■ お知らせ

今朝から「お問い合わせ」に記載されているメールアドレスの

ex117@precious-factory.com   からの送信ができない状態が続いています。

従いまして本日メール問合せいただいたテキストについては返信不可能です。

メールサーバーの復旧見通しが不明のため

お急ぎのご用件は別のメールアドレス

precious_factory@ybb.ne.jp   宛てに送信していただければ返信できる状態となっております。

お手数かけますがよろしくお願いします。



11月18日 18時               プレシャスファクトリー 店主より
                   

 




夏場の問題、オーバーヒートです。
夏場でもドライ路面なら大した問題ではありません。
毎回冷却水の残量を確認して減っていれば補充しておけばいいだけです。
しかし、ヘヴィマディとなるとエンジンの負荷が格段に増加し、エンジンを壊してしまうことになりかねません。

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CR85に乗っていたころ冷却水の水温を計測したことがあります。

しどきのマディでオーバーヒートになり
たった2週で冷却水が吹き始め
熱ダレで全くパワーが無くなった経験があり
オーバーヒート対策が急務だと思ったのです。

計測場所は桶川(セーフティパーク埼玉)で
ドライ路面とマディと両方実施しました。
計測方法はデイトナのデジタル水温計を装着し、3分間の暖気運転後、コースイン。
3周目の水温を走行中に読み取るという内容。

センサーはラジエターの上面の給水付近にテーパーネジを加工して取り付けました。
ウォーターラインは、ラジエターで冷却された水がウォーターポンプへ降りてきて
シリンダー、シリンダーヘッドのウォータージャケットを回り、ラジエターに上がってくるので
ラジエター上部の水温がヘッドの次に高温であると考えました。

結果はエンジン始動後1分程で水温は80°Cになります。
走行風が当たらないと水温の上昇は早いです。
ドライ路面へ走り出すと1周目で60°Cまで下がります。
真剣に全開走行3周目で80°Cまで上がりましたが、そのまま温度は安定したまま走りました。
ドライ路面ではタイヤの転がり抵抗が少なく、走行風もよく当たるので水温は安定するようです。

別の日にマディ路面で走らせ、泥が重いので全開にしてもスピードが遅い状態でした。
スタックはしていませんが1周目で110°Cを超え、3周目には130°Cまで上昇してラジエターキャップの弁が開いて冷却水が吹き始めました。
そのまま走り続けると水が無くなりオーバーヒートということになったでしょう。

以上はノーマルラジエターにクーラントを入れた状態での計測です。

ドライは問題ないとして、マディーの熱ダレを防止できればパワーアップしたのと同じことですから
何としても対策したいと考えました。

最初はラジエターにアルミタンクを追加して計測しましたが、全く効果ないどころか
ノーマルより水温が高いことがわかりました。
冷却水はシリンダーを冷やしているだけではなく熱を運ぶ役割をしているので、温まったお湯の量が増えた結果、ラジエターの冷却性能は変わらないので水温も冷えないということでした。

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冷却性能を上げるためにはラジエターのコアを増やす⇒空気との接触面積を増やす。
これが最も確実な方法と考えました。

CR85はシングルラジエターですが、ノーマルより縦に50mm長いコアを用いてラジエター製作しました。

実走計測の結果ノーマルより同条件で5℃下がることがわかりました。
それでも130°Cの状態が125°Cに下がるだけでは熱ダレは免れないですが
航続距離(時間)は稼げるはずです。

また110°Cで水が沸騰して吹いてしまうコンディションでは水が吹かないで済むかもしれません。
オーバーヒートの弊害は最悪はピストンの焼き付きで走行不能ということですが
ダメージはピストンやシリンダーだけではありません。
クランクケースのサイドベアリングのスリップする限界は冷却水の温度で80°C以上と言われています。
シリンダーからクランクケースに熱が伝わって膨張するのでベアリングの圧入が緩むことになります。
すると圧入面でベアリングがスリップしたりクランクの振動で叩かれて傷がついたりスラッジが隙間に入ったりします。
すると芯が狂った状態になり、高回転が回らないエンジンになってしまいます。
これはエンジンが冷えてもダメージは直りませんから、使い込んだエンジン同様にパワーが落ちるということになり、ケース交換しないと新車のパワーは出ないということです。

ロードレースではベアリングの交換は1回だけだそうです。2回目の圧入では圧入荷重が出ないので使えないエンジンになるのでロックタイトで圧入面を接着して動かないようにして、ベアリングの寿命がケースの寿命ということになります。

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ラジエターの大型化と同時に
冷却水を冷却効果の高いものに取り替えて計測しました。

こちらも同条件でノーマルクーラントより5℃下がる効果がありました。

特製ラジエターとヒートブロックでマイナス10℃達成です。

一般的には特製ラジエターは入手できないので現行車で冷却水が減るという人は
これを入れてみるのも効果的だと思います。
(ヘッドが歪んでいるとかガスケットの不良などの根本原因は要修理ですが)
熱を吸収する違いは比熱の違いにあると思うのです。
水より熱しにくい液体が熱を奪う現象は、鋼の焼き入れを例にすると水焼き入れより油焼き入れがよいということで説明できます。
800°C以上も加熱した鉄ですから水では瞬時に沸騰して焼き入れ効果が損なわれますが、油の方が多くの熱を奪う能力があるから焼き入れに適しているという理由です。

水温下げてオーバーヒート対策に効果はありますが、レース毎に効果が落ちるということなので
コストが掛かりますが、対策しないでエンジン壊すのと天秤にかけると夏場だけ入れておくのが無難だと思います。


オートバイ歴が長い人ほど、廃番、絶販になってしまった部品で困った経験があると思います。
メーカーや品名によって違いがありますが、製造から20年も経過したら在庫が無くなり次第、再生産されないのが普通ではないでしょうか。
理由は完全にメーカーの都合だと思います。常に新製品を開発して生産している企業にとって、圧倒的に販売数が減少した製品については、いつ売れるかわからない部品を管理しストックし続けるコストが損失になってしまうわけです。

アフターパーツの分野では違う理由で廃番になることがあります。
それは製造メーカーの事情で製造を中止したり、廃業したりすることによります。
アフターパーツの多くは少人数の経営で、体調不良や資金繰りなど事業継続し難い事由が発生することはあります。
私自身も度々業務中断しておりますから、安定とは程遠い危うい立場にあると認識しています。

そんな背景のなか、メーカーが廃業したという理由で購入不可能になった中古チャンバーの復刻を依頼されました。
通常なら、他人が作った製品の真似をして物作りをするということは製造者としてはやってはならないことなのでお断りするようにしています。
それをお引き受けするには一定の条件が必要だろうと思っています。その条件とは

復刻すべき製品の製造者が廃業していること
生産中止されてから少なくとも10年以上経過していること
復刻した製品は注文者以外には販売しない
複数作って自分のラインナップとしては扱わない

以上が法律ではありませんが、自分が決めている最低条件なので
旧品の復刻を検討されている人はご注意ください。

それにしましても、提示された見本のチャンバーそのままに写し取るようなことは
製造者としてできませんので、外観は変えて作らせていただきます。

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当該部品と同機種のチャンバーの型を持っていますよ、とお伝えしましたが
それでは駄目で、こちらの見本と同等のスペックで作ることが依頼内容です。

ようやくパイプの型(展開図)ができましたが
フランジが無いことには、車体に仮止めすることもできません。

エンジン側のフランジも提供されていないので、フランジ製作しなければなりませんが
このサイズのフランジに使っていたOリングが廃番になっていたことが分かり
急遽、別機種のOリングを見繕って注文しました。

当然Oリング寸法が違うのでフランジ設計も新規に行う必要があります。
あと1週間くらいはこれに掛かりきりでしょう。

日本最強のVMXワークスショップのホーリーさんから情報をいただき動画をUPさせていただきます。

桶川や後楽園スーパークロスも走ったことのあるAMAモトクロスのレジェンド、マーティー・スミスさんと
アメリカホンダの有名チューナー、デーブ・アーノルドさんがスーパークロス会場の展示品CR250Rに装着された
弊社製チャンバーと一緒に写っています。



一昨年、ホーリーさんに50台分納品しまして世界中に渡っていったうちの1本だと思います。
ビンテージチャンバーの企画はホーリーさんの提案なので、このような機会に恵まれましたことを感謝いたします。
2014年にモデルチェンジされたKX85に伴って、弊社ラインナップにありました同チャンバーも15年が経過し
全面的に見直す良い機会と考え、新型チャンバーに着手していましたが
出力特性に満足な結果が得られていなかったため試作トライをする計画だったが、骨折事故で中断を余儀なくされて、今日に至りました。

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ここにテスト済みチャンバーが2種類あります。

実走テスト結果は
一つは、高速域は良好だが低速トルク不足。

もう一つは、低中速域は良好だが、高回転時にトルクの谷がある。

どちらも有効な出力が出せる回転域に偏りがあるためスペックを補正する必要があると判断して、エキパイ長やテーパーの寸法を変更して
再トライする予定です。




CIMG4975.JPG

これで2種類のチャンバーができました。

狙いは上記の2種類の弱点を対策する方向で決めていますが、確証はないので後日、実走テストで調べる予定です。

テストライダーは前回もお願いした、ホンダとスズキでファクトリーライダーを務めた経験のあるO氏に依頼することにしています。

試作車両の乗車経験と開発能力があって、いまでも遜色なく走れるライダーは少ないと思いますので、インプレッションに信頼性が持てるのです。


すでに興味を持たれて、ご予約のお客さんもおられますので急ピッチで進めてまいります。
もうしばらくお待ちください。
昨年中は怪我や体調不良の影響などで、やりたいことは半分もできていない年でした。
今年はもう少し良い年だったと思えるように、なるべく多くの時間をやりたいことに費やす所存でおります。

コンセプトは、今でないと出来ないこと、いずれ出来なくなることが分かっていることを後回しにしない。ということですかね。もうすぐ老後の今何をやるか、常に考えていかなくてはなりません。

二十歳やそこらでピチピチしているのは当たり前のこと、50過ぎてからが本当の姿という思いで、なんとか体力の維持を計っていきたい。
筋トレやストレッチ、ランニングなどで基礎体力は維持できると思いますが、オートバイに乗るための体力、
動態視力や反射神経といったものは乗ることによってしか身につかないと考えていますので、
可能な限り乗ることに重点をおいて活動していきます。

450でジャンプ頂点.jpg

MX408の新コース、初乗りはここにしました。
相変わらず環境抜群のコースですね。

音量規制の厳しい場所ですが、私のオリジナルマフラーで問題なく乗れます。
規制クリアさせて作っていますので当然のことです。

コースレイアウトはワイドオープンな部分とタイトな部分が織り交ぜてあって、グリップの良い路面も相まって、走りやすいですがつい乗りすぎて背筋が痛いです。



ミニでジャンプ.jpg

4年ぶりに150も乗ってみました。
フルサイズに乗りなれてしまって
チビ太の私でもポジションが窮屈で乗りこなしが難しいです。
低速トルクも全然ないパワーフィールなので
非力なエンジンでスピードを殺さないトレーニングには非常に良いな、と思いました。








ミニで頑張るコーナー.jpg


エエーイ!
ミニバイクはタイトターンがやりやすいです。
どんどん旋回スピード上げていきたいですね。











450でコーナー.jpg

450は小さい体で言うこと効かすのは無理なんでマシンに逆らわないスムーズな乗り方に気を使っています。










ではモトクロスコースでお会いした方はお手柔らかに揉んでやってください。今年も与路死句です。

年末は最後まで仕事で、正月も休みなしで続けたいですが、
正月から騒音をたてていたら苦情が出ると思いますので三が日くらい静かに過ごします。

今日はこれを発送しました。九州からのご注文です。

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注文日は9月22日ですが、ようやく今頃製作完了です。

多方面から注文のあるDT200WRチャンバーです。

2ストトレール用としては2番目に出ますかね。

錆止めに耐熱クリアー塗装にしてありますが
剥離して後でめっき処理も可能ですが
新品のうちでないと受付られないでしょう。





今日から今年最後のチャンバー作りに取りかかっています。機種名は・・・・


年末、持病の激しい頭痛に見舞われ寝込んでしまいまして、昨夜あたりから普通になってきました。
なので年明けても去年の続きです。

チャンバーの機種はCRM250ARでした。

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9月25日が注文日ですから3か月ちょっとかかっています。
製作完了の連絡メールを送信しましたが
応答はありませんので
1週間くらいの目途で次のお客さんに回させていただきます。

納期に時間がかかることをお知らせの上、受注しておりますので
連絡が無くキャンセルは成立しておりませんので
製作は予定通り行われます。

思ったより納期がかかったので気が変わった、雪のシーズンなので今必要ない、など理由が想定されますが意思表示がないことは、売買契約も成立していませんので、自動的にキャンセルであると判断させていただきます。


今週は4日間も仕事していません。
これは、もう倒産確実です。私にお金を貸している人は回収不可能ですから諦めていただきたい。

仕事してない証拠に、このような場所に来ております。

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外堀に囲まれた陣屋跡に建てられた
荘厳な建物は愛媛県立西条高等学校

私の地元小松町の隣町の中心部にあり
この正門前には、法務局、検察庁が建ち並ぶ由緒正しい場所なのであります。

その検察庁ですが、高専卒業を控えた時期に交通違反で捕まり、保護観察処分になったときに事情聴取に来た覚えがあります。
大変お世話になりました。

この近所の西条市役所に介護保険納付証明書を申請にきたのですが、
その窓口で対応されたのが、中学時代のマドンナ的存在だったM美さんで、実に30年ぶりの再会に動揺を隠せず、その場を立ち去る私でありました。

そうです、今回帰省の目的は介護施設訪問でした。
まだ契約には至っていないので、これからも仕事できない日々が続くでしょう。
誰か代わってくれエーーーー!



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今は瀬戸大橋で昼食をいただきます。
さぬきうどんにしようかな。



愛媛の用事は先が見えていません。
明日終わるのか、長期にわたるのか。

いずれにしても実家に待機している時間が
全く無駄なので、しばらく放棄して自分の仕事に戻るため埼玉を目指しています。

腹は決めてきました。


先週の土曜日から今日まで無職同然です。忙しいのに無職という矛盾。
さっぱりわけがわからず、頭の整理もつかないので仕事でもしていた方が気がまぎれると思います。

この一件で年末まで予定していた工程表も狂いが生じています。
今度は30日から無職になります。  だが忙しい・・・、この矛盾。
どうしてくれよう、無職のくせにジャパン・マスターズにはエントリーしようと意気込んでいるのは
このつまらん運気を吹き飛ばそうという思いからです。

そういうわけで、明日から4日間だけ通常の業務に戻ることができます。







レース前日なのでコースの下見と体慣らしを兼ねてOFVへ行きました。

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最近雨が多いので酷い状態ですね。

どうせ待っていても回復しないと思って
午前中だけ走行しました。

ラインは出来ていたので、泥の部分を無視すれば、それほど走りにくくはないですが
全然つまらんモトクロスです。








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泥落として、さっさと引き上げです。

なんか今日は嫌な予感がします。













家に帰ったら留守番電話に身内が緊急入院したというメッセージが入っていました。
独居老人なので自分で救急車呼んだみたいですが、
実家周辺に親族はおりません。

当たり前のことですが明日のレースはでられません。
エントリー代13000円はMCFAJに寄付いたします。

そういうことで、第一連絡先の私が入院の手続きや、今後の治療の方針など病院へ出向いて伺う必要があるでしょう。
これから愛媛県の病院まで直行しますが
突然の業務中断をお許し願いたいと存じます。
尚、業務再開の時期は患者の容態次第なので、今のところ不明です。

当分の間、電話、メールのつながらない場所におりますので御用の方はしばらくお待ちください。

電話は出られません。メールの返信も難しくなります。

外部から見ますとシャッターを閉めたまま、中から音だけは聞こえているので在宅には違いない。

今年は5月に骨折して2か月は何も作っていませんからバックオーダーを溜めてしまいました。
7月注文分まで完了したつもりですが、8月9月分は今だに手つかずです。
長期間お待ちいただいておりますが、キャンセルの連絡が無い限り注文は生きています。
そのため、現時点のバックオーダーの製作を中心の業務になります。

12月末まで集中して作業しますので、大部分は完了できる見込みですが、幾つかのご注文は
来年に持ち越しという形になります。
これから、何か製作依頼を検討されている方は、間違いなく年内の納品はできませんので
問い合わせ等、来年1月以降にお願いいたします。


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2015 お盆

黒瀬ダムにて

タンク錆により穴が開いたので
シオハウスさん提供のNOS品を
内部ピカタンにて洗浄し
ワコーケミカルのタンクコーティング施工しました。
タンクコーティング中の回転マシンは
フラワーオートにて依頼。
サフェーサー状態の新品タンクをホーリーエクイップに純正色で塗装依頼してきました。

3社を巻き込んでのタンク復活計画です。
古い鉄タンクは手間がかかりますのう。

体調不良で長いこと仕事止まっていましたが、何とか回復できて7月中にご注文の商品の発送が終わりました。
これから2ヶ月分のバックオーダーに掛からなければなりませんが、その前に

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チェッカーズのシマダさんがアルパインスターのブーツと3型RM125のアルミタンクを持ってきてくれました。

このアルパインスターは渡辺明さんが世界チャンピオン獲得したころ履いていたものと同型デザインで
映画マッドマックスのトゥーカッターやグースも同じブーツを履いていた、世界で最も有名なMXブーツです。
うちにあるRM125は78年型で最初のポリタンクモデルだったのですが
それより私好みの3型アルミタンクに交換してやろうと企んでいたのでした。

どちらも私にとってはヨダレ物の品物ですが
シマダさんはこれをタダでくれたわけではありません。何やら作ってもらいたい物があるということで
代金の代わりに現物支給されたわけです。
この依頼も直ぐには出来そうもないので11月に入ってからやるということで予約しました。

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そして今日から取り掛かっているのは
CR250の空冷最終型。
取り付いているのは無限のワークスパイプなので、これをベースにオリジナルチャンバーを作るという依頼です。
最初にオファーをいただいたのは3年位前で、全然都合がつかずに、ようやく今年の5月にマスター車をお預かりしたのですが
私の骨折により2ヶ月ほど休業して業務が遅れてしまったので今ごろ着手という次第です。
初回ロットは50台製作、全世界に500台は保有されていると思われる同機種ですから
完成リリースとなったあかつきには1週間で完売すること間違いないでしょう。

はっきりと症状が現れたのは15年前、最初は3ヶ月に一度くらいの頻度でしたが
近年は毎月一度訪れるようになりました。(まるで月経です)
その症状とは偏頭痛とそれに伴う吐き気です。
大体3日くらい続きますし、いつ起きるかわからないので大事な用事と重なるとキャンセルするしかありません。
実際にエントリーしたレースを2回くらい欠場しましたし、業務の日なら3日休業したことも度々です。
ますます予定が遅れてしまい業務に支障を来たすので、真剣に診察してもらうことにしました。
たぶん患ったことの無い人はわからない症状かと思いますが
一番似ているのは乗り物酔い、または二日酔いです。
どちらも気持ち悪くて何も手につかないことがお分かりいただけると思いますが
これが3日も続くのですから堪ったもんじゃないです。
「いよいよオレも死ぬときが来たのか」とマジで思ってしまいます。
それというのも、母親は38歳のときに脳腫瘍で亡くなっていますし、
父親も去年原因不明の脳神経系の病気で急逝していますから
遺伝子的に脳神経関係の病気に罹る可能性が高いのです。

そういうわけで近所の脳神経外科へ受診してきました。
脳のMRIと首と腰のX線画像を見て診断をいただきました。
心配していた腫瘍は認められなかったですが、右大脳の血管に動脈瘤が発見されました。
但し、動脈瘤は小さなもので直ぐに破裂するようなものではないそうで
頭痛の原因でもないようで、次に首のX線では頚椎が真っ直ぐで湾曲のない
ストレートネックであると言われました。
ストレートネックの人に多く見られる症状として首の筋肉のコリ(コレか?)
腰のX線では特に異常はみられない(やはり血流不良によるものか)
以上の診断結果から肩コリによる緊張性偏頭痛という診断名になりました。
なので、はっきりとした治療は無く、筋肉痛の塗り薬のみ処方という結果でした。

しかし、このままでは再び偏頭痛に見舞われ苦しむことは間違いないので
毎週の鍼治療とマッサージによる首、肩、腰の凝りをほぐして体調を整える必要があるでしょう。
深刻な腰痛の始まりは10年前、スタックしたマシンのタイヤを泥から引きあげたときに腰が壊れました。
帰りのクルマから降りるのに5分かかり、真っ直ぐ立てず腰が曲がった姿勢でゆっくりしか歩けなかったことを思いだします。
それ以来、前傾姿勢でちょっとした荷重でも腰痛になってしまうようになりました。
今回は2週間前、オートバイをスタンドに乗せただけで腰痛になり業務に支障がでました。
少し回復したと思い込み、ツーリングやモトクロスしに行ったので、さらに悪化してついに業務休止を決断するに至りました。
1週間くらい接骨院に通って治療を受けてきましたが、改善の兆しがなく
新たに鍼灸治療院に受診してみることにしました。
生まれてはじめての鍼治療、全身に鍼を打ち、特に弱っている部分には灸を据えてもらいました。
すると不思議なことに固く緊張した腰が緩み痛みが消えましたので
僅か一日の休業で通常の作業に復帰することになったのでした。 ジャジャーン! V

鍼の先生に私の希望を話しました。「オートバイを走らせるのに、自分の体の故障でスピードを緩めざるを得なくなることが不本意です。上達を期待する年齢ではないので、体力を維持することが目標です。」
そのために、定期的な体のメンテナンスをしていただいて、故障のない体作りに心掛けることにしました。
腰痛悪化のため、業務に関わる全ての動作が困難になりました。
背中の痛みが回復するまで業務休止を決断いたしました。

7月までのオーダー分が完了するのにあと数日のところでしたが、やむをえず延期させていただきます。
従いまして納期は腰痛の回復次第ということなので、お約束はできません。

少しずつでも作業を進めようと作業場に立つ日々が続いていましたが、どんな動作も腰の支えがなくては成り立ちません。少し動いては耐え難い痛みを発して、意識朦朧としてしまうので体を横にして休めながらの繰り返しでしたが、これが怪我の回復を遅らせ症状を悪化させる原因だと判断し、治療に専念することとしますのでご理解いただきとう存じます。



気がついたら来週のことなので予定を決めておかなければなりません。

記憶によれば、この30年で夏に愛媛へ帰省したことはありません。
しかし、昨年10月に父親を亡くしましたので、今年は新盆になります。
実家周辺に現役世代は誰もおりません。仕事も詰まっているし、交通費も掛かります。
なにしろ民族大移動の時期ですから全く気が乗らないですが、工藤家遺族としての役目を果たすため
来週は全部休業になります。暫く連絡付かない場所に行っておりますので
御用の方は17日以降でお願いします。


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CRF450マフラーですが、他メーカーのものと違ってユニークな構造です。
単気筒なのにマフラー2本なんて製造コストが上がるだけだと思うのですが
大排気量の消音は簡単ではありませんし
車格を大きくできない車両に対して管長や容積を大きく取るにはレイアウト的に困難です。
そういう背景からホンダが出したデザインですから、文句のつけようも無い傑作だと思うのですが、
ここでマフラー屋としての意思を入れて作らないと、レーサーモデルを乗る意味がないということで改造に着手します。
ちょっと時間的に厳しいので、進行状況はお盆明けということになります。

本日、自分の不注意で肩を強打し、受傷しました。
地元の病院で全治3ヶ月という診断をいただきました。
治療の方針は未定ですが、当分の間休業になりますので、ご不便をお掛けします。
また復帰できた際は報告いたします。




一瞬の気の緩み、集中力を欠いたときに魔物が現れることを何度も経験してきました。
物事が上手く運ばないときには冷静に判断する必要がありますが、典型的な失敗例を見ていただきたいと思います。

このとき何が起こっていたか
当事者が一番わかっているので、振り返ってみます。
実はこのヒートのスタートグリッドでフロントフォークのオイル漏れに気付きました。
普段の設定より減衰力が落ちる、またはエアサスなので減圧して反発力が落ちていることは予想されますが、気にしないでスタートしました。
結果は動画のような連続ギャップでフロントが入り過ぎる症状に、そして前後バランスはリヤの反発が強くなり、前下がりの姿勢で跳ねられる形になっています。
問題はフロントよりリヤの方に駆動力があるので、横に力が逃げる動きで車体が振られていることです。
平らな路面だとアクセルを開けることによって推進力が増して直進が回復するものですが
振られて直ぐに次のコブに当たることによって、ハイサイド気味に車体が起きて横転したという現象でした。
路面のコンディションに対応できなかった技術不足とフロントサスのトラブルが重なった結果だと思っていますが、その代償は大きかったです。
今は先のことは考えられないくらい痛みを感じていますので、回復を待ってやり直したいと思います。

弊社電話番号は埼玉版タウンページに載っているためか、畑違いな問い合わせが多いです。
「パンクなんだけど、今日中に直るか?」
パンクだから当然自走は無理で、取りに来て直して持って来て、という意味です。
「バイクをお買い求めになった販売店に電話してサービスしてもらってください」
このようにヤンワリと回答すると
「店は近くじゃないんだ、オタクの住所が近いから電話した」
勿論、まったく知らない人です。邪険に扱ってはなりません。
知っている限りの近くのバイク屋の名前をお知らせしてお断りしておきました。

「バッテリーはありますか?」
上記同様、バイクの修理屋か部品商かと思われているのでしょう。
バッテリーを扱っているお店、ネット通販などの方法をお伝えしてお断りしておきました。

「タイヤはどこで買えるんですか?」
もう最初から、なんでも質問箱にされていますね。
バッテリー同様に購入方法をお伝えして、ついでに
「インターネットは利用されていますか?」
と聞いてみましたら、やってないそうです。バイク乗っている人の誰もがインターネット見ているとは限らないということです。無くても、ちょっと昔と同じですから大した不都合はないのでしょう。

「社外のマフラーですけど傷があるのですが、直せますか?」
これが一番、入念に説明するべき質問です。
第一に自社製品の仕事を止めて、社外マフラーの修理をする意義がどこにありますか。
本音は「捨ててしまえ」ということですが
困った人を救うということも人として大事なこと。
一応筋道を通して対応したいと思います。
「そのマフラーの製造元、または販売店に問い合わせてください」
殆どの場合、それをする前にこちらに電話されています。
大概は修理はやっていないといわれるか、メーカーが無くなっている場合もあります。
熱心なお客さんは、販売店で断られた上で再度電話してこられます。
そこで初めて「社外品を直して使い続けていただくメリットがこちらには.ありませんので
優先して作業することはできません。納期がいつになっても構わない、費用も掛かっただけいただくことになりますが、よろしいでしょうか」
という説明をして了承いただければ、修理品預かりすることになります。

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年内の外注めっき処理が完了しました。
なんとか頼まれてから3ヶ月でできました。

これで今年中にお客さんに発送することができます。
いつも余裕のないギリギリの日程ですが
最近は納期の約束をしないことにしています。
急いでやろうとしても突発の事故で遅れることもありますので、あてにされていて日程守れなかったら迷惑になりますから。
だから、現役のレーサーの人から「レースまでにマフラー作って」と頼まれても諦めていただくようにしています。

時間とカネにゆとりを持つことが、これからの目標ですかね。

今年はなにかと進行を妨げる出来事が多く、やろうと思っていること殆どできずじまいだったので来年こそは目標に向かって邁進する年であってほしい。
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ホンダが世界で最初に通用したレーサー
RC142 125cc 2気筒 4バルブ
市販ロードスポーツCB92はこれを模倣したかもしれません。

1959年マン島TTレース初参戦ながら
谷口尚己さんが6位入賞したマシンです。
MCFAJのランキング表彰式には谷口さんもゲストで来られてスピーチして下さいます。
やはり格式という点では他のレース団体とは一線を隔すものがあります。
今では参加台数が減ってしまい、採算の取れない運営で存続が危ぶまれています。
MCFAJ無くなったら、私もモトクロスは止めるでしょう。

高専の同級生で山田ユーゾーという男がいました。1年のころから芦原会館でカラテをやっておりましたから学年で一番強かったと思います。ユーゾーは3年で中退して大阪へ渡り、キックボクサーになりました。たまに新居浜へ帰ってくるので話していたら、「試合で相手がKOされてリングに倒れていくのを見るのが面白くてキックをやっている」と聞きました。
なるほど、KOできる相手でないと対戦相手として選ばないそうです。
世界には強いヤツがいくらでもいるので、頂点を目指しても無駄だということです。そんなことより自分の技術で倒せる相手とやっていた方が幸せということである。
だから私も共感するところがあり、勝てないレースを追っかけるより勝てそうなクラスで走ることに努めたいと思います。だからMCFAJでいいと思っているんです。
来年ジュニアで走って嫌われる存在になれれば本望と思います。

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オットー!すぐこういうの撮りたくなりますのは男の性。
スズキのブースでした。
スズキの技術はホンダを凌駕した時期もあるので、もっと宣伝した方がいいと思いますよ。
マン島TT時代からスズキのレーサーは度々ホンダの前を走っているし、
1967年には片山義美さんが世界GP50ccクラスで何度も優勝してランキング2位も獲得しているのですから。
その後もバリー・シーン、フランコ・ウンチーニ、マルコ・ルッキネリ、ケビン・シュワンツなど、私の青春時代はスズキの500ccワールドチャンピオンのオンパレードでしたね。
私のモトクロス入門車もRMでした。
仕事で直接対決した感じがしたのはクワドレーサー(4輪バギー)の製造でした。
250のモトクロス車ベースのエンジン積んだオフロードのバギーですが、エンジンからシャーシまでホンダは後追いの状態で、スズキのクワドを仕入れて全バラ検証しました。
それが細部に至る作りが全く頭のよい、計算されつくした技法でATV250は完敗だと感じていました。
フレームの応力の高そうな箇所にゲージを貼って計測し、加振機やアムスラーで台上テストを行って強度確認するのが私の担当だったので、最小限度の部品点数で耐久強度を持たせたスズキのフレームワークは大いに勉強させていただきました。
ホンダは最初はシンプルな作りですが、壊れる箇所に次々と補強パッチが入ってコストアップと不細工な作りになっていたのでした。それに対してスズキは機能美を表した構造だったと思います。

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カワサキ車はあまり乗ってません。
初心者のころ先輩から借りて乗ったKM90やKE125で少し遊んだ程度

B級のころ89KX80に遊びで乗りましたけどレースは出ていません。

MCFAJ初めて出た頃に乗った92KX80はあんまり調子よくなくて(腕が悪くて)ろくな成績は出せませんでした。

スーパーバイクレースは市販車改なので外観デザインの参考にさせてもらいます。


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売れることが約束されたマシン。

こいつは予約してあるので、もう直ぐ手元に届く予定です。
ショーモデルと違って市販車はちょっとカッコ悪いので、今から改造する計画を練っていますので
出来上がったら画像アップさせていただきます。






さて前置きが長くなってしまいました。
2015年は納期未定という理由で止めてありましたバックオーダーの製作再開は引き続きですが
第一段の目標は、前回RC116タイプアルミタンクを最後に板金切り貼りのタンクを叩き型成型方式に切り換えることです。
去年2台の車両で鉄タンクの錆で泣きました。
30年以上経過した鉄の腐食は恐ろしいもので、ガソリンに混入してエンジン不調の原因になります。
早い段階でタンクコーティングしておかないと、使用不能になります。
樹脂タンクも30年ものは全滅だと思います。樹脂は紫外線で分解されます。外観は異常なくても
強度が落ちてきてクラックが入るのです。
ガレージなどで知らないうちにガス漏れ、ストーブ着火により全焼なんてことにもなりかねません。
そこで、新品入手が不可能な鉄タンク、樹脂タンクのアルミ化計画が命題と考えております。

CRF450ツインマフラーのオリジナルマフラーは自己啓発で実施します。
レース走るときは自分で作ったマフラーを使うことがポリシーです。社外品を買ってきて使うなどということはマフラー屋としてあってはならないことです。
そうやって経験したことをお客さんが望む製品作りにフィードバックすることになるわけです。

R25は初めて手がける新型ロードスポーツモデルです。
いつもモトクロッサーや旧車オンロードでしたから、新しいのは本当に未経験です。
ハンドル、バックミラー周りからオリジナルに変更します。
テールランプ、ライセンスプレートもオリジナルステー作って移設します。
フルエキゾーストはお約束です。ロードバージョンは触媒残す方向で、サーキット用にフルパワーも検討したいと思います。
新機種ですから大手メーカーが競って、リプレイス品発売してくると思いますが、競争はいたしません。
自分流のコンセプトを打ち出していきたいだけです。そのための叩き台として活用させていただきます。

4輪の新機種を立ち上げる仕事で、研究所と製作所が合同で進めることがあります。
新しい部品の製造トライには開発者(設計)と品質管理が製造部門へ集まって製造トライに立会います。
目的は製品が図面通りに出来ているか、出来立ての品物を前に多角的検証を行うのです。
主に鋳造や鍛造のトライでしたが、出席していたACE(アシスタント・チーフエンジニア)から、こんなこと聞きました。
立ち上がり日程の迫っている新機種の製造トライ現場にオヤジさん(本田宗一郎最高顧問)が視察に来られて、大型プレス機にセットされた金型の中に入り込んでグラインダーで削り始めたそうです。
慌てた開発担当者が言いました「やめてください!立ち上がりに間に合わなくなります」
するとオヤジさんは「うるさい!俺の金型だッ」と一喝したそうです。
金型を壊したとしても決済権を持った人物ですから怖いものがありません。
どんな役職の社員であっても創設者に適うはずがないという意味のことでした。
そして、そのACEは不思議とオヤジさんが指摘したことは、いつも正解でそのとおりに直していけば上手くいったと話しました。
開発者といっても、初めて担当する量産車の場合は間違いがあってもおかしくはなかったのです。
だから開発者の殆どは旧式車には見向きもしないと思います。
それは最初に作ったものより後で作った品物のほうが優れているから、過去の製品を見たくないことによります。

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マフラー内部に取り付ける隔壁になる部品をプレス成型しております。

製造コストを抑えるため自作の金型を使っています。
クリアランスバッチリで使いやすいです。
これで同寸の隔壁が作れますが
レベルの低さに大会社にお勤めの人から笑われると思います。
しかし、設備代や金型代を会社の予算で払ってもらっている立場の人からは分からない苦労でしょう。
私を笑いたければ会社を辞めて、同じ立場にしてからにしていただきたいと思います。


それでは、年内は代金前振込みの品物だけ作って終わりますので、新ネタは来年までございませんので、良い新年を迎えましょう。

来週の水曜日に父親の四十九日法要のため、片道850キロ走って帰らねばなりません。
自走で帰る理由は、車両の運搬と納品を兼ねているからであります。

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こんなパイプを作っていますが、1本あたり3日掛かりますので土日休まずにやってもあと2本ちょっとしかできませんが
車両の返却がマスト要件なので月曜夜が積み込み期限で進行しています。

全長長いので通常のチャンバーより溶接が50%多いです。







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ビンテージチャンバーなのでガス溶接で繋いでみました。

車体は返却するので、治具で合わせたものと同等性を確認しているところです。

口元からテールパイプまで長いので僅かに傾いても位置が違ってしまうので、位置決めに相当な時間を割いています。

このような大きな商品は複数梱包すると荷物サイズの関係で、宅配便では送ってもらえません。
梱包も厳重に行わないと、運送中にダメージを受けることになるので、長距離ですが自走で運んだ方が安心ということです。

91年はホンダオブUKを立ち上げるためにイギリスに長期滞在しておりました。
土日は会社が休みなのでレース観戦に出かけるのですが、JULY 7th 開催の世界GPモトクロス500ccクラスは、ある意味で忘れられない日となりました。
それはレース当日の夕方5時の飛行機でベルギー出張の予定だったからです。
移動は出張者全員にカンパニーカーを貸与されていて自分で運転するのですが
会場のホークストーン・パークまで滞在先のファーリンドン村から2時間の距離です。
滞在はホテルを出て駐在員の社宅に居候していて、そこからヒースロー空港までは1時間の距離です。
F1レーサーのアイルトン・セナがスピード違反でつかまってニュースになったM40(モーターウェイ)を走ります。
この移動時間から、飛行機に間に合うためにはファーリンドンの社宅を3時出発がリミットでした。
従って早朝、ホークストーン・パークへ向かって午前中、500ccの公式練習と前座の250ccクラスのレースを観戦しました。
250のレースは当時AMAチャンピオンだったJM・バイルも出走していましたが、地元のカッコ悪いオッサンが速くて勝てないくらいレベルの高いものでした。
イギリスのコースはここに限らず、自然の地形を利用したものが多く、ハイスピードでテクニカルなものです。
日本に見られる狭い土地を平らにしてジャンプを造成したようなコースではスピードのレベルが違うことが分かります。
しかも長距離移動しなくても多くのサーキットが存在するし、ドーバー海峡を渡ればすぐフランスという立地の良さですから優秀なレーサーが育つのも当たり前かもしれません。
結局500ccのレースはスタートだけ観て、急いで帰りましたので決勝レースは観てなかったのでした。


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ホークストーンの売店で買ったTシャツ

KX500に乗るUFOのジャージは英国人ライダー、ポール・マリーンがモデルです。

この年はジョルジュ・ジョベがCR500の市販車で500ccタイトルを取りました。
ジョベやJ・マルテンス、B・ライルズなど本物のGPライダーの走りを目の前で観れたことに感動です。





ヒースロー空港に着いたのは搭乗時間30分前でしたが、同じ会議に出席するパーチャスセクション(購買部)のリック・スミスと偶然合流できたのでチェックインもやってもらってスムーズに飛行機に乗れました。
ベルギー・ブリュッセル空港には栃木からチーフエンジニアと現地法人の日本人が合流してホテルへ向かいました。
翌翌日はドイツ・ハノーバーで別のメーカーで会議。ドイツとイギリスは時差が1時間ありますので帰りの便は夕方5時にハノーバー発、5時ヒースロー着という不思議な体験でした。飛行は1時間でしたが地球の自転に逆行しているからなのですね。
ハノーバーの売店でスミスさんに「友人のコバヤシにドイツのエロチカルマガジンをお土産に買ってやりたい」と告げて本屋で物色していると、スミスさんが「そんなのイギリスにも売っている」と言うので
「いやいやドイツでしか売ってないのを探しているんだ」という意味の英語で伝えました。
法律でイギリスでは、男女の絡みは掲載禁止になっていますがドイツではOKなので、それを探していたのです。
ヒースロー空港に着いたらロングタームの駐車場に停めた社用車のバラードに乗り込もうとしたら、スミスさんが「ワイフに乗せてきてもらったから乗せて帰って欲しい」と英語で言うので乗せてあげました。
威勢よく走りだして、ヒール・アンド・トーでアクセルを吹かしながらクラッチミートさせていると
スミスさんが興味深く私のアクセルワークを見て「ヒール・アンド・トー!」と発声してました。

