■ レース参戦・スポーツ走行など

この時期は猛暑を恐れたり、盆踊り大会の準備で都合がつかなかったりで
なかなか難しいですが、まあまあの盛況ぶりでした。

私も右腕の腱を損傷しているのでモトクロスはお休みしようと思っていましたが
RM125が過去2回の大会にエントリーしながらレースを走れなかったので
(一回目はスプロケの山がナメてチェーン切れ、2回目は過労のため朝起きれず)
今度こそ走っておかないとレース開催のために多大な苦労をされて遠征して来られている
主催者のホーリーさん一派に申し訳ないなと思い、強行しました。

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パドックでの団欒

板金塗装でお世話になっているフラワーオートさんですが
「綺麗なマシンは速い」ならぬ
「ぼろいマシンでも速い」を実行する
シマノさんの79年式KL250をメンテするお弟子さん。

オートバイは車庫に100台以上所有しているはずですが
わざわざ解体屋に行って5千円で仕入れたマシンで出走です。
トレールクラスで最初は快調に走れていましたが中盤でエンジン不調になってリタイヤ

「たぶんコンデンサーが逝った」
ポイント点火のエンジンですから古いやつはありがちなトラブルですね。


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オソロシヤよりも恐ろしいと思っています
コマキさんのW1ーSです。

左アップのキャブトンデュアルマフラーの
ヒートガードがバンブーという凝りようです。

重戦車のサンダークラスやWGPクラスで
両方勝利していました。

排気音ドドドドド・・・
吸気音ヒューンヒューン
音が最高なマシンですね。

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川重合併前のメグロ車でしょうか。
英国車風の右チェンジ、左フットブレーキ

車体細部に加工された跡があり
この車両で真面目にオフロード走行することを考えた作りになっています。

シートのめっきモールが入手不可能になったら金型代100万円負担してまで復刻してしまうという、(それだけでないですが)川島町の本田航空前にあるW1専門店フカイさんとこで製作されたと思います。


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M40年式不詳
名門城北ライダースの展示車

久保三兄弟の長兄靖夫さんによると
城北のメンバーだった菅家安智さんが
乗ったマシンだそうです。
レーシングカート世界選手権でアイルトン・セナを破ってポール・ポジション捕った人が全日本MXにグアム島チャンピオン、ジョーイ・クリソストモを呼んで
若き日の堀口さんと対決するなんていう
歴史が、ずっと続いているんですね。
言葉に表せられない気持ちです。

ピストンバルブのエンジンにキャブレターはアマル社製。
国産の気化器が無かった時代ですが
浅間のころは全部品国産の規則だったはずですが、例外もあったのかな。
私シロウトなんでワカリマセン

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Lサイドビュー
ステップの下の2枚のギヤとチェーンが見えます。
前踏みのキックを後ろ踏みに変換する改造を行ったそうです。ハジメテミタ

3軸のエンジンはクランク側から
正転⇒逆転⇒正転⇒後輪

一次減速後のメインシャフトギヤにキックギヤが噛んでいるのですが、プライマリーギヤがないので、正転キックだったのかな
とか外側から想像してしまいました。

お手製のチャンバーも美しい形状です。


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さて、いよいよ公式練習の時間です。

となりCR250はチェッカーズ、シマダさんの
467(80年式)杉尾練習車

これを眺めておられた一人の紳士が
元RSC監督だった野口さん。
私が狭山レーシングだったころ顧問をされていて、最期にお話ししたのは88年。
「B級のレースはどうだい?」と声をかけられたのを覚えています。

去年、藤秀信さん同大会にエントリーされたときも観戦に来られたそうで
藤さんはヤマハ時代に福岡プレイメイト所属だったのは有名ですが
76年ころはホンダRSC契約ライダーとしてチーム名はテクニカルスポーツというんですけど、エルシノアのダウンチャンバーマシンでレースしておられました。
その時代の上司が野口さんというわけです。
その影響力を知ったのは、狭山RTの先輩、井本さんが86年B級で固定ゼッケン4番付ける予定だったのですが、
野口さんが当時MFJ委員長だった神谷さんに「神忠に言っといてやるよ」といったj条件がありました。
関東選手権の第1戦でB級優勝すれば、全日本桶川大会からA級昇格を認めるというものでした。
そして井本さんは関東選で両クラス優勝して特別昇格を決めたのでした。
86年全日本MX桶川大会の国際A級250ccヒート1のスタートグリッドに向かうとき、狭山RTのテント前で、当時CR委託生産していた八千代工業柏原の山田工場長が拍手で出迎えておられた姿を見て量産車、開発ライダーとして最高の栄誉が得られた瞬間だと認識しました。
当時、正社員にA級昇格は不可能と言われた時代ですから。
国際A級250ccクラスゼッケン48番、27歳の若手が誕生したのは野口さんの口効きがあったと記憶しております。

藤さんに誘われてヤマハ本社まで出かけていき当時のライバルの技術者さんたちと生存確認してきたと話してくださいました。
狭山RT辞めちゃって気まずくしていたわだかまりが、29年経って解けた気がしました。


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最終レース、エキスパートスポーツ(125)

ガソリンがオーバーフローしてクランクケースから溢れ出てエンジン降ろしたり
欠品のドリブンスプロケットを手作業で作ったり
何かと不安材料を抱えたマシンでありますが、3大会目で、ようやくレース走れました。

前にXL250SとRM250が見えましたが
全員元B級ということで、楽しい走行時間でした。
レース順位なんか無意味と思いますが
クラス優勝というオマケ付きで
調度いいお湿りの路面がよい大会でした。



親が見たら泣くようなことばかりで、自粛させていただきます。



               
7月、8月は右腕の故障のためモトクロスは休みと決めていたのにウソをついたので
バチが当たって、右腕の症状は悪化し腰痛も再発してしまいました。

回復するまで、座ったら自力で立ち上がれないは、右手で物を掴むことも困難です。
MCFAJ第6戦MXVを走ったのですが
ヒート1で2回追突して引き起こしているうちに体力が尽きて腰痛が発生したため
ヒート2はキャンセルという、怪我を悪化させるだけのレースでした。

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公式練習の画像ですね。

城北ライダースOBの吉友寿夫選手が撮って送ってくださいました。

自らもビンテージレース参戦でお忙しい中恐縮です。
しかし、被写体はイケてないですが
写真は上手いですねー。






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今回は手も痛いし、MXVは狭いので
450で楽しめるコースではないので
保存用のキャブレター車
09Mの250で出走しました。

ヒート1のスタート前、サイティングラップのときにエンジンかからず、あわやDNFの状況でした。
私がキック10回くらい踏んでも始動できないでいると、何人か寄ってきて代わりにかけてくれようとするのだけど、かかりません。

とうとうサイティングラップも終わって
スタート15秒前でエンジン始動できました。
旧式車持ち出してきてご迷惑おかけしました。
キャブ仕様の4ストは不意にエンジンストップさせると始動不良になることがあります。
アクセルが開いているとかからないという意見がありますが、それは冷間時チョークを使ったときだけ
あてはまる方法だと思います。
なぜなら始動不良は点火が正常なら着火に必要な燃料が足りてない状態だからです。
特に始動時は空気流量も不足しているので、メインノズルから噴出したガソリンが吸入通路に付着したりして運転時よりガソリンが吸入されていないと考えるべきです。
なのでアクセルは適度に開ける方が多くのガソリンが燃焼室に届くので掛かるはずです。
始動の儀式を怠ったための結果ということです。

気温も暑く、レース時間も20分なのでスタートにはこだわらず出遅れてスタートしたら、土煙で視界不良で何台か転倒されていたおかげで序盤一桁ポジションで走れたと思いますが、
田淵さんと伊田さんにラップされるとき前回のMXV同様伊田さんがエンストしたところへ突っ込んで転倒したので後続に一気に追いつかれ後退、終盤に城北の久保選手とのバトルで再び追突して体力が尽きてしまいました。
パドックに戻ってから腰痛と腕の痛みで乗れそうもなかったのでヒート2はリタイヤしましたので
結果はヒート1の9位と12ポイントだけということです。
来月は療養と地域の盆踊り大会の役員のため、今度こそレースは休みです。

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城北ライダース、吉友さん秘蔵のマシン
私設展示会を展開しておられます。

ヤマハAT1改

#1は鈴木忠男車ファクトリーマシン

#4はレース車だそうです。








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MCFAJゆかりのモーターサイクリスト誌
1970年の記事をパネル展示されてました。

是非拡大して本文をお読みいただければ幸いです。

市販車がピストンバルブの時代に
リードバルブ付きのスペシャルエンジンだということが書かれています。
マニアックですねー





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ACTSのレースで鈴木忠男さんがAT1改に乗った時の写真です。

現地で見たかったなー

貴重な物をありがとうございました。










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隣のパドックは本庄レーシングの
芦沢参三選手のKX250A1

ビンテージクラス優勝でした。お見事!

関東地区の旧車オーナーのみなさん、
MCFAJでお気楽ビンテージレース
やってますぞ。

もう少し集まってもらわないと
近いうちに消滅するかも






それでは、しばしモトクロスとはお別れです。










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長年痛め続けた手首がついに、限界を迎えました。

転倒したときに右手を突いてしまうクセがあって、大怪我は免れていますが
骨と骨を繋ぐ靭帯が伸びてしまって
手首の痛みが直らなくなりました。

そして痛む手首をかばうためか、腕の筋も同様に痛んで半分くらいしか力が出ません。
モトクロスはいつ止めてもいいと思っていますが手が痛くて仕事できないようでは困りますので控えめにしておきます。


朝起きたときが最悪で、背中全体と両手首が痛くて、直ぐに動けないので血流が上がると少し楽になるため軽いストレッチしてから起きるようにしています。
この調子では10年後には運動できない体になっているかもしれません。


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今日は嫁のオートバイを取り上げて乗りました。
狭いコースで450は持て余すので
250なら少しは楽だろうと思いました。

それが3年ぶりに乗るマシンなので新鮮な印象でした。

とにかく軽快な取り回し、
エンジンは450より加速は悪いですが
よく回るし、高回転キープしないと走らない感じがミニバイクのようでもあります。
しかしフルサイズのサスペンションですから
安定性はミニバイクとは比較になりません。

要するに速さはともかく、乗り易いということです。
この車体にフロントエアサスは最も軽量です。乗る度に速度が上がっていくので面白くなってきましたが
手首が悪化しない程度で終了です。
右手首の動きは複雑で、特に右コーナーでは突っ込みのギャップをコラえながらブレーキとアクセルを操作してマシンを寝かして起こすという同時にいくつも動作がありますので、柔らかく動かない手首では難しいです。

CRF250は04年から発売されましたが、2年間はシングルマフラーでした。
05年に芹沢直樹選手が全日本参戦したときに試作のツインマフラーだったのを見て
シングルでも5万円以上するマフラーですからツインではコストが高くて量産はしないだろうと思っていました。
すると今のHRCでは量産を前提としないマシンの開発はしない。という言葉どおり06モデルからツインマフラーとして販売されたのでした。
そしてマフラーの仕様は毎年マイナーチェンジを受けて違う物に変更されていて、この09がキャブレター車の最終モデルなのです。
2010からFIが採用されているので09がCRF250キャブ車史上最も高性能ということになります。
ツインマフラーは二又のパイプのところがネックで排気抵抗になります。
出口が二つあると合計の開口面積が同等のシングルマフラーに比べて騒音が上がってしまう傾向があります。
だから騒音規制と排気効率の相反する性能のため毎年変わっていたと思います。
なので面倒なツインでなく、このマシンは旧型の450シングルマフラーを改造して付けています。

しかしながら、新めて乗ってみるとFIの優位さがよくわかりました。
特に低中速のツキの良さが全然違います。
キャブレターはパイロットスクリューで調整するだけの範囲がFIのマッピングでもっと詳細にセッティングできるのですから適うはずがありません。
いまさらキャブレターの時代は終わったと実感しましたが、この乗りにくいところをテクニックでカバーする面白さは残っていると思います。
具体的にいうと全開域はキャブレターでも遜色ないと思うのですが、低速が弱いので高回転キープしたクラッチワークができれば、FI車に付いていくことはできるかもしれません。

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そのクラッチなんですが
マグラの油圧に取り替えているので
メリットだけではないです。

ワイヤーと違ってクラッチの繋がるタイミングが分からないのです。
タイヤがトラクションしていくことでクラッチミートを認識できるのですが、手に伝わる抵抗が一定で分かりずらいようです。

昔、カツミ君が全ろうでオートバイ乗るのに
エンジン音が聞こえないから振動で回転数を感じ取ってギヤチェンジしていたという感覚に近いかもしれません。

人間の感覚は最初わからなくても繰り返し練習していくことで新しい感覚が身についてくるものでしょう。何をやるにも一緒だと思います。
私は本当に乗り物不器用で、クラッチミートできずに今日は2回、立ちゴケしてしまったことを白状します。(足届かないだけです)

先週のMCFAJ第4戦でのこと
ヒート2で1コーナー手前で転倒した原因が分からず
マディーで滑ったせいだと思っていましたが、動画をみて判明しました。

一番イン側からスタートしているのが田淵選手(GPクラス混走)
私は中央から3台目のグリッドから出ていました。
では、アクシデントの一部始終です。




イン側で前走者に突っ込みそうになって左向きになるマシンが一台。
そのまま左向きに走って私のマシン(おそらくフロントタイヤ)に衝突してから
右向きに立て直しています。

左側に倒れていくのが私ですが、一瞬の出来事で現場では分かってなかったのでした。
右手首を痛めて、怪我が悪化しないようにリタイヤしようと思いましたが
我慢できそうだったので走り切って11位得られましたので不運でしたが、
これも経験だと思い気を取り直しました。
マディの軽井沢でイン側スタートは、もうしません。


全日本中国大会ではHRCから新型の250が出走して勝谷選手ピン×2の総合優勝でしたが
来年は新型の250にのりたいなーと思ってしまいました。
セル付きキックなし標準装備
デュアルエキゾースト左右振り分けエキゾースト
ツインカムとの噂

今年の総合ランキング次第で決めたいと思います。(一けた目標)
5月二回目のレース、仕事遅れているのにイケナイことと思いつつ、
今しかできないと考えられるので参戦してきました。

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前日は一日中雨で路面はヌタヌタです。
今年初めて走るコースですが事前練習なしで行きました。

これは公式練習です。
タイヤの滑り感覚とアクセルワーク
ラインのいいところ、悪いところ
確認する作業です。

体小さいんでマシン倒さないことが最も重要な目標です。
なので、こういうコンディションの時はスピードよりもスムーズライディングに徹します。




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今日は2ヒートともスタートで事件が起こりました。

ヒート1はサイティングラップのあとギヤの確認が不十分で
どうやら1速スタートだったらしく、スタート直後にニュートラルに入って完全にビリでした。
落胆しつつも追い上げてギリギリ一桁フィニッシュでした。






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ヒート2はしっかりとギヤポジション確認したので、出足は悪くなかったですが
イン側にスタートの鬼(田淵さん)がいたのです。

1コーナー手前の水たまりでしぶきを浴びて
視界が消えた瞬間に転倒しました。
何故ストレートでコケたか分からずにいましたが、右手首を捻挫したらしく
痛くて力が入らなかったですが、マイペースで走行を続けましたので
11位まで挽回できて
総合も11位でした。
ダメダメのスタートで少ないポイントしか得られませんでしたが
ライバルも欠場したおかぜでシリーズランキングは3位に浮上しているのが驚きですが、次戦も休めない状況になってきました。

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今回から新企画ヴィンテージクラス開催しました。

城北ライダースの国際A級吉友寿夫選手の
AT1、市販車改造だそうです。
TS125クラスエントリーです。

MCFAJは1957年発足
日本最古のレース団体と謳ってきましたが
本来は原点に帰って旧車レースに取り組むべきだと思うのですが
消滅しないように頑張っていただきたいです。
僕はレギュラークラス降りたら出られると思います。

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これに出てくるくらいですから
皆さんすばらしいマシンをお持ちなんですが
参加台数が少ないので
セニアレース(60代、70代)と混走にてスタート。

もちろん賞典は別々に出ますから
関東近郊のビンテージマシンお持ちの方は
お気楽に走れますので、いかがでしょうか?

