人と人

ジャパンVET行くと全日本より人密度が少ないためか、久しぶりの人たちに沢山会いました。
城北ライダースOBの吉友さんが高校同級生というシオハウスさんに秘蔵のサイクルサウンズ誌を譲り、既に沢山持っているシオハウスさんが私にくれた同雑誌を懐かしく閲覧してみました。
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85年の3輪バギーのレースです。
ゼッケン2番はビンテージクラスでGS750を走らせている長裕さんです。
職場が私と同じ狭山品管にオートテクニックとして入られてバギーやモトクロッサーの耐久テストをする仕事を経て
先輩のドリームトキへ転職、ファクトリーマシン「ダミアン号」で3輪バギー参戦したころの記事です。
昭栄のカリフォルニア支部から語学留学で来日していたポール・ドネリーさんは
CRやバギーを委託生産していた八千代工業に勤務していた、これまた狭山品管オートテクニック出身の山口さんのアパートに居候しながら、八千代工業3輪バギー同好会所有のATC250Rでの桶川出走でした。結果は長さんの圧勝だったようです。
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これも85年の記事。今ではシーズンオフだけでなくアメリカへ移住してMX活動する人が増えてきましたが
MX留学の元祖はこの人、岡崎純さんです。
先日のジャパンVETも観にきてました。
お父さんの故郷、土佐の名前で重量運搬の会社を経営されています。
当時はジム・ホーリーさんとこに預けてのマメリカ修行で、日本では伊田スポーツライダース所属だったので、伊田さんに旅費も渡してコーチしに行ってもらったときの写真だそうです。出会ったんじゃないんだよね。

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そして、この人。
モトクロスは年をとってくると体にきついです。
だから昔速かった人も殆ど辞めてしまいます。
しかし、体力年齢に合ったレースが存在すれば今でも走り続けたいと思うのは、レース経験者の誰もが思う願い。
それを実現してくれた立役者が伊田さんというわけです。
85年の開幕4ヒート連続優勝は今でも語り草になるほどです。1日で賞金400万円貰ったなど夢がある職業じゃないですか。

桶川、熊本と2戦連続雨のレースでの勝利、よほど伊田さんは雨のレースが得意なのかと思っていました。
ところが最近になって当時どのような思いで走られたかを聞いてみると、意外にもマディーコンディションは好きじゃないそうです。
テストで沢山乗ってきたからどんな路面でも対応できるだけ、近道はない沢山乗り込むだけだということを話しておられました。
冷酷な戦闘マシンの部分は技術屋さんだけの話でライダーは本当に人間味のあるヒューマンスポーツなモトクロスだと思います。


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