後日、国内のメーカーに出張するとき、今度はスミスさんのドライビングで乗せてもらって驚きました。
まるでラリードライバーのようなドライビングテクニックでタイヤをスライドさせながらブラインドのワインディング道路をカッ飛ばしていくのでビビリました。
モータースポーツの国ですから一般ドライバーが既に速くて上手いのです。
日本のように信号と一時停止で交通を遮断している国とはスピードに対する経験が違うようです。








インターネット通販、ヤフオク、便利ですよね。自宅に居ながら注文できて商品が届く。
出店者は無店舗でもできる。決済もクレジットカードで集金する手間も無い。
一見メリットが多そうなネット販売に闇の部分があることは、周知の事実です。
弊社商品を代引きで発送すると、注文者の都合で受け取り拒否されたことがありました。
その場合は製作代金がもらえないだけでなく往復の運賃もこちら持ちで支払う結果となり、
損害になってしまうのです。これを回避するために代金振込み確認後に発送するようにしているのですが、「先に入金するのは怖い」と申されるお客さんがおられます。
過去に代金振り込んだら商品が届かなかったという経験があるそうです。
よく報道されている詐欺商法も横行しているかもしれませんが、その場合は出店者の氏名、住所、電話番号などが不明または虚偽でないと成功しません。
弊社のように本名、住所、固定電話番号を公開して詐欺商法は成り立たないはずです。
このスタイルで19年商売続けて来られましたので一定の信用は得られていると思っております。

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初めてのお客さんが電話でマフラーの修理を依頼してこられました。
内容はカーボンパイプを外してアルミパイプを巻いて取り換えると同時にグラスウールも詰め替えてほしい、というもの。

荷物を開けてみたら2本のサイレンサーのうち1本が、このように削れているのが確認できました。
「この蓋の部分を再生しないと組み立て不可能だが、アルミパイプ巻くよりこっちの方が手間が掛かる」
と連絡したら、費用が可算でもやってほしいということと、納期は急いでいないということで社外品ではありますが、修理承諾しました。

依頼者はヤフオクで落札して入手したそうですが、商品の画像にはこの傷の部分が写っていなかったということで騙された格好になっています。
その他の状態に問題がなければ入札金額が上がるでしょうけど、これは修理しないかぎりスクラップ、ゴミになるだけです。
片側はそのまま使用できるのでシングル用として考えれば役に立つでしょう。
この損傷を告知しないで出品することに悪意があります。
修理して使用可能な状態にしてから出品するという、あたりまえの善意を持った人だけが
商売をする資格があると思います。



今日は研磨屋へ行ってきました。クロームめっきを頼んでいた品物の引取りのためです。
2ヶ月も前に全額いただいておりましたのに、今頃完成の理由は、
金型作りと一部外注による加工が必要だったこと、実家で不幸があり長時間業務中断していたことなどです。
業務に遅れが生じる他の要因としては、インターネットを利用した通信販売によるものですが
お客さんの素性が分からないまま注文に応じることにリスクがあることです。

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クロームめっきを付ける前は必ず研磨工程があります。
研磨の仕上げ状態が製品の表面に反映されます。
これは普通の仕上げですが、指定すれば研磨代が若干上がりますが、完全な鏡面まで艶を出すことも可能です。

それから形状が複雑な物も研磨代が上がります。バフが入り難くなるからです。
ストレート形状とカーブのある物ですとめっき代に3倍くらいの差があるようです。

アベノミクスは昇給と円安の度合いで業種によって景気感がまちまちのようですが
政府が言うような上昇傾向は全く感じられないですね。金属関係の材料費は確実に値上がりしているので、同じ仕事量だと利益が減る傾向にあることは間違いないです。
その上、知らない人から注文を受けて品物を作ったとしても、完成の連絡を入れても対応してもらえないということもあります。全く無駄なことをして日程に遅れが出ているわけですから、これからは対面でない仕事の依頼や取引実績のない人の注文は条件がそろわなければ受けないようにします。
新規のお客さんもあると思いますが、問い合わせや質問をされるのは自由です。
実際に製作業務に着手するには、対面で内容を説明いただくか、遠方で来られない場合は着手金のご入金を確認してから作業に掛からせていただきます。
工賃が1万円未満の修理品などは受け取り拒否の可能性が少ないため代金引換で発送させていただきます。
以上が材料費高騰と通信販売のリスク回避として策定させていただきます。

先週水曜日の朝9時半です、父親死去の電話が入ったのは。
すでに工場で仕事にかかっておりましたが、全部中断です。一番早く実家へ到着できる方法は・・・
新幹線しかありません。午前中に雑用を済ませ旅支度して午後1:30東京発のぞみで愛媛県西条市へ向かいました。岡山から4:10発しおかぜ21号で西条駅まで直通です。
西条からバスで小松町へ向かいますが松山行き急行の最終が18:58発なので間に合いません。
今治行きは19時台までありますのでそれに乗って小松駅前で降りてタクシー乗って、実家到着が夜7時半でした。電車6時間で東京→西条間移動できる便利な時代になったものです。
ご遺体は午前中に実家の座敷に運ばれたそうです。

昭和30年建築された工藤家新宅、昭和21年に死去したおじいさんが購入した本家は実家の隣ですが、すでに誰も住んでおりません。
私は次男ですから家や畑を継ぐつもりはありません。一人残された母親が守っていくことでしょうが、その先のことも考えておかねばなりません。

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20年ぶりくらいに親戚が揃い、昔話に花が咲きます。

父親の通った新居浜工業高校の5年先輩に、最初の神風特攻隊として出撃して敵艦空母を撃沈させた「敷島隊」の軍神5名のうち一人がおられて、面識があったということ。
文芸春秋に載った敷島隊員の紹介文で新居浜出身の隊員の出身地が宇摩郡土居町と記載されたことについて
彼は新居浜の「西の土居」から高校に通っていたことを知っていたので、文芸春秋の著者が地名が似ていることで誤って記事を書いたのだと語っていたなど。

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実家近くの山にある「地蔵谷」という人口湖です。
農業用水になる水源ですが、昭和初期に村人たちが土方してダムを作っていたのを父親が子供の時分に見たと語っていました。

私はこの池が干上がっている時期に高専の先輩から買った初期型のYZ80で乗り回した記憶がある場所です。
道路で暴走するよりは健全じゃったと思うがの。



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本家が手放そうとした先祖の土地。
安い金で人手に渡ることが許しがたく思った父親が購入して、柿や栗など育てて収穫していた場所です。

もうだれも畑を手入れする人はいません。
廃園にすると言ったのが父親の意思でした。
昭和22年四国電力入社。42年間勤務して定年退職するまで配電業務に携わり、四国山地に鉄塔を立てて電線を張り巡らせたり、瀬戸内海の小島に立てる鉄塔の設計をみずから行い、用地買収の交渉や、台風で停電したときなどは、夜中に電話がかかって出動していたりと、大変な重責を担って社会貢献してきた姿を見て育ってきましたから
その人がいなくなってしまった今、改めてその存在の大きさに気がつかされます。
工藤家の菩提寺は石鎚山「極楽寺」真言宗です。
立派な戒名もつけていただきました。葬儀には四電の電友会、グランドゴルフの仲間、町内会、親族一同など100通以上のお香典をいただき、交友関係の広さがわかりました。なにより間違ったことを一切しなかった、人の迷惑になることを最後までしなかった、体調が悪化した後も短い闘病期間で逝ってしまわれて家族にも殆ど負担にならなかったという生き様が人間模様を表している人でした。
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今回の帰省は私の仕事的には大打撃です。
葬儀が終わってもやることは多数あります。
銀行、役所関係の手続きが残っているのですが、社会保険も後期高齢者医療と重度障害者の認定も受けているので抹消したり、
電気、水道料金の引き落としも凍結された銀行口座になっているので、変更しなければなりません。
母親も高齢なので、市役所、社会保険庁、携帯電話会社、自動車税の地方局など自分で回るのが困難なので、私がクルマで連れていくということでしたが、運悪く世間は3連休で役所が休みでした、
なので火曜まで滞在でしたから、前々から行きたかった「砥部動物園」へいってきました。人工保育で育ったホッキョククマとしては日本初の「ピース」がいました。
多摩動物園に送った子像の母親であるアフリカゾウの「とべ子」は小屋の中に入っていて見れませんでしたが、多摩と似た作りの動物園で種類も同等以上だったので楽しめました。
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陸上の動物としては最強といわれる、カバです。
迫力満点!











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小さいのでは、これが一押し
カワウソです。

カワウソ団子はここしか見れません。
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ああしんどー。首を手すりに乗せて休んでいるヒトコブラクダ。

美しい肉食獣、ライオン、トラ、ジャガーにピューマ。
カンガルーも活発に動いていて多摩のように昼寝していません。
爬虫類もアミメニシキヘビ、イリエワニなど、でかいのが見れます。
勿論、ヒグマ、ペリカン、アルマジロ、世界中の動物が一度に見られることが驚きです。
来年また行ってみようと思います。



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そして水曜日、父親の遺産の一つ農作業用に使っていたスバルサンバー軽トラです。
新古車で買って走行1万キロ足らず。
母親は廃車にすると言ったのを勿体ないから僕が貰うといって乗って帰りました。
朝7時に実家を出発、夜8時に埼玉の自宅に着きました。
途中2時間おきに5回ほど休憩していますが13時間の旅。
距離にして835km鳴門大橋経由です。
平均燃費15km/h
このクルマ、時速110キロで巡航楽勝ではしります。
アクセルベタ踏みだとメーター140キロ振り切りそうなので控えめにしておきましたが、サンバー気に入った。
お父さんありがとう!

急な連絡になりますが、葬儀の準備のため愛媛県西条市小松町の実家へ戻ります。
1週間程度、業務中断します。
業務ご依頼中のお客様には、ご不便をお掛けしますことをお詫び申し上げます。
再開するときは当ブログで連絡いたしますので、よろしくお願いします。
長いこと仕事止まりました。これも私の能力不足の結果です。
しかも現在連絡待ちの状態で、呼び出された場合は1週間ほど愛媛の実家へ戻らなければならないため休業になると思います。
それまでの間、少しでも仕事を進めておかなければなりません。
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これはバックオーダーのチャンバーを作っているところですが
あと一日以内で完成するでしょう。

今は7月にご注文の品物を作っておりますので大体3ヶ月遅れの生産ですね。

しばらくの間、緊急事態に備えておりますので、急な用事や打ち合わせ等には対応できない状態なのでご了承ください。





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バックオーダー品を作りながら
金型製作も行います。
一品作るのにこれだけの種類の金型を使います。

一個だけならハンドワークで板金しても構わないですが、複数同じ寸法の品物を作るには金型を使わないと寸法が安定しないためです。
厚さ1mm程度の鉄板を成形する叩き型なのでSKDのような硬い材料は必要ありません。全部S45Cなので旋盤で加工します。


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メタルガスケットのレーザー加工が出来てきました。
前回はバネ鋼を重ねて旋盤加工してみたのですが、超鋼チップがあっという間に磨耗して切れなくなってしまい、切削加工は困難とわかりましたので、レーザー加工外注にしました。
手間はかかりませんが、設計は自分で行う必要があります。
手書きの図面を提示してCADに数値を打ち込んでいただくという手順です。

ガスケット試作の意図は、供給されているものではなく、市販されてない寸法のものを作れるようにすることです。
ボアアップキットのようにピストンやガスケットまでキット売りの商品が買える場合は必要ないですが、改造屋は別機種のピストンを流用したりすることもあります。ボアサイズが違っていると燃焼室の加工やガスケット製作が必須となります。
そのため、大体の工数と加工費などの見積もりをするために、実際に作ってみなければ分からないということになります。
戦前レベルの板金技術なので発展途上なのであります。











金曜の夜、愛大病院から緊急連絡があり、父親の酸素レベルが低下したと。
軽井沢のレースに行く気満々でしたが、完全に削がれました。
「1週間もたないでしょう」と主治医から告げられていましたからレース終了後に行こうと思っておりましたが罰あたりな計画だったのでしょう。
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夜中出発なので、徹夜で走って
昼過ぎには瀬戸大橋通過です。

先月からここを通るのは3回目なのですよ。

いい加減疲弊してしまって、心身ともに疲れてきました。
こんなきれいな青空の下で、喜んでいる人がいれば悲しみの真っ只中の人もいるものだなと。





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なんとか明るいうちに愛大病院に到着して
医療スタッフの懸命な処置で様態を安定させておられました。

老人神経科の病室は8階にありますので窓からの景色は見晴らしがよいのですが、
ベッドの位置からでは空しか見えないでしょう。
こんなにいい天気ですから、意識ははっきりしていないでしょうけど、少し元気がでたかもしれません。
土曜で休診でしたが主治医から、これまで検査した結果と治療の目途など説明をいただきました。

急速に全身の運動機能が低下する病気のうち、二つの病名に絞って診療を検討したそうですが、MRI、血液、髄液と検査してきたが、いずれも症状の原因となる異常が確認されない。もともと心臓の持病があり、薬を複数のんでいるのが、効き過ぎて体内に溜まるので止めているとか、毎日血液の検査データに基づきコントロールしながら、制御不能になった航空機を必死で操縦している段階であるということ。
疑っている病気は脳幹になんらかの異常をきたし、全身の動きが制御できなくなっているらしい。
筋肉が固くなることについて質問したら、肩こりや腰痛のように筋肉が固いのは筋組織が固いのではなく、脳幹の指令が緊張するように間違って出されている結果起こるそうです。
だから死亡した人の体はぐったりと柔らかくなってしまうことで理解ができました。
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充実した医療設備に熟練のスタッフにより24時間完全看護で、この病院でなければこのように命を繋ぐことは不可能だったでしょう。
とりあえず、様態が安定していることと
いつ、お迎えがくるか分からない状態と判断し、いつまでも付き添っていても役にたたないので、
次の連絡があるまで埼玉へ戻って仕事の続きをしなければなりません。

実家に寄ってみたら、父親の手入れしたみかんの実がついてきました。
夏ごろまで畑作業できていたのに、こんなことになるとは想像もできませんでした。

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病院の帰り道
故郷の小松町の有名なものは何かと聞かれたら
弘法大師の札所が3つもあるので、お遍路さんはよく知っているでしょう。
他には何もないと思っていたら、ありました。
「りんりんパーク」です。
どおです、この錦鯉の見事なこと
国道11号線沿い、大型バスも止められる大駐車場に乗り付けて中庭に入れば、錦鯉の鑑賞が無料でできます。
エサがやりたければ200円で購入できます。

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数えきれませんが、100匹以上は確実にいます。
一匹数百万円の鯉もいますから
全メーカーのスーパーバイク揃えるよりこちらの方が上かもしれません。

色鮮やかで丸々と肥えていて、見ていて心が和みます。

もう時間がないので急いで帰らなくては。

歳を取るということは本当に大変なことで(行き着けの露天風呂でオッサンが話しているのを聞きながらなにやら他人事のように思っていましたが)最近の親の状態を見ていて実感が沸いてきました。

今月2回めの緊急要請で実家まで850kmの距離ですから、さすがに自走は諦めて新幹線移動してきました。
父親の介護中の母親も体調を崩し、体が動けない父親だけ介護施設へ預けてあったのですが、病気の進行が急すぎるので、愛大病院に入院することにしたのですが、ベッドが空いていません。
ベッドが空いた連絡を待って入院なので、時間は待ったなしです。
仕事の途中であったとしても中止して実家へ帰らなくてはなりません。移動と入院手続きだけで3日を要しますので、また予定の仕事が遅れてしまい、お待ちのお客さんにはご迷惑をおかけします。

しかし、介護施設の決まりで、施設から直接病院へは行けないそうなのです。
必ず自宅へ戻してからでないと責任区分が契約で決まっているので、家から病院搬送になります。
一晩自宅に戻っただけで問題が起こりました。
一応介護ヘルパーを徹夜で雇って、見てもらっていたのですが、喉が詰まって苦しんでいるのです。
午前中に入院予定だったので、朝私が到着したころはヘルパー二人掛かりで四苦八苦していました。
もがいている父親をクルマに乗せて1時間も運転していくのは、不可能と判断して救急車を要請して
愛大病院まで搬送していただきました。
よく救急車をタクシー代わりに呼ぶなと言われますが、今回のケースは医療処置しながらの移動が不可欠なので、「税金でタクシー」という行為とは全く違うことです。
おかげで移動の車内で救急隊の懸命な処置を受けて平穏を取り戻していた姿を見て安心しました。
ここからはプロの仕事です。
私は事務的な手続きをしたり、介護用の備品を病院内の売店で購入して運んだりして付き添いをしておりました。
主治医からは病状が急速に進行している何らかの原因を究明するため、これから幾つかの検査を行っていくという説明。
この大学病院は完全看護を謡い、24時間常駐のナースが身の回りの世話や医療処置を行ってくれます。個室なので入院費の高額医療の対象外で費用はかかりますが、一番安全な虎の巣に入れてもらった感じで、しばらくはお任せして安泰でしょう。
なんともうらやましいことに、主治医は若い女性のドクターでナースも全員若く、ハツラツとしています。
特に日勤の担当ナースは根性が座っています。他人のおじいちゃんなのに、下の世話や口の中のケアも手際よくこなしてくれて、ここだったら父親も安心して身を委ねていられるだろうと思います。

さすが戦後の復興期から高度成長期にかけて企業の経済成長や人々の生活を支える電力供給の仕事に携わり42年間勤め上げた父親ですから、このような待遇を受けさせていただけることは当然の報酬ではないかと実感しました。

私のような弱輩者はとても及びません。緊急要請があったときだけ850kmの移動はつらいですし、仕事も止まってしまいますが、親を見捨てて仕事を優先するということではなく、介護と仕事を両立させるということが今後のテーマであるといえるでしょう。



3ヶ月前に作っただけで放置していましたCRF150Rのサイレンサー、外観と排気音のビデオ撮影しました。ショート管なので爆音を期待しましたが、意外と2mMAXで110,6dBでした。
エンジンレスポンス軽い感じでタイトコーナーから高速ストレートまでワイドレンジな仕上がりです。



多忙なため当分商品化できませんが一歩ずつ前進していきます。
今回は少し残念な話をしなければなりません。
事業目標は弊社ラインナップ品を一揃え在庫を持って、注文されたら即日発送できる体制を整えることですが、現状は程遠く何ヶ月もお待ちいただいております。
納期を問い合わせされることも多いですが、全て未定と回答させていただくことに心苦しく思っております。
全てハンドワークの仕事のため注文されるペースより製作のペースのほうが遅く、バックオーダーが溜まってしまいますので、受注を一時休止する必要があると思います。
そんな状況に追い討ちをかけるように、高齢の親が健康状態悪化で、
愛媛の実家へ帰る必要も生じているため無期限で業務に遅れがでることをお知らせしておきます。
人間ですからいずれは死んでしまうわけですが、そのときは事故でないかぎり長い時間をかけて衰弱していくものですから介護が必要になった場合はいままでのように仕事に専念できなくなる可能性もあります。
なるべくは事業継続していけるように努力はしていくつもりですが、お手上げ状態になったときは報告させていただくことにします。
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OEM生産のビンテージチャンバー。
パイプの溶接は完了しました。
小さい金具やマウントステーの取り付けはこれからですが、あと1日くらいで出来るでしょう。
サイレンサーも6台分組み立てますので
完了次第、お預かりしているマスター車共共、自走で納品に向かいますが
そのまま愛媛の実家へ向かいますので
1週間くらい業務停止いたします。

電話やメールが不通になりますので、御用の方は9月8日以降までお待ちください。


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チャンバー6台分、中々完成せず
サイレンサーが出来上がってから
スプリングフック12箇所取り付けて
ようやく終了。

マスター車とチャンバー全部積み込みですが、傷がつかないように梱包していたら11時過ぎてしまいました。

愛媛は明日中に着けばよいのですが、もう出発しないと間に合わないのです。
これから寝ないで移動です。フウー

時々、「営業時間は何時までですか?」と聞かれることがあります。
営業時間は決まってないので「終わるまで」と答えるようにしています。

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O・オーツカ
S・ショーカキ
K・カブシキカイシャ

ご子息の85レーサーです。
お父さんは
エンゼルス関東所属、国際A級野口忠男さんの弟子からモトクロス始めて
91年の世界選手権MX鈴鹿の予選は4位、
オートマチックRC250で優勝して宗一郎さんと弁当食べた唯一のライダー。

これだけ聞いて分からないでモトクロスしている人は
田中角栄を知らないで日本国籍持っているみたいなことですかね。
エリック・ゲボス(世界GPトリプルクラスチャンピオン)も知らないMXライダーもいるわけですから、レースの実績などというものには何の価値も見出していないけど、やっている・・・歴史も実績もここでは意味を成さないスポーツなのかもしれません。

たしか2007年だったと思いますが、自動車排出ガス規制のNOx、PM(粒子状物質)の規制値が現行の内容に改定されました。
3元触媒による排気ガス浄化後の排出量数値でCO、HC、NOxを管理した内容とは別にディーゼルエンジン車を対象に粒子状物質回収装置の未装着車において、首都圏やその他都市部への乗り入れを禁止、または車検不合格の措置を当時の石原都知事が提唱し、法制化されたものを「PM法」と呼びます。

ここに2輪車、またはガソリンエンジン車は対象外である同法律ですが、これの目的は粒子状物質の解消ではなく、汚染の多い地域から締め出して汚染の濃度を下げるということです。
交通量の少ない田舎は規制対象外ということは、PM排出車の走行できる場所を規制したということに言い換えることができます。
弊社は主に2輪車、レーサーモデルや排ガス規制の緩かった旧式車のマフラーを扱っていますので、必然的に使い古したマフラーの修理依頼が来ることがありますが、今後はお断りすることにします。

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殆どは社外マフラーで、自社製品の完成を長期間、お客様にお待ちいただいている状況と
分解する際に大量に出る粒子状物質を呼気から吸引し、健康被害になることを防ぐためにも、古い社外マフラーの分解は固くお断りします。
粒子状物質の正体は未燃焼ガスの酸化したものですが、粒度が小さいので空気中に大量に舞ってしまいます。
ここに同様な修理品が集まってきて、急激にPM濃度を上げてしまうことの無いようにしたいと思います。
私は喫煙もしないですが、このようなことで将来肺ガンなどになることがあっても誰も責任を取ってくれないでしょう。そういうことで自衛手段と言う意味もあります。
社外マフラー購入されて壊したとしても、それはお客様の自己責任で処分していただくようにお願いします。


5月は2回もレース出場したので、3日間仕事を止めてしまいました。
定休日は無いのですがレース日は半年前から決まっていますので仕事の都合をレースに合わせるという、プロとしてあってはならない行為と思われそうですが、そのかわり残りの日程は休み無しで対応するということにしております。
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絶販の2ストトレール用のチャンバーやサイレンサーが主流ですが
このようなチャンバーは1本必死でやっても2日半かかりますので
これだけで1週間費やしてしまいます。

現在のバックオーダーは殆ど3月中に注文されたものですが
オートバイシーズン到来なのか、消費税増税前の駆け込み需要なのかわかりませんが不思議なことに4月は注文数が前月の1割以下でしたのでこれが続くと、倒産という形になります。

3月分のオーダーは2ヶ月くらいで終わる予定なのでもうしばらくお待ちいただきたいと思います。
空いた時間は暇になるかと言いますと、そうではないのです。
新機種のマフラー試作や秘密の新製法トライなどに時間を費やしますので、暇という言葉が出てくるはずありません。

追記)3ヶ月以上お待ちいただいているお客様も多い状況で、極稀ですがお客様の都合で連絡無しにキャンセルされる場合があります。
その場合、代引き発送をやっていますと荷物が返送されてきます。
製作代金がいただけないばかりか、往復運賃もこちらで支払いという情けない処理をさせていただくことになります。
従いまして、長期間お待ちのお客様にメールで製作完了の連絡と代金お振込みの依頼をさせていただいております。
代金お振込みが商品お引取りの意思確認といたしますので、ご了承願います。
これも稀ですが、メール連絡しても不通の場合がありました。
原因はメール設定の問題、PCが壊れている、出張不在で確認できなかった、等が挙げられます。
一応、ご注文時にお名前、住所、電話番号をお預かりしていますので1週間程度で対応なき場合は電話連絡させていただきます。
電話も不通の場合は時間帯を変えて掛け直させていただきますが、それでも不通の場合は、商品は別のお客様優先で発送させていただき、後で連絡されて来られましても再段取りとさせていただきます。

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孤高のロングセラー
CRM250ARチャンバー&サイレンサー

CRM3型から作り始めて19年経ちます。
おかげ様で200台以上売れました。
零細企業にとっては異例のヒット作と思っています。
この先、これ以上の人気商品は出てこないでしょう。
リリースはしたものの、5年以上注文が無く治具廃却処分となった短命機種も数知らず、この功績を称えたいと思います。

うちの父親は40年間電力会社を勤め上げた生粋のサラリーマンです。
そんな父親も若いころに人に使われることを「馬鹿たらしい」といって会社辞めたかったらしいことを最近になって親戚から聞かされました。
そのときは世話になっていた義兄に相談したら、その思いあがった考えに聞く耳を持たなかったといいます。
会社を勤め上げる大事さがわかった父親だからこそ二人の息子にはサラリーマンになれ、と言い続けてきました。
それなのに父親に逆らって兄は35年、弟は25年も会社勤めをしておりません。
物作りの血統は私が8歳のときに死別した母親から譲り受けたものと思っています。
兄はひらがなの読み書きより先にピアノを弾き始めていましたから、プロになるのは自然の流れだったかもしれません。


隣の町に住んでいるものですから、1回だけ家に行ったときに最近MayJと組んでいるらしくCDがたくさん置いてありました。グランドピアノをはじめキーボードやシーケンサー、ドラムセットなどが所狭しと置いてあって家の中で曲作りや仲間とセッションやっている雰囲気でしたね。
アナと雪の女王の日本語版主題歌のピアノ担当は兄だそうです。

Penny K Keyboardist で FACE BOOK検索してみてください。













現在1月中にご注文のバックオーダーについて製作中です。
4月は1月分で終わってしまう予定ですが、約束を忘れていたものもあって一部は5月に持ち越しということになりそうです。
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今日加工完了したマフラーですが、月曜日に注文した部品が未だに入荷しません。

部品屋さんは倉庫に取りにいくだけだと思うのですが何日かかるのでしょう。
お客さんは待っているはずですが、組み立てられないで待機中です。

発送は来週になりますかな。
今週末は天気が悪いので新品マフラーは卸さない方がよいでしょう。(都合のよい言い訳)

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去年から頼まれていたマシンをようやく持ち込みいただきました。

今流行りのACTS(エアクール・ツインショック)ではないですか。
ダートは走りませんけど。
立派な社外のマフラーがついていますが、弊社の作るマフラーにお取り換えいただけるそうで光栄なことです。
排気量1300ccもありますので
過去最大級の容積でマフラー新作しなければなりません。
5月連休に車両は使うということなので最優先で取り掛かります。

消費税増税まで2週間を切ってしまいました。この時期に20年間維持してきた価格を改定させていただきたいと思います。
チャンバー、マフラー等弊社ラインナップ品は内税方式で価格を提示してきました。
業販につきましては割引した価格に消費税付けていただいておりました。
もともと採算ベースぎりぎりのところ材料費は高騰の一途、この上消費税アップでは事業の継続に
支障を来たすため、この段階で業販は終了させていただくことを決意いたしました。
長い間ご利用ありがとうございました。
古いラインナップ品につきましても、治具の管理が困難になってきましたので、3年間を目安に需要のなかった商品の治具類、寸法データ等を廃却して作業スペースの確保をしていきたいと思います。

さて具体的な新価格ですが、いずれ消費税10%に移行されることは確実なため、それまでの暫定的な数字でありますが、従来の5%は価格に組み込んだ(実質消費税分サービス)金額でありました。
4月以降御注文分からは増税分3%を追加した金額にいたします。
エキパイ¥20000⇒¥20600

チャンバー¥25000⇒¥25700

サイレンサー¥12000⇒¥12300

4ストサイレンサー¥47000⇒¥48400

つり銭が面倒になりますので10円代は切り捨てになっております。
上記金額を総額表示で運営させていただきます。

ワンオフ特注品の依頼につきましては、型代、レイアウト検討費用等、¥10000別途は従来とおり維持したいと思います。
実はこの型代、レイアウトが品物製作以上に時間を費やすところなので時間当たりの収入が少ない要因になっておりますので、よほど重要な理由が無いかぎりお引き受けしない方針にしますので、ご了承ください。

旧式車の型合わせのための預かりも一定の条件つきで止めさせていただきます。
その条件とは、試運転が必要な車両に故障がある場合はお引き受けできません。
長期間保管を避けるため、ご依頼時から1ヶ月以内に作業開始できる見込みが無い場合は
業務予定に見通しがつくまで、預かりはいたしません。
預かり期間中に車両に問題が生じた場合は、お客さんに確認していただく場合があります。
随時来て頂くためには首都圏以外の遠方からの車両預かりもお断りさせていただきます。

まるで業務縮小のための改定と思われますが、3ヶ月にも及ぶバックオーダーによって折角楽しみにしておられるお客さんの気持ちを考えると、これを解消していくことが命題であると考えておりますので
生産にマイナスな要因を排除するための方針とさせていただきます。

当面の目標としましては2014年モデルのチャンバーかマフラー、3機種ほどラインナップに加えるため試作を行っていきます。
すでに要望も来ておりますし、テスト車両貸し出しの約束も取り付けてありますのでレースシーズン途中でありますが完了できた物から当ブログで公開させていただきます。

430チャンバーは残り1本になりますので、次の予定を考えなくてはなりません。長期滞留車の最後になりますが、KR250です。
これまで長期預かり車の特注マフラー製作に集中していたわけは、作業スペースを空けて、3年ほど前から頼まれていた750SSのトリプルチャンバーを作り直す予定があったからです。ああいう大きい車体を取り回すためには場所に余裕がないとできません。
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84年型カワサキのレーサーレプリカKR250です。
78年から81年まで世界GP250ccクラスを4連覇した当時最速レーサーの技術をフィードバックしたタンデムツイン、ロータリーディスクバルブというユニークな構造です。
しかし、GPレーサーのようなスッキリとしたレイアウトとは程遠いスタイリングで補機類が詰め込まれた隙間をエキパイがクネクネと曲がっておさまっているデザインです。
黒塗装されたチャンバーのレイアウトは実車を前にしても分かりにくい複雑さで全く自由度がありません。
そのため良案が浮かばず10ヶ月も放置してしまいました。
オーナーが北海道在住で雪に閉ざされた冬は引き取りも無理だろうと思って春ころにできればいいかと思っていましたら、今月取りに来ると電話がありましたので「それは無理です」と答えたら5月に伸ばしてもらえましたので、1ヶ月くらいかけてツインチャンバー製作してみたいと思います。
先ずは試乗してエンジン特性を探ってみようしましたがエンジンがかかりません。
長期預かりなのでバッテリーのマイナス端子は外しておいたのですが、電圧が5Vくらいまで落ちていてこれが制御系を動かす電力が不足しているのだろうと思って新品バッテリーに取り換えて、再キックしますが、全くかかりません。2本のスパークプラグを外して点火を確認したら火花は正常です。
あとはガソリンが来てないと思って、燃料コックをいじったら大変なことになりました。
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このコックは負圧コックらしく、RES(リザーブ)、0N、PRI(プライマリー)という表示になっています。
通常のOFFはありません。エンジンが回っているときだけ負圧コックが作動しガソリンが降りてくるしくみです。
したがって運転時はON、ガソリン残量が少ないときはRESの位置にしますが、長期間停止したあとはPRI、すなわちダイレクトにフロートチャンバーへガソリンを降ろしてからONまたはRESに戻して始動する手順です。
先ほど始動できなかっった理由はRESの位置だったからですね。
それはわかったのですが、PRIにした直後キャブレターのベントホースからガソリンがダダ漏れになって、あっという間に床がガソリンまみれいなりました。大変危険です。工場内なのでストーブ付けていたら火ダルマになって人生終了していたでしょう。
これはキャブがオーバーフローしていますね。フロートバルブがイカレテいると思いますので直すまで試乗は不可能です。エンジン掛かりはしますが全く吹けないので、時間があるときに修理することにします。

埼玉県は大雪警報発令! 先週より雪の量が多い気がします。

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夕方5時でこんな感じです。

畑の残雪の上に積もっていますからさらに深くなりそうです。

これで来週降らなくても、2週間は溶けませんね。

まだ仕事中なので、夜になったら明日のために家の前の除雪をしなければなりません。

 

 

 

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9時ころ外へ出たら、ステップワゴンがハイルーフになっていました。

深いところで30センチくらいの積雪です。

まるで雪国ですね。

週末は外出不可でしょう。

材料は仕入れてあるので仕事に専念できます。

 

 

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430チャンバーは、もう直ぐ予定の半分というところです。

そろそろ1便の発送をしようと思うのですが、段ボールが雪で濡れてしまうので来週天気がよくなったら発送します。

後半は排気量違いのため新型を作成しなければならないため終わり時間は決まっておりません。

おそらく3月にずれ込むと思います。

そのあとDT125チャンバーの作り直しをやって、ようやく9ヶ月前にお預かりしたKR250のツインチャンバーに取り掛かれる段取りです。フウー

 

 

 

 

 

もの忘れの悪い癖で鉄板の在庫を切らしてしまい、取り寄せ中です。

鉄板が無くてはチャンバー作りもできません。材料入荷するまでやっておくことがあります。

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CRF150R用のサイレンサーをモデルチェンジします。

2007から作っていた物はチタンパイプを使用していましたからMFJ公認レースは適合でありませんでした。

今年のモデルはMFJ適合を目指してステンレス/アルミを使用し、マンネリ化したデザインを一新して視覚的に闘争心をかきたてるように作ってみました。

実は250用のツインマフラーはシングルマフラーより若干サイズが小さいため専用サイレンサーを作る必要がありました。

そこで150用を作って同じサイズで250のツインマフラーを作るための前段階というわけです。左側は右と対称型でいけるはずです。

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断面は平行四辺形です。横幅を増やさず容積をアップさせています。

中身の作り込みは後日やります。

実車取り付け状態もその後で、

一応今のバックオーダーの分から新型マフラーに切り換えていく予定です。

 

 

 

 

 

CIMG3288.JPGそろそろ材料屋から電話が来ると思うのですが、もう少し進めておきます。

エキパイのジョイントを加工し、マウントブラケットを溶接して、取り付けレイアウト確認します。

全長はノーマル同等ですが、横投影図は大きく見えますね。

 

 

 

 

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リヤビューです。横幅は割とスリムなんです。

中身の構想は出来ていますが加工は、ずっと先になります。

材料屋から鉄板入荷の連絡があったからです。

これから材料取りに行ってチャンバー作りに復帰します。

長期滞留車はあと2台で終わるのですが、430チャンバー10台分なので最後の車両に取り掛かるのが3月後半くらいになるでしょう。

毎日、ご注文や修理依頼が入って参りますが、お引き受けできる状況にありませんので、全て納期未定と返事させていただいております。

今年も1ヶ月を切ってしまいました。業務の予定も大幅に遅れながらも進行しております。

先月から新規注文の受付は納期未定ということで返事させていただいております。

約束してある特注品の作業に集中するためラインナップ品や一般修理を休止する必要があるためです。

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ようやくラインナップ品の製作完了が見えてきました。

今週末から特注品に完全移行しますので、先月以降のご依頼に関しては来年見通しが立った時点で納期のお返事ができるようにしたいと思います。

 

画像はKX65チャンバー、サイレンサー

弊社は50ccはやっていないので、これが最小モデルですが作り始めて10年が経過するロングセラーです。

中古品が何年も使い回されているのをよく見かけます。だめではないですが、新しいのは乾いた響きがしていいですよ。

年末年始は工場の掃除と配置換えを考えておりますので31日から3日くらいまで仕事しない予定でおります。急な用事にはお答えできないこともありますのでご了承ください。

日にちが経つのが誠に早く、6月ご注文の品物の製作がようやく終了したと思って安堵の気分を感じていたのも束の間。

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PCが壊れて、メール受信箱は無くなってしまいましたが、手書きノートにバックアップを取ってありましたので、依頼者に発送する前に電話連絡を致しました。

すると、注文時メール返信が無かったので無視されたと思って別の商品を買ってしまったといいます、

この商品はクロームめっき指定されましたので、チャンバー¥39000 サイレンサー¥12000ですから送料込みで¥52000もの高価さですから、ご注文の返信をしないなど考えられません。

注文があったなら、必ずその日のうちに金額と納期などの返事をしてきました。

仮にこの件に限って忘れていた、またはメールサーバーの不具合で送信に失敗したとしても

お客さんは届いてないか心配して再度メールされてくるものです。それもないものですから、当然この注文は生きていると考え、必死に製作を進めてきました。指定されたクロームめっきの費用も実費で払って完成させましたが無駄だったようです。

便利なインターネットの社会ですが人間関係の希薄さは明白です。一度も会わない人と会話も一切無しで取引成立させてしまう世の中ですから、これからはメール注文に電話番号は必須でメール返信ではなく直接電話させていただくようにします。

ワンオフ製作の場合は車両持込で打ち合わせも必ずやりますので、このようなトラブルはありえません。現行のラインナップが終了したら通信販売はやめてしまおうと思います。

大体ですが8月9月分のオーダーを11月中くらいに終わらせる予定でいます。それ以外で車両預かりのワンオフ製作の依頼を数台止めている状況にありますので、これから注文される場合は年末か、年明けの納期になることを了承ください。

今週は借り物のPCで更新しております。

我社から最も近いサス屋さんのBLITZ・SCHNELLでフォークスプリングの試作を依頼しました。

同社は(株)ショーワと取引されているので、非買品のパーツを頼める心強いショップです。

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5月に動作確認のため試走した2WDのフロントフォークに入れ換えるためのスプリングです。

