■ ヴィンテージMX

 ヨンサンマル、3年ぶりのロット生産です。79年型CR250R用チャンバー

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車体ないので治具で作っていますが

年月が経つと作り方忘れてますね。

こんな感じだったかな











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一応治具にははまっていますので

信用するしかないですね。

単純な形状に見えますが、旧車は隙間関係がシビアな部分があります。


まだまだ予定が残っていますので進行中。








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今日は一日雨降りだったので
洗車を済ませました。
現地の洗車だけでは泥が落としきれてないので、出るわ出るわ

マディーの後はいつものルーティンです。
そうしないと次の作業に掛かれません。

奥のRMとフェンダーの高さが歴然です。
78年と2013年ですから
年式差35年です。
乗り比べると技術の移り変わりが良く分かります。
両者はレーサーですから
2輪メーカーにとって戦闘機なわけです。
その時代の技術者が最も競争に適合すると思われる商品を開発したわけですから、両方の時代の技術屋さんの感性というものを
動的に味わえるという点で、幸運なことだと思えるのです。

あと35年後のオートバイはどのように変わっているでしょう。見れるかなー

今日はちょっと残業のつもりが、大がかりになってしまいました。
もうすぐチキチキVMXの日なので、RM125の修理を行おうということで
去年の同大会でチェーンが外れてドライブプロケットのガードを欠損していました。
チェーン外れの原因はスプロケの山が摩耗したことなので、ダートプラスで部品注文して
428チェーンと共に新品交換してありましたが、ガードは無いので純正部品探すより作った方が早いかと思いました。

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3点止めなので、ネジを付ける台座をフライス加工しました。

M6ネジのスモールヘッドを使うことを考慮してTレンチが入るサイズの座グリが必要なのです。










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純正に似せた形状のプレートを台座に溶接して完了です。














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接合は裏表、しっかりと溶接します。

これでチェーンが当たっても壊れることはないでしょう。
純正はマグネシウムですがアルミにリプレイスします。










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プロテクターとブーツのホールドも兼ねているので、最適な形状だと思います。

作り方にマニュアルはありませんが
別の技術をお持ちの方は別のアプローチをすると思います。
手持ちの道具だけでやろうとするので
このような手順になりました。













無限444のファクトリーマシンを治具代わりという贅沢な方法でフルエキゾースト製作中です。
本物は買えませんからね。似せて作ることが命題の仕事です。
来週前半くらいで終わらせる予定なんですが
先週末の泥レースで腰痛が悪化して作業ペースが遅いです。(休みたい)

来週末はSUGOで日本GP、川越ではVMXが開催されますが、法事のためどちらも行けません。
三回忌なんで供養もひと段落です。

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444無限タイプフルエキゾースト。

シリンダーヘッドのフィンとフロントフェンダーの間をφ105のパイプが曲がって通るという、一見単純な形状ですが
一発でこの位置に決めるためには
20年くらいやってきた経験があっても難しいことです。

モデル作ってレイアウト検討すれば確実だと思いますが工数は莫大に増えますからね。
もし無限に同じ物を発注したとすると、
うちの10倍は請求されるはずなんで
大量生産でないと成り立たないことを
ローコストで実現させる目的です。
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おっさん一人でハサミとハンマーが主な道具ですから、代金は鉄板代2千円くらいと
15時間×時間工賃が一台分製作に必要な費用なんで、個人で注文可能な価格ですね。

この商品はOEM(相手先ブランドの生産)なので他のお客さんから注文されてもお引き受けできません。

簡単にメール注文できるのはラインナップ品に限りますのでご了承願います。
日曜日のMXVは予想に反して雨も散水もないドライコンディションで本来走りやすいはずなんですが
自分の問題でダメなレースでした。
全然荒れてない路面なのに2回も転倒した250クラスと熱中症気味でペースダウンした450クラス
どちらも5位でしたが参加台数が少ないので30台出走なら10位とか20位くらいの結果でしょう。
このまま沈んで行きたくはないですが、老化だと受け入れておきます。

さて今週はこれです。

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444サイレンサー純正もどきです。

鉄板を巻いて作ります。

前後キャップは金型作って型押しする予定です。










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別件ですが、これは金曜までにやるんです。

長いエキパイを切り詰める作業ですが
エンジンも含めて完成形は無いみたいです。
できたものに対して常に新な要求が生まれてきて終わりがありません。
急な依頼は普通はお断りするんですが、
半年待っておられるお客さんもありますからね。
ちょっとこれはお断りしにくいといいますか
命令に近いものがありますので
なにがなんでも金曜までです。
(大したことしないんで大丈夫かな)


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サイレンサーエンドです。

丸棒から削った金型オス、メスを使って型押ししました。

板取寸法も成形を左右する要素なので
若干のトライが必要です。

与えられた見本の形状に沿った作り方を考えていますが、経験や知識はゼロに等しいので悪戦苦闘の連続です。(大袈裟な表現)




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サイレンサー・フロントキャップです。

プレス成形ではありませんが
サイジング用の型に押し込んで叩いて作りました。

パーツ毎に作っていますので
構成部品が揃ってから一気に組立てます。








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ちょっと残業してエキパイの切り詰めやっておきました。

CRF250は、やってないですからどんな仕様かわかりませんが、これで走りがよくなればお安いものです。










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ジョイントパイプ

砂詰めない手曲げです。

パイプエキスパンドは型押しで











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セパレーター

当然必要な構成部品です。

わかりやすく先に入れた図になっていますが
サイレンサー側に入れて溶接してから差し込まれる順番になります。








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パンチング

中身は防錆のしようがないので
0.8mmステンレスで巻いています。
もちろん鉄より固いです。




シンプルなサイレンサーですが
構成部品はまだまだあります。


444(79CR125)チャンバー無限MEタイプと呼んでおきましょうか。プロトタイプ完成です。

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オリジナル品のプレス成型品とは違いますが、手巻きと膨らましで作りました。

純正の444とは全く違うスペックに見えます。

計測はできませんが
お馬さんはおるかいねー。

曲ったサイレンサーに取り付けていますので、真っすぐなサイレンサー作りも急務です。




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このパイプは平らな板から切り出して作るのですが
最初から展開図が出来ているわけではありません。
一発目は狙いと違った寸法のものが出来てしまうので、そこから修正を加えて精度を上げていくので
このように展開した鉄板が大量にできてしまいます。







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車体に取り付けてクリアランスを確認します。














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マウンティングステー
補強のため座布団付きです。














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口元とスプリングフックの部分

エキパイ外径φ38













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テールパイプ

差し込み部分だけです。
非常にシンプルですね。












以上の仕様で初ロット50台分生産に掛かります。

急なご依頼には対応できませんので、ご了承ください。


80年代CR125の無限キットに使われていたピストンは444流用でした。
狭山レーシングで83の無限シリンダーを貰ったので、朝霞の無限本社までピストン買いに行った記憶があります。
444は市販車でもポーラスめっきシリンダーだったのですね。
それから世紀の失敗作フロント23インチもこの年(79年)だけの仕様。

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これはホーリーさんからの預かり物で
無限のファクトリーマシンらしく
前後サスペンションやチャンバーが量産とは違っています。
フロントも21インチに換わっています。

これが発売されたころ私は高専の2年生で
学生寮の勉強部屋にこれのカタログを貼っていましたが、高嶺の花で実車を見たのは
五明(松山オートテック)でしかありません。

まだどこの会社に入るかもわからない時代でしたから、これも何かの縁でしょう。



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今回はこの無限パイプの複製を頼まれましたが、プレス成型でなくハンドワークの手巻きと膨らましで似せて作ろうとしています。

量産型とは全然違う形なのでこのマシン所有しているレストアラー向けの補養パーツになるはずです。









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このパイプも激しく腐っています。
なんとか補修して使い続けようとした痕が見えますが、ここまで腐ったら諦めたほうがよいでしょう。

その代わりに寸法図って新品複製します。










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こんな感じで型を決めている最中です。

オリジナルもそうですが、ハンドル切ったときにフロントフェンダーが擦ってしまうので
なんとかギリギリ交わせたらいいのですが
難しいところです。



サイレンサーも横から突っ込まれて曲がっているので復刻する予定です。
これは位置決めの治具代わりです。




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なかなか似ているでしょう?

この型で行こうと思いますので明日から生産に掛かります。

完成までお待ちください。

ホンダベンリー(便利)、スズキ・コレダ(これだ!)今となってはユニークなネーミングのオートバイです。
私、年齢がそれほどいってないので、コレダの実車をみたことなかったです。
今日が初対面なのに初めてビンテージエンデューロを走ることになりました。
普段やってないことがこれほど困惑する経験になろうとは、想像もしなかったことです。

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年式もわからないですが
聞いたスペックは最高出力4馬力。
あくまでカタログ上の最高出力ですから
実際に負荷を与えた回転域では半分も出てないんじゃないかという遅さ。

改造した4ストレーサーや2ストモトクロッサーにコケにされる体験も初めてのものです。

最大の苦難はロータリー式のシフト。
通常のリターン式とは違い
前ペダルを踏みこんでシフトアップ、
4速ギヤの次がニュートラルで
その次がローですから
うっかり加速中にローギヤに入れて急激なエンブレで肝を冷やすこと度々。
ロータリー式考えたやつは誰だ。こんなもん乗り辛くでアカンぞ。
ブーツでは踵でシフトダウンできないのでつま先でかき上げてシフトダウンなんで無理な動きで走行中に足がツッテ大変でした。

そんな不満だらけのコレダですが、3時間酷使しても熱ダレしないし(スピードでないからね)
無給油で走り切れる燃費のよさ。
さすが実用車!ビジネスバイク!

