2016年8月アーカイブ

444(79CR125)チャンバー無限MEタイプと呼んでおきましょうか。プロトタイプ完成です。

CIMG5752.JPG

オリジナル品のプレス成型品とは違いますが、手巻きと膨らましで作りました。

純正の444とは全く違うスペックに見えます。

計測はできませんが
お馬さんはおるかいねー。

曲ったサイレンサーに取り付けていますので、真っすぐなサイレンサー作りも急務です。




CIMG5748.JPG

このパイプは平らな板から切り出して作るのですが
最初から展開図が出来ているわけではありません。
一発目は狙いと違った寸法のものが出来てしまうので、そこから修正を加えて精度を上げていくので
このように展開した鉄板が大量にできてしまいます。







CIMG5753.JPG

車体に取り付けてクリアランスを確認します。














CIMG5749.JPG

マウンティングステー
補強のため座布団付きです。














CIMG5750.JPG

口元とスプリングフックの部分

エキパイ外径φ38













CIMG5751.JPG

テールパイプ

差し込み部分だけです。
非常にシンプルですね。












以上の仕様で初ロット50台分生産に掛かります。

急なご依頼には対応できませんので、ご了承ください。


ホンダモーターレク契約ライダー(80年代)浅野正幸さんのMXコースへ初めて乗りにいきました。
評判通り完璧なコース整備された路面でした。
土質は平らな菅生という感じでアクセル開けられるのが人気の秘密だと思います。
設備も関東のコースではトップクラスで水は井戸を掘って地下水を使っていますが
飲めるほどきれいな水で縞鋼板を敷いた洗車場は申し分ありません。(500円洗い放題)

埼玉は土日雨が降り続いていたのに、あそこはベストコンディションでした。

CIMG5739.JPG
ピンぼけでスミマセン

あれ?いつもと違うゼッケンです。

伊田さんのマシン試乗中ですが
スペシャルサスと24mmオフセットのステアリングを試さしていただきました。

私のはノーマルのエアサスと22mmオフセットですが、全然違う性能に驚きました。

ノーマルエアサスはギャップの通過時が固くて立ち上がり加速でチャタリングが激しくて力で抑え込む必要がありましたが
スペシャルサスと24mmはチャタが全くでません。真っすぐ走っていくので体力の消耗が少ないのです。
ああーこれならレース後半までタレずに走り続けることができますね。
サスは幾らで作ってもらえるか相談します。
ステアリングはハンドワークで作れそうだから、お金を節約してフライス加工します。(買うと上下クランプ7万円くらいだそうです。)

フロントフォークはショーワのSFF(片側ダンパーとエア)なんですが
普段やってないので空気圧の調整を教わりました。
適性値はブリッツ・シュネルさんに合わせてもらったものですが
正確に調整するために自転車用FOXのデジタル・ポンプを仕入れて行いました。
そこで圧力の単位は何だ?ということになりkg/cm2かpsiかはたまたbarかという議論になり
このデジタル・ポンプは単位の換算を手元で瞬時に切り替え表示されるので
エアサスにはpsi(ポンドF・パー・スクエアインチ)で統一すると意思統一しました。

psiはポンド・ヤード法で非SI単位で1kg/cm2=14.2psi

barも非SI単位でギリシャ語の重さという意味のbarosが語源で1kg/cm2=0.98barですから
大体同じグラム・メートル法で使えます。

因みに気象における気圧の単位は1mbar=100paすなわち1hpa(ヘクトパスカル)
1bar=10の5乗pa ヘクトは100倍の意味

普段使わないので慣れた単位で換算しておくと分かりやすいです。
私の場合はトルクも圧力もメートル法でないと分かりません。


正直な話少し迷っています。
マフラー作りやエンジン整備なら職業柄、当然やるべきことと思っていますし、
モータースポーツは人力だけでなくマシン性能も競うものだと思っています。

そこでノーマル以外のいい物を付けて得た結果は自分の能力によるものではない
という考えと(自分で施したチューンアップは能力のうち)
一度いい物を味わってしまうと、それに劣るものは使いたくなくなるという考え

今のレースする目的は何か、ということを考えたらどうみても不利な条件、
体格や年齢からくる体力面を克服して結果を出すことですね。
順位が目標なのではなくで、「オレがやったらこれくらい」という実績がほしいのです。
だからレースやらなかったら何もわからないですからね。

