが普通だと思っていましたが、埼玉県あたりに住んでいると
あれはどこにでもあるもんじゃないと気がつきました。

今年は無理でも来年こそは地元の秋祭りの時期に家へ帰ろうと思います。








モトクロッサーはオフロードを速く走るために作られた戦闘機ですから、ノーマル状態でも十分な性能です。
しかし、走らせるコース状況やライダーの技量の幅は雲泥の差があるもので
どうしても一種類のノーマルセッティングではカバーしきれるものではありません。
キャブレターの時代なら、標準のMJやSJ、エアスクリューの戻し回転などと具体的数値が示されていましたが
FIになってからはデフォルトデータとして燃料噴射量や点火時期が設定されているのみで、その数値はマニュアルには示されていません。
CRF450などはデフォルトのままでも十分乗りやすいしパワフルなので、特に変更する必要がないように思われますが、スペシャルマフラーに交換したときなどはそのままでよいのか?
それを検証するためにFIセッティングの変更を実施することにしました。

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予めHRCのサンプルMAPをダウンロードして
ノートPCに移しておきました。

サンプルマップは
マディコンディション
レスポンス重視
トルク重視
の3種類ですが、今日は快晴の完全ドライですからマディは雨の日に試すことにして
レスポンスとトルクの2種類のMAPとデフォルトの比較、サイレンサーのノーマルとスペシャルを付け替えて走ってみました。
一つの条件で、しどきのコースを5周ずつ走ってインプレッション確認しました。


最初にデフォルトMAPのスペシャルマフラーで
慣熟走行し、ノーマルマフラーにジョイントパイプごと交換しました。
低中速でノーマルのトルク感がよく、スペシャルはトルクが薄い感じがしました。
排気と吸気は連動するものです。マフラーの役割は消音することと、排気を促進することなので
排気の抜けがよくなったマフラーでは吸気量も連動して増えます。
同じ噴射量のMAPでは混合気が薄くなってトルク感が損なわれたという現象でしょう。
このことからマフラーに合ったセッティングが必要であることがわかります。

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ノーマルマフラーでレスポンス重視とトルク重視の比較をしました。
しどきのコースはサンド質な部分や登り勾配が多いコースで、パワーが食われるコースということを念頭において
レスポンス重視ではトルク感が落ちて軽い吹けあがりではあるが、このコース向きではない感じがしました。
トルク重視はデフォルトよりトルク感があり高回転は同じなので、こちらの方が好みです。

画像はトルク重視の噴射量MAPです。
デフォルトは平面で表されるのにスロットルの開け始めから中開度、中速回転までの噴射量が上乗せされていることがイメージできます。


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これはトルク重視の点火時期MAPです。
中速付近の点火時期がプラスされています。

点火時期は上死点前に設定するものですが
燃焼速度はエンジン回転に関係なく一定ですからピストンが最も圧力を受けるタイミングで点火するのが効率が最大になるはずです。
そのため回転数によっては燃焼圧力がピストンの運動に対してマイナスになったりプラスになったり変動するものですから、エンジン回転別に点火時期を変えることによってピストンが受ける圧力のタイミングを変えようという操作です。
これは中速域の点火時期を2、3度遅らせて
ピストンの下降に合わせた燃焼圧力を得ようとしたと考えられます。

ピストンスピードに合わせて進角させるのは過去のセオリーですが、高回転では燃焼とピストンの運動が追従しなくなってくるので、遅角させることでピストンの運動を助けるという手法がデジタル点火では行われているようです。

この時点でしどき30周くらい走ってしまい体力が尽きてしまいましたのでスペシャルマフラーのMAP補正は持ち帰ってやることにしますが、スペシャルマフラーに戻してトルク重視のMAPにしただけで午前中のインプレッションとはかなり違いパワーアップした感じがありました。
これに対して高回転側まで噴射量の上乗せをすることで、さらにパワーアップできると思います。