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空冷ツインショックだけのエンデューロ。

私の分野ではないので知らなかったですが
同じマシンが見当たらないほどユニークなマシンばっかりで、見ていて楽しいです。

今日は天気もよく暑さも30°手前くらいなので過ごしやすかったのが幸いです。

ロータリー式の50ccはここのセクションが一番憂鬱でした。
ギヤレシオが合わない(本能的にシフトダウンしたがる癖があって踏み込んでしまう)
焦ってシフトミス連発で大勢の邪魔になってしまいました。

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XT500も走る。

この人はKss(本田技研熊本製作所)から
朝霞に出張中のエントリーということで
HSRでエンデューロも主催されているそうです。
ちなみに朝霞はHGA
鈴鹿はSss
狭山はCss
真岡はMoss
栃木はHGT

私はCss車体品質課が最終職歴です。(91年)








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フラワーオートのKL250

ライダーはW1Sのモトクロッサーが愛車のコマキさん。
見た目のボロさはフェイクじゃなく本当にボロいのにちゃんと走るところがすごいです。








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そしてノーマル50ccの表彰式
コレダのオーナー、シマダさんが2位に入賞しています。(私が2時間担当しましたけど)

カメラ目線のIBレディーはいい子だ。
この暑いのにレザーのスーツの中はサウナスーツのようになっているはずなんですが涼しげな表情でプロなんですね。

うーたまらん




こんな感じのビンテージエンデューロでした。

機種番号400、75年型エルシノアを無限ファクトリーでモディファイしたマシン。
私は中学生でしたのでモーターサイクリスト誌の写真記事でしか見たことがありませんでした。
ライダーは鈴木秀明選手ゼッケンは#7だったかな。
白色に塗られた車体に赤いレザーに張り替えたシートの横にhideakiの文字。
何年か前にジャパンVETのセレモニーに実車が展示されていて驚きましたが
今回はそれに取り付いていたであろうサイレンサーの現物が届けられ、
中学時代の自分には到底予想もつかない展開だったでしょう。

400の無限マシンを模倣したチャンバーとサイレンサーは5年ほど前から作っていましたが、画像を参考にしただけなので見た目以外の詳細は殆どわからない状態での創作でした。
チャンバーのスペックは400のダウンチャンバーを採寸して形状をアップチャンバーに変更しただけなので動力性能に影響はないはずでした。

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上が無限の実物だそうです。

ようやくサイレンサーだけですが全容が目の当たりにできました。

下は弊社オリジナルですが、現物無しで作った割りには似ているではないでしょうか。
寸法を同じにできない理由は
創作したチャンバーとセットの部品なので
狭いフレームの中を通す都合で
再び車体で検証するか、チャンバーの形状も見直さないと取り付けが不可能になると思います。


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実物が届いてからサイレンサー前後の蓋を似せるために金型を作って成形しました。

あまりにも簡素な金型で全国の製造業の人から嘲笑を受けそうな作りですが
治具代ゼロ円で作っているといえば納得していただけるでしょうか。

月給保障された上にメーカーと癒着して私物を作ってもらっている一部の会社員のよにはできません。


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こんな感じで400サイレンサーのマイナーチェンジいたしました。

50台分ご注文いただいいるので当分の間新規取引を控えさせていただきます。











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本田技研工業(株)埼玉製作所時代に被っていた作業帽です。

私が会社員だった証になるものは、これくらいしかありませんので捨てられないで取ってあります。
同僚が書いた落書きがいい思い出です。

2連ジャンプをためらって飛ばなかったら次のステップには永遠に行けません。
会社辞めるのはすごく不安だったけど、辞めなければ次のステップに進めないのは
2連ジャンプと同じ理屈です。

先日、元無限ファクトリーライダーの伊田さんから、本物の無限チャンバーの研磨を頼まれました。

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サイクルサウンズ誌に載ったこのときのマシンです。
85年全日本選手権、国際A級125ccクラス
開幕から4ヒート連続優勝。
鮮明に覚えています。
その後無限からプレゼントされたME125は伊田さんの下に、そして東希和レーシングの先輩、岸さんの店(ラフ&ロード)で展示されて20余年の月日が流れ、持ち主のところへ帰ってきました。

その歴史に残るマシンから外されたチャンバーなので丁重に扱わせていただきます。

私のモトクロス人生において当時の国際A級ライダー(全日本ランキング上位5名昇格時代の)は神様と同じ、しかもチャンピオンからの依頼ですから「俺は研磨屋じゃないよ」なんて言える立場ではありません。
「へへー、承りまして仕りまする」という具合に研磨屋に持ち運ぶ役を仰せつかりました。

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まずさび落としに高品質なウエットブラストしてもらおうとしましたら
大きすぎて機械にはいらないと言われ、やむを得ずサンドブラスト頼みました。











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仕上がってきた状態です。

完全に錆が落ちていますが、光沢はありませんので、手仕上げすることにします。












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おっとー、腐食により穴が開いています。

これは溶接で塞いでから研磨します。












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全体をサンドペーパーで擦って艶出ししました。

今回はバフはかけません。
レーサーなのでこれくらいの仕上げが本物らしいと思います。

放っておくと錆びてしまうので、耐熱クリアーを吹かせていただきます。







サンドブラストなら知り合いでいくつか出来るところあるんですが、わざわざ八潮まで持っていってやってもらったのは、もう一つの目的がありました。

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これを見せてもらう用事でした。
去年の旧車天国に展示されたのは知っておりましたが実車は見ておりませんでしたので。

80年にジョニー・OがUSGP125ccクラスにスポット参戦して優勝したマシンのレプリカです。

本物は関東某所で見たことありますが、これは本物より綺麗です。
もっとも本物はジョニー・Oが乗って痛んでいるわけですから、当たり前ですが。

じつはこの車両のレストア前の姿も見ていましたから、変貌ぶりは精巧なフィギュアと言いましょうか、もちろん動くわけですから限りなく本物に近いでしょう。

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一般公開されているわけでなく、ここへ来ないと見ることはできないですが
「走る予定は?」と聞きましたら、
「土を付けたくない」ということです。

乗りもしないものにお金を掛けられる、最高の贅沢じゃないですか。
しかも、限られた人しか見れない監禁状態ですから、うらやましい限りです。

オートバイの楽しみは乗るだけじゃないことも理解できます。
コレクションホールのように歴史に残る車両がいつでも動く状態で保管されていることに目的があるのだと思います。

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古いだけの車両はたくさんあると思いますが、ほとんどがスクラップ状態で、いつかゴミになっていく運命です。

何十台も所有している人もおられますが、家族や親戚はその価値も分からないので、持ち主が死んでしまったら
同様にゴミになっていくでしょう。

そこで、このようにキチンと仕上げた車両であれば、誰かの下に渡って生き続けることができる。
歴史を継承する役割であると、私は思っています。




最近の流通は恐ろしく早いですな。
月曜日注文した部品が水曜日に到着して、マシンに装着されておる。
1978年型の部品に在庫があるのもすばらしい。
部品代1736円 送料756円

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ホンダ社員時代は、もっと早かったです。

日曜日にミッションが壊れて、その日のうちにエンジン開けて部品をリストアップすれば
月曜日に所内のSFで昼休みに注文できました。
翌日部品が入荷するので
水曜日の夜にはエンジン組立ってフレームに載っていたわけです。

業務上、緊急で部品がほしい場合は
伝票持って近所の日本梱包へ直接取りに行くと即日手に入りました。

今は一般人なので無理ですが


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摩耗したスプロケは13Tでした。

STDは14Tなので、こっちを使ってみます。

いつになるかわからんけど

先日のチキチキ10th、スプロケなめて練習走行しかしてないのに
足立区のヨンフォア専門店シオハウスさんが撮影してくれていました。
CDにコピーして宅急便で送ってくださったので、大変感激いたしました。
せっかくなんで、ちょこっと抜粋して公開です。

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全身スズキカラーにまとめてみました。


妥協できないところです。










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背後に木が生えていてヨーロッパのモトクロス場のようです。

土もブルが入っていて良好でしたよ。










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うーん、エンジンの調子はどうかな。

ワイドオープンしてみる










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スタート練習・・・

クラッチミートの確認をしているところです。

前傾フォームはカッパブックス「渡辺明のモトクロス」を参照ください。








レース走ってもいないのに画像で過去を振り返ることができるPC生活はありがたいですね。
シオハウスさん、お忙しいところ撮影とデータの送付、大変ありがとうございました。


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落としたチェーンを本部に届けていただいてありがとうございました。

今日は朝から頭痛で調子が悪かったんで
もう休ませていただきます。




ワシ、なんしよん。
長時間、外装の修理やマフラー作り、ヘルメットも塗り変えて体裁を整えるように努力しましたが
思わぬトラブルで公式練習中にストップいたしました。
よって戦果ゼロの無事帰還となりましたので、明日の業務に支障がないことが一番です。

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明和レーシングだった熊木さんから画像いただきました。

全身スズキのオールドファッションでヴィンテージMX満喫・・・のはずが

どうも加速時にミッションの方から打音がしていましたので、
どうやら壊れていることはわかりましたが
スペア部品も持ってないので動いているうちに乗っておこうと腹をくくりました。


10分ほど走ったら駆動力が無くなり、後輪を見るとチェーンがありません。
諦めてパドックまで押して帰りました。
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原因はこれでした。
ドライブスプロケットの摩耗です。
打音はチェーンが乗り越えてスリップしていた音です。

スプロケは海外モンを注文しておいたので直ぐに復活できるでしょう。


今日は食あたりで朝から気持ちが悪くてゲロ吐きっぱなしだったので、調度走らずに済んでよかったです。
家も近いので損失もありません。



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滅多に乗らないRMなんで、記念にスナップ写真撮っておきましょう。
先日53歳になりました。












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秀明さんの#9をモチーフにしたというシマダさんの467に跨る伊田選手。

今日は85年の無限ME125で走る予定でしたが部品が間に合わず断念したそうです。

伊田さんがアドバイザーのジャパンVETは5月にここで開催するので、その時持ってくるそうです。
全日本国際A級4ヒート連続優勝した本物の無限MEと、
乗った本人が同時に見られるのはそのときしかないでしょう!


