■ プレシャス ブログ

今年の4月は日程に悩みました。3つの行事を全てこなすか、どれかを諦めるか、
結局10日間実家に滞在することで全て実行できる方を選びました。
どれも私的に捨てがたい事柄だったのです。
3つの行事とは、全日本モトクロス第2戦3戦九州大会観戦、実家周辺の草刈り、四国モトクロス選手権第2戦徳島大会でした。

全日本の会場であるHSR九州は実家からフェリー込みで4時間くらいの行きやすい距離で
折角なら実家帰省ついでに観ておくべきだろうと思いました。
YZ85エキゾーストのサポートライダーが走るのでリザルトだけでなく現地で戦いぶりを確認することが
目的です。
LIVE配信を見ても上位のライダーしかカメラが撮ってないので全体で何が起こっているかは分からないからです。
結果は2日を通してまずまずの結果で特に最悪のマディだった日曜のレースも大きなミスなく順当な結果が得られた形で、次の大会もさらに上位を狙える可能性を見い出せた2連戦だったと思います。
あとIA1、大倉と横山の日本人がそれぞれジェイを破った貴重な瞬間に立ち会えたのが最高でした。
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実家の草刈りもひと段落したところで
保存用車両2台の動作確認をしておきました。

KXは週末の四国選に向けて埼玉で整備してきたので、ここではタイヤ交換くらいです。








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キャブレター最終型の09モデルCRF250R

前後ホイールTGRやXTRIGのクランプなどに組み替えてフロントゼッケン、フェンダーが
2014に変わっているくらい。

マフラーはツインを外して
シングルマフラー改造して付けてあります。
長期保管なのでガソリンは抜いて
始動するときだけ給油するようにしています。
最初空キックでオイルを行き渡らせてからチョーク引いて冷間始動キック1発で掛かりました。
アイドリングも安定していてブリッピングも良好です。これが旧車と言われるようになったらモトクロスコースで走らせることを夢見ています。
私がMCFAJでフルサイズ復活した最初の車体です。

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初期型CRM250Rの2WDですが
フロントドライブのチェーンは押して歩くのに重いので外しています。
前後タイヤの周速差がお互いのタイヤに
ブレーキを掛けるからです。

こちらもガソリンタンクとキャブレターを空にして保管しています。
新しいガソリンとオイルを混合して
チョーク引いて冷間始動キック1発でした。
アクセルレスポンスや白煙の状態も良好で2次エアも吸ってないようなので
異常なしと判断。
再びガソリン抜いて長期保管です。
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愛媛滞在中、雨の日が殆どで外出する気が起こらなかったですが
徳島へ出発する前日の金曜日、
奇跡的に好天に恵まれ
前回ツーリングで行ったにも関わらず
濃霧で何も見えなかったUFOラインへリベンジすることにしました。
なので、これが人生初UFOラインの観光です。
ツーリングバイクは積んで帰ってなかったので
自宅のママチャリをキャラバンに積んで
面河ダム経由石鎚スカイラインから行ってみました。
実家からはスカイライン終点、土小屋まで70km、2時間くらいで行けます。
平日なので行楽車両殆どいないのと、UFOライン冬季閉鎖(10月末から4月中旬)解除されたばかりなので貸し切り状態です。幸運でした。
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これが皆が知っている有名なアングルだと思います。

カローラのTVコマーシャルに使われたシーンですね。
そのあと全国からここを目指すバイカーさんが急増して行楽シーズン中は大渋滞になっているようです。(ワシ、地元じゃけんね。)

真ん中の奥に見えるのが西日本最高峰
石鎚山の東側ですね。





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初めて通る道なのでゆっくり見たいのとクルマ乗ってきたら駐車場もなくUターンは不可能と推察していたので
土小屋の駐車場にクルマを置いて
ママチャリで10kmの工程を散策しながら進んでいます。

これは寒風山トンネル側からの景色です。
道幅は普通車すれ違いは無理なので
バイクで来るのがお勧めですね。

上り坂がきつくて心臓がパンクしそうだったので半分くらい押し歩きです。

帰りは寒風山トンネル方面へ降りてR194
加茂川沿いに西条市へ向かいます。こっち側がUFOラインへは最短ルートですね。
さあ家についたら徳島のレースへ出発です。
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2020にKTM350で来た時は雨のレースで2ヒートとも転倒に巻き込まれて
不完全燃焼だったのと
去年は香川スポーツランドでヒート2クラッシュしてリタイヤになってしまったので
今回は2ヒートとも無事に完走したい思いで
やってきました。

土曜の事前練習は小雨で軽いウエット路面でしたが濃霧が山に上がってきて1コーナーが見えないくらいの視界不良。
満足なコース攻略ができないまま
日曜日は快晴という気まぐれな天気ですが
やはりドライがいいです。

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四国選では多めな17台出走のナショナルクラス。

関東では全てのコースに常設のスターティングマシンはありません。
5秒前のボードの直後日章旗が振られるのが合図なので
スタートがライダーごとにバラバラです。

こういうのも地方戦の面白いところかな。





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フィニッシュラインのテーブルジャンプ

最終コーナー立ち上がってからのバックストレートは3つのシングルジャンプになりますが、一度もアクセル緩めないで気持ちよく走れます。

固い路面とアップダウンがあってスピードが乗っていて危険なところがない。
上手く造られたモトクロスコースだと思います。
これなら老体でも大丈夫ですね。
若くて速い人も尚よろしい。


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インターナショナルOPEN第1コーナー
短めのストレート、下りながら右タイトターンはタイヤグリップ低めでテクニカルです。
ここで転倒しないように慎重に曲がっていますね。

昨日雨が降ったおかげでこれくらいの
埃で済んでいます。
これ以上だと散水されると思います。
しっかりタンクローリーに水汲んできていますからね。



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82年に19歳で四国選走ったのが最後で
ノービス2組の予選をギリギリ通過するくらいのレベルでしたから
学生時代に心残りだったことを
42年経って果たした気分です。
自分より20歳以上若いライダーに負けることはそんなに悲観していません。
わたしより先にチェッカー受けたライダーは四国外から遠征のヤングガイたちだからです。

60歳になって9か月を過ぎてしまいました。高齢を理由にこれからやること、やめなければならないこと
考えてはいるのですが答えがでません。熱烈にやりたいことが無いということが原因だと思います。
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74年型CR125Rアップチャンバーとサイレンサー。
今年の出荷はこれで終わりですが
ワンオフ製作用の預かり車両があるので
完成しないまま年を越すことになります。

愛媛の実家の状態が心配なのですが
予定の仕事が終わらないで帰ることもできないので年末までは業務に集中ですね。






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KX250は来年用KRTエディションに模様変えしましたが、どのレースを走るかは決めていません。
まあ、今年並みにできればいいかと思っています。

150のレースが自分に合っていると思っているのですが20歳以下の人がエントリーしてこられると
年の差40歳以上ということになるので
経験は豊富としても体力年齢的に圧倒的不利な状況で、どこまで耐えられるかという戦いになると思っています。
MXレース界が活性化するためには若い世代の台頭が必要なことであるのですが
捨てられる側の高齢者の立場になってみるといささか残念な気持ちになってきます。それでも人生は続いていくわけで
オンロードバイクもあるし、限られた時間の中でやれることあれこれ考えて悩んでいるところです。


市販モトクロッサーの部品には寿命があります。毎週のように練習走行やレースを走る場合は
新車から1年を超えると寿命を迎えた部品から壊れ始めます。どこも壊れないのはゆっくり走っているからですね。A級ライダーなら40時間超えると危険になります。
故障の箇所にもよりますがジャンプの手前など安全に停車することが難しい場所で起こると
非常に危険な状態になります。
そうならないために走行時間を記録し、定期交換部品を問題が起こる前に取り換える作業が
自身の安全を保障することに繋がると思います。

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ドライブアクスルのベアリングが壊れたタイミングでドライブアクスルが折れて後輪ロックして前転したマシンでしたが
年内に走行可能な状態にするため
直ぐにエンジン下ろして分解、
不具合の部分を修復し、使用不可能な部品は新品交換して組みあがりました。

クランキングやトランスミッションの動作を手動で行い、正常に動くことを確認してから車体に組付けて電装や補器類を繋いでエンジン始動となります。

YZは後方排気なのでピストンの前後が前方排気エンジンと逆になりますので複数回確認しながらの組み立てです。
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インテークやガソリンタンクの位置もユニークですが、それ以外は通常のマシンと変わらないので、理に適った車体レイアウトかと思います。

キャブレターのように重力の影響を受けない
フューエルインジェクションなので
キャブ車と同じ位置にインテークを設ける必要がないことを証明した形です。

ガソリンタンクもフューエルポンプで燃圧を掛けるのだから、もっと低い位置にすればシートレール下げられるのだが、低身長ライダー向けに改造できそうです。


エンジンオイルとクーラント入れて、燃料系と電装繋いだら、セル一発でエンジン始動できました。
当たり前なんですが、丸一日掛け整備作業で一点でもミスがあると再びエンジン下ろしてやり直しになるので少しは緊張する儀式なんです。
これで年末までに走行可能にする予定が2週間前倒しできました。
年末まで予定いっぱいなので予定外の仕事で大わらわでした。

1945年、第2次世界大戦で日本が降伏したときにソ連が日ソ不可侵条約を破棄し、北方領土と満州国に攻め込んできた史実がありますが、そこで戦死した犠牲者は何も語る術がありませんでした。
しかし生存した人から体験したことを親族や友人に伝えることができました。

大正生まれの若者だった私の叔父は、日本軍に徴用され満州に渡ったことや、終戦後ソ連軍に捕まって捕虜になったことなど全く知らずに、愉快でいい加減な叔父だと思って50年も生きてきました。
何にも知らないで、叔父のことを敬うこともなく、何不自由なく生きてきた自分を恥じたいと思います。

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戦争体験者の多くは体験した嫌な記憶を思い出したくないためか、親族にも語らないことがあるようです。
私の叔父から直接当時のことを聞いたことがありません。
シベリアに9年間抑留されて帰ってきたことは父親が晩年に教えてくれたことで
工藤家の実家の近所が叔父の生家で、
父親とは年上の兄貴分のような関係でした。
だから、帰国直後は家族や友人にシベリアで過酷な虐待を受けてきたことを詳しく話したと思います。

冬になるとマイナス20℃の極寒で大した防寒着も支給されず強制労働や粗末な食事。
映画「ラーゲリより愛をこめて」によると第一便の引き上げは終戦から9年目、諜報活動の疑いを掛けられた捕虜は12年後(1957年)私が生まれる6年前まで抑留が続いていた事実。
叔父は一便の船に乗れたので9年だっただろうと分かりました。

私の父親の兄弟は3男2女で父親は次男、叔父は次女のフジ子さんと結婚しました。
その間に生まれた私より4つ年上の娘さんを一人授かりました。
その後のことは娘さんから、私の父親の葬儀のときに聞きました。
シベリア抑留から帰った叔父が先ず言ったことは「愛子はどうしている」だったそうで
愛子さんは工藤家の長女、一際上品な印象の女性でした。
しかし、そのときは既に地元の有名企業住友化学に勤務する男性宅に嫁いでおりました。(残念!)
愛子さんと再会することを願いながら辛い強制労働に耐え続けたに違いありません。

運命は残酷です。残っていた次女のフジ子さんと叔父は結婚することになりました。
フジ子さんは働き者で、地元のスーパーで経理部まで任される幹部社員に、
叔父は、軍人でない徴用のためかわかりませんが軍人恩給は貰えてなかったかもしれません。
安い町営住宅で一家3人は暮らし、一人娘は学校教員になり、フジ子さんもお金を貯めて一戸建ての住まいを持ちました。
娘さんから聞いた話では、叔父夫婦が喧嘩する度に「ワシはお前ではなくて愛子がよかったんじゃ!」と
不貞腐れていたそうで、国同士の都合で個人の権利は奪われ、人生の歯車を大きく狂わされた
叔父の人生の物語、大正生まれの若者たちの犠牲の上に私たちの便利や平和があることを忘れないようにしたいと思います。

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これはね、何度も紹介してますから
説明を省きますが

ビンテージ調のサイレンサー

最近、半年以上前にご注文いただいた別製品のお客さんから「納期はいつか」という
問い合わせがくることが多いです。

無理もありません。
しかし、ろくに生産設備もないまま
手作りで製作に応じていますので
作業時間が掛かってしまうことは
ご理解いただきたいです。

一生懸命やってますから、半年以上お待ちいただいているお客さんなら、あと数か月我慢していただければ希望の商品が手元に届くでしょう。

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今、ロット生産してますからね。

グラスウール詰めて、蓋を付けるところです。

マウントステーやエンドパイプも拵えてありますから、あとは組み立てるだけ。








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マウントステーの取り付けは治具に合わせて溶接します。

なんとなく昭和の香りがする零細企業の様相ですね。

ここは30年間時が止まっているんです。
多分このまま設備投資しないで余生を送っていくことになると思います。















スポーツ走行中にエンジンが壊れてほしくないですね。
そのため定期的に分解、点検整備を行う必要があります。整備を怠っていると、
走っている限り金属部品はダメージが蓄積して確実に破壊します。

その破壊するタイミングがコース上の安全な場所で起こるとは限りません。
むしろ最悪の場所でエンジンが止まってしまうこともあり得るのでした。

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この車体は4速全開でダブルジャンプを飛ぶ場所で、なんと上り斜面の踏切りでエンジンが壊れて後輪ロックしたまま
フロントからジャンプの谷間に墜落して前転したそうです。

モトクロス走行中に最も経験したくないアクシデントです。
幸い後続車を巻き込んだり、ライダーの身体能力が高かったおかげか、怪我なく済んだようですが、運が悪ければ重大な事故になったかもしれない危機でした。




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さーて、外観からは異常が認められないですが、ドライブシャフトはロックしたまま動きません。

これからエンジン下ろして分解して原因を確かめたいと思います。









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腰上から順番に外していき
クラッチアウターを外したときに
回らなかったクランクが正常に回りました。
これで、メインシャフトとドライブシャフトの間で問題が起きていることがわかります。

クランクケースを開く段階でドライブシャフトの軸が傾いているのか、負荷がかかって
簡単に開くことができませんでした。

苦労して分解したクランクケースからでてきたドライブシャフトの3速と4速の間で捩じ切れていました。

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ドライブシャフトのL側ベアリングのリテーナーが壊れてボールが欠落しています。

推定ですが最初に壊れたのはこのベアリングで、シャフトが傾いて回転曲げのような負荷が掛かってシャフトの溝から切り欠きの効果で亀裂が発生して破壊に至った。









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R側ベアリングの突き当たり部分が割れています。
シャフトが折れた際に軸が右側に押されて
ケースの段付き部分を突き壊したと思われます。

このままではベアリングの位置が動く可能性があるので、ケース交換する必要がありますが

他の部分にダメージが無いようなので直して使いたいと思います。



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ベアリングで位置決めをした状態で段付き部を溶接で補修しました。

このベアリングを含めて3軸の左右ベアリングは新品に交換するので
クランクケースは再使用したいと思います。

2年乗った車体なので調度いいオーバーホールの時期だったでしょう。

早急に部品注文して年末までに完成させなくてはなりません。



今年2回目の実家帰省です。恒例の草刈りですね。

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玄関はこんな感じ

まるで廃屋の様相ですね。

ドロボーさんが簡単に入れます。

毎回家の中が荒らされてないかドキドキしながら入ります。







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庭も雑草が生い茂っています。
6月ころが雑草の生える勢いが最大になります。


今回日程が少ないので大急ぎで刈り取りに掛かります。








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一日掛かりで家の周りは刈り終わりました。

翌日に山の畑も刈り取ってから
何もしないで帰路につく予定です。











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コレクションの77年型RM125

エンジン始動確認してから
タンクとキャブのガソリンを抜いて
保管しているので、今でも実働だと思います。
埼玉で何もすることがなくなったら
山へ持って行って乗り回そうと思っています。
そのときまで、ここでおとなしくしていてくれ。




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これはCRF250のキャブ車最終型

ノーマルはツインマフラーなんですが
これはシングルマフラーになっていて
とてもパワフルです。

ガソリンを抜いて保管してから2年
エンジン始動確認です。
チョーク一発、あっさり始動して
アイドリングも安定しています。
最後のキャブ車モトクロッサーも1台
残しておこうと思います。



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さて畑も上の段だけ刈り終わったので
早く帰りたいから
残りは次回来たときにやろうと思います。


これで役目は果たしたことにします。









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最終日は朝一で姫路城見にいきました。

実家から2時間くらいで行けるんです。

木造現存天守を目指して、四国4城を見てきましたが
姫路城は初めて、これが江戸時代の初期に
建造されていたなんて、信じられないです。

その大きさと精巧な木造建築の見事さに圧倒されます。

世界文化遺産、国宝の名声は文句なく人類の宝ですね。

第二次大戦で陸軍の基地があったこの場所を米軍機が空襲して焼け野が原にしましたが天守郭部分だけ攻撃しなかった米軍の英断があったことで今があります。戊申戦争のときも無血開城であったことも永久保存される運命だったでしょう。

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6層にわたる大天守ですから
6階から見る高さはこんなものです。

クレーンも無い時代にこのような高層建築がどのようにして行われたか、
巨大で精巧な木組みの工法、
全て驚きの連続で、何度でも訪れたい場所の一つです。







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屋根の上に乗っている大きな鯱

実物を真近で見れるのはここだけかも

現在乗っているのは昭和時代に復刻したものを使っているそうです。

ここでも壮大なレストレーションが行われているのです。




近年社会情勢がオカシイと誰でも思うところでしょうが、私の偏見に満ちた感想をのべます。
フォーミュラ・ワンのホンダパワー・ユニットで30年ぶりにドライバーズチャンピオン(M・フェルスタッペン)
にも関わらずTV地上波放送無し。
91年のマクラーレンホンダ(A・セナ)以来ですからモータースポーツ業界最大のニュースのはずなんですが、昨今のホンダという企業イメージ、小型ジェット機の量産など話題は提供していますが、4輪部門はNワゴンの販売が好調なだけ、2輪最高峰motoGPでは辛うじて3勝したのみ、WSBKは完全に蚊帳の外、4番目のワークスチームにホンダファンは落胆しているでしょう。
メーカーの技術力は30年前に比較して飛躍的に向上しているはずですが、不景気であったり未曾有の災害、パンデミックなど不安要素が続き社会の関心事から外れていったということが要因でしょうか。

超ローカル的には全日本MXの会場がさらに二つくらい消滅するらしい。理由は全日本開催する資金が無いということなので、これも30年前の観客動員数から比較して明らかに低迷、風前の灯。
着々と縮小の方向へ向かっている中でカーボンニュートラルという名目でガソリンエンジンの開発を終了させるという文明社会にとっての大変革の時期がすぐそこに迫っています。

ガソリンエンジン車好きなのになー、あのサウンドとバイブレーションが堪らない、そう思っているバイク乗りが大半だと思います。電動モーター車でもイイもの作ってくれれば乗るよ、という前向きなユーザーも多いとは思いますが、確実にガソリンエンジン車を愛した人の大部分が2輪に乗ることから離れるというか(既に2輪離れの社会である)
実用的には同等の性能になったとしても、エンジンのチューニングや吸排気系の変更、タンクやフレームなどカスタムバイク、あらゆる分野の職人、ショップ、個人愛好家たち、皆楽しみを奪われることになるでしょう。
何故このようにガソリンエンジン車存続の危機になったのでしょうか。
20年前は石油資源の枯渇が唱えられ、いつも40年後に入手困難になる石油に代わるエネルギーが必要である。このように誰もが信じた時代でした。
今ではITの普及で石油資源が人類文明が生きている期間で枯渇することは無いどころか、石油や天然ガスの埋蔵量が増え続けているという調査結果もあり、石油枯渇を問題にする人を見かけなくなりました。
その代わりに出てきたのが地球温暖化問題です。米元副大統領アル・ゴアの「不都合な真実」公開あたりから急速に加速している感じの世論です。
世界各地に起こる異常気象、海面上昇、当事者からすると地球の終わりに等しい危機感だと思いますが、暴かれた石油枯渇問題の次に目をつけたのは二酸化炭素排出問題です。
誰が目を付けたかというと、二酸化炭素大量に排出しながら技術競争に打ち勝てない二つの大陸を統治する機関です。
日本の高度経済成長期には世界中からエコノミック・アニマルと呼ばれたそうですが、今後は少子高齢化、技術の海外流失などで経済大国からは転落していくことが分かっている我が国。
日本沈没はSFの作品ですが執筆されなかった第2部は国土を失い流浪の民となった日本人の未来について空想するものであったそうですが、国土は沈没しませんが、経済的、技術的な発展は大陸からの逃れられない策略にはまり、今後期待できないように感じられます。
還暦を目前に衰えていく体力を感じながら、最後に乗るバイクは何がいいだろうか妄想することが増えました。モトクロッサーならKTM250SXF・ファクトリーエディション。ロードスポーツならカワサキZX10RR
かCB1100ファイナルエディション・・・バリバリやんけ(もうやめとけと、別の自分が囁く)

まあ妄想はさておき直近の現実に向かい合うのです。
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無限ME250レプリカ・チャンバー
ここまで二日掛かりのパイプ製作で
あと一日掛けて溶接組み立てします。

一台分丸三日、10台作ると稼働日で30日費やす作業ですから
1か月以上掛かりきりなんです。

当然他の予定はこの後になるのですが
途中で地元ライダーが突発で修理に来られたり、四国ツーリングに行ってきたりで
中々終わらないですが
ようやく出口が見えてきました。


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預かりした車体を治具に組み立てしていますので取り付け確認はできています。

注文数に対してあと2台なので今週末くらいで完了です。

今最長で9月からお待ちのお客さんがおられますので、来週からそちらのチャンバー製作に取り掛かります。
年内発送は堅いと思いますので、もうしばらくお待ちいただきたいと思います。



大型2輪は日本の道路では必要ない。そういうことを言う人が多いですが、2通りの考え方に基づいていると考えられます。
一つは大型2輪で一般道を走ったことない人。(僕もその中の一人でした)高額な車両価格、使用目的に対して使い勝手の悪い大きさや重さ、不要な馬力。所有する理由が見当たりませんね。

もう一つは以前大型2輪所有して乗っていたが、手放して中型か小型車両に乗り換えた人。
これは実体験から明確な不要論が湧いてきて、経済的にも実走行においても扱いやすい方が満足感を得られると感じたでしょう。

僕は両方の考え方を理解した上で、体験してないことは無知と同じということですから、体験してから次のステップを踏むことにしたのです。
ZX10Rは高速道路で150km/h走行時、6速6500rpmですから13000rpmで300km/hに達するバイクですが、一般道で走る場合は別の性能を体感することになります。
250や400はいっぱい乗っていましたから、その排気量では無理なことが分かっているんですが、
田舎国道では高齢者なのか、ノロノロ運転の後ろに何台もクルマが連なって付き合わされることがあります。
直線が十分に長く対向車や道路脇の歩行者などがいないことを完全に確認できれば追い越しを掛けることが可能ですが、殆どの場合はその先にカーブがあって対向車を確認することはできません。
複数の車両を追い抜き中に対向車が現れたら元の車線に戻れないので、急ブレーキで回避ということに
なってしまいます。

ところがリッターSSの加速は短い区間で瞬時に追い越しが完了できるので、ノロノロ運転に付き合うことなく一瞬で抜き去るので、安全です。加速の悪いバイクでは、追い越し完了しないうちに対向車が現れて元の車線に戻ることになるでしょう。
そういうシーンが現れる度に、このバイクでよかったと実感するのです。
ハンドル切れ角の少ないセパハンなので市街地での乗り難さはトップクラスだと思いますが、それを相殺する喜びが味わえます。

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ここも行ったことなかった高知城
木造現存12天守のうち4つが四国には存在するのです。

初代築城主は長曾我部元親ですが
長曾我部は四国征伐で、僕の郷土妙口村の領主黒川氏を滅ぼした宿敵。
滅ばされた黒川氏の神社は実家の氏神石土神社に祀られていますが
ここは滅ぼした側の城ということで時代を超えて感慨深い気持ちです。

最初の高知城は河智城と名付けたほど、二つの河に囲まれた中州に立地したため
度重なる水害に嫌気がさして長曾我部はこの城を放棄して別の場所に城を築いたそうです。その後関ケ原での功績により山之内一豊が徳川家康から二十四万石の禄高を得て河智に移り
現在の石垣や天守は山之内の時代に建造されたものだそうです。

初めての高知市街で慣れない上に高知城の駐車場に入ると係員が「2輪はお預かりしてないんですよねー」と追い出そうとしました。駐車場ガラガラに空いているのに停めさせないという理由を聞いても無駄だろうと思って「どこに行けば停められますか」と尋ねたら「県庁に行って聞いてください」と言う。
行政の2輪に対する不条理な対応を経験しました。
付近をグルグルと走り回って、問題なさそうな公園内に押して入って置かせてもらいました。
そんなことしているうちに夕闇が迫ってきます。
天守に入るのは別の機会にして外観だけ鑑賞して帰路に付きたいと思います。

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多分愛媛県への最短ルート、いの町からR194を走って寒風山トンネル経由で西条市へ出る峠道です。
8月にキャラバンで逆ルートで走ったことがあり、2輪で走りたい、イイ道だと思っていました。

しかし日が暮れた四国山地の真ん中を走る国道はヘッドライトの明かり以外は漆黒の闇
カーブの向うは全く見えない恐怖感と
強風と気温4℃の寒さで快適とは言えない
ドライブになりました。

そんな闇夜の峠にひと際明るいラーメン店が見えたので、ここまで何も食べてなかったせいもあり、即効で立ち寄りました。
実は誰かのモトブログ見て知っていた店名「自由軒」ここだったのですね。願ってもない展開。
豚骨でも魚介でもない、鶏がらと野菜のスープなのかわかりませんが、他県では食べたことないアッサリ系、麺のゆで加減も申し分ない中細めん、厚切りのチャーシュー。
毎回通って全メニュー制覇したい美味しさでした。
これで、寒い峠道も最後まで走破できそうです。

いの町最後のGSで給油してから小松町の実家まで83.5km、高知県は近い。
本日の走行距離471.9km乗ったなー。

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実家に10R

こんな日が来ようとは、学生時代には予想できませんでした。

これからキャラバンに積み込んで埼玉へ出発です。







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折角なので香川県に寄り道して帰ります。

善通寺ICで降りて丸亀城を目指そうと思いましたが、琴弾公園の標識を見つけ

銭形砂絵見てきました。
標高200mくらいの琴弾八幡宮の山から見える寛永通宝の砂絵です。
気分のいい場所です。






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そして丸亀城

要塞のような高い石垣の上に見える天守は
木造現存天守の一つです。

外堀を渡って一の門から入場します。









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圧巻の高さと美しい石垣は日本一を誇るものです。

当時の石切職人と土木技術の高さに驚愕です。

トラックやクレーンがあったとしても難工事だと思いますが、全て人力によるものと考えると昔の人の耐力や技術は現代人をはるかに凌ぐのではないかと思って疑いません。



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別名鷹城

3階建ての天守は日本最小だとか。
石垣のスケールからすると意外ですが
この一の丸を囲む櫓と回廊が繋がっていたのですが明治のは廃城令で取り壊され天守部分だけ保存された形です。

丸亀市で最も高い場所なので讃岐平野の全貌が一の丸から見れます。
天守の西側に今治造船、東側に瀬戸大橋が見える眺望もここの魅力です。

この後は高松駅に移動して、思い出の高松港で散策しました。
初めて四国を出たのが小学3年、宇高連絡船で宇野へ渡り電車で大阪へ、EXPO'70行きました。
連絡船で初めて飲んだコーラ、いろんな初体験へ出発の場所、高松港。
新居浜のバイク仲間たちと小豆島ツーリング行って上陸10分でクラッシュして初めて救急車乗ったのもいい経験。高専卒業してから同級生と再び訪れた小豆島行フェリーも高松発です。
予讃線の終点と琴電の始発、駅の隣は高松城跡のある玉藻公園。
むちゃくちゃイイ場所に後ろ髪を引かれる思いで時間に限りがあるので、今度こそ埼玉へ出発しました。

10月の遠征3連週の2週目は四国。実家の草刈りの後、美馬で四国選手権MXでした。
最後に四国選走ったのは82年だったので、39年ぶりのエントリーになります。

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前日は雨降らず、散水が必要だというほど埃立っていましたが
日曜は降水確率100%と予報どおり

コースはマディコンディション!徳島まできて
これかー、58歳になってまで試練を与えてくれるよのう。

2ヒート共ジャンプを上がるのに失敗したマシンが僕の進路に倒れてきて
超難しい滑る上り斜面での再スタートでタイムロスしてしまい、ノービスクラス総合5位。

先週の軽井沢大会は台数少なめだったおかげでSEクラス総合6位でしたから

毎回課題の残るレース展開で次回に活かそうと前向きに捉えることにします。
今年のモトクロスは後2戦出走予定です。

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美馬からの帰りは国道走って3時間くらいで
小松町の実家に着きました。
一般道でも案外近いです。

農機具置いてあったガレージは今やバイク整備小屋になっています。

くたびれたので明日、汚れ物の片付けです。


あー、洗車機のガンを美馬に置いてきてしまった。
明後日帰りながらコースに取りにいかなくては。

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お爺さんは川へ洗濯に

家の前が用水路なので水は豊富にあります。

泥だらけのウエアを洗濯機に入れられるように下洗いしておきます。








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外装外して、庭で洗車

泥水は雨水桝へ流すので泥濘になりません。
実家でモトクロッサー洗車する日が来るとは
考えられなかったことです。

長距離移動と草刈り労働の報酬と捉えて
遠慮なしにやらせてもらいます。





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レース翌日は皮肉なことに快晴で、洗濯物がよく乾く。

ヘルメット内装も縁側に干しています。
サイコーだな、こりゃ。










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火曜日にキャラバンに荷物積み込み帰り支度です。

美馬モーターランドへ忘れ物取りに行って
今回の最終目的、室戸岬を目指します。

来月四国ツーリングを計画しているので
ルートの下見ですね。

美馬からR192で小松島方面に走り、
R55で海岸沿いを室戸まで向かうのですが
途中、南阿波サンラインの標識を見て
海沿いのワインディングを試走しました。

展望台から荒々しい海岸の景色を堪能できます。
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牟岐市あたりのR55を走っております。

この通り太平洋の荒波が打ち付ける海岸の
見通しのよいワインディングロードです。
舗装もバッチリで、これこそが求めていたツーリングルートです。







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ギリギリ夕刻に国定公園室戸岬到着しました。

去年足摺岬は行きましたが、断崖絶壁を想像していたのに全然違った景色です。

なんと海岸まで歩いて降りられるので
この一帯に遊歩道が完備されているのです。

駐車場のトイレなど温かい便座の温水ウォシュレットで、さすが国定公園であると感心しました。

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今夜は満月です。
間もなく日が暮れましたが
月明りで暗くないので遊歩道歩きました。
月明りを映し出す太平洋と無数の岩に打ち付ける波の音。
いままで何人の殿方が女性を騙して・・・もとい、愛を語り合ったかわからないシチュエーションです。

「今夜帰りたくないわ」
「じゃあ、ここで朝まで過ごそう」なんてね。


いや、キャンプしよう、ってことですよ。
室戸市在住の人は毎日この景色見れるんか、羨ましい。


93年(H5)奈良県全県区から衆議院議員初当選。
93年の私と言えば会社辞めて2年目、人生で一番お気楽なモードで過ごしていた時期。
モトクロスも完全に足を洗って人生の目標みたいなものもなく、ただ与えられた簡単な仕事をこなして生計をたてていました。
それに比べて高市さんは、このころからTVに露出し始めて女性国会議員として有名な存在になっていましたが、それでもこの人の活動については全く知らなくて30年近く経ってしまいましたが、
この写真を見て改めて、この人の活躍を期待するようになりました。

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27歳ころ大阪の実家前でのスナップということですから、議員になる前ですね。
門の構えから、なかなかの上流家庭でお育ちになられたと推察できますが、
バイト代が溜まるとツーリングにでかけた。
日本の海岸線の道路は殆ど走った。
といいますから、好きなものを何でも買い与えられたわけでなく、「自分で稼いで好きな事に使いなさい」という家庭の方針であったことは想像できます。

3回の大臣経験、衆議院運営委員長、自民党政務調査会長、歴任と日本会議に所属されていることから、日本を動かす権力を持った首脳の一人に違いないのです。

その高市さんがオートバイ好きとは露知らず、ライディングなどとは無縁の才女かと思いきや、裏六甲や阪奈道路のワインディングを攻めていたバイクフリークであったことで見る目が変わりました。
政策においても、マイナンバー制度の確立や高速道路二人乗りを可能とした法改正など、誰でも知っているような改革に取り組まれていることで、他の政治家も超エリートだと思いますがこの人は別格、今一番自民党総裁=次期総理大臣になってほしい人物(というか、その器の人)だと思います。
何を聞かれてもすらすらと答えられる思考能力、言論で戦う上でこの人に勝てる者がいるだろうか。

政治家の中にもバイク好きは多いみたいで(2輪に対して偏見の多い国ですから公表を控えていらっしゃる)政界バイカーズなる組織も存在するみたいで、たまに集合してツーリングなどされるのでしょうか。
高市さん本人は交通事故など起こして廻りに迷惑をかけてはいけないと39歳で公道を走るのを止めているとか(谷垣さんみたいになっては問題ですからね)
ご自分の走り屋的本能から、いつか失敗をしてしまうことを恐れたのかもしれません。

さて私より2歳年上の高市さんですが、画像の愛車はGPZ400ということで、同年代としては新しめなバイクに乗っておられた。
おそらく学生時代は勉学が忙しく、その時間がなかったり親がバイクを買い与えたりしなかった家庭環境から大人になって自分の収入で乗り始めたから、この年式のGPZなのだろうと思います。

私らが学生のころはCB350や400fourという4気筒モデルがありましたが、すでに旧車の部類で
400は2気筒が主流の時代、人気モデルはホークかGSと決まっていましたが、高専3年生のころですかね、カワサキから400の4気筒が発売されるというモーターサイクリスト誌のスクープ記事を見て
学生寮では色めきたっていました。
そのあとZ250やRG250などのクオーターモデルが流行りはじめ、RGγやRZの時代に突入していったのですが、学業忙しい高市さんだから最初のバイクはGPZになってしまったのでしょう。

同じ女性ライダーとして堀ひろこや三好礼子、井形まり、小沼加代子らのバイク業界に与えた影響は多きかったと思いますが、高市さんが2輪ライダーであってくれたことで、それ以上の影響力を発揮して、この日本の首脳がバイク好きの社会を作っていただけたらと切望するのであります。


直近の問題としては自動運転技術に対する法整備、原発や自然エネルギーなどのエネルギー政策、
隣国のミサイル配備に対する防衛策、自然災害の脅威から逃れる支援、それから、この方は経済学の権威でもありますので、日本の経済成長政策も外せない。
我欲優先の役立たず政治家には期待できない、日本のジャンヌダルクの奮闘に期待します。


車両生産において、図面が出図されて直ぐ量産開始ということにならないという意味で
材料の0.2%耐力=降伏点の説明をしました。
降伏点は部品の断面積に対して大きな荷重がかかったとき(高い応力)に永久変形起こして
寸法が変わってしまう状態の応力の数値(単位kgf/mm2)のことです。
設計者は設計した製品が降伏点をこえないように図面を描かなければなりませんが
新製品構想の段階で大体の目安がないと安全な設計ができません。