この2WDはフロントの駆動系だけで10kgの重量増となっており、ノーマルのフロントフォークでは性能不足は明らかでした。

操舵系の等速ジョイントのベアリングホルダーがボトムブリッジに衝突するため高速でギャップを通過するときに危険な状態になるため、なんとか改善したいと考えてフォークスプリングの強化を計画したものでした。

 

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このマシンは月間ガルル1992年1月号に試乗インプレッションが掲載されていましたので覚えている読者も多いのでは。

開発者の吉田さんと打田編集長が仲がよく実現した取材だったと聞きましたが

雑誌では取材協力者の不利になることは書けないので、記事の中ではフロントサスやハンドリングの問題点は濁して書かれています。

只、これからの改善すべき課題とだけ書いてありましたが、譲り受けた私が改善の続きを行うことになろうとは、当時からすれば夢にも思わないことだったでしょう。

2WDが実用化されない理由が試乗することで分かった気がします。先ずハード路面のオフロード走行には適しません。スタックする路面やグリップの悪い登坂においては1WDを凌ぐはずですが、普通のギャップ走行で、乗り手のテクニックが必要になってくる上、製造コストが増えるということで、メリットが少なかったことによると思います。それでも保存する上で少しでも走行性能を向上させたいというのが技術者魂ではないでしょうか。

 

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下がノーマル(若干ハードスプリングかもしれないが履歴が不明)

上2本がBSさんからショーワ関係の試作屋さんに頼んでもらったハードスプリング。

当初は88年式のCR125のオプションで出ているハードスプリングに取り換えようと安易に考えましたらスプリングの外径がφ37でCRMのインナーパイプに入りませんでした。

CRMのスプリング径はφ35なのです。88CR125のハードスプリングはホンダの最後の在庫でした。ほしい人があれば安価でお譲りします。

 

従ってCRMに装着可能なφ35、L=530mmで最大限度のバネ定数ということで依頼しましたら、15%増しのバネ乗数で仕上がってきました。

スプリングのデータを参考までに記します。

ノーマル K0.487 線径φ4.82 外径φ35  ピッチ12 巻き数42  L530

ハードSPG K0.560 線径φ4.8 外径φ35  ピッチ14 巻き数36  L530

88CR125ハード K不明 線径φ4.7 外径φ37 ピッチ12 巻き数41 L514

CR125のバネ定数はパーツリストまたはSマニュアルに記載されています。

材料の熱処理状態が不明で縦弾性係数の数値から計算で求めることができませんので、バネ定数は、ばね試験機で圧縮して、荷重と変位のグラフから読み取る方法で計測します。

15%のバネ定数アップで10kgのバネ下重量に対応できるかどうかは次回(たぶん来年春)の動作確認のときにテストする予定でいます。

先週末からパソコンが故障して電源も入らない状態になっていますので、メール送受信は不可能です。

現在PCdepoにてハードディスクからデータを取り出す作業をしてもらっています。

復旧までに1週間程度を予定しております。

なのでパソコンが復旧するまでメールでのお問い合わせに時間がかかると思いますので、お急ぎの方は電話(049?271?4898)におかけください。

またデータ取り出しが不可能の場合も考えられますが、先週までのご注文の内容はノートに書き控えてありますので荷物発送には差し支えないですが、発送前の連絡はメールできない可能性もありますので、なるべく電話で発送の連絡をするように致します。

 

台風18号が通り過ぎた月曜日の午後、現場が休みのこのときしか空いていない山中土建さんが道路整備にきてくれました。

CIMG2713.JPG余分な泥を削って平坦にしていきます。

ブル押しだけでは泥が横に逃げてしまい平にならないそうです。

ショベルで泥を中央に集めながら運んでいくテクニックはさすが本職です。

機械を使って仕事する人は道具の使い方のセオリーを知った上で扱うので、上手くできるのだと思いました。

溶接や金属加工も同様に、使い方のセオリーがあって形が出来てくるものです。

 

 

CIMG2715.JPGエンジンのOH依頼がきています。

普段は金属加工で切り粉や粉塵が舞う工場なので、夜の仕事です。

バックオーダーの予定には支障ありません。

 

 

 

 

 

 

CIMG2725.JPGフロントフオークのOH中ですが、これも夜の仕事で予定に支障ないようにやっています。

 

 

 

 

 

 

 

 

CIMG2721.JPGこれは、出来ているのですfが「ゴム忘れ」のため発送できないでいます。

部品入荷次第、梱包です。

 ゴム忘れの・・・・

 

大体ですが6月中にご注文の品物は今月中に終了予定です。

7月にご注文の品物は10月に製作という具合に推移しています。

人気店ではバックオーダー1年待ちもあるらしく、我社は供給早い方ですね。

レース関係は相変わらず間に合わせることが難しい状況です。

 

CIMG2720.JPG猫がニャー(訳、何か食いたい)と言うのでネコ元気を皿に入れてやると、においを嗅いで「これじゃない」と言いたげに立ち去ろうとするので懐石を入れてやると、二匹とも食事に取り掛かりました。

この子らは美味いもんしか食べないのですよ。参ったなー 

 

 

 

 

 

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CJ360ですがタコメーターのランプが球切れで暗かったので、わざわざ鴻巣のハラグチさんとこへ電球を買いにいきました。

実は若いころからオートバイで夜ツーリングするのが好きだったもので、暗闇ではメーターがお友達なのです。

モトクロッサーはスポーツ器具、オートバイは乗り物、どちらも人生を充実したものにするための道具だと思っています。

何故、夜走るのが好きかといいますと、

学生時代はバイト先への往復、交通量ゼロの夜の峠道ばかり走っていましたが、原点は中学時代の就学旅行で京阪神へ行ったときです。バスの車窓から見える近畿自動車道路で発見した白バイがGT380で超カッコよく見えてバスの中で「うおおおおー」と絶叫していましたら、ガイドさんに叱られました。

帰りの大阪南港へ向かう高速道路の夜景が綺麗で、大人になったら免許取って夜の高速道路を走るのだと漠然と誓っていました。(頭の中では、ミュンヒ4 またはラベルダ1000に乗っている)

未だに大阪の夜景に溶け込んで走りに行く夢は叶っておりません・・・・

だから、せめて自分のオートバイはあの頃の76年式に乗っていたいです。

ついでですから、何故大阪やの?と言われそうなので説明します。

我ら四国の人間から見ると大阪は一番近くの都会、あそこに行くには宇高連絡船かオレンジフェリーに乗って海を渡らなければなりませんでした。東京じゃないんです、先ず大阪があるんです。

しかも小学校2年のときに行った大阪万博のショックが大きくて最も国際的モダン都市としての印象はあそこしかありませんでした。そしてオートバイに脳が犯され始めたあのころ、再び訪れた大阪は未来都市そのものでした・・・・・        只の田舎もんだっただけです。(今でもか)

今の家に引っ越してきて19年、当時は住宅に関する知識も乏しく、間に合わせの作業環境を求めて安易に決めた代償を払う時がやってきました。

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家を購入するとき、下水の設備を詳しく調べて検討する人はすくないんじゃないかと思います。

ここは家4件が並んだ路地に面して建っていますが、土地販売当時、とりあえず最低限の排水設備を設置したと考えられますが、今回これに悩まされました。

自宅の排水に不満は無いのですが、両隣りの家が排水溝のドブさらいをやると決めてきたので、業務が立て込んで時間が無いにも関らず、丸2日作業のため拘束されています。

ここの問題点は側溝が敷地より低く、30cmほど地中に埋設されていることと、勾配がついた先は行き止りになっていてヘドロが溜まり続けます。そして詰まって、定期的に空けてドブさらいしないと機能しなくなることです。大量の土砂をどかすだけで丸一日、小さいショベルドーザーで固い土は掘り起こしますが、殆どスコップ使ってハンドワークです。体中の水分が抜けて脱水症状になりました。

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そして2日目、側溝の蓋をあけました。分厚いコンクリートの蓋は30キロほどあります。今までで5本の指に入るくらい重労働です。なぜなら、両隣りはリタイヤした高齢者なので力仕事は私の役目です。

これからヘドロを掻きだします。

20年間溜め続けたという悪夢のような泥です。

エアクリーナーの洗い水やオイルや泥で汚れたオートバイの洗車水、汚い水をどんどん側溝に流してきましたが、溜まったヘドロを掃除するのは結局自分しかありませんでした。こんな作業に2日も時間を取られ、疲労困憊し、最悪なことに、側溝を蓋するときに右手の人指し指を詰めてしまって言うことを聞きません。ジンジンと痛みに耐えながら、日曜日にマシンを取りにくるお客さんとの約束を果たすために、早朝深夜へと業務は持ち越されるのでした。

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土曜日中には土砂は埋め戻しましたが、天候が良くないため、道路の状態がよくありません。これではお客さんに来ていただくわけにいきません。

山中土建さんに重機で道路整備をお願いしようと電話してみましたら、ご子息のレース参戦のため名阪スポーツランドへ行かれているということでした。

1週間ほどはこのような状態で我慢することにしました。

ここに無限ヘッド(CR125R)があります。ヘッドガスケットが廃番になっていて、代替のガスケットを作る必要がでてきました。

CIMG2699.JPGホーリーさんとこでシリンダーに傷がついた無限をスリーブキットで再生したのですが銅板ガスケットが圧縮漏れでよくないと聞いて

お節介に「水冷ヘッドにはバネ鋼のガスケットが良いでしょう」と提案してしまった責任を取るためにメタルガスケットを作る役を請け負うことになりました。

昔、ボアアップで純正のメタルガスケットのボアを拡大したことはありましたが、材料から新造した経験はありません。

これは自己啓発として就業後に少しずつ進めますので作業日誌は後日アップいたします。

87年型CR125の純正ガスケットも見本としてお借りしていますが、材質はアスベストです。アスベストは耐熱性が高く、弾力もあるので高温での気密性に富んでいると思われます。

ヘッドガスケットに必要な性能は高温でもバネのような弾性をもっていることです。

シリンダーヘッドはM8のスタッドボルトで締め付けられますが、この締め付け荷重はどれくらいのものかといいますと

エンジン関係に使用されるボルトは100kg級の強力ボルトです。材質はSCM400(旧435)で、めっき可能な最高強度のボルトになります。めっき後のベーキング(水素脆性除去処理)が必須です。

足回りに使われるボルトは120kg級ですが、高負荷で亀裂を防止するため、めっき処理は不可で通常は耐食性にすぐれたダクロコートを施します。

100kg級の意味はmm2あたりの引張り強度が100kgということで、強度区分で10Tと表記されます。80kg級は8T、以下7T、6Tという具合に材質と熱処理の違いで強度を設定しています。

ではヘッドのスタッドボルトはM8ですから有効断面積(ねじの呼び径ではなく、ねじ底の断面積)は36.6mm2で引張り強度3400kgですがこれは垂直に引っ張ったときの破断荷重なので、ねじの締め付けでは耐力2894kgで考えます。

耐力というのはボルトを締め付けたときの軸力と伸び(またはトルク)線図で直線で表す領域(弾性域)から0.2%軸力が下がった点(降伏点)を耐力と定めています。

実際の締め付けでは降伏点を越えるとボルトが永久伸びを起こしてしまいますので、降伏点直前がボルトの限界になります。ボルトの規定トルクは、降伏点に達しない上限と緩みが発生しない下限値が指定されています。何故規定トルクに幅があるかというと、締め付け座面やネジの状態でμ(摩擦係数)が違うために軸力がばらつくためです。締め付け作業はトルクレンチを用いたとしても締め方によって軸力が変わります。レンチを締めるスピードや回数で、同じ目盛りでも軸力が変動します。

ネジ山や座面が滑っている状態を動摩擦、止まった状態から再度締めるときは静摩擦と呼び、静摩擦の方がボルトを回転させるのに大きなトルクが必要になります。締めすぎたボルトを緩めるときに大きなトルクが必要なのは、このためです。

話を元に戻します。スタッドボルト1本あたり2800kgの締め付け力とすると6本で16.8トンの荷重がヘッド面に掛かっていることになります。この荷重に耐えられる硬さのガスケットが必要と考え、バネ材を仕入れましたが、純正部品の材料は一般の鋼材屋で扱ってないことから、それに近い性質のステンレスを選定しました。

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これからガスケットの加工に入りますが、これくらいの形状ですと図面を書いてレーザー加工を頼んだ方が安上がりで加工精度もよいと思いますが、ここでは手持ちの加工機でどこまで出来るか試してみたいと思います。

使用する道具は板金ハサミ、ボール盤、旋盤くらいです。

最初はスタッド穴基準とするため穴位置を割り出してマスター板を作って下穴を空けていきます。

 

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ステンレス板にスタッド穴を空けておきます。

スタッド穴基準でセンターと外周を旋盤加工するための加工治具はこのとおりです。

ステンレス板の外形は板金ハサミで荒く切っておきます。これら6枚を重ねてフランジにボルト締めして加工を行います。

フランジで挟むことによって薄板の剛性があがってバリの少ない切削面に仕上がります。

 

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旋盤で外径φ101、内径φ55に加工しました。

思ったとおりバネ材は硬いです。

超硬チップで切削しますが刃物の消耗が早いです。

下穴はハイス(高速度鋼)のドリルを使うので、重ねて穴空け加工は困難です。

 

 

 

 

CIMG2704.JPG右がノーマルのヘッドガスケットでスタッド穴が5個です。

ウォーターラインを同等にするための見本です。

排気側の長穴を空けるのにフライス加工だと材料が硬いのでエンドミルが割れて全部ダメになることを恐れ、地道にドリルで下穴を開けました。

穴が繋がったところで、切り残した部分はヤスリで手仕上げすることにします。

アルミホイールやメッキシリンダーなどバリが出る製品は量産でも手仕上げでバリ取りするものですから、手仕上げは立派な加工工程なのです。敢えてハイテクを使わないでハンドワークで処理することが我社の物作りの原則です。

 

CIMG2706.JPG加工終了です。6枚セット取れました。

加工治具は使い捨てになります。

量産のメタルガスケットはウェーブ加工されており、穴の周囲を囲むように凸の部分が当たって密着するようになっているのでバネ材が必要なのでした。

しかし、これは平面で密着させる構造なので、シリンダーヘッドの平坦度とヘッドナットの締め付け力が成功のKEYであると考えられます。 

 

 

9月一杯まで非常に立て込んでいる状況ですが、電話1本でマフラー1本作ることになりました。

9月1日にJNCCが月山で開催されるのでエントリーしたというので遅くとも29日迄に完成させなくてはなりません。

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道なき道を走るエンデューロなので上手いライダーでも転倒のリスクは付きまといます。

レーサーのマフラーは軽量化も考えてチタンパイプを使ったりしますが、今回はステンレスです。

アルミの筒は同じですが、ミドルパイプの強度がステンレスパイプの方が上なので転倒による影響をなるべく抑える目的であります。

重量はチタン製と比較して500gくらい増えますが走行性能には影響ないでしょう。

 

依頼者は元ワークスライダーの大塚忠和選手ですが、私とはノービスから国際B級まで走った年代がカブっていますので、同年代のトップライダーからの呪縛にかかっていると思われます。別の年代のトップライダーですと観客としてしか見ていないので、特に意識はしていません。

それから、大塚選手はオートマチックのRC250Mを走らせて鈴鹿サーキットで宗一郎さんの前で優勝した人ですから他のライダーとは違う意味合いを持っています。優勝直後に管制塔に呼ばれて宗一郎さんと弁当食べたライダーは彼1人だけです。私ごときが彼の頼みを断れるわけありません。

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製作は間に合ったのですが、グラスウールがまだ入庫しません。ギリギリの日程なのでセッティングする時間もないでしょう。

現在違うマフラーが付いてますが、音量検査が難しいので新品頼まれたのでした。

ウエポンで聞いたのですが彼のマシンは月山終わったら売却するらしいので、突貫で作ったマフラーも一回きりで終了かもしれません。んー残念

 

大塚選手に電話したら、月山は都合で出られないそうで、次の糸魚川から出場ということでした。私、ビビリまくりで損してますね。マシンは今売っても、シーズンオフでも金額は変わらないということで、今シーズン一杯使っていただけそうです。

代わり映えしないとか、進歩がないといったネガティブなイメージのマンネリズムですが、礼儀作法や行儀の意味であるマナーと語源が同じ (mannerism、 manner)ということで一概に悪い意味ではないと思いました。

仕事のやり方がいつまでたっても同じであるとか、もっと上手い方法を考えろとか言ってマンネリ化を悪く捉えがちです。殆どの職業はマンネリズムによって成り立っているとも考えられるのです。いつも同じことをしていられるということは、安定しているということです。ダメなやり方では直ぐに廃れてしまうはずですから。

または同じことを何年も続けるということは、一つの技術をマスターするということです。

経験5年の人と10年の人では結果に違いが出てくるものです。生涯続けられる仕事なら経験40年以上になりますから熟練と呼ばれるようになるのです。残念ながら私の勤めた会社では、社員の意思とは関係なく会社の方針で配置代えさせられてしまうので、熟練する技術は身につかない体質だと感じました。製造部門では同じ職場に長く勤められるようなのでそれなりにマスターできると思います。

文化芸能の分野ではマンネリを脱却しようとして悪い方向へむかうこともあります。

以前、年末は国民的なイベントとしてK1や総合格闘技が開催されていましたが人間はより強い刺激を求めて、派手な失神KOや相手の肉体を破壊してしまうような残虐性に発展してしまうことを問題視して開催されなくなりました。FMXでも難易度の高い技を要求されるようになり選手の肉体的負担は量りしれないものになってしまいました。

人間の脳内から出てくる快楽物質がはマンネリをつまらないものと判断してもっと新しいもの、過激なものへと要求することで弊害を生んでいると思います。

 

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モトクロッサーは走る機能がしっかりしていれば外観なんかどうでもいいんだ・・・

とはなりませんでした。

最近のマシンは鉄のパーツは少なく、80年代のように赤錆びが出ることはないですが

アルミパーツは表面処理されてない物が多く、ステップブラケットもハイテン材を亜鉛鍍金したものですが、腐食が目立ちます。

走る機能には全く関係ないですが、見栄えが悪い乗り物には嫌気が差してきますのでアルミパーツはバフ研磨、鉄部品はタッチアップでイメージ一新です。

仕事じゃないので、時間もコストも掛けません。部品外している時間と研磨している時間は殆ど同じ(10分くらい)です。バフは3馬力のモーター使いますので。

 これらのアルミパーツは鍛造製品ですが、打ちっぱなしなので表面をミクロで観察するとガサガサに荒れていて水の分子が留まりやすく酸化の進行が早いので光沢が失われてきますが、表面を研磨することによって酸化しにくくなります。外観が保たれるだけでなく、泥落ちもよくなるのでマディー時の操作性が向上するというメリットもあります。

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本当は新車に乗り換えるのがいいのですが新車扱うより旧型いじることがライフワークのように思っています。

このマシンは最後のキャブレター車としてずっと保存していこうと思います。

2030年代になったら引張り出して、その時のニューマシンに混じって走らせると面白いかもしれません。

そのころまで日本のモトクロスが存続していればの話です。

 

ある人類学者が、スポーツの起源を説明していました。古代ローマ時代以前はスポーツは存在しなかったですが、労働をしなくてよい貴族階級の人が「疲れてみたい」という欲求を満たすために運動を始めたのが起源といいます。労働者は一日中働いて疲れているので、運動する余裕はなかったわけですが近代は労働者も余裕ができて余暇をどのように過ごすか考えて、スポーツでもやってみようということになったのでしょう。

ではモータースポーツのように、危険なことを何故好むようになったか、車が2台出来たときからどちらが優秀な車であるか自然に競争が始まったと聞きます。私の憶測ですが、人間は大昔から戦うことによって領土を拡大したり、家族を略奪から守ってきた歴史があって、身を守るために戦う本能がDNAに刷り込まれているだろうと思うのです。好戦的な人は戦い(=危険)を快感と捉えるようで、自ら進んでレースなどに参加することになります。その中には人間の3大欲である征服欲(食、性、征服)を満たす目的もあるでしょう。

そんな人間の戦闘行動は現代でも世界のどこかで行われていますが、私たちの身近にも戦闘の歴史が存在した場所があることに畏怖の念を抱きます。

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短い夏休みを取って海へいきました。TVでテリー伊藤さんが16年落ちのクルーザーを購入して釣りや海岸でBBQなどしているのを観たのですが、その海岸は毎年行っている長浜海岸だったので、びっくりしました。

埼玉の自宅を朝6時ころ出発し、R16を横浜方面へ走り、横浜横須賀道路、三浦縦貫と進んで長浜へ8時ころ着きます。

水が綺麗で波も穏やかなのでシュノーケル付けて海洋生物を見ながら泳ぎます。夏はこれが楽しみで、オートバイはさっぱり乗っていません。

そして近くの油壷ですが、その由来を最近知ってどうしても見に行きたい衝動に駆られて行ってきました。湾の奥は波が殆ど立たないのでヨットハーバーになっています。

500年ほど前の殺戮の歴史はこの湾の北側突端に新井城を構える豪族、三浦道寸義同(どうすんよしあつ)と小田原の豪族、北条早雲との戦いの現場でした。難攻不落の新井城を攻めあぐねた北条軍は兵糧攻めに転じ、3年間も続いたそうです。これには三浦軍もたまらず、もはやこれまでと飛び出してきたのが道寸の息子、三浦荒次郎義意(あらじろうよしおき) 身の丈七尺五寸、2メートル27センチの大男で八十五人力。3メートル半もあるこん棒を振り回し、一度に5人から8人も吹き飛ばす威力です。頭を殴ると首が胴体にめり込んだそうです。しかし、最後は自分で首を掻き切って自害しました。残りの三浦側の兵士もお互いを切りあって湾の中に身を投げたそうです。その兵士たちの血油で海面が染まったことで油壷と呼ばれたそうです。

今は皆の遊び場になっている海岸もかつては人間の宿命である戦闘の場所であったことを知ってから見にいくと感慨深いものがあります。

2年半前、あの異常事態で私たちは何を学んだか?幸いこの地域は地震による直接被害はありませんでしたが、原発停止による電力不足の状態を経験しました。大規模停電を恐れるあまり、計画停電で急場をしのいだわけですが、それでも我々の生活がいかに電力に依存したものであるか知らしめられるに充分なものでした。

計画停電ですから時間は知らされているとはいうものの、いきなりガシャン!と全部の電気製品が止まるのです。照明は勿論、暖房、冷蔵庫、給湯器、電話・・・仕事も全く出来ません収入が絶たれます。外へ出ると田舎へ来たように静かです。全ての工場、商業施設が閉鎖して、コンビニ、ガソリンスタンド、銀行も閉鎖です。ガソリンや水はポンプが動かなければ出てきません。現金やカードの決済も不能です。お金が役にたたない世界であります。パソコンやTV、ラジオも聞こえませんから情報もえられません。

短期間ではありますが電源が失われた世界を目の当たりにして、まるで現代人は水槽で飼われている金魚のように電気に依存して生きていることが分りました。

時間が経つと人は忘れてしまいますが、事故の影響は継続していることを報道を通して知らされますが、この事故収拾に関る費用は私たちが納めた電気料金以外に無いことを思いますと、「原発は関係ないんだ」とか「収拾に当たるのは東電や政府だ」とか言ってられない状況です。特に東電関内の人全てあそこからの電力で仕事をして生活してきたわけですから、事態の成り行きは注目していかなければならないと思います。

さて、汚染水漏れですが、原子炉建屋も吹き飛び、圧力容器も溶け落ちて露天にむき出しの核燃料が地中に潜りこんでいることは予想がつきますが、地下水や雨水が容赦なく核燃料を洗う状態が続いているわけです。なんとか海への流出を防ごうという努力が続いています。何故海への流出がまずいのかは誰でもわかりますよね。海産物への影響は勿論ですが、海流に乗っておそらくアメリカ西海岸に放射線物質が流れ着くのが予想されるからです。既に諸外国は注目しているわけですから、被災地域だけの問題ではなくなってきます。

東電は発電や送電のプロでありますが、異常事態に対応するプロではないので、対策が後手になりがちで、長期間続くはずの対応策も急場しのぎの状態です。汚染水の貯蔵タンクを映像で見ましたが円筒上のタンクはR曲げした鉄板の合わせ面をボルトで締め上げて気密を得る構造です。底板と天井も平板をボルトで繋ぎ合わせた大きな円盤です。

そこで疑問がありますが、鉄板のあわせ面が密着できるほど高精度な加工で、しかもあの大きさです。タンク1個で1000tの水を貯蔵できると報道されていましたが、漏れたタンクの水位が3m低下していたので300tが流出したという試算なので、タンクの寸法は内径5.6mで高さ10mということになります。水が漏れる構造のタンクを、あのような大きさで、地下水が流れ込む限り増設し続ける必要があるなど、いずれ行き詰まる対策だと思えてなりません。

しかも1000t以上のタンクは東電敷地内の土の上に置かれています。そこで地下水を汲み上げて核燃料による汚染水の増加を防ぐ対応もとられていますが、水脈が変わるとおそらく地面も沈んでくるでしょう。唯でさえ、基礎無しの地面に1000tタンク何百基ですから、底板が歪んで水漏れしているに違いありません。300トンも漏れて外観で見つからないのですから底板の合わせ面と考えるのが妥当です。

漏れる箇所は水を抜かなければ分るまいといって、汚染水を抜き始めていますが、分ったところで他のタンクも同じ構造だとどうなるのでしょう。常識的に考えると構造を再検討してやり直しということですが、財源は電気料金からということですから、とても「関係ないから」といって無視できない状況にあります。

どうなるのでしょう?これからの日本の電力事情は・・・

先月行われたMCFAJ第6戦 OFVの動画を見つけました。

trurmonkyさんありがとうございます。E450のスタートシーンは#90さんを撮っていると思われますが私の動きが分りやすかったので載せてみました。

'>80年代から同じ方法でやってきたスタート術です。背中が赤いジャージが私。

ポイントは0:23あたりを参照ください。バーが倒れる前にリヤタイヤから土埃が上がっていますね。

ここのスタートグリッドは後側にH鋼のタイヤ止めが設置されているので、後方から早めに出ることが出来なくなっています。そこで、バーが動き出してから倒れる直前を狙ってクラッチミートをします。バーが倒れてから反応しても出遅れてしまうのです。

私の場合はバーが地面に落ちる前にフロントを上げてクリアさせていきます。意図的にウイリー状態を作っているので体が遅れることはありません。後はトラクションに集中するためマシンの垂直を保ちながら体重移動してリヤ荷重に移行していきます。

旧型マシンでも真っ直ぐだけなら結構速いですね。問題はコーナーが遅いので1コーナーの処理が悪く2コーナーまでの直線で2台抜かれてしまいました。

9月のレースは走る予定なので、それまで課題を持って練習したいと思います。

これはライディングのセンスが無い寸足らずのチビがエキパイ修理を行った物語である。

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自分で作ったエキパイが大きく凹んで帰ってきました。

今までも、凹んだエキパイの修理は可能かと問い合わせがありましたが、綺麗に直すのは困難であることと、社外の製品の修理に時間をとられて自社製品の製造が遅れることは許しがたいことなので断ってきました。

しかし、今回は自社製品ですし従来だと変形した部分は切除して新たに曲げたパイプを移植する方法で直してきました。

実は新たに曲げて取り替えるのは材料代もバカになりませんし、手間も相当なものです。お客さんは新品買うより安いだろうと考えるのは分りますが、中古品に手間をかけるには、大量のバックオーダーを抱える現状では何とかして回避したいものであります。

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そこで、なんとか短時間でそこそこの品質の修理ができないものかと考え、修理治具を製作しました。

原理はエキパイを密閉して高圧ガスを封入し、凹み箇所を酸素バーナーで炙って柔らかくすることによってパイプを元の形状に戻すという方法です。

アルミはショックのリザーブタンクのキャップを流用して、バルブから窒素を封入することにします。

 

 

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治具装着はこのようになります。

ガス圧は高い方が直りやすいと考えられますが、パッキンの強度がどの程度かわかりませんので8気圧くらいからトライしてみます。

窒素封入する理由は加熱したときにチタンが酸化して脆化することを防ぐ目的です。

 

 

 

 

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案の定、常温ではビクともしませんがバーナーで赤熱することによって膨らんできました。

よーく炙ったほうが直ると思いますが、圧力で破けてしまうことを恐れて控えめにしておきます。

なにせ初めてトライするのですから、加減がわかりませんね。 CIMG2682.JPG

 

 

 

修理後はこんな感じです。小さい傷は残りますがパイプの形状はほぼ元どおりです。

実は組み立て治具で取り付け確認したところ、パイプエンドが外側に1cm開いていました。熱で歪みが発生しているわけです。

歪みは元の方向に力を加えて戻しましたから取り付けは問題ないでしょう。

しかし、ラインナップしてない機種や社外品のエキパイだと歪みの確認ができないのでやはり社外品の修理依頼はお断りすることにします。

やり方は示しましたので直したい人はご自分でトライしてください。

 

 

 

夏ですから背筋の凍るような話でもしましょう。

科学が全盛の現代において、なんと非科学的なと言われるかもしれませんが、科学で説明の付かないことの方が多いわけで、今は常識でも科学が進むことによって覆される理論もあり、お化けの話は説明の付かない不可思議な現象ですが、確かに存在すると実感する人も多いのではないでしょうか。

小泉八雲の怪談は好んで読みました。耳無し法一やろくろ首などはファンタジーを含んでいて実在のお化けの姿ではないと思います。私が話したいのは本当のお化けの話です。

先日ニュースで矢作が厨子のトンネルでバイク事故を起こしましたが、あれも霊的現象だと思います。直線道路で法廷速度以下で走行中にハンドルを取られて壁に衝突などということは、悪霊の仕業以外にありません。厨子は鎌倉も近いですし、戦国時代に相当の数の武士が殺害された場所でもありますから、恨みを持った霊が存在しても不思議ではありません。

毎月私の職場に、ものみの塔がやってきてキリスト教の話をしていきますが、ゴルゴダの丘で絶命して7日後に復活した話など、イエスが霊となって出てきたことそのものです。復活とは宗教的に表現しているだけで私にとっては完全なお化けです。

板金塗装屋のS野さんも霊的体験をよく語られます。彼自身が何度も霊に入られて苦しんできたからです。体調が悪いときに行き着けの気孔の先生に施術をうけるそうですが、そのときに「また入られたな」といって除霊をすると体が楽になるそうです。何年か前に山奥の廃屋に行って骨董品を探しにいったら、即効で入られて顔形まで別人になっていて、先生の気孔の術で出してもらったこともあるそうです。

S野さんとこの整備士のM所さんは具合が悪くなって家にも帰れず何日もクルマで寝泊りするようになって、先生に診てもらったら「性病の気がある」といわれたので病院で診察をうけたが見つからず。実はM所さんに入っている霊が性病を患っていたそうです。M所さんの家が建っている場所は江戸時代に遊郭があって、淋病を患った遊女が近くの池に沈められて祟っているということでした。このままでは捕り殺されてしまうので、しっかり除霊してもらったそうです。

私が小学生のころ近くの公民館で習字を習っていたときです。練習が終わって夜9時ころの帰り道、村上医院という開業医があるのですが、その医院の門灯のあたりを見たら出ました。人魂です、8個くらいぶんぶん回りながら飛んでいるのをハッキリとみたもんで、恐怖で悲鳴をあげていました。「ギャー」兄貴とその同級生と私、3人同時に見ましたから間違いありません。一目散に家まで走って帰りました。

人魂の正体はリンが燃えているという説があります。しかしあのような火の玉が複数飛び回ったりするものでしょうか。親戚の家が予讃線の線路脇にありまして、そばに踏み切りもあるのですが、何回も人身事故が起こります。殆ど自殺らしいですが、私の叔父は線路に座り込んでいるオジサンを目撃したそうです。警報機が鳴っているのに、すぐに列車がきて轢かれて死んでしまったそうです。それからです、夜になると線路上に炎が見えることがあると。これは、ほんとうにリンが燃えているだろうと思います。人魂ではない自然現象です。人体にはリンが含まれていますから、昔、銅像や釣鐘を鋳造するときに溶かした青銅に人身御供を捧げると鋳物の出来がいいとされて若い娘さんが入れられた話がありますが、リンが湯流れをよくする元素として今では人ではなくリンを溶湯に添加しています。

私は霊感がないため、人の形をしたお化けをみたことがないですが、うちの工場にきたお客さんで霊感の強い人がいて、工場で雑談中に突然、「あれ、今見たよね」というのです。しかももう1人来ていて二人で入り口の上のほうで顔だけ覗きこんだお客さんがいたというのです。勿論私には見えません。彼らが言うには通りすがりの男性の霊で工場の中に興味を持ってちょっと立ち寄った感じだそうです。工場の前は砂利道になっているのですが、ここが複数の霊の通り道になっていて得に悪さはしないと教えてくれました。

朝霞にある貸し工場で塗装屋のS田さんやサスペンション屋のF原さんたちが借りていた場所があるのですが、入居者は全員見ているそうです。工場の中の隅っこにお化けがいるそうなのですが、自縛霊のようで、全く動かずそこにいつも立っているそうです。害はなさそうなので無視していたらしいです。

私の体験ではクルマで重大事故に繋がりかねない事故を起こしています。居眠りと自然災害とタイヤバーストですが、そのうち2回は全損ですから死亡していて不思議ではありません。タイヤバーストも高速でトンネル中ですから、今思い出しても恐怖です。不思議とかすり傷一つ無く無事でした。自分の力ではどうしようもない状況でしたが、何者かに守られた感覚です。守護霊というものがあるならば、力のある良い霊がついてくださっていると思うようになりました。MXなどで骨折したり重傷を負うことがありますが、このときは怪我をして動けなくして、もっと致命的な災難に遭遇することを回避させてくれたのだと思っています。

高専の2つ上の先輩に霊能力者がいました。寮生活しているのですが、学友と寮部屋で雑談中に「窓のところにいる」と言うそうです。どんな姿か尋ねると「鎧をつけた武者」と答えたりしました。彼が言うにはそこら中に普通にたくさん見えるそうです。そんな馬鹿な、と思われるかもしれませんが彼がカメラで撮影すると、高い確率で心霊写真が取れるので先輩たちは「やつは化け物だ」とうわさしていました。学校や職場に1人くらいは霊能者がいるでしょう。あまり口に出して言うと変人扱いされるので黙っているだけだと思います。

どうですか、お化けを信じる信じないという問題ではなく、私たちの運命そのものを司る力が霊的現象ということに思えてしかたありません。

 

実は雑談が好きです。記憶と思考が入り混じって言葉に出して吐き出さないと脳内が処理できないことがわかりました。

LEADはスペルが同じでも読み方が二通りあります。日本では普通リードと読みますね。物事の先を行くことや犬の首につける紐のことを指します。

もう一つの読み方はレッドです。レッドは鉛のことですから鉛筆のことをレッドペンシルと呼ぶそうです。(赤鉛筆じゃないですよ)

アメリカでガソリン給油したことがないのでわかりませんがイギリスでは社用車を通勤や出張に使っていましたが、現地ではガソリンのことをペトロールと呼びます。(BPはブリティッシュペトロルブ)そこでペトロールスタンドでセルフ給油するのですが、油種が3種類あってLEADとUNLEADとディーゼルです。

そう、有鉛と無鉛ペトロールが販売されていてドライバーが選択するのです。日本でも私が子供のころは有鉛ガソリン売ってましたが最近は全く見かけませんん。日本では有鉛ガソリンの需要がなくなった、または法律で禁止されて無くなったと思います。エンジン運転して大気中に鉛の有機化合物を振りまいてしまうので鉛中毒が問題視されたのですね。イギリスはビンテージ文化が幅を利かせていて、今でもクラシックカーが普通に道路を走りまわっているので有鉛ペトロールが必需品でしょう。

昭和40年代以前の自動車は有鉛ガソリンでないと壊れてしまって走れなかったそうです。4サイクルならバルブとバルブシートの機密がエンジン性能に重要な要素となりますが、当時のバルブ材料が現在ほど強靭でなく、鉛のような柔らかい金属粉末を塗布してバルブシートを保護しないと劣化が早かったことが原因です。

耐熱鋼SUHやチタンバルブTIMETALのような金属材料の開発が有鉛ガソリンを無くし、私たちを鉛中毒から救った、救世主ということになります。便利さや経済性を重視して人類の存続を脅かしている行為は無くならないですが、自動車業界は大気汚染や資源消費の問題(安全性も)と戦い続ける宿命があるようです。

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英国にはHRE・UK(ホンダリサーチオブヨーロッパのUK出張所)があって栃木研究所から駐在員が派遣されていました。

その中の1人が自宅ガレージにピンクのロータスエスプリを所有していて駐在員の社宅がある村では相当有名になっていました。海外駐在するとまあまあの豪邸に会社から全額補助で住めますし、駐在手当てが給料と別に貰えますのでお金持ちになってしまうのです。

アメホンなども同様ですが、何年も駐在していると現地企業と仲良くなって魅力的に感じてしまって、駐在終了と同時に辞表を書いて転職することが多いようです。そんな転職者の1人、ワンダースタッフの柴田さんはアメホン駐在中にエアブラシの技術を習得して帰国してから退職して塗装屋開業したのでした。ヘルメットペイントでは国内のパイオニアだと思います残念ながら故郷高松市の工房で倒れられて永眠されましたので、このヘルメットは柴田さんの遺作として大事に保存させていただきます。

左側は増田一将らMXライダーのヘルメットペイントを手がけるペイントマンユージ君の初期のころの作品。ユージ君は柴田さんのお弟子さんで、MXは元チェッカーズ(原口さんとこ)で走っていました。

・・・あ、いかんいかん。こんな時間だ仕事しなくちゃ

8月も完全に予定埋まっております。それどころか9月末でも終わらない計算のバックオーダーです。

さらに、単車こかしてチャンバー潰れた、エキパイ凹んだ、という予定外の修理もありますので遊んでいる時間はない状況です。

あと2ヶ月後に取り掛かる、ここでは書けない極秘プロジェクトまで、なるべく多くのバックオーダーを完了させておく必要があります。

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プロジェクトの発起人はこのような貴重な書籍を提示して私を迎えてくださっています。

