2018年1月アーカイブ

チャンバー・ワンオフ製作のため、お持ち込みいただいているKMX200(87年式)です。

CIMG6835.JPG

取り回しはノーマル形状で依頼されていますので
ソックリとはいきませんがノーマル形状踏襲しました。

意外と難しい形状で、長時間費やしてしまいましたが料金は取り決めてあるので
金額アップはありません。








CIMG6834.JPG

まあまあ似てきましたね。

まだステーは取り付けていません。













CIMG6837.JPG

ノーマルサイレンサーに合わせたテールパイプ位置です。

タンク下のスペースが奇跡的に一発で収まったので助かりました。

全部繋いでみないとギリギリのところはわからないんです。








CIMG6839.JPG

サイレンサーも新作です。

ノーマルのフロントパイプが外側にオフセットされています。
インナーパイプのラインを食い違うようにして消音する構造ですが
当然抜けが悪いはずなので

ストレート構造にしてあります。







CIMG6841.JPG
エンドパイプは排気ガスがナンバープレートを避けるように左下45°方向に


大事な旧車ですからね、汚くならないことも大事です。











CIMG6840.JPG

これで完了です。
ノーマルチャンバー外形寸法測定しても
パイプが2重なので正確にはわかりません。
そのため1枚板の寸法を推測して補正したスペックを作って製作しました。
パワー特性確認のため
近所のテストコース(公道)で走らせてみました。
冬期のため水温が適性になるまで暖気運転してから急加速、10000rpmのレッドゾーン手前まで息付きなく吹け上がります。
低速トルクは思ったより少ない感じですが
アクセルだけでついてくるので問題ないでしょう。
パワーバンドは6000rpmから、(たぶんKIPSの開くタイミング)ワイドな感じでストレスありませんが十分速いので一般道では安全に気を付けましょう。


























カワサキのオートバイについてなーんも知らんのにKMX200について語ろうとする私。
どれだけカワサキを知らないかというと、乗った(所有した)ことあるのは2台だけ。
本で読んだとかネットで調べたなどという程度のことは知っているうちにカウントしません。
一台はKX80の最初のラージホイール、88モデル
もう一台はKX80の最初の倒立フォーク、92モデル
どっちもミッションかクランク壊して全バラしたのでちょっとだけ知っているわけです。

さてKMX200の前に82年だったかKDX200というオフロード車がありました。
後期モデルと違って、空冷エンジン、カンチレバータイプのユニトラックでスタイルは良かった。
ツインショック時代からKXというモトクロッサーはありましたが、それと区別する200という排気量は
その前にあったKDX175のスケールアップ版で
KXはカワサキ・クロスの略だと思いますが、真ん中にDがつくのはデザート、デューン(砂漠、砂丘)を表していて200クラスというレースカテゴリーは無いかわりに砂漠のようなオープンエリアを走るために作られたと推察できます。
そのため国内販売は無かったですが、時代は87年空前の2輪ブームの真っただ中。
排気デバイス付き水冷エンジンのKX125を模したKMX200の登場でした。

CIMG6831.JPG

31年前の車両とは思えないコンディションのKMX200

リヤクッションはボトムリンク式
左側シングルラジエターの水冷エンジン
遠心ガバナーでピニオンギヤを駆動する
排気デバイスKIPS。
右側はラジエターが無い代わりにチャンバーのスペースが取れるレイアウトは
現行のKX85の左右が反対ではあるが
そっくりだということに気がつきます。

91年になってKDXに変更されるのですが
デュアルラジエターになった理由は
シングルラジエターのKMXがオーバーヒートしやすかったとか。
CIMG6832.JPG

先日、国際A級ライダー出口君がフレーム修理に来て、このマシン見て言ったのは
「風祭の兄貴が乗ったやつみたいだ」
漫画「風を抜け」に登場するKXは87年型なので同じに見えたでしょう。

私の年代の87KXの印象は国際B級固定ゼッケン2番クレージー安藤さん(ジュニアライダース)です。
カワサキに乗る前は上福岡のスーパーベルレーシングや足立区のポイント・1に所属された地元では有名なライダーでした。




