今日から二つのことをやめてみました。
一つは油圧クラッチ、もう一つはアンコ抜きシート。

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今日はしどき、私以外の4台はCRF450ばっかり。
元全日本A級,B級ライダーのグループとご一緒なので私が一番ペーペーの元田舎B級でございます。

油圧クラッチは遊びの調整が分かりずらくて前回のレースでエンストさせてしまって
同じミスを無くすためにワイヤーに戻しました。

シートの方はアンコ抜きの方が足つきはいいのですがそれ以外がダメで
まず尻が痛くなる、シートの前が上がっていてコーナリング中に前へ乗れない。
ノーマルシートはフラットなのでタンクの上まで座れるのでステアリングが近く、体重移動の幅が増えます。
当然足は届かなくなりますので、乗り方のテクニックが必要になります。
スタート時は踏み台を使えば問題ないですが、踏み台無いところは、片足ついてシートを跨げません。
そこで、必ず乗るときは車体左から乗ります。跨がないでシフトペダルを踏めるからですね。
そして左足をステップに乗せた状態でクラッチミートと同時にシートを跨いで乗ることです。
こうすることで足がつかなくても走り出せます。止まる時は足をつく方に腰をずらしてから足を出す、というセオリーを守れば立ゴケすることはありません。

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そしてハンドルは19年からレンサルのファットバーが標準になったのでハンドルポストごと19年モデルに交換です。
18年の標準バーとの違いは高さが10mm低いだけで絞り形状は同じです。

ハイ・シートと10mm低いハンドルで
ライディングポジションが腰高な感じになりましたが、今までのが低かっただけですから
直ぐに乗りなれました。

ここ、しどきはレンタルバイクを中心に営業しているのでスピードアップを目的とした現役ライダーはお断りしているそうです。

初心者の体験走行やレンタルのお客さんや我々シニア層のライダーに向けてのサービスを目的としていますので、施設が充実していて快適にモトクロス・ライフを味わえるのです。
しかもコースは全開で5速まで入るストレートが何か所もあって、コース整備も完璧なので全日本コースよりも安全にスピード出せます。
なにより競争しないで自分のペースで走れるのが一番いいと思います。


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朝から大型バイクの集団がやってきて
私のクルマの隣に並んで停めていました。

BMW1250RT
これはピンクのシートレザーが示すように女性ライダーが乗ってきました。


横浜や多摩ナンバーが確認できましたので
朝集合して福島ツーリングの最初の目的地はレンタルバイクでオフロード走行という
メニューなのでしょう。



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BMW K1600GT 並列6気筒
これも女性ライダーが乗ってきました。
全車大きなサイドボックス付きで、お泊りツーリングは明らかです。
オフロード走行は午前中で終了して、
次の目的地へ出発していきました。
彼らにとってオフロードとはアドベンチャーの一環で、ツーリング先のコースへ手ブラで行って体験するものという認識なんですね。


では私にとってのオフロードは
人間の細胞の再生回数に限りがあるため
無駄に再生修復させないために
(無限に再生することは不老不死ということ)
使わない神経細胞は不必要と判断して稼働を抑制させようとする人体の機能があります。(不要な部分を退化させる遺伝情報)
そのため、オートバイに乗らなかったら反射神経や運動能力が低下して運転が下手になっていきます。
その下手になっていく現象が老化そのものですから、そうなることを食い止める運動をすることが
オフロード走行する理由です。
2輪は生活していく上で4輪より効率のよい移動手段であると信じているので
老後も無理なく2輪に乗り続けていたいと思うから安全なオフロードで練習するわけですね。
これからも時間が許す限り続けていきたいと思っています。





国際A級ライダーYT部さんが置いてってくれた中古マフラーが、自分の構想に合うものだと
思ったのでZX10Rに付けてみることにします。
新に作ろうと思っていましたが、バックオーダー溜りすぎで夏ころ着手になりそうでした。
ジョイントとマウントブラケット作れば取り付け可能なので、これなら半日あればできます。

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これは貰った汎用マフラー

メーカー不詳
適合車種不明

重量はノーマルと同じ2.0kg

小さい割にはちょっと重いが
丈夫そうだ。







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ノーマルエキゾーストとマフラーをジョイントするパイプを製作。

φ50.8チタンパイプを拡管し
斜めカットして繋ぎました。








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マウントブラケットの取り付け位置が
全然合わないので

マウント・アダプターをフライス加工して
作りました。

この二つのパーツで汎用マフラー取り付けできます。








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取り付け完了です。

半日作業でした。
全部作るより大幅時間短縮です。











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最近パイプエンドが丸くないのが多いです。

凄く手間が掛かってますね。
丸パイプを潰して成形しているので
排気を絞る役割をしています。
排圧による風切り音が発生するので
丸い出口とは違う音色になるはずです。

