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ダイノジェット計測でお世話になっているmotoGLADさんとこのテイスト仕様のロードレーサーです。

チャンバーのワンオフ製作をやる予定ですが、今月中の納期なのに今頃取りかかっていて大丈夫なのでしょうか。

社外品のチャンバーが付いていましたが、満足できず新作してほしいという依頼で、内容を確認しますと、中速の加速が緩く、高回転も頭打ちが早い。サーキット走行では少々物足らないと感じるようです。

チャンバースペックを測ってみましたら、どうやらストリート向けで強烈なパワー特性を控えたおとなしい乗り味になっている様子です。

幸い弊社では17年かけて溜め込んだチャンバースペックが多数、秘蔵ノートに書き込んでありますので、これは2ストパラレルツインの250ccなので125シングルエンジンのレーサースペックを引用して製作していきたいと考えています。

それから形状デザインですが、付いていたチャンバーはエキパイがクロスしたタイプでしたが、右バンクで路面とヒットしてしまうのでレイアウトを見直す必要があります。当然左右非対称となりますので、違う型を2種類作ることになります。筑波サーキットは右の高速コーナーが多いので右バンクの条件が厳しくなってしまうのです。

ではこれから1週間はこれに専念することになりますので、他の仕事は一切できません。戦闘機向けのチャンバー製作は最も意欲的な作業であります。

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チャンバー形状を見直す工程ですが、膨張部分が後ろに位置すると、リヤサスのリンクと干渉するため外側に張り出してしまいます。フレームから僅かにはみ出した部分がフルバンクしたとき、路面と擦ってしまうので

膨張部分を完全にフレームの下に収めるレイアウトを取らなければなりません。

そのためエキパイ部分をなるべく前方に取りまわすために、このようなクロス形状にしてみました。膨張部分とダイバーコーンは左右別形状になりますので、このあと展開図を作成していきます。

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右側のチャンバーは、このとおり繋がりました。膨張室を完全にエンジン下部へ追い込んであります。

次に左側のチャンバー形状を決めます。

 

 

 

 

 

 

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左側はこんな形状です。チャンバーのスペックは左右同じなのですが微妙に形状を変えないと、フレーム下にピッタリと収まりません。もうガチガチのクリアランスで5mm動かすとフレームやステップブラケットと干渉しますが、これでフルバンクでも路面と接触することはないでしょう。

あとはマウントステーとテールパイプを溶接してサイレンサーを取りつけます。

これは、ラインナップではありませんが、お客さんの要望で作ってみました。

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アルミの筒とチタンカップの組み合わせですが菱形断面にしました。オーバルより曲率の小さいR曲げにより剛性があがります。

その反面、チタン板の曲げが固くで難義です。プレス機なしで手加工ですから力技で成型しています。

250サイレンサーと同じ形状ですが、450の排気量にあわせて全長で50mm長くしてあります。完成してから2mMAX法で音量計測します。

 

 

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2012年型CRF450です。オーナーはフラワーオートの嶋野さん。

80年代、ATV協会創世記のころの3輪バギーチャンピオンで、あの"ダミアン号"の運転手でした。60歳過ぎても新型の450でMXでトレーニングする理由は、同年代の仲間が薬飲んでないと健康でいられないのに、MXで体を動かし汗をかくことで体力を維持するためだといいます。

友人が「嶋野くんは本当に薬を飲んでないのか?」と驚いて聞かれたので「MXが薬の代わりだ、バイ〇グラは時々飲むけどな」と笑いとばしたそうです。

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サイドカバー付けた状態ですが、サイレンサーエンドの位置がノーマルと同じです。

エンジンかけて吹かしてみましたが、アクセルのレスポンスもよく乗りやすそうです。騒音も思った以上に静粛で、2mMAX法で計測してみましたら110.6dBでしたので250と同等の消音性能を発揮しています。

今年、MCFAJも登録されたそうなのでレースの方も頑張って続けていただきたいと思います。

正月前に工場の掃除をしたとき、何年も手付かずのスチール棚の奥に忘れられていた封筒が見つかりました。その中には10年から20年前に撮られた写真が入っておりました。

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これは元MCチャンピオン、宍戸さんが主催していた、赤城スポーツランドのガンバレースのときの写真です。

96年だと思いますが、あのころは、4ストモトクロッサーも、アルミフレームも販売されていませんでした。フレームは量産車の改造では面白くないと思って全部製作にしてみました。エンジンはスクラップになっていたXR250を拝借して、足回りはYZ250の中古車からはずして使用しました。

4ストエンジンでモトクロッサーのサスペンションの組み合わせが当時は存在しませんでしたので興味本位でつくりましたので一応レースも走ってみたということです。その後、解体して何も残っていませんので忘れていました。

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これも10年以上前であまり覚えていませんがCB92ですか。左2本出しのエキパイを頼まれて製作したものです。

スチールパイプの手曲げでクロームメッキ仕上げです。エキパイのクロスした部分と平行に並んでリヤサスを逃げたカーブが絶妙です。この時期から旧車のレストアマニアのお客さんが増えてきたように思います。

まだ現役で走っておられたら嬉しいです。

 

 

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こんな旧車も持ち込まれたのを忘れていました。エルシノアMT250、ホンダの最初の市販モトクロッサーのベースとなったマシンですが、オーナーはオフロードで走らせる気は全くありませんので、ダウンチャンバーが希望でした。見本がありませんので全部自分のオリジナルです。

こんなオートバイでストリートを流して走る姿を想像しただけで羨ましく思います。

 

 

 

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これが一番古いですね。会社辞めたてのころです。ベランダ工事屋に転職しようとしていましたが、なぜかドリームトキで丁稚をやっていたころです。

光輪で販売するマフラーを作っていたときにお世話になっていたファクトリーベアの大沼さんが、A級ライダー上がりたての龍一郎選手をアメリカで走らせていました。LA近郊のコロナにあった大沼さんの家に招かれてグレンへレンへレース観戦に行ったときのことです。

あの家には後にジュビロヤマハでメカニックを務めたヒラポンさんやライディングスポットの長吉さんも同居しておられてビックリしました。濃いキャラクターの人たちです。

中央のベアーの黒いジャージが私、右が高浜龍一郎選手、左は八千代工業の山口さん。山口さんはホンダでATCの3輪車を作っていたころオートテクニックで働いてた、私の先輩にあたります。八千代工業はATCやCRシリーズを87年まで製造した会社で、今は4輪のガソリンタンクや軽自動車の組み立てをやってるメーカーさんです。

記憶というものは、どんどん忘れていってしまうものですが、写真が残っているおかげで当時の記憶が蘇ってきてありがたいことです。

                                                                                                                                                     2012 年賀状アレンジのコピー.jpg 当ブログを閲覧の皆様、ならびに弊社商品をご購入のお客様、昨年中はお世話になりました。

大震災を発端として、私たちの生活、経済活動など大変な混乱が生じまして、移り変わりの激しい1年でございました。私事ですが、身内に不幸が続いたり、自分の健康などにも気をつけなくてはならない年代に入っていることも実感させられ、身の引き締まる思いでおります。

今年こそは、去年のような困難を糧として、今まで以上の飛躍の年としてモノ作りに励んでいく所存でおりますので、見守りのほど宜しくお願いいたします。

用件だけですが、新年のご挨拶とさせていただきます。

           

                PRECIOUS FACTORY 代表 工藤 厚     2012年 元日

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通常シングルのエキパイならR曲げは2本で出来ますが、複雑な3次元カーブで形成されるデュアルエキゾーストは7つのR曲げが必要でした。

微妙な取り回しで構成するため、曲げたパイプを必要な長さで切断して繋いでいきます。

 

 

 

 

 

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口元とフランジも加工します。

フランジはアルミ2017をフライス盤で切削。

口元はパイプと同じ材質SUS304の丸棒から旋盤で切削します。

この状態で排気ポートに取りつけ、パイプのレイアウトを決めていきます。

 

 

 

 

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2本のエキパイの仮組みができたら、ジョイントパイプの曲げ形状を決めます。

2本のエキパイを1本のジョイントパイプにまとめるためテーパー状のパイプも成型してあります。

差込の部分は少し外径が小さくなるため、丸棒から切削加工して、差し込んでいます。

 

 

 

 

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パイプを全て溶接組み立てしました。

エンジンはME08ですが、シングルのエキパイに比べると4倍くらいの工数になります。デュアルエキゾーストは同じ金額ではやりたくない仕事ですね。

ここまでの作業で2日掛かりです。

明日、ノーマルのヒートガードを取り付けて完成します。

趣味の時間ですが、4年間の熟成期間を経たツインマフラーの最終型をシングルマフラーに取り換えました。06から09まで生産されたツインマフラーのCRF250ですが、毎年マイナーチェンジを受けてきました。最初の年はノーマルに国内仕様のマフラーが同梱されて、1台に4本のマフラーが付いてきました。

1本のマフラーが純正部品で4.8万円と高価な部品で、左右セットとジョイントパイプで10万円オーバーという高額マフラーでしたが、2010のフルモデルチェンジと同時に1本仕様に変更されてしまいました。ツインマフラーのコンセプトはどうだったのでしょう?ということは過去のことになってしまいましたので、中古の09CRFもシングルマフラーに変更です。

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05年にHRCの250に試作車が登場して全日本で使用されたツインマフラーは06モデルの量産車に採用されました。左右の重量バランスを均等にしつつ、マスの集中化を果たす目的のレイアウト。マフラー2本だから静粛であるわけではなく、騒音規定値をギリギリクリアさせる技術。

二股のジョイントパイプの仕様が毎年変更されていたと思う。パイプの容積を増やしたり、カラーを仕込んだり、エンジンのパワーも向上させていたので、騒音が上がることをマフラーの仕様変更で対応していたでしょう。

 

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いずれ新作のマフラーを作るつもりですが、年内は時間がありませんので、使い道のなかった中古マフラーをリサイクルしてみました。

05年型CRF450マフラーですが、ジョイントパイプのみ変更で取り付きました。

これは国際A級の平塚正樹選手が使ったもので、大破していたのでサトケンさんが「何かに使って」といって持ってきてくれたので修理品サンプルにして取っておいたものです。大破した部分は完璧に修復してありますので、当分の間使えそうです。

6年前の450用マフラーは今の250用より小さいので容積が調度良さそうです。これで来週、テストライドに行けそうです。

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年末に向けて業務予定を立てています。

ワンオフのマフラー製作が続いておりますので実車預かりにて対応させていただいてますが、年内の予約は終了しました。

これからご依頼の業務は来年からになりますのでご了承ください。

遠方から車両運搬していただき大変恐縮に思います。

バンに積み込んで来られる方、自走で来られて電車でお帰りになる方、手段はそれぞれ違いますが、弊社の事業内容に期待して賛同されるお客さんがいらっしゃることに感謝しています。毎回、違う依頼内容に多様化するお客さんのニーズがあることを実感します。微力ながらより良いオートバイライフの実現に貢献できれば幸いと存じます。

 

四国地方では鉛筆やタイヤがすり減ることを「ちびる」といいます。埼玉へ配属されて「タイヤがちびる」と申しましたら先輩には通じませんでした。私の場合は正真証明のチビでしてMXライダーとしては全く不利な体型なので、周囲から「辞めた方がいいよ」とか「ロードレースにしろ」とか好き勝手なことを言われてきました。馬鹿にされたから、ハイそうですかと引き下がらないのが私の性分です。やってみなくちゃわからねえじゃねえか、今にみておれと反骨精神むきだしでMXに挑戦していきました。

スリーサイズは157センチ 52キロ 70センチ。 70は股下寸法ですね。中学生のころ160センチにならなかったら人生は終わりだということで自殺しようと考えたこともありましたが、バードハイとよばれたアメリカのバスケットボール選手の写真を見て、小さくてもかっこいいヤツがいるもんだと知りました。170センチ足らずの身長で2m超の選手を出し抜いてゴールを決めるスピードとジャンプ力。その後、雑誌ポパイに掲載されていたSXの記事でジェフワードのことを知り、完全にやる気が沸いてきました。柔道なら柔よく剛を制す、相撲なら舞の海が曙を倒す、など小さいやつが大きいのを倒すシーンが逆に魅力があるということでチビテクを追求してきました。会社の先輩が「東福寺はオートバイが傾く前に足が着くから転ばないけど、お前は足が届いたころにはオートバイが傾きすぎてコケるんだ」と言われましたので足を着かない走法に必死で取り組みました。狭山工場の部室に福本さんが来たとき直接アドバイスをもらったことがありました。「竹沢選手のように下半身をホールドして、上体でバランスを取るように乗るといい」ということで竹沢正治さんのフォームを参考にさせていただきました。

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実は30才になったらMXは辞めようと思っていました。実際に今の仕事を始める前は3年くらい完全に足を洗っていました。

最後に全日本に出たのが92年の九州大会でしたが、当時29才になっていて出場ライダーの上から2番目の年齢で、10代の若いライダーに負けることがみっともないと思うようになっていました。国際B級も5年目で、全く進歩がみられず、自分の能力の限界も見えてきた状態ですから30前に辞めると決めたのです。

ただ一つ希望がありまして、21世紀のオートバイはどのように進化しているだろうということで、21世紀のマシンには乗ってみたいと思っていました。そこで2000年モデルのCR125を新車で購入してまたやり始めたという経緯です。ライセンスも失効していてNBからやり直しですが、関東戦で優勝も果たしてNA昇格しましたが怪我して仕事に差し支えるようになったので、125は辞めて80で遊ぶ程度に変更しました。クラブマンMXがメインですが10年もミニバイクに乗っている間に125は4スト250に変更され21世紀のオートバイもちょっと違ってきました。再び21世紀マシンに乗ると決めましたが、2000年モデルより車体のサイズが拡大されていて、チビライダーには益々不利な状態です。シート高がスポンジを削ってあるにも関らず94センチもあり私の股下寸法では20センチ以上足りません。ただし現役時代もノーマルで乗ったことはありません。サスペンションやシート、ステップを自分専用に改造して対応していました。今回も自分専用の改造を施していきたいと思います。あのリッキーカーマイケルも他のマシンよりハンドル一本分低いマシンを作って走っていたのが印象的でした。来年にかけ仕事の合間にコツコツと作っていきたいと思います。

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車高を下げるために、フロントフォークは全長を30mm短くしました。

方法は、ダンパーロッドのストッパーに30mmのカラーを追加します。このままでは、スプリングにプリロードが掛かってしまいますので、スプリングのストッパー位置も30mm上方へ移動します。

そのとき、フォーク内のオイルチャンバーの容積も減少しますのでオイル量も調整します。フォークアウターはインナーチューブ内径φ44からインナーロッド径φ12.4を差し引いた面積に30mmを掛けるとオイル量21ccが算出されますので、標準オイル量368ccから21cc差し引いた量を入れます。フォークインナーのオイル量はカラーの容積5.8ccになりましたので標準オイル量187ccから差し引いて入れます。こうすることで、全長を詰めたフロントフォークでも標準の減衰性能を発揮できるはずです。

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リヤショックはピストン下部のストッパーに15mmのカラーを追加しました。

このショック長でリンクを介したリヤの車高変動は、リヤアクスルアジャスターボルトのロックナット付近で計測して33mm下がりました。

リンクプレートを伸ばして、車高を下げる方法は間違いでしょう。後ろ下がりになるだけでなくリンクの作用角が変わりますので、正しい減衰特性が得られなくなるはずです。

通常、空車時(サス全伸び)と乗車時のリヤアクスル移動量をレースサグといいますが

レースサグを100mmとるのが推奨されています。即ち乗車しただけで100mm車高が下がるわけですから、予め30mm下げておいてもサスペンションの性能は殆ど変わらないでしょう。そして、20センチ股下寸法が足らないところを17センチにできれば、足付き性は大きく改善されることになります。

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ステップはノーマルの上に15mm幅のプレートを追加します。

4スト車はステップからシートまでの高さがあり、スタンディングで体重移動するとき、内股がシートに当たって動きが制約されます。ステップを上げることによって股下のクリアランスが増えて体重移動する範囲が広がります。

 

 

 

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シートのスポンジもノーマルの厚みは必要ありません。厚さも減らしますが、特に角に丸みを持たせるように削ります。腰をずらして片足を着くときにシートの角が邪魔になるためです。

こうやって車高の高いマシンも体格のハンディの少ないチビ太仕様に仕上がりました。

これが私が乗車前に行う儀式です。

 

再生中だったCRM250の2WDですが、欠品していたフロントフォークのスプリングが組み込めましたので、走行可能な状態になりました。

世の中の多くの理論は聞いた話や本で読んだりした知識に基づいています。実際に体験したことと見たり、聞いただけの知識では、理解の度合いに大きな隔たりがあるものです。やってみなければ、答えがわからないから無駄なことに、お金をいただくわけでもなく大きな労力を費やしてきたのです。そして4輪メーカーがあれだけ多くの4WD車を普及させてきたのに、2輪の2WDが普及しない理由を身をもって体験したのでした。

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この車両がトレール車のスタイルをしているため、試乗にはMXコースが適しているだろうと思いオフビレで走ってみました。

平な路面は、当たり前ですが普通に走ります。前後輪が互いに駆動力を持って転がっていくので両輪が別々の方向へ向かおうとします。そのことが独特の直進性とハンドルの重さを発揮するようです。この時点では普通の1WDの方が乗りやすいでしょう。

このクルマの構造上、MXコースを走るには問題がある点が大きく二つあるように思われます。

一つはこの三つ又の幅、ハンドルを切ってもフロントのチェーンが当たらないギリギリの幅ですが、ノーマルのそれとは大きくことなります。同時に幅広のフロントタイヤ、フロントアクスル。これらがハンドルを切ったときの慣性モーメントを増大させ悪影響を発生します。特に高速でギャップを通過するときに路面からのキックバックを激しく受けてハンドルを揺さぶります。抑えるのに相当な力を要しますので、危険でしょう。

二つ目はフロントの重量、駆動系とフロントホイールなど、おそらく10kg近く増量に加え、フロントフォークが89年式のノーマルなので、明らかにサスペンション性能不足です。中型のオンロードバイクでジャンプを飛ぶくらいのイメージです。あっさり底突きしてしまいますので、深いフープスや連続ジャンプの走破は無理でした。そもそもMXではフロントを上げてギャップを通過するテクニックが必要ですが、このクルマでは苦手です。こういう結果でオフロードをハイスピードで走ることには適さないという結論に至りました。この2WDの真価を発揮するには、グリップの悪い登坂路面か、タイヤが潜ってしまう泥か積雪の路面のような場所が適しているでしょう。また機会があれば、雪が積もった日にこのクルマを持ち出して試乗してみたいと思います。1WDでは走行不能なコンディションであれば2WDのすばらしさを堪能できると思います。

以上が2WDが市販されない理由だと思いますが、この問題点をクリアさせる技術開発をおこなったとしても販売台数的に利益が見込めないと2輪メーカーが判断したと想像します。いずれにしても、貴重な実験車両を保存して、いつでも走れる状態にしておきたいと思います。

 