こんなストライクゾーンのアルバムを保管されている知人は他にいません。

先日もサスペンションショップの中村義郎さんが納品に来られた情報をメールいただきました。

87年くらいまで私はCRのテスト部隊に在籍して車体の強度テストが担当だったですが、昭和製作所からサスペンションの試験報告書が送られてきて、当時昭和SS社員だった中村さんの名前がテストライダー欄に書かれていました。それを見た上司の三浦主任(東工大卒)が「こんなことはどうでもいいんだ!」と怒っていたのを懐かしく思いだします。

懐かしのライダーアルバムというか当時の憧れの的のライダーアルバム 杉尾さんが、東福寺さんが、大関さんも! 楽しみは後にとっておいて、仕事を早よせな早よせな。

 

ちょっと補足します。三浦主任が何故怒ったか。

私なりに解釈しますと、報告書はサスペンションの実走における減衰力のデータであったと記憶しています。昭和ssは完成車を作っていないので狭山ssからテスト車を貸し出していました。昭和側からすると貸し出しのお礼というか見返りの代わりにデータの提出を行ったと推測します。そこに書かれたテストライダーの情報は不確定な走行条件の一つとして捉えられるだけで、狭山側からすると強度テストにはあまり意味をもたないデータであると主任は思ったでしょう。

因みに狭山ssで実走テストを行う場合はMXのような特殊危険なテストでありますから埼玉近郊の国際A級ライダーにEQ事務局から電話して雇うようにしていました。ロードテスト手当ては結構高額で、一桁ゼッケンなら日当5万円、5番以上のゼッケンなら10万円以上(弁当代と交通費は別)ということで実走テストには高価なテスト機器と人件費も莫大に使ったことでしょう。金額は明らかにしませんが、ある一桁ゼッケンのライダーは一ヶ月分の手当てが入った封筒が横にして立つくらいの厚みと表現していました。レースの賞金よりロードテスト手当てが安定した収入源であることは間違いないようです。

最強の娯楽はTVだ、ということで鈴鹿8耐はBS12chで、なんと無料で観戦できます。モビリティランドに感謝いたします。

今年で36回目になる同大会ですが、古巣の狭山レーシングは第1回大会から連続出場で今年はHONDASAYAMA R・HAMAMATU&HTECという長い名前の合同チームで29位の成績でした。TVには映りませんが一応チェックしております。

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2時間ほどの時差で8時間中継なんで、全部観ていられません。ハイライトで観ました。

川越最速のライダー清成龍一選手はトップ走行中転倒してTSRレーシングチームの8耐3連覇の夢はストップしました。

清成選手とは12年くらい前に守谷でMX練習に行きましたが、鉄フレームのCR250で凄い空けっぷりなんです。コーナーでホイールスピンしながら戻さないので草むらにコースアウトしていましたが、この転倒を見ていて思いました。走ることに関して全く余力を残さないで常に限界で攻めているから他のライダーより速いのだと。

雨降りのモトビレにわざとオンロードタイヤを履かせたXR100でスライドコントロールの練習に行くという彼らしい走りでした。

CIMG2671.JPG優勝したMUSASHI RT HARC・PROのライダー、レオン・ハスラム選手。

ハスラムといえば私らの年代ではロケット・ロンですね。NR500でGP500を戦ったライダーの息子さんです。

名前だけ知っていたロン・ハスラムは一度だけ英国出張中にドニントンのWスーパーバイクでノートンロータリーに乗っているところを見たことがあります。

私の最初の配属先、狭山品管に朝霞研究所から赴任されてきた先輩がいまして、赴任の挨拶で「NR500でロン・ハスラムの担当メカニックでした」という言葉を思いだします。その後、彼は「アーブ・クドウ」というニックネームで親しまれていました。アーブ・カネモト(KバリントンやFスペンサーの担当メカニック)に風貌が似ていましたので、誰かがそう呼んだのでしょう。

因みに同時期、片山敬済のNR500担当メカニックはビトーR&Dさんですね。相当な年月を感じます。

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今回の注目の一つは、やはりケビン・シュワンツでしょう。

すっかりGPレジェンドになってしまわれたと思っておりましたがTEAM KAGAYAMAのライダーとして見事3位入賞という実力はただのレジェンドではないと思いました。

表彰式でのコメントもカッコ良過ぎてたまりませんでした。

この番組観れてちょっとだけ幸せでした。

 

 

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ライバルの清成選手が早々に姿を消し、無敵の感じがする高橋巧選手とHARC・PROCBR1000RRの走り。

ラスト1時間で雨が降りだしても冷静にスリックタイヤで安全走行して凌ぐ判断力は王者の風格です。

本田茂樹さんは、やりたいことやっていますね。世界の頂点ですからね、メディアももっと扱ったほうがいいと思いますよ。

川越の清成選手も埼玉県や川越市から表彰されてもいいくらいなんですがね。世間はオートバイレーサーに対して冷たいもんです。

オンロードバイクのスリップオンサイレンサーの製作を時々頼まれます。車種やオーナーの希望もまちまちですが、中には不可能な加工、採算が取れそうもない加工を言われることもありますので、その場合は理由を説明してお断りする形になります。

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今回も安易にお引き受けしたのですが、少し悩みました。

サイレンサーエンドのパイプがφ75というサイズで、通常使っていないパイプです。

必要数は10cm足らずが一個だけなので定尺5.5mの化粧管を仕入れることをためらいました。おそらく他に使う機会もないだろうと思ったからです。

そこで、たまたま予備で取ってあったSUS304の厚肉パイプがありましたので、削り出すことにしました。結構な重切削なので旋盤の前に立って2時間向かいます。事業形態は自己都合ですが、製作コストは最初に決められていますので、効率は悪いですが出費を抑えるために努力をしています。

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構成パーツは全てSUS304です。自分でデザインしたわけではなく、お客さんの指定なので可能なかぎり忠実に成形を進めました。

左下の焼け色が付いた部分がφ75のサイレンサーエンドです。インナーパイプはもっと細いので飾りもの的要素ですね。

 

 

 

 

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専用のサイレンサーバンドも作って取り付け完了です。

取り付いたサイレンサーを見ると何の苦労もなさそうですが、現行車はワイドタイヤの上、リヤフォークがゴツい上にツインショックということで、サイレンサーの取り付け位置を最適にするジョイントパイプの曲げカーブが肝心なところです。

あまり調整できないですがオーナー好みの音色になっているか気になるところです。あくまで好みの問題なので推奨するものではありません。

 

 

 

 

 

 

 

 

約10ヶ月ぶりにレース出走しました。去年から夏場は体力消耗のため走らないことにしましたが、7月までと決めてトレーニングしてきました。その内容は暑さに慣れることだけですが、最近は割といけるようになりました。コツは心頭滅却することです。

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場所はオフロードヴィレッジです。参加台数は減っているのでパドックも余裕あります。

レース出走するには明確な目的があります。私の場合は09モデルで14モデルも発売されているので5年落ちということになりますが、全然関係ないです。旧型車で現行モデルと同等に走れれば面白いじゃないですか。

モータースポーツはニューモデルに買い換えるだけではなくメンテナンスして維持する技術も競うというわけです。そのためにはチョイ古マシーンのほうが都合がよいです。

エンジンは自分でOHしたノーマルで最後のキャブ車、サスは股下70cmに合わせて全長を3cmほど下げてあります。フレーム地上高が低いので専用レーシングスタンドです。

出走クラスはE250とE450ですが台数少ない(6台、5台)のでジュニアと混走で12台しかいません。

第一レースのE250はスタート3番手で中盤まで3位走行でしたが、中弛みでペースが上げられず抜かれて4位でした。

午後のE450では、なんとホールショット。5年落ちマシンでも対等に走れる証明をした気分でしたが、路面が固い所に散水の影響であまりコーナー攻められません。小兵はこういうところ苦手意識ありますね。再び3位走行中抜かれて4位でした。

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これがオフビレ名物散水ショーです。無人でコース全域濡らせることができるのはいいですけど、ベストな走行ラインは殆ど滑ります。

天気がよくても泥で汚れますので洗車機も必需品になります。

路面はコース整備が良くでギャップが少ないので、この滑りだけが難関だと思います。

雨降りだと全体の滑りが均一になるので走りやすいですが、ここの場合は乾いているところとの著しいμ変動を攻略しなければなりません。

 

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最終レース、GPとSE混走のヒート2スタートです。

GPクラスは元国際Aか現役だと国際B級くらいのライダーが出走します。SEの上位も国際B級予選通過ラインだと思いますので、現役も練習がてら出てくるようです。

現役かそうでないかの尺度は個人差があると思いますが、私の考えでは速さの問題ではなくて、公式戦で昇格を目指すかポイントランキングを競うことを目的にしているか、ということなので、私のような時々走っているのは現役とはいいません。辞める人はキッパリと辞めるわけですが、仕事がら辞めているとオートバイに対して興味が無くなるといけないので忘れない程度にやっていきます。

参考までに最近エントリー台数が減っているMCFAJのMXですが今大会のプログラムを元に数字を見てみました。全出走台数145台ですが、ダブルエントリーの人が多いので人数は約半分で72名ということになります。

年代別の割合は

20代 3%

30代 26.8%

40代 44.1%

50代 15.8%

60代 11%

MCFAJは40代のライダー層が多いことになります。20代より60代のほうが多いということがMXの高齢化を象徴している数字だと思います。

そして、役員の方の高齢化もあります。あと何十年もちこたえられるか、私たちの頑張りに掛かっているのかもしれません。

チャンバーの凹みがどの様に直っていくか、実態がわからないためか質問を受けることがあります。そこで調度よい修理依頼が来ましたので掲載してみます。

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機種はRMX250Sで半年ほど前に販売したものです。

転倒したらしく大きく凹んでいます。

 

 

 

 

 

 

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真横から見ると酷い状態がわかりますね。

修理方法は棒を溶接して引っ張るとか、裏側に穴を開けて棒で突くとか、おっしゃる人がいますが、仕上がりを想像すると恐ろしいですね。

空気圧をかけてガスバーナーで炙る人もいますが、鉄板が酸化してしまって外観も強度も落ちてしまいます。

この程度の凹みなら水圧方式が簡単でしょう。

 

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口元とテールパイプに治具を取り付け水押しの準備は整いました。

この角度が変形の入り具合がわかりやすいですね。

それでは圧力をかけていきます。

 

 

 

 

 

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圧力は物と状態によって調節しますが、この場合は35気圧かけています。

圧力だけでこの程度戻りますが、これから板金ハンマーを使って形状を整えていきます。

 

 

 

 

 

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およそ10分ほどハンマーで叩いて均していきます。

方法は高い所を叩くと水圧がバックアップになって低い部分を押し上げてきて同じ高さになります。

路面の固い所に当たったのでしょう。傷が沢山見えますが、これはこのままにします。

サンダーで研磨すれば傷は目立たなくなりますが、板厚が薄くなってしまうのでこのままのほうが強度が保てます。

これくらいの修理なら2回、3回と繰り返しても再使用できます。

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跳ね石で小さい凹みができていますが、実は大きい凹みより直りにくいことがあります。

それは固いものが食い込んで鉄板が伸びてしまっていることと、水圧を受ける面積が小さいのでバックアップされる荷重が低くなることが要因です。

 

 

 

 

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しかし、大体痕がわからない程度に直りました。

棒を溶接して引っ張っていたらこのように仕上がらないはずです。

但しこの方法で直せるのは、断面が真円のパイプに限ります。楕円パイプなどは、圧力で真円になろうとしますので形状が変わってしまいます。そういうパイプは面倒ですが切開板金するしかないでしょう。

 

 

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最後に治具に取り付けて歪みの確認をします。歪みが大きいと車体に取り付かなくなることもありますので矯正が必要です。

これはラインナップ品なので、これが可能ですが、社外品は形状が違っていて治具に取り付かないので、歪みの確認ができません。

その場合は車体合わせで確認する方法を採ります。

 

 

ようやくできました。サイドカバーとリヤフェンダーが一体になった独特のデザインのため、サイレンサーの位置決めをちょっと考えておりました。

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形状はこのとおり、モトクロッサーと同様にヘキサゴンタイプです。

公道仕様のためディフューザーを追加してあります。

クローズドコースを走るときはディフューザー外してフルパワーにするとより楽しめるでしょう。

実はノーマルサイレンサーの出口には蓋が溶接されていて排気の抵抗になっていたため、改造はせずに、新作にしました。

 

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重量はノーマル2.8kgに対して2kgに仕上がりましたが容量はアップしていますので、騒音低めでパワーも向上しているでしょう。

セル付きなのですが、バッテリー上がりで回りません。

しかし、チョーク引いてキック一発で始動しました。ノーマルだと、始動性が悪く長くセルを回し続けないと始動しずらいと、オーナーが言っておられましたので、始動性も改善されたようすです。

音量は・・・明らかに静かなので計測するまでもありませんので、やめます。

オートバイ関係の製造、修理を生業とする以上はオートバイに乗ることを怠ってはならないと考えています。それは、次のような経験によることが考えの根本にあったからです。2輪メーカー(自動車メーカー)の社員は2輪好きが殆どで、職場は業務だけでなく趣味やスポーツ関係も2輪にドップリ漬かった人の集まりだろうと思っていましたが、実際はそんな人は少数派で休日まで2輪など見たくもないという人さえいました。どちらかというと2輪嫌い、業務だから仕方なくやっているという感じがしました。あまり自社製品に自信と誇りを持ってないで働いていた社員が多かったのですね。

自分はどうかというと、2輪に乗ってなかったら今の仕事につくことは無かったでしょうし、乗っているからこそ興味や意欲が沸いてくるものだと思います。

忘れられないレースが幾つかありますが、国際B級昇格を決めたレースも、その一つです。87年の関東選手権MX、場所は尾瀬オフロードコース。最後の狭山工場での生産となったCR125と250の87年型をキャラバンに積み込み会場に乗り込みましたが、朝から雨で駐車場もスタックしそうな状態でした。ダブルエントリーで予選、決勝と進んで行きましたが、125のレース内容は覚えていません。そして、運命のジュニア250決勝はスタート直後2コーナーあたりで転倒、泥水の中に倒れてしまいました。無我夢中で再スタートして最後尾から追いかけていきました。すると最後の上りで大勢のライダーがスタックして立ち往生していました。これからが本領発揮です。スタックしているマシンの隙間をジグザグにかわしながら登って追い上げていきました。結局20台くらい抜いて8位でチェッカーを受けました。チビだから雨のレースは不利だろうとは言わせたくありません。そしたら、クラブ員か他チームの誰だったか忘れましたが、私より獲得ポイントを知っている人がいて「おめでとうございます、来年昇格ですよ。」と声をかけてくれました。「お前は足が短いから無理だ」とか「早くやめてロードレースに転向しろ」とか私に罵声を浴びせてくれた人たちに感謝します。それまで苦労してきたことが報われた瞬間でした。MX途中で止めていたらこんな気持ちにはなれなかったでしょう。そのとき24歳でした。

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EC250のマフラーはあと2日くらいで完成予定です。

バックオーダーも一生懸命進めておりますが、まだ3ヶ月分くらいは残っていますので減っている気がしません。

社外マフラーの修理や新規製作の仕事はお断りして仕事量を減らしているのですが、なかなか正常な受注状態にできません。

そんな中でもMXの練習に行こうとしているのが、馬鹿げていると思われそうですが、上記の理由で、乗ることを諦めたら仕事に対する思いも冷めていくだろうと思います。

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チタン板堅いなー。

鉄の棒や木槌のような道具は使いますが、基本的に手の力で曲げていますから限界があります。

金型起こして、プレス成形とかドライカーボンとか発注できるほどの数量ではありませんので、ハンドワークで板金製作が頼りです。

 

 

 

 

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新車のレーサーに付いてくるサイドスタンド。どこかの洗車場に置き忘れて無くなってしまったのですが、純正部品で¥2580なのにわざわざ作ってしまいました。

調度在庫の鉄棒があったのでコストは数百円で出来ていると思います。

加工時間も15分くらいですから、仕事中に息抜きする程度です。

手間をかけると愛着が沸くので置き忘れたりしないでしょう。

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エンジンが不調にならなければ見過ごしていたことでしょう。

2輪車運転歴35年になりますが、最初からCDI点火のオートバイしか乗ってこなかったので、点火時期が狂ってエンジン不調になった経験もなかったのです。

調整したといえば、ステータベースの取り付け穴をずらして早める程度ですから問題もおきません。

ところが、今回のように明らかな不調はポイント式のバッテリー点火でなければ経験できなかったでしょう。

上死点前8度で点火して22度まで進角させる目的も理屈ではわかっていても、実際にそれが外れてしまったらどうなるか、身をもって体験できました。

5000rpm付近から加速不良に陥ったあと、一応キャブレターは全バラ点検し異常がないことを確認した上で点火時期に的を絞って点検しました。

まずポイントギャップが怪しかったですがローターの刻印とステータベースの合わせマークで確認したところRL共、3度くらい前側にずれていました。この程度であれだけ不調に陥るものかと半信半疑でした。他の原因があるかもしれないですが、とにかく点火時期を正確に合わせてから試運転してみないと分りません。ポイントギャップを調整しましたが中々ピッタリ合いません。少し早めの位置でしたが我慢できずに仮組してエンジン始動してみました。これが大失敗で、アイドリングが全く狂ってしまっていきなり4000rpmまで上がって回転が落ちません。アクセルワイヤーの調整が悪いかと思いましたが、ワイヤーは全閉で遊びがありますし、やはり点火時期の問題だと考え、もう一度慎重に合わせてみました。すると不思議なことにアイドリングは1000回転付近で安定しましたので一安心。

しかし、加速不良が直っているかは走らないと分りません。アクセルをあおってみると、レスポンス良く吹け上がります。明らかに以前の調子悪さを感じません。期待して道路で試運転に出かけました。

アクセル急開したり、高回転まで引っ張ってみます。全く問題ないどころか、明らかに性能が良くなった感じがしました。これで点火時期が僅かに狂っただけでエンジン不調になることと、正確に調整することで本来の性能を発揮できることがわかりました。 CIMG2521.JPG

この旧型車がポイント式のバッテリー点火であったおかげで今更ながら点火時期の重要性を思い知らされた次第です。

調整不要のCDI点火車しか乗っていなかったら永久に分らないことだったでしょう。

まあ、オートバイに関することでも分っていることは極一部しかありませんので、一生勉強です。

TVで東大医学部教授出身の救急医療担当の先生が話しておられましたが、「医療に関しては、殆ど分らないことだらけです」

患者さんが不安にならないように分ったふりをして診断するそうです。

だから私ごときは「オートバイに関しては殆ど分っていません」と言うことにします。 

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自分のオートバイが調子悪いと、まるで病気になったようにやる気が出なくなるものですが良くなった途端、気分爽快。

暫らく放置していたモトクロッサーの前後サスの整備に取り掛かってしまいました。

真夏は乗らないことにしていますので、それまでの間、走りを楽しむために、こっちの方も調子を整えて、そろそろ始動していきたいと思います。

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空中浮遊するチャンバー。

ではないです。塗装して乾かしているだけです。

クロームめっきもガンコートもお金を出せませんというお客様のためにデイトナの耐熱ペイントを吹き付けて差し上げます。

錆び止めには充分ですが、耐熱200°Cということでエキパイ付近から焼けていきます。

焼けた部分をワイヤーブラシで掃除してタッチアップしていただければ長持ちすると思います。

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今月のお持ち込み第2段、ということで西班牙のGASGASです。

エンジンはヤマハ、フロントサスはマルゾッキ、リヤサスはオーリンズという混血マシーンですが、国産トレールモデルより格好よいですね。これで公道走れるのがグッドです。

セル付きも私のようなチビ太にはありがたいです。

自走してそのままダートへ入れるわけですから理想的なオフロードマシンと思います。レーサーばっかり乗っているとこういうの羨ましく感じます。

何を頼まれたかは、また後日追々と。

原動機のお勉強をしましょう。

ポイントギャップの規定値は0.3ー0.4mmですが、この範囲内で点火時期が適正位置にできればコンタクトブレーカー及びポイントカムの交換は必要ないと考えられますので、ポイントギャップの調整をしてみます。

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このようにポイントカバーとACGカバーを外しておこないます。

ACGカバーを外すとエンジンオイルが漏れてきますのでオイルは抜いておきます。

ローターに刻まれたタイミングマークを見る覗き穴はありませんし、クランクボルトをTレンチで回転させる必要もありますので、このように露出させます。

エンジンかけてタイミングライトで見る方法もありますが、多分オイル飛散して大変なことになります。

 

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2気筒で180度クランクなので、トップマーク(上死点)とFマーク(ファイア)が180度反対側に刻まれています。

センターボルトをTレンチで回してクランク角度を移動します。

このFマークは上死点前8度の点火タイミングを示しています。進角はスパークアドバンサーという機構を使って遠心力を利用して自動で行っています。進角範囲は11°ー14°ということですから合わせて19°から22°の上死点前点火タイミングということです。

 

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点火時期の確認方法はマニュアルどおりですが、12V3Wの電球をポイントの電極に繋ぎ、片側をエンジンにアースさせます。

ポイントの左側はLシリンダー、右側はRシリンダー用に分れています。カムの回転はクランク回転に対して2分の1に減速されていますので、クランク軸2回転でポイントはLR、1回づつ点火させます。

ポイント接点が離れる瞬間に誘導電流が発生して電球を点燈させます。ポイント接点が接触して消えます。

その間にシックネスゲージでポイントギャップの最大点を探り、0.3mmになるように二つのビスを緩めて調整します。LR両方行ったら再度点火時期の確認を行います。

ポイントギャップの規定値に幅がある理由は、狭い方は接点の消耗を抑えるため、広い方は必要な誘導電圧を生むため、ということがひとつ。もう一つはポイントカムの作用角を利用して点火時期を調整するためです。ポイントギャップが広いということは作用角が広いことを意味します。その結果、点火時期が早まります。逆は点火時期が遅まるということになります。このポイントギャップの規定値を外さないと点火時期が適正にならない場合にコンタクトブレーカー交換が必要になるわけです。

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2気筒なので頭の中だけでは分りにくいと思います。エンジンの行程とクランク角度を略図に書き示しました。

吸入、圧縮、爆発(燃焼)、排気の4行程ですが、全部で720°、LRのクランクは180°ずれて動いていきます。

そしてL側の吸入上死点を0°とした場合にL側は360°手前で点火、R側は540°手前で点火ということをクランク角度で表現しています。ポイントカム角度はクランク角の半分です。

整備士の人なら、当たり前の話ですがエンジンさわったことのない人にとっては難義なことだと思います。

 

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CJ360Tです。76年製造の車なので現在でも快調に動いていることが驚きでした。

しかし感動も束の間、試乗したときから症状が出ていましたが、誤魔化して乗れる程度の軽いものでしたので、気にしていませんでした。

ところが譲り受けてから満タン一回分、距離にして130kmほどで絶不調になってきましたので点検を開始します。

コンタクトブレーカーを最初に疑っていましたが、コンタクトブレーカーやポイントカムが消耗した場合は部品交換が必要になるため新品入手してから行う予定です。

今回は70年代のキャブレターは調子悪くなると聞いていましたので、今更ながらCVキャブを初めてバラしてみます。若い頃乗ったCB400TはCVキャブでしたが、調子が良かったですし乗った期間も2年足らずでしたのでバラして点検したことがなかったのです。

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その前にどんな症状かというと、キック始動は容易に出来ますが、低速走行もまあまあ普通です。アクセル開けていくと5000rpm付近でパワーが無くなります。スピードも60キロくらいしかでません。

片肺になった感じの性能です。明らかに故障している状態なので、直るまでは走行できません。

帰りついてブラグの状態をチェック、火花は両側良好に出ています。電極は左が茶褐色に対して右は黒色のカーボンに覆われています。右側に不完全燃焼の兆候が認められます。

ポイントの調整不良で点火時期や高回転の点火不良が起きていることが懸念されますが、今回はキャブレターが正常な状態か確認をします。

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現行車しか乗ったことない人はCV(コンスタント・バキューム)キャブなんか知らないでしょう。

アクセルではベンチュリー前方のバタフライバルブの開閉により吸入空気量を調節するだけです。

低速時はプライマリージェットから加速高速時はダイヤフラムに取り付いたジェットニードルが負圧(正確には吸入圧力)で押し上げられ、セカンダリージェットからガソリンを吸出します。

即ちエンジンが要求した量のガソリンを供給するということでスムーズな加速、定常運転が可能となる謳い文句です。

スライドバルブの動きは良好でバキュームの通路に異常は認められません。

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各ジェット類を外し、エアー通路の導通も確認しましたが、不調の原因になる異常はありませんでした。

短期間に症状が悪化したことを思い出すと、キャブレターに問題はないと考えられます。

再度組み立てて別の原因を探ってみることにします。

旧車を乗ることの楽しみの大半は直すということだと思っているので、メーカーさんには悪いですが新しいオートバイは調子が良すぎて直すところが無いので欲しくなりません。

これでも当時の技術者が必死になって役に立つ物を作ろうと考えた作品なのですからリスペクトして維持していきたいと思います。小さいパイロットジェットやエアーベントの穴加工が驚異的に精密で、けして侮れない技術であることを痛感します。こういう精密加工技術をベースに進化して今のクルマが成り立っていることが想像できます。

今月の持込車両、第一弾DR800。同車のワンオフマフラーは4台作ったことがありますが、毎回違う仕様でした。それは、カスタムされていることがあったためです。

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持込み車はカスタムのレベルが高いです。

本職のオートバイ屋さんですと、中古車に手間を掛けると安く売るわけにいかなくなるので、販売店ではこのようなレベルの旧車は見かけません。

おそらく全バラして、シャーシもエンジンも全塗装されています。一点の汚れもありません。そればかりか前後サス、ホイールとブレーキは新品に換装されています。他にも過充電対応型レギュレターやパルス式メーターなどモディファイ箇所は多岐に渡っています。

オフロード車を17インチに変更した場合、前下がりになってキャスターの立った姿勢になりますが、この車両は春日部のテクニクスで前後バランスをチューニングされたようで、姿勢に違和感がありません。カヤバの気液分離タイプのフロントフォーク、ニトロン製リヤショック、ハードブレーキングでノーズダイブしないようにサスを固めてあることでしょう。フロントブレーキはブレンボの対向ピストン。キャブレターはビトーR&DのFCRで走りは完全にオンロード志向に変わっていると思われます。

シートは野口装美でスポーツカーに使うアルカンターラ生地をダブルステッチで縫ってあります。

こんなスペシャルマシンに何をやるのかと思ったら、塗装中のタンクシュラウドが右側だけ熱変形するほどエキパイが熱いそうで、ダウンマフラーに変更して少しでも熱を逃がしたいそうです。よってDRとしては初めてのレイアウトでマフラー新作することにしました。

今、作戦を立てているところで、明日から着手予定です。来週の今頃には形になっているはずです。

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長いエキパイを作る前にサイレンサーから掛かります。サイレンサーの位置を確認しながらエキパイの取り回しを決めるためです。

エキパイの長さは充分ありますので、オフロード車のように途中にタイコを付けなくてもよさそうです。

このクルマは車検を通すために、排気音を近接騒音で94dBクリアさせる必要があります。

マフラーステーはアルミ板をフライス加工して作りますが、今日は来客のため、加工は明日に延期します。

CIMG2617.JPGオフロードタイプの車体なので、ダウンマフラーをマウントする場所はありません。

タンデムステップの取り付けボルトを利用してサイレンサーマウントブラケットを削り出しました。

平面の板だとスイングアームの真上になってしまいますので、サイレンサー側にオフセットさせてあります。

これで、サイレンサー固定の準備が整いました。

 

 

CIMG2618.JPGモトクロスでは縦方向の振動が強力なので振動に耐えられる固定方法にこだわりを持っています。剛性を確保しながら必要じゃない重量も軽減します。

マフラーは転倒しなくても振動でダメージを受けて劣化する部分があるので、可能なかぎりしっかりと固定するのがポリシーです。

サイレンサー出口には脱着式のディフューザーを付けてあります。

今日は雨なので天気が回復したら音量測定をして、必要に応じてディフューザーを調節します。

 

 

本日はMX練習日でした。場所は軽井沢MPですが、来週のMCFAJに向けての事前練習ではありません。数少ない関東地方のマウンテンコースですが、去年は一度も来ませんでしたので偵察がてら練習しておくことにしました。レースは出なくてもマシンだけでなく人間のコンディションもレースレディにしておくのがライダーだと思うのです。レースとはクラスは何であれ、やるかやられるかの世界ですから遊び半分にやるもんじゃありません。調子を整えないで走るのは怪我の元ですから。

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ここへ来たもう一つの目的は浅間山を観ることです。以前は夜移動とかでゆっくり観る機会はありませんでした。

日本有数の活火山です。2009年にも噴火して軽井沢に火山灰を降らせました。ここは火口から4km地点、鬼押しハイウェイからの眺めで晴れて雲の少ない早朝にこのように観えます。 

崇拝する剣豪宮本武蔵は青年期を戦いに明け暮れた生き方をしていたのに、熟年期は一転して、いかに戦わずに勝負を収めるかに終始したといいます。

彼なりに戦いに勝つことの意味を考え、多くの敵を殺したとしても、生き残らなければ勝ったことにはならないという結論に至ったのでしょう。戦に勝ち続けて最後に殺されてしまったら、それは負けたことに等しいという考えです。侍は主君が雇っている戦の道具に過ぎないということなのです。レーシングライダーがメーカーの戦の道具ということに似ています。勝てなくなったら、もっと速いライダーと交代していただくだけですからね。大阪夏の陣、冬の陣、関が原の合戦など有名な戦で生存を続けてきた宮本武蔵だからこそ戦いの意味が分ったということです。

企業の戦いも似ています。ライバルメーカーにシェアを奪われないように商品開発や販売合戦を行うわけですが、どんなに大儲けしても最後に負債を抱えて倒産しては負けなのです。儲けは少なくとも生き残ることが重要であると思います。

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軽井沢MPの標高は知りませんが、カップヌードルの袋の膨らみ方で気圧の低さが実感できます。カップの中は1気圧ですから。

当然、キャブセッティング(FIも)が変わってきます。埼玉で調度よかったのが、ここでは濃い症状がでます。走行不能なほどではないですがエンジンのパンチが効いていません。ワンランク絞って少しトルクが痩せた感じでアクセルワークに集中するトレーニングです。ギャップも多いのでトラクションをなるべく稼ぐようにタイヤが跳ねないライン取りもコース攻略には重要です。

 

翌日に疲れを残さない程度に練習したら帰り道からちょっと脇道へ逸れて、榛名湖へ。

ここは実写版「頭文字D」のロケ地でもあります。公道封鎖して違法に収録したとして、販売禁止になった韓国映画でしたが榛名湖から榛名神社を繋ぐ数キロの峠道がまさしくドリフトバトルの現場だったようです。技術指導のT屋K市さんは地元、碓氷峠で練習した話をラジオで語っていました。24歳でプロのレーサーになるまで練習用のガソリンとタイヤを買ったことが無かったといいます。全部解体屋で調達したわけですが、お金を使うだけがプロになる道ではなくて、多分センスがないと同じことをやっても成功しないという意味のことを言っておられました。そんな彼自身、練習中の事故で生死の境を彷徨って生還したわけですから強運も必要ということでしょう。

この日は近年では最高にオートバイの集団を見ました。好天に恵まれたのもありますが、道路を走っている半数以上はハーレーでないかと思うほどハーレーの大群でした。群馬県は大きなディーラーがあるんでしょうか。時々見かける国産車は新型は少なく、CBやW1、Zなど旧車ばっかりです。やはり旧車ディーラーも、この地方では多いのかもしれません。

そういうわけでちょっと日常から逃避した一日でした。

初めてローボーイと呼ばれたチャンバーのレイアウトが採用された機種は88年型CR250です。125では翌年の89年型でした。それまではどうだったかと言うと、シリンダーヘッドの上をチャンバーが通っていましたので、ガソリンタンクはその上に位置しました。そういうオフロードバイクの形が定着していたため、ローボーイが採用されたとき、非常に斬新なアイディアだと思いました。その目的は低重心化、チャンバーの取り付け位置は勿論、ガソリンタンクと搭載される液体の位置を下げるということでした。

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これはDT200WRのチャンバーとサイレンサーですが、今月中にあと2台作らなくてはなりません。車体合わせのワンオフマフラーも2台予定していますので、まだまだ時間的余裕がありません。

ローボーイはチャンバーがシリンダーの横を通って、テールパイプがフレームの内側を通ってサイレンサーが上向きに取り付いたタイプのことを指します。

 

DT200は91年型くらいが最終型と思いますが、まだローボーイにはなっていません。Y社ではYZ250が93年型からローボーイタイプが採用されていますが、H社から遅れること実に5年です。他の国産メーカーも同様でしたが、結局H社のアイディアを全メーカーが真似したという形になってしまいました。

そんな車体デザインの混迷期が90年代前半にあったと思います。他にも97年型CR250がツインチューブタイプのアルミフレームをオフロード車で最初に採用しましたが、他の国産メーカーでアルミフレームを採用したのが8年も遅れていて、アルミフレームも基本構造はH社と同タイプを全メーカーが取らざるを得なかったという結果です。技術者というものは他人のアイディアは真似したくないものです。自分のアイディアの優秀性を認めてもらいたいと思うのが人情です。

しかし、そのプライドを捨てても同じ方式にせざるを得なかった理由は、他の方式では越えることができないアイディアだと悟ったからでありましょう。

新技術の分野でH社とY社は非常に競合しました。世界が恐れて禁じた楕円ピストンは、エンジン設計の天才、入交さんのアイディアでしたが熱効率とピストンの軽量化、機械損失の低減などを目的として2つのピストンを一まとめにしたもので、1気筒あたり8バルブに2本のコンロッドだったことが2ピストンの名残りでした。これに対向したY社は真円ピストンでレイアウト可能な最多バルブを試作テストしたらしいですが、1気筒当たり10バルブまで行ったそうです。その結果最も効率の良かったのが5バルブだったのでY社の特許ということですが、4バルブのほうが費用対効果が良いことに気づいて4バルブに戻りつつあるようです。

07モデルで生産終了したCR85ですから、弊社ラインナップ品は最後に作ってから一年以上経ちますのでCRチャンバーの製作も終了したかと思っていました。

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注文数は2台分で、1台は日本でもう1台はイタリヤだそうです。

3月に頼まれたのがようやくできたのですが引き渡し方法が知らされておらず、このまま在庫にしてあります。

フィレンツェ在住の日本人ライダーに使っていただく予定ですが、お父さんの仕事の都合かと思いますが、羨ましいような環境でMXができているようです。現地のキッズレースの動画もメール添付していただいたので観てみましょう。

 

'>少なくとも関東にはこんなコース存在しませんね。日本の国土の90%は山なんですから、もっとマウンテンコースがあってもよいと思うのですが、難しい問題です。アップダウンもいいですがコース幅も申し分ありません。何といってもスタートフルグリッドというのがよいです。やっぱりMXはこうでないと。

予約を入れていただいたマフラー改造。社外品でも関係ないですが、出来ること出来ないことありますので事前に打ち合わせは必要です。パイプのサイズとか嵌めあい部分の寸法とか、詳細によって作業内容が変わってきます。

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これは持ち込まれた状態のマフラー位置です。

 

 

 

 

 

 

 

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ジョイントパイプ改造後のマフラー位置です。

マウントステーは未だ出来ていません。

後で材料取り寄せてフライス加工します。

マフラー位置が決まらないとマウントステーの寸法も出ないからです。

 

 

 

 

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しかし、このフレームワークは大胆です。

ダイヤモンド型といいますが、エンジンがフレームの構造を兼ねています。

クレードルフレームのような2本のダウンチューブが存在しないのでエキパイの取り回しに自由度があります。

エンジンハンガーはEXカムシャフトの前側2箇所だけで固定されているあたり、シリンダーヘッドの剛性は驚くべきものです。

ギャップ走行やジャンプは想定してないので思い切った構造にできるわけです。

 

CIMG2598.JPGジョイントパイプの改造といっても、元のパイプの曲げカーブを変更することは不可能です。

新たに素管を曲げて作るしかありません。

一発で曲げを成功させるには経験が必要です。まずシワが寄らないように滑らかなRを描く必要があり、曲げポイントも間違えるとサイレンサーの向きや取り付け位置が狂ってしまいます。

アルミのステーは材料を取り寄せてフライス加工で作りました。全て手作業なので、ここまで丸一日掛かりました。

 

 

CIMG2601.JPGマウントステーが取り付きました。

リヤサスのリンクを交すためにジョイントパイプのカーブに自由度がないことに気がつきます。

単純なようですが、高価な材料を無駄にしていては利益が出ませんので真剣に取り組んでいます。 

 

物心ついたばかりのころ、未だ見ない大人の世界への畏れと憧れ。あの頃に戻りたい、忘れられない記憶の時期は人間味溢れる時間でした。

'>ケンメリスカGは叔父さんが乗っていました。小学生だった私と従兄弟は後座席に乗せて貰って急ハンドルで転げ回って喜んでいました。高専時代は4年生になると車を持っている同級生も増えてきて人気の車種はケンメリかセリカLBでした。毎週末徹夜でドライブに出かけたのを思いだします。

'>当時は何のコマーシャルか理解していませんでした。「たどりついたらいつも雨ふり」の鈴木ヒロミツさんの若かりしころです。モービル石油は日本での製油事業を中止しましたので昨年にガソリンスタンドが閉鎖されてしまいました。

'>生まれは上州新田郡三日月村、現在の群馬県太田市ですから、いつでも行けますね。土曜日の夜11時からTVの前に座って見ていました。「あっしにゃ関りのないことなんで」といいながら悪いやつを斬りすてる。「女、子供を斬るドスは持っちゃいねえんで」なんてやさしいセリフも痺れました。A少年の人間形成に欠かせなかった時代劇です。最近のTVドラマはこのようなインパクトは感じられませんね。

'>小学生のころ、初めて聞いたフォークソングはこれです。ステレオにレコード盤乗せて針を落とすワクワク感。五輪真弓は「恋人よ」が有名ですが私には断然「煙草のけむりです。

CIMG2591.JPGブルース・リーは最初に憧れた映画スターでした。

自分でヌンチャク作って肘をアザだらけにしながら練習しました。

ドラゴン怒りの鉄拳、ドラゴンへの道、死亡遊戯、そして燃えよドラゴン、全部観ました。

ジェロム・レバンナなどK1選手の多くは彼の影響を受けて格闘技始めたそうです。

 

昭和時代は個性的でいい物が溢れていた気がします。今は突きつけられた現実に押し流される時間になってしまいました。

 