ノーマルの出口も、このような異形パイプでした。

多角形断面に合わせたデザインという意味が大きいでしょう。

ノーマルマフラーは横幅が大きく転倒すると確実に凹む形状なので
傷物にしないようにノーマルは取っておいて、実走には汎用マフラーで行こうと思います。

ヤマハT・MAX、大型スクーターにバッタもんマフラー付けてくれい、という依頼。
持ってきたのは、秀明道場出身の国際A級Y部さん。
T・MAXはヤマハ時代の上司から譲り受けたもので、ヤフーでバッタもん仕入れたが取り付け不可能なのでジョイント作って取り付けてあげたいと思います。

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エキパイがφ50.8に対して
サイレンサー内径がφ60・5です。

取り付くわけありません。
φ50.8⇒φ60.5変換アダプターを
作ってジョイントします。










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φ60.5のステンパイプ端材があったのですが、φ50.8は在庫がありません。
これだけのために定尺5.5m仕入れるのは不経済極まりない。
加工も来週になってしまうため

φ60.5を切り詰めて使うことにします。
そのためφ50.8を内径とする板取り寸法で
切断します。







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ステン板を巻いて溶接します。

芯金を差し込んで真円に修正しています。












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これはY部さんから支給してもらった
汎用の触媒を入れたインナーバッフル。

これを変換アダプターに溶接して
サイレンサーに差し込みます。











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インナーバッフル付き変換アダプター完成しました。

2重パンチングメタルにしてあり、グラスウールは巻きません。

あくまで内径φ60.5のサイレンサーから出る爆音を抑える目的です。








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サイレンサー装着完了。

このスクーター、バカでかいので作業スペースを食ってしまうため、早く出してしまいたくて
即行で加工しました。


先週、鎖骨の金具抜釘する手術を受けたので刀傷が痛くてどうしようもないので
当分バイクは乗らんようにしておきます。






土曜日、夜勤明けのY部さんを携帯で起こし、引き取りの連絡してから
天気がいいので試乗してみました。
騒音はまあまあ、車検は通らんレベルですがそれほど迷惑でない音色ですね。
触媒入れたのでパワー特性どうかなと、心配していたのですが
全然、低速から息つくことなくトルク感十分あります。
クラッチもギヤチェンジも無いのでアクセルだけで楽々乗れる感じです。
T・MAX、現行より一つ前の型らしいですが乗り易くていいです。
重心の位置が絶妙によくて、重量を感じない軽快さと安定感を兼ね備えていて、
乗っていて疲れない操縦性だと思います。
それで530ccの排気量ですからスロットル開ければ矢のような加速です。
ビッグスクーター流行る理由がよくわかりました。
移動手段として洗練されている乗り物という表現が適切でしょう。
ヨカッタ、ヨカッタ。

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60近いおっさんが寄ると昔話しかしません。35年前のことを昨日の出来事のように
私も同様に新入社員だったころの社報が実家の本棚に置いてあったのを読み返し、
21歳のころと56歳になった今では当然違う見方の自分がいることに気がつきます。

昭和58年(1983)は本田技研創立35年で、21歳の青年にとっては長い年月ですが、56歳から見ると僅か35年であのような大企業に成長していたことが信じられません。
そして勤めている会社が第2期のF1復帰を表明するのです。
そればかりか2輪の各カテゴリーでトップ争いを展開しているなかで、自分の配属先も決まってないという
実習期間でのことです。 何が何やら


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83年ホンダ社報
本社総務部ホンダ社報編集局発行

社長は2代目、河島喜好さん

本社は神宮前の貸しビルから
青山一丁目に新築したころでした。
自動車メーカーはクルマ作っているだけでなく、海外に工場建設したり
原価計算したり、OAシステムを構築したり
生産設備の管理をしたりと数えきれない職種を総合した集団です。

目的はエンジン製品を作って顧客に買っていただくということに集約されます。


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営業実習していたころの新型車
バラードスポーツCRX 1.5iです。
地元の友達に1台買ってもらいました。

2輪はVF750が発売されたのですね。
しかし、レーシングシーンは2スト全盛
売るエンジンと戦うエンジンは
全く違う方向性であることがわかります。

「レースは走る実験室」とは言ったけれど
市販車にフィードバックするというのは
絶対嘘です。
工場勤務の従業員はあまりレースに無関心な人が多いなと思いました。
世界から注目されて会社の印象を決定付ける重要な役割りがレースの世界と思っていました。

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ほら、全従業員に向けてレース活動の報告をしている記事です。

取締役会でF1参戦を決定して
当時は和光研究所主導でエンジン開発
英国のコンストラクターと共同でマシンの開発、レース運営を行いました。
携わっているのは量産に関係ない選ばれた一部の人間ですが、雲の上の存在でしたね。

