2014年9月アーカイブ

弊社は2輪販売店ではありませんし、エンジンチューニング屋でもありません。
エンジン整備について学校で習ったこともなければ、会社でエンジン組み立てする部署にも所属しておりませんでした。
そのため、整備方法が説明されたサービスマニュアルとは全く違った方法を用いることがあります。
マニュアルには一部の最小限度の説明が記載されていますが、細かな注意や手加減によって機械部品の組みあがり状態に差が出てくることの説明がありません。
あくまで自分の洞察力、機械の状態を目で見て判断し、手作業の感覚を頼りに作業します。

専用工具もマニュアルのように全ての工程でそろえていたら、1万円の工賃に対して10万円くらい工具代かけることになりますので、販売店のように頻繁にOH作業が無ければ利益を出すのは無理です。
そのため、良く使う専用工具は純正品を購入したり、自作工具を作って持っていますが、それ以外はハンドワークで分解します。

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たとえば、負荷の大きい高回転部分にはラジアルボールベアリングが使われていますが
圧入でケースを傷めないために、ストーブの上で温めて抜きます。
殆どがベアリングの自重で落ちますが
ガバナーのベアリングとウォーターポンプのシャフトのベアリングが落ちなかったりします。

(クランクシールが取り付いていません。再度暖めてベアリング入れ直します。
クランクシールのストッパーがケース外側にありますので先に内側からシール圧入しないとベアリング付けられない構造です。)

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これはLケースのメインシャフトを受けるベアリングですが、奥が突き当たりになっています。
引っ張って抜くしかありませんが、ニードルベアリングなのでインナーカラーがありません。
専用工具で上手く抜けるのか知りませんけど、ハンドワークで抜きたいとおもいます。

抜いたベアリングは再使用しない前提なので交換部品が確認できた時に限り外します。



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これは禁じ手です。
溶接に自信が無い人はケースにスパークなどさせて修正できなくなりますので、やめたほうがいいでしょう。

ボルトの頭をベアリングのサイズに加工して溶接します。
あとは自作のクランクシャフトインストーラーで抜くだけです。
ボルトは汎用ボルトを100個単位で購入していますので、材料代は100円未満でしょう。
専用のベアリングプーラー購入する理由が無いですね。


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抜くときはあっさりです。なんの苦労もありません。

しつこいようですが、新品の交換ベアリングを確認した場合に限ります。

圧入は再度ケースを暖め、自重で落とし込みますので、プレス機は必要ないですね。

一応組んでしまうと見えなくなる場所なので作業内容示しておきました。



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クランク組み立ては(株)井上ボーリングさんに依頼しました。
弊社は内燃機加工も外注ですが、設備、経験ともに頼んだ方が圧倒的に安価に済みます。
部品の運搬は実費で掛かりますので1往復あたり1000円いただきます。
外注費はマージン無し(ようするに利益はありません)なので
クランク組み立てだけ頼む人は、お断りしておきます。
ご自分で運搬するか、宅配便をご利用ください。

クランクウエブが錆びておりましたので研磨してあります。
新しいのは気持ちいいですね!

歳を取るということは本当に大変なことで(行き着けの露天風呂でオッサンが話しているのを聞きながらなにやら他人事のように思っていましたが)最近の親の状態を見ていて実感が沸いてきました。

今月2回めの緊急要請で実家まで850kmの距離ですから、さすがに自走は諦めて新幹線移動してきました。
父親の介護中の母親も体調を崩し、体が動けない父親だけ介護施設へ預けてあったのですが、病気の進行が急すぎるので、愛大病院に入院することにしたのですが、ベッドが空いていません。
ベッドが空いた連絡を待って入院なので、時間は待ったなしです。
仕事の途中であったとしても中止して実家へ帰らなくてはなりません。移動と入院手続きだけで3日を要しますので、また予定の仕事が遅れてしまい、お待ちのお客さんにはご迷惑をおかけします。