CIMG6833.JPG

すばらしいパッケージで
シートレール下のスペースに
冷却水のリザーバー、バッテリー、分離給油のタンクとエアクリーナーBOXとショックユニットまで収まっているという
見事なコンパクト設計です。

これはアップチャンバーだから可能なレイアウトで後期のミドル通しではタンク類が他へ追いやられることになります。

ようやくチャンバー作り着手して、ワンオフなので型作り中です。




KMXは僅か3年の生産で終了した短命モデルなので、公道で見かけることもなく希少な車種だと思います。
KMXという名称は引き継がれることなく、カワサキのトレールは再びKDXに戻されたわけですが
KMXの由来はなんであったか、文献はないので、推察するとカワサキ・モータースに未知数という意味のエックスを付けてKMX。
KXのカワサキ・クロスカントリーとは開発者の理念が違ったもので
カワサキのトレールはこれで行くんだ!という意気込みが感じられたのにあっさりモデルチェンジされたのであります。
しかし、上述のパッケージのコンパクトさや、KDX125と同格の車体サイズに200ccというパワフルなエンジンで当時他メーカーの同クラス車種を完全に凌いでいたでしょう。


2輪車の名称は何気なく使ってきましたが由来は興味深いものです。
ホンダCRの60年代はCR110(50cc)、CR93(125cc)という市販ロードレーサーがありましたが
カブ・レーシングという意味でした。
またはサーキット・レーサー。名神高速道路も開通してない時代に日本にサーキットという言葉は存在せず、国際的にはスピードウェイと呼ぶのが一般的で
ホンダが日本で最初に作った鈴鹿サーキットにエントリーモデルを開発してCRと名付けたわけです。
後にロードレーサーはRS、モトクロッサーはCRに統一されましたが
RSはレーシング・スピリッツ、CRはクロスカントリー・レーサーの略です。

スズキRMは簡単です。レーシング・モトクロッサー。
Zが付くと究極とか最後のという意味でRMZという4ストロークモトクロッサーになります。
ヤマハYZも同様にヤマハと究極でYZ。
ファクトリーマシンに付くMはモディフィケーション、RはレーシングでYZM、YZRですね。
トレール車のIT,DTはインターナショナル・トレール(国際的トレール)、デザートトレール(砂漠のトレール)実際の使い方は様々ですが開発の仕向地を指しています。
YDSはヤマハ・デザイン・スポーツ、ATはアクション・スポーツ。

カワサキのKRは単純にカワサキ・レーサー、KSRはカワサキ・ストリート。レーサー。
ホンダの代名詞CBは何の略かというと
ホンダ広報によるとCUBは熊などの猛獣の子供という意味の英語で
最も成功した商品CUBに付けられた名称ですが、間のUを外してCBとしたという説です。
CBRはシービー・レーシングになります。
カワサキ750RSのRSはロード・スター
NINJAやKATANAはそのままですが日本文化が欧米でも神秘的な魅力をもっていて親しまれていることが採用の理由でしょう。
GPZとGSXか、もうお分かりですね。 グランド・プリックス・究極、グランド・スポーツ・未知数。

それからホンダのスポーツカーNSXはニュー・スポーツ・未知数のエックス。
NRはレーサーの開発部門でニュー・レーシングの意味
楕円ピストン禁止されたNR500はニューレーシングだったはずですが今ではオールド・レーサーです。
ワークスレーサーの冠にはRCと表記されます(RC166、RC250Mなど)
RCの意味はリモート・コントロール、レインフォースド・コンクリート、またはレジスタンス・キャパシタンス
が一般的な略号ですが、ホンダのワークスレーサーはレーシング・コンポーネンツではないかと思います。
一昨年2月に大雪2回降って大変だったので、去年駐輪場にカーポート作ったのですが
去年は肩透かし食らって全く降らず
天災は忘れたころにやってくる、突然関東に大雪降りました。

