2014年11月アーカイブ

遅延に遅延を重ねて仕事が進みませんが、こういうときこそ試験研究が欠かせません。
メタルガスケットの試作も仕上げの段階になりました。
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上は素材となるステンレスばね鋼をレーザーで切り抜いたもの

下は金型上下セットです。
NC旋盤なら数値を入力するだけで正確な金型ができるはずですが
ここでは手動の旋盤で加工するので
ノギス計測が要となります。
計測が狂うと加工寸法に誤差が生じて
製品が作れなくなります。

老眼の目にはノギスの先端もはっきり判定できないので虫眼鏡や懐中電灯を駆使しながら計測して加工を行いました。

ガスケット専門メーカーなら基本的な製法だと思いますが、自分にとっては未知の分野。製法を教えてくれる先生もおりませんので、自分で考えてやることが試験研究です。どこかで作ってくれるからお金を払って頼もうとしたら、経験というものは得られないでしょう。
この無駄に過ごした時間こそが財産だと思うのです。
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プレス機も無いので先輩の工場にジュース差し入れて貸してもらいました。
15トンの油圧プレスですが
ハンドプレスなので加重の調節が容易いのです。
実はプレスして分かったことですが、バネ鋼のプレス成型にはスプリングバックが生じますので金型の寸法どおりには絞れなくて
加重に応じて絞り深さが変化するものでした。
製品の絞られ具合を何度も確認しながら狙いの寸法になるプレス条件を探し出します。

このガスケットの場合は板厚0.3mmで
加重7トンで数回に分けてプレスすることが条件でした。
成型はできましたが、エンジンに組み付けて圧縮漏れや水漏れの確認はこちらでできませんので
当該機種、88無限MEシリンダーキットを所有するホーリーエクイップさんに試運転を託したいと思います。

インターネット通販、ヤフオク、便利ですよね。自宅に居ながら注文できて商品が届く。
出店者は無店舗でもできる。決済もクレジットカードで集金する手間も無い。
一見メリットが多そうなネット販売に闇の部分があることは、周知の事実です。
弊社商品を代引きで発送すると、注文者の都合で受け取り拒否されたことがありました。
その場合は製作代金がもらえないだけでなく往復の運賃もこちら持ちで支払う結果となり、
損害になってしまうのです。これを回避するために代金振込み確認後に発送するようにしているのですが、「先に入金するのは怖い」と申されるお客さんがおられます。
過去に代金振り込んだら商品が届かなかったという経験があるそうです。
よく報道されている詐欺商法も横行しているかもしれませんが、その場合は出店者の氏名、住所、電話番号などが不明または虚偽でないと成功しません。
弊社のように本名、住所、固定電話番号を公開して詐欺商法は成り立たないはずです。
このスタイルで19年商売続けて来られましたので一定の信用は得られていると思っております。

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初めてのお客さんが電話でマフラーの修理を依頼してこられました。
内容はカーボンパイプを外してアルミパイプを巻いて取り換えると同時にグラスウールも詰め替えてほしい、というもの。

荷物を開けてみたら2本のサイレンサーのうち1本が、このように削れているのが確認できました。
「この蓋の部分を再生しないと組み立て不可能だが、アルミパイプ巻くよりこっちの方が手間が掛かる」
と連絡したら、費用が可算でもやってほしいということと、納期は急いでいないということで社外品ではありますが、修理承諾しました。

依頼者はヤフオクで落札して入手したそうですが、商品の画像にはこの傷の部分が写っていなかったということで騙された格好になっています。
その他の状態に問題がなければ入札金額が上がるでしょうけど、これは修理しないかぎりスクラップ、ゴミになるだけです。
片側はそのまま使用できるのでシングル用として考えれば役に立つでしょう。
この損傷を告知しないで出品することに悪意があります。
修理して使用可能な状態にしてから出品するという、あたりまえの善意を持った人だけが
商売をする資格があると思います。



今日は研磨屋へ行ってきました。クロームめっきを頼んでいた品物の引取りのためです。
2ヶ月も前に全額いただいておりましたのに、今頃完成の理由は、
金型作りと一部外注による加工が必要だったこと、実家で不幸があり長時間業務中断していたことなどです。
業務に遅れが生じる他の要因としては、インターネットを利用した通信販売によるものですが
お客さんの素性が分からないまま注文に応じることにリスクがあることです。

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クロームめっきを付ける前は必ず研磨工程があります。
研磨の仕上げ状態が製品の表面に反映されます。
これは普通の仕上げですが、指定すれば研磨代が若干上がりますが、完全な鏡面まで艶を出すことも可能です。