 

先日、金属加工業のお客さんとディスカッションした中で驚くべきアフターパーツ業界の実態を聞きました。

私もオートバイ仲間から社外品のロッカーアームが形状不良でバルブが完全に閉じないとか、バルブのウエスト部分から破断してエンジン壊れたとか、聞いたことがありますので、やはりそうかと思いました。問題の当該品に対してクレームをつけても「レース用パーツなので自己責任でお願いします。」といって問題の論点を逸らそうとする始末。

大体、販売店の窓口が実態を把握していないか、クレーム処理のプロフェッショナルのどちらかだろうと思います。私は社外のキットパーツなどには頼りつもりはありませんし、手間やコストが掛かっても自分で加工手配するのが一番信頼性のある改造だと思っています。

金属加工では加工物に刃物を当てると異材であることに気がつきます。切削条件が変わりますから、疑問に思って支給先の担当者に材質を聞いても答えられない。即ち製造に関する知識に乏しい人が商売してお金を儲けているということです。一般のお客さんは広告を信頼してパワーアップできると信じてお金を払うわけですが、その成果はどうであったか・・・これこそ「自己責任でお願い」です。

例えばカムシャフトに熱処理が施されていないとか、某国製では常識のようです。カムシャフトは素材を鋳造か鍛造で(原価と性能の関係で)成形して高周波焼入れかLCN(塩浴軟窒化処理)してジャーナルとカム摺動面を研磨仕上げという工程になりますが、某国では熱処理の部分を省略するか、そもそも知らないとか、勿論材質も疑って間違いありません。その結果、エンジンは試運転で終了ということになります。

以前ホンダでは材料の研究部門を持っている記事を書きましたが、開発された材料は図面に反映されて量産部品の製造に投入されていくわけです。実際は加工業者や熱処理屋では材質を確認するには材料メーカーのミルシート(成分分析表)を見るわけです。そうすることで材料ロットと加工ロットが一連になって管理されるので図面通りの品質が守られるというわけです。当然品質管理にはコストが掛かりますので、ホンダと取引先の間では協議してコストと責任区分も厳密に取り決めされています。

従ってホンダに供給している部品メーカーは品質的にも量的にも超一流でないとホンダの要求に応えられないので出来てくる部品は信頼性が高いということになります。そんなメーカーの中でもホンダの要件以上に品質管理をされるメーカーもあります。たとえば東海TRWというボールジョイントのメーカーがあります。タイロッドエンドやサスペンションアームの揺動する連結部に使う部品ですが、目立たなくて過酷な条件で使用されるのですが、ボールジョイントの使用条件を熟知して通常より遥かに厳しい耐久テストをクリアさせて備えています。材質の管理は勿論、鍛造や熱処理の技術も高く専門メーカーとして理想的な会社だったことを覚えています。

実はそんな専門メーカーの技術者をゲストエンジニアとして研究所に招きいれ、開発テストや設計までやってもらっているのが実態です。自動車部品の9割は部品メーカーの供給によって成り立っているので、いかに優秀なメーカーと取引するかが自動車業界の要であると思います。

2サイクルエンジンとは吸入圧縮、膨張排気という2行程で動作完了する原動機を指します。ホンダでは70年初頭まで2サイクルエンジンの製造を行っていませんでしたが、これは宗一郎さんが2サイクルが嫌いで「竹ずっぽに穴が開いただけの代物」といって馬鹿にした機関だったことによります。

60年代にはCLシリーズというスクランブラータイプのオートバイ販売で一定の地位を築いていたと思うのですが、北米市場の原野でオフロードバイクに乗って遊ぶ文化があることを知ってから社長に内緒で立ち上がったプロジェクトであったと聞きました。

しかし、既に世界GPなどで実績を挙げていたヤマハやスズキのような経験は皆無ですし、国内にはトーハツやBSという老舗2サイクルメーカーもひしめいていたため、これらを凌駕する2サイクルエンジンの開発には最初から悪戦苦闘が付きまとっていたようです。なんせ社長に内緒ということは予算もろくにありませんし、会社の余った資材を盗み勤務時間外に有志だけで実験室に篭っていただろうと想像します。

しかし、他社のコピーを作っただけでは勝つことはできないですから、独自の技術で開発していく必要があります。そんな中で発案されたのが燃料噴射式の吸入システムでした。

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モトクロス黄金時代よりRC335C

RC335Cは初めて実戦投入されたモトクロッサーでしたが、キャブレター仕様です。

なぜ燃料噴射の試作にいたったかというとオフロードのガソリン変動によるエンジン回転の不調を早くから問題視していたのだろうと思います。

アクリル製のフロートチャンバーを作ってベンチ上で悪路走行をシュミレートすることでフロートチャンバー内で上下に暴れる液面を観察できたでしょう。重力で燃料を溜めて吸い出すキャブレターの構造上避けられないことです。悪路でも安定して燃料供給できる手段として燃料噴射を実験しましたが、現在のようなエレクトロニクスによる制御系は存在しませんでしたから全て機械式のポンプで噴射量やタイミングを決定しなければならず、最高出力は出せたとしても細かなアクセルワークに応答した調整が不可能だったためボツになったメカニズムということでした。

機械式燃料噴射だけではありませんが、作っては消えてしまった「新機構」は数えきれませんが、実際に試作してないと分らないノウハウを得たと思っています。私もTTR125エンジンのボアアップでオーバーサイズピストンまで外注試作して、結局デメリットが多すぎることで中止した経験がありましたが、やる前から分らないことが多いので、やってみて初めて分るということですね。

宗一郎さん曰く「一つの成功の裏には99の失敗があるものだ」と、正にそのとおりだと思います。只言えることは、「失敗を恐れて行動しなかったら成功もない」ということです。

または、「失敗を悔やむより、何もしなかったことを悔やめ」ということを肝に銘じて生きていこうと思います。

余談ですが、排気量当たりの最高出力は未だに4サイクルより2サイクルが勝っています。2往復に一回燃焼に対して毎回燃焼の違いですね。他にも動弁系が無いことでメカニカルロスやコスト的にも断然有利な2サイクルです。クランク室は空気吸入のみ、潤滑系統はポンプで圧送、燃料は燃焼室に直噴というエンジンを今の技術なら充分に出来るはずです。パワーアップとコストダウンが確実に期待できる新エンジンに着手するメーカーが何故でてこないかが疑問です。私に開発予算さえ渡していただければ、現行機種流用で燃料噴射2サイクルエンジンを作って実戦投入させてあげましょうぞ。

 

古い話ばっかりで申し訳ありません。昔話が好きなもんで、つい・・・

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このキャッチコピーがたまりませんね。タイトル逃してもクローズアップされる存在。

「2年連続世界チャンピオンを目指す男」と呼ばれた渡辺明に憧れてMX始めた私ですがこの人こそ最高峰500ccのチャンピオンだったですから、CS読んで改めて存在の大きさに感動しました。

最初はヤーク・ファン・ベルトーフェン率いるKTMチームに所属して250チャンピオンを希望しましたが、チームの意向で無理やり500に乗せられたこと。ホンダにスカウトされてチームメイトのGノイスを破って80年、81年連続チャンピオンを獲得したこと。82年のカールズバッドで足を骨折して3連覇を逃したことなど、劇的なレース人生が思い浮かびます。

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ライダーズクラブ誌などでGPレースの記事を読んでいましたので、マラーベに憧れるあまり髪型はこのようにしていましたね。

当時は日本のライダーの殆どがパーマを当てていました。

写真には写っていませんが当時5万円だったSIDIのブーツもマラーベに倣って履いていましたから相当な熱の入れようです。

ゼッケンは四国選手権の年間固定ですがビニールテープでお構いなしです。隣りのRMは高専の先輩です。クルマ持ってなかったので積んでいってもらってました。

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CSでは鈴鹿の日本GPで走ったアメリカンライダーのコーナリングフォームを解説しています。

当時これを何時間も眺めて乗り方を考えていたように思いますが、結局真似できませんでした。

5年もやればセンスがないことに気が付きますから、その後は適当に楽しむ程度でいいんです。

 

 

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HRC宮腰常務のインタビュー記事。

ファクトリーマシン開発は宮腰さん、プロダクションマシン開発は秋鹿さんという体制でレースに臨んでいたそうです。

CRシリーズの評価会のときは宮腰常務も防具をつけて試乗したそうで、ここで問題が発覚すれば量産がストップしてしまうという重要人物の貴重なインタビュー記事も読み応えあります。

 

 

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こんなん出てきました。

引越ししても捨てられなくて、持ち運んでいる家宝?

昭和61年、関東選のシーズンオフにはエビスサーキットでエビス杯に出るのが恒例でした。

ゲストライダーの佐々木博幸選手はB級時代、チームスピリッツ所属でした。

 

 

 

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これも捨てると罰が当たると思ってとってあります。

3代目社長、久米さんの時代です。改善提案銅賞なんて誰でも取ってる大した賞じゃないんですが、このときの受入品質課という職場が今の自分の中核を成した時期であると思います。

金属材料専門なので取引先の鋳鍛造メーカーは全部行きました。昭和電工、神戸製鋼鋳鍛造事業部、住友軽金属、新日本製鉄・・・数えきれません。

ホンダは材料研究部門があって独自に材料を開発しているので、金属は成分指定のホンダスペシャルですから、他メーカーやアフターパーツメーカーでは同じ物を作ることは不可能です。

伊藤社長は2015年F1参戦を表明されましたが喜ばしいことです。2008年に福井前社長がエコカー全盛に傾きつつある自動車業界の中、F1撤退しましたが、社長が変わると会社の方針も変わるという例ですね。その前の吉野社長は航空工学が得意でしたから、ホンダジェット着手に成功しました。福井さんはNSR500時代の世界GPマシン開発責任者、伊藤社長は30代でアルミモノコックボディーのNSX開発責任者でした。歴代社長はそれぞれ得意分野で会社を引っ張ってきたことが分ります。

これからも世界が注目する事業展開をしていかれることを楽しみにしています。

サイクルサウンズは創刊号から持ってました。このNO、2も持っていましたが、とっくに捨ててしまったので非常に懐かしく読み返しました。時代は82ジャパンスーパークロス直後、ロードレースはNS500でスペンサーと片山敬済が注目され、トライアルは服部聖輝が世界に山本昌也が全日本チャンピオン。

ライディングスポーツ誌に並ぶモータースポーツ専門誌、このころの雑誌は読み応えがありました。というか憧れの世界でした。

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81年型のレースシーンですかね。

赤ゼッケンに黄色文字は250を表します。

ライダーけっこう分りますね。

トップは杉尾さん

8番小田桐昭蔵さん

9番野宮修一さん

5番藤秀信さん

11番唐沢栄三郎さん。

 

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どおですか、懐かしい顔ぶれ。

全員知ってますとも、4人の方とは話したことあります。

天田淳くん ロンキンダーさん 小橋勝年さん 秋山裕之さん

 

 

 

 

 

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綴じ込みポスターは光安鉄美選手、私的には一番憧れた日本人ライダーです。

背後は福本敏夫さん。250でチャンピオンだった証拠の写真ですね。最近のライダーはオフビレで福本さんに会っても挨拶もしないのが多いです。オートバイ乗ることより礼儀から教えてあげる必要がありますね。

MXでどうやったらご飯が食べられるか、一番考えていた人だと思います。だからこそ今があります。    

東京のオートバイ屋さんから極秘プロジェクトの打ち合わせに来ていただき、参考資料としてお借りしましたCSでした。入社1年目のころにタイムスリップです。

自分自身はMXでいい思いをした覚えがありませんが、この雑誌読み返すとあの頃が一番いい時代だったと思います。

 

最近悩み事があります。バックオーダーで3ヶ月以上お待ちいただいているお客さんがいるにも関らず、レース用のマフラーの修理を頼まれることがあります。納期は次のレースに間に合うように指定されます。その修理を先に作業することで、バックオーダーの納期がさらに遅れるということになります。

先入れ先出しの原則でやっておりますので、注文の順番で作業するのが平等ということになります。スペアマフラーを持たないでレースに出られている人はスペアを購入されることをお勧めします。とても次のレースまでに修理を間に合わせることができません。

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社外マフラーも優先順位としては後になるでしょう。

自社の製品が間に合っていないのに社外品の修理を優先する理由がないのです。

高額な支払いをして手に入れたものを少々壊れたくらいで諦めたくない心理はよくわかります。

社外マフラーの製造元や販売店に修理を依頼しても断られる話を聞きます。それなのにこれらの製品に無関係な我社に修理が回ってくるというのもおかしな話。予め問題点は説明しておくべきだと思います。

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文句を言いながらも修理してしまうのは、送られてきたマフラーをいつまでも置いておくわけにいきませんので、サッサと片付けます。

修理といってもケブラーの筒にグラスファイバーで補修するのではありません。

同じような修理を以前にも数台頼まれましたが時間がないのでグラスファイバーで補強していましたが、今回は筒をアルミで作るという指示でしたのでやっておきました。

マウントステーは取り外して再利用するのでこのような治具に固定して溶接しました。

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グラスウール詰めてリベット止めして完了です。

画像では簡単ですが、丸一日掛かります。

その間バックオーダーの製作も後回しになっていることは言うまでもありません。

やはり、これからは先入れ先出しの原則に則って仕事を進めさせていただきます。

 

我社の近所にエホバの商人会館がありまして、昼間に信者の方が布教活動で地域を回ってきます。うちのような小さな工場は格好のターゲットに違いありません。昔は信者の訪問に対して無視していましたが最近は一応自分の考えを述べてお引取りいただくようにしています。

例えばこのように話ます。(信者)あなたは信じている宗教がありますか?(私)宗教はありません。私は自分を信じます。困ったときや辛いときも自分の力でなんとかするしかありません。

すると(信者)神が困ったときに助けてくれるとは教えていません。唯、真実をお示しになっているだけです。物理的に何かを動かすとか奇跡を起こすものではないと福音書に書かれています。

そう話ながら聖書か福音書のような本を開いて指し示そうとします。私はこの人たちは聖書の内容をすごく勉強しているのだなと思い、このように畳み掛けました。(私)あなた方が信じていることは世界中の物事の一部にしかすぎません。自分の身の回りのことでも殆ど知らないで生きています。鉄やアルミの原料をどこから掘り出しているか知らないでもクルマに乗れたり、建物が建ったりしています。しかし、現実は原料を採掘する人、加工して都合のよい板やパイプを作る企業、それを動かす電力や石油、全て地球の地中から掘り出して精錬、加工されたものなのに、あなた方は知らないでも不自由なく生活できていますね。(信者)・・・・

(私)私も物事を殆ど知らないで生きていると同時に、必要なものを多くの人に助けられながら事業を営んでいてお互いに共存しているだけなんです。頭の中は、この仕事をどのようにやりきるかということしか考えていません。

そうすると、割と安心したような表情で勧誘を諦めて立ち去っていきます。キリスト教だけが信仰ではないよと言いたかったわけです。

因みに信者さんにメル・ギブソン(マッド・マックス主演)が監督した映画「パッション」を観ましたか?と聞いたら観てないといいます。「パッション」はキリストの受難の意味で、映画はキリストの最後の12日間を福音書に基づいて忠実に再現したものということですからカトリック教徒の人が観ていないのは意外でした。

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仕事の状況ですが、大体、このようなチャンバーが15台くらいバックオーダーになっています。一番前に注文いただいたのは1月だということで、かなり焦っております。

後は2月、3月に注文いただいた分ですが順番に出来ていくでしょう。

これは1台15時間くらいかかって作っていますので、全部できるのに2ヶ月近く掛かると思います。新規の注文は止めています。急な修理も他の業者さんへお願いします。

7月くらいには正常な受注状態にすることが目標と考えております。

 

GW前半は仕事しておりましたので、後半は充電期間ということでオートバイいじりです。

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76年型CJ360Tに装着されていたタイヤはIRCの8分山で、このままでも充分乗れますが、このマシンを購入したときに最初にやりたかったことは、タイヤをTT100に履きかえることでした。

30年ほど前に流行った、当時としてはハイグリップタイヤで人気がありました。

しかし、自分のオートバイは長くて1年くらいしか所有しなかったので、憧れのTT100を新品交換したことがなかったのです。

現在はもっとハイグリップのタイヤが販売されていますがCJ360にはこのタイヤが似合うだろうと思っていたのです。そういうわけで大人買いして前後交換です。

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このマシンのお気に入りポイントはドラムブレーキです。ツーリーディングのフロントブレーキはCR250の83年型にも採用されていて経験していましたが、国内仕様がディスクブレーキなのに対して輸出がドラムなんていうのはマニアの心を擽るではありませんか。

二つのブレーキシューの当たりを同調させないと効きが甘くなってしまう構造なので、手間がかかるところが、嬉しいじゃないですか。

メンテナンスフリーではホビーとして適当だと思いません。

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このマシンはセンタースタンドも未装着なのでタイヤ交換はジャッキアップして木材スタンドに乗せました。

いずれメンテナンススタンドを作るでしょう。

ツーインワンのマフラーも外しましたが、裏側はかなり腐食して穴が開いているのが確認できましたので、次回の車検までに新品マフラーを作る決意が出来ました。

リヤブレーキパネルもついでに整備です。ドラムの構造上、ブレーキシューの削れカスがパネル内に溜まってしまうので、定期的に掃除する必要があります。カムのグリスアップも忘れずに

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やはり旧式オンロードマシンにはTT100が似合います。

溝パターンは伝統を継承しつつ、コンパウンドはGP仕様に改良されているので、コーナーでの信頼性が向上しているでしょう。

早くワインディングへ出掛けたいです。

少年時代の夢は叶いました。

 

 

 

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もう一つの魅力はポイント点火であるということ。

コンタクトブレーカーのポイントギャップと接点の形状を保つことで適切な点火時期と良好な火花が得られますが、消耗品なので、定期的にメンテナンスが必要です。

現在のマシンは全てトランジスタ点火を経てCDI点火になっており、このようなわずらわしさはありませんが、自分の手でエンジンの調子を維持するわずらわしさが、かえって楽しみになっているわけです。

シックネスゲージでポイントギャップを測定しますが規定値は0.3ー0.4mmです。最大ポイントギャップになる位置はFマークより40度ほど過ぎたクランク角度になっていました。、点火時期は接点が離れる瞬間なのだろうと思います。

豆電球とバッテリーを繋いでポイントの1次側コードに結線して回路を閉じておき、クランク軸を正転させながら、ポイントが離れて豆電球が消える瞬間が点火時期ということになります。

接点断続角(ドエル角)テスターで測ってみます。ドエル角が小さかったり、ポイントギャップが小さいと接点がスパークで焼損したり、充分な2次電圧が得られなくなってエンジン不調になるらしいのですが今のところ調子よくプラグの火花が出ていますのでむやみに変更しないようにします。

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ポイントカバーのガスケットが意図的に切られていました。

水が溜まらないための処置だと思いますが私的には水が浸入しないように全面シールするガスケットを作って取り付けました。

空気穴は合わせ面下側の溝2本があるので充分だと思います。

次回はガスケットセットを仕入れてからオイルフィルターの掃除をしたいと思います。

 

 

 

 

1年ほど放置しておりましたCRM250の2WDの続きです。

この車両は2輪駆動車の走行性能を確認するための実験車両なので、MXやEDを目的としているのではありません。前輪を駆動する方法やその運動性能について、机上の理論や想像で語る人は時々見かけますが、実際に走行可能な車両を作った例は非常に珍しいので、廃却されるのが惜しいと思って動く状態で保存しようと思ったのです。

実は某2輪メーカーで、これと同様の機構で試作車両を作り実走テストまで行いましたが、安全性とコスト高、舗装路面における不具合などの理由で市販車としては不適切と結論つけたものです。

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おかげで世界に1台の稀有なマシンになりましたが、動態保存するためには時々走行確認する必要があります。

前回フロントタイヤが老朽化のため18インチのフロントタイヤを交換しましたが、サイズが太すぎてハンドリングが重かったので、今回は幅の狭いトレールタイヤに交換しました。

DL、D603 3.00-18

 

 

 

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前回フロントに履かせたK695はリヤにコンバートしました。

100/100-18

2WDの場合前後のタイヤ周長が同じでないとタイヤの周速に差が生じて、タイヤや駆動系に負荷が掛かってしまいます。

直進時は問題なくとも、コーナリング時にトレッドの横に接地面が移動するため、周速が前後で違ってきます。それが舗装路でのハンドリングの重さに繋がったり、フロントに駆動力があるために、アクセルを開けたときにオーバーステア気味になるなど、通常の後輪駆動車と比べるとクセがある乗り味となります。

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この方式の真価はフロントが回らなくなるような泥、砂地や急勾配で発揮するものです。

普通路面では後輪駆動車に対してメリットはありませんが、癖のあるハンドリングを味わってみたいと思います。新しい乗り方を追求してみるのも良いかもしれません。

 

 

 

 

 

CIMG2561.JPG一年以上ぶりに乗りました。コースはジャパンVETの前日で綺麗に整地された路面でしたが、フロントのストロークと減衰不足でコーナー新入のギャップで底突きます。ジャンプを飛んだ場合はもっと恐ろしいショックを受けるため、ジャンプ区間はスローダウンするしかありません。

コーナリング特性はやはり独特で乗り慣れるのに20分2ヒートが必要でした。

散水後のスリッピーな路面は当然前後タイヤが滑るのとフロントヘビーなので慎重になりますが、フロントタイヤに駆動力がありますので前輪が引っ張っている感覚が味わえます。

三つ又の幅はハンドルを切ってもチェーンが当たらないギリギリの寸法ですがフロント18インチのためかギャップで激しく振られることがあります。スピードを出したギャップ走行は要注意です。

結局通常のMXマシンよりギャップの浅いところを狙うとか、フロントから突っ込まないように工夫して走りますので体力が必要で、よいトレーニングになりました。今度MXマシンに乗るときが楽しみになりました。

CIMG2563.JPG周りのパドックに現行車は見当たりません。非常に楽しい雰囲気です。

83年型CR250は私が関東選デビューしたマシンと同型です。

新入社員で田舎者でしたから、プレイライダー誌(森岡さんが作った雑誌)の広告をみて、最初はモトレオン(後のロッキースポーツ)へMXer買いに行ったのですが在庫がなくて、帰り道にあったモトバムに寄ったら「取り寄せてあげる」といわれて初めて新車を買うことができました。勿論ローンでしたけど 

 

 

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こんなマシンもあって感激です。81年型無限ファクトリーマシンですがラジエターはアメリカのビルダーさんによる新品だそうです。

スイングアームはコークボトル、インテークとエキパイにはサブチャンバーが取り付いていたり、市販車と違う部分が多くてワクワクします。

81年型CR125は学生時代最後に乗ったマシンと同型で懐かしいです。

 

 

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綺麗なKX250、75年型。私は中学1年生でした。このころは未だMXに出会ってなかったですが、月刊MC誌のカタログで知っていました。実車に2013年に出会えた奇跡です。

しかもオーナーの田山さんがビンテージクラスで快調に走らせているのを見て、飾りじゃないことを知りました。

 

 

 

 

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他にもたくさん懐かしいマシンがありましたが、カスタムマシンではこれが目をひきました、上山さんのXT500.ビッグシングルなのに走りもよくて、エンジン、サスなどかなりチューンアップされた話を伺いました。

これをみて、鈴木忠男さんがXT500改で全日本参戦していたのを思いだしました。

体力トレーニングも出来たし、珍しいマシンも見れたし、結構満足できた一日でした。

 

 

4月もあっという間に過ぎ、連休に突入してしまいました。しかし、私に休みがあるはずがありません。XR500の加工は途中で別の仕事をはさみましたので1ヶ月を少しオーバーしましたが、出来る部分は終了しました。

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新たに加工したトップブリッジも無事に取り付き、メーターやスイッチ関係も装備できました。

ビッグタンクにガソリンを入れてエンジンも始動してみました。あとで書きますが、キャブレターに少しトラブルを抱えていることが分りました。

灯火類点灯のためのバッテリーは放電してしまって不能でした。

依頼された加工内容と別のところで悩んでおります。

 

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XTRIGのPHDSはファットバー専用ですが、取り付けるハンドルを預かってなかったので、標準バーにカラーを加工して装着しました。

ハンドルがないことには押して移動することもままなりません。

タンク前部についているベントパイプはガソリンリターン用の穴です。ガソリンが漏れてないときはポンプから空気が送られるだけです。

実はガソリンオーバーフローさせようとして車体を横倒しにしてもガソリンが漏れてきません。エンジンも掛かるのですが、直ぐに止まってしまいます。旧車なのでオーバーフローパイプの詰まりかもしれないと思ってキャブレターをバラして確認しました。テスト的にフロートバルブ未装着でフロート室にガソリンを送ってやると、正常にオーバーフローします。

そこで原因はフロートバルブの磨耗で、油面がさがってもバルブが閉じた状態になっているようです。フロートバルブ新品交換で治るはずですが、連休なので来週まで部品手配ができずにいます。

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細かいトラブルは後で直すことにして、XR500パリダカ風加工の一幕は終了です。

このあとシートレザーの新調やタンクの塗装に引き継がれると思います。

オーナーさんは遠方にお住まいなので連絡はしてありますが、しばらく預かりの形です。

 

 

 

 

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迫力のフロントビュー。

ビッグタンクとアンダーガードが幅を効かせています。こかさないようにして下さい。

隣は2WDです。

一年以上放置していましたが、エンジンは一発でかかりました。フロントタイヤが太すぎるので少し細いトレールタイヤを注文して履き替えます。

開発者の吉田さんに連絡して動かしてみたいと思います。来週末のジャパンVETへ持っていくかもしれません。興味のある方は会場のオフロードビレッジへお越しください。

 

 

 

 

 

 

 

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ワイドステップです。

ノーマルステップに鉄の帯を足してあります。

最近のオフ車のレーサーはデカペダルが主流になっていますが、81年頃のステップはかなり小さいものでした。

ワイドステップに改造して普通サイズのような感じがします。

 

 

 

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燃費を向上させるガソリンリターンキット。

左が負圧ポンプで、キャブレターからオーバーフローしたガソリンを吸い上げてガソリンタンク上部に設けたベントパイプからタンク内に戻す方式です。

オフロード走行における燃費を2割程度向上させることが可能です。

右はインテークマニホールドに負圧取出しのパイプを取り付けたものです。

 

 

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負圧ポンプの取り付け状態。

ステンレスのマウントステーを作って固定しています。

真ん中のホースが負圧、ガソリンは下から吸い上げ、上のホースでタンクまで導きます。

 

 

 

 

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これはガソリンホースのジョイント。

タンクは両側コックになっており2本のホースを繋いでキャブレターへ送ります。

細かいパーツの製作が続きますが、トップブリッジの少々不満な部分がありますので新たに作り直すことにしましたので、あと三日掛かります。

メーターステーやヘッドライトマウントもトップブリッジに取付けるので、今週中に完了するでしょう。

ようやく先が見えてきました。この段階でないと仕事のお約束もできなかったわけです。

 

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マップホルダーの箱と取り付けステーができました。

現物は見たことがありませんので、取り付け方法については勝手に解釈して作っておりますので、イマイチ不安ではあります。

只、オフロード走行で破損することなきよう強度面に気を使って作ってあります。

 

 

 

 

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取り付け状態はこのとおり

ハンドルポスト上にはGPS搭載の大きな箱が載っかりますので、これくらいの高さが必要だと推測します。

結構な重量だと思いますが、ハンドル切ってみると以外に気にならない感じです。

ステアリングに重量物が載っているとステアリングの振られを収束するのに腕力が必要になりますが、そのためにステアリングダンパーを装着してあると思います。

 

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運転席からはこのように見えます。これが付くとラリー車らしくなってきました。

ハーネスとカプラーが付いていますが、暗視用かモータードライブの電源かは、私にはわかりません。

GPSと連動して現在位置の道案内を示すようになっているのでしょう。

段々、製作予定の物が残り少なくなってきました。来週半ばにはフィニッシュしたいところです。

3日ほど急用で止まっておりましたラリー車再開です。

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エキゾーストはデュアルエキゾーストから作ります。

集合部分から後ろのパイプは堅いので手で曲がりません。図面書いて機械ベンダー屋さんに外注します。

来週、曲げが完了したら引き取ってきて続きにかかります。

 

 

 

 

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エキパイ溶接で熱歪みが発生するため、フランジ面がずれないように治具で固定して行います。

パイプが冷えるまで放置しておけば、このままの形状で固まります。

 

来週はジョイントパイプとサイレンサー製作の予定です。

 

 

 

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サイレンサーができました。

オーダー内容はノーマル風アルミで、ということなのでこんな外観にしました。

たぶんラリー以外では日本の道路を走られるのでしょう。

ジョイントパイプと曲がったメガホン部分はステンレス製、消音器はアルミという組み合わせです。

アルミは黒塗装するかもしれないので研磨しないでおきます。

 

 

 

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出口形状はノーマルを模倣した形です。

テーパー状に広がっていますが、通常パイプエンドから排気されたガスは周囲に膨張して拡散しようとします。

パイプエンドが奥に位置することによって、拡散する方向が後方に規制される効果があります。

排気音を広範囲に飛ばさない目的でしょう。

因みにスパークアレスターは付けていません。砂漠のラリーでは燃えるものが無いと思います。

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大分できてきました。

これからマップホルダーの取り付け加工に取り掛かります。それが終われば、ワイドステップと燃費向上させるキットパーツを取り付け、スピードメーターステーとヘッドライトステーを作り、フロントウインカーも取り付け、メインスイッチのブラケットも作成し・・・

大体そんなとこで、お引き渡しできる状態になります。

2ヶ月以上止めているバックオーダーの催促が私に大きなプレッシャーとして圧し掛かっていますが、負けません!

欧米人はリトルトライアンフと呼ぶそうです。なるほどバーチカルツインのシリンダーが見る角度によってはトライアンフボンネビルに似ています。

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スーパースポーツは必要ありません。一般道では性能を引き出して走ることが危険だからです。

2輪車は交通の手段ですから家から乗っていけることが望ましいです。トランポで運搬しなければならないレーサーも不経済な乗り物です。

そんな当たり前のことを思って乗ってみることにしました、1976年型CJ360Tです。私が中学2年生ころに製造された車です。今でもこんなコンディションで残っていることが奇跡だと思いました。

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76年当時ホンダのロードスポーツはカフェレーサースタイルのシリーズをラインナップしていました、CB50JX、CJ250、360T、CB400F、CB750F2です。

しかし、ヒットしたのは400Fだけで、その他は不人気車種としてのレッテルを貼られましたが、そのことがこの車の希少性を高める要因となったわけです。

何年か前に近所のガソリンスタンドに74年型CB250Tが給油しているところを見かけて衝撃を受けました。

何故ならCB250Tは私が15歳のときに新聞配達のアルバイトで初めて買ったオートバイだったからです。中古で8万円でした。ン、15歳?と思われるかもしれませんが、免許を取るより先に買ってしまったわけです。当然親には内緒でしたが、交通違反で捕まって直ぐにバレてしまったので泣く泣く手離しました。それだからこのバチカルツインには思い入れが他人より深いのです。しかも250Tの兄貴分の360Tですから、これに出会ったときは絶対に手に入れて再び手離すことのないように大事に乗ってやろうと思いました。

輸入部品商のホーリーエクイップさんの商品カタログで見つけたときはこの機会を逃したら一生ないかもしれないと思って即連絡を入れて、他の物好きが買ってしまわないうちに仕事をサボって奈良県まで引き取りに行ってきた次第です。 CIMG2520.JPG

リトル虎慰安婦(失礼!)

いい響きです。

あまりカスタムしないでノーマルのフォルムを維持していきます。

お金の掛かった旧車のカスタムバイクをよく見かけますが、この車においてはカスタムはしません。

フロントのドラムブレーキは輸出仕様ですがディスクよりドラムのほうがこのタイプの車には似合っていると思います。

新しい部品に換わっているとダサく感じてしまいます。ビンテージだから当時品にこだわるということです。マフラー屋だからマフラーだけ作っていい音させたいとは思っていますけどね。

 

なかなか進まないラリー車製作プロジェクトですが、確実に前進してる事を報告します。

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今週は大体これに費やしました。

水タンクつきアンダーガードです。

砂漠でのラリーは飲料水の搭載が義務付けられているためです。

簡単に凹まないように3ミリ厚のアルミ板で作りましたが曲げ加工に手間取りました。

溶接も普段使っている空冷の150Aではなく水冷の300Aを使用して電流上げて行いました。

 

 

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アンダーガード取り付けでラリー車風になってきました。

容積は3L目標だったのですが、大きくなり過ぎました。経験不足で加減がききません。7Lも入ります。

満タンにすると重量増になりますが、低重心で操安がどうなるのか見当がつきませんが水が足りなくなるよりはいいかもしれません。

 

 

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こちら側のキャップから給水します。

左下のドレンボルトを空けて水を出します。

残りの大物製作はエキパイ、マフラーとマップホルダーの取り付けなどです。

2週間くらいで終わりますかな?