いつか年代別(70年代、80年代)
排気量別(90,125,250cc)
クラス分けできることが理想ですが
人間がそれまで持たない気がします。

当面は混走で昔の雰囲気を味わうくらいですね。







5月連休最終日恒例のジャパン・ヴェテランズ・モトクロス参加してきました。

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天気もまあまあ、初夏のような快適さ
今がモトクロスには最適な季節です。

しかし天気がいいと埃がたつので
散水はお約束です。
濡れた路面に悩みながら
緊張感は高まります。

先週から風邪ひきっぱなしで
病み上がりの体力にも少々不安でしたが
年齢別のクラス分けなんで、レースの方は
無理する必要もないでしょう。

今日も13年モデルのCRF450で、3年乗って大分乗りなれてきた感じです。

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公式練習中に国際A級125チャンピオンの松田強選手との2ショットです。
なかなかこんな機会ないですね。
至福の時間です。

練習時間20分タップリと
エンストでキック踏みすぎて体力消耗しました。
レースに向けて暗雲が立ち込めましたが
そこは50オーバークラスなんで
気楽にいきましょう。





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取材はほどほどにVETクラススタートだけ撮りました。

これはヒート1です。

みなさん真剣ですね。
ホールショット男の伊田さんはスタート出すぎて1コーナーふくらみすぎて後方からの追い上げだったそうです。

この日は週2回練習して乗れている田淵武選手と久々エントリーの国立賢治選手のA級バトルが見れました。



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日本一ハスクバーナのレーサーを売っている北海道の源治篤選手

先日作りましたTC250エキゾースト使っていただき
VETは2番手スタート、スーパー2クラスではブッチギリ優勝でした。

今年はIA1でスポット参戦も予定しているそうなので応援しましょう。






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VETクラスヒート2スタート

伊田選手スタート決まって序盤トップ走行したのですがエンストで順位を落としてしまいましたが新型CRF450のセルスターターのおかげで再始動の体力消耗もなく追い上げできたとコメントされていました。

優勝は田淵選手でヒート1で遅かったところを国立選手に聞いて走ったという、勝に対するこだわりを見ました。





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一応レースは結果なので
エキスパート50オーバークラス
総合1位でした。

ヒート1ホールショットながら転倒で順位を下げてしまったので
ヒート2の1位が絶対条件だと思い集中して走りました。

2位の津田選手は勝つつもりでおられたのか
片足が1位の台に乗ってますね。

また懲りずに走りましょう!







ではサービス動画で先日、モトパーク森に練習に行ったときのやつ載せておきます。

47歳でも楽しそうにランプ飛ぶ男は日本ではケンヤさんだけではないかと思います。
僕は誘われてもやりません。

横に寝かす技はフリースタイルの人はあまりやらないそうです。
こういうのは河原の自然の地形でやっていたので得意なんですね。

土日雨降りっぱなしでした。
迷うことは一切ありません。全身泥まみれになってはしるだけです。

そしてクルマもマシンも装具も後片付けが待っています。

全日本MX熊本もマッドレースだったと思いますが、こっちは自分のレースやるだけです。

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前日から降っていて、朝になっても止む気配がありません。

これから3回乗って、3回洗車するのかー

もう覚悟を決めて集中、集中。











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路面は普通にドロドロですが

レースが進むたびに掘れてきますので
ラインの読みが重要だと思います。

これはSE150ヒート1
まだ汚れていませんね。

僕の作戦はスタートは混戦を避けるため
(視界を確保したい)
アウト側スタートでアクシデントにならないように淡々と走ることにしました。




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ヒート2はせっかくアウト側から出たのに
隣にいた田淵選手のルーストが
バケツで泥水ぶっかけられる状態で1コーナーまで続き、ゴーグルが使えなくなりました。
後は転倒車を避けながら淡々と進み
5位でチエッカー受けました。
意外にも今期最高位

ヒート1は7位で総合6位をいただくことができました。
シリーズランキングもSEクラス6位に浮上してきましたので、身長156センチで54歳でも健闘できているではないでしょうか。

来月も引き続き走りたいと思います。

ジャパンVET 5月7日 OFV
MCFAJ第4戦 5月14日 軽井沢MP  2回だー
我が家から最も近いモトクロスコースですが、苦手なコースレイアウトのため、ありがたくないんですが
経験を積むために出場します。(54歳なのにか)
レース前に、今年のエムシーは初出場の伊田さんに「同じレースで走ります」と挨拶しましたら
「お、張り合うつもりですか?いつでも受けて立ちますよ」とお返しになられ
いやいや、そういうつもりじゃなくて、「邪魔にならないように気をつけます」という意味でした。
前日には東希和レーシングOBの人達がコースに集まっておられ、市川哲也さん(元本田CE)のお姿も見えましたので、先輩のN口さんに「市川さん来てました」と伝えましたら
「カワサキの市川か?」と仰るので、どれだけ昔からモトクロス見てきた人なのかと思いました。
私の知る限りでは81年のレッドホンダミーティングの桶川で世界GPライダーのR・デコスタやA・マラーベに勝った二人の日本人ライダーの一人が市川哲也さんです。
ホンダに入社する前に東希和レーシングでカワサキに乗っておられたのは後で聞きました。

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電池切れで画像これだけです。

MXV苦手の理由はコーナーが狭く、
コースアウトすると復帰が困難なレイアウトのためアクセル開けていけないところです。
開けていかないと低速のターンになってしまうので重たい450の上に足が届かないので
完全に不利な状況なのです。

レース結果は、ヒート1下位グループで競り合いながらフープスの終わりでコース外に飛び出してしまい最下位からの追い上げで13位
ヒート2はスタート集中して中盤あたりを走行しながら段々タレてきて、終盤に上位グループにラップされるときに
伊田さんにオカマを掘って転倒してしまい、先日の挨拶したにも関わらず実行できなかった自分を責めながら12位でフィニッシュして、総合で16台中12位という順当な結果で終えることができました。
苦手コースが終われば、好きなところが続きますので、楽しみであります。

やはり月曜は体が痛い。

日本で最初に開幕する公式戦、各地で降雪災害になっている時期でも埼玉は大丈夫。
そのかわり、強い北風で辛いレース日和でした。

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今年からSEクラスなので青ゼッケンです。
MFJは92年でやめましたので
25年ぶりの青ゼッケンなのです。

恐ろしく年月が経っています。
53歳と11か月なので
SEでは最高齢となってしまいましたが、
まだ体がいごきますので、邪魔かもしれませんがもうちょっとやらせていただきます。







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元ヤマハワークスライダー田淵武選手と
KBFのご子息山田崇弘選手に挟まれウェーティングエリアにて
奥には去年のライバル#01高橋選手も、

田淵さん「ズボンのチャックがしまらん」と苦戦中。
ちょっと和やか








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走行シーンは撮ってません。

スタートしてしまえば、いつも通りの走りをするだけなんでプレッシャーも無しです。
レース時間は20分+1周、スピードの無い私には長い方が有利かもしれません。

結果は両ヒート共10位で総合でも19台中10位だったですから、今の実力ではまあまあの結果だと思っています。

とりあえずシングルフィニッシュを目標に頑張りたいですね。

人生で2回目、ランキング表彰パーティーに行ってきました。
前は08年ころかな、150でエキスパートで3位表彰でしたが、その時
ある人から「2度とないことだね」と言われました。
その時は私もそのとおりだと思っていました。
あれから8年経ってフルサイズのEJで表彰されたわけですが
前回のお言葉はありませんでした。
人を黙らせることに成功したわけであります。

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ロードレース部門とモトクロス部門合同で
表彰者集合写真

私はEJ250は1位、EJ450で2位
今年SE昇格なので上位入賞は期待できないですが、可能な限り出走する予定です。

モトクロス部門はSE表彰者誰も来ていません。
ロードレース部門が華やかにみえます。
イベントを軽視するところから縮小の要因が垣間見えるのです。
伝統と格式を作っていくのはライダー自身ではないかと思う。


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大先輩、安良岡健さんのスピーチ

元トーハツ、カワサキ、スズキのワークスライダー。
60年代はモトクロスライダーで
伝説のチーム「カワサキ・コンバット」時代には星野一義氏の師匠で
カワサキ系ロードレースの「アラオカレーシング」時代には元ライダーズクラブ編集長の根本健氏も迎え入れた、レジェンド。

72年世界GP500ccクラスにプライベート参戦ながら東ドイツGPで6位入賞
74年にTR750でデイトナ7位入賞
後にRG500の開発ライダーとなる。

同じ会場に居合わせるだけで光栄です。
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恒例の谷口尚己さんスピーチ。

ご存じホンダ社員ライダーで
1958年マン島TTレース初参戦で
ワークスマシンRC142を駆って
6位入賞、世界選手権1ポイント獲得は
日本人と日本製マシンでの世界GPで獲得した初ポイントである、本当のレジェンド。








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谷口さんが乗ったRC142は復元されて
本田50周年のイベントで実走したそうです。

最初に持ち込んだRC141はパワー不足でヨーロッパ勢に勝てないことが発覚し
河島喜好監督(当時)が持ち込んだ4バルブヘッドに組み換えた車両が142だそうです。


ホンダコレクションホールのエントランスに展示されました。


さて正月は静かに過ごしたので、今日からモトクロス始動しました。
いつも嫌いなOFVですが水が凍っているためかスプリンクラーが動かないのが良かったのではないかと思います。
ドライ路面に散水なんて、走りたくないのは共通の思いでしょう。
しかし、苦手だったインコーナーの轍はしっかり残っていて絶好の練習日和でした。

16年度EJ250ランキング1位とEJ450ランキング2位ですから今年は青ゼッケンつけます。
思い返せば2年前、歩けないくらいの腰痛でモトクロスどころか、私生活に支障が出るくらい悪化していて、整形外科や整骨院など受診しても改善されず見通しが暗かった状態から
東洋医学に出会い、自然治癒能力を高めることで全く問題のない体に戻ることができました。
回復ぶりがレース結果に表れていると思います。

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OFVは20分交代のクラス分け制度をとっていますが、
今日から上級で走ることにしました。
みんな30歳以上年下の現役若手ライダーなんで、スピード差がありすぎるのですが
抜かれながら得られるものが多いと感じました。
コーナーのライン取りやアクセルを開けるポイントなど走りながら観察できますから
遅いクラスで楽に乗っているより
スピードアップには有効だろうと思います。

それにしてもリクルスはいいです。
エンストを恐れて通らなかったインの轍も積極的にはいれます。
クラッチ操作しなくて済みますから
ハンドル操作に集中できるのです。
凍結した路面でスリップダウンしましたが、ギヤ入ったままマシンを引き起こしてもエンストしないんですから、セルスターターよりもはるかにメリットが大きいです。
なんせ足が届かないですからキックで再始動なんて無理ですからね。

あと2か月で54歳になりますが体力維持のため週一モトクロスを続けたいと思います。(理想)
先日ウインズ・アサノでリクルス装着後、初試走してみたのですが
コースアトして大転倒したり、タイトコーナーで2回もエンストして、「これではメリットないじゃん!」
という思いと「俺の腕が悪いだけだ」という考えから
もう一度、リクルス性能確認を兼ねてしどきへ練習に行ってきました。



0:34あたりから左手の操作に注目してください。
クラッチ切らないでコーナリングが可能になっています。
動画ではわかりにくいですが、路面は固いところに砂が乗っかっていて
コーナーの中は固いレールで走りずらいコンディションです。

コーナー中もリヤブレーキでスピード調節していますが、全くエンストしないで
立ち上がり加速も程よく半クラッチが効いていて
運転技術をアシストしてくれていることがわかりました。


どういうシチュエーションでエンストするかというと
アクセル戻して進入するタイトコーナーで、スピード調節のために
リヤブレーキを踏んでいたり、エンジン回転が極低速になったときラフなアクセルワークをしてしまったり
したときに偶発的に起こります。
リクルスを正常に調整してあれば、アイドリングでギヤが入っているときでもリヤブレーキを踏んで
エンジンストップしないのです。
転倒して起こすときもクラッチ操作を気にしないで再スタートができるというメリットで
私のように股下が70cmしかなくてもキック始動する必要が無くなりますから
よりタイトコーナーの運転に神経を使わないで済むことになるはずです。


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今日のリクルス装着車

2013年型CRF450R
新車乗り換えないで
パーツ交換で改良していく予定です。











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3年ぶりにキャブレター仕様の
CRF250Rも動かしてみました。


サスのストローク詰めとシート加工で
5cm低く改造しています。
シリンダーヘッドはTフクジレーシングさんとこで貰った新品に交換したばかり(3年前に)なので
快調に走ります。
FCRのホットスターターは欠陥で
2次エアー吸ってしまうので塞いであります。
おかげでキック1発始動です。
手本にしたいライダーはアレッシオ・キオディ(125cc世界チャンピオン3回)
リック・ライアン(雨のデイトナSX優勝)。
どちらも小さいのに速いからですね。

SE150からフルサイズに乗り換えたのでクラスを下げてEJのレースを走るようになって3年。
最初の年は父親の入院や葬式で度々中断、2年目は5月に骨折して休業。
3年目で全戦出場してMCFAJで走るようになって20年経ってシリーズチャンピオン取れました。
身長156cm、股下70cmでフルサイズのマシンに乗ることがどれほど困難なことか。
転倒してエンストすれば、再始動が出来ずに最下位に落ちることを恐れ、運転は慎重になります。
もちろん450のマシンは暴れると押さえられないということもあり100%の力は出しません。

小柄に加えて53歳と8か月の年齢ですから体力の維持も難しく、体調の悪い状態も度々で
特に腰痛との闘いが厳しかったです。
結果ですが、EJ250がランキングトップだったWさんが法事で欠場ということで
3ポイント獲得すれば逆転という状況の中
木曜日の積雪の影響でコースはマディーコンディション。
エンストやコースアウトでもすればノーポイントの可能性もあり得るので、攻める走りは止めて
慎重にノーミスを目指して5位入賞で逆転することができました。



第1レースでホールショットはとれましたが油断しすぎで抜かれまくっています。
今回の路面コンディションではこれが精一杯でした。

四国出身のライダーがMCFAJのタイトルを獲得するのもめずらしいことだと思います。
大体地元就職の人が多いですからね。


EJ450のレースは前回で13ポイント差でトップに付けていたのですが
苦手な路面で慎重になりすぎ8位フィニッシュで入賞を逃しました。
その結果2点差でランキング2位で終了いたしました。
やはりチャンピオンは小さくポイントを重ねるより、上位入賞した人に与えられるべきだと思います。

何人かに聞かれましたが「来年SEで走るんですか」と、
年齢的な限界が来るまで走るでしょう。

SE150フープスバトル。
この人たちはオカシイ #634 ケンヤくん(元チェッカーズ、マウンテンライダース、モトロマン、ドリームトキを渡り歩いた国際B固定ゼッケン)

#177 馬場悠介(元TEスポーツ 国際B)



オッサンMXの頂点ですね。
MFJでのモトクロスは10年くらいで一区切りつけるのが普通ではないでしょうか。
最初のころは段々上達してくるのが面白くて夢中になってやっているのが
上のクラスに昇格していくと、ムチャクチャ速いやつらにヤラレまくって嫌になってくるのが10年目だと思うのです。
ところが通用しなくなって35年もやっていると面白くなることだってあります。