それから形状が複雑な物も研磨代が上がります。バフが入り難くなるからです。
ストレート形状とカーブのある物ですとめっき代に3倍くらいの差があるようです。

アベノミクスは昇給と円安の度合いで業種によって景気感がまちまちのようですが
政府が言うような上昇傾向は全く感じられないですね。金属関係の材料費は確実に値上がりしているので、同じ仕事量だと利益が減る傾向にあることは間違いないです。
その上、知らない人から注文を受けて品物を作ったとしても、完成の連絡を入れても対応してもらえないということもあります。全く無駄なことをして日程に遅れが出ているわけですから、これからは対面でない仕事の依頼や取引実績のない人の注文は条件がそろわなければ受けないようにします。
新規のお客さんもあると思いますが、問い合わせや質問をされるのは自由です。
実際に製作業務に着手するには、対面で内容を説明いただくか、遠方で来られない場合は着手金のご入金を確認してから作業に掛からせていただきます。
工賃が1万円未満の修理品などは受け取り拒否の可能性が少ないため代金引換で発送させていただきます。
以上が材料費高騰と通信販売のリスク回避として策定させていただきます。

A級ライダー製造所、モトクロス版虎の穴、マウンテンライダーズ主催のトランズジャパンモトクロスはトランズAMAというスーパークロスシリーズ戦に準えた名称です。
コース作りもライダースパーク生駒に主催者自ら行うという、今のモトクロス界とは比較にならない情熱を感じられる大会でした。
私は関東選デビューの年で、このレースは観てなかったので、有難く共有させていただきました。
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私をモトクロスの世界に引きずり込むきっかけを作った人

78年125cc世界チャンピオン渡辺明
この年全日本250ccにフル参戦しており
彼の現役時代の走っている映像は貴重です。

このときすでに30歳だそうなので24歳のヤングチャンピオンだったのですね。






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28xは125ccに乗る怪物、東福寺保雄

動画中に収録されたチビッコライダー芹沢太麻樹にライディングのコーチをしていた時期。

初めて行った笹目橋のコースで芹沢兄弟の練習を見たとき、お父さんが竹刀を持ってコーチしているのを発見して関東モトクロスのレベルの高い理由を知りました。




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初めて練習で教えてもらったA級ライダーは唐沢さんです。

当時、南大塚に住んでおられて
川島町の山田うどんで待ち合わせて桶川へ練習に行きました。
あのとき教えていただいたアクセルワークを今でも忘れずに走っております。







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アメリカ帰りの光安鉄美
黄色いウエアの光安さんも貴重ですね。

狭山品管の田中主任(当時)がアメリカ出張でスーパークロスを観戦したとき、光安が走っていて、「アメリカンが飛んでいるキャメルジャンプを光安は飛んでなかった」とか朝礼で報告されていたのを思いだしました。

光安さんはスーパークロス好きじゃなかったみたいです。




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トップライダーの殆どが転倒しています。

4xは後に川島町でモトクロスショップを営むあの人の走っている貴重な映像です。
千里スポーツクラブ所属

このあと杉尾選手に轢かれそうになります。







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これは2回転倒しても6位入賞した6x
伊田井佐夫さん

後ろは27 馬場善人、A級1年生でしたがアメリカン仕込みのジャンプは日本人最高でした。

チームメイトの武田久男と狭山へ来てCRの耐久ライダーやっておられましたが
お二人共すでに故人であります。



それでは本編の動画をお楽しみください。


ヒートレースで東福寺選手も前転を喫します。
追いついてきたB級チャンピオン中深迫をコカシながら抜いていくシーンが4:12あたりで見られます。
非常に闘争心のある走りですが、翌年渡米してジム・ホーリーに習った土佐重量の岡崎選手が「練習で競り合ったとき、伊田さんならコノヤローってなるんですけど東福寺さんは怖い」と言っていたのを思い出しました。
やはり、ヤルかヤラれるかの攻防がなければレースとは言えないと思います。
いつでもこんなバトルが観られるならお客さんももっと増えるんじゃないでしょうか。

このように日本のモトクロスも連続ジャンプが飛べなければレースにならないような状況に対応するため、リヤサスのリンク戦争が勃発したのがこの時期です。
これまでのサスはギャップの追従性を重視し、ショックを吸収するリンクレシオ(レバー比)を開発してきましたが、CRにおいては85年から方向性をガラリと一変したプロリンクが開発されたのです。
それはコブを利用してより反発して飛び上がるようにリンクが設計されていました。
その考え方は87年まで継続されますが、88年にデルタリンクに変更されて新しいサスペンションの時代に移行していったのであります。



