しかし、介護施設の決まりで、施設から直接病院へは行けないそうなのです。
必ず自宅へ戻してからでないと責任区分が契約で決まっているので、家から病院搬送になります。
一晩自宅に戻っただけで問題が起こりました。
一応介護ヘルパーを徹夜で雇って、見てもらっていたのですが、喉が詰まって苦しんでいるのです。
午前中に入院予定だったので、朝私が到着したころはヘルパー二人掛かりで四苦八苦していました。
もがいている父親をクルマに乗せて1時間も運転していくのは、不可能と判断して救急車を要請して
愛大病院まで搬送していただきました。
よく救急車をタクシー代わりに呼ぶなと言われますが、今回のケースは医療処置しながらの移動が不可欠なので、「税金でタクシー」という行為とは全く違うことです。
おかげで移動の車内で救急隊の懸命な処置を受けて平穏を取り戻していた姿を見て安心しました。
ここからはプロの仕事です。
私は事務的な手続きをしたり、介護用の備品を病院内の売店で購入して運んだりして付き添いをしておりました。
主治医からは病状が急速に進行している何らかの原因を究明するため、これから幾つかの検査を行っていくという説明。
この大学病院は完全看護を謡い、24時間常駐のナースが身の回りの世話や医療処置を行ってくれます。個室なので入院費の高額医療の対象外で費用はかかりますが、一番安全な虎の巣に入れてもらった感じで、しばらくはお任せして安泰でしょう。
なんともうらやましいことに、主治医は若い女性のドクターでナースも全員若く、ハツラツとしています。
特に日勤の担当ナースは根性が座っています。他人のおじいちゃんなのに、下の世話や口の中のケアも手際よくこなしてくれて、ここだったら父親も安心して身を委ねていられるだろうと思います。

さすが戦後の復興期から高度成長期にかけて企業の経済成長や人々の生活を支える電力供給の仕事に携わり42年間勤め上げた父親ですから、このような待遇を受けさせていただけることは当然の報酬ではないかと実感しました。

私のような弱輩者はとても及びません。緊急要請があったときだけ850kmの移動はつらいですし、仕事も止まってしまいますが、親を見捨てて仕事を優先するということではなく、介護と仕事を両立させるということが今後のテーマであるといえるでしょう。



3ヶ月前に作っただけで放置していましたCRF150Rのサイレンサー、外観と排気音のビデオ撮影しました。ショート管なので爆音を期待しましたが、意外と2mMAXで110,6dBでした。
エンジンレスポンス軽い感じでタイトコーナーから高速ストレートまでワイドレンジな仕上がりです。



多忙なため当分商品化できませんが一歩ずつ前進していきます。
6台分のチャンバー作って、キックペダルの踏み降ろし確認をしなかったために全部やり直しすることになった一本目が完成しました。

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これでよいかどうか、一本だけ送って見ていただくことにします。
残り全部やり直しすることにならないように祈ります。










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キックペダルのクリアランス確認は忘れずに。

その他に問題点はあるでしょうか。

今回の大失態で倒産確実ですが、約束は果たしてからにいたします。

預かり期限付きのYZ250のサイレンサーを作りました。
チャンバーも作る予定ですが、鉄板の在庫が無くなって取り寄せ中なので
アルミサイレンサーから先に取り掛かることにしました。
ラインナップ品ではありませんので、注文されても車体合わせなしでは作れません。
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構成部品をひとつずつ、加工していきます。

ステンレスパンチング以外はアルミ製です。











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車体に取り付けながら、サイレンサーの位置、マウントステーの寸法などを決めていきます。

図面指示はありませんので、目測で最適な位置を検討して決めています。
ようするにフリーハンドですから
2度と同じ物は出来ません。






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バフ研磨して、グラスウール詰めて組み立て完了です。
エンドキャップは通常リベット止めですが
お客さんの要望でM5ビス止めにしてあります。











明日からチャンバー製作に掛かりますので3日ほどお待ちいただきます。
実は06年アルミフレームにモデルチェンジされてからYZ250チャンバーは作っておりませんので
今回が新作になります。