今年第10戦、最終戦になりますが地元のレースなので、土日決勝レース観戦しました。これで3連続土曜日超マディーコンディションのレースとなったわけですが、レース関係者やメディアの人はMXは楽しいスポーツなので・・・観戦に行きましょう!と書かれることがあります。しかし、レースを走る人はそうは思ってないでしょう。特にマディーのレースは全身泥だらけのライダーとマシンを見ていて、よほど注意していないと順位すら判別できなくなりますので、計測器頼りの結果だけが残ります。参加ライダーにとってはこの結果こそが目的で走っているはずです。泥だらけになって、路面も滑って、相手の転倒にも巻き込まれるし、タイヤ幅しかない滑るレールをひたすら走る神経戦を好む人は少ないでしょう。チャンピオンも既に決まっていますが、1ポイントでも多く加算してランキングを上げること、ポイントは取れなくても納得のできる結果を残したい、これに尽きると思うのです。快適とか楽しみといった娯楽からは程遠い過酷なスポーツです。経験した人にしか分らない気持ちかもしれません。

そのあたりを自分が走る立場ならどうするだろうという思いを馳せながら観戦するといいでしょう。

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決勝は土曜のIB2から、強い雨の中でしたが地元の島崎選手が我社の新型マフラー付けて走るそうなので注目しました。

IB2のスタートは混乱を避け後方20番当たりから走りはじめ一桁まで上がってきた終盤にS時コーナーのレール立ち上がりでフロントが滑って痛恨の転倒、半ば諦め気味に起き上がって再スタート、14位でした。

写真はIBオープンですが、トップの村上選手とはこの距離の2位走行で本領発揮かと思いました。しかし、レースはドラマチックです。実はスタート3番で始まって2周目で2位の近藤選手が轍に引っかかりストップして一つポジションが上がりましたが追い上げてきたヤマハの若手と近藤選手に抜かれましたが、4位で安定して周回しておりましたが、近藤選手が今度は連続ジャンプの轍をはずれてコースアウトしました。これで再び2位争いになるかと思ったのですが、近藤選手の再スタートがギリギリ間に合い順位変わらず。しかし、ラスト1周で勝負に出た島崎選手は、テーブルに乗っかるジャンプのところで3位のヤマハをパスしようと飛びました。しかし、路面が悪かったためかフロントから路面に刺さるかたちで前転してしまいました。結果論で言えば、そのまま走り続ければ4位は確実だったはずですが、ここで抜くことを決めていたでしょう。些細なミスですが結果は大きく変わってしまいます。再スタートして22位でしたが、彼はまだ18才です。これから時間は充分あります悔やむ必要はありません。

今回のレースを観ていて路面の悪さのため、コースアウトする選手が多く見られましたが、最近はコースアウトによる失格は取らないようになったのだな、と思いました。競技規則には「コースアウトした場合は元の位置へ戻ってコースインする」と書かれていて、違反した場合は失格となっています。

私自身、雨のレースで滑ってジャンプから落ちて、ジャンプの前から復帰して8位でフィニッシュしたジュニア250のレースで失格になりましたし、91年富士SWの全日本MXで無限カシオ契約だった川島雄一郎選手が、キャンバー部分でタイヤが数メートルだけコース外にはみ出して走行したためA級250で2位の結果を失格にされたこともありました。コースアウトしてその前から復帰する行為が重罪に問われた時代は昔のことでしょうか。元トーハツテストライダーの長沼さんがMFJ役員だったころはビシビシ失格にしていましたが、今は競技規則の効力は失われつつあります。(後で確認しましたら

ショートカットにならなければ前から復帰してもOKに変更されたそうです。)

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IA2決勝はこの人注目です。やはり地元の小方誠選手、ベストリザルトはIA1で3位という実績がありますが、本人も言うように05年に2ストCR125で優勝したのが最高だった同選手。ヒート1ではスタートで遅れ後方からの追い上げは誰よりもアグレッシブでした、トップ走行の星野選手より速いラップタイムで、中々抜かせて貰えないライバルたちを退けましたが4位まで上がったところで時間切れでした。彼は終盤になっても全く勢いが衰えないのです。

そしてヒート2はスタートも出て、トップ走行。既にチャンピオンを決めている三原選手が追いかけますが、差をひろげて見事優勝しました。彼はまだ25才ですが規則で来年はIA1を走ることになります。今回の結果で来年のワークス契約は獲得できるものと期待します。

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こんなドラマもありました。

1A2ヒート1でスタート転倒して最後尾に落ちてしまったルーキー飯田義明選手。IB島崎選手とは後輩にあたります。しかし、ヒート2はホールショットを決めてトップ走行。まぐれじゃないことを証明するように2周守ったところで転倒、12位フィニッシュでした。良かったときのイメージを忘れないでもっと頑張ってもらいたいです。このレース、ヒート1で優勝だった星野選手が1コーナー立ち上がりのフープスで転倒、飯田選手と逆の立場になっていたのでした。オフビレの滑りは独特の走り辛さがあります。

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1A1のレースは上位陣がいつものメンバーという感じで、チャンピオンも決定しているし、ヒート1の成田選手が転倒して追い上げていく場面意外は大きな変化はありません。路面は滑るし、レールばかりで無理な追い抜きもできません。「コラーどけよー!」という声がよく聞こえるレースでした。

写真はヒート2のトップ成田選手を追う小島選手。小島選手は3コーナー立ち上がりの誰も飛んでない連続ジャンプを飛び越し、成田選手に迫りましたが一歩及ばず2位でした。ヒート1の熱田選手優勝など、スズキワークスの力が見せつけられたレースでした。

来年は1A2の上位と25才以上が上がってくるはずなので1A1はまた違った内容のレース展開が予想されます。

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日曜はレース中は好天に恵まれましたが、1Aレース終了後、突然土砂降りになってしまいました。

実は観客はこれからが大変です。手前の砂利が入った駐車場は割りとスリップしないのですが、問題は奥の粘土質の方です。ヌルヌルの路面でタイヤが滑りだすとクルマは動けません。土曜日にスタックするクルマが多かったので、日曜は最初から諦めてスクーターで入場しました。帰りも早いですし

しかも、出口の信号機の交差点は一箇所だけなのに、選手と観客はひたすら信号待ちを余儀なくされるでしょう。最後のクルマが帰ったのはいったい何時ころでしょう?恐ろしいことです。観にいくだけでも大変な苦労ですね。よほどMX好きな人か、状況を知らないで来る人が多いということだと思います。

 

 

 

 

 

今年で2回目になる同大会は私の実家近く、愛媛県西条市の石鎚神社参道で行われるということで帰省して家から自転車で行ってまいりました。軽く観戦レポートいたします。

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決勝ヒート終了後の表彰式は、ゴール地点でもある、石鎚神社の入り口門の前です。

迫力ある走りに興奮冷めやらぬ2千人の観客が集まってきました。

驚くことに観戦料は無料!食べ物やグッズの出店も多数で、ゴール地点では大画面モニターや、レースの実況をMCによって放送されていて分りやすく快適に観戦できました。

興行ではなく、賞金や開催費用をレッド・ブル・ジャパンから負担して業界のPR活動を行う姿勢に強く感銘をうけました。

エアレースやF1、MOTOGPなどトップクラスのレースをサポートしている同企業だからこそ成しえた大会であると確信しました。自然と触れ合いながら、修験の場所でもある石鎚神社で危険と隣合わせのダウンヒルレースを行うなど、常識はずれのように思われますが、宮司や西条市長など受け入れ側からの意見を聞いて納得しました。今の日本は災害や不景気で国難とも言える状況の中、このようなアスリートたちの戦いを実現させ、選手や観客たちに生き抜いていく意欲を与えようという大会の趣旨です。

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パドックを歩きますと、関東から遠征のライダーが何人か見られました。

2011JCF DHナショナルランキング3位の井出川直樹選手と藤田メカニック。

井出川選手は2004年にホンダの自転車をJシリーズ優勝に導いた男です。

隣には内嶋亮選手や永田隼也選手などトップアスリートぞろいです。

 

 

 

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レッドブル契約ライダー、フィリップ・ポルク選手。スロバキアDHチャンピオン

これは試走に向かうところですが、このようにスタート地点まで500mほどの坂道を押して上がって行きます。

試走回数を重ねる毎に体力を消耗するので、早くベストラインを見極める能力も要求されるでしょう。

 

 

 

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スタート台は神社本殿の前からスタートし、いきなり石段の急勾配を落ちていきます。

試走とタイム計測は一台づつスタートで、エントリー台数95台中、タイム順で上位32名が決勝レースに進みます。

決勝第1レースは4クロス形式で、4台スタートのレースを8組行い、1位の選手8名を選びます。

次に2組の4クロスレースで1位の2名がファイナルに進み、2位の2名が3位決定戦のセミファイナルを争うという展開です。

 

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自転車トライアル世界チャンピオンからDH界へ転向してきた、世界の末政こと末政美緒選手はJCFナショナルランキング女子エリートで1位。

タイム計測で見事、決勝レースに進出し、ベスト8に入りましたが、決勝第2レースで惜しくも敗退。

男子エリートのライダーたちと比べても遜色の無い走りは立派でした。

 

 

 

 

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決勝第2レースで最初に決勝進出を決めたフィリップ・ポルク選手。

このセクションはスタート後、長い石段を下って最初のカーブですが、石の路面でグリップが悪く、スピードに乗ったコーナリングが難しく、最も転倒の多かった場所。

滑る石の路面を避けるようにイン側のダートに入ってコーナリングしていきますが、ブレーキでスリップしたりラインが交差した選手が曲がりきれず。アウト側のクラッシュパッドに衝突していました。

 

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決勝第2レースヒート2は井出川直樹選手がアウト側からスピードを乗せて最初のコーナーを奪い、そのままトップを譲ることなく決勝進出を決めました。

両者のライン取りが全く違うところがよくわかる場面でした。

決勝第2レースヒート1の2位は去年の優勝者青木卓也TEAM GIANTが入り、ヒート2は安達靖TEAM Ikuzawaが入りセミファイナルで3位決定を争います。

さあ、これで役者は揃いました。

 

CIMG0648.JPG3位決定のレース、この人たちは階段を下るなんてことはしません。

スピードを保ったまま一気に飛び越していきます。

青木選手は階段の下まで飛び降りて、安達選手を突き放して勝ちました。

前回優勝とナショナルランキング1位の意地を見せたような走りでした。

このジャンプ、エンジン無しとは思えない飛距離と高さです。

 

CIMG0646.JPG決勝レースでのフィリップ選手と井出川選手の一揆打ち。安定したフォームでハイスピードのフィリップ選手の走りは世界のトップクラスのレベルを明確に示してくれました。

井出川選手も秘策を考えていたと思いますが、僅かな差で、去年の大会と同じ2位入賞は実力のあることを証明したと思います。

 

 

 

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コース最後の漕ぎ区間に入る前に特設のドロップオフが設けられていて選手は加速をしながらこのような落差をジャンプしていきますが、着地は石なので、自転車の強度も重要で、漕いで早く、ジャンプの衝撃も受け止める自転車のセッティングも、このレースに必要な課題でした。

 

 

 

 

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全部のレースを見終えて、大会の趣旨のとおり、選手のやる気が伝わってきて、自分も頑張って生きていかなければならない思いが沸いてくるような大会でした。

ドリンクもキャンペーンギャルが会場の全ての人に配って、おもてなししていただきました。これからもレッドブルの主催するスポーツイベントに注目していきたいと思います。

レッドブル公式結果とレポートはこちらを参照ください。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

およそ45年くらい前に製造された車両でしょうか。これは、CSというロードスポーツタイプですが、これと同形式のエンジンを搭載したCLというスクランブラータイプが私の実家にありました。

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CL90はオヤジがスクランブルやるために買ったものではなく、会社に通勤するための実用車だったのです。母親は私が8才のときに亡くなっていましたが、記憶に残っていることがあります。

当時、父親は自動車は所有していなかったので、夫婦で買い物に出掛けるときは、オートバイで2人乗りのスタイルでした。まだヘルメット着用は義務でなかったですが、父親はシールド付きハーフキャップ被って、ジャンバーにスラックス、革靴という真面目な服装で乗っていて、母親は頭にスカーフを巻いて、ロングコートの下はスカートでタンデムシートに跨り、ヒールの踵をステップに引っ掛けて乗っかっていました。要するにお洒落着のままオートバイに乗って出かけていたのですね。そんな母親を見て「お母さんは風呂敷被っとった」と父親は言っていました。 40年以上前の話です。

その後、通勤車は自動車に代わったのでCL90は置きっ放しになっていました。私が中学2年になったころ単車に乗りたくて、乗りたくて我慢できずに、親が寝静まったころ、こっそりCL90を持ち出して乗り回すようになりました。クラッチもギヤチェンジも知りません。乗り方教える先生もいません。中学生がたった一人で真夜中の山道で、ライトを頼りに練習していました。真冬で寒かったので、ジャンバーの下に新聞紙を入れて真っ暗な道路を疾走しては、親に気づかれないように返しておく日々が続きました。悪いことは続かないもので、運転に慣れたころに国道を走って遠出したところで警察に捕まって、バレてしまいました。13才のころですから少年法で刑罰はありませんでしたが、夜の監視が厳しくなってしまいました。モトクロス場では13才どころか10才以下でも堂々と単車に乗れるのに、私らが子供のころの環境では非行の元としか見られていませんでした。早く就職して自由に単車に乗ってやると、強く思ったものでした。

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このオートバイを見てそんな昔のことを懐かしく思うのですが、今こうやって現役で走っていることが羨ましく感じます。あの思い出のCL90は、私の非行が元で、処分されてしまいましたから。

頼まれたのはメガホンのマフラーですが、レーシング仕様なので消音器は入っていません。浅間火山レースを彷彿される直管です。長さとテーパーの角度はノーマルのマフラーの中身を参考に最適寸法を推測して製作しました。成績を全く気にしない楽しみのためのレース仕様です。

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レッドブルジャパン(株)のダウンヒルレースが11月12日(土)に開催されます。

大会の概要はこちらを参照ください。

今年で第2回目開催の同大会は、私の実家から近い愛媛県西条市の石鎚神社の参道を貸し切って行われます。

私も年に一回の里帰り、実家から近いので自転車漕いで観戦に参りたいと思います。

先着100名のダウンヒルレーサー達が予選を戦い、勝ち残った2名のライダーが2クロス形式で決勝を争うというハイレベルなレースが期待されます。レッドブルの公式ホームページによりますと、レッドブルサポートのインターナショナルアスリートとしてフィリップ・ポルク選手も参戦するそうです。

フィリップ選手は2008年スロバキアDHチャンピオンとスノースクート世界スピード記録(134.51km)保持者という強豪で、JCF全日本クラスのライダーがどのように闘うかを見届けてきたいと思います。

実は会場の石鎚神社は高専の空手部の頃、夏休みに合宿で稽古した場所なので、懐かしい思い出の場所なのです。おそらくここでダウンヒルレースを開催するなど、一生に一回のことだと思いますので、今から興奮して待ち遠しいです。

 

カワサキのクワドレーサー、国内に何台輸入されたでしょう。ATVのレーサーを直に見るのも20年ぶりくらいです。87年までは前の会社で4輪バギー作っていましたから、最新モデルの進化の度合いが著しく驚きました。 私が担当していたころは3輪バギーでしたからね。HA2というKA4(CR250)と共通のエンジンを搭載したATC250が最速モデルでした。MXの小田桐昭蔵さんがATV協会の全日本を走って、優勝したりしていたので、ミスターMXの光安選手から「バギーの小田桐さん」なんて呼ばれていました。ニュージーランドからポール・ドネリーという速いライダーも来日して走っていましたが、職場の先輩のアパートで居候していたのを覚えています。間もなく3輪は4輪に変更されましたが、スズキからクワドが発売されてATVの競争が激化していきました。カワサキがいつから参入したかは定かではありませんが、4輪バギーは北米を中心として農耕や牧畜の分野で大きなマーケットを確立していますので、他の2輪メーカーが参入することは当然のことでしょう。

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ホンダ時代はドラムにカムを取り付けた装置で悪路走行モードを想定した耐久テストを行ったり、北米のアフターパーツでガンホルダーをステアリングに付けたものや、トレーラーヒッチをスイングアームに付けたものが出回っていたため、クレーム対策でステアリングやトレーラーヒッチの強度テストも担当していました。

今はマフラーの取り付けやエキパイの製作が担当です。

450も排気量があってパワーが足りないんですか?と聞きましたら

どうやら、リヤタイヤが空転してスタートが出れないという悩みのようです。パワーの立ち上がりが急激でトラクション性能が悪いのだろうと読みましたので、低中速トルク向けの変更を施したエキパイを製作してみました。この車体を載せられるシャシダイがありませんので、走行テストだけが確認方法になります。

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上がノーマルのエキパイですが、サイレンサーのジョイントパイプは、少ししかありませんので、管長が短か過ぎると思います。

車体のレイアウト上、仕方ないのですが、なるべく管長を稼ぐ方向でトライしました。パイプサイズもノーマルがφ40.8に対してφ42.7になっています。サイズアップは最高出力に貢献しますが、ノーマル長のままだと低中速は落ちますので伸ばしたパイプとバランスしてくれることを期待します。

 

 

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サイレンサーはKX450Fのものを改造して取り付けしました。

洗車するとき、フロントを持ち上げて立てた状態にするそうなので、社外のサイレンサーが地面に当たってしまうらしいです。

サイレンサーエンドを社外品より3cm引っ込めた位置に取り付けましたので、問題解決です。

ノーマルエキパイも取り付きますので比較テストも可能です。

北海道小樽市在住の沖さんから、お誘いの電話をいただき筑波サーキットのロードレース観戦に行きました。はるばる北海道からエントリーの御一行の中に意外な選手がおられました。

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マシンはホンダMTR125。ノーマルは空冷でしたがRSCの水冷キット組み込み済み

公式練習でエンジンが吹けず、キャブセッティング中の2人。

メカニック役は全日本MXで国際B級で女性初の予選通過を果たしたり、レディースクラスで優勝経験を持つ、沖幸子選手のお父さん。

ライダー役は元うず潮RC所属だった国際A級MXライダーの源治篤さん。なんと、今日がロードレース初レースで勿論、筑波サーキットも初走行ということです。

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お仲間のカワサキC2SSは転倒して壊れてしまいました。

スクリーンが割れて、ハンドルも折れてしまいスペアパーツがありませんでしたのでリタイアです。

美しいマシンなので残念です。

カウル右サイドにホンダスピードクラブの谷口尚巳さんの直筆サインが入っています。マン島TTレーサーだった谷口さんも当日、観戦されていました。

 

 

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隣のパドックには、スズキK125の後方排気マシンがありました。

オーナーはダイシン工業の社長さんということで、製造技術が随所に見られます。

 

 

 

 

 

 

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64年式BS90、オーナー兼ライダーは金井朝男選手 68才。

COTT(国産メイン旧車)E90の常連さんです。

 

 

 

 

 

 

CIMG0570.JPGMAX10クラスですかね。APR RSV4

お金の掛かったマシンもたくさんあります。ロードレース下火論など嘘のようです。

 

 

 

 

 

 

 

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全部ドカッティ!壮観ですな。

総額いくらですか?