今年を締めくくるには、早くないかと思われるかもしれませんが、当店では父親の入院から葬儀までの間に埼玉ー愛媛間4往復した結果、1ヶ月近くに及ぶ業務の中断がありました。
そのため11月中に終わる予定の仕事は12月末までずれ込むという事態に陥っておりますから、
年内の予定は全て埋まっていることになります。
新しい製品の企画もたくさん考えておりますが、全く着手する見込みがない現状です。
従いまして2014を振り返って強く印象に残ったことを記しておきます。

モトクロスの方は例年よりは大目でMCやVETなどベテラン系のクラスで4大会エントリーし、全ての大会において何らかの表彰台に上がれましたので上々の出来だと思いますが
雨のビンテージレースでの惨敗は経験不足を痛感しましたし、エントリーしたレースに体調不良で行かなかったこともありました。
この体調不良とは、この10年近く闘ってきた症状ですが、腰痛と肩こり、それに起因した頭痛に吐き気です。
毎月3日間くらいの頻度で襲われるので仕事も予定通りにできないこともしばしばです。
いろいろな本を読んでみたら共通して書かれていることがありまして、私の症状に当てはまるので参考にしています。
それは腰痛は背中の筋肉の緊張によるもの、筋繊維が固いまま急激な荷重をかけると損傷してぎっくり腰になる。背中の筋肉は血管や神経が脳と繋がっているため、筋肉の緊張状態が続くと痛み物質が脳へ伝わり頭痛を引き起こす、ということです。
これが始まると気持ち悪くて立っていられなくなりますし、気持ち悪くて水を飲んでも吐いてしまうので、何もできません。
この症状をなんとか解消しようと、上記のような痛みのメカニズムから自分流の腰痛緩和体操を考案し実践しておりますので、今年の5月ころから腰痛や頭痛に見舞われる頻度が格段に減りました。
というか、体操を怠ったときだけ不調になることがわかったので、長年の苦しみから解放されたことが
大きな成果だと感じております。

それから父親の逝去(享年84歳)、母親は私が8歳のとき38歳で亡くなっていますので、血縁の親が居なくなってしまったことが大きな出来事です。
闘病中も立ち会っていましたから、人間はこういう形で衰えていくものだということを実感した出来事でした。こうやって日本の人口は減少していくのだということも。
前回は子供でしたから、今回初めて葬儀の段取りを経験しました。
多少の知識はありましたが、お金にまつわることは考えさせられます。
非常に大きなお金が使われていると思いました。実家は平均的サラリーマン家庭と思いますが、これだけの出費は貧困な家庭では不可能だと思いました。
だから最近の葬儀は家族というか、近親者のみ火葬場に集まって行われるのが主流になっているのがよく分かります。
全ての手続きは医師の死亡診断書から始まり、死亡届け、埋葬許可書という形で進んでいきます。
お墓も母親のがすでに作ってありましたから、そこへ納骨するだけです。
位牌というものも意外に高額で黒檀製で9万円程度。お寺の住職に決めていただく戒名料30万円とかお札が飛んでいきます。斎場とお寺さん合わせて普通乗用車一台ぶんくらい一度に出ていきますから
これからという方は積み立てをしておくべきですぞ。
家の宗教が真言宗ということですが、何のことやら一切教わっておりませんので、供養の方法もさっぱりわかりません。
大体、キリスト教のように洗礼を受けるわけでもなく、家の宗派がこれだと告げられても受け入れるにはかなり抵抗があるものです。
私は信仰心もありませんし、亡き人を供養しないと仏になれないとか、あの世で行き先に迷うとか説明されましても、科学技術の分野で生きている者としては信じがたい話であるということが正直な心情です。
死後の世界について研究している学者さんの話も聞いたことがありますが、臨死体験を語る人は蘇生した人の話で、本当に死んで見て来た人はいないということなのですね。
専門の研究者がそう申されているのにお寺さんが、死後はこうであるとか、それを導くためには費用が必要で金額に応じて仏さんの将来まで影響するなどということがあるでしょうか。
しかも、親戚中が集まっているその中で自分だけ従えませんなどと言えるはずがない雰囲気で困惑しておりまして、そのためにここで正直な気持ちを吐露している次第であります。

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愛ネコのニーコが水曜日の夜2時ころ死去しました。

オフビレで貰ってきた子猫で13歳のメスでしたが、ついに力尽きて、最後は近くへ寄ってきたので腹をさすりながら呼吸が止まるまで起きていてやりました。

私によく懐いていてかわいい猫だったので悲しくてしかたがありません。
翌日は堪らず泣きながら仕事していました。

猫は10匹以上見取ってきましたが、みんな亡くなる当日まで可愛らしくしていてくれて
最後のときだけ苦しそうな顔をするだけなのです。
我慢強くて凛とした態度は見習うべきことだと思っています。