CIMG6828.JPG

昨日昼ころから夜中まで降りました。

夜、道路の雪かき2回やっていたんですが
降り続いてきりがないので、やめて
朝家の前の畑の景色はまるで雪国。

都内に通勤している嫁は電車が間引き運転で駅が混雑して帰れそうにないので会社に泊まると電話が入る。
サラリーマンは大変だ。

ワシはカネにもならん雪かきで朝から体力消耗じゃ。



CIMG6830.JPG

キャラバンはスーパーハイルーフになっている。
地面よりクルマの屋根は雪が溶けないようで推定30cm積雪です。


平地で20cmくらいですが水分が多くて重い雪です。明日の朝から凍結間違いないです。

近くの国道は通行止めになっています。
今日は物流だめでしょう。
不要不急の外出はやめましょう。
国道に車両が侵入しないようにパトカーが止めています。
多分除雪してない道路で立ち往生しているトラックとかがいるでしょう。

CIMG6829.JPG

キャラバンとカーポート
軒下のオートバイをしっかりブロック。

普段の足スバル・サンバーは先週
スタッドレスに交換しておいたので予想的中
4WDに切り替えて雪の中でもスイスイ走ります。
調子に乗って畑のキャンバーに乗り上げてても全く問題ないです。
軽トラなんで小回りは効くし雪道最強の乗り物です。
万が一スタックしても軽いから手で押して出せますしね。


さあて午後から業務再開じゃな。

2輪でも4輪でもないホンダ汎用機部門が95年に発表した世界発の出力軸貫通構造の多目的インホイールモーターがここにあります。

CIMG6826.JPG

実際の使用状態は見たことないですが
製品化されて、定格出力別、回転数別に4種類ぐらいラインナップされているようです。

定格電圧は48V
定格軸出力300W
これはJタイプ
重量8kg
定格回転数150rpm
定格トルク20Nm
無負荷時回転数250rpm

回転数も出力も自動車ほどの性能ではないことは分かります。

日立金属(株)共同開発の
ネオジウム系希土類磁石をローター内部に使用し、通常のフェライト磁石の5ー10倍の磁力を発生するという当時としては高性能モーターでしょう。

CIMG6822.JPG

ホンダのアイコン(アイディアコンテスト)に出場したエレクトリック・バギー

前輪と後輪に二つのインホイールモーターを装備しています。

20年ほど前に試乗させてもらった記憶があります。
モーターはエンジンと違って発進する瞬間に最大トルクを発生してしまうので
スピードは遅いですが強力なダッシュ力だったと思います。

前進、後進の切り替えはステアリング部分のスイッチで行い、回転数の調節は右手のスロットルを回して操作します。
ボリュームの調節みたいな感じですかね。
電気回路を設計したのはホンダエンジニアリング所属の有志で普段は生産設備を作るのが仕事なのでモーターの扱いはお家芸みたいなもんです。

CIMG6823.JPG


フロントはブレーキ無し

リヤブレーキは油圧ディスク式で
モーターの出力軸に取り付けたディスクをキャリパーで挟み
ドライブチェーンで連結されたリジッドアクスルのリヤホイールを制動します。

シートレールの空いたスペースに12Vバッテリーを4個積んで直列に繋いで48V電源とします。

完全な3輪EVなのです。


CIMG6825.JPG

後輪のインホイールモーターは車体中央に

シート含む外装は紛失しているので動態確認したら作ってみたいと思います。

以前、多摩テックで走らせていたそうなので見た人は多いかもしれません。

また珍車の保存することになりましたが
今忙しいので、だいぶ先になると思いますが走行性能や航続距離(時間)など確認してレポートしたいと思います。



このバギーを動かすことは私に課せられたミッションの第1段階で、動作確認すれば次の段階は2輪車に置き換えることです。
モーターはある、回路は出来上がったものを見本に、車体を作るだけという構想を抱いているところであります。

もうすぐ老後にそなえて、免許返上しても乗れる福祉車両を体がいごくうちに作っておこうと思います。
電動クルマ椅子は既に販売されていますが、自分で作った福祉車両に乗って自力移動することが物作りの最終目標であると考えています。



