2013年5月アーカイブ

07モデルで生産終了したCR85ですから、弊社ラインナップ品は最後に作ってから一年以上経ちますのでCRチャンバーの製作も終了したかと思っていました。

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注文数は2台分で、1台は日本でもう1台はイタリヤだそうです。

3月に頼まれたのがようやくできたのですが引き渡し方法が知らされておらず、このまま在庫にしてあります。

フィレンツェ在住の日本人ライダーに使っていただく予定ですが、お父さんの仕事の都合かと思いますが、羨ましいような環境でMXができているようです。現地のキッズレースの動画もメール添付していただいたので観てみましょう。

 

'>少なくとも関東にはこんなコース存在しませんね。日本の国土の90%は山なんですから、もっとマウンテンコースがあってもよいと思うのですが、難しい問題です。アップダウンもいいですがコース幅も申し分ありません。何といってもスタートフルグリッドというのがよいです。やっぱりMXはこうでないと。

予約を入れていただいたマフラー改造。社外品でも関係ないですが、出来ること出来ないことありますので事前に打ち合わせは必要です。パイプのサイズとか嵌めあい部分の寸法とか、詳細によって作業内容が変わってきます。

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これは持ち込まれた状態のマフラー位置です。

 

 

 

 

 

 

 

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ジョイントパイプ改造後のマフラー位置です。

マウントステーは未だ出来ていません。

後で材料取り寄せてフライス加工します。

マフラー位置が決まらないとマウントステーの寸法も出ないからです。

 

 

 

 

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しかし、このフレームワークは大胆です。

ダイヤモンド型といいますが、エンジンがフレームの構造を兼ねています。

クレードルフレームのような2本のダウンチューブが存在しないのでエキパイの取り回しに自由度があります。

エンジンハンガーはEXカムシャフトの前側2箇所だけで固定されているあたり、シリンダーヘッドの剛性は驚くべきものです。

ギャップ走行やジャンプは想定してないので思い切った構造にできるわけです。

 

CIMG2598.JPGジョイントパイプの改造といっても、元のパイプの曲げカーブを変更することは不可能です。

新たに素管を曲げて作るしかありません。

一発で曲げを成功させるには経験が必要です。まずシワが寄らないように滑らかなRを描く必要があり、曲げポイントも間違えるとサイレンサーの向きや取り付け位置が狂ってしまいます。

アルミのステーは材料を取り寄せてフライス加工で作りました。全て手作業なので、ここまで丸一日掛かりました。

 

 

CIMG2601.JPGマウントステーが取り付きました。

リヤサスのリンクを交すためにジョイントパイプのカーブに自由度がないことに気がつきます。

単純なようですが、高価な材料を無駄にしていては利益が出ませんので真剣に取り組んでいます。 

 

物心ついたばかりのころ、未だ見ない大人の世界への畏れと憧れ。あの頃に戻りたい、忘れられない記憶の時期は人間味溢れる時間でした。

'>ケンメリスカGは叔父さんが乗っていました。小学生だった私と従兄弟は後座席に乗せて貰って急ハンドルで転げ回って喜んでいました。高専時代は4年生になると車を持っている同級生も増えてきて人気の車種はケンメリかセリカLBでした。毎週末徹夜でドライブに出かけたのを思いだします。

'>当時は何のコマーシャルか理解していませんでした。「たどりついたらいつも雨ふり」の鈴木ヒロミツさんの若かりしころです。モービル石油は日本での製油事業を中止しましたので昨年にガソリンスタンドが閉鎖されてしまいました。

'>生まれは上州新田郡三日月村、現在の群馬県太田市ですから、いつでも行けますね。土曜日の夜11時からTVの前に座って見ていました。「あっしにゃ関りのないことなんで」といいながら悪いやつを斬りすてる。「女、子供を斬るドスは持っちゃいねえんで」なんてやさしいセリフも痺れました。A少年の人間形成に欠かせなかった時代劇です。最近のTVドラマはこのようなインパクトは感じられませんね。

'>小学生のころ、初めて聞いたフォークソングはこれです。ステレオにレコード盤乗せて針を落とすワクワク感。五輪真弓は「恋人よ」が有名ですが私には断然「煙草のけむりです。