一晩お通夜してから家のまえの日当たりのよい畑の土の中にねんごろに埋葬してやりました。


合掌


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代わりにこのようなデブ猫がいますので寂しくはありません。

3年前に工場の前で「死ぬ死ぬ」と騒いでいたネズミのように痩せたのら猫を保護して飼っているのですが
名前をシロといいます。

お客がきたら隠れてしまうので誰も見ることはできませんので写真だけお見せしときます。

悩みはこいつが太りすぎで病気にならないか心配なことだけです。

今年やった仕事のことなどすっかり頭から抜けてしまいました。一体何をやってきたのか覚えていないくらいショックが大きい最近の出来事です。
なんとか今年中に気持ちをリセットして来年は心機一転ニューモデル作りに励みたい所存でおります。

    



当ブログでは、製作物に限らず近況を報告することにしております。
注文した商品が何時出来てくるか心配しておられるお客さんもあるでしょう。
どういう状況で業務が遅れているか、状況を知っていただくことで相互理解を深めるという目的もあります。
今週はCRM250チャンバーばかり3台もつくる予定です。長いこと仕事が止まっていましたので土日も休み無しです。
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このチャンバーは度々掲載してきましたが
最終型生産中止から17年経ってもチャンバーの注文がなくならないものですから、このとおり生産しております。

初期型のCRM250は88年、国内の2輪販売台数が最高だった年です。
多くのリプレイスパーツも氾濫していましたが、2ストモデル生産終了に伴い取り扱い商品を4スト主体に変更したメーカーが殆どだったでしょう。
チャンバーの需要からわかることは、最終型ARより3型のオーナーが多いということ。
今週も3型モデルに集中して作っています。

これはARが販売された1997年ころには
国内の2輪販売に陰りが見えてきたころだったのでしょう。
2ストトレール車の先駆けはDT1に違いないですが、TSやMTやKEなど4メーカーが出揃って、その後水冷エンジンに移行し、DTやRMX、CRMそしてKDXというラインナップだったわけですが、今やトレールバイクの代名詞的モデルが減ってしまったと思います。
CRFやWRといったトレール風マシンがありますが、この先90年代のようなトレール車ブームは来ないのだろうと感じます。
今は手軽な小型バイクの開発より海外ラリーの影響で大型デュアルパーパス車の方が主流になったようです。一般道からビギナーや学生ライダーが遠のいていく感じがします。

先週作りかけていた金型の加工ができました。

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これだけで一品できるんですが何でしょうか。

そいつは、教えられません。

プレス機械はありませんので、押し型として使うのですが、一発成型というわけにはいきませんけど、なかなか使い易いです。

これから鉄板成型トライして組み立てすれば一品完成ですが、数量が多いのでまだまだ先です。

大勢お待ちいただいておりますが、この仕事は全額前金でいただいておりますので
何より優先してやりたいと思います。

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パイプの差し込みの部分

板を巻いて作る場合は
展開した寸法を
内径+板厚×3.14で切り出すと
差し込み隙間がゼロになって圧入になってしまいます。
隙間0.1mmくらいを狙って大きめに切り出して巻きます。
巻いただけでは真円パイプにはなりません。
内径と同じ芯棒を作って圧入してサイジングすることによって真円度が増します。

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組み立て治具も必要です。
今回、車体合わせは一回もできません。
差し込み位置とマウントブラケット穴位置を合わせるだけなので、
車体との隙間関係は一切わかりません。
支給品と同じ寸法の物を作ればよいという単純な要件ですが
そのための金型製作と治具製作でした。

これで成型した部品を溶接組み立てする段取りが整いましたので生産にかかります。
製品の姿はお見せできませんのでご了承ください。


先週水曜日の朝9時半です、父親死去の電話が入ったのは。
すでに工場で仕事にかかっておりましたが、全部中断です。一番早く実家へ到着できる方法は・・・
新幹線しかありません。午前中に雑用を済ませ旅支度して午後1:30東京発のぞみで愛媛県西条市へ向かいました。岡山から4:10発しおかぜ21号で西条駅まで直通です。
西条からバスで小松町へ向かいますが松山行き急行の最終が18:58発なので間に合いません。
今治行きは19時台までありますのでそれに乗って小松駅前で降りてタクシー乗って、実家到着が夜7時半でした。電車6時間で東京→西条間移動できる便利な時代になったものです。
ご遺体は午前中に実家の座敷に運ばれたそうです。