憎しみも妬みもない、純粋な気持ちになるにはこんなミュージックが必要だと思います。
70年代にはこんなすばらしいエネルギーが育まれていたのです。
時はバブル景気前、みんなカネは持ってなかったけど、それぞれが楽しいことやっていたと思います。
オートバイとミュージックがあれば、他は何もいらないと感じていましたね。



早稲田大学モダンジャズ研究会の同期に森田一義(タモリ)がいたという増尾好秋(敬称略)
大学3年で渡辺貞夫グループにギタリストとして参加したり
チック・コリアのリターントゥフォーエヴァーに誘われたり当時から世界の一線で活躍した同氏の
伝説のライブ1979厚生年金会館




マスオライブはLP盤の音源を持っていてカセットに録音していつも聴いていました。
最近聴いても全然色褪せない魅力に溢れています。 TM・スティーブンス、オン・ベース!

体調不良で長いこと仕事止まっていましたが、何とか回復できて7月中にご注文の商品の発送が終わりました。
これから2ヶ月分のバックオーダーに掛からなければなりませんが、その前に

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チェッカーズのシマダさんがアルパインスターのブーツと3型RM125のアルミタンクを持ってきてくれました。

このアルパインスターは渡辺明さんが世界チャンピオン獲得したころ履いていたものと同型デザインで
映画マッドマックスのトゥーカッターやグースも同じブーツを履いていた、世界で最も有名なMXブーツです。
うちにあるRM125は78年型で最初のポリタンクモデルだったのですが
それより私好みの3型アルミタンクに交換してやろうと企んでいたのでした。

どちらも私にとってはヨダレ物の品物ですが
シマダさんはこれをタダでくれたわけではありません。何やら作ってもらいたい物があるということで
代金の代わりに現物支給されたわけです。
この依頼も直ぐには出来そうもないので11月に入ってからやるということで予約しました。

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そして今日から取り掛かっているのは
CR250の空冷最終型。
取り付いているのは無限のワークスパイプなので、これをベースにオリジナルチャンバーを作るという依頼です。
最初にオファーをいただいたのは3年位前で、全然都合がつかずに、ようやく今年の5月にマスター車をお預かりしたのですが
私の骨折により2ヶ月ほど休業して業務が遅れてしまったので今ごろ着手という次第です。
初回ロットは50台製作、全世界に500台は保有されていると思われる同機種ですから
完成リリースとなったあかつきには1週間で完売すること間違いないでしょう。

鎖骨骨折後4ヶ月になりますが、レントゲン画像で骨の隙間は全然埋まっておりません。
このまま偽関節になってしまうのか知りませんが、私生活に支障ない痛みなのでモトクロス走りに行ってみました。

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450マフラーは販売目的ではありません。
自分で作って自分で試すということが
私のモトクロススタイルですから
乗る役目を他人に任せていては楽しみが半減するというものです。

そうやってトライしていくなかで見えてくるものがあるのです。

まず新品状態の音量測定を実施しました。
2mMAXで111dB/Aでした。
最近のレギュレーションでは器差を考慮して2dBオーバーまで許容することになっているので114dB/Aが上限ですから余裕で合格ですね。


そして骨折中なので100%の走行はできませんがノーマルと比較したパワーフィーリングも探ってみたいと思います。



実はこの日は3日前にギックリ腰を発症して回復していなかったので、腰痛で耐えられませんでしたのでインプレッションは体調のいいときにやりたいと思います。

ニューマフラーに取り換えて感じたことは、どのアクセル開度、回転数でもスムーズにパワーが出ていて
走りやすいということ、どの領域でパワーアップしたかは次回ノーマルと比較しながら確認したいと思います。
FIセッティングはデフォルトデータ(出荷時のデータ)がインストールされたままですが、得に不満は感じられません。
当然セッティング変更によって、よりコンペティティブな性能が得られると思いますので、それも含めて進めていきたいと思います。

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FIセッティングはHRCから販売されている
シリアルUSBインターフェースユニット
セッティングツールCD ROM
セッティングマニュアルCD ROM
の3点を購入して行います。
価格は4万円程度
他にインターフェースを作動させる
12V/5AのバッテリーとウインドウズXP以降のノートパソコンが必要ですから
昔のキャブセッティングから比較すると
相当な投資になりますが
時代の流れですから慣れていくしかないですね。