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田山さん所有のRH72
東北SSC、高橋道雄選手が乗った実車だそうです。
ご子息高橋健さんは90年に国際A級優勝をSUGOで果たしています。
親子鷹

本物と違うのは私が巻いたとみられるチャンバーの部分だけです。

キックペダルが当たってやり直したやつだな。(いい思い出)








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ジュニアクラシック(125以下レーサー)
#791名久井さんのBS90は64年型
僕が生まれた翌年かい。

#117真鍋さんのMX90は73年型
元ヤマハのメカニックで讃岐白馬会のメインライダーでした。
いつも徳島製粉のラーメンをありがとうございます。(大好物なんです)

そして岩手の田山さん#14のハスラー90
70年型、大阪万博の年ですね。
すでに戦後ではない世代のマシンです。

曹操たるメンバーですね。オレなんか小僧同然です。
結果は全然気にしてないし、天気もよくて良い休日でした。
また機会があれば参加させていただきたいと思います。


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メインレース、セニアスポーツ。

改めて見ると曼荼羅のようにいろんな人が写っています。
#12高田さんは章典外、城北ライダース所属ヤマハの切り込み隊長と呼ばれたレジェンド。

#9チェッカーズ島田さん国際B級。
ジュニア時代に雨の川西で大量ポイント取って昇格しました。

後方でライバルたちを注視する堀口さん。

スーパーベルレーシングの曽田さん。

MFJ役員の吉田さん、ギャップダンサー会長。
エンジン技師宮崎シンゾーさん、トレール&レゴラリータぶっちぎり優勝でした。

モトクロスやってないと知り合う機会のない人たちなので僕の人生にとって花形役者のようです。

突然思い立ったヘルメット改装作業です。
マスキングテープ剥がしたところが汚過ぎて、水研ぎした後に縁ゴム外して塗り直しました。

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板金でこしらえた丸バイザーはファイブスナップにして、当時のイメージを再現しました。

何をモチーフにしているかは、往年のMXファンには説明の必要はないですね。










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貼ってあるロゴはステッカーサイズ確認のためカラーコピーを使っていますが

20年来の盟友マッドフィッシュにステッカー制作頼みましたので、明日完成する予定です。

全日本前なので夜寝ないで印刷機動かしているので、打ち合わせは夜2時に三郷まで行ってきました。

ホント無駄なことに掛ける執念は半端じゃないです。



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衣装はこれだけ揃いました。

ヴィンテージMXはマシンだけ古いんじゃなく、装備も当時の雰囲気で統一しないと
ただのカッコ悪い遊びになってしまうと思うので

人がどう思おうと、自分がいいと思うスタイルで決めていきたいっちゅうもんです。

いかん、いらんことばっかりしよって
RMエンジンかけておらんかった。
仕事あるから、あれは明日にしとこう。

排気系作りだしたらサイレンサーを避けて通るわけにいかないですよ。

なのでオリジナルサイレンサー作りました。

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φ60 前後削りだしキャップに
ステンレスパンチング入り

軽さと強度にこだわり、内径は
テールパイプφ25.4の内径に合わせて段差を極力なくして排気抵抗を抑えました。

ビンテージモデルなので光ものは似合いません
のでバフ掛けはしません。
素材のままがレーサーなのです。





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取り付けはノーマルに準じて、テンションスプリング止めです。

早く音が聞きたい衝動を抑えて
さらに作業を進めます。











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この車両はアルミハンドルが付いておりましたが

運転手からするとハンドル形状はこだわります。

ゴミ箱から何用だかわからないクロモリハンドルを見つけましたので
こいつを曲げて好みの形状にします。

ハンドル高さが調度よいので、当時のRM純正風にしてみたいと思います。





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このようにテーブルに平らに置いて、パイプエンド高さで絞り具合を調節します。

これはパイプエンド高さ50mm

ハンドル長さは両側15mmカットして
770mmが私のベストサイズです。









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見事に一文字ハンドル完成

アキラ・ワタナベタイプです。

色はシルバーで塗装します。

段々自分好みのオンナ
マシンになってきました。

RM3型アルミタンクの塗装が仕上がりました。
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う、美しい

純正に忠実に塗ったと思いますが
調色といい、艶といい、
何も言うことありません。

下手な修理のタンクを嶋野さん(フラワーオート)に持っていきましたら
即座にダメ出しをもらい
「何年これでメシ食ってるのよ」
たぶん45年くらい
ヤクザのベンツの修理から
ワーゲンのチョップド・ルーフまで
あらゆる板金修理をこなしてきただけあって
歪んだサーフェイスは許し難かったようです。

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SUZUKIのロゴはホーリーさんとこで復刻していただいたデカールです。

純正に忠実に直すためには不可欠なアイテムです。

実はタンクの修理は10年に一回くらいしかやったことがないので、満足に直せません。
というかそれくらいしか需要がないということなので、自分のやつ以外はやる必要がないという結論にいたりました。





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同時にチャンバーも組み立たりました。

ノービス時代にこんな技は持っていませんでした
レース前はチャンバー作りからという基本は

安月給で部品も買えないのに、チャンバー凹ませて修理不能になったとき
鉄板から巻いて作れば、カネはかからんという理由からです。
パワーアップでもカッコでもないんです。
要はカネがないので仕方なくやっていたことです。
これで純正と対等に走れば文句ないでしょう。



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これで昨日とは違うマシンの外観になりました。

38年落ちのマシンで速さを求めるつもりはありませんが、自分だけのテイストは注ぎ込んでいきたいと思います。











来週はMCFAJのレースで翌週がチキチキYMXなので、もうちょっと手を加える時間がありますね。

80年ころ先輩から譲ってもらったRM125に乗ったころは何も出来んノービス君だった俺。
あれから36年経って、素人なりにも経験は積んできたので、あのころと違う自分が
あのころのRMに乗れるという奇妙な体験をするのであります。

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せっかくなんで、ちょっと覚えたチャンバー作りで
当時のマシンに味付けしてみようと思います。

修理したアルミタンク乗っけて、手作りチャンバーに交換して工場レーサー風というコンセプト。


肝心のエンジン、足回り部分は手付かずですが
故障しないことを祈ります。






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これは型を決めようとしているだけなので

製作はもうちょっと後になります。

なんせ遊びじゃけん仕事の合間にちょっとずつね。



日本最強のVMXワークスショップのホーリーさんから情報をいただき動画をUPさせていただきます。

桶川や後楽園スーパークロスも走ったことのあるAMAモトクロスのレジェンド、マーティー・スミスさんと
アメリカホンダの有名チューナー、デーブ・アーノルドさんがスーパークロス会場の展示品CR250Rに装着された
弊社製チャンバーと一緒に写っています。



一昨年、ホーリーさんに50台分納品しまして世界中に渡っていったうちの1本だと思います。
ビンテージチャンバーの企画はホーリーさんの提案なので、このような機会に恵まれましたことを感謝いたします。
先週から成形トライをやってきた467チャンバーの1号機が出来ました。

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見本は無限で製作された金型プレス品で
ZAS型鋳型機も大型プレス機もありませんから
板金製法でこしらえました。

費用は鉄板代と溶接ガス、電気代くらいでできてしまうのですが
板金には幾何学的考察が必要で
目で見て形状を頭の中で理解してから
鉄板の罫書き寸法に落とし込むという
技が必要です。

やり方は百万円くれれば誰でも教えますが
できるかどうかは努力次第ということになります。
(冗談)



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実車に取り付けてレイアウト確認です。

一台三日掛かりますから、50台作ると
休みなしで5か月掛かる計算になります。

隣町の有名コンストラクターさんの会社では
RC213VーS(2千万円のロードバイク)のマフラー250台分注文されているそうですが一か月くらいで生産してしまうんですね。

一流メーカーになるには技術力も資金力も全然足りません。
だから身の丈に合ったことをやっていくだけです。



他メーカーで製造されたマフラーのデザインを真似て作ったり、型取りしたりすることは個人的な趣味であれば問題ないですが、それを販売するとなると問題になります。
実際私のところに画像などを見せて複製してほしいという問い合わせがありますが、すべてお断りすることにしています。それを作っているメーカーか販売店に注文すればいいだけのことです。
私が引き受けているのは、入手不可能になった物で尚且つそれを作ったメーカーが製造を打ち切っている場合に限りますのでご注意ください。

35年前に製造されて一般流通もしたこともなく、それを作った組織も終了しているので不服はないと思っていますので公開していますが
これは商標権か特許を侵害していると申し立てる人がでれば中止することは明言しておきます。
そもそもレストアという作業の一環なので、当時の風合いを再現することが目的なのです。


467ccじゃないですよ、ホンダの機種ナンバーが467で表される80年型CR250Rです。
最後の空冷ツインショックですから、世界中に保管されているビンテージMXファンがいらっしゃるでしょう。

430とは排気ポートの向きやフレームの形状がちがうためチャンバーを流用するのは不可能なため
新型作りから始めました。

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このような作業を何百回も繰り返してきましたが
何回やっても難しいです。
スクラップを大量に生み出しながら
三日かかって、これだけできました。

これは型を決めている作業なので
このパイプを開いて展開型にします。








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全部膨らまして作ろうとしましたが
カーブが微妙なため、あきらめて巻きチャンバーにします。

マニア的にはこの方が古めかしい外観で好まれるかと思います。


体調不良で長いこと仕事止まっていましたが、何とか回復できて7月中にご注文の商品の発送が終わりました。
これから2ヶ月分のバックオーダーに掛からなければなりませんが、その前に

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チェッカーズのシマダさんがアルパインスターのブーツと3型RM125のアルミタンクを持ってきてくれました。

このアルパインスターは渡辺明さんが世界チャンピオン獲得したころ履いていたものと同型デザインで
映画マッドマックスのトゥーカッターやグースも同じブーツを履いていた、世界で最も有名なMXブーツです。
うちにあるRM125は78年型で最初のポリタンクモデルだったのですが
それより私好みの3型アルミタンクに交換してやろうと企んでいたのでした。

どちらも私にとってはヨダレ物の品物ですが
シマダさんはこれをタダでくれたわけではありません。何やら作ってもらいたい物があるということで
代金の代わりに現物支給されたわけです。
この依頼も直ぐには出来そうもないので11月に入ってからやるということで予約しました。

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そして今日から取り掛かっているのは
CR250の空冷最終型。
取り付いているのは無限のワークスパイプなので、これをベースにオリジナルチャンバーを作るという依頼です。
最初にオファーをいただいたのは3年位前で、全然都合がつかずに、ようやく今年の5月にマスター車をお預かりしたのですが
私の骨折により2ヶ月ほど休業して業務が遅れてしまったので今ごろ着手という次第です。
初回ロットは50台製作、全世界に500台は保有されていると思われる同機種ですから
完成リリースとなったあかつきには1週間で完売すること間違いないでしょう。

肩が痛いので柔らかいものでも触ってみることにします。
アルミタンク作りの技法ですが、従来はいきなりアルミ板を板金して溶接でつないでいましたが、
それでは目標とするデザインとは違ったものが出来てしまう。
または、形状に不満があっても組み立てた後では修正もできません。

そういう問題点を解消するためには、予めモデル成形して完成予想図を見ながら検討するのがよろしいでしょう。
そして納得できるモデルができたら型取りをして叩き台を作るという手法をとります。
最初から外注するのでしたら、工業モデルから亜鉛型を起こして、大型プレス機でアルミ板を成形できる企業もありますから、予算が許されるのであれば高品質なタンクが出来ると思います。