 

 

 

 

 

 

 

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沖メカニックのセッテイングがバッチリ決まったのか、選手がコースに慣れたせいか、見違えるような走りを見せる#44源治篤選手。

16番手スタートから3周目には7位に、

実はE125とN125混走なので、クラス2位でした。

初レースで2位入賞という快挙。MX国際A級は普通の人とは違います。

11月の全日本と12月のベテランMXで埼玉に来られるそうです。

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トライアンフ ボンネビル。旧車レースも台数が多くてみんな手間の掛かったマシンぞろいで、パドックを見て回るだけで楽しいです。

成熟した大人のモータスポーツが見られますので、また機会があれば観戦に行きたいと思います。

 

 

  

                                                               

 

CIMG0568.JPG CB125ですかね。ホンダワークスみたいですね。このマシンのオーナーさんは同様のマシンをホンダメインで何10台も所有されているそうです。

 

 

 

 

 

 

 

ここへ来てみた限りでは不景気だとか日本人の2輪離れとか微塵も感じられませんし、年配の人が本当に楽しそうに遊んでいる姿を見て高齢者社会もオートバイがあれば明るく過ごせるのではないかと思ってしまいました。 

 

 

 

 

 

 

憶測の話になりますが、最も大きな予算を持っているはずのホンダレーシングが優勝することが無かった今年の全日本MX。宗一郎さんが生きておられたら、何とおっしゃるでしょう。

しかし、技術屋の心理からすると、マシンや体制は悪くない、問題は速いライダーが他チームにいるせいだと考えるでしょう。お金の決済をする会社側からすると、高額の投資に見合った活躍をしてもらわなければなりません。けして観客を楽しませるために負ける役を引き受けているわけではありません。

そんなホンダとして下した今年の全日本MXに対するけじめは、WGPライダーを呼び寄せ、マシンの優秀性を契約ライダーに代わって証明する、ということでしょう。

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IA1ヒート1の様子ですがスタートから20分はこのように同じ間隔で3台が走っていきましたが、トップ走行の成田がフープスで若干ペースダウンしたのを逃さず、ボブリシェフが強引に抜いていきました。抜き方に腹を立てたように次の周回で殆ど衝突しそうな感じで成田が同じくフープス後で抜き返しました。

実は公式練習から2人の駆け引きは始まっており、外人に負けまいとハイペースで周回する成田を追うように練習走行を重ねる外人2名でした。おそらくマークすべきライダーを知らされていたでしょう。

成田にとっては何十回もレースして知り尽くした路面ですが、外人2人は今日が初めて走るコースです。しかも雨上がりで午前中は乾いてないところが多く、相当滑ったでしょう。慎重にレースを進めることが大役を任されたライダーの務めだったでしょう。

表彰台で「外人に負けないことを証明できた」と言った成田でしたが、午前中のはコースへの慣熟のためということを走りで語ったWGPライダーの圧勝に終わったヒート2の結果でした。

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2011年WGP MX1ランキング4位のエブゲニー・ボブリシェフ。ロシア出身23才

2004年はロシア選手権ロードレース125ccチャンピオンも獲っているそうです。

ヨーロピアンコーナーの最後の部分ですが、スピードの鈍る轍はカットして走る独特のライン取りでした。どんなにコースが荒れてもベストラインを見極める力が備わっているのでしょう。

 

 

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2011年WGP MX1ランキング6位のルイ

ゴンカルベス。ポルトガル出身26才

体格は2人とも下半身のしっかりした、日本人ライダーには無い分厚さがありましたが、そのまま筋肉量の違いなのでしょう。

レース終盤でも全くペースの衰えない体力が速さの秘訣です。世界に追いつくには肉体改造も必要でしょう。

速すぎてシャッター間に合いません。

 

 

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我社のマフラーを使ってくれているライダーもチェックします。国際B級 島崎優 17才。

土曜日のコンディションが超マディーで、新型マフラーが痛むと勿体無いということで、今までつかってきたモディファイマフラーで走りました。

画像はIB2決勝で5位走行中のもの。

IBOPENも6位走行するも、後半疲れて9位になりましたが2クラスで一桁入れる走りは立派です。新型マフラーは11月の地元埼玉大会で使ってもらいたいと思います。

 

来週は土曜に2WDの試走、日曜は筑波サーキットのロードレースへ行ってきます。

 

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欠品していたフォークスプリングも何とか中古品が見つかり組み上がりました。

赤色に塗装されていた、リヤフォークやフロントフォークアウターチューブ、そしてチャンバーの剥離を行って、見た目スッキリさせました。

チャンバーは10年ほど前に自分で作ったやつなので、嫁に出した娘が帰ってきたようなものです。無数の傷がついてしまいましたが、凹みも直しましたので、まだ使えそうです。

今度こそ2輪駆動体験走行できます。

実は、この車両の他に2台2WDのマシンがあります。XR250とTW200ですが、XR250はホンダEGの吉田さんの後輩、加藤さんにあげたそうです。

TW200はまだ残っていますが、モータージャーナリストの万沢康夫さんが試乗して雑誌でインプレッションしていました。

このCRM250は元ホンダテストライダーのウイリー松浦さんが試乗して雑誌でインプレッションしました。他に乗ったのは本田社員限定のHGエンデューロでEGの元木君と佐野君が乗ったので、私で4人目の試乗者ということになりますが、リヤサスとフロントフォークを整備してしまいましたので、今度は真面目に攻めてみたいと思います。 CIMG0539.JPG

 

転倒で変形していたラジエターとアルミのサイドカバーも修理してリフレッシュした外観になりました。

クローズドコース専用にしましたので、ヘッドライトとスピードメーター、インジケーターランプも取り外し、ステアリング周りを軽量化しましたので、これでレーサー感覚です。

後は前後サスの性能がいかがなものか・・・

今週はMX日本GPでSUGOへ行きますので、来週乗ってみたいと思います。

2011モデル対応の新作マフラーが完成しましたので発表します。

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目標としておりました、軽量化と騒音低減、

パワーアップと耐久強度など、満足できると思われるものです。耐久強度に於いては時間をかけて調べなければなりませんが、過去の事例を踏まえて最新の方法で対策しておりますので、定期的なメンテナンスをすることによってワンシーズントラブルの無いことを目標とします。

車両は全日本参戦中の国際B級、島崎選手のものをお借りしました。

音量の計測は2mMAX法で実施しましたが、115dBの規定に対して107dBでした。ノーマルが112dBでしたので5dBも騒音低減したことになります。2013年の新規制でもこのままの仕様で大丈夫です。

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サイレンサーはチタンとアルミを使用し、ノーマルの重量3.0kgに対して2.0kgという大幅な軽量化です。

エキパイはチタンパイプを手曲げにより製作したものですが2010から同じ仕様です。

ダイノジェットで仕様違いのエキパイでパワー計測しましたが、この仕様が一番良かったので採用しました。

重量はノーマルの580gに対し340gという軽量化です。

 

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ダイノジェット計測は近所のMOTO GLADさんでお願いしました。

 

左のグラフはトルクカーブで、Type2マフラーに数種類のエキパイを交換して比較したものです。青色の曲線の仕様をチタンエキパイに採用しました。MAXトルク1.9kg・mで中速域のトルクが高いことがわかります。

下のグラフはAFレシオ(空燃比)ですが、ノーマルでは各回転数で12:1で一定になるようにプログラムされていることがわかりましたが、新型サイレンサーでは低速でレシオが高く(薄い),高速に向かって低く(濃い)変化していることを表しています。

この性能曲線を参考にレシオを理論空燃比(14.7ですがパワーアップを狙うなら若干濃い目にする)に揃えるようにFIセッティングすれば、さらにパワーアップが期待できるということです。

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これはパワーカーブを表しています。

ノーマルサイレンサーとType2マフラーの比較ですが、最高出力はレブリミッターの影響か27psで同じ数値になっています。

最高出力で同じ位置に揃いますが、途中のパワーが格段に高いことがわかります。

緑色がType2マフラーの曲線です。

実用域のパワーが向上していますのでスタートやコーナーの立ち上がりなど、加速するシーンで有利なマフラーであることは間違いないでしょう。

ラインナップに於いては市場の動向を見ながら考えることにします。ハンドメイドなので製作には時間が必要です。

価格はアルミチタンサイレンサー¥48000、チタンエキパイ¥20000です。納期は電話かメールで確認ください。

アルミタンクを切り開いて中を見るなどということを、生涯で何回経験するでしょう。私はこの事業を始めた関係でたまに、こんなことを依頼されます。これが、お医者さんですとヒトの体の中を何百回と開けて見ているわけですから比較にならないくらいスゴイです。エンジンとフレームの換装などは、お客さんでやってこられる場合が多いですが、タンクの載せ換えが厄介なようです。

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底板をはずして、中を見てみます。

外観からはわかりませんが、内部の構造がよくわかりますね。

3つのセパレーターが特徴ですが天井と底板が2枚板になっていて剛性を持たせているようです。

セパレーターはガソリンの移動を少なくする目的とニーグリップや上方からの荷重に耐えることが目的でしょう。

小さい凹みの修理もついでに頼まれていますが、セパレーターの近くは叩きずらいです。

しかし、切開しない場合は外側から棒を溶接して引っ張るしか方法がありませんのが、このやり方ですと容易に叩き出せます。

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指定されたフレームに載せてみました。

タンクは機種不明ですが車体はDT1だそうです。あのヤマハの最初の250ccトレールです。DT1を維持されているだけでも驚きですが、これでロードレーサーを製作中とのことです。

ホンダには2スト250cc空冷シングルのレーサーがあったのにヤマハには無いね。ということが製作の動機らしいです。

RDやRZなど(TZも)250クラスはツインエンジンのロードスポーツがありましたが、シングルは125しかなかったのですね。

そういえば、鈴木亜久里のオヤジさんが、CR250(430だと思う)エンジン搭載のレーシングカートをミッション付きカートの無かった時代に作って、秋ヶ瀬の荒川テストコースで走らせたことを聞いたことがあります。ムチャクチャ速かったそうですが、エンジン回し過ぎて焼きついて、何十回もスピンして止まったらしいです。(危ない!)焼きつきは空冷エンジンの悩みですね。

お客さんは浜松から取りに来られるので、期日までに完成させないと・・・

フロントフォークの片側スプリングが抜き取られていることで、88年型CR125のハードスプリング2本を取り寄せて組み込むことにしました。そこで問題発覚

CR用のフロントフォークだと、すっかり思い込んでいましたがこれはCRM250のノーマルでした。人の言うことを鵜呑みにしていたのが間違いでした。少なくともインナーチューブのφ数くらいは知っておくべきで、何の根拠も無いことを信じこんでいたのでした。オフロードバイクを扱っているバイク屋でも分っていなくて使えない部品を購入してしまいました。

結局、CRM250にはハードスプリングの設定はなく、純正部品は廃番になっており新品購入は不可能だったのです。

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取り寄せたスプリングがインナーパイプに入らないことで分りました。スプリング径φ36なのにCRMのインナーパイプ内径φ35にはいるわけありません。

外径はφ41なのですが、CR125用はφ42だったのです。さすがバブル景気の生んだラインナップです。部品の共通化など全く考えない、類似した年式や機種のフロントフォークの外径1mm違いでラインナップされているとは。

当然シールセットも1mm違いで無駄な部品を購入していました。

画像は等速ジョイントのマウントブラケットの圧入が錆びによって固着して抜けなかったので切断してはずしたものです。代わりにアルミで新作して整備性向上のため、割り締め方式に改良しました。

ところで、片側だけフォークスプリングが無かった理由は吉田さんが部下に頼んで固いバネを探してもらおうとして渡してあったのを思いだしたそうです。その部下は資材調達部に所属していましたので、メーカーさんに特注のバネを巻いてもらうくらい容易いことなのに、5年以上放置されているということは、とっくに忘れてしまっているのでしょう。

仕方なくヤフオクで中古のスプリングを落札しましたので、ようやく組み立てに漕ぎつけることができそうです。フロントフォークの強化は動き出してから考えることにします。何せ当時のフロントフォークはバネとオイルだけで固さが決まるタイプで、現代のようなビルシュタイン方式のバルブなどついてないのです。

2012年型モトクロッサーに向けて一つマフラーを作っています。2009年に国際Bチャンピオンを獲った山本鯨選手が使った250用サイレンサーの発展型を考えています。(車種はスズキではありません)

排気効率の向上、軽量化、耐久性、コスト削減、これらを念頭に置いて新デザインに臨んでいます。

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実戦ではクラッシュも多いので安価に修理が効くアルミボディーが必須です。

実用的な耐久強度も持たせ、ワンシーズンを通してトラブルを発生しないこと

騒音は2mMAX法に適合させ、グラスウール交換などのメンテナンス性を考慮して前後のキャップはネジで結合させます。

排気効率はノーマル仕様との比較をダイノジェットで計測しながら確認したいと思います。

期間は全日本MX広島大会が終了し、SUGOの日本GPまでの間で行います。

短期間に集中してやりますので、他の業務は今週は中断となります。来週から通常にもどりますのでご予約のお客様はご了承ください。

では完成しましたら、当ブログで発表するようにいたします。

 

英国のバーフィールド社が発明したのでバーフィールド型等速ジョイントと呼ぶこともあります。国内では富士重工と東洋ベアリングが共同開発して1966年にスバル1000に装備されたのが始まりとされています。

オートバイの2WDにはこのメカニズムが必要不可欠といえるでしょう。

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正立フォークの2本のアウターチューブを繋ぐ形で取り付けられる等速ジョイント。ジョイントの揺動中心部をステアリング中央に設置することにより、ハンドルを切りながらチェーンでフロントホイールに動力を伝達することが可能になります。

2軸の回転運動を伝える継ぎ手としてユニバーサルジョイントがありますが、これでは軸の交差角度によって回転速度に変動が生じます。また7度以上の切れ角で振動が著しくなって円滑な運転ができなくなります。これは回転数と同じ周波数でフックが揺動を繰り返すことが振動の原因になるからです。

等速ジョイントではこの問題が解決されていて、2軸の回転数を等速で、交差角度がついても円滑に伝えられることができます。

4輪車ではFFや4WDには必ず装備されているメカニズムでもあります。これは、駆動輪が操舵輪を兼ねているためで、サスペンションの揺動とステアリングの操舵と同時に軸が回転運動をするという複雑な動きをしなければ成り立ちません。

別名ダブルオフセットジョイントともいいますが、ディファレンシャル側を入力軸(インプット)、ホイール側を出力軸(アウトプット)と表現します。どちらも軸の先端にボールベアリングを装備して相手側の軸にボールを受ける溝を掘ったケースが一体となって動力を伝達します。

インプット側は変動する軸距離を吸収するようにボールがスライドしながら回転運動を伝達します。

アウトプット側は両軸間角度の2等分面上にボール溝を配置したケースがついて、操舵による揺動と回転を同時に伝達して、ハブ&ディスクに繋がっています。

これら等速ジョイントの製造にはベアリング用の鋼材を冷間鍛造と砥石研磨、熱処理という工程を踏んで作られています。本田車の等速ジョイントは栃木県の真岡製作所で内作されています。ボールベアリング部分はNTN東洋ベアリングから支給され、ボール溝のついたケースを製造してアッセンブリーしています。

冷間鍛造で溝の形状を成型し、ミクロン代の精度で砥石研磨で仕上げられます。その後、高周波焼入れで所定の硬さに熱処理されますが、加熱方式は連続炉です。治具に固定されたワーク(加工物)をベルトコンベアでトンネル型の連続炉に通し炉中の温度と加熱時間を管理されます。浸炭焼入れなので炉中雰囲気は炭酸ガスで置換されます。

高周波焼入れは部分焼入れとも呼ばれ、製品の形状毎に製作されたコイルで誘導加熱されます。加熱が充分に達すると水スプレーで急冷されて焼き入れ完了します。材料の粘り強さを持たせるため、連続で焼き戻しされます。

処理後の重要な品質特性の一つ表面硬さですが、これは熱処理ロット毎に抜き取りで破壊検査となります。ロックウェル硬さとマイクロビッカース硬さですが製品を平面にスライスして鏡面仕上げした面を測定するため検査品は破壊となります。ロックウェルCスケールでHRc58以上、マイクロビッカースで硬化層深さまで測定して品質保証されます。

この2WDに使用された等速ジョイントは車種は不明ですが、軽自動車のものと思われます。ゴムブーツが破れてグリスが飛散したためブーツ交換を行いました。塗装の剥離した部分を再塗装して組みつけたいと思います。

4WD車には3つのデフがあります。フロントデフとリヤデフ、そしてセンターデフですね。デフはクルマが曲がるとき、左右の車輪の回転差を生み出しますが、前後輪の回転差も発生しますので、それを吸収する装置がセンターデフということです。デフがないと回転差のあるタイヤ同士が抵抗になって滑らかな走行ができなくなります。2WDにもセンターデフのような役割の装置が備わっています。それがワンウェイクラッチです。

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右側のスプロケットがカウンターシャフトのスプラインに嵌って動力を取り出します。

左のスプロケットからフロントの等速ジョイントに動力を伝達するのですがその途中にあるのがワンウェイクラッチ。自転車のフリーハブと同じ構造だと思うのですが、開発者の吉田さんがワンウェイクラッチというので、そう呼ぶことにします。

その働きは、エンジンの回転方向には常に動力が伝わっていますが、逆方向にはフリーになって空回りします。

即ち、加速中は前後輪が同じ回転数で回りますが、後輪にブレーキが掛かったときにワンウェイクラッチが空転して前輪にブレーキがかからないということです。それは、常に後輪より前輪の方が速いか同じということを意味します。

デフの働きとは違いますが前後輪の回転差を吸収し、前輪が抵抗にならない状態を生み出すものです。

通常の後輪駆動車では前輪が常に走行抵抗になりますが、2輪駆動ではそれが極端に少ないことになります。泥や砂のような転がり抵抗の多い路面で、その違いがはっきり表れるでしょう。

私の作業場からわりと近くに開発者の吉田さんは住んでおられて自転車で来られましたので、開発秘話を聞きました。

吉田さんは昭和30年代に本田技研に入社していて浅間火山レースや世界選手権のレーサーのエンジン部品を加工されたそうです。

250cc6気筒のRC166のクランクシャフトなども旋盤で削りだしていましたので、当時のワークスライダーのマイク・ヘイルウッドのテスト走行にも立ち会ったそうです。そのときの印象はヘイルウッドはどんなマシンでも乗りこなしてマシンの文句は一切言わなかったそうです。並列6気筒は他メーカーのマシンより大きく重かったはずなのに、シーズン全勝して見せたことが、与えられた道具を巧く使いこなす能力があったということです。

吉田さんの小中学校の同級生に神谷忠さんがいるそうで、通称カミチューさんは本田技研朝霞研究所の主任研究員のころに「ギャップの走破性を上げるにはタイヤが大きいほうが有利だろう」ということでオフロードの傑作、23インチのフロントタイヤ開発を指示したこともありました。

昔、栃木のテストコースも無かったころ、荒川の土手の横がテストコースで、神忠さんが、同級生の吉田さんに「耐久をやるから手伝ってくれ」とたのんで、真冬にテント張って泊り込み3交代で耐久テストをやったこともあったそうです。

コレクションホールの小林さんが「ガソリンエンジンもディーゼルも作ったがやってないのは蒸気機関だけだ」といってJR大宮の車両整備場でC57の図面をいただいてきて、20分の1サイズの機関車を作ったときも、吉田さんがピストンの加工を担当したそうで、石炭燃料で走る機関車はたった3年の製作期間で完成していました。この鶴ヶ島界隈は本田OBの巣窟のような場所で、生産技術やレストアなどで世界でも類を見ない達人の住んでいる場所であることに間違いないと思いました。

なんとか、そんな開発者魂のこもったオートバイを保存して語り継いで行きたいと思いますので、微力ながら、2WD車を稼動させる決意をもったのであります。

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左サイドビュー、フロントの駆動系をカバーするアルミのパネルは板金物。

ラジエターはフロントのチェーンを避けるように外側にオフセットされてアルミのパネルと結合されています。

左足のホールド性は思ったより悪くなく広い面でブーツを支持する感じです。

キャブの調整は、カバーの後ろの窓からなんとかできますが、少しやりずらい程度です。

 