今年は公式戦(MCFAJ)で初めてランキング上位をキープしてきましたが、あと1戦を残して
EJ250、450共ランキング2位は当確。
450はライバルの転倒に助けられ13.5ポイント差で首位に
250は2ポイント差の2位に付けることができました。
SE昇格ラインは当確ですが、残るはシリーズチャンピオンということなので
あと1戦自分次第という最後の試練を与えられたと思っております。


CIMG5857.JPG

今回はマシンに変更を加えて臨みました。

前後サスペンションがショーワのスペシャル
これの性能には大いに助けられたと思います。
ギャップの走破性がノーマルと大違いです。

そしてスピードを出したら減速するパワーも必要になるのでφ260のローターにこだわったわけです。

タイヤはブリジストンX30(ミディアム)
申し分ないです。






出遅れ気味のスタートから混戦を抜け出しホールショット&トップ走行できたのはサスペンションとブレーキの性能が大きく貢献していると思います。
結果はEJ250が3位でEJ450が2位でした。
次戦は今月27日オフロードヴィレッジ。
人生最後のランキング争いを楽しみたいと思います。(来年は無理だから)

MCFAJ全戦、出走者全員を撮影なされる超人フォトグラファーがおられます。
「一瞬に掛ける男、シシダイサオ」さんであります。
某2輪メーカーを退社後、趣味でレース写真を撮り続けておられますが
プロのカメラマンとは目的の違う活動をされていて、どのレース場でも姿を見かけないことはない
その意思の強さに頭が下がる思いがします。
プロのカメラマンとは雑誌に掲載されたり、カタログや広報誌などの制作に提供してギャラを貰うのが仕事の人ですが
フォトハンターさんは買ってもらうために写真とっていないので、独特のポリシーで撮られていると思います。
アマチュアのレースを全戦、全員取っても買ってくれる人はいません。
それなのに交通費か機材まで全部自費で馳せ参じる姿は並大抵の努力ではできないでしょう。
ビッグイベントや目立ったライダーだけ狙っていくのではなく、全員平等に写すために、
けしてフォトジェニックな場所だけでなく周回してくる全員を一コマ一コマ捕らえていくのですから
ちょっと真似できない技術でしょう。

そして画像はゼッケンとライダー名を併記して一週間以内にウェブサイトにアップされてくる迅速さ。
関係者以外が見るとありふれた画像に興味を持つ人はいないかもしれませんが
被写体の当事者からすると、あのレースのあのときの状況を振り返るのに欠かせないものとなってくる場合があります。

16川西1.JPG

前回の川西のシーン

第一レースEJ250

スタートは出遅れ全身に泥を浴びています。
これを見ると、あのときの状況を思いだします。
3位走行中、集中力が切れてマシンを倒してしまった、あの心境が蘇ってきます。




16川西2.JPG

午後のEJ450

ホールショットからトップ走行のため上半身が全く汚れていません。

今から思えば余裕の展開だったのですが
やはりワンミスで転倒してエンジンが直ぐに始動できず順位を落としてしまった
一日に2回も悔しい思いをしたので
この画像を見ながら反省することができました。

フォトハンターさん、これからもMCFAJで撮影を続けてください。
お礼は走りで返したいと思います。

80年代から現存する関東甲信地方のMXコースはここだけである。
80年開催の全日本MXでは東福寺選手が全員ラップの偉業を成し遂げた場所です。
私は84年のノービス時代から走ってきた川西MX場ですが
土日共雨が降り続き、路面はヌルヌルの超マディーになってしまいました。

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アップダウンの多いコースレイアウトは走り応えがあるのですが
今日のコンディションはプレッシャー以外の何物でもありません。

気を抜くとどこでも転びそうな感じなんで
ドライ路面とは比較にならない集中力が必要でしょう。

案の定、私も両ヒート痛恨のミスで入賞を逃してしまいました。





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今日はこの登りが難所だったようで多くの選手がスリップして立ち往生していました。

勾配はきつくないですが粘土が滑る上にギャップで失速してリヤが横に流れていくので
渾身の開けで登っていくしかありません。
戻したら終わりです。









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スタートグリッドにつくGP、SEクラス

路面コンディション悪くても速いですね。

来年このクラス行けるのかオレ。











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結果ですが
EJ250クラス3位走行中
例の登りの手前の右コーナーで
うっかりリヤを滑らせて反対向きになって倒してしまい、再スタートに手間取っている間に3台パスされて6位。
EJ450は久々のホールショットで3周くらいトップで走れましたが、轍にフロントを取られて転倒、エンジンも止めてしまって再スタートできずにいると3台抜かれて4位。

情けない集中力の無さとチビ助が450駆るには最も過酷な条件だといえるので
リタイヤしなかったのが救いだと思います。

つくずく何も持ってない人だねオレ。ちょっとだけ持っているのは島国根性、四国人じゃけんね。
関東の人から見て愛媛ってどこにあるかわからない人が多い本当の話。
だから愛媛県人ではなく四国人と呼ばれたことがあります。

今年も残るは2戦ですが懲りずに戦いたいと思います。



ホンダモーターレク契約ライダー(80年代)浅野正幸さんのMXコースへ初めて乗りにいきました。
評判通り完璧なコース整備された路面でした。
土質は平らな菅生という感じでアクセル開けられるのが人気の秘密だと思います。
設備も関東のコースではトップクラスで水は井戸を掘って地下水を使っていますが
飲めるほどきれいな水で縞鋼板を敷いた洗車場は申し分ありません。(500円洗い放題)

埼玉は土日雨が降り続いていたのに、あそこはベストコンディションでした。

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ピンぼけでスミマセン

あれ?いつもと違うゼッケンです。

伊田さんのマシン試乗中ですが
スペシャルサスと24mmオフセットのステアリングを試さしていただきました。

私のはノーマルのエアサスと22mmオフセットですが、全然違う性能に驚きました。

ノーマルエアサスはギャップの通過時が固くて立ち上がり加速でチャタリングが激しくて力で抑え込む必要がありましたが
スペシャルサスと24mmはチャタが全くでません。真っすぐ走っていくので体力の消耗が少ないのです。
ああーこれならレース後半までタレずに走り続けることができますね。
サスは幾らで作ってもらえるか相談します。
ステアリングはハンドワークで作れそうだから、お金を節約してフライス加工します。(買うと上下クランプ7万円くらいだそうです。)

フロントフォークはショーワのSFF(片側ダンパーとエア)なんですが
普段やってないので空気圧の調整を教わりました。
適性値はブリッツ・シュネルさんに合わせてもらったものですが
正確に調整するために自転車用FOXのデジタル・ポンプを仕入れて行いました。
そこで圧力の単位は何だ?ということになりkg/cm2かpsiかはたまたbarかという議論になり
このデジタル・ポンプは単位の換算を手元で瞬時に切り替え表示されるので
エアサスにはpsi(ポンドF・パー・スクエアインチ)で統一すると意思統一しました。

psiはポンド・ヤード法で非SI単位で1kg/cm2=14.2psi

barも非SI単位でギリシャ語の重さという意味のbarosが語源で1kg/cm2=0.98barですから
大体同じグラム・メートル法で使えます。

因みに気象における気圧の単位は1mbar=100paすなわち1hpa(ヘクトパスカル)
1bar=10の5乗pa ヘクトは100倍の意味

普段使わないので慣れた単位で換算しておくと分かりやすいです。
私の場合はトルクも圧力もメートル法でないと分かりません。


正直な話少し迷っています。
マフラー作りやエンジン整備なら職業柄、当然やるべきことと思っていますし、
モータースポーツは人力だけでなくマシン性能も競うものだと思っています。

そこでノーマル以外のいい物を付けて得た結果は自分の能力によるものではない
という考えと(自分で施したチューンアップは能力のうち)
一度いい物を味わってしまうと、それに劣るものは使いたくなくなるという考え

今のレースする目的は何か、ということを考えたらどうみても不利な条件、
体格や年齢からくる体力面を克服して結果を出すことですね。
順位が目標なのではなくで、「オレがやったらこれくらい」という実績がほしいのです。
だからレースやらなかったら何もわからないですからね。

もう少しマシンと向き合い、先輩のアドバイスもいただきながら精進したいと思います。
日本には自動車も2輪もレースという競技が無かった時代、昭和30年代
戦前は大正時代から輸入車の2輪レースが存在したのを除けば
戦後の復興から「これからはスピードの時代、自転車なんか乗ってないでオートバイを作ろう!」というスローガンの下、メーカー主導の2輪レースが始まりました。
しかしアマチュアの一般参加が出来るレースが望まれ、八重洲出版(モーターサクリスト誌)がMCFAJを立ち上げたのは2輪レース愛好家なら周知のことです。
では、なぜ第100回かという疑問がわきますが
先代の西山委員長(トシ・ニシヤマの父)が主催した時期は春と夏2回開催した時期があったので
創立58年のMCFAJ全日本大会が100回目ということも納得しました。
また、関東しか開催しないMCFAJなのに何故、全日本かというと設立当時は福岡県の雁ノ巣でロードレース開催された(あのPOPヨシムラも参加していたし、小説「汚れた英雄」にもでてきます。)
全国からエントラント募集するつもりだったころの名残と思われます。

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梅雨明けした関東は暑い、浅間高原でも同じこと。
前回オフビレ大会は猛暑で熱中症気味になってしまったので、今回は入念に暑さ対策しました。

ところが30年以上モトクロスやってきて
スタート前にフロントタイヤがパンクしているなどというトラブルは初めてのことです。
気付いたのはグリッドについてからなので
修理する時間がありませんから
リタイヤしようと思ってパドックへ引き上げたのでした。

そしたら隣にいた伊田さんがホイールを貸してアゲルとおっしゃるので
スペアホイールではなく伊田さんのマシンからフロントホイールをはずして私のマシンに組み換えました。ブレーキローターも大径のものだったので、ローターも交換などしているうちに
無情にもスタートのエンジン音が聞こえてきました。
なんとかホイール交換終えてコースへ走らせましたが、すでにトップグループはコントロールラインを通過中、中盤手に割り込んで1周遅れでスタートしました。
鬼人の追い上げで前走者を抜いていきますが、抜いても同一周回のビリですから、やるせない気分で走っていましたら、ようやく3位の人の後ろに追いついてレース終了でした。
一応15位完走で3ポイント得ましたのでリタイヤよりはマシでした。
これも一重に伊田さんがいてくれたおかげで、自力ではリタイヤだったと思います。
おまけにヘビーチューブもくれたので午後のレースは自分のホイールで走れます。
パンクしたチューブ見たらリム打ちして破けていました。
エアチェックは公式練習前にしていて第一レースだったので点検がおろそかになっていました。
次回から対策したいと思います。(今更か!)
午後のEJ450のレースではアクシデントもなく4位走行で18ポイント得られましたのでホット(HOT)しました。
今年の目標はSE昇格しかありませんので残り4戦、気を引き締めてやっていきたいと思います。
チビでも450、50過ぎでもSE昇格を証明したいです。


雑草が伸びて視界が悪い観戦ポイントですがEJ450のレース風景です。
トップは元IB、モトロマン所属だった福田選手44歳
2位は大内家長男の19歳リキヤ選手
3位はいつも追いつけない高橋選手40歳
そして4位、PRECIOUS.FRTクドウ選手53歳

8月はレースないので(僕はね)次回は9月11日MXヴィレッジです。
ホンダベンリー(便利)、スズキ・コレダ(これだ!)今となってはユニークなネーミングのオートバイです。
私、年齢がそれほどいってないので、コレダの実車をみたことなかったです。
今日が初対面なのに初めてビンテージエンデューロを走ることになりました。
普段やってないことがこれほど困惑する経験になろうとは、想像もしなかったことです。

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年式もわからないですが
聞いたスペックは最高出力4馬力。
あくまでカタログ上の最高出力ですから
実際に負荷を与えた回転域では半分も出てないんじゃないかという遅さ。

改造した4ストレーサーや2ストモトクロッサーにコケにされる体験も初めてのものです。

最大の苦難はロータリー式のシフト。
通常のリターン式とは違い
前ペダルを踏みこんでシフトアップ、
4速ギヤの次がニュートラルで
その次がローですから
うっかり加速中にローギヤに入れて急激なエンブレで肝を冷やすこと度々。
ロータリー式考えたやつは誰だ。こんなもん乗り辛くでアカンぞ。
ブーツでは踵でシフトダウンできないのでつま先でかき上げてシフトダウンなんで無理な動きで走行中に足がツッテ大変でした。

そんな不満だらけのコレダですが、3時間酷使しても熱ダレしないし(スピードでないからね)
無給油で走り切れる燃費のよさ。
さすが実用車!ビジネスバイク!

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空冷ツインショックだけのエンデューロ。

私の分野ではないので知らなかったですが
同じマシンが見当たらないほどユニークなマシンばっかりで、見ていて楽しいです。

今日は天気もよく暑さも30°手前くらいなので過ごしやすかったのが幸いです。

ロータリー式の50ccはここのセクションが一番憂鬱でした。
ギヤレシオが合わない(本能的にシフトダウンしたがる癖があって踏み込んでしまう)
焦ってシフトミス連発で大勢の邪魔になってしまいました。

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XT500も走る。

この人はKss(本田技研熊本製作所)から
朝霞に出張中のエントリーということで
HSRでエンデューロも主催されているそうです。
ちなみに朝霞はHGA
鈴鹿はSss
狭山はCss
真岡はMoss
栃木はHGT

私はCss車体品質課が最終職歴です。(91年)








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フラワーオートのKL250

ライダーはW1Sのモトクロッサーが愛車のコマキさん。
見た目のボロさはフェイクじゃなく本当にボロいのにちゃんと走るところがすごいです。








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そしてノーマル50ccの表彰式
コレダのオーナー、シマダさんが2位に入賞しています。(私が2時間担当しましたけど)

カメラ目線のIBレディーはいい子だ。
この暑いのにレザーのスーツの中はサウナスーツのようになっているはずなんですが涼しげな表情でプロなんですね。

うーたまらん




こんな感じのビンテージエンデューロでした。

完全に体調を悪くしました。先週は腰痛で練習してなかったので土曜日午前中だけ乗っておこうとしたのが失敗の始まりです。
体質の問題だと思うのですが、暑い日に運動すると脱水症状になりやすい、というか必ず体調が悪くなっていました。
特に体温があがると脳も熱くなって頭痛がおきるのですが、熱で血管が拡張しますから常に頭痛状態になります。全身の機能がおちるのですが消化器も同様で食べ物は全部吐いてしまいます。

そういうわけで土曜一晩中、頭が痛くて寝てないし、吐きけで食べ物受け付けないので
睡眠不足と空腹のまま日曜のレースを走る事態になりました。

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そして気温35度の猛暑です。
立ちくらみと背中や脚がつりながら、なんとか乗っただけというレース内容でした。
両クラス16台中8位、今日はこれが限界
途中リタイヤも考えましたので我慢のレースでした。

他の人たちは何ともないのかな?