しかし、外注するということは自分の意思は入りません。
注文者と製造メーカーとの契約があるだけです。
私が目指すものは、そういう商業的な経済活動をしたいのではなく、
自分の意思を具現化することを、自己責任(自前の資金と労力)で行うことにあります。

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先日、セメント型から叩き出したアルミの底板を乗せて位置決めします。

この状態でハンドルを切って、三つ又とタンクの隙間を確認するためです。

後ろ側はシートを乗せて、タンクとのつながりを検討しながらモデル成形します。







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先ずは発砲スチロールで大雑把な形状を作っておきます。

インダストリアル・クレイ(粘土)の量を節約するためですが、

意外と粘土の量が必要で、発砲スチロールは、なるべく完成形に近い形状になっていないとモデリングに時間が掛かることが分かりました。

なにせ素人なのに、何の勉強もせずに、いきなり実践というわけですから
わからないことが多いのは仕方がありません。

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案の定、粘土の量が分からず、成形する前に足らなくなって中断してしまいました。

明日、余分に粘土を仕入れておくので
入荷次第、モデリング続きを実施いたします。










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粘土を追加してコテで均しました。
大体こんなイメージです。

実はご依頼のデザインはワークスタンクなので見本がありません。
画像だけなので立体的な情報はありません。
しかも、装着する機種とワークスタンクはフレームが異なりますので
タンクの底板とアッパーハーフは形状が矛盾するものです。
なんとか、これを辻褄の合うようにするための造形が必要なのでした。


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見本のRC500Mですが
タンクのマウント位置が上のフレームと違いますので
250の底板と500のアッパーハーフを合体させる作業です。

クレイモデルから樹脂型を取って
セメントの叩き台を制作してから
アルミ板金という段取りを取る予定です。

力仕事なので作業は骨折の治り方次第で進行するでしょう。

467は空冷最終型CR250Rですが、この機種は触れるのは初めてなのでゼロからのスタートです。

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先ず、正規品のFフェンダーと差し換えということで送っていただいたFフェンダーは
目視で見る限りでは同型の物ですね。

艶がある方は塗装されているためです。
長さも違いますが
正規品の方は先端をカットしてありましたが、
取り付け確認に影響はないはずなので
このまま使います。




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467の特徴として旧型がシングルクレードルに対してダブルクレードルになっていて
排気がセンターポートであることです。

ダウンチューブが2本なので、チャンバーも外側へ追いやられる形になります。

ちょっと気になるのが
ダウンチューブを繋ぐクロスパイプに、明らかに量産ではないプレートが溶接されていることです。
溶接も量産のMIGではないので、後付けしたものでしょう。


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ノーマルチャンバーですがハンドルを右に切るとフェンダーと擦ってしまいます。

量産車ではありえない隙間なので
可能性としては
フレームのキャスター角が起きる方向に変更されている。
または三つ又のオフセット量が少ない(手前になっている)方向に変更されている。

これらどちらかだろうと思います。
ここにはノーマルフレームが無いので
確認は不可能です。


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お預かりしているチャンバーは2種類。

左はノーマル、右は無限で製作したもの。

プレス成形品ですが、形状寸法は全体的に変更されています。

大雑把にいうと無限の方が少し太い、チューンアップ用ということです。






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無限製はフェンダーの隙間が適正になっています。

しかし、取り付けには問題がありました。

この個体には装着不可能でした。

口元をはめて、サイレンサーも無理やり、マウントステーも移動させて、ようやく取り付く感じですが、
チャンバーのマウントステーはボルト位置が1cmほど違っていて無理やりでも装着不可能です。


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ノーマルが取り付くわけですから、こっちのチャンバーが狂っていると考えるのが自然ですが、

これも気になるところで
フレーム側のチャンバーマウントのネジが後付けされているように見えるのです。

467は狭山工場生産なので
狭山レーシングの先輩、堀越さんたちが溶接課で組み立てたフレームですから

このような団子付け溶接をするはずがないのです。

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明らかに溶接経験に乏しい団子付けですから、チャンバーの装着に難儀して取り付け直した可能性も考えられます。

これはノーマルチャンバーで擦る部分の隙間を開けて作れば、正規フレームなら問題なくなるはずなので
このフレームを治具として使いますが
マスター品とするためには
他の個体で装着確認が必要ということになります。



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もう一つ改造フレームとして疑う部分は
ヘッドパイプとメインパイプの溶接が
元のビードの上に被さっていますね。

しかも量産とは比較にならない団子付けです。
やはり、ヘッドパイプ上部に切り目を入れて再溶接したことを表しています。
そのためキャスター角が起きて、フェンダーとチャンバーが擦ったという考察が成り立つものです。

これは、チャンバーのロット生産をする前に試作品で正規フレームへの取り付け確認の後判断になります。

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実はチャンバー治具の前にアルミタンクの治具用にお借りした車体なので
タンク作りが先になりますが

今はロアハーフの途中なのです。
このロアハーフの上に発砲スチロールと
インダストリアル・クレイでモデル成形する段取りなので、もうしばらく先の作業となります。

素人なんで、経験も道具も、材料もありませんので、(もちろん資金も)
大勢のスタッフと資金力のある大会社のようにはいきませんから、大変ご迷惑をお掛けします。


6台分のチャンバー作って、キックペダルの踏み降ろし確認をしなかったために全部やり直しすることになった一本目が完成しました。

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これでよいかどうか、一本だけ送って見ていただくことにします。
残り全部やり直しすることにならないように祈ります。










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キックペダルのクリアランス確認は忘れずに。

その他に問題点はあるでしょうか。

今回の大失態で倒産確実ですが、約束は果たしてからにいたします。

1963年型のコンピューターは元々性能が低い上に老朽化のためか作動不良を起こす始末です。
そのため2週間に渡る製作物をスクラップにして全部やり直しする羽目に会いました。
同じ作業を繰り返す場合は最初の一作目に全ての確認を終えてOKでないかぎり、次のステップへ進めないという製造の基本を忘れてしまったため、当然の結果です。
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キックペダルの軌跡に充分なクリアランスを確保するためにチャンバーの型を全面変更しました。

最初からやっておけばいいだけのことなのに、これを忘れるとは深刻な認知症であるとしか思えません。
こういうこと繰り返すようになると廃業も已む無しとなるでしょう。





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問題ないようなので、この型を展開して製作にかかろうと思いますが
1本目完成予定は10日後になります。

実は、この仕事は先週終わっている予定だったので、預かり日程が決まっている車両が入庫していますので
そちらを先に完成させないと後の計画に響いてくることになります。

型が出来てさえいれば、日程が見えてきますので、予定を組み直して実行するのみです。



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徳島製粉の金ちゃんヌードルです。

即席麺業界では日本初のカップ麺を開発したメーカーですが名古屋以西でしか流通してないので、関東では買えません。

東日本大震災のときスーパーの棚から食料品が消えたときに臨時で入荷された即席麺に、これがあったので感激しました。
子供のころから食べ慣れた味なので、日清食品のカップヌードルより美味いのです。

四国へ帰ったときは、これを買い込んで来ようと決めていました。
因みに日清製粉と日清食品は全く無関係の会社だそうです。
ナルトナミキンツルという商標のラーメンが四国ではTVコマーシャルもやっていた定番商品でした。
埼玉じゃあ知らんわいのお。

実家へ帰るついでに納品すれば運送代の節約になると思って奈良までマスター車とチャンバー6本持っていきましたが、重大な見落としが発覚して全部やり直しという結果になりました。
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作るときに支給された写真を一生懸命見ながら行いましたが
キックペダルを踏み降ろすことは
只の一度もやった記憶がございません。

不動の車両だから必要なかったなどと言い訳をしても許される失敗ではありません。

納品してお客さんの所へ来て分かったので説明をする手間が省けました。
そのまま全部積み込んで持ち帰りです。
やり直し期間は6台分なので3週間くらいかかるでしょう。
全額前金でお振込みいただいていますが追加費用は当然全額自腹です。

従いまして注文だけされてお待ちいただいているお客さんは、さらにお待ちいただくことになります。
量産車を製造するメーカーでもリコールを出して対象機種、全品無償交換しているのを見て笑うておりましたが、今度は私のところが笑われる番になりました。


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今回の帰省の目的は父親を病院に連れていき精密検査と医師の診断を受けて、今後の対応を考えることでした。

もう実家にはクルマを運転できる人はいません。
実家から愛大病院まで1時間くらい走りますからタクシー頼むと往復運賃1万円です。

素人さんは「バスで行ったら?」と言われるかもしれませんが、健常者なら徒歩5分のバス停ですが、今の状態では移動は困難な上に頻尿で30分が限度ですから不可能なことをご理解ください。

県内最大と思いますが大きな病院です。
医師やスタッフの数も凄いですが、患者さんの多さにびっくりします。不自由な人がこんなに多いものかという思いと、健康でいられることが本当にありがたいと思いました。
先端の技術と経験豊富な先生の診断で、疑われた最悪のケースは免れたと思いますが、人間が生き物である以上、健康体のまま寿命を迎えるのも無理な話です。
昔なら寝たまま放っておかれて寂しいことになるだけだったと思いますが、現代は様々なサービスをしていただける設備やスタッフが待機しています。自分たちの努力だけで不可能な部分は、お金がかかると思いますが、惜しみなく活用して老後を過ごしていくやり方がいいと思います。

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実家に戻って容態が安定しているときは
家の周りや畑の延び放題の雑草を刈ったり、食料や医薬品の買出し、水が抜けてしまう鯉の堀を修理したり、あらゆる雑用を4日ほどこなしてきました。

勉強部屋の机から懐かしい写真も見つけることができました。

1981年、四国選手権第一戦 五明大会ですね。
MFJノービスのデビュー戦のときの写真です。

マシンは1年落ちの80年型RM125
マルシンのジェットヘルは自分で缶スプレーしたもの
シニサロのスナップで止めるタイプのチンガードは流行りでした。
5スナップの角バイザーは光安鉄美やマーク・バルケニアスが付けていたのに憧れて真似ています。
クシタニのナイロンパンツは国産初、プロショップタカイのブレストガードに革のグローブはクシタニのヒーローという出で立ちです。
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ノービス125予選のスタート直後
五明の第1コーナーは登り180°ターンでした。知ってる人は知ってますよね。