CIMG2591.JPGブルース・リーは最初に憧れた映画スターでした。

自分でヌンチャク作って肘をアザだらけにしながら練習しました。

ドラゴン怒りの鉄拳、ドラゴンへの道、死亡遊戯、そして燃えよドラゴン、全部観ました。

ジェロム・レバンナなどK1選手の多くは彼の影響を受けて格闘技始めたそうです。

 

昭和時代は個性的でいい物が溢れていた気がします。今は突きつけられた現実に押し流される時間になってしまいました。

 

 

先日、金属加工業のお客さんとディスカッションした中で驚くべきアフターパーツ業界の実態を聞きました。

私もオートバイ仲間から社外品のロッカーアームが形状不良でバルブが完全に閉じないとか、バルブのウエスト部分から破断してエンジン壊れたとか、聞いたことがありますので、やはりそうかと思いました。問題の当該品に対してクレームをつけても「レース用パーツなので自己責任でお願いします。」といって問題の論点を逸らそうとする始末。

大体、販売店の窓口が実態を把握していないか、クレーム処理のプロフェッショナルのどちらかだろうと思います。私は社外のキットパーツなどには頼りつもりはありませんし、手間やコストが掛かっても自分で加工手配するのが一番信頼性のある改造だと思っています。

金属加工では加工物に刃物を当てると異材であることに気がつきます。切削条件が変わりますから、疑問に思って支給先の担当者に材質を聞いても答えられない。即ち製造に関する知識に乏しい人が商売してお金を儲けているということです。一般のお客さんは広告を信頼してパワーアップできると信じてお金を払うわけですが、その成果はどうであったか・・・これこそ「自己責任でお願い」です。

例えばカムシャフトに熱処理が施されていないとか、某国製では常識のようです。カムシャフトは素材を鋳造か鍛造で(原価と性能の関係で)成形して高周波焼入れかLCN(塩浴軟窒化処理)してジャーナルとカム摺動面を研磨仕上げという工程になりますが、某国では熱処理の部分を省略するか、そもそも知らないとか、勿論材質も疑って間違いありません。その結果、エンジンは試運転で終了ということになります。

以前ホンダでは材料の研究部門を持っている記事を書きましたが、開発された材料は図面に反映されて量産部品の製造に投入されていくわけです。実際は加工業者や熱処理屋では材質を確認するには材料メーカーのミルシート(成分分析表)を見るわけです。そうすることで材料ロットと加工ロットが一連になって管理されるので図面通りの品質が守られるというわけです。当然品質管理にはコストが掛かりますので、ホンダと取引先の間では協議してコストと責任区分も厳密に取り決めされています。

従ってホンダに供給している部品メーカーは品質的にも量的にも超一流でないとホンダの要求に応えられないので出来てくる部品は信頼性が高いということになります。そんなメーカーの中でもホンダの要件以上に品質管理をされるメーカーもあります。たとえば東海TRWというボールジョイントのメーカーがあります。タイロッドエンドやサスペンションアームの揺動する連結部に使う部品ですが、目立たなくて過酷な条件で使用されるのですが、ボールジョイントの使用条件を熟知して通常より遥かに厳しい耐久テストをクリアさせて備えています。材質の管理は勿論、鍛造や熱処理の技術も高く専門メーカーとして理想的な会社だったことを覚えています。

実はそんな専門メーカーの技術者をゲストエンジニアとして研究所に招きいれ、開発テストや設計までやってもらっているのが実態です。自動車部品の9割は部品メーカーの供給によって成り立っているので、いかに優秀なメーカーと取引するかが自動車業界の要であると思います。

2サイクルエンジンとは吸入圧縮、膨張排気という2行程で動作完了する原動機を指します。ホンダでは70年初頭まで2サイクルエンジンの製造を行っていませんでしたが、これは宗一郎さんが2サイクルが嫌いで「竹ずっぽに穴が開いただけの代物」といって馬鹿にした機関だったことによります。