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パイプは繋ぎ終えましたが
鉄フレームに比べてアルミフレームは厚みが違いますのでスペース的に狭いです。

元々コンパクトな取り回しを求めて、エンジン、フレームにギリギリの隙間で作ろうとするものですが
本当にギリギリで数ミリで交わしている部分があります。
パイプ本体は割りとスンナリ取り外しできましたが、テールパイプを溶接した途端、フレームを通過できなくなりました。
知恵の輪のようにひねりながら押し込む感じで、やっと取り付いた状態です。

マウントステーはこれから付けますがその前に、特別な追加工をする予定があります。

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これが追加工のパーツです。

エキパイより板厚分大きいパイプを作って
半分に切って使います。










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ツインウォール加工です。

250チャンバーは左右の張り出しがあり、転倒するとチャンバーが凹むだけでなく
最も外径の小さいエキパイ部分が曲がってしまいます。
この部分のパイプ強度を上げてダメージを抑えようという目的です。

これは試験研究の一環なので、お客さんの了解を得て追加料金無しでやらせていただきました。
加工時間と工数がどれくらい必要なのか確認する目的なので、通常品には行っていません。

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マウントステーも取り付け完了しました。

これで全工程終了です。

鉄フレーム時代、90年代と2001年ころにA級250で2人のライダーに装着していただきポイント獲得できたチャンバーと同スペックで作ってあります。
一桁入賞はワークスライダーなので、プライベートで15位以内入れば上々の結果だと思います。



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クネクネと複雑なカーブを描いてフレームに押し込んであります。

90年代からマスの集中化ということでタンク位置が下げられ、チャンバー位置がエンジンを囲むようにレイアウトされた、通称ローボーイが4メーカーで主流になりましたが、左右の張り出しと地面との近さから、コンパクトにレイアウトすることが命題となってしまったので、大変苦心したデザインであります。


1963年型のコンピューターは元々性能が低い上に老朽化のためか作動不良を起こす始末です。
そのため2週間に渡る製作物をスクラップにして全部やり直しする羽目に会いました。
同じ作業を繰り返す場合は最初の一作目に全ての確認を終えてOKでないかぎり、次のステップへ進めないという製造の基本を忘れてしまったため、当然の結果です。
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キックペダルの軌跡に充分なクリアランスを確保するためにチャンバーの型を全面変更しました。

最初からやっておけばいいだけのことなのに、これを忘れるとは深刻な認知症であるとしか思えません。
こういうこと繰り返すようになると廃業も已む無しとなるでしょう。





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問題ないようなので、この型を展開して製作にかかろうと思いますが
1本目完成予定は10日後になります。

実は、この仕事は先週終わっている予定だったので、預かり日程が決まっている車両が入庫していますので
そちらを先に完成させないと後の計画に響いてくることになります。

型が出来てさえいれば、日程が見えてきますので、予定を組み直して実行するのみです。



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徳島製粉の金ちゃんヌードルです。

即席麺業界では日本初のカップ麺を開発したメーカーですが名古屋以西でしか流通してないので、関東では買えません。

東日本大震災のときスーパーの棚から食料品が消えたときに臨時で入荷された即席麺に、これがあったので感激しました。
子供のころから食べ慣れた味なので、日清食品のカップヌードルより美味いのです。

四国へ帰ったときは、これを買い込んで来ようと決めていました。
因みに日清製粉と日清食品は全く無関係の会社だそうです。
ナルトナミキンツルという商標のラーメンが四国ではTVコマーシャルもやっていた定番商品でした。
埼玉じゃあ知らんわいのお。

実家へ帰るついでに納品すれば運送代の節約になると思って奈良までマスター車とチャンバー6本持っていきましたが、重大な見落としが発覚して全部やり直しという結果になりました。
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作るときに支給された写真を一生懸命見ながら行いましたが
キックペダルを踏み降ろすことは
只の一度もやった記憶がございません。

