房総フラワーライン

瀬戸内育ちでしたから海の見える景色が好きなんですが、いつまでも生きているわけじゃないんで
83年から関東に住んでいて35年間で房総半島の南側には行ったことは一度も無かったので
この機会に房総半島海岸線を走破してきました。

関越⇒首都高⇒京葉⇒千葉東金⇒R128⇒九十九里一宮海岸から外房を走り

夷隅⇒御宿⇒勝浦⇒鴨川シーワールドへ

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水族館はどこのも美しいですが

ここはウミガメがいるのがよそと違うかな













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イルカのパフォーマンス

驚異的な身体能力
しかも飼育員の指示に従って
正確に演技する姿は圧巻です。

いったいどうやってトレーニングしたか
全くもって不思議です。








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シャチのパフォーマンスはさらに圧巻です。

体長4mくらいの大きな体の鯱を自在に操るトレーナーさんの身体能力も超人的

猛スピードで泳いでプールサイドに飛び移ったり、空中に5mくらい投げられたり
一歩間違ったら大怪我しそうな演技を簡単そうにこなしています。






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こんな巨体が5mくらいの高さに飛ぶだけでなく
伸身宙返りや4回転捻りも見せてくれるんですから、日本ではここしか見れない演技ですね。

しかも完全にトレーナーの指示通りに動くという知能の高さもイルカ同様、ヒトに近いんじゃないかと思います。





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これは有名なアシカショー

まるでヒトが入っているのではないかと思いたくなる言葉の理解度で演技します。

ボールを鼻に乗せたまま泳いで動き回るバランス感覚は他の動物(人間も含めて)を凌駕しているでしょう。

どうすればあのような高度な調教が可能なのか、唯々信じられません。





初日は日が暮れてきたので、次の場所へ移動します。

鴨川⇒千倉 ここからR410で南房総を走ります。
そして宿泊地、野島埼灯台へ

車中泊ですが氷点下の気温でもFFヒーターのおかげで車内はホカホカで安眠できました。

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早起きして6:53太平洋の海面から
太陽が昇りました。

実は太平洋からの日の出は54年の人生で初めて見る景色でした。

うーん清々しい









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野島埼灯台

房総半島最南端の場所
横須賀造船所建設した仏人技師フランソワ・ヴェルニーの設計で
1869年(明2)点灯した日本で2番目に古い灯台でしたが
最初の煉瓦作りは関東大震災で倒壊し
大正14年に再建されたのが現在の姿。







内房方面R410を館山へ進みます。
南房総から館山あたりの海岸沿いの道路を「房総フラワーロード」と呼び、美しい景観に満足しました。
正月明けなので交通量も少ないので絶好のドライブ日和です。

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もう一つの灯台は洲崎灯台

横須賀の観音崎が日本最初の洋式灯台(明2)らしいですが
ここ洲崎と浦賀の劔埼灯台を結ぶ線が東京湾と太平洋の境界ということで

対岸の三浦半島や富士山がはっきりと見えます。





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道はR127で館山の海岸に降りてみます。

風が強いので波は荒々しいです。
向こうの方に京浜工業地帯が見えています。

ずーとオーシャンビューの道が続き、
スケールの大きさは瀬戸内以上ですね。

是非、温かい季節にオートバイで走りたい場所です。
(寒いのにオートバイツーリングの人、意外にいますね)


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佐貫町からR465で、旅の最終目的地
富津岬へ来ました。

砂が集まってできた松林の岬で東京湾に突き出した不思議な地形です。










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富津岬から見た富士山

大きいので意外と近くに感じられます。
2隻の大型船が確認できます。
あれが坂出の川崎重工で作ったLPG
(液化天然ガス)タンクを積んだ船なんですね。
川崎か市原のコンビナートへ向かい
皆さんの家庭へ運ばれていくわけですね。

今日は初めて見る景色が多くて、来なければ分からないことが見えてよかったです。(せっかく関東きたんじゃけん)


富津からR16⇒東京湾岸⇒レインボーブリッジ⇒首都高池袋⇒戸田IC⇒富士見有料⇒川越⇒鶴ヶ島  
こんな帰路でした。
あしたから2018年仕事開始です。


この5年以内で走破した海岸は
宮城松島ー女川ー気仙沼
上越ー柏崎
三浦半島
西湘ー真鶴ー小田原ー熱海
伊豆半島の上半分
佐田岬半島
宇和島ー八幡浜
そして南房総
気まぐれなんで日本全国行く気はありません。
しかし伊能忠敬という人、北海道、本州、四国、九州、瀬戸内海の島、奄美大島を含む
日本全土の海岸を徒歩で測量し日本地図を完成させたなど信じられない偉業を、55歳過ぎてから成し遂げたということで、この勤勉さを想像すると、我々が直面する困難は大したことないように思えます。
2018は伊能没年からちょうど200年になります。(享年72)
クルマで走った海岸線は200余年前には伊能が歩いていたことを思うと、謹慎です。

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