60年代にはCLシリーズというスクランブラータイプのオートバイ販売で一定の地位を築いていたと思うのですが、北米市場の原野でオフロードバイクに乗って遊ぶ文化があることを知ってから社長に内緒で立ち上がったプロジェクトであったと聞きました。

しかし、既に世界GPなどで実績を挙げていたヤマハやスズキのような経験は皆無ですし、国内にはトーハツやBSという老舗2サイクルメーカーもひしめいていたため、これらを凌駕する2サイクルエンジンの開発には最初から悪戦苦闘が付きまとっていたようです。なんせ社長に内緒ということは予算もろくにありませんし、会社の余った資材を盗み勤務時間外に有志だけで実験室に篭っていただろうと想像します。

しかし、他社のコピーを作っただけでは勝つことはできないですから、独自の技術で開発していく必要があります。そんな中で発案されたのが燃料噴射式の吸入システムでした。

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モトクロス黄金時代よりRC335C

RC335Cは初めて実戦投入されたモトクロッサーでしたが、キャブレター仕様です。

なぜ燃料噴射の試作にいたったかというとオフロードのガソリン変動によるエンジン回転の不調を早くから問題視していたのだろうと思います。

アクリル製のフロートチャンバーを作ってベンチ上で悪路走行をシュミレートすることでフロートチャンバー内で上下に暴れる液面を観察できたでしょう。重力で燃料を溜めて吸い出すキャブレターの構造上避けられないことです。悪路でも安定して燃料供給できる手段として燃料噴射を実験しましたが、現在のようなエレクトロニクスによる制御系は存在しませんでしたから全て機械式のポンプで噴射量やタイミングを決定しなければならず、最高出力は出せたとしても細かなアクセルワークに応答した調整が不可能だったためボツになったメカニズムということでした。

機械式燃料噴射だけではありませんが、作っては消えてしまった「新機構」は数えきれませんが、実際に試作してないと分らないノウハウを得たと思っています。私もTTR125エンジンのボアアップでオーバーサイズピストンまで外注試作して、結局デメリットが多すぎることで中止した経験がありましたが、やる前から分らないことが多いので、やってみて初めて分るということですね。

宗一郎さん曰く「一つの成功の裏には99の失敗があるものだ」と、正にそのとおりだと思います。只言えることは、「失敗を恐れて行動しなかったら成功もない」ということです。

または、「失敗を悔やむより、何もしなかったことを悔やめ」ということを肝に銘じて生きていこうと思います。

余談ですが、排気量当たりの最高出力は未だに4サイクルより2サイクルが勝っています。2往復に一回燃焼に対して毎回燃焼の違いですね。他にも動弁系が無いことでメカニカルロスやコスト的にも断然有利な2サイクルです。クランク室は空気吸入のみ、潤滑系統はポンプで圧送、燃料は燃焼室に直噴というエンジンを今の技術なら充分に出来るはずです。パワーアップとコストダウンが確実に期待できる新エンジンに着手するメーカーが何故でてこないかが疑問です。私に開発予算さえ渡していただければ、現行機種流用で燃料噴射2サイクルエンジンを作って実戦投入させてあげましょうぞ。

 

古い話ばっかりで申し訳ありません。昔話が好きなもんで、つい・・・

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このキャッチコピーがたまりませんね。タイトル逃してもクローズアップされる存在。

「2年連続世界チャンピオンを目指す男」と呼ばれた渡辺明に憧れてMX始めた私ですがこの人こそ最高峰500ccのチャンピオンだったですから、CS読んで改めて存在の大きさに感動しました。

最初はヤーク・ファン・ベルトーフェン率いるKTMチームに所属して250チャンピオンを希望しましたが、チームの意向で無理やり500に乗せられたこと。ホンダにスカウトされてチームメイトのGノイスを破って80年、81年連続チャンピオンを獲得したこと。82年のカールズバッドで足を骨折して3連覇を逃したことなど、劇的なレース人生が思い浮かびます。

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ライダーズクラブ誌などでGPレースの記事を読んでいましたので、マラーベに憧れるあまり髪型はこのようにしていましたね。