デカールのDUNLOPですが今回はBRIDGESTON履いています。
フロントは中古M203 リヤは新品X30
DLタイヤは販売店で購入していましたが面倒なので部品屋に注文しておけば翌日もってきてくれるので入手が楽です。値段も販売店と変わりません。
第一レースの450でまたスタート失敗しました。今年3回目なので真剣に原因を究明したいです。
オートバイは標準体型の人に合わせて設計されています。
私の場合は脚も短いのでステップとチェンジペダルの位置関係が普通の人に比べて一致してないと考察しました。
脚が長ければシートに着座して膝が曲がります。するとブーツも前傾してつま先がペダルの下に自然に入る形になります。
ところが私の場合は着座して膝の曲がりが緩く、ブーツが起きた状態になるのです。
そこでペダルが邪魔な位置になってつま先を外に向けてステップを踏むのですが
2速スタートでペダル下につま先を入れる動作でペダルを下げてしまってニュートラルになってしまうという現象です。
体型の問題で自然に操作できないのでやり方を変えてスタートに臨みたいと思います。
そして250クラスのスタートはつま先位置を意識してやりましたので失敗しなかったです。

猛暑に体調管理ができなかったことが悔やまれる先週末でした。(てゆうか体質だから無理だと思う)

先週月曜は愛媛、土曜には仙台という全行程2500kmの旅でした。

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伊達政宗ゆかりの地、秋保温泉郷にいって風呂入りました。

菅生から近いのでまた来たいと思います。
温泉施設の内容は最高ランクです。

甲冑っていうものは武具でありながら装飾が見事で惹かれます。
オートバイも走る機能には関係ないデザインが施されていて視覚的に楽しいものですが
甲冑と同様に所有する者の自己主張の道具として拵えられたものだと思います。



今回菅生へ行った目的は預かり車両の返却と作ったマフラーが実際に使われている場面の視察を兼ねています。
単独で実走テストと違って複数のマシンと同時に競争させることで快調に走れているか分かりますし
トラブルが出た場合は情報の収集も早いというわけで、移動のコストをかけても有意義なことです。

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うちの新機種、KX250Fマフラー装着して走行中の#64平山力選手

スタートもなかな上手で序盤いいポジションにつけます。

写真は土曜予選のものです。
日曜決勝はヒート1中段グループの混戦に飲まれて抜け出せませんでしたが
ヒート2は追い上げに成功して11位フィニッシュですがカワサキ車としては2番手というまずまずの成績でした。

高木監督も見ておられましたので気が抜けませんね。

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山建ジャンプ空中戦、高いのー















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もう一台、CRF450マフラー装着の1A1
#17島崎優選手

埼玉の地元飯能在住のライダーなので頑張っていただきたい。

後で聞いたのですが、スタート直後から記憶が無いという具合の悪さで、熱中症だったらしいです。
普通に乗れていたので気がつきませんでした。
過去に瀕死の重傷で内臓斬られていますから無理の無いようにヒート2は出走しませんでしたが、次に繋がりますから賢明な判断でしょう。

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ノーマルマフラーで充分な性能だと思いますが、少しでも有利な性能を求めて社外品に取り替えますが、コスト増が気になります。
これはヨシムラエキパイにスリップオン可能なマフラーで、予選と決勝で取り替えて走られていました。
性能は同等ということなので
片方が壊れてもスペアになるというメリットがあります。
性能とルックスと低価格を兼ね備えたマフラーを実践したいと思います。







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ちょっと少ない20台スタートの1A1ヒート1はこの人、成田亮選手の勝利

1A2能塚は撃沈しましたので、一人で常勝HRCの大役を担った形です。

久々にGPライダー山本選手のお父さんと話しました。
成田選手がトップで走っているうちに日本で走って戦いたいと思っているらしく、早くその対決をみてみたいとワクワクするのであります。




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これは1A2ヒート1

HRC能塚が不調で#31岡野聖選手の完勝でした。

台数が多いのでレース内容はこのクラスが一番面白いです。








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IA1ヒート2は#99平田優選手のスタートトゥフィニッシュ。
今年好調なヤマハファクトリーですがホンダの牙城を崩せるか、今後のレースから目が離せません。



映像ニュースしか見ていないですが、東日本と違い内陸の断層がずれた地震は土地の損傷が激しいですね。熊本方面に身内はいないですが、被害に遭われた人のことを思うと心が痛みます。
私たちは平穏に月曜日から通常業務ができるのですから恵まれています。
全日本にエントリーされて自宅を出発した後に揺れたのですから、人や家が大丈夫であっても道路が通れるか分からないし、レース終わっても散乱した物の片付けが待っているいるわけで、集中してレース出来なかったのではないでしょうか。

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今回はIA1、IA2共、ホンダのマシンが優勢な印象でした。

天気はよくて路面コンディションは良かったと思いますが、一日中強風が吹き荒れて
ライダーも観戦も相当我慢が必要でした。
ゴーグル付けてないと目が開いていられません。

2ヒート共スタートトゥフィニッシュは成田亮選手。またお金が儲かりましたね。




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第2の地元埼玉出身ライダー島崎優選手。
沼田誠司、鈴木正明を従え、快調な走り、

大転倒したヒート2は勿体なかったですが
しっかりポイントゲットできたので次回に期待出来る結果だったでしょう。

君はまだ若い。








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先日マフラー納品した平山力選手。
土曜の予選は見事な走りで驚きました。
前半はカワサキ勢でトップの4位走行も見せてくれましたが6位通過は立派です。

まだ体力的に上位のライダーに後半離されてしまうようですが、マシンはよく走っているので、体力面やライン取りなど改善していけばもっと伸びる要素があります。

同じく若い、18歳なんでこれからです。




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竹藪が大きくシナっているのがお分かりでしょうか。
とにかく風さえなければよかったのですが
パドックも出店もテント早仕舞いしておりました。

強風でパイプいすがコース内に入る場面も見受けられ、幸いマシンが通過してなかったのでよかったのですが、観戦組も競技に支障ないように気をつけなければなりません。

何より国際Bの選手、一名お亡くなりになられたそうで、こんな場所で終了するのは無念だったと思うのですが、気を付けて走るしかないということしか考えられない危険なスポーツです。
死亡事故無くすにはブラインドジャンプを作らないようにするしかないです。
意図的にショーアップするために起きたとするなら人災といわれても仕方ないです。

僕はモトクロス好きだけど100%の走りはしません。勝てなくても生活や命の方が大事ですからね。












ありがたいことに地元コース、MXヴィレッジで初開催でした。
安全なコースレイアウトですが、速く走るのは難しく苦手な場所です。

MCモトビホビット.JPG
昔、キオッディとカーマイケルが背比べした画像を見たことがあります。
たぶんキオッディ(スリータイムス・ワールドチャンピオン)の方が小さいと思います。

国際A級手島竜佑くんとオレ。
変わらんですね
速さは全然ちがうけど。




MCモトビ猿.JPG

まるで猿みたいですが
レースの日はバナナが欠かせません。
食べて直ぐにエネルギーに変わる感じがいいです。
メシ食ってしまうと胃が重くて走れなくなるんで、軽くてエネルギー効率の良いものがいいです。




MCモトビ練習後.JPG

今日はいい天気でしたが、散水の影響で
練習走行だけマディーでした。

チョット走り辛くなりますが、埃が立たない
グッドコンディションを保つためには必要な処置なんですね。

洗車場狭いので、しゃもじで泥を掻き落とせば重量増は全くありません。








オフビレのシフトミス以外は6ヒート中5回ホールショット更新中です。
立ち上がりで交わされてますがギリギリOKでしょう。

次戦は来月、軽井沢です。あとジャパンVETもあるか、ココで。

長時間、外装の修理やマフラー作り、ヘルメットも塗り変えて体裁を整えるように努力しましたが
思わぬトラブルで公式練習中にストップいたしました。
よって戦果ゼロの無事帰還となりましたので、明日の業務に支障がないことが一番です。

チキチキVMXボトビ.JPG

明和レーシングだった熊木さんから画像いただきました。

全身スズキのオールドファッションでヴィンテージMX満喫・・・のはずが

どうも加速時にミッションの方から打音がしていましたので、
どうやら壊れていることはわかりましたが
スペア部品も持ってないので動いているうちに乗っておこうと腹をくくりました。


10分ほど走ったら駆動力が無くなり、後輪を見るとチェーンがありません。
諦めてパドックまで押して帰りました。
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原因はこれでした。
ドライブスプロケットの摩耗です。
打音はチェーンが乗り越えてスリップしていた音です。

スプロケは海外モンを注文しておいたので直ぐに復活できるでしょう。


今日は食あたりで朝から気持ちが悪くてゲロ吐きっぱなしだったので、調度走らずに済んでよかったです。
家も近いので損失もありません。



CIMG5202.JPG

滅多に乗らないRMなんで、記念にスナップ写真撮っておきましょう。
先日53歳になりました。












CIMG5207.JPG

秀明さんの#9をモチーフにしたというシマダさんの467に跨る伊田選手。

今日は85年の無限ME125で走る予定でしたが部品が間に合わず断念したそうです。

伊田さんがアドバイザーのジャパンVETは5月にここで開催するので、その時持ってくるそうです。
全日本国際A級4ヒート連続優勝した本物の無限MEと、
乗った本人が同時に見られるのはそのときしかないでしょう!


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田山さん所有のRH72
東北SSC、高橋道雄選手が乗った実車だそうです。
ご子息高橋健さんは90年に国際A級優勝をSUGOで果たしています。
親子鷹

本物と違うのは私が巻いたとみられるチャンバーの部分だけです。

キックペダルが当たってやり直したやつだな。(いい思い出)








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ジュニアクラシック(125以下レーサー)
#791名久井さんのBS90は64年型
僕が生まれた翌年かい。

#117真鍋さんのMX90は73年型
元ヤマハのメカニックで讃岐白馬会のメインライダーでした。
いつも徳島製粉のラーメンをありがとうございます。(大好物なんです)

そして岩手の田山さん#14のハスラー90
70年型、大阪万博の年ですね。
すでに戦後ではない世代のマシンです。

曹操たるメンバーですね。オレなんか小僧同然です。
結果は全然気にしてないし、天気もよくて良い休日でした。
また機会があれば参加させていただきたいと思います。


チキチキVMXモトビ.JPG

メインレース、セニアスポーツ。

改めて見ると曼荼羅のようにいろんな人が写っています。
#12高田さんは章典外、城北ライダース所属ヤマハの切り込み隊長と呼ばれたレジェンド。

#9チェッカーズ島田さん国際B級。
ジュニア時代に雨の川西で大量ポイント取って昇格しました。

後方でライバルたちを注視する堀口さん。

スーパーベルレーシングの曽田さん。

MFJ役員の吉田さん、ギャップダンサー会長。
エンジン技師宮崎シンゾーさん、トレール&レゴラリータぶっちぎり優勝でした。

モトクロスやってないと知り合う機会のない人たちなので僕の人生にとって花形役者のようです。

こんばんは、山本KIDです。今日のレース場は稲敷市のMX408でした。
EJ450、EJ450に出走して両クラス優勝できました。
前日は激マディーの中、練習して崖から転落したりコースアウトしたりで、コース攻略に悩みました。
翌日は路面も回復して、まあまあのコンディションでしたが、全く余裕がなく何度も転倒しそうになりながらも首位をキープできましたので、良い週末でありました。


CIMG5172.JPG
去年の骨折から10か月経った今日。
先月の復帰戦はEJ250こそ3位でしたが
激マディで全然楽しめていなかったので

あれに比べれば、今日のコンディションは気楽なもんです。
リザルトに目標設定はしませんが
普段通りの走りをして現実を受け入れるというスタンスなので
頭の中は無心にしております。







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うーん、後ろから離れずに迫ってこられますのでワンミスで逆転される状況です。

休みたいけど気を許すと走りが消極的になるので、後続のことは気にせずに路面に集中すると、自分の世界に入れます。










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CRF450Rいいマシンですよ。

13モデルですけど2年あまり一切エンジン開けていません。
だけど2ヒート共ホールショット取れましたからパワー落ちてない証拠です。

来週のヴィンテージMXに向けてよいトレーニングになりました。(ツインショックで練習はしませんので)

日本で最初に開催する公式戦ということです。例年なら極寒の中、凍えながら走ったのですが
今年は暑かったです。ついでに超マディーのレースでした。

昨日の夜中から明け方にかけて雨の音を聞きながら布団で寝ていましたから、半分行くのを止めようかと怠惰な考えと走りもしないで諦めているのは情けない敗者ではないか、と悪魔の囁きが・・
結局マディーが分かり切っているのにオフビへ行ってしまいました。

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一台止まると次々に止まる。

そして上がれなくなったマシンが逆走し、人がコース内に入って助太刀する。

午前中のレースは大体こんな感じです。
上級SEもスタック続出ですから、失敗しても恥ずかしいことじゃないです。

挑戦する気持ちが大事だと思います。
たぶん普段の生活でこんな辛いことしてないじゃないかと思えます。
苦難を乗り越えたときに違う自分になっているでしょう。


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スタックしているマシンを出してあげるコースオーナーの福本さん。
「オイ!チャンピオンに何やらせんだよ」

私も午前中のレースは路面が難しくてコースアウトしてしまい完走者中最下位の9位になってしまいました。
やはり156cmで450操るのは無理かなと心が折れるレースでした。






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メインイベントGP&SEのスタート前
今年MFJ3階級特進のペイントマンユージの息子と91年MXデナシオン代表選手の田淵武選手。
KTMに乗り換えた星野優位など、役者は揃っています。
が、しかし路面がねェ。







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午後のレースも大失敗を犯してしまい
スタート直後にギヤ抜けして最後尾からの追い上げで3位表彰をいただきました。

大勢のライダーが転倒している脇を無転倒で走り続けただけですが
ちょっとスピードが速くても転倒したタイムロスは挽回できませんから、転ばないという作戦の結果なのです。

朝、雨音を聞いて止めていたらこのような経験が積めなかったわけですから良しとしましょう。


しかし午前中450のキック踏みすぎて腰痛がぶり返してきました。明日のの仕事が辛いだろうなー。
骨折受傷後、初レースとなります今回のレース。
激戦の50代クラスは現役時代からかなうはずのない先輩ライダーたち。
時代劇で言う斬られ役となってしまうのは確実なのですが、復活の標としては申し分ないと思います。

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50代クラスの大先輩チャンドラーさんの背中。

この人は85年くらいから知っていて、チームは浜松スクランブル、固定ゼッケンの6番でした。
一緒に走れるだけで光栄です。


82年型CR250Rに私は高年式の450で負けてしまいました。






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今日のゼッケンは46番
スージーディジットの特製ゼッケンは参加者全員に無料配布という熱の入れよう。

これで私も晴れてマスターズデビューということですか。










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これは雨がシトシト降り続くヒート2のスタートですが、左にホールショット男伊田さん。
右にツータイム125チャンピオンの川島雄一郎選手に挟まれていますが
実はスタート直後に泥を浴びるのはご勘弁を、ということで2秒くらい遅れてでました。

まともにやりあったら酷い目にあっていたでしょう。









まずは小雨降り始めたヒート1の動画をどうぞ
レジェンドライダーは伊田さん、唐沢栄三郎さん、川島雄一郎くんです。

原口さんとチャンドラーさんのバトルも熱いですぞ。

お次は小雨降りしきるヒート2ですが、私は午前中に腰痛が再発して止めたい気分でしたが、なんとか無転倒で走り切れましたので、良しとしましょう。
こちらも原口さんとチャンドラーさんのデッドヒートですぞ。

今日の路面は固めで轍こそ少ないですがヌルヌルのスリーッピー路面で気が抜けませんでした。
最期まで集中力を切らさないトレーニングになったと思います。

これにて今年のモトクロスは終了いたします。

鎖骨骨折後4ヶ月になりますが、レントゲン画像で骨の隙間は全然埋まっておりません。
このまま偽関節になってしまうのか知りませんが、私生活に支障ない痛みなのでモトクロス走りに行ってみました。

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450マフラーは販売目的ではありません。
自分で作って自分で試すということが
私のモトクロススタイルですから
乗る役目を他人に任せていては楽しみが半減するというものです。

そうやってトライしていくなかで見えてくるものがあるのです。

まず新品状態の音量測定を実施しました。
2mMAXで111dB/Aでした。
最近のレギュレーションでは器差を考慮して2dBオーバーまで許容することになっているので114dB/Aが上限ですから余裕で合格ですね。


