2011年8月アーカイブ

2000年にトヨタが三菱地所から買収して03年からコースの全面改修を行ったFSWへ行ってきました。MCFAJのロードレース開催日でしたが、レース観戦だけが目的ではありませんでした。

クラブマンMXも同敷地内で開催されていましたので、年3回くらい走りに行っておりましたが、改修工事でMXコースが閉鎖されてからは一度も行ってなかったので、どんな状態か確認することにしました。

CIMG0428.JPG

1.5kmという長いストレートの前に立派な3階建てのピットエリアが建っています。

グランドスタンド正面には大画面のモニターが掛かっていて裏のコース状況が実況されるようになっています。

当日は東富士演習場で富士総合火力演習ということで、過去最大規模の実弾訓練があったそうです。大砲80台、戦闘機30機で使用された弾薬は合計40t、金額3億2000万円が消費されたらしく、スピードウェイにも砲撃の音や振動が伝わってくるという独特の環境ですが、敷地内のドリフト練習場のタイヤの悲鳴やエンジンの爆音はそれをはるかに凌ぐもので、普段聞いているモトクロスの音は、静かなトレールバイクのようなものにかんじられます。これが本物のレース場の音です。

CIMG0429.JPG

10万人収容できるという観客席は向こうの端がみえないくらい広いです。トヨタがF1を開催する目的で本気を出して作ったことが伺えます。しかし、その影に潜んでいる問題は、コースのインフィールドにあったMX場の閉鎖でした。

80年代のMX黄金期は二度と訪れないということを、この施設を見て確信しました。

鈴鹿や桶川など日本のMXに無くてはならないはずのレース場が消滅しましたが、このFSWも重要な役割を持っていました。

クラブマンMXのエントリー台数は400台を超えていたのに、ここのレースが無くなったおかげで翌年から半数に減少し、最近では100台少し越えるくらいで、近い将来100台割れすることが予想されます。

トヨタはAMAのレースチームにはスポンサードしているのに、MXレーサーより何倍も高価なハイエースを買ってくれるユーザーには来てもらわなくていい、または同社の顧客の多くがMX愛好家であることを視野に全く入っていなかったということを示唆します。

その結果、何百億も掛かったであろうコース改修の末、レース日も空席だらけで、静岡、山梨方面のMXライダーの走る場所を無くしてしまっただけという現状が日本のMXの未来を暗示しているように思われます。

CIMG0432.JPG

レースの方は自分の体調が悪く、雰囲気だけ味わって、あまり観ていません。

そのかわり併催されていたビンテージミーティングを見てきました。

初めて見る珍しいオートバイの数々。

これはフジというメーカーのマシン。

フジは勿論、地元の企業で昔オートレース用のエンジンを供給したり、現社名は、あのHKSと変更しました。フジは戦時中中島飛行機の整備士だった人たちが、戦闘機からオートバイに転職して起こした会社です。

CIMG0430.JPG

CR110.ホンダの50cc市販ロードレーサー。

世界中に殆ど残っていない希少なマシンがここにありました。

しかも、このマシンのオーナーはもう一台持っていました。

 

 

 

 

CIMG0435.JPG

同じCR110のエンジンを載せたモトクロスマシンも作ったようです。

乾式クラッチやエアファンネルでも気にしない大胆さに敬服です。

カムギヤトレインでツインカムの50ccレーサーなど二度と作られることはないでしょう。なぜなら50ccのGPレースは無くなってしまったからです。

私はこのマシンを世界遺産に認定します。いつまでも保存してください。

 

CIMG0437.JPG

インディアン4です。1200ccということくらいでよくわかりません。他にも珍しいマシンが多数展示されていましたが、全部走れます。エンジンかけて駐車場をデモ走行してもらいました。

そして、オーナーの年代もそれにふさわしいもので、やはり人間は新しいものより自分と同じ時代を生きてきた物に愛着が沸くものだと実感しました。

私もそんな一台を見つけて共に年を取って行きたいと思います。

 