当時は日本のライダーの殆どがパーマを当てていました。

写真には写っていませんが当時5万円だったSIDIのブーツもマラーベに倣って履いていましたから相当な熱の入れようです。

ゼッケンは四国選手権の年間固定ですがビニールテープでお構いなしです。隣りのRMは高専の先輩です。クルマ持ってなかったので積んでいってもらってました。

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CSでは鈴鹿の日本GPで走ったアメリカンライダーのコーナリングフォームを解説しています。

当時これを何時間も眺めて乗り方を考えていたように思いますが、結局真似できませんでした。

5年もやればセンスがないことに気が付きますから、その後は適当に楽しむ程度でいいんです。

 

 

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HRC宮腰常務のインタビュー記事。

ファクトリーマシン開発は宮腰さん、プロダクションマシン開発は秋鹿さんという体制でレースに臨んでいたそうです。

CRシリーズの評価会のときは宮腰常務も防具をつけて試乗したそうで、ここで問題が発覚すれば量産がストップしてしまうという重要人物の貴重なインタビュー記事も読み応えあります。

 

 

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こんなん出てきました。

引越ししても捨てられなくて、持ち運んでいる家宝?

昭和61年、関東選のシーズンオフにはエビスサーキットでエビス杯に出るのが恒例でした。

ゲストライダーの佐々木博幸選手はB級時代、チームスピリッツ所属でした。

 

 

 

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これも捨てると罰が当たると思ってとってあります。

3代目社長、久米さんの時代です。改善提案銅賞なんて誰でも取ってる大した賞じゃないんですが、このときの受入品質課という職場が今の自分の中核を成した時期であると思います。

金属材料専門なので取引先の鋳鍛造メーカーは全部行きました。昭和電工、神戸製鋼鋳鍛造事業部、住友軽金属、新日本製鉄・・・数えきれません。

ホンダは材料研究部門があって独自に材料を開発しているので、金属は成分指定のホンダスペシャルですから、他メーカーやアフターパーツメーカーでは同じ物を作ることは不可能です。

伊藤社長は2015年F1参戦を表明されましたが喜ばしいことです。2008年に福井前社長がエコカー全盛に傾きつつある自動車業界の中、F1撤退しましたが、社長が変わると会社の方針も変わるという例ですね。その前の吉野社長は航空工学が得意でしたから、ホンダジェット着手に成功しました。福井さんはNSR500時代の世界GPマシン開発責任者、伊藤社長は30代でアルミモノコックボディーのNSX開発責任者でした。歴代社長はそれぞれ得意分野で会社を引っ張ってきたことが分ります。

これからも世界が注目する事業展開をしていかれることを楽しみにしています。

サイクルサウンズは創刊号から持ってました。このNO、2も持っていましたが、とっくに捨ててしまったので非常に懐かしく読み返しました。時代は82ジャパンスーパークロス直後、ロードレースはNS500でスペンサーと片山敬済が注目され、トライアルは服部聖輝が世界に山本昌也が全日本チャンピオン。

ライディングスポーツ誌に並ぶモータースポーツ専門誌、このころの雑誌は読み応えがありました。というか憧れの世界でした。

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81年型のレースシーンですかね。

赤ゼッケンに黄色文字は250を表します。

ライダーけっこう分りますね。

トップは杉尾さん

8番小田桐昭蔵さん

9番野宮修一さん

5番藤秀信さん

11番唐沢栄三郎さん。

 

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どおですか、懐かしい顔ぶれ。

全員知ってますとも、4人の方とは話したことあります。

天田淳くん ロンキンダーさん 小橋勝年さん 秋山裕之さん

 

 

 

 

 

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綴じ込みポスターは光安鉄美選手、私的には一番憧れた日本人ライダーです。

背後は福本敏夫さん。250でチャンピオンだった証拠の写真ですね。最近のライダーはオフビレで福本さんに会っても挨拶もしないのが多いです。オートバイ乗ることより礼儀から教えてあげる必要がありますね。

MXでどうやったらご飯が食べられるか、一番考えていた人だと思います。だからこそ今があります。    

東京のオートバイ屋さんから極秘プロジェクトの打ち合わせに来ていただき、参考資料としてお借りしましたCSでした。入社1年目のころにタイムスリップです。

自分自身はMXでいい思いをした覚えがありませんが、この雑誌読み返すとあの頃が一番いい時代だったと思います。

 