ご覧のとおり、人生初レースでしたが4番目スタートで出出しはまあまあでしたが
積雪の路面は滑りが半端なく、コケまくりで予選落ちでした。

先輩の秦英二さんは前年ノービスからビリでジュニア昇格して最初のレースでしたがいきなりジュニア両クラス優勝でしたので、しびれた内容の大会でした。

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そんな昔話を、親が寝たころに当時世話になっていたバイクショップの中川さんところへお邪魔して聞かせていただきました。
奥さんから魚のご馳走などいただきながら
3時間も話込んでしまって楽しかったです。

中川さんは15歳ころからBS90でモトクロス始められたそうでロータリーディスクバルブやクランク直結のフラマグ点火システムなど他メーカーを凌駕したメカニズムの話など他にもオートバイ店ならではの内容は、今でも興味深く堪能させていただきました。
現在65歳でも閉店後はスポーツジムでトレーニングしている中川社長の希望は死ぬまでオートバイに乗っていたいということで
「オートバイに乗れないで生きていてもしょうがないやろ」と言われました。
まったく同感であります。
基礎のできていない私に勧めてくれたRM80です。125よりエンジンが元気で小兵の私にも扱いやすく大変よい練習になりました。            押忍



72年は私、小学5年生でモトクロスなんて単語も知らなかったと思います。
もちろん吉村太一さんもジョエル・ロベールも名前を聞いたのは何年も後です。
最近でこそ、J・ロベールはネイションズのベルギーチーム監督として、TVに写っただけで分かるようになりましたが、彼がチャンピオンだったころのマシーンとなれば記憶にないのはもちろん、画像だってインターネット見るようになってからのことです。
そんな72年型ワークスマシンの復刻をやろうというのですから驚きの企画です。そのうちのマフラーの部分だけ我社で作ることを頼まれているのですが、安易にお引き受けした結果、分からないことだらけで参りました。
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物を作るのに図面が無いんですから、お手上げです。
寸法も自分で決めてくれということですから無い知恵を絞って寸法決めていますので時間がかかってしまうのは仕方ありません。

数枚の画像から形状を推定して型を決めていますが、どうしても分からないアングルがあって確認したくてもできない、もどかしさ。

大体のシルエットは出来ていると思い込んで作るしかありません。
これで展開してみます。

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開いてしまえば単純な展開図ですが
この妥協点に至るまで時間が掛かってしまいました。
日程的に限界がありますので、これで製作に取り掛かりたいと思います。









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パイプ繋いで車体とのレイアウトを確認してみます。
これ以上寄せられないクリアランスで出来ています。
ダウンチャンバーをフレームギリギリに収めるために、このようなデザインになっていることを改めて気付かされます。
大体5mmクリアランスを目指して取り回ししています。
車体合わせでないと製作不可脳なシビアさです。



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マウントステーも溶接して固定しました。
あと5台作りますので、今月は日程に余裕がありません。
お急ぎの加工依頼、修理等には当分の間対応できませんので、ご了承ください。


東日本最大のビンテージMXイベントの模様を、私中心でありますが収録してあります。
初参加で雨、などという酷い仕打ちに耐えながら奮闘するコンマイおっさんの姿を観てやってください。


RM125は30年ぶり、2ストレーサー運転するのは8年ぶり、路面はマディという多重の不安要素の中、無謀にもチャレンジしましたが、全身ズブ濡れで涼しかったので、想像より快適に過ごせました。
来年、また行くか?と聞かれたら、来年違う事やってそうなのでお答えできません。
思えば、私が菅生へ走りに行くときはいつも大雨だったような気がします。
何故か?
あそこは著名な人だけでも4人死んでいます。
矢島金次郎さん、乗本周作さん、秀孝さんの息子、沙耶の兄貴、
志半ば無念の死だったと思いますが、あそこには献花の一つもありません。
コース側では危険のないように配慮したコース作りはしてこられたと思いますが、安全性にも限界があるでしょう。結局、乗り手の意識と運が決定することです。
私の場合は霊的な物が守ってきたということで、レース日に雨を降らせてスピードを遅くし、こけても柔らかい路面で怪我もしないようにしてくれているのだと思っています。
だから、あそこではいつも雨です。

くぬぎ山荘の前の道をロードコースが見えるところまで上がっていくと、高井幾次郎メモリアルがあります。
幾さんが転倒死亡したコーナーが見下ろせる位置に石碑が奉ってあるのです。
故人の功績を称えるとともに、いつまでも忘れないでいてあげることが大事なことだと感じます。

わざわざ民族の大移動のように混雑する時期に里帰りはしません。だから田舎の墓参りも行けません。
仕事の遅れも理由の一つですが、今年ばかりは自分の無能さを痛感することになりました。
どうやら高齢の親が危ない状態で、本来は子供が病院に連れていったり、付き添ったりするべきなのですが、埼玉に住んでいては不可能です。親の介護などという事態になれば仕事と両方は不可能でしょう。
仕事を取って親を見捨てるか、親の介護のため仕事を辞めるか、究極の選択を迫られているような気がしてなりません。
親としては、息子が定年退職したら実家に戻ってもらって面倒をみてもらおうと願っていたことでしょう。
ところが息子は定年退職するべき会社にも行っていない。仕事を辞めて親の介護に専念できる経済的な余裕もありません。
どうしたらよいものか、しばらく悩んでみることにします。

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今月のチャンバー作り
今までと違うことは、チャンバースペックがありません。
現品も見本もありません。
寸法が全くわからないことです。
テリー・グッドさんの画像だけを参考に複製するという前代未聞のやり方です。
だから型作りに難航しています。
兄弟車種と思われるTM250のパイプを作って仮止めしながら、画像と違う部分の形状を変更していくという作業ですが
型代1万円で1週間以上掛かっています。
製作代金は型が完成している前提の料金なので、ここ1週間は日当千円以下(材料、消耗品もここから払うので)で働いています。もっと早く作らないと倒産することになります。
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あと一日くらいで型作り完了するでしょう。
そのあとは二日に一台ペースで注文台数、一気に作っていきたいと思います。

それまではバックオーダーも、急な加工、修理依頼も一切受け付けできませんのでご了承ください。




いつまでもこの仕事できそうにありません。来年のいまごろどうしているか、全く予断の許さない状況であります。

伊予小松は私の地元、予讃本線の最寄駅です。田舎町なのでMX色は全くありません。
あのような町で地元企業に就職していたら絶対に無かったことです。
そんな幻のクラブ名でエントリーして見ました菅生のビンテージMXでした。
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一応イベントなので自前の古着を出してきて着てみました。

練習走行前なので汚れていませんが、この後全身泥まみれになります。

田んぼで泥かけあう「泥祭り」の風習にちかいものです。
雨対策はゴーグルレンズの撥水処理とエアクリーナーの水侵入対策だけしておきましたが、やはり台風接近の菅生ですから、甘い考えは吹き飛びました。

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一回乗ってくるとこんな感じですが
電装やキャブの問題もなく、RM125は優秀なモトクロッサーです。
運転手の腕が悪いのに快調に走ってくれます。
しかし、現行モトクロッサーのようにパワーがありませんので、パワーバンドをキープできなかったら深い泥につかまって進んでいきません。
年式の30年差というものは、これほど違うものかという体験も貴重なものでした。



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パドックを見て回るのも楽しいビンテージMX

TTさんとこのマシンは古さと美しさが目をみはります。
ハスラー90の初期型とやらですが
当時の90ccクラスに使ったキットパーツ装着しているそうです。
エンジンかけてもらったら排気音は現行のリッターバイク以上です。
音量規制なし!これもビンテージのよいところ。



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これもTTさんのハスラー250初期型だそうです。古いんだけど、さりげなく取り付いたスペシャルパーツたちによって非常にまとまりがいいです。
正統派の改造は近年のカスタムバイクの姿とは比較にならない崇高な感じがします。

このあと泥のコースへ惜しげもなく走り出していくのですが、運転手さんのテクニックも熟練したもので安定して周回を重ねられる姿をみて驚きました。



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ホーリーさんとこの展示車、無限ME360
今日納車だったのでしょうか。
これ乗るひと幸せですね。

ほんと一点でも部品が欠いても仕上がらない特殊車両を何台も作られて、頭の下がる思いです。
ここに世界標準を感じるのであります。






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第1レーススタート!
リンク付きや空冷の混走ですね。
まだまだ台数がそろわないので
完全クラス分けをするとレース成立しなくなりますので、
レース形式ですから結果にこだわるのは当たり前ですが、マシンの仕様やライダーの体力年齢が違うので、自分の物差しを持って走られるのがよろしいのではないかと思います。




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今日、このひと一番速かったですね。
89CR125で、黒字に3桁ゼッケンがAMAナショナルのような雰囲気でした。

水冷エンジン、前後ディスク車がこれからはビンテージMXで増殖してくるでしょう。








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セニアスポーツクラス、2ヒート走りました。
両方ともスタートはホールショットさせていただきましたが、2コーナーで直ぐに抜かれて
ヒート1はKYBジャンプ前のコーナーで転倒して最後尾からの追い上げ。

ヒート2も2コーナーで抜かれて、目標に無転倒を掲げていたのに、コース外に転落して自力で戻れずオフィシャルの方に助けていただいてゴールできましたが
パドックへ帰ったときは他のライダーは片付けが済んでいました。
積み込み完了したらパドックには誰もいませんでした。ゆっくり国道4号線を走り、家についたのは夜中の12時でした。


モトクロスは運動です。体を使ったスポーツだと捕らえています。現行車であろうと旧車であろうと、道具を使ってするスポーツはこれに限ったものではなくて、トライアスロンやマラソン、野球に体操に格闘技 etc、どれもあり得ない状況で闘うスポーツです。上位に昇るためには地獄の練習をしてくるのはどの競技も同じことです。嫌だと思えばやめておけばいいだけです。

30年ぶりに空冷ツインショックでマディーレース走った感想は、マディーを制するテクニックも体力もノービス時代と変わらんということです。30年やっても一緒、しかし、やってなかったらもっと駄目。
こういうことが分かった一日でした。


最終レース、セニアスポーツ ヒート2です。
路面コンディション悪化のため、ヒート1出走者半分くらい棄権で台数少ないです。

月日が経つのは早いもので、前後ドラムブレーキ車の整備を2014年にやることになろうとは20歳ころに想像できたでしょうか?
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前後ワイヤー式のブレーキなので、ワイヤーインジェクターの出番です。
この道具は30年前から使い続けています。