CIMG0443.JPG

サイドカーレースもあります。珍しいカウルはずしの場面です。91年ドニントンで観たヨーロッパ選手権以来です。当時はTZ750エンジンワンメイクでしたが、今はリッターバイクが全盛のようです。大会の規模もレーサーの数も本場ヨーロッパには及びませんが、こんな手作り感満載のレーサー作って遊べる余裕が羨ましい限りです。

今度はじっくり観にきますので、辞めないでがんばってもらいたいです。

とにかく、大企業のバックアップなしでは立派なレース場は生まれません。資本力では比較にならない個人商店で運営されているのがMX場の現状です。こんなところで格差社会を見せつけられたような思いです。自分は自分のスタイルで、できることをやっていこうと思います。

 

 

CIMG0419.JPG

錆びない元素として有名なクロムを電気鍍金により処理した技術で一般的に"クロームめっき"と呼んでいます。

クロムの前処理で銅めっき、ニッケルめっきの層が乗っていますが、直接クロムが乗り難いことと、細かい傷や凹みが金属表面に残っている場合、厚付けした銅めっきを研磨して修正することもあります。

表面に光沢があるのは処理前に研磨されているためで、研磨の仕上げが鍍金後の光沢を左右します。

従って研磨なしで鍍金処理しても光沢は生まれません。研磨工程と鍍金がセットになった大変な手作業なのであります。

CIMG0420.JPG

画像はDT200WRのチャンバー。

通常は未処理で出荷しますが、お客さんの希望により耐熱クリア塗装を施す場合もあります。

誤解のないように、弊社は鍍金だけの依頼は受け付けしておりません。弊社のラインナップ品に限りオプションで、外注先の工場へ持ち込んで依頼しています。

このチャンバーのサイズで処理料¥15000いただきますので品代総額¥40000(税別)になりますので結構高額ですね。

レーサーモデルのチャンバーにはお勧めしません。重金属なのでパイプを保温することになり、冷えが鈍くなります。即ち、パワー特性にも影響するということと、走行毎に洗車して整備するのが当たり前なので、防錆も自然にできるでしょう。

ところが、ストリートモデルでは毎回洗車などあり得ないでしょうし、屋外保管も多いでしょうから、ノーメンテナンスで腐食を防ぐにはクロームめっきは最適なのです。

CIMG0421.JPG

鏡面仕上げなので、カメラを構えた自分が映り込んでいて、絵的に良くないですね。こういう場合は望遠で離れたところから写すべきです。

研磨状態が分るように撮りましたが、溶接ビードが少し残る程度の仕上げにしています。

さらに研磨を進めるとビードも見えなくなるのですが、板厚が薄くなって強度が落ちてしまうので、これくらいがベストでしょう。

また、どんなに慎重に扱っていても転倒したり、物にぶつけてしまって、凹みが目立ってしまうことも起こります。

そんなときは、弊社の商品に限り修理サービスも行っています。水圧で膨らませながら、凹んだ部分だけ叩くことによって盛り上がってきて直ります。熱はかけませんので焼け痕がつくこともありません。用品店と違うところは、売った物に対してアフターサービス出来るところが強みなのです。そのかわり、社外品には冷たく当たりますのでご了承ください。

CIMG0416.JPG

97年型を最後に生産中止になってしまったTT250RのクランクケースR側です。

シフトシャフトのリターンスプリングが当たるφ8のピンが立っていますが、その圧入部分が半分欠損しています。

破断面の位置から、シフトアップ時の荷重で亀裂が生じたと推測できますが、圧入部の強度不足ですね。

症状としては、シフトペダルが踏み込んだまま戻らないということです。本来、ケース交換するべき不具合ですが、すでに絶販部品となっているので、仕方なく修理します。

CIMG0417.JPG

破片は無くなっているので、アルミ棒から切り出して欠損部分を整形します。

塗装は剥離材で除去し、ピンを差し込んだ状態でバイスプライヤで締め付けて溶接します。

アルミが収縮してピンが締まりますので強固に固定されるでしょう。

 

