2015年10月アーカイブ

電話は出られません。メールの返信も難しくなります。

外部から見ますとシャッターを閉めたまま、中から音だけは聞こえているので在宅には違いない。

今年は5月に骨折して2か月は何も作っていませんからバックオーダーを溜めてしまいました。
7月注文分まで完了したつもりですが、8月9月分は今だに手つかずです。
長期間お待ちいただいておりますが、キャンセルの連絡が無い限り注文は生きています。
そのため、現時点のバックオーダーの製作を中心の業務になります。

12月末まで集中して作業しますので、大部分は完了できる見込みですが、幾つかのご注文は
来年に持ち越しという形になります。
これから、何か製作依頼を検討されている方は、間違いなく年内の納品はできませんので
問い合わせ等、来年1月以降にお願いいたします。


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2015 お盆

黒瀬ダムにて

タンク錆により穴が開いたので
シオハウスさん提供のNOS品を
内部ピカタンにて洗浄し
ワコーケミカルのタンクコーティング施工しました。
タンクコーティング中の回転マシンは
フラワーオートにて依頼。
サフェーサー状態の新品タンクをホーリーエクイップに純正色で塗装依頼してきました。

3社を巻き込んでのタンク復活計画です。
古い鉄タンクは手間がかかりますのう。

去年の今ごろは父親は生きていました。
昭和5年生まれ激動の昭和を生き抜いた勤続42年の電力マン。
安らかにお休みください。そして、俺を作ってくれてありがとう。
あまり昔のことは教えてもらえなかったですが、国民学校の生徒だったころ、米軍の機銃掃射に襲われて
建物の影に隠れてやりすごしたことなど、昨日はじめて従妹から聞きました。

片道850kmの道程も故人の供養のためなら仕方がありません。
金曜日夜移動で東名阪亀山Pで仮眠をとり、奈良のホーリーさんとこに半年待っていただいたチャンバーの納品をしましたが、5時間語らってしまい(邪魔しました)4時に奈良発。
阪神高速神戸線はいつもの渋滞で明石海峡大橋を渡り、淡路P到着は6時。
ここで晩御飯にしました。

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夜の明石海峡大橋も幻想的ですが、写真は難しかったので、ついでに淡路Pの大観覧車を撮ってみました。

鳴門大橋経由で四国上陸し
高松道⇒松山道のルートで
対面通行が多い高速道路ですが通行量少な目なので110kmアベレージスピードで走行し
9時に小松町の実家へ到着しました。

奈良からは350km、5時間ですから
埼玉からSUGOくらいの距離感ですね。

残念ながらモトクロス日本GPの日は愛媛で一周忌法要なのでした。


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土曜日は雑草の刈り取りや
早稲みかん、柿の収穫と墓掃除に費やしました。
今年はみかんも柿も不作です。
父親がやっていたころは、消毒や草刈りなど
畑の手入れは入念に行っていましたが
今年から放置されていますので、果物の生育も悪いというわけです。

ここは実家前の畑。






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こちらは隣にある工藤家本家。
父親の兄弟はみんなここで生まれ育ちました。

大正時代に西条の山奥に建っていた家を解体して20kmくらいの山道を大八車で運んでこの土地で組み立てたという、築100年を超える家です。
昔の人は本当に働き者だったのです。
今では考えられない行動力があったのですね。

ここも既に空き家ですから、維持管理がこれからの課題、生活の拠点にはならないので頭を悩ましている遺産です。


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ここは僕の名義で登記された畑ですが
こんな斜面です。
栗や柿の畑でしたが、今は誰もやっていないので、帰省した時だけ草刈りをしています。

ここへ入ってくる道が狭いので重機で整地することはできません。
トライアル車でヒルクライムして遊ぶバックヤードにしようかと妄想しているところです。







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休憩していたら畑の近くで何やら話声が聞こえてきました。

下の柿畑に収穫にきたお百姓さんかなと思っていたら、「ごふ、ごふ」と声を鳴らしながらいのししがでてきました。
こちらには気付いていましたが、警戒もせず
5mくらいの距離に近づいてきたので、写真撮ってやりました。