もう少しマシンと向き合い、先輩のアドバイスもいただきながら精進したいと思います。
80年代CR125の無限キットに使われていたピストンは444流用でした。
狭山レーシングで83の無限シリンダーを貰ったので、朝霞の無限本社までピストン買いに行った記憶があります。
444は市販車でもポーラスめっきシリンダーだったのですね。
それから世紀の失敗作フロント23インチもこの年(79年)だけの仕様。

CIMG5733.JPG

これはホーリーさんからの預かり物で
無限のファクトリーマシンらしく
前後サスペンションやチャンバーが量産とは違っています。
フロントも21インチに換わっています。

これが発売されたころ私は高専の2年生で
学生寮の勉強部屋にこれのカタログを貼っていましたが、高嶺の花で実車を見たのは
五明(松山オートテック)でしかありません。

まだどこの会社に入るかもわからない時代でしたから、これも何かの縁でしょう。



CIMG5734.JPG

今回はこの無限パイプの複製を頼まれましたが、プレス成型でなくハンドワークの手巻きと膨らましで似せて作ろうとしています。

量産型とは全然違う形なのでこのマシン所有しているレストアラー向けの補養パーツになるはずです。









CIMG5735.JPG

このパイプも激しく腐っています。
なんとか補修して使い続けようとした痕が見えますが、ここまで腐ったら諦めたほうがよいでしょう。

その代わりに寸法図って新品複製します。










CIMG5736.JPG

こんな感じで型を決めている最中です。

オリジナルもそうですが、ハンドル切ったときにフロントフェンダーが擦ってしまうので
なんとかギリギリ交わせたらいいのですが
難しいところです。



サイレンサーも横から突っ込まれて曲がっているので復刻する予定です。
これは位置決めの治具代わりです。




CIMG5737.JPG

なかなか似ているでしょう?

この型で行こうと思いますので明日から生産に掛かります。

完成までお待ちください。

廃番になった国産トレールモデルの代表格。
2スト生産終了になってからチャンバー作り始めて18年くらい経っています。
年間50台くらい生産とすると生産台数900台を超えていると思いますが
まだ初めて付けてくださるお客さんがおられるのですね。

CIMG5726.JPG
作ったらすぐ出荷してしまうので
CRMとRMXという2機種が揃っている図は珍しいので画像撮っておきました。

用途はナンバー付トレール車のエンデューロから林道ツーリング、公道専用と様々なシーンが想像されます。

レーサーモデルのマフラーではこのような長期間売れ続けるものは無いだろうと思いますので、ウチの主力機種ということになるでしょう。


                  
スチールチャンバーを初めて装着する人も少なくないようで
錆などについての質問を受けることがあります。
普通の商品なら買ってきたままで装着するわけですから、塗装もしてない鉄板は大気中で錆びてしまいます。雨や泥水を被ると即日赤錆になるでしょう。
レース用チャンバーなら未塗装というのが私のポリシーです。全開走行して焼いておけば錆の発生を防げるからです。
頻繁に整備もしますからチャンバー外して磨くことも手入れのうちと考えているのですが
一般の人はなかなか面倒でそんなことはしないと推察されますので
買っていただいたチャンバーがどこかで錆び錆びになっているのは忍びなく思うようになり
出荷時は耐熱クリア塗装してありますので大気中で錆びることはありませんが
排気熱やタイヤからのチッピングで段々剥がれてくるとは思いますが、そのときは剥離して再塗装すればよいでしょう。

CIMG5728.JPG
日曜ですが休みなしです。
急遽修理しないとマシンが組みたたないということなんで
今日はコイツをやっつけます。

CIMG5729.JPG
立派なステアリングブラケットですが
ステダンの取り付けボルトの穴から
上下に割れています。

さてどうしたものか
依頼人は「溶接で付けてくれ」とおっしゃるので、「それはダメです」と説明をします。

このブラッケットの材質は成分分析しないと不明ですが通常なら溶接不可の材料です。
溶接で溶かすことはできますが、簡単に割れてしまって実用に耐えないでしょう。

そこで削り出しのブラケットをボルト止めにすることを進言しました。


CIMG5730.JPG

ボルト穴位置を3次元測定してから
ブラケットの加工寸法を決めますが
厄介なことに
ステダンの取り付けボルトはM7です。
一般的に使わないネジなので
タップ加工ができません。