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ゼッケンは肉、ではなく2駆ということで。

トレールモデルらしくバッテリーレスですがエンジン始動すればヘッドライトも点灯します。

フロントホイール上部のドライブシャフトとフロントフォークが干渉しないように幅広の三つ又を作成し、フロントのチェーンラインも確保されています。

タイヤは18インチのリヤ用を装着しています。

フロントフォークは88モデルCR125に交換されていますが、今回の試乗に際して点検をしなかったため、試乗は失敗に終わりました。

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まず、固い路面で乗ってみましたが、明らかにフロントフォークが柔らかく、直ぐに底づいてしまうため、高速走行は断念しました。

前後輪に駆動力が発生するということは、後輪だけのトラクションより明らかにタイヤのグリップ力があります。ハイパワーなマシンで急加速した場合、リヤタイヤだけ空回りするわけですが、これは

一台のマシンを二つの駆動輪で運ぶわけですから、排気量以上に強烈な加速感を味わえます。

 

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ウッドチップの山がありましたので登ってみました。

予想どおり簡単にのぼれます。フロントタイヤが引張り上げてくれる感覚で、助走なしでゆっくりでも上がれます。

降りるときもジャックナイフになりそうな勾配ですが、フロントタイヤが回ってくれるのでテクニックは不要です。

 

 

 

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柔らかい路面を走るときは、このマシンの真価を発揮します。

フロントが抵抗にならないで引っ張って走ってくれることが、普通の2輪車ではとても味わえないことです。

問題のフロントフォークを直して、今度はフープスやジャンプの走破性も確認したいと思います。

 

 

 

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フロントフォークを外すにはフロントの駆動系も外す必要があります。

錆び落としも兼ねて、全部外してみました。下から、ドライブスプロケットとフリーハブのセット。

中はフロントフォークへ接続するエクステンション。

上は等速ジョイントを介した動力伝達機構。これがステアリングを切りながら回転運動を伝える方式です。

 

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フロントフォークを外すと不具合の原因が即座にわかりました。片側のスプリングが部品取りされていました。一本のフォークで走っていたわけです。

分解中にも問題が、等速ジョイントのホルダーがアウターチューブに圧入されていますが片方が全く抜けません。おそらく錆びて固着しているのでしょう。これを抜かないと、オイルシール交換も不可能です。仕方ないので切開して外すことにします。勿論、ホルダー新作する前提です。

段々レストアになってきました・・・

88CRのハードスプリングが残り2本で廃番になるところでしたが注文間に合いました。

走行距離は500km、エンジン快調のまま5年以上放置されていたCRM250です。

2輪駆動の特許内容は「カウンターシャフトからの動力をチェーンで前輪に伝達する」

この方式で某メーカーが4輪バギー車を生産したことがありましたが、発案者の吉田さんから意義申し立てを行ったところ、販売を海外向けだけに切り換えたことがありました。特許庁の権限は国内だけ適用のためです。そのために国内で生産されることの無かった駆動方式なので、何とか保存できないものかと切望します。

まずは、この車両の走行性能を体験したいと思うのですが、開発者の吉田さんがリヤサスペンションを福祉車両の懸架装置に流用するため部品取りされていますので、リヤサスペンションの手配を行いました。

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89年式なので純正部品は既に廃番になっています。中古品を探したのですが、初期型のショックは鉄ダンパーでした。

そこで、2型のアルミダンパーを選びました。アルミダンパーなら現行のレーサー用部品が組み込めるので、あとでチューンアップが可能になるからです。

しかし、ショックの全長が取り付け軸距離でノーマルの350mmなのに対し、2型は380mmと30mm長いのです。

そこでアンダーブラケットの穴位置を15mm上方に空け直し、シールケースのストッパー厚みを15mm追加して合わせて30mmショック全長を詰めました。ダンパーのストロークは15mm短縮したことになりますが、ホイールトラベルを確認したいと思います。

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全長詰めたショックが組み上がりましたがリンクも部品取りされていますので、製作しなければなりません。ノーマルの寸法は吉田さんの福祉車両から測らせていただいたので、加工する材料は手配しました。

来週、入荷したら加工にかかる予定です。

 

 

 

 

 

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ショックが組み上がったら車体につけてみたくて、我慢できずにダミーのリンクを作って取り付けしてみました。

リヤサスの作動確認とホイールトラベルを測ってみたかったのです。

ダンパーのストロークが15mm減っていますがホイールトラベルは294mmもあり十分なストロークではないかと思います。

来週、リンクが完成したなら、いよいよ走行するための整備ができます。

 

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リンク切削中です。材質はA7075、これはオフロード車のスプロケットに使用されるものと同じで、熱処理はT6を施します。

T6の前にT4を行いますがT4は溶体化処理といい、材料は一旦柔らかくなります。材料内部の応力を取り除く効果があります。

溶体化処理の後、T6即ち強制時効をおこないます。アルミニウムは時効硬化する材料として有名ですが、熱処理を行うことで短時間で所定の硬さに調質できます。

 

 

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プロリンク完成、ベアリング圧入完了

圧入部内径はベアリング外径と同じ寸法で、締め代ゼロ狙いで加工すれば圧入加重が調度良くなります。

テンションロッドはアルミ化により板厚アップしてありますので、ボルトの長さに合わせて座グリ加工してあります。

 

 

 

 

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プロリンク取り付け完了。廃番の部品を探す時間が勿体無いので、作った方が早いということです。

サイレンサーも壊れて無くなっていましたので、新造しました。89モデルらしく丸パイプでシンプルなデザインにしました。

これで、試乗するのに必要な加工は終わりましたが、長年放置されたらしくタイヤがひび割れていますので、タイヤ交換が必要ですね。

思いついたら即行動。タイヤショップに注文して待っているより、うちからスクーターで10分の東福寺エンタープライズに買いにいくことにしました。タイヤは18インチなので東福寺さんが現役のころ使ったやつが残っているはずだと。そうしたら予想通りホイールに履かせたやつが1本だけありました。最後の1本です、ラッキーでした。

 

 

 

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ダンロップK695 100/100ー18をフロントに履かせた車両は、こいつだけでしょう。フロントの駆動系のため、フォーク幅が広く、ドリブンスプロケットを取り付けたハブはワンオフでアクスルシャフトも長い一品物です。右側アウターチューブに取り付けられているのはチェーンテンショナーです。

これで走行する準備が出来上がりました。近いうちに2輪駆動体験走行してきます。

 

 

 

 

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アルミの塊に穴を掘る作業、人生の多くの時間を費やしてきた感じがしますが、この生産性の無いことには訳があります。

大量生産をするための仕事をやめて大量生産を目指すということに矛盾があります。

切削作業には時間と正確さが必要なので普通はマシニングで加工します。そして大量生産をする場合は金型を製作して、鋳造か鍛造で製造するのがあたりまえです。

鋳造は湯流れ性を重視した成分の材料を使いますから、強度が重要な部品の場合は鍛造の製法を取るのが常識です。

試作品の代名詞のような「砂型」という名称に価値を見出した時代がありました。砂型のクランクケースなどダイキャストより精度も強度的にも劣るのに少量しか生産されていないということで貴重品扱いされたのでしょう。

現代の試作は砂型鋳造よりマシニングらしいです。砂型の型は木工で木型を作って砂の型枠に埋めて造形しますが、最新の5次元加工機を用いれば設計データーを入力するだけでクランクケースでも削り出すことが可能になったわけです。

ピストンリングで有名なリケンでは自動車のナックルを量産で砂型鋳造していますが、これは金型を砂の型枠に埋めて造形しますが一型に4個の製品形状を彫っていますので、非常に生産性が高いです。

1日2000台、4輪ですから8000個のナックルを毎日供給できる生産能力だったわけです。

ハンドワークで汎用機を使って加工するメリットは、1個だけ製造するのに最もコストが掛からない方法だからです。金型もいらなければ、マシニングも、鋳造や鍛造マシンも不要です。

必要なのは作業員一名と時間だけです。

今週はこれが完成するまで他の仕事はできません。これが終わったら待望の2輪駆動車に取り掛かります。まずはプロリンクの製作なので、また汎用フライスに向かうことになります。

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トップブリッジの完成です。機械加工は本職ではありませんので、限られた道具だけで削っています。

工作機械は自社製品の部品製作や治具製作のために不可欠な道具です。

 

お客さんは7月にマフラーの製作を依頼されたのですが、8月の連休に北海道ツーリングへ行きたいがそれに間に合うか、ということでした。

日程的に無理でしたので、9月なら出来ると約束しましたので、乗ってきていただきました。 CIMG0450.JPG

このマシンはトライアンフではミドルクルーザーと称していますが、車重250kgもあり充分重いです。

ちょっと軽いマフラーに取り換えても影響ないように思えます。

折角作るわけですから、ご希望のデザインはありますか?と尋ねましたら

お任せします。という回答です。予算だけ聞きましたので、その範囲内で自由に作らせていただけるわけです。

期限もご指定なので、今週はこれ以外の仕事はできません。

というより、このマシン、でかくて重いので最優先で狭い仕事場から出庫したいと思います。

天下の悪法、H11年規制のおかげで国産の2ストは全廃、従来の4ストモデルの大部分が規制をクリアできず生産中止となってしまいました。

悪法であるといった理由は、環境的には良いと思っていますが、2輪業界にとっては存続の危機というべき内容であるからです。

国内の2輪は70年代後半から急激に生産台数を増やし、82年の329万台まで拡大しました。ちょうど2輪車ブームが始まったころに免許年齢になった私も、その流れに乗って熱中した世代です。ロードもMXも日本人世界チャンピオンが輩出され、その人気が一気に頂点に向かったものでした。

ところが、その後生産台数は減少を続け、ピーク時の9割減になってしまい、道路に目を向けると4輪は渋滞するほど走っていますが2輪を見かけることが非常に少なくなってしまいました。

これだけで、騒音や排気ガスの排出が9割減少したということに等しいのに、さらに厳しい規制をかけて、まるで2輪車を排除するかのような措置です。その反面、4輪はハイブリッドだ低燃費車だといって減税までして販売を煽り、販売台数の減少を食い止めようと必死になっています。いくら低燃費や低公害といっても数値が下がっているだけで、4輪よりはるかに軽量で小排気量の小型2輪とは比較にならないのに、2輪車の普及活動はやらないで規制だけかけるといった政府のやり方に自分のやり方で反抗していこうと思っています。

要は日本は自動車を生産することによって、経済成長してきた国で、道路の建設など完全に自動車に付随したもので、巨額の税収を得るために大きな市場には後押しするけども、国内の2輪などという縮小する市場には規制をかけるという意図がはっきり見えます。

規制をクリアするため2輪メーカーは努力して、電子制御燃料噴射と排ガス浄化装置(触媒)の開発に力を入れてきました。しかし、国民の2輪車離れに歯止めは効きません。欲しくない新型車より伝統的な旧車の世界に魅了を感じているユーザーが非常に多いことがわかります。

国内の規制は、加速走行、定常走行、近接排気騒音の3種類とCO、HC、NOx排出量の全てをクリアしなければなりません。これらは路上で簡易的に測定できないので、新車時に型式認定ラベルの装着という形で、取り締まり時はラベルの確認といった方法になると思われます。

一方、輸入車の場合は欧州規制適合のラベルが装着されていればよいということです。このトライアンフはマフラーにレーザーエッチングで適合証明の文字が刻印されています。国内のようにラベルの貼り付けだと、不適合のマフラーにラベルだけ張り付けてごまかす方法がありますが、エッチングならば移植は不可能ということです。

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マフラー装着確認。

外観と騒音が目立たないようにすることが必須項目です。

悪意はありませんが、オーナーの希望を叶える最大限の配慮です。

政府のお役人はこの中身について何が分るだろうか。

 

 

 

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為替レートの話、最高水準の円高傾向が続く中。1ドル70円台で輸出の製品を製造している企業は作っても作っても利益の出ない赤字の経営が続いています。このままでは自主廃業か倒産の道を選択することになります。

そこで倒産を免れる打開策は、製造のコストが安い海外に工場を移す、または海外企業に委託するということです。国内大手製造業社にアンケートを求めたところ、あと半年70円台の円高が続いた場合90%の企業が生産と技術開発の拠点を海外に移すと回答したといいます。 CIMG0447.JPG

これが本当だとすれば、半年後に輸出品の生産工場の大部分が閉鎖されるという事態に陥るでしょう。円安に回復できる兆しが見えない限り、赤字で生産を続けるよりマシだということです。

大量生産ではありませんが、臨時で頼まれる仕事があります。親会社が1次メーカーに発注するわけですが、利益の少ない仕事は2次、3次と下の会社に回していきますので親会社に口座を持っていない零細企業にも仕事が回ってきます。

しかし、臨時の仕事に対応できるのも、国内の需要だけで仕事している製造屋が存在しているからで、それが無くなってしまったら臨時の少量生産の仕事も海外に発注を余儀なくされるでしょう。

輸出に関っていないからといって安心はできません。国内の企業の生産が減るということは、国内の経済が悪くなるということなので、高価なものや重要でないものは買わないという傾向になって、全体的に落ち込んでいくでしょう。

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経済が落ち込んでいるときに必要なことは無駄を無くすことや、労働時間を長くするといった努力でしょう。

金属材料の大部分は輸入に頼らざるをえないので、高い円で仕入れているわけですから、材料代が値下がりしてもよいはずなのですが、これは高騰を続けるばかりで下がったことがありません。どこかで利益を得ているのでしょう。

円高還元セールという言葉も最近は聞かれません。全体的に値引きされて安い価格に消費者が慣れてしまって、円高還元した価格にお得感がないということです。

お客さんの心を掴むには低価格だけでは経済の低迷を招くだけなので、やはり他にはない付加価値を生み出すことが必要なことだと考えます。

画像は6角パイプとフランジを支給され、溶接だけ頼まれたものです。量産はかなり低賃金なので、請け負うためには技術と体力が必要でしょう。

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CRF250 10モデルのマフラーですが、インナーパイプのエンドキャップ部分で破損してパンチングパイプが中で外れてしまいます。

レーサーですから補償はありません。しかし、寿命の設定としては絶妙ですね。

去年のモデルですから1年間壊れなければクレームもつかないでしょう。壊れれば部品交換しなければ走れませんので、やむを得ず交換するのですが、この部品だけで2万円以上しますから、分解工賃など加えると3万円くらいの出費でしょう。

画像はエンドキャップを修復した後です。破損したキャップ部分に鉄板を追加して補強していますので寿命は大幅に伸びるでしょう。

分りにくいですが、エンドキャップの内側にエンドパイプを差し込むツバがあったのですが、パイプが中で暴れて無くなっていたので、ツバの部分も修復してあります。

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溶接場所はこのとおり、これで僅かな材料で元どおりの機能を果たすことができます。

修理代も純正部品で交換するより大幅に削減できました。

社外品のマフラーは修理しません。他店でお買い上げいただいた商品については、他店に依頼してもらいたいからです。

純正部品を修復してスペアマフラーにしながら我社の製品をお買い求めのお客さんに対するサービスとして安価にて提供するものであります。

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エキパイの凹み、熱影響のためか外側が延びて潰れたように変形しています。

曲げるときは、パイプの断面積がなるべく変わらないように注意して作りますが、激しく走行しているうちにダメージを受けてしまいます。

こういう状態のエキパイを修理するのに、チャンバーのように蓋をして圧力を掛けようとしても元通りにはなりません。

スッキリ直すためにダメージを受けた部分を取り換えます。

 

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メーカーによって特殊なサイズのパイプを使用している場合があり、パイプが入手困難で修理断念していただくこともありますが、

これはφ31.8でパイプの在庫がありましたので、直ぐに曲げました。

パイプベンダーという高価な設備はありません。万力とバーナーを使って手曲げによるものですが、内側40Rで潰れないように180°曲げて素材を作ります。

パイプのサイズが大きくなるにつれて曲げられる最小Rが大きくなっていきますので、車種によっては難しいものもあるでしょう。

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潰れたパイプは切除して新しいものに取り換えて溶接しました。

チタンパイプは材料代が高価で3万円くらい材料購入してエキパイ3台分が作れる程度です。

ダメージの無い部分を再使用することで、新品の半分以下のコストで修理することが可能となります。

勿論、予算に余裕がある人は新品購入された方が経済の活性化に繋がると思いますが、修理代を節約して、もっと有効なことにお金を使うことができるということです。

2000年にトヨタが三菱地所から買収して03年からコースの全面改修を行ったFSWへ行ってきました。MCFAJのロードレース開催日でしたが、レース観戦だけが目的ではありませんでした。

クラブマンMXも同敷地内で開催されていましたので、年3回くらい走りに行っておりましたが、改修工事でMXコースが閉鎖されてからは一度も行ってなかったので、どんな状態か確認することにしました。

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1.5kmという長いストレートの前に立派な3階建てのピットエリアが建っています。

グランドスタンド正面には大画面のモニターが掛かっていて裏のコース状況が実況されるようになっています。

当日は東富士演習場で富士総合火力演習ということで、過去最大規模の実弾訓練があったそうです。大砲80台、戦闘機30機で使用された弾薬は合計40t、金額3億2000万円が消費されたらしく、スピードウェイにも砲撃の音や振動が伝わってくるという独特の環境ですが、敷地内のドリフト練習場のタイヤの悲鳴やエンジンの爆音はそれをはるかに凌ぐもので、普段聞いているモトクロスの音は、静かなトレールバイクのようなものにかんじられます。これが本物のレース場の音です。

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10万人収容できるという観客席は向こうの端がみえないくらい広いです。トヨタがF1を開催する目的で本気を出して作ったことが伺えます。しかし、その影に潜んでいる問題は、コースのインフィールドにあったMX場の閉鎖でした。

80年代のMX黄金期は二度と訪れないということを、この施設を見て確信しました。

鈴鹿や桶川など日本のMXに無くてはならないはずのレース場が消滅しましたが、このFSWも重要な役割を持っていました。

クラブマンMXのエントリー台数は400台を超えていたのに、ここのレースが無くなったおかげで翌年から半数に減少し、最近では100台少し越えるくらいで、近い将来100台割れすることが予想されます。

トヨタはAMAのレースチームにはスポンサードしているのに、MXレーサーより何倍も高価なハイエースを買ってくれるユーザーには来てもらわなくていい、または同社の顧客の多くがMX愛好家であることを視野に全く入っていなかったということを示唆します。

その結果、何百億も掛かったであろうコース改修の末、レース日も空席だらけで、静岡、山梨方面のMXライダーの走る場所を無くしてしまっただけという現状が日本のMXの未来を暗示しているように思われます。

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レースの方は自分の体調が悪く、雰囲気だけ味わって、あまり観ていません。

そのかわり併催されていたビンテージミーティングを見てきました。

初めて見る珍しいオートバイの数々。

これはフジというメーカーのマシン。

フジは勿論、地元の企業で昔オートレース用のエンジンを供給したり、現社名は、あのHKSと変更しました。フジは戦時中中島飛行機の整備士だった人たちが、戦闘機からオートバイに転職して起こした会社です。

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CR110.ホンダの50cc市販ロードレーサー。

世界中に殆ど残っていない希少なマシンがここにありました。

しかも、このマシンのオーナーはもう一台持っていました。

 

 

 

 

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同じCR110のエンジンを載せたモトクロスマシンも作ったようです。