最近悩み事があります。バックオーダーで3ヶ月以上お待ちいただいているお客さんがいるにも関らず、レース用のマフラーの修理を頼まれることがあります。納期は次のレースに間に合うように指定されます。その修理を先に作業することで、バックオーダーの納期がさらに遅れるということになります。

先入れ先出しの原則でやっておりますので、注文の順番で作業するのが平等ということになります。スペアマフラーを持たないでレースに出られている人はスペアを購入されることをお勧めします。とても次のレースまでに修理を間に合わせることができません。

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社外マフラーも優先順位としては後になるでしょう。

自社の製品が間に合っていないのに社外品の修理を優先する理由がないのです。

高額な支払いをして手に入れたものを少々壊れたくらいで諦めたくない心理はよくわかります。

社外マフラーの製造元や販売店に修理を依頼しても断られる話を聞きます。それなのにこれらの製品に無関係な我社に修理が回ってくるというのもおかしな話。予め問題点は説明しておくべきだと思います。

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文句を言いながらも修理してしまうのは、送られてきたマフラーをいつまでも置いておくわけにいきませんので、サッサと片付けます。

修理といってもケブラーの筒にグラスファイバーで補修するのではありません。

同じような修理を以前にも数台頼まれましたが時間がないのでグラスファイバーで補強していましたが、今回は筒をアルミで作るという指示でしたのでやっておきました。

マウントステーは取り外して再利用するのでこのような治具に固定して溶接しました。

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グラスウール詰めてリベット止めして完了です。

画像では簡単ですが、丸一日掛かります。

その間バックオーダーの製作も後回しになっていることは言うまでもありません。

やはり、これからは先入れ先出しの原則に則って仕事を進めさせていただきます。

 

我社の近所にエホバの商人会館がありまして、昼間に信者の方が布教活動で地域を回ってきます。うちのような小さな工場は格好のターゲットに違いありません。昔は信者の訪問に対して無視していましたが最近は一応自分の考えを述べてお引取りいただくようにしています。

例えばこのように話ます。(信者)あなたは信じている宗教がありますか?(私)宗教はありません。私は自分を信じます。困ったときや辛いときも自分の力でなんとかするしかありません。

すると(信者)神が困ったときに助けてくれるとは教えていません。唯、真実をお示しになっているだけです。物理的に何かを動かすとか奇跡を起こすものではないと福音書に書かれています。

そう話ながら聖書か福音書のような本を開いて指し示そうとします。私はこの人たちは聖書の内容をすごく勉強しているのだなと思い、このように畳み掛けました。(私)あなた方が信じていることは世界中の物事の一部にしかすぎません。自分の身の回りのことでも殆ど知らないで生きています。鉄やアルミの原料をどこから掘り出しているか知らないでもクルマに乗れたり、建物が建ったりしています。しかし、現実は原料を採掘する人、加工して都合のよい板やパイプを作る企業、それを動かす電力や石油、全て地球の地中から掘り出して精錬、加工されたものなのに、あなた方は知らないでも不自由なく生活できていますね。(信者)・・・・

(私)私も物事を殆ど知らないで生きていると同時に、必要なものを多くの人に助けられながら事業を営んでいてお互いに共存しているだけなんです。頭の中は、この仕事をどのようにやりきるかということしか考えていません。

そうすると、割と安心したような表情で勧誘を諦めて立ち去っていきます。キリスト教だけが信仰ではないよと言いたかったわけです。

因みに信者さんにメル・ギブソン(マッド・マックス主演)が監督した映画「パッション」を観ましたか?と聞いたら観てないといいます。「パッション」はキリストの受難の意味で、映画はキリストの最後の12日間を福音書に基づいて忠実に再現したものということですからカトリック教徒の人が観ていないのは意外でした。

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仕事の状況ですが、大体、このようなチャンバーが15台くらいバックオーダーになっています。一番前に注文いただいたのは1月だということで、かなり焦っております。