まずはHRCのサンプルMAPをダウンロードして、レスポンス重視やトルク重視などに補正したデータをECUに送信して試していきたいと思います。その後、違いが体感できたなら好みのMAPを作っていく予定です。
エンジンの出力特性をコンピュータで制御するのが今時のオートバイなんですね。

30年埼玉県に住んでいますが、峠ツーリングは行った記憶がありません。
愛媛育ちなんで、山や海が好きですが関東は地元感覚でないので興味がなかったのです。

ところがモトクロスつながりで、若い頃全然違うチームだった人同士が集まるようになって
昔話に花を咲かせるようになって、「それでは今度ツーリングへ行きましょう」ということになって実現しました。

定峰峠は奥武蔵グリーンラインという舗装された複数の峠道の一つで、うちから鳩山経由で東秩父村を基点に秩父市方面に山を越えるルートですが、今回は往復100キロくらいのショートコースにしました。
76年製のCJ360は峠の登り坂では明らかなパワー不足でエンジンを酷使している感じと廉価版5速ミッションのレシオがワイドで強力な加速は望めないので、これくらいの距離で充分です。

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堂平山天文台で休憩しました。

ツーリングメンバーは
埼玉の名門クラブの3人
チェッカーズの嶋Dさん
狭山RTのオレ(真ん中の小さいの)
スーパーベルRのS田さん。
全員80年代モトクロス国際B級です。
今は大人しいもんです。

堂平山はもちろん知りませんでしたが
関東平野全域が見える眺望です。
最初は東京大学の天体観測用だったものを
都幾川村が買い取って観光名所に整備しましたので一般公開されています。

埼玉県に疎い埼玉県人の私ですが、お二人の先輩のおかげで、いいもの見れました。

87年ジュニア会のケンヤくん登場
私のMFJ最後のレースだった92年HSRの3連ジャンプはA級ライダーでも上位陣しか飛んでいないのにケンヤくんはB級でひとりだけ楽勝に飛んでいました。
サンドコーナーとジャンプならアメリカンで通用すると思われるテクニックの持ち主で、
全盛期の吉田和泉くんを飯倉スポーツランドで負かしたときはビックリしました。
その秘密は背筋力300kgというパワーから生み出されるもので、人間起重機の異名もとっています。


これはヒトではありません、ケンヤという生き物です。
46歳になっても衰えていません。来年MFJに復活するということで
クレージーケンヤさんが見れるといいですね。
横田基地友好祭いってきました。国道16号線沿い八王子方面へクルマで移動するときは必ず通って横目で見てきた米軍基地ですが、敷地内へ入るのは初めてです。
東京ビッグサイトや東富士総火演に匹敵するヒトごみでしたが、この地域では米軍さんには友好的な市民が多いみたいです。騒音や米兵による事件に嫌悪感を持つ沖縄のヒトたちとは対照的なんだと思います。
私は終戦18年目に生まれた戦争知らない世代ですが、これまでに聞いてきた歴史を総括してみると
敗戦国である日本が平和に経済活動や日常生活を送れているのは、米軍基地が存在することに尽きると思います。
米以外の戦勝国が日本に対して思い通りの主張を通すことができなかったのは、戦後直ちに米軍の占領下に置かれたこと、そうでなかった北方領土などは即座に侵攻されて未だに返還の見通しもないことから、もし米軍基地が日本から撤退したなら直ちに他の戦勝国が主張を通してくるはずです。
そのために政府としても無防備ではいけないので国防費をかけて自衛隊を組織しているわけですが
実際に日本に攻撃を仕掛けてこられたら、ほぼ無力に等しく甚大な被害を受けて国家が崩壊すると思います。(戦いたいと思っているヒトはいないですからね)
それは、現代の戦闘ですから、第二次大戦のような地上戦などは考えにくくミサイル攻撃が最も警戒しなければならない軍事行動でしょう。
少なくとも日本を射程に捕らえた隣国は4つあるわけですから、どうしても米軍さんには基地を運営してもらわなければならないと思っているのです。