そして骨折中なので100%の走行はできませんがノーマルと比較したパワーフィーリングも探ってみたいと思います。



実はこの日は3日前にギックリ腰を発症して回復していなかったので、腰痛で耐えられませんでしたのでインプレッションは体調のいいときにやりたいと思います。

ニューマフラーに取り換えて感じたことは、どのアクセル開度、回転数でもスムーズにパワーが出ていて
走りやすいということ、どの領域でパワーアップしたかは次回ノーマルと比較しながら確認したいと思います。
FIセッティングはデフォルトデータ(出荷時のデータ)がインストールされたままですが、得に不満は感じられません。
当然セッティング変更によって、よりコンペティティブな性能が得られると思いますので、それも含めて進めていきたいと思います。

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FIセッティングはHRCから販売されている
シリアルUSBインターフェースユニット
セッティングツールCD ROM
セッティングマニュアルCD ROM
の3点を購入して行います。
価格は4万円程度
他にインターフェースを作動させる
12V/5AのバッテリーとウインドウズXP以降のノートパソコンが必要ですから
昔のキャブセッティングから比較すると
相当な投資になりますが
時代の流れですから慣れていくしかないですね。

まずはHRCのサンプルMAPをダウンロードして、レスポンス重視やトルク重視などに補正したデータをECUに送信して試していきたいと思います。その後、違いが体感できたなら好みのMAPを作っていく予定です。
エンジンの出力特性をコンピュータで制御するのが今時のオートバイなんですね。

87年ジュニア会のケンヤくん登場
私のMFJ最後のレースだった92年HSRの3連ジャンプはA級ライダーでも上位陣しか飛んでいないのにケンヤくんはB級でひとりだけ楽勝に飛んでいました。
サンドコーナーとジャンプならアメリカンで通用すると思われるテクニックの持ち主で、
全盛期の吉田和泉くんを飯倉スポーツランドで負かしたときはビックリしました。
その秘密は背筋力300kgというパワーから生み出されるもので、人間起重機の異名もとっています。


これはヒトではありません、ケンヤという生き物です。
46歳になっても衰えていません。来年MFJに復活するということで
クレージーケンヤさんが見れるといいですね。
本日、自分の不注意で肩を強打し、受傷しました。
地元の病院で全治3ヶ月という診断をいただきました。
治療の方針は未定ですが、当分の間休業になりますので、ご不便をお掛けします。
また復帰できた際は報告いたします。




一瞬の気の緩み、集中力を欠いたときに魔物が現れることを何度も経験してきました。
物事が上手く運ばないときには冷静に判断する必要がありますが、典型的な失敗例を見ていただきたいと思います。

このとき何が起こっていたか
当事者が一番わかっているので、振り返ってみます。
実はこのヒートのスタートグリッドでフロントフォークのオイル漏れに気付きました。
普段の設定より減衰力が落ちる、またはエアサスなので減圧して反発力が落ちていることは予想されますが、気にしないでスタートしました。
結果は動画のような連続ギャップでフロントが入り過ぎる症状に、そして前後バランスはリヤの反発が強くなり、前下がりの姿勢で跳ねられる形になっています。
問題はフロントよりリヤの方に駆動力があるので、横に力が逃げる動きで車体が振られていることです。
平らな路面だとアクセルを開けることによって推進力が増して直進が回復するものですが
振られて直ぐに次のコブに当たることによって、ハイサイド気味に車体が起きて横転したという現象でした。
路面のコンディションに対応できなかった技術不足とフロントサスのトラブルが重なった結果だと思っていますが、その代償は大きかったです。
今は先のことは考えられないくらい痛みを感じていますので、回復を待ってやり直したいと思います。

先週末は全日本MX観戦と映画鑑賞をハシゴしました。
全国で2箇所しかやっていないロードショー、東京近郊でないと難しいですね。

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レース内容は順位の入れ替わりが多くて面白かったですが、あくまでエンターテイメントです。

しかし、誰が何番だったかは私には何の利益にもなりません。
レーシングライダーが一番の娯楽と思っている者にとっては、自分のカテゴリー以外は興味が無いはずです。

来週ここを走らなければならない現実を突きつけられて、路面のことばかりが気になります。

レース前のコース整備とアクセル全開のためか、全面轍になっていました。

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国内最長というフープスです。
普段より3つくらいコブが増やされていました。
ここを攻略することが一つの課題になってきますが、見ると走るのでは全く違った感覚なので、事前に走っておこうと思います。

80年代から河原にもっと過激なの作って練習していましたから
昔を思い出しながら感覚を取り戻したいと思います。




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そして、レース観戦が終わったら軽トラで関越に乗り、環八⇒青梅街道⇒靖国通りのルートで新宿へ到着。

新宿3丁目、シネマート新宿でロードショーです。

若いころは歌舞伎町に相当通ってきて知り尽くしているつもりでしたが
15年ぶりに来たら道に迷いました。
田舎もんじゃのー




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「ROAD」北アイルランド出身のダンロップ兄弟と弟の息子兄弟がロードレース史に名前を刻む、栄光と悲劇のドキュメンタリーです。

去年、マン島TTレースのトップレーサーをクローズアップした映画「クローサー・トゥ・ザ・エッジ」を観てガイ・マーティン、イアン・ハッチンソンらの日常を交えたレースの模様を見て、彼らの考え方レースに臨む姿勢を勉強させられました。
今回の「ROAD」はダンロップ一家の4人のレーサーの人間模様を描いた作品です。
現役のレーサー、そうでない2輪愛好家、
2輪に興味が無い人、大勢の人に観てもらいたい。

「ROAD」はマン島TTのシーンは意外に少ないです。ほとんど知らなかった、アルスターグランプリとノースウエスト200といういずれも公道を封鎖し、過去に世界選手権イギリスラウンドに使用された伝統あるレース場での収録が多いのです。
ジョイ・ダンロップが48歳でマン島TT26勝を達成したその年にエストニアのローカルレースで命を落としたシーン。
ロバート・ダンロップの後輪が破壊して重傷を負い、復活して再び勝利するシーン。
成長した息子たちと同じレースの予選中、エンジン焼き付き260kmで後輪ロックするシーン。
すべて克明に収録されています。
なぜ危険と分かっている公道レースに出場するのか?その答えを知りたい人は映画を観てください。
必ず、そのメッセージが伝わってくる作品だと思います。
劇中の誰のコメントだったか「人間はいつか必ず死ぬ、晩年に半年も動けなくなって苦しんでいるより
レース中の事故で死んだことが、彼の人生としては最高のことだったのでは」
レースをやったことも、観たことも無い人に「危ないからやめたほうがいい」「バカなんじゃないの」
言いたいこと言われ続けてきましたが、「あんたの人生じゃないよ、自分の思いどおりに生きることが最大の目標だといいたい」
この映画をとおして生きていくことに対して勇気を貰った気がします。

レースが楽しいと思いますか?おそらく楽しいと思っている人は勝っているからに違いありません。
レースで負けることほど惨めなことはありません。
しかし、惨めな思いをするのが嫌だから止めてしまうことは、唯敗者として終わることを意味します。
最大の目的は己を磨くことです。自分の技量がどのレベルであるかを見極める手段はレースするしかありません。その過程の中で培われることが人間を鍛えてくれると考えています。
実は何度も挫折して止めてしまったことがあります。
その都度、馬鹿らしいとか、他にやることがあるなどと、言い訳を見つけては逃げてきた気がします。
勿論、大怪我して身体的にも経済的にも困難になったこともあります。
それでも必ず復活して続けてきた30余年です。年齢のためか最近も体調の悪い日が続きます。
そんな状況でも2015年は既に2戦のレースを消化していました。

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いつも全員の写真を撮っていただいているフォトハンターさんの画像を拝借しました。

去年のエキスパートが廃止されジュニアと統合されたEJ450クラスは1戦が2位、2戦が5位と、まずまずの出足ですが
ポイントランキングが首位になっています。

MCFAJ参戦以来ポイントリーダーは初のことです。これを何とか持続することを目標にします。


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EJ250の方は2戦とも雨のレース。

マディーはヌルヌルの路面で無理な操作はできません。苦手なコンディションのため低迷しています。
1戦が9位、2戦が8位でポイントランキング12位です。
2戦で違う選手が上位入賞しているので、入賞しないとランキングが下がってしまうのです。
しかし、マディーのスタートは地獄ですね。
隣でライダーが転倒していくのをすり抜けながら、滑りをコントロールしなければなりません。これでも楽しいと言えるでしょうか?

去年昇格ポイント取ったら止めるつもりでした。しかし、親の入院や葬儀でレースどころでなかったので
全然目標を達成できなかったのです。今年は去年のやり直しというわけです。

老化のメカニズムは、固体を形成する細胞の再生が元どおりにできなくなることによります。
老化は部分的に起こることではなく、骨や筋肉、臓器や神経、血管、皮膚、例外なく体全体に起こることです。
人は都合の悪いことは認めたくなかったり、考えなかったりするものですが、それは確実に進行しているものです。
細胞の再生とは、死滅した細胞が蘇ることではなく、新たに分裂して組織を再結成していくことを意味します。
その分裂する細胞の設計図が遺伝子という情報ですが、少しずつ間違って出来てくるようで、成長が止まって老化が始まるころから、外観が変わっていることに気がつくと思います。
そして外観だけでなく、機能的な部分も再生が元どおりにできなくなって低下していきます。
それが視力低下や思考能力だったり運動障害として現われることになります。
大抵の人は足が弱ってきて歩けなくなって、寝たきりになり、咀嚼が悪くなって食べる機能が低下して衰弱していき、体全体の機能が停止するということで終わりというわけです。

では細胞の分裂回数に限りがある、これは遺伝子の情報に再生回数のプログラムが入っており、永遠に再生して老化し続けることをさせず終わらせるようになっているためです。
運動して代謝を上げている人は細胞の再生回数も促進されて速く寿命を迎えるそうです。
体が不自由になって長く生きながらえるより、早くその時期が来た方が幸せだろうと思います。
だから50過ぎても一生懸命モトクロスに励むのです。


今年の走り納めは28日、モトビレです。10月から葬式やら法要で満足に練習できておりませんでしたので、久しぶりの練習です。
フルサイズ上級のクラスですが、10代、20代が殆どだと思いますので、シニアの私にとってはいいペースで走れます。
毎回、どこのコースへ行っても自分の足らない部分を見つけて課題を課すことを目的としています。
そうすることによって朝と夕方では違う自分になって帰ることができるのです。
何も掴まないで帰るということは、仕事して賃金を貰わないで帰るのに等しいということになります。
それだったら、やらない方がいいということですよね。
本番前に新型クラッチのフィーリングを確かめるため軽井沢で練習です。
前回、重いクラッチに悩まされ納得がいかない走りだったので対策しました。
450のクラッチワイヤーも不評で、90°曲げのエルボー内にテフロンコーティングが施されていますが
これがワイヤーで削られて溝が出来てさらに抵抗になるそうです。
通常はワイヤーインジェクターを用いてCRCなどを給油するところですが
私は違った方法で、ワコーケミカルのラスペネを給油します。CRCは時間が経つと蒸発して潤滑効果が薄れますが、ラスペネは長時間保持されます。
そのためテフロンコーティングの寿命も延ばせるというわけです。
給油方法は公開すると誰でも真似できそうなことなので、ここでは控えさせていただきます。

腰痛の対策は朝起きたときから始まっています。
これも独自に開発したストレッチ方法で背中や首、肩の筋肉をほぐしてから行動を起こすようにしています。そして、乗り出す前にもう一度やっておくことで、うそみたいに腰痛を防止できたのです。


浅間モーターパークは以前管理されていた重機屋さんが撤退してから、万年ギャップのコースになってしまって腰痛持ちにはつらいのです。サス性能の低い150クラスから離れたのも腰痛のせいですから
今後はフルサイズ一本で鍛錬したいと思います。
新しいクラッチフィーリングにも慣れましたが、このギャップコースで450の操作は250の倍くらい体力消耗します。なので短めに15分6ヒート練習しておきました。
東日本最大のビンテージMXイベントの模様を、私中心でありますが収録してあります。
初参加で雨、などという酷い仕打ちに耐えながら奮闘するコンマイおっさんの姿を観てやってください。


RM125は30年ぶり、2ストレーサー運転するのは8年ぶり、路面はマディという多重の不安要素の中、無謀にもチャレンジしましたが、全身ズブ濡れで涼しかったので、想像より快適に過ごせました。
来年、また行くか?と聞かれたら、来年違う事やってそうなのでお答えできません。
伊予小松は私の地元、予讃本線の最寄駅です。田舎町なのでMX色は全くありません。
あのような町で地元企業に就職していたら絶対に無かったことです。
そんな幻のクラブ名でエントリーして見ました菅生のビンテージMXでした。
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一応イベントなので自前の古着を出してきて着てみました。

練習走行前なので汚れていませんが、この後全身泥まみれになります。

田んぼで泥かけあう「泥祭り」の風習にちかいものです。
雨対策はゴーグルレンズの撥水処理とエアクリーナーの水侵入対策だけしておきましたが、やはり台風接近の菅生ですから、甘い考えは吹き飛びました。

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一回乗ってくるとこんな感じですが
電装やキャブの問題もなく、RM125は優秀なモトクロッサーです。
運転手の腕が悪いのに快調に走ってくれます。
しかし、現行モトクロッサーのようにパワーがありませんので、パワーバンドをキープできなかったら深い泥につかまって進んでいきません。
年式の30年差というものは、これほど違うものかという体験も貴重なものでした。



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パドックを見て回るのも楽しいビンテージMX

TTさんとこのマシンは古さと美しさが目をみはります。
ハスラー90の初期型とやらですが
当時の90ccクラスに使ったキットパーツ装着しているそうです。
エンジンかけてもらったら排気音は現行のリッターバイク以上です。
音量規制なし!これもビンテージのよいところ。



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これもTTさんのハスラー250初期型だそうです。古いんだけど、さりげなく取り付いたスペシャルパーツたちによって非常にまとまりがいいです。
正統派の改造は近年のカスタムバイクの姿とは比較にならない崇高な感じがします。

このあと泥のコースへ惜しげもなく走り出していくのですが、運転手さんのテクニックも熟練したもので安定して周回を重ねられる姿をみて驚きました。



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ホーリーさんとこの展示車、無限ME360
今日納車だったのでしょうか。
これ乗るひと幸せですね。

ほんと一点でも部品が欠いても仕上がらない特殊車両を何台も作られて、頭の下がる思いです。
ここに世界標準を感じるのであります。






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第1レーススタート!
リンク付きや空冷の混走ですね。
まだまだ台数がそろわないので
完全クラス分けをするとレース成立しなくなりますので、
レース形式ですから結果にこだわるのは当たり前ですが、マシンの仕様やライダーの体力年齢が違うので、自分の物差しを持って走られるのがよろしいのではないかと思います。




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今日、このひと一番速かったですね。
89CR125で、黒字に3桁ゼッケンがAMAナショナルのような雰囲気でした。

水冷エンジン、前後ディスク車がこれからはビンテージMXで増殖してくるでしょう。








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セニアスポーツクラス、2ヒート走りました。
両方ともスタートはホールショットさせていただきましたが、2コーナーで直ぐに抜かれて
ヒート1はKYBジャンプ前のコーナーで転倒して最後尾からの追い上げ。

ヒート2も2コーナーで抜かれて、目標に無転倒を掲げていたのに、コース外に転落して自力で戻れずオフィシャルの方に助けていただいてゴールできましたが
パドックへ帰ったときは他のライダーは片付けが済んでいました。
積み込み完了したらパドックには誰もいませんでした。ゆっくり国道4号線を走り、家についたのは夜中の12時でした。


モトクロスは運動です。体を使ったスポーツだと捕らえています。現行車であろうと旧車であろうと、道具を使ってするスポーツはこれに限ったものではなくて、トライアスロンやマラソン、野球に体操に格闘技 etc、どれもあり得ない状況で闘うスポーツです。上位に昇るためには地獄の練習をしてくるのはどの競技も同じことです。嫌だと思えばやめておけばいいだけです。

