アルバム

日本の2輪が全盛期のころ、日本で一番RMを売った店だった上福岡のベル・オートが主宰した
スーパーベルレーシングのS田さんが懐かしのアルバムを見せてくれました。

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79年桶川
この年からセニアは国際A級に変更。

左から
#3 杉尾良文
#1 光安鉄美
#12 野宮修一
#10 竹沢正治
#16 的場 平
#38 月岡尚人
#17 小田桐昭蔵
#8 大関昌典
 
       敬称略

私はまだモトクロスしてませんでしたが
このころ、やらんといかんかなー、と思い始めました。(やめときゃよかった)
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ゼッケン9は鈴木秀明選手のマシン

ツインショックの水冷エンジンは希少ですが
両側のショックアンダーマウントに
リンクが見えます。
プロリンクの創世期だったかもしれません。









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渡辺明選手 凱旋し全日本を走る

ゼッケン40は78年セニアクラスなので

世界戦の合間にスポット参戦していたのでしょうか。

私は高専の寮に入っていたので
新聞配達したカネでCB250Tに乗っていました。(ファースト・マイバイク)
全然モトクロス関係なかった。





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アルバム見せてくれたS田さんが先輩の山口さんに稽古をつけてもらっているシーン。
(勝手に想像)
山口さんの指導のおかげでS田さんめきめき上達し、関東選ノービスクラス、シリーズランキング2位に!


場所は「鉄騎兵飛んだ」のロケ地でもある
高坂モトクロス場、
狭山レーシングもよく練習にいきました。





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これがS田さんがアルバム持ってきてくれた
理由の一枚で
場所はSL長野、月岡さんの地元です。
狭山レーシングがMFJランキング表彰式の
表彰を受けるようになった最初の人
平林さんがホンダのジャージ姿の人です。
私はまだ入部してないころ83年の関東選ノービスチャンピオンで、その後退職して
故郷の札幌でモトクロス用品店「サドルバック」をオープンしました。

その平林さんが狭山工場に送り込んできた
新人が小野道郎でした。
部室からの帰り、狭山工場の出口門から
南大塚の寮までのストレートを
BMXでウイリーしたまま一度もフロントを下ろさずに走り切るテクニックに驚きました。

そして関東選デビューし、連戦連勝400ポイント以上獲得したのは小野選手だけだったでしょう。
最後はアサノレーシングチームから国際A級昇格して125クラスだけ走りました。
そして96年型CR125のチャンバーを1本サポートしてあげました。

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S田さんのコーナリングフォーム

アウトから仕掛けるのは
うず潮RCの秋山裕之












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ゼッケン7は鈴木秀明選手

77年桶川のホームストレート

この白い無限のマシンは雑誌でしか見たことなかったですが
ジャパンVETの初めのころオフビレで鈴木秀明さん展示ブースに実車が置いてあったのでびっくりしました。
数えきれないくらいモトクロッサーを乗ってきたと思いますが、この一台を保存しているあたり思い入れの強いマシンなのだなと、思いました。



私も10代のころのオートバイ関係の写真沢山持っていましたが、実家に置いといたら親に捨てられてしまったので殆ど残っていません。S田さんのようにアルバムにして保存しておけばよかったと悔やんでいます。

















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