そこで設計のIT化に伴い、コンピュータ上のシュミレーションも開発されてきました。
FEM応力解析では走行中に車体に掛かる荷重を想定して、フレームなどの歪みを受ける構造物に発生する応力を3Dマッピングで表示するソフトウエアも実用化され多くの自動車メーカーで活用しているようです。
ただし、FEM応力解析は実測の数値ではありません。あくまでソフトウエアを使った予想ですから
それを鵜呑みにして量産車を作ると市場に出てから不具合が起こるという図式になります。

解析ソフトや3Dプリンターによるモデル製作は開発テストやテスト品試作でかかる費用を大幅に削減することに貢献できたでしょう。
私たちが量産車を製造したころは、試作した部品を破壊したり、耐久テストなどで強度的な安全性を検証した上で量産GOをかけていました。
現在はコンピューター・シュミレーションで要件満足できる数値が出れば量産にかかるという流れでしょうか、だから新型マシンが発売されて1年経たないうちにフレームに亀裂が入ったとしても、メーカーは対応しないし、対策をするどころか次期モデルも同様の設計なので変更するには巨額の改修費がかかるので隠蔽するということがあります。

私たちが強度テスト担当したころは、実走部隊は試作イベント毎に桶川で1000km実走耐久を125、250、500ccの3機種にオフシーズンにはATVも1000km耐久やって不具合を洗い出していましたし、
強度Grは車体の応力が高そうな場所に歪みゲージを貼って実走応測。測定時はプロのMXライダーを雇って桶川でジャンプしてもらったり、ギャップ走行などで計測された数値をベンチテストでシュミレーションして単体耐久をしていました。

試作イベント毎に仕様が変更されてくるのでフレームとリヤフォークはテスト治具を組み立てて荷重制御された振動試験機にかけて亀裂発生するまで昼夜運転しました。
繰り返し荷重に設定する応力の数値は実走応側で最大値を発生した場所に貼った歪みゲージで同じ応力になるように荷重調節して油圧アクチュエーターを作動させたので、実走の耐久テストより過酷だったと思います。
亀裂発生しない場合は10の7乗回で問題なければOKと報告していました。

耐久で亀裂が発生したり、応力が耐力をオーバーする数値であれば、「対策要求票」という書式で会議招集して開発者と製作所テストGrが対策案を検討して図面に反映するという流れで、問題のない車両作りを行ったと思っています。


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金属材料の強度を評価するとき
一発破壊と疲労破壊に分かれますが
市場における一発破壊は事故によるもので
通常の走行ではありえない過大な荷重と方向が破断面に現れるの破面解析すれば
殆ど解明できます。

問題は通常の走行で疲労破壊したとき
これは設計の不良で、運転者に落ち度がなく破壊したことを示すので、訴えられたら負ける案件です。

左のS・N線図は縦軸に応力、横軸に荷重繰り返し回数で表した模式図です。
応力が高いと少ない回数で降伏、または破断し応力が低いと永久に破壊しないことを表します。このような曲線を作成するのにテスト品を同じ材質、同一寸法で大量に製作しなければならず
試験時間も破壊するまで何万回も繰り返してようやく1点の座標しか得られない。
きれいな曲線に繋がるまで何10回も繰り返し試験することを考えると、一つの材料で1か月近くかかったのではないかと思われます。
50年以上前に出版された材料力学の教科書に載っているような曲線ですから、現実は考察の基礎にするくらいで、実走応測や単体テストが実際の強度を証明する方法だと思っています。

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鋼管フレームは自転車のような直線で繋がれたものはなく、エンジンやガソリンタンク、サスペンションの固定などにより曲がったパイプでレイアウトされたものが大多数です。

そこで曲がったパイプに引っ張り荷重がかかった場合の応力分布を略図に示しました。

引っ張り荷重により全体的には+の応力ですがパイプが真っすぐに変形しようとするので外R側は圧縮されようとしてマイナスの応力になる部分ができます。
すると、伸びでも圧縮でもない0応力の部分もあります。

均一なパイプを引っ張るなら途中で亀裂が入ることはないですが、パイプの接合部分や、途中に溶接ビードなど固いものが付いていると、その境目に高い応力が発生して亀裂の起点となることが考えられます。なので溶接ビードの端は0応力の場所が望ましいといえます。

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略図ですが、パイプを溶接で接合する場合
真横に溶接ビードを引くより斜めに引いた方が応力が分散するので、亀裂が発生しにくいです。

出来れば0応力付近にピードの先端がくるように溶接されているのがベストです。

それでも量産では作業効率UPのため半自動溶接を使用することが多いですが
半自動(MIG)溶接のビードは厚みがあり母材との段差が大きい傾向にあります。
そのため溶接2番(母材とビードの境目)に応力集中して耐久強度に影響することがあります。(量産フレームで亀裂が発生するのは殆どが溶接2番が起点)
そこで予算や製作時間に余裕がある試作品やレース用ワークスマシンのフレームは、熟練した溶接作業者がTIG溶接で施工するものがあります。そうすることで溶接2番が滑らかに仕上がるので応力集中が少なく結果的に耐久強度が上がるというものです。

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フゥー、梅雨明けして毎日暑いです。

工場は室温35℃になりますが
わざとエアコンなしで作業しております。
電気代ケチっているわけではなく
暑さに耐えられる体に仕上げるためです。
幸いなことに、涼しい部屋でテレワークだのリモート会議だの人間を弱体化させる仕事をする必要がありません。
夏でも疲れないでオートバイに乗りたいですからね。

フッフッフ


この事業の前はH社の4輪工場で材料品質を担当しておりましたが、その前は3年ほど市販モトクロッサーやATVの強度テストを担当しておりました。
今回は基礎的な解説になりますので、機械技術系の人はスルーしていただいて結構です。

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これは金属部品からテストピース(TP)を切り出し

引っ張り試験機で破断荷重を計測した結果を模した図です。

材料の機械的性質として代表的な引っ張り強さ(kgf・mm2)はTPに引っ張り荷重をかけていくと途中までは荷重と伸びが比例関係にあります。
この段階では荷重を止めるとTPが元の長さに戻る「弾性変形」の状態ですが
弾性域を超えて引っ張り続けると曲線が寝てきます。
この状態になると荷重を止めても元の長さに戻らない「塑性変形」が起きています。
さらに引っ張り荷重を増していくとTPの伸びが進んで材料にくびれが生じます。
最終的には荷重に対する抵抗が落ちてきて破断します。

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全ての部品からTPを切り出して検査するわけではありませんが
新機種の中でも新材料や新製法を採用した場合
従来の部品でも、生産設備の更新があったときなど、実績がない部品については
TP切り出しによる引っ張り試験を実施します。
他にも
実体強度として静破壊(一発荷重による破壊)
疲労破壊(振動試験)を調べる試験もあります。

ここで使用する試験機は
油圧の引っ張り圧縮試験機(アムスラー)
や機械式(ネジ式)の引っ張り圧縮試験機(テンシロン)などです。

試験機には荷重を測定するロードセルと
変位計(伸び量計測)が装着されており
X・Yレコーダーで計測データが曲線で記録されます。






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次に縦軸が応力を示す曲線を模した図です。

応力の概念ですが
2輪車で考えますとタイヤの設置面に車重が乗っかって、地面からの反力が外力となります。
この場合、車重と外力が同じ意味です。
そして外力を受けている車体の各部に
外力に対抗する力が「応力」といいます。

ここで外力を受けている部分によって違う応力が発生していることになります。
ホイールやサスペンション、フレームにそれぞれ固有の応力で車重(地面からの反力)を支えているということです。
走行すれば、さらに大きな応力が繰り返し発生してくることになります。

S・S線図に戻ります。引っ張り試験に類似した曲線を描きますが、応力は部品の断面積に応じて変動するので、荷重が低い場合でも断面積の小さな部品は高い応力が発生します。
しかも応力は歪みゲージを貼って電気的に計測されたポイントしかわかりません。
そのため、測定ポイントを選定する技術と経験が測定結果に影響することになります。

そしてこの計測の目的は当該部品の0.2%耐力を調査することにあります。
2輪の設計者は部品の性能や強度に対して目標要件を設定して、目標要件を満足できるように
材質や寸法、形状を決定して図面を描きます。
ここでは強度の話なので、部品の強度計算をする場合、材料固有の数値「縦弾性係数」に最小断面積をかけて耐力を推定します。
ところがこれは机上の理論、実際の負荷は単純でなく引っ張り、圧縮、曲げ、捩じりの複合でかかってくるので、実体の耐久強度は設計段階ではわからないということになります。

S・S線図では実体に歪みゲージを貼って実測した耐力(0.2%弾性域の延長線から下がった応力を
被検査部品の耐力と定める)が設計上ではなく実際の強度となります。
また弾性変形を超えた直後のポイントを降伏点と呼び、永久変形を起こしたことで、破断点に至ってないが強度限界ということで、想定される実走行で降伏点を超えない設計が必要になります。




YZ250FのリヤショックOHを頼まれたのですが最近のショックは安易に組み立てできませんでした。

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分解はほぼ特殊工具なしでできます。

リザーバータンクのガスを抜いて内圧を抜かないと分解が始まらないですが

リザーバーキャップのセンターに2mmの穴が空いているので
1.5mmの棒を差し込んで窒素ガスを抜きます。





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リザーバーキャップの表側

センター穴2mm
この中にゴム栓が入っており

注射針を差し込んで窒素充填するようです。

注射針のツールが必要ですね。

因みにWPはネジを緩めてネジ山のすき間から充填してネジを締める工具が必要になります。



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キャップの内側

センターに押し込まれたゴム栓に注射針
を貫通させて充填し
針の穴はゴムの弾力で塞がるということです。









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ゴム栓はOHの履歴がないため
穴が貫通してないように見えます。
新品組み立て時に特殊な方法で充填されたのでしょうか。

GAS圧掛かった状態でゴム栓を引っ張る
ツールがあるのか、まるで手品です。
種明かしはわかりませんでした。

今回は地元のサスペンション屋さんのTムラさんとこで組み立ててもらいました。
年に何回もやらない作業なので特殊ツール作るより頼んだほうが早いです。


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そして致命的なのがパーツリスト
リヤショックの部品はこれだけしか設定されていません。

上記のリザーバー関係の絵は一切ありません。

ピストン廻りやオイルシールも無しです。
ショックアブソーバー・サブASSYが最小単位なので部品交換が高額になるという意味です。

他メーカーのショックは全数の部品番号があるのに、このパーツリストは一般ユーザーや販売店はメンテナンス不可にするということです。
KYBと契約したショップのみ部品販売されるということですね。
その他は損傷させた場合はサブASSY購入して直すということになります。(不親切ですね)
元々大して売れてない機種だからメンテナンス・サービスまで行き届いたラインナップはできないということで理解いたしました。
H社やKTM社は従来通りメンテナンスできるので、メーカーのポリシーの違いが見えてきます。
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シリンダーから下が全損だったエンジン組みあがりましたが、
運よくピストン下降中に壊れたため
シリンダーヘッドは無傷でした。

しかし、ピストンが割れるくらい乗り込んだエンジンということは、バルブ廻りも消耗しているはず

交換は頼まれてなかったですが、タペット・クリアランス測定するとIN、EXバルブ4か所
規定値外でした。
このまま組んで渡すとシリンダー下が新品なのに間もなくエンジンが止まると思い、
バルブとヘッドをクリーニングしてから
在庫のシムで調整して、規定値に調整しました。バルブフェースが摩耗しているのが原因なので、今度のレースが終わったらバルブ4本交換する必要があります。
部品代135000円掛ったばかりですが、エンジン取りに来たオーナーさんに説明しておきました。
ピストン壊れるまで乗ってしまうのですから、理解されたらいいのだが・・・

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極秘任務遂行のため、当分の間一般のお客さんの依頼をお断りしてます。

予定完了するまで新しい製作物はありませんから、プロダクツ更新無しです。

NSR50のサーキット用チャンバー
ZX10Rスリップオン・サイレンサー(排気バルブ無し)
77年型RM125リヤフォークメンテナンス
(ピボットベアリング交換)
   秋までに実行したい

その前に10Rをキャラバンに積むラダーを
固定するフックを作る。(ラダーがずれたら車重200kgのバイクを落としてしまう)
今年こそ実家帰省のついでに四国ツーリングを模索しているところです。

徳島の太平洋側から室戸岬経由で四万十⇒足摺岬が第1ルート
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石槌スカイラインから四国カルスト⇒高知⇒寒風山トンネル戻りが第2ルート。
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月に1回ペースでモトクロスレースとの日程調整になるでしょう。


今年のジャパンVET参戦しました。
チョット先輩のJ1(Junichi)さんの動画を見つけましたので貼り付けさせていただきました。
私が走っている動画がレアだと思いましたので。                                スタート後7″あたりで中央に映っている水色のジャージが
私のようです。
1コーナーは押さえられて2番手で立ち上がって4位でジャンプ飛ぶ姿を確認できました。
すぐ後ろでガヤガヤと競り合いがあったようですが、巻き込まれないでよかったです。
インターミディーの選手に抜かれながらもエキスパートで2位走行という微妙な結果ですが、レース中は楽しかった記憶しかないです。
60過ぎでモトクロスはキツイと思いますが、老化防止には最高ではないでしょうか。


ホンダEGのヨシダさんが遠いところへ旅立たれる前に私に託した3輪バギーでしたが
晩年、「動くようになったら見せてくれ」という言葉に答えることが出来ずに悔やんでおります。
何が無くて動いていなかったかというと、EVのエネルギー源であるバッテリーが積まれていなかったこと、乗車するためのシートが存在してなかったという2点だけでした。

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動かないバギーはスクラップ同然ですから
早々にバッテリー4個購入して
シートもスクーター用を改造してフレームに取り付けたのですが
製作者であるヨシダさんの病状を全く知らないで「そのうち見に来られるだろう」と呑気にしていたら、叶わぬ報告となってしまいました。

動力となるモーターはEG製の汎用モーターで動力軸がそのままホイールと直結している、フロントがインホイールモーターで
後輪はリジッドアクスルにチェーンドライブで駆動されます。

この駆動系の特徴は前後タイヤの外径が
大きく異なるのに前後タイヤが同じ周速で回るということです。
エンジンが動力であった場合は、前後同じ外径のタイヤと前後の周速のずれによる負荷(周速が遅い方のタイヤがブレーキとなって負荷が掛かる)を相殺するセンターデフかフリーハブが必要になります。

ところがこのモータードライブは前後輪の回転差を相殺する機構は全く付いていません。
これは、前後のモーターが一つの回路で繋がっており、前後モーター軸の回転数を同期するのではなく
負荷が同期するようになっているということです。
車体を走行させるために仕事するモーターの負荷が同じということで、センターデフは必要ないのです。

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こちら側に後輪用のモーターが見えます。

モーターの軸にドライブスプロケットが直結されてチェーンを介してリヤアクスルのスプロケットへ伝達します。










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ブレーキはモーター軸に付けられたディスクを油圧キャリパーで挟む方式です。

アクセルワイヤーがメインフレーム下のコントロールユニットに繋がれ
ラジオの音量調節のように0から最大まで
右手のスロットルでパワーを調節できます。

ホンダエンジニアリングは生産設備を作る会社なので、このような電気回路は得意分野でしょう。シンプルなのに操作性に問題がない車両で驚きます。

左手元のボタン操作で逆回転もできるので
バックも同じ速度で可能です。





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長年止まっていた理由として
製作されて20年以上経過しているので
タイヤが劣化してエアー漏れしていました。

何用のタイヤか分からず、放置していたのですが、草刈り機やゴルフカート用が同じサイズであることが分かり左右共、新品交換しました。
バッテリー4個とタイヤ2本とシート代など
7万円近い出費で、ようやく復活した形です。

ちょっとお高い、一人乗り電動カートといったところです。


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フロントタイヤはATC125クラスだと思いますが機種不明のバルーンタイヤです。

大胆な片持ちフロントアームにインホイールモーターがボルト結合されています。

サス無しなのでバルーンタイヤがショックを吸収するので乗り心地は柔らかいです。

これも製作者の遺志を継いで保存しておく
予定です。

緊急事態宣言中GWの少し前に埼玉を出発して愛媛の実家へ向かいました。
去年11月以来ですが冬場は雑草の成長が止まって春になると芽吹いているころです。

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家の前は案の定、腰くらいの高さまで雑草が茂っていたので
クルマが入れるように草刈りしました。

1週間滞在しましたが半分くらい雨降りで
まるで梅雨のようです。
家の周りを2日掛かりで草刈りして、
家主が時々帰っていることをアピールしておきます。





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家から2キロほど山奥に工藤家の畑があります。
先祖は別の場所に山を持っていて
林業で栄えたらしいですが
麓の集落へ移住してきたころに
この山林を購入して畑としていたようです。

この辺は猪や猿の生息地なので
無人の畑では野菜や果物は全部、野生動物の餌になるだけです。

ここも2日係りで草刈りしました。
このままでもグラストラックのようにオフロードバイクで走れますが、今回は荷物が多くて
乗れるバイクを積んでこれませんでした。

家の周りと畑の草刈りが目的ですが、折角なので走ったことのない四国路へ一日だけ向かってみます。
愛媛に住んだのは20歳まで、学業が忙しくて卒業したら直ぐに埼玉へ来てしまったので
四国中ほとんど行ってないです。

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一昨年、四国カルストは行きましたが
youtubeでツーリング動画がたくさん配信されているせいか、絶景が有名になってしまって混雑していると思います。
もう一つ有名になった場所、UFOライン(瓶ヶ森林道)はカローラスポーツのTVCMが放送され反響を呼びました。
ここも現地に向かう道路がすれ違い困難にも関わらず人気スポットになってしまったので4輪で行くのは控えておいた方がよさそうです。

そんなわけで地元、西条市から加茂川沿いに走る、高知県への最短ルート「寒風山トンネル」を経由するR194を走ってみました。
大型トラックも問題なくすれ違う2車線の舗装路が高知県いの町まで延々100キロも続く快適なワインディングロードでした。R33に突き当たるまで信号や交差点は一つもありません。
およそ2時間、快適なコーナリングを楽しみながら走り続けられるルートは日本屈指のツーリングルートだと思います。
寒風山トンネルは学生時代旧道で通ったことがありましたが、新トンネルはもちろん初めて。
無料で通行できるトンネルとしては日本最長の5432mということです。

この道を選んだ理由は、仁淀川を久万高原行ったときに見て美しいと思いましたが、その河口まで行ってみようと思ったのが画像の浜です。
ここはウミガメの産卵地であったり、サーフィンのメッカでもあるようです。
仁淀川河口から東の方に移動すると桂浜になります。

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まるで修学旅行のようになってきました。
駐車場400円も払ったので、坂本竜馬像観てきました。
昭和3年からここに立っている銅像です。

前回ここに来たのは小学校の修学旅行で
実に49年ぶりなんです。







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竜馬が向いているのは大体この方角、
この太平洋の向うがカリフォルニアなのだそうです。

今日、海が青いなー
四国滞在中、奇跡的に今日だけ快晴だったのです。

しかし、このあと土砂降りの雨に遭遇するとは、このときは知りません。




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土佐市の海岸線はR56の快適なワインディングを走り、四万十川を目指しました。

R381は四万十川沿いを延々と走る、
これまた100キロも続く信号のないワインディングです。

その途中でおそらくJR予土線の鉄橋が見えたので、わざわざ道の駅へ駐車して徒歩で見に行きましたが
途中で土砂降りに見舞われ、先ほどの快晴が嘘のようです。
全身ずぶぬれでしたが、着替えをもってなかったので車のエアコンで乾かしながら走行を続けます。

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予土線の鉄橋と沈下橋が並んでいる珍しい景色。

沈下橋はどれが有名なのか分からず、途中で何個も見かけたので、四万十では普通の
光景なのかもしれません。

この線路見る限りでは予土線は電化されてないみたいですね。
このレトロ感がたまりません。




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さてドライブも終盤に近づいてきました。
日が伸びてきたので、6時ころ足摺岬へ到着しました。

R321サニーロードを走って土佐清水市へ、県道348から足摺スカイラインと道路名が変わりますが、どの道も信号のない2車線の快適なワインディングが延々と続くロードでした。

四国最南端、愛媛県育ちなのに初めて来ました。
今日のルートは渋滞のない綺麗な舗装で信号や交差点のないワインディングが続く、バイク乗りならこれほど快適なツーリングルートは日本中に無いではないでしょうか。絶対次回はロードバイク持って帰って走りに来たい場所だと思いました。

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足摺はジョン万次郎生誕の場所ということです。
言わずと知れた、日本人初のアメリカ留学生となった人物です。
英語だけでなく、捕鯨術、操船術など江戸時代の日本に持ち帰った知識が
我が国の近代化に貢献したことは言うまでもないですが、その当時の国家的に重要人物が足摺出身の漁師であったことが驚きです。





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足摺岬で日が暮れてしまったので
夜の国道を宇和島方面に向かい
そこからは高速道路で実家の小松町へ戻ってきました。

一晩寝て、弾丸で埼玉へ戻ります。










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帰省の目的は実家の草刈りと
動かしてないバイクを実家のガレージへ運ぶことです。
埼玉だと置き場が無くなってきましたので預かり車も1台づつが限度です。

今回はRM125のリヤフォークをメンテナンスのため外して持って帰ります。


パーツリストなどでは排気系というカテゴリーで分類されているチャンバーという部品ですが
完成車組み立ての観点から、エンジン部品だと思いますか、それとも車体部品だと思いますか?
エンジンの動力性能に関わるのでエンジン補器であるか、エンジン組み立ての後、取り付けはフレームに搭載してからという順番なので車体部品と考えるか。

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これは某廃盤のチャンバーから測った諸元(スペック)をストレート図で表した模型です。

エンジン設計では、このストレート図までを図面化して、車体設計部門へ引き継ぎます。

すなわち排気系のレイアウトを決めて配管を行うのは車体設計の役割になります。
従ってチャンバーやマフラーはエンジンでなく、車体部品ということになります。

私は開発者じゃないので、オリジナルチャンバーを作るときは図面値に極力近い寸法で
製作します。
ところが、図面は設計部門と製造部門で機密管理されて部外者が見ることはできません。どうやって図面値を知りえるかというと、純正部品を実測することで知ることができます。
2輪メーカーの純正チャンバーは1日に何百台も製造できるように金型を使ってプレス成型されたものです。ブレス成型された鉄板をモナカのように張り合わせて作ったパイプの外周を計測するのですが
縦と横の数値が違っていて、真円でないことが分かります。
鉄板を金型で絞った場合、半円まで絞ると高圧で雌型に食い込んでしまい鉄板の型抜けが困難になるので若干の勾配をつけた断面形状で金型設計する必要があります。
そのため、勾配が付いた半分のパイプを張り合わせたら真円になりません。
パイプの図面値は真円で設計されているはずですが製造上の問題で図面値でなくても量産することにしているわけです。
僅かな寸法差で性能にバラツキがでる部品なので、まずは図面値どおりに作り直すことがオリジナルチャンバーを製作する理由なのであります。

余談ですがエンジンのファインチューニングで吸排気ポートの研磨を行うことがあります。
シリンダーヘッドは鋳造で製造されますがポート内部には砂をレジンで固めた中子を入れて注型します。
この中子を成形するときに金型の合わせ面に段差やバリが出ることがあります。それが製品に転写されて残るわけですが、量産では手仕上げで均されることはないので図面値にない段差やバリを除去する作業はエンジンを図面通りにするということですね。
燃焼室内のカーボン除去も、カーボンは図面にないものだから除去する。
そうやって内燃機関の効率を設計どおりのものにする目的です。

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では車体部品、チャンバーのワンオフ製作ですが
ここからは板金屋の仕事になります。

寸法測定したストレート図の模型は
中心の棒がパイプの長さを表し、
円盤がパイプの内径を表します。

そして中心の棒を曲げた形は車体に合わせてレイアウト検討の指標となるものです。
この形状でパイプの基となる展開図を作成します。

エキパイ部分のカーブですが排気ガスは流体なので、カーブを流れることによって
ストレート管に比べて損失が出ます。
だからなるべく滑らかなカーブを描くように膨らまし成型とします。
後半はカーブがないので設計通りに作りやすい巻きパイプとします。

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パイプの成型ができたので全体のレイアウトが車体に適切かどうか実車に仮組みして
確認してから、溶接作業に掛かります。


私がお客さんに提示させていただいている
型制作の中身はこういうことです。








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溶接完了しました。

車体取り付け、アンダーカウル装着確認

諸元は老舗チャンバー屋の設計なので
私の責任ではありませんが
寸法的に見て、よく回りそうです。

車種は非公開ですが、オーナーさん以外から同じ物を頼まれても作らないことにします。



実家と畑の草刈りの時期がきたのですが、14、15日がHSR九州でモトクロスのGPが開催されるということでついでに観戦する計画を立てました。
HSRは現役時代、最後の全日本遠征した場所でした。メカニックでは2回行った限り、それらは埼玉県からの移動だったわけですが、実家のある愛媛県から九州は行ったことが無かったので初めてのルートになります。

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金曜日移動で小松町の実家に泊まり、
土曜の朝、松山道の小松ICから乗って伊予ICで降りる。

お気に入りの伊予灘沿いのワインディングを走るためです。

こんなに天気がよく、温かいのだからGP観戦でなくオートバイツーリングにしておけばよかったかな。
来年こそはオンロードバイク積んで来ようと思いました。

ここは3年前に通った、元1番海に近い駅、予讃線「下灘」の手前になります。
見通しがよく、舗装が綺麗なワインディングが40キロほど続きます。
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愛媛側の目的地は佐田岬の三崎港ですが
途中、伊方原発に立ち寄ってみます。
前回は雨だったので、快晴で原発を眺めることができました。

土曜の朝なので作業員の姿も見えず、静寂に包まれた原子炉と海と山の絶景がクロスオーバーしています。

こういう立地でないと原発建設は許されないのだろうな。
険しい地形のため道路や構造物の建設が困難で、何を造るにもカネが掛かる。
四国電力と国の力で住民の生活を支えるという名目の下、実現したに違いない。

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九四国道フェリー 三崎発ー佐賀関
航行時間70分、九州への最短ルートです。
陸路だとしまなみ海道で瀬戸内海渡って、山陽道を山口県経由になりますから大幅短縮です。

佐田岬灯台を海側から見れる珍しい景色です。
灯台までは陸路で行ったことがあります。
四国最西端の場所を海から陸から両方見ることができました。



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佐賀関から熊本はR57がメインルートです。
高速道路はないので130キロ、2時間30分で着きます。

埼玉からMX408行くくらいの距離間ですね。(近い!)
里帰り→HSRが今後定例になるかもしれません。

しかしこのロケーション、アメリカのナショナル・コースを彷彿させる広さ。
普段、オレたちがやっているモトクロスとは質が違う感じがする。うらやましい!


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フィニッシュジャンプの形は昔のまま。

ライダーたちは次のコーナーに向けて思い思いのフォームで飛んでいきます。
滞空時間の長いジャンプがたくさんあるコースです。

そして連続ジャンプは基本的に長いストレートに設けられているのでスピードを保ったまま上下の動きがあるのが特徴です。




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IA2ヒート1決勝のスタート。

レース内容の批評をするつもりは、さらさらありませんが、トップライダーはどのように走っているのか、ひたすら観察するだけです。

今度、ああしよう、こうしよう、と思いを馳せるのに観戦は役に立つのです。







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さて、夜のフェリーに乗って一般道だけで11時ころには実家に到着できました。

8月に綺麗にした庭ですが、また雑草が生えています。
夏場ほどの勢いではないので1日くらいで片付きました。

山の方も丸一日草刈りしましたが
柿の収穫の時期で、畑入り口の道に枝が低く垂れこめていて
キャラバンが入れそうになかったので
コース整備は次回にしておきます。



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はい、刈り払いと整地できました。

冬場はこの状態を保つことができるでしょう。

明日は柿の収穫をして帰り支度かな。
前半九州へ行ってしまったので
四国はどこへも行かないことにします。

来年こそは高知方面へツーリングしようと決意しました。




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帰る途中でお預かりしてきた車両も積み込んで帰り支度です。

明日は週末発送予定の仕事を片付けなければなりませんので
寄り道なしで埼玉へ戻ります。







来週はオフビで全日本MX最終戦ですね。


自動車の排ガス浄化装置、部品名はコンバーターといい排気管の途中に取り付けられます。
コンバーターはユタカ技研でアッセンブリーされますが、シールマットやステンメッシュで保護されて、ステンレス製の容器でカバーした部品です。
その中に排気ガスを浄化する触媒が入っていて、部品名をキャタリストとよびます。
当然キャタリストも設計された図面に基づいて製造されます。
しかし、機械部品の図面とは様子の異なる内容のキャタリストはハニカム構造のセラミックス担体に貴金属が目付された図面が標記されているものですから、機械加工部品とは全く違う製法や品質管理をしなくてはなりません。

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探し物していたら引き出しの奥から出て
きました。ドイツのエンゲルハルド社での打ち合わせの時のスナップ

会議通知を回したのは、この中におられる、栃木第一設計ブロック(エンジン設計)
のチーフエンジニア
現地法人の人達と、製作所の鈴鹿と狭山、
ホンダUKのパーチャス・セクション(購買部)
日本エンゲルハルド(現NEケムキャット)
HIT(ホンダ・インターナショナル・トレーディング)

左から5人目、一番小さいのが私。
91年、28歳のころでした。


ハニカムセラミックスは粘土を特殊な金型で押し出して、ワイヤーで切断したものを焼成して作られた陶器です。日本ではNGK(日本ガイシ工業)が担当し、貴金属の目付けは日本エンゲルと三井金属の2社手配となります。
貴金属は白金(プラチナ)が主成分で希土類元素が花薬として添加されます。
貴金属を泥水のようなスラリーという溶液に混ぜて、ハニセラムをどぶ付け乾燥させたものがキャタリストになりますが、その製造条件や浄化性能も機種毎に全て図面で取り決めされているので厳密な製造管理を経て、組み立て工場に、発注された数量と納期を守って搬入されなければなりません。
4輪の生産台数ですから一日に何千個のロットで製造されるわけですから、ミスのないように設計者が関係部門に会議通知を回して招集したというわけです。
ちなみにコンバーターは自動車部品の中で単体としては最も高価な部品だということです。

昼ごろ英国ヒースロー空港を発ち独ハノーバー着、チーフエンジニアや日本人駐在員と落合い、
ベンツでアウトバーンを走ってエンゲルハルド社へ向かいました。
会議終了して夕方の飛行機でベルギーのブリュッセルへ向かいました。翌日のCGW(コーニング・グラス・ワーク社)で会議のためです。
その夜はパブでムール貝たべたり、小便小僧を見に行ったり異国情緒を味わい、ホテルへチェックイン。
部屋から国際電話でドイツのシュツットガルトのニコンに駐在している高専の同級生と談笑しました。

翌朝、車で移動中NATO(北大西洋条約機構)の前を通過しながら、意外と田舎風景を見ながら
ここがモトクロスを国技とする国なのかーと思いながらコーニング社へ付きました。
ここではプレッシャス・メタル(貴金属)の話題だったのでジョンソン・マッセイ(貴金属を調達する会社)
のキャリア・ウーマンから説明を受け、HITの日本人駐在員は英会話堪能でキャリア・ウーマンとマンツー・マンで打ち合わせ、何を言っているのかわからない私は後で訳していただく始末。
日本生産向けの貴金属調達は田中マッセイ(田中貴金属)TVコマーシャルで有名でした。

無事会議終了し、それぞれの国へ飛行機で戻るのですが、ホンダUKのリック・スミス(写真左端)が
「空港までワイフに送ってもらったので帰りの足がない、クドーサンの車に乗せてもらえないか」
快諾した私は、イギリス人を車で家まで送る素敵な経験と思って、ヒースロー空港の広大な駐車場から
カンパニー・カーのバラードを運転してマニュアル・ミッションなのでヒールアンド・トーにダブルクラッチでギヤチェンジしていたら、スミスさんが足元を見ながら「ヒール・アンド・トーだね」と言うので、この人ドライビングに興味があることはわかりました。
後日、英国内の出張でスミスさんのクルマの助手席に乗せてもらったら、ウサギやキジが出てきそうな一車線の田舎道をドリフトしながらブラインドコーナーを爆走され、本場のヒール・アンド・トーを見せつけながらドヤ顔していたのを思いだしました。
F1コンストラクターの国です、一般のドライバーが十分速い、日本の交通事情とは大違いだと思いました。
3車線のラウンドアバウトをステップ擦りながら曲がっていくカワサキZZRを何台も見ましたし、クルマは交通手段だけでなく、走りそのものが好きな国民性なんだなと痛感しました。


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先日頼まれましたノグチ・チャンバーの複製

これ一個しかないので普段乗る用に新しいのが欲しかったとのこと

異形なパイプなので取り回し決めるのに一苦労でした。

なにせ、フレームやシリンダーフィン
にすき間1mmのところが3か所もあるんですから。




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私詳しくないですが
MX250というモトクロッサー

73年がYZ250Aだから
72年くらいですかね。

小学生時代、地元にオートバイ文化が乏しく、この車種の存在すらしらないで生きてきたので、今ここにあるのが不思議な感じがします。







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そして、これも詳しくないですが
F21M、カワサキのモトクロッサー

トレールモデル、バイソンが原型なのかな。
ご依頼はオリジナルがミドル・アップのチャンバーに対し、ダウンチャンバーにすること。

これは見本がないので、ご提示いただいだモノクロの写真一枚で真似て作ったので
スペックが合っているかどうか、わかりません。





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当然、オリジナルがダウンチャンバーでないので、マウントブラケットはフレームに増設しました。

これも写真の形状に似せてありますが、
そっくりではないですよ。

本物は誰も持ってないからわからんでしょう。






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そして、過去の教訓を活かし

ダウンチャンバーはキックペダルを踏んでみよ、ということで

キックは踏めます。







以上です。


日曜日の朝3;00出発の予定なのに、ZX10Rのリヤタイヤのエアが1kg/cm?に落ちていました。
土曜日中にタイヤ交換しないと間に合わないので、在庫があると思われる川越2輪館へ買いにいきました。

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左は新車装着のRS10
ほぼスリックなので、ドライ路面のグリップに定評がありますが、ウエット路面は期待できないそうです。

右は今回装着のS22
トレッドのサイド寄りにグルーブが施され
セミウエットなら問題なく走れそうです。
これで天候を気にせず出かけられそうです。

もう2年経ったからフロントも同じパターンにしておこうかな。

タイヤサイズ190/55ZR17
価格¥36850(税込み)は2輪館で最も高額なタイヤでした。
これなら期待できそうだ。

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そもそもスロー・パンクの原因は
デーラーの試乗車だった10Rのリヤタイヤにボルトが刺さって修理してあったためです。
2年くらい漏れてなかったですが
この猛暑続きでノリが溶けてきたかもしれません。
こんなんじゃ不安なので速攻で取り換えです。


財布に優しくないリッターバイクです。




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治具には2000の文字が書かれています。

2000年に作った治具なので
20年も使い続けたことになります。

RMXのチャンバーは20年作り続けても
終わりません。
今月も複数のオーダーが入っています。

このようなことが予想できたでしょうか。





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20年前に製造された当時のお客さんと
今のお客さんでは世代交代していると思います。