 

 

 

CIMG0418.JPG

溶接完了です。ノーマルより肉盛りしておきましたので、当分の間シフトチェンジに耐えられるでしょう。

しかし、最終型からたった14年で部品のラインナップが無くなるという恐ろしい事態です。

安心して古いマシンを乗り続けられません。幸い修理テクニックがあったので良かったですが、そうでなければ廃車するしかありません。

古い部品をストックするにも、倉庫代が掛かって儲からないことはわかります。オートバイはモデルチェンジが多すぎるのです。

新車買っても数年で旧式になってしまうので、次々乗り換えるか、モデルチェンジには付き合わないで長く大事に乗るということになりますが

旧型を救済し続けると新型を買わない人が増えるということでしょうか。オートバイは新しい方が性能がよくなっているのは当たり前のようですが、いつまで続くでしょう。2011年モデルも20年後には旧式と呼ばれてしまうでしょうか。

新しいものが生まれるのと同時に古いものも増え続けていきます。その救済をどこまで続けていくかがこれからのオートバイライフの課題だと思います。

 

たまに質問を受けることがあります。「溶接はどこで覚えたのですか?」その時なんと答えたかは覚えておりませんが、事実は次のとおりと思っています。最初の体験はガス溶接でしたが高専の工作実習でした。そこでは、あくまで体験というレベルで何の習得もしていなかったです。やがて会社員になって、量産前の車両をテストする部署に配属されて、テスト装置も自ら製作しなければならず、テスト治具を溶接で組み立てるという目的で作業ピットにあったアーク溶接機を使ったのが、仕事としての溶接の始まりでした。

会社のオートバイにも乗っていましたが、スタンドは全て自作で、会社の工作室に鉄パイプとアーク溶接機があって、オートバイ部員は自由に使えましたので、暇さえあればスタンド作りをしていました。スタンドとは、ピットで整備するときやパドックでマシンを立てておくものですが、オフロード車は独特の形態で移り変わってきました。今ではスタンドはオートバイ用品店で売っているのが当たり前になっていますが、私のスタンドライフには買ってくるという言葉はありませんでした。

10代のころ貧乏学生のくせにモトクロスはやっていて70年代後半から80年代前半は一升瓶のケースがスタンドの定番でお醤油やお酒の一升瓶が入るケースを逆さまにしてマシンを乗せていました。あのスタイルが誠にカッコよくて惚れ惚れしたものですが、時代は水冷、モノサスに移り変わるころ、ワンタッチ式のスタンドが登場してからはスタンドの形態が変わっていきました。

CIMG0411.JPG

こういう形のスタンドをモトクロスをやったことがある人は一度は使ったことがあるでしょう。このデザインの元祖は、日本全体では分りませんが、関東地方では、うず潮RCのお店で販売するために、川越の甲斐野製作所に依頼して作ったものであります。最も材料を簡素にすることが目的で、これ以上シンプルな構造のワンタッチスタンドはないでしょう。

その後、外国製の廉価なスタンドが大量に生産され、この方式のスタンドは見かけなくなりましたが、このシンプルさと使い勝手のよさは捨てがたく、さらに改良を施して作ったのがこのタイプです。

基本構造はアルミ6063角パイプを使用し、強度の必要なリフトアップ部分はSUS304を使用し、総重量3.2kgという軽量さでフルサイズのモトクロッサーも楽々とリフトアップできます。自分のスタンドは8年間使用中ですが、故障したことがないくらい耐久性もあります。

ときどき、動かないワンタッチスタンドをひたすら踏みつけて、壊している人を見かけますが、稼動部分のメンテナンスをしてやれば、問題なく動くのに愛情を持って使ってやらなければ不調になるのはオートバイもスタンドも同じでしょう。