クラブマンMX第1戦

2月13日オフロードヴィレッジ大会の開幕です。3週間以上雨が降っていない関東に金曜から雪が降ってしまって、土曜も小雨が降り続くなか、コース下見に行ってきました。

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レース前なので完全コース整備!

かと思いきや、レールは3週間前から変わらず、固く締まった路面は水が浸み込まず

このとおり非常に滑りそうな状態です。

関東地方大雪の天気予報は大袈裟でした。

これはフープス後の2コーナー

 

 

 

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最近変わった部分の一つ逆バンク

イン側のレールをはずすとタイムロスは免れません。

しかし、ここも3週間前と同じレールがそのまま残って水が溜まっています。

完全にアクセルワークとバランスの勝負が予想されます。

諦めの境地

 

 

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唯一、スタートラインだけは入念に整備されていました。

看板も4月の全日本MX用に出来上がっています。

去年の2月、3月はレースに出ませんでした

なんでこの寒いのにオートバイに乗らなければならんのか、仕事もはかどっていないし時間が勿体無いという理由でした。

今年はそんなことではいかんと思い直し、開幕から走ることにした訳は

オートバイにかぎらず、柔道とか剣道とか自分の種目を続けていく諸先輩方を何人も見てきて、尊敬の念を抱いているからです。

当然、年齢とともに体は衰えていき、実力も下がってしまうわけですが、それを受け止めて自分に向き合って生きていく姿勢が人生そのものであると考えるのです。

他人と闘っているわけではありません。自分を磨くために相手になってもらっているだけです。寒いとか路面の状況が悪いとか、言い訳を言って楽な方へ逃げてしまっては自分を堕落させていくだけでしょう。

中学のとき剣道をやっていましたが、人間関係が嫌になって辞めてしまい

高専で空手部に入りましたが、蹴りが手に当たり右手親指を開放骨折して鉛筆が持てない手になってしまい、学業に支障を来たすようになって辞めてしまい

モトクロスは幸い30年続けてこられたので、これを自分の種目と思って諦めないことにしたのでした。

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公式練習や午前中のレースは凍結した泥が解けてきて超マディーになってしまいました。

私がエントリーしているSE150のヒート1もドロドロで、無理すると転倒しそうでしたが、最終ラップにライバルと絡んでコケテしまいました。

最後まで開けきれなかった自分の弱さが出てしまった結果でした。

トップクラスのGPヒート1では元ホンダのワークスライダー対決も観れて豪華です。このころは路面もドライでスピードが上がってきました。

クラブマンMXは毎年登録するチーム名を自由に決められます。そこで去年までは、辞めた会社のクラブSAYAMA RTで登録しておりましたが、今年はHONDA SPEED CLUB(HSC)にしました。

HSCはホンダの契約ライダー、高橋国光選手や北野元選手が所属してマン島TTや世界GPへ参戦した当時の社内クラブの名前ですが、MCFAJの歴史からはその名前を聞くことはなくなってしまいました。現在でも久保和夫さんの城北ライダースや長谷見昌弘さんの青梅ファントムなど日本のレース史の創世記から残っているクラブ名があるのに、HSCもクラブマンの歴史に残したい名前であることが理由であります。(年配のライダーしか分らないでしょう)

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マディーのいやがらせから一転、ヒート2終了後の我マシン。全然汚れていません

しかし、轍が固まった路面は快適ではありませんでした。再び自分に負けて11位というリザルト(16台中)に満足はしていません。

満足しないからこそ、また挑戦するのだろうと思います。

 

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