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日米の戦闘機がずらりと展示されていて
私は軍事兵器は詳しくないですが
機銃や砲弾を装備した戦闘機の実物と
それを操縦しているであろう米兵たちの姿をみて興奮しました。

単純に、これらの標的にされない立場と分かっていますから、カッコ良さと迫力に酔いしれたものです。






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あれだけ物議を醸したオスプレイも機内を観覧できるとあって、長蛇の列です。

こんなにヒトが行列になっているのを見たのは大阪万博と東京モーターショーだけです。

もちろん並びませんでした。順番が来るのに何時間もかかって他を見る時間が無くなってしまいますからね。






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滑走路でドラッグレースのデモ走行があるというので楽しみにしていましたが
ランチ買いに並んでいる間に終了していました。残念











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他にも野外ステージでロックバンドの演奏や
屋内で極真空手の演武や
お楽しみタイムは沢山あったのですが
とにかくヒトが多すぎて、殆ど見れません。

私の身長ではヒト垣が多くて背中しか見えませんから息苦しいだけですからね。

夜までやっているみたいでしたが、帰りの渋滞が恐ろしいことになるので、午後早めに引き上げました。



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大きな輸送機でしょうか。これも長蛇の列で中にお客が吸い込まれていました。

本来軍事行動のための兵器たちですが、一般市民が自由に観覧できる環境は正に平和的な感じがします。

その反面、陽気な米兵たちは命令が下れば危険な戦地へ赴かなければならない緊迫感ありありの立場なのに
全てのお客さんにはその義務がないという立場の違いが、永遠に交わらない人生観を想像させられます。

つくずく日本人で現代に生まれたことを幸運に思う時間でした。

社外マフラーの修理はいたしません。その理由は
それは他社の企画による商品だからです。
10万円を越す高額な商品にも関わらず、交換部品の販売や修理サービスの対応をしないということは
その会社の企画の一部ですから、社外品の顧客が希望するサービスを、関わりのない
弊社で受け持つということが必要のないことなのです。
ジャペックスのようにガエルネブーツの損傷においては顧客の注文に応じて修理サービスを行って、同社の製品を長く愛用していただくようにしている例もあります。
競技用車両ですから、耐久的に消耗するだけでなく一発の衝撃によって使用不能になることもあるわけですからメーカーの方で対応してもらうべきです。

しかしながら、今回の修理はお断りできない人物からの依頼ですから半強制的に実施することにしました。

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イゴール・アクラポビッチさんのCRF250マフラーです。

左マフラーが大きく凹んでいますが
ジョイントパイプが潰れ、マフラー内側がタイヤに擦ってしまうくらい変形していました。

その場合はサブフレームも歪んでいるはずなのでマフラーだけ直しても曲がって取り付いてしまうことをお伝えしたら、新品のサブフレームに仮組みして持ってきていただきました。



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これは潰れたジョイントパイプの修理後の画像です。
エキパイのように密閉して膨らますことはできませんので
切断してハンマーで叩いて丸めてから再溶接する方法を取りました。

これでパイプの向きは正常に修正されました。






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サイレンサースリーブを板金修理するため分解しました。

内部の寸法が私のオリジナルマフラーと偶然同じであることから、メーカーさんも同じようなことを考えているのだなと思いました。









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スリーブ叩き直して、見た目問題なくできました。

これで当分は使い続けられるでしょう。










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新品のサブフレームに取り付けて左右の整列も確認しました。

以前スコーピオンというブランド名だった同社は商標の問題でオーナー名に社名変更して業績を伸ばし、現在では従業員数450名という、マフラーメーカーとしては大企業になりました。

