嗚呼、SUZUKI

81年の夏、人生の選択を迫られた時期に浜松のスズキ本社を訪れました。
定期採用の入社試験を受けるためです。そのあとに渋谷区神宮前のホンダ本社にも試験を受けに行きましたが、会社比較して両方内定をいただいたなら大半の人は私と同じ道を選択したでしょう。
内心は非常に悩みました。学生時代にモトクロスにのめり込み、スズキの技術革新に大変な興味をもって、できることならRMシリーズの開発に関わってみたいという思いもあったからです。
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タミヤ1/8スケール82年型RM250です。

当時はこれが一番速いモトクロッサーだと信じていました。
フルフローター2年目、スズキの250ccとしては初の水冷エンジン。
最初からラジエター位置がタンク下の両側に振り分けられたスタイルは現行車においてもスタンダードとなりました。

81年型125はダウンチューブ前のシングルラジエターだったので泥はねとタイヤクリアランスの点で問題があったのです。

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モトクロス黄金時代から画像拝借しました。

81年だけフルフローターで空冷エンジンの250ccが販売されました。

フルフローターの技術説明が理に適っていて、リヤサスペンションの新時代を予感させる画期的な構造は、ヤマハモノクロスを凌ぐものだったと思います。





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私が最初にMFJのレースに参戦した125モトクロッサーです。
画像は79年型ですが、翌年、リヤフェンダーが丸みのある形に変更された80年型だったことが判りました。
高専3年生のときに先輩から買った1年落ち中古車でしたが、自分にとっては1年落ちが新型ということで、貧乏学生の宝となりましたが、学業以外の時間は全てアルバイトに費やした覚えがあります。




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ホンダ在籍中に買ったRM125は90年型でした。
社内クラブ、狭山レーシングは88年に退部していたので、どのメーカーに乗ろうと自由になりました。
当時、フラッシュサーフェイスと呼ばれた
サイドカバーとリヤフェンダーが1連のデザインとなったプラスチックパーツも現在では当たり前ですが、このモデルが最初だったのです。



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そして、ホンダ退職後に買ったRMは92年型でした。

MFJのレースを走る現役最後のマシンがこれだったわけです。
仕事1週間休んで熊本の全日本を走りに行きましたが、当時28歳でエントリーリスト見ると年寄りから2番目の年齢だったので、潮時だと感じました。
最近は40代、50代でも全日本エントリーする人が多くてモトクロスも高齢化になったもんです。

今は頑張らない走りで健康維持のためにモトクロスしています。(ヤリ過ぎは禁物です)

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