それは、20年前新車で購入したお客さんと

最近中古車を手に入れたお客さんという意味で違う世代だと思うのです。

中には20年間維持した上でのリプレイスかもしれません。

いろいろな人生の中に関わっていく商品なのですね。

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需要があるうちが花だと思いますので
最後のご注文があるまで
この治具を使って作り続けていきたいと思います。


同様にCRM250RR DT200WR、KDX125SRと
同世代のラインナップがありますので
なかなか暇になることありません。



今までいろんな怪我してきましたけど、今回ほど「死ぬんじゃないか」と思ったことはなかったです。
鉄板の切断面に強く手首の甲側を打ち付けてしまい、ザックリと鉄板のエッジが入ってしまいました。
一気に流れ出る鮮血、土砂降りの雨のように床を赤く染めていきました。
咄嗟に右手で傷口を抑えて止血を試みますが、指の隙間から血が漏れて零れてしまいます。
素早くティッシュペーパーを取って傷口を圧迫し続けます。10分ぐらい抑えていたら落ち着いてきたので
右手を緩めたら再び血が溢れでてきて、手を離さないと次の行動がとれないと思い、
家の中へ包帯を取りに行き、きつく巻き付けて、ようやく右手を離すことができました。


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押さえたティッシュが血を含んで凝固し
ギブスのように固まっているので、傷口の保護ができました。

怪我をした場所にティッシュや包帯がなければ出血を止める手段が無く意識を失って倒れたと思います。
その後、誰かに発見されるのが遅ければ
失血死したと思います。
それくらい危機的な状況でした。

神は僕を生還させて「まだやることが残っているぞ」と言われたような気がします。
バックオーダー完了してから死ねということかな。

その後、埼玉医大の救急病棟へ行き、切れた血管のレーザー治療と傷口の縫合を行い、1週間くらいで
傷口は塞がるという診断を受けましたので、ひとまず安心しました。

左手を動かす度に激痛なので、ペースは落ちますが仕事復帰いたします。

この年代になると心筋梗塞や脳溢血が発症し、職場で倒れることをよく聞きます。
僕は持病がないから関係ないと思っていましたが、思わぬところに危険が潜んでおり
バイクの運転同様、注意力や危険予知を怠ってはならないなと思いました。

6月初旬に整備した畑でしたが梅雨の時期を過ぎるとこのとおり雑草が茂ってしまいます。
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実家の前と、この畑363平米の雑草を刈り取ることが帰省の目的なので炎天下ですが
作業を進めます。

さーて何日かかるかな。









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猛暑で熱中症になりそうなので、半日づつ
二日掛かりで刈り払いできました。

今回は盆休みなので重機の回送ができませんのでコース整備はやりません。

なので午後からは、行っておきたい場所があるので移動しました。

家からクルマで1時間くらいですが行ったことないので、どんな場所か楽しみです。




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途中で見つけた海水浴場
大角海浜公園
ここは来島海峡の近く、向こうにしまなみ海道の吊り橋が見える美しいロケーションです。

透き通った海水は千葉や湘南の海では見られない気持ちよさです。
これが瀬戸内海の魅力の一つです。


最初の目的地は高輪半島の北端です。
愛媛県の最も北になります。



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山の上に電光掲示板が見えます。

ここは潮の流れる方向と流速が目まぐるしく変わる海の難所です。
掲示板には夜間でも分かるように
⇒は潮の流れる向き
数字は流速をノットで表示して海上の船舶に知らせる、日本でも珍しい施設です。

来島海峡を運行する船舶はこの表示に基づいた運行計画を立てなくてはなりません。

昔はこの海域を支配した伊予水軍が、狼煙や焚火で仲間の船に合図を送った場所だそうです。

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ここが半島の北端です。

村上海賊の番所だったので
船を碇泊する杭の跡が残っています。

黒船来航の後は外国船の襲来に備えて砲台も設置されていた場所です。

半島の先端を「鼻」と呼ぶのですね。






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次の目的地は国立公園「梶取ノ鼻」です。
大角から西の方角に突き出た細長い半島の先端に灯台があるということで見に行きました。

途中、2車線の素敵なワインディングを通って宮崎という地区に着いたのですが
そこから先が土砂災害で通行止めになっているのです。

仕方なく漁港近くの無料駐車場にクルマを停めて、徒歩で向かいます。
通行止めの看板から2.2キロ先が梶取ノ鼻ですが、道は何年も整備されてない感じで
落ち葉や泥が溜り、1.5キロ付近から大規模な崩落を複数発見しました。
ネットで調べたら2013年まではクルマで通行できた記述がありましたが
その後は何回も大雨による土砂崩れで崩壊が進んだ模様です。
今治市所有の公園があるのですが、ここを多額の予算を投じて復旧するメリットがなければ、このまま廃道になるのではないでしょうか。

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1時間ほど歩いて
確かに灯台がありましたが
完全に藪に埋もれていて人が入った形跡がありません。
見晴らしがよくないので、直ぐ引き返します。



日が暮れたら、あの崩落現場に滑落して死ぬかもしれません。
早よせな早よせな


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帰る途中、雑木林の隙間からいい感じのビーチが見えます。

崩落現場は通過できたので
日が落ちても大丈夫と判断して、
寄り道することにしました。

途中に看板があって
「七五三ケ浦」(しめがうら)と読むそうです。

狭いけど舗装された1車線の坂道を降りていきますと、キャンプ場の廃墟が現れました。



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ネットの書き込みを見ると
全国からキャンプツーリングのバイカーが
訪れて泊まっていた場所のようです。
通行止めの前は人気の観光スポットだったようです。

キャンプ場の看板によると
縄文時代初期5千年前から2千5百年前あたりの住居跡や土器が発掘された
「七五三ケ浦遺跡」があったようです。

江戸時代は村上水軍の碇泊場所でもあったこの砂浜ですが
この日は全く人に出会うことなく
パンツ一丁になって海で泳ぎました。


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ここを知ったからには僕のプライベート・ビーチです。
来年も来たいですね。


そして最後の目的は
瀬戸内海の夕日はどのように沈むか見ておこうと思いました。

太平洋側は朝日が海から登りますが
夕日は山に沈みます。
愛媛県も大体は山に太陽が隠れますが
ここでは広島方面の島に沈んでいくことが分かりました。

これで今回の目的は全て達成、翌日埼玉へ帰ります。

山と海とワインディング・ロードの国、愛媛県です。


実家のある小松町は神社仏閣が多い場所で、地区に一つ神社が鎮座されている感じです。
四国八十八ヶ所札所の3つは町内にあります。
他にも前札所、番外霊場など、コンビニより神社が多い場所は京都以上ではないかと思います。(調べてないけど)
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なかでも、60番札所横峰寺は
家の近くを流れる妙の谷川に沿った
遍路道を上がっていくトレッキングコースです。

霊峰石鎚山の北側中腹にあり、標高は700mと四国の札所では3番目の高い位置にあるそうです。

クルマで行けるのは湯波(ゆうなみ)という地区まで
湯波から1.2キロ舗装路を登り(子供のころは全部遊歩道だった)
この湯波休憩所でクルマを停めて、徒歩で登ります。
湯波までのワインディングを楽しむためにCJ360T持ってきました。
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休憩所から2.2キロということですが
急勾配のガレ場のような道
石段や丸太の階段が付けられているので
安全な登山道ですが足腰の鍛錬になります。

登りは1時間くらいで、金刀比羅宮の本宮と同じくらいの距離感です。

相変わらず猛暑なので、遍路道の脇を流れる妙の谷川源流で水浴びしました。

ほとんど人に出会わないのでパンツ脱いで淵へダイブです。気持ちヨカッター


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源流はちょうどよい冷たさ

小魚の群れが肌を突いてきてチクチクします。

西条市名物の青石がそこら中の巨岩なのですが、岩の上をカニがウロチョロしていて、しばしカニと戯れる。

こんな場所、埼玉には無いナー。






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60番札所横峰寺御本尊、大日如来坐像

弘法大師が彫った木彫りの像が祀られています。

ここで昼過ぎ、午前中は家の周りを片付け作業してから出発して時間的にちょっと余裕がありますので
夕方の違う場所へ移動する計画をたてます。
それは前日に下見しておいた伊予水軍に縁のある場所です。



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帰りながら、ふと思いたち
寺の門から500m登ると番外霊場「星ヶ森」
があるということで往復1キロ足を延ばしてみました。

弘法大師が建てた鉄の鳥居があって、向こうには霊峰石鎚山頂が見えます。

ここから山頂まで距離は13キロ、徒歩5.8時間でいけるそうです。往復で8時間、明るいうちに戻ってくるのは不可能なので、いつか改めてトライしましょう。





伊予水軍縁の場所へ赴く、へ続きます。








今年も難儀な時期がやってまいりました。
片道850キロも自走して炎天下の中、実家と畑の草刈りという苦行です。
しかし苦行ばかりでは人生楽しくありません。
今回は普段行けないところへ行って英気を養いましたよ。

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6月初旬に行って綺麗にしたはずなのに
梅雨の時期を経て、こんなに雑草が茂っていました。

家の前およそ60平米、どんだけ時間かかるだろう。

これをやっつけないと次へ進みません。







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これはめずらしい、畑の前の古民家ですが
6月に来たときは確かに瓦の屋根がありました。

近所の人に聞くと、僕が来る1週間前に崩落したとのこと。

推定築100年、僕が子供のころは人住んでたのに、あれから40余年で家というものはこういう姿になるのだなと感心しました。

1週間前の夜中、「ドスン」という音と共に一気に落ちたそうです。(見たかったなー)




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家の前刈り終わりました。(写真撮り忘れ)

翌日楽しみにしていた、金刀比羅宮参りに。
江戸時代から一生に一度は行っとくべき場所として、お伊勢参りと金刀比羅参りがありました。

実は四国人なのに、こんぴらさん行ったことないのはオカシイだろうと思ってこの機会に行ってみました。

弘法大師生誕の地は善通寺、土讃線で隣の駅「琴平」がこんぴらさん参道の最寄りになりますが、
なんと、うどん店発祥の地が琴平ということです。
しかも弘法大師が中国の唐からうどんの製法を持ち帰り伝授したというから、琴平こそがうどんの本場であろう。
うどん好きの僕としましては、この参道に連ねた由緒あるうどんを食するに違いありません。
金刀比羅宮の往復3時間くらいかかりますので行きと帰りで2回いただきました。(食レポ必要ないですね、香川県では美味しいのが当たり前ですから)


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金刀比羅神社は海運の安全祈願する神社です。当然の如く今治造船からの奉納プロペラ

自動車5千台を運ぶ運搬船に使用するサイズのプロペラで
高さ6m、重さ19.2トンと書かれています。

ディスカバリーchでイギリス・サウザンプトンから地中海航路で横浜に運行される巨大コンテナ船の番組がありましたが(スエズ運河通行料1億円、コンテナ積み込みクレーン作業1回一万円)
パナマ船籍のコンテナ船の船長は愛媛県出身の一等航海士で、船長室には金刀比羅宮の神棚が祀られていて、世界を又にかけたた仕事場にも、ここのお守りが不可欠であることを知りました。

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長い石段が続く参道の途中に
書院という建物があり

18世紀の日本画家「円山応挙」の作品が展示されているようです。

急いでいたので、今度来たときにゆっくり拝見します。

襖のことをスライディング・ペーパー・ドアと
英訳するのか、ふむふむ。
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金刀比羅宮本殿に着きました。

ここまでの参道、石段の数が785段
この後、奥社まで583段
合計1368段の石段と登り勾配の続く坂道です。

この日気温35度
全ての参拝者が汗だくのサウナ状態
僕としましては
前日の刈払いで腰痛気味になっていたので
背中の筋肉を緩める運動のつもりでしたが
次回来るとき真夏はやめときます。


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標高250Mだったかな、こんな高くて険しい
場所にこれだけ大きな建造物と繊細な木堀の彫刻が作られたことに圧倒されながら

やはり、こういうところに目がいってしまいます。
太い柱をカバーするブロンズの鋳物
創建当時のものでしょうか、
原材料は当然、新居浜の別子銅山から採掘されたものに違いない。
それにしても見事な鋳物細工です。

西日本の神社仏閣の屋根に葺かれた銅板は別子銅山で採掘精錬された延べ板を原料にしたものです。

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急勾配に石段を施された理由が分かりました。
誰でも分かることかもしれませんが
参道は山の急斜面を削って作ったものです。
木を抜いてしまったら軟弱な砂山です。
雨がふったら、たちまち浸食されたり
土砂崩れにもなる危険な地形です。

石段で固めることによって坂道の崩壊を防ぐ目的だと思います。
だから石段はしんどいと思わず
ありがたく踏みしめて登り下りするのがよいでしょう。

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ようやく奥社に着きました。

僕の足で参道入り口から2時間です。
下りる方は2倍くらいの速度で1時間。

うどん食べて、帰りの電車の時間を気にしてましたが、大体所要時間と疲労度がわかりましたので
次回くるときは予定が立て易くなりました。



さて、背中の固さもほぐれてきたので
明日から畑の草刈りです。


弘法大師縁の地へ赴く夏 パート2へ続く



CRF150Rの2020モデル化メンテナンスですが、エンジン組み立て完了しフレームに載せたところで中断です。

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12モデルからピストンと燃焼室が変更であることは分かりましたが

他にもキャブのオーダーがMJ#138から
#140に変更

ECU(コントロール・ユニット)が変わっているようです。
これはデジタル信号の進角か遅角特性の最適化を図ったものと考え、20化に必要な部品です。
現行車にも関わらず在庫なし
納期8月末なので、これから生産なのかな。(21モデルのロットかもしれません)

というわけで乗り出しは9月以降にします。


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革ツナギ、オーダーしておきました。
マン島TTレース参戦中の山中さんからの紹介で目黒区のセクレテール製です。

山中さんはモトクロスやミニロードの平日練習でお話しする機会があり、お勧めしてもらった経緯です。

学生時代、地元のオートバイ仲間と小豆島へ
かっ飛びツーリングに行ったときのこと

高松港からフェリーで渡り、上陸して10分も経たないうちに左コーナーで転倒。
布ツナギだったので左ひざの肉が削れて
骨が見えてました。

後続のGPZ400も転倒して縁石にぶつかって鎖骨骨折、
先頭走っていたCB750Fは異変に気付いてUターンに失敗しガードレールに突っ込んだ。

3人とも救急車、警察の現場検証があって
壊れたオートバイ3台共警察署で保管。
その日は750Fのお父さんに車で迎えに来てもらって乗せて帰ってもらい、
壊れたオートバイは後日トラックで引き取りに行ったという、苦い経験がありました。
あのとき、膝カップ付きの革ツナギだったら膝の肉削れないで済んだはずです。
壊れたホーク2はフロントフォークとハンドルくらい直して復活しましたが、就職の時期に友達にあげました。
その後89年にNSR250買うまでオンロードバイクは乗っていません。
NSRも3年くらいで乗らなくなって手放し、またオンロード離れの生活に戻りました。
そして2014年旧車のCJ360Tに乗り始めたのですが、おっさんはレトロなバイクでいいかなと思ったがそうはいかず
ついに2018年、ZX10Rご成約となりました。

若いころほど無茶な走りはしないですが、無転倒で過ごせる自信もないので装備くらいはチャンとしようと思った次第です。
サーキットではMFJ公認か脊椎パッドが必須のとこが多いです。目の前で転倒されたら避けられるかどうかは運次第です。怪我は自分持ちなんで、乗るなら当たり前のことかなと思います。
150でレースしなくなって、早いもので8年経ちました。
メンテナンスノートの記録が2012年が最後でしたから。
前の記事で2020モデルに乗ってみたら、明らかにチョット違うと書きました。
それで思い立ったエンジンオーバーホールです。「20モデルと同じにしたい」

パワーに影響する部品は総取り替えです。
クランクシャフト、4軸のベアリング、ピストン、シリンダー、シリンダーヘッド、カムシャフト、IN・EXバルブ
部品代は15万円ですが、新車の3割くらいの出費で同じ走りなら悪くないと思いました。

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4軸のベアリングは左右のケースから抜き取り、ケースをストーブで温めて
ベアリングの自重で落とす焼き嵌めです。
圧入面に僅かな傷で軸芯が狂うのを防ぐ方法です。
ケース内のゴミは完全に除去しないと仕上がりが違ってきます。


組立てより前処理の時間が圧倒的に長いですね。
自分でやるから工賃はゼロですが深夜残業代はでません。


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20モデルが10モデルと違っていた理由が分かりました。

ピストンと燃焼室形状が変更されていたのです。
品番でみると12モデル以降が現行のピストンとヘッドで共通です。

カムシャフトも変更ですが、これは旧型カムシャフトのリコール対策品を適用したものでしょう。
初期型は鋳造カムシャフトでしたが
市場で折れるトラブルが出て製法が改良され強度保証されたと思います。
カムプロフィールは共通なのでパワーに影響する変更ではなかったです。

左がNEWヘッド、右が10モデル。
10モデルの方が燃焼室が狭いのですが、NEWピストンの頭が高く、新型はそれを逃がす形状で
燃焼室が拡大されている様子です。

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左のNEWピストンはインテーク側のバルブリセスが広い面積であることが分かります。

そのためピストンの最頂部が高いのですが
インテーク側の斜面を利用して吸気のスワール(縦渦)を生み出す効果があると思われます。
混合気のスワールは燃焼効率に寄与する効果でパワーフィーリングを改善させているでしょう。

何より人間テスターとしての能力が腐っていなかったことで安心しました。



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燃焼室だけでなく、ピストン裏側のデザインも興味深いです。

左がNEW、右が10モデル

NEWタイプはスカートが少し拡大され
首振り対策されています。
同時にピンボスとスカートを繋ぐリブが内側に寄せられ剛性アップに寄与していると思います。
ピストンは燃焼圧力をピストンピンで受け止めるのでピンボス周りの強度が低いと頭頂部の真ん中から割れてしまうのです。
ピストンのクラックは最もエンジンブローの原因として多いトラブルなので
補強されていると安心して酷使できます。

緊急事態宣言も解除し、自粛警察の脅威も緩んできたと思いますので
実家土地管理のため愛媛県西条市へ帰ってきました。

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半年帰らないと家の前はこの通り
自分の背丈を超える雑草に覆われています。

初日はここの雑草刈払いです。











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二日掛かりで地面が見えるように整地できました。

ガレージ脇のブルーシートは
家の中の古い家具を廃棄するための仮置きです。

両親の50年以上にわたって溜め続けた
思い出の品(ゴミでしかない)を全部捨てるのです。

人間70歳も過ぎたら物に執着してはいけないと思います。特に資産価値のないものは
体が元気なうちに片づけておくのが、親族に
世話にならないために必要だと思います。

これだけの労力と交通費と休業補償は、全て自腹でやらなくてはなりません。
だから、誰も使わない土地ですが、金と労力を払った私に有効利用させていただく権利があると思っています。

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ここは我が家の裏門です。

収穫した果物を選別したりするのに使ったスペースなので、まあまあの広さがあります。

ここも作業台やら古い自転車、みかん箱などで半分くらいスペースが埋まっていたのですが、全部捨てましたので
バイク余裕で置けるようになりました。

何年も前から、こうしたかったのですが
時間がなくて、ようやく念願叶いました。

やっぱりね、バイクは雑多な倉庫にしまうのでなく片付いた場所に置きたいですよね。

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さて次は山にある畑です。
こっちの方が比較にならない雑草の量です。

全部刈り取りするぞ!









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刈払い二日、重機一日で、
こんな状態にできました。

ここは先祖から引き継いだ畑で、果樹園だったのですが、やる人がいないので廃園にしました。

イノシシや猿が毎日来ていて、人間が作物作るのを待っていて、食べ頃になると取られてしまうので、畑やっても無駄なんです。





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これはコース整備というスポーツです。
3日間、体を動かし続ける労働が体力維持に役立ちます。

ワッパ転がすだけがモータースポーツではありません。
2サイクルエンジンの刈払い機も、キャタピラー社のユンボもエンジンを使ったスポーツだと思います。
操作技術で作業時間や仕上がりが違ってきますからね。

しかし、このコースは低速トルクの薄い空冷2サイクルエンジンでは、難しいです。
登り勾配のタイトターンが幾つかあって
半クラッチ多用しないと駆動力がなくて倒しそうになるので
次回はCRF150持ってこようと思います。

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RMとCRM・2WD。

長期保管になるのでエンジン始動確認できたら、タンクやキャブレターの混合ガソリンを抜いておきます。

ここは親父のカローラが置いてあったのですが、処分してしまったので2輪の整備用にしています。

実家に工作機械があれば、ここで仕事して
畑のコースまでは2kmくらいなので
夕方、部活感覚でバイク乗って
そうすれば雑草生える前に庭やコースの整備できるし、海や山が近くて食べ物も上手いし最高なんですがねー。

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遺品の片付けしていたら懐かしいものがでてきました。

高専の2年生ころ写真部だった証拠として
モデルは私なんですが
中山川の河川敷で同級生に写真撮ってもらって、部室で現像した写真をパネルにして
国領祭(新居浜高専の学祭)で展示した作品が保管されておりました。

マシンは77年型YZ80
元祖インター・カラーのツインショックモデル。自動車部の先輩から当時3万円で譲ってもらったものでした。
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この写真は覚えていますが、どこへやったか分からなくなっていたのを発掘できました。

80年の全日本モトクロス、丸亀大会を観戦にいったときのものです。

土曜日125ccで#3福本敏夫さんが優勝して、そのマシンを展示してあったので
スナップ撮ってもらいました。

#5は杉尾車。
水冷エンジンの最初のころですね。


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さて、怒涛の草刈りや実家の片付けでしたが、いつまでもやっているわけにいきません。

後ろ髪を引かれる思いで帰路につきますが、どうしても寄っておきたいところがありました。

喫茶「ランバン」
高専時代にバイク乗り付けて友達と語らった場所。
まだ営業してました。

石井いさみ著、漫画「ナナハン・ライダー」が僕らの時代は流行りでサテンにバイク乗り付けて、お喋りするのがバイク乗りの通例でした。「カフェ・レーサー」の由来でもあります。
真剣にバイク乗らない
「丘・サーファー」みたいなもんやね。


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マスターの英二さん
実に37年ぶりの再会です。

お元気そうでよかった。

若いころ東京で洋食の修行して
極真会館・池袋本部道場で稽古した空手マンでもあります。
30代のころに新居浜へ帰ってきて
喫茶レストラン「ランバン」を開店させたのでした。
当時はコーヒー一杯250円でしたが
いまは400円になりました。


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サイフォンで立てる本格コーヒーの味は
当時のまま、
ここのコーヒーは美味しいですよ。

お店を大きくする必要はありません。
継続することが一番大事です。




これからは頻繁に帰ってくるので
また寄らせていただきたいと思います。


自分にとって大切なものがなんであるか
再認識できた旅でありました。



新型コロナショックは某国共産党の思惑どおり、米国の出方によって変わりますが作戦成功ということに
なるんじゃないですか。
戦争の目的は国際的な覇権を掌握することに尽きます。
正当な手段で覇権を取るには生産力、技術力を拡大して世界一の経済大国になる必要がありますから
莫大な労力と費用が掛かります。そして目標達成できるのがいつになるかわかりません。
そこで安価で短期間に目標達成するには他国の経済活動を停止させ、自国の経済力を維持するだけでいいのです。
倒すべきライバル国は米、露ですから、それ以外の国は巻き添えにすぎません。
圧倒的な工業力と、肝心なのは石油、鉄鉱石、希土類金属など豊富な地下資源です。
これらを保有してない国は気の毒なことにとばっちりを受けた状態です。

日本政府はこの有事にあたって無力だということが露呈しました。
首相がやったことは緊急事態宣言を発令すると口で言っただけです。
次にやることは災害給付金です。全国民に10万円ずつ給付するというやつです。
一回限りなのか、自粛が続く限り何回も給付金だすつもりなのか、決まってないと思いますが
政府は現金を持っていません。国民から徴収した税金の使い道は予算できまっているからです。
そこで赤字国債を発行して、投資家や一般銀行などから借りるお金から支出するでしょう。

本来は赤字国債は発行してはならないと法律で決まっていますが、災害など有事には特別措置ということで1年限りの特例公債法で発行してよいことになっています。
国債は債権ですから償還期限がくれば投資家や銀行に利子をつけて返金しなければならないのです。
困っている人に払ってあげたお金ですから返すあてがない借金です。
それを償還するために毎年借り換え債を発行し続けて利子分を返済するという自転車操業です。

元本保証されて利子が確実に返済される限り続けられると思いますが、この難局でデフォルト(債務不履行)の道に突き進んでいくような気がしています。


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膨らましたパイプで何を目指しているかというと
接合面の真円度です。

接合面を合わせて0.5mm以上のズレが生じていると溶接が無理なのです。
段差を埋めるために溶接棒で肉盛りすると
溶接品質が著しく悪くなります。

鉄板の固さは肉盛りされた方が上がりますが均一さが損なわれるので
パイプの外径を同寸にすること
断面を真円にすることを目標にした成形に努めるのです。


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組立て治具にセットしながら、パイプの溶接位置をマーキングします。

突合せが上手くいけばTIGで仮止めします。

なるべく仮止めを多く付けます。
仮止めが少ないと、本溶接のときに
鉄板が歪んで合わせ面がずれてくることがあるのです。

この辺は手抜きせずに慎重に進めます。




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本溶接できました。

接合面の歪みがなく平滑な溶接ビードになっていますね。

お客さんはハンドメイドらしい外観を求めていると思うので外観はこだわっていきます。
(品質は自信ありません、あくまで努力目標です。)







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ややこしいパイプのレイアウトです。
何回やっても満足なものができません。

能力限界なのでお許しください。











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全部接合できたら
水圧ポンプ繋いで全体的な形を整えたり
溶接不良を水漏れによって検出します。

目で見えないくらいのピンホールが空いていたりするので、絶対に省けない工程です。
発見すれば水を抜いて点付けして
再度水圧かけて確認します。

そのあとマウントステー溶接して
耐熱クリア塗装してチャンバーは完成します。



外出自粛なので日曜日も仕事しますよー















10年ほど前のことです。モトクロス用品店で買い物していたら
残高が増えていく預金通帳を見るのが楽しみでしかたないという運送会社の社長さんと
ばったり出くわしたときの会話、「忙しいかい?」と社長
「忙しいですよ、儲かってませんけど」と私
「忙しいんなら値上げすりゃあいいだろう!」と社長。
それを聞いていた用品屋の店長は笑いながら「それじゃーだめですよ」

顧客のニーズを分かって答えているのはどちらか明白ですよね。
お金持ちを満足させるには、それ相応の設備投資や技術力が必要です。
うちの設備なんか総額で200万円あるかどうか、工場だって軒下を改装した粗末な場所だし
なんとか乏しい資金と稚拙な技術で利益を生もうと考えてやっているので
高額な商品の企画はできません。

一般的な製造業の時間工賃として、日立工機が3500円と聞いたことがありますが
作業員の手取り工賃ではないですからね。
土地建物代、工作機械の減価償却を含めての金額ですから真水の金額はもっと低いはずです。
平均的なサラリーマンの賃金は源泉徴収を差し引いて手取りの給料が、1日あたり1万円くらいという説があります。
それを時間工賃に直すと定時で8時間勤務、平日は2時間残業として一日10時間労働ですから
時給千円というのが平均的な賃金ということです。
この時給を根拠に、サイレンサーの価格12300円と言う算出をしたものであります。
ですから10時間くらいの労働で完成できるものを目指した形となっているのであります。

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今回2個取りのサイレンサーの部品一式が
これだけあります。
すでに二日費やしています。

16時間くらいかかりました。

時給千円目標ですが、もっと早く作らないと難しいですね。






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溶接作業はこれで終わり。

この後は研磨と組立てが残っています。

明日午前中で完成させたいです。


なぜなら今月中に納品する予定のマフラーが後2台残っているのですから。





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研磨してグラスウールなど詰めて
組立て完了

さらに梱包、運送会社へ運んで
ようやく3時過ぎに発送完了しました。

発送は本州一律で1000円いただいております。不足分はこちらの負担になります。
(今回荷物が大きかったので2000円いただいております)











実家の状態が心配です。
外出自粛と長距離移動を控えているのですが、電気も水道も繋ぎっぱなしの家に泥棒が入って使い放題にされては堪りませんからね。
予定の業務をなるべく終わらせてキリがいいところで家に帰りたいと思います。
その間、仕事止まりますがご容赦ください。

人類だけでなく地球上の動物は感染症の脅威に曝され、抵抗力のない種類は絶滅し、細菌やウイルスの感染に勝ち残った種類だけが現在生き残っているわけです。
しかし単純な生物であるウイルスは変異しやすいという特徴から新種の者が次々出てくるといわれています。
ペストや天然痘、エイズなど最強最悪の感染症でも絶滅するほどではなく存続してきた人間ですから
今回のウイルスでも犠牲は払うでしょうが、大半は大丈夫でしょう。
ただ、感染力は強く、姿は見えないので完全に無防備なはずなのに、一か月の休業もできない会社ばっかりなので職場に通う人間の数はあまり変わっていません。
つまり、外出自粛の効果で感染速度が緩んでいるだけで感染が続くことは間違いないでしょう。

モータースポーツはもちろん全てのスポーツイベントは年内開催は不可能でしょうね。
そればかりか来年の予定を立てることなど現段階では考えられません。
こういうときにバイク乗りはどのような行動を取るか、住んでいる地域によってやり方は様々でしょう。
こんなときはナンバー付バイクは問題ないですね。道路の通行は規制されてないので何処へでも行けます。ただし観光地は抜きです。コンビニや売店も寄りません。ガソリン給油以外の買い物をしないで
ひたすら峠や海沿いのワインディングを走ってくるだけ、これで十分だと思います。
ただ仕事が忙しいので行ける時間は月に1回あるかどうか・・・

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鉄板膨らまし、
通常一個ずつですが

お客さんの注文で2個同時。

鉄板素材から丸二日










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切断すれば先が見えてくるので
少し安心します。

しかし気は抜けません。












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全部繋ぎ終わりました。

ここまでさらに二日













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CRM250AR用です。
90年代から作ってきましたから
20年以上続けてきた仕事ですが
1000台以上作っているはずです。

20年以上頼まれるとは当時は想像していませんでした。
そろそろ疲れてきたので辞めようと思うのですが、需要があるうちは仕方ないですね。

このあとサイレンサーも作らないと発送できません。

また来週!
昭和30年本田技研工業に旋盤工として入社。朝霞工業高校の同級生は神谷忠さん。(浅間火山レース出場したロードレーサー、後に朝霞第2研究ブロック主任研究員)荒川テストコースでCB92の耐久テストを手伝ってくれと同級生だった神谷さんからテストライダー頼まれたこともありました。
世界選手権ロードレースに参戦するマシンのエンジン製作の最中、旋盤加工中にオヤジさん(本田宗一郎氏)が背後から観察していたことも。
6気筒のシリンダーヘッドに24個のベリリウム・カッパーのシートリングを旋削加工し、液体窒素で冷却して挿入する作業もあったと聞きました。
そして組み上がったRC166を建設完了直後の鈴鹿サーキットへ持ち込み、GPライダーのマイク・ヘイルウッドにテストライドしてもらい、ヘイルウッドから直接インプレッションを聞いたそうです。
彼はどんなマシンでも不満を訴えることなく「これでいい」と言ったそうです。
超ショートストロークの6気筒250ccマシンが乗り易いわけないでしょう。しかし、どのように走ればポテンシャルを引き出せるか、直ぐにわかる能力を備えたライダーだったと話しておられました。

さて私が社員時代、車体品質課材料品質係は狭山工場のEG(エンジニアリング)棟の片隅にフロアがあり、スペックテストや検査のための試験機や計測器を集約した場所にありました。
試験機を他部門の人が使うときは私や係の者に許可を取る必要がありました。
そのころはEG棟に吉田さんの実験室があって生産設備の条件設定を規格化する仕事をしておられました。
ちょうどスポーツカーNSXのアルミモノコックボディ立ち上がりの時期でホンダとしてもアルミ材のスポット溶接に対する経験が無かったのです。
そこでボディに使用するアルミ板からテストピースを作成し、板厚別にスポット溶接機の条件を変えてスポット溶接で繋いだTPを引張り試験機にかけて破断荷重を測定するという、試験のため私の職場を度々訪れていました。測定された膨大な結果からHES(ホンダ・エンジニアリング・スタンダード)に制定され
アルミスポット溶接の作業者が溶接板厚に対する適切な電流設定を分かるようにしました。

私は社内クラブ「狭山レーシング」を辞めていましたが、むさしの会オートバイ部(通称狭山レーシング)の創設者が吉田さんだったと後で知りました。当時は所内パーツセンターの隣が更地のダートコースだったのでCB92でスクランブルの練習していたそうで、ル・マンで事故死された隅谷守男さんや3メーカーでワークスライダー勤めた阿部孝夫さんなども所属していたそうです。
吉田さんと知り合いになってからモトクロスで転倒してチャンバーの板金修理やフレームの溶接など道具を借りに、吉田さんの自宅工房にお邪魔するようになっていました。

雑誌クラブマンやモトメンテナンスの編集長だった田口さんは元EGの社員で吉田さんの部下という関係で、吉田さんから「ドカティ気違い」と呼ばれるほどデスモ・エンジンに陶酔されていて
吉田さん工房に入り浸ってエンジンメンテナンスされていたそうです。

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吉田さんは在籍中に数えきれないほど特許を出願されており
生産技術に関するアイディアが多かったと思いますが、
退職後も毎月、本田技研本社に行って特許使用料をもらってくる話をしていました。
本田の退職金や厚生年金だけでも相当手厚い金額だと思いますが、特許使用料も上乗せされて生涯安泰だったというわけです。
しかし、贅沢をしているところは見たことがなく、クルマはいつも中古車だし、服装は作業着。お金は全部ご家族にあげていたと思います。

画像の2WDのCRMは88年型の初期型がベースで
私と同期入社のマエダさんが開発したマシンでした。マエダさんは新入社員の研修でしりあったのですが、その時すでに北海道でモトクロスジュニア昇格されていて
朝霞研究所配属後はブルーヘルメットMSCで国際B級昇格されて、エンデューロレースでは自分で開発したCRMで活躍されました。そんな彼の仕事の形が、このCRM250Rに盛り込まれていたわけです。
おそらくこの車両をベースに選ばれたのは吉田さんではなくて朝霞研究所の某研究員が提供したためだと思います。その根拠は、この車体あずかってきたときにHGA2研のシールが貼ってありました。
だから吉田さん自発ではなく研究所から外部に委託した形が正しいと思います。

製作目的が個人的趣味というのは嘘で、生産技術の特許同様、実用化されたら発案者が特許使用料をいただく、または同様の技術を他メーカーが使用することを阻止できることを目的とした業務だと思います。
実際には実用化されなくて利益には至らなかったわけですが、2輪メーカーには販売に至らない新機構や新技術のテスト目的で年間に何十台も試作車作られているはずですが、その中の一台に過ぎないものと言えるでしょう。

