2012年1月アーカイブ

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ダイノジェット計測でお世話になっているmotoGLADさんとこのテイスト仕様のロードレーサーです。

チャンバーのワンオフ製作をやる予定ですが、今月中の納期なのに今頃取りかかっていて大丈夫なのでしょうか。

社外品のチャンバーが付いていましたが、満足できず新作してほしいという依頼で、内容を確認しますと、中速の加速が緩く、高回転も頭打ちが早い。サーキット走行では少々物足らないと感じるようです。

チャンバースペックを測ってみましたら、どうやらストリート向けで強烈なパワー特性を控えたおとなしい乗り味になっている様子です。

幸い弊社では17年かけて溜め込んだチャンバースペックが多数、秘蔵ノートに書き込んでありますので、これは2ストパラレルツインの250ccなので125シングルエンジンのレーサースペックを引用して製作していきたいと考えています。

それから形状デザインですが、付いていたチャンバーはエキパイがクロスしたタイプでしたが、右バンクで路面とヒットしてしまうのでレイアウトを見直す必要があります。当然左右非対称となりますので、違う型を2種類作ることになります。筑波サーキットは右の高速コーナーが多いので右バンクの条件が厳しくなってしまうのです。

ではこれから1週間はこれに専念することになりますので、他の仕事は一切できません。戦闘機向けのチャンバー製作は最も意欲的な作業であります。

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チャンバー形状を見直す工程ですが、膨張部分が後ろに位置すると、リヤサスのリンクと干渉するため外側に張り出してしまいます。フレームから僅かにはみ出した部分がフルバンクしたとき、路面と擦ってしまうので

膨張部分を完全にフレームの下に収めるレイアウトを取らなければなりません。

そのためエキパイ部分をなるべく前方に取りまわすために、このようなクロス形状にしてみました。膨張部分とダイバーコーンは左右別形状になりますので、このあと展開図を作成していきます。

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右側のチャンバーは、このとおり繋がりました。膨張室を完全にエンジン下部へ追い込んであります。

次に左側のチャンバー形状を決めます。

 

 

 

 

 

 

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左側はこんな形状です。チャンバーのスペックは左右同じなのですが微妙に形状を変えないと、フレーム下にピッタリと収まりません。もうガチガチのクリアランスで5mm動かすとフレームやステップブラケットと干渉しますが、これでフルバンクでも路面と接触することはないでしょう。

あとはマウントステーとテールパイプを溶接してサイレンサーを取りつけます。

 

 

 

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取りつけ確認して完成です。

サイレンサーは125ccシングルの標準的なサイズです。サイレンサーマウントはありませんのでテールパイプ溶接部に補強パッチを当てて亀裂防止してあります。

motoGLADさんはロードレース経験豊富なので、キャブセッティング、パワーチェックなどお任せしたいと思います。

チャンバーは未塗装です。運転中の排気熱で焼けてしまえば、錆びの進行が遅くなりますので問題ないですが、長時間保管する場合は防錆スプレーか耐熱塗装がよいでしょう。

これは、ラインナップではありませんが、お客さんの要望で作ってみました。

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アルミの筒とチタンカップの組み合わせですが菱形断面にしました。オーバルより曲率の小さいR曲げにより剛性があがります。

その反面、チタン板の曲げが固くで難義です。プレス機なしで手加工ですから力技で成型しています。

250サイレンサーと同じ形状ですが、450の排気量にあわせて全長で50mm長くしてあります。完成してから2mMAX法で音量計測します。

 

 

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2012年型CRF450です。オーナーはフラワーオートの嶋野さん。

80年代、ATV協会創世記のころの3輪バギーチャンピオンで、あの"ダミアン号"の運転手でした。60歳過ぎても新型の450でMXでトレーニングする理由は、同年代の仲間が薬飲んでないと健康でいられないのに、MXで体を動かし汗をかくことで体力を維持するためだといいます。

友人が「嶋野くんは本当に薬を飲んでないのか?」と驚いて聞かれたので「MXが薬の代わりだ、バイ〇グラは時々飲むけどな」と笑いとばしたそうです。

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サイドカバー付けた状態ですが、サイレンサーエンドの位置がノーマルと同じです。

エンジンかけて吹かしてみましたが、アクセルのレスポンスもよく乗りやすそうです。騒音も思った以上に静粛で、2mMAX法で計測してみましたら110.6dBでしたので250と同等の消音性能を発揮しています。

今年、MCFAJも登録されたそうなのでレースの方も頑張って続けていただきたいと思います。

正月前に工場の掃除をしたとき、何年も手付かずのスチール棚の奥に忘れられていた封筒が見つかりました。その中には10年から20年前に撮られた写真が入っておりました。

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これは元MCチャンピオン、宍戸さんが主催していた、赤城スポーツランドのガンバレースのときの写真です。

96年だと思いますが、あのころは、4ストモトクロッサーも、アルミフレームも販売されていませんでした。フレームは量産車の改造では面白くないと思って全部製作にしてみました。エンジンはスクラップになっていたXR250を拝借して、足回りはYZ250の中古車からはずして使用しました。

4ストエンジンでモトクロッサーのサスペンションの組み合わせが当時は存在しませんでしたので興味本位でつくりましたので一応レースも走ってみたということです。その後、解体して何も残っていませんので忘れていました。

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これも10年以上前であまり覚えていませんがCB92ですか。左2本出しのエキパイを頼まれて製作したものです。

スチールパイプの手曲げでクロームメッキ仕上げです。エキパイのクロスした部分と平行に並んでリヤサスを逃げたカーブが絶妙です。この時期から旧車のレストアマニアのお客さんが増えてきたように思います。

まだ現役で走っておられたら嬉しいです。

 

 

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こんな旧車も持ち込まれたのを忘れていました。エルシノアMT250、ホンダの最初の市販モトクロッサーのベースとなったマシンですが、オーナーはオフロードで走らせる気は全くありませんので、ダウンチャンバーが希望でした。見本がありませんので全部自分のオリジナルです。

こんなオートバイでストリートを流して走る姿を想像しただけで羨ましく思います。

 

 

 

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これが一番古いですね。会社辞めたてのころです。ベランダ工事屋に転職しようとしていましたが、なぜかドリームトキで丁稚をやっていたころです。

光輪で販売するマフラーを作っていたときにお世話になっていたファクトリーベアの大沼さんが、A級ライダー上がりたての龍一郎選手をアメリカで走らせていました。LA近郊のコロナにあった大沼さんの家に招かれてグレンへレンへレース観戦に行ったときのことです。

あの家には後にジュビロヤマハでメカニックを務めたヒラポンさんやライディングスポットの長吉さんも同居しておられてビックリしました。濃いキャラクターの人たちです。

中央のベアーの黒いジャージが私、右が高浜龍一郎選手、左は八千代工業の山口さん。山口さんはホンダでATCの3輪車を作っていたころオートテクニックで働いてた、私の先輩にあたります。八千代工業はATCやCRシリーズを87年まで製造した会社で、今は4輪のガソリンタンクや軽自動車の組み立てをやってるメーカーさんです。

記憶というものは、どんどん忘れていってしまうものですが、写真が残っているおかげで当時の記憶が蘇ってきてありがたいことです。