乾式クラッチやエアファンネルでも気にしない大胆さに敬服です。

カムギヤトレインでツインカムの50ccレーサーなど二度と作られることはないでしょう。なぜなら50ccのGPレースは無くなってしまったからです。

私はこのマシンを世界遺産に認定します。いつまでも保存してください。

 

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インディアン4です。1200ccということくらいでよくわかりません。他にも珍しいマシンが多数展示されていましたが、全部走れます。エンジンかけて駐車場をデモ走行してもらいました。

そして、オーナーの年代もそれにふさわしいもので、やはり人間は新しいものより自分と同じ時代を生きてきた物に愛着が沸くものだと実感しました。

私もそんな一台を見つけて共に年を取って行きたいと思います。

 

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サイドカーレースもあります。珍しいカウルはずしの場面です。91年ドニントンで観たヨーロッパ選手権以来です。当時はTZ750エンジンワンメイクでしたが、今はリッターバイクが全盛のようです。大会の規模もレーサーの数も本場ヨーロッパには及びませんが、こんな手作り感満載のレーサー作って遊べる余裕が羨ましい限りです。

今度はじっくり観にきますので、辞めないでがんばってもらいたいです。

とにかく、大企業のバックアップなしでは立派なレース場は生まれません。資本力では比較にならない個人商店で運営されているのがMX場の現状です。こんなところで格差社会を見せつけられたような思いです。自分は自分のスタイルで、できることをやっていこうと思います。

 

 

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錆びない元素として有名なクロムを電気鍍金により処理した技術で一般的に"クロームめっき"と呼んでいます。

クロムの前処理で銅めっき、ニッケルめっきの層が乗っていますが、直接クロムが乗り難いことと、細かい傷や凹みが金属表面に残っている場合、厚付けした銅めっきを研磨して修正することもあります。

表面に光沢があるのは処理前に研磨されているためで、研磨の仕上げが鍍金後の光沢を左右します。

従って研磨なしで鍍金処理しても光沢は生まれません。研磨工程と鍍金がセットになった大変な手作業なのであります。

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画像はDT200WRのチャンバー。

通常は未処理で出荷しますが、お客さんの希望により耐熱クリア塗装を施す場合もあります。

誤解のないように、弊社は鍍金だけの依頼は受け付けしておりません。弊社のラインナップ品に限りオプションで、外注先の工場へ持ち込んで依頼しています。

このチャンバーのサイズで処理料¥15000いただきますので品代総額¥40000(税別)になりますので結構高額ですね。

レーサーモデルのチャンバーにはお勧めしません。重金属なのでパイプを保温することになり、冷えが鈍くなります。即ち、パワー特性にも影響するということと、走行毎に洗車して整備するのが当たり前なので、防錆も自然にできるでしょう。

ところが、ストリートモデルでは毎回洗車などあり得ないでしょうし、屋外保管も多いでしょうから、ノーメンテナンスで腐食を防ぐにはクロームめっきは最適なのです。

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鏡面仕上げなので、カメラを構えた自分が映り込んでいて、絵的に良くないですね。こういう場合は望遠で離れたところから写すべきです。

研磨状態が分るように撮りましたが、溶接ビードが少し残る程度の仕上げにしています。

さらに研磨を進めるとビードも見えなくなるのですが、板厚が薄くなって強度が落ちてしまうので、これくらいがベストでしょう。

また、どんなに慎重に扱っていても転倒したり、物にぶつけてしまって、凹みが目立ってしまうことも起こります。

そんなときは、弊社の商品に限り修理サービスも行っています。水圧で膨らませながら、凹んだ部分だけ叩くことによって盛り上がってきて直ります。熱はかけませんので焼け痕がつくこともありません。用品店と違うところは、売った物に対してアフターサービス出来るところが強みなのです。そのかわり、社外品には冷たく当たりますのでご了承ください。

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97年型を最後に生産中止になってしまったTT250RのクランクケースR側です。

シフトシャフトのリターンスプリングが当たるφ8のピンが立っていますが、その圧入部分が半分欠損しています。

破断面の位置から、シフトアップ時の荷重で亀裂が生じたと推測できますが、圧入部の強度不足ですね。

症状としては、シフトペダルが踏み込んだまま戻らないということです。本来、ケース交換するべき不具合ですが、すでに絶販部品となっているので、仕方なく修理します。

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破片は無くなっているので、アルミ棒から切り出して欠損部分を整形します。

塗装は剥離材で除去し、ピンを差し込んだ状態でバイスプライヤで締め付けて溶接します。

アルミが収縮してピンが締まりますので強固に固定されるでしょう。

 

 

 

 

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溶接完了です。ノーマルより肉盛りしておきましたので、当分の間シフトチェンジに耐えられるでしょう。

しかし、最終型からたった14年で部品のラインナップが無くなるという恐ろしい事態です。

安心して古いマシンを乗り続けられません。幸い修理テクニックがあったので良かったですが、そうでなければ廃車するしかありません。

古い部品をストックするにも、倉庫代が掛かって儲からないことはわかります。オートバイはモデルチェンジが多すぎるのです。

新車買っても数年で旧式になってしまうので、次々乗り換えるか、モデルチェンジには付き合わないで長く大事に乗るということになりますが

旧型を救済し続けると新型を買わない人が増えるということでしょうか。オートバイは新しい方が性能がよくなっているのは当たり前のようですが、いつまで続くでしょう。2011年モデルも20年後には旧式と呼ばれてしまうでしょうか。

新しいものが生まれるのと同時に古いものも増え続けていきます。その救済をどこまで続けていくかがこれからのオートバイライフの課題だと思います。

 

今の目標は注文された商品の製作を1ヶ月以内に完了することです。

現状は2?3ヶ月遅れで進んでいる状態で、お客さんには根気強くお待ちいただくことを強いらせてしまっています。なんとかこの状態を打開するため、8月は極力休まず業務を続けていく予定です。

大体、5月、6月にご注文の商品が今月いっぱいかけて、完成するでしょう。

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今月の初荷はRMX250Sのチャンバーとサイレンサーです。

夏場の溶接仕事は暑さとの戦いです。

溶接中はアルゴンガスが飛ばないように扇風機も使用できません。

強力な紫外線で腕が火傷してしまうので半袖も厳禁です。

作って喜び、売って喜び、買って喜ぶ

三つの喜びが仕事の中にはあるという言葉がホンダの社是にありますが、それを全うしてしいく所存です。

目標に向かって努力し続ければ、いつか達成できる日がくることを信じています。

たまに質問を受けることがあります。「溶接はどこで覚えたのですか?」その時なんと答えたかは覚えておりませんが、事実は次のとおりと思っています。最初の体験はガス溶接でしたが高専の工作実習でした。そこでは、あくまで体験というレベルで何の習得もしていなかったです。やがて会社員になって、量産前の車両をテストする部署に配属されて、テスト装置も自ら製作しなければならず、テスト治具を溶接で組み立てるという目的で作業ピットにあったアーク溶接機を使ったのが、仕事としての溶接の始まりでした。

会社のオートバイにも乗っていましたが、スタンドは全て自作で、会社の工作室に鉄パイプとアーク溶接機があって、オートバイ部員は自由に使えましたので、暇さえあればスタンド作りをしていました。スタンドとは、ピットで整備するときやパドックでマシンを立てておくものですが、オフロード車は独特の形態で移り変わってきました。今ではスタンドはオートバイ用品店で売っているのが当たり前になっていますが、私のスタンドライフには買ってくるという言葉はありませんでした。

10代のころ貧乏学生のくせにモトクロスはやっていて70年代後半から80年代前半は一升瓶のケースがスタンドの定番でお醤油やお酒の一升瓶が入るケースを逆さまにしてマシンを乗せていました。あのスタイルが誠にカッコよくて惚れ惚れしたものですが、時代は水冷、モノサスに移り変わるころ、ワンタッチ式のスタンドが登場してからはスタンドの形態が変わっていきました。

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こういう形のスタンドをモトクロスをやったことがある人は一度は使ったことがあるでしょう。このデザインの元祖は、日本全体では分りませんが、関東地方では、うず潮RCのお店で販売するために、川越の甲斐野製作所に依頼して作ったものであります。最も材料を簡素にすることが目的で、これ以上シンプルな構造のワンタッチスタンドはないでしょう。

その後、外国製の廉価なスタンドが大量に生産され、この方式のスタンドは見かけなくなりましたが、このシンプルさと使い勝手のよさは捨てがたく、さらに改良を施して作ったのがこのタイプです。

基本構造はアルミ6063角パイプを使用し、強度の必要なリフトアップ部分はSUS304を使用し、総重量3.2kgという軽量さでフルサイズのモトクロッサーも楽々とリフトアップできます。自分のスタンドは8年間使用中ですが、故障したことがないくらい耐久性もあります。

ときどき、動かないワンタッチスタンドをひたすら踏みつけて、壊している人を見かけますが、稼動部分のメンテナンスをしてやれば、問題なく動くのに愛情を持って使ってやらなければ不調になるのはオートバイもスタンドも同じでしょう。

一品製作ならではの悩みごとですが、滅多に需要のないパイプ作りです。

外径φ101.8 板厚t1.6 の鉄パイプですが、既成品は勿論ラインナップされておりません。長さ510mmだけ必要なのですが、お客さんの図面指示ですので製造トライしてみることに

R曲げ専門の会社で機械曲げしてもらえばいいのですが、材料持って、依頼して完成後引取りに行くだけで半日掛かりですが、コストが割高になることが否めません。しかも、外注して作ってもらっても経験にはなりません。苦戦することは想像しておりましたが、これほどのものとは・・・ CIMG0400.JPG

板物をR曲げする道具ですが三本ロールといいますが、サイレンサーの筒などはこれを使って成型します。

しかし、今回の問題は板厚と長さです。

パイプが長いほど曲げるのに大きな力が必要になります。また荷重が大きくなるとロールが撓んでしまい、中央付近が曲がらないという現象が起こります。

結果的にロールベンダーだけでは丸パイプの成型は不可能でした。

その固さは、怪力自慢でフライパンを素手で折り曲げる人がいますが、それより固いでしょう。

私の体重50kgで乗っかっても全くまがりません。特殊なテクニックを用いてようやく、このような丸パイプになりましたが、まだ不十分です。中に仕切り板を隙間なく挿入しなければなりませんので、ある程度真円度が要求されます。

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結局、巻いただけでは要求される真円度は不可能なので、芯金を作って挿入し、木槌で叩いて全体の形状を整える必要がありました。

ここまで3時間くらい鉄板と格闘しましたが、なんとか次の工程に進めそうです。

 

 

 

 

 

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今度はφ45のパイプですが規格品にあります。それなのに、敢えて平板から曲げて作ることにした理由は、パンチングの図面指示がありましたので忠実に作るためです。

ところが、t1.6の板厚故に思いもよらぬ苦労が待っていました。

鉄板を曲げるときに大きな変形抵抗がかかります。穴が空いた部分が変形抵抗が少ないので、穴のラインで曲がってしまい、均一なRを描いてくれないのです。

 

 

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やはり、芯金を作って木槌で叩き、形を整える必要があります。

1mm以下の薄板であれば、うまく曲がりますがt1.6は、手巻きにするには変形抵抗が大き過ぎました。

 

2ストトレールは健在です。これは公道バージョン、オンロードタイヤでフロントインチダウンされています。

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外装も丁寧にカスタムされていて、大事に乗られていることが分りますが

94モデルなので登録から17年経過していて、走行距離は5万キロくらいだそうです。

さすがに、このまま乗り続けるのは不安だということでエンジンOHすることになりました。

社外のチャンバーも激しく凹んでいます。これはオーナーがヤフオクで凹んだ状態のものを安く落札したそうですが、普通は社外品の修理はお引き受けしません。それは、マフラーメーカーか販売店が対応すべき仕事だと考えていますので、私が社外品を使い続けるために救済する必要は無いと思っているからです。

トヨタの販売店にホンダ車の修理を頼むようなものですからね。そうは言っても、こちらのお客さんが、この車両を総合的に直したいと依頼してこられているわけですから、その一環としてチャンバーの修理も行います。

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リヤショックはオイル漏れの上、バンプラバーもウレタンが崩れて無くなっています。ショックもOHして機能回復しなければなりません。

チャンバーはエキパイ部分から全体に潰れていて、まともな状態ではありません。ここまで潰れていると商品価値はゼロだと思うのですが、ヤフオクではこのようなものに5千円の値段をつける人がいるそうです。明らかにスクラップであることを付け加えておきます。

 

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オイル漏れの激しいエンジン。シリンダーベースにコーキングが見られますが、ガスケットが吹き抜けていることが予想されます。

さすがに5万キロのダメージが蓄積されているのでしょう。

これから全バラして修復することにします。

 

 

 

 

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排気デバイス、KIPSの部品です。

遠心ガバナーにより駆動される可変ポートタイミング機構です。ラック&ピニオンで中央のスライドバルブと左右の回転式バルブが低速域と高速域の排気ポートタイミングを変化させて、幅広いパワーバンドを稼ぎ出します。

しかし、その部品点数の多さは4ストロークエンジンの動弁系より多く感じられ、メンテナンスの工数も、こちらの方が上です。

 

 

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エンジン部品全部。ばらすだけでなく、相当な汚れが付着しているので、全部洗浄してからメンテナンスに入るので非常に時間がかかります。

汚れが付着していると、小さい傷や磨耗の状態が判断できませんので、整備の方針を決めていく上で重要な工程です。

こうして、交換部品のリストアップが可能になります。

従って正確な見積もりはこの段階以降でないと分りません。

 

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エンジン整備には夏でも石油ストーブを使います。

ベアリングの交換にはケースを熱膨張させて、脱着します。これはケースにダメージを与えない方法で

プレス機を使った圧入では圧入面がかじって、小さい傷がつきます。そのため折角、真円に加工された穴やベアリングが偏芯してしまうので、それを防止します。

震災があって3月の走行会が中止になってしまって、預かっていたK125が3ヶ月経って、ようやくチャンバー製作着手することになりました。

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チャンバーに取り掛かる前に、サーキット走行のためセンタースタンドを外す必要がありますが

フレームを貫通しているシャフトが中で曲がっているのか、全く抜けてこないためスタンド外し不可能でした。

やむを得ず、酸素で溶断しました。

シャフトの生材使用はやめましょう。クロームモリブデン鋼にしましょう。

代わりにレーシングスタンドを作ってから作業開始です。

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上がノーマルのマフラー。

2ストシングルなのですが、2個の排気ポートにそれぞれ独立したエキパイということで2本マフラーです。

下が製作したチャンバーとサイレンサー。

エキパイとチャンバーは溶接でワンピースです。

ノーマルは、ダイバージェント(拡散)もコンバージェント(収束)もありません。筒の中に仕切り板があって、反射を起こす構造で、仕切り板の位置を測ってチャンバーの諸元を推定しました。この置き換えは、あまり経験がありませんので、出来上がりの性能が楽しみです。

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オーナーが取り付けてあったステップブラケットもチャンバーのレイアウトの邪魔になるので移設させていただいて、スッキリとストレートチャンバーに決めました。

キックアームは始動時にブレーキペダルにぶつかるので、可倒式に交換するべきと思います。

12Vバッテリーつないで、キック始動してみました。暖まっていなくてもアイドリングは安定していて、分離給油のためかワイドオープンにすると白煙がものすごい。回転はストレスなく吹け上がってくるので、走行は問題なさそうです。後はサーキットでキャブセッティングということですが、ここから先はオーナーのお楽しみということで、お引き渡しです。

05年の全日本MX会場の和寒でヤマハのパドック前に展示されたアルミ合金製ハイブリッドフレーム。ハイブリッドとはダイキャストや鍛造という異質な製法で作られたパーツの複合体であるという意味。

そして06年モデルとして発売されたアルミフレームのYZ125が最終仕様という認識でした。 CIMG0375.JPG

これはお客さんがエンデューロ用に購入したマシンです。

実はYZ125チャンバーは高張力鋼管フレームの時代にラインナップしていましたので、エンジンの基本は大差ないだろうという考えで当時もののスペックで製作しました。

最終型のパイプ形状が若干変更になっており、治具に取り付かないので車体合わせのワンオフ製作です。

我社のチャンバーとヤマハエンジンとの相性は良かったと思います。YZ125に乗った忘れられないライダーがいます。

彼を初めて見たのは守谷のコースでした。

KXに乗っていたA級の若手で、千葉の八街市在住ということで名門習志野レーシングかと思っていました。すると翌年YZに乗り換えて、チーム登録は土浦レーシングになっていたライダーの名は斉藤慎也です。全日本A級でチャンバーサポートして最も好成績を挙げてくれたライダーと評価しています。

01年にA級125クラスで4位入賞でしたが、常にトップを狙う意気込みでした。翌年250クラスにステップアップして、YZ250のチャンバーも作りましたが、トップカテゴリーで15位以内ポイント獲得していましたので若手最有力ライダーでした。

当時チームYZでは、ノーマルで勝てるマシンを証明するということで、社外のパーツ装着を一切禁じていましたが、斉藤選手は「チャンバーだけはこれを使わせて下さい」ということをYZのスタッフに願い出て認めていただいたという経緯がありました。

なんと律儀なことか、作ってもらった物に対する思いというか、なんとしても結果を残したいという意欲が他のライダーと違っていたように思います。残念ながら菅生でヤマハの合同練習中に不慮の事故に遭い選手活動に支障を来たして辞める結果になってしまいました。

そのころから、菅生の赤土の路面は予期できない滑りで頭から落下して死亡したり重症にいたる事故が続いたので路面の改善に力を入れ始めたということで、斉藤選手をはじめ、幾人かのライダーが身をもって危険箇所を教えてくれて、路面の改善を実現してくれたものと感じています。

 

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NSR50のロードレーサーが今回の議題。

GPmonoでレースをされているナオキさんの練習車ですが、ミニバイクは転倒も多いそうでダウンチャンバーだと、サイレンサーは路面に擦ってしまうため

サイレンサーをリヤカウルの中を通す、センター出しに改造するためチャンバーをアップタイプに変更してフレームの中を通すレイアウトに作り変えるというもの。

 

 

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チャンバーを作るとき、最初にやることは元になるチャンバーの寸法を測ってストレート図に書き直すことです。

写真の上側は元のチャンバー

下側はストレート図に基づいて作られた模型

円盤はパイプの内径を表し、軸芯の棒はパイプの長さを表します。

この模型を曲げて車体に取り回すレイアウトを検討します。

 

 

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このようにエンジンやフレームとの隙間を確認しながら形状を決めていきます。

同じものは二度と作りません。この車両だけのためのワンオフ製作です。

このあとアンダーカウルやキャブレターの燃料ホースなどに当たらないようにクネクネと複雑なカーブを描いて、狭いフレームの隙間にチャンバーが収まっていきます。

明日は模型の形状に合わせてパイプを成型していきます。

 

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成型されたパイプを接合しました。

模型のカーブに似ていますが、車体がアップチャンバーを想定して設計されていないために取り回しはミリ単位でフレームをかわすシビアなものになりました。

アンダーカウル装着のため、フレームギリギリに寄せないと、グラスファイバーのカウルを溶かしてしまうことになります。

明日はラジエターのマウントとセンター出しサイレンサーのフィッティングを行います。

 

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世の中、優れた製品が次々に現れる。 その流れがあまりにも急激で自然に映るので、それが活躍していても興味が湧いてこないものである。そしてそれらが役目を終えて、時間が経ってから貴重なものであったことに気づかされるのだ。