私と吉田さんとの約束は部品どりされて走行不能になったこの2WDが軒下で埃被って置かれていたので
「持って帰って動くようにして、出来上がったら見せてくれ」ということでした。
自分の資金と労力で走行可能な状態に直して、吉田さんに電話しました。「福本さんのコースへ持って行って走らせるので見に来てください」こうやって約束を果たしましたので、動かなくなった2WDの最後を見届けて安心されたと思います。

川越の新居にはご家族が生活されていて吉田さんは若いころ建てた鶴ヶ島の自宅でオッカサンの介護を終えて、一人暮らしでしたが、体力の衰えのためか工房の設備を処分し始めておられたので気になっていましたが、裏方で本田技研を支えて表舞台には出しゃばって来ない静かな実力者の姿を一生忘れることはありません。


最後の10年くらいは福祉車両の試作やっていましたが、私は完成形をみることができませんでした。
その車両とは、チェアスキーの人はゴンドラに乗ることが不可能なので、ソリに乗せてスノーモービルで
ゲレンデを引張り上げたりするのかわかりませんが、
自走型のキャタピラ付き車椅子という物でした。
不整地ですからサスペンション付きのシートに障害者は腰かけ、介助者が後ろからハンドル操作して
エンジンの動力で雪道を上る機械でした。
実証実験は成功した話まで聞きましたが、製造して利益を得るところまでは辿り着けなかったと思います。
常に人が考えてないことに着目して問題を解決していく、製造者の手本のような人物でした。

新型コロナウイルスについて、欧米の主要都市は外出禁止を発令してウイルスの収束を謀ろうとしているのに、日本だけが自由に外出を許している現状に疑問があります。
評論家の見解の中に日本は諸外国より医療が充実しているので、感染しても重症化させないよう処置できる。その反面、感染が加速していくと隔離できる病棟に限りがあり医療崩壊するという意見もある。

諸外国がやっていても感染拡大を封じ込めていないのに、何も対策してない日本だけが助かる理屈はないはずです。

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「通常のインフルエンザとあまり変わらないのに騒ぎすぎだ。イベントなどの自粛はやる必要がない。」
こう述べる著名人もいます。

自分がウイルス感染しても同じことが言えるだろうか。
ウイルスは目に見えない、どこにあるかも分からない、これが恐怖心を持たない理由だと思うのですが
新型ウイルスは気管支など経口から浅い場所に取り付いていることが多いと言われていますが、やはり恐ろしいのは肺の細胞に感染することでしょう。


ウイルスと細菌の違いは細菌自体は細胞を持っていて自分で再生する遺伝子を持っていますが
ウイルスは細胞を持たないため自分で再生することはできません。だから動物や人の細胞に入って培養されることで生きられるわけです。
どこかでウイルスが発生しても数日で死滅してしまうが、ヒトがそれを触ってしまうと手から口へ入り込んで、ヒトが移動することによってウイルスを運んでしまうのです。

だから、感染してしまった人はウイルスを運ばないように入院して、そうでない人は自宅から移動しなければ確実に感染を阻止できるのに、ヒトは移動し続けています。

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一旦肺炎を発症してしまうと、どのようになるか知らない人が多いでしょう。
私の親族は高齢化で殆ど亡くなられましたが、およそ半数は肺炎をきっかけに命を落としましたから、そのたびに医師から詳しく説明を聞きました。

肺炎にかかると肺の細胞が死んでいくので
酸素を血液中に取り込めなくなり、非常に息苦しい症状になります。
やがて全身の臓器や筋肉に酸素が運ばれなくなり死に至るわけです。
最後の方は肺の中の二酸化炭素濃度が上がって昏睡状態になりますから、もがき苦しむわけでないのが幸いです。

東京封鎖して全ての経済活動をストップさせ、感染収束を目指すか、今までどおり仕事や行楽に勤しんで感染拡大を続けるか、どちらが早期決着を迎えられるか賢明な人ならわかりそうなものですが。
外出禁止期間はウイルスが生きられる2週間程度でいいのです。
感染した人の動きをとめれば、それ以上は増えないし、免疫力がつけば死滅の方向へ向かうはずです。
それなのに、経済が大事と一時の我慢もせずに、いつまでも動きつづけては隔離できる医療施設は一杯になり、重症患者の手当てをする医師も足らなくなって悲劇を迎えることは容易に想像できます。

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経済ストップしている間だけ
公共料金や税金、借金返済などの支払いを猶予してあげるように国が補償すれば
無理に仕事へ行こうとしたり
遊びに出かけようとする人の動きを止められるではないでしょうか。

それが新型ウイルス感染拡大を早期に終了させる最善の方法と考えています。


オフセット・サイレンサーについての説明は省略します。これを頼んだお客さんがみれば、完成したことが分かるようにしておきました。



冬場は寒すぎて無理、峠は路面凍結も恐ろしい。
夏は暑すぎてもっと無理、特に1リッターの熱量はすさまじく
フルカウルのため放熱は足元に集中していて、まるでファンヒーター抱えているように熱い。
そんなわけで、この時期を逃したら乗る時期ないなと思って、午前中ツーリングに出発しました。

圏央道完成してから、箱根まで行って午前中に帰って来れると聞いたので実行してみました。

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鶴ヶ島7時に出発して8時半にはターンパイク最初の駐車場に到着しました。

ここはアクトオンTVの番組で「片山右京の車談」というのがあって
片山さんが高級車の試乗をする内容のオープニングで毎回待ち合わせに使っていた場所に違いありません。

平日の朝なので、あまり上ってくるクルマはいないのですが、数台のチューニングカーが
快音響かせて通過していきました。















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画像の向きが横になったままでスミマセン

ターンパイクは思った通り快適に走れました。
一般車両の少ない時間帯を選んでのことですが、道幅も十分ありタイトな部分がなく
走りやすいワインディングと視界の開けたストレートの連続で気に入りました。

大観山のアネスト岩田スカイラウンジで芦ノ湖など見ながらまったり過ごします。

休日はごった返していると思うので平日が狙い目です。


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途中の駐車場でNSXが何回も往復していたのを途中の駐車場で見かけたので

スカイラウンジに停めたところで声掛けさせていただきました。

「元ホンダ社員で、このクルマを栃木工場で作った立ち上げメンバーでした。」と話しかけたら初老のドライバーさんが微笑まれて
しばし車談しました。

この車両を92年に新車で購入してワンオーナーで維持されているそうで
現在走行18万キロ
10万キロでエンジン回りオーバーホールされて好調だそうですが
購入後7年くらいからトラブルが出始めて、サスペンションやメインハーナスを取り替えたので、部品代で何百万もかかっているそう。
すばらしいことにNSXに限っては30年経過しているにも関わらず部品の供給を続けると
ホンダ上層部が明言され、2040年までは継続する方針だそうです。
そのためには図面も金型も部品メーカーに保管させて、注文がまとまれば再生産する契約をしてあるのでしょう。
やはり車両価格700万円お支払いいただいたお客様は株主も同然の対応をしていただけるということです。
2輪は4輪とは別の予算で動いているので絶版車の部品供給などということは商売にならないので廃番にしたままということです。

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私が担当した部品でコンプライアンス・ピボットというジュラルミンを冷間鍛造で作ったサスペンションアームのブラケットがあります。

通常のスポーツカーではダブルウィッシュボーンは乗り心地が固く、快適ではないのですが、コンプライアンス・ピボットのゴムブッシュが衝撃を吸収し、乗用車と変わらないクッション性を持ったハンドリングを実現したと唱っていたのですが
10年も乗っているとゴムがすり減ってガタガタになるそうで、ゴムだけ部品交換が効かず、ジュラ鍛の本体とアッセンブリーでないと購入できないのですが
この部品代が左右で60万円するので

供給されるのはすばらしいことですが、購入には勇気がいるものです。
このオーナーさんはゴムブッシュの部分を固定に改造してあるので、ステアリングのダイレクト感が増してよかったとおっしゃってました。ミッションも5速から6速に組み変え、デフはLSDに換えてあるので
相当走りを楽しまれているようでした。


この後芦ノ湖まで下りて、箱根神社参拝して、箱根新道⇒西湘バイパス⇒圏央道のルートで
午後0時に帰宅して午後から仕事開始できました。
サマータイムは朝5時に出発すれば9時には帰って来れる弾丸ツーリングです。

1911(明治44)年、奈良原三次が自身で製作した日本最初の国産機による飛行に成功。
その前年に代々木練兵所で徳川好敏がアンリ・ファルマン機(仏製)で日野熊蔵がハンス・グラーデ機(独製)による日本最初の飛行が成功しました。
それから100余年、2回の世界大戦中や戦後も発展を遂げ続けた航空史をダイジェストで見ることができる日本屈指のミュージアム、所沢航空発祥記念館。
GW中に行くのが恒例になってきました。
自動車用エンジンとは方向性が違うため、比較する意味はないですが、レシプロの基本原理は同じで
大きさや機構の複雑さでは圧倒的に航空機用がスゴイ。
他にもターボ・シャフトエンジンやジェット・エンジンも展示されていて、これらに関わることはあり得ないですが鑑賞用としては自動車エンジンより興味深いではないかと思いました。

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ホンダ・エアクラフトのジェット機も新色がそろいました。


先輩が出展している模型クラブの展示会は毎年この時期に開催されているので鑑賞しに来ました。


いつも超絶技巧に驚きますが
主催者メンバーは、元航空自衛隊や
高校の校長先生など博識の高そうな方々で、造形や塗装テクニックはもちろんですが
実機の詳細にいたる知識がなくては、このような精巧なモデル制作はできないでしょう。
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ミグ29戦闘機

世界最速の戦闘機ですね。
本物はまず見る機会ないです。


だけど模型なら見れる、ここへ来れば。









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F14戦闘機

今回のテーマは世界の戦闘機
年代別に主要国の機体が100機以上展示されています。









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展示室の最初にでてくるのが
ノース・アメリカンT・6G

1952(昭和27)年、アメリカ陸軍、空軍から契約して航空自衛隊の練習機として導入された機体。









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ライカミングT53 軸流式5段+遠心式1段
タービンシャフト・ターボプロップエンジン

軸出力1100shp

タービンシャフトはヘリコプター用
ターボプロップはプロペラ軸を回す用途だそうです。

川崎重工がライセンス生産したエンジン。





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アリソン・ターボシャフトCT63 M5A

1958(昭和33)年、三菱重工業がライセンス生産開始したタービンエンジン

軸出力317shp(シャフト・ホースパワー)
軽ヘリコプター用

燃焼室カバーの造形が美しくて、萌えます。
岸燃え美




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ライトR・1820 カーチス・ライト社製
星形9気筒 
排気量29874cc

ヨーロッパ戦線で対ドイツ戦略爆撃に活躍したボーイングB17フライング・フォートレスに装備されたエンジン。

1956年(昭和31)航空自衛隊中級練習機、ノース・アメリカンT28Bに
86型(1425馬力)を装備。





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三菱重工製 星形14気筒エンジン

墜落機から取り出されたのか損傷していますが
主軸の周りに遊星ギヤが露出していて
オーバーヘッド・バルブのプッシュロッドを
駆動する方式が想像できるカットです。








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同エンジンですが
ヘッドカバーが損傷しているおかげで
バルブスプリングやロッカーアームらしきものが露出していて
現代の4サイクルエンジンとあまり変わらない構造だったことが分かります。

しかし、冷却フィンの造形など
2輪車では見たことも無い細密な鋳造だと思います。





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今回の催しの一つ
フランス航空教育団100周年パネル展示であります。

第一次大戦中、同盟国だったフランスに要請し、日本の脆弱な航空技術に対し
操縦や機体製造の分野で技術指導をいただいた記録を写真と解説で展示されています。

国産エンジン黎明期
岐阜県各務原でのエンジン製作
ル・ローン空冷式回転星形9気筒を製造中。

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所沢では機体の製造も開始していました。

フランス航空教育団はフランスクレモンソー首相の任命でフォール陸軍中佐と62名を派遣。
1918(大正7)年11月マルセーユ港発
1919(大正8)年1月長崎へ入港
神戸から東京は陸路で到着。
黎明期の日本の航空に多大な影響を与え日本の航空や工業技術の基礎を植え付けることに貢献しました。


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富士山を上空から初めて観察したとされる機体
ブレゲー14B2

大正時代にジュラルミン製の骨格を採用していたなど、当時の日本の工業技術では当分できなかったことでしょう。








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当記念館の敷地も当時は滑走路もあったようですが写真のとおり、草ぼうぼうの状態ですね。

一機18000円はどれくらいの価値でしょう。
昭和5年にマン島TTレースに出場した
多田健蔵さんのベロセット350は2千円で東京に一戸建てが買える値段ということでしたが、家10件以上?
大正期ですからもっと価値があったでしょう。




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石川島播磨重工 J3・IHI・7B

日本が戦後初めて独自開発、量産した純国産ジェットエンジン。
離昇推力1400kg/12700rpm

防衛庁が指示して航空自衛隊、中級ジェット練習機
富士T・1に装備されました。

後方の長い円筒から燃焼ガスが噴射されて推力を生みだします。
マフラーとは違いますが円筒が長い方が
四方八方に拡散することなく後方に噴射する圧力が生まれるという考えに基づいていると思います。

空を飛ぶものですから陸を走るもの以上に重量やスペースに厳しい制限がある中、他社(他国)に負けてはならない使命を負って進化を果たしてきた航空の歴史や技術にリスペクトする休日でした。

HUM(honda of UK motor)に出張していたころ鈴鹿SSからの日本人駐在員から聞いた話ですが、英国のバイカーたちは正月にドーバー海峡を渡って(巨大なホーバークラフトのフェリーに乘って)
フランスへ行き、パリ・ダカールラリーのスタートを見に行くのが恒例だったそうです。
緯度が日本の北海道より高いので極寒の時期だと思うのですが、人気の車種はヤマハ・テネレやカワサキZZRが多く、凍結しているかもしれないモーターウェイを走って大型バイクがわんさか集まるという熱狂ぶりだそうです。
モータースポーツの国は一般バイカーも筋金入りなのですね。
私も初日の出暴走ではないですが太平洋側まで走って日の出見ようか一瞬思いましたが
この寒波であえなくやめとけモードに入っております。
寒いときは工場に籠ってもの作りがよかろうと思います。

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車体無しのワンオフ製作をお断り続けたKDX125SRチャンバーですが
せっかく需要があるのにラインナップしないのは心苦しいので、治具製作して作りはじめ
やっと3台めですが、隙間2mmの部分が3か所あって雁字搦め、毎回苦心しながら作っておりますので効率も悪いです。
安易に引き受けるもんじゃないですね。





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4台めのチャンバーは年末までかかりますが、サイレンサーとセットのご注文なので
来年の初荷がKDX125チャンバーとサイレンサーのセットになる予定です。











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ZX10Rのフェンダーレス化に着手しました。
私物なので売り物ではありません。

下がノーマルのリヤフェンダーとライセンスマウント。
欧州規格のためか、リヤタイヤの後ろまで伸びていてスッキリしてません。

そのためアルミ板金で小型化しました。

今時フェンダーレス・キットなんか幾らでも売っているだろうと思いますが
買って来て済ませていたのでは、何の楽しみもありません。
部品製作は自分で作って楽しむ遊びだからです。他人が作ったものを買って来てつけていては何も分からないままになってしまうでしょう。
買い物することを反対するわけではないです。少なくとも物が売れることによって経済に貢献するわけですから必要なことでもあるのですが、全部そうだとするとオートバイ乗りはカネ払って乗るだけみたいになってしまいます。


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フェンダーの後ろですから目立たないようにブラック塗装にしました。

リヤフレームにボルトオンするライセンスマウント
ウインカーハーネスを下からカバーするプレートと反射板取り付け用のステーの3点がフェンダーレス化に必要な構成部品です。






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ライセンスプレートがタイヤ後端より引っ込んだ位置になっています。

ライセンス・ランプとウインカーは純正品を移植してあります。

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秀逸なデザインのテールランプの下に野暮ったいパーツが見えない方がいいではありませんか。
法規制に合わせて最もシンプルなデザインを目指したつもりですが
社外品がどうなっているかは
一度も検索したことがありませんので
似ているものがあるとすれば偶然だと思います。






このZX10まだ高速道路で少し乗っただけで一般道での操縦性はよくわかってないこともあり、近所でUターンの練習でもしておこうと思い乗り回してみました。
35年以上モトクロッサーメインに乗ってきましたが、ハンドリングに対して全く不安が無いというか
熟成されたステアリング・ジオメトリーのため誰が乗っても違和感がないように作られているわけですが、一昨年に450のコーナリング立ち上がり時チャタリングが出てハンドルを抑えるのに力が入って疲れていたところ
ステムのオフセット2mm違いを試す機会があって、乗ってみたら完全にチャタが解消されていて腕に力を入れる必要がなくなったのでした。
翌年モデルからオフセット2mm変更とステアリングダンパーはオプションにモデルチェンジされていました。
僅か2mmで、と疑問に思うかもしれませんが操縦性はカタログ数値で表せない部分で、むしろ最高出力などのデータより実際に乗った時に感じる重要な走行性能だと思います。
これが長年の開発、車体設計の積み重ねで培ってきた数値ですから、ただ機械設計に詳しい技術者でも分からない2輪車のバランスに関わる設計はテストライダーと車体設計屋の連携がなかったら成し得ないクルマ作りでしょう。

話を戻します。ZX10の高速道路でのレーンチェンジは、初めてのリッターバイクということもあり比較するものがない、しかし100キロ以上で直進性が強いという感覚とイン側のハンドルを押してやるとあっさり傾いてレーンチェンジしていきますが、直ぐに直進に戻るという感覚です。
これは走っている限り重さは感じないが直進性の強い、またはタイヤがスリップしない限り転びにくい特性なんだろうなと思いました。
そして近所の道路です。真っすぐ走りながら軽くスラロームしてみます。
やはり予想は的中です。定常走行で勝手に起き上がってきます。
寝かせるのに意図的にバランスをくずして傾けてやらないと真直ぐ走っていこうとするんですね。
このことを理解して操縦することでかなり安心感がでてきます。
それはタイトカーブで狙ったラインより外側に膨らんでしまうのを補正してやればよいということです。
セパレートハンドルの上、タンク幅が広くリーンアウトでは内側の腕がタンクに当たるのでフル転舵はやりにくいのです。
そこで肘を外側に這って腕の短さを補うように上体をイン側に移動するライディングポジションをとることでフル転舵をキープできます。

さてステアリング・ジオメトリーはというとキャスター角25° トレール107mm
現行のCRFと比較するとキャスター角は2°29"立っている。トレールは9mm短い
この数値だけみるとCRFよりキャスターが立っていてトレールが短いので直進安定性よりハンドリングの軽さを重視していると考えられます。
では実走で直進が強いと感じたことに矛盾が出てきますね。

ここで誰も語らなかったキャスター/トレールの関係です。
フレーム単体を計測してもキャスター角は不明です。キャスター角の定義は、タイヤ接地面を基準とし、これに直行するフロントホイールセンター上の垂線とステアリング中心を通るラインが交差した挟角のことを表します。
トレールの定義は、同じくタイヤ接地面上でフロントホイールセンターを通る垂線とステアリング中心線の延長線がタイヤ接地面と交差する点との距離を表します。
このことからキャスター角というのは代用特性であり、物理的作用はトレールが影響していることが分かります。
2輪車の運動性能を勉強した人は周知のことと思いますが、走行中にフロントタイヤはステアリング延長線に引っ張られて回っていることになります。
ここでキャスター角で傾いたステアリングを切ったらタイヤの接地面は中心からトレッドのイン側に移動します。
するとタイヤの横から押される力が発生します。
これはワイドタイヤまたは深いバンク角の方が力が強くなります。(オフ車とリッターバイクの違い)
この力が元に戻ろうとしてステアリングが直進状態に向かいます。これがトレールの示す直進安定性の作用です。
ただトレールはキャスターだけで決まりません。ステムのオフセットでも変わりますし、オンロードはフロントフォークのセンターアクスルが主流ですがオフ車はリーディングアクスル(フォークの前にアクスルが設定)が主流なのでセンターアクスルよりトレールが短くなります。

ではなぜCRFのキャスター・トレールでハンドリングが重くならないか?一つは車重と重心位置が影響しているはずですが、ここでは置いといて一番の理由はサスストロークにあります。
カタログ上のキャスター・トレール値は空車接地においての寸法です。
乗員の体重や乗車位置の前後でキャスター角が変動することは当たり前ですが、ロングストロークで前向きに走っている限り、ギャップやブレーキで前下がり即ちキャスターが立つ方向に動いています。
またどういう場合にオートバイが不安定になるかというと、減速時または下りのギャップに於いてです。これは空車時よりキャスターが極端に立ってくる姿勢だからです。
そこでライダーは車体を安定させるために乗車位置を後ろにしたりアクセルを開けたりしてバランスを調節します。それこそが運転技術の違いが出る部分であるのですが
何もしないと不安定になってしまうジオメトリーを安定させる方向で空車時の寸法を決めているということです。
ですからカタログ上のキャスター・トレールの比較では矛盾が生じていた直進性の部分は動的な数値を考慮したら車体設計者の意図が垣間見れるのではないでしょうか。

因みに私はリッターバイクでは足が付かないのでアクセルターンは確実に転倒するのでトライしませんが、ZX10のステアリング切れ角でUターンできる道路幅は6メートル(普通の2車線)、アップハンドルなら4メートルでもいけると思いますが、これ以下の道幅では90°ターンまで、または降りて切り返すことにします。何より周囲の状況を視覚でとらえて確認できなかったらむやみに方向転換しないことが安全運転の秘訣かなと思います。



























WSBタイトル3連覇、ジョナサン・レイが乗ったマシンのベースモデルです。
SBホモロゲーション用のRR、電子制御サスペンションのSEもありますが、これでも十分な運動性能ではないでしょうか。
スタンダードのショーワ・バランスフリーフォーク。フロントにブレンボ製ブレーキ。
ホイールはRRのマルケジーニ・フォージドではないけれど、ヒラヒラの軽快なレーンチェンジはリッターバイクの重さは感じないハンドリング。

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最高出力200ps/13000rpm
装備重量210kg
私が跨ると片足つま先立ちのシート高ですが、緊張して乗るという欲求を満足させるのに十分なスペックだと思います。

「200馬力なんか必要ないでしょう。どこで使うの?」
求めているのはそれ以外の部分であって、
中間の動力性能も高次元に追及した結果の最高出力は、この際問題ではありません。



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中型排気量ではコストダウンされそうな部分も大型車はいいパーツを付けられるようで
ノーマルでチタンエキゾーストですね。
ボトムリンクの位置を上方に配置して、代わりにリヤサス下方に大容量のコンバーターASSYが見えますが、この部分だけSUS304ステンレス製です。

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ショーワ・バランスフリーフロントフォーク。
モトクロスでも採用されてない高性能フロントフォークが奢られています。

ショーワはホンダの子会社と思っていたのにCBR1000RRはオーリンズと提携しているあたりが面白いですね。
ブレンボキャリパー専用のアクスルホルダーになっています。
ラジエターも巨大なのですが排熱がすごくて
アルミフレーム全体が熱くなって、この時期でも全然寒くないです。(夏はどうなのかな)



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なんといっても、このスタイリングです。
他に類をみないWSBチャンピオンマシンと同様のKRTカラー

なんかTVで見るだけでは何もわからないので試乗して体感してみるのがいいかなと思った次第です。


ウチは圏央鶴ヶ島ICまで3分の立地なので
一般道殆ど走らないで目的地まで行ける便利さを利用しないのは勿体ないでしょう!












今4月中旬のご注文分を作っています。4か月お待ちいただいての製作ですから
今注文されると年末ころ出来るという状況ですね。
よく納期の問合せを受けますので、ラインナップ品なら大体それくらい
ワンオフ製作はもっと先になるでしょう。
要するに受注生産なので直ぐ欲しい注文は無理ということなのでご注意ください。

今回はラインナップ品KDX125SRサイレンサーの特注で
丸断面とエンド曲げパイプ付きになります。

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治具に取り付けて作っています。

サイレンサー断面はφ70です。

90年代からオフロード車のオーバル断面が流行りだしたのですが
依然は丸断面が当たり前でもっと小さいものでした。

ところがオフロードレースでも騒音規制されるようになり、消音器の容積をアップするデザインに変わってきて、
横幅の狭いオフロード車のスペースに収まるように幅を詰めた楕円断面に移り変わるのでした。

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本来、排気ガスの膨張はパイプに対してラジアル(放射状)方向になりますので
膨張室の丸断面が理に適っているはずで
同じ表面積の板材からパイプを作った場合
新円が最も容積が大きく
3角形が最小になることから
消音性能的に新円が一番有利であると言えます。
パイプの展開面積=金属材料の重量ですから軽量化にも寄与します。

付け加えると排気ガスが音速で消音器内部の壁に衝突を繰り返して減衰していくことを考えると
パンチングパイプから消音器内壁までの距離が遠い方が音の減衰が働き(即ち大きいマフラー)
同時に膨張速度を抑え、熱を吸収するグラスウールが介在することで消音が機能します。
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ではサイレンサーが大きいとどうなるか。

消音器内部の圧力は下がりますから
排気出口の勢い(流速)は衰えます。
よって排気速度が落ちるということです。

だから騒音規制のないフォーミュラ1やドラッグレースなどは高回転回すためにサイレンサー無しです。(モトGPは小さいのが付いている)
ところが一般車両やオフロード車は低中速の扱い易さが重要なのでサイレンサー無しではそもそもうるさくてあり得ないですが
充填効率が落ちてパワーダウンしてしまうのも適切な排気抵抗が運転性に関係してくることを表しています。
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サイレンサーエンドの曲げパイプは
ウインカーやライセンスプレート回りのオイル汚れを防止するためと
後続車にも優しいと思います。

エンドパイプのテーパーカバーは、衝突突起物を無くすように考案した私オリジナルのデザインですが
KDXのようにサイドカバー内側に引っ込んだ位置のサイレンサーには必要のない形状ですから、これでいいのだと思います。










2018年モデルCRFを見て重大なことに気付きました。
ホンダが81年にシングルショックになったときから、吸気系を避けるためにリヤショックが右側にオフセットされていました。
私ら強度グループはフレームの応力測定をおこなっていました。
量産前のテスト車に歪みゲージを貼り、国際A級ライダーを雇って桶川のコースで実走計測した経験から、フレームの右側センターパイプ、ピボットの上付近の応力が左より高いことがわかっていました。
即ち、リヤクッションの荷重がフレームの右側に偏ってかかっていることを表しています。
だからギャップで跳ねられてオートバイは左向きに傾いて転倒する確率が高いはずです。
転倒はしなくてもリヤショックからの入力でフレームが捻じれる動きになります。
そこで捻じれ剛性を確保するためにフレームの強度をあげないとギャップ走行で真直ぐ走れない乗り物になるのです。

そこでリヤショックがセンターに持って来れることがどれだけのメリットがあることか、
捻じれ剛性を落とせるので同じ剛性なら軽いフレームが作れるということです。
最低重量が決められていますから、車体の軽量化できた分を補器類に回せるというメリットがでてきます。
これはFIの導入でスロットルボディをリヤショックの横に持ってくる必要がなくなったことに起因しますが
ヤマハは後方排気モデルからセンターショックになっていたので、優位性は証明されていますね。
こういうことがシングルショックになって36年の年月を経て変革されたことで、モトクロッサーは面白いなと思うのです。


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2018モデルCRF250Rマフラー

作っただけです。
これからいろいろなことが分かるでしょう。


軽量化のため、チタンとアルミの複合です。

金型、プレス機、ベンダーなど一切ありません。
全部手巻きのハンドメイドになります。





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チタン製エンドパイプ

チタンはバネ鋼のような性質なので
曲げるのが難しいです。
成形できる形状には限界がありますが
紙の図面を描いて形状をデザインしています。
コンピューターは使いません。
(CAD持ってないからね)







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アルミの筒にエンドパイプをはめ込む
キツさを調整するのに神経をくばっています。
キツ過ぎると組立てが困難になるし
緩いと排気漏れになってしまうので
絶妙の公差で板を曲げていくのですが

機械的な製造は一切ないので手加減だけが頼りになります。

やった人じゃないと分からないですね。





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マウントできました。

左右対称だから作りやすいでしょうと言った人がおられましたが

ゼロから作るものにやりやすいと感じることはありません。

シングルエンジンなのに2本も作るのかという気分です。







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18モデルのマフラーは左右の張り出しが大きく、その部分だけは直したいと思っていました。

このレイアウトで満足だと思います。
サイレンサー内部にバッフルは入れていません。
ストレート構造のパンチングですが
騒音計測してみました。

2mMAX法で

モードセレクト標準で107.2dB/A

アグレッシブで109.3dB/A
測定器誤差を鑑みても余裕の消音性ですね。

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サイドカバーとの隙間

ノーマルはストッパーラバーに当たる位置まで広がっているので、15mmほど内側に追い込んだ取り付けレイアウトになっています。


ついでに重量比較ですが

ノーマル左右共 2.0kg

SPLマフラー左右共 1.6kg

なかなかの軽量化です。

とりあえず今週末のMCFAJ開幕戦から使って耐久性など確認したいと思います。
(テストライダー雇うカネがないんで自分で乗ります)


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モードセレクト、アグレッシブで走行しました。

中速までは普通の加速で過激な感じではないのでスムーズに乗れますが
高速域に入るとパンチが効いてくるので
ジャンプなどで狙った着地位置より飛びすぎてしまって戸惑う場面がありましたので
体を慣らしていく必要があります。

全体的なフィーリングはコントロールしやすい、回せばパワーも十分という感じでした。


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一番の目的、マフラー後部の張り出しを内側に追い込んだ形状

ノーマルマフラーはサイドカバーにフィットした位置なので、かなり横幅狭くできました。
タイヤが擦らない程度でスリムな方が
転倒も多いモトクロッサーに適していると考えています。
作り始めて20年は超えているCRM250サイレンサーに関することですが
当初はトレール車のエンデューロレースが盛んにおこなわれていたので、
競技用として売っていたんです。
それを公道走行に使用しても全く構わないわけですけど、
リヤフェンダー後部にウインカー、テールランプ、ライセンスプレートなどが取り付いていて
調度サイレンサーの出口の真後ろ(20cmくらいは離れていますが)にあるため
排気ガスで汚れてしまうという難点があります。
KDXなどはサイレンサーエンドがウインカーから離れているため、それほど問題ではないようですが
CRMはちょっと対策した方がいいかもしれません。

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レース用は後ろから衝突する場面が多いので突起物を無くし、サイレンサーエンドは丸めることが定石ですが

公道で後ろから衝突したり、後ろ向きにひっくり返るということは
通常ではありえないですね。

だからエンドパイプを曲げて排気を斜め下方向に逃がすということも
ウインカー廻りの汚れを気にするなら
必要なのかなと思いました。

これは以前に納品した先輩のCRM250R2型のサイレンサーですが、リクエストにお応えしました。
(昼ご飯と現金2千円で)

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斜め横向きにしてあります。

パイプエンド下向きにするメリットはもう一つあります。
屋内保管の車両は関係ないですが
水平方向のパイプエンドは雨水が侵入します。
特に放置車両は水が溜り続けてチャンバーが満水になり排気ポートからクランクケースに達します。
こうなるとクランクシャフト全損になります。

マシン大事にしている人からすると信じられないことですが、何台も見てきました。
必ず決まり文句があります。
「キックが下りない」
あたりまえですね。
シルクロードを発見、命名したドイツの地理学者、フェルディナント・フォン・リヒトフォーヘンの言葉
「世界にこれほど美しい場所はない」
幕末期に日本に滞在し各地の調査をしたリヒトフォーヘンが旅の途中に見た瀬戸内海の景色に
感動したときのことを日記に記したものです。

地元に住んでいる人は、そこにあるのが当たり前の日常の景色。
遠い場所に住んでいる私からすると、改めてこの景観のすばらしさを認識できます。

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伊予市双海の海岸までキャラバンで運搬したCJ360Tを走らせて
JR予讃線「下灘駅」まで海岸を走る道路
R378から行ってみました。

去年はR25で走りましたが、あいにくの雨で今年こそリベンジするため必勝体制で臨みました。








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この景色を現地で見たかったので
目的一つ達成です。


海岸を埋め立てて建設されたR378ができるまで「日本で一番海に近い駅」だったそうで、今は2番だそうです。

これを見るために片道900km、移動してこないと見れない貴重な場所になってしまいました。





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これは去年の写真

これはこれで悪くない。
わざわざ雨の日に行く人いないですからね。











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汽車が来ました。

宇和島行き一両編成
予讃線(讃岐ー伊予)は単線しかありません。

松山駅からこちらの区間は電化されてないから汽車といいます。








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今回メインの目的は紫電改を見に行くことでした。

宇和海の海底40mに沈んでいる太平洋戦争末期の新鋭戦闘機が偶然発見されて
引き上げられ
腐食損傷した部分を修理して復元された
世界で現存する一機が、ここ愛媛県の愛南町に展示されていることを知り
絶対見に行く決意をもって過ごしてきましたが
やっと念願叶うときがきました。





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現在松山空港の場所だと思いますが
呉の海軍工場を防衛するため編成された

海軍第三四三航空隊所属
戦闘第301飛行隊剣部隊の精鋭

昭和19年7月24日
豊後水道上でアメリカの戦闘機グラマンやヘルキャットの編隊と空戦を交え
未帰還だった6機のうち、いずれかの機体であることがわかっています。
ご遺体や遺品が発見されなかったことから
特定できず、パイロット6名の遺影とともに
祀られています。

4枚のプロペラが後方に曲がっているのは海面に突入する圧力によるもので
着水の瞬間まで操縦していたことを表しています。
たいていは斜めに着水してプロペラの向きはバラバラになるそうで主翼も大破するのが普通らしく
パイロットの操縦技術の高さが機体を保存することに貢献した結果になりました。
松山基地の航空隊搭乗員120名は
全員20代のベテランパイロットで
敵機撃墜して国土や人民を防護することが任務のため、特攻作戦に徴用されることはなかったので
帰還できた搭乗員の皆さまが戦後を生き抜くことができたことがなによりで
この紫電改とともに戦争の体験を伝えてくださったことに感謝いたします。

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尾翼のフラップ部分のジュラルミン製骨格が
見えるように復元を中途にしてあります。

零戦から継承する軽量高剛性の機体は
エンジン出力2000馬力で
グラマンとの空戦は楽勝であったと元搭乗員は振り返っています。

三四三航空隊は迎撃専門の部隊で
偵察機で敵機確認してから出撃するという
他の部隊
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と違った作戦も勝機をつかむ要因であったと分析されます。


酸化して穴だらけの機体
腐食してない部分は新たにアルミ板で補修したと思われます。

床に置いてある茶色いタンクがゴムで被覆された胴体と主翼内にあった燃料タンク

炭酸ガス消火装置など備えていて被弾しても帰還できるよう
乗員の人命を守る設計も取り入れられたようです。






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これはもう動かさないつもりで
観音寺市の讃岐白馬会メンバー
M鍋さんとこに預かってもらっていたのを
持ってきました。

初期型CRM250の2WD車です。
また埼玉へ持って帰るのですが
始動確認だけしておきます。







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家の前の畑は草ぼうぼうで人が入れる状態ではなかったですが
丸二日掛かりで草刈りして
このように入れるようになったので
2WDで乗り回してみました。