予定をかなりオーバーしていますので急ピッチで臨みます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

近年のMXシーンでは、かなり限定された場所でしか走行を許されていないにも関らず騒音規制だけが進行していくという誠に不可解な現象が起こっていますが、これに従わなければレース参加できない状況にありますので真意ではありませんが規制に対応するべく努力しています。

今年から国際A級が先行で2mMAX法で112dBが上限となりましたので去年モデルに対して変更を加えました。

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エンドキャップ出口は縮小されています。

インナーパイプも排圧を変更するための加工を二箇所追加して対応しています。

効果のほどは後日計測して確認することにします。

 

 

 

 

 

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エキパイはノーマルですが少し手を加えてバフ研磨しています。

エンジンメーカーが作った仕様が最も信頼できると思われますが見た目ノーマルが嫌という要求もありますので、あまりコストをかけないで純正部品流用としました。

レーサーと言えども性能に不備がなければ美観は大事だと思います。

上はCRF150R

下がCRF250Rです。

 

 

 

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元々処理能力の低い頭脳で作っておりますので、溶接用のガスの在庫を切らせてしまいました。月曜までガスの配達がありませんのであと少しのところで業務中断となってしまいました。

月曜中に組み立て完了する予定で、続編は後日までお預けです。

本日は体力温存するため一時休憩といたします。

 

 

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予定通りアルゴンが入荷しましたので残りの溶接作業を済ませてマフラー組み立て完了しました。

夜、IAルーキー島崎選手のCRF250を持ってきてもらって音量計測実施できました。

最初、暖気運転後計測したら112dBで余裕が無いと思いましたので少しエンジンを冷まして再度計測しました。

今度は110dBでした。排気温度が熱いと数値が上がる傾向にあることと、始動直後は燃焼が不安定でアフターバーン気味になることを知っておけば問題なく112dBクリアできる結果が分りました。今週末はいよいよ全日本開幕なので、このまま九州へ持っていってもらいましょう。

 

オートバイを扱う仕事をしている以上、現在の主流だとか大衆にどのような車種が支持されているかをリサーチする上で格好の場所が、ここ東京MCショーだといえます。

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トライアルライダー野本佳章選手のバックフリップ。

FMXのそれとの違いは助走は5mほど、ランプの高さは1mくらいしかないことでしょう。

オートバイを使った体操競技といえるでしょう。

これが出来る人は世界に3人しかいないそうです。

見に来てよかった。

 

 

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ご存知成田匠選手のエアターン。

技に正確さと余裕が感じられます。

オートバイはけして無謀な遊びでないことをオートバイに不快感を示す隣人に知らしめてもらいたいものです。

MCFAJのMXで富士SWを走っていたりグリーンピア津南のエンデューロを走っていたり、トライアル以外で彼の走りをみたことがありましたが、トライアルを見にいかない私はトライアルテクニックをナマで見るのは初めてです。

ここまでできなくていいですが、こういう技を見て刺激をもらえれば、普段のもっと簡単なシーンでの練習はやっておこうかなと励みになります。

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今回私的に印象の良かったブース、NGKです。プラグメーカーですけどね、会社の宣伝費で普段見れないMOTOGPマシンを展示してくださいました。

会場のお客さんたちも自分で買える車両のブースに群がっていてここはガラガラに空いているのでジックリと観察できるのですね。

全体的にボリュームが大きく全て詳細に見て回るには時間がありません。

そして大量生産設備で作られた商品の数々は高品質ですが同じ顔のように見えてしまって、一番好きなものを限定することが不可能な感じがします。

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どれか1台だけ選べと言われたらこれですかね。ハイパーストラーダ

ユーロ危機で高級車のお客さん離れを打開するためにドカティが開発したデュアルパーパス車。

正にどのタイプにするか選べない人にうってつけの機種です。プライスカード見てないですが確実に買えませんので、思うだけは自由なのがMCショーの楽しさです。

 

 

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これも捨てがたいです。MVアグスタF4

究極のセンターアップマフラー。

これも買えませんが、いつか自分の作るモタード車にこんな感じのアップマフラーを付けるイメージを想像したりして夢が広がります。

段々楽しみになってきます。(いつの話になるのやら)

 

 

 

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今回はVMXワークスショップのホーリーさんから招待券をいただき来場しましたので、ここに立ち寄ることが最大の目的です。

堀口氏渾身のMOTO XFOXファクトリーマシンレプリカ。79年型CR250ベース

新車販売に必死な2輪メーカーブースに混ざって、マニアックなビンテージMX文化の継承のために全精力を注ぎ込むサムライ企業の同社だと思います。

 

 

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私にとっては、最高のエピソードを語ってくれた堀口さん「昨日オランダから出張で訪れたVMXマニアのお客さんが、このマフラーを自分のマシンに付けたいから送ってほしいと言うてはりました」

ズブの素人から会社辞めてまで続けてきた甲斐があって、こういうことやってなかったら絶対出会うことの無い貴重な時間を共有できました。

これからも家内製手工業ですが精進してまいりたいと思います。

 

ビッグタンクなので通常の2倍時間を掛けております。まだどこも固定されていないために次の作業に掛かるためにはフレームにマウントされていることが必要です。

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タンク底の形状が単純でないのでマウントの方法に丸一日悩みました。

マウントステーの台座を立ち上げてからアルミステーを溶接しました。

ラバーマウントなのですが、溶接時は熱がかかるためグロメットと同じ幅のスペーサーを作ってボルト締めしてあります。

 

 

 

 

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フューエルコックは左右に取り付けします。

ガソリンを最後まで使い切れる位置にして航続距離を稼ぐためです。

左右のホースは連結してキャブレターに流します。

 

 

 

 

 

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36Lタンク、大きいです。シートのキャッチが上手くできるか、これで確認できます。

仕上げは研磨屋に持ち込んでバフ研磨してもらうことにしますので、タンクの加工作業はこれにて終了(タンクキャップが部品待ちのためネジの取り付けは後日)

明日からトップブリッジ加工に取り掛かる予定ですが、そろそろ全日本MX開幕なので来週はMX用マフラー製作をやっておかなければなりませんので、3日ほど中断します。

 

 

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翌朝、我慢ならずにシートを取り付けてしまいました。

加工内容は

シートレザーを剥がし、シートベースの邪魔な部分をバンドソーでカット。

スポンジをディスクグラインダーで削る。

シートキャッチを移設、アルミ板を介してリベット結合。

シートレザーの余分な部分を切り取り、ステープラーでシートベースに貼り付け。

これでシート取り付け確認は完了です。

本番用はシート屋に頼んでバックスキンのレザーで作ってもらうと思います。

 

最初に一番手間のかかりそうなタンク作りから取り掛かっていますが、マウント位置を決める前にステアリングダンパーとのクリアランスを確認しておこうかと。

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ステダンのベースはステムベアリングと一体構造なのですが、機種違いのためサイズが合いません。

このままでは取り付け不可能なので改造して付けます。

付かないものを改造して取付けるのが私の仕事、どのようにすれば一番早く問題を解決するか、手段を選ばないアウトローなのです。

 

 

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ノーマルのトップブリッジにもステダンは取り付きません。

ハンドルポストが当たってしまいます。

これはあとでトップブリッジ新造しますので問題ありません。

ステムナットのネジサイズは同じでしたので見通し明るいです。

 

 

 

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タンクは溶接が終わりましたので水を入れて容量を確認しました。

ポリタンク2個分を目安にしたデザインだったのですが、満タンで36.5Lです。

フルタンクは凄く重いですから運転は慎重にした方がいいでしょう。

ステダン装着のため前部を大きく逃がしておいたのが正解だったようです。

 

 

 

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ステダンのベースはベアリングベースを削除してヘッドパイプの外側に嵌めるリングを作って取り付けました。

従ってベアリングレースはノーマルのままです。

ベースの固定はヘッドパイプ前側にM6のタッピング穴を開けてネジ止めとしました。

ステムシャフトにステダンを装着できました。

この間にトップブリッジを挟む格好になります。

 

このあと時間の掛かる加工がありますので形ができたら続編をUPいたします。

 

 

 

 

XR500をラリー仕様に改造するため工事中です。今年に入ってメールや電話でお問い合わせいただいた製作依頼の納期が未定なのは、この改造が完了するまで着手できないためです。どうかご理解ください。

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ビッグタンク製作中です。

パリダカ風デザインで容量は30L以上必要です。

今まで見たことの無い大きさです。

シートは前側をカットして短くしてタンクのスペースを広げます。

色は多分ホンダのトリコロールカラーにすると思いますが、製作完了後VMXファクトリーのホーリーさんとこで塗っていただく予定です。

 

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このマシンのお客さんはサファリラリーへ出場するそうなので、このような装備の装着も頼まれています。

ボルトオンでは付きませんのでトップブリッジ製作になります。

XTRIGのPHDSはKTMと同じ取り付け幅にすることでGPSのボックスがマウントできるそうです。

オーリンズのステダンはステムベアリング打ち換えで取りつける仕様です。あとでステアリング総取り換えですね。

 

その他は3Lの水タンク付きアンダーガードとエキゾーストを作らなければなりません。絶対一ヶ月以上掛かります。それまでバックオーダーには手を付けられませんので、急な修理依頼にも対応できないと思いますのでご了承ください。

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何故、XR500でサファリラリーかといいますと、この人はファラオラリーも経験しているのですね。

現行車で出走するのは当たり前、旧車で挑戦することの方が難しくて面白い、と思われたかどうかは聞いてませんが

渡航費用も含めて全体で数百万円のプロジェクトですから、車両の改造はごく一部にしか過ぎません。

もう少し形が出来ましたら続編アップいたします。

パリダカールラリーで1982年に優勝したXR500マシンに似せてビッグタンクを作るプロジェクトがありまして、とりあえず現物確認の目的でコレクションホールへ行ってきました。画像だけでは平面なので立体感を頭の中にイメージできないと、実際にアルミ板を叩いて作るときに形状が分らず困ってしまうことになります。

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これが目的のマシンだったのですが、残念ながら展示期間が去年で終了していて見れませんでした。

時間作ってここまで来た以上は余計なものでも見て帰ろうかと思いなおして

先日のRC116タンクの実物とか、他のラリーマシンのビッグタンクのボリュームだけでも頭に入れておこうかと。

 

 

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パリダカ用は2台しか展示されていませんでした。これはNXRですが、常識はずれの大きさです。ガソリンタンクは通常のものと、サイドカバー、リヤフェンダーが一体となったサブタンクとなっています。

スケベ親父のように下から覗きこんだり盗撮したり、やりたい放題で眺めまわしてやりました。(端から見たら変態だったでしょう)

水タンク併用のアンダーガードも作るので大いに参考になりました。

 

 

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これはEXP2、2スト車もありましたね。NXR同様にビッグタンクとリヤフレームがモノコックのサブタンク、水タンク併用アンダーガードなど、たっぷり確認させていただきました。

 

 

 

 

 

 

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事後になりますがRC116の実車確認です。

やはり私の判断は正しかったです。

ドリーム50とはフレームや三つ又の幅が半分くらいしかありません。まるで自転車のような細さです。

ニーグリップした膝はカウルとフレームの間に収納する形です。

このサイズのタンクがそのままドリーム50に載っていたら違和感が出ますので、アレンジしたのが正解だったということです。

 

 

 

CIMG2211.JPG折角ですからASIMOの実演ショーも見ておきました。

まるでヒトが入っているような滑らかな動き。

ここまで出来るまでは、やはり歴史があります。2足歩行ロボットの開発着手は1986年でした。

ホンダには製品の開発だけではなく、生産設備の開発をする部門があります。効率よく生産して利益を上げたり機密保持するためには設備も自社開発する必要があったのです。

ところがバブル景気のころに雇った人員が不況に応じて余剰になってきました。優秀な技術者が給料をもらいながら遊んでしまうという事態に陥りました。どうせ生産に従事できないなら新しい取り組みにも着手しておこうという社風でもありました。

2000年ころには自立して歩けるロボットに成長しましたが、身長190cm体重200kgもありました。新型のASIMOは身長120cm体重52kgですから随分軽量小型に進化したものです。実演ではお盆にコーヒーカップを載せてデリバリーしてみせたり、時速6kmで走ったりでバランス制御が人間並みにできていることを証明しています。

稼動する関節部分に秘密があって、膝は前後のみ回転するモーターが動力となっていて、股関節とくるぶしは前後と左右に回転する二つのモーターでユニバーサルジョイントの動きができます。

もっと繊細な腕の部分は股関節同様の複数のモーターが駆動していると思われます。ここまで完成してくると、例えば手足が不自由になったヒトの指示で動いて、介護からヒトの労力を開放したり、ヒトが行けない危険な場所での作業に遠隔操作で働いてもらったり、実用の域に達していると思います。

今週はドリーム50のアルミタンク製作です。お預かりして5ヶ月くらい経過していますので、お客さんも待ちくたびれているかもしれません。

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依頼内容はRC116のような形のタンクにしたい、ということです。

実車はホンダコレクションホールにあるのですが、2月末まで館内改装のため休館です。

仕方なく画像を見ながら作ってみることにします。

しかし、驚くほど細長いタンクです。

 

 

 

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作り始めてみますと、RC116とドリーム50はフレームのレイアウトが全然違うことに気がつきました。

おそらく、ドリーム50はサーキット走行だけでなくツーリングに使っても支障ないようにシート幅が広くなっています。そのためシートレールも幅広ですから、こちらのフレームに合わせたタンク形状にしないと取りつけが困難なことがわかりました。

画像は底板の上にタンク上部と横板を仮止めして形状確認を行っています。

 

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板金で成形したアルミ板を溶接で繋ぎます。

外側の溶接ビードは研磨して消しますので内側の溶接をしっかりとつけておきます。

明日外側の溶接作業にかかります。

かなり進行しているように見えますが、完成まであと3日くらいかかるでしょう。

 

 

 

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普通のタンクはメインパイプの上まで被さっていますが、このタンクはシートレールの上まで伸びていますので、トンネルの形状が複雑になります。

2枚の隔壁はガソリンの移動を抑える目的とタンクの剛性を上げる目的があります。

RC116はワークスマシンですが、ドリーム50は市販レーサーCR110に似せて製造されたマシンですからフレームの構成が違うわけです。

 

 

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ガソリン溜まりにコックを取り付けますが

本体への溶接は研磨後にします。

突起物が無い状態の方が取り扱いしやすいためです。

RS125から移植するタンクキャップも同様です。

 

 

 

 

 

CIMG2171.JPG溶接はひととおり終わり、接合部の研磨と表面の均しを大雑把に行いました。

タンク容量は7.0Lです。ノーマルの容量は知りませんが、DE耐とか走るようでしたら気になるところですね。

ノーマルはCDIユニットがシートレールの上にはみ出しているため取り付け位置を変更してタンク底板をフラットにしてあります。

前下がりだったノーマルタンクはガソリンが前方に残ってしまい最後まで使いきらないらしいですが、このタンクは水平になっていますのでガソリンを使いきれるでしょう。(給油量を制限される耐久レースでは有効です)

CIMG2172.JPGニーグリップ部分はシートレールより狭くなっています。RC116はもっと狭いですが、フレームとのマッチングでこれくらいが狭さ限度でしょう。

本来は赤色塗装ですが、お客さんの要望でアルミ地肌で終了です。

お客さん独自のプロジェクトがある限り私の業務も続いていくでしょう。 

 

 

 

 

CIMG2179.JPG仕上げにサンドペーパーで磨きました。ハンマー痕や溶接ビードなどで表面の細かな歪みを平滑に均していきます。

60番から磨きはじめて180番で止めておきました。鏡面に仕上げるよりこれくらいの粗さの方が塗装の密着はいいでしょう。さらに磨きこんでポリッシュすることも可能ですが、あとはオーナーに委ねます。

ホンダはHSV010でGT500に挑戦しているというのに、このプロジェクトは何とささやかなものか。

全部手仕上げですからね、ハイテク一切無し!

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カーレースの方はホンダのお家芸だと思うのですが、GT500では苦戦を強いられているようです。

技術力だけでは負けないと思うのですがそれだけじゃないんですね。

F1よりこっちの方が道路で乗れるクルマに近いので好きですね。絶対乗れないわけですけど、少年時代のスーパーカーブームを彷彿させます。

 

 

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もてぎ貸切で極秘テストですかー

金持ちのレーシングチームは違いますね。というより、サーキットも自社所有でした。

研究所もテストコースも部品メーカーもなんでも揃っているのに何故、勝てないのか!

今年こそはレーシングスピリッツ見せてもらいましょう。 

しかし、この顔 強そうやな。

 

 

 

 

先日、オイルの営業マンに私の2ストスクーター用に分離給油オイルを頼んだときのはなし。

入社1年目の営業君「2CTならいつも持っています」といいますので、「最近は2スト用オイルはあまり売れないだろ?」と聞くと、営業君「農機具屋とかで時々頼まれます」とのこと。

「あーそれはロビンエンジンに使うやつだな」というと、営業君「ロビンってなんですか?」ロビンエンジンは芝刈り機とか汎用機に使っているエンジンで親会社は富士重工だと説明しました。その流れで富士重工は飛行機のエンジンも作っていて、BMWなんかも水平対向のエンジンが有名で自動車より先に航空機メーカーだった話をしました。

そんなロビンも知らない新人営業君に「じゃあ、ゼロ戦は知っているか?」ときくと「ああーゼロ戦は知ってます!」と答えるではありませんか。「ゼロ戦のエンジンメーカーは富士重工と同じ群馬県の中島飛行機で生産されたんだよ」という具合に、まるでジジイのように昔話を若者にしてしまう自分でした。

ジジイの話は続く、「終戦後7年間は日本で航空機の生産が禁止されたので、中島飛行機は解散して技術者たちは富士重工など自動車メーカーに移動して自動車の開発に従事したらしい」

または「ゼロ戦の設計者は三菱重工の堀越二郎氏で日本初の旅客機YS11も堀越氏の設計だった」

なんでロビンも知らない若者がゼロ戦という航空機の名前は知っているのか疑問に思って営業君に聞くと「中学校だと思うんですけど日本の近代史の授業で習いました。」そうかなのか、自分もゼロ戦なんか見たこともなかったのに飛行機名くらいは知っている、これは学校教育の賜物なのだと感じました。

ホンダのCBRとかCRFとか言ったって日本国民の何割が知っているでしょう。一部のオートバイ好きくらいしかいないと想像しますが、ゼロ戦といえばおそらく日本国民なら全員知っている飛行機名ではないでしょうか。

去年の暮れに所沢航空発祥記念館でゼロ戦の実機を観てから、これが栄発動機で実際に飛べる世界で最後の一機であるということを知ってから、ものすごく貴重なもので、これを飛行可能な機体に復元していただいたプレーンズ・オブ・フェイム(POF)に畏敬の念を抱くようになりました。

そして、ここに「エイ出版社」制作のDVD「零戦と栄発動機」があります。栄21型発動機の詳細な検証と、ラバウル島で捕獲され30年放置の後POFで1978年に復元された、日本軍部隊名61・120零戦52型の空撮を完全収録したものです。

これでいつでも栄発動機と零戦の姿を観ることができます。このDVDは我が家の家宝として保存したいと思います。

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栄21型は完全オーバーホールされ米国連邦航空局の承認を受けるべく修復されたときのひとコマ。分解された部品は超音波洗浄とサンドブラストで新品同様に蘇ります。

当時の日本の冶金技術は低かったとされていますが、空冷の冷却フィンの造形が美しいと思います。

1130HPのエンジンが空冷で大丈夫なのですから、単車のエンジンなんか殆ど100HP以下なんですから空冷で充分と思うのですが、80年代以降の単車は水冷ばかりで魅力が無いですね。

これは単気筒でおよそ2000ccのエンジンなんです。

 

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これはクランクケース、星型複列14気筒エンジンというレイアウトは実機をみないと全く理解できませんでしたが、このDVDを見てようやく分りました。

星型7気筒が二つクランクシャフトで連結されて動力を取り出す。

マスターコンロッドに6本のコンロッドが連結されて複雑な軌道で回転する7気筒が位相をずらして配置されていることが分ります。

他にもスーパーチャージャーや油圧機構に吸排気弁機構など分解写真で解説されていて、現代のエンジンの基礎となっていることがよく分る内容です。

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操縦はPOFのチーフパイロット、ケビン・エルドリッチ、30年以上の対戦機操縦経験を持つ。

カメラプレーンはB25爆撃機で撮影はPOFの現CEO、スティーブ・ヒントンが勤めました。

世界最高の貴重な空撮には経験豊富な2人のパイロットが勤めています。

これを聞いただけでも、この撮影の意気込みが伺えるでしょう。

 

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ライバル機P47サンダーボルトとのランデブー飛行。

この近さですよ。水平追尾から真横になって両機が急降下していきます。

もうこれ以上見せられません。

この貴重な映像が、たったの2000円で購入できます。えい出版社です、お急ぎください。

 

 

 

零戦21型戦闘機の生産は67号機からの型式変更以降、三菱航空機で741機、

中島飛行機で2821機、合計3562機でした。

そのうち飛行可能な機体は、唯一機しか残されていません。

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エキパイの鍍金が仕上がりましたので、マフラー製作の続きです。

 

今日はマフラーのジョイント部分とマウントステー作りに取り掛かります。

見本は量産品ですから、全て金型を用いてプレス成型により作られたものです。

量産は少なくとも千個ロットの生産だったでしょう。マウントブラケットなどは下請けのプレス工場などに外注して大量生産して安価に作られたものです。

しかし、当方には金型などありません。見本の形状を真似て成形するしかありません。充分な予算をいただいてあれば安心して立派なものを作れるのですが大概の部品は製作に費やした時間分の全てを請求するわけにはまいりません。それは、必要な生産設備が無い上に初めて成形する部品であるために、長時間を要するためです。

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これはジョイント部分ですが、非常に凝った形状であります。

ボルトを差し込む部分が袋状になっており、左右で4個のフクロを作って溶接で取り付けしてありますが、この部分だけで半日費やしています。

これができれば、エキパイにマフラーを差し込んで、位置決めに掛かれます。

 

 

 

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メガホンの溶接ビードは全て消してあります。

溶接のまま研磨屋に出しますと、ピンホールやハンマー痕などが残ってしまって、鍍金の仕上がりに影響してしまうため、研磨の下地はこちらで整えておかなければなりません。

研磨は全てお任せでは、上手く仕上がってこないことが分りました。

 

 

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ちょっとユニークな形状のマウントブラケットです。

上は見本ですが、なるべくノーマルのデザインを崩さないように真似ています。

締め付け面の凹ましが必要なので、イレギュラーな方法で鉄板を成形してみました。

鉄板はなかなか、言うことを聞いてくれません。

 

 

 

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なんとかマウントブラケットの成形ができたので、左右マフラーの取り付け位置を確認しながら溶接しました。

あとはエンジン下側に付けるマウントステーが残っていますが、今日はここまで。

明日、最後のステー取り付けを行って研磨屋に持っていく段取りが整うはずです。

 

 

 

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日付が変わって、エンジン下部に取りつけるマウントステーを作って溶接しました。

2枚合わせのステーですが、これも純正になるべく似せて作ってあります。

純正に似せる理由は、それ単品で見るとオリジナルだと思わせるようにしなければならないからです。

復刻されない希少なパーツを新品で再現するということは、旧車の維持には不可欠なことで、商業的に利益を得る目的の「偽物ブランド」とは全く次元の違う話だと思います。

 

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オリジナルと再現品を並べてみます。

B級マフラーと思いますが、大体同じ形状に出来ているでしょう。

鍍金が仕上がってきて、ピカピカになれば、素人さんならどちらが本物か見分けがつかないと思います。

これで私の作業は終わり、研磨屋に持っていってカネを払ってくるだけです。

ここまでエキパイと合わせて10日ほど掛かりましたが、一段落ということで会社なんかだと祝杯を上げたりするでしょうが、私にはあのような発酵した水など飲んだら気持ち悪くなってしまうので祝杯は上げません。そのかわり、気持ちよくなる音楽でも聴くとしましょう。

スパイロ・ジャイラのモーニングダンス。ものすごく爽やかな気分になります。寒気が来ていますので気分だけでもトロピカルでいきましょう!サンキュー、Mrベッケンスタイン(SAX)

'>1979年リリースの楽曲ですから、34年も経つのですね。カセットテープが擦り切れるほど聴いていましたが、何年経ってもエエモンはエエ! 

 

 

 

もうすぐレースシーズン開幕ということで昨年から御予約のマフラーに着手します。

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もてぎのGP3に参戦中のナオキさんのGPMR、RS125サイズの車体にCRF250エンジンです。

度重なる転倒でマフラーが損傷しており、今年用に新調したいということです。

エキパイのサイズ変更しますので、未経験の性能になるでしょう。

 

 

 

 

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先にサイレンサー部分を作ります。

エキパイのレイアウト検討のためにサイレンサー本体があった方が都合がよいのです。

パイプエンドのカール加工とフロントキャップのジョイントのため専用金型を作って、前後のチタンパイプを絞り加工しました。

この後エキパイの曲げ、取り回しを行いますので、来週半ばころ完成でしょう。

 

 

 

 

CIMG2130.JPGエキパイは普段使わないサイズを選択しましたので、手曲げに必要なクランプ治具を作りました。

これを万力で挟んで固定するわけです。

あとは砂詰めと炙り加減と腕力で曲げていきます。

 

 

 

 

 

CIMG2132.JPG曲げたパイプを溶接して繋ぎ、取り回しを確認中です。

まだ取り付けステーはありません。

あと1日くらいで完成すると思います。

 

 

 

 

 

 

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サイレンサーはバフ掛けして組み立てました。

エキパイも取り付けステーとスプリングフックを溶接しました。

エキパイは3段階にサイズが拡大しています。なるべく高回転域のパワーアップを狙った選択で、ナオキさん曰くサーキット走行では高回転をキープすることが肝心で回転を落としてしまったら、それはミスなので仕方がないといいます。従って低速トルクは必要ないということです。

オフロードとは要求する出力特性が全く違うようです。

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マフラー取り付けの図

後退したステップのためシフトペダルの作動を妨げないパイプワークに気を使いました。

ペラペラのサイレンサーマウントも補強しました。

GP3の音量規定は6000rpm固定回転で105dBです。

計測したいのですが雨が降っていますので後日実施することにします。

日付が変わって晴天になりましたので広い場所へ移動して音量計測しました。6000rpm、マフラー出口から後方45度、500mmの位置で100dB。計測器の誤差2dBを加味しても規定値105dBより3dB余裕があります。

グラスウールの消耗や排気の抜け過ぎ感が出た場合を想定して消音バッフルも付けてみましたが98dBまで下がりました。消音バッフルはパワーバンドが高回転域に発生する場合、パワーバンドの発生回転数を若干下げる効果があります。

 

 

 

 

 

 

 

9月のもてぎでお預かりしたCB92のマフラーに着手です。オーナーの沖さんは小樽在住ですが、1月に群馬のスキー場へ来られる情報をお聞きしていたのに間に合いませんでした。次回は4月のイベントで埼玉へ来られるそうなので、猶予ができました。今から取りかかれば充分間に合うでしょう。

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完全オリジナルのCB92です。保管には細心の注意を配ります。

何年か前から北野元選手が浅間火山レースで優勝したマシンを入手してレストア中であることを聞いていましたので、2輪史に関る大事な仕事であると思います。

北野さんは関東では有名で、4輪のレースドライバーに転向して、板橋の川越街道沿いにあったロードレースの宋利光さんの店「アパッチ」の隣でタイヤショップを営んでおられました。

 

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託されたマフラー一式ですが、図面もありませんので、この現物を見本に同型のものを作らねばなりません。

具体的にマジマジと眺めてみると型物が随所に使われていて、ハンドワークで再現するのが難しいように思われます。

しかし、私には19年も何の道具も持たないで、「無いものは造ればよい」という信念でやってきた経験があります。

 

 

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緩いカーブを描いたエキパイは3次元に曲がっているのが分ります。

メーカーさんは機械ベンダーで曲げRと角度を設定して曲げていますが、私には曲げ機械はありません。手曲げで再現するには職人技を発揮する必要があるでしょう。

 

 

 

 

 

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マフラーのマウントステー部分の構成パーツが意外と多いことに気づきました。

おそらくこの部分の作り込みが半分くらいのウエートを占めると思います。

2枚の板の接合部はスポット溶接が用いられていますが、スポット溶接機もありません。この部分はプラグ溶接かTIG溶接で取り付けさせていただきますのでお許しください。

では製作の進行状況は随時アップすることにいたします。

 

2輪史について、何のことだか分らない人も多いかもしれません。最近のことだけ見ていると全体像は見えてきませんが、MX、ロードレース、ストリート、クラシック、改造バイク、一通りのカテゴリーを掻い摘んで見てきました。2輪車という乗り物は、およそ100年前の原点から始まり、研究開発が進んで新材料、新製法、新機構が世の中にリリースされ、お金を払えば誰でも堪能できる便利な時代になったと思っています。

しかし、この先100年同じように開発が進んでいくとは思えません。それは資源や環境の問題であったり人間の欲求の矛先であったり、残る部分と衰退していく部分が当然でてくるでしょう。今の繁栄は期間限定の楽しみと捉えてよいかもしれません。そのことを考えると、一見時代遅れに見えるようなことに魅力や価値観を見出していく懐古主義を営んでいくために手作り製法も、残された人生を豊かに(お金じゃないですよ)過ごしていくために有意義なことだと思って働いています。

 

CIMG2115.JPG最初に一番大物のメガホンマフラーから始めます。

通常はテーパーに削った鉄棒に鉄板を巻きつけながら作りますが、これは端材も含めて1m以上の長さがありますので巻いて作るのは難しいと考え、水押しで膨らますことにしました。

2枚の鉄板を展開図に従って切断し、溶接で張り合わせます。

今回は厚さ1mmの鉄板を使用しますが、成型後に溶接ビードは研磨して消してしまうため、通常より溶け込みを深く溶接しておきます。

CIMG2118.JPG膨らんだテーパーを所定の位置で切断して立ててみます。

製品の長さが77mmありますので、CB92のシートより少し高いです。

マフラーの長さは排気の脈動を利用して燃焼室の充填効率を高める効果がありますので、ノーマル寸法を守る必要があります。

旧車の場合はオリジナルに忠実な外観も必要なので、自分の意思は入れず同じように成型することに没頭するだけです。 

 

 

CIMG2119.JPGメガホンのエンド部分にはテーパーリングを溶接します。後で研磨して溶接ビードは消します。

テーパー状の絞りは排気の抜け過ぎを抑え、反射を起こすための形状です。

50年前からこのようなチューニングの技法が確立されていたのですね。

メガホンの加工はここで一旦停止です。先にエキパイの製作に掛からねばなりません。

その理由は、クローム鍍金仕上げ によってパイプジョイント部の外径が大きくなってマフラーが差し込めなくなるためです。

ラインナップ品のチャンバーなどはテールパイプのジョイント部をマスキングして、鍍金が付かないようにして対応していますが、CB92のエキパイは端まで鍍金されていますので、鍍金後の外径寸法にあわせてマフラージョイントを加工する段取りになります。

 

CIMG2122.JPG先ずは見本のエキパイから曲げゲージを作ります。左右対称ですが、3次元曲げなので両方のゲージが必要です。

 

 

 

 

 

 

 

 

CIMG2121.JPG曲げゲージを内Rに当てながらパイプを曲げていきます。

炙り加減と力を入れるタイミングは100%勘だけが頼りの手曲げです。

複合Rの距離が近いため、このカーブを成型するには高級な機械ベンダーが必要でしょう。

パーツメーカーさんならCNC加工機により高精度な仕上がりを実現します、というところですが、ここでは無縁の世界です。

 

 

CIMG2125.JPGエキパイの切断、フランジの加工を行って取り付け確認します。

先日作っておいたメガホンマフラーを仮止めして左右のバランスを見ます。

マフラーの位置が問題なければ、エキパイの加工は完了です。

このあとエキパイだけ鍍金処理に廻りますので、それまでマフラーの加工は中断します。

次の仕事が控えておりますので、続編は2週間後ということで。

 

 

 

製造屋になろうと思ったときに別の会社の下請けの仕事ではなく、完成品を売ろうと決めていました。そして製造コストを下げるために、自分で出来ることは極力、内作する必要がありました。

しかし、設備や知識、経験で専門職には敵わないこともあります。

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クローム鍍金は迷わず外注する工程です。

鍍金を頼んだ経験のない人は、品物を処理液に浸込んで電気を流すだけと思う人もいるみたいですが、この光沢を出すためには表面を滑らかに研磨しておく必要があります。

これだけ長くて曲がったパイプを全面磨くのは相当な労力です。

しかも狭い内Rを磨くには小さいサイズのバフに付け替えながらの作業なので、道具も手間も掛かるでしょう。お金を払っても納得の仕上がりです。

 

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中古のエキパイも研磨してもらいました。材質がステンレスなので、研磨剤に青棒を使うのですが、青棒には6価クロムが含まれていますので、自家製のバフ研磨では使用しません。

研磨屋さんでは強力な集塵機を完備していますので作業者が粉塵を吸い込むことはありません。

アルミ用の白棒ではここまで艶を出すのは無理なので、頼んで正解だと思います。

 

 

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アルミサイレンサーは自家製のバフで研磨します。

白棒でまあまあの艶が出せますので、外注費を節約しています。

材料代や外注費は削減できません。自分の工賃を安くして単価を下げております。

利益はあまり出ませんが、大量生産品との勝負に勝つための努力です。金儲けをする欲望を捨て去り取り組んでおります。

まあ、アントニオ猪木に素手で向かっていくようなもんですけどね。

オートバイに関る仕事をしながら、オートバイ競争の近代史くらいは知っておいたほうが良さそうだ。

そして、その始まりはいつどこか?別冊オールドタイマー誌の記事によると1901年(明34)開催の上野公園不忍池畔だそうだ。主催の大日本双輪倶楽部は自転車競走の団体で、現在のJCFだと思う。この大会は自転車競走の余興として自動自転車の模擬走行に過ぎなかったとされているが、不忍池の外周にトラックが設けられオートバイ競争が行われた公式記録であることを覚えておこう。なんとこの大会はツール・ド・フランス第1回大会より5年も前のことだそうだ。

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現在の不忍池は公園として整備されオートバイ走行はできないが、ここにダートのトラックがあってオートバイが疾走していたことを想像すると興奮してくる。

しかも当時の観客動員数10万人ということで去年のMX日本GP二千人と比較すると、どれだけ民衆の心を掴んでいた大会だったか。

完全な自動自転車単独のレースは1912年(明45)の第1回自動自転車競走会が最初で阪神鳴尾競馬場、大阪明報社主催とのこと。

そして全国規模の選手権大会の始まりは、1925年(大14)第1回MC選手権獲得競走大会で場所は静岡安倍川原トラックで、主催はなんとオートバイ社。月刊オートバイ誌は大正時代から発刊されていたことに驚かされる。日本最古のレース主催団体と称するMCFAJも二輪雑誌モーターサイクリストが創設したものだが、1959年創立なのでMC選手権の方が34年も古いということが判明した。

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現在の不忍池見取り図。縄文時代この辺りは海だったそうで、海岸が後退して自然の池となった。

中央の弁天島を境に三つの区画に分かれる。この外周で行われたレースはダートトラックではあるが、オーバルではないので、そこそこのカーブテクニックは必要だっただろう。

マシンは既に米国で生産されていたハーレーが主流だったと思う。

 

 

第1回MC選手権の有力選手には多田健蔵さんの名前がでてくるが昭和3年にマン島TTレースで350ccクラス15位に入った同氏だと判ったので、当時のオートバイレースに掛ける情熱の大きさは想像を絶するものがある。

 

CIMG1810.JPGもてぎのグッドオールデイズで見たAJS。

多田さんもこれに乗ったはず!

こんなマシンでTTレースに参戦していた模様。

 

 

 

 

 

 

ようやく丘蒸気が走り始めた日本でオートバイ競走かい!

名古屋TTレースや富士登山レースなどが最も古いと思っていた自分の浅はかさが恥ずかしい。

現役の選手はMFJって何ぞやと聞かれたときに説明ができるようにしてもらいたいと思う。「えーとお金払って走らせてもらってる団体」なんて答えないように。

概略はこうだ、先に鈴鹿サーキット造ってしまった本田宗一郎さんがFIMから日本の窓口を作ってくれないと国際大会の連絡先もわからんと指摘されて創設した団体だった。

今ではサーキットに水洗トイレはあたりまえ、レストランやホテルも完備した上で10万人お客さん収容できるスタンド席付き施設を持つ大企業が出資した団体に成長したということか。そのおかげか、観客激減して興行が立ち行かなくなっても大丈夫。

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CRF250用新型マフラーが完成しました。

ホンダの下請けメーカーで作ったマフラーがありましたので並べてみました。

ホンダ製は金型や大型プレス機を駆使した量産型の作りですが、弊社は生産設備を持っていないため、全部手作りになっています。

重量はホンダ製のカーボンマフラーが2.0kgに対し、弊社アルミマフラーは1.8kgという軽さです。

しかし、これはお客さんの要望で50mm短くしてありますので、ノーマルサイズなら同じくらいだろうと思います。CRFもスタンダードはアルミマフラーですが、異形な絞り加工のために深絞り性のよいアルミ材を使っています。弊社のアルミは材料が固く、絞り成型には向いていませんが、マフラースキンの剛性はスタンダードより高いでしょう。

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エンドキャップ部分はチタン材で作られており、非常に固いです。

マフラー出口の口径がノーマルより大きいことが分りますが、消音性能は2mMAX法で基準をクリアできるもので、口径が大きい分排気効率の向上が期待できます。

手作りの関係上、製作時間に3日ほど費やして量産性は全くありません。

製作依頼される場合は日程に余裕を持ってお願いします。(バックオーダーの状況により納期未定)

価格は前年モデル据え置きの¥48000

諸経費 送料¥1000 代引き料¥400です。

今年に入ってお問い合わせいただいたお客様には、すべて4月以降の製作ということでお伝えしてあります。理由はバックオーダーの製作と預かり車両の特注部品が完了するのに、あと3ヶ月くらいを見込んでいるためです。途中で新規の注文を引き受けてしまうと長期間お待ちいただいているお客様との約束が遅れてしまいます。

すばらしい営業効果で宣伝広告の必要がありません。零細企業にとってありがたいことです。

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これも去年11月のご注文のマフラーですが

2013年は新しいデザインで製作トライしているところです。

新ラインナップはCRF250と150の予定で250は去年の仕様を踏襲したモデルチェンジという形で

150はテスト車が全バラ状態なので5月くらいを目処に試作トライしていきたいと考えています。

このマフラーはお客さんの要望で5cmショートタイプにしてあります。ファンライドなのでレギュレーションは関係ないそうですがショートタイプでもクリアできると思います。後2日くらいで完成しますので来週早々に発送できるでしょう。

同じく11月にご注文のRMXチャンバーは研磨と鍍金に廻っておりますので鍍金仕上がり次第、発送できます。

これが終わったら、ようやくCB92のメガホンマフラーに掛かります。全長1100mmのテーパーをどうやって巻くかが課題です。次々作っておりますので、ご安心ください。

大阪市の教育委員会ならびに大阪市長の下した結果は、全く的外れな措置だと言わざるをえません。頭のいい人だと思っていましたが、まともな判断ができない大人がこんなにも多いものかと落胆するばかりです。

教師の体罰(暴力)が、自殺するほど辛かったということですから、これは立派な傷害事件として告訴して刑事罰を与えれば済む話だということです。教師の立場を利用して生徒が反撃してこないことを利用した卑劣な犯行というだけです。生徒の親がやくざと知っていて体罰する教師はいないはずですから、完全に権力を傘にしたパワハラということです。実行した教師のみ法に従って処罰すれば再発は防止できるでしょう。

私は子供のころは体罰を受ける立場でした。小学のころは怪獣の写真を買うのに小遣い全部使ったら、写真取り上げられた上にビンタ。中学のころはエロ本が布団の下から見つかって鼻血が出るまで殴られましたし、部活では練習態度が悪いということで上級生からビンタとケツバンですから、親や先輩は怖いものだと子供の時分から思っていました。しかし、体罰を受けなければならない理由も理解しましたから段々悪いことはしなくなるものです。

しかし、死んだほうがましだと思うような体罰を課した教師にも鉄槌を下す必要があると私は思うのです。

罪のない教師や生徒まで巻き添えをくう必要は全くありません。

付け加えさせていただくと、会社というところはもっと陰湿ないじめがある場所でもあります。あたりまえのことですが、会社は給料をもらうために働く場所ですが、直属の上司が人事権をもっているばかりに、部下に対して差別をしたり、無理な要求または仕事を与えないなど様々な嫌がらせが横行するものです。給料を貰いたい、出世を望みたいという理由で我慢しなければならない場面に多く直面します。学生時代には嫌なことも我慢できる精神力も鍛えておかないと命がいくつあっても足りません。

新年早々から大きな事件がニュースを騒がしていますが、その中の二つに関心を持ちました。

一つはB787が緊急着陸した事件。報道のとおりリチウムイオンバッテリーの発火により火災寸前であったことがわかります。バッテリーの発火はクルマ、オートバイは時々起こっている現象です。原因は過充電による加熱、発火ということですが、発電機は回転数によって充電電圧が変化するので電圧を安定させるレギュレターを設置して対策していますので、通常は起こらないトラブルです。

ところが、何らかの原因でレギュレターが故障していたり、充電電圧に対応できないバッテリーに交換されたりした場合にトラブルが発生する模様です。バッテリーに電圧計を繋いで運転中もモニターできるようにしておくと未然に防げると思います。

交通や建設、医療、食品など人命に関るオペレーションには様々な不安定要素が潜んでおり、設計段階や操業中でもFMEA(故障モード影響度解析)を実施することによって不具合を未然に防止することができます。事故が起こってしまったということはFMEAの見落としか現場に反映されていなかったということに他なりません。

もう一つはアルジェリアの人質たてこもり事件です。これはテロリストの目の付け所が、これからの世界では注意しなければならない点だと思います。天然ガス採掘プラントにおける事件ですが、石炭、石油、天然ガスといった数10万年前の太古の植物が化石になったりメタンガスに変化したもので、有限である上に生産していないために埋蔵量は減少の一途を辿っているわけですが、いつか枯渇したときになにが起こるだろう、といことが関心事項なのです。自動車業界ではハイブリット化が進んでいますが、燃料消費を抑えるということで、消費は続いているということです。延命には貢献しますが時期が変わるだけです。

日本は原発事故以降はCO2を発生せず、化石燃料も消費しない夢のエネルギーも大手を振って使用できなくなってしまいました。そこで、老朽化した燃費の悪いタービンエンジンを復活させて電力供給している模様で燃費のいいEVは燃費の悪い発電機を頼らざるをえないという皮肉さです。

エネルギー問題はクルマの運転を控えれば済むということではありません。しかし、無駄な消費は地球環境や人類の未来的にも抑えた方がいいに違いありません。

テロリストの目の付け所は、何を押さえられれば相手国家にとって痛いか、ということを解っていることです。日本はその点弱いですね。資源が無いうえに99%輸入に頼っていますからね。協力国が自国のための維持に必死となって、供給が途絶えるだけで終わってしまいます。

70年代のオイルショックや東日本大震災などで、燃料が品薄となったときの人間の行動を思い出せば本当に資源供給が途絶えるときに何が起こるか想像もつきません。

最後の方は経済力より資源をもっていることが重要となるでしょうね。生存するために必要なものを確保するために武力が統治することにもなるでしょう。テロリストによる石油プラントの占拠というのは、そういう近未来の予兆のように思えて仕方ありません。

私が心配していた、クルマは電気でもアルコールや天然ガスでも走れますが、さらに輸送力の高い、航空機や船舶はどうするのか、ということですがジェットやガスタービンはアルコールでもOKということで植物性アルコール(バイオエタノール)で代用できるでしょう。船舶用のディーゼルも同様で米軍では空母や戦艦は原子力で動いているということで、代替エネルギーは進行しつつあることが希望です。