ここから1.5リッターツインターボの快進撃が始まるのです。
スピリット・ホンダから常勝マクラーレン・ホンダ
今の方が圧倒的に技術力が高いですが、当時の社内の活気は比べ物にならないくらい当時が上でしょう。やはり結果が全てだということを勝てなくなってから思い知ることとなりました。

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協力メーカーの紹介もあります。

現(株)ショーワ
昭和13年、昭和航空精機株式会社設立
ホンダより早い創業だったのですね。

昭和21年(株)昭和製作所として自動車部品の製造を開始
ショックアブソーバー製造は昭和28年から

別会社なのに本社がホンダ八重洲ビル内というのも興味深いですね。
ホンダが大株主になって取り込んだのでしょう。



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見つけました。井本さんノービス時代
狭山レーシングと品管室の先輩社員でしたが朝霞研究所に栄転されて、今では日本も世界も総括するオフロードグループのトップになられました。

当時は本気でスーパークロステクニック修得に励んだ時期でした。
桶川に練習にいってもAコースは走らず、
池の底と土手を使ってジャンプの練習ばっかりクラブ員一同やらされてました。

「どうだ、寝ていたか!」パンケーキジャンプできたかな。



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世界GPレース速報
ロードレースはNS500V型3気筒が4ストNR500に代わる勝つためのマシン。
フレディー・スペンサー
片山敬済
マルコ・ルッキネリもホンダだったですね。
そしてロン・ハスラム

モトクロス500は
アンドレ・マラーベ
グラハム・ノイス
デビッド・ソープ

トライアル
エディー・ルジャーン、エアターン開発した人
服部聖輝も懐かしいね。全日本モトクロスはHRC契約ライダーが一番多かった年、125ccと250ccクラス3人づつ契約していて最強の布陣だったでしょう。

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男たちのロマンを語る

1965年、F1メキシコGPで初優勝したマシンと視察に来た本田宗一郎最高顧問。
右がリッチー・ギンサー選手と
乗車しているのがバックナム選手

まだ4輪メーカーでもなかったころに
F1優勝を成し遂げてしまった快挙に
世界が注目しないわけがないでしょう。
その裏側でどのようなことが行われていたかを想像しただけで興奮してきます。



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このころまだ知り合っていなかった
高橋技師
私が最後に在籍したプロジェクトの上司です。
イギリス、スウィンドン工場(最近EU離脱に伴い閉鎖が発表された)
立ち上げメンバーに選ばれ駐在されました。
私が辞表出した後、現地人PQセクションリーダーのイワン・ロビーを連れて帰国され、別れの言葉をいただいたことを思い出しました。
ここに書かれた記事がホンダ車の品質作りの考え方であったことは事実です。
多くのことを学ばせていただきました。
「まいったなー」あてにしていた部下に辞められて、後任は私より優秀な社員が当てられたなら、会社にとってはOKではないでしょうか。

どうです?昔話っていうのは今だから面白く語れる、当時は大事なことに気付いていない、
そんな魅力に溢れているものだと思います。


西条市小松町大郷(おおご)刈藪
国道11号線「大頭」(おおと)の交差点から1キロほど山の方に向かったところに工藤家の地所があります。山林なので使用目的は私に委ねられているわけです。
実家滞在日数は限られているので、畑やるわけにはいきません。
造っても猪や猿がやってきて作物は食べられてしまうので、使い道といえばアレしかないでしょう。

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麓の方に瀬戸内海が見えます。

伐採した木を5日かけて全部引き抜きました。

車両が通れるように道を造り、斜面も均して
自由なコースレイアウトが取れるように整備できました。

これは坂の途中から見下ろしたところ。
急こう配なので重機が上がって作業するのは転落の危険があるので、このままです。
木は生えてないので刈り払いだけしておけば
2輪なら行けるでしょう。

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道は斜面を削って、造りました。











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ステップアップです。

道幅広いので上り下りの2レーンできそう。


最初は大坂使わないレイアウトで









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いつかこの坂上ってみたいです。

直線で50mくらいあります。

杉の木までがうちの敷地ですね。

役所に行って地籍調べてきました。
いよいよ自分でなんとかしたくなってきました。

放っておくと藪になってしまうだけなんで
勿体ないです。
ナンバー付きトレールバイクなら、場所探し当てて勝手に乗り回していいですよ。



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家の前のみかんや柿の木も引き抜きました。

整地して砕石を敷き均しします。
3年前は藪になっていた畑ですが
全部駐車場にしようかと思います。

人の手がはいっていないと廃墟のようになってしまうので、このようにしておけばこの家が衰退しているとは思われないでしょう。