では日本で最大のマフラーメーカーとしては
私の知る限りでは三恵技研ですね。
三恵といってもリプレイスマフラーは作ってないので馴染みがないように思いますが
ホンダの2輪4輪全車種のマフラーを製造し標準装着されていますので、ホンダ車の全てのユーザーが三恵製マフラーを使用した経験があるということです。
アフターのマフラーは純正マフラーをベースに材質や寸法の変更を行っているので純正マフラーはマスター品という位置付けになるといえます。
デーモン・ブラッドショーが茂原でDT200WRを駆る! 本物はカッチョイイーー
ロセタツさんも懐かしいですね。ジャーナリストの中では上位のテクニックだと思いますが、ブラッドショー見ちゃった後だからねー



カートコース拡張のため閉鎖されたMXコースでしたが、当時は千葉県1のMXコースでした。
僕も毎月のように通っていました、思い出の場所です。

MCのレースやっていたとき、田淵武選手はスターティングマシンから2mくらい下がってヤマ勘でスタートするのですが、いつも見事にタイミングが合ってロケットスタートだったのを思いだします。
本人がスタート前に語っていたのは「下手だから下がってスタートするんだ」
なるほど同時にでると、差がつかないですが下がっておいて先にクラッチミートすれば他より先行できるわけですが、普通のヒトは早く出すぎてバーにつかまって遅れてしまいます。
だから僕はあまり下がらないで、瞬間に集中する方法に切り換えた覚えがあります。
業務連絡を兼ねて、本日完了のワークを2点ご説明させていただきます。
今回は車両お持込みのワンオフ製作なので同じ商品の注文があっても製作はできません。

CIMG4654.JPG先ずは製作物

チャンバーとサイレンサーです。
車種はKDX125SRですが
お客さんによるリヤ回り部品変更に伴い
ノーマルチャンバーとサイレンサーの取り付けに問題が生じたことが
新造に至った理由と思われます。

チャンバーは元々ラインナップしておりませんでしたが、テールパイプ形状変更でサイレンサーも専用になっています。(ノーマルチャンバーには取り付きません)



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リヤショックのサブタンク付きに換装されていますので
サブタンクとテールパイプが干渉していましたが
変更後はこのとおりジョイントラバーも楽々取り付け可能になりました。









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テールパイプはキックペダルを逃げる形になっています。
以前同車種のチャンバーを製作したときはキックシャフトのセレーションをひとつずらしてペダルを後ろに起こした位置にしてからキックペダルの内側にテールパイプを通しましたが
この車体はペダルがリヤブレーキスイッチのリターンスプリングに触ってしまい
リヤブレーキスイッチの戻り不良が起きそうなので、キックアームの位置変更はせずに取り回した結果です。


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この車両の画像を送っていただいたときは程度の良い中古車かと思っていましたが
実車を見て、エンジンからフレーム足回り、ハンドル回り、外観で見える部分は全て再塗装や新品組み換えなどにより、キズや汚れ、腐食など皆無なレストア状態であることがわかりました。
KDX125は鉄のリヤフォークのはずですが
これはアルミです。
先ほどのショックと同時にリヤ回り換装といった感じですが、ボルトオンであったか要加工であったかは聞いておりません。
トレール車には珍しいホイールのバランスウエイトも装着されており、オンロードでの快適性にも配慮されているようです。

数々のチョイ古トレールマシンを見てきましたが、仕上がり状態がトップクラスです。
これでダートは走らない方がいいですね。
実はトレールマシンをタウンユースにするのは非常にカッコいいんです。
ダートは高性能なMXerの方が断然楽しめると思います。
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全国にチャンバー作れる職人さんは大勢おられると思うのですが
私のような者に頼むために、静岡県から軽トラックで運んできてくださるのですから
下手な溶接で申し訳ありませんが、最大限力を尽くしました。

サイレンサーの位置はチョット失敗して付け直したことを白状いたします。
(実物見てもわからないと思いますが)
非常に難解な3次元に傾いた形状のジョイントパイプのリプレイスを試みました。

用意したチタンパイプのサイズは、4種類 φ50.8 φ45 φ38.1 φ31.8
長さは少量ですが材料代5万円分が必要です。
φ45の曲げRが小さく、手曲げは不可能と判断し、輪切りにして繋ぐ方法にしました。