自宅敷地内でバックヤードMXできるようにするのが当面の目標です。







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2WDはハンドリングが重くて
みかんの木を避けながら走るのには
テクニックが必要です。
次回はミニバイク持ってこようと思います。

グルグル走って轍もできてきたので
やや満足できたので
来年に課題を残しつつ終了しました。

月曜昼過ぎに小松町出発して
夜中の1時半に鶴ヶ島帰宅できました。
片道12時間走行ですね。

ホンダ車の部品において、開発に長期間を要するものは2社手配していることが多いですね。
その訳は、一つは生産コストを競合するためです。
他メーカーより多くの発注を得るためには技術力と同様に重要な競争力です。
もう一つは生産工場が災害に遭った場合、別のメーカーで代用して量産を止めないためです。

そのため2社には同じ技術レベルを確保するように、最初から発注先をきめないで
開発段階から入り込んでもらう作業が必要になります。

そして国内生産車の大半は北米へ輸出して利益を得ていますから
貿易上の取り決めで米国企業にも一定の割合で発注することになっています。
発注先が違っても同じ図面で生産するわけですから、試作段階から2社の製品の検査や
耐久テストを行って見極めることは言うまでもありません。

そういうわけで、市販モトクロッサーにはショーワSSとカヤバ工業というサスペンションメーカーに2社手配していますが、私の保存用CRF250Rのキャブレター最終車には
フロントフォークがショーワ、リヤショックがカヤバという複合的なメーカーレイアウトを採用していました。

4輪サスペンション(ダブルウイッシュボーン)ではフロントに神戸製鋼、リヤに住友軽金属などという組み合わせもありましたから
前後サス別メーカーは珍しいことではありません。
あくまで完成車開発しているのはホンダであってサスペンションメーカー主導で開発しているわけでないので、分担した方が多くのデータが得られていいかもしれませんが
最終的に量産発注を獲得できなかったら辛いでしょうね。

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09のフロントフォークをメンテナンスするため車両を移動できるように
カヤバのエアサスを取り付けしました。

しかし、09のショーワはインナーチューブ径
φ47に対して
13Mカヤバのインナーチューブ径はφ48でした。

これによってアウターチューブ径も1mm大きいので三又ごとセット交換です。
ステムは同じなのでボルトオンです。




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フロントフェンダーの取り付け面が違うのでフェンダーも13に交換です。

最近のフェンダーは昔と違って
深いM字断面になっていますが、単なる意匠デザインではないようです。

昔のフェンダーはアーチ型断面といえますが、同じ断面積で剛性を上げるため
断面係数が高くなっているのです。

断面係数とは荷重に対する変形し難さを表す数値で
断面形状が3角形が最も変形し難く
平面が最も弱いと考えられます。

折り紙を例にとると、紙自体は自立することなく重力に負けて平らになってしまいますが、折鶴のように紙を折り重ねることで翼や首が自立するのと同じ理屈で
特にレーサーのステアリングに付く部品は軽い方がよい、しかし薄肉では剛性がなくては重い泥の付着で垂れ下がってしまう。
そこで肉厚を上げないで断面係数を上げた結果のデザインがM字断面だったということです。

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上が09カヤバショック
下が13カヤバショック

2者を比較すると
09は車高を下げる目的で
15mmストロークを詰めてあるのですが
取り付け長が軸芯で5mm長く
485mmに対して
13は480mmです。

ところがダンパーストロークは
ボディー端面からスプリングシート間で
09が115mm(ストローク詰めのため)
13が130mmということで
取り付け長が短く、ストロークは長いということが分かりました。
13はCRF450用のノーマルですが250に450用のショックを付けると車高が下がるということになります。

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クラッチは、今使っていないマグラの油圧に交換しました。
加工無しでボルトオンで付きました。

450にはリクルス付けているのですが
オートクラッチの場合、クラッチをレバーで切ったあと、ワイヤーのように戻らず
ピストンが引きっぱなしになってしまい
マスターが動かないという現象になるため
ワイヤーに戻していたのでした。

250に油圧クラッチは操作性最高に軽いです。
1本指でも握れそうです。


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こうやって13モデルの前後サスペンションに交換完了しました。

これは嫁のヒマン防止エクササイズ用です。
お互い熟年モトクロスなので怪我しないように、なるべく良好な状態にしたいです。
嫁は背骨と両腕と片足の骨にボルトが入っていますので、安全重視です。
「2ストは背骨が折れる」とか訳のわからんこと言ってますので、モトクロスは4ストしか乗らんようです。

2輪車はエンジンだけでなく回転部分の多い乗り物です。
特に前後の車輪は最も大きな回転部分なので、車輪のメンテナンスを怠っているとマシンの性能も落ちるはずです。
高速道路でバランスの狂ったホイールで走らせると乗れたもんじゃないですよね。
オフロードだから、地面が凸凹なんでわかりゃしねえよ。という考えは浅はかです。
エンジンのクランクシャフトとホイールは駆動系で連結されているので、振れていることが
直接、加速や伸びに影響しているはずです。

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ノーマルのリムで1年も乗っていれば
リムが変形して真円でなくなります。
当然バランスが狂ってきますので
高回転回すほど振動になって回りが悪くなりますので
走りをよくするためには、狂ってないリムに交換してバランスをとる必要があります。

そこで、このDID強リム。
HRCのワークスマシンにも採用されている
ノーマルより高強度のリムです。

新品時にバランスがとれていても、走行中に変形してしまっては性能を維持できません。

なるべく良好な状態を保つために定期的に点検し、振れ取りが出来なくなったらリム交換が望ましいです。

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ハブは柳河精機
スポークは月星製作所(ムーンスター)

本田の純正部品は信頼性の高い超一流の部品メーカーが担当しています。
本田が要求する品質(数量)に応えられる
メーカーの存在がオートバイの生産に不可欠なものです。

1年以上も使ったホイールは泥水がニップルのネジに浸透してネジ山の摩擦抵抗を上げると同時に
アルミニップルとスポークの材質はSWP(ピアノ線)なので電位差からネジ山が腐食してニップルのトルクが上がってしまうか
悪化すると緩まなくなるので、切断するしか分解の方法がなくなります。
これはネジが腐食し始めていたので浸透潤滑剤をつけながら慎重にニップルを回す必要がありました。
ネジが生きていれば再使用するので、全部洗浄して汚れを落としておきます。

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リヤホイールはインナーとアウターでスポーク長が異なります。
フロントより幅広のハブなのでスポークの交差する部分をクリアするためにインナーを内側にオフセットさせた分、距離が遠くなるので長い方がインナースポークとなります。

あとはスポークの曲げ角度とハブとリムのタコ穴の向きが合うように加工されているので
間違った組み付けは不可能な設計になっています。





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専用の触れ取り台は持っていませんが
アクスルシャフトをバイスに固定して
ダイヤルゲージをリムの外周に当てて
振れ取りをしています。

最初はニップルの締め付けトルクを
緩めで均一になるように組立て
縦振れを無くすように締め込んで調整します。
縦振れが取れたら横触れを調節して
最後に全部のスポークの張力を確認して組立て完了となります。




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前後ホイール組み上がりました。

DID強リムの赤は一番人気なので
いつも品薄(というか受注生産)らしいです。

ウーム、また速くなっちゃうなー










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先週末は近所のCB専門店ジェイズさんと居酒屋で会合しました。

ツクバサーキットでZ勢に勝つことが目標だそうで、2バルブのZに4バルブのCBが勝てないことに納得がいかず、日々改良をする状況を伺い面白かったです。

4バルブなんで馬力は出しやすいそうなんです。但し加速は悪くなるので
ストレートの短いツクバでは加速のいいZの方が有利だということです。
私にも解決方法はわからないですが、成功した暁にはツクバサーキットに応援に行きたいと思いました。

実はお話しの大半はM繁さんが普段から取り入れているモトクロストレーニングについての内容で
ロードレースのライダーの多くはオフロード走行の経験が少なく、環境変化に伴うマシンコントロールができていないことが弱点で、頻繁に挙動変化するオフロード走行に対応できれば、オンロードにおける限界が上がると話されていました。
チューンアップとライディングテクニックという壮大なテーマに取り組んでおられる、お侍さんがおられました。



私の前職は製造屋ではありませんでした。品質管理屋だったのですが
専門は新製法、新材料の鉄鋼と非鉄金属における部品品質です。
本田はエンジンやボディのような主要な部分を除いて、部品メーカーに製造を手配していますから
取引先メーカーの製造する部品品質を本田スペックに合わせることが仕事でした。
したがって会社に居ては何もわかりません。
メーカーの製造現場へ出張して製造工程を調べて重要管理項目を洗い出すことが品質管理の手法の一つでした。
そのため、単独ではなく設計や資材の担当者も交えてメーカーの会議室で打ち合わせして量産につなげていく作業を全ての重点管理部品に対して行っていたので、自分で製造はできないですが製造工程に関しては他の社員よりも熟知していたと思います。
それも25年前のことですから、技術は日々進歩しているので今は当時より高度な製造工程を展開されていることが予想されます。

そんな私は資金ない、技術ないという四面楚歌な状況から考え付いた方法でマフラー製作に取り組んできましたが、今回も人には説明できない内容を盛り込んだ新型のエキパイを公開します。

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マシンベンダーも金型もありません。
量産メーカーが持っている設備は皆無です。
お金を払ってメーカーに生産して貰えば考えることはないですが
仮に1千万円投資して1千万円売ったとしても収支はゼロですから
そんなことはしないで、一台分の材料費だけで形を作ろうとしているのが本プロジェクトの目的です。

手間げはパイプ径が太いほど、曲げRがちいさいほど難しくなります。
内側50Rで曲げていますが、90°以上は私の技術ではパイプが潰れてしまうので無理ですね。
チタンパイプφ35なら2mで一万円くらいしますから無駄にはできないので慎重に扱います。

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エキパイの仕様はライダーの意見を聞いて
ノーマルからどのように変えていくかを
自分の経験値で決めています。

細かいインプレッションはベンチテストではつかめないと思いますので実走確認しかないと思います。

今回は口元の成形方法を新製法にてトライしました。
形状を見て製法を想像してみてください。
あなたならどうするでしょうか?




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2017モデルKX250Fは16モデルから設計変更されているので
先日お預かりした車両を元に治具製作しました。
そのため、車体合わせは一度もしておりません。
これで問題なく取り付くと信じております。
(信じられるのは自分だけ)


オートバイのサイレンサー、キャブトンやメガホンなど用途別のデザイン違いはあるにせよ
主流は丸断面の消音機が当たり前でした。
ところが80年代終わりころから楕円か長円断面のサイレンサーが出始めたら、楕円断面の方が主流になり、2010年代は異形断面へと移り変わりました。

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弊社も90年代からオーバル断面で作るようになったら、お客さんのリクエストは100%
オーバル断面とテーパーのリヤエンドということになっていました。

しかし、2スト全盛時代を知る人は
オーバルが似合わない
または不必要なデザインととらえていると思います。

なにせ排気ガスの拡散するイメージは
インナーパイプに対して放射状なのですから、真円パイプ中に拡散させるのが理に適っていると考えられます。


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では何故、オーバルが主流かというと
特にオフロード車は車体幅が狭い方がライディングポジションに影響を与えないですから、サイレンサーの容量アップに伴い
上下方向に容積を増やすデザインを考案したものでした。

幾何学的観点から
断面形状の周長(板取り寸法)が同じで、多角形の場合、角数が多いほど断面積が多く
真円で最大となる。
また三角形が最小である。

このことから材料あたりの容積が大きいのは丸断面ということになります。


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これはDT200WR用ですが、
弊社オリジナルはオーバル断面ですが

お客さんの要望で丸断面にしました。
本来はこちらの方が理想的な形状だということをお伝えしたいです。


シンプル・イズ・ベスト

日本の近代史が最も変革を遂げた時期は幕末から明治維新のころだと思いますが
特に鉄鋼の製造という分野において横須賀製鉄所なくしては語れないでしょう。

徳川幕府末期の勘定奉行、遣米使節団目付役を務めた小栗上野介忠順が中心となって
フランス人造船技師、フランソワ・レオンス・ヴェルニーを代表とする技術者たちに依頼して
日本で初めての近代的造船所を横須賀に建設したのは慶応元年(1865年)ということです。

名称が「横須賀製鉄所」と呼びますが鉄鋼の精錬ができたのではなく、軍艦や外国船舶の修理を行う
ドライドックという設備が主な事業であったようです。
当時は鉄鋼材料も工作機械も輸入に頼っていましたので西洋並みの機械技術に追いつくことが命題であったと考えられます。
そのなかでも日本の製造業として最も歴史的価値があるのはオランダ、ロッテルダムから輸入したスチームハンマーだといえるでしょう。

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3トンスチームハンマー

江戸時代に初めて導入された鍛造マシン

ヴェルニー記念館に展示されている、この機械は130年間現役で働き続け
90年代末期に発注を受けた仕事は
空母インディペンデンスの部品であったということから難易度の高い特注部品の成形が可能だったということが驚きです。

その後解体されショットブラストで錆落としや全部品の点検、再生を経て、当時の風合いに近い塗装を施して
この記念館の建設中に据え付けられたそうです。
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0.5トンスチームハンマー

同年式1865年製を示す鋳出し文字が巨大アームの側面に刻まれています。

江戸時代の役人や鍛造職人たちが、この刻印を読んだに違いないことから
自分も同じ物を見ることができるロマンがここには存在します。



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横須賀製鉄所にて3トンスチームハンマー稼働中の写真は70年代のもの

大きなヤットコで1200°Cに加熱した鋼材を二人掛かりで抑えます。
後方の台に乗った作業員がレバーを操作してハンマーの上下運動をコントロールします。

動力は蒸気機関でハンマーの上部にあるシリンダーに蒸気圧を送り込むバルブを手動で操作してピストンを昇降させる構造です。

江戸時代にこれを動かして造船所で使う設備の部品を製造することから始めたマザーマシンなのです。
そのころの動力は牛、馬、水車と人力しかなかった日本にとって圧倒的かつ革新的な機械だったのです。

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製品の例ですが

フックの鍛造工程を表しています。
金型に素材を置いてハンマーで打った状態は上下の金型の隙間にフラッシュ(バリ)が
はみ出します。

これを上にある型でプレスして、バリ切り一発成形します。







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これはフックの素材が丸棒であることを表します。

φ50くらいの丸棒の先端を叩いて尖らせてあり
金型に合わせたカーブに曲げるところまで
ハンマーで成形します。
その後、金型に置いて一発成形します。

そして上のバリ切りの型に付け替えて次の工程へ移行するわけです。






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日本政府は、このように歴史的に意義の高い重要文化財を保存する活動に動き出しています。

やはり実物が保存されていることが、人々の意識に残すことができる唯一の方法であろうと思います。

古さと性能の高さ、
これを作った人の知恵と労力

そして日本の近代化の先駆けとなった革命の動きに
ただ感動を覚えるのです。



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ヴェルニー公園の対岸に横須賀製鉄所の敷地があり、当時から現役のドライドックが並んでいます。

海上自衛隊の潜水艦が碇泊されていますが
噂によると世界最高の潜航能力を持っているらしく(軍事機密)
中国や北朝鮮の潜水艦は、これに狙われることを恐れて攻撃できないと言われています。





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東京湾岸から三浦半島を横断して
相模湾岸へ足を延ばし

油壷マリンパークへ行きました。


イワトビペンギン

癒されます。
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カリフォルニアアシカ


何も演技なし










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スケルトン標本

見事な染色技術に息を呑みます。













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チョウザメの群れ


原始のサメだそうです。










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ミノカサゴ

この世のものとは思えない美しさ













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生き物は
どんな人工物よりアーティスティック







下はニホンウナギ
絶滅危惧種






もうすぐ年末ですが、最後にいい物見れました。











日本で買える最後の2ストオンロードモデル、ニンジャ150。
タイ・カワサキ生産なので正式には外車を輸入したそうですが、既に100台以上のオーナーがいらっしゃるらしいです。
エンジン外観から推定して、KDX125SRを基本に新規金型でダイキャストしたシリンダーとケースです。
フレームは高張力鋼管製のメインパイプがツインスパーのダブルクレードルで剛性が高そうです。
前後サスペンションも減衰調整なしのシンプルなもので、ノーブランドの油圧ディスクブレーキなど
車両価格を抑えるアイディア満載の廉価盤モデルですが
その走りはと言いますと、一般道では十分に危険な領域のスピードが出る動力性能です。
日本の道路事情では、この排気量が最も真価を発揮できるサイズではないでしょうか。
4スト250モデルは完全に凌駕する加速性能と軽快な操縦性です。

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今回お客さん持ち込みの車両でワンオフ製作するエキゾーストのため

エンジンキャラクターを確認するために
近所のテストコースで試乗してみました。

ノーマルエンジン特性を頭に叩き込んで
新設計するわけですが
見本はありませんので世界に一つのエキゾーストになると思います。(安いけどね)

調子よかったらラインナップに加えると思います。
外国製のアフターパーツは出回っているらしいですが、サーキット向けで
日本の道路を走らせるには問題があるようです。

エンジンキャラクターを決める数値として排気量とボア/ストローク比がありますが、実はこれだけでは不十分で同じ排気量、ボアスト比でもポートタイミングや圧縮比が違うとまるで違う性格のエンジンになるのです。
ボアとストロークの寸法が同じエンジンをスクエアと呼び、それよりストロークの長い、短いで
それぞれロングストローク、ショートストローク(オーバースクエア)と呼んでいますが
一般的にロングストロークはトルク型と思われがちです。
トルクはクランク中心からクランクピン中心までの距離(ストロークの半分)×ピストンヘッドに受ける燃焼圧力で決まります。
ここにはピストン重量とコンロッド重量とフライホイール重量による慣性力とシリンダーとピストンの間で起こる摩擦抵抗が加算されますので
コンロッド長(ピストン側圧に影響)やピストン重量、ピストンクリアランス、潤滑オイルの種類など
部品毎の仕様がすべて影響してくることになります。

しかし、販売店や一般ユーザーはエンジン部品を寸法差まで指定して購入することができません。
規格の範囲内で違う寸法の組み合わせが届けられるわけです。
だからエンジンの当たり外れが生じてしまうのです。

ところがメーカーの試作部門やワークスマシンでは精密測定された複数の部品の中から、最も有利な寸法の部品を選択して組み合わせることができるのです。
たとえばラジアルボールベアリングなどは、回転時の偏りを無くすために転がり抵抗が増大しない範ちゅうで隙間を詰めて作ります。
リテーナーを加締める前にインナーレース、アウターレースの摺動面とボールの寸法を精測して選別してから組み立てるので指定の隙間のベアリングが作れるわけです。

ピストンクリアランスも近年主流になっているメッキシリンダーでは焼き付かない程度のきつめにホーニングします。水冷でアルミシリンダーであれば温間時のクリアランスが安定しているので、
ピストンの首振りで側圧が増大したり、機密が漏れるのを防ぐための寸法管理ですね。

量産車ではそこまで手間が掛けられませんので、オーナーに納車される物には若干の違いがあるものだと言えます。
ただ別の個体で乗り比べしないから分からないだけですね。

某モトクロス全日本チャンピオンが量産のチャンバー10本取り寄せて全部乗ってみたら、全て違うフィーリングだったというから、一番気に入ったものだけ選んで使っていたという実話があります。

さて、このニンジャ150ですが
オーナーが訴えていた「水温が全然上がらない」という意味がわかりました。
コストダウンか熱帯地方向けかわかりませんがサーモスタット無しなので
冷却水がお湯になるまで時間がかかるのですね。
適性温度は60℃と言われていますから
その温度になるまで暖気運転が必要です。
冷えたエンジンでは適性クリアランスが出てないためにエンジン回転が重くパワーもありません。
そして、アイドリングでは水温が上がりません。(サーモスタットないので)
暖気運転からガンガンエンジン回しましょう。そうすると結構短時間で暖気できます。

水温計はラジエター下部に設置されているようです。だからメーターの針はあまりうごきません。
ラジエター上部やシリンダーヲータージャケットを直接触れて温度を測るとわかりやすいです。
オンロード仕様の味付けのためか低速トルクは期待できないものです。
ノロノロ運転は全くつまらないパワーですが
7000rpmあたりからパワーが出てきます。
10500rpmからレッドゾーンなので7000から10000rpmが美味しいパワーバンドでした。

10500rpmまで引っ張ってシフトアップするより8000rpmあたりでシフトアップした方が加速がよいでしょう。
引っ張ってしまうと、それ以上伸びないので、最大トルク付近の8000から8500rpmを狙ってシフトアップすることが、このエンジンを最大限速く加速させるコツでしょう。

注文は伊豆の峠を走るときにレッドゾーンまで回さないでいいように中速トルクを増やしてほしいということでしたが、研究開発できる予算や設備はありませんので、そういう細かい注文にはお答えできませんが
同系列エンジンと思われるKDXのノウハウでいくと、申し訳ありませんが、新作するエキゾーストでは
全域パワーアップになってしまうと思いますのでご了承ください。
3大トレール車中最も取り回しが難解なRMX250Sは2000年に治具製作してラインナップに加えていました。
16年間で100本以上売れたと思いますが、2000年の治具はそのままにチャンバー形状の見直しを再三行っていました。最後に実車確認してから10年くらい経過していて治具では詳細なクリアランスが
分からなくなってしまいました。
そこで旧式車ということもあり1年以上受注が無ければ廃番にする予定でした。
しかし、最近になって複数の注文がはいり、不明確なまま取り付け不良になっては困ると思ってお断りするつもりでしたが、幸運なことに車体合わせで作ってほしいという申し出がありました。

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先ずは従来とおり治具に合わせてチャンバー製作し、
車体に取り付けて確認するという手順にします。

微調整が効くように、溶接仮止めの状態で
車体に合わせてから本溶接します。


接合部が1mmずれてもテール部は1cmくらい違ってきますので、仮止めの状態が重要な工程になります。




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本溶接してマウントブラケットも取り付けてから実車に装着確認です。

フレームやウォーターホース、オイルポンプカバーなど隙間5mm?10mmくらいで完璧な取り回しになっていました。
これ以上内側には追い込めませんので
ベストな形状だと思います。







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フレーム下側のマウントが無くなっていましたので、アルミのカラーにゴム板を巻いて
オリジナルマウンティングブラケット作りました。

チャンバーマウントは2点止めでは振られてしまうので3点止めが理想です。









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現在めっき処理は受け付けていません。

錆止めに耐熱クリア塗布して発送するようにしています。

ついでにエンジンかけてブリッピングしてみました。
2スト250ccの甲高いサウンドです。
高回転もよく回るのでメインジェット上げられるかもしれません。
この車両、林道よりオフロードコースで乗る機会(エンデューロ)が多いそうなので調度いいパワーでしょう。






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これは80年の世界GPかな。
アキラ・ワタナベ
ハリー・エバーツ
マーク・バルケニアス

125ccモトクロッサーのワークスマシンが水冷化された年で、翌年市販車が一斉に水冷エンジンで発売になりました。

日本人として誇らしい表彰式ですが
渡辺さん以降世界GPで優勝できるライダーが一人も出てこないとは、当時予想できませんでした。




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今度の日曜日がクラブマンMX最終戦ですが私にとっては、この20年で最も重要なレースとなります。

それなのに天気予報は雨、
おとといの雪でコースは酷い状態なのに追い打ちをかけるような仕打ちです。

タイヤはソフトパターンの新品がいいでしょう。
しかし、MXタイヤの定価を見て驚きます。
この値段で買っている人はいないと思いますが、ネットの影響でタイヤ価格は値崩れしていて定価の半額くらいが相場のようです。
私は業務用なんで部品同様に注文しておけば翌日届けられるので簡単です。
ネットより運送代が掛からない分、安価だと思います。

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雨と決まっていれば迷う必要がないので

あとは当日走るだけです。

泣いても笑ってもあと2ヒートでランキング決定です。
最終戦までもつれ込んでしまったのは私の力不足ですが
50過ぎてからのMXをどのようにやっていくかが課題なので苦戦することも楽しみのうちと思えば気が楽になります。

今日は良くないニュースですが、原発の廃炉費用が当初の800億円から数千億円に膨らむということです。
最初の試算の根拠がなかったのか、それとも瓦礫の撤去に800億で本格的廃炉作業はこれから始まるので増額されるという見方もあります。
これには事故の賠償は入っていませんし、全国に54基もある原発の廃炉はこれからのことで
発電もしなくなった原子炉に40年かけて何10兆円もお金を払い続けるなど、最初からわかっていたはずなのに、なぜ原子力発電に着手してしまったのか。
それだけでなく核の廃棄物処理も全く決まってないまま、川内、伊方と再稼働してしまった。
有権者は全く無力です。
戦後CIAと中曽根康弘さんが組んで原発を推進したらしいですが、推進した本人が「原発計画は間違っていた」とコメントしておられるのですから、他の国民のうち誰が正解だったと言えるのでしょうか。

私の推察ですが、原子力開発に一歩リードして最初に核を持ってしまった米国が、被爆国日本に対して
憎悪しかない原子力に対して未来のある幸福のエネルギー政策であるかのように意識改革をさせたかった。
これは見事に成功して一時は資源の無い国日本にとって起死回生の政策として多くの国民が賛同したでしょう。
それから安倍総理も言っておられるとおり、原子炉の運転によって生成されるプルトニウムは核に必要な原料であり、日本にはロケットを飛ばす技術もあり、核保有国と同等の技術力を持っていることで抑止力になる。
(国内で核兵器をもたなくても原料や技術は輸出しています。使用済み核燃料を仏に送っている等)
そして原発を建設された僻地の住民に対して、産業に乏しいことをいいことに交付金という飴を見せて
悪魔の契約を結ばせる。
問題さえ起こらなければ原発周辺では夢のような甘い条件ですから、屈服させられる気持ちはわかりますが、有事の際の避難計画は「絵に描いた餅」、伊方の現地見ましたけど、絶対無理です。震災で炉心が壊れたときは、おそらく被害者を見捨てる気であることは明白です。


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営業色のないホームページですが
たまにはコマーシャルしましょう。


僕はあまり興味ないんですが
(実車持ってないですからね)

よく頼まれるのがKDX125サイレンサーです。
チャンバーとセットの場合もありますが
チャンバーはややこしいのでラインナップじゃないと申しておりますので
サイレンサーのみ受け付けております。

治具に合わせて取り付け位置を決めています。
原付2種ですから、2スト廃止後も保有台数が減らないのだと思います。
量産はしないですが毎月少量作っているので主力商品になってきました。

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バフがけして完成です。

自家製のバフですが
研磨だけの依頼は引き受けておりません。

研磨専門店の方が仕上がりがいいですからね。



出口の形状





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サイドビュー


価格は¥12300 と

送料¥1000(本州) で

合計¥13300(税込み)

たまに面識のないお客さんから
「もっと安くできんか」と言われるので
あなただけ割り引かなければならない理由がありません。
どちら様も平等でお願いします。
愛媛県人として20年間生活しましたが、行ったことない場所の方が多い自分ですが
今更のように故郷の景色を見ておこうと思い立ち、今年中に入っておこうと決心したことが実現しました。
それは、伊方原発3号機の再稼働が決定し、先日の熊本、大分大地震を受けて同じ中央構造線断層帯に近い伊方原発がM8.0クラスの地震に見舞われたとき、あの故郷に近い絶景を見ておけば良かったと後悔しなくて済むようにしておきたかったのです。
愛媛県知事が「福島第一原発事故のようにはなりません」と言って四国電力に原発の再稼働を許可した理由を述べておられましたが、全然理解できてない説明であったと言わざるをえません。
そもそも福島第一が炉心溶融に至った過程は解明できていないはずです。
冷却水を回すポンプの非常用電源が津波により浸水し、電源喪失したことは間違いないですが
それ以前に高濃度汚染水が循環する配管が無傷であった確認はできていません。
一部でも配管に破損があれば電源喪失していなくても冷却水は漏れた(即ち冷却不能)可能性があります。
それに東電管内は原子炉設備の事業者はGE(ゼネラルエレクトリック)の沸騰水型軽水炉。
四国電力は三菱重工、3号機にいたってはWHウエスティングハウスエレクトリック)の共同事業の加圧水型軽水炉ということで冷却水配管の構造も別だというのに、耐震対策をした、津波は8m以下の想定だから大丈夫、強固な岩盤の上に建設したので地震から受ける揺れは緩やか等々、自然の脅威を楽観視した説明しかされていません。これで安全が証明できたわけではありません。
しかも伊方町住民の避難ルートは地震や悪天候を受けてない平常時の道路事情や三崎港からの海上交通手段で想定されていまして、一本しかない国道は急斜面に造成されておりがけ崩れや崩落が無いとは言い難い。
津波を被った港湾にまともに船舶が使えるとは考えられない。
住民の大半は高齢者で自力での移動が困難。
こんな状況で原発が被災したことを考えると、この場所で原発を再稼働できる心理が理解できません。

そうは言っても今の私は埼玉県人、伊方町に行ったことも見たこともありません。
なるべく早いうちにと思っていましたら、先週ちょうど実家で法事がありましたので、この機会を逃したら
今度いつになるかわからないので強行スケジュールで行ってきました。

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高速道路を走ったのでは田舎を見たことになりませんので全部国道を走っていきます。

小松町の実家からR11を松山方面へ
桜三里のワインディングは学生時代と変わらぬ景色。
愛媛県庁前で止まって撮影です。
松山城の城山と路面電車と県庁が同時に写るスポットは日本でも稀でしょう。

実はこの時から雨が強くなってきて、合羽無しでは無理な感じになってきました。
ここまできたから引き返すつもりは毛頭なかったですが、過酷なツーリングの始まりです。

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最短ルートは松山市から伊予市に向かい海沿いのR378を大洲市まで走ります。
伊予灘を右手に見ながら中速のワインディングが続きますが雨は本降りとなりアスファルト路面は川のように水が流れ、フルフェイスのシールドも水滴で視界不良という悪条件ですが
自分の腕を信じてスリップやオーバーランで対向車と正面衝突だけはならないように慎重に走行してきました。
全然余裕ない感じで道中の記事はありません。

佐田岬半島付け根からR197問題のルートへ入っていきます。

まもなく伊方原子力発電所の看板が見えたので右折して半島の北側斜面へ降りていきますと原発建屋が見えました。
ここは一般者立ち入り禁止の斜面を降りて山側から撮影したのでパンフレットにはない角度です。
不気味な静けさと山側から人が侵入することは困難な場所です。
今は立派な道路が建設されていますが建設資材は海からの搬入だったでしょう。
これだけ大規模な施設ですから柑橘類の栽培や漁業しかできない過疎の集落でも雇用が生み出せたことが想像できます。

CIMG5814.JPG途中、半島の尾根には風車が連なって設置されているのが見えてきて
霧に見え隠れする巨大風車が幻想的でもあります。

原発誘致する代わりに自然エネルギーも積極的に推進する姿勢も見せているようですが
この日は風車全然回っていませんでした。
おそらく発電量ゼロでしょう。
見かけは大がかりですが効果の方はいかがなんでしょうか。




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公園に設置された支柱が確認できます。
根元の直径は3mくらいでしょうか。
そして高さ3mくらいの鋼鉄のパイプを25個溶接で積み上げてある支柱です。
なので推定高さ75m
羽一枚の長さも支柱の半分弱ですから25mくらいと推察できます。

地下の構造は見えませんが、これだけ大きな物が安全に立っているためには地上と同じくらいの重量物が埋設されていると思いますが地表部分の連結はM30くらいのボルトナットが200本くらいでフランジを締め付けてありました。
発電機のメーカーは原発と同じ三菱重工です。

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R197通称「佐田岬メロディー道路」の途中で半島の横幅が1kmくらいになる場所があって北側に瀬戸内海(伊予灘)
南側に宇和海が同時に見えます。

晴天なら青い空に青い海が見えるわけですが、この日は霧にけむる半島です。
両側が急勾配の斜面で建物は全く見当たりません。






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崖下の海面をみると、綺麗な海水で
岩礁や白い砂が確認できます。
潮の流れは急ですがよい漁場らしく
漁船が大勢で操業していました。












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さて、国立公園となっている佐田岬灯台の駐車場に辿りつきました。
ここからは徒歩で完璧に整備された遊歩道を1.8km徒歩で岬の先端へ向かいます。

遊歩道の途中で海岸に降りられるようになっていて、この絶景が現れます。
しばし見惚れてしまいました。

左の岬の向こう側に灯台が見えるはずです。




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やっと白亜の灯台が見えました。
神々しい眺めです。

大正7年(1918年)から投光開始されているそうです。

昔の人はこんな足場の悪いところでも立派な建造物を作る馬力があったのだと思うと感動しますね。
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こんな雨の日にわざわざ佐田岬を目指す2輪ライダーは私だけでしょう。
だから晴天の青い海が写り込んだ画像しか見たことないので、雨の灯台の景色が逆にめずらしいでしょう。

晴れていれば豊予海峡の対岸に臼杵市や大分市が見えるらしいですが(14km)この日は霧で真っ白です。

ここは岬の山頂部で椿山という展望台から見た景色です。




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今日の相棒はヤマハR25です。
小松町の実家を出発して
ここまで4時間走りっぱなしです。
合羽を着ているとはいえ水が浸みてきて全身びしょ濡れになり
スリッピーな路面で体重移動を繰り返しながら、メシも食わずに走ってきたので疲れてきましたが、また同じ距離を走って帰らねばなりません。







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再び雨のツーリングで全く余裕なく道中の記事はありませんが

一つだけ見ておきたい場所がありました。
「元日本で最も海に近い駅」として知られる予讃線「下灘駅」です。

1990年代に海岸を埋め立ててR378を整備するまで日本で一番海に近い駅だったそうです。
晴れなら青い海の絶景だったはずですが、
やはりネズミ色の海でした。
この景色も逆にめずらしいですね。


伊予市から伊予大洲駅まで海側を走る予讃線の支線で伊予市から4駅目にあります。

このあと松山市からR11を弾丸で走って家に着いたら、850km埼玉へのナイトランが待っていますので体が休まらない週末でした。
444サイレンサーの続きです。

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サイレンサー本体は組みあがりました。

まだまだ完成ではありません。













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マウントステーをこしらえます。

純正同様のラバーブッシュは支給品ですが
純正パーツリストに品番はありません。

マフラーCOMPに組み込まれた部品なので
ブッシュ単品の設定がないのです。

これはゴムメーカーに発注して製造していただいた部品だと思います。

ラバーブッシュはカラーに圧入しますが
圧入荷重のデータが無いために
カラーの内径を精密に加工しなければなりません。
内径が小さいと圧入できません。
内径が大きいと緩くて抜けてしまいます。
圧入荷重を適切にする加工寸法は私独自の理論がありますので、今回はそれを活用して行います。

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ブッシュの圧入は最後に行います。
圧入後溶接だとラバーが燃えて無くなってしまうためです。

そのためダミーのブッシュを作ってカラーの位置決めと仮溶接を行います。









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シートレール下のマウントステー

こちらは純正のラバーマウントステーを用いて位置決め(仮止め)します。

仮止めの熱でもゴムが焼けてきますので
本溶接は車体から取り外して行います。









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ラバーブッシュ圧入

完璧な圧入荷重でした。
けして外れることはないでしょう。












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マウントステー溶接完了。

これにて444サイレンサー全行程終了します。

ホーリーさんとこで塗装して商品化される予定となります。





誠に勝手ながら今週末からしばらく連絡とれないとこへ行くため、ご用の方は29日以降にお願いします。

日曜日のMXVは予想に反して雨も散水もないドライコンディションで本来走りやすいはずなんですが
自分の問題でダメなレースでした。
全然荒れてない路面なのに2回も転倒した250クラスと熱中症気味でペースダウンした450クラス
どちらも5位でしたが参加台数が少ないので30台出走なら10位とか20位くらいの結果でしょう。
このまま沈んで行きたくはないですが、老化だと受け入れておきます。

さて今週はこれです。

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444サイレンサー純正もどきです。

鉄板を巻いて作ります。

前後キャップは金型作って型押しする予定です。










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別件ですが、これは金曜までにやるんです。

長いエキパイを切り詰める作業ですが
エンジンも含めて完成形は無いみたいです。
できたものに対して常に新な要求が生まれてきて終わりがありません。
急な依頼は普通はお断りするんですが、
半年待っておられるお客さんもありますからね。
ちょっとこれはお断りしにくいといいますか
命令に近いものがありますので
なにがなんでも金曜までです。
(大したことしないんで大丈夫かな)


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サイレンサーエンドです。

丸棒から削った金型オス、メスを使って型押ししました。

板取寸法も成形を左右する要素なので
若干のトライが必要です。

与えられた見本の形状に沿った作り方を考えていますが、経験や知識はゼロに等しいので悪戦苦闘の連続です。(大袈裟な表現)




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サイレンサー・フロントキャップです。

プレス成形ではありませんが
サイジング用の型に押し込んで叩いて作りました。

パーツ毎に作っていますので
構成部品が揃ってから一気に組立てます。








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ちょっと残業してエキパイの切り詰めやっておきました。

CRF250は、やってないですからどんな仕様かわかりませんが、これで走りがよくなればお安いものです。










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ジョイントパイプ

砂詰めない手曲げです。

パイプエキスパンドは型押しで











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セパレーター

当然必要な構成部品です。

わかりやすく先に入れた図になっていますが
サイレンサー側に入れて溶接してから差し込まれる順番になります。








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パンチング

中身は防錆のしようがないので
0.8mmステンレスで巻いています。
もちろん鉄より固いです。




シンプルなサイレンサーですが
構成部品はまだまだあります。


80年代CR125の無限キットに使われていたピストンは444流用でした。
狭山レーシングで83の無限シリンダーを貰ったので、朝霞の無限本社までピストン買いに行った記憶があります。
444は市販車でもポーラスめっきシリンダーだったのですね。
それから世紀の失敗作フロント23インチもこの年(79年)だけの仕様。

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これはホーリーさんからの預かり物で
無限のファクトリーマシンらしく
前後サスペンションやチャンバーが量産とは違っています。
フロントも21インチに換わっています。

これが発売されたころ私は高専の2年生で
学生寮の勉強部屋にこれのカタログを貼っていましたが、高嶺の花で実車を見たのは
五明(松山オートテック)でしかありません。

まだどこの会社に入るかもわからない時代でしたから、これも何かの縁でしょう。



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今回はこの無限パイプの複製を頼まれましたが、プレス成型でなくハンドワークの手巻きと膨らましで似せて作ろうとしています。

量産型とは全然違う形なのでこのマシン所有しているレストアラー向けの補養パーツになるはずです。









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このパイプも激しく腐っています。
なんとか補修して使い続けようとした痕が見えますが、ここまで腐ったら諦めたほうがよいでしょう。

その代わりに寸法図って新品複製します。










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こんな感じで型を決めている最中です。

オリジナルもそうですが、ハンドル切ったときにフロントフェンダーが擦ってしまうので
なんとかギリギリ交わせたらいいのですが
難しいところです。



サイレンサーも横から突っ込まれて曲がっているので復刻する予定です。
これは位置決めの治具代わりです。




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なかなか似ているでしょう?