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4匹出てきました。兄弟なんでしょう。

芋を植えていたころは全部掘り起こして、食べてしまったそうで、今は土を掘ってみみずを食べているようです。

農家からすると害獣ですが、野生動物の居住区に侵入しているのは人間の方かもしれません。

いのししは僕が敵じゃないと思ったようで自由に動きまわっていました。

この辺は猿も多く見られるそうですが
法要に来た坊さんが話しておられましたが
猟師さんが鉄砲を向けると
両手を合わせて懇願するポーズをするそうです。猟師さんも仏の心がありますから「猿に手を合わせられたら打てんわい」と言って見逃してやるそうです。
ちょっといい話でした。

日曜は午後に法要が終わって、夕方5時に実家を出発、もう2日も仕事止めてますので、ゆっくりしているわけにはいきません。
帰路は瀬戸大橋渡って、山陽道経由で休憩なしでキャノンボール移動です。
埼玉の家に到着は午前4時、11時間で着きました。
もー眠い、月曜午前中は寝るぞー!





先週から成形トライをやってきた467チャンバーの1号機が出来ました。

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見本は無限で製作された金型プレス品で
ZAS型鋳型機も大型プレス機もありませんから
板金製法でこしらえました。

費用は鉄板代と溶接ガス、電気代くらいでできてしまうのですが
板金には幾何学的考察が必要で
目で見て形状を頭の中で理解してから
鉄板の罫書き寸法に落とし込むという
技が必要です。

やり方は百万円くれれば誰でも教えますが
できるかどうかは努力次第ということになります。
(冗談)



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実車に取り付けてレイアウト確認です。

一台三日掛かりますから、50台作ると
休みなしで5か月掛かる計算になります。

隣町の有名コンストラクターさんの会社では
RC213VーS(2千万円のロードバイク)のマフラー250台分注文されているそうですが一か月くらいで生産してしまうんですね。

一流メーカーになるには技術力も資金力も全然足りません。
だから身の丈に合ったことをやっていくだけです。



他メーカーで製造されたマフラーのデザインを真似て作ったり、型取りしたりすることは個人的な趣味であれば問題ないですが、それを販売するとなると問題になります。
実際私のところに画像などを見せて複製してほしいという問い合わせがありますが、すべてお断りすることにしています。それを作っているメーカーか販売店に注文すればいいだけのことです。
私が引き受けているのは、入手不可能になった物で尚且つそれを作ったメーカーが製造を打ち切っている場合に限りますのでご注意ください。

35年前に製造されて一般流通もしたこともなく、それを作った組織も終了しているので不服はないと思っていますので公開していますが
これは商標権か特許を侵害していると申し立てる人がでれば中止することは明言しておきます。
そもそもレストアという作業の一環なので、当時の風合いを再現することが目的なのです。


仕事場のラジオ、周波数はエイティーポイントラヴ(東京FM)
なんと首都圏のリスナーに向けて新居浜太鼓祭りの告知をされていました。
四国三大祭りは 阿波踊り、よさこい、新居浜太鼓祭りです。
中でも太鼓祭りは日本三大喧嘩祭りの一つとも呼ばれているほど迫力満点なのです。
太鼓台といわれる巨大な山車が鉢合わせするとき衝突させて重軽傷者や死亡事故もおこることで
それを見物するために観客が集まるのですが、その動員数はモトGPの比じゃないです。
一台2.5トンの山車を150人の男たちが担ぐため、警察が警備にあたるが喧嘩を止めることは不可能で
危険承知の迫力が観客を魅了する材料でしょう。

