2010年6月アーカイブ

本日はYZ85サイレンサーの音量計測と走行テストのため軽井沢MPへやってきた。

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伊集院号、練習車と本番車。今日の天気は朝から小雨、午後時折本降りという状態。

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ライダーはこの人、伊集院忍さん。大学1年生、ようやく念願の一桁ゼッケンだがマディコンディションになると、たちまちトップライダーに変貌する才能の持ち主である。

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今回のテストはこのサイレンサーで行った。

YZ85はノーマルで音量オーバーにより車検落ちすることがある。

このサイレンサーは音量を規定値以内でパワーもアップしようという狙いがある。

まず、完熟走行後、温まったエンジンで計測したが、ノーマルで100dBを超えている。

「おかしい」と思って別の車種で計測してみたが、やはり数値が高いので測定器の調整が狂っていると判断して、ノーマルとの差異で評価することにした。

ノーマルとアルミサイレンサーの差異は8000rpmで2dBもアルミの方が低いことが判った。

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次は走行フィーリングだが、雨で滑り始めた路面でも低回転からトルク感が出ている感じで

扱いが楽であるとのこと。音量も下がったし、実用域のパワーも出ているということで

次の全日本北海道大会から実戦投入していただくことにした。

伊集院選手の今後の動向に注意していきたいと思う。

よく会社の先輩に言われたものだ。

万年橋をクルマで渡るときは「お前の橋だ!」などと罵声をあびせられることも

18歳でレースを始め、四国で3年、関東で3年ノービスやったが、万年とはどういうことか、

一生ジュニアに昇格できないという意味なのだ。

それを認めないことが私のMXレースの最大の目的だった。

関東選でシリーズポイントを獲って昇格することが、レースの目的、昇格のないレースはただの遊び。 IMG_0631.JPG

 

MFJの昇格通知、この紙切れをもらうために、どれだけの苦労をしたことか、

センスや才能のある人は難しいことではないだろう。

157cm、50kg、股下70cm、このサイズで成し遂げるには普通にやっているだけでは無理だっただろう。

人の知らないところで努力したのだ、それから絶対に諦めない不屈の闘志、この二つが目標達成に必要だった。多くは望まない、昇格が自分としての区切り。

あれから23年、今の自分にとってのMXはアンチエイジング、老化防止のスポーツの一環なのだ。

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今週は手の怪我が癒えず、レースを走れないのでMCFAJの観戦にオフビレへいってきた。

この人は3年連続GPクラスのチャンピオンを狙う男、スタート前にこのヘルメットの中で何を思うのだろう。

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伊田選手は語る「大塚君が来たおかげで、俺はHRCのシートを失ったんだ」と2度目の無限契約を果たして戦った。20年経った今でも因縁の対決は続く。

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もう一人ビッグネームは元ヤマハワークスライダー、デナシオン日本代表選手の田淵武選手。

85年B級時代、松山オートテックで優勝した姿は忘れない。松山のフィニッシュジャンプをカウンター切って飛び出してくるフォームは若きリックジョンソンかグローバーにそっくりだった。

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GPクラスヒート1のスタート。序盤から大塚選手がトップに立ち、逃げ切った。

2位から追走する伊田選手は同じペースながら、痛恨のエンスト。

なんとクラッチのアジャストを瞬時に済ませ再スタート、2位をキープした。

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ヒート1表彰式、前回のレース同様オールスターMXだった。観戦無料すばらしい!