この型で行こうと思いますので明日から生産に掛かります。

完成までお待ちください。

廃番になった国産トレールモデルの代表格。
2スト生産終了になってからチャンバー作り始めて18年くらい経っています。
年間50台くらい生産とすると生産台数900台を超えていると思いますが
まだ初めて付けてくださるお客さんがおられるのですね。

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作ったらすぐ出荷してしまうので
CRMとRMXという2機種が揃っている図は珍しいので画像撮っておきました。

用途はナンバー付トレール車のエンデューロから林道ツーリング、公道専用と様々なシーンが想像されます。

レーサーモデルのマフラーではこのような長期間売れ続けるものは無いだろうと思いますので、ウチの主力機種ということになるでしょう。


                  
スチールチャンバーを初めて装着する人も少なくないようで
錆などについての質問を受けることがあります。
普通の商品なら買ってきたままで装着するわけですから、塗装もしてない鉄板は大気中で錆びてしまいます。雨や泥水を被ると即日赤錆になるでしょう。
レース用チャンバーなら未塗装というのが私のポリシーです。全開走行して焼いておけば錆の発生を防げるからです。
頻繁に整備もしますからチャンバー外して磨くことも手入れのうちと考えているのですが
一般の人はなかなか面倒でそんなことはしないと推察されますので
買っていただいたチャンバーがどこかで錆び錆びになっているのは忍びなく思うようになり
出荷時は耐熱クリア塗装してありますので大気中で錆びることはありませんが
排気熱やタイヤからのチッピングで段々剥がれてくるとは思いますが、そのときは剥離して再塗装すればよいでしょう。

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先日サスペンションのブリッツ・Sさんとこへ納品にいったとき
オーナーの中村ホールディングスさんが所有のハーレーダビッドソンFLH1800からインジェクターが外され、インジェクターの洗浄に出す話をしていたので
「私のもやってもらえませんか」と頼みましたら快諾してもらえたので、早速インジェクター外しました。

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4輪ではポピュラーなチューニング方法らしいですが
2輪も吸気系の構造は同様になっているので当然やるべきことだと前々から思っていましたが、なかなか機会がなく放置しておりました。

キャブレターでいうとメインジェットとニードルジェットのような役割のインジェクターですが
精密な部品なので僅かな消耗や汚れで性能が変わってしまうでしょう。

症状としてはインジェクター内のフィルターやノズルが詰まってパワーダウンします。
エアクリーナーに設置されたエアフローメーターで吸入空気量を計測しECUで瞬時に計算された燃料を適切な空燃比で噴射するという離れ技を行っているわけですが、電気的な信号を信頼するならインジェクターは動的な機械部品なので信頼性を保つことがエンジンの性能を発揮するために必要だと考えます。


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これがCRF450のインジェクターです。

フューエルポンプで一定の燃圧がかけられた状態で
インジェクター内のコイルに通電されると
ソレノイドが動いてプランジャーを開いて
燃料を噴射するというしくみです。

したがってプランジャーの開放時間が燃料の噴射量を決定するということなので
今回はその通路を洗浄して
設計通りの流量がえられるようにするという目的です。

施工業者さんから実施前後のデーターもメール送信されますので効果が可視化できます。データーは燃圧2.5ber時の噴射中画像と1分間の消費量で比較したものになるそうです。
燃料消費量が増えることで、元の状態よりスムーズな流れが得られたと考えられるわけですが
パワーアップと同時に燃費が悪くなるとお考えの方は誤りです。
例えば常用回転域でエンジンパワーが低いと余計にアクセル開けて回転数を増そうとしますから
これが燃費の悪化につながります。低速から十分にトルクが出せれば加速もよくなるので
結果的にアクセル開けなくてもよく走るということになるでしょう。

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インジェクター内部は壊さないと見れませんのでノズルの部分だけ観察しますと
このような穴が開いています。

ステンレスの板におそらくレーザー加工された精密な穴は
この機種ではφ5のノズル径に対して、推定φ0・2mmの穴が12個開いています。

この穴径と数が燃料の微細化と流量を決定していることから
吸入空気と吸気ポート内で混ざり合い燃焼室へ取り込まれる工程の要の部分であると言えます。

本田技研工業という会社の身分制度、江戸時代に例えるなら
現役の正社員や定年退職した人は武士、社長は将軍、所長クラスは大名とでもいいましょうか。
主任以下は下級武士、昇進したければ上司の気に入るように振る舞わなければなりません。
限られた特権階級の武士は豪商と癒着して私腹を肥やす。
そんな、ごますりや不正行為を見ながら、腐りきった会社組織から脱却したいと考え
武士を辞めると表明したらどうなるか、禄は取りあげられ屋敷も没収、無一文で世の中に放り出されることになります。
身分は都会なら町人、田舎なら百姓(農業従事者を指す言葉でなく、職人やその他の事業も含む)になります。
私は下級武士から足を洗って町人(手工業)に変わったので武士である本田技研工業の社員さんとは身分が違うので、対等にお話しすることはできないことをご了承ください。

最初の配属先の品質管理室に他の事業所から配属になった社員は初日の朝礼で挨拶するのですが
朝霞研究所から転勤してきた人の自己紹介でこんなのがありました、
「NR500のレースメカニックでR・ハスラム車を担当していました」
一見花形職業のように思えて、新人だった私は、すごい職場だなと思っていましたが、
朝礼の空気は冷ややかなもので「それがどうした、会社のカネで遊んでいたんだな」
「ここは量産車を製造する工場だからいままでのようにはいかないぞ」
そんな無言のプレッシャーを職場内に感じていました。
レースメカニックや開発業務というのは自分の意志でなく、たまたま配属先がそこだったというだけで
そこで才能を発揮するか落ちこぼれていくかは個人の技量の問題。
プロジェクトが解散すれば余剰の人員はよその部署へ移動になる。
与えられた仕事は全て経営側の企画に基ずく命令であるから、幸運にもレーシングマシンの担当になったとしても、いつまでも任されるわけではなく、いつかは辞令がきて移動になるのが会社員の宿命です。
私も新工場のプロジェクト(栃木、イングランド)で何年も移動になっていましたから、この先も上司の思惑で移動させられて適性にあってもいないことをやらされるかと思うと、会社に嫌気がさしてしまったのが退職の理由です。
定年まで勤め上げた人は相当我慢強いか、独立してやりたいことがなかったのでしょう。
いずれにしましても身分が違いますので、一定の距離は置いておかねばなりません。

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会社辞めてから始めた仕事なんで

会社員時代はこんなもの作れませんでした。

必要に迫られて考えてきた結果です。

曲ったパイプを自分の設計図に従って作っていきます。

これは2000年ころから作っているRMX250S(ストリート)
CRMと肩を並べる需要でしたが
近年は年間に数えるほどしか作らなくなりましたので廃番の時期が近いでしょう。

大体3年くらい注文のない機種は型や治具を廃却するようにしています。
治具置き場に限りがあるので、全く売上げない機種のために倉庫代をかけられないためです。

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パイプつなぎ終わりました。

15年も前に作った古い治具なので作り難いです。

現行車なら迷わず新型起こすところですが
RMXは絶版車なので
型の見直しをすることはないでしょう。







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2月ころ注文された商品ですが
完成のメールを送ったところ
支払いを待ってほしいという返事。

事情はわかりませんが、
通信販売ですから代金お振込みが無い場合は発送できないだけです。

大体1週間くらいが目途で対応なき場合はキャンセル扱いとさせていただき、以後請求はいたしません。

順番に作っているのですが次のお客さんに振り替えさせていただきます。
オートバイとは人が移動する乗りもの。当たり前ですが玄関から乗って好きな所へ行けるのがオートバイと思っているので、レーサーはオートバイとしての要件に欠如した乗り物です。(何処にも行けませんからね)
そのくせ私は一般道をオートバイで走るのが好きでありません。
特に信号機が多い道や自動車が連なって走っている状態が苦痛で仕方ありません。
それは自由がないからです。自分の好き勝手に走っていては、たちまち事故になってしまうでしょうし
見通しの悪い脇道や無法な自転車や動きの読めない歩行者などに注意しながら走るのでは、楽しみでも何でもないと考える人も多いのではないでしょうか。
だから、トランポなどで運搬する煩わしい思いをしてモトクロスに出かけるわけです。
一般道に比べれば相当な発散ができるからです。

そんな私でも場所と乗り物によっては楽しめる道路もあります。
愛媛の実家周辺などは、信号も交差点もない、歩行者も自転車も対向車も滅多に見ない
数えきれないカーブに勾配のきついアップダウンまである、ジャンプ以外の2輪テクニックを駆使して走るコースが多数存在します。
スピードなんか80キロも出れば十分なので大排気量車は持て余すだけです。
中型車でもちょっと重たい、原付一種ではパワーが足りない。
そんなロードには原付二種が最高だと思います。     

先日お客さんのKDX125SRのチャンバーを作って試乗したとき思ったのですが、一般道を走るに於いてこのエンジンは最高ではないか。
低速から充分なトルクを持って一気に高回転まで吹け上がるし、3速くらいで法定速度を軽くオーバーしてしまうので、全開しなくても余裕でスピードに乗れる扱い易さ。
そこで、こんな妄想をしてしまいました。
このエンジンを125クラスのロードレーサーのシャーシに載せて、田舎のワインディングを攻めたら、さぞかし楽しかろう。
トレールバイクでダートを走るのもつまらんだろうと思います。普段モトクロッサーで走っているので
性能の低いサス性能と走りずらい路面を想像すると、とてもやる気がしないのです。
絶景の景色を観るためにはダートバイクでも行けない場所が殆どですから、そんな場所は徒歩が一番です。

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最後の生産から15年以上経過していると思われるKDX125SRですが

原付二種なんで持ってても邪魔にならんのが人気の秘密でしょうか。
ステイタスにはならないですが
乗る喜びが他のカテゴリーのオートバイより広がる感じがするのですね。

お陰さまで、サイレンサーをラインナップに加えてからインターネットで探し当てて注文して下さるお客さんがおられるので、時々作らせていただいております。



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2ストトレール車は同じデザインで統一していますが

量産型ではありませんので
毎回ハンドワークで1個づつ作りますので
時間がかかっております。

このサイレンサーは2月にご注文で今頃完成しているのですから
長期間お待ちいただいているお客さんには申し訳なく思っています。





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2スト全盛期はマフラーのメーカーもたくさんあって、注文すれば直ぐ手に入る時代もあったようですが
絶版車のマフラーを新規に作っても
販売台数は期待できませんから
1個だけ注文に対応できる
超零細の我が社に辿り着いてしまうということなんです。

宗一郎さんじゃないですが、私の体が動く内は最後のお客さんまで対応していくでしょう。

人類にとって貢献度の高い発明を3つ挙げるなら自動車、コンピュータ、原子力発電と考えます。
その影響度を示す事例として3つの発明品は大量に人間を殺害していることが挙げられます。
自動車は交通事故、毎日どこかで死亡事故が起きています。
コンピュータはインターネットを通じて多くの犯罪手段に利用されます。
ISの兵士の勧誘もこれがあることで実現され戦闘やテロ攻撃で大勢の人が死んでいます。
そして原子力発電はその前に広島、長崎原爆投下、大国の度重なる原爆実験による被爆。これと同じベースの技術を発電事業に転用し
チェルノブイリ、JOC臨界事故、福島第一原発、次はどこか・・・
高効率、便利性と引き換えに現在も起こり続けている現実です。

中学生のころオートバイに興味を持ち、得られる情報は雑誌のみという環境の中
タコメーターとかセリアーニなどという初めて見る単語が出てきて意味も分からず記事を読みあさりました。
やがて文章の前後関係や用語辞典を読んだりして単語の意味は自分なりに解釈するようになりました。
バイク好きの同級生がカワサキZ750のTWINとFOURが発売されたときに
「TWINは2スト、FOURは4ストに違いない」と言っていたので心の中で笑いました。
こういうことは中学や高校では教えないので自動車やオートバイに乗らない人は大人になっても知らない人もいるようです。

それと同じように原発に関する知識も大学で勉強した人や発電事業に関わる人でなければ知らないことばかりではないでしょうか。
私もそんな原発無知の一人なんで2輪雑誌読みあさる中学生レベルに調べてみました。

伊方原発.jpg

佐田岬半島の根元、瀬戸内海側から見た伊方原発

先日熊本大地震が起きた中央構造線の真上に設置された原子炉です。

ここが同様な地震に見舞われたとき、どのような被害を想定するでしょう。

再稼働が決定した今、避難ルートだけは真面目に検討した方がいいと思います。


オートバイを知るとき、どんなメーカーがあるか調べましたね。
国内は4メーカーが常識ですが、日本の原発メーカーは3社です。
東芝WH(ウエスティングハウスエレクトリック) 加圧水型軽水炉(PWR)
日立GE(ゼネラルエレクトリック) 沸騰水型軽水炉(BWR)
三菱重工 沸騰水型軽水炉

炉の形態としては高速増殖炉(FBR)、これは2050年ころを商業ベースに開発中ですから実用化は未定の段階です。

福島第一原発事故以来、全国で43基もの原子炉が停止中で5年も経過しているのに、原発関連の社員は保守点検だけの役割で原発による売り上げは一円も無いにも関わらず給料を貰っているはずです。
もちろん一般家庭や企業からの電気料金から給与捻出されているわけで、関係ないと思う人もこれを維持するための資金を払っているのです。
知らなくても大勢に影響ないと考えるか、自分たちが払っている電気料金の使い道に対して注目するかは自由ですが、少なくとも国策でやっているエネルギー政策が我々の生活や未来を支えていることに興味を注いだ方が有意義ではないでしょうか。

福島は日立GEの沸騰水型軽水炉
伊方は東芝WHの加圧水型軽水炉 軽水は普通の水です。それに対して重水は中性子を減衰させる効果があるため量子線治療などに使われる特殊な水です。

加圧水型と沸騰水型の違うところは原子炉内を満たしている冷却水が沸騰して配管を循環している沸騰水型に比べ、加圧して1次冷却水の沸点を上昇させ高温になった冷却水で2次冷却水を蒸気にしてタービンを回す圧力としている点です。

前者は放射能化した水がタービンや腹水ポンプなどシステム全体を回るため、保守点検時の被爆に対する配慮をしなければならない。
後者は1次冷却水のみ放射能化するので蒸気タービン以降のシステムは低線量であること。

大地震の場合は強固な原子炉や格納容器が破壊することは考えにくいが、この冷却水やポンプを固定している部分が外れたり亀裂が入って、冷却水が噴出し建屋内が高濃度放射能で汚染された上、原子炉が空焚きになってメルトダウンすることが懸念さます。
新規制基準に適合したとしても予測不可能な大地震の揺れに一点の亀裂、破損が起こらない配管ができているとは到底信じられません。

現状では大震災に見舞われたときはアウトの可能性が高いので放射能が漏れた地域は双葉町、大熊町と同様な結果になると思います。
あの美しい故郷の景観も永遠に見納めとなることでしょう。
唯一つ出来ることは生きている間に原発を大震災に見舞われないように祈るだけです。

原子炉といえば核燃料が必要ですね。
どうやって核燃料は製造されているか。
やはり国内のメーカーは3つでした。
三菱原子燃料
グローバルニュークリアフューエルジャパン
原子燃料工業

原料となるウラン鉱石は外国から買い付けています。
おそらく三井金属のような商社がオーストラリアや南米の鉱山と契約して採掘してもらっているでしょう。
なぜ日本にウラン鉱山が無いかというと、日本の国土は地殻変動でできた比較的新しい土地だからです。
それに比べて太古から大陸だった土地は古い地層が浸食されて地中深かった層が地表近くに露出しているためと考えられます。レアアース、レアメタルの類も同様ですが
地球がドロドロと熱く柔らかかったころ宇宙から飛んできた隕石に含まれた元素で、比重の大きいものが地中深くに沈んで固まったものが鉱石です。
鉱石ウラン自体は放射能も低レベルで人体に被害を及ぼすこともないので、民間の工業地帯でウランの精製(化学的処理や遠心分離などにより不純物を取り除く)しても周囲の環境に問題ないとされています。
そうやって濃縮されたウラン235(同位体)は粉末にされて圧粉成形したペレットに加工されて鋼鉄の筒に詰め込まれたのが燃料棒になります。
鋼鉄の筒の内部には高温になると分解して中性子を吸収して加熱制御できるジルコニウムで被覆されています。
核爆弾と原子炉の違いは核分裂反応を制御しているか否かということにあるのです。

ですから日本は核兵器を持たない変わりにいつでも核転用できる材料を保有すると宣言しているのです。
すなわち核を作れる技術を持っていることで抑止力を発揮しようとしているわけです。
プルトニウム239(同位体)はウランの核分裂反応で人工的に作られる元素で核分裂時の発熱がウランより大きいので原子炉の燃料として効率が良いといえます。
同時に核爆発のエネルギーが大きいということになります。

さあ我が国の抜け出すことが不可能なエネルギー政策のスパイラルに、いやでも巻き込まれていくことにお気付きになっていただければ幸いです。

核の惨禍を完全に消し去る方法は全国民が江戸時代の生活に戻ればよいだけですが、それができないから回避不能だと考えられるのです。


私は愛媛県出身でありながら日本で最も細長い半島、佐田岬へ行ったことがありません。
中央構造線に沿って40kmもある半島は瀬戸内海と宇和海を分けた形で両側が海という絶景だと聞いております。
是非今年中にオートバイに乗って走ってみたいと思う場所です。

佐田岬.jpg


半島の根元にあたる伊方市にある伊方原発は愛媛県唯一の原子力発電所ですが
2011福島第一原発事故の翌月から停止したままです。

それが原発規制安全基準に適合し、3号炉への燃料棒157本の注入が完了しました。
そのうち16本が再使用燃料MOXということです。(プルトニウム&ウラン)

再稼働される原発としては川内、高浜に継ぐ三番目になります。

私は愛媛県人として育てられ、電力会社社員の父親の家庭で21歳まで生活してきました。
福島原発事故の後、電力社員だった父親に福島第一原発の事故について問いかけたことがあります。
安定した収入、手厚い退職金や厚生年金、企業年金をもらい不自由なく老後を過ごす立場の父親に対しては辛辣な質問だったと思います。
そして父親の答えは、
何の一言もありませんでした。数分間の無言の状態、一人の人間としてどのようなことでもよかった、率直な意見を聞いてみたかったのです。
しばらく私は落胆して、この人は何も考えていなかったのか、または都合のわるいことは話したくなかったのか、真相はわかりませんがその翌年に体調を崩し85歳で亡くなりました。

もちろん発電所勤務でなく配電の仕事が担当でしたから直接責任はないですが、この国のエネルギー政策に対してそれを享受する国民としての考え方に活き詰まっていたから、生粋の電力マンに聞いてみたかっただけです。

放射能の人体に対する影響は世間で思われているほど深刻でないという意見があります。
年間100ミリシーベルトの基準などより自然界の被爆の方が高レベルという見方もあります。
航空機で移動したり、医療用X線撮影、中国などの原爆実験による核物質飛散のように原発以外の被爆が圧倒的に多いのに関わらず発がん率の増加は認められないなど
事故がなければ原発は全く無害のように思えます。

そして地球温暖化対策は急務、頻繁に起こる自然災害の脅威は原発事故の被害を凌ぐかもしれません。
しかし世界3番目の経済大国である日本は京都議定書による温室効果ガス削減率1995年比96%を目標としているため、最も効果的な原発推進を止めるわけにはいきません。
原子炉冷却電源喪失という重大事故を起こし、事故から5年経った現在も20万人以上の避難者、帰宅困難者がいて、廃炉の道筋も明確にされていない現状でもインドやアジアの諸外国に原発を輸出しようとする矛盾。

原発はもともとは大量殺戮兵器の開発を応用したものは周知の事実。
実質アメリカの言いなりに核の平和利用という刷り込みで始められた発電事業。

技術も設備建設もGE社お任せの素人創業で、使用済み核燃料の処分方法は当時の政府が「将来の人に考えてもらおう」ということで先送りのスタートだったそうで、当時の日本としてはそれを受け入れる以外に知恵が無いという状態だったでしょう。
安定供給が難しいとされている自然エネルギー、風力や太陽光はいいとして世界一の火山帯である日本で地熱発電をやらない疑問。どうやら国土庁や林野庁が国有地の開発を規制して進まないのだとか。
その代わりに稼働実績のある原発再稼働を進めるなどという愚かな判断しかできないのなら、せめて核の廃棄物をどのように処理するのか決めてからにしていただきたい。
放射能の人体への影響は少ないと論じている方々の敷地に格納庫を建設して保管していただければ問題解決なのではないですか。
そのかわり土地の資産価値が下がるなどと言うでしょうからそれに対する補償を国からしてあげればどうでしょうかね。
今のままではどこの自治体も「電気は欲しいけど廃棄物はいらないよ。」ということで永遠に解決しない問題で、そのうち当事者は寿命がきていなくなりますから再び「将来の人に考えていただきましょう」ということを繰り返すことでしょう。

もう一つおおきなパラドックス、核廃絶を訴えて大量の核を保有する国日本。
原発は国内43基、米軍の核持ち込みは禁止しているけど、43箇所の地元に核を大量保管したままなのです。
米軍だって爆発させようとして持っているわけじゃないです。護身(=平和)のためという理由です。
核持っているという現実を言葉を変えて肯定していることになりませんか。





こういうことを書いていると、「オマエは何をいいたいのだ」と言われそうなので
全く無能力で影響力もないことを踏まえた上で
気持ちは核のゴミが増えるだけで持って行き場のないことは止めるべきだと思っていますが(偽善)
人間は目先の問題の方が重要で後世にツケが回ろうが知らぬことです。
但し自分たちが生きている間に災害が起こらないように
活断層上の原子炉は稼働しない、殆ど海岸に設置された原子炉の非常用電源は津波を被らない
高台に設置するなど、既知の安全対策は徹底して再稼働する。
これしか、今考えられる方策はないですね。


こんなこともあります。
巷では燃料電池車というものが動きはじめて、水素燃料で発電して電気モーターを動かすというクルマがありますね。
水素だけではないですがガス会社が家庭用発電機も販売していて、自家発電すれば電力会社関係なく
環境性能もよいということで理想的なんですが、初期投資が問題なんで家を新築される場合の付帯設備として導入されるといいでしょう。(オレの収入では無理だけど)
当然ですが電気料金払った方が安上がりなんで、上流階級の話ですがね。

遅れに遅れ、KX250Fのスペアマフラーができました。
当初の予定は全日本MX関東大会まででしたが、動向を見極めながら2作目着手しました。
それは新型マフラーなので性能や耐久性の評価ができないまま、同じ物を作ることに懸念が残るためです。
2戦ほど現地で確認した上で、車検の騒音計測も若干の余裕があるということなので
性能向上のためのモディファイを施したスペアマフラーとなります。

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車体は返却したので治具に合わせてエキパイ作っています。

ノーマルのようなサブチャンバーを無くしました。
加速性能重視の変更です。
騒音に対しては不利ですが、測定値のマージンを使わせていただきます。
エキパイ管長は少し長くしています。






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サイレンサーは前回より50mmカットしています。
排気抵抗を減らす目的です。
ストレートのエキパイとショートサイレンサーの組み合わせはレスポンス型に変わっているはずです。

次戦は神戸SXということなので
助走の短いジャンプコースで細かくタイムを短縮していただきたいです。

アフターバーン対策のステンメッシュは早い段階で燃え尽きたそうなので
今回は線径の太いものに変更しましたので
車検対応には秘密のアレを入れてみると効果あるでしょう。(教えられません)

先週、軽井沢でクラブマンMXが開催されて、そのとき追突されて凹んでしまったマフラーを預かってきました。
カワサキのマフラーはエンドカバーだけ部品で取り替えられないそうで、サイレンサーボディ・COMPしか購入できないらしいです。
なんとかエンドカバーの部分だけ直したいと思うのは当然ですが、袋構造になっていて板金修理は困難です。

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中のパイプも溶接されて2重になっているため解体するのも厄介です。

こういう場合の直し方の1例を示しましょう。











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まずは凹んだ部分を切り取ります。

中身が露わになっていますね。

エンドキャップもサブチャンバーの役目をしているようです。










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新に鉄板を成形して溶接します。


なるべく元の板と段差が無いように付けるのがコツです。











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溶接痕を消すように研磨します。

パテ盛りではない証拠を表しています。












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マスキングしてエンドカバーだけ塗装すれば出来上がりです。

ほとんど修理痕は分からなくできましたね。

作業時間1時間くらいです。

板金修理って出来て当たり前のように思われていて、少しでも粗が見えるとマイナス評価されてしまう割りに合わない仕事だと思うのですが、どうでしょう?

ツインマフラーをフルエキゾーストで作るには相当な材料費、工数が掛かりますので
社外マフラーと互換性を待たせることで、スペアマフラーとして使えるという方法です。

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サイレンサー部分だけといっても
ツインマフラーですから、これだけの部品点数になります。

社外のジョイントパイプは左右同じサイズでφ40のパイプを差し込める寸法にしてあります。

パンチングパイプにはスパークアレスター付きがお約束になっています。(アフターファイヤー対策)




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社外のジョイントパイプ専用のスリップオン・サイレンサー完成です。

1.5mmアルミと0.8mmステンレスを使用していますが片側1.2kgと社外マフラーより400g軽量に仕上がっています。

もちろんMFJ対応、112dB/Aクリアします。





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実は全日本関東大会までと思っておりましたが時間の都合で今頃になってしまいました。これで菅生大会には間に合うでしょう。

凹んだエキパイほどカッコ悪いものはない。

先週末、軽井沢MPへ練習にいきましたが石の多いコースなので
跳ね石をエキパイにヒットさせてしまいました。

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尖った石が食い込んだ跡があります。

この手の凹みは直りにくいですが
このまま放置していては次々に石が当たって原型を留めなくなってしまう恐れがあるので早速直したいです。









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何年か前に作っておいた450用エキパイ治具がありましたので

作業時間は数分で終了です。











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窒素で加圧しながらアセチレンバーナーで炙ります。

食い込んだ跡は消えませんが凹みは大体直ったと思います。










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同じ過ちを繰り返すのはアホのやることです。対策を講じなければなりません。

石が当たって困る場所にはプロテクターを付けることにします。

φ45 2mm厚のアルミ6063パイプを
エキパイのカーブに併せて曲げます。

これを半分に切開してエキパイガードを作ります。



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これで跳ね石対策エキパイガードの完成です。

高額なチタンパイプですから安々と捨てるわけにはいきませんからね。

凹み修理も無駄な時間なので、やらんでいいに越したことはないです。

以上。

無限ME125ですが、チャンバーとサイレンサーを繋ぐジョイントパイプはKA3同様だと思いますが
レストレーション中に紛失してしまったとのこと。
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85モデルですから純正廃番でしょう。

これではエンジンOH済みでも試運転できません。

部品探すより作った方が早いので
新造させていただきます。








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パイプカーブは目検討です。
ベンダーも必要ありません。
手でグイっと曲げます。

差し込みもパイプエキスパンダーなど使いませんが
φ25.4芯金作ってプレス圧入して拡管します。

これくらいなら全部ハンドワークでいけます。




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ジャストサイズにできました。

スプリングフックも取り付けて任務完了です。





このマシン、有名ですが細部を見るのはこれが初めてです。




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市販車に似ているだけで無限が各部に手を加えているようです。

例えば右ラジエターが大きいです。

多分KA5(CR500)のラジエター流用だと思います。
冷却効率はラジエターコアの表面積で決まるのです。







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リヤフォークエンドもこのとおり

量産はチェンテンショナーのボルトが後ろに突き出したタイプですが
これは突起のないエンドピースです。
転倒してボルトが腿に刺さる事故が起こるので安全のため対策されたものです。

アクスルのサイドカラーやナットがチタン合金の削り出しによるものです。

ワークスマシンは虚飾ではない実用的な機能美に溢れていて目を楽しませてくれます。

さてエンジン組み立て担当、COSMICのI岡さんとこへ急いで届けてきます。

先日作ったエキパイがワンレースで凹んでしまいました。
いくら手間がかかっていようが、高額であろうが、潰すときは一発です。
程度によりますが、凹んだまま使っていては、本来の性能が出ないんじゃないか
またぶつけたらもっと酷いことになるんじゃないか心配しますね。

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転倒はしてないですが
他車と接触したんでしょう。

これくらいの凹みは簡単に直ると思います。











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やり方は示しますが、社外のエキパイ修理を頼むことはご遠慮ください。


エキパイの前後を治具で密閉します。

片側には窒素ガスを封入するバルブを付けてあります。

酸素でも出来ると思いますが、火炎で赤熱するときに酸化して材料が脆くなることを防ぐ目的です。




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スリ傷は残りますが、凹みは完全に修復できました。

炙りすぎると外側が酸化してしまうので
必要以上に加熱しないことがコツです。

難しい技術は特にありません。
高校の機械科以上の経験があれば誰でもできると思いますので、どうぞやってみてください。

映像ニュースしか見ていないですが、東日本と違い内陸の断層がずれた地震は土地の損傷が激しいですね。熊本方面に身内はいないですが、被害に遭われた人のことを思うと心が痛みます。
私たちは平穏に月曜日から通常業務ができるのですから恵まれています。
全日本にエントリーされて自宅を出発した後に揺れたのですから、人や家が大丈夫であっても道路が通れるか分からないし、レース終わっても散乱した物の片付けが待っているいるわけで、集中してレース出来なかったのではないでしょうか。

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今回はIA1、IA2共、ホンダのマシンが優勢な印象でした。

天気はよくて路面コンディションは良かったと思いますが、一日中強風が吹き荒れて
ライダーも観戦も相当我慢が必要でした。
ゴーグル付けてないと目が開いていられません。

2ヒート共スタートトゥフィニッシュは成田亮選手。またお金が儲かりましたね。




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第2の地元埼玉出身ライダー島崎優選手。
沼田誠司、鈴木正明を従え、快調な走り、

大転倒したヒート2は勿体なかったですが
しっかりポイントゲットできたので次回に期待出来る結果だったでしょう。

君はまだ若い。








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先日マフラー納品した平山力選手。
土曜の予選は見事な走りで驚きました。
前半はカワサキ勢でトップの4位走行も見せてくれましたが6位通過は立派です。

まだ体力的に上位のライダーに後半離されてしまうようですが、マシンはよく走っているので、体力面やライン取りなど改善していけばもっと伸びる要素があります。

同じく若い、18歳なんでこれからです。




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竹藪が大きくシナっているのがお分かりでしょうか。
とにかく風さえなければよかったのですが
パドックも出店もテント早仕舞いしておりました。

強風でパイプいすがコース内に入る場面も見受けられ、幸いマシンが通過してなかったのでよかったのですが、観戦組も競技に支障ないように気をつけなければなりません。

何より国際Bの選手、一名お亡くなりになられたそうで、こんな場所で終了するのは無念だったと思うのですが、気を付けて走るしかないということしか考えられない危険なスポーツです。
死亡事故無くすにはブラインドジャンプを作らないようにするしかないです。
意図的にショーアップするために起きたとするなら人災といわれても仕方ないです。

僕はモトクロス好きだけど100%の走りはしません。勝てなくても生活や命の方が大事ですからね。












今度はエキパイ製作です。
要件はノーマルのエキパイ、サイレンサー相互に取り替えられることなので
ノーマルとスペシャル両方で取り付け確認します。

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ノーマルに準じたパイプサイズですが
ノーマルのステンレスに対して
チタンパイプを使用します。