太鼓祭新居浜.jpg
新居浜の男は盆や正月に帰らなくても
祭りのときは太鼓台担ぎに帰る。

祭りの起源は平安とも鎌倉時代ともいわれ現在の山車の規模になったのは明治時代という伝統のある祭り。

各自治会で管理される太鼓台は一台数千万円で地元企業や自治会員の寄付で賄われていて、一流の宮大工さんが製作した、まるでファクトリーマシンなのです。

残念ながら今年は見にいけません。来週父親の一周忌で帰省するので今週は無理です。
私の実家は伊予小松藩にあります。
関ケ原の合戦で東軍にありながら外様大名同然の処遇をうけた一柳直盛の三男直頼の領地、禄高わずか一万石でありながら、230年江戸時代全期間を領地没収されることなく存続できた珍しい小藩が地元です。

新居浜は出身校の所在地であり、母方の実家があった場所でしたから、子供のころは新居浜の親戚へ泊まり込んで祭りを見に行った記憶があります。
学生時代は単車代を稼ぐために放課後はキャバレーでバーテンやっていましたので祭りに行く暇はなかったですね。 


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となりの西条祭りは美しさと、だんじりの数で新居浜を凌いでいると思います。

だんじりの数が150台にも及ぶそうで
水の都西条の主流、加茂川に入るシーンがクライマックスです。

ここは小松町の隣町ですが、学生時代は興味がなくて全然見てないんです。

なーんだ、と言われそうですがこの観客の数です。全日本MXなんか秋祭りに比べたらしょぼいもんですよ。

これも一流の宮大工が作った美術品群です。
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だんじりを近くで見ると超絶技巧に驚きます。

地元なんで、こういうのが普通だと思っていましたが、埼玉県あたりに住んでいると
あれはどこにでもあるもんじゃないと気がつきました。

今年は無理でも来年こそは地元の秋祭りの時期に家へ帰ろうと思います。








467ccじゃないですよ、ホンダの機種ナンバーが467で表される80年型CR250Rです。
最後の空冷ツインショックですから、世界中に保管されているビンテージMXファンがいらっしゃるでしょう。

430とは排気ポートの向きやフレームの形状がちがうためチャンバーを流用するのは不可能なため
新型作りから始めました。

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このような作業を何百回も繰り返してきましたが
何回やっても難しいです。
スクラップを大量に生み出しながら
三日かかって、これだけできました。

これは型を決めている作業なので
このパイプを開いて展開型にします。








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全部膨らまして作ろうとしましたが
カーブが微妙なため、あきらめて巻きチャンバーにします。

マニア的にはこの方が古めかしい外観で好まれるかと思います。


モトクロッサーはオフロードを速く走るために作られた戦闘機ですから、ノーマル状態でも十分な性能です。
しかし、走らせるコース状況やライダーの技量の幅は雲泥の差があるもので
どうしても一種類のノーマルセッティングではカバーしきれるものではありません。
キャブレターの時代なら、標準のMJやSJ、エアスクリューの戻し回転などと具体的数値が示されていましたが
FIになってからはデフォルトデータとして燃料噴射量や点火時期が設定されているのみで、その数値はマニュアルには示されていません。
CRF450などはデフォルトのままでも十分乗りやすいしパワフルなので、特に変更する必要がないように思われますが、スペシャルマフラーに交換したときなどはそのままでよいのか?
それを検証するためにFIセッティングの変更を実施することにしました。

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予めHRCのサンプルMAPをダウンロードして
ノートPCに移しておきました。

サンプルマップは
マディコンディション
レスポンス重視
トルク重視
の3種類ですが、今日は快晴の完全ドライですからマディは雨の日に試すことにして
レスポンスとトルクの2種類のMAPとデフォルトの比較、サイレンサーのノーマルとスペシャルを付け替えて走ってみました。
一つの条件で、しどきのコースを5周ずつ走ってインプレッション確認しました。


最初にデフォルトMAPのスペシャルマフラーで
慣熟走行し、ノーマルマフラーにジョイントパイプごと交換しました。
低中速でノーマルのトルク感がよく、スペシャルはトルクが薄い感じがしました。
排気と吸気は連動するものです。マフラーの役割は消音することと、排気を促進することなので
排気の抜けがよくなったマフラーでは吸気量も連動して増えます。
同じ噴射量のMAPでは混合気が薄くなってトルク感が損なわれたという現象でしょう。
このことからマフラーに合ったセッティングが必要であることがわかります。