不動の車両だから必要なかったなどと言い訳をしても許される失敗ではありません。

納品してお客さんの所へ来て分かったので説明をする手間が省けました。
そのまま全部積み込んで持ち帰りです。
やり直し期間は6台分なので3週間くらいかかるでしょう。
全額前金でお振込みいただいていますが追加費用は当然全額自腹です。

従いまして注文だけされてお待ちいただいているお客さんは、さらにお待ちいただくことになります。
量産車を製造するメーカーでもリコールを出して対象機種、全品無償交換しているのを見て笑うておりましたが、今度は私のところが笑われる番になりました。


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今回の帰省の目的は父親を病院に連れていき精密検査と医師の診断を受けて、今後の対応を考えることでした。

もう実家にはクルマを運転できる人はいません。
実家から愛大病院まで1時間くらい走りますからタクシー頼むと往復運賃1万円です。

素人さんは「バスで行ったら?」と言われるかもしれませんが、健常者なら徒歩5分のバス停ですが、今の状態では移動は困難な上に頻尿で30分が限度ですから不可能なことをご理解ください。

県内最大と思いますが大きな病院です。
医師やスタッフの数も凄いですが、患者さんの多さにびっくりします。不自由な人がこんなに多いものかという思いと、健康でいられることが本当にありがたいと思いました。
先端の技術と経験豊富な先生の診断で、疑われた最悪のケースは免れたと思いますが、人間が生き物である以上、健康体のまま寿命を迎えるのも無理な話です。
昔なら寝たまま放っておかれて寂しいことになるだけだったと思いますが、現代は様々なサービスをしていただける設備やスタッフが待機しています。自分たちの努力だけで不可能な部分は、お金がかかると思いますが、惜しみなく活用して老後を過ごしていくやり方がいいと思います。

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実家に戻って容態が安定しているときは
家の周りや畑の延び放題の雑草を刈ったり、食料や医薬品の買出し、水が抜けてしまう鯉の堀を修理したり、あらゆる雑用を4日ほどこなしてきました。

勉強部屋の机から懐かしい写真も見つけることができました。

1981年、四国選手権第一戦 五明大会ですね。
MFJノービスのデビュー戦のときの写真です。

マシンは1年落ちの80年型RM125
マルシンのジェットヘルは自分で缶スプレーしたもの
シニサロのスナップで止めるタイプのチンガードは流行りでした。
5スナップの角バイザーは光安鉄美やマーク・バルケニアスが付けていたのに憧れて真似ています。
クシタニのナイロンパンツは国産初、プロショップタカイのブレストガードに革のグローブはクシタニのヒーローという出で立ちです。
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ノービス125予選のスタート直後
五明の第1コーナーは登り180°ターンでした。知ってる人は知ってますよね。

ご覧のとおり、人生初レースでしたが4番目スタートで出出しはまあまあでしたが
積雪の路面は滑りが半端なく、コケまくりで予選落ちでした。

先輩の秦英二さんは前年ノービスからビリでジュニア昇格して最初のレースでしたがいきなりジュニア両クラス優勝でしたので、しびれた内容の大会でした。

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そんな昔話を、親が寝たころに当時世話になっていたバイクショップの中川さんところへお邪魔して聞かせていただきました。
奥さんから魚のご馳走などいただきながら
3時間も話込んでしまって楽しかったです。

中川さんは15歳ころからBS90でモトクロス始められたそうでロータリーディスクバルブやクランク直結のフラマグ点火システムなど他メーカーを凌駕したメカニズムの話など他にもオートバイ店ならではの内容は、今でも興味深く堪能させていただきました。
現在65歳でも閉店後はスポーツジムでトレーニングしている中川社長の希望は死ぬまでオートバイに乗っていたいということで
「オートバイに乗れないで生きていてもしょうがないやろ」と言われました。
まったく同感であります。
基礎のできていない私に勧めてくれたRM80です。125よりエンジンが元気で小兵の私にも扱いやすく大変よい練習になりました。            押忍