サブチャンバーがパイプセンターからオフセットされている理由はこれです。

パイプに排出と戻りの穴が二つ開けられていますが、穴側のチャンバーが広くなっている構造です。






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エキパイ完成です。

手曲げパイプと巻きチャンバーの組み合わせ構造になっています。

フランジはアルミ2017削り出しです。










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フルエキゾースト試作1号

2号機の予定は・・・
あります。

マスター車あるうちに治具製作しなければなりません。









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無事金曜日にオフビレのパドックへ納品できました。
青森出身、高木嵩雅レーシングの若手
国際A級平山力(リキ)選手です。

ぶつけ本番で明日の公式練習から走ってもらえるそうですが、
その前に車検通過できるか、軽く心配です。

全日本モトクロスは人生をかけた戦いだと思います。
いつでもできるわけじゃなく、体力的に最高の時期でないと通用しないので、
僕のマフラーを選んでくれた以上はマシンが快調に走ってくれることが最大の望みなのであります。

サイレンサー出来たのでテールパイプの形状を決めます。
スイングアーム外側ギリギリに追い込みたいのですが、旧車はアクスルシャフトとナットが飛び出していて、サスが沈むときに干渉しそうなので、あまり寄せられません。

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フレーム下とリヤリンクとの隙間も紙一重です。
これ以上は追い込めません。












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何が何でも今日中に終わらせます。

明日からの予定はさらにハードスケジュールなのです。












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フランジとチャンバー、サイレンサー
6点セットになります。

クロスチャンバーのメリットは
性能絡みではありません。

左右振り分けよりエキパイのカーブが長くなります。
そのためチャンバーの胴体部分が前に移動します。
TZR250のリヤリンクに胴体部分が干渉するため、内側に寄せるのに限界があり
フルバンク時に路面を擦ってしまうことになります。
そこで、胴体部分がリンクより前に位置することによってバンク角が稼げるというメリットです。
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カウル装着希望でしたので
装着しました。

実はボルトオンでは装着不可能でした。
エキパイが重なっている部分の厚みがあってカウルに当たってしまうのです。
当たるところをカットする方法もありますが

マウントステーを加工してカウル位置を下げることで問題なく装着できました。

見本で渡されたチャンバーも仮組みしましたがカウル装着は不可能でしたので、取り回し改善できたといえるでしょう。


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左側はサイドスタンドの収納とチェーンに干渉しないように留意しないといけません。

左右共カウルのクリアランスは取れました。

これにて絶版チャンバー製作完了ですが
同じ物はご注文いただいても作れませんので今回限定になります。









このお仕事はオファーいただいたのが去年の8月でした。
ちょうど骨折してリハビリ中だったので、直ぐできるわけはなかったですが
実に8か月掛かって完成したことになります。

新規受注をお断りしながらバックオーダー中心に作業しておりますので
ご注文のお客様は、もうしばらくお待ちください。

先日、元無限ファクトリーライダーの伊田さんから、本物の無限チャンバーの研磨を頼まれました。

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サイクルサウンズ誌に載ったこのときのマシンです。
85年全日本選手権、国際A級125ccクラス
開幕から4ヒート連続優勝。
鮮明に覚えています。
その後無限からプレゼントされたME125は伊田さんの下に、そして東希和レーシングの先輩、岸さんの店(ラフ&ロード)で展示されて20余年の月日が流れ、持ち主のところへ帰ってきました。

その歴史に残るマシンから外されたチャンバーなので丁重に扱わせていただきます。

私のモトクロス人生において当時の国際A級ライダー(全日本ランキング上位5名昇格時代の)は神様と同じ、しかもチャンピオンからの依頼ですから「俺は研磨屋じゃないよ」なんて言える立場ではありません。
「へへー、承りまして仕りまする」という具合に研磨屋に持ち運ぶ役を仰せつかりました。

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まずさび落としに高品質なウエットブラストしてもらおうとしましたら
大きすぎて機械にはいらないと言われ、やむを得ずサンドブラスト頼みました。











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仕上がってきた状態です。

完全に錆が落ちていますが、光沢はありませんので、手仕上げすることにします。












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おっとー、腐食により穴が開いています。

これは溶接で塞いでから研磨します。












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全体をサンドペーパーで擦って艶出ししました。

今回はバフはかけません。
レーサーなのでこれくらいの仕上げが本物らしいと思います。

放っておくと錆びてしまうので、耐熱クリアーを吹かせていただきます。







サンドブラストなら知り合いでいくつか出来るところあるんですが、わざわざ八潮まで持っていってやってもらったのは、もう一つの目的がありました。

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これを見せてもらう用事でした。
去年の旧車天国に展示されたのは知っておりましたが実車は見ておりませんでしたので。

80年にジョニー・OがUSGP125ccクラスにスポット参戦して優勝したマシンのレプリカです。

本物は関東某所で見たことありますが、これは本物より綺麗です。
もっとも本物はジョニー・Oが乗って痛んでいるわけですから、当たり前ですが。

じつはこの車両のレストア前の姿も見ていましたから、変貌ぶりは精巧なフィギュアと言いましょうか、もちろん動くわけですから限りなく本物に近いでしょう。

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一般公開されているわけでなく、ここへ来ないと見ることはできないですが
「走る予定は?」と聞きましたら、
「土を付けたくない」ということです。

乗りもしないものにお金を掛けられる、最高の贅沢じゃないですか。
しかも、限られた人しか見れない監禁状態ですから、うらやましい限りです。

オートバイの楽しみは乗るだけじゃないことも理解できます。
コレクションホールのように歴史に残る車両がいつでも動く状態で保管されていることに目的があるのだと思います。

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古いだけの車両はたくさんあると思いますが、ほとんどがスクラップ状態で、いつかゴミになっていく運命です。

何十台も所有している人もおられますが、家族や親戚はその価値も分からないので、持ち主が死んでしまったら
同様にゴミになっていくでしょう。

そこで、このようにキチンと仕上げた車両であれば、誰かの下に渡って生き続けることができる。
歴史を継承する役割であると、私は思っています。




オートバイ歴が長い人ほど、廃番、絶販になってしまった部品で困った経験があると思います。
メーカーや品名によって違いがありますが、製造から20年も経過したら在庫が無くなり次第、再生産されないのが普通ではないでしょうか。
理由は完全にメーカーの都合だと思います。常に新製品を開発して生産している企業にとって、圧倒的に販売数が減少した製品については、いつ売れるかわからない部品を管理しストックし続けるコストが損失になってしまうわけです。

アフターパーツの分野では違う理由で廃番になることがあります。
それは製造メーカーの事情で製造を中止したり、廃業したりすることによります。
アフターパーツの多くは少人数の経営で、体調不良や資金繰りなど事業継続し難い事由が発生することはあります。
私自身も度々業務中断しておりますから、安定とは程遠い危うい立場にあると認識しています。

そんな背景のなか、メーカーが廃業したという理由で購入不可能になった中古チャンバーの復刻を依頼されました。
通常なら、他人が作った製品の真似をして物作りをするということは製造者としてはやってはならないことなのでお断りするようにしています。
それをお引き受けするには一定の条件が必要だろうと思っています。その条件とは

復刻すべき製品の製造者が廃業していること
生産中止されてから少なくとも10年以上経過していること
復刻した製品は注文者以外には販売しない
複数作って自分のラインナップとしては扱わない

以上が法律ではありませんが、自分が決めている最低条件なので
旧品の復刻を検討されている人はご注意ください。

それにしましても、提示された見本のチャンバーそのままに写し取るようなことは
製造者としてできませんので、外観は変えて作らせていただきます。

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当該部品と同機種のチャンバーの型を持っていますよ、とお伝えしましたが
それでは駄目で、こちらの見本と同等のスペックで作ることが依頼内容です。

ようやくパイプの型(展開図)ができましたが
フランジが無いことには、車体に仮止めすることもできません。

エンジン側のフランジも提供されていないので、フランジ製作しなければなりませんが
このサイズのフランジに使っていたOリングが廃番になっていたことが分かり
急遽、別機種のOリングを見繕って注文しました。

当然Oリング寸法が違うのでフランジ設計も新規に行う必要があります。
あと1週間くらいはこれに掛かりきりでしょう。

突然思い立ったヘルメット改装作業です。
マスキングテープ剥がしたところが汚過ぎて、水研ぎした後に縁ゴム外して塗り直しました。

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板金でこしらえた丸バイザーはファイブスナップにして、当時のイメージを再現しました。

何をモチーフにしているかは、往年のMXファンには説明の必要はないですね。










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貼ってあるロゴはステッカーサイズ確認のためカラーコピーを使っていますが

20年来の盟友マッドフィッシュにステッカー制作頼みましたので、明日完成する予定です。

全日本前なので夜寝ないで印刷機動かしているので、打ち合わせは夜2時に三郷まで行ってきました。

ホント無駄なことに掛ける執念は半端じゃないです。



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衣装はこれだけ揃いました。

ヴィンテージMXはマシンだけ古いんじゃなく、装備も当時の雰囲気で統一しないと
ただのカッコ悪い遊びになってしまうと思うので

人がどう思おうと、自分がいいと思うスタイルで決めていきたいっちゅうもんです。

いかん、いらんことばっかりしよって
RMエンジンかけておらんかった。
仕事あるから、あれは明日にしとこう。

この話はテレビのチャンネルを手で回し、黒い電話のダイヤルを回してかけたことのある世代の人でないと分からないでしょう。
今やCAD設計したデータで3D積層で制作したモデルを石膏で型取りしてZAS型鋳型することが少量生産のプレス成型品の手法。
しかし、そのためには何千万円も設備投資しなくてはなりませんから、私のように1個だけ直ぐに欲しいといった要求には応えられません。
そこでハンドワークによる製法を身に着けることによってある程度は実現できるはずです。

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本当はAGVのジェットヘルにファイブスナップの丸バイザーを付けて
顔面はSCOTTのフェイスガードに憧れたのですが
今では売っていないので、最近のヘルメットをヴィンテージ風にデザインチェンジして我慢することにします。

先ずはSHOEI・VFXの使い古しの塗装を剥がします。

サンドペーパー70円×3枚
作業時間3時間


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マスキングして塗装します。

缶スプレー
プライマー780円
黄色780円




結構失敗します。
垂れた塗料は乾いてから水研ぎして滑らかにします。




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最近のバイザーはデザインが凝りすぎてカッコ悪いです。

目指すは丸バイザーですが、やはり売ってないのでアルミ板金でこしらえます。










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裏側はこんな感じ

ハンマー痕がハンドメイドらしいです。

2度と作らんから、これくらいで十分です。

材料端材
作業時間2時間。

デザインも成形方法も頭の中、
コンピューターも加工機も必要なし。




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何がしたいかというと、
こういうことです。

ファイブスナップは帽体に加工が必要なのでやめておいて

両面テープとガムテープで固定しようと思います。

ガムテープで目張りしたバイザーにそそられるのがワシらの年代。




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こうやって売ってない丸バイザーも頭の中で
構想を描いて、手を動かせば形になります。

商売にはなりませんが、自分で使うものは自分で作るということが基本です。

竹ひご曲げて作った骨組みに障子紙張って凧上げやったり
ベニヤ板切って作ったブーメラン投げて遊んだり、
子供のころから遊び道具を作った世代なんで、同じ感覚ですね。

排気系作りだしたらサイレンサーを避けて通るわけにいかないですよ。

なのでオリジナルサイレンサー作りました。

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φ60 前後削りだしキャップに
ステンレスパンチング入り

軽さと強度にこだわり、内径は
テールパイプφ25.4の内径に合わせて段差を極力なくして排気抵抗を抑えました。

ビンテージモデルなので光ものは似合いません
のでバフ掛けはしません。
素材のままがレーサーなのです。





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取り付けはノーマルに準じて、テンションスプリング止めです。

早く音が聞きたい衝動を抑えて
さらに作業を進めます。











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この車両はアルミハンドルが付いておりましたが

運転手からするとハンドル形状はこだわります。

ゴミ箱から何用だかわからないクロモリハンドルを見つけましたので
こいつを曲げて好みの形状にします。

ハンドル高さが調度よいので、当時のRM純正風にしてみたいと思います。





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このようにテーブルに平らに置いて、パイプエンド高さで絞り具合を調節します。

これはパイプエンド高さ50mm

ハンドル長さは両側15mmカットして
770mmが私のベストサイズです。









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見事に一文字ハンドル完成

アキラ・ワタナベタイプです。

色はシルバーで塗装します。

段々自分好みのオンナ
マシンになってきました。

「タンクはオートバイの顔だ」などと言っている奴が凹んだままのタンクを使っていたのでは信念に反する。
というわけで、チェッカーズのシマダさんからPV50チャンバー代金の代わりに頂いた3型RM125のアルミタンクを直すことにします。

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マジックで囲んだ部分が凹みです。















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目立つ凹みは3か所確認できます。

これらを、塗装する前に修理します。













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今回はこんな道具を作ってやってみます。

アルミ板にM8のネジ付きカラーを溶接し
鉄の棒をネジ込み引っ張るつもりです。












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凹み箇所にアルミ板を溶接して
バーナーで炙りながら引っ張ります。

かなり板厚が薄いらしく、
あっさり板が割れてしまいました。

こりゃあ余計な修復作業になったぞい。
やめときゃよかったな。
と後悔先に立たず。







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溶接しては削って均すを何度か繰り返し
メチャメチャな肌になってしまいました。

自分のだからいいけど、こんなに下手な修理では人のやつはできませんね。











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これ以上やっても綺麗になる気がしませんので
これくらいで止めておきます。

仕上がりは塗装屋さんに委ねたいと思います。

塗装はフラワーオートさんに頼みます。


四国にいたころは桶川という河原にモトクロスコースがあるものと思っていました。
埼玉へ来てから、あれは荒川で、場所は川島町だとわかりました。
しかもコース名はセーフティーパーク埼玉という、どこにも桶川に絡んでいないというのに
正式に桶川と呼ばれた理由がいまだに不明のコースで開催された全日本MX。

これはTV放映されたもののようですが、私の記憶にはありません。
あの頃はホンダ栃木工場に長期滞在で会社で借り上げた宇都宮駅前のホテル住まいでしたから
TVも観ていないし、MXしにくい環境に置かれていましたから、このレースは今回初めて観ました。

日本のモトクロスが最高に盛り上がった時代であることを観客の多さから想像できます。
MFJレギュレーションも変革の時期で、125と250両方乗るのが当たり前だったのに
国際A級は前期と後期にわかれて、250と125を乗り換える規則だったと思います。
だからこのレースは全員250ccで予選も3組あります。
国際A級が半分以上予選落ちになるのですから必死になりますよね。

ホンダはオートマチックRC250Mで宮内隆行と大塚忠和が走っている貴重な映像です。
無限の安井崇、ヤマハの田淵武、SUZUKIの松田強、馬場義人。川崎はチャンピオン岡部篤史。
誰が勝ってもおかしくない強豪ぞろい、面白かったねー。





しかし、OPのレポーターは他の人に頼めんかったかいね。
アイボンかヒカルンバみたいなのでええんよ。
日本で最初に開催する公式戦ということです。例年なら極寒の中、凍えながら走ったのですが
今年は暑かったです。ついでに超マディーのレースでした。

昨日の夜中から明け方にかけて雨の音を聞きながら布団で寝ていましたから、半分行くのを止めようかと怠惰な考えと走りもしないで諦めているのは情けない敗者ではないか、と悪魔の囁きが・・
結局マディーが分かり切っているのにオフビへ行ってしまいました。

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一台止まると次々に止まる。

そして上がれなくなったマシンが逆走し、人がコース内に入って助太刀する。

午前中のレースは大体こんな感じです。
上級SEもスタック続出ですから、失敗しても恥ずかしいことじゃないです。

挑戦する気持ちが大事だと思います。
たぶん普段の生活でこんな辛いことしてないじゃないかと思えます。
苦難を乗り越えたときに違う自分になっているでしょう。


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スタックしているマシンを出してあげるコースオーナーの福本さん。
「オイ!チャンピオンに何やらせんだよ」

私も午前中のレースは路面が難しくてコースアウトしてしまい完走者中最下位の9位になってしまいました。
やはり156cmで450操るのは無理かなと心が折れるレースでした。






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メインイベントGP&SEのスタート前
今年MFJ3階級特進のペイントマンユージの息子と91年MXデナシオン代表選手の田淵武選手。
KTMに乗り換えた星野優位など、役者は揃っています。
が、しかし路面がねェ。







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午後のレースも大失敗を犯してしまい
スタート直後にギヤ抜けして最後尾からの追い上げで3位表彰をいただきました。

大勢のライダーが転倒している脇を無転倒で走り続けただけですが
ちょっとスピードが速くても転倒したタイムロスは挽回できませんから、転ばないという作戦の結果なのです。

朝、雨音を聞いて止めていたらこのような経験が積めなかったわけですから良しとしましょう。


しかし午前中450のキック踏みすぎて腰痛がぶり返してきました。明日のの仕事が辛いだろうなー。
日本最強のVMXワークスショップのホーリーさんから情報をいただき動画をUPさせていただきます。

桶川や後楽園スーパークロスも走ったことのあるAMAモトクロスのレジェンド、マーティー・スミスさんと
アメリカホンダの有名チューナー、デーブ・アーノルドさんがスーパークロス会場の展示品CR250Rに装着された
弊社製チャンバーと一緒に写っています。



一昨年、ホーリーさんに50台分納品しまして世界中に渡っていったうちの1本だと思います。
ビンテージチャンバーの企画はホーリーさんの提案なので、このような機会に恵まれましたことを感謝いたします。
先週日曜に埼玉県某所でテスト品のインプレッションをしてもらってきました。
テストライダーはO氏のご子息、だいぶ上達してきたので、性能比較の経験もいいかもしれない。

ただし2輪の乗車経験は65や85のモトクロッサーしかないので、他社との比較や感じ取ったことを
言語で表現するには、技術用語も必要でしょう。
たとえば性能曲線を理解しているか、馬力とトルクの物理的概念とかを定性的に判別できる能力があるかと
言われれば年齢的に不可能な部分があるので、私とO氏でインプレッションを解釈しながらの確認です。

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左端は普段使っているBUDレーシング。
高速の伸びが気に入っているようですが
低速トルクがなくて、コーナー立ち上がりで
半クラッチが必要らしい。

右から2本目は低速からトルクが出ていて
半クラッチの必要がなく、中間加速もBADと同等だが伸びはBADの方が良い。

3本目は2本目より高回転を狙ったが、中間までは同等だが、高回転はあまり伸びてない、または早く吹けきってしまう表現かもしれない。

そこで右端はBADの諸元を測って、オリジナル品と比較して同等の伸びを目指す目的で試作したので、今度乗ってもらう予定です。
日本のモトクロスシーンでは高回転型よりも低中速のトルクやパワーの立ち上がりがスムーズな方が、万人に扱いやすいと考えていますが、高回転キープできる体力やスキルのある人向けに高回転型もありかな、と思っていますが最終的に一つのスペックに絞らないとラインナップになりませんので、もう少しかかるでしょう。

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自社ノウハウを入れて作っておりますが

スペックが似ていれば形状も似てきました。

純正チャンバーも含めて5種類もスペックを計測して実走確認するので、ちょっとした知的財産になりますね。



この歳になると年に3回くらい葬式に行くようになってしまいましたが
今日の葬式は一生忘れられない特別なものになるでしょう。

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故人の思い出の品、アルバムなど貴重なものが展示されていて懐かしく思いました。

無限の430改はたぶん、プロストックの貴島さんが大阪から運んで来られたのだと思います。
喪服姿の私の反対側にいらっしゃるのは
故人の元上司でHRC監督やホンダコレクションホール館長など歴任された小林さん。

帰りの車中で世界チャンピオンの渡辺さんも参列されていた話をしますと、
「彼とはベルギーにある、ロジャー・デコスタの自宅で会ったよ」とおっしゃいました。
「俺がブラッド・ラッキーのメカニックでWGP参戦したころ、ラッキーの奥さんとデコスタの奥さんがカリフォルニアに住んでいて仲良しだったから
ロジャーの家にラッキーと一緒に招かれたら
渡辺明さんとメカニックも来ていたんだ」とのこと
それを聞いた私はサテハと思いました、ロジャー・デコスタをホンダに誘ったのは小林さんに違いないと。

そこら中に私が30年間見てきたモトクロス界の著名人が集まっておられるので、秋の園遊会かアカデミショーのような賑わいでしたね。
久しぶりに会う知人や先輩方と話すこともできて、同窓会のような気分になりましたが
セレモニーが始まって、出棺のころになると鬼の目にも涙、ほとんど全員が泣いておられました。

どんなに縁もゆかりも無いひとでも最期の時は悲しみしかありません。
いろいろありましたが、全て水に流して新しい一歩を踏み出したいと思います。

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たぶん、このとき人生最高の瞬間だったと思います。
レースチームなんかやっていなかったら
こんなことになってなかったでしょう。
大勢の人が彼に頼りすぎた結果だと思います。

花ばなしさを維持し続けなければならない重圧と戦って来たんだと思います。
こんなことでしか楽になる手段はなかったのでしょうか。
済んでしまったことを悔やんでも仕方ありませんが、残された人たちは故人が伝えたかったことが何であるか、考えてみる機会を与えられたと思って前向きに精進するしかありません。

30年埼玉県に住んでいますが、峠ツーリングは行った記憶がありません。
愛媛育ちなんで、山や海が好きですが関東は地元感覚でないので興味がなかったのです。

ところがモトクロスつながりで、若い頃全然違うチームだった人同士が集まるようになって
昔話に花を咲かせるようになって、「それでは今度ツーリングへ行きましょう」ということになって実現しました。

定峰峠は奥武蔵グリーンラインという舗装された複数の峠道の一つで、うちから鳩山経由で東秩父村を基点に秩父市方面に山を越えるルートですが、今回は往復100キロくらいのショートコースにしました。
76年製のCJ360は峠の登り坂では明らかなパワー不足でエンジンを酷使している感じと廉価版5速ミッションのレシオがワイドで強力な加速は望めないので、これくらいの距離で充分です。

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堂平山天文台で休憩しました。

ツーリングメンバーは
埼玉の名門クラブの3人
チェッカーズの嶋Dさん
狭山RTのオレ(真ん中の小さいの)
スーパーベルRのS田さん。
全員80年代モトクロス国際B級です。
今は大人しいもんです。

堂平山はもちろん知りませんでしたが
関東平野全域が見える眺望です。
最初は東京大学の天体観測用だったものを
都幾川村が買い取って観光名所に整備しましたので一般公開されています。

埼玉県に疎い埼玉県人の私ですが、お二人の先輩のおかげで、いいもの見れました。

社外マフラーの修理はいたしません。その理由は
それは他社の企画による商品だからです。
10万円を越す高額な商品にも関わらず、交換部品の販売や修理サービスの対応をしないということは
その会社の企画の一部ですから、社外品の顧客が希望するサービスを、関わりのない
弊社で受け持つということが必要のないことなのです。
ジャペックスのようにガエルネブーツの損傷においては顧客の注文に応じて修理サービスを行って、同社の製品を長く愛用していただくようにしている例もあります。
競技用車両ですから、耐久的に消耗するだけでなく一発の衝撃によって使用不能になることもあるわけですからメーカーの方で対応してもらうべきです。

しかしながら、今回の修理はお断りできない人物からの依頼ですから半強制的に実施することにしました。

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イゴール・アクラポビッチさんのCRF250マフラーです。

左マフラーが大きく凹んでいますが
ジョイントパイプが潰れ、マフラー内側がタイヤに擦ってしまうくらい変形していました。

その場合はサブフレームも歪んでいるはずなのでマフラーだけ直しても曲がって取り付いてしまうことをお伝えしたら、新品のサブフレームに仮組みして持ってきていただきました。



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これは潰れたジョイントパイプの修理後の画像です。
エキパイのように密閉して膨らますことはできませんので
切断してハンマーで叩いて丸めてから再溶接する方法を取りました。

これでパイプの向きは正常に修正されました。






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サイレンサースリーブを板金修理するため分解しました。

内部の寸法が私のオリジナルマフラーと偶然同じであることから、メーカーさんも同じようなことを考えているのだなと思いました。









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スリーブ叩き直して、見た目問題なくできました。

これで当分は使い続けられるでしょう。










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新品のサブフレームに取り付けて左右の整列も確認しました。

以前スコーピオンというブランド名だった同社は商標の問題でオーナー名に社名変更して業績を伸ばし、現在では従業員数450名という、マフラーメーカーとしては大企業になりました。

では日本で最大のマフラーメーカーとしては
私の知る限りでは三恵技研ですね。
三恵といってもリプレイスマフラーは作ってないので馴染みがないように思いますが
ホンダの2輪4輪全車種のマフラーを製造し標準装着されていますので、ホンダ車の全てのユーザーが三恵製マフラーを使用した経験があるということです。
アフターのマフラーは純正マフラーをベースに材質や寸法の変更を行っているので純正マフラーはマスター品という位置付けになるといえます。
業務連絡を兼ねて、本日完了のワークを2点ご説明させていただきます。
今回は車両お持込みのワンオフ製作なので同じ商品の注文があっても製作はできません。

CIMG4654.JPG先ずは製作物

チャンバーとサイレンサーです。
車種はKDX125SRですが
お客さんによるリヤ回り部品変更に伴い
ノーマルチャンバーとサイレンサーの取り付けに問題が生じたことが
新造に至った理由と思われます。

チャンバーは元々ラインナップしておりませんでしたが、テールパイプ形状変更でサイレンサーも専用になっています。(ノーマルチャンバーには取り付きません)



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リヤショックのサブタンク付きに換装されていますので
サブタンクとテールパイプが干渉していましたが
変更後はこのとおりジョイントラバーも楽々取り付け可能になりました。









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テールパイプはキックペダルを逃げる形になっています。
以前同車種のチャンバーを製作したときはキックシャフトのセレーションをひとつずらしてペダルを後ろに起こした位置にしてからキックペダルの内側にテールパイプを通しましたが
この車体はペダルがリヤブレーキスイッチのリターンスプリングに触ってしまい
リヤブレーキスイッチの戻り不良が起きそうなので、キックアームの位置変更はせずに取り回した結果です。


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この車両の画像を送っていただいたときは程度の良い中古車かと思っていましたが
実車を見て、エンジンからフレーム足回り、ハンドル回り、外観で見える部分は全て再塗装や新品組み換えなどにより、キズや汚れ、腐食など皆無なレストア状態であることがわかりました。
KDX125は鉄のリヤフォークのはずですが
これはアルミです。
先ほどのショックと同時にリヤ回り換装といった感じですが、ボルトオンであったか要加工であったかは聞いておりません。
トレール車には珍しいホイールのバランスウエイトも装着されており、オンロードでの快適性にも配慮されているようです。

数々のチョイ古トレールマシンを見てきましたが、仕上がり状態がトップクラスです。
これでダートは走らない方がいいですね。
実はトレールマシンをタウンユースにするのは非常にカッコいいんです。
ダートは高性能なMXerの方が断然楽しめると思います。
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全国にチャンバー作れる職人さんは大勢おられると思うのですが
私のような者に頼むために、静岡県から軽トラックで運んできてくださるのですから
下手な溶接で申し訳ありませんが、最大限力を尽くしました。

サイレンサーの位置はチョット失敗して付け直したことを白状いたします。
(実物見てもわからないと思いますが)
非常に難解な3次元に傾いた形状のジョイントパイプのリプレイスを試みました。

用意したチタンパイプのサイズは、4種類 φ50.8 φ45 φ38.1 φ31.8
長さは少量ですが材料代5万円分が必要です。
φ45の曲げRが小さく、手曲げは不可能と判断し、輪切りにして繋ぐ方法にしました。

CIMG4639.JPG

集合マフラーの逆です。
分散マフラーです。

この二又部分に排気ガスが音速で衝突するため、突き合わせ部は尖っていた方が
抵抗が少ないでしょう。

同時に左右にハッキリと排気を分けるためにも尖っていることが必要だと思います。

集合マフラーでは1番3番、2番4番のエキパイを振り分けるために集合部分に板を入れたりしますが、点火時期別に流れる排気ガスを干渉させることが目的で
排気ガスは圧力の波ですが、高圧で流れたあと減圧したところに次ぎの排気が来ると排気ガスの流れが加速される効果を狙ったものです。
これはシングルのエキパイをツインマフラーに振り分けるものですから、このような形状になっています。
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左がノーマル、右がチタンパイプ。
パイプの仕様は同等なので
性能の変化はあまり感じられないと思いますが。
ノーマルより板厚が薄い部分と、チタンの放熱性の影響で排気ガスの温度は冷える方向になるはずです。
結果的に排気温度が下がると低速になるため低回転のレスポンスは良くなるかもしれません。

パイプの組み立ては目見当のフリーハンドでやった割りにはパイプのカーブや向きが高精度にできているではありませんか。
サイレンサーを付けるときに全く力を要せず穴位置がぴたりと合っていました。
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φ50.8のパイプはリヤショックのスプリングに擦ってしまうのを防ぐために
絞りを入れて幅を狭くしてあります。

エキパイの差し込みはガスケットなしで
スペシャルバンドで締める構造です。

重量ですが
ノーマル900gに対し
チタンパイプ390g

およそ半分の軽量化です。



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このように左右のパイプの傾きが違っていて上向き角度も左右別なので、パイプの組み立てが難解であることが想像できるでしょうか。
純正品は一日に何百台も作らなければなりませんから、型物のパーツを組み合わせていますが、これは素管から切り出したハンドメイドなので3日掛りでした。
無限さんみたいに上手にできませんが、
これは自家製なので若干の材料代と自分の時間を費やすことによってできます。

これで450フルエキの製作は完了しましたが、終わりではありません。
次の段階は実走です。
これもプロライダー頼むとギャラが必要になりますので、耐久テスト含めて自分でやります。
(鎖骨の金具が痛うて、もうしばらくできんと思います。)


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普通のMXerはマフラー1本あればよかったのですが、CRFは3点セットが必要になり
当然加工時間も3倍かかってしまいます。

では、これを頼まれると価格はいくらになるか?
悩むところですね、手間が3倍だからマフラー3台分だと高額になってしまいます。
しかし、マフラーのジョイントパイプの部分がシングルマフラーより簡素だと言えなくもない。
そこでYパイプがシングルマフラーのジョイント2台分と考えると、
マフラー2台分が妥当な価格でしょう。
弊社の場合、¥47000×2=¥94000也

純正の3点セットの価格は¥92000 税込みで¥99360とギリギリ10万円を切っています。
他社のシングルマフラーと比較すると大幅なコストアップになりますね。
それから、これは450用なので、250はベース車両ありませんから、今のところ作る予定無しです。








ノーマルジョイントに取り付けるツインマフラーを作りました。
オリジナルコンセプトに基づき、社外メーカー品に似た物がないように留意します。
ノーマルより軽量でパワーが出るようにすることはもちろんですが
整備性、特に分解時にリベットの取り外しが必要の無い、ネジ止め方式にしました。
スチールやステンリベットの取り外しは憂鬱になる作業です。
マニュアルなどにはドリルで削り取るなどと書かれていますが、穴が偏芯したりスリーブが固着していたりで、無傷のまま外すことはほぼ不可能のためです。

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右マフラーは排圧を落とすため
ジョイントの部分でパイプ径を絞った寸法は
ノーマルに準じています。












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左マフラーはノーマルを外したところに同様にジョイントしてあります。

アルミボディーにステンレスエンドを使用し
サイレンサー単体重量は
ノーマル1.4kg
オリジナル1.2kg(左右共)
なので両側で400g軽量にできました。







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異形なヘキサゴンセクション
サイドカバーに丁度収まる形状です。

インナーパイプ、エンドパイプ共、ノーマルより拡大されており、出力向上を目指します。
排気音量は全部完成した後計測します。




次はジョイントパイプの製作になります。

非売品の無限製チタンパイプを見せていただきましたが、ノーマルのような型物は一切使用せず、全てハンドメイドの逸品でした。
うちは、それとは違った方法でハンドメイドすることにします。

新品めっきも研磨が命、クロームめっきが仕上がってきました。

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車体取り付け寸法上、先端付近のボディーとのクリアランスが無いため

メガホンのキャブトン形状にしました。
完全オリジナルです。



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研磨する前に車体に取り付けて排気音を聞いてみましたが
相当の爆音でカミナリ族仕様だったので
消音のためバッフルを取り付けることにしました。

バッフルはマフラーエンドに差し込むパイプの内径と長さを変更して音量を調節します。

本体は隔壁2箇所入っていますが、グラスウール等の消音材は不要なのでメンテナンスフリーです。



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トライアンフのキャブトンタイプがあったのですが、あれは茄子のように中央が膨らんだ形状でしたから、金型を使ってプレス成形する必要があり、ワンオフは無理でしたが
これはロールベンダーでメガホンを巻いて
フタだけプレス成形しましたので
一台分だけ安価に作る手法を選んだということです。



昨日、富士総合火力演習の予行を観に、東富士演習場へ行ってきました。
日曜日の本番ははがきとネット申し込みの倍率が29倍という狭き門であるチケットが
木曜の予行ではありますがいただきました。
正規に申し込んでも入手不可能な栄誉ですから、仕事の予定を中止しても価値があるでしょう。
朝出発が遅れて5時に出発したのですが、現場到着7時半にも関わらずスタンド席は満員で
地べたのシート席に何とか座れましたが10時の開演まで雨の中濡れながら座って待つという
経験したことのない苦行。
しかし、目の前で戦車が走って大砲をぶっ放すのを見たら、一生に一度は見たほうがよいと感じました。
詳細は陸上自衛隊のHPなどで見れると思いますが、動画編集できたら後日アップいたします。


さて去年から計画していたCRF450マフラー、用事が多くて着手できずに1年が経過してしまいました。
着手しないと永久に始まらないと感じましたので着手します。

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CRFのオーナーでなければ、ツインマフラーがどのような構造なのか、不明だと思います。
このように右マフラー脱着式で、左マフラーはジョイントパイプに溶接された非対称構造です。

オリジナルマフラー作るに当たって段階を踏む必要があります。
それは、ノーマルジョイントを利用してマフラーの位置決めをするため
左マフラーも脱着式に改造します。



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まず左マフラーを分解します。
パンチングは特殊な形状をしています。
ステンメッシュが巻かれていますが
スポット溶接で固定されており抜けない構造なので切り裂いて取る必要がありました。

ウール交換だけなら切り裂く必要はないでしょう。

これからフロントキャップ部分を切断して差し込みジョイントを加工したいと思います。



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このようなパンチングですが
パワー本位の設計ではないでしょう。

騒音の自主規制のためだと思います。
折角高精度に作られたマフラーですが
多くのレーサーたちは、あっさり社外マフラーに取り換えてしまいます。

これはメーカーが考えた十分な出力と静粛性を備えた設計ですから貴重なものです。
無傷で保存しておきたいと思います。

しかし、FIのセッティングが良好なためか
カーボンの付着が全くありません。
街乗りマフラーを時々バラシますが、酷いカーボンの付着ですよ。いかにでたらめな空燃比で乗られているか予想がつきます。

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差し込みカラーの装着ができました。
スペースが無いのでマフラー内部に挿入する構造です。