後は2月、3月に注文いただいた分ですが順番に出来ていくでしょう。

これは1台15時間くらいかかって作っていますので、全部できるのに2ヶ月近く掛かると思います。新規の注文は止めています。急な修理も他の業者さんへお願いします。

7月くらいには正常な受注状態にすることが目標と考えております。

 

GW前半は仕事しておりましたので、後半は充電期間ということでオートバイいじりです。

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76年型CJ360Tに装着されていたタイヤはIRCの8分山で、このままでも充分乗れますが、このマシンを購入したときに最初にやりたかったことは、タイヤをTT100に履きかえることでした。

30年ほど前に流行った、当時としてはハイグリップタイヤで人気がありました。

しかし、自分のオートバイは長くて1年くらいしか所有しなかったので、憧れのTT100を新品交換したことがなかったのです。

現在はもっとハイグリップのタイヤが販売されていますがCJ360にはこのタイヤが似合うだろうと思っていたのです。そういうわけで大人買いして前後交換です。

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このマシンのお気に入りポイントはドラムブレーキです。ツーリーディングのフロントブレーキはCR250の83年型にも採用されていて経験していましたが、国内仕様がディスクブレーキなのに対して輸出がドラムなんていうのはマニアの心を擽るではありませんか。

二つのブレーキシューの当たりを同調させないと効きが甘くなってしまう構造なので、手間がかかるところが、嬉しいじゃないですか。

メンテナンスフリーではホビーとして適当だと思いません。

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このマシンはセンタースタンドも未装着なのでタイヤ交換はジャッキアップして木材スタンドに乗せました。

いずれメンテナンススタンドを作るでしょう。

ツーインワンのマフラーも外しましたが、裏側はかなり腐食して穴が開いているのが確認できましたので、次回の車検までに新品マフラーを作る決意が出来ました。

リヤブレーキパネルもついでに整備です。ドラムの構造上、ブレーキシューの削れカスがパネル内に溜まってしまうので、定期的に掃除する必要があります。カムのグリスアップも忘れずに

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やはり旧式オンロードマシンにはTT100が似合います。

溝パターンは伝統を継承しつつ、コンパウンドはGP仕様に改良されているので、コーナーでの信頼性が向上しているでしょう。

早くワインディングへ出掛けたいです。

少年時代の夢は叶いました。

 

 

 

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もう一つの魅力はポイント点火であるということ。

コンタクトブレーカーのポイントギャップと接点の形状を保つことで適切な点火時期と良好な火花が得られますが、消耗品なので、定期的にメンテナンスが必要です。

現在のマシンは全てトランジスタ点火を経てCDI点火になっており、このようなわずらわしさはありませんが、自分の手でエンジンの調子を維持するわずらわしさが、かえって楽しみになっているわけです。

シックネスゲージでポイントギャップを測定しますが規定値は0.3ー0.4mmです。最大ポイントギャップになる位置はFマークより40度ほど過ぎたクランク角度になっていました。、点火時期は接点が離れる瞬間なのだろうと思います。

豆電球とバッテリーを繋いでポイントの1次側コードに結線して回路を閉じておき、クランク軸を正転させながら、ポイントが離れて豆電球が消える瞬間が点火時期ということになります。

接点断続角(ドエル角)テスターで測ってみます。ドエル角が小さかったり、ポイントギャップが小さいと接点がスパークで焼損したり、充分な2次電圧が得られなくなってエンジン不調になるらしいのですが今のところ調子よくプラグの火花が出ていますのでむやみに変更しないようにします。

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ポイントカバーのガスケットが意図的に切られていました。

水が溜まらないための処置だと思いますが私的には水が浸入しないように全面シールするガスケットを作って取り付けました。

空気穴は合わせ面下側の溝2本があるので充分だと思います。

次回はガスケットセットを仕入れてからオイルフィルターの掃除をしたいと思います。

 

 

 

 

1年ほど放置しておりましたCRM250の2WDの続きです。

この車両は2輪駆動車の走行性能を確認するための実験車両なので、MXやEDを目的としているのではありません。前輪を駆動する方法やその運動性能について、机上の理論や想像で語る人は時々見かけますが、実際に走行可能な車両を作った例は非常に珍しいので、廃却されるのが惜しいと思って動く状態で保存しようと思ったのです。