30年ぶりに空冷ツインショックでマディーレース走った感想は、マディーを制するテクニックも体力もノービス時代と変わらんということです。30年やっても一緒、しかし、やってなかったらもっと駄目。
こういうことが分かった一日でした。


最終レース、セニアスポーツ ヒート2です。
路面コンディション悪化のため、ヒート1出走者半分くらい棄権で台数少ないです。

GW明け一週間も経たない昨日軽井沢MPでモトクロスしてきました。
結果はエキスパート250と450で両クラス優勝、どちらもホールショットから一度もトップを譲らず完勝できました。途中際どい部分で詰め寄られた場面もありましたが、冷静に対処して得られた結果と思います。
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前日は走りこんでしまうと、翌日疲れが残って上手く乗れません。なので体調とマシンの調子を確認する程度で止めておきます。

夕方から伊田さんたちと温泉入って筋肉をほぐし、嬬恋村のスーパーで買出しした、豚肉、カツオのたたき、イカの刺身など食べてたんぱく質摂取しました。
夜8時には就寝です。宴会などで夜吹かしなどは翌日に影響するので控えたいと思います。


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朝一番の決勝レースE450での表彰式です。
身長差が違うのが良くわかりますね。
フルサイズにスイッチしてからの取り組みは身長157cmでどのように乗るか、キャブレター車でFI以上に走るか、という目標を挙げておりましたので
MCFAJでは前大会から4連続ホールショットと今回の2クラス優勝で大体目標達成できたのではないかと思いますが、まだまだ気持ちを緩めないで続行していくつもりです。



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2ヒートめE250のレース。
際どく追いかけられている様子です。
後ろからラインを見られてどこかで抜きにかかろうという意思が感じとれましたが
「俺がしんどいんだから奴らもしんどいはずだ」と心に言い聞かせて根比べのレースでしたが中盤で後ろの2台が転倒されたようで音が聞こえなくなったので、軽く流しながら楽に走らせていただきました。押忍





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フォトハンターさんから画像拝借しました。

E250のスタートです。
私、フライングしてないですよ。
スピードが無いので最初くらい早く出ないとレースが有利に運べないので覚えたテクニックですが80年代前半、予選10組時代を乗り切った成果なのです。
今の台数では緊張もありません。普段どおりのルーティンを実行するだけです。

ジャパンVET行くと全日本より人密度が少ないためか、久しぶりの人たちに沢山会いました。
城北ライダースOBの吉友さんが高校同級生というシオハウスさんに秘蔵のサイクルサウンズ誌を譲り、既に沢山持っているシオハウスさんが私にくれた同雑誌を懐かしく閲覧してみました。
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85年の3輪バギーのレースです。
ゼッケン2番はビンテージクラスでGS750を走らせている長裕さんです。
職場が私と同じ狭山品管にオートテクニックとして入られてバギーやモトクロッサーの耐久テストをする仕事を経て
先輩のドリームトキへ転職、ファクトリーマシン「ダミアン号」で3輪バギー参戦したころの記事です。
昭栄のカリフォルニア支部から語学留学で来日していたポール・ドネリーさんは
CRやバギーを委託生産していた八千代工業に勤務していた、これまた狭山品管オートテクニック出身の山口さんのアパートに居候しながら、八千代工業3輪バギー同好会所有のATC250Rでの桶川出走でした。結果は長さんの圧勝だったようです。
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これも85年の記事。今ではシーズンオフだけでなくアメリカへ移住してMX活動する人が増えてきましたが
MX留学の元祖はこの人、岡崎純さんです。
先日のジャパンVETも観にきてました。
お父さんの故郷、土佐の名前で重量運搬の会社を経営されています。
当時はジム・ホーリーさんとこに預けてのマメリカ修行で、日本では伊田スポーツライダース所属だったので、伊田さんに旅費も渡してコーチしに行ってもらったときの写真だそうです。出会ったんじゃないんだよね。

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そして、この人。
モトクロスは年をとってくると体にきついです。
だから昔速かった人も殆ど辞めてしまいます。
しかし、体力年齢に合ったレースが存在すれば今でも走り続けたいと思うのは、レース経験者の誰もが思う願い。
それを実現してくれた立役者が伊田さんというわけです。
85年の開幕4ヒート連続優勝は今でも語り草になるほどです。1日で賞金400万円貰ったなど夢がある職業じゃないですか。

桶川、熊本と2戦連続雨のレースでの勝利、よほど伊田さんは雨のレースが得意なのかと思っていました。
ところが最近になって当時どのような思いで走られたかを聞いてみると、意外にもマディーコンディションは好きじゃないそうです。
テストで沢山乗ってきたからどんな路面でも対応できるだけ、近道はない沢山乗り込むだけだということを話しておられました。
冷酷な戦闘マシンの部分は技術屋さんだけの話でライダーは本当に人間味のあるヒューマンスポーツなモトクロスだと思います。


5年ぶりくらいになりますがジャパンベテランズMX出走しました。
ジャパンの名のとおり北海道から九州に及ぶエントラントが集まっておられました。(大半は関東人と思いますが)
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ビンテージクラス盛況でした。
展示してよし、走ってよし
人生を重ねてきた大人たちの集まりですが
所有する人たちにそれぞれの人間模様があるように
ここに並んだマシンたちにもそれぞれの歴史があります。
一台一台拝見しながら楽しいひと時を過ごさせていただきました。






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珍しい人発見。
以前は春日部を拠点としてMX活動していた
WMX(ウィメンズ)世界選手権優勝経験者の沖サチさんです。

小樽からの遠征ですがここは源治さんたち北海道御一行の応援で
翌日グッドオールデイズでツインリンク茂木をCB92で走る予定だそうです。






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今回のモトクロスレジェンド表彰式は立脇三樹夫選手です。

最後に全日本優勝した85年の松山オートテック大会、A級250のレースは現地で観戦しましたので、それをお伝えしたら
スティーブマーティンを破っての勝利だったことをお聞かせいただきました。






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83と86のKX125SRということですが
私は87年型までCRシリーズの製作に関わっておりましたので完全にライバルメーカーのワークスマシンなのであります。

時は流れて、こうやって自由に鑑賞できるのも長くモトクロスやってきたからのことで感慨深いものがあります。






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ビンテージ(空冷ツインショック)クラスほぼフルグリッドなのは、日本でここだけかもしれません。
今日のように天気が曇りが一番いいですね。
晴れてしまうと路面が乾いて散水されてしまうので大事なビンテージマシンが泥だらけになりますが、今日は散水なしでマシン整備の負担も軽減されたでしょう。





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ビンテージクラストップ争いのマーティー・スミス(堀口氏のコスプレ)さんと原口さんのバトルは見ごたえありましたが
マーティ・スミスさんのチェーン外れで決着がつきましたが
すかさずチェーンかけ直してレース復帰する技は達人の域だと思いました。





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ゼッケン634は大内ケンヤ君。
原口さんの直弟子です。
ノービスデビューする前から原口さんの教え「速いやつを追っかけろ」に従って、桶川にテスト走行にきていたA級ライダーを追いかけ回して嫌われていました。

モトクロスは私と同期なので一番恐れたライダーの一人でした。
VETクラス序盤は師匠の前を走っていましたね。

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3クラスエントリーのマグー・チャンドラー佐藤さん。
今日は私のエントリーしたエキスパート50歳オーバーで一緒に走ることになrましたが、同クラスの斉藤オサムさんといい
私がノービス時代、すでに国際B級固定ゼッケンだったですから同時に走れるだけで光栄だったのです。





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今日の私の走りは2回ともスタート失敗で追い上げのレース展開になりましたが
先輩の斉藤オサムさんは体調不良で出走せず、チャンドラーさんは1ヒートめ私の前でしたが2ヒートめコースアウトに助けられ
50歳クラスたなぼたの総合2位でした。
元々成績は度外視のレースなので怪我なく楽しく乗れましたのでOKです。


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エエーイ!小さいおっさん、渾身の走りで
追い上げ中です。

今日は路面コンディションがよかったので体が疲れなくてよかったです。
いつもこのようにしていただきたいですね。







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VETクラススタートシーンです。
今回、オフビに土など提供していただいている松建さんから、全クラスにホールショット賞一万円を贈呈されていました。

賞金掛かると気合が入ると思いますが
私の場合は逆に欲が出てしまって
クラッチミート早すぎでスターティングマシンの餌食になってしまいました。

精神集中が足らなかったと思いました。



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そして今回のベストリザルトは泣く子も黙る怖い顔の元木龍幸選手
お父さんの鉄治さんがB級一桁ゼッケンのころから2世代に渡って活躍ぶりを見させていただいております。

年齢的には伊田さんや立脇さんより若いですから勝って当然なんですが
彼の行動力は口先だけじゃなく自ら手本を示す方式なので、今のモトクロス界に最も必要な人材ではないかと思います。



アメリカ人として最初の全日本MXチャンピオン。84年に日本に呼び寄せたのはモトレオン(ロッキースポーツの前身)でした。
84年は私ノービスでしたので狭山レーシングの全日本遠征で先輩ライダーのメカニックとして回っていました。井本さんが国際B級1年目で第2戦、広島の三次でのレースのときでした。
全日本デビュー戦だったスティーブのマシンは第1ヒートのスタート前、クラッチ交換でRケースカバーがなかなか入らず遅れていたのでした。(ウォーターポンプギヤが噛み合っていないとカバーが入りません。そのときはキックシャフトを動かしてクランクを少し動かすと入ります。)
スタート30秒前にギリギリ間に合ってスタートしました。
ホールショットはこの年からプライベート参戦の福本敏夫。
長い登りでぶっちぎったと思って「どーじゃー!」と振り返ったら、スティーブのマシンが大暴れしながら追いかけて来ていたそうです。
そして福本選手を抜いて初参戦で1位になりました。
続く第2ヒートは小田桐昭蔵選手が最終ラップまでトップ独走かと思ったのですが、油断した隙にインからスルリと交わされスティーブの逆転優勝。烈火のごとく怒った小田桐選手の表情が忘れられません。
その年はスティーブが全勝でチャンピオンだったと記憶しています。
翌年は中部ミスターバイクからの参戦でしたが日本人ライダーに2回だけ敗れています。
雨の桶川で小田桐選手が雪辱を果たしました。青森出身のライダーはマディーのライン取りが他の選手と違っていて独特の走り方は圧巻でしたが、フロリダ出身のスティーブには桶川の泥は苦手だったかもしれません。
二人目のマーチンを破った日本人ライダーは杉尾良文選手。やはりプライベート参戦でしたが、独自にアルミフレームのCR250を作って、菅生の1戦だけの使用でしたが見事に目標達成でした。
いずれも市販車ベースのマシンによる優勝で、メーカーのワークスチームなんしよんの状態でしたね。
スティーブ・マーチンの市販車による2年連続チャンピオン獲得がモトクロスはマシン性能よりライディングテクニックが重要ということを証明した時代でした。


サイクルサウンズ誌(山海堂)の別冊ビデオですね。
2:53あたりから金髪伊田さんのホールショットシーンが見れます。
モトクロスというスポーツは日本ではアカデミックに習う機会がないですね。
皆独自に思い思いの練習法でやるしかないですが、このビデオのように基本的な練習方法を参考にしていれば上達が早かったかもしれません。
収録場所は成田エアポートMXランドですが、当時は私も毎月のように行ってました。
本コースとは別に練習コースが作ってあって、4連ジャンプやウォッシュボード(今フープス)など充実した内容でした。
最近のMX場は本コースしかなくコースをグルグル周回するだけが練習になってしまうのでライディングテクニックの習得に時間が掛かってしまうのでしょう。
成田エアポートMXランドは関東エリアでは最高のMX環境にあったと思います。
スティーブ・マーチンの影響度は大きく当時のライダーはアメリカンライディングを一生懸命練習したものですが、今はそういう場所が無くなってしまったのが残念で仕方ありません。














3月は2戦ありましたMCFAJモトクロスですが、前回はエントリーしておきながら前日に体調不良に襲われ棄権しましたので、今回が今年初レースとなります。
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場所は今回のレースを最後にコース終了となりますMX408
完全ドライコンディションで埃対策に散水しながらの運営でした。
結果からですが私のE450、E250(実質ヒート1、ヒート2)は4位、3位ということで
フルサイズは表彰台に乗ったことがなかったので良かったですが、内容は抜かれてばかりの順位キープだったので悪いです。
2スト時代の癖で低いギヤでエンジン回転を引っ張ってしまうので車速が伸びないことと
体力不足に体格のハンデもあって、自分的にはこんなもんだろうと思っています。

フルサイズ参戦当初から掲げていた目標は達成できました。5年落ちのキャブレター車で新型の前を走る、ということだったですが
2回ともホールショットでオープニングラップだけトップ走れました。スピードがないので抜いてくるライダーを無理におさえようとせず、安全にレースさせてもらいました。
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GP、SEクラスのスタートグリッド。
久しぶりに見た田淵武選手は今回KXで出走でした。ベテラン大塚忠和選手と今年IA2参戦の伊田選手という3大元ワークスライダーと今年からIA1参戦の若手現役A級大西竜之介が2ストRM250が対決するという豪華な内容です。
結果は二つのヒートを大塚と大西で分けましたが、ヒート2の序盤は伊田さんが250Fでトップ独走して、来月の全日本に向けて仕上がりも上々というわけで、観戦も楽しかったのであります。

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私のスタートシーンはフォトハンターさんに撮っていただけたようなので、仕上がりが楽しみです。

ホールショット男の伊田さんはこの時点で足がステップに乗っています。
マシン真っ直ぐにしてトラクションを得る極意でありましょう。
ジャパンVET(5月5日オフビ)もお誘いいただいたので久しぶりに行ってみようと思います。




9月に開催予定の大会が台風接近のため中止になって今回に振替られました。しかし前夜から雨が降り続き朝は上がっていましたが、泥はたっぷり水分を含んだ状態。雨降りではコース整備も泥をこねてしまうのでやっても無駄です。ギャップやレールは殆ど先週と同じ形で残っていました。

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250に乗って去年から3レース目になりますが、マディのレースは片付けに時間がかかるのでキャンセルしてもよかったのですが、せっかく来たのだから練習がてら走っておくのもよかろうと。

こうやって体が動いているうちにやれることはやっておくものだとポジティブシンキングでいきましょう。

 

 

 

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ヒート1(E&J250)終了。酷い泥でした。

エキスパート9台、ジュニア12台と台数が少ないので混走です。

確か2000年ころはジュニアも予選がありましたから衰退したもんです。

レースの方は2回もコースアウトして大幅なタイムロスしてエキスパートのビリから2番でした。意外にも落胆はしてないです。コースアウトは自分のあせりからくるミスですが、小さい体でマシンを立て直してコースへ復帰できたことがあきらめない精神のトレーニングになったと思っています。ヒート2(E&J450)はスタートまあまあで、2台抜かれて5位でした。やはり路面のいいときの方が結果が出しやすいですね。もはや勝ち負けに意味はもたないですが怪我なしで、苦しみも快感に思えるトレーニングができればいいと思います。

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SE150ヒート2のスタートです。

一昨年までこのクラスに出ていましたが体力不足で止めてしまいました。メンバーは当時と変わらずです。

先頭はレディースのセナちゃんです。SE150はときどきレディースが練習がてら出てきますが、殆どがアラフォーか五十路の選手なので若手と競うのは刺激になるでしょう。このあと後続の2台がまくってすぐに前へ出てぶっちぎっていきました。2台はバリバリの20代と元IBですからあたりまえです。90年代に神宮球場のスーパークロスを走ったキッズが今ではアラフォーなんですから、私がジジイになっていても不思議じゃないですね。

下のクラスも殆どアラフォーかそれ以上(60代もちらほら)なので永久に世代交代はなさそうです。

 

今年は2回しか出走していないMCですが、あと1戦あります。どうするかは仕事と体調に相談して決めたいと思います。とりあえず今、腰痛と戦っている最中ですので。

 