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2ヒート目の方がペースが上がるという大塚選手、彼の目線の彼方には必勝しか見えていない。

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ヒート2スタート、タイヤを滑らせてしまって若干遅れた大塚選手。しかし、スピードでは負けない

ホールショットだった伊田選手もパスしてトップを快走した。

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ヒート2表彰式、8キロ減量した伊田選手と10キロ減量した大塚選手。

「田淵さん、私の言いたいことは分りますよね」とMCFAJの新津会長の言葉が場を和ませていたのだった。

お得意先のGEN'Sさんから事情があってRZRをお預かりしました。

2輪専門誌に掲載されたという同マシンを当ブログにも載せたいという思いで書いております。

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テイスト・オブ・フリーランスで数々の勝利を収めてきたゲンズさんのブログはこちら

今回はレース車ではなく、ストリート用のマシンを持ってきていただきました。

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2スト乗りなら1度は欲しくなるRZR、それをゲンズさんの手により様々なモディファイが加えられたスペシャリティマシンであることは、外観だけでも覗えます。

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丹念に整備されたエンジン部、YPVSはドラム式の可変ポートタイミングで電気式モータードライブで制御されています。

この方式はヤマハの特許であり、可変ポートタイミングの理想的な動きが可能であるのに、ホンダではこの方式が使えず難義なHPPやRCバルブなどを開発せざるを得なかったのでした。

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エンジンのみならず、洗練された足周りはTZを移植してあります。キャリパー取り付けボルトの正しいワイヤリングが、レース屋さんらしい気配りを感じさせます。

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レースのスポンサーのひとつ、NEはWPC処理(2硫化モリブデンショット)を行っている会社。

NEのムラタさんはうず潮RCでMXをやっていて、80年代私と予選10組時代を戦ったライバルでもあります。彼の方が1年先に昇格してしまいましたが、現在もビンテージMXやDE耐などで活躍している現役のライダーでもあります。 NEムラタさんのブログはこちら。

WPCはショットピーニングの一種ですが、微細な硬球を金属部品に高速で衝突させ金属表面の強度を上げる効果があります。

金属の破壊は最表面の微小な部分の亀裂を基点として発生します。硬球が衝突した圧痕(ディンプル)が圧縮の残留応力を発生させ、引っ張り応力による亀裂の発生を無くすというメカニズムです。

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ゲンズさんからチャンバーの製作にあたって提示していただいたスペックです。

誤解を招くことの無いように説明しますが、弊社のマフラー作りは独自に試作、テストしたもの以外は

製作する物の寸法やスペックが分るように提示していただかないとお引き受けできません。

作った実績の無いものを、設計やテストの工数を無視して品代だけで製作可能だと思い込んでいらっしゃるお客さんが非常に多いのです。

今回のRZRのケースにおいても、ゲンズさんからのスペック提示により実現したもので

当然、同商品は弊社に直接問い合わせいただいても、お答えできません。

それはゲンズさんの企画した商品を、製作の部分だけ担当させていただいただけですので。

 

IMG_0613.JPG18歳、高専4年生のころ、四国選手権でMXデビュー。

ライセンスナンバーは四国ブロックのため、関東ブロックとは違うナンバーだ。

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マシンは81年型CR125R、自分で買った3台めのレーサーだ。

MXは親から反対されていたので、学業の合間、必死でアルバイトしていた。

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当時は学生の間でパーマが流行っていたが、実はMXライダーも皆、パーマだった。

モトパンはクシタニ、ブーツはSIDI、カッコだけは一流だ。

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今日はレースだ。愛車は一つ前の79年型RM125

少年の胸中は如何に、お前の将来をオレは知っているぞ。

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このころ、もう一台所有していた愛車、ホーク2 CB400T。

もちろん親には内緒、納税通知が実家に行ってバレないように

名義は友達のを借りて登録していた。

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四国山地をバックに瀬戸内海の埋め立て地で練習に明け暮れる少年。

ストリートでは無敵だった。検問突破、白バイ、パトカーも振り切って暴れまわった。

エネルギーに満ち溢れていたあのころ。

ロードスポーツだけど、なぜかMX用のフルフェイスにスコットのゴーグル

ブーツはコミネオートセンター、これが少年の戦闘スタイルだった。

停学2回やって留年しないで高専卒業できたのは彼だけに違いない。

頭脳派のワルだったのだ。

そして就職とともに大人の世界へ羽ばたいていくことになる。