いづれにしても、今までのような大量消費を続けていては長くもたないということで、エネルギーの使い方は厳選して考えていきたいと思います。

 

世の中は知らないことが多い、むしろ殆ど知らないことばかりだと思いますが、生きていくことに支障がないことに驚きを感じます。

学生時代に講義のペースが早くてついていけないと、教室中で教授にむかって「早過ぎるがー」といって騒ぎました。すると教授は「皆さんが企業に就職して、習ってませんと言い訳をしないように出来る限り多くのことを教えます。」といって学生の文句を無視して講義を続けました。

教授は自分で事業をやった経験は無いはずなので、仕事する上で何が必要なことなのかを教えることができません。ですから、学生は難解な学問に何の必要性があるのかも分らず勉強をサボってしまいます。愚かなことです、他人が親切に学問を教えてくれる時間はあのときだけだというのに、今更後悔しても仕方ありません。

さて地球は真球じゃないといわれても「ああ、そうか」と思うだけで、役にはたたないですね。しかし、地球上を航行する人にとっては仕事上必要な知識となります。海でも陸でも同じですが本来、道も標識もありません。それでも目的地に向かって正確に辿りつけます。これは現在位置の座標を移動しながら計算で求められることによります。座標とは地図上では緯度と経度で表します。だれがどうやって測ったかわかりませんが、地球一周が40000kmくらいということで、地軸上で真二つに斬ってさらに赤道上で斬ると緯度90度の扇形が表れます。この緯度1度は60分ですから、地球の縦方向の半分の距離が10000kmくらいなので5400分で割ると1.852kmになります。これが1海里の定義ということですが、地球が真球でないために、高緯度と低緯度では1分で進む距離が違うので、方位時針や天体観測をを用いて現在位置を把握しながら移動することによって目標物がない場所での航行が可能だったということです。

私の憶測ですが、地球が球体を保てる理由は核の方向に同じ引力が働いているおかげだと思います。引力がなければ地球上の構造物はバラバラになるはずです。では真球にならない理由は自転があるためです。24時間で1回転という速さで回っていますので、最大周速はマッハ1.666という高速です。この遠心力で赤道方向に膨らんだ形になっていますが、引力と遠心力が釣り合って形状が安定しているということになります。

自転があるからシンクなどの吸水口に表れる渦巻きの方向が北半球と南半球で逆になっており、北は右巻き、南は左巻きの渦が発生します。海の海流もこれと同じ動きをしているらしいです。では赤道上ではどうかということですが、これが吸水口に渦巻きは発生しないというのですが、いつか試してみたいです。

地球上では様々な乗り物が動いていますが、これは重力と空気があるおかげということに気づきます。重力がないとオイルやガソリンがタンクの下方に留まらないため、ポンプの働きも空しくエンジンはうごきません。空気があるおかげで燃料が燃焼できますし、飛行機は飛ぶことができます。プロペラでもジェットでも同じですが推力は空気の反力で生まれていますので空気が無い宇宙空間では飛行機は飛べません。ところが、ロケットは大気圏外まで飛んでいるではないかと疑問が残ります。ロケット燃料は航空機と同じ、ケロシン(灯油と同等)ですが航空機は大気中の酸素を取り込んで燃焼できます。しかし、ロケットは宇宙空間でもケロシンを燃やせる酸化剤も搭載していて混合して燃焼させるそうです。それでも空気のない宇宙空間では推力は期待できませんので、初速が重要だと言うことでしょう。衛星が軌道上を周回できるのは推進力と地球の引力が釣り合っているためで、推進力が落ちてくるとやがて重力が勝って落下してくることになります。宇宙ステーションは引力の影響を無視できる距離まで離れているということでしょう。

では衛星探査機は燃料が燃えず、空気の反力も無い宇宙空間をどうやって飛行し、地球へ戻ってくるのか想像がつかないですね。世の中分らないことだらけですが、人類の未来を知るためいろいろ探っていきたいと思います。

 

船舶ネタが続きますが、平穏な日常生活からは想像できない激務も行われていることを教えられます。人間は生まれる国や家庭を選ぶことができません。そのため生きていく上で、恐ろしい違法行為も横行しているし、信じている祖国のために不幸な最後を向かえざるを得ない人々がいることも確認できました。

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H13年12月に発生した工作船沈没事件の証拠品の展示が、一般公開されています。

この事件に際して当時の小泉政権は中国海域で沈没した不審船の断固引き揚げを求めて中国政府と協議して実現した一般公開であります。

海上保安の重要性と横行する違法行為の周知を一般に認識していただくことを目的として、当初証拠品の検証後に解体処分される予定だったこれらの物件を、(財)海上保安協会が募った募金により費用を全額負担して保存することが実現しました。

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資料館の内部に工作船が展示されており、無料で見学できます。

船体には20mm機関砲による複数の弾痕が認められ銃撃戦の激しさが伺えます。

日本国憲法制定以来、船体に実弾射撃を実施した初めての実例とされています。

勿論、海上保安庁法に基づく正当防衛攻撃であり、海上保安庁の巡視船による職務執行の跡です。

 

 

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工作船の諸元が開示されています。

航行中の写真は、米軍からの不審船発見の連絡を受けた海上自衛隊のP3C哨戒機からの撮影と思われます。

ロシア製高速ディーゼルエンジン4基搭載で速力33ノットと記述されています。

1ノットは1時間に1海里進む速度を表します。1海里は1852mなので、33ノットは時速にすると60km/hくらいですから、かなり高速です。

 

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船内に残された火器類です。

雷管など破壊して安全化処理をした後、現物を展示されています。

これだけ武装するためには、絶対に捕まってはならないだけの、重要な機密があったに違いありません。

法に基づいた執行とはいえ海上保安庁の仕事は正に命掛けの職務といえます。

実際に当時の巡視船は装甲船体でなかったために、銃弾に貫通され乗組員3名負傷してエンジンの一部も破壊されました。

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手榴弾の実物を見るのは初めてです。

任務に失敗したときの自決用か、または拿捕されたときに反撃するためかわかりませんが、こんな物が何のために必要なのでしょう。

生まれるときに、これの安全ピンを抜かなければならない人生が待っていると分っていれば、どのように思うでしょう。

またこのような行為を指示しなければならない立場の人は何を思って人生を過ごしているのでしょう。

 

甲板の下に二つの機関室が見れます。     CIMG2039.JPG

前側のエンジン2基で左右外側のプロペラを回し、後側のエンジン2基で左右内側のプロペラを回す構造です。

船内の後方に上陸用の小型船を収納する部屋があって、エアシリンダーで開閉する後部の観音開きから出し入れした模様です。

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後部の格納庫を避けるように4つのプロペラが確認できます。

船の大きさに比べて速力を発揮するためのチューンアップが施されていたでしょう。

 

 

 

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3角形に尖った船首部分ですが、普通の漁船はこのような作りはしないそうなので、この船が特殊な用途のために建造されたものであるが伺えます。

どちらの国で製造されたかわかりませんが、共産圏の人だとすると個人資産で建造できるとは思えません。もっと大きな組織が資金を提供していると思いますが、被疑者全員死亡ということで、書類送検されて不起訴となっており事件の全容解明にはいたっておりません。

少なくともこれを首謀した人たちは、正常な経済活動が難しく、何とかして外貨を獲得するために必死になって考えた作戦だと思いますが、洗脳されて正しい判断ができなくなった工作員が職務遂行のために犠牲となってしまった悲しい事件であります。

そして、外貨の出所は日本国でありますから、受け入れ側と資金源があるからこそ、違法な事業が成立してしまうわけで、彼らのお客さんがある限り無くならないことではないでしょうか。

これだけの勇気と努力をもっと人類のために貢献できることに使っていただきたいと切実に願います。

 

 

私の実家は瀬戸内なので来島ドックや今治造船など、造船所が近くにあったにも関らず、製造現場を見ることもなく過ごしていました。物作りを生業とするようになってからは、あのように大きなものをどのようにして作っているのだろうと、大変興味が沸いてきます。

戦時中の大型船は物資の輸送を絶つために米軍に攻撃されて沈没させられていました。氷川丸は機雷に2回も当たって爆破されながら生還した只一隻の大型船です。

タイタニック号の沈没の要因の一つは船体の鉄板を繋ぐ、錬鉄リベットの強度不足と言われていますが、そのときの教訓を生かして、厚さ25ミリの鋼板は溶接継ぎ手によるもので非常に頑丈な作りであったことが生死を分けたようです。

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1930年就航当時の1等乗船券の値段ですが、千円で家一軒が建った時代に5百円だったそうです。日本郵船の初任給は70円。

横浜シアトル航路の船旅が如何に豪華であったかがわかります。

欧州の腕利きの料理人を年棒1万5千円で雇って乗船させていたので、料理の美味さが評判で、チャールズ・チャプリンは好んで氷川丸を選んで乗ったという逸話もあります。

一等特別室や三等室、特別食堂室など、船内の様子も見学できるのですが、なんといっても乗り物を扱う身としましては機関室が、興味をそそられるところです。

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デンマークのB&W社ディーゼルエンジンを搭載。

これはエンジン上部のロッカーアームの部分です。長い棒は下の階にあるカムシャフトの動きを伝えるプッシュロッドになります。すなわちOHVということです。

このエンジンの特徴は燃焼室がピストンの上下にあって、下降と上昇のそれぞれの燃焼を発生させて運転しています。

したがってカムの下側にもプッシュロッドを介してバルブ開閉が行われています。

 

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これが中央のカムシャフトの動きを受けるプッシュロッドの先端です。カムの接触部分は別の油圧ポンプから送られるオイルで潤滑されたローラーで受けています。

4気筒を2連装したエンジンで一つのプロペラを回します。

左右に8気筒あって舵の両側にプロペラは二つありました。

 

 

 

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今では展示用にカットモデルになったエンジンなので、クランクケース内のクランクシャフトも覗くことができます。

このような大きなエンジンを組み立てる技術者の腕前に感銘を受けます。

こんな大きなエンジンですが、始動は只1人の機関士が行うそうです。

機関室にはエンジンとは別におおきな発電機や油圧ポンプ、ボイラーやコンプレッサーが整然と配置されており、エンジン始動はコンプレッサーで起こした圧縮空気を燃焼室に送り込み動かすそうです。

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これは操舵室の舵輪です。

航海士は機関室に指令を出しながらエンジンの運転状態を決定していたようです。

即ちアクセルとブレーキは航海士の音声を聞いた機関士が切り替えを行っていたということになります。

こんな貴重な船内の見学をたったの200円で体験できる、氷川丸を気に入ってしまいました。いつまでも保存していただきたいと思います。

 

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ようやくセンター出しマフラーの音量計測です。

先日、マフラー完成後にエンジン始動しようとして失敗しました。

冷間時の初期始動性が良くないエンジンだと思いました。

考えられる要因はバッテリーの過放電、長くエンジン始動しないで放置しておくと漏電して電圧が下がってしまう現象。

もう一つはこのマシン特有ですが、ガソリンタンクの絶縁が悪く、フレームとタンクが金属接触しているため放電して引火することを恐れました。そのため、タンクを外して作業しようとしましたが、燃料ホースのカプラーが外しにくく、壊しても困ると思ってガソリンを抜いてしまいました。エンジン始動時にはガソリン給油して行いましたが、必要な燃圧に達していなかったかもしれません。

真相はわかりませんが、走行する必要はないので別の新品バッテリーを購入して電圧確認してから再トライしましたが、同様に始動せずバッテリーが弱ってきたので中止して、自家用車のエンジンをかけてブースターケーブル繋いでようやく始動できました。

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この車両はアンチグラビティー製のリン酸鉄リチウムイオンバッテリーが装着されています。

同じ性能のユアサと比べると体積で3分の1、重量が4分の1くらい違いますので、ユアサは取り付きませんがブースターで始動するために使用しました。

ブースターで充電しながらセルを回せるので、今度は簡単に始動できました。

そして、排気音は

車検は近接騒音で、最高出力回転数の50%に保持して計測するので

4500rpmで80dBという静かさ、10000rpmでも90dBくらいなので数値は余裕で合格です。

念のためマフラー出口にディフューザーを付けていますが、外しても2dBほど上がるだけなので、好みに応じて外しても問題ないでしょう。

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公道仕様のためテールランプとライセンスプレートのステーが必要です。

最もシンプルな取り付けをデザインしました。

アルミのリヤフレームにボルトオンでステンレス棒のステーを作ってみました。

 

 

 

 

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2?のアルミ板をベースにテールランプとライセンスプレートが取り付くはずですが私の仕事はここまで。あとはオートバイ屋さんにお引き渡しとなります。

 

正月休みの最終日だけ、どうしても行きたい衝動に駆られて見てきました。

CIMG2050.JPG 海運の安全を祈願して命名された船の名前は、大宮の氷川神社を由来としたもの。

操舵室には氷川神社の神棚が祭られています。

三菱重工業横浜造船所建造

この船は1960年から横浜山下公園の埠頭に係留されている重要文化財です。

横浜シアトル航路を238回往復し、終戦後は南方の兵士を帰国させる引き揚げ船として大活躍しました。

普通なら経験できない外国航路の船内に入り、まるでタイムマシーンに乗って過去にタイムスリップした気分です。

日本郵船氷川丸は1930年(昭和5年)就航で戦前に建造された大型船舶の現存する只一隻であるということです。

 

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非常に内容の濃かった船内見学のレポートは、後ほど。

夕方の赤レンガ倉庫とみなとみらいを大桟橋から眺めています。

歴史と大都会が融合した、日本最高の観光スポット。大人になってから一番感動できた一日だったかもしれません。

 

 

 

 

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B&W社ディーゼルエンジン、4気筒を4機搭載しており、2機ずつで一つのプロペラを回す構造で、舵の両側に二つのプロペラがあったはずですが、係留と同時に取り外され

舵の下部も切断されて航行不能になっています。

その機関室も見学コースに入っており、じっくり観察してきました。

 

大晦日にジョイントは完了していましたが、過労のためか正月早々に寝込んでしまい、3日から再開です。

CIMG2016.JPG左右のエキパイはマフラーの前で集合されています。

しかし、マフラーが固定されているわけではありませんので、リヤフレームに取り付けのためのステーを新設します。

リヤバンクのエキパイはフロントバンクのエキパイと等長とするため2回Uターンして長さを稼いでいます。

 

 

 

 

CIMG2018.JPGセンター出しマフラーの全容はこのとおりです。 

アルミとチタンの複合で、総重量2.2kgまるでレーサー並みです。 

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カウルをセットしてマフラーとの整列を確認してみます。

タイヤセンターとマフラーの芯を合わせるようにステーの位置決めをします。

FRP製カウルの位置は必ずしも車体中心と合っているわけではありません。取り付け穴位置を加工して中心になるように変更します。

 

 

 

 

CIMG2021.JPGここまで来れば、あと一息なのですが、マフラーのラバーマウントのための部品を発注しなければなりません。

来週まで部品屋が動きませんので、完成は来週に持ち越しですが、残りの加工は明日一日で終了です。

 

 

 

 

 

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マフラーのマウントが完了したのでリヤクッションフルボトムさせて、タイヤクリアランスを確認します。ショックのストロークを変更して対応しました。

ノーマルはオフオード車なのでロングストロークですが、オンロードならこれくらいのストロークで充分な気がします。

 

 

 

 

 

 

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マフラー取り付け業務完了しましたので、音量測定のためエンジン始動を試みましたが、残念ながらバッテリー電圧不足で始動できず、バッテリーチャージャーも持ち合わせておりませんので、後日電圧を復活させてトライしたいと思います。

これは公道走行可能なレベルに仕上げる目的なので、ライセンスプレートとテールランプのマウントステーも作らなければなりません。

あと少しですがリヤフレームに留められるスペースが殆どないので悩んでおります。

なかなかはかどりませんので、小出しにします。

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センター出しのマフラーは、こんな形状にします。

タイヤクリアランスの関係で横置きにします。

これが出来るとリヤフレームの変更内容が決まります。

年内に2つのエキパイの取り回しを行いますので新年早々にジョイント完了するはずです。

正月も遊ばないで仕事、仕事。

 

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リヤショックのスプリングコンプレッサーも自作です。

レーサーのショックはスプリングアジャスターを緩めれば簡単にスプリングが外せるので特殊工具は必要ありませんが、これはアジャスターを全部緩めてもはずれません。

特殊工具は工具店で購入できますが、私は買ってきません。自作にこだわります。

その理由はコスト削減のためです。「ワンオフのわりに価格が安いですね」と言われることがありますが、こういうことをして出費を抑えているんです。

これの場合は、充分元を取ったシャコ万とスクラップの鋼材で総額、数百円でしょう。高い特殊工具を買ってくる気はありません。他にもエンジンメンテナンスならケースプーラーやクランクシャフトインストーラーなど全部自作です。コストが安いだけでなく、用途に合わせて作っているので使い勝手がいいのです。

ようやく取り掛かる時期がきました、SXV550。アプリリアのVツインです。本当はモタード車ですが、依頼されたカスタム屋さんでロードタイプにモディファイされています。 CIMG1998.JPG

実は、電話でマフラー製作の話をいただいたときは、車両の状態が分らず、お引き受けに至りませんでした。

詳細が不明な状態で、出来ますとは返事ができないからです。

そこで、電話とメールのやり取りで段々と状況が見えてきました。

リヤサスのリンクを変更して車高が下げられていること、ノーマルのマフラーが取り付かなくなっていること、リヤバンクのエキパイが短く延長しなければならないことなど。

ちょっと厄介なことになりそうだったことと仕事も2ヶ月ほど溜まっていて、係っているとますます遅れてしまうことになると思い、受託の返事を保留していました。

そうすると、無理な部分を理解していただいたようで、やり易いようにリヤ廻りのジオメトリーを変更しても構わないということで了承いただき、車両持込みしていただくことになりました。年内に完了することは不可能なので、材料の手配はしておいて来年に持ち越しということになります。

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モタード車のノーマルマフラーはフェンダーを兼ねた箱型のサイレンサーに2本のエキパイが差し込まれた形状です。

リヤショックのスプリングを外してサスをフルボトムさせて、スペースの確認です。リンクで車高下げた場合は、車高が下がった位置からフルストロークするのでタイヤとフェンダーのスペースが無くなってきます。

この隙間にセンター出しのマフラーを取り付けるなどということは不可能なことがわかります。リヤフレームを改造してマフラーのスペースを確保することから掛かります。

来年の初物になると思いますが、続きはまた来年ということで。

11月25日所沢の航空発祥記念館の前に2台のコンテナに載せられて展示用の航空機が運ばれてきました。アメリカのPOF(航空博物館)所有の現存する飛行可能な唯一機の零式戦闘機の来日です。

コンテナの1台はエンジンと主翼、機体前半分。もう1台は機体後ろ半分を積載しており、展示場の前で降ろされ、組み立てられました。組み上がった機体でエンジン始動確認後、格納庫である展示場に納められた実物を同館にて3月末まで一般公開されています。

同機の正式名称は海軍零式艦上戦闘機五二型と呼びます。1944年6月にサイパン島で米国海兵隊に無傷の状態で捕獲されて民間に払い下げられたそうです。 CIMG1996.JPG

通称ゼロ戦ともいいますが、実戦終了から70年近く経っても、おそらく日本人で知らない者はいないと思われるほど有名な飛行機ですが、その実物を目の当たりにできる貴重なチャンスを逃すわけにはいきません。

私の注目するべき目的は二つ、当時最速と言われたエンジンと超々ジュラルミン製の機体です。

 

 

 

 

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群馬県太田にあった中島飛行機製の栄二一型エンジン。

14気筒星型エンジンは1100HPで最高速度564.9km/h、航続距離1920kmというスペックです。

装甲板や防弾ガラスを持たない攻撃専用の機体が設計の思想を表しています。防護能力の無い機体はグラマンに狙われて被弾したなら助からないことを意味します。助かるためには戦闘に勝つしかありませんでした。総重量1800kgという軽さと高出力エンジンのおかげでラバウル島からガダルカナル島の片道1040kmも楽々飛行して戦闘できたという驚異の航続距離を誇っていました。

中島飛行機の技術者は敗戦後7年間航空機の開発を禁止されたこともあり、富士重工に移動して自動車の開発者として貢献したといわれます。チューニングで有名なPOPヨシムラ氏も中島飛行機の整備士であったことは有名ですね。

リンドバーグが大西洋横断飛行に成功したのは1927年ですが、ライト兄弟の初飛行は1903年ということですから航空機の歴史は正に100年、自動車の方が少し長いですがオートバイよりは歴史が長いのです。しかも日本の航空機技術が第二次大戦まで世界最高水準であったことも興味深い史実だと思います。

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機体の全容が目の当たりにできますので板金の手法が想像できます。この様な機体を戦時中に一万機以上も製造した能力に感心します。機体の設計者は三菱重工の堀越二郎氏ということで、日本初の旅客機YS11も同氏の設計です。

空気抵抗の少ない流線型の機体が戦闘能力の高さに貢献したわけですが、低燃費で高速で飛行できる現代の航空技術の基礎になっていることも伺えます。

視認性を重視した立ち上がった風防の中で搭乗員一名の兵隊さんが、どのような気持ちで空中戦を戦っていたかということを思うと同情と尊敬で胸が締め付けられるような気持ちになりますが、ゼロ戦の搭乗員は何千人もの航空士官学校のなかでも25名ほどしか選ばれない精鋭だったということで、撃墜戦死された人意外は終戦後も生き延びられたということが幸いです。 CIMG1984.JPG

館内は他にも展示物が多く、一日で観るには時間が足りません。

これはヘリコプターのエンジン部分です。

カーチス・ライト製10気筒星型エンジンです。エキパイが集合になっているのが面白いですね。サイレンサーは勿論ありません、すごい爆音がするでしょうね。

旧式のエンジンはレシプロが多いですがタービンシャフトエンジンもあって基本的に空冷ですが排気温度を冷却するためにエタノールと水をタービン内に噴射するなど、ガソリンエンジンには無い技術も解説されていて興味深いです。長いこと生きておりますと色々なことがあって面白いですね。

 

観覧中の親子の会話が気になりました。5歳くらいの男子と40前後の父親でした。

父「この飛行機でアメリカと戦ったんだ」  男子「どっちが勝ったの?」

父「日本は負けたんだよ」  男子「・・・・・」

男子の思ったことは想像に任せるしかありません。ヒーローは戦いに勝つものです。負けた方が悪者だと思うでしょう。この子は日本が負けた、イコール日本が悪かったのだろうかと思ったでしょう。

勿論悪かったのは軍部であって国民が悪かったわけではありません。または、こう思ったでしょう。

「負けたのにどうして日本は平和なんだろう」

その答えは、何十万人の民間人と兵隊が犠牲になって間違いに気が付いたおかげで、日本は戦争に参加しなくて良い国に変わったからです。

もし、あの戦争で勝っていたなら、軍隊は今でも存続していたでしょう。

私らの年代の親たちがギリギリ戦争体験者です。少し下の世代になると身内に体験者がいなくなります。実際に起こったことを伝えられる人が段々いなくなることを危惧します。

そんな戦争体験者が綴った書物が出版されていますが、私の心に残っているのは、特攻に出撃して生還した兵士の話です。非常に偶然が重なって、撃墜されて海に落ちた際、爆弾が爆発せずに助かり米軍に助けられ捕虜になったそうです。引き上げられた艦上で米兵は親切に濡れた軍服を乾かしてくれたり食事を与えてくれたりしたそうです。

その時に尋問役の米兵が日本語で「私たちは人を人として扱わない人種と戦っているのです。私たちは人を人として扱います」と言ったそうです。真珠湾に奇襲攻撃を掛けて勝てると思った軍部の間違いは、最初から結果の分っている戦いを仕掛けたということでした。多大な犠牲を払って安全になった国で生きていける幸運はいかなる歴史の下に築かれたものかを伝えていくことが必要だと感じます。

実際に出撃した人たちは大正生まれの若者です。終戦時に19歳から33歳の人が大正生まれですから、戦争体験者の生存数が段々少なくなっているのです。私の父親は15歳で終戦を迎えましたが住友重機の軍需工場に学徒動員で、銃弾や飛行機の車輪を収納するモーターなどを旋盤加工する仕事をしていたそうですが、自宅にラジオが無かったために終戦を知らず朝、工場に出勤したら上官から「戦争は終わったから帰っていいよ」と言われたそうです。

そんなことも聞かされたのは最近のことで、貴重な体験も聞こえなくなることが惜しまれるわけです。

そういうわけで零式戦闘機は歴史の証拠として、飛べなくなっても保存して後世に伝えていってほしいものです。

 

 

ようやく2台目のNSR250のチャンバー作りです。製作実績がありませんので、毎回悩むところですが、今回はお客さんの要望で右二本出しのサイレンサーが特徴です。

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89モデルと思われますが外装部品は既に廃盤になっています。フルカウルは全塗装したのかと思っていましたが、じつはグラスファイバーで復刻したものでした。

ノーマルはインジェクション成型なので、裏地の肌が違うことで気がつきましたが、生産されない旧車のために、カウリングを少量生産するメーカーがあるようです。

引き締まったスタイリングが好感をもてますね。

 

 

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アンダーカウル装着のためにチャンバーの取り回しが複雑になります。

90度V型のリヤバンクは右出しに、フロントバンクはUターンして左出しという変則カーブを描きます。

通常左向きにひねったコンバージェントコーンを右向きに変更して右出しのテールパイプに繋げています。元々センタースタンドが無く、リヤサスのリンク位置も問題なく、後ろ側の取り回しは自然な形にできました。

 

 

まだまだ年内はワンオフの製作が続きます。当分の間、工房に篭って仕事していますので春ころまで掛かります。電話も出られないと思いますがご了承ください。

息抜きは必要なので、今日の音楽ネタはコテコテのジャズにロックを融合させて聴きやすい音楽を作ったフュージョン界の功労者、デイブ・グルーシンの立ち上げた演奏集団GRP AllStarsからマウントダンスです。自分はデイブ・グルーシンの演奏を観るのはこれが始めてで感動しました。ギターの神様リー・リトナーも参加されています。この楽曲聴いていると80年代が蘇ってきます。

 

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愛媛の実家に戻っています。自分の部屋の窓から見える四国連峰、この景色が見れるのも、あと20回はないだろうと思うと貴重なものになってきました。

谷間にある集落なので朝になっても、なかなか太陽が見えてきません。なので非常に時間が緩やかな感じがします。

今年はみかんと柿が出来すぎで収穫の時期なのですが82歳になった父親の手伝いをしておこうと思い帰ってきました。

 

 

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本家の畑を買い取って山の方にも畑があります。柿、柑橘類、栗など果物は収穫したら形のよいものは農協へ出荷して、残りは家族や近所に分けて食べます。

家で食べる野菜は全て自家製なので買ってくることはありません。

果物は出荷できても、値段を聞くと、とても生活していけそうにありません。肥料や消毒で経費が掛かりますし、雑草が生えないように手入れも必要なので山での農作業は重労働で、農家の人はえらいと思います。

高圧の電線が仕掛けてありますが、イノシシが畑の土を掘り起こして作物を食べてしまうので防護のためです。最近は、おサルが山から下りてきて果物を食べるそうです。田舎暮らしは野生との共存です。畑だけではありません。近所の川で漁師さんが獲ってきたカニも分けてもらって食べました。子供のころは網で獲って、おやつにしていたやつです。

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近くの郷土博物館にカブトガニが飼育されています。生きたやつを見れるのはここだけでしょう。

私らが生け簀に近づくと砂の上を這って近づいてきました。人にはなついている感じです。エサがもらえると思ったかもしれません。

甲羅の前方に二つとおでこのあたりに一つ、目があって、しっかり前を見ながら動いているのです。

 

 

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愛媛は二十歳まで住んでいましたが、あまり観光地には行ってないです。東京の人が東京タワーへ行かないのと同じです。

今は田舎が観光地なので珍しいと感じます。歴史的にも有名な道後温泉本館です。

この構えで温泉も営業しているのですから貴重ですね。絶対保存してもらいたい建造物の一つです。不思議なタイムスリップが味わえますよ。

 

 

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松山市街は路面電車も走っているのが、ここの風情です。

伊予鉄路面電車の始発は道後温泉駅です。駅前の格納庫に坊ちゃん列車の一号機が展示されているかと思ったら

なんと明治時代の制服を着た機関士や車掌が乗り込んできて、エンジン始動しました。

勿論、石炭燃料の蒸気機関です。

 

 

 

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そして、格納庫からバックで営業軌道上に移動させて、駅のホームに出発です。

展示用だと思った、坊ちゃん列車は実際に営業運転してお客さんを乗せて走っています。

こんなレトロな乗り物を保存して動かしている愛媛県人の資質に誇らしく思えた瞬間でしたね。町がどんなに近代化されようとも先人たちの知恵や技術といったものを忘れないようにしていくことが、そろばん勘定だけを追及しては衰退していく現代人には必要なのではないかと思います。

70年代のものにリスペクトが多い、といいますか、あの時代のものは人間が作った感じがするので好感が持てます。近年に作られたものは急速な電子計算機の発達に伴って、機械によって作られたものが多すぎます。おかげで自動車や家電製品の性能が飛躍的に進歩し、大勢の人が安価に購入することもできるようになりましたが、その反面製造業はどうなったでしょう。自動制御で動く機械で大量生産、高度な職人技も必要としなくなり、人間の能力は低下の一途。大量生産に必要な莫大な設備代をPayするために人間が機械に使われる時代になってしまいました。そして大量生産には大量の電力も必要なので、悪いと分っていても原発を再稼動しなければ生活レベルを維持できなくなりました。原材料や資源も海外に依存している日本などでは、大量消費も陰りが見えてきて段々将来像が見えてきました。

こんな時代ですから、我々に残された道は成長成長ではなく、過去を振り返り、よかったことを維持し継承していくことだろうと思っています。

最近、どこかの新型車のTVCMで使われていたBGMで懐かしく思い動画探していたらみつけました。

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1971年発売のアルバム「タルカス」から2005年に9歳の少女によるエレクトーン演奏会の動画です。オリジナルとは少しアレンジされていますが完全に弾きこなしていますね。これこそ鍛え抜かれた人間の技といえるでしょう。この人、いまでは大人になってさらに進化を続けているらしいです。

もうひとつ衝撃的だったので載せておきます。曲名ホーダウン、場所は表参道のカワイ楽器前です。

'>圧倒的な演奏テクニックなのに通行人は素通りという愚かしさです。ドリマトーンはカワイの商標でヤマハ製はエレクトーンといいます。同じような方式の製品を売り出すのに後発のメーカーは商標を違えるみたいです。自動車でいえば電子式燃料噴射装置のことをトヨタがEFI、ニッサンがEGI、ホンダはPGM FIと呼ぶのと同じことです。

しかし、道具を手にいれれば同じ演奏ができるかといえば大違いでここまで出来るようになる前に大半の人が練習の厳しさで挫折していくものです。そして、すごく上手になったと思ったとき職業として選ぶことでしょう。

この人たちの親が聴いていた、もしくはコピーしようとして練習したと思われる70年代の楽曲を次の世代に確実に伝えた結果を現わしています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

先日ディスカバリーchを観ていたら、長年忘れていた疑問が解けたような気にがしました。小学生のころ宮本武蔵が好きだった関係で中学生になると剣道部に入り、次第に最高の武具として有名な日本刀に興味を持つようになっていました。そして現代でも日本刀を作る仕事があると思い、普通に会社就職はせず、刀鍛冶になりたいと思ったのでした。そのために金属の勉強はしておく必要があると考え、高専に進学していたのでしたが、周囲に刀鍛冶に関する助言を出来る人がおらず、何時しか刀匠への夢は消えておりました。

ところが30年前に知りたかったことが明らかになったのでした。日本刀の原料になる玉鋼は島根県の炭焼き精錬所でのみ作られている。鉄の強度を阻害する硫黄やリンといった不純物の少ない良質の砂鉄が採れる場所であること。土釜の高炉にコークスを入れて燃やし、50トンもの砂鉄を溶かすが、温度管理は炭の焼け色を見るだけなので、社長と数人の弟子たちが3日3晩不眠不休で火の番をする。純鉄にコークスから出た炭素を少量含有することで硬い鉄が出来る。こうして取り出され、さらに厳選された玉鋼を刀匠に託す。

現存する刀匠の流派は二つのみ、その1人は京都におられるが、日本刀作りにもう一つ重要な役割、砥ぎ師があるが、こちらは以外にも東京に1人のみ。精錬と刀鍛冶と砥ぎ師という三つの専門職があってようやく日本刀は完成する。

刀を鍛錬する工程は叩き延した鉄を折り曲げては叩き延す作業を何百回と繰り返すことによって炭素を繊維状に微細に分布させる目的がある。そして鍛錬が終わってから鋼に純鉄を挟んで日本刀を成型していくが、この時点で長さやデザインは刀匠の頭の中に出来上がっているという。純鉄と鋼をサンドイッチさせる理由は、全て硬い鋼で作ったとすると衝撃が掛かったときに刀が折れてしまうためで、柔らかい鉄との二重構造により折れない刀になるというBi METALなのである。

砥ぎ工程により美しい刃紋があらわれるのが日本刀の特徴であるが、砥石研磨したとき、柔らかい鉄の部分が鏡面に仕上がり、硬い部分が白濁した色に仕上がるわけだ。金属顕微鏡でそれぞれの組織を顕鏡するとフェライト組織とマルテンサイト組織であることが確認され冶金学的に証明されている。

刀匠により鍛造成型された刀の最後の工程は焼入れである。焼きいれ温度は焼色の目視確認のみ、「エイ」という掛け声と共に一気に水焼入れをする工程は、炭素鋼をマルテンサイト変態温度に加熱保持したあと急冷する熱処理を行っていることになる。経験と勘を頼りに伝承されてきた製造技術は大量生産では置き換えられない尊いものだ。第二次大戦中、軍人に持たせるため大量生産された軍刀は粗悪品で、国宝級の日本刀とは比べ物にならなかったという。

全て映像で解説されていて昔抱いていた好奇心を呼び覚ましてくれました。いい時代になったものです。

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やはり単車のエンジンは空冷が美しいですね。

水冷になったRZでさえ保存するのに大変な労力をかけているというのに、RD250ですからね。

このころ2ストクウォーターが流行ったんですね。

スズキRG250、カワサキKH250、ホンダはCB250Tがありましたが、クウォーター路線には乗っかっていなかったですね。

空冷2ストツイン、保存する価値ありますね。

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これがオーナーさんから渡された見本のチャンバー。

凹みや傷は少ないですが、亀裂や排気漏れが多かったようで、複数のロウ付けが見られます。

個人的には、亀裂のロウ付け補修はされない方がいいと思います。理由はロウ付け箇所は溶接不可能になります。

過去にロウ付けで修復不能になったフレームを持ってこられて、真鍮ロウを除去するのに苦労した思いがありました。

空冷ですが諸元はRZと同じでよいとのことでRZの過去データを調べましたが、見本とは少し違っていました。以前はRZ用のチャンバーなら大量に出回っておりましたが、全部諸元は違っていて、どれが良いかはすべて取り寄せて、ダイナモ計測と実走テストをしないと答えはでないでしょう。

そこで妥協できるところを探ってみます。

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結局、新しく展開図を作って製作することにしました。一部は過去データに基づくものと見本品を掛け合わせた感じです。

 

 

 

 

 

 

 

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フレームのレイアウトが違っているためか、以前作ったRZ用エキパイのカーブではパイプの最適な位置は満足できないことがわかり、エキパイも新型で作り直しです。

余計に時間が掛かっておりますが、掛かった時間分代金請求することはありません。

時間が掛かるのは能力の問題なので、能力が低い部分を販売価格に転嫁するわけにはいかないのです。

幸いサイレンサーは支給されていますのであと一日くらいで完成です。

 

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ロードバイクのカスタムは楽しいですね。

ブレンボやオーリンズの装着に加えワンオフパーツを駆使してオリジナルマシンに仕上がっています。

チャンバー装着は簡単なようですが、サイドスタンドやセンタースタンドブラケットが丁度よく邪魔な位置にあるためフィッティングに丸一日悩んでようやく完成しました。

 

 

 

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美しい造形の冷却フィン。余計なものがついていないシンプルな乗り物です。

高度成長期の2輪メーカーが生んだ、実用と芸術の分野を兼ね備えた乗り物ですが、この年代のオートバイが道路に溢れていたあの時代を思いだします。

 

マスプロは自動車部品の場合、高額な金型代をPayするために1万個以上製造する前提で行います。しかし、ここにあるものは少量生産にも関らず金型を起こして作っています。

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ビンテージMXのHollyさんから支給していただいたサイレンサースキン。

アルミのプレス成型品ですが、これを作るためには、上型とシワ押さえ付きの下型と100tくらいのパワーが出せるプレス機械がなければ、この形状は絞れないでしょう。さらに外周のバリを一発で抜くヌキ型を用いないと合わせ面が歪んでしまいます。

世界中の顧客の要求に応えるためとは言え、少量の生産にこれだけの投資に踏み切る背景にはビンテージMXに掛ける並みならぬ情熱を感じます。

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これは支給されたサイレンサースキンを使ってサイレンサーを組み立てる工程です。

テールパイプのサイズがφ22.2に会わせて成型されていますので、ステンレスのパンチングメタルを巻いてインナーパイプをつくります。

位置決めのリングとテールパイプを差し込むカラーも取り付けておきます。

 

 

 

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グラスウールを両方のスキン内側とインナーパイプに取り付けて接合する準備をします。

グラスウールは圧縮してサイレンサースキンを万力で挟みます。

スキンのバリの部分を数箇所づつ、TIG溶接で仮止めしてから本溶接にかかります。

 

 

 

 

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溶接はなるべく止めないで一気におこないます。

アルミが暖まった状態の方が溶融速度が上がるので、冷えないうちに付けてしまうのが効率がよいのです。

テールパイプへの固定はテンションスプリングを用いますので、スプリングフックも取り付けしています。

 

 

 

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装着確認です。

部品メーカーでマスプロされたような外観ですね。

これで、この商品が完売されることを期待いたします。

80年代は11月になるとジャパンスーパークロスのシーズンなので外国選手の走りを野球場で観れるということで、大変盛り上がったものです。新春オールスターMXもあったりでシーズンオフは非常に短かった覚えがありますが、近年は春まで公式戦がないのですから当時と比べると下火になったものです。