最近の気象はとにかく雨が多い。MXのレース日は高い確率で雨で、全日本など9戦中6戦が雨だったそうで、主催者もエントラントも嫌気がさしていることでしょう。

プロライダーのように義務でなければ、わざわざマディの日に乗りに行きたくないところですが7月のレース以来1回くらいしか練習してない私は、そろそろ乗っておかなければ11月のレースも棄権することになると思い、雨の切れ間となった日にMX練習いきました。ドライだと快適に走ってしまって内容のない練習になってしまいますが、マディだと乗り方の悪いところが分かりやすいので上手く乗れるように改善できるところがよいです。

具体的にいうと、泥がついて車重が20kgほど重くなりハンドリングが悪くなります。タイヤも滑るし、重い泥に捕まってハンドルが振られます。そんなとき、もちろん機敏な動きはできませんが、転倒せず安全にスムーズに走るように努めます。チビ太なので難しいですが、シートに座る位置と前後バランスでかなり改善できます。一番いけないのはフロントタイヤを横滑りさせることです。即転倒に繋がりますから、フロントに荷重をかけないようにリヤ荷重重視で走らせます。マディではフロントは抵抗になります。フロント荷重を抜いて旋回性を上げながらリヤタイヤにトラクションを駆ける方法です。そのために乗る位置が重要で、腹筋と背筋を使ってアクセルは開け気味にします。

滑るところは寝かさないで通過し、アクセルを戻すとフロントヘヴィーになってアンダー気味になるので開けながら曲がるように心掛けます。

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マディで走ること自体は面白いですが、後片付けに時間が掛かるのがネックでなかなか行く気がしません。

防具一式の洗濯、マシンの洗車などで午前中つぶれます。

マシン整備できる状態にするには外装は全部外し、ラジエタも外して詰まった泥を洗い落とします。

スキッドプレートも外してエンジンケース下も綺麗にします。

これで整備スタンバイ状態です。

 

 

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前回のピストン交換から2年ほど経ちましたのでピストン交換とシリンダーヘッド周りのカーボン除去、タペット調整が今回の整備です。

乗った時間は多い月で2回、乗らない月もあったので2年でも20回程度だと思いますので調度いい機会です。

タペットは半年に1回調整していますのでエンジンの調子は変わらないですがカーボンは定期的に除去しておかないとバルブシートの消耗を早めることと、燃焼室の放熱が悪くなり熱効率が落ちることでせっかくのエンジンが台無しになります。

ピストン交換にはこれだけの部品が必要ですが、注文して初めて気がついたことがあります。

ホンダ純正部品の値上がりです。これはCRFの09モデルですが、少なくとも顧客レベルでは予告なしの変更だと思います。特に値上げ率が大きいのはピストンで26%アップです。その他は5%から15%アップなので一率ではないです。材料費や加工代の都合か倉庫代などの管理費削減のためか値上げの内容はわかりませんが、尋常じゃない上げ幅ですね。なかなか新車に乗り換えないお客からいっぱい取ってやれ方式かもしれません。

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私も製造屋ですから、このピストンが定価6100円で販売されていることに驚きを持っています。

NSF250のピストンは1個6万円だそうで、大量生産しなかったらこんな価格は実現しないということです。

今の4ストレーサーは4バルブが当たり前でショートスカートの鍛造ピストンが主流です。10年前だと夢のような仕様なので高級車を安価に手に入れたような楽しさです。

エンジンパーツはどれも芸術的価値があると個人的に思っていますが、中でもピストンは過酷な条件に耐えられる上に軽量で無駄な肉の無い機能美に溢れています。

これはエンジン設計屋でしか知りえない情報と経験が生み出した答えが形となって現れたものと言えます。

たとえばピストンピンのボス位置、ピストンの前後間の中心ではなくインテーク側に0.35mmオフセットされています。オフセット量はボアストロークの比率によって違うと思いますが、要するにピストンの側圧を軽減してピストンの寿命を延ばしたり、軽量化して動力性能を向上することに寄与した設計であるということです。燃焼圧力は上死点後に最大となりクランクピンはEX側に回ることによりシリンダー内壁のEX側に強く当たるのをコンロッドを介した反力によりIN側にピストンを押し返します。微妙な数値ですが、ピストンの首振りに影響が少ない最適な数値を導き出したものといえるでしょう。

そんなことを考えながらマシン整備して今度のレースに向けて戦闘モードに入っていくわけです。乗り手の腕は悪いんですから、マシンが戦いの道具である以上できる限りのことはやっておくのが普通だと思います。

とは言いましても、人と戦うわけではありません。人間50年、体が痛かったり、気力が衰えていたり老体に鞭打って自分との戦いであり、自分のレースを行うための営みなのです。

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燃焼室はこのとおりカーボンが付着しております。

放置しておくと段々パワーダウンしていく原因となります。

元の状態にカーボン除去したいと思います。

 

 

 

 

 

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カーボンは殆ど除去できました。

研磨材付きのナイロンたわしで磨くだけです。

シリンダーヘッド合わせ面はオイルストーンでガスケット材を除去します。

シリンダーはホーニングのスクラッチ跡が充分残っていますので再使用OKです。

ピストンも外径計測では問題ないので、スペアパーツとして保管します。

 

 

 

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バルブのカーボン付着状態です。

インテーク側はあまり汚れていませんがエキゾースト側の汚れが著しいです。

タペットクリアランスは4箇所とも詰まっていましたが、インレットバルブが1本だけバルブフェイスの磨耗で寿命が近い状態でしたので、点検のタイミングが適切だったと思います。

 

 

 

 

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バルブもカーボン除去します。

バルブフェイス、特にチタンバルブは酸化チタンの硬化層が薄いので極力研磨しないようにします。新品交換がベストですが今回はメンテナンスなので再使用します。

ステムシャフトに傷をつけないよう注意してサンドペーパーで粗く研磨した後、ボール盤で回転させながらナイロンたわしで仕上げます。

0.01mmほどタペットクリアランスが詰まりますので、研磨後再調整となります。

バルブとタペットシムは部品発注するため組み立ては入荷後ということになります。汚れた状態でクリアランスが狭くなっていても洗浄、研磨してから計測すると適正になったりします。汚れたオイルなどで異物が隙間計測に含まれている感じです。汚れを落とした状態の計測で管理することにします。

組みあがったらレース前に一回くらい練習できれば安心です。

まあこんな感じで健康増進MXのため機械の状態も維持していくというバイクライフの一環であります。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

先月行われたMCFAJ第6戦 OFVの動画を見つけました。

trurmonkyさんありがとうございます。E450のスタートシーンは#90さんを撮っていると思われますが私の動きが分りやすかったので載せてみました。

'>80年代から同じ方法でやってきたスタート術です。背中が赤いジャージが私。

ポイントは0:23あたりを参照ください。バーが倒れる前にリヤタイヤから土埃が上がっていますね。

ここのスタートグリッドは後側にH鋼のタイヤ止めが設置されているので、後方から早めに出ることが出来なくなっています。そこで、バーが動き出してから倒れる直前を狙ってクラッチミートをします。バーが倒れてから反応しても出遅れてしまうのです。

私の場合はバーが地面に落ちる前にフロントを上げてクリアさせていきます。意図的にウイリー状態を作っているので体が遅れることはありません。後はトラクションに集中するためマシンの垂直を保ちながら体重移動してリヤ荷重に移行していきます。

旧型マシンでも真っ直ぐだけなら結構速いですね。問題はコーナーが遅いので1コーナーの処理が悪く2コーナーまでの直線で2台抜かれてしまいました。

9月のレースは走る予定なので、それまで課題を持って練習したいと思います。

約10ヶ月ぶりにレース出走しました。去年から夏場は体力消耗のため走らないことにしましたが、7月までと決めてトレーニングしてきました。その内容は暑さに慣れることだけですが、最近は割といけるようになりました。コツは心頭滅却することです。

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場所はオフロードヴィレッジです。参加台数は減っているのでパドックも余裕あります。

レース出走するには明確な目的があります。私の場合は09モデルで14モデルも発売されているので5年落ちということになりますが、全然関係ないです。旧型車で現行モデルと同等に走れれば面白いじゃないですか。

モータースポーツはニューモデルに買い換えるだけではなくメンテナンスして維持する技術も競うというわけです。そのためにはチョイ古マシーンのほうが都合がよいです。

エンジンは自分でOHしたノーマルで最後のキャブ車、サスは股下70cmに合わせて全長を3cmほど下げてあります。フレーム地上高が低いので専用レーシングスタンドです。

出走クラスはE250とE450ですが台数少ない(6台、5台)のでジュニアと混走で12台しかいません。

第一レースのE250はスタート3番手で中盤まで3位走行でしたが、中弛みでペースが上げられず抜かれて4位でした。

午後のE450では、なんとホールショット。5年落ちマシンでも対等に走れる証明をした気分でしたが、路面が固い所に散水の影響であまりコーナー攻められません。小兵はこういうところ苦手意識ありますね。再び3位走行中抜かれて4位でした。

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これがオフビレ名物散水ショーです。無人でコース全域濡らせることができるのはいいですけど、ベストな走行ラインは殆ど滑ります。

天気がよくても泥で汚れますので洗車機も必需品になります。

路面はコース整備が良くでギャップが少ないので、この滑りだけが難関だと思います。

雨降りだと全体の滑りが均一になるので走りやすいですが、ここの場合は乾いているところとの著しいμ変動を攻略しなければなりません。

 

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最終レース、GPとSE混走のヒート2スタートです。

GPクラスは元国際Aか現役だと国際B級くらいのライダーが出走します。SEの上位も国際B級予選通過ラインだと思いますので、現役も練習がてら出てくるようです。

現役かそうでないかの尺度は個人差があると思いますが、私の考えでは速さの問題ではなくて、公式戦で昇格を目指すかポイントランキングを競うことを目的にしているか、ということなので、私のような時々走っているのは現役とはいいません。辞める人はキッパリと辞めるわけですが、仕事がら辞めているとオートバイに対して興味が無くなるといけないので忘れない程度にやっていきます。

参考までに最近エントリー台数が減っているMCFAJのMXですが今大会のプログラムを元に数字を見てみました。全出走台数145台ですが、ダブルエントリーの人が多いので人数は約半分で72名ということになります。

年代別の割合は

20代 3%

30代 26.8%

40代 44.1%

50代 15.8%

60代 11%

MCFAJは40代のライダー層が多いことになります。20代より60代のほうが多いということがMXの高齢化を象徴している数字だと思います。

そして、役員の方の高齢化もあります。あと何十年もちこたえられるか、私たちの頑張りに掛かっているのかもしれません。

先月のクラブマンMX以来、モトクロスは全くやっていなかった。勿論、業務のため練習時間がとれなかったわけだが、来週の軽井沢のレースは走るつもりでいるので準備はしておかなければならない。

コースレイアウト変更したということでGWの最後に時間をとって練習に行ってきた。

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5月というのに異常に寒く、走っても体が暖まることはなかった。おそらく10℃以下だったと思う。

レイアウトは2、3コーナーの区間が新しくなっていただけだが、ギャップの状態とコーナーのアウト側に堆積したパウダーが、スムーズな走行を妨げるので、テクニカルだが

良いラインは狭く、レースになると特にスタート直後は接触アクシデントが懸念される。

路面は長年踏み固められた火山灰質が非常に固く、タイヤで踏んでも全く凹まないのでサスペンションと体を酷使するしかない。

残雪の観える山をバックに気持ちよいジャンプと思われそうだが実はそうでもなかった。

とにかく埃が多くて呼吸が苦しい、裸眼だと目が痛くて開いていられないくらいだ。風が吹いていなければコース内だけの問題だが、突風で駐車場まで上がってくる砂埃は、例えば洗車しているマシンが泥まみれに変わっていくほどだ。コースの周辺に民家はないので苦情は来ないのかもしれないが、近隣に広がるキャベツ畑は埃まみれに違いない。

山の水は流れているのだから水を溜めておくことはできないのだろうか?これではレースのとき視界不良になって事故がおきる可能性もあるだろう。散水できる水源の確保が急務だと思うが、長年あのままの状態なので期待は薄いだろう。場所は日本のモータースポーツ史の原点、リゾートでモトクロスを満喫といきたいところだが、路面状態や不快な土埃が長距離移動して練習に行きたくならない要因であることは間違いない。

それでも、レース会場の少ない近年のMX事情だからレースは開催される。快適さと安全性は主催者側では用意してもらえないということで、自分で準備していくことにするしかないのだ。

今年はあと2回、あそこへ行かなければならないのだから。

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レースの開会式でお話があり、震災後水脈が変わってしまいテーブルトップ脇の水溜りが無くなり、別の水源を確保したということ。

ポンプの調子がよくないのと、消防ホースを人界戦術で散水したのがこのようす。

しかし、埃で視界が無くなる部分は全く散水できませんでした。

できたのはあまり埃の影響のないコーナーの部分だけなので、スリップと埃のダブルパンチという状態に陥りました。

 

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SE、GPクラスヒート1は散水直後のスタート

1コーナーは濡れているので、アウト側の壁を使って曲がっていきます。

ホールショットはマルクラ・マルセロ・ヨシハル選手。ブラジル出身大田市在住。SEクラスは450率が高くスタートに有利という結果が見えています。

直後に元ワークスライダーの2人がせまってきてMXショーの始まりです。

 

 

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2月13日オフロードヴィレッジ大会の開幕です。3週間以上雨が降っていない関東に金曜から雪が降ってしまって、土曜も小雨が降り続くなか、コース下見に行ってきました。

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レース前なので完全コース整備!