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記憶によると入社試験で東京に来るとき初めて乗った新幹線。

20代のころは東海方面や東北方面の取引先へ出張するたびに利用していたが、あるのが当たり前で、大して興味がなかったものだ。

ところが、こんな真正面から至近距離で目の当たりにすると、とんでもない偉業の結晶であったことに改めて感動する。

 

 

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RC174のエンジン

297,06cc空冷6気筒 65ps以上17000rpm 7段変速

1962年から世界選手権350ccクラスで5年連続制覇したマシンで最後の1967年は全8戦中、欠場した1戦を除き7レースで勝利し、ホンダの絶対王者を印象つけた。

勝ち目の無いヨーロッパ勢を救済するためため気筒数制限と変速は6速までというレギュレーション改正に追い込んだ。

当時私は5歳くらいだったので知る由もなし

40年以上経過して本物を目の前に感動した。

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最も高性能な2ストエンジン。

MotoGPの永久欠番74は加藤大治郎の乗ったNSR500。

2001年WGP250クラスチャンピオンの大治郎は2002に最高峰へスイッチし、RC212Vなど990cc4スト勢有利のMotoGPクラスで2ストで2位入賞したマシン。

大治郎が16歳でロードレースを始めたチームは熊本にあるTEAM高武

66年全日本250チャンピオンの高武さんは若手ライダーの育成にも長けていた。

モトクロスでは後のヤマハワークス籐秀信、無限の鶴田忍、同じく安井崇など

ロードレースでは宇川徹、玉田誠、加藤大治郎らホンダワークスライダー養成所のようなチームだ

高武さんはホンダが67年で世界選手権参戦を中止したので4輪レースに専念し、72年F1500チャンピオンに輝いている。私がホンダ入社したころは明和シビック(明和会自動車部、ホンダ和光工場の社内クラブ)に乗ってシビックワンメークレースで活躍していた。

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これは900Z1、後ろにCB750エアラ見える。

実は中学生のころはモトクロスはあまり興味なかった。国内仕様の750RSが好きで、自宅のある町内に2台あるのをチェックしていた。その中の一台が、せとうちバスの社員寮に置いてあって、バスの車掌をやっていたお兄さんに乗せてもらったのが速いオートバイ初体験だった。勿論後部座席だがカーブが一気に迫ってくる加速はまるで瞬間移動かと思うほどだ。

カワサキのZはアルファベットの最後、即ち究極の意味で、これが世界の大型2輪をリードするフラッグシップになったわけだが、1974年ころにこのデザインができたカワサキの開発者は天才的な才能だと思える。こんな古いものがある限り、感動はいつまでも続くだろう。

 

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アメリカのハーレー・ダビッドソン社は日本にようやく蒸気機関車が走り始めたころからオートバイの製造をやっているメーカーです。日本のオートバイの夜明けは英国やドイツから輸入したオートバイでしたが

自国で製造するようになったのは昭和にはいってから、しかも英国製のコピーで自社開発もできてなかったわけです。戦後になって陸王というハーレーダビッドソンのコピーマシンが販売されました。時代は移り変わって、真似した機械に改良を重ねてオリジナルブランドを凌駕する日本メーカーが育ちました。

伝統を重んじる欧米のメーカーはモデルチェンジを繰り返しても同じ形式のエンジンを守りとおしてきたというのに、日本メーカーは、その伝統のエンジン形式さえも、自分で開発したかのように新製品として売り出しました。目的はただ一つ、お金儲けでした。

技術力でハーレー・ダビッドソンのシェアを奪おうとした日本メーカーを相手に告訴しました。その内容はVツインというエンジン形式でも、シートの低いアメリカンスタイルでもありませんでした。それは「音」でした。ハーレーのマフラーから発する音を真似してはならない、ということだったのです。そしてハーレー・ダビッドソン社は勝訴。それ以来、日本メーカーのアメリカンスタイルはハーレー・ダビッドソンに似せたものは無くなったという話です。

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このマフラーの持ち主もハーレーの音に魅了されたライダーの1人で、伝統の音を再現したいという希望を持っておられます。

最近の日本の大型バイクの騒音規制のためか、ハーレーの音さえもつまらないものになっていて、なんとか手持ちのパーツを改造して「いい音」にしたいということが今回の企画です。

ノーマルの中身を取り外して新設計の中身と入れ換えするのですが、ご覧の通り分解できる構造になっていません。

実はオーナーの依頼で、分解したマフラーの画像をアップしてほしいと言われましたので約束通り、分解しました。

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X線で透過画像を見れれば非分解でも確認できるのですが、設備がありませんので

切断して内部確認しました。このマフラー外側は復元して使用するので、内部の構造物を新作して中に仕込む予定です。

いかにも改造しましたという外観は望ましくないということです。

狙いは2本の排気管を独立させたものを一つのマフラーに収めるということらしいです

あとはオーナーの図面待ちということで。

 

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東京駅、なんとレトロな文字でしょう。

車輪で走る乗り物を扱う者として

知っておかなければならない歴史があります。

オートバイなら、もてぎコレクションホールを観ることをお勧めしますが、

ここの博物館はそれを凌ぐスケールの展示内容に驚かされます。

究極のビンテージがここにあります。

 

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150形式蒸気機関車 1871年製造

英国から輸入された日本初の蒸気機関車。

新橋ー横浜間を1時間で走ったそうですが

初めて乗った乗客は横浜に到着しても、誰も降りようとしなかったといいます。

当時歩いて丸一日かかった距離なので、あまりにも早く着いたので、疑っていたのだそうです。

当時は日本に機関車を作る技術はありませんでした。

 

CIMG0344.JPGこちらはアメリカから輸入された弁慶号。

北海道開拓に活躍しました。

機関車のデザインも英国と米国ではかなり違っていますが、古い映画のワンシーンを観ているかのような光景ですが、これらの車両は実物で、重要文化財に指定されています。

私は鉄道マニアではありませんが、この博物館を観たいと思ったきっかけは、

私の故郷、愛媛の偉人に十河信二という人物がいたからであります。

第4代国鉄総裁 「新幹線の父」と呼ばれた十河信二(敬称略)は

愛媛県尋常中学校東予分校 (現在の西条高校)出身で東京帝国大学法学部卒業後、鉄道院入省。

満州開発の社長で鉄道事業に尽力し、昭和20年西条市長就任。昭和30年、71歳にして第4代国鉄総裁就任。東海道線の輸送力の行き詰まり打開策として、新幹線構想を打ち出した。

この世界的に前例のない一大プロジェクトを立案し遂行した偉人が、私の出身地、西条市の市長であったことで、この史実について知っておかねばならないと思っていた矢先、自宅から近い大宮に鉄道博物館が開業したので、観に行かない理由はありませんでした。

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これは、展示物の中で最も興味のあったものです。

9850形式蒸気機関車 1913年製造

マレー式と呼ばれ、東海道本線御殿場越えで活躍した車両で大胆にカットモデルを作成し、蒸気機関内部の構造を解説しています。

内径×行程 500×650mmのシリンダーは前後に配置し、後ろのシリンダーから排気した水蒸気を前側のシリンダーに再利用して、左右で4つのピストンを動かしています。

そして、長くなった台車の中央に間接を設けてあり、カーブでもスムーズにコーナリングできるようになっています。足回りの構造は地下ピットに入って見学できるので、機関車の構造が目で見て分るようになった、ありがたい教材です。

マレー式とはフランスの鉄道技師、マレー氏の発明した方式のことだそうです。

 

 

オフロードは2ストじゃろが、本気でそう思っているがメーカーが開発を止めてしまっているから仕方がない。なので、これからは古いマシンを大事にして保存していきたいと思っている。

このCRMは89年モデルだが既に純正部品が廃盤になりつつあり、部品の調達に苦慮することになるだろう。部品取りされたリヤサスペンションのため、リヤフォークとシートレール間を鉄パイプで連結している状態である。 CIMG0338.JPG

ノーマル部品が調達困難な場合はリンクは製作か別機種の部品を加工して装着するつもりでいるので、リヤサス周りはグレードアップも可能だろう。

先ずはエンジン始動を確認しなければならないが、10年近く放置されていたので、心配していたのは、キャブレターの腐食だったが、レーサーの混合ガスにありがちな

ガソリンが揮発してオイル分が固着するという事態は、分離給油であったため避けられた。キャブレター内は乾いた状態で、このまま使えそうである。

そして、本来ならメインフレーム内がオイルタンクとなった分離給油でエンジン始動するのだが、オイルインジケーターが機能しておらず、オイル残量が不明なのだ。オイルホースをはずしてオイルを抜いてみたら少し残っていたが、これは使わないことにした。混合用のオイルの在庫があるので、それを使いたかったのと、実際に走る場合は混合ガスの方が信頼性が高いと思うためだ。

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不要となったオイルポンプをはずした。

同時にオイルホースと外気を遮断するメクラ栓を取り付けた。

このポンプからインテークマニホールドに直接オイルが供給されるのだが、一旦クランクケースに吸入されてから掃気でシリンダーに供給されることになるが、粘性があるので瞬時に全体に行き渡ると思えないのだ。

従って混合オイルよりは多目のオイル供給で賄う必要があり、不完全燃焼や排気ガスからのオイル飛散の原因となることが気にいらないので混合仕様としたい。

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これはRケースカバーのオイルポンプをはずした穴を塞ぐキャップ。

Oリングでシールされるので、ミッションオイルの漏れと泥水の浸入を防止する。

 

 

 

 

 

 

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キャップ装着の様子。

潰れたラジエターも修復し、冷却水を入れたらエンジン始動の準備が整うのだが

シリンダーの真横に大きな接着剤による補修が見える。もしかしたら、冷却水凍結によりウォータージャケットに亀裂が発生したのかもしれない。

スパークプラグの火花は良好に出ているので電装は大丈夫そうだ。

凹んだチャンバーを修理してからガソリンタンクに混合ガスを入れてエンジン始動してみることにする。

何も問題が起きないことを祈る

2 WHEEL DRIVE 2輪駆動車です。この方式は製作者、ホンダEGの吉田さんの特許でした。

カウンターシャフトからの動力をチェーンで取り出し、途中フリーホイールを介して前輪に取り付けたスプロケットにチェーンで伝達するという内容で、他の2輪メーカーでも研究はされていたようですが同じ方式の2輪車は量産されたことがありません。

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この車両は22年前に朝霞研究所から依頼されて製作された試作車ですが、当時の2輪雑誌にも取り上げられていましたので40歳以上の人なら記憶に残っているでしょう。

この車両が本領を発揮するのは、マディ路面やサンド質です。フロントタイヤが抵抗になって走りづらい場面でも問題なく走っていけます。

実際に山形県のビーチエンデューロに出場して上位入賞も果たしたそうです。

現在は走らせる機会もなく部品取り状態になっていますので、私が復活させて動態保存させていただくことにしました。リヤショックがリンクごとはずされ、フロントブレーキも固着して使えません。欠品部品を装着し、各部オーバーホールして運転可能な状態にする予定なので、完成したら試乗インプレッションを当ブログで報告します。

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駆動系のカバーをはずした状態。

ドリブンスプロケットのチェーンははずしています。シリンダー横のハブはフリーホイールになっています。

これは前後輪の回転差を吸収する機構で

フロントの回転が遅い場合にブレーキになってしまいハンドリングが重くなることを防ぐため若干、フロントを速く回します。

ブレーキを掛けた場合、フロントの回転が落ちてもフリーホイールが空転するので後輪のドライブに影響は出ません。

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フロントタイヤは18インチ。ドライブスプロケット付きです。

ステアリングセンターに等速ジョイントを用いてハンドルを切っても左右の動力伝達はスムーズに行われるためハンドリングはノーマルに極めて近い印象です。

赤色の耐熱塗装を施されたチャンバーは10年ほど前に私が製作したもの

仕事の合間にレストア作業するため完成時期は未定ですが1年以内に走行可能な状態にすることが目標です。

先月のクラブマンMX以来、モトクロスは全くやっていなかった。勿論、業務のため練習時間がとれなかったわけだが、来週の軽井沢のレースは走るつもりでいるので準備はしておかなければならない。

コースレイアウト変更したということでGWの最後に時間をとって練習に行ってきた。

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5月というのに異常に寒く、走っても体が暖まることはなかった。おそらく10℃以下だったと思う。

レイアウトは2、3コーナーの区間が新しくなっていただけだが、ギャップの状態とコーナーのアウト側に堆積したパウダーが、スムーズな走行を妨げるので、テクニカルだが

良いラインは狭く、レースになると特にスタート直後は接触アクシデントが懸念される。

路面は長年踏み固められた火山灰質が非常に固く、タイヤで踏んでも全く凹まないのでサスペンションと体を酷使するしかない。

残雪の観える山をバックに気持ちよいジャンプと思われそうだが実はそうでもなかった。

とにかく埃が多くて呼吸が苦しい、裸眼だと目が痛くて開いていられないくらいだ。風が吹いていなければコース内だけの問題だが、突風で駐車場まで上がってくる砂埃は、例えば洗車しているマシンが泥まみれに変わっていくほどだ。コースの周辺に民家はないので苦情は来ないのかもしれないが、近隣に広がるキャベツ畑は埃まみれに違いない。

山の水は流れているのだから水を溜めておくことはできないのだろうか?これではレースのとき視界不良になって事故がおきる可能性もあるだろう。散水できる水源の確保が急務だと思うが、長年あのままの状態なので期待は薄いだろう。場所は日本のモータースポーツ史の原点、リゾートでモトクロスを満喫といきたいところだが、路面状態や不快な土埃が長距離移動して練習に行きたくならない要因であることは間違いない。

それでも、レース会場の少ない近年のMX事情だからレースは開催される。快適さと安全性は主催者側では用意してもらえないということで、自分で準備していくことにするしかないのだ。

今年はあと2回、あそこへ行かなければならないのだから。

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レースの開会式でお話があり、震災後水脈が変わってしまいテーブルトップ脇の水溜りが無くなり、別の水源を確保したということ。

ポンプの調子がよくないのと、消防ホースを人界戦術で散水したのがこのようす。

しかし、埃で視界が無くなる部分は全く散水できませんでした。

できたのはあまり埃の影響のないコーナーの部分だけなので、スリップと埃のダブルパンチという状態に陥りました。

 

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SE、GPクラスヒート1は散水直後のスタート

1コーナーは濡れているので、アウト側の壁を使って曲がっていきます。

ホールショットはマルクラ・マルセロ・ヨシハル選手。ブラジル出身大田市在住。SEクラスは450率が高くスタートに有利という結果が見えています。

直後に元ワークスライダーの2人がせまってきてMXショーの始まりです。

 

 

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理想的な排気系の製造メーカーとしては、イゴール・アクラポビッチ卿の創設したアクラポヴィッチを一番に挙げたい。自分が買って使うならこのメーカーの製品にするだろう。残念ながら自分は製造者なので自分の意思が入ったものを使うことに決めているので、買ってきて済ませるということはできない。

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これはYZ450用のマフラー

相変わらず高品質なのはいいのだが

買ってきてそのまま使っては駄目なのだろうか。レギュレーションが仕向け地によって異なるためオプションのディフューザーで調節するらしいが

日本仕様というものは存在しないらしい。

だからいくつも試作して試さなければならない。

日本のモータースポーツ市場はあまり美味しい存在ではないようだ。

社外のマフラーいじっていると自分の仕事が進まないのが悩みなんだが、頼まれると断れないお人よしだから仕方がない。

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このエンジンとフレーム、何か違う。

ヤマハ車の組み立てをやっているメカニックなら気づくでしょう。

他メーカーの人は難しいかな。

ヒントは、エンジンのチューンアップのためにフレームを加工する必要がある。

しかもMFJ公認に触れない加工であること

もっとも、持ち主はA級ライダーなので公認車両である必要もないですが。

 

 

 

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ヒントその2、殆ど答えですね。

全工程、2日掛かりです。レースメカニックは量産の部品を組み付けているだけでは、他のマシンと差をつけられません。

創意工夫が大事ですね。                  

 

 

 

これ以上は企業秘密なので説明しません。 5月15日に全日本MX開幕なので、それまでに納品しなければならない仕事が、これを含めて4件あります。練習走行の日程を考慮すると5月連休中がタイムリミットでしょう。

従って5月連休なしで製作に専念します。電話に応対することができませんので、ご用の方はFAXかメールでお願いします。

 

年齢を重ねてくるにつれ、新しいオートバイに興味を示さなくなることがあります。そのかわり、古いオートバイを大事にすることに楽しみを見出すようになってきます。

お金を払って新型のオートバイに乗るという行為は何度も繰り返すうちに飽きてくるものですが、乗り出しがオンボロのマシンを手にしたときから、それに手を加えていくうちに愛着というものが芽生えてくるものです。このマシンもそんな楽しみを与えてくれるオートバイでしょう。

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北陸地方のお客さんがもってきてくれたのはSUZUKI K125。

ベースはビジネスバイクらしいですがオリジナルの面影は少なく、それもそのはず、これで旧車のロードレースを走るため、レーサーに改造中なのです。

ハンドルやバックステップを自作してポジションをオーナーの体型に合わせて作られていますが、ステップブラケットの位置関係でノーマルのマフラーが取り付かなくなっています。そこで我社に頼んで新作することにしたようです。

空冷2ストローク単気筒、ロータリーディスクバルブは小型実用車にはよくあるエンジン形式ですが、特徴的なのは、排気ポートが二つに分かれていてそれぞれ独立したデュアルエキゾーストになっていることです。

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このとおり単気筒なのにエキパイが二本。

なぜこのようなデザインになっているか推測ですが、ビジネスバイクといえども、リーダーシップはホンダ車にあったのだろうと思います。スーパーカブに代表される、いわゆるカブスタイルのバイクはスズキのバーディー、ヤマハはメイトという具合に売れ筋のスタイルを作ってきたのがホンダのデザインだったわけです。そしてビジネスクラスのベンリィシリーズのスタイルに似せて作られたのがK125だったのではないかと。

プレスバックボーンのフレームや二本出しのマフラーが、非常に良く似たスタイルで、このスタイルにすることがお仕事に使うオートバイとして必要な要件だったのでしょう。

そんなビジネスバイクをこのような改造をしてロードレースを走ろうなんて、遊び心満点じゃありませんか。しかし、125の二本出しマフラーなど過去に作った経験もなし、これから頭を悩ますに違いありません。すぐに取り掛かれる状況ではありませんので2ヶ月後に作り始めるという約束をして置いて帰っていただきました。後日製作日誌を当ブログで掲載させていただきます。

大震災から、一ヶ月が過ぎましたが大混乱も落ち着きながら、解決しない問題が山積です。原発事故がその一つですが、これからの日本、私たちの生活に大きく影響していくことは必至です。

首都圏は東京電力管内で最も電力需要が大きいのに発電所をもたない、それなのに人口の少ない福島や新潟へ原発を建設しました。この意味は明らかに、事故が起きたときの人的被害を最小にするためといえるわけです。想定外の自然現象に安全対策の不備が問われていますが、それでも日本の将来は原発に頼らなくては現在の生活水準を保てないわけですから、日本全体の問題として考えなくてはなりません。

私の生まれ育った愛媛の西条市(周桑郡小松町だった)は理想的な町の構造で、市内の沿岸に火力発電所を所有しており、全世帯の電力を地元の発電でまかなえています。他にも水力で集落の全世帯の電力がまかなえていたり、他の地域に頼らなくてよい電力事情が構築されていました。愛媛県には伊方原発がありましたので、幼いころから原発の存在も知っていました。そして父親が四国電力の社員として働いて一家の生活を守っていたということで、正に電力のおかげで生きてこられたようなもんです。