CIMG6827.JPG

バッテリー新品4個仕入れて搭載しました。

直列につないでテスターあててみると51Vあります。
定格電圧48Vなので十分な状態です。

さてメインスイッチを入れて
アクセルを回してみると・・・

動きました。
前進も後進もスムーズです。
スピードは遅いですが、
久々に3輪バギー乗って独特の操縦性で楽しめました。

3輪バギーは米国で訴訟に負けて製造できなくなったので、若い人は乗ったことがないと思いますが、サイドカーの乗り方に近いそうです。
(私、サイドカーは経験ありません)
初めて乗った人が真直ぐ走れないで路肩に突っ込んでいくのを見ました。

曲る方向の外側のハンドルを押すと(前輪が内側に切れる)前輪の向いた方に曲がっていくので、ハンドル操作が2輪と逆になるので
初めて3輪乗ると間違えるのでしょう。

とにかく、回路は繋がっていて正常に作動することがわかったのでミッションの第1段階は終了しました。









去年10月に作りましたYZ450のエキパイの口元が破損してしまい、対策しました。

CIMG6818.JPG

チタンパイプの口元をフレア加工(ツバ出し)してステンレスカラーとアルミフランジで押さえる方法を採っていましたが

ツバの曲げコーナー部分で割れてしまったようです。
他の前方排気のエキパイでも同じ構造でやってきましたので、まさかの破損です。
原因を推察しましたが
YZ450の後方排気だけ違いがあることに気がつき
それはガスケット無しでフランジを固定してあることです。
他の機種は全て銅リングを挟んでスタッドボルト2本で締め付けているのですが
後方排気は固いところに直接フランジ固定してあることでフレア部分に掛かるエンジン振動や熱膨張などのストレスに対して逃げ場がなかったことが原因であろうと考えました。

CIMG6820.JPG

対策として、板厚1mmのフレア加工をやめて
チタンリングを作って溶接しました。

本来、丸棒から削り出すのが理想ですが
材料を持ってなかったので
φ39.6からφ45.6のリングを1mmチタンで巻いて4枚重ねにしたものを
口元にはめて溶接したものです。


これにアルミフランジの座グリ(深さ5mm)
をはめて締め付ける固定方法です。



CIMG6821.JPG

締め付け面がツラ一にしてありますが
ガスケットを追加して機密確保と
口元に対する振動を軽減させます。

それから熱膨張と収縮を繰り返すアルミフランジ部分のナット緩みを防止するため
M6セルフロックナットに交換していただきます。


幸いシーズンオフ中の不具合で
レース本番に影響出なかったことが救いです。
改めてメーカー純正の設計には根拠があるので、無知な状態で仕様変更する場合には確認作業(耐久テスト等)が必要なのだと思い知らされました。

瀬戸内育ちでしたから海の見える景色が好きなんですが、いつまでも生きているわけじゃないんで
83年から関東に住んでいて35年間で房総半島の南側には行ったことは一度も無かったので
この機会に房総半島海岸線を走破してきました。