かと思いきや、レールは3週間前から変わらず、固く締まった路面は水が浸み込まず

このとおり非常に滑りそうな状態です。

関東地方大雪の天気予報は大袈裟でした。

これはフープス後の2コーナー

 

 

 

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最近変わった部分の一つ逆バンク

イン側のレールをはずすとタイムロスは免れません。

しかし、ここも3週間前と同じレールがそのまま残って水が溜まっています。

完全にアクセルワークとバランスの勝負が予想されます。

諦めの境地

 

 

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唯一、スタートラインだけは入念に整備されていました。

看板も4月の全日本MX用に出来上がっています。

去年の2月、3月はレースに出ませんでした

なんでこの寒いのにオートバイに乗らなければならんのか、仕事もはかどっていないし時間が勿体無いという理由でした。

今年はそんなことではいかんと思い直し、開幕から走ることにした訳は

オートバイにかぎらず、柔道とか剣道とか自分の種目を続けていく諸先輩方を何人も見てきて、尊敬の念を抱いているからです。

当然、年齢とともに体は衰えていき、実力も下がってしまうわけですが、それを受け止めて自分に向き合って生きていく姿勢が人生そのものであると考えるのです。

他人と闘っているわけではありません。自分を磨くために相手になってもらっているだけです。寒いとか路面の状況が悪いとか、言い訳を言って楽な方へ逃げてしまっては自分を堕落させていくだけでしょう。

中学のとき剣道をやっていましたが、人間関係が嫌になって辞めてしまい

高専で空手部に入りましたが、蹴りが手に当たり右手親指を開放骨折して鉛筆が持てない手になってしまい、学業に支障を来たすようになって辞めてしまい

モトクロスは幸い30年続けてこられたので、これを自分の種目と思って諦めないことにしたのでした。

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公式練習や午前中のレースは凍結した泥が解けてきて超マディーになってしまいました。

私がエントリーしているSE150のヒート1もドロドロで、無理すると転倒しそうでしたが、最終ラップにライバルと絡んでコケテしまいました。

最後まで開けきれなかった自分の弱さが出てしまった結果でした。

トップクラスのGPヒート1では元ホンダのワークスライダー対決も観れて豪華です。このころは路面もドライでスピードが上がってきました。

クラブマンMXは毎年登録するチーム名を自由に決められます。そこで去年までは、辞めた会社のクラブSAYAMA RTで登録しておりましたが、今年はHONDA SPEED CLUB(HSC)にしました。

HSCはホンダの契約ライダー、高橋国光選手や北野元選手が所属してマン島TTや世界GPへ参戦した当時の社内クラブの名前ですが、MCFAJの歴史からはその名前を聞くことはなくなってしまいました。現在でも久保和夫さんの城北ライダースや長谷見昌弘さんの青梅ファントムなど日本のレース史の創世記から残っているクラブ名があるのに、HSCもクラブマンの歴史に残したい名前であることが理由であります。(年配のライダーしか分らないでしょう)

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マディーのいやがらせから一転、ヒート2終了後の我マシン。全然汚れていません

しかし、轍が固まった路面は快適ではありませんでした。再び自分に負けて11位というリザルト(16台中)に満足はしていません。

満足しないからこそ、また挑戦するのだろうと思います。

 

昨年中に終了予定の業務が大晦日の午前中まで掛かってしまい、午後からようやく工場の大掃除を始めることができました。工場の掃除は元日の夕方6時まで行いましたが、物が多くて適当なところで区切りをつけた次第です。工場は築26年経過しているため木製の柱が老朽化で倒壊しそうになっていたので鉄骨の柱3本で補強工事を行ったので予定より時間が掛かってしまいました。

元日から重労働の後、夜は翌日練習するオートバイの整備、前後サスペンションOHなど行って深夜2時ころ積み込み完了です。2日は体の試運転を兼ねて新年から逆回りになったらしいオフビレへ

CIMG0171.JPG コースは早く営業したいためか不十分な状態でしたので早々に切り上げて3日は榛名山へ行きました。

榛名とはアンリミットという名のラジコン飛行場の敷地内に建設したMXコースのことで、オーナーが若い頃、MXをやっていて20年ぶりに乗りたくなって始めたそうです。オーナーの自宅がある東京のあきるの市に程近いオートスポーツ清水さんが行き付けの店で、オープン当事はオートスポーツ清水専用練習コースとして宣伝されていました。

ここは県外のMXコースとしては一番近いので時々利用させていただいておりますが、行き始めたきっかけは、昔スガヤのチーム員だった元BELLレーシングの中沢さんグループに誘われて遊びに行ったことでした。そのころ(07年)はコースは今よりコンパクトでしたが、オーナーの本業が建設業なのでコース作りが非常に上手なのです。何しろ自分で走って楽しめるようにダイナミックかつ安全な設計です。

CIMG0169.JPG 土質は水はけのよい黒土で固く締まっているためギャップが少なくて疲労感が無く走りやすいです。

バンクの形状も美しく仕上げられていて様々なライン取りを試すことができます。

これがプロの土建屋さんのテクニックです。

 

 

 

 

 

CIMG0170.JPG ジャンプの斜面はこのように長く取られていてマシンの姿勢が乱れることなく安全にジャンプを飛んで行けます。

アクセルを開けただけ飛んでいく感じなので段階的にレベルアップしていける安全設計です。

斜面に作られたバンクのコーナーも土管が埋設されていて水溜りになる部分は全くないので雨上がりでもコースコンディションの回復が非常に早いのです。

                                                              

 

 

CIMG0167.JPG アクセル全開で評判のいい上りのストレートですが、日陰はこのように凍っている場所もありますが、この時期は仕方ないでしょう。滑る部分もコントロールする練習になりますので歓迎します。

私はレースを走ることが目的ではありませんが、体力の維持と練習の成果を試す目的でクラブマンMXでレース活動する予定です。モトクロスで走るときは実戦を想定して緊迫感を持続することにしていますが、緩く走るよりその方が楽しめるためであります。

 

泣く子もだまる(そんなわけない)国際B級(掃いて捨てるほどいる)時代の私。 IMG_0681.JPG

マシンは我社(前の勤め先)で製造したCR250R、88モデル

コースは成田エアポートMXランド。

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ジュニア時代、87年全日本MX第1戦桶川大会の予選1組。

マディーの予選を制したのは私。最も勢いのあった頃だった。

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スタートを正面から見た様子。既に1コーナーへ向けて最短コースへ加速している。

マディでトラクションさせる能力に秀でていたに違いない。

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ジュニア125クラス決勝は残念ながら転倒で16位に終わってしまったが

MXキャリアの中で最も充実していた時期なので忘れることはできない。

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狭山レーシングのエース、井本敬介選手。87年は国際A級2年目

この年の前期は全員125ccでのレースだった。

朝霞研究所、第2研究ブロック操安グループに席を置き後にCRFシリーズの開発責任者になられた。

奥にチームグリーンの岡部篤史、長沼朝之、隣に無限の鶴田忍の姿が見える。

市販CRでワークスライダーに引けをとらない堂々とした走りだった。

井本氏の指導がなければ私の国際B昇格も無かったかもしれない。

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84年関東選手権、予選10組時代。あの頃はとにかく必死だった。

予選を通過しないことには決勝は走れぬ。

あの頃の経験があったからこそ、今の自分がある。モトクロス最高!

よく会社の先輩に言われたものだ。

万年橋をクルマで渡るときは「お前の橋だ!」などと罵声をあびせられることも

18歳でレースを始め、四国で3年、関東で3年ノービスやったが、万年とはどういうことか、

一生ジュニアに昇格できないという意味なのだ。

それを認めないことが私のMXレースの最大の目的だった。

関東選でシリーズポイントを獲って昇格することが、レースの目的、昇格のないレースはただの遊び。 IMG_0631.JPG

 

MFJの昇格通知、この紙切れをもらうために、どれだけの苦労をしたことか、

センスや才能のある人は難しいことではないだろう。

157cm、50kg、股下70cm、このサイズで成し遂げるには普通にやっているだけでは無理だっただろう。

人の知らないところで努力したのだ、それから絶対に諦めない不屈の闘志、この二つが目標達成に必要だった。多くは望まない、昇格が自分としての区切り。

あれから23年、今の自分にとってのMXはアンチエイジング、老化防止のスポーツの一環なのだ。

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今週は手の怪我が癒えず、レースを走れないのでMCFAJの観戦にオフビレへいってきた。

この人は3年連続GPクラスのチャンピオンを狙う男、スタート前にこのヘルメットの中で何を思うのだろう。

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伊田選手は語る「大塚君が来たおかげで、俺はHRCのシートを失ったんだ」と2度目の無限契約を果たして戦った。20年経った今でも因縁の対決は続く。

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もう一人ビッグネームは元ヤマハワークスライダー、デナシオン日本代表選手の田淵武選手。

85年B級時代、松山オートテックで優勝した姿は忘れない。松山のフィニッシュジャンプをカウンター切って飛び出してくるフォームは若きリックジョンソンかグローバーにそっくりだった。

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GPクラスヒート1のスタート。序盤から大塚選手がトップに立ち、逃げ切った。

2位から追走する伊田選手は同じペースながら、痛恨のエンスト。

なんとクラッチのアジャストを瞬時に済ませ再スタート、2位をキープした。

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ヒート1表彰式、前回のレース同様オールスターMXだった。観戦無料すばらしい!

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2ヒート目の方がペースが上がるという大塚選手、彼の目線の彼方には必勝しか見えていない。

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ヒート2スタート、タイヤを滑らせてしまって若干遅れた大塚選手。しかし、スピードでは負けない

ホールショットだった伊田選手もパスしてトップを快走した。

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ヒート2表彰式、8キロ減量した伊田選手と10キロ減量した大塚選手。

「田淵さん、私の言いたいことは分りますよね」とMCFAJの新津会長の言葉が場を和ませていたのだった。

松山オートテックは愛媛県松山市の山中にあるMXコースで、県民の水瓶「石手川ダム」をさらに山奥へ進むと、瀬戸内海が広がる絶景の山の尾根の部分を切り崩したMX場が現れる。

ゴルフ場も隣接しているのでコースまでの道路は完全舗装された環境のよさ。当時のMXファンなら五明(ごみょう)という地名で知られている、そのコースは通称パチ台と呼ばれていて

コースの一番低い位置にスタートとフィニッシュジャンプがあり、高低差100mくらいの斜面を一気に上ってからパチンコ台のようにクネクネとバンクのついたタイトコーナーを曲がりながら下ってくるので

下からコースの状態が80%くらい見えるので観戦しやすいコースだった。

松の木の山林に黄色い山砂のコースは日本のMXコースの中でも一番美しかっただろう。

そしてカワサキ ダートクルニクルスの記事を読んでいて懐かしく思った。

チームグリーンの平井監督の話だったが、最初に育てたA級ライダーは中深迫正と菅原義広。

その前にチームグリーンとして成功したのがスーパーノービス調所伸一と鈴木南平だったことを

平井監督が語っている。

そして、その舞台が全日本四国大会の松山オートテック、83年のレースだった。

コースの一番高いストレートが終わった左コーナーの向こうは青い瀬戸内海が見えるはずだが

ライダーにはそんな景色は目に入らない、バンクのコーナーを立ち上がったら、菅生の大坂より長い下りジャンプが待っているからだ。

そのジャンプを最初に飛び出してきたのが、調所伸一と鈴木南平のカワサキだったわけだ。

私も鮮明に覚えている。現地には行っていないがライディングスポーツ誌の見開き2ページを飾った写真が、その場面だったからだ。

調所選手の逸話は、桶川のレースで優勝したあと、「フロントフォークがいつもと違う」と言ったので

フロントフォークをばらしたら、片方のフォークにオイルが入ってなかったという話。

片方のオイルがなくても勝てるくらい速かったということだ。

鈴木選手はバイクランドジャパンの御子息、木更津サーキット(イーストバレー)や飯倉スポーツランドも経営していた、あの鈴木さんである。

2人は早くMXに見切りをつけて別の道に進んだと聞いたが、ワークスライダー養成チームとしてのチームグリーンの活躍の原点は彼らだったに違いない。

ハンチング帽にサングラス姿の平井監督は全日本MXの名物となっていた。そんな平井監督と私は一言だけ会話したことがある。

86年の国際B級ゼッケン2はクレイジー安藤さんだ。

安藤さんは石神覚さんのポイントワンに所属していたころから狭山レーシングと縁があり、

カワサキに乗り換えてジュニアライダースに所属してからも、狭山のトラックで全日本遠征していた。

菅生の全日本のときB級の予選でサインエリアにいたとき、平井監督が私に「安藤は予選通過したかー」と尋ねられた。「ハイ、通過しました!」 たったこれだけだが忘れられない。

国際Aは私にとって神様だ、そして監督は神様を育てている創造神なのだ。

安藤さんは前年、カワサキに乗り換えて鈴鹿で4位に入った。申請すればA級昇格できたのだが

「申請A級はインチキだ」と言って翌年、優勝するつもりでいたのに成績不振で折れてしまったのだ。

平井監督はカワサキに乗って速かった安藤さんにも期待をかけていたのだろう。

話は逸れてしまったが

松山オートテックは85年、先輩の井本さんがB級ゼッケン9の年に全日本四国大会として最後のレースを開催した。

その日のマーシャルは四国のトップライダー三原達夫。

国際Bの公式練習は三原選手と井本選手の一騎打ちだった。

四国選手権のトップライダーの松山でのスピードを見せ付けたいという思いと

一桁ゼッケンが田舎B級に負けてはいけないというプライドが、走りに表れていた。

そして、三原選手の御子息は後にチームグリーンへ入るほど成長し、親の意思を継いだと思われる。

その選手の名前は三原拓也、四国で8番目の国際A級ライダーとなった。

 

A級250でヒート優勝したのがMX界1のイケメン立脇三樹夫選手だったのが印象的だった。

その後はゴルフ場建設予定地になってしまい閉鎖したと聞いている。

1980年香川県丸亀市の特設会場。瀬戸大橋もまだ出来てないころ

学生だった私は四国選手権でこのコースを走った覚えがある。

同年の全日本も日曜だけ観戦した。

当時はA級のレースは土曜日125クラス40分+2周2ヒート、日曜日250クラス40分プラス2周2ヒート。日本のMX史上最強のレース内容だったのではないか。

日曜の朝、会場に着いたら海岸のパドックにゼッケン#3福本車のRC125が優勝したということで展示されていたのを鮮明に覚えている。

23歳の東福寺さんが#7でヤマハファクトリーなんて今モトクロス観にきている人はどれだけ知っているんだろうか?

丸亀製麺で懐かしい貴重な記事を見つけたので勝手に拝借です。

オートバイが限界を超えた時、転倒する。ライダーなら誰でも経験があるのではないだろうか。

転倒のメカニズムを考えることで転倒しない方法も見つかるのではないか。

転倒の形態は大きく二つに分けられると考えられる。

一つは横倒し、タイヤのスリップやバランスを崩して横に倒れる形態。

もう一つは縦回り、フロントタイヤが接地した状態でリヤタイヤが持ち上がって転倒する形態。

ハイサイドというのはこれらが複合で起こったと考えられる。

今回は後者の縦回り(前転)について述べたいと思う。

2輪車が転ばないで走り続けられる理由としてジャイロ効果が挙げられるが、それだけではない。

ジャイロ効果とは回転する物体が重心を軸芯に保とうとする働きで、前後ホイールの軸芯が移動する

ことに対して外力を加えなければならないのである。

車輪が回転している限り2輪車が自立して走行できるのはこのためと、もう一つの理由がある。

トライアルなどスタンディングスティルでは車輪が回転しなくても、ライダーが左右バランスを取りさえ

すれば自立していられる。

これはバランスが崩れた重心位置を中央(タイヤ接地点から垂直軸上)に戻す操作を行っているため

である。左右ステップの荷重調節やハンドルを切ったり上体の移動を積極的に行うことで可能となる。

ではジャンプなど空中で車体の姿勢をコントロールできるメカニズムはどうであるか。

ジャンプでエンジンの回転を上げるとリヤが下がる経験を多くのライダーはしているだろう。

これがジャイロ効果の影響だとするとリヤだけが下がる理由の説明がつかない。

リヤブレーキをかけるとリヤホイールが持ち上がってフロントローの姿勢になる。

これはジャイロ効果は関係なく、回転モーメントが主な原因ということになる。

ブレーキパッドがディスクを挟んだとき、ブレーキサポートを介してリヤフォークを下方へ押す力が働く

同時にリヤアクスルを上方に持ち上げる反力が発生する。

即ち、リヤフォークとリヤアクスルの距離で生じる回転モーメントがリヤホイールを持ち上げているのである。

では、エンジン回転を上げた場合は、ドリブンとドライブスプロケットの間でチェーンによる張力が高まる。

これは、リヤホイールは回転速度を速め、車体を後ろ向きに引っ張る動きが同時に作用しているのである。

ただ、回転モーメントはこれだけではない。

タイヤが接地した状態でエンジン回転を上げると車速が上がると同時にフロントが浮き上がりウイリー

状態になることがある。

先ほどのチェーンの張力に加え、クランク軸の慣性モーメントも大きく影響している。

普通のエンジンは車輪の回転と同じ正転でクランク軸が回っている。それは同時にエンジンケースを逆転させようとする

反力も生じているのである。そして、そのモーメントの大きさは正、逆において同等である。

エンジンケースの逆転はエンジンマウントを介してフレームに対して同じ回転を与える。

即ちクランク軸の慣性モーメントが車体のウイリーにも寄与しているということである。

それでは逆にエンジン回転を減速させることがフロントロー、ジャックナイフ状態へ移行することに寄与するということである。

ジャンプやギャップでホイールが引っかかったり、跳ねてしまったときに前転してしまうのは

当たったときにエンジン回転が下がってエンジンケースが正転することで車体の前回りを誘発していると考えられるのである。

もちろん、ホイールの跳ね上がりはサスペンションの動きや、重心の位置なども大きく関わっている

わけだがそれが起こってしまったときにアクセルワークで悪影響を及ぼしたり、コントロールできたりす

ることは間違いない。