実は某2輪メーカーで、これと同様の機構で試作車両を作り実走テストまで行いましたが、安全性とコスト高、舗装路面における不具合などの理由で市販車としては不適切と結論つけたものです。

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おかげで世界に1台の稀有なマシンになりましたが、動態保存するためには時々走行確認する必要があります。

前回フロントタイヤが老朽化のため18インチのフロントタイヤを交換しましたが、サイズが太すぎてハンドリングが重かったので、今回は幅の狭いトレールタイヤに交換しました。

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前回フロントに履かせたK695はリヤにコンバートしました。

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2WDの場合前後のタイヤ周長が同じでないとタイヤの周速に差が生じて、タイヤや駆動系に負荷が掛かってしまいます。

直進時は問題なくとも、コーナリング時にトレッドの横に接地面が移動するため、周速が前後で違ってきます。それが舗装路でのハンドリングの重さに繋がったり、フロントに駆動力があるために、アクセルを開けたときにオーバーステア気味になるなど、通常の後輪駆動車と比べるとクセがある乗り味となります。

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この方式の真価はフロントが回らなくなるような泥、砂地や急勾配で発揮するものです。

普通路面では後輪駆動車に対してメリットはありませんが、癖のあるハンドリングを味わってみたいと思います。新しい乗り方を追求してみるのも良いかもしれません。

 

 

 

 

 

CIMG2561.JPG一年以上ぶりに乗りました。コースはジャパンVETの前日で綺麗に整地された路面でしたが、フロントのストロークと減衰不足でコーナー新入のギャップで底突きます。ジャンプを飛んだ場合はもっと恐ろしいショックを受けるため、ジャンプ区間はスローダウンするしかありません。

コーナリング特性はやはり独特で乗り慣れるのに20分2ヒートが必要でした。

散水後のスリッピーな路面は当然前後タイヤが滑るのとフロントヘビーなので慎重になりますが、フロントタイヤに駆動力がありますので前輪が引っ張っている感覚が味わえます。

三つ又の幅はハンドルを切ってもチェーンが当たらないギリギリの寸法ですがフロント18インチのためかギャップで激しく振られることがあります。スピードを出したギャップ走行は要注意です。

結局通常のMXマシンよりギャップの浅いところを狙うとか、フロントから突っ込まないように工夫して走りますので体力が必要で、よいトレーニングになりました。今度MXマシンに乗るときが楽しみになりました。

CIMG2563.JPG周りのパドックに現行車は見当たりません。非常に楽しい雰囲気です。

83年型CR250は私が関東選デビューしたマシンと同型です。

新入社員で田舎者でしたから、プレイライダー誌(森岡さんが作った雑誌)の広告をみて、最初はモトレオン(後のロッキースポーツ)へMXer買いに行ったのですが在庫がなくて、帰り道にあったモトバムに寄ったら「取り寄せてあげる」といわれて初めて新車を買うことができました。勿論ローンでしたけど 

 

 

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こんなマシンもあって感激です。81年型無限ファクトリーマシンですがラジエターはアメリカのビルダーさんによる新品だそうです。

スイングアームはコークボトル、インテークとエキパイにはサブチャンバーが取り付いていたり、市販車と違う部分が多くてワクワクします。

81年型CR125は学生時代最後に乗ったマシンと同型で懐かしいです。

 

 

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綺麗なKX250、75年型。私は中学1年生でした。このころは未だMXに出会ってなかったですが、月刊MC誌のカタログで知っていました。実車に2013年に出会えた奇跡です。

しかもオーナーの田山さんがビンテージクラスで快調に走らせているのを見て、飾りじゃないことを知りました。

 

 

 

 

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他にもたくさん懐かしいマシンがありましたが、カスタムマシンではこれが目をひきました、上山さんのXT500.ビッグシングルなのに走りもよくて、エンジン、サスなどかなりチューンアップされた話を伺いました。

これをみて、鈴木忠男さんがXT500改で全日本参戦していたのを思いだしました。

体力トレーニングも出来たし、珍しいマシンも見れたし、結構満足できた一日でした。