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ノーマルマフラーでレスポンス重視とトルク重視の比較をしました。
しどきのコースはサンド質な部分や登り勾配が多いコースで、パワーが食われるコースということを念頭において
レスポンス重視ではトルク感が落ちて軽い吹けあがりではあるが、このコース向きではない感じがしました。
トルク重視はデフォルトよりトルク感があり高回転は同じなので、こちらの方が好みです。

画像はトルク重視の噴射量MAPです。
デフォルトは平面で表されるのにスロットルの開け始めから中開度、中速回転までの噴射量が上乗せされていることがイメージできます。


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これはトルク重視の点火時期MAPです。
中速付近の点火時期がプラスされています。

点火時期は上死点前に設定するものですが
燃焼速度はエンジン回転に関係なく一定ですからピストンが最も圧力を受けるタイミングで点火するのが効率が最大になるはずです。
そのため回転数によっては燃焼圧力がピストンの運動に対してマイナスになったりプラスになったり変動するものですから、エンジン回転別に点火時期を変えることによってピストンが受ける圧力のタイミングを変えようという操作です。
これは中速域の点火時期を2、3度遅らせて
ピストンの下降に合わせた燃焼圧力を得ようとしたと考えられます。

ピストンスピードに合わせて進角させるのは過去のセオリーですが、高回転では燃焼とピストンの運動が追従しなくなってくるので、遅角させることでピストンの運動を助けるという手法がデジタル点火では行われているようです。

この時点でしどき30周くらい走ってしまい体力が尽きてしまいましたのでスペシャルマフラーのMAP補正は持ち帰ってやることにしますが、スペシャルマフラーに戻してトルク重視のMAPにしただけで午前中のインプレッションとはかなり違いパワーアップした感じがありました。
これに対して高回転側まで噴射量の上乗せをすることで、さらにパワーアップできると思います。

憎しみも妬みもない、純粋な気持ちになるにはこんなミュージックが必要だと思います。
70年代にはこんなすばらしいエネルギーが育まれていたのです。
時はバブル景気前、みんなカネは持ってなかったけど、それぞれが楽しいことやっていたと思います。
オートバイとミュージックがあれば、他は何もいらないと感じていましたね。



早稲田大学モダンジャズ研究会の同期に森田一義(タモリ)がいたという増尾好秋(敬称略)
大学3年で渡辺貞夫グループにギタリストとして参加したり
チック・コリアのリターントゥフォーエヴァーに誘われたり当時から世界の一線で活躍した同氏の
伝説のライブ1979厚生年金会館




マスオライブはLP盤の音源を持っていてカセットに録音していつも聴いていました。
最近聴いても全然色褪せない魅力に溢れています。 TM・スティーブンス、オン・ベース!

体調不良で長いこと仕事止まっていましたが、何とか回復できて7月中にご注文の商品の発送が終わりました。
これから2ヶ月分のバックオーダーに掛からなければなりませんが、その前に

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チェッカーズのシマダさんがアルパインスターのブーツと3型RM125のアルミタンクを持ってきてくれました。

このアルパインスターは渡辺明さんが世界チャンピオン獲得したころ履いていたものと同型デザインで
映画マッドマックスのトゥーカッターやグースも同じブーツを履いていた、世界で最も有名なMXブーツです。
うちにあるRM125は78年型で最初のポリタンクモデルだったのですが
それより私好みの3型アルミタンクに交換してやろうと企んでいたのでした。

どちらも私にとってはヨダレ物の品物ですが
シマダさんはこれをタダでくれたわけではありません。何やら作ってもらいたい物があるということで
代金の代わりに現物支給されたわけです。
この依頼も直ぐには出来そうもないので11月に入ってからやるということで予約しました。