今の生活は東京電力に委ねられたものになっていますが、原発の問題は人事ではなく注目して、協力できる部分は積極的に行っていきたいと考えております。

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さて、もうすぐ5月ですが震災のため自粛はよくないぞ、という議論が交わされていますが、続々とモトクロスのイベントが開催されます。

MFJの全日本が広島で開幕、MCFAJの第3戦が浅間高原で開催ですが多様化する近年のモトクロスの特徴として、これら二つのイベントが挙げられます。

チキチキVMX猛レースは、およそ30年以上経過したビンテージマシンを持ち寄ってレースしましょうというマニアックなイベントで、このようにパンフレットが主催者のホーリーエクイップ様から送られてきました。

埼玉のビンテージMXマニアの人たちも参加してほしいという意気込みだと思いますが、残念ながら私の知る限りでは、この周辺はビンテージMXに関して全くといっていいくらい情熱がないんですね。井上ボーリング様のお膝元なんですが、川越鶴ヶ島地区でビンテージマシンを見かけたことがありません。やはり関西や東北の旧車エンスージアスト様の情熱と努力によって成り立っていると考えられます。そして、私自身は旧車のマフラーなんか復刻したりしているくせに、レギュラークラスのモトクロッサーを走らせるのが精一杯で、二つのカテゴリーに情熱をかける余裕がありません。将来はどうなるかわかりませんが

それからジャパンVET。これは30歳以上でライセンスも不要のMXレースです。窓口を広くしてお客さんを集めようとしているんですね。ベテランというのはモトクロスの経験ではなくて年齢がベテランということらしいですが、とにかく誰でもいいからエントリーしてウエストポイントに貢献してしてください。ということが趣旨のようです。ビンテージクラスもありますが、少しでもエントリー集めましょうという意気込みが感じられます。私的には会場が近いですから協力できると思いますが、10分+1周を2ヒート走るだけではなく、往年の国際A級ライダーがレースを交えるということで、観戦が一つの楽しみです。神戸から野宮修一選手や立脇三樹夫選手が、静岡から岡部篤史選手など、なぜか遠方のカワサキワークスライダーも走っていただけるというのに、埼玉近郊にもっとスターライダーおられるはずですが、年月が経って事情がお有りなのでしょう。

そして私はレギュラークラスのMCFAJのレースがありまして、挑戦を続けていくことが選手としての勤めであると考えていますし、5月は日本のモータースポーツ史の重要な場所、浅間高原でのレースです。振り返るとあそこのレースの結果は納得のいくものではありませんでした。高原特有の気候でキャブレターの調子が変わってしまうことと、ギャップの状態により腕上がりも影響して満足な走りができてなかったことが原因で、そのへんをなんとか克服したいということが今の心境です。

2010モデルから著しく大型化したCRFのサイレンサーですが、思わぬ不具合も生じています。

張り出したサイレンサーは転倒しなくても、通常のライディングでサイドカバー越しに圧迫されてデフォーム(凹み)が発生します。また角ばった断面のアルミは平面が広くなっていますが、排気圧で膨らもうとしますので、金属疲労により亀裂が入ってしまいます。

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上は2011CRF250R、下は2010CRF450R。

250方が450よりサイレンサーが大きいことが分ります。

これらのサイレンサーは純正部品で一個9万円もしますので安々と買い換えられるものではないでしょう。

レーサーモデルも高品質化して付加価値を付けていかないと商品として受け入れてもらえなくなるということは予想できますが、限度というものがあります。

私が自分の150用のマフラーを作る理由はクラッシュで一発破壊する恐れのあるものが、純正部品で5万円もするので、作る場合は半額程度のコストで済むからです。

この高いマフラーの仕様を設定する人たちは、元々高収入で中小企業の社員とは違います。その上、このようなレーサーモデルは会社の車両に乗れるため、自分で買う必要がないですから、一般庶民の金銭感覚は持ち合わせていないのではないかと思ってしまいます。

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これはどちらも国際A級ライダーが所有しているものですが、日本ではトップクラスの彼らでさえ、スペアサイレンサーを持っていないという現状からも、その問題点が感じとれます。

とりあえず、修理するためにはリベットをはずして分解しなければなりません。

現在バックオーダーの状況が2ヶ月分溜まっているため、新規の注文を先延ばしするか諦めていただくなどの対応をさせていただいている状態なので、作業する時間がとれるかどうかわかりませんが、修理してみることにしました。

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まずは450から

アルミ筒に絞りが入っているため

切断して別々に整形してから溶接です。

大体、元の形状に直りました。

 

 

 

 

 

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次は250です。

デフォームを均してから亀裂部分を再溶接です。

古い溶接ビードを削除して溶け込ませていきます。

ビードは平滑でないと、すぐに割れてしまいます。このあと外側にアルミ板を張り付けツインウォールにしますが

これは国際A級用なのでスペシャル仕様の加工を行います。

 

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音量に余裕があることと、加速力を増す目的でショートタイプに変更。

テーパーパンチングのため繋ぎめの外径を合わせて溶接しています。

アルミ筒はデフォームになりやすい外側をツインウォールにしています。

エンドキャップの嵌め合いがきつくて、経験のない人は組み立てが難しいと思います。

 

 

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グラスウール詰めて、ステンリベットで荷締めて組み立て完了です。

高価なマフラーなので、メンテナンスして寿命を延ばしてあげないと、亀裂が拡大して使用不能となって

余計な出費が出ますからね。

 

・・・ああ、また予定が遅れてしまった・・・

今週は休みなしで働きます。

 

「これ直すんですか?」一応確認のため聞いてみた。そしたら「直したい」という答え。

「ものすごく大変だよ」と言うと、「いくらぐらいですか?」というので「普通の3倍くらいかかるよ」

と答えたら、「新品買った方が安いですか?」と言うので、「そこまではいかない」ということで

契約成立して修理することになった。

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普通はこのように大破している場合は新品に交換するように勧めます。

それは修理に相当な時間を費やし、製作業務に差し支えるからです。

おそらく、これは、新品交換した上で直したチャンバーはスペアとして取っておこうということだと思います。

そして、直らなければ諦めると思うのですがダメ元で聞いてみるということは、私が直せるかどうか試しているのではないかと、思わせるのです。

これが直ったとしても私の評価が上がるわけでは無いと思いますが、もしかして直せないんじゃないかと思われることが、マイナス要素なので

この挑戦に応えることにしました。

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ここが荷重の力点だと推測しますが、鉄板が破けています。

圧力をかけて直すために、溶接して穴を塞ぐ必要があります。

 

 

 

 

 

 

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エキパイにシワがよって蛇腹のように曲がっています。

ここまでいくと、水圧では直りませんので

切断して鉄棒を当てがいながらハンマーで板金修理しなければなりません。

 

 

 

 

 

夜は騒音の出る作業は近所迷惑になりますので、この続きは明日ということにします。

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パイプを切断し、潰れた部分をハンマーで整形して溶接。

その後、水圧で元の形状まで膨らましました。

しかし、そのままでは歪みが大きく車体に取り付けができないくらいパイプの向きが変わってしまいました。

結局、4箇所の切断面を削ってパイプの向き矯正して取り付くようにしました。

 

 

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先週末まで続いていたガソリンスタンドに並ぶ車の列を見て思いました。

給油に並ぶ二輪車の台数が極めて少ないこと。これは二輪車を移動の手段として使う人が極めて少ないことを意味します。冬の季節であること、荷物を積んでいることを考慮しても、明らかに人間1人しか乗っていない車が多いということはどういうことか。

燃料が不足しているときでも、車だけを移動手段にする人が多いということです。こういうときだからこそ小型二輪車というものが見直されてもいいのではないかと思います。寒いとか、雨に濡れると敬遠されがちですが、防寒着や雨具の装備を持っていれば、なかなか快適なものです。

小型の機動力は4輪とは比較になりません。燃費も流行りのエコカーと比べても圧倒的に有利です。

排気ガスにおいても新型の車両はFインジェクションと触媒付きマフラーのおかげでクリーンです。その反面、燃費と排ガスが悪くなる高負荷の運転、即ち加速が悪い感じがしますが、125ccクラスなら制限速度50kmの交通の流れに乗って走るのに充分な動力性能です。

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ヤマハ アクシストリートXC125E

4ストローク空冷SOHC 総排気量124cc

定地燃費46km/L 強力なエコバイクです。

私は普段、荷物運搬以外で4輪に乗ることはあまりしません。近所の買い物くらいでしたら徒歩か自転車、急いでいるときだけ原付自転車です。

アクシスは震災の翌週に購入しました。原付の老朽化と交通の流れに乗りやすく、乗車定員も2名までOKなのが理由で、我が家で一番活躍してくれる車でしょう。

災害時は、レース用のオートバイや大型バイクは役に立たない金属屑のようなものです。このクラスのオートバイが最も機動力を発揮してくれるでしょう。

この車両を見て気づくことはフロントアクスルがフロントフォークの後ろ側にあるトレーリングアクスルを採用していることです。

殆どのオートバイはリーディングアクスルかセンターアクスルを採っていますので珍しいと思いました。

二輪車の操縦安定性に起因するフロントのジオメトリーを決定するキャスター角とトレール。

他にも三つ又のオフセットやクランプ幅などハンドリングを左右する要素は他にもありますが、キャスターは前後タイヤの接地面を水平と仮定した場合の垂直線とヘッドパイプ中心線の成す角度のことで、当然空車状態でタイヤ空気圧や前後サスのバランスで変動する角度です。

トレールはヘッドパイプ中心の延長線がタイヤ接地面に接する点と、フロントアクスルシャフト中心からの垂直線がタイヤ接地面と接した点との距離を表します。

昔のオートバイはこれらの数値の適正な値が分らず、ハンドリングにクセのある車両が多かったですが

現代のオートバイは免許を取って初めて乗る人でも違和感なく乗れるように、非常に乗りやすく設定されています。しかしこれは、機械の設計が出来る人だけでは現在の数値を導くことは不可能だったでしょう。過去の職人的テストライダーの人たちが万人が乗りやすいと感じられる数値を様々な試作車を乗り比べて決定してきたのだと思います。

 

CIMG0285.JPGではなぜ、アクシスがトレーリングアクスルなのかということを考えると キャスター27°、トレール74mmをキープするためにタイヤサイズが10インチであるためにアクスルがトレーリング側に移行されたということです。

タイヤサイズが19や21インチだとリーディングアクスルなのですが、タイヤの外径が小さいということはヘッドパイプ中心の延長線とタイヤ接地面が近づき、トレールが減少してしまうのでアクスルを後ろへ移行してトレール値をキープしたわけです。

トレール値は車両の直進性を強める作用が働くためトレールが減少するとハンドルが振られやすくなったり不都合が生じたと思います。こうやって安全で乗りやすいオートバイ作りをメーカーが行っていることを車両の仕様から垣間見ることができるのでした。

震災の前日から製作に取り掛かっていたタンク作りですが、3日ほど動揺して通常の業務ができませんでした。とりあえず、やりかけた仕事を完了させるべく再開しましたが、計画停電で一日のうち3時間くらいは業務中断になってしまい、非常に効率悪いです。

被災地の電力不足、燃料供給不足を考え、工場の空調や石油ストーブを止めてやっております。幸い寒冷地ではないので、寒いですが我慢しながら仕事しています。これも支援の一つと考えております。

義援金や救援物資だけが災害支援ではありません。最も強力な支援は国の力だと思うのです。自衛隊や消防庁に指令を出したり、車両を動かしたり、職員の人件費を払ったり、全て税金でまかなうのですから被災していない地域の人ができる最も重要なことは、今やっている事業をしっかりと遂行して税金を払うということであると思っています。

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アルミ板金でこしらえたガソリンタンク。

オーナーさんはジムカーナでNSR250に乗っていますが、ノーマルタンクの張り出しが大きいことと、エアクリーナー吸気口を塞いだデザインを改善するという目的でタンク製作に踏み切りました。

フィラーキャップはノーマルを使用していますので鍵を使って開閉します。

 

 

 

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タンク底板の形状です。エアクリーナーボックスを逃がすデザインです。

中央付近に二つ穴が設けていますが、フィラーキャップの構造上、エアベントと水抜きのパイプがタンク内部を貫通しています。

 

 

 

 

 

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車体に装着した様子です。

フューエルコックは左下に設置してあります。

レーサー用の部品で、リザーブ無しです。

タンク容量は13L、大体これでご要望にお答えできると思います。

停電や燃料の調達が悪く通常より効率悪いですが、まだまだバックオーダー抱えておりますので、なるべく早く仕事を進めていくだけです。

東京電力管内の地域を5グループに分けて時間帯を区切って停電を行う、輪番停電を初めて実施することになりましたが、電力の供給が需要を上回ったため、本日の停電は行われませんでした。

報道によりますと、鉄道の運転を控えたことと、全体の節電の効果によって電力需要を抑えたということですが、主要な鉄道が動いてなければ多くの通勤に支障がでることになり、長期的には無理があるでしょう。

14日の電力需要の低さは大企業の操業が止まっていたおかげに、他なりません。何故、操業中止かといいますと発電所事故の影響で節電の措置をとっているだけでなく

トヨタ、ホンダ、スズキ、いすず、など自動車メーカーは東北地方に部品メーカーを持っており、地震の被害により工場にダメージを受けているか、電力が復活していなければ生産も不可能ということで

東北のメーカーが再開できなければ完成車の生産も不可能ということでしょう。そのおかげで、電力需要も抑えられているわけですが、肝心の大企業の経済的体力を奪うことになり、長期化すると日本の経済や雇用の問題は深刻な状態に陥っていくことが予想されます。

一日も早く東北のメーカーの生産再開を願うばかりです。

今月のオートバイのイベントも次々に中止の発表を各主催者から発表がありました。

身近なレースでは13日の関東選手権MX、20日のクラブマンMX、ダートACATSのビンテージMXですが、ガソリンや食料の供給も滞っている現状ですから、オートバイのレースなど無理に開催する意義は全くありませんので、正しい措置だと思われます。

日本がしっかりと復興を果たして、被災された人たちの不自由がなくなって生活の基盤が整ってからでもイベントの開催は遅くないと考えます。

それからご注文いただいている、東北方面のお客さんの商品は道路事情が復旧するまで宅配が不可能ということで、運送が通常とおり再開するまで保留とさせていただきますのでご了承ください。

東京電力の太平洋側の原子力、火力発電所が運転停止のため、供給できる電力が通常の4分の1不足しているという発表を受けました。これは東日本の問題で、糸魚川ー富士川を境界として西が60Hz、東が50Hzのため西側からの電力融通はできないということで、不足分を計画停電により補うという措置となりました。

被災して苦しんでいる人たちから比べると大したことではありません。しかし、通常とおりの業務というわけにはいきません。14日は私たちの鶴ヶ島地区は16:50?20:30が停電の発表がありました。

普段ですと全開で業務中の時間帯ですが、照明や溶接に必要な電気が来なくてはお手上げです。

午後4時過ぎで工場は閉店です。遅れているバックオーダーはさらに遅れていくでしょうが、商品の受注も減っていくことになると予想しておりますので5月以降は事業の計画も見直しする必要も出てくるでしょう。

ガソリンの供給が滞っているのでしょう。ウチの前の道路はガソリンスタンドに並ぶ車の行列が200mくらい連なっていました。今日も朝から給油待ちの行列です。

食料品もインスタント品や食パンなどがスーパーの棚から消えていました。身近なところで混乱が起きているようです。

生きているうちにいつかは経験するだろうと思っていた、大震災。その時が昨日の午後3時過ぎに突然やってきました。

最初はいつもの地震だと思って、ボール盤に向かって穴あけをやっておりましたが、10秒以上余震が続いて段々揺れが大きくなり事態を理解しました。

工場の柱も屋根も轟音をたてて振動し、治具棚やオートバイが倒れそうな勢いで揺れました。

もうちょっと揺れが激しくなると、建物が倒壊すると直感したので、外へ飛び出すと電柱がしなりながら電線が縄跳びの縄のように回っていて、地面も激しく振動して立っているのがやっとの状況でした。

大きな揺れは3分ほど続いて収まりました。幸い建物のダメージや電気、ガス、水道も無事で、一見生活に支障ないように思えました。

ところがすぐにTVをつけてニュースを見ていると、関東地方は震度5強でしたが東北では最大9.0という観測至上最大の震度ということでしたが、まもなく津波が気仙沼や小名浜の漁港を飲み込み、仙台空港も水没していく災害の状況が報じられ、その中には迫りくる瓦礫の濁流に走行するクルマが巻き込まれていく様子も・・・

首都圏は電車も全線ストップ、高速道路も閉鎖。都内に残されて帰れなくなった友人を向かえに行こうと車を走らせましたが、一般道は高速を下ろされた車で渋滞して全く動きません。諦めて帰りました。

土曜練習に行こうと思っていたMX408は地割れ多数で土日閉鎖。

近くのオフビレは日曜の関東戦が延期になったということで状況を確認しに行きましたが、なにごともないように大勢のライダーが練習走行しておりましたが、被災したことは完全に他人事と思っているのかもしれません。

各地で停電、断水が起こっているらしく、被災して住居を失った方はもちろんですが、最近の住宅は電化が普及しているおかげで、照明、暖房はおろか給湯も不可能だという状況で大変な不自由を強いられていることと思います。

一見被災を免れたような私たちの地域でも銀行ATMは使えず、ガソリンスタンドはタンクローリーの搬送がストップして次々に閉鎖されている状況です。災害は始まったばかりでこの状況です。これからは復興に向かって全ての国民が助け合わなくてはならないでしょう。

そして最悪の事態、福島第1原発の爆発事故が発生しました。原子炉の冷却水ストップが原因で原子炉が溶け出して放射能が漏れ出しています。政府は最悪の事態なのに情報を隠匿しようとしているのでしょうか。原子炉がメルトダウンしてしまえば、これを防ぐ手段が無いといわれています。放射能で汚染された地域は、それが減衰するまで何百年も掛かるでしょう。一刻も早く原発付近の住民は県外へ避難していただくしか被爆を免れる方法はないでしょう。

これで当分の間はオートバイ乗りに出かける気力は失せてしまいました。明日から復興に向かって全力を尽くすしかありません。そして、今回は東日本大地震なのであって、35年以内に発生する確率90%といわれる東海地震ではないことを忘れてはなりません。

MFJ競技規則によりますと、2011年式以降の4ストローク車の音量測定は2mMAX方式とすることに決まりました。

CRF250Rの2011モデルは前年から大きく変更された吸排気系となっており、特にサイレンサーの大型化が著しく感じます。当然、パワーへの影響も考えられますので、モディファイマフラーでチューンアップしたいところです。

先ずは09モデルで実績のあったマフラーで試してみるべく、11モデルに装着して計測することにしました。

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上がノーマルで重量3kgあります。

下がモディファイマフラーで

サイレンサーは04モデルがベースでパイプエンドを作り変えてあります。重量は2.2kgに仕上がりました。

その下はノーマルのエキパイに力コブを追加したものです。

09のサイレンサーは取り付かないのでジョイントパイプとステーを加工して取り付けました。11モデルは排気管長が非常に長いことが分ります。

CIMG0279.JPGIB島崎選手の車両ですが、来週の関東選手権に向けて製作中です。

09では92dBだったサイレンサーなので

エキパイ長も伸びていて、近接騒音はさらに静かになっているはずですが、2mMAX方式でノーマルと比較してみたいと思います。

 

今日は雨なので測定は明日にします。

 

 

 

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計測はスタンドに騒音計を固定して行います。

後輪の中心から斜め45°後方2mの位置で高さ1.35mに保持します。

エンジン暖気後、アイドリングからレブリミットまで回転を上げて測ります。

騒音計はMAXモードにしておくと読み取り数値が保存されて表示します。

数値の再現性を確認するため2個の計測器で別々に測定しました。

 

モディファイマフラーの結果は測定器Aが112.4dB/A 測定器Bが112.6dB/Aということで大体同じ数値でした。

ノーマルマフラーも比較のため測定しましたが、測定器Aが110.3dB/A 測定器Bが109.8dB/Aということで測定器は同等と言えるでしょう。

競技規則は115dB/Aなのでモディファイマフラーで余裕の合格ということになります。これでレース使用可能であることが分りました。サイレンサーの仕様がパワー的に有利にしてありますので、これにあわせてFIのセッティングを施せばさらに走るようになるはずです。

もう一つモディファイマフラーの利点があるのですが、それはコスト面です。ノーマルサイレンサーが9万円近くしているので、これが消耗品だとすると非常に高コストといえます。モディファイ品はノーマルの半額くらいで製作可能なので、アクシデントで潰してしまうことを考えると、ノーマルを買い換えるより大幅にコストダウンできるということです。無傷のノーマル品は車両を売却するときに付けて出せば査定額も上がるでしょう。

なにより人のマシンより差をつけて走ることがモータースポーツの面白身と言えるでしょう。

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この様なイメージで、という依頼ですが

写真だけなので寸法がわかりません。

イギリス在住のコレクターさん所有のRC500M。グラハム・ノイスが世界GP500ccクラスのタイトルを獲得したチャンピオンマシン。世界に1台しかない歴史的価値のあるこの車両を、僅か1000万円で売りに出されているそうです。是非、あなたのモーターサイクルミュージアムに加えてみませんか?