パンチングがマフラー外形に対してオフセットされているので、パンチングの微妙な傾きを再現するのがコツです。








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左マフラー装着完了です。

ジョイントパイプ径φ38.1

ノーマルジョイントで左右マフラー製作が第2段階

ジョイントパイプのチタン材で製作が第3段階

こういう予定で進行しますので、不定期更新いたします。


帰省渋滞が始まっているようですが、まだ出発しないのでギリギリまで働きましょう。

キャブトンという英語が存在するのかと思っていました。
Come And Buy To Osaka Nakagawa(大阪中川まで買いに来い)の頭文字だそうです。
戦前、メグロと大型2輪車の製造を二分したメーカーでキャブトン号という車名があったそうですが
現在ではキャブトンマフラーという名称だけが引き継がれています。
ご存知W1やトライアンフのような水平で直管の中央付近が膨らんだ形状のマフラーです。

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まずはキャブトンの特徴的な丸みを帯びた
フタをこしらえるため、金型作りです。

プレス成形も素人なので、鉄板を上手く絞れるかどうか手探りの作業です。

φ90とφ110の丸棒は材料代5千円くらいですが
下手な旋盤加工で製作費を浮かせたいと思います。





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これが素材の鉄板を円錐に巻いたものです。

これを金型に押し込んで丸く膨らんだカップに成形しようと企んだのですが

それは素人の浅はかさ、
見事に期待を裏切る仕上がりでした。







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このように失敗作を繰り返しながら、
段々とやり方をつかんできました。

時間に限りもあるので、金型の修正は最小限度に、素材形状も少し変えながら
成形トライを進めてきました。

金型があれば、即OKなんて甘い考えでしたね。





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まあこんなもんですかね。

大体思った形になりました。

これをキャブトンマフラーのフタに使います。










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通常のキャブトンは筒抜けですから
いい爆音が出るんですが

オーナーが世田谷の住宅地に乗り入れるということで、少し爆音を控えるための
隔壁を2枚仕込みます。

排気ガスの速度を鈍らせる効果があります。
見本で仮組みされたトライアンフマフラーも中身に隔壁が入っておりましたので
大体の見当で作りました。



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こういうわけですよ。

テーパーになっているのは、JZRスリーホイラーのエキパイがボディーに近いサイドマフラーのため前側は太くできなかったのです。

テーパーはGL500のマフラーと同様にしてあります。

この後全周溶接して研磨しますが
めっき屋さんも休みなので
完成はお盆明けに持ち越しです。



リバース・トライクと呼ぶらしいです。英国で1990年から350台ほど生産されたカスタム・カーで
ベースとなる車体は1940年台のモーガンを使用し、エンジンにCX500を搭載し、CX650ターボ、モトグッチ1100とモデルチェンジをおこなったらしいので、これは初期のモデルですね。

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日本名GL500のエンジン搭載しています。
フロントはダブルウィッシュボーンでスポーツカーらしいスタイルですが
シャフトドライブの2輪エンジンなので
後輪はリヤフレームをそのまま移植した構造です。
重量配分が極端にフロントヘビーなことは予想できますが、旋回性能は4輪より圧倒的に優れていると思います。(リヤスライドしやすい)
車重も350キロくらいなので、加速が2輪並によいそうです。



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私が在職中に社長だった方がオーナーだそうで、元HRC監督が車検取得してこられて
公道走行可能な状態です。

英国で認定され当時の保安基準を満たしていれば日本でも車検取れるということです。

鉄のパイプフレームに鉄板のボディーで前後のフェアリングはグラスファイバー製という、いたってシンプルな車体です。
フロアシフトに改造されていますが、リンケージを介してワンダウン・フォーアップのシフトは2輪のまま、リバースギヤはありません。バックは降りて押せばよいのです。

左右に振り分けられたエキパイの先はGL500のノーマルマフラーで、音が少々つまらない。そこで適当な社外マフラー改造してつけるくらいなら新造してしまおうということでマフラー作りを依頼されましたが
かつての代表取締役のクルマですから、これは業務命令と心得て、全ての予定を変更して即取り掛かることにします。



タンク板金、溶接が終わっても、まだまだ先があります。

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アッパーロアー接合する前に、430の特徴であるラバーマウントの穴を加工します。

穴の縁からガス漏れしないようにφ22のカラーを差し込んで、両サイド溶接して密閉させます。


その後アッパーロアー接合面を全周溶接して容器になります。




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全周溶接できたら、キャップとコックを取り付け水没させます。
ピンホールなどあれば、直ちに気泡がでてきて発見できますが
これは一発OKでした。(プロなら当たり前)










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容器が完成しても、大事な加工が残っています。
後部マウントブラケットです。
3mm厚の板をプレス成形する金型を、これ1台だけのために作る気力が沸きません。

φ115の丸棒から削り出したリングから、一カケラだけ切り取ってつかいます。
ゴムバンドを引っ掛けるフックの一部になるだけですが
取り付けが上手くいかずに丸二日失敗を重ねてしまいました。



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こんな感じでゴムバンドのフックになるのですが、フレームに仮付けして取り付け位置を確認したにも関わらず

これではシートベースの前部が当たって取り付かないのです。
炙って下向きに修正したりしたがダメで
結局、切り飛ばしてやり直しすることにします。







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裏側はこんな状態ですが、これは取り外すと大工事になるので、外さないで利用します。












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ようやくシート取り付けに成功しましたが
シート無しで作っていたら完全に不良品でした。
キックも踏んでみたいですがエンジンはありませんのでノーチェックにします。

一応フロントフォーク取り付けた三つ又も左右に切って隙間を確認してあります。







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これで3年お待ちいただいたタンクができました。
これが出来ないうちは次の仕事はしないつもりでおりましたが
右肩の骨は出来ていないので、当分の間、療養モードになります。


あいかわらず、毎日のように注文が入るのですが、3月以降のオーダーが全部止まっているんですから、納期のお約束はできません。
突発の修理もご遠慮ねがいます。

ウエットカーボンなので高温に耐えられないことはご了承済みと思いますが
お客さんと協議の上、損傷した時点でカーボンパイプを交換するという前提でのサイレンサーです。
ワークスレーサーのようなドライカーボンを使用すれば耐久性は格段に向上すると思いますが
以前、別の機種でドライカーボンの見積もりを取ってみたところ、サイレンサーの材料代だけで
本体価格の10倍以上が必要と分かりましたので断念した経緯がありました。

ですから、これはあくまでカーボンファイバールックの樹脂パイプと捉えていただきたいと存じます。

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KX65なので子供さんのモトクロスに使用されているものでしょう。
半年くらいでメンテナンスのため送られてきました。

案の定、熱で溶けて、サイドカバーの縁が食い込んで穴があいています。

リベット穴も緩んで、アルミキャップに動揺がみられます。
このまま使用続けると確実に破損してしまうので丁度良い時期だと思います。




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弊社商品なので格安の千円で交換しますが、2台で36箇所のリベット穴位置を合わせて空け直して組み立てるのに半日費やします。

排気ガスが樹脂パイプに直接当たらないように内壁にガスケット材を仕込んでおきました。
しかし、リベット穴の磨耗は対策不能なので
定期的にメンテナンスするしかありません。





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ハイ、フレッシュなカーボンパイプに直りました。
リベットも新規カシメなので、パイプの動揺はもちろんありません。

これも、他人と違った方式を貫くための涙ぐましい努力です。








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ついでにチャンバーの凹み修理も依頼されましたが、全体の歪みに加え
凹みの大きさよりも、鉄板の伸び具合が修理の可否を左右します。

このようにエキパイ外径の小さい場合は圧力で直すとき荷重を受ける面積が少ないため殆ど戻りません。

窒素封入してバーナーで炙る手法もありますが、専用治具を作る気力が無くて
切開して叩き出すことにしました。



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鉄板の歪みが大きくて、元通りというわけにはいきませんでした。

大変見苦しい修理痕でありますが、再使用に不都合はないと思いますのでお許しいたいとう存じます。

タンク本体の板金が完了したら、次は機械加工部品が2つあります。
給油口のネジと燃料コックの台座です。

先ずは私の下手なフライス加工によって作られた台座です。
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これといって特筆することはないですが

ガソリン漏れを止めるのはOリングの役目です。
そのOリングが密着する面の加工は
端面から1.8mmの深さで、フィルター穴と同心で削るだけです。

M6ボルトは奥が袋になっていてボルト穴からはガソリン漏れはない構造です。




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ねじピッチ4.5ですが、当方のオンボロ旋盤にギヤが足りずに加工できませんでした。
そこで、近所のモトクロス仲間の本間さんに頼みました。
汎用の旋盤で見事に加工していただきました。
予備で2個作りましたが、一個は使う予定がないので、430タンク作ろうとしている人がいましたらお譲りします。

ネジ外径はφ44.5です。

ところで本間製作所の社長は、あの有名な野口種春さんのレーシングチーム、「スポーツライダース」の出身で、ヨーロッパメーカーと初めて契約した日本人モトクロスライダー鈴木都良夫さんの先輩にあたる人です。

若い人は野口種春さんから説明が必要ですね。 60年代、デビューレースが富士登山レースで練習無しの8位、浅間火山レースでは市販のヤマハYDSで125クラス優勝しています。
レース引退後に設立した「スポーツライダース」から輩出したヤマハワークスライダーはモトクロスの鈴木忠男、東福寺保雄。ロードレースは平忠彦。
東福寺さんと平さんはアマチュア時代から野口モータースで一緒に働いたそうで、当時の月給は5万円(70年代)だったと両人からききました。
野口モータースは早くから北米に進出してロードレーサーTZのチューニングを行っていて、野口さんに教わった弟子の一人がDGパフォーマンスを立ち上げ、DGでチューニングを習ったミッチ・ペイトンがプロサーキットを立ち上げたという図式です。
野口さんがいなかったら北米のチューニング業界も今とは違った形だったでしょう。


今日は一日サンダーマンです。
溶接したばかりのアルミを削るのは意匠を施すためです。

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先ずは盛り上がったビードをサンダーで削ります。
削り過ぎると修正が効かないので慎重に行います。
溶接はあっという間にできますが
完全にけずるには10倍くらい時間がかかります。

タンクの表面は溶接で歪みます。
ビードの端が引っ張られて凹んでくるので
これを修正するために
アッパーとロアーの組み立て前に行います。


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そしてダブルアクションかけます。

デフォームが分かりやすくなります。
僅かな凹みを見つけて裏側から叩いて修正します。

組み立ててから気付いても修正は不能ですからこの段階が仕上がりを決定します。







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ロアーハーフはサンダーが入らない形状なので、サンドペーパー手仕上げです。

セメント型で叩き出したのでハンマー痕が多くて滑らかになりません。

アルミ板金はイタリア職人が有名ですが
昔のGPレーサー用のカウリングもアルミ板叩き出しで作ったものでした。
最近はこういうことしなくてもハイテクのモデル造型機とプレス加工で高品質なものが作れますから板金職人目指す人もいなくなったのではないかと思います。

私は資金がないのでハンドメイドしかありません。

溶接は下手です。とてもじゃないけど溶接専門で商売できるほどの技術ではありません。
ガス溶接も、とりあえず火がつけられる程度です。
厚板なら被覆アークがやりやすいですが、1mm以下は無理です。
TIG溶接は左手に障害があって手が震えてしまうのです。
利き腕は右手なので、ガスのトーチは右手で持つのですが、TIGの電極は左手で持ちます。
左腕の上腕骨骨折してから骨にステンレスワイヤーの束が入ったままです。
そのせいか電極のスイッチを入れたときにステンレスワイヤーがコイルのようになって腕を震わせてしまうのです。
左手で慣れてしまったTIGを右手に持ち替えても、ビードコントロールが不器用でだめです。
左手が震えないように必死で我慢しながら行っているのです。

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タンクの内側を先に溶接します。
タンクはガソリンの容器ですから
ガス洩れがあってはなりません。
外側は研磨するので、溶接ビードは無くなってしまいます。
内側の繋ぎめを肉盛りすることで、完全な容器になります。

アッパーとロアーの接合部は最後に溶接しますからビードは削りません。





CIMG4357.JPG

次に外側を溶接します。
タンクの外側は意匠になりますから
繋ぎ目が無くなるまで削ってからサンディングで研磨します。

口金やコックの穴あけは切粉が入らないように先に空けておきます。

口金のネジが特殊ピッチのため、旋盤の換えギヤがありませんでしたのでNC加工にします。


何故、得意でもない仕事をやっているか。
目的は置いといて、方法論だけ言いますと
上手な人に頼めばいいではないか。
上手な人とは専門職ですね。専門職は高いはずなんですよ。
ある機械メーカーの金属加工の作業工賃は1時間あたり3500円で算出すると聞きました。
10時間で35000円。(設備代、材料代は別で)この時間工賃でタンク作ったら200時間で70万円ってことになります。
メーカーの試作なら普通だと思いますけど、一般のお客さんが一つの部品にそういう大金は払えないはずです。だから人件費削減して買えるくらいの値段にしています。



3年くらい前に製作を頼まれたアルミタンクを今頃になって作り始めました。
取り付けを合わせるフレームはお預かりしていますので、ご注文は継続していると勝手に解釈して
アルミ板を木ハンマーにて叩き始めました。

CIMG4351.JPG

ここまで成形するのに二日掛かりでした。

タンクの製作するのに必要なプレス機や金型などの設備は一切ありません。

板金鋏と万力、木ハンマーだけです。

セメントで造型しましたが、叩き台にはなりませんでした。アルミ板の形状を当てがって確認するために使います。

鉄板の作業台の上で叩いたら、大変な騒音で、警察に通報されたり、仕返しの嫌がらせをされても詰らんことになりますので
床のコンクリートの上にウエスを敷いて叩くのが一番静かでした。
ようするに、一般家庭の軒下で出来るくらいの道具ですから、どのような物ができるか保証できません。

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叩き出したアルミ板を仮止めして、形状の確認をしました。

すると、このままでは問題があることに気がつき、明日やり直しすることにします。

私は根気が無い方だと思いますので
同じ作業を繰り返していると段々仕事が雑になってくるので、気晴らしなどしながらゆっくりやるようにします。

去年はチャンバー6台分、奈良まで納品に行ったあげく、キックが当たって全部持ち帰ってやり直したんですから、
これはやり直してもタンク一個なんで大したことありません。

CIMG4354.JPG

不具合箇所を修正してアルミ板を仮止めしました。

この後、本溶接して研磨すればタンク本体は完了ですが、今度は溶接の鬼です。

口金とコック、後部ブラケットもこれから作りますので4日くらいの作業と思います。








第26回日本ものづくりワールドを見るため東京ビッグサイトへ行ってきました。
本田技研早期退職グループのシオハウスさんからお誘いがあり
「怪我で仕事できなくてヒマでしょう。機械要素技術展でも見にいきなさーい」と促され
仕事を投げ打って最終日の今日に間に合いました。

今回は出展社数2230社ということなので8時間かけて見て回っても1社当たり12秒しかかけられません。
広い会場なので全社素通りして歩くだけで終わってしまう出展数です。当然全部見るのは不可能なので
分かりにくい分野を飛ばして興味あるとこだけ厳選してみて回りました。
製造技術の一部だけですが、見たことを箇条書きに説明します。

3D金属積層造形   以前3Dプリンターは実物の材質までは実現できないと書いたことがありましたが、2001年ころにレーザー照射熱で金属の粉体を溶融する技術に成功したらしく、
樹脂を積層して立体模型を作る3Dプリンターと同様に金属粉末を焼成して造形する装置が既に実用化されていました。
偶然にも高専の卒業研究は粉末冶金をやったので、鋳造鍛造と違った金属結合については理解していました。しかし、レーザー溶接とプリンターの技術を導入することでこれだけ自在な成形が可能になるとは夢にも思わなかったことです。

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実用化されている部品の一つ
航空機用の主翼に使うフラップのヒンジだそうです。
材質はチタン製
チタン2種でも64チタンでも出来るそうです。
航空や宇宙開発の方が強度と軽量が必要な分野なので、早く導入されたようです。

アルミだとADC1とADC3 ダイキャストと同様です。
ステンレスや炭素を含まないスチール
ブロンズ(青銅)
耐熱材のインコネルや超硬のコバルトクロム
18ゴールドやシルバーも実用化されているようです。
スチールにカーボンの含有が不可の理由は上手く溶け合わなくて欠陥になるそうです。
したがって炭素鋼の3D積層は今のところ不可なので鉄鋼の熱処理品はできないですが
チタンやコバルトクロムで代用すれば、中強度の部品であれば実用可能ということになります。
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ジェットのノズルみたいですが複雑な集合パイプです。
材質はチタンで肉厚は1mmくらいです。
均一ですごく軽いです。

造形品はCADデータで設計されたものを基にしており、モデリングや金型製作のような工程は一切ありません。






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チェーンのように連結された造形も3Dならではの作りではないでしょうか。

粉末の中に浮いた固形物を表現すれば接触していないリング状のものを組み合わせることが出来る例です。

もちろん連結には組み立ても溶接もありません。3D積層だけでできています。








レーザー溶接とマイクロプラズマ溶接

これは画像はありません。溶接痕が見えないくらい小さいので、例えば平板を巻いた円筒の繋ぎ目が見えないくらい滑らかだからです。
最小で0.1mm厚の金属の板を突き合わせ溶接できるというのです。
TIG溶接との違いは、溶接電流10A以下になると溶接できないのに対して1Aの電流でも安定したアークが得られることにあります。しかも熱影響深さが0.1mmという極薄で溶融できるので、焼けや熱歪みが発生しにくいことも上げられます。
微小部分の溶接のため接合部を拡大鏡で見ながらの作業でした。
うちでは0.8mm以下の薄板は難しいので溶接しないですが、レーザーかマイクロプラズマ溶接機があれば出来るかなと思い、値段を聞きましたら
レーザーで1千万円、マイクロプラズマの安いタイプで350万円ということでした。
高度な溶接技術にはお金がかかるということがわかりました。


マシニング切削

今回の機械要素のブースは3Dプリンター関連のものが大半を占めていて、機械切削の分野は影を潜めてしまった感じがしますが、とんでもありません。
超絶切削加工は健在です。
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チタンの塊から削りだされた王冠

5軸の加工機を駆使して作られたオブジェですがコストを度外視すればここまで出来る技術力を宣伝したものです。

機械加工ですからワーク(加工物)をチャッキングしなければ切削できません。
ツールの移動する軌跡も不思議ですが
最後の加工ではどのような方法でワークを固定したかが謎のワークでした。

球体のマシニング切削するときのチャッキング方法は教えてもらいましたよ。

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これはプラモデルですが、キットの組み立てではありません。
おそらくゴムタイヤも切削ですが
車体もガラスもマシニング切削による
モデルだそうです。
艶出しは研磨です。









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ステンレス加工で電顕の筒の部分だそうです。
マイナス10気圧の真空で気密を保つため筒内部にアクセスするツールは全て丈夫なフランジ付きです。










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電顕の中で差し込まれたパイプはTIG溶接されています。
穴から手を入れて溶接するそうです。
熟練だねー











現在骨折治療中につきバックオーダーの製作延期または新規受注の制限など行っておりますが
毎日のように業務依頼の問い合わせがあります。
段々できるようになると思いますので、しばらくの間ご容赦いただきとうございます。

さて、骨折していても出来ることは進めておかねばなりません。
タンクのモデル造形中です。

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クレイモデルからグラスファイバーで型取りしたものです。

これの内側が製品表面を表しています。











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樹脂型にセメントを流し込んでいます。

白く見えるのは鉄板の蓋をポリエステルパテで押さえてセメントが漏れないようにしてあります。

型底は水平ではありませんので
セメントが乾きかけたところで成形して
型底形状に倣うようにしています。






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樹脂型を離型したところです。

セメントは砂を混ぜることで分子の結合力が増し、割れ難くなります。
アルミ板叩くには充分な固さです。
火炎で炙っても大丈夫です。

実はアルミ板金をフリーハンドで行うことに限界を感じていました。
なかなか思った形状にはならないです。
あと、なるべく溶接の少ない板取りをしたいんですが型紙を作成するのも
叩き台があれば、やりやすいのです。
というか、モデルがなかったら無理です。

そんなわけで過去に板金で苦労したことを思い出しながら成形トライに臨んでいるので、完成する保証はないわけですけど、一つ一つですよ。
もちろん、自分でやらなくてもお金払えば出来るメーカーさんも知っていますが頼んでしまったら永遠に技術は身につきませんので、このようなことをやっております。
世の中には大学のデザイン学科のようなものもあって、高額な授業料払って練習する人も大勢いますが、ここには先生もなけれな授業料も必要ありません。全て自分の思いのままです。


ほしいものがあれば、効率のいい仕事をして得た収入で買えばいいではないか。このように考える人もいるでしょう。

私の考えはこうです。
例えば陶芸家という仕事があります。
陶芸家は作品を買いたいと思うでしょうか?
自分で土をこねて、絵付けして、焼いて、作品を作ることに意義を感じていると思うのです。
結果的に作品の出来栄えに応じて値段がついて生活の糧となるけど
その裏には数え切れない失敗作もあることでしょう。
私も最初はオートバイメーカーで働くことを目的としていましたが
配属された職場は物を作らない職種だったことが退職の動機でした。
会社は組織ですから自分の希望どおりには物事が運べません。
ですから今は資金力や経験不足で苦労は多いですが
自分で考えたとおりの仕事を遂行しています。


謡曲「鉢の木」に出てくる台詞。中高年層しか知らないらしいです。
鎌倉時代に群馬の貧乏武士、佐野源左衛門常世が旅の僧に大事な鉢植えを焚き火にしてもてなした後、幕府から鎌倉へ召集され出迎えた将軍北条時頼が旅の僧だったというストーリー。
一大事のときは何をおいても鎌倉へ参じるという意味の言葉ですが
オレもちょっとやってみたかった。
朝出発したアクティーが入間市あたりでファンベルトが切れてレッカーで鶴ヶ島まで逆戻りというアクシデントから始まりましたが、サンバーに乗り換えて10時過ぎに再出発しました。
すると昼頃には江ノ島に着いているという早さです。
圏央道が茅ヶ崎まで開通していたおかげで、昔は半日掛りの移動だったのが今では1時間半です。
便利になったなー、と驚きながら江ノ島の駐車場に突っ込んで、藤沢駅から江ノ電に乗って移動です。

最初の目的はもちろん大仏です。今日は全部初めて見るものばかりですが、鎌倉の大仏を見ないで死ぬわけにいかぬ、ということで。

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私が冶金学の分野に接していなかったらこれほど興味を抱かなかったと思います。

それは、この仏像が青銅(ブロンズ)の鋳造を製法としてること。
1200年代ですから千年ほど前の鋳造技術がどれほど高度なものだったか。

特に大仏の胎内拝観が鋳造法案の推定を可能にしているので、長年謎に思っていた部分が解き明かされた気分になりました。

坐像高さ11.79m 土台修復時にジャッキアップして実測した重量が121トンということです。他に例をみない巨大鋳造品です。

釣鐘の鋳造は粘土の鋳型に青銅を鋳込む
重力鋳造ですが、大仏はそれとは違った技法を用いていると思います。
それは巨大さゆえ、一体の鋳型が作れないということ。
青銅の溶解の量にも限りがあるので、継ぎ足し継ぎ足し鋳造されていること。
推定30回くらいに分けて鋳造されたとするなら、一回に溶解された青銅は約4トン。
これだけの溶解をできる炉の構造はどうだったか。

銅の融点1083°ですが錫を添加することで800°程度まで下げられるということですが巨大な石釜に薪をガンガン炊いて溶解したと思います。
青銅だけで4トンにもなる溶湯を持ち上げるクレーンがあるわけじゃないので、湯口より高いところに溶解炉を置くために、鋳造毎に盛り土をしていたであろう。
高徳院敷地内の地質調査で地層に関係ない大量の土が発見されたことで証明されています。

では鋳型の構造はどうであったか。
鋳造を継ぎ足しするということは、完全に湯境いという欠陥になります。
冷え固まった金属に溶湯を鋳込んでも溶け合ったりしないわけです。
結合が弱ければ鋳型を壊した瞬間に像が崩れることでしょう。
鎌倉時代の鋳物師は、そういうことも分かっていて分割された型の繋ぎにカギ型のアンダーカット形状をこしらえて、機械的結合にしたようです。その様子は胎内拝観で観察することができます。

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内部はこのように型が分割されて構成された跡が見てとれます。

着物のひだが内側にも造形されていることから、鋳物の厚みはそれほどではないと推測できます。
私の想像では3cm前後、屋根瓦くらいのものだと思います。
そして、内側と外側の鋳型の材質は木材だったのではないでしょうか。
これくらいの厚みの800°くらいの青銅を鋳込んだとしても木材表面が焦げているうちに凝固するだろうと思います。
また鋳型が動かないように粘土などでバックアップしていれば冷却効率も上がるはずです。

木材の鋳型の理由は、あくまで自論ですが鋳鉄ほど融点が高くないので砂型でなくても燃えないということ、彫刻の仕上がりがそのまま鋳肌になっていること。
そして、原型があったとしても砂型鋳造のような型抜きが不可能なこと。
とんでもない勘違いしているかもしれないので、知っている人がいらっしゃれば、お教えください。

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第2目的地 鶴岡八幡宮

江ノ電に乗って鎌倉駅降りたら直ぐに参道が始まります。

征夷大将軍 源頼朝が1208年に神宮寺創建の神社です。

三大幕府最初の場所ですから日本人として
ここへ来ないで死ぬわけにはなりませぬ。

なんか最近神社仏閣めぐりが趣味になりつつあります。
単純に楽しいです。


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美しいねー
そして昔、日本の中心だった場所。
災害や戦争にあっても豪華絢爛な雄姿を
残してくれたことに感謝します。

歴史を知ることと美術的な観点を持つという両方の意味で国宝、史跡めぐりは人生に深みを与えてくれる気がします。







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お、CB350先輩! 72年くらいのですか?

古都鎌倉に完全に溶け込んでいます。
海が近いので錆には厳しいですが
実働のようなので貴重な存在に見えました。

(71年型 CL350K が正しかった
特徴はスクランブラータイプのハンドルと
左2本出しアップマフラーです。)









CIMG4259.JPGそして初江ノ島。

平日にも関わらず人多いです。
これでは土日ここに来るのは大変なことでしょう。
駐車場空いてないし、道路は渋滞、電車は満員ですから。

天気予報のレポートとかによく使われるロケーションですが、江戸時代の浮世絵にも描かれている超有名スポットなんで
愛媛の山育ちのオレからすると羨望の眼差しです。



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知らなかった江ノ島の事実。

神社やお店もたくさんあって驚きですが
民家も結構建っているのが意外でした。

しかし周囲はむき出しの自然。
この絶景の場所に住みたいという気持ちもよく分かります。

田舎のすばらしいところは人間が開発していないところにあるんです。
でも、ここは田舎じゃない不思議な場所です。


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馬鹿は高いとこが好き、オレも例外じゃない。

展望灯台に上がってみました。
江ノ島が島で無くなる瞬間。

干潮のときに砂浜が現れて陸続きになります。
浮世絵でも砂浜を歩いて渡る庶民の様子が描かれています。

浜は海水浴で有名な片瀬海岸



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ヨットハーバーは東京オリンピックでヨット競技に使用された場所。

対岸はサーフィンのメッカ、稲村ヶ崎
逗子、鎌倉と一望できます。
先端は毎年行っている城ヶ崎なのかな。



ここは訳ありそうなアベックばっかりです。(殆ど手つないでる)
複雑な人間模様あるんですね。


日が暮れてからR134をサンバーで流しながら、横浜横須賀道路へ合流し、R16経由して帰りましたが、平日のためか道路空いていて3時間くらいで帰宅できました。  フゥー







右鎖骨骨折、手術後3週間ですがチタンプレートとネジ4本で結合された状態です。
生体的には全く繋がっておりませんので、右腕を大きく動かしたり重い物を持ったりできません。
まして鉄板を曲げたり、ハンマーで叩いたりする動作は全く無理です。
骨の再生状況に応じて、段階的に動かしていくと思いますが、現状で何ができるかを把握するため
無理の無い程度に手を動かしてみました。

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R25の改造計画です。
セパレートハンドル装着の影響で
メーターとフロントマスターがハンドル左転蛇で当たってしまうので
メーター取り付け位置を前に移設するため
カウルステーの製作に着手しました。

しかしレーサーのカウルステーのように単純ではありません。

フロントカウルのマウントはバックミラーのステーを兼ねており
デュアルヘッドライトの固定とメーターの固定も付いていますから複雑な形状です。

先ずは各ボルト穴位置と取り付け角度を決めるための治具製作を行いました。


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フレームマウント ボルト2本
バックミラーステー ネジ4箇所
メーターマウント ネジ3箇所
ヘッドライトマウント ネジ4箇所

合計13箇所のネジ位置を合わせた
3次元座標を決めて作りました。

車体取り付け状態で目視確認が不可能な位置なので非常に難儀な作業でした。






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メーターのラバーマウントの状態です。

ノーマルカウルに納まって、ハンドル操作に影響しないメーターポジションは、ここしかありませんでした。

全て1mm単位しか隙間に余裕がありません。

セパハン装着の影響は最終的にこういう部分まで及んでしまいますので、安易にボルトオンすることは考えない方がいいでしょう。



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カウルステーを車体装着して確認です。

ブレーキマスターとメーターの干渉もギリギリクリアできました。

装着すると相手部品との位置関係が目視確認できないことが、お分かりいただけると思います。

これは幾何学的なセンスがないと不可能な製作物だといえるでしょう。

売り物ではありませんので、右肩骨折状態で出来るトレーニングの一環でした。

現在は上腕が肩より上に上がりませんので、右手で顔洗えないくらいです。
右手でクルマのハンドルは回せませんので、フライスのハンドル操作も無理ですね。
力の必要がない物を中心にゆっくりやっていきます。


CB750は初期型のK0砂型クランクケースの車両が最も価値があるという説があります。
途中からダイキャスト品で生産されているのに砂型がいいという根拠はどこにあるのか?

砂型鋳造はダイキャストに比べて、精度や材料強度が劣るので工業製品としての価値は落ちるというのが通説のはずです。
しかも生産性もダイキャストの方が上、即ち量産向きということです。対して砂型は少量生産向けといえます。
その最大の理由は金型製作のコストにあります。ダイキャスト用の金型は高額なので少量生産に向きません。砂型は原型に砂を込めて型抜きした空洞に溶湯を鋳込むので比較的コストが安い。
推察できるのは、品質の劣る砂型クランクケースの希少性だけを取って憧れているに過ぎないということで、ミッションや同弁系に不具合を持った初期型のCB750は飾り物としての骨董品としては後期モデルより貴重ということだと思っています。

現代の工業製品は加工データと生産設備を持っている企業であれば、どこでも同じものが作れてしまうことが、製品の希少性を失っていると考えるのです。
その反対で人間の能力と手作業による技術で作られたものは希少性はもちろんですが、現代の生産技術をもってしても再現不可能なことであります。

そんな人間の手作業によって作り出された芸術作品に会うために上野の東京国立博物館へ行って参りました。

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国宝として指定されている日本刀を常設展示しています。

国宝 三日月宗近 平安時代 10から12世紀ころ建造

現代の鍛造やレーザー加工などを駆使して外観上は似せて作ることは可能だと思いますが、刀剣としての機能までは真似できないと思います。
それは、鋼の鍛錬をすることによって得られる結晶構造や熱処理後の組織までは自動で再現できる加工機が存在しないからです。
そのことによって独特の刃紋や肌模様はこの作品だけが持つ芸術性なのです。

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重要文化財 長船光忠 鎌倉時代 13世紀の作品

備前長船派の源流といえるでしょう。

特筆すべきは800年以上も経過した鉄製の作品が、新品同様のコンディションで維持され続けていることです。

おそらく現代の自動車やオートバイは100年後に維持できている割合は1%に満たないでしょう。
800年後となれば一部部品を除いて完全に消失しているでしょう。


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重要美術品  津田助広  江戸時代
延宝五年(1677)建造

同館展示品で最も新しい刀剣であります。

平安時代の刀と大きな違いはないように思われます。
これは伝統的な技法が長きに渡って伝承されてきたことを意味します。

現代の刀匠の一人が話しておられた言葉があります。
「自分の人生はあと20年くらいで終わってしまうが、作品は何百年後も残って自分が生きていたことを伝え続けるだろう」

そのことから、芸術作品は現世において生活の糧となると同時に後世に対して訴えかけるメッセージを残すものであるに違いないのです。

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5月の節句には床の間に鎧兜を飾るのが日本の慣わしですが
これは本物の甲冑。

国宝  白糸威鎧  鎌倉時代 14世紀拵え

源頼朝の甲冑として江戸時代、徳川幕府まで伝えられたもの。

刀剣と甲冑は切り離すことのできない、時代の象徴のようなものです。



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甲冑の修復に役立つように絵図面が残されていました。

幕府の奥絵師として召抱えられた
狩野伊川院の筆による 19世紀の作品

写真の無い時代ですから絵書きの腕前が現代のデータに匹敵する役割を持っていたことと、絵画の美しさは当然ですが
均質な紙の製造が当時から行われていたことに驚きを隠せません。
現代の人が手作業でこれだけのことができるかというと、伝承されてない技術は失われているだろうと思います。

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場所は変わって国立西洋博物館
アウグストゥス・ロダンの弟子
アントワーヌ・ブールデル作のブロンズ像
「弓を引くヘラクレス」
ブロンズは石膏型に青銅を鋳込んで作られますので、各地にレプリカが展示されているようです。
これは川崎造船(現川崎重工)の社長であった松方幸次郎が1918年にフランスで一括購入した個人コレクションだったものです。
終戦後、戦勝国フランスから没収されていたものを吉田茂首相の申し入れで両国で協議され、日本に博物館を建設して展示する条件付きで返還寄贈された松方コレクションが基になっているそうです。
この作品、女性客が真剣に写真撮影している姿を見かけて可笑しかったですが、一見の価値ありです。

骨折列伝

1、17歳 空手の組み手練習中に右手親指を開放骨折。鉛筆が持てず落第するかと思った。

2、18歳 松山オートテックでモトクロス練習中。フィニッシュジャンプ後のメインストレートでハイサイド 
        転倒し左肩鎖骨骨折。同級生と一緒だったので運転してもらって帰れた。

3、26歳 利根川練習場でジャンプに失敗、前転して左肩鎖骨骨折。河川敷にいた知らない人に
        積み込み頼んで、片手運転で帰宅した。

4、28歳 藤沢スポーツランド練習中、1コーナーのギャップにフロントが突っ込んで前転し、右肩鎖骨
        骨折。コースにいた人たちに救護されて片手運転で帰った。マニュアルシフト車を4号線で
         13時間掛けて帰った。

5、38歳 桶川最後のレース、散水された1コーナーで追突されて転倒。後続車が胴体を轢いていった
        ので左上腕骨骨折。粉砕していたので肉だけで腕がぶら下がってしまってショックだった。
         初めて全身麻酔で手術した。

6、52歳 オフビのベテランレースで連続ギャップで転倒。右肩鎖骨骨折。骨が割れていて隙間があっ
        たので切開して金具固定手術。

靭帯損傷や捻挫、亜脱臼などもありましたが、骨折だけ振り返ってみました。
結構無駄な時間過ごしてきたと思います。
もうやるまいと思っていましたが、懲りてなかったみたいです。

連休前に研磨屋に頼んでおいたCRM250のチャンバーが出来上がったと連絡があったので
軽トラ片手運転で引き取りいってきました。まだ右手でハンドルは回せません。