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そして今日から取り掛かっているのは
CR250の空冷最終型。
取り付いているのは無限のワークスパイプなので、これをベースにオリジナルチャンバーを作るという依頼です。
最初にオファーをいただいたのは3年位前で、全然都合がつかずに、ようやく今年の5月にマスター車をお預かりしたのですが
私の骨折により2ヶ月ほど休業して業務が遅れてしまったので今ごろ着手という次第です。
初回ロットは50台製作、全世界に500台は保有されていると思われる同機種ですから
完成リリースとなったあかつきには1週間で完売すること間違いないでしょう。

はっきりと症状が現れたのは15年前、最初は3ヶ月に一度くらいの頻度でしたが
近年は毎月一度訪れるようになりました。(まるで月経です)
その症状とは偏頭痛とそれに伴う吐き気です。
大体3日くらい続きますし、いつ起きるかわからないので大事な用事と重なるとキャンセルするしかありません。
実際にエントリーしたレースを2回くらい欠場しましたし、業務の日なら3日休業したことも度々です。
ますます予定が遅れてしまい業務に支障を来たすので、真剣に診察してもらうことにしました。
たぶん患ったことの無い人はわからない症状かと思いますが
一番似ているのは乗り物酔い、または二日酔いです。
どちらも気持ち悪くて何も手につかないことがお分かりいただけると思いますが
これが3日も続くのですから堪ったもんじゃないです。
「いよいよオレも死ぬときが来たのか」とマジで思ってしまいます。
それというのも、母親は38歳のときに脳腫瘍で亡くなっていますし、
父親も去年原因不明の脳神経系の病気で急逝していますから
遺伝子的に脳神経関係の病気に罹る可能性が高いのです。

そういうわけで近所の脳神経外科へ受診してきました。
脳のMRIと首と腰のX線画像を見て診断をいただきました。
心配していた腫瘍は認められなかったですが、右大脳の血管に動脈瘤が発見されました。
但し、動脈瘤は小さなもので直ぐに破裂するようなものではないそうで
頭痛の原因でもないようで、次に首のX線では頚椎が真っ直ぐで湾曲のない
ストレートネックであると言われました。
ストレートネックの人に多く見られる症状として首の筋肉のコリ(コレか?)
腰のX線では特に異常はみられない(やはり血流不良によるものか)
以上の診断結果から肩コリによる緊張性偏頭痛という診断名になりました。
なので、はっきりとした治療は無く、筋肉痛の塗り薬のみ処方という結果でした。

しかし、このままでは再び偏頭痛に見舞われ苦しむことは間違いないので
毎週の鍼治療とマッサージによる首、肩、腰の凝りをほぐして体調を整える必要があるでしょう。
深刻な腰痛の始まりは10年前、スタックしたマシンのタイヤを泥から引きあげたときに腰が壊れました。
帰りのクルマから降りるのに5分かかり、真っ直ぐ立てず腰が曲がった姿勢でゆっくりしか歩けなかったことを思いだします。
それ以来、前傾姿勢でちょっとした荷重でも腰痛になってしまうようになりました。
今回は2週間前、オートバイをスタンドに乗せただけで腰痛になり業務に支障がでました。
少し回復したと思い込み、ツーリングやモトクロスしに行ったので、さらに悪化してついに業務休止を決断するに至りました。
1週間くらい接骨院に通って治療を受けてきましたが、改善の兆しがなく
新たに鍼灸治療院に受診してみることにしました。
生まれてはじめての鍼治療、全身に鍼を打ち、特に弱っている部分には灸を据えてもらいました。
すると不思議なことに固く緊張した腰が緩み痛みが消えましたので
僅か一日の休業で通常の作業に復帰することになったのでした。 ジャジャーン! V

鍼の先生に私の希望を話しました。「オートバイを走らせるのに、自分の体の故障でスピードを緩めざるを得なくなることが不本意です。上達を期待する年齢ではないので、体力を維持することが目標です。」
そのために、定期的な体のメンテナンスをしていただいて、故障のない体作りに心掛けることにしました。