昭和30年建築された工藤家新宅、昭和21年に死去したおじいさんが購入した本家は実家の隣ですが、すでに誰も住んでおりません。
私は次男ですから家や畑を継ぐつもりはありません。一人残された母親が守っていくことでしょうが、その先のことも考えておかねばなりません。

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20年ぶりくらいに親戚が揃い、昔話に花が咲きます。

父親の通った新居浜工業高校の5年先輩に、最初の神風特攻隊として出撃して敵艦空母を撃沈させた「敷島隊」の軍神5名のうち一人がおられて、面識があったということ。
文芸春秋に載った敷島隊員の紹介文で新居浜出身の隊員の出身地が宇摩郡土居町と記載されたことについて
彼は新居浜の「西の土居」から高校に通っていたことを知っていたので、文芸春秋の著者が地名が似ていることで誤って記事を書いたのだと語っていたなど。

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実家近くの山にある「地蔵谷」という人口湖です。
農業用水になる水源ですが、昭和初期に村人たちが土方してダムを作っていたのを父親が子供の時分に見たと語っていました。

私はこの池が干上がっている時期に高専の先輩から買った初期型のYZ80で乗り回した記憶がある場所です。
道路で暴走するよりは健全じゃったと思うがの。



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本家が手放そうとした先祖の土地。
安い金で人手に渡ることが許しがたく思った父親が購入して、柿や栗など育てて収穫していた場所です。

もうだれも畑を手入れする人はいません。
廃園にすると言ったのが父親の意思でした。
昭和22年四国電力入社。42年間勤務して定年退職するまで配電業務に携わり、四国山地に鉄塔を立てて電線を張り巡らせたり、瀬戸内海の小島に立てる鉄塔の設計をみずから行い、用地買収の交渉や、台風で停電したときなどは、夜中に電話がかかって出動していたりと、大変な重責を担って社会貢献してきた姿を見て育ってきましたから
その人がいなくなってしまった今、改めてその存在の大きさに気がつかされます。
工藤家の菩提寺は石鎚山「極楽寺」真言宗です。
立派な戒名もつけていただきました。葬儀には四電の電友会、グランドゴルフの仲間、町内会、親族一同など100通以上のお香典をいただき、交友関係の広さがわかりました。なにより間違ったことを一切しなかった、人の迷惑になることを最後までしなかった、体調が悪化した後も短い闘病期間で逝ってしまわれて家族にも殆ど負担にならなかったという生き様が人間模様を表している人でした。
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今回の帰省は私の仕事的には大打撃です。
葬儀が終わってもやることは多数あります。
銀行、役所関係の手続きが残っているのですが、社会保険も後期高齢者医療と重度障害者の認定も受けているので抹消したり、
電気、水道料金の引き落としも凍結された銀行口座になっているので、変更しなければなりません。
母親も高齢なので、市役所、社会保険庁、携帯電話会社、自動車税の地方局など自分で回るのが困難なので、私がクルマで連れていくということでしたが、運悪く世間は3連休で役所が休みでした、
なので火曜まで滞在でしたから、前々から行きたかった「砥部動物園」へいってきました。人工保育で育ったホッキョククマとしては日本初の「ピース」がいました。
多摩動物園に送った子像の母親であるアフリカゾウの「とべ子」は小屋の中に入っていて見れませんでしたが、多摩と似た作りの動物園で種類も同等以上だったので楽しめました。
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陸上の動物としては最強といわれる、カバです。
迫力満点!











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小さいのでは、これが一押し
カワウソです。

カワウソ団子はここしか見れません。
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ああしんどー。首を手すりに乗せて休んでいるヒトコブラクダ。

美しい肉食獣、ライオン、トラ、ジャガーにピューマ。
カンガルーも活発に動いていて多摩のように昼寝していません。
爬虫類もアミメニシキヘビ、イリエワニなど、でかいのが見れます。
勿論、ヒグマ、ペリカン、アルマジロ、世界中の動物が一度に見られることが驚きです。
来年また行ってみようと思います。



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そして水曜日、父親の遺産の一つ農作業用に使っていたスバルサンバー軽トラです。
新古車で買って走行1万キロ足らず。
母親は廃車にすると言ったのを勿体ないから僕が貰うといって乗って帰りました。
朝7時に実家を出発、夜8時に埼玉の自宅に着きました。
途中2時間おきに5回ほど休憩していますが13時間の旅。
距離にして835km鳴門大橋経由です。
平均燃費15km/h
このクルマ、時速110キロで巡航楽勝ではしります。
アクセルベタ踏みだとメーター140キロ振り切りそうなので控えめにしておきましたが、サンバー気に入った。
お父さんありがとう!