関越⇒首都高⇒京葉⇒千葉東金⇒R128⇒九十九里一宮海岸から外房を走り

夷隅⇒御宿⇒勝浦⇒鴨川シーワールドへ

CIMG6742.JPG

水族館はどこのも美しいですが

ここはウミガメがいるのがよそと違うかな













CIMG6757.JPG

イルカのパフォーマンス

驚異的な身体能力
しかも飼育員の指示に従って
正確に演技する姿は圧巻です。

いったいどうやってトレーニングしたか
全くもって不思議です。








CIMG6771.JPG

シャチのパフォーマンスはさらに圧巻です。

体長4mくらいの大きな体の鯱を自在に操るトレーナーさんの身体能力も超人的

猛スピードで泳いでプールサイドに飛び移ったり、空中に5mくらい投げられたり
一歩間違ったら大怪我しそうな演技を簡単そうにこなしています。






CIMG6772.JPG

こんな巨体が5mくらいの高さに飛ぶだけでなく
伸身宙返りや4回転捻りも見せてくれるんですから、日本ではここしか見れない演技ですね。

しかも完全にトレーナーの指示通りに動くという知能の高さもイルカ同様、ヒトに近いんじゃないかと思います。





CIMG6775.JPG


これは有名なアシカショー

まるでヒトが入っているのではないかと思いたくなる言葉の理解度で演技します。

ボールを鼻に乗せたまま泳いで動き回るバランス感覚は他の動物(人間も含めて)を凌駕しているでしょう。

どうすればあのような高度な調教が可能なのか、唯々信じられません。





初日は日が暮れてきたので、次の場所へ移動します。

鴨川⇒千倉 ここからR410で南房総を走ります。
そして宿泊地、野島埼灯台へ

車中泊ですが氷点下の気温でもFFヒーターのおかげで車内はホカホカで安眠できました。

CIMG6778.JPG

早起きして6:53太平洋の海面から
太陽が昇りました。

実は太平洋からの日の出は54年の人生で初めて見る景色でした。

うーん清々しい









CIMG6807.JPG

野島埼灯台

房総半島最南端の場所
横須賀造船所建設した仏人技師フランソワ・ヴェルニーの設計で
1869年(明2)点灯した日本で2番目に古い灯台でしたが
最初の煉瓦作りは関東大震災で倒壊し
大正14年に再建されたのが現在の姿。







内房方面R410を館山へ進みます。
南房総から館山あたりの海岸沿いの道路を「房総フラワーロード」と呼び、美しい景観に満足しました。
正月明けなので交通量も少ないので絶好のドライブ日和です。

CIMG6808.JPG


もう一つの灯台は洲崎灯台

横須賀の観音崎が日本最初の洋式灯台(明2)らしいですが
ここ洲崎と浦賀の劔埼灯台を結ぶ線が東京湾と太平洋の境界ということで

対岸の三浦半島や富士山がはっきりと見えます。





CIMG6813.JPG

道はR127で館山の海岸に降りてみます。

風が強いので波は荒々しいです。
向こうの方に京浜工業地帯が見えています。

ずーとオーシャンビューの道が続き、
スケールの大きさは瀬戸内以上ですね。

是非、温かい季節にオートバイで走りたい場所です。
(寒いのにオートバイツーリングの人、意外にいますね)


CIMG6817.JPG

佐貫町からR465で、旅の最終目的地
富津岬へ来ました。

砂が集まってできた松林の岬で東京湾に突き出した不思議な地形です。










CIMG6814.JPG

富津岬から見た富士山

大きいので意外と近くに感じられます。
2隻の大型船が確認できます。
あれが坂出の川崎重工で作ったLPG
(液化天然ガス)タンクを積んだ船なんですね。
川崎か市原のコンビナートへ向かい
皆さんの家庭へ運ばれていくわけですね。

今日は初めて見る景色が多くて、来なければ分からないことが見えてよかったです。(せっかく関東きたんじゃけん)


富津からR16⇒東京湾岸⇒レインボーブリッジ⇒首都高池袋⇒戸田IC⇒富士見有料⇒川越⇒鶴ヶ島  
こんな帰路でした。
あしたから2018年仕事開始です。


この5年以内で走破した海岸は
宮城松島ー女川ー気仙沼
上越ー柏崎
三浦半島
西湘ー真鶴ー小田原ー熱海
伊豆半島の上半分
佐田岬半島
宇和島ー八幡浜
そして南房総
気まぐれなんで日本全国行く気はありません。
しかし伊能忠敬という人、北海道、本州、四国、九州、瀬戸内海の島、奄美大島を含む
日本全土の海岸を徒歩で測量し日本地図を完成させたなど信じられない偉業を、55歳過ぎてから成し遂げたということで、この勤勉さを想像すると、我々が直面する困難は大したことないように思えます。
2018は伊能没年からちょうど200年になります。(享年72)
クルマで走った海岸線は200余年前には伊能が歩いていたことを思うと、謹慎です。