幸いM7ナットを一個だけ在庫していたので
貫通穴にして締め付けする方法にしました。

ステダンのロッドはピロボールになっているので揺動するときにハウジングが当たらないようにブラケット端面に段付き加工をする必要がありました。



CIMG5732.JPG

フロントゼッケンの取り付け形状が複雑なもので、この寸法のブラッケットでないと装着できないことが分かります。

これで強度上問題なく使えるはずです。

こういうところが純正部品なら問題が起こらない完成品品質だと思います。

実はこのステアリングはステムのオフセットが2mm変更できるので、直進安定性を出せることが売りらしいです。

僕にはコストを掛けただけの効果を発揮できないと思うので(猫に小判)使えません。

CIMG5725.JPG
これは気になるなー。
見に行きたいが大事なレース前の貴重な時間だし、ちょっと無理かな。

バックオーダーにレースに田舎と9月は一日たりともスケジュールは空いてないです。










CIMG5723.JPG

ル・マン富士1000kmレースとな

ル・マンなのか富士なのか
1967から1992まで開催された富士1000km耐久が99年に復活してル・マン24時間レース規定で行われたというもの
優勝チームはル・マン24時間の予備予選出走免除の特権が与えられた。

展示予定のR391が優勝車でドライバーはエリック・コマス、本山哲、景山正美。

CIMG5724.JPG




日本人レーサーと言えばこの人!
高橋国光さん。
1958年MCFAJレースデビュー
BSAで350ccクラス優勝を皮切りに
61年からホンダと契約しドイツGP250ccクラスで日本人として初優勝。
62年は初戦、2戦と連勝し3戦マン島TTレースで転倒して瀕死の重傷を負った、世界の高橋国光さんがゲストというのも貴重です。

富士1000kmでは70年にダットサン240Zで黒沢元治とペアで優勝してます。

1977年にはマーチ75S(マツダ)で片山義美、従野孝司ペアが優勝。
片山義美さんは61年MCFAJで2輪レースデビュー、その後スズキと契約し67年には世界GP50ccクラスランキング2位という、同じく世界の片山(初代)です。2代目片山は同氏が設立した「神戸木の実レーシング」出身の片山敬済さん。
従野孝司さんも同クラブ出身でモトクロスから4輪転向しました。片山氏とは異父兄弟(六甲伝説より)


CIMG5722.JPG

日本では自動車は作っていなくても、航空機は世界最高水準に達していたころの
実機が見れる貴重なチャンス。

所沢なら行けるかな。

三菱重工と並ぶ航空機メーカー、中島飛行機。
あのPOP吉村も中島飛行機の整備士だったことから2輪エンジンチューンアップの元祖ともいえます。

軍事マニアでも航空機マニアでもありませんが、エンジン愛好家なら必見のイベントではないでしょうか。

思い出したことがあります。
会社辞めた理由、癒着体質とゴマスリ昇級に嫌気が指しただけではありませんでした。
小心者の私が最も恐れたことがありました。

会社側には課長や主任研究員と同等の資格を持つ技師という格付けがあります。
専門分野のリーダー格をカテゴリー技師と呼ぶのですが
例えばOAシステムや鋳造、鍛造など専門分野に特化した技師がおられました。
4輪の新機種を担当した時期に鍛造のカテゴリー技師と仕事させていただいたことがありました。
そのころ技師の体験談を聞きました。
常務からの命令で「ブラジルへ行って工場を立ち上げてこい」ということだったそうですが
行ってみると電気も来てないような原始林だったといいます。
正に土木工事やインフラ整備からの建設で非常に苦労した話をされていました。
おまけに「品物が出来るまで帰ってくるな」と言われたそうで、もの作りの前に工場や設備を整えるところからやらされたそうです。

2輪も4輪も国内生産だけでは会社は成長できないことが分かっていて、生産コストや為替レートの変動で年間の利益が数百億円も違ってしまうので、有利な場所で生産拠点を変える必要が出てきます。
また先進国の人口も限りがあるので需要も頭打ちになるでしょうが、人口の多い新興国に市場を開拓しないと成長はできないということでしょう。

私も専門分野だけでなく、栃木工場、HUM(ホンダ・オブ・UK・マニュファクチャー)と連続で新工場立ち上げスタッフに任命されていましたので、その後はタイやインド、または中国などへ駐在させられる気がしていたので、日本でやりたいことは何もできないまま年をとっていくことが許し難い処遇だと思っていたことが最大の理由であったことを思いだしたのであります。