CRC556をブシューと噴射して
ケーブル内を浸透し
ワイヤーの反対側からCRCが噴出したときの気持ちよさ。
ノービスのころはレース毎にやっていたメンテナンスですが、やってないとライバルに負けてしまう気がしていました。
ブレーキパネルのグリースアップも同時に行います。

今週末はスポーツランド菅生でビンテージDEモトクロスがありますが
台風接近が予想されますので摺動部分のグリスアップは旧車にとっては重要な作業となります。
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破れたグリップラバーの補修にはシューズドクターを使います。
破れたグリップから泥が侵入してアクセルワークに支障が出ることを防ぐためです。
新しいブリップに交換すればいい、という考えはビンテージMXの分からない人ですね。
スズキの純正グリップを見て、触っていたいから補修しても使い続けたいのですよ。

高性能を求めたいなら新型車に乗ればいいだけのことです。

シューズドクターはプロのレストアでもご用達でダメになったゴム製品全般の再生、補修に使われている裏技です。


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雨でなくてもタイヤは重要です。エンジンやサスは騙しだまし乗れても、チビたタイヤ(西の方ではチビル、東では減る、と言います)
では上手く走らせることができません。
元々腕が悪いんですからタイヤのグリップ力に助けてもらうのはズルくないですよ。

フロントはIRCのIX07S現行のパターンですね。
リヤはDUNLOPのMX51ですが18インチなので選択肢は少ないです。
私的にはブロックの角があれば、どれでもOKです。

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あー、シートのセットボルトがギリギリ締まっています。

元々この位置だったか、シートベースが歪んで寸法が狂ってしまったか、わかりませんが
せっかくのフランジボルトなので座面全面が密着するようにしたいものです。

昔、走りながらシート落としたことがあって・・・
ボルトは締まっていたのですが、シートレールが折れてリヤフレームごと地面に落ちていました。

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これはー安直にセットプレートの穴を空けなおして、シートを前に1cmずらしました。

4点止めが2点止めになってしまいましたが
まあ大丈夫だと思います。

走行毎点検ということで、いつかシートスポンジ外す機会があれば、裏側のナットを移動することにします。




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シフトペダルのボルトを締めこんでも、セレーション部にガタがあってペダルストロークが大きく、フィーリングが悪かったのですが
そのまま放っておくとセレーションをナメることになってシフトシャフト交換になってしまうので、
ペダルの割り締めの隙間を大きくしたら
締めあがりました。

これで大丈夫。




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チャンバーに軽い凹みがあります。
実用上、問題ない程度ですが
凹んだチャンバーほどみっともないものはないです。

直しておきましょう。

通常は水圧をかけながらハンマーリングで直すところですが、加圧中に水漏れする部分がありましたので、あまり圧力は上げられませんでした。
やはり30年以上経過したチャンバーは接合部が弱ってきているようです。
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圧力不十分なので完璧には出来ませんでしたが、この程度で我慢しましょう。

いつかチャンバー製作してオリジナル品は保存しておくことにします。

軽く錆び落としして耐熱ペイントしておきました。

外観で分かるところですから、我慢できなかったんですよねー。

人生のパートナーがひとつ増えました。
私のモトクロス入門車は79年型RM125でした。渡辺明さんが78年に世界チャンピオン獲得した
マシンのレプリカとして79年に発売されたモデルです。
学生なので新車は買えなかったですが、地元MXチームの先輩から中古で譲ってもらったものです。
しかし、初心者だったのでオートバイの良し悪しも分からず、不満もなかったですが
未熟運転のため、ろくな戦績も残せずホンダ車に乗り換えて32年の歳月が流れました。
この間にいろいろなことを経験して、目をつぶれば苦労したこと、嬉しかったこと悔しかったこと、走馬灯のように思いだしました。
そして今回は入門車よりは1年古いモデルですが、78年型RM125に再会することができました。
提供してくださったのは、継続的に取引していただいているVMXワークスショップのホーリーエクイップさんです。
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きっかけはホーリーさんからの電話でした。
「オートバイ一台置くスペースありますか?」
一体どういうことか話を聞いていくうちに、どうやらこの古いモトクロッサーを有効に残していく場所がどこにあるかということを模索しての打診であったと思いました。
いろいろとやるべき事が多くてこれ以上仕事は増やせないなと思って、少し乗り気ではない返事をしていたのですが
徐じょに高齢化していく自分の身のことを考え、これからのモトクロスとの関わりも踏まえて旧車モトクロッサーに乗る事も必要であると考えました。


現代の製造業は電子制御の工作機械や無人のオートメーションによる大量生産方式が主流で、人の手によらない機械の性能によって物作りが行われる時代です。
その結果、どうなっていくかと言うと、人間の手先や経験による技術は失われていき、やがて高性能な機械が人間に取って変わる時代になるということ(既にそうなっている)。
そして、充分起こりうる自然災害によって電力が失われたときに製造業が無能力化してしまうことになります。(3年前に経験しました)
20年ほど前から会社を辞めて取り組んできたことは、機械設備に頼らないアナログ的なハンドワークの手法にこだわることです。
現在の市販モトクロッサーの技術開発の方向性は電子制御やサスペンションシステムの性能によって人間の運動能力を補うことであると考えられます。
その結果、同じライダーがラップタイムを短縮することが可能になりますが、ライダーの運転技術は向上したことにならないですね。
制御系を殆ど持たない70年代モトクロッサーを経験することがオフロードの運転技術を習得して体力維持、健康増進に役立つということを目的にビンテージMXやっていきたいと思います。

全日本MX関東大会のホンダブースにてついにベールを脱いだ、ホンダ初の2ストレーサーの復刻番です。
72年当時の原車は既に廃却され何も残って無かったそうで、これは再生車ではなく新造によるものだそうです。総製作費8千万円にも昇るプロジェクトの背景に何があったのでしょうか。
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335C復元を知ったときに、いよいよホンダもこの時期がきたのかと思いました。
20年前なら、このような提言をする社員はいなかったでしょう。
それは新機種の開発をして量産、販売することが命題の企業にとって過去の製品を再生するなどということが業務であるはずがないからです。

5年ほど前でしょうかTVで自動車メーカーマツダの取り組みを観ました。
現行のオートメーション化された自動車作りの中で昔では必要不可欠だった金属加工技術の技能者が失われつつあるということで、ベテランの技能者を指導員として、若手社員一人を現場から離職させて技能習得に専念させるという取り組みです。
マツダが危惧していることは、現在の加工技術者は設計データーを加工機に送信して動かすということが主流で直接ワーク(加工物)に触れることもなく製品が出来てくることによって技能者がいなくなってしまうことです。
そこで生産には全く必要ないですが、物作りの原点に戻って技術を伝承するということが、今回の335C復元プロジェクトにも共通する目的ではないかと思います。
これは会社の経営にとっては無駄なことのように思えますが、自分の勤めている会社の歴史を特に開発に関わる人間が知らないで業務に携わっていることが、これからの新機種開発においても創作センスという点に於いて弱体であると、上層部の人が感じてきたのだろうと推測します。
だから一見利益にならないプロジェクトにも多額の予算がつぎ込めたと思います。
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完成した335Cは中古品一切なし、新車の72年型ワークスマシンです。

このようなことは私の知る限りでは世界的にはじめての試みでないかと思います。

その甲斐あってか昼休みのOFVメインストレートでのデモ走行の人集りは
初の4ストモトクロッサーYZ400展示のときを凌いでいました。

人は自分で買えるものより、絶対手に入らないものに強い憧れと尊敬の念を持つのかもしれません。

問題は技術の伝承や体験が目的ということですから、これを継続していかないと一過性のものに終わってしまうことになることです。次回の復元プロジェクトは果たして行われるでしょうか、今後に期待したいと思います。
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経験者の高齢化はいやでも進みます。
製作スタッフもレースで戦ったライダーも同様です。
実際に初優勝した伝説のライダー吉村太一さんがコスチュームも当時に似せて復元された335Cに乗車しました。
インタビューに対して
「めちゃめちゃ調子ええ!これなら今日のレースも勝てるわ。」とユーモア交じりでコメントされてはりました。

72年は今年51歳になる私でも小学5年生、勿論モトクロスなんか知りません。
これが分かる観客の多さにレース会場の高齢化が進んでいることが伺えます。
そういえばレース走っているライダーが若いのは当たり前なんですが、中高生が自転車やバスに乗って観戦にきてる様子が全く感じられません。若者の人気スポーツではないのだということを意味しています。メーカーさんはどのようにお考えでしょうか。

少し思い出したことがあって、私なりの会社観を述べたいと思います。
ホンダという会社は良いところと悪いところ両方がありました。
良いところとは、社員一人一人に仕事を任せること。逆に言うと教えないし出来ないやらない人は放っておかれる。その結果、人事面で評価を受けるということ。(昇給や他の職場へ飛ばされる)
悪いところは、他部門との連携が悪い、繋がりが少ないこと。専門性が高く研究部門では大学の工学部より高度な専門知識を持ちながら、現場経験がないので活用の仕方を知らないなど。
全ての部門で当てはまるわけではないですが、会社組織が大き過ぎて管理職の人でも他部門のことは詳しくないということです。
2輪と4輪なんか設備や経験を共有しようとしないし、まるで別会社のように分かれています。
それぞれ機密事項もありますし、プライドもあるので事業所間で情報交換などありえません。
そんな大会社ですが2輪R&Dでは技術の習得、体験などという名目で給料貰いながら教育を受けられるという余裕があるのです。
そういう職場に配属された社員は幸運といえるでしょう。
普通、経験や学習というものは自分の金と時間を使わなければ得られませんからね。
私の所属した部署の上司はこう言いました「仕事は自分でやっていてはダメだ、いかに人にやらせるかということを考えろ」
これを聞いたら、今の自分なら「仕事を自分で抱えていないで、関係部門と連携して円滑に運べ」というふうに解釈できるのですが、若かったそのころは、自分で出来ないことを人にやらせるなどということは能力のない奴のすることだと思い込んでいました。
ホンダは大きい組織なので分業が基本です。だから自分の担当のことだけできれば充分なのですが、下請けの部品メーカーはそうではありませんでした。
上に立つ者は担当する職場の全てを分かった人が就いていました。即ち製造部長や品質課長は、どの部下より経験と技術を持った人と決まっていました。
ところがホンダの体質として末端の業務は所属長が出来る必要がありません。管理職は出世コースの人が就きますので数年で別の部署へ移動していくのが慣例なのです。
そんな会社の体質が分かってきたころに「自分で出来る必要がない」と言った上司の元では働くわけにはいかない、希望の職種に移動が通らないのであれば会社を辞めるしかない。
辞めないのであれば、生活のため上司の言うことを聞いて定年まで我慢しろということです。
私の信念は自分の技術で仕事ができないのであれば職を辞して自分でやる、ということだったのです。
実行しない信念はウソと同じですから会社を辞めたという経緯です。
2輪R&Dのような給料もらいながら技術の体験、習得ができる職場でしたら、もっと長く会社勤めしていたと思いますが、上司の軽い一言が部下の人生を左右することもあるということを言いたいです。