そういうわけで外国選手の中でもジェフ・ワードという選手が最も特別な存在でした。ワードの名前を初めて知ったのが70年代で雑誌ポパイに掲載されたスーパークロスの記事で小さい体を目いっぱい使ったライディングのことが書かれていて、なるほど、小さくても速い選手がいるものだと興味を持ちました。

最初に本物のワードを見たのは83年、木更津のイーストバレーというコースに招待選手として来ていたとき。同時にビリー・ライルズも来ていました。

前年には鈴鹿サーキットの日本GPにマーク・バーネットと共に訪れて圧倒的な走りを披露しましたが、その時は見れませんでした。

小兵の自分としては大きくて速い選手にはあまり魅力を感じていなかったというか、乗り方が参考にならなかったのです。小さくても速いワードの走りこそが手本だと思っていました。

91年のUSGPですが、この年は5回目のワールドチャンピオンを狙うジョージ・ジョベが走っています。

ファーストモトは序盤にジョベがトップ、2番手ジャン・ミシェル・バイルで始まりワードは5番手から追い上げ、19:57あたりでトップに上がりウイナーとなります。セカンドモトはバイルがウイナー、ワードが2位というAMAライダーがGPライダーを抑えました。

KX500に対して明らかに小さい体格のワードが誰よりもマシンをねじ伏せて切り返していく走りを目に焼き付けておきたいと思います。

年齢を理由に競技生活を止める人が多い中、69歳でも現役ライダーとして走っておられる方がいます。只オートバイに乗っているわけではありません。MFJのエリア選手権と関東ロードミニ選手権のモタードクラスに参戦中なのです。

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80年代に有名だったヤマハ系名門クラブの武蔵野ライダース所属、林ヒサシさんのYZ426改。

 

練習中にダートセクションで転倒して、マフラーが潰れてしまったので修理を頼まれたのが一ヶ月前でした。そのときは、変形が激しかったのと、社外マフラーの修理に手間を掛けている時間が惜しいということで、お断りしたのでした。

そうすると林さん自ら、マフラーが取り付く程度に修理して来られて、改めての依頼です。

ダメ元で捨てる前にもうしばらく使いたいということで改造の申し込みです。

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リヤタイヤが160サイズなのでマフラーの内側にタイヤが思い切り当たります。

ステーにカラーを挟んで外向きにしても、前半分は当たってしまいます。

そこでジョイントパイプのカーブを変更して、マフラー全体を外に出す方向で改造します。

 

 

 

 

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ジョイントパイプの後方を20mm外出しに変更するためφ50.8のチタンパイプを輪切りにして繋いで作りました。

 

 

 

 

 

 

 

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そのままだとサイドカバーが当たっていますので熱で溶けてしまいます。

そこで、サブフレームのステーを変更してサイドカバーの下側が外に開くように改修しておく必要があります。

 

 

 

 

 

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エキパイは音量規制に合わせてバイパスパイプを追加しました。

本来の排気の流れの一部をバイパスに通すことで排気ガスの圧力と速度を低減する目的です。

圧力波が乱れることによって出力特性がマイルドになる効果があり、急激な立ち上がりを緩和して乗りやすくなるでしょう。

 

 

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ロードレースやモタードは年齢別などという生優しいクラス分けはありません。

遅くなって現役で通用しなくなったら止めておけばいいだけです。

「いい年していつまで乗っているんだ」というお年寄りがいるかもしれませんが、乗れる人に対しての妬みにしか聞こえません。

余裕があってオートバイを楽しんでいるわけではなく、建具屋の仕事も現役で出来ているからこそレースに情熱を傾けられると思います。

林さんのように、体に刺激を与え続けることが最高のアンチエージングに繋がっているのではないでしょうか。人間は動かなくなったら衰えは早いですが動き続けていれば高齢でも元気でいられるものです。

 

既に10月も後半になってしまいました。時が経つのが早いですね。 CIMG1876.JPG

前半はこれを作って終わりました。

同じ物を連続して作ることは、滅多にありません。

このように4個揃って撮ることも珍しいのです。

量産というのは連続して作るための治具や金型を製作して機械化された設備で行うことですが、これは鉄板に罫書いて鋏で切って作っていますのでハンドメイドを繰り返しているわけです。

 

 

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昨日から作っているのはこれです。

17:00時点でこの状態ですから、完成は明日になります。

鉄板の状態から完成まで15時間くらいかかります。

このあと研磨屋に持っていってクローム鍍金を頼むのですが2往復分の運送代は貰っていません。外注の実費だけいただいてますので、鍍金はNOマージンでやっています。このように曲がった形状は研磨し難いため鍍金代が高くつきますね。

このあとも待ったなしの仕事が続きます。特にレース関係のマフラー作りは日程が決められていますので予定変更してでも間に合わさなければなりませんから、精神的重圧がかかります。

そして、今週末21日はレースデイですね。クラブマンMXは軽井沢、ダートACTSのビンテージMX、

全日本MXは最終戦です。我社の製品を使って全日本を闘っている国際B#9島崎選手はIBOPENでランキング5位のままA級昇格を賭けたレースになります。

A級昇格が果たせたなら、これまでの人生、掛けたお金や苦労が報われるというもの。観戦に行きたいのは山々ですが、残念なことに日曜の朝は自治会の掃除があり、観戦に行けません。日頃、騒音を立てて仕事していますので地域の行事にも協力しないようでは、只の変人扱いされてしまいます。

仕事だけしているわけにもいかないのですよ。来月は自分のレースもありますし、ゆっくりしている場合ではありません。

iPS細胞や素粒子ヒッグスが発見される時代に私はいかに低レベルな仕事をしているのだろうと、恥ずかしい思いでありますが、およそ20年前に本来の労働の姿というものを追求した結果が今の状態になってしまいました。

世の中に自分の作った物を残したいと思ったときに、自動車や建築物ですとデザイナーだけの製作物のように評価されますが、全然違いますね。新機種1台100億円のプロジェクトには資金を融資する銀行から始まって、試作、開発、製造など何百という部品メーカーとその下請けまでいれると何千人の人が係っているか分りません。これで一部の開発者の作品のように言われましても違うでしょう。目的は大勢のお客さんの欲求を満たし、事業に携わったひとの利益とすることです。自分の個性を抹殺して組織のために働くか、自分の責任だけで個人商店を営むか、人生の岐路の選択がありました。

自分で考えてやっていることですから、苦労は苦労でなくなりますね。 CIMG1869.JPG

パイプをこの状態に持ち込むことができれば

あとは溶接して接合するだけです。

これは3種類のパイプを水圧成型して所定の位置で切断し、これが重要なのですが接合面を段差が出ないように擦りあわせします。

接合面がピッチリ合わさっていれば溶接が上手くいきます。

これがいい加減だと接合不可能になりますので重点管理項目です。

 

 

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全体の取り回しは治具にセットして隙間関係を守りながらパイプを繋いでいきます。

段々完成に近づいてくると苦しみから解放されるように気分が晴れやかになります。

 

 

 

 

 

 

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これはサイレンサーもセットの商品なので昔の由緒正しいスチールサイレンサーを作ります。

鉄板を巻いたパイプと型押し成型した蓋が4つで2台分。

 

 

 

 

 

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テールパイプ差込側のパイプと蓋は先に溶接しておいて

パンチングにグラスウールを巻きつけて差込ます。

エンドパイプは排気を下向きになるよう曲げておきます。

 

 

 

 

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サイレンサーも治具で、ひねり具合とステー溶接位置を統一します。

オートバイは車体レイアウトがコンパクトに出来ていますので、サイレンサー位置が数ミリ違ってもベストな取り付けが出来なくなります。

最初に実車で位置決めした要件を治具で抑えることが、複数作る場合の必須になりますので治具製作が重要です。

しかし、使わない治具は5年くらいを目処に廃却することにしています。需要がないものをいつまでも管理することが無駄になりますし、次々に新作したものが溜まってしまいます。

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チャンバーとサイレンサー、取り付け金具など2台分ですが1週間でこれだけしかつくれません。営利目的ではないことがお分かりいただけるでしょうか?

報酬はお客さんとの交渉によるものなので公表しませんが、だいたい純正部品の量産品並みと考えてください。

これで世の中に自分の作品が残るのであれば、大きな組織に属しているより気分が良好ということになります。

 

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全日本MXレディースチャンピオン益春菜選手から挨拶状をいただきました。

律儀さというか、社会人らしい振る舞いが王者の風格を感じます。

05年ころにCR85チャンバーを使っていただいて全日本で優勝して見せてもらったことが忘れられません。

4回チャンピオン獲って、絶頂期かと思われるときに衝撃の引退、そしてオートレーサー研修生へ転向しなければならなくなった最大の原因は、MFJでレディースチャンピオンを獲っても先が開かれていない現実にあっただろうと思います。実力がある選手が、より高く評価してもらえる世界へ進出していくことは当然のことです。おそらく大変悩んで決めたことでしょうから、オートレーサーになって成功してもらいたいです。

この人が唯のレディースライダーではないことを見せ付けられたレースは05年の関東選手権IBクラスでした。IB2で3位入賞した後のIBオープンで2コーナーあたりで転倒し手首骨折でリタイヤしました。

後でコースを見にいったら大きなコンクリートの塊が落ちていました。当時のオフビレは散水が無く、埃の煙幕で路面が見えないときにフロントタイヤがコンクリートのガラに乗り上げた格好でした。

そして骨折も治っていないうちに全日本関東大会に出場したときは主治医がパドックで局所麻酔を打ちながらの走行でしたがレディースクラスは、さすがに3位くらいだったと思います。

また、全日本IBで予選通過したレディースライダーは3人知っていますが、広島で益選手が通過した予選レースも見ていました。

当分、これだけやってくれるレディースライダーは現れないと思うと同時に、先にオートレーサーになったMXライダーたちと競い合ってくれると面白いかなと、そんな気持ちです。

グッドオールデイズの日にお預かりしたマシン1台。1959年型CB92です。

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発売と同年の浅間火山レースのライトウエイトクラスで18歳の少年、北野元選手がワークスレーサーたちを抑えて優勝したことにより人気を博したモデル。

64年まで15000台ほど生産されたそうで、今でも世界中にこの希少なマシンを保存しようとする人たちが大勢おられます。

オーナーの沖さんもそんなエンスージアストの1人です。

 

 

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お預かりした目的は、この車両に装着されたレース用マフラーのレストアのためです。

なかなか北海道から持ってこられるのは大変で、もてぎのイベント会場で待ち合わせて実現しましたので、納期も来年年明けくらいで良いそうです。

実は、北野選手が浅間で乗ったマシンを沖さんがレストア中で損傷の激しいマフラーの部分を私に託していただきました。

車体はこれと同型式なので治具代わりというわけですが、綺麗な車体で取り扱いは厳重注意ということになります。

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マン島TTレースを走った谷口尚巳さんのサインがサイドカバーに書かれています。

やはり自分の青春時代のオートバイは忘れられない思い出があるのでしょう。

世の中がどのように変化しようとも、その時代を生きた証としてオートバイがなくてはならない存在なのだと感じます。

 

 

 

 

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通称ドクロタンクとよばれるニーグリップが絞られたデザインのタンクはアルミ製。

大径ドラムブレーキのホイールハブはマグネシウム製。

実用車のようなボトムリンク式サスペンションやニーグリップのラバーなど当時の雰囲気満点のスタイルですが、ホンダとして最初のスポーツモデルなのであります。

 

 

 

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割りと単純な形状と思われがちなメガホンマフラーですが、実は非常に難しいのです。

なにしろ全長70mmものテーパーですから手で巻くのは殆ど不可能でしょう。

エキパイも排気ポートが外向きなのにエンジン下部で車体と平行になる3次元曲げが必要となりますので、高度な手曲げテクニックがないと難しいでしょう。

ちょっと先の作業になりますが今から思案中というところです。

後日マフラー製作レポートすることにします。

 

CR誕生50周年ということで世界初のCRミーティングがツインリンクもてぎで開催されました。

CRとはカブレーシングの略称で、クラブマンレース出場に合わせて製造された市販ロードモデルの車名に使われました。今年はツインリンクもてぎ開業15周年ですが、インディー撤退ということで早くもオーバルコースは使用休止になってしまいましたが、スズカサーキットと並び、国際レーシングコースとしての設備の豪華さには圧倒されます。企業の収益で一般参加できる施設にこれだけ還元したメーカーは他には無いと思います。

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CR110レーサー。

50ccクラスの市販レーサーです。

私も本物はもてぎでしか見たことがありません。

 

 

 

 

 

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珍しいマシンも多数展示されていました。

クライドラー50ccレーサー。オートバイ雑誌でしか見たことがなかったので驚きの光景です。

 

 

 

 

 

 

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生憎の雨がサーキットに打ちつけるコンディションでしたが、この日のためか日ごろからマシン作りに精を出されて、惜しげもなく雨のロードに走りだしていきました。

車両展示とレース形式の走行会で多くの自慢のレーサーを披露されていて、只ならぬ情熱を感じます。

 

 

 

 

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AJSですかね。

このマシンに代表されるようにエントラントも私らより年配の50代、60代の人たちが多かったように見えました。

若者抜きで遊ぶと言うか、若い者には無い老練さがここにはありました。

こんなマシンも実動なのが驚異です。

 

 

 

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このイベントの目玉はRC146とRC149のデモンストレーション走行でしたが、豪雨のため残念ながら中止となってしまいました。

そのかわりパドック内でエンジン始動して19000rpmのサウンドを聞かせていただきました。

146は125cc4気筒、149は125cc5気筒で最高出力35PSを20500rpmで発揮するそうです。

展示車はL・タベリが乗った優勝マシンです。

 

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デモ走行担当する予定だった宮城さんと菱木さん。

今回は空ぶかし担当でした。

11000rpm以下ではエンジンストールしてしまうためアクセルワークはシビアだということです。

最高回転はエンジンを守るために控えて19000rpmまで回していただきましたが

F1に似た甲高いサウンドでしびれました。貴重な体験だと思います。

 

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小樽から参加の沖さんの愛車SS50です。このマシンを故隅谷守男さんが売って欲しいと頼んだそうですが、売ってあげなかったというほど貴重な物です。

雨の中奥さんがサーキット体験走行されたはずですが無事だったでしょうか。

この日のために峠で練習されてきたそうです。

このクルマ、新車購入のまま、何も変更されてないそうで、40年以上この外観を維持し続けているという奇跡の逸品です。

グッドオールデイズの参加車両は私の年齢(49歳)をもってしても見たことがない物が多く、仕事柄、古いマシンのマフラー製作も頼まれることがありますので、実物を目に焼き付けておく絶好の機会なのであります。

 

 

 

 

 

 

今、自分がやっているスポーツのことを、すばらしいと思って知らない人に普及したいと言う場合は、現状を理解していることは勿論必要ですが、近代史のことも少しは知らなければ伝えられることが希薄になってしまう気がします。

私は別にモトクロスを普及させようとは思っていませんが、長くやっている人、早めに止めてしまう人などいろいろ見ております。長くやっている人は昔面白かったことがあり過ぎたのだろうと思います。

今は辛さと面白さを天秤にかけたときに辛さが勝ってしまうのかな、ということがエントラント、観客の減少に繋がっていると考えられます。

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身長の低いライダーの必需品、スターティングカタパルト。

起源は、スタートラインにメカニックが持ってきたプラグボックスを踏み台にしていた70年代後半だと思います。

私の場合はドリーム・トキで作ってもらったのをノービスから国際B級まで使っていました。

今は頼んで作ってもらうわけにいかず、自作しましたが、当時の雰囲気を思いだします。自分専用なので販売する予定はありません

コンテナボックスなどで代用される方が安価に済むでしょう。ところで、ドリーム・トキの池田さんは2輪メーカーを除いた町工場としては最もモトクロスシーンに影響を与えた人だと思います。

最初のヒット商品はアルミのラダーレールでした。いまでは誰もが使っていますが当時はドリーム製だけでした。次に池田さん自ら乗った3輪バギー「ダミアン号」でした。ホンダATC250Rより20キロも軽い車体で連戦連勝、ATV協会の初代全日本チャンピオンを獲得し、4輪のクワドレーサーに至るまでダミアンレーシングの後輩が取り続けました。

そして、アルミフレームのモトクロッサー。ホンダの最初のアルミフレームが1997年モデルに対して1987モデルからツインチューブフレームを全日本投入し、しかも初戦で勝ってしまったという快挙でした。その初戦とは87年の全日本桶川大会、国際A級125クラス予選でした。ライダーは小田桐昭蔵選手、宿敵の東福寺保雄選手と競り合っての予選1位通過でした。

そのまま日本で唯一アルミフレームは走り続け、後半戦には杉尾良文選手の依頼によりオーソドックスなシングルクレードルフレームを製作して、同年のチャンピオン、スティーブ・マーチンを菅生で破って、杉尾さんはマーチンに勝った二人目の日本人になりました。(1人目は雨の桶川で小田桐昭蔵選手)ドライコンディションなら初勝利ということになります。どうです、面白いドラマではありませんか。

ドリームの池田さんとは因果な関係で、池田さんはホンダの狭山品管のオートテクニックに在籍していました。その職場に私は配属されたわけですが、もとは2人とも愛媛県出身です。瀬戸内海の伯方島出身の池田さんは松山市の瀬戸レーシングからモトクロスに出ておられたそうで、古い地元のライダーの間では有名です。瀬戸レーシングといえば、オーナーは松本満男さん。ホンダが初めてモトクロスのワークスチームを立ち上げたとき、吉村太一さん、上野広一さんと一緒にワークスライダーで、確かセニアで#5をつけたと記憶しています。

私は友人に誘われて会社を退職しましたが、都合が悪くなって、ホンダ時代からお世話になっていたドリーム・トキで丁稚をやることになりました。半年くらい丁稚が続きましたが、仕事を教わっているだけでは会社員と変わらないということで、自分で苦労する道を選びました。

最近は立派にマシニング屋になられた池田さんですが、友人のクレージーケンヤ君の話によると「工藤に仕事のやり方を指導したい」とおっしゃられているそうですが、恐ろしくて行けそうもありません・・・・

バックオーダーは1ヶ月分残っていますので、社外品マフラーの修理は優先的にはできません。2ヶ月以上お待ちいただいているお客さんの注文がありますので順番に進めております。

不運にもマフラー壊してしまった場合は、新しいものに交換されることをお勧めします。

また実車は殆どありませんので取り付け確認などが必要なほど変形している場合も保証できないことをご了承いただきたいと思います。

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カーボン樹脂製のエンドキャップが割れてしまって交換が必要ですが

補修パーツもありませんので、鉄板で作って代用します。

 

 

 

 

 

 

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ビレットパーツのマウントステーですがリベットが外から外せない構造でしたので、ボディーを切って内側のフランジを削除して外しました。

マウントステーの面積が小さいので加重を受けるとボディーに食い込んでしまう難点があるようです。

 

 

 

 

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チタン材は非常に高額になりますので、アルミ板でボディーを作って代用します。

修理というより半分製作という形になります。

メーカーから補修パーツが販売されることが理想だと思います。

 

 

 

 

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マウントステーの取り付け位置は全く不明なので実車をお借りしてマーキングしてから取り付けることにしました。

今回は隣の川越市在住の国際A級ライダー松本耕太選手のガレージにお邪魔してきました。

彼はお父さんの会社で働いているのでお給料でチャド・リードと同仕様の前後サスペンションを購入してCRF450Rに奢っています。モトクロスは気が向いたときだけ乗るというお気楽モードが信条のようです。レース出てもお金になりませんからね。

20世紀は2輪専門誌が沢山生まれました。私が最初に買った2輪専門誌「月刊オートバイ」の創刊は大正時代であったということで、日本のオートバイ史も100年を数える時代であります。

2輪のカテゴリーも多様になり、オフロード専門誌なる物も発刊されるようになりましたが、その魁といえる雑誌が「サイクルサウンズ」でした。実は第一期のサイクルサウンズは休刊となり、82年ころに再発刊されていました。第二期のサイクルサウンズの創刊号から買っていました。その創刊号は82年型RM125、250の試乗インプレッションが巻頭カラー記事で掲載されており、テストライダーは石井正美選手。全日本国際B級のレースにKTMで参戦する前の時代でした。

時代は空前の2輪ブーム、オフロードネタだけで雑誌屋さんも商売が成り立ったことでしょう。ところが事情はわかりませんが、毎月楽しみに購読していたサイクルサウンズも88年をもって廃刊となってしまいました。その最終号だけを捨てないで大事に取ってありました。

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ジェフ・リースクの記事は圧巻でした。

練習コースに3本のレールが掘れるというコーナリング。

3本とは、タイヤとステップとブーツの跡のことです。

 

 

 

 

 

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そして大胆なジャンプ。

手前の斜面から白い肌の崖の上に着地するもの。

実は撮影者がエピソードを記事に書いてありました。このショットの前にジャンプに失敗して崖の途中に着地してしまったが、転倒もせずに上まで登ってしまったという話。

 

 

 

 

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これは86年の菅生での全日本国際A級125ccのレースシーンです。

腰を引いたフォームの志賀吉信選手と追走する伊田井佐夫選手。

志賀選手が転倒するシーンを連写で掲載されていました。迫力満点です。

 

 

 

 

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88年全日本桶川大会の国際B級決勝シーンです。

私は予選不通過でしたが、同期の大塚忠和選手。ゼッケン84は東福寺レーシングで伝統的に国際B級のエースが付けることになっています。

表彰台は東福寺レーシングの1位、3位独占。3位の川島雄一郎選手は大塚選手と中学から同級生でした。

埼玉県はモトクロス最強県だったのです。

2位はマウンテンライダースの岸田孝夫選手。今、どうしておられるでしょう。

 

第二期サイクルサウンズの少し前に創刊された「プレイライダー」も忘れられません。後にスーパークロスを日本に呼んだ男として有名になった森岡進編集長が発行したオフロード専門誌でした。

創刊号の記事は鮮明に覚えています。1980年500ccUSGPカールズバット大会の記事です。

強豪のGPライダーを相手に無名のヤングアメリカンが2ヒート完全優勝を果たしたシーンですが当時はカラーページの写真だけで、そのすごさは分りませんでしたが、動画を見て改めてその迫力に圧倒されました。

 

'>ヒート1からマーティー・モーテスはトップを独走したのですがギャップで振られて転倒してしまいます。代わりにハカン・カルキビストがトップにたち、ダニー・ラポルテが2位で追う形に。

ところが再スタートしたマーティーは猛追して2台とも抜いて12:00あたりでトップに帰り咲きます。

ヒート2はイン側スタートで見事なホールショットシーンが見れます。25:40あたりでブラッド・ラッキーの得意なインコースから抜かれてしまいますが直ぐさま抜き返すマーティー。あまりにもハイペースでラッキーはコーナーを曲がりきれずコースアウトするシーンが27:33あたりで見れます。堂々と実力でGPライダーを退けたマーティー・モーテスのその後は知りませんが、動画ではカールズバッドのギャップで跳ねまくるマシンを見事に操り、信じられないスピードで走る当時のトップライダーの姿が確認できました。

最近の高性能サスペンションに慣れたライダーは、あのようにマシンを操ることはできないのではないでしょうか。スポーツとしてのモトクロスは、あの時代に最高潮を向かえていたように思えます。

 

 

無駄なことはやってみる。そうすればわからないことが見えてくるという例です。

ちょうど10年前、レースで上腕骨折って仕事ができなかったころに企てた改造マシン計画。YZ426とCRF450の初期型以外に4ストモトクロッサーが存在しなかった時代、ミニモト用の4ストエンジンを検討していたところ、排気量2倍の法則に従い、2ストの85ccの2倍は170ccということで、125エンジンの改造で170を作ろうと計画しました。

ベース車として選んだのはTTR125でボア、ストローク 54.0×54.0。このボアを最大限に拡大したら幾つになるかということ、ピストンリングは量産純正品を流用するために機種の選定を行った結果。

最大公約数は62.5mmになりました。その結果、62.5×54.0というオーバースクエアになりました。排気量は165.6ccで圧縮比13.0:1という高圧縮エンジンです。

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足周りと車体のディメンションはCR85です。フレームを改造してエンジンスワッピングしています。タンクシュラウドはCR125用でオイルクーラーとCDIユニットが左右に振り分けて装着してあります。

エンジンのボアアップと車体作りを平行で進めて行きましたが、新規に装着したFCR28φのキャブレターが思わぬ苦労を招きました。

FCR28のTTR125に装着した例が国内にはなく、標準のジェッティングオーダーも皆無の状態でしたのでMJ、SJとニードルを複数取り寄せ手探りでキャブセッティングを決めていく作業が待っていました。このキャブレターは販売状態で走行すると、アイドリングは不能で加速中にエンジンストールしたり、走行不能なくらいセッティングが外れた状態だったのです。

大体、取り付けから問題でインテークとエアクリーナーに繋がるアダプターを製作し、強制開閉のアクセルワイヤーも付属してないので、YZ426用のワイヤーを切り詰めてタイコをハンダ付けして取り付けました。なんとか平地で走行可能な状態になりましたが、今度はギャップ通過後に息つきが起きてしまうので調べたら、MJ、SJ付近をカバーするバッフルプレートが付いていないことが原因でガソリンが踊ってしまうことがわかり、バッフルも製作しました。初めて使うということは誰からのアドバイスも得られませんから全て自分のノウハウで解決するということです。

ボアアップしたことによる問題は次々に起こりました。その前にエンジン特性はどうであったかというと、非常に低中速トルクが上がっていて、まるで別物のエンジンですが、高速はノーマルより回りません。重くなったピストンのせいというより、上がり過ぎた圧縮比のために回転上昇を抑えられている感じです。

最初の問題は2時間走行程度で来ました。オイルクーラーが熱くなっていない。即ち、オイルポンプが機能していないと思いました。そして間もなくシリンダーから異音が出てきたので、走行を止めて持ち帰りエンジンの分解点検を行ったら、なんとピストンピンが抜けて片側だけボスに刺さった状態でした。ピストンピンがクリップを打ち抜いて飛び出してきたのです。折れたクリップの破片がオイルポンプのローターに食い込んでオイルポンプを不能にしていたのです。

ピストンは4個、スリーブは2個作ってありましたので、壊れた部品は直ぐに交換して再トライしましたが再び同様な症状が出ていたので、ピストンピンが抜けてくる原因をコンロッドの剛性不足と判断し、強化コンロッドの製作に着手しました。クロモリ鋼を熱処理して硬度を上げ、断面積を増したコンロッドをつくり、クランクシャフトに組み込みました。

思惑どおり少し寿命は延びましたが、欲がでてきて高回転を改善しようとセッティング中、エンジン全開で回していたときに大破させてしまいました。ピストンがピンボスのところで割れてヘッドはバルブに衝突し、ピストンの無くなったコンロッドがスリーブを直撃して終わりました。

こうしてφ62.5のピストンが実用に耐えないということを証明する形となりました。メーカー純正品の実用強度が充分にできている裏には量産される前に数々の耐久テストと改良の繰り返しによって実現していることを改めて思い知りました。

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FCR28装着のエンジン部分。ワンオフのエキパイやブレーキペダルはエンジンスワップした車体には必須アイテムです。CR125のシュラウド装着のため、専用のアルミタンクも製作です。

ボアアップエンジンは3個のピストンとクランクシャフト1本、スリーブ2個を壊した時点で中止しました。部品代30万円くらいが授業料となりました。

エンジンはノーマルのシリンダーとピストンに戻して、しばらく乗りましたが純正のレーサーより遅い車両は直ぐに飽きてしまい、それぞれのCRとTTRの車体に戻されて売却されましたので、TTR160の実車はこの世に存在しません。

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拡大可能なボアの限界はシリンダースタッドの内側の円ではありません。タイミングチェーンの穴のほうがスリーブに近いため、ヘッドガスケットのチェーンホール側の幅が3mm程度残るくらいです。

鋳鉄スリーブの板厚も2mm程度になりますのでスリーブの剛性も限界です。

写真のピストンのスカート部に肉抜き加工が見えますが、実はピストン後ろ側にバランサーシャフトが存在して、下死点で干渉することがピストン完成後にわかり、削ったものです。ノーマルだと、勿論当たらないわけで、ギリギリの寸法で設計されているわけです。

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点検により、亀裂発見されたピストン。

ピストンピンボスの横に(矢印付近)亀裂が確認できます。

このまま使い続けるとピストンが上下に分断されてしまうことになります。

世の中にはもっと大きなピストンはいくらでも存在するわけですから、ピストンピンボス周りの肉厚不足か材質不良か熱処理の問題か、いずれにしてもメーカー並みの開発費を投入しなければ分らない案件であると思います。

創造力を高めるには、無駄なこともやらなくてはならないと思っています。企業は基礎研究という名目で無駄なことをやってノウハウを蓄えています。 世の中には出回らない物を作って材料費や労力を無駄にするわけですが、その過程で必ず何かを得られると考えられるのです。

世界には不慮の事故や先天性で片腕や片脚の人がモトクロッサーに乗って楽しんでおられる人がいます。腕や脚を補う装具を付け、マシンを専用に改造して乗るのです。私の知人にも右足が不自由なのにモトクロッサーに乗る人がいます。彼は国際B級ライダーで国際A級昇格間違いなしと言われたほど速かったですが、82年の桶川大会で転倒して足首骨折しましたが儀間接になってしまい右足に負荷を掛けられなくなってしまいました。

ところがモトクロスに掛ける情熱は失わず、右足にブーツを改造した装具をつけ、リヤブレーキは左ハンドルのレバーでかけるという改造をしてCR250を見事に乗りこなしていました。左ブレーキレバーはワイヤーでリヤマスターを引いて油圧ブレーキをかける構造でしたので、踏力が足らないということで、私にリヤブレーキの改良の相談をしてこられました。そして、フロントマスターのリザーブタンクを削除して反対向きにして左レバーに改造しました。これでフロントブレーキ同様に左手でリヤブレーキを掛けることに成功しました。無駄なことを幾つもやってきた私にとっては普通の改造です。

手足が不自由なわけではありませんが身長が低いということも普通の体格の人と比べると大きなハンディーとなります。私の場合、股下が70cmという数字ですが、これがどのくらい不自由かというと、CRF250のノーマルのシート高が95cmあります。

つま先を足しても80cmですからシートに跨ると地面まで15cmも足りません。乗車1Gで5cmくらい沈みますから腰をずらせばつま先が辛うじて地面に触れる程度です。問題はスタート時とキック始動のときです。これが満足にできないと、転倒して再始動に手こずることを考えて消極的な走りになってしまいます。このようにノーマルの足付き性では身長165cm股下75cmが限界の数字だと思います。しかし限界より5cmも数字が足らないのですからマシンを改造して体に合わせるしか方法がありません。

そこで前後サスで5cm、シートで3cm、合計8cmの車高ダウンを施しました。これでやっと片脚のつま先が地面に届くようになり限界値と同等になったわけです。ここで問題がひとつ、今まで使っていたリフトアップスタンドがフレーム下にギリギリで入る最低地上高になったため、スタンドアップがやりにくくなったことです。持ち上げれば問題ないですが、横着して楽々スタンドアップしたいという欲求のため専用スタンドを作ることにしました。

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デザインコンセプトは、ロードレースタイプとビンテージモトクロスタイプの融合です。

リンケージを使ったリフトアップスタンドは飽きてしまったので違う方式にしたいと思ったのです。

曲げR側を地面につけてマシンを前に押してやると容易く持ち上がります。

リンクのような稼動部分がありませんので軽量で安定感も充分です。

 

 

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このレーシングスタンドの特徴は上側のクロスバーが取り外せることにあります。

抜け止めのピンを抜くと簡単に外せます。

 

 

 

 

 

 

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これは、クルマに車載するとき、収納性を考えてマシンの下に置いたり積み込み方のバリエーションを考えた結果、このようなデザインになりました。

物作りが生業となってからはマフラーとスタンドは社外品を買ったことがありません。

材料費や労力を考えると、買ってきた方が安いかもしれませんが、無駄なことをしないと物作りの練習になりませんので、敢えて手作りすることにしています。

また特注品は売ってないということも手作りする最大の理由です。

2スト全盛期は老舗のチャンバー屋さんが沢山ありましたので、選り取りだったと思います。2スト全廃の今では入手困難になってしまったようで、今頃になって初めて作ることになりましたNSR250用チャンバーです。

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左右非対称のチャンバーなので2種類の型を作らなければなりません。

先ずは90度V型ツインの前バンクの方から型を決めてレイアウト検討します。

ノーマルのアンダーカウル装着のため、エキパイのカーブもノーマル同様にしないと収まらなくなります。

その結果、オフロード車のチャンバーよりタイトな曲げカーブが必要になります。

 

 

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前バンク取り付け状態ですが、このようにクネクネ曲がっています。

このあと、後バンクからのエキパイのレイアウトを検討するのですが、ラジエターとシリンダーの隙間を通って右側に出てくることになります。

エキパイのクロスは過去最高の難易度となるでしょうが、長年の経験で決めていきたいと思います。

 

 

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後バンクのエキパイは前にラジエター、下に前バンクのエキパイが干渉するので狭い隙間を数ミリの隙間を空けて通っていきます。

これでクロス部分の取り回しが完了しましたが、テールパイプとサイレンサー2本の製作が残っていますので完成は来週に持ち越しということで、今週はここまで。

 

 

 

 

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パイプ本体が出来たとしても完了には程遠いです。

サイレンサー2本作ってテールパイプの曲げカーブを決めて、サイレンサーの取り付けバランスを見なければなりません。

最初は溶接されていないパイプを手で持って取り付けバランスを確認しますが、離れて見ることができないので、目見当だけが頼りです。

接合部にマーキングして溶接して再度取り付けて確認という作業を繰り返します。しかもアンダーカウルも脱着しながらということで

作業時間は刻一刻と過ぎていきますので、お時間の約束をしても守れたためしがありません。

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ひとまず取り付け完了しました。カウル装着すると全部隠れてしまいますので、この状態で撮影です。

今回も初めて作るチャンバーでしたが、製作するのに必要な図面やモデルも無しで白紙の状態から取りかかるのです。

しかも1週間くらいで仕上げないと商売になりません。他の仕事全部止めていますからね。

今回低い姿勢での作業が多く、無理な体位で腰痛が始まってしまったことが余計な悩みです。体の老化現象が確実に忍び寄っています。あと幾年続けられるか体力だけが頼りの仕事です。

先日、地域の盆踊り大会があって、今年役員をさせられていますので設営やら模擬店の手伝いにいってきました。このへんはホンダOBが多く居住されている場所で、定年になったOBの話を少し聞きました。

早期退社で退職金と厚生年金をもらって、金銭的には余裕がありそうですが、退職後の生活のことや在職中の職務の辛さなどを考えさせられ、どうしても、自分の立場と比較してしまうのは僻みというものでしょうか。

 

私は言い訳をしなければなりません。これで許されることとは思っていませんが、競技者、製造者、顧客などの立場を考慮した結果このような処置をとることにしました。

マフラーの製作依頼を受けて順番に作業を進めていますが、手作業のため2ヶ月程度お待ちいただいている状況ですが、突発で頼まれる依頼に対応しなければなりません。

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レース中のアクシデントでマフラーとサブフレームが曲がってしまい、タイヤがマフラーに擦りながら走行した結果このようになりました。

折れ曲がったジョイントパイプ、切れたバンド、エンドキャップ割れ、が損傷箇所です。

パーツを取り寄せて交換したらどうか?と言いましても高価で買えないと言います。

しかし、スペアの新品マフラーは来るということなので、これに金を掛ける気は無いということです。

それならば、金が掛からないように修理方法を考えなくてはなりません。金は掛けませんが、時間は丸一日掛かっていますので、その分お待ちいただいているお客さんの仕事が遅れるということです。時々、突発の仕事が入りますので作成した工程表の通りに予定が運ばないことが言い訳の内容です。

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ここが折れ曲がったジョイントパイプ部分ですが画像は炙り戻した後です。若干のシワが残っていますが、マフラーの向きは正常に修復できました。

曲がったサブフレームも正常な位置に戻して取り付け状態を回復しておきます。

 

 

 

 

 

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割れたエンドキャップはプラスチック製です。

このパーツは単品で購入できないそうで、マフラーASSYで8万円掛かるということで迷わず製作です。

コストを抑えるため鉄板で板金製作です。

仕上げはつや消しブラック耐熱塗装です。

 

 

 

 

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擦り切れたカーボンバンドは単品購入できるらしいですが1万2千円掛かります。

ここもアルミステーとステンレスバンドを作って代用です。気に入らなかったら部品発注してください。

オリジナルを見たことが無い人は改造したことが分らないでしょう。

07年を最後に生産中止になってしまったCR85ですが、ここに保存されようとしている1台があります。

05モデルを私も所有していましたので、チャンバーとサイレンサー、アルミサブフレームなど作っていました。MFJ公認レースではサブフレームの純正以外の使用を禁じていますので、趣味的使い方が目的です。中古で入手したサブフレームが歪んでいたらしくシートが取り付かなくなっていたのを修正に持ってこられた車両です。

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サブフレームの歴史は83年モデルCRシリーズ125、250が最初です。それまではシートレールがメインフレームに溶接されていましたから、クリーナーBOXの脱着性が悪かったり、シートレールが大きく曲がったときは直し辛かったでしょう。

アルミサブフレームを初めて作って一般向けに販売したのはトライアラーRTL用で、川越街道沿いのホンダショップ和光で扱っていました。

製造はドリーム・トキで、CR用も作っていて神戸のワールド零パワー(杉尾良文さんの店)でも扱っていました。

それ以外ではアルミサブフレームは成りを潜めていた感じでしたが、MFJレギュレーションで使用禁止では現役レーサーはレースで使えませんから仕方ないでしょう。

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なんと、この車両は我社のチャンバーとサイレンサーもチョイスしていただいてます。

サスペンションもブリッツ・シュネルでモディファイされているようで、大人のミニモトという感じに仕上がっています。

2ストCRは段々部品が無くなっていき、現在レースで乗っている人もいずれは、別の車両に乗り換えていくことになりますので、いつか誰も持っていない時期が来るでしょう。

そのときに本当に貴重な1台となっていることでしょう。

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苦労して作ったサブフレームもカバーをつけてしまうと、殆ど見えなくなってしまうのが残念なとこです。

 

これは30年前に高専の同級生に撮ってもらった写真です。場所は松山オートテックの駐車場