会社っていうとこは給料は保障するけど仕事は保障しないとこだと思っていました。
組合員は簡単にクビにはならないことを盾にして仕事しないで給料もらっている人をどれだけ見てきたか。
魑魅魍魎だらけのあそこには居られないという感じでした。

今年は盆休みも無しでずっと働いています。少しあおっておかないと
来月実家の愛媛に帰ってしまうので、時間がありません。
帰省の目的は空き家になった実家の周りが藪にならないように木々を伐採するためです。
市街地に住む人は分からないでしょうが半年も草刈りをしてないと人が歩けないくらい成長してしまうのです。
枝が伸びた樹木が外壁や軒下に被っていると、木造ですから雨水が滴ってたちまち家が腐ってしまいます。
手入れされなくなった畑も藪になって人が入ることが困難な状態です。
雑草の刈り取りと成長し続ける樹木の伐採のために仕事を休んで交通費かけて愛媛まで行くのですから全く負の遺産としかいえません。
実家は本家の近所に昭和30年に建てられましたから築61年ですが、まだ廃屋にするには惜しい感じです。
終戦の翌年に亡くなった祖父は山を持っていて、山を売っては土地を購入して子供たちに分け与えたそうですが、私の父親が学生の時分に親が亡くなったわけですから二人の姉が働いて弟三人を育てたということで、多分父親が就職したときに独立できるように家を新築してもらったのだと思います。
その後8年経って私が生まれた(昭和38年)ということです。
何も生み出さないし住んでもいない土地ですが、いつでも使えるようにしておきたいと思います。
さっそくマキタの電動チェーンソーを購入したので、山には発電機もって伐採にいけば騒音もたてずに
楽々作業ができるだろうと画策しているところです。


CIMG5718.JPGただ今猫2匹暮らしています。
もらってきた子猫も大きくなって先住猫と仲良しになってこのとおりです。

ブクッとした腹のシロちゃんは震災のあとにうちの工場の裏で泣いていたので助けてやったのですが、そのときは三日放っておいたら餓死したに違いないほど痩せていたのに今では肥満に注意して餌を与えなければなりません。






CIMG4735.JPG

足利の親戚で保護された捨て猫だったニャン太郎はこんなに小さかったのに














CIMG5643.JPG

こんなに立派な猫に成長して
お菓子の袋に入っています。












CIMG5719.JPG


どおです、この腹。

脚の付け根がわからないくらい肉が被さっています。







幸せそーな寝顔だ。
このままにしておこう。




目下のところバックオーダー一か月以内達成寸前なので、一応順調としておきましょう。(何が?)
先日サスペンションのブリッツ・Sさんとこへ納品にいったとき
オーナーの中村ホールディングスさんが所有のハーレーダビッドソンFLH1800からインジェクターが外され、インジェクターの洗浄に出す話をしていたので
「私のもやってもらえませんか」と頼みましたら快諾してもらえたので、早速インジェクター外しました。

CIMG5714 (2).JPG
4輪ではポピュラーなチューニング方法らしいですが
2輪も吸気系の構造は同様になっているので当然やるべきことだと前々から思っていましたが、なかなか機会がなく放置しておりました。

キャブレターでいうとメインジェットとニードルジェットのような役割のインジェクターですが
精密な部品なので僅かな消耗や汚れで性能が変わってしまうでしょう。

症状としてはインジェクター内のフィルターやノズルが詰まってパワーダウンします。
エアクリーナーに設置されたエアフローメーターで吸入空気量を計測しECUで瞬時に計算された燃料を適切な空燃比で噴射するという離れ技を行っているわけですが、電気的な信号を信頼するならインジェクターは動的な機械部品なので信頼性を保つことがエンジンの性能を発揮するために必要だと考えます。