335Cについて少しだけ知ったのは、最近の話で雑誌読んだだけの知識でした。
現役時代は、勿論知らなかったし興味もありませんでしたが
2ストエンジンの製造を宗一郎さんから禁止されていて、朝霞のメンバーで極秘に行われていたこと
実戦初レースはエキスパートジュニアの松浦(ウイリー)さんだったこと
最初のエンジンはスズキRAがそのまま流用できたなど、現在のモータースポーツ体制から比較すると
黎明期であったことが想像されます。

ホンダ広報部によるPRビデオだと思いますが、元社員でありながら初めてみました。
1972年吉村太一さんによる335Cデビューから第3戦初優勝までの記録

私個人的には四国選手権デビューした松山オートテックの映像が第2戦に収録されていることが大変うれしいです。コースレイアウトは全く同じですからあのころを思い出しますね。

今の若いライダーが見ても何がいいんだか分からんでしょうね。あの時代に生きていたこと、ピーキーなエンジン特性でストロークの少ないサスペンションでコース整備もしてない路面をハイスピードで走っていくセニアクラス(年寄りじゃないよ)の走りは圧巻です。

これを見て吉村太一さんのファンにならない人はいないんじゃないかな。

長期滞留車集中業務、去年12月から第5弾になります。

今回はワンオフではなく10台ロットの生産になりますので、終了まで当分の間新規ご注文はお引き受けできません。

何故10台かと想像するに、35年前に生産されたCR250(機種コード430)がビンテージMXとしては世界中で最も保有台数が多いらしく、当然純正パーツは絶販で

チャンバーなどという薄板の板金部品は相当腐食して実用に耐えない状態のものが多いと推測します。そこで絶販のチャンバーが新品購入できるとなると、喜ぶビンテージマニアも少なからずおられるのではないかということで複製に挑みました。

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販売は全面的にホーリーさんになりますので、個人的に頼まれてもお作りすることはできません。

それはこの商品を企画し、原車提供していただいておりますので、その轍を踏まない方の依頼は430に限らず不可能であることを申しあげておきます。

パイプのレイアウトが一部出来上がってきました。

あと一日くらいで全体が見えてくると思います。

 

 

えー、上の状態は昨日昼ころで、次の画像は今日の午前中、歯医者へ行ってから昼前の状態です。

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パイプは一通り繋がりましたね。

サイドカバー付けて、構成部品の隙間等チェックして、マウントブラケットやスプリングフックを付ければ完成です。

 

ワンオフではないので複数作ったときの同一性を検証しなければなりませんが、このあと数個作ってみて比較してチェック項目を決めていきます。

 

 

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パイプの成形も基本的にハンドワークなので、均一なパイプを作るのは職人の手加減にかかっているところが、一般的な工業製品と違うところです。

従って外国に出回って模倣されようとしても、同じ努力をしなければ出来ないはずなので、作ることのしんどさに耐えられる人間でなければ無理でしょう。

 

 

 

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サイドカバー付けてみて焦りました。

隙間ギリギリなんです。

図ったわけではないですが運がいいだけですね。

ノーマルも同じような隙間だったのでパイプ作りの精度が間違っていなかったといえるでしょう。

5個くらい作って形状が安定していることを確認してから、取り付け治具を作成して車体なしで受注生産できる体制にする予定です。

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元英国皇太子妃ダイアナさん2回目の来日のときでした。90年11月(29才)

当日の朝まで訪問されるVIPの名前は極秘扱いでしたが、自動車の製造現場に王室の方が来られることは非常に異例だと思います。

これも、英国人が自動車の文化に親しみがあり、モータースポーツにも理解が深いことを表している証拠です。皇太子妃をお迎えするために、ホンダエンジン搭載した英国コンストラクター、マクラーレンのレースカーと出来上がったばかりの新型車NSXを、工場の中庭に展示していました。

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これほど貴賓に満ちた女性を見たことがありません。

これから油まみれの機械と部品がひしめいた製造ラインへ視察に入られたのですが、自動車の華やかな部分だけではなく組み立ての過程に興味をもたれたところに、好奇心旺盛なダイアナさんらしさを垣間見ることができます。

これは貿易とか商売の目的ではなく、彼女個人の遊び心と日英友好の標であったと思います。

こんな自動車好きの国民性ですから国内のいたるところにサーッキットがあり、オフロードコースやダートトラックならどこの町にもあるくらいモータースポーツも浸透しています。戦時中の首相チャーチルさんの住居、ブレナム宮殿の敷地内でWRCラリーを開催したとか、アイルランドのマン島では島中の公道を封鎖してTTレースを開催しても何の問題もない国ですから、モトクロスのネイションズを開催するのに、国有か個人所有かわかりませんがお城の敷地を解放して、世界中の元トップライダーを集めてベテランズ版ネイションズも開催しています。

ジェフ・スタントンを追うジェームズ・ダブの迫力あるシーンが7:00あたりで見られます。モトクロス通の人なら他にもお気に入りライダーが見つかるでしょう。

ここのすごいところは、80年90年代のビンテージマシンが当時のようなワークス体制で参戦しているところで、デビッド・ソープやジェフ・スタントンなど英米のチャンピオンライダーの走りもすごいですが、マシンのコンディションも万全体制で車両みるだけでも楽しめそうです。確かこのコースは80年代にWGPで使った場所ですね。エリック・ゲボスが500ccで走っていたころビデオ鑑賞した覚えがあります。

'>動画の最後の部分にあるダニーMAGOOチャンドラーのメモリアルを見て改めて感動しました。

82年ドイツで250cc、83年スイスで500ccに乗って、全てのヒートで1位という、ネイションズ史上パーフェクトモトフィニッシュを決めた唯一人のライダーということで表彰されています。

チャンドラーさんは去年亡くなられましたが、私には忘れない記憶があります。狭山工場に配属されて最初に栃木のテストコースへ出張したときに宇都宮駅前に会社のバスが向かえに来るのですが、バス停で待っていたチャンドラーとジョニー・オーと一緒にバスに乗っていったことです。こんな世界で一流のライダーの隣に座っていくなどという、他愛無いできごとですが運命を感じます。

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この様なイメージで、という依頼ですが

写真だけなので寸法がわかりません。

イギリス在住のコレクターさん所有のRC500M。グラハム・ノイスが世界GP500ccクラスのタイトルを獲得したチャンピオンマシン。世界に1台しかない歴史的価値のあるこの車両を、僅か1000万円で売りに出されているそうです。是非、あなたのモーターサイクルミュージアムに加えてみませんか?

三つ又の詳細はφ39のフロントフォークとノーマルステムシャフトの穴開けだけノーマルに倣い、その他は全部勝手にビンテージ風に加工しました。

 

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430は77年ー79年CR250ですが、福本敏夫さんの#3車RC250Mを参考にワークス風トップブリッジ、ボトムブリッジのセットを二組加工しました。

フライスでハンドワークなので丸2週間、時間にして140時間。立ちっぱなしで機械のハンドルを回し続けて削りました。

その間、他のバックオーダーの製作は全く進んでいない上に、毎日注文が入り続けます。そろそろ一月のご注文の品物に取り掛かからないと大変なことになります。

そのあと、2月3月分と進めてまいりますので、これから製作依頼されるお客さまは5月以降の着手になりますのでご了承ください。

先週から加工中の三つ又が大体完成したので、組み付け確認しました。

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クランプ部分のノーマルボルト装着、

φ39フロントフォークはチェッカーズ所属島田さん所有のワークス467(80年式)を拝借して挿入してみました。

ステムシャフトはノーマルを圧入してあります。

3点の穴位置が正確でないと組み立て不良になってしまいますが、装着確認できましたので安心です。

 

 

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裏側の肉抜き加工も手間をかけてあります。実車では見えない部分ですが、必要な剛性を確保しながら軽量に仕上げるという意味で重要な加工です。

本職の機械加工屋さんなら3次元測定器を使った精密な測定で寸法を割りだすでしょうが、ここではノギス測定だけで寸法を決めて設計しましたので、寸法誤差が非常に心配でしたが、組み付け確認の手ごたえは0.1mm程度の誤差で収まっているでしょう。

クランプ径が隙間ゼロで加工してありますので0.1mmほどクリアランスを増やしても良さそうな感じでした。

機械加工の工賃が聞いた話によると、日立製作所で1時間あたり3500円ということで一日10時間労働したとしますと、1日35000円になります。

ハンドワークなので全工程で6日間かかりましたから、上下セットで210000円が世間の相場ということになります。メーカーの試作でしたら、それくらいが妥当だと思いますが

これは一般のお客さん向けの商品ですから、そのような高額な取引は成り立たないでしょう。そこで大幅にディスカウントして提供ということになりますが、商売上の秘密で金額は申し上げることは差し控えさせていただきます。これは加工技術の訓練ということでお許しください。

スズキRMの前のモデルはTMという名称でした。昭和38年生まれの私でさえ乗ったことがありません。

エンジンや車体はほぼハスラー250ではないかと思います。ハスラー90は持ってましたけど、何処へやってしまったかさえ覚えていない遠い昔のことになってしまいました。

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さて今回の製作依頼はTM250のチャンバーです。下に置かれた純正品が老朽化のため新作することになりました。

当時のレーサーはサイレンサーもありませんが、テールパイプにスプリングフックは付いているので

オプションでサイレンサーを装着できたのでしょう。

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潰れたノーマルチャンバーを元に採寸して製作したニューチャンバー。

 

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口元フランジも絶版ということで、新作し、ニューチャンバーとセットになります。

採寸した諸元はこのようにガバリを作成して鉄板に罫書いて製作します。

IMG_0695.JPGそして、オプションのサイレンサーも取り付けました。

 