三つ又の詳細はφ39のフロントフォークとノーマルステムシャフトの穴開けだけノーマルに倣い、その他は全部勝手にビンテージ風に加工しました。

 

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430は77年ー79年CR250ですが、福本敏夫さんの#3車RC250Mを参考にワークス風トップブリッジ、ボトムブリッジのセットを二組加工しました。

フライスでハンドワークなので丸2週間、時間にして140時間。立ちっぱなしで機械のハンドルを回し続けて削りました。

その間、他のバックオーダーの製作は全く進んでいない上に、毎日注文が入り続けます。そろそろ一月のご注文の品物に取り掛かからないと大変なことになります。

そのあと、2月3月分と進めてまいりますので、これから製作依頼されるお客さまは5月以降の着手になりますのでご了承ください。

大学入試の試験問題が試験中にヤフー知恵袋に投稿された事件を聞いて、思い出したことがある。

最近だからこそ、発達してしまったIT技術で、このような不正行為に走ったわけだが

以前は替え玉が本人に成りすまして試験をうける、などということも行われていたようだ。

大学に替え玉頼んで合格したところで、授業について行けず苦労するのが目に見えているのだが

思い出したのはモトクロスの替え玉のことだ。

私らがノービス時代、80年代前半は関東選手権の予選が10組だったので、エントリー台数の7割の選手は予選落ちして帰るだけになってしまう。上位3名しか予選通過できないし、3位でギリギリ通過しても決勝でポイント獲得することは、もっと厳しいわけだ。

そんな時代だから一生昇格できない、「万年ノービス」なんて言葉も流行った。関東戦の予選も無くなってしまった現代では考えられないことが起こっていた。

ジュニア(現在の国内A)に昇格するためだったら何でもする。自力でポイント獲れないのなら替え玉に頼んででも上がりたい。このようなことを本気で考える者が存在したらしいのだ。

ライセンスの写真とスタートラインに並ぶ選手の顔を照合することは無いので、バレないで成功したらしいのだ。これも大学受験と同様、自分の実力で昇格しなかったら、上のクラスで通用しないだけなので、無意味なことなのだが、当時はモトクロス人口も今の10倍くらいあったので、昇格したという肩書きに価値を見出す者も現れたのだろう。

モトクロスに於ける不正行為が社会に与える影響などは無いと考えられるが、大学入試となるとそうではないだろう。

中国ではお金を払ってカンニングを認めさせることもあるというし、そもそも有力者の子供が裏口入学できることもあり得る。お金を払うということは、考え方によっては正当な取引といえるかも知れないし、

裏口入学した学生の成績の悪さは問題ではなく、お金を大学のために有効に使われるのであれば、必ずしも悪いことではないだろう。

しかし、今回の事件はお金も払わず不正により合格せしめようとする行為だ。しかも実力で合格できないレベルの学生が万が一、重要な役割の職業に就いてしまったとき。例えば、人命に関る、医療や建築関係にこの種類の人間が携わることを考えたときに戦慄を覚えずにはいられない。

昇格屋という言葉は聞いたことがあるだけで、実際に報酬をもらって他人に成りすましてレースに出ていたかは定かではないが秘密を守る必要があるので、大抵は身近な知り合いが同情して引き受けていたのでしょう。

16歳以上でないとライセンスが発行されなかったので、早くレースに出たい少年ライダーが、年齢査証してライセンスを取得したり、他人のライセンスでレースに出たりすることは、結構あったらしい。

低迷しているモトクロス(だけではないが)の現状では、当時のような不正行為が懐かしく思えたりする。

お金の力で裏口入学が正当な取引などと言うと、間違った考えだと批判されるかもしれないが

真面目に働くだけが正義だと思っている人は現実をよく観察したほうがいい。大企業の取引を例に取ると賄賂ということがあるが、特定の権限を持った人物が賄賂を貰うかわりに、送った企業に対して有利に計らう行為である。

大量生産の分野では親会社から発注をいただくことが大きな利益となる部品メーカーがあったとすると

同じ仕様の部品を製造できるメーカーが複数あった場合、親会社に在籍する特定の人物がいただいた賄賂の金額の大きさで発注先を決めることがあるようだ。ときには会社の給与より、メーカーからいただく「袖の下」の方が美味しいと思っている社員も存在すると聞いた。

正に大企業の取引でさえ賄賂が不可欠、会社員だって人間である。自分のことが一番可愛いと思っても当然のことだろう。ようするに、権力のある人がそうやって世の中を動かしているのである。

親戚や恩人に送るお中元やお歳暮は感謝の気持ちということであるが、メーカーから親会社の発注担当者に送る、お中元お歳暮は賄賂そのものということになる。

大学受験のカンニング禁止の意味は試験の公平性を守ることにあるようだが、果たしてそれだけで公平なのだろうか。ある統計によると学力の高さは学生の親の収入に応じて高い傾向にあるという。

自由競争の世界なので高い教育費をかけられる家庭の方が優秀な子供が育つ、その反面、生活に困窮する家庭では中学や高校時代からアルバイトをしなければ食べていけない場合もある。

勉強する時間より生活していくための時間で精一杯の人もいるのだ。(昔は学校から帰れば親の手伝いをすることが当たり前のことだった)

どこの家庭に生まれ育ったかが子供の将来を左右してしまう不公平さの流れの途中に大学受験もあると思うのだ。そして、その後には就職や出世などと関係してくる。

モトクロスの世界もこれに似ていて、親の収入によって乗れるマシンの性能や練習内容が違ってくるので、選手の素質や努力だけではレース結果は決まらないという不公平な世界だ。

なぜか競技規則の理念だけが公正な条件に於ける純粋なスポーツのように謳われているが、現実はお金を持っているチームが圧倒的に有利ということになる。

携帯を使ってカンニングに成功した学生を、ただ処罰しては勿体無いと思うのだ。(失敗した学生は処罰だけでいい)

少なくとも情報を極秘に盗み取り、通信する才能と意欲に長けているわけだから

日本が諸外国に対して弱いとされているスパイの分野に抜擢して国家的に育成して、役立ってもらえばよいのではないだろうか。

 

91年頃、会社員として最後の仕事。当時ホンダがエンジン供給して英国ローバー社で自動車を生産していましたが、次のプロジェクトは英国で完成車工場を立ち上げることでした。エンジン工場はすでに稼動していましたが、車体工場は全くの更地の状態。部品メーカーの選定や打ち合わせ、職場に導入する設備の調達などの目的で英国に長期滞在していたころの話です。

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勤務先のホンダオブUKは土日休日のため

休日は社用車を借りて観光です。

これはバッキンガム宮殿前、エリザベス女王の住居ですね。

イギリスは道路が発達していてロンドンを中心としたリングロードと放射状に伸びたモーターウェイは日本が明治時代に首都圏の道路の構造を参考にしたというほど昔から完成されたものでした。

移動の殆どは社用車で行うのですが、ロードマップを見ながら好きなところへ行きます。

大抵の日本人はゴルフ三昧で、サマータイムの時期は、夜10時ころ日没なので平日でも夕方からコースへ出てラウンドできるくらい昼間が長いのです。冬は逆ですけど

朝は3時から明るいですし、一日が非常に長く感じられます。

 

 

 

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英国は街ごとにレース場がある感じです。

国土が適当なアップダウンがあって樹木が少ないのでMXコースが自然の地形のままできるのです。一日に何回も小雨と晴れが繰り返す天気なので、コースコンディションが常に良好なのです。

それからオートバイメーカーの多さでは日本の比ではありません。さすが産業革命の国、日本メーカーは英国車の真似をすることからオートバイ製造が始まったのでしょう。

そして、ライダーの体格。250ccのマシンがまるでミニバイクのように見えます。この男たちとぶつかり合うことが日本人にとってどれだけ不利なことか、この男たちの体格を見れば想像がつくでしょう。

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ブリティッシュチャンピオンシップのスタートです。美しい緑のコース、どこでもこんな感じでパドックも観客席も緑の草で覆われています。

人口的なセクションを作らずとも、ダイナミックなコースができています。

英国ではライダーのことをジョッキー(騎手)と呼びます。オートバイが馬の代わりであることを示す文化の象徴でしょう。

このレースのスピードを観て、当時全日本チャンピオンだった宮内選手が彼らと走ったとして、はたして通用するだろうか?と思いを馳せましたが、その答えは翌年、鈴鹿サーキットで開催された世界選手権で答えを知ることができました。

 

 

CIMG0264.JPGプライベーターのマシンと思われますがメーカーのロゴを大きくアピールしたグラフィックはヨーロッパからの発案でした。

日本ではこのようなオリジナルのデカールなどはワークスマシンだけのことで

市販車に貼るデカールなどは全く見られませんでしたが、英国では既にオリジナルデカールが多数販売されていました。

 

 

 

 

CIMG0266.JPGレース場の売店で現地のオリジナルデカールを購入して自分のマシンに貼っていました。

日本ではこれが最初だったでしょう。

テクノセルというノンスリップ加工のシートレザーも現地で仕入れてきました。

マシンは91年型CR125Rですが、長期出張で練習不足。この年は殆どレースにでられませんでした。

それが会社を辞めることになった一因かもしれません。

 

レースの開催日や場所は現地のオートバイ雑誌を購入して調べて行っていましたが、その雑誌の記事のレベルが日本のものとは隔絶したものを感じました。例えば素人向けのメンテナンス講座などではなく、本職のオートバイ屋が参考にできるような解説とか。

ステアリングヘッドのベアリングの圧入が緩んでしまった場合のバックアップの方法とか、燃焼室のスキッシュの変更とその効果や排気ポートにサブチャンバーを追加して容積を変更する手法とか、実戦で培われたメンテナンスやチューンアップの方法が惜しげもなく紹介されていて、大変面白かったことを覚えています。さすがモータースポーツ先進国です。

CIMG0265.JPGこれは世界選手権125ccクラスのステファン・エバーツの走りです。

当時16歳でしたが、こんな速い125ccの走りは他に見たことがありません。

確かこの年、初チャンピオンを獲得しています。

他にも日本では見られない500ccのGPも観ましたがCR500の市販車でチャンピオンだった、ベルギー人ジョージ・ジョベも観ることができました。

 

 

CIMG0267.JPGこれはF1、イギリスGPでシルバーストンに行ったときのスナップ。

コースサイドまで自由に入って芝生でくつろぎながら観れます。現地の応援団は凄まじく、自国のドライバーに対する声援はF1サウンドに引けをとりません。

観戦のしやすさは鈴鹿とは比較にならないでしょう。コースの近くに駐車場も沢山あるので、当日渋滞もなくゆっくり来れますし、チケットも当日、自販機で購入して即入れます。

このレースはウイリアムズのナイジェル・マンセルの母国GP優勝でした。

CIMG0269.JPG帰国してしばらくして、当日の朝まで極秘でVIPが狭山工場に訪問すると聞いていました。セキュリティーのためか当日、知らされたVIPの名前はチャールズ英国皇太子妃ダイアナさんでした。

間接部門から歓迎のため100人ほど選抜されて出迎えしました。

ダイアナ妃もモータースポーツ好きでクルマの生産現場を見たいということで、東京から一番近い本田の狭山工場に白羽の矢がたったのでしょう。F1のエンジンを英国のコンストラクターに供給していることも関心を持たれた要因でしょう。

無線で「ただ今関越道川越インターを通過」という連絡が聞こえ、間もなく前後を警視庁のパトカーに護衛されたロールスロイスに乗ってダイアナ妃が入場されました。パトカーはニッサンスカイラインだったことが残念ですが、警視庁もレジェンドのパトカーを用意してもらいたかったですね。クルマから降りてきたダイアナ妃はどの男性従業員より背が高く見えましたが、もともと180cmでハイヒールをお履きですから、かないませんね。

MXの修行にアメリカを選ぶ人が多いですが、アメリカは広すぎて田舎です。イギリスはモータースポーツが凝縮されていて技術的に濃い感じがします。世界でリーダーシップを取るには、世界を知らなければならないでしょう。

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絶販車のKDX125ですが、時々チャンバー、サイレンサーの製作依頼があります。

車体がなくてはレイアウトが不明のためお断りしてきましたが、今回サイレンサーのみ治具製作してラインナップとしました。

チャンバーはカーブが複雑なので、相変わらず車体持込に限り対応させていただきます。

チャンバーはノーマルのスペックではなくKX125の諸元を用いて、形状をローボーイタイプにモディファイしてあります。

 

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サイレンサー本体はアルミ製、ステンレスパンチングを差し込んで組み立てます。

重量はノーマルが2.2kgに対して0.8kgという軽量さです。

エンドキャップはリベット止めなのでグラスウール交換できます。

価格は¥12000、受注生産で納期は要確認です。

 

 

 

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取り付け状態はこんな感じで、

現在バックオーダーで2ヶ月以上かかりますが、お時間に余裕のある方はメール等でお問い合わせください。

オール読物新人賞作品、佐々木譲原作の小説を、にっかつが実写化したビデオフィルム。

この映画封切り当時、80年ころだったと思いますが、オートバイ誌で上映されていることは知っていましたが観ることはできませんでした。それもそのはず、ポルノ映画の劇場でしか上映されていなかったので学生だった私はどこでやっているかわからなかったのです。

最近になって埼玉ラングラーズ・・・もとい、チェッカーズの島田さんからお借りして観賞できました。

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主演:石田純一(新人)が岩田貞二役、洋子役が熊谷美由紀(故松田優作夫人)という大物役者を起用しています。

2輪を題材にした映画で好きなのは「汚れた英雄」と「マッドマックス」でしたが、これを観てからは後世に残したい2輪映画として一番に挙げたいと思いました。

時代背景がモトクロスを始めたころの私たちと全く同じで、しかも練習場として映像にも登場する、吉見のコースや高坂のコースが写っているばかりか、セーフティーパーク埼玉や鈴鹿サーキットのレースシーンもたっぷりと収録されています。

しかも、映画の取材も行われたチェッカーズの原口選手や石神選手がライダー役を務めていたり、岩田貞二のライバルの根元役は鈴木秀明選手という豪華な顔ぶれで、これはフィクションではなく実録といっても過言ではありません。

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基本はポルノ映画なので、貞二と洋子は本田航空の滑走路脇でラブシーンとなりますので18禁ですが、今時の中高生はもっとすごいの見てますから問題ないでしょう。

埼玉では新入社員が筆おろしに行く大宮にある劇場に、取材協力したチェッカーズ御一行が上映中の鉄騎兵を観にいったところ、サトケンが入籍前の水沢アキ似の彼女と同じ劇場にいるところを発見したというエピソードを聞きました。  

 

 

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実際に開催されていた東京ダイナミックシリーズというレースシーンの設定で本物のプロライダーのパドックも写されています。

若き日の鈴木秀明選手と唐沢栄三郎選手。

私が初めてライディングを教わったA級ライダーは唐沢さんでした。今でもその教えは忘れていません。

貞二が所属している埼玉ラングラーズですが、推測ですけど

私が会社就職して初めて買ったマシンが83CR250だったのですが、そのお店が東京のモトバムでそこのチームスポンサーがラングラーというジーンズのメーカーだったことと、モトバムの代表池沢さんがモーターレク推進本部の出身でしたから映画製作に関って埼玉ラングラーズと命名したのでしょう。ホンダはスポンサーでないようですのでモトクロス界に顔の効く人が身内だけで好きな映画を作ったということでしょう。

映画のラストシーンはヨコハマ杯鈴鹿サーキット大会で貞二が優勝できなかったらモトクロスを辞めるという設定でしたが、惜しくも最終コーナーでライバル根元にかわされて2位でした。

私は是非、現代判「鉄器兵、跳んだ」を制作してもらいたいと思いました。石田純一と熊谷美由紀が子供を作り、モトクロスでA級ライダーを目指す物語を・・・

 

時々、質問を受けますので、2ストシングルエンジンのチャンバーをワンオフ製作する場合の費用について通常の解答内容を明記しておきます。

車体持込が前提になりますので、北海道や九州のお客さんから問い合わせられましても対応できかねますので、ご了承ください。

製作の前にチャンバーのスペックを提示いただくか、こちらで過去データーから適当なものをチョイスすることになります。試作テストは別途になりますので既存のスペックによる製作のみ対応します。

新規に製作の場合、型(展開図)を作らなければなりません。型代が¥10000、1本製作でも複数でも変わりません。仮に10本製作なら型代1本当たり¥1000ということになります。

チャンバー本体と型(展開図)

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チャンバースペック(寸法)はストレート図で表されているもので、それを車体に合わせて取り回して形状を決定します。

決定したパイプを開いて、展開図となるわけです。

これを罫書きの型として使用することによって同寸のパイプが製作できます。

チャンバー本体の製作費は型が出来ていればシングル1本で¥25000です。

排気量が違っていても工数はあまりかわりませんが、複雑なカーブが多いと¥10000程度割り増しにしていただくこともあります。

ラインナップ品は複数販売できますので、若干割安の機種もあります。

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取り付けるサイレンサーが無い場合はサイレンサーの製作も必要です。

最もシンプルなタイプで¥10000です。

チャンバーとの結合はフランジをボルト締めで排気をシールするタイプです。

エンドキャップはリベット止めなので分解してグラスウールを取り換え可能です。

 

 

 

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完成すると型代¥10000と品代¥35000でワンオフ製作できます。

材質はSPCC(鉄板)とサイレンサーはアルミを使用した金額です。ステンレスで同スペックで製作の場合は2倍程度かかります。

車体の預かり期間は1週間程度です。