CIMG5713 (2).JPG

これがCRF450のインジェクターです。

フューエルポンプで一定の燃圧がかけられた状態で
インジェクター内のコイルに通電されると
ソレノイドが動いてプランジャーを開いて
燃料を噴射するというしくみです。

したがってプランジャーの開放時間が燃料の噴射量を決定するということなので
今回はその通路を洗浄して
設計通りの流量がえられるようにするという目的です。

施工業者さんから実施前後のデーターもメール送信されますので効果が可視化できます。データーは燃圧2.5ber時の噴射中画像と1分間の消費量で比較したものになるそうです。
燃料消費量が増えることで、元の状態よりスムーズな流れが得られたと考えられるわけですが
パワーアップと同時に燃費が悪くなるとお考えの方は誤りです。
例えば常用回転域でエンジンパワーが低いと余計にアクセル開けて回転数を増そうとしますから
これが燃費の悪化につながります。低速から十分にトルクが出せれば加速もよくなるので
結果的にアクセル開けなくてもよく走るということになるでしょう。

CIMG5717.JPG

インジェクター内部は壊さないと見れませんのでノズルの部分だけ観察しますと
このような穴が開いています。

ステンレスの板におそらくレーザー加工された精密な穴は
この機種ではφ5のノズル径に対して、推定φ0・2mmの穴が12個開いています。

この穴径と数が燃料の微細化と流量を決定していることから
吸入空気と吸気ポート内で混ざり合い燃焼室へ取り込まれる工程の要の部分であると言えます。

日本には自動車も2輪もレースという競技が無かった時代、昭和30年代
戦前は大正時代から輸入車の2輪レースが存在したのを除けば
戦後の復興から「これからはスピードの時代、自転車なんか乗ってないでオートバイを作ろう!」というスローガンの下、メーカー主導の2輪レースが始まりました。
しかしアマチュアの一般参加が出来るレースが望まれ、八重洲出版(モーターサクリスト誌)がMCFAJを立ち上げたのは2輪レース愛好家なら周知のことです。
では、なぜ第100回かという疑問がわきますが
先代の西山委員長(トシ・ニシヤマの父)が主催した時期は春と夏2回開催した時期があったので
創立58年のMCFAJ全日本大会が100回目ということも納得しました。
また、関東しか開催しないMCFAJなのに何故、全日本かというと設立当時は福岡県の雁ノ巣でロードレース開催された(あのPOPヨシムラも参加していたし、小説「汚れた英雄」にもでてきます。)
全国からエントラント募集するつもりだったころの名残と思われます。

CIMG5712.JPG

梅雨明けした関東は暑い、浅間高原でも同じこと。
前回オフビレ大会は猛暑で熱中症気味になってしまったので、今回は入念に暑さ対策しました。

ところが30年以上モトクロスやってきて
スタート前にフロントタイヤがパンクしているなどというトラブルは初めてのことです。
気付いたのはグリッドについてからなので
修理する時間がありませんから
リタイヤしようと思ってパドックへ引き上げたのでした。

そしたら隣にいた伊田さんがホイールを貸してアゲルとおっしゃるので
スペアホイールではなく伊田さんのマシンからフロントホイールをはずして私のマシンに組み換えました。ブレーキローターも大径のものだったので、ローターも交換などしているうちに
無情にもスタートのエンジン音が聞こえてきました。
なんとかホイール交換終えてコースへ走らせましたが、すでにトップグループはコントロールラインを通過中、中盤手に割り込んで1周遅れでスタートしました。
鬼人の追い上げで前走者を抜いていきますが、抜いても同一周回のビリですから、やるせない気分で走っていましたら、ようやく3位の人の後ろに追いついてレース終了でした。
一応15位完走で3ポイント得ましたのでリタイヤよりはマシでした。
これも一重に伊田さんがいてくれたおかげで、自力ではリタイヤだったと思います。
おまけにヘビーチューブもくれたので午後のレースは自分のホイールで走れます。
パンクしたチューブ見たらリム打ちして破けていました。
エアチェックは公式練習前にしていて第一レースだったので点検がおろそかになっていました。
次回から対策したいと思います。(今更か!)
午後のEJ450のレースではアクシデントもなく4位走行で18ポイント得られましたのでホット(HOT)しました。
今年の目標はSE昇格しかありませんので残り4戦、気を引き締めてやっていきたいと思います。
チビでも450、50過ぎでもSE昇格を証明したいです。


雑草が伸びて視界が悪い観戦ポイントですがEJ450のレース風景です。
トップは元IB、モトロマン所属だった福田選手44歳
2位は大内家長男の19歳リキヤ選手
3位はいつも追いつけない高橋選手40歳
そして4位、PRECIOUS.FRTクドウ選手53歳

8月はレースないので(僕はね)次回は9月11日MXヴィレッジです。