レストア中のこのマシン、クランクケースもOH中なので内部が確認できますが

これはプライマリーキックではないことが分ります。

最近のオートバイは全てプライマリーが当たり前になっていて、ギヤが入っていてもクラッチを切ってエンジン始動ができる構造になっています。

それはキックギヤとクラッチアウターのギヤの間にプライマリーギヤが存在してメインシャフトの連結をクラッチで解除しながらクランクギヤを回せることで、ギヤが入っていても始動できるわけです。

しかしTMにはプライマリーギヤの軸穴が存在しないことが右ケースを見れば分ります。

キックギヤとカウンターシャフトのギヤが直結の構造です。

即ち、ギヤをニュートラルにしてからキック始動できたということです。

ギヤが入っていれば押しがけはできますから、ロードレースでも押しがけスタートが主流でした。

モトクロスでは、今のようなスターティングマシンは無く、エンジンを止めた状態でオフィシャルの日章旗を振る合図でキックスタートでレースしていました。

当然、右足でキックして、左足でギヤを入れてスタートするわけですから、予めギヤをいれてキックできるプライマリー車の方がスタートが優位だったわけです。

古いマシンを乗っている人を見て、「新型のマシンの方がいいよね」という人がいますが

これは古い名作映画を観たり、懐かしい歌謡曲を聴いたりするのと似ていると思うのです。

新型が性能がいいのは当たり前、いつまでも自分の青春時代のマシンを楽しんでいたいという欲求があることを非常に理解できます。

このダウンチャンバーのリバイバルは口元フランジとサイレンサーも新作で3台分同時に、しかも前金で依頼されていますので、他の仕掛かり業務も含めて8月中に急な依頼がありましてもお引き受けできませんのでご了承ください。

今日は午前中の仕事を片付け、納品を兼ねてMXビレッジへ観戦にいきました。

実は今回、唐沢栄三郎さんが走るという情報を事前に聞いていましたので

それが目的でもありました。

しかも、マシンは80年に全日本山口大会で唐沢さんが総合優勝した21番車の実車を奈良県の

VMXワークスショップのホーリーエクイップさんがレストアして持ってこられていました。 IMG_0401.JPG

これが30年前に唐沢さんが乗って優勝したマシンです。

今日のエキスパートクラスでも2ヒート完全優勝でした。

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ガッチリと握手を交わす現オーナーの堀口さんとライダーを引き受けてくださった唐沢さん。

本日、夢の競演を実現していただいたお2人です。

私がホンダに入社して和光工場の実習生だったころ

ようやく給料を貰えるようになったので、MXを始めようと思って、田舎者の私は雑誌の広告を見て

御徒町のモトレオン(現ロッキースポーツ)へマシンを探しにいきましたが見つかりませんでした。

そしてその近所にモトバムというロードレースで有名なお店があったので飛び込みました。

83年型CR250を新車で取り寄せていただき、代表の池沢さんが元ホンダのモーターレク推進本部におられて、モーターレク契約ライダーと仲がよかったらしく

「工藤君、MXやるんだったら先生がいたほうがいいでしょ」といって、唐沢さんを紹介していただいたのでした。

桶川の「山田うどん」で待ち合わせて練習でご指導していただいたことは忘れません。

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このチャンバーにヒートガードが着いているのを見て思い出したことがあります。

3年くらい前、世界の鈴木都良夫さんがCRのチャンバーを修理しに我社へ来られたことがありました。

ビンテージMXに出ていることはそのとき聞いたのですが、膝が熱いのでヒートガードを作ってほしいと頼まれて作りました。

まさか都良夫さんが乗っていたのが唐沢さんのマシンだったとは、今回これを見て知りました。

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ヒート2の前、スタートを待つ唐沢選手。

ジェットヘルにシニサロのチンガード。カッコ良すぎます。そして鮮やかな走りは現役時代そのままでした。今でも相当トレーニングを積んでいらっしゃることでしょう。

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狭山レーシング時代からお世話になっている原口衛選手。

元無限契約ライダー、79年国際B級250ccチャンピオン。

ちなみにホーリーエクイップの堀口さんは同年のジュニア250ccチャンピオンでした。

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城北ライダース出身、吉友寿夫選手。マシンは珍しいヤマハMX250.

国際B級時代、モトロマン所属でゼッケン#1でした。

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うず潮RC所属、国際B級の田村勝弘選手。徳島阿波レーシング出身。

マシンは86CR125。CRシリーズの生産を八千代工業へ委託していたころ、彼の手によって組み上げられた量産車を当時から放さず持っているそうです。

 

IMG_0412.JPGエキスパートクラスのスタート。私の得意なヘッドタッチ方式です。

 

 野宮修一選手とKX250。

前回優勝だったのに

今日はブレーキのトラブルで3位に甘んじてしまいました。

悔しさが表情に表れています。

気持ちはまだまだ現役ですね。

 

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旧車のイベントには旧車が集まるというわけで、こんなマシンに出会いました。

トーハツの50cc2気筒ロードレーサーです。

  IMG_0419.JPG精巧なエンジン部分。乾式クラッチにフロートチャンバー別体式のキャブレターはアマルかな?

非常にシンプルな走るためだけの機械を感じます。

IMG_0418.JPGドラムブレーキのベンチレーション。風量アップのため手製のエアインテークを追加しています。

オートバイの正しい楽しみ方をしていらっしゃるのでしょう。

今日は楽しいものを沢山見せていただいて大変ありがとうございました。             

1980年香川県丸亀市の特設会場。瀬戸大橋もまだ出来てないころ

学生だった私は四国選手権でこのコースを走った覚えがある。

同年の全日本も日曜だけ観戦した。

当時はA級のレースは土曜日125クラス40分+2周2ヒート、日曜日250クラス40分プラス2周2ヒート。日本のMX史上最強のレース内容だったのではないか。

日曜の朝、会場に着いたら海岸のパドックにゼッケン#3福本車のRC125が優勝したということで展示されていたのを鮮明に覚えている。

23歳の東福寺さんが#7でヤマハファクトリーなんて今モトクロス観にきている人はどれだけ知っているんだろうか?

丸亀製麺で懐かしい貴重な記事を見つけたので勝手に拝借です。

エルシノアはホンダが発売した最初の市販モトクロッサーです。73年が初期型ですが、これはフレームNo.から75年式と判明。

リヤフェンダーのライセンスステッカーにはステート・オブ・ミシガンの文字。

そうです、アメリカから運ばれてきた中古車です。

機種番号400、ノーマルはダウンチャンバーですが、AMAライダーのマーティー・スミスが乗っていたファクトリーマシンはアップチャンバーでした。

鈴木秀明さんが全日本で乗った白い無限ME125もアップチャンバーでしたね。

無限で開発したキットパーツと思われますが、奈良県のVMXショップ、ホーリーエクイップさんから見本の画像をDVDで送ってこられ、図面なしで製作依頼を受けました。

「これではよくわかりません」と申しましたら本物現品の画像をメールで送信していただいて

ノーマルの潰れたダウンチャンバーから寸法を推定し、オリジナル製作に漕ぎ着けました。

クリーナーボックスとリヤフェンダーを加工する必要がありますが、専用ステーでボルトオンできます。

世界中のビンテージマニアのお客さんからオファーが届いているということで

治具製作して75年モデルなのにラインナップすることになりました。

ご注文はホーリーエクイップさんへお願いします。無限レプリカー2.jpg 無限レプリカ.jpg

私がモトクロスを始めたきっかけは渡辺明という世界チャンピオンの存在を知ったことです。

78年チャンピオン獲得マシンと同じ仕様の市販モトクロッサーが79年式RM125です。

私が四国選手権ノービスにデビューしたのも同マシンですから、30年も経って再会し、しかもそのチャンバーを復刻することになろうとは想像していませんでした。

何はともあれ、懐かしのマシン

丹精こめて作らせていただきました。

もちろん依頼されたオーナーさんのためのワンオフ製作です。 IMG_0107.JPG IMG_0105.JPG

綺麗にレストアされたCR125、機種番号444。鉄騎兵跳んだモデル

全塗装に再めっきで新品シートレザー、新品プラスチックパーツ、アルミタンクは純正品をワークスもどきに追加工したスペシャル。リヤショックは懐かしいFOX製エアショックだ。

ご注文はチャンバーとサイレンサー。純正スペックを復刻したオリジナル製作、サイレンサーはノーマルがスチールのところオールアルミでスペシャル仕様に変更した。

生産台数2台のワンオフ(ツーオフ?)マフラーの完成です。

これでオーナーさんは今年のVMXに参戦する模様。IMG_0265.JPG

アルミタンクはワークスモトクロッサーだけの物ではない。70年代後半までは量産車がアルミタンクだったのに、大物は金型でプレス成形されるが、溶接などハンドワークの部分に熟練が必要なため、生産性のよいプラスチックタンクへと変更されていったのだ。 昨今のビンテージオフロードの盛り上がりで70年代後期のレーサーもレストアされレースに参加する台数も増えてきた。ところが30年も前のプラスチックはどうしても劣化が進み、軽い衝撃でも割れてしまって、ガソリンが漏れてしまうのだ。接着材で補修しても耐ガソリン性のものはなくて使い物にならない。塗装しても揮発するガスで塗膜が剥がれてしまう。 そんな悩みを解決するためにアルミタンクを製作することにした。タンク専門の会社に依頼すると、量産とそっくりな形状の品物ができるが、必要なモデル代、金型代、を負担した上に製作費がかかるので、すくなくとも35万円は かかるらしいが、お客さんの依頼は1個だけなのでそのような金額では諦めてしまうだろう。今回はプレス成形を行なわない方法、アルミ板から叩き出す板金手法で作ったタンクだ。 全体のデザインを決めるアッパーハーフをハンマーで叩きながらカーブをつけていく。見本と見比べながら感を頼りに曲げていくのだ。一枚板では不可能なので、要所要所分割して成形して溶接で組みたてていく。フレームに組みつけるロアーハーフも車体に取り付け確認をしながら成形していく。アッパーとロアーを接合する前に形状を整えないと、後からでは叩けないのだ。溶接が全て終了したら、水を満タンに入れて洩れがないか確認する。エアーを入れて水没させる方法もあるが、加圧してタンクが膨らんでしまうことがあるので、水を入れた方が安心なのだ。これでプロの塗装を施せば、アルミ製の複製タンクであることはよく観察しないと気がつかないだろう。 アルミタンクはけしてワークスチームだけのものではない、むしろ庶民的な旧車マニアのためにあるのだ。