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集合マフラーの逆です。
分散マフラーです。

この二又部分に排気ガスが音速で衝突するため、突き合わせ部は尖っていた方が
抵抗が少ないでしょう。

同時に左右にハッキリと排気を分けるためにも尖っていることが必要だと思います。

集合マフラーでは1番3番、2番4番のエキパイを振り分けるために集合部分に板を入れたりしますが、点火時期別に流れる排気ガスを干渉させることが目的で
排気ガスは圧力の波ですが、高圧で流れたあと減圧したところに次ぎの排気が来ると排気ガスの流れが加速される効果を狙ったものです。
これはシングルのエキパイをツインマフラーに振り分けるものですから、このような形状になっています。
CIMG4643.JPG

左がノーマル、右がチタンパイプ。
パイプの仕様は同等なので
性能の変化はあまり感じられないと思いますが。
ノーマルより板厚が薄い部分と、チタンの放熱性の影響で排気ガスの温度は冷える方向になるはずです。
結果的に排気温度が下がると低速になるため低回転のレスポンスは良くなるかもしれません。

パイプの組み立ては目見当のフリーハンドでやった割りにはパイプのカーブや向きが高精度にできているではありませんか。
サイレンサーを付けるときに全く力を要せず穴位置がぴたりと合っていました。
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φ50.8のパイプはリヤショックのスプリングに擦ってしまうのを防ぐために
絞りを入れて幅を狭くしてあります。

エキパイの差し込みはガスケットなしで
スペシャルバンドで締める構造です。

重量ですが
ノーマル900gに対し
チタンパイプ390g

およそ半分の軽量化です。



CIMG4641.JPG


このように左右のパイプの傾きが違っていて上向き角度も左右別なので、パイプの組み立てが難解であることが想像できるでしょうか。
純正品は一日に何百台も作らなければなりませんから、型物のパーツを組み合わせていますが、これは素管から切り出したハンドメイドなので3日掛りでした。
無限さんみたいに上手にできませんが、
これは自家製なので若干の材料代と自分の時間を費やすことによってできます。

これで450フルエキの製作は完了しましたが、終わりではありません。
次の段階は実走です。
これもプロライダー頼むとギャラが必要になりますので、耐久テスト含めて自分でやります。
(鎖骨の金具が痛うて、もうしばらくできんと思います。)


CIMG4649.JPG

普通のMXerはマフラー1本あればよかったのですが、CRFは3点セットが必要になり
当然加工時間も3倍かかってしまいます。

では、これを頼まれると価格はいくらになるか?
悩むところですね、手間が3倍だからマフラー3台分だと高額になってしまいます。
しかし、マフラーのジョイントパイプの部分がシングルマフラーより簡素だと言えなくもない。
そこでYパイプがシングルマフラーのジョイント2台分と考えると、
マフラー2台分が妥当な価格でしょう。
弊社の場合、¥47000×2=¥94000也

純正の3点セットの価格は¥92000 税込みで¥99360とギリギリ10万円を切っています。
他社のシングルマフラーと比較すると大幅なコストアップになりますね。
それから、これは450用なので、250はベース車両ありませんから、今のところ作る予定無しです。








ノーマルジョイントに取り付けるツインマフラーを作りました。
オリジナルコンセプトに基づき、社外メーカー品に似た物がないように留意します。
ノーマルより軽量でパワーが出るようにすることはもちろんですが
整備性、特に分解時にリベットの取り外しが必要の無い、ネジ止め方式にしました。
スチールやステンリベットの取り外しは憂鬱になる作業です。
マニュアルなどにはドリルで削り取るなどと書かれていますが、穴が偏芯したりスリーブが固着していたりで、無傷のまま外すことはほぼ不可能のためです。

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右マフラーは排圧を落とすため
ジョイントの部分でパイプ径を絞った寸法は
ノーマルに準じています。












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左マフラーはノーマルを外したところに同様にジョイントしてあります。

アルミボディーにステンレスエンドを使用し
サイレンサー単体重量は
ノーマル1.4kg
オリジナル1.2kg(